摩耶「あたしが手にする『自由』」提督「俺が与える『自由』」 (322)

・艦これSSです。

・摩耶がメインヒロインの予定。

・筆者は艦これ始めたばかりなのでキャラ掴みきれてないかも。

・なるべく早い更新を心がけます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416424073

南野鎮守府 防波堤灯台下

摩耶「……」

提督「やっぱりここか」

摩耶「うんん……。んだよ、提督。なんか用か?」ムクッ

提督「別に用ってわけじゃないが、少し暇だったからな。摩耶と話そうと思ってここに来た」

摩耶「……人の睡眠を邪魔しやがって、クソが」

提督「悪かったよ。相変わらず寝起きは機嫌が悪いな」

摩耶「当たり前だろ、あたしは摩耶様だぜ」

提督「偉そうに訳分からん屁理屈を言うな」

摩耶「ねみぃ……」

提督「聞いてないし、たく……。それにしても、お前ホントここで寝るの好きだよな。肌焼けるぞ?」

摩耶「別に気にしないしいいよ。それに今は夕暮れ時だぜ? 大丈夫だろ」

提督「気にしないって……。女子としてどうなんだ?」

摩耶「あたしは『女子』じゃねえよ。一応酒も飲めるしな」

提督「うわあ、おっさんくせえ……」

摩耶「ああん!?」

提督「嘘ですごめんなさい」

摩耶「ち、女におっさんとか普通に失礼だぞ」

提督(だったらもう少し女らしくして欲しいような……)

摩耶「なんか失礼なこと考えてねえだろうな……」ジロッ

提督「気のせいだろ」

摩耶「ならなんで目を逸らすよ」ズイ

提督「いや、別に……」(近い近い! 谷間が!)チラチラ

摩耶「……」ジー

提督「……」

摩耶「……ふん、まあいいや」スッ

提督(やっと離れた……。でも、ちょっと惜しいな)

摩耶「で、『暇』な提督さんは吹雪に仕事押し付けて、こんなところに来ても大丈夫なのか?」

提督「人聞きの悪い。押し付けてないぞ、ちょっと抜け出しただけだ」

摩耶「サボりじゃねえか。似たようなもんだろ」

提督「まあな……」フフ

ザーン、ザーン
ウミドリ>ニャーニャー、ニャーニャー

提督「……」

摩耶「……」

提督「もう三ヶ月だな」

摩耶「あん?」

提督「俺たちが出会ってからだよ」

摩耶「あー、そんなに経つのか」

提督「色々あったなあ……。命令無視して大破進撃しようとした誰かさんを叱ったりな」

摩耶「あ、あれは忘れてくれよ」かあっ

提督「おっ、珍しく顔真っ赤」

摩耶「ぶっ飛ばすぞ、てめえ!」ガンッ

提督「殴った後言うなよ……」

摩耶「うるせえ! あたしをからかおうとしたお前が悪い!」

提督「理不尽だ」

………
……


摩耶「なあ、提督」

提督「どうした?」

摩耶「あいつらって何て名前の鳥なんだ?」

ウミネコ>ニャーニャー

提督「ああ、ウミネコだな」

摩耶「ニャーニャー鳴くからか?」

提督「そうだ」(摩耶がニャーニャーって、ちょっと可愛いな)

摩耶「ふうん、安置だな」

提督「動物の名前なんてそんなもんだろ」

摩耶「あたしさ、あいつら見てると撃ち落としたくなるんだよね」

提督「はい?」

摩耶「引くなよ、おい」

提督「いや、だってイキナリそんなこと言われたら、ねえ……」

摩耶「なんか、ムカつく顔してんな」イラッ

提督「んんっ、とりあえず訳を聞こうか」

摩耶「ちっ……。なんかあいつらに限らず飛んでるもの全部に言えることなんだけどさ、無性に撃ち落としたくなるんだよな」

提督(流石対空バカ……)

摩耶「鳥はいいよな、自由に飛び回れてあちこち行けてさ。それが気に食わねえんだろうな、たぶん。悠々自適に飛ぶあいつらを同じ大地に引きずり下ろしてやりてえ」

提督「あいつらも、飛び回ることを別に楽しんでる訳じゃないさ。必死に生きてる。いつ外敵に殺され食われるかも分からないしな」

摩耶「でもいいじゃねえか、『自由』で」

提督「……」

摩耶「たとえ明日飯にありつけるか、そもそも生きれるか分からない。それでも『自由』じゃねえか。命を懸けてるあたし達と同じ境遇なのに、な。鎮守府(ここ)から出ることもロクにできねえあたし達とは大違いだ」

提督「摩耶、お前……」

摩耶「おいおい、んな顔すんなよ」

提督「……」

摩耶「あー、湿っぽい話なんてするもんじゃねえな。摩耶様らしくねえ」スクッ

提督「……」

摩耶「おら、サボりはもういいだろ。早いとこ戻って吹雪を手伝おうぜ」スタスタ

提督「なあ、摩耶」

摩耶「あん?」クルッ

提督「お前は、『自由』が欲しいか?」

摩耶「さあな」

提督(摩耶……)

行間と改行の仕方が変に見えますね…
気になる方は教えてください

>>1です。
皆様アドバイスありがとうございます。
あまり気にならないと言う意見が多いのでこのまま書いていきます。

今から投稿するのでお待ちください

執務室

吹雪「司令官、随分長いトイレでしたね?」ニッコリ

提督「いや、なに、ちょっとお通じが悪くてな……」汗ダラダラ

吹雪「へえ二時間もトイレに篭っていたんですか。それに先日も、先々日も、同じことを言ってましたねぇ。一度お医者さんに見てもらったらどうですか?」ギロッ

提督「ぜ、善処する」

摩耶「もっとマシな言い訳しろよ、馬鹿だなあ」やれやれ

吹雪「摩耶さんもですよ。サボりだって分かってるなら、ちゃんと注意してください」

摩耶「あいよー」

吹雪「……」ハア

提督「呆れられたぞ、摩耶」

吹雪「提督は論外です」

提督「……」

摩耶「はは、だせえ」ケラケラ

提督「……」イラッ

摩耶「あ、おいこら。頭のアンテナ引っ張るんじゃねえ!」

吹雪「いいから早く仕事に戻ってください!」

二時間後

摩耶「あー、ようやく終わったあ」ノビー

提督「いつもより早く終わったな」

摩耶「提督がサボらなけりゃ、もっと早く終わってただろうな」

提督「いや、サボるのはモチベーションを回復する有用な手段だ。サボらなかったら効率が落ちてより時間がかかっただろう」

摩耶「……」

提督「なんだその心底馬鹿を見るような目は」

吹雪「実際馬鹿でしょ」

提督(吹雪がひどい……)

