モバP「なぁ、春香」 (74)



“あるところに、とても優秀なプロデューサーがいました”



“それはそれは、腕の立つプロデューサーでした……”



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なぁ、春香。


あれから何年経った?


まだ、俺のことを待ってくれているのか?



――――――――

―――――

――


『あのっ、プロデューサーさん』


『サヨナラする前に、少し外、歩きませんか? 話したいことが……』


『私、決めました。これから先…どうするのか…』


『私、もうアイドル……』


『…やめてもいいかなって、思ってました』


『けど、やっぱり続けることにしますっ』


『プロデューサーさんっ。これからも、ずっと私といてください!』


『お別れなんてイヤです!』



『アイドルとしての将来の方が、私の気持ちより、大切なんですか……!?』



――――――――

―――――

――


彼女を大切にしていたのは、それが仕事だったから?


いや、きっとそうじゃない。


そうじゃないのは分かっている。


でも、そうだって言い聞かせなければ、



『私にとって、生涯ただひとりの、代わりのきかない人ですから』


そうだって言い聞かせなければ、あの時彼女を突き放した理由がない。


理由を作って、自分を責めなければ、


この渇きにも、耐えられない。


未央『ねぇねぇ、プロデューサーがさっき一緒にいたの、765プロの春香ちゃんでしょ?』


未央『なんだか親しげだったけど、仲いいんだね?』グイグイ


モバP『ああ……まあな』


未央『なんで?ちょー気になるぅ』ズイッ


凛『いや別に、当然でしょ。だって……』


卯月『プロデューサーさん、昔765プロにいらっしゃったんですよね?』


未央『……え?』ポカン


卯月『って、未央ちゃん知らなかった?』


モバP『卯月、その話は……』


未央『へぇーっ!何それ初耳だよ!!』


凛『なんだ未央、知らなかったんだ』


未央『聞きたい!プロデューサーの武勇伝、話してー!』


モバP『いや、ホントに黎明期の一年弱だけだよ』


モバP『俺がプロデュースしたのも天海春香だけだから……』


未央『えぇーー!!春香ちゃんのプロデューサーだったの!!?』


『は?って、おい、それ……ヤバい意味じゃないだろうな?』



……俺に、彼女のプロデューサーを名乗る資格はない。



――――――――

―――――

――


のあ『ヘルマン・ヘッセはこう言ったわ』


のあ『私がとても愛している徳がたったひとつある。その名は“我が儘”という』


のあ『ふふ、貴方はヘッセの生まれ変わりかしらね……』


モバP『……俺が我が儘って言いたいんですか』アハハ


のあ『さあね。……貴方ほど、欲しがりな人も、また珍しい』


モバP『この業界は、貪欲な奴だけが上がっていけますから』


のあ『そうじゃないわ』


のあ『貴方は、誰が見ても、満ち足りているというのに……』


のあ『まだ、迷子のように何かを探し求めている』


のあ『……これ以上、一体何が、貴方の渇きを癒せるのかしら』



――――――――

―――――

――


春香は特別容姿に恵まれた訳でも、歌が飛びぬけて上手いこともなかった。


彼女を売り出すのは、苦労ばかりだった。


朝の挨拶一つに文句を言い、


仕事の前日に夜更かしはする、その仕事の出来は不安定。


俺が新米だったのもあっただろうが、素材に対しての苦悩が多かったのも事実だ。


それでも、楽しいと思えることが多かった。


ランクアップを祝って、ささやかな祝勝会を開いたり、


仕事の合間にアトリウムに二人で行ったりしたこともあった。



『プロデューサーさんっ!ドームですよっ!ドームっっ!!』


それから、765プロから独立した俺は、


まだ立ち上がったばかりだったCGプロに誘われて、


可愛い、個性的なアイドルを何十人とプロデュースしてきた。


捉えにくかったり、少々癖があったりするアイドルだって、


きちんと最良の方法で導いてきた。


CGプロは加速度的に展開していった。


もはや今のアイドル業界で、CGプロに圧力をかけられるような事務所は無い。


765プロという強力な存在もあるが、実力で言ったら恐ろしいのは、春香ぐらいだ。


今のCGプロには全てが揃っている。


立地の良い事務所。


優秀なアシスタント。


アイドルだって粒ぞろいだ。


まだ小学生の子から、俺と、大して年齢差の無い大人の方まで、層も厚く。


……俺を慕ってアイドルをしてくれている子もいるぐらい。


当然だが、プロデュースの方もそれなりに結果を出せている。


日本中に知られていると言ってもいい、CGプロの顔、“シンデレラガール”を三人輩出した。


この前、765プロを抑えて頂点に立ったユニットも、俺のプロデュースだ。


だが――――


だが、今の俺にはどの子も、あの頃のような熱量で、プロデュース出来ていない。


Pくん、Pさん、Pちゃん、なんて、呼ばれても。


俺は彼女たちを、しっかりと見つめることが出来ないまま。



―――俺は、間違っていたのか?


