栗原ネネ「いつか見た空の下で」 (57)
モバマス 栗原ネネのSS
栗原ネネ(15)
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その日は少し暑い日だった
窓から流れ込む風だけでは軽く汗ばむほどの蒸し暑い部屋の中
私はそこにいた
「うん、大丈夫だよ! 今日は少し体調が良いみたい」
そう言って、目の前の少女は笑う
しかし、パジャマはいつもよりボタンをはずしている
きっと、彼女も暑いのだろう
だけどクーラーをつけるわけにはいかなかった
彼女は生まれつき身体が弱い
そんな彼女にクーラーの風は大敵だ
特に今日みたいに少し体調を崩した日は自然の風を当てるのが一番だ
「はい、グレープフルーツジュース。ここに置いとくね」
「わぁ、ありがとう! お姉ちゃん!」
お手製のグレープフルーツジュースを手渡し
嬉しそうに飲む妹を微笑ましく見守る
一体、こんな事を何度続けてきただろう
私は何の取り柄もない女の子だ
みんなと少し違う事と言えば病弱な妹がいること
妹は身体が弱く、すぐに体調を崩してしまい
今日みたいに寝込む事が多かった
詳しい病名を聞いた事があるけど
私にはよくわからなかった
学校を休み、ベッドの上で悲しそうにする妹を見る度に
何かできないかといつも悔んでいた
そうしていつしかテレビの健康番組を見て
身体に良さそう事を妹と一緒にやってみたり
今日みたいに身体に良いジュースなどを作ってあげたりした
妹はいつも嬉しそうに私のやることを喜んでくれるけど
結局、何も変わらないままだった
なんで……こんな事……
私は神様が嫌いだった
だって、こんなに頑張っている子が何一つ報われない
いつまでたってもベッドの上で弱々しく微笑む光景は変わらない
妹の笑顔を見る度に私は何もできない自分自身を恨んだ
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
ごめんなさい、駄目なお姉ちゃんだよね……
「ねぇ、お姉ちゃん。今日はどんな事したの?」
「うん、今日はね……」
今日起こったことを妹に話す
別に何か特別な事があるわけでもない
学校で起こったことや立ち読みした雑誌
友達と話した事、食べた物の話
それを妹に話してあげる事が私の日課だった
面白く話せるわけでもないけど
妹は聞き上手だから楽しそうに相槌を打ちながら聞いてくれる
「お姉ちゃんの学校楽しそうだね! 私も早く行きたいなぁ!」
「う、うん……そうだね」
正直言うと学校の話はあまりしたくなかった
妹がほとんど学校に行ってない
そんな事実を思いだせたくなかったからだ
「そうだ! テ、テレビ見よっか!」
少し憂鬱な気分になったのでテレビをつける
私も妹もテレビっ子なのでこうして二人でテレビをよく見ていた
『本日のゲストはニュージェネレーションの三人です!!』
「お姉ちゃん見て見て! ニュージェネレーションだよ!」
「本当だね、やっぱり可愛いな」
ニュージェネレーション……
ステージの上で元気に駆け回る3人は私の憧れだった
私もあんな風に元気に駆け回って
大勢の人達を元気づけられたらな……
「ふぅ……」
妹と少しテレビを見た後、私は一人商店街に来ていた
明日のお弁当や妹のための果物を買うためだ
身体に良い事をアレコレと試してる内に
いつしかお弁当まで自分で作るようになった
早寝早起き、ジョギングをして、お弁当も作る
少しこだわりすぎている部分もあると自分でも思う
でも、せめて妹が私を見て元気になれるよう
自分だけは彼女の前では元気なお姉ちゃんでいてあげよう
そんな拙い思いが私を突き動かしていた
「今日は少し暑いな」
季節はもう10月に差し掛かろうと言うのに