摩耶(あー、こりゃ結構怒ってんな吹雪のやつ)

摩耶「後でご機嫌取った方がいいんじゃね?」ヒソヒソ

提督「そうだな。少しサボりすぎたようだ」ヒソヒソ

吹雪「……」ピク

提督「な、なあ吹雪」

吹雪「何ですか、馬鹿司令官」ツン

提督「その、今からなんだけどさ……。間宮さんのところに行かないか? アイス奢ってやるぞ」

吹雪「い、嫌です」プイ

摩耶(一瞬嬉しそうな顔したな)

提督「そんなこと言わずにさ。ほら、重巡洋パフェ奢るから」

吹雪「……戦艦パフェ」ボソ

提督「えっ?」

吹雪「せ、戦艦パフェなら……許してあげます」チラ

提督「あ、ああ、わかった。戦艦パフェ奢るよ」

吹雪「やった!……じゃ、じゃなくて、仕方ないから許してあげます。もう今度から無断でサボらないでくださいね!」

提督「ああ、わかった」ホッ

摩耶「提督ー、私空母パフェな」

提督「しれっと便乗するな!」

摩耶「さて、比叡と蒼龍も呼んで……」

提督「分かった! 奢る、奢るから! その二人にまで奢らされたら私が破綻する!」

………
……

甘味所 間宮

摩耶「あー、美味かったなあ!」キラキラ

吹雪「ですねえ。やっぱり間宮さんのパフェは最高です!」キラキラ

間宮「ふふ、ありがとうございます」

提督「……」むすっ

摩耶「おーい提督。息してるか?」ヒラヒラ

提督「してるよ。たくっ、何で私が摩耶の分まで……。しかも空母パフェじゃなく一番高い大型戦艦パフェ頼みやがって……」

摩耶「いいじゃねえか、この摩耶様のパフェ代にこれからなれる提督の三千円もきっと本望さ!」肩バシバシ

提督「……この傍若無人女」ボソ

摩耶「あん、何か言ったか?」ジロ

吹雪「摩耶さん、まあまあ」

摩耶「……ちっ、男のくせにウジウジしやがって」

提督「なんだと?」

吹雪「摩耶さん挑発しないで下さい! て、提督も」

間宮「ほっときなさい吹雪ちゃん。いつもの夫婦喧嘩よ」

摩耶「なっ……」カァ

摩耶「だ、誰がこんなやつと夫婦だってんだ!」

間宮「喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない? 毎日喧嘩してる摩耶ちゃんと提督さんは夫婦クラスの仲よ、きっと」ふふ

摩耶「なっ、なっな……誰が」チラ

提督「こちらこそお断りだ。私はもう少しおしとやかな女性が好みなんでね。例えばそう、間宮さんとか」

摩耶「」イラッ

摩耶「ふん!」バシーン!

提督「いってえええ! 何をする!」

摩耶「知るかこのクソ提督! お前なんか潜水艦の酸素魚雷の餌食になっちまえ!」

ズカズカ!
ガラッ、バーン!

吹雪「摩耶さん! ……ああ、出て行っちゃいましたね」

提督「なんなんだよ、たく」

間宮「今のは提督が悪いわね」

吹雪「ええ、フォローできないくらいに提督が悪いです」

提督「何故だ!」

間宮(鈍感すぎるのも罪ね)ハア

吹雪(……さりげなく間宮さんを口説いてるあたりが流石と言わざるおえません)ジト

提督「……まあ、いい。摩耶が横暴なのはいつものことだ」

吹雪「……あの、提督。もう帰りますか?」

提督「いや、私はもう少しここにいようと思う。今帰ると摩耶と鉢合わせするかもしれんしな。吹雪は帰りたかったら帰ってもいいぞ」

吹雪「あ、あの私もできればもう少しゆっくりしていきたいんですけど……。一緒にいてもいいですか?」チラ

提督「? 別に構わんが?」

吹雪「はい、ありがとうございます!」(やった! 摩耶さんにはちょっと悪いけど二人きりだ)ニコニコ

間宮(意外とちゃっかりしてるわよね、この子)

………
……


帰り道 港

摩耶「ちっ、あのクソ提督!」イライラ

摩耶(……まあ、調子に乗って高いやつ奢らせたあたしも悪かったけどさ)

摩耶(で、でも! あいつムカつくんだよ! 何が「もう少しおしとやかな女が好み」だ。間宮さんにもいつもデレデレしやがって!)
 
摩耶(それに、どうしてあたしがこんなにイライラしなきゃならねえんだ? あいつの好みなんてどうでもいいのはずなのに。なんかすげえモヤモヤする)

摩耶「だー! わかんねええ!」頭ガシガシ

摩耶(なんなんだよちくしょう! あー、こんな時姉さんがいてくれたら……)

摩耶(……)

摩耶(何馬鹿なこと考えてんだあたしは。あたしはあたしの力だけで、立ちはだかる壁を乗り越えるって決めたじゃないか! こんなくだらないことでイラついてたら、姉さんに笑われちまう!)

頭ブンブン

(しっかりしろ摩耶! わかんねえことは深く考えんな! 提督のアホヅラがまた気に食わねえならぶっ叩いてやればいい!)

摩耶「……よし」

比叡「あっ、摩耶さんじゃないですか!」

摩耶「よう、比叡」(み、見られてなかったよな……?)

