桃太郎(Very Hard) (61)

むかしむかし…あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

おばあさんは荒んだ家庭で育ち、若い頃から水商売を始め、『盛り場の女帝』と呼ばれるまでになりました。

彼女の美貌に様々な男が貢ぎ、中には都心の馬鹿でかいマンションを献上した社長もいました。


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しかし年齢を重ねるごとに、彼女の顔から美しさは消えていきました。

それを認めたくないおばあさんは、莫大な資金を整形手術につぎ込みました。

今やおばあさんはシワとは無縁で、鼻と顎は刃物のように鋭く、おっぱいでガラスを割ることもできます。

彼女がおじいさんと巡り会ったのは、20年ほど前のことです。
おじいさんは彼女のパトロンの1人で、大企業の社長でした。

彼はエリートであり、実力で社長の椅子を手に入れた男です。

彼は驚くべき嗅覚で世間の流行に乗り、会社を大きく発展させました。
工場はフル稼働し、隣接する川の魚たちは全滅しました。

現在おじいさんは会長となり、毎日を贅沢三昧で過ごしています。

この日、おばあさんは三河というデパートにブランドバッグを買いに、
おじいさんは、自ら山をぶっ潰して作ったゴルフ場に行きました。

おばあさんはクレジットカードを振り回しながら、50万円のバッグを3つ買いました。
すると、いきなり男から声をかけられました。

「相変わらず羽振りが良いねえ、君は」

おばあさんは声の主を見て、背筋が寒くなるのを感じました。

その男は、昔おばあさんが散々貢がせた挙句、捨ててしまった人物でした。

当時、居酒屋チェーン『どんぶらこ』の経営者だった彼は、その資産のほとんどをおばあさんに貢いでしまいました。

それほど、かつてのおばあさんは美しかったのです。

しかし、金の切れ目が縁の切れ目。男の資産が底を尽きると、おばあさんは行方をくらましてしまいました。

今、その男が目の前に立っているのです。

「ずいぶん探したよお。いやあ、やっと見つけたあ」

男は薄笑いを浮かべています。

「どういうこと?何の用?」

おばあさんは一歩、後ずさりしました。
すると、男は急に鬼のような形相になり、おばあさんの腕を掴みました。

「いいか?俺ぁ貴様が隠したい、いろーーーんな秘密を知っているぜ」

「…」

「貴様の旦那は大企業の会長さんだろお?彼に秘密を教えてやったっていいんだぜ。どうなるかなあ?」

「や…やめて。それだけは…」

おばあさんには、消し去りたい過去がありました。
殺人、隠し子、ドラッグ…
女帝として生きた代償は大きかったのです。

「何が望みなの?」

「簡単さ。金をくれればいい。貴様のせいで、俺の居酒屋は潰れた。何とか再建したが、資金が不足しているのさ」

「…」

「金なら腐るほどあるんだろ?」

おばあさんはそのまま、銀行へと連れて行かれました。そしてその場で、1億円という大金を引き出すことになりました。

「ふん。いいねえ、金持ちは。じゃ、そういうことで」

男は去って行きましたが。どうせまた金をせびりに来るのでしょう。

おばあさんは銀行の前で立ち尽くしました。
これほどの大金が消え、おじいさんが気付かないはずがありません。
どちらにしろ、おばあさんの裕福な生活は終わったのです。

おばあさんは三階建ての自宅に戻ると、泣きながらおじいさんに、全てを告白しました。
ひた隠しにしてきた、自分の暗い過去を。

おじいさんは黙って話を聴いていましたが、終わると一言、

「ワシに任せろ」

そして真っ赤な ブガッティヴェイロンレジェンドメオコンスター二 に颯爽と乗り込み、時速200kmでどこかに行ってしまいました。