まだ少し夏の暑さが残っている
汗ばむ身体をパタパタと手で仰ぐ
せめて少し涼しくなってくれたら外に出るのも楽なのに
「よいしょっと……」
少し重たい買い物袋を持ち直す
いつもより重たくて手に紐の跡が残ってしまっている
今日は果物屋さんが少しおまけしてくれた
良い梨があると勧めてくれたのでついつい買ってしまった
冷やして食べると美味しいだろうな
きっと、あの子も喜んでくれるだろう
商店街からの帰り道
私は近くにある高台の上で少し休憩していた
「…………」
少し上から見る街の景色を見ながら棒アイスを頬張る
昔、妹と一緒によく着た場所だ
夕暮れ時が街を赤く染めて
この時期にしか見れない真っ赤な空が広がっている
秋らしい金木犀の香りが私を包む
特徴的な匂いだけど私は好きだった
何だか子供に戻ったようなノスタルジックな気分になれるからだ
あの頃と何も変わらない
変わったのは私の隣には誰もいないことだけ……
いつも一緒だった妹にこの高台に上がるための
階段を上るような運動はさせられない
一度、妹にせがまれて連れて行って
妹が体調を崩してしまいお母さんたちにこっぴどく叱られた
お父さんからももう妹を連れてこの高台に来ることは禁止された
叱られた事が悲しかったんじゃない
申し訳なさそうに泣いていた妹が可哀想だったからだ
あの子は何も悪くない
もう、あんな想いはさせたくなかった
「……グスッ……なんで……」
大粒の涙を流しながら俯く、最近はずっとこうだった
妹の休む回数が最近は増えている
身体的な問題では無く、気持ちの問題らしい
ずっとずっとベッドの上で時間が立つのを待つ日々
元気に振舞っていても、暗い心は毒のように身体を蝕んでいく
もちろん、お母さんもお父さんも妹の事は気にかけている
だけど親が気にかけすぎると遠慮してしまう
その絶妙な距離感が難しくて
話し相手や遊び相手はいつも私だった
いつも元気なお姉ちゃんじゃないといけない……
でも、私にはそのプレッシャーは日に日に重くなっていく
大人になればなるほどわかることもある
知りたくなかった事もいずれ知らないといけない
もう、どうしようもない所まで来ているのだろうか
少しそんな事を思い始めた自分が情けなくて
悔しくて
恥ずかしくて
私はいつも一人で泣いていた
誰かに助けて欲しかった
どうすれば良いか教えて欲しかった
最初はポロポロと涙を流すだけだけど
いつしか大声をあげてわんわんと泣き始める
誰もいないこの場所は私にとって好都合だった
「この調子じゃ、明日も無理そうね……」
「そうだね、最近休みが続いてるけど仕方ないな……」
晩御飯の時間、お父さんとお母さんが暗い顔をして話をしている
3人の食卓、妹の姿はそこにはない
少し熱が上がってしまったので、買ってきた梨だけを食べたみたいだ
「そうそう、仕事でこんなものを貰ったんだけど興味あるかい?」
「これって……」
お父さんからLIVEのチケットを手渡される
ニュージェネレーションのライブチケットだ……
「す、凄い! 良いの?」
「うん、1枚で申し訳ないけど。良かったら行ってくると良い」
「たまには気分転換でもしてきなさいな」
私まで暗い顔になっていたのがバレていたみたいだ
ちゃんとこうして私にも気を使ってくれる本当に良い両親だった
お風呂上りに妹の部屋で少し休憩する
これもいつもの私の日課だった
「ニュージェネレーションのライブに行けるんだ!」
「うん、今から楽しみだよ」
「お土産買ってきてね、何が良いかな〜」
「…………」
決して……行きたいとは言わない
あの頃からずっとそうだった
「何でも良いよ、気が変わったらメールしてくれたら良いから」
「わかった、いっぱい楽しんできてね。お姉ちゃん!」