比叡「こんな夜遅くに珍しいですね」

摩耶「まあな。比叡は釣竿とクーラーボックスを持ってるってことは今から夜釣りか?」

比叡「ええ。鯖の切り身を餌に、アナゴを! 狙って! 釣ります!」

摩耶「三回に分ける必要あったか?」

比叡「なんとなくです」たはは

比叡「ところで、摩耶さんは何をされてたんですか?」

摩耶「ああ、提督と吹雪と間宮さんのとこに行ってたんだ」

比叡「えー、ズルいなあ。せんぱ、提督も人が悪いですね。私も誘って欲しかったなあ」

摩耶 ニヤリ

摩耶「提督が言ってたけど、今度お前と蒼龍を誘おうかって話してたぜ。しかも全部奢りでな」ニヤニヤ

比叡「ヒ、ヒエー! ホントですか!? やったあ! 今度蒼龍さんにも声掛けないとですね!」

摩耶「喜ぶと思うぞ、あいつ」

摩耶(あたしをイラつかせた罰だ、クソ提督)にしし

今日はここまでです。
提督の口調が安定しない…

卒論をある程度書いてから、執筆しているので更新が遅い時間になると思います。
ご容赦ください

遅くなりました。少しですが投下します。

……ごめんね。

……今まで黙ってて

提督『待て……』

……私、行かなくちゃ。

提督『いくな、行くな!』

……ごめんね。

提督『行くなって言っているだろ!』

……あなたは、生きて。

提督『いくなあああ!!』

提督「!」ハッ

提督「……」

提督「……夢、か」

提督「また、嫌な夢を見たな……」

………
……


執務室

吹雪「おはようございます司令官」

提督「ああ、おはよう。早いな吹雪」

吹雪「いえいえ。秘書艦として当然ですよ」

提督「そうか、感心だ」

吹雪「ありがとうございます。それより、遠征に行っていた暁ちゃんたちからの報告書が届いてました。どうやら大成功だったようです」

提督「それはよかった。後で労いにいこう」

吹雪「はい。それと北野鎮守府から演習の申し込みが入ってました。お受けになりますか?」

提督「いや、先日の出撃したばかりだから今回は見送ることにする。資材に余裕がなくはないが、もう少し貯めておきたいしな。先方には私が直接連絡しよう」

吹雪「了解しました。後はいつもの書類整理をお願いします。昨日のうちに分類ごとに分けておいたので、こちらとこちら、優先事項からご覧下さい」バサバサ

提督「……」

吹雪「あの、司令官?」

提督「前と比べると、吹雪も大分秘書が板についてきたよな」

吹雪「提督と出会って、もう三ヶ月になりますからね。最初は大変でしたけど慣れちゃいました」

提督「お前みたいな小さい子が、三ヶ月でこれだけこなせるのは大したもんだよ」

吹雪「あ、ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」テレ

提督「……本来なら摩耶にさせるべきだったんだろうけど、あいつ細かい仕事苦手だし、すぐサボるからなあ」

吹雪「サボるのは提督も同じじゃないですか。人のこと言えないですよね?」ニコニコ

提督「うっ、それはそうだが……」

吹雪「多分私がはやく仕事に慣れたのは、サボり魔の誰かさんのおかげです」ニコニコ

提督(意外と意地悪だよな、吹雪……。でもちょっと上機嫌)

吹雪「さあ冗談はさておき、仕事に取り掛かりましょう」ニコニコ

提督「あ、ああ」

吹雪(褒められた、えへへ)

………
……

提督「んー、ちょっと疲れたな」

吹雪「ちょうどお昼時ですし、休憩しましょう」

提督「だな。あーお腹すいた」

吹雪「私も朝ご飯食べてなかったので少しお腹が空いちゃいました」

提督「朝ご飯食べないと大きくなれないぞ」

吹雪「ええ。いつもは食べてるんですけど、気になる書類があったもので……」

提督(……将来社畜になりそうだな、吹雪)

吹雪「どうします? 食堂に行きますか?」

提督「ああ、そうしよう」

バーン!

比叡「せんぱー、じゃなかった。司令!」

提督「ドアはノックして開けろと何度言えば分かるんだ、お前は……」やれやれ

比叡「そんなことより、約束の件どうなってるんですか!? もう一週間経ちましたよ!」

提督「約束? 何のことだ?」

比叡「忘れたんですか!? 自分から言っておいて最低です!」

提督「いや、忘れたもなにも……。お前と約束した覚えなんか」

比叡「摩耶さんから聞きましたよ!? 今度間宮に私と蒼龍さんを連れて行ってくれるって! しかも奢りで!」

提督(あのアマァァ!! 何てデタラメを!)

提督「私はそんなこと言ってないぞ! それは摩耶がテキトーについた嘘だ!」

比叡「ヒエ? そうなんですか?」

提督「ああ」

比叡「そうですか、楽しみにしてたのに……」ショボン

提督「……ぐっ」

提督(くそ、そんな悲しそうな顔するなよ! なんか罪悪感が……)

提督「……一つまでだ」

比叡「え?」

提督「パフェ一つまでって約束できるなら連れて行ってあげてもいい、ぞ」

比叡「ヒエー!! ホントですか!?」

吹雪(提督、基本的に女の子に弱いですよね。特に比叡さんに対しては……)

比叡「先輩! ありがとうございます! お姉様の次に大好きです!」

吹雪「!」

提督「調子のいいやつめ……」ハア

比叡「えへへー」

提督「褒めてないぞ、たく」

吹雪(比叡さんストレート過ぎますよ……。提督には流されてましたけど)

吹雪(いや、比叡さんのことだからあくまで「友達」的な意味でなんでしょうけど……。比叡さんはよくわからないや)

吹雪(もし「友達」的な意味じゃなかったら……。摩耶さんには、強力なライバルになるだろうな)

吹雪「……はあ」

提督「どうした吹雪?」

投稿いたします。

………
……


夜 間宮からの帰り道

提督(二日連続パフェを奢って、俺の財布がヤバイ)トボトボ

提督(比叡と蒼龍だけの筈が、暁たち駆逐艦ズに見つかったのが痛かったなあ。まあ、駆逐艦ズは大喰らいどもと違ってそんなに食べないし、遠征の大成功祝いのついでと思えばいい……)

提督(だが、摩耶のやつは許さない。見つけたらアンテナへし折ってやる……)

ドン、ドン、ドン!
ベチャベチャ

提督(ん? 砲撃音か? 着弾音からしておそらくは練習用のペイント弾か)

提督「こんな夜更けに一体誰が? 夜戦訓練は今日は行っていないはずだが……」

提督「林の奥か……何故そんなところから」

ガサガサ
スッ

林の中、少し開けた広場。

提督(誰かいる。……あれは、摩耶か)

摩耶「……」

提督(真ん中に突っ立っている。集中しているようだ……)

摩耶「ーー」ギロッ

提督(!?)ゾクッ

提督(す、凄まじい気迫だ……。まるでこれから狩りをする獣のようなーー)

 摩耶は中腰の姿勢を取り、装備している全砲台を空へと定めた。

 発砲した。それも数回。ペイント弾が使われているといえど、その爆発音は暴力的で、発砲のたびに衝撃が腹の下まで響き渡った。私は思わず耳を塞いでいた。

 発砲音が終わる。遅れて何かが地面に落ちた音が複数聞こえた。

提督(何かを撃ち落とした?)