20分後、おじいさんは一人の若者を連れて戻りました。

「こいつは弟子だ。いろいろと汚れ仕事を任せている」

「弟子?」

「お前には隠していたが、俺は現在の地位のために、あらゆる手を使ってきた。商売敵は何人も殺したよ」

「そんな…」

「こいつは俺の手と足となって働いてくれてな。ウラの社会でも顔が広い」

その若者は爽やかなイケメンで、スーツをバリっと着こなしています。
とても裏社会で生きる人間とは思えません。

「桃太郎です。よろしくお願いします」

若者は礼儀正しく頭を下げた。

「桃太郎ですって?」

「はい。苗字が桃です。僕の出身地では一般的です」

桃太郎はスマートフォンを取り出した。

「お姉さん、その男の名前はご存知ですか?」

お姉さん?
おばあさんは気を良くしました。

「知っているわ。鬼ヶ島 渉っていうの。暴力団との繋がりもあるらしいわ」

「そうですか」

桃太郎は素早く名前を控えた。

「あとはお任せください。2度と、その男が近付いて来ることはないでしょう」

「ほ…本当?」

「会長、比較的地味な車を貸していただけませんか」

「もちろんだ!ほれ」

チャリン

桃太郎は地下2階の車庫へ行き、レクサスのLSハイブリッドに乗り込みました。

そして一本の電話をかけました。

「おい、サル。イヌと一緒に事務所へ来てくれ」

「へえ、お安い御用で」

サルというのは、桃太郎の相方ともいえる大男のことだ。
人を怖がらせるためだけに生まれたような奴で、
どんな人間でもその容姿には恐れをなす。

やがて桃太郎は、おじいさん改め会長に与えられた事務所に着きました。

「桃さん、今度は脅しでっか?殺しでっか?」

サルが入り口で待っていました。

身長198cm、体重110kg。恋敵を撲殺して服役したこともあります。

「後者だ。イヌはいるか?」

「へえ、二階に」

カビくさい廊下を進んで2階に上がると、イヌがソファに腰掛け、コーヒーを飲んでいました。

痩せぎすで、髪型はポニーテール。常にパイロットサングラスをかけている不気味な男です。

「桃さん…誰を探ればいいんですか?」

「鬼ヶ島 渉だ。暴力団のスジを当たってみろ」

「…わかりました」

イヌは事務所を出ると、さっそく捜査に取りかかりました。

何を隠そう、彼は元刑事。
幾多の事件に関わってきた彼には、人探しなど朝飯前です。

まず、暴力団にいる内通者たちと次々に連絡を取ります。

そしてすぐに、鬼ヶ島という男が地元のチンケな暴力団に金を払い、用心棒にしているという情報を掴みました。

イヌは桃太郎に情報を伝えると、鬼ヶ島が経営する居酒屋に向かいました。

桃太郎も準備を始めました。

「サル!キジの奴と連絡を取っておけ!」

「へい」

その頃、イヌは目的地に到着していました。

「居酒屋 鬼ヶ島」

イヌ (自分の苗字を店名にするとは…)

まず目に付くのが、センスの無い外装です。赤一色の壁に、二つの黒い丸。どうやら、この黒丸が目を表しているようです。
そして屋根には、角に見立てた黄色い煙突。

イヌ (とにかく、入ってみるか)

イヌはサングラスを取り、暖簾をくぐりました。

「桃さん!お待たせしました!」

事務所にキジが到着しました。

「道具は揃っているだろうな」

「もちろんですとも!」

キジが持ってきたスーツケースを開けると、大小様々なナイフ、銀色のデザートイーグル、手錠などが不気味に光を放ちました。

一方、イヌは安焼酎を飲みながら店内を観察しています。

午後6時の時点で客は二人。
カウンター4席、テーブル2席。質素な内装。
会長夫人から奪った金で、拡張するつもりだろう。

女の従業員が一人。仏頂面で皿を洗っている。

鬼ヶ島はどこだ?