「うん、いっぱいお土産持って帰ってくるね」
笑顔で元気に答える
なるべくワガママは言わないように
そして私も気を使わないように
私にはこのやりとりがたまらなく嫌だった……
翌日、ライブ会場に向かう電車の中で
私はボーッと外を見ていた
朝の電車は空いている
いつも通りの早起きのせいか混雑とは無縁だった
ライブは昼からなのにこの調子だと早く着いちゃうな
少し、グッズとか見て行こう
お土産は何だっけ……写真とうちわだったかな……
私も何か買おうかな……
止めとこう、何だかそんな気分にはなれなかった
「アイドルか……」
妹のアイドルを見る目はとてもキラキラしていて
あの時だけは本当に元気になれている
私にはできない事だ、きっとこれからもずっと……
「うわぁー、凄いな」
少し日差しの強いライブ会場
空いてたと思ってた電車は徐々に混み始め
会場近くの駅に着く時は満員電車になっていた
ぎゅうぎゅうに押されながらもたどり着いたその場所は
太陽にも負けない熱気に包まれている
「これがアイドルのライブなんだ」
こういう場所に来るのは初めてなので
周りの勢いに緊張で身体が強張ってしまう
チケットを見ると指定席の前の方らしい
正直自由席なら怖くて帰りたかったくらいだから助かった
お土産を先に買ってしまい指定席でのんびりと開始の時間を待つ
早めに来たのに20分くらい並んでしまった
こんなにグッズを買う人達が多いなんて予想外だった
自由席は徐々に人が混雑し始め私の見ている場所からだと
もう後ろが見えないくらいの人に埋め尽くされていく
見渡す限りの人、人、人……
アイドルだから人気があるのはわかるんだけど……
いつもテレビで見ている姿ではそれがイマイチ分かりづらい
でもこうやってライブに来てみると凄く多くのファンがいるんだなと驚かされる
『おまたせしました! ただいまよりニュージェネレーションのスペシャルライブの開催です!』
ワァァァァーーーーー!!!
「わっ……!」
耳をつんざくような歓声に慌てて耳を抑える
ライブが始まっただけでこんなに凄いなんて……
わ、私……場違いじゃないかな……
大きな声援の中、ニュージェネレーションのライブは開始される
最初は遠慮がちに手を挙げるだけだった私も
いつしか、周りに影響されて両手を上げて大声で応援していた
煌びやかなステージ
綺麗なアイドル達
すてきな歌
響き渡る歓声
液晶を通して見る世界とは全く違っていて
私はまるで夢の中にいるようで
憂鬱だった気持ちはどこかにいってしまい
気が付けば一心不乱に歌に聞きいっている
もっともっと歌を聞いていたい
もっともっとこの空間にいたい
『みんな、今日はありがとう!!』
「あっ……」
気が付けば予定されていた2時間はあっという間に終了し
私は夢から覚ます終了の声が告げられる
悔やまれる多くの声に手を振りながら舞台裏に帰っていくアイドル達に
私は何とも言えない寂しい気持ちに包まれていた
「終わっちゃったな……」
少し時間が立ち始めて1人、また1人とライブ会場から離れて行く
そっか…ライブはもう……終わったんだ……
「…………」
家に戻ればまたいつもの私に戻って
また、何も変わらない日々を過ごすんだな……
別にそれが嫌なわけじゃないけど
何とも言えない寂しい気持ちが私の胸を燻っていた
「……そろそろ帰ろうかな」
混むのが嫌というのもあったけれど
少し、家に帰るのをためらっている自分がいた
今まで頑張ってお姉ちゃんを務めてきたけれど、
本当にそれでよかったのかな?
ずっと殺してきた疑問が少しづつ顔を出し始める
今日のライブは本当に楽しかった
でも……私には少し楽しすぎたようだ……
本当の彼女は何がしたいんだろう?