提督(馬鹿な、こんな月明かりしかない夜中に……)

摩耶「……ふぅ」ガチャ

摩耶「おい、隠れてるやつ出て来な」

ガサガサ

提督「……ばれていたか」

摩耶「んだよ、提督か。覗き見なんて趣味悪いぜ」

提督「すまんな、つい気になったんだ。何してたんだ?」

摩耶「見りゃわかんだろ。訓練だよ、対空訓練」

提督「……こんな夜中にか?」

摩耶「そうだよ。昼間は蒼龍に手伝ってもらうんだけど、夜は艦載機を飛ばせないからな。妖精さん達に頼んで捕まえた夜鳥に的を括り付けて貰ってな、適当なタイミングで鳥を離してもらう。で、飛んでいく夜鳥の『的』だけを正確に射抜く。そういう訓練だ」

妖精さん達「モウイイカ?」

摩耶「おう、これ約束のキャンディな」ヒョイ

妖精さん達「オ、アリガトー」

摩耶「また頼むなー」ヒラヒラ

提督「……」唖然

摩耶「あん、どうした? 間抜け面で固まってよ」

提督「いやいや。夜鳥に括り付けた的だけ射抜くって……。そんな無茶苦茶な……」

摩耶「疑ってんのかよ?」

提督「そりゃあ、な。いくらお前が対空砲火が得意だからって」

摩耶「論より証拠だ」ヒョイ

提督「これは、さっき落ちてきたやつか……。ペイントで汚れてるな」

摩耶「これもこれも。あ! あちゃあ、一つだけ鳥に当たっちまったか……」

鳥「」ピクピク

提督「」

提督(マジなのか……)

提督(夜、しかも不規則に飛ぶ的を全て当てたというのか。それに俺からは鳥は見えなかった。それなりの高度を飛んでいたはずだ。神技なんてもんじゃない、幾ら艦娘が人間より優れた身体能力を持っているからって……これは明らかに異常だ)

提督(優秀な艦娘であることは配属当初から分かっていたことだが。摩耶、こいつは……やはり他の艦娘とは明らかに違う。何が、とまで言えんが)

提督「……疑って悪かった」

摩耶「いや、いいよ。普通は信じねえだろうし」

提督「それにしても、どうしてこんな訓練をする必要がある? 夜戦での対空訓練に意味などないはずだ」

摩耶「空母の艦載機は夜戦で使えないのが常識だからか?」

提督「ああ、そうだ」


摩耶「もしかしたら夜に艦載機を飛ばしてくる敵がいるかもしれないぜ?」

提督「そんな馬鹿なことあるわけない。夜間の発着は不可能だ。あり得ない」

摩耶「そんな馬鹿なことがあり得るんだよ、戦場では」ギロッ

提督「……」

摩耶「常識では決して考えられない事態が起こることなんていくらでもな。そういうことがあるから戦場は『天使と悪魔が同居する場所』なんて言われるんだぜ? この程度、想定するくらい当たり前だし、仮に外れたとしても自分の得意分野を最大限に伸ばす努力は決して無駄になりはしない」

摩耶「なあ、提督。戦場では既存の先入観なんて捨てた方が身のためだぜ? でなけりゃ、お前死ぬぞ?」

提督「……」

提督(何も言えない。摩耶の何処か濁った瞳に見詰められると二の句が告げなくなる)

提督(配属当初、こいつはこんな眼をしていた。まるでこの世の汚いもの全て見てきたような眼だ。今ではあまり見なくなったが、時折こうしてこの眼をすることがある……)

提督(一体何を見てきたら、こんな眼をすることが出来るというんだ……)ごくっ

提督「なあ、摩耶」

摩耶「あん?」

提督「いや、何でもない……」

摩耶「……そうかい」

提督(私は……いや、俺は訊けないでいた。摩耶が戦う理由を)

提督(彼女自身が少しだけ話したことはある。深海棲艦が憎い、そう言っていた。確かにやつらを憎んでいる艦娘は多い。親を殺されたものもいれば家を失ったものもいる。憎悪が戦う理由になることは、報復戦なんて言葉があるくらい自然なことだ。だが、摩耶の場合……単純にそれだけなのだろうか)

提督(摩耶が過去に勤めていた鎮守府からの報告書や吹雪から聞いた事実と照らし合わせても、あいつの戦闘にかける気概は行き過ぎた感がある。過去に命令無視の進軍の記録が複数と、驚くべきは単騎出撃という無謀を幾度か経験していること)

提督(そう、まるであいつは自分の命に感心がないみたいだ。死んでもいい、と思っているのかもしれない。やつらに対する憎悪が自分の命の重さに勝っているのか、それとも他の何かがあるのかはわからない。他の艦娘に見られる蛮勇とも違う……。もっとドライなものだ)

摩耶「どうした、提督。考え込んで」

提督「すまん、ちょっと考え事をな……」

摩耶「早く戻ろうぜ。と、その前に的を片付けないとな。鳥は……」

提督「私が預かろう。獲っても問題ない鳥のようだし、比叡なら捌けるだろう。せめて食べなければ命に失礼だ」

摩耶「かもな。なら頼むぜ」

提督「……ああ」

摩耶「……」

提督(摩耶、お前は一体……)

摩耶「なあ、提督……」

提督「どうした?」

摩耶「クリーム、頬についてるぜ?」ニヤ

提督「え?」右頬触り

摩耶「そっちじゃねえよ」スッ

摩耶 パクッ

提督「……っ」カアッ

摩耶「んー、あっまー! 提督間宮さんのとこに行ってただろ? 行くんならあたしも誘ってくれりゃよかったのによ」

提督「そ、そうだ忘れてた! 摩耶お前! お前が適当な嘘をついてくれたおかげで比叡と蒼龍にパフェを奢る羽目になったんだからな!」

摩耶「あん? なんだそりゃ? ……ああ、昨日比叡にあった時のことか」

提督「やっぱりお前か! お前のせいで私の諭吉が犠牲になったんだぞ!」

摩耶「別にいいじゃねえか、仮にも『提督』なんだから金はたんまり貰ってんだろ?」にしし

提督(今の悪戯が成功した子供みたいな顔可愛い……。じゃなくて!)

提督「新米だから意外と薄給なんだぞ……。それに、私はいつも無駄遣いしないように節約してるんだ」

摩耶「小せえこというやつだなあ」

提督「小さくねえ!」

摩耶「はいはい。あたしが悪かったですよ〜」スタスタ

提督「待てこら!」

摩耶<ア、コラ! アンテナツカムンジャネエ!