イヌは店を出て、周囲を観察することにした。
右側にある路地に入り、裏口を探す。

「約束とちがいますねえ!!」

怒鳴り声が聞こえた。
イヌは素早く身を隠した。

目を凝らすと、店の裏口と思われるドアの前で、二人の男が言い争っているらしい。

「いいか、話は済んだはずだ。あんたらのボスと話はつけた!」

「いんや、十分な金を払っていないだろ!」

金をせびっている若者は、服装から地元の暴力団だとわかった。

もう一人は、鬼ヶ島で間違いないだろう。

だが、彼の用事棒だという暴力団は、若者のものとは違う。

おそらく以前、鬼ヶ島は違う暴力団を雇っていたのだろう。
だが最近になって乗り換えたのだ。その過程でトラブルが発生し、以前の暴力団が脅しをかけている。

そういうことだろう。

二人の口論はいよいよ激しさを増します。

「明日までに金を用意しろ!!明日の午後10時だ!!」

「貴様なんぞに渡すものか!!」

「午後10時に来るからな!!渡さなかったら殺してやる!!」

若者は息をはずませて去って行きました。

イヌが店の前に戻ると、先ほど店内にいた二人の客が、立ち話をしています。

「まーたやってんのかー」

「暴力団と関わったらおしまいだね」

イヌは事務所へ向かいました。
彼の頭ではすでに、計画は完成しているのです。

「なるほど、常連は暴力団問題を知っていると」

「そうです」

事務所2階のホワイトボードを前で、桃太郎一味は戦略を練っていた。

「奴は明日の午後10時に、店に来ると言っていました」

「で、こうしてこうやって…」

「いいだろう。決定だ。では、明日に備えてひとつ、やろうじゃないか」

桃太郎はポケットから、会長にもらった『粉末きびだんご』を取り出しました。
袋をあけ、アルミホイルの上に広げます。

「うひょう!久しぶりだぜ!!」

キジが小躍りしました。

アルミホイルを三脚にのせ、下からバーナーであぶり、煙を出します。

これを、特殊なパイプで吸うのです。

「はあああああ〜…効くうううう」

「ぬっふ、ぬっふ」

「ああああ…みんなの顔がゲルニカみたいになってるぞおお」

「ありゃあ、俺のパンツはどこじゃあ?」

「ぬっふっふふふ」

こうして、狂気の宴は夜中まで続いたのでした。

翌日、午後10時

居酒屋『鬼ヶ島』の裏口に、暴力団の男が現れました。昨日の若者です。

彼がインターホンを押そうと手を挙げた瞬間、突然大男が飛びかかりました。

若者を取り押さえながら、サルはクロロホルムを染み込ませた布を、彼の顔に被せます。

若者はもがきましたが、サルの怪力には無力でした。口を押さえられているので、声も出せません。

しばらくして、若者はぐったりして動かなくなりました。

サルは彼を地面に寝かせ、合図をします。
路地裏に隠れていた桃太郎とキジはうなずき合って、キジはサルの近くに駆け寄り、桃太郎は店の入り口に行きました。

店の中を覗き込むと、客は一人。従業員は一心不乱にコンロを掃除しています。

桃太郎はサルに向かってOKサインを出しました。

サルはそれを見ると、インターホンを押しました。

ピーンポーーン
ピーンポーーン

「はい」

鬼ヶ島の声だ。

「組の者です。昨日はこいつが失礼を働いたそうで、お詫びを申し上げに来ました」

サルは若者の肩を持ち上げ、カメラに顔を見せました。

「お好きなようにしていただいて結構です」

「そうか!ははは!今開けるよ!」

ガチャ

ドアが開き、Tシャツ一枚の鬼ヶ島が出てきました。

「それで…」

サルの岩のような腕が、鬼ヶ島の首根っこを鷲掴みにしまして、そのまま外に引きずり出しました。

「ちょ…!ちょ!!」

キジがデザートイーグルをつきつけて、低い声で言いました。

「金はどこだ?あんたがバアさんから巻き上げた金だよ」

「し、知らん!何だそr…」

キジは左手で持っていたメスで、何のためらいもなく、鬼ヶ島の右手の人差し指に深々と突き刺しました。

「んーーーーー!!」

鬼ヶ島は悲鳴を上げようとしましたが、サルに口を塞がれて声になりません。

「言え。今度は指を切り落とす」

鬼ヶ島は涙を流しながらうなずきました

サルが口から手を離します。

「つつつつつつつ」

「なに?」

「…使っちまった」

「使っただと!?」

「借金があったんだよお!!」

「…」

サルとキジは、呆れた顔で目を合わせました。

「なあ、店が軌道に乗ったら返すからさあ!なあ!なあ!」

キジは屈み込み、若者の手にデザートイーグルを握らせました。

「叫べ」

「え?」

「悲鳴を上げるんだ」

「でも…」

「叫べ!」

「ふ、ふわあああああああ!!」

ズガアアアアアン!!

イーグルが火を吹き、鬼ヶ島の頭に赤い穴が空きました。
彼は衝撃ですっ飛び、頭から吹き出す血が派手に飛び散りました。

「そいつを立たせてくれ」

キジは眠っている若者を指差しました。
サルは彼を後ろから抱え上げます。

「血を浴びないようにな」

そう言うと、キジは左手のメスを、若者の喉にぶっ刺しました。

ピューッと音を立てて、鮮血が流れ出します。

サルは静かに、若者を寝かせました。

キジは、まだ温かい鬼ヶ島の手にメスを持たせ、素早く辺りを確認しました。

「ずらかるぞ」

「おう」

二人は、路地裏を後にしました。

「どんな騒ぎになるかな?」

「さあな。ま、桃さんが上手く誘導してくれるさ」

翌日、桃太郎一味の計画通り、テレビでは居酒屋で起こった『相打ち』について報じられていました。

どうやら鬼ヶに、以前から警察は手を焼いていたようです。
そう、死んだ二人は共に『悪人』だったわけです。

「警察も喜んでいるだろうよ。害が二つ、同時に消えたんだ。二人の死に疑問を持つことはないだろうよ」

桃太郎は事務所の二階でくつろいでいた。

「そうですね。金が無かったのは残念でしたが」

イヌが言った。

「ん、待て、電話だ」

桃太郎は立ち上がり、窓の外を見ながら電話に出ました。

2、3回相槌をうつと電話を切り、ゆっくりとイヌに向き直りました。

「会長夫人だが、今回の件で過去のことが気になり始めたらしい。昔のパトロンを消して欲しいそうだ」

「そのパトロンとは?」

「…全部で7人いるそうだ」

桃太郎は笑みを浮かべました。


めでたしめでたし

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