今日みたいにライブに行ったり、放課後に友達と遊んだり……
こんなことがずっとしたかったのかな……
ふと、妹の顔が頭に浮かびチクリと胸を刺す
考えてはいけないことだと頭が警告をしたようだった
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
夕焼けが窓から差し込み真っ赤に染まる電車の中
遅くなったせいかガラガラに空いている席に座る
来た時と同じように窓から外を眺めて
流れる景色に意識を集中させていた
「お姉ちゃんは、ちゃんと役に立ってるのかな……」
誰に言うわけでも無く呟く
物心ついた時から妹の世話にかかりっきりだった
それが当然だと思っていたし何の疑問も無かった
妹が笑ってくれたらそれで幸せだったし、
私もそれで満足していた
でも……
もうお姉ちゃんじゃあなたを元気づけてあげられないのかな……
「ごめん……ごめんね……」
両手で顔を覆って泣き始める
過ぎて行く時間はとても速くて
それがもたらす事実はとても残酷で
見たくもない、考えたくもない現実が
私の心を少しづつ壊し始めていた
もう、どうしたら良いんだろう……
いつまで泣いても答えは見つからなかった
「うーん、涼しいなぁ!」
「気に入ってもらえてよかった」
夕暮れ時の部屋でお土産のうちわをパタパタと仰ぐ
まだ涼しい風がそんなにない今の時期には丁度良いお土産だったようだ
「ね、お姉ちゃん。ライブは楽しかった?」
「う、うん……そうだね」
笑顔で聞いてくる妹に少し戸惑いながらも答える
楽しかった、でも少し思い出したくは無かったのかもしれない
「ね、聞かせて? 私ライブとかいけないからさ……」
「……わかった」
それでも聞きたいと言う妹のために見てきたこと、感じた事を全部話す
「ふふっ、お姉ちゃん何だか楽しそう!」
「そうかな?」
「うん、珍しいなって」
楽しそうに話す私を見て嬉しそうに妹が笑う
「で、でも……いつも通りだけど」
「本当に……?」
「えっ……」
スッと……私を問い詰めるように顔が真剣なものに変わる
こんな顔をするのは初めてで私は何も言えず固まってしまった
「私ね……こうやって毎日過ごしてるけどすっごく幸せ!」
「学校には行けないけど、こんなに私の事を思ってくれる家族がいて」
「いっぱいいっぱい大切にされてるんだなって……」
「だから、私もお姉ちゃんやお父さん、お母さんが笑ってくれると嬉しいんだ!」
はじけるような笑顔で妹が話し始める
身体の事や、妹が学校に行けない事はなるべく言わないようにしてきた
そんな何気ない事でも彼女を傷つけるのがとても怖かったから
でも、いつの間にかこんな風に思っててくれてたんだ……
いつも私が元気づけてると思ってたのに私が励まされるなんて……
「だからね……お姉ちゃんも笑って? 私の分まで色んな事見てきて?」
「それでさ、私に教えて。テレビや窓からじゃ見えない物を……」
続く言葉に涙があふれ、言葉にならずにめそめそと泣き始める
ありがとう、こんな泣き虫でダメなお姉ちゃんの妹でいてくれて……
私、本当にバカなこと考えてたんだよ?
慌ててティッシュを数枚掴み私に渡してくれる
でもすぐにそれは涙でくしゃくしゃになってしまった
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。元気出たから!」
まだ少し心配な顔をする妹に晴れ晴れとした笑顔で答える
心に沁みついていたモヤモヤが無くなってとても気分が良かった
「……でも、アイドルってやっぱり凄いんだね」
「ライブは初めてだったけど……凄く感動したよ」
再びライブの話に戻り、今日感じてきたことを話す
妹はさっきまでは嬉しそうに聞いていたが
ふと、少し遠くを見つめるように窓の外を見ていた
「どうしたの?」
「ね、お姉ちゃんはアイドルにならないの?」
「わ、私が!?」
急に言われた提案に驚いて声が裏返ってしまう
私がアイドル……
楽しそうで、格好良くて、みんなに元気を与えられて……
ずっと夢見ていたけど、それを叶えるなんて考えた事も無かった
「私には無理だよ……」
「そうかな?」
「そうだよ……」
「アイドルの人達って綺麗でみんな凄いけど……」
「…………」
「やっぱり私のお姉ちゃんが一番凄いから!」
そう言って妹はイタズラ子っぽく笑う
私も冗談かと思ってふふっ、と軽く笑ってしまう
「……でも、一回くらいは考えて欲しいな」
「もう……わかった。一回だけだからね?」
「やったぁ! じゃあ私が良さそうなプロダクション探してみるね!」
こうなったらこの子はこうでも言わないと引きさがってくれない
長い間一緒にいたから分かっていることだった
でも、珍しいな……
最近は私にお願いする事なんて無かったのに
それでも妹が楽しそうにしてくれているなら何でも良かった
きっと、明日には忘れているだろう
そんな軽い気持ちで考えていたことが
自分の人生を大きく変えることになるんてその時の私は思いもしなかった
「お姉ちゃん! 見つけたよ!」
「えっ……?」
翌朝、お弁当を作っている私の前に
ドタドタと騒がしく走ってくる妹がいた
「見つけたって、何を?」
「これだよ! 昨日言ってたプロダクション!」
「…………」
ポトリ
箸でつまんでいた玉子焼きを思わず落としてしまう
まさか本当に実行するとは思ってもいなかった
「Nプロダクションって言うんだけど、中々良さそうだよ!」
「で、でも……ほら私、学校とかあなたの事とかあるから」
「学校は考慮してくれるし、私の事は大丈夫。お姉ちゃん一回で良いから応募してみて!」
「…………」
なんだろう、なんでこんなにも勧めてくるんだろう?