提督<ウルセエ! カネカエセ!

投下終了です。
最初に書いておけばよかったのですが、オリジナルの設定アリです。
後、*グロ鬱注意です
苦手な方、お気をつけください。

投下します。

朝、鎮守府近くの海

提督「四時の方向、敵影あり! 潜水艦数3! 陣形を単縦陣から単横陣へ!」

提督「暁遅れてるぞ! 足並みを乱すな!」

暁「は、はい!」

提督「電! 気を抜くなっ! 魚雷の餌食になりたいか!」

電「はわわ!」

提督「よし! そのまま陣形を維持! 雷撃準備! 早くしろ! 後三秒は短縮できるぞ!」

提督「五秒後に攻撃開始!」

提督「2……1……撃て!」

バシュ、バシュ!

提督「旗艦、報告せよ!」

吹雪「報告します! 敵潜水艦全機撃破確認! 味方の損害軽微! 追って指示を願います!」

提督「進撃やめ! 艦隊は速やかに帰還せよ! 警戒を怠るなよ!」

>暁ィ! ほっとするな! 何度言えば分かる!

>す、すいません!

摩耶「……」

蒼龍「退屈そうね」

摩耶「まーな。暇だからガキどもの訓練を見てた」

蒼龍「確か駆逐艦隊の想定演習だったわよね? で、訓練はどんな感じだった?」

摩耶「てんで駄目だ。無駄が多すぎる。あれじゃ、ちょいと強い敵に出くわしたら全員戦死だろうな。吹雪の動きはそこそこだが、他のやつらが足を引っ張ってる」

蒼龍「て、手厳しいわね……」

摩耶「事実じゃねえか。提督の指示がなくても動けるところがいくつもあった。動きも遅い。注意も所々散漫。お世辞でも出来てるとは言えねえさ」

蒼龍「あの娘達はまだ配属されて一ヶ月たたないんだし、吹雪ちゃん以外は実戦経験も浅い。しょうがない部分もあるわよ」

摩耶「まあ、一ヶ月にしちゃよくやれてる方だとは思うけどな。ただ、まだまだあいつらに背中を任せる気にはならねえな」

蒼龍「そんなキツいことばかり言うから駆逐艦の娘達から怖がられるのよ」

摩耶「……けっ」ムス

蒼龍(案外気にしてたのね……)

摩耶「別にいいよ、どう思われても。嫌われるのは慣れてっから」

蒼龍「あはは……」苦笑い

蒼龍(嫌われてはないんだけどね……。どっちかと言うと畏敬の念を持たれてるって感じかしら。暁ちゃんと電ちゃんは純粋に怖がってるけど)

摩耶「にしても、吹雪のやつは中々やるようになったな」

蒼龍「あら? 吹雪ちゃんは褒めるのね」

摩耶「まあな。配属のときと比べたらかなり良くなってきてる。さっきの訓練もあえて周りと足並みを合わせてるところがあった。砲撃や雷撃もスムーズに行っていたし、着実に練度が上がってる感じだ」

蒼龍「吹雪ちゃんは努力家ですものね。提督の秘書で忙しいはずなのに、休日は資料室で戦術書を読んでいたり、自主航海訓練をしたり、よくやるわよ」

摩耶「あいつは中央志望だからな」

蒼龍「吹雪ちゃんのお父様は総司令官だったわよね。将来お父様の元で働きたいって話してくれたことがあったわ。中央への配属条件が地方の鎮守府で優秀な成績を残すことだから、他の子達より頑張るんでしょうね。……ちょっと根を詰め過ぎて心配になるけど」

摩耶「ああ。あいつもあたしや提督みたいにもう少し融通利かせればいいのによ」

蒼龍「あなたや提督は、もう少しサボりを自重すべきだと思うけどね……。それにしても、吹雪ちゃんはどうしてここに配属されたのかしら? しかも初期艦なのよね?」

摩耶「吹雪の親父と提督が師弟関係だからじゃねえか? 自分の弟子なら信頼できるし、総司令官の娘だとどうしても贔屓目で見られるから、艦娘を生まれや艦種で差別しない『心優しい』提督が選ばれたんだろうよ」

蒼龍「なるほど、一理あるわ」

蒼龍(提督について、随分皮肉っぽく言うわね……)

書き込めない。
もう一度投下します。

書き込まれてないですね…

摩耶「提督に娘を任せたのはいい判断だろうよ。きっちり実戦には立たせるが、中破した艦が出たら無理せず即撤退させるからな。おかげで轟沈する心配もなくある程度実戦経験を積めるってわけよ」

蒼龍「どこも普通は大破した艦が出るまでは進撃させるから、あなたが提督を甘いって揶揄するのは分からなくはないわ。でも、それは提督のいいところなのよ。私たちを兵器じゃなく一人の人間として見てくれるってことなんだから。おかげでこの鎮守府では今だに轟沈報告がない」

摩耶「別に揶揄したつもりはねえよ。指揮官としては考え方が甘いのは確かだが、一人の人間としては嫌いじゃねえ。むしろ好感が持てる方だ」

蒼龍「へえ」ニヤニヤ

摩耶「……んだよ、その顔」

蒼龍「嫌いじゃないんだ。好感がもてるんだー」ニヤニヤ

摩耶「……ブッ飛ばせれてえか、おい」

蒼龍「そんな顔真っ赤で言われても怖くないわよ〜」

摩耶「……っ。あ、赤くなってねえよ!」

蒼龍「もう、照れちゃって。摩耶ったら可愛いわね!」ガバッ

摩耶「抱きつくな馬鹿! 暑苦しいんだよ!」グイグイ

蒼龍「いいじゃない女の子同士なんだし〜」

摩耶「こ、この!」

蒼龍>ワーヤワラカーイ

摩耶>ドコサワッテンダ!

提督「……」ジー

電「司令官、どうしたのです?」

提督「いや、ゆるゆり御馳走様です……てっな」

電「?」

………
……


夕方。鎮守府 本館廊下

摩耶 スタスタ

電(は、はわわ。摩耶さんが前から歩いてきたのです)

電「お、おはようございます、なのです……」

摩耶「おう」ジロッ

電「は、はわ!」ビクッ

摩耶「……」

電「……」

電(こ、怖いのです! 沈黙が気まずいのです! ど、どうすれば……)

摩耶「……」ハア

電 ビクッ!