なぁ、春香。


正しいと言ってくれ。


間違っていないと、笑ってくれ……



――――――――

―――――

――


卯月「なんだか元気ないですね」


モバP「ん?……そんなことないよ」


卯月「そんなことありますよ」


卯月「ここ最近、そんな風にぼーっとしてるプロデューサーさんを、よく見ます」


モバP「あはは、ごめんごめん」


モバP「この年になると、“今まで”とか“これから”とか、よく考えちゃって」ハハ…


卯月「春香ちゃんですか……?」


モバP「……へっ?」


卯月「……プロデューサーさんが悲しそうなの、春香ちゃんと関係があるんですか?」


モバP「えっと、卯月……?」


卯月「私が何も気付いてないと思っているんでしょう」ツーン


モバP「あはは、参ったな」


卯月「他の子を誤魔化せても、私はそうはいきません」プクー


卯月「この事務所じゃ、私が一番付き合いが長いんですから」フンス


モバP「……どうして分かったかな」


卯月「だって、プロデューサーさん、雑誌とか、いつも春香ちゃんの記事で手を止めてますから」


卯月「話して下さい」


モバP「どうしてもか?」


卯月「こんなこと言ったら、良くないのかもしれませんけど……」


卯月「……不安なんです。私、プロデューサーさんに全然信頼されてないんじゃって」ウツムキ


モバP「卯月……」


モバP「……」ハァ…



モバP「かつて……とても大切な人がいた」


モバP「お互いの将来のために、一度別々の道を歩むことを、決めたけど…」


モバP「結局、別れ際に、伝えなきゃいけない気持ちも、言葉も、言えなかった」


モバP「彼女と別れる時、“強くなりたい”って思った」


モバP「彼女を守れるくらいに、遠く離れてもその気持ちを無くさないぐらいに」


モバP「……実際は、そんな清潔な願いは、現実に負けて薄れていったんだけど」


モバP「強い後悔と……“もっと上に、もっと先へ”」


モバP「“ここは自分の居場所じゃない、こんな自分は認めない”」


モバP「そんな、切迫感だけは残ってしまった」


卯月「……話してくれて、ありがとうございます」


卯月「……」


卯月「プロデューサーさんは、優しいですね」


卯月「優しくて、責任感が強い人なのに、本当はすごく弱くて」


卯月「……ときどき、目の前の女の子からも逃げちゃう」


卯月「でもきっと、そんなプロデューサーさんのことが、事務所のみんなは大好きなんだと思います」


卯月「事情は分からなくても、みんなプロデューサーさんのことが大好きなんです」


卯月「だからもう、昔の自分を許して……」


卯月「今、ここにいる私たちと、一緒に前を向いて生きましょう?」



「私たちだけの思い出を、新しい何かを、一緒に始めませんか」ニコッ



――――――――

―――――

――


ちひろ「あっ、プロデューサーさん、変わったお手紙が」


モバP「手紙……?」


ちひろ「ええ。この前のニュージェネレーションのライブのプレゼントボックスに入っていたんです」


スッ


モバP「……たしかに、“プロデューサーさんへ”って」


ちひろ「プロデューサーさんにもついに、ファンが出来たんじゃないですか」アハハ


モバP「いやぁ、出来るとしたら俺より先にちひろさんですよ」


ちひろ「あら、ちょっと嬉しかったりして」


その可愛らしい桜色の封筒には、名前が記されていなかった。


だけど、間違いなく、その筆跡も、言葉づかいも、春香のものだった。


プロデューサーさんへ



お元気ですか?


はじめに、ワールド・アイドル・ノヴァに、私を推薦してくださったこと、感謝します。


聞きましたよ、最終選考の会議で、「天海春香がいいんじゃないか」と、ひと押し下さったって。


おかげで、私は世界の舞台に立てることになりました!


えへへ、世界の天海春香ですよ!


―――


あの時あなたが、私に伝えたかったこと、やっと分かってきたと思うんです。


アイドルは誰のものでもないって。


私も、たくさんステージに立って、765プロもたくさんの仲間に助けられて、


その中で、もっと私が大切にするべきものが、ちゃんと考えられるようになった気がします。


だから、もし、


もしも……私の言葉が、私の存在が、今のあなたを苦しめているならば、


私のことなんか忘れてしまってください。


今はあなたの周りには、大切にしなければいけない人がたくさんいると思うんです。


どうか、彼女たちの想いを無碍にせず、


私にしてくれたように、


気持ちに、真剣に向き合ってあげて下さい。



あなたは優しくて、臆病だから……きっと上手に逃げてしまえるのかもしれないですけど。


……なんて言ったら、怒っちゃいますか?


でもでも、私がいつか、ただの天海春香になって、


あなたとまた向かい合える日がきたら、伝えたい言葉が、やっぱりあるんです。


それ以上は、ここには書きません。






追伸 プロデューサーさんは、明日へのヒント、見つけられましたか?