いつもは全く言わないワガママに少し子供の頃に戻ったような感覚を感じる
「私みたいなぁー、お姉ちゃんがアイドルになるところ!」
まだ何もしてないのに楽しそうにはしゃぐ姿に
不思議と笑みがこぼれてくる
いつぶりだろう、こんな楽しそうにするのを見るのは
アイドルか……お姉ちゃんもニュージェネレーションみたいに
みんなを元気にしてあげられるかな?
「ふふっ、わかった。応募しておくね」
妹から応募用紙を受け取り学校の鞄に入れる
こんなものまで印刷してるなんて本当になって欲しいのかな……
数日後、いつものように学校から帰ってきた私は驚いた
家のポストには大きな書類
「これは……」
Nプロダクションオーディションのお知らせ
書類審査、受かってたんだ……
アイドルになるって事は簡単なことじゃないと思っている
それでも、書類審査に受かれたって事は私も少しは特徴があったのかな?
「アイドルか……」
ふぅ、と息を吐いて少し頭を整理する
勧められていつの間にかこんな事になってしまったけど
私の心はドキドキと興奮状態になっていた
あの日、妹が見せてくれた笑顔は私の心に焼き付いている
もっともっとみんなをあんな風に元気にさせられるかな……
こうなったら行ける所まで頑張ってみよう
みんなに自慢できるお姉ちゃんになれるように
そして、オーディションの日がやってきた
会場に着くとそこには数人の女の子達が待っていた
どの子も綺麗でアイドルだと言われても遜色は無いだろう
でも、私の気持ちは不思議と穏やかだった
歌もダンスもやった事ないけどやれるだけの事はやろう
指定された席に座りチラリと辺りを見回してみる
中々大きなプロダクションで私もここにいるアイドルは何人か知っている
今回は妹が探してきてくれたオーディションは
新人発掘という事で技術力で評価される事は無いようだ
ちゃんと私に合ったオーディションを調べてくるなんて少し抜け目がないな
でも今はそれに助けられたようだ
一人づつ名前が呼ばれて部屋に入っていく
部屋から出てきた子は沈んだ顔をしたり、満面の笑みを浮かべたりと様々
書類を見るとオーディションの結果はその場で言い渡されるらしい
まぁ、長々と待たされるよりは良いか……
何だかこの場に似つかわしくない気持ちを持ちながらも自分の番を待つ
「ちょっと緊張してきちゃった……」
やっぱりこういう場はあんまり慣れなくて
普段はそれ程緊張はしないけれど、何だか身体が強張ってしまう
「では、名前を教えてもらえますでしょうか?」
「栗原ネネです。ステージを元気に駆け回るアイドルに憧れて応募しました」
「誰かの憧れになるような、元気を与えられるようなアイドルになりたいです」
「よろしくお願いします」
淡々と、何度も練習した挨拶を口にする
こういう面接は初めてなので失敗しないように練習してきたのが上手くいったようだ
「ありがとうございます。では、おかけ下さい」
「はい」
椅子に座って改めて面接官の人達を見てみると
さっきから話しかけてくれる優しそうなお爺さん
少し怖い顔をした中年の人
やる気のなさそうな顔で書類を見ている若い人
何だか、いかにも面接って感じでじわりと手に汗がにじみはじめる
「憧れているアイドルとは例えば誰でしょうか?」
「私は○○さんがとても凄いと思っています」
「うちの売り出し中のアイドルですね」
形式的な質問に答える
事前に色々調べてきたから特に詰まる事もなく答えれた
こういうのってどうなんだろう?