摩耶「おい、電」

電「は、はわ! 私は今お金を持ってないのです! 許してくださいなのです!」

摩耶「いや、カツアゲじゃねえから。お前、あたしのことをなんだと思ってるんだよ……」頭ガリガリ

電(お、怒っているのです! こ、怖い!)

電「ご、ごごごめんなさいなのです!」

摩耶「いや、別にいいんだけどよ。それより、今日の訓練についてなんだが」

電「」ビクッ

電(み、見てたのです? ヤバイのです! 今日は司令官さんからいっぱい怒られたから多分そのことについてなのです! 「だらしねえな」とか言われて、シゴキをくらうかも……どうしようどうしよう!)

電(暁お姉ちゃん、助けてくださいなのです! は、はわわわ)ジワッ

摩耶「あー、なんだ。前に比べれば動きも随分よくなって--って、どうした?」

電「ごめんなさい。一杯失敗して、人とぶつかって……。私鈍臭いからみんなに迷惑ばかりかけて」ウルウル

摩耶「お、おい?」

電「司令官さんにも一杯怒られちゃったのです。ちゃんと反省しているのです。だから、だからもう」ブワッ

摩耶「え、ちょっと」

電「だから怒らないでくださいなのですぅぅう」ワァァァ

摩耶「」

電「うわああああああ!」

摩耶「お、落ち着け電! あたしは別に怒ってるわけじゃないから!」

電「ああああああああ!」

摩耶「え、えーと。そうだ! キャンディ食べるか? 甘いもの好きだろう!?」スッ

電「おうごんとうはたべれないのでずぅぅぅ! ごめんなざいいいいいい!」

摩耶(なんで!? 美味いじゃん黄金糖!)

摩耶「そ、そうだったのか! クソッ、それなら……」

暁「煩いわねえ!? せっかく優雅な休憩を過ごすにはどうすればいいか考えてたのに、全部忘れたじゃない! --って、電!? どうしたの!?」

電「おねえぢゃんんんん! まやざんがぁぁぁぁ、まやざんにぃぃぃ!!」ダキッ

暁「い、電。落ち着きなさい! レディはいかなる時でも落ち着いてなくてはならないのよ! --ま、摩耶! あんた私の妹に何したのよ!? あ、あんたといえど許さないわよ!!」ギロッ

摩耶「な、何もしてねえよ!」

暁「嘘つくな! じゃあなんでこんなに電が泣いているのよ!?」

摩耶「こっちが知りてえよ! あたしはただ今日の訓練について褒めようと」

暁「あ、あんたが人を褒めるわけないじゃない!?」

摩耶「あぁ!?」ギロ

暁「ひぅ!?」ビクッ

摩耶(しまった、つい反射的に)

摩耶「と、とにかく。今は電を大人しくさせねえと」

暁「! そ、そうね!? でも電は一度泣き出すと中々止まらないから大変なのよ!」

摩耶「なんだと!? だああ、めんどくせえ!」

電「めんどぐざぐでごめんなざいぃぃぃ!」ビエエエエ!!

暁「い、電!? 悪化させてどうするのよ!」

摩耶「だぁぁ! どうしりゃいいんだ一体!?」

暁「こ、こういう時は……ほーら、電? イナイナイバア!」変顔

電「ああああああ!」

暁「く、ダメみたいね! 摩耶、あんたも何かしなさいよ!?」

摩耶「は!? ふざけんじゃねえぞ、なんであたしが!」

暁「元はといえばあんたのせいでしょ!?」

摩耶「……ぐっ」

摩耶(や、やるしかねえのか……)


摩耶「電、こっち向け」クイッ

摩耶「か……か……」カアッ

提督「おいどうしたん……」ガチャ

蒼龍「騒がしいわね、いったい……」ガチャ

摩耶「カーニバルダヨ!」

ダヨ……ダヨ……

電「」ピタッ

暁「」

提督「」

蒼龍「」

摩耶「……」

摩耶「……」クルッ

提督「……」目そらし

蒼龍「……」目そらし

摩耶「……」

提督「カーニバルダヨ!」

蒼龍「ソウネ、タノシイカーニバル!」

摩耶「〜〜!」

摩耶「……探さないでくれ」スッ

スタスタスタスタ……

>ウワアアアアア

提督「……」

蒼龍「……」

暁「……ねえ」

提督「皆まで言うな、分かってる」

蒼龍「きっと、あれは泣く子を黙らせる魔法の言葉なのよ……」

提督「ああ、多分な。このことは他言無用だ。命が惜しいならな」

暁「分かったわ……」

この不幸な事件をきっかけに、暁と電は前ほど摩耶のことを怖がらなくなったという。

大変なミスを発見した。
比叡サンが一週間後と発言してるのにも関わらず、提督が「二日連続で」と発言している……
提督の発言の方が正しい日数です。

卒論忙しす…
明日までに更新します

遅れてすいません
投下します

南方海域

提督『状況はどうなっている、蒼龍』

蒼龍「今偵察機を飛ばしています……。っ! 敵艦隊発見! 敵はまだ射程外! 戦艦2隻、空母2隻、軽巡2隻確認!」

提督『敵は六隻か。単縦陣をひけ。蒼龍、瑞鳳の先制攻撃が終わり、敵が射程に入り次第砲撃に入る。準備を怠るな!』

比叡「了解!」

吹雪「準備します!」

摩耶「もうやってる」

鈴谷「こっちも終わったよー」

提督『頼もしいかぎりだ』

蒼龍「提督! 艦載機が飛ばせる距離まで入りました! 艦載機発艦します!」弓構え

瑞鳳「全機発艦! 軽空母だってやればできるんだから!」弓構え

提督『よし、行け!』

グッグッ、ヒュンヒュン!
ピカッ!
ブウウンン……。

瑞鳳「敵艦載機確認! これより航空戦に入ります!」

蒼龍「交戦まで、二、一……。くっ、制空権を取られました! 敵十数機こちらに向かってます!」

提督『了解! 摩耶!』

摩耶「分かってるよ。全員あたしの後ろに隠れてな!」スッ

鈴谷「私も支援するよ」ガチャ

摩耶「ああ、できたらな。多分いらねえけど」

鈴谷「は?」

摩耶「……」空ギロッ

敵艦載機>ブウゥゥゥン……

摩耶(電探に頼るまでもねえ。音の重なり方からして十二、三ってとこだな。陣形は……おそらくは機動隊形だろう。なら)スッ

摩耶(……まずはフェイントで機銃を)ババババッ

艦載機>スッ

摩耶「そこに避けたな、読んでたぜ」ドン、ドン!

