穂乃果「星をみつけた夜のこと」 (13)


 私いま空のなか。

 足下、
 ちょっと冷たい膝のした、
 地上数十メートル下でキラキラ広がる星の海!

 ねぇ見て絵里ちゃんこれすごいよ
 本当に空を飛んでるみたいだよ
 あっそうだ 望遠鏡使ったらうちの高校見えるかな?ねぇえりちゃーん?

 って穂乃果きいたんだけど
 絵里ちゃんそれどころじゃなかった。


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「……そうね。月がきれいね」

 もーっ、月なんて出てないじゃん!って言いたいのはガマンだ。

 だって絵里ちゃん、
 さっきから私の指をきゅーってちぎれちゃうほど掴んでて、
 (冷たい指が今日はほんのり汗っぽいくらい)
 いつもより距離がすごい近くて
 (髪のにおいまで感じちゃってくらくらしちゃうんだ)
 私ほんとドキドキしちゃうし、
 なのに絵里ちゃんはさっきから別の事情でドキドキしてる。

 ていうか、
 もつれてこっちに倒れそう。
 穂乃果的にはそれもアリ?ってそしたらこっちまでパンクしちゃうよ。


「……ごめんね。
 最上階の展望デッキ行きたいなんて言って。
 知らなかったの、絵里ちゃんが高所恐怖しょ」

「ううん!大丈夫よっ!
 私、今日は穂乃果に付き合うって決めてたから! そうね、本当に月がきれ」
 とか言いながら目線はゼッタイ下に向けようとしないし。

 てか「ほのかほのか」って言うわりに
 穂乃果の方にも向いてくれないし! ああもう絵里ちゃんのバカ!
 つーか私のバカぁ!

「きゃっ!? ちょ、ちょっと穂乃果?」


 展望デッキの手すりから無理やり引きはがして
 入り口のエレベーターまで引き返す。

「あの、さっき来たばかりでしょ? そんなの、穂乃果に悪い――」
 うるさい絵里ちゃん。
 そんなのより絵里ちゃんの方が大事だもん。

 着いたらちょうどドアが閉まる手前で、
 あと3人も入れば定員オーバーってとこ無理やり絵里ちゃんを押し込んで
 穂乃果も乗っかった。
 階数表示、すごい勢いで下がっていく。
 私たちの空中散歩、
 5分もしないで終わっちゃった。


  ◆  ◆  ◆

「……ごめんね、私、自分でも知らなかったのよ」
 帰り道、人通りも口数も少なくなった夜道で、そんな声が聞こえた。

 あのあと気分が悪そうだったし
 私の心んなかも変にどぎまぎしちゃってワケわかんなかったし、
 てか今も手は離せてないから私の指が熱すぎるの伝わってる気がするし、
 もうおかしくなりそうだった。

 山手線の人混みも
 駅前ロータリーで騒ぐ声もなにもかも遠くて、
 その一番遠いとこに絵里ちゃんがいる、
 そんな感じがしてなんかもう泣きそうだった。

 空から見えたネオンライトやビルの明かりはあんなにきれいだったのに、
 その地上に戻ってきたら、
 その光に押しつぶされそうで、
 暗いとこばっか選んで歩いてた。

 私が手を引っ張ってたはずなのに、
 ぼんやりしてたら、いつの間にか絵里ちゃんに手を引っ張られてた。


 だめだ、
 こんなんじゃだめなのに。
 私が引っ張りたいんだって、今日のデートだって考えたのに……。

「……ねえ。月がきれい」

 ってそのとき絵里ちゃんが手をぐいって引いた。
 そんなはずない、曇ってるんだから、って顔を上げたら、


「……ほんとだ。えりちゃん、星がみえる」

 人っ子一人いない夜道に、本物の星の海が広がってた。


 視界の向こうで流れ星がきゅーんって地上に吸い込まれていった。
 東京でこんなに星が見えたの、いつぶりだっけ。ってぐらい。
 圧倒されちゃうほど。

「あのね……私、思うのよ。
 無理して高いところに行って見なくたって、星なんて、地上でも、」

 こういうとき絵里ちゃんは口べただ。
 あんまりうまくない。だけど、
 その瞬間、
 なんとなく絵里ちゃんが近づいた気がしたの。


「……ありがと、絵里ちゃん」

 分かれ道、もうすぐ絵里ちゃん家の門の前。
 よかった、今日もいつもみたいにキスできそう。
 今日は無理かなって、思いそうだったけど。

 そして絵里ちゃんが近づく。
 目を閉じる。
 閉じても伝わる熱源、瞼の向こうのあったかいもの。
 つながる、つながる。
 ……つながった。
 くちびるの中で、
 くらくらしそうな熱の中で、
 空を駆け抜けてるみたいな、光に包まれてるような、
 そんな気がしたの。


 星がみえた。
 私たち、今、空のなかにいる。


おわり。

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