さっきからみんな難しい顔をしているけどどんな事を考えてるのかな……
「何故アイドルになりたいと思ったのですか?」
と、中年の人が口を開く
「妹のためにも……」
「妹の?」
「あ、いえ……」
「宜しければ事情を聞かせてもらえますか?」
「はい……私の妹は生まれつき身体が弱くて」
「そんな妹に元気を与えられるアイドルになれたらいいなって……」
「その妹さんの世話はあなたが?」
「は、はい……」
その言葉を聞いた面接官の顔が少し考えたような表情になった気がした
……当然かな、何から何までと言うわけではないけど
世話もしてるなら本業に集中できないだろうし
でも、隠してまで私はアイドルにはなりたくなかった
意志の強い目で真っ直ぐと面接官を見る
「私はアイドルも妹の事も精一杯がんばります」
少し考えているみんなに自分の意志をハッキリと伝える
きっと、これで落ちても悔いはないだろう
「……正直、アイドル業と妹さんの世話を両立させるのは難しいと思います」
「なので、今回はご縁が無かったと言う事で……」
「……わかりました」
ふぅ、と息を吐き、結果を受け入れる
ごめんね、お姉ちゃん頑張ったけれど駄目だったよ
でも、それでも良かったと思うんだ……
少し上を見上げて妹の事を思い出す
残念な顔をするだろうけど、きっと許してくれるよね……
「ねぇ……落とすんならその子貰って良い?」
ふと、さっきまで興味のなさそうな顔をしていた男の人が急に口を開く
私を含め他の人達は驚いた顔をして彼の方を見ていた
「栗原っつったっけ? 良かったら俺のとこ来るか?」
ニッと子供みたいな顔をして笑う男の人
良いよね? と他の二人に同意を求めると他の面接官は好きにしろと言った感じだ
「な、なんで……」
「なんでもかんでもないよ、気に入ったから」
まだ状況を理解できていなかった
さっき落ちたと思って諦めていたのに急に叩き起こされた気分だ
「というわけで合格ね。連絡はまた今度するからやるかやらないかはそん時に決めて」
パクパクと口を開け閉めする私に淡々と言葉を放ち、再びあくびをしながら書類を見ている
優しそうな面接官のお爺さんも「そういうわけです……」と諦めた感じで私に告げてくれた
「…………」
日が落ちて、少し辺りが暗くなり始めた頃
私は一人、さっき面接を受けたプロダクションの前に立っていた
「ん? お前は……」
「こ、こんばんわ……」
お目当ての人が来たので挨拶をする
さっき私を合格させてくれた男の人だ
後で聞いた話だと名前はPさん
このNプロダクションのプロデューサーらしい
「どうしたの? 連絡はするって言ったはずだけど……」
「あの、少し時間を貰って良いですか?」
「別にかまわないけど」
こうなることを予測していたのか、
特に驚く様子もなく私の提案を聞いてくれた
ずっと気になっていた、私を合格させてくれた理由が聞きたかった
クルクルと目の前に置かれたミルクティーをスプーンでかき混ぜる
勢いで喫茶店に入ったものの特に弾む会話も無く
さっきから二人揃って黙ったままだ
「で、オレに何の用?」
少し退屈そうにコーヒーを飲んでいたPさんが話を切り出す
「なんで、私を合格させてくれたんですか?」
「気に入ったからって言ったじゃん」
「でも、私は妹の事もありますから……」
「それも自分で頑張るって言ってたと思うけど?」
立て続けにもっともな事を返され
あうあうと頭が真っ白になってしまう
「妹さんはずっと身体が悪いのか?」
「はい、今もベッドで寝ている事がほとんどです……」
「なるほどな、そりゃアイドル業と一緒には厳しいわ」
少し、考えるようにPさんが私を見つめる
思えば誰かにこんな事を相談するのは初めてだな
「ま、そこら辺もわかって合格させてるから大丈夫だよ」
私の考えを見透かしたようにPさんが呟く
飄々としてるけど、実は結構考えてる人なのかな……
「で、でも……」