バン、バァン!

摩耶「まだまだぁ!」ドン、ドン、ドン、ドン、ババババッ!

バン、バン、バァン!
バン、バン……!

摩耶「……」スッ

摩耶「全機撃破確認」

比叡「ヒ、ヒエー……」

吹雪(な、何度も見てるけど、やっぱりすごいな摩耶さん……。まるで敵機に吸い込まれるように弾が当たってました。完全に敵機の動きを読まないと出来ない芸当ですね。神業です)

鈴谷(え……え? なんなのこの人……)唖然

提督『よくやった。蒼龍、こちらの艦載機による敵の損害は?」

蒼龍「軽巡一隻を大破に追い込んだ程度です」

提督『よし。次は砲撃戦だ! 比叡、砲撃用意! 摩耶と吹雪は比叡の援護を! 鈴谷は空母の二人が攻撃準備を終えるまで護衛に回れ!』

全員「了解!」

………
……


鎮守府 執務室

提督「諸君、ご苦労だった。怪我人がいないのは僥倖である。諸君の活躍のおかげで、今回の作戦も成功だったぞ」

蒼龍「ありがとうございます、提督」

吹雪「次も頑張りますね!」

提督「うむ。今回のMVPについてだが、敵戦艦を一撃で仕留めた比叡だ。目覚ましい戦果だ、今後もよろしく頼む」

比叡「頑張ったかいがありました! ありがとうございます!」

提督「私からの報告は以上だ。皆の方から報告は……ないようだな。もし何か体調に異常を感じたりした場合はすぐに訴えるように。それでは、解散!」ビシッ

全員 敬礼

スタスタ……ガチャ、バタン!

提督「ああ、そうだ鈴谷。君だけ残りなさい」

鈴谷「……ん? わかったよ」

鈴谷(何だろう? 今日の出撃についてお説教でもされるのかな)

提督「……」

鈴谷「……」ゴクッ

提督「そんなに緊張することはない、楽にしたまえ。……さて、君がここに配属されてから一週間がたったな。どうだ、皆とは上手くやれているか?」

鈴谷「……」

提督「ん? どうした?」

鈴谷「いやぁ、こんなこと言ったら失礼かもだけど、提督って変わってるなーと思ってさ」

提督「?」

鈴谷「私てっきり今日の出撃について説教されるって思ってたんだよね。だって、ほら、正直私が一番役にたってなかったしー」

提督「そうか? まだうちの連中と連携が上手く取れてなかっただけだろ? 今回の出撃は、そもそも君にうちの艦隊に慣れてもらう目的で行ったものだしな。そのくらいで怒りはしないさ」

鈴谷「ふぅん。前の勤め先だと、絶対怒られてたんだけどなあ。初陣でちょいとやらかしちゃって平手打ちくらったし」

提督「私はそんなことはしないさ。命を無駄にするようなこと、例えば無茶な進撃をしたりしたら怒るかもしれんがね」

鈴谷「戦力が低下するからだよね?」

提督「違うさ、違う。他の提督は君ら艦娘のことをただの兵器として見ているかもしれんが、私は君たちのことを一人の人間として見ているからな。できることなら戦死してもらいたくない」

鈴谷「でも、それが普通だよ? 私たちは兵器として育てられたんだから」

提督「兵器ではないよ、君たちは立派な人間だ」

鈴谷「……」

鈴谷(やっぱり、変わってる)クスッ

提督「どうした?」

鈴谷「提督は甘いね。この前食べたフルーツカレーより甘いよ」

提督「よく言われる」

鈴谷「でも、私は嫌いじゃないかな。うん。そういう提督の甘さ、嫌いじゃないよ」

提督「……そうか」

鈴谷「さっきの質問の答えだけどね。私はこの鎮守府のみんなとは上手くやれてるよ。みんな明るくて優しいから、すぐに仲良くなれちゃったんだよねー」

提督「ああ、皆いい奴だからな。ちょっとクセの強いやつもいるが」

鈴谷「あはは。提督も優しいし、賑やかな艦隊だから来てよかったよ」

提督「そう言ってもらえると嬉しいな。まあ、何にせよ上手くやれてるようでよかった」

鈴谷「うん」

提督「さて、後もう一つ聞きたいことがあるんだ。今日、うちの第一艦隊に入って出撃したが……どうだった? ついていけるか?」

鈴谷「うーん、皆レベルが高いよね。私はまだ艦娘になって一年だけど、みんな私より遥かに戦い慣れている感じがする。今日もついて行くのが正直やっとだった」

提督「吹雪はキャリア三ヶ月で君より後輩だが、他の皆は君より先輩だな」

鈴谷「へえ、あの駆逐艦の子やるねえ。三ヶ月とは思えないほどの動きだったよ。負けてらんないや」

提督「あの子は我が艦隊一の努力家だからな。日頃から研鑽を怠らないようにしないと、すぐ抜かれるぞ」

鈴谷「こ、心しておきます」

提督「さて、他の連中についてはどう思った?」

鈴谷「比叡さんは凄い火力の攻撃を着実に敵へと叩きこんでたし、瑞鳳さんは扱う艦載機の数が少ない分、操作能力はすば抜けていたよね。蒼龍さんは常に落ち着いて状況分析していて、艦載機も瑞鳳さんほどじゃないけど扱いに熟知していた。この三人は明らかに戦い慣れしてるよね。決して甘くない修羅場を幾度とくぐってきたんだろうなーというのがわかるよ。でも、その三人以上に飛び抜けた人が一人いた」

提督「摩耶……か」

鈴谷「うん、摩耶さん。あの人ってさ、何者なの? ちょっち普通じゃないよ、あれ。対空砲火が上手いなんてもんじゃなく、神業の域に達しているよね。普通対空砲火ってさ、数うちゃ当たるが基本じゃん? で、何機か堕ちればいいかなーって程度なのに、あの人一発一発を正確に当てて落としてた。しかも、十数機ある敵機を全部……」

提督「旧式の艦が使われていた前時代の戦争においても、対空砲はあくまで脅しであり、せいぜい艦に近づけさせないようにする効果しかなかった。艦娘と深海棲艦との戦いとなった今の戦争においても、その意味合いは大して変わったものではないだろう。だからこそ、摩耶のやつが普通ではないと思えるのは間違いではない」