何度も何度も、読み返した。


こんな矛盾だらけの文章を、海外へ行く直前の彼女が、どんな気持ちで書いたのか……


手紙から、言葉からまるで、温度が、表情が、伝わってくるようで。



こみあげるものを必死にこらえながら、


うるんだ視界で、その可愛げな小さな文字が、ぼやけて消えた。


凛「……プロデューサー?」


事務所のドアが開く音に、気がつかなかった。


モバP「り、凛…!」アタフタ


凛「待って」


凛「……感情を抑えつける必要なんてない」


凛「私も伝えるのが苦手だし、表現するのだって下手だけど」


凛「プロデューサーの気持ちを見せて」


モバP「……俺が悪いんだ」


凛「そうやって、優しい態度で誤魔化さないで」


モバP「俺は……」


モバP「俺は……自分がずっと許せなかった……っ…」ポロポロ


凛「……これ」つティッシュ


泣きたいわけじゃなかった。慰めてほしいわけじゃなかった。


それでも、意識とは無関係に感情はあふれ、止まらなかった。


未央「プロデューサーっ!!」ガバッ


モバP「……!!」


未央「ごめんね、ドアの外で、二人の声が聞こえて」


未央「でも、私、いてもたってもいられなかったよぅ……」ギュゥゥ


モバP「……未央、すまなかった」


モバP「今まで……ちゃんと見てやれなくて……ごめんな……」


未央「ううん……」ギュゥゥ


それから、微熱のような波が止まるまで、


凛と未央の小さな手が、ずっと右手に重ねられていた。



――――――――

―――――

――



それから少しだけ、時は経って――


居酒屋・女子会



瑞樹「なるほどねー、最近ニュージェネとプロデューサーの距離感が変わったと思ったら……」


楓「……それにしても、ちひろさん、なんでも知ってるんですね」


ちひろ「まあ、事務所にいると色々な声を聞きますからね」ハハ…


ちひろ「あ、それと、今の事はみなさんが大人だからお話したんですよ」


瑞樹「ええ、もちろん。そこまでヤボじゃないもの」


楓「春香ちゃんかぁ……大スターじゃないですか」


瑞樹「そうねぇ……」


楓「……神さま」


楓「神さま、エントツをひとつ」


楓「私の心にエントツをひとつつけてください」


楓「この手に負えないジェラシーを 追い出したいのです」


楓「でないともうすぐ、心がまっくろにすすけてしまいます……」


瑞樹「分かるわ」


ちひろ「楓さん、相変わらず酔いが良いですね」


楓「あっ、ちひろさん、それなかなかグッドです」フフ


瑞樹「でも、プロデューサーも結構ピュアな所があるのね」


楓「……たしかに」


楓「初恋、憧れ、信じる心……」


ちひろ「かけがえのない想いを抱える少女たち……」


「「「いいわぁ~」」」


楓「世界は永遠に続く音楽、なんていうのはどうですか?」


楓「結果は新しい原因となって、また新しい結果を生む」


楓「人はゴールの無いマラソンを、過去と並走しながら生きるの」


瑞樹「でもでも、過去に囚われているのと、」


瑞樹「過去を大切にするのとでは違うでしょ?」


ちひろ「過去……川島さんが言うと重みがありますね」


瑞樹「ちょっとやめてよ~!」キャピ☆



――――――――

―――――

――


運命や偶然、宿命と、私たちによって名づけられたものごとがある。


だれに出会って、だれと恋をし、だれと別れ、


何を得て、何を失い、どんな道を歩き、どのように生をまっとうしていくか。


自分自身のことであるのに、あまりに理解不能で、


神秘的で、計算不可で……


そのことに慄いて、私たちはそのような名づけや、定義付けを行うのかもしれない。


でもそんな言葉じゃ、生きることに関わる大きなことは、


言葉の持つせまい意味ではとらえられず、言葉からあふれ出てしまう。



年末・CGプロ事務所



モバP「……どっか飯でも食いに行くか」


きらり「うぇへっ!?」


杏「えぇー?どったのプロデューサー、珍しいね」


モバP「ちひろさんも、どうですか、よろしかったら」


ちひろ「ええ、いいですよ。もちろん♪」


杏「いってらっしゃーい」


モバP「お前も行くんだ、杏」


ヒョイッ


杏「うひゃっ!?」


モバP「おお、軽い軽い」


杏「何するんだ、降ろせぇー!!セクハラだぞーっ!!」ギャー


きらり「いいなー杏ちゃん!Pちゃん、きらりも抱っこ☆してー!!」ガバッ


モバP「うおっ、ちょい待てっ!」グラッ


ドシーン!


モバP「あははは……杏すまん、平気か?」


杏「まったく……いきなり陽気なオッサンぶるからそうなんの……」


ちひろ「さ、行きましょう」ニコニコ


きらり「Pちゃん、行くお店は決まってるのかにぃ?」


モバP「ああ、鍋が美味しい店があるんだ」


杏「空腹で死にそう。早く連れてって~」グデー




モバP「よし、しゅっぱーつ!」

「「おー!」」「おー……」



追伸の追伸 


明日へのヒントが見つかったなら、いってらっしゃいです!プロデューサーさん!




きらめく舞台で、強くなる努力を一途に重ねていた君。



軽やかに、世界の頂点を目指そうとしている君――。



……いつか



いつか、あの時、君から受け取った大切な気持ちを、



返せる日が来たらと、願っている。


おしまいです。


夜遅くまで読んで下さった方々、ありがとうございました。

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