「……責任は全部オレが持つ、栗原は自分の好きなようにやればいい」
じっと、真剣な目が私をとらえる
私はこの人の事はまだほとんど知らないけど不思議と信じる気持ちになっていた
「妹さんを元気にさせるんだろ? まだ始まっても無いのにあーだこーだ考えるのは止めとけ」
「はいっ!」
素直に嬉しかった、こうやって私達の事を考えてくれる人がいたんだって
そう思えただけで私の顔は自然とほころんでいた
「あの……」
「ん?」
「ネネで良いですよ……」
男の人に名前で呼んで貰うように言うのは初めてだけど
不思議と嫌な感じはしなかった
これから一緒に頑張っていくなら
名字呼びというのも何か寂しかったからだ
「じゃ、そうするよ」と窓の外を見ながらPさんが答える
妹に勧められていつの間にかこんな事になってしまったけど
私はアイドルになった
これから、多くの人を元気にできるような
いっぱいいっぱい私の事を見て元気になってもらえるよう
お姉ちゃん、頑張るから……
「Pさん、私……」
「夢に手が届きました。でも、まだ手が届いただけ……」
「皆の憧れになれるアイドルになるために精進は止めません」
「それにはPさんの力が必要なんです……手を貸してくれますか?」
ふっ、と軽く笑ってPさんが嬉しそうな顔をする
「当たり前だろ、言っとくけど一蓮托生だからな」
「私、皆に元気を与えられるかな……?」
「そりゃ、ネネ次第だろうな」
「笑顔で、頑張りますね!」
二人で笑い合う
これから色んな事があるだろう
でもきっと乗り越えて見せるから
私は強い決意を胸にすっかり冷めてしまったミルクティーを飲み干す
家に帰ってきた私は妹の部屋に遊びに来ていた
今日の事を報告するためだ
「やった! やったね! お姉ちゃん!」
「うん、ありがとう……」
妹は全身で喜びを表現してくれる
その姿に私の方が冷静になってしまう程だ
Pさんに渡された簡単なスケジュールのメモを二人で見る
しばらくはレッスンをこなして
表舞台に出るにはまだまだ先の話になりそうだ
「私、絶対見るね! お姉ちゃんがステージに立つ所!」
目をキラキラさせて喜んでくれる妹を見て
私は凄く穏やかな顔をしていた
久々だな、こんな感じ……
お母さんもお父さんも喜んでくれていた
明日から始まるアイドル生活……
しっかりと見ててね、あなたが開いてくれた道だから
ガチャリ
通いなれた事務所に入る
いつも通り、机に突っ伏して一人の男の人が寝ている
「おはようございます!」
「ネネか、相変わらず早いな」
「早寝早起きは体に良いんですよ」
相変わらず事務所生活が多いみたいだ
何度も注意しているけど聞いてはくれない
「Pさん、お疲れですか? 食事と睡眠、とってます?」
「ボチボチね……」
「Pさん、お弁当作ったので……健康志向メニューですよ」
「いつもすまんね」
これもいつものやり取り
Pさんの不健康な生活を見てると我慢できなかった
だから、こうやってうるさくしてしまう
あれから数カ月……
私は順調にアイドルの道を歩んでいた
最初は大変だったけど
今ではアイドルと妹との生活を両立できている
Pさんが眠たそうに資料を読んでいる
きっと昨日も徹夜で作り上げた資料だろう
「……新しい、お仕事ですか?」
「んー、そうだな。あんまりやる気は無かったけどアイサバに出ないといかんみたい」
ポリポリと頬を掻きながらあくびをしている
口が悪くて、やる気がなさそうで、変な人だけど
私にとってはとっても頼りになる人だ
「そう言えば、今日だったっけ?」
「あっ、覚えててくれたんですね?」
「それは流石に忘れないわ」
この日は特別な日だった
アイドルになる前に一つだけPさんと約束したことだ
この日のために私はアイドルとして頑張ってきたんだから……
「……はぁ……はぁ……しんど……」
「兄ちゃんは体力が足りないよ!」
「うっせ……」
仕事が終わり日が暮れ始めた頃
みんなであの高台に向かう階段を歩く
Pさんは妹を背負って階段を上ってるせいか
さっきからずっと苦しそうだ
「Pさん、あと少しですから頑張りましょう!」
「あー、安請け合いしちまったな」
「今度、体力づくりのジョギング、一緒にいかがですか?」
「嫌に決まってんだろ!」
そう、私とPさんの約束……
アイドルとして1人前になったら
この高台で妹の前で歌いたかった
そして、決行に決めたのが今日
私は今から歌えるのが待ち遠しくて仕方がなかった
春の暖かさが身体を包む
ここから見える景色はいつも変わらない
今までは寂しい景色だったけど……
「わぁー、久しぶりに来たけどやっぱり良いね!」
「こんなところあったんだな……」
今日は一人じゃ無かった
やっと、みんなでここに来れた……
「私、精一杯歌いますね!」
「……皆に元気をもらったから!!」
パチパチパチパチ
二人がベンチに腰をかけ
私に向かって声援を送ってくれる
私が一番お気に入りの曲を歌う
力強く、今まで学んできた事が全て出せるように
……ねぇPさん?
今の私の姿、見てくれた人はどう思うかな?
いつか見た空の下で私は歌う
観客は二人しかいないけれど
私がアイドルになって一番笑顔になって欲しい人
私がアイドルになるために全力で支えてくれる人
とっても大事な二人だ
私の気持ちが届くよう心をこめて
笑顔になってくれるよう精一杯の声を出して……
「えっと……これでおしまいです」
ガバッ
「きゃっ!」
「お姉ちゃん! 凄いっ! 凄いよっ!」
急に抱きついてきた妹に対応できずに身体がよろけてしまう
「本当に……アイドルみたいだったよ!」
「一応アイドルなんだけどな、全然テレビとか出ないけど……」
うんうん、と泣いて喜んでくれる妹の頭をなでる
私、ちゃんとあなたが誇れるお姉ちゃんになれたかな……
じっと、微笑ましそうにこちらを見ているPさんの方を見る
「Pさん、私……どうでしたか?」
「そんだけ喜んでくれるファンがいりゃ充分だろ」
そう言いながらあの時見せてくれた子供みたいな笑顔で答えてくれる
「ねぇ、お姉ちゃん。これからステージに立ったりするんだよね?」
「うん、もうステージに立つことは決まってるから……」
「えへへっ、楽しみだなぁ!」
とても嬉しそうにはしゃぐ妹を見て私も笑う
お姉ちゃんはもっともっとみんなを元気にできるよう
これからもいっぱい頑張るからね……
少し時間がたち、日が落ちて周りは次第に夜に変わっていく
妹は久々にはしゃぎ疲れたせいか今は私の隣で寝息を立てている
「Pさん……私、アイドルになったのって……」
「ん?」
「ほんとは病弱な妹の為だったんです。私の頑張っている姿を見て欲しくて」
「ま、何となくそんな感じはしてたよ」
「……でも今は、Pさんの為でもあるんですよ!」
「オレの?」
「Pさんがいたから、私はここまで来れましたから!」
あの時、この人が私をアイドルにしてくれなかったら
今この瞬間は無かっただろう
変わらず妹と過ごしていっても良かった
でも今はこの子の嬉しそうな笑顔が見れて本当に良かったと思える
私もアイドルを続けて行くうちに少しづつ変われたと思う
「皆に元気を与えられる存在になるまであと少し……」
「Pさん、あと少しだけ頑張って、私を導いてくれますか?」
「当たり前だろ」
ずっと憧れていたみんなを笑顔にできるアイドル
いつか、そんなアイドルに私はなれるだろうか
おわり
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます
短編で終わらせる予定だったので色々ぶった切ってすすめましたが
これでこの話はおしまいになります
稚拙な文章ですがネネちゃんに少しでも注目が集まればと思い書きました
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