鈴谷「だよね。私も『学校』でそう教わったよ。あれ、訓練してどうにかなるレベル超えてると思う。艦載機がどう避けるか完璧に予測しないとあんな真似できないだろうし……。出来ると思う? そんな馬鹿げた真似」

提督「できんな。だが、摩耶はできている。しかも敵空母が多い編成でもない限り電探も使うことがないからな」

鈴谷「え!? 嘘でしょ!? ということはさっきの戦闘でも電探の補助を使ってなかったの!?」

提督「だろうな。本人曰く『あんなもん(電探)、駄菓子についてくるオマケみたいなもんだ』らしい。艦載機の飛行音、天候、そのときの戦場の様子、仲間の編成、敵艦載機の機種、その他の要因から敵艦載機の数からどんな編隊行動をとってくるかまで読みとれる、そうだ」苦笑い


鈴谷「……」呆然

提督「唖然とする気持ちは分からなくはない。私も初めて見たときはそうだった。今まで信じてきた教科書を目の前で破り捨てられた気分だったさ。一体どうすれば、あんな神がかった『勘』が身につくのか……」

鈴谷「摩耶さんって、一体……何者なの?」

提督「さあな。私が知りたいくらいだ」

鈴谷「さあなって……。どうして提督が知らないのよ」ジト

提督「ここ三年間の経歴くらいなら知っているが、他はサッパリだ。摩耶はあまり過去の話をしたがらないからな。聞いたことがあるがそれとなくかわされたよ」

鈴谷「提督の権限使って調べればいいんじゃない?」

提督「私の権限なんてたかがしれてるさ。それに、艦娘の人事は中央が全て握ってる関係上、艦娘のデータをもらうのは難しいんだよ。簡単なデータなら配属に際して送ってくれるが、生まれや育ち、艦娘になった経緯などの詳細データは申請が必要となってくるんだ」

鈴谷「へえ、知らなかった」

提督「しかもその申請を通すのが難しいんだ。まずデータを知る上で正当な理由が必要だし、当該する艦娘の許可がいる。その上で提督の人事評価が参照され、総司令官殿が許可を出してはじめて閲覧を許されるんだ」

鈴谷「うわあ、めんどくさ!」

提督「だろう? でも仕方ないんだよ。艦娘が戦力として認められ出した頃、提督のセクシャルハラスメントが問題になってな。艦娘の家族の情報などを盾に脅し、性暴力を振るう下衆な輩が多かったそうだ。その影響で一部の鎮守府では耐えかねた艦娘によるボイコットなどが多発していた。問題を重く見た上層部が中央に艦娘の人事権の大部分を移して、徹底した情報管理を敷くようになったんだ。一部では、人事権の恣意化などと批判もあるが、私はこれでよかったと思うよ」

鈴谷「なるほど、そういう背景があったわけね。私は艦娘だから戦いに出るのは本望だし、兵器扱いされるのは構わないけど。セクハラだけはされたくないねー……キモい」

提督「兵器扱いも嫌がれよ……。と、話を戻そう。私が摩耶について知らないのは、まあそういうことだ。摩耶の許可が絶対に取れないからな」

鈴谷「なるほど〜。摩耶さんは謎多き艦娘だねー」

鈴谷(摩耶さん、か。なんか不良っぽい人だなくらいとしか思ってなかったけど、ちょいと興味が出てきたなあ……)

投下終了です。
次の話が終わったら、安価をとってほのぼのな話をいくつか書こうかなと思います。
エロいのとか汚ないのとかはなしで。あくまでほのぼーのした感じで行きます。
あと、無理そうだと判断したら再安価とるかもしれません。

………
……


翌日、鎮守府本館廊下

鈴谷(うーん、暇だなあ……)

鈴谷(今日は休暇になったけど、やることがない。どうやって時間潰そうかなー)

鈴谷(間宮さんのお店に行ってみようかなー。まだ行ったことなかったからね。でも、一人でいくのも味気ないし……瑞鳳さんでも誘おうかな)

鈴谷(ん? あれは……)

摩耶「ふあ〜、あー、だりぃ」ノビー

鈴谷(摩耶さんじゃん。なんか、女の子として色々残念な声だしてるけど……)

摩耶 スタスタ

鈴谷(外に行くみたいだね)

鈴谷(そうだ! 摩耶さんを誘ってみようかなー。色々話とかしてみたいと思ってたし)

鈴谷(そうと決まれば……ん? ちょいと待て、面白いこと考えた。このまま後をつけて見るのはどうでしょうか)

鈴谷(謎の艦娘、摩耶さんがどんな日常を送っているのか……少し気になるしね)

鈴谷(よし、バレないように慎重に……)コソコソ

………
……


南野鎮守府 港

摩耶「……」スタスタ

鈴谷 コソコソ、サッ

鈴谷(港にきちゃったね。何する気だろ?)

鈴谷(ここは置きっぱにされた搬入物資とかがあるから隠れるのにいいけど、灯台の方とかにいかれたら追跡は無理だねー)

暁「あんた、何やってんのよ」

鈴谷 ビクッ

暁「あ、確かこの前入ってきた重巡の人じゃない? えーと、確か鈴谷だっけ?」

鈴谷「なんだ駆逐艦ちゃんか〜、ビックリした」

暁「私は暁よ。大人のレディとして扱いなさいよね!」

鈴谷(……レディ(笑)。まあ、この年の子は背伸びしたくなるものか)

暁「何よ、その目は」ムッ

鈴谷「べつにー。暁ちゃんは可愛のに、大人だなあって思っただけだよ」

暁「え? そ、そうかしら」テレ

鈴谷(チョロいなー)フフッ

暁「で、それよりあんたは何してんのよ。こそこそ物陰に隠れて。傍から見たらものすごく怪しいわよ」

鈴谷「摩耶さんを追跡中なの」

暁「憲兵を呼ばないと……」サッ

ガシッ

鈴谷「まあまあ待ちなって。暁ちゃんは気にならないの? あの摩耶さんが普段どんな日常を過ごしているのか」ぐぐっ

暁(力強っ!)グググ……

暁「と、とりあえず離しなさい。憲兵には言わないから!」

パッ

暁「……ま、まあ、あの摩耶が普段どんなことしてるのか気にならないとなったら嘘になるわね」

鈴谷「でしょ? 暁ちゃん分かってるねー。というわけで、一緒につけちゃおうよ」

暁「何が、というわけでなのよ。なんで私が」

鈴谷「あ、動いた!」グイッ

暁「ぐえっ! こら、分かったから引っ張るな!」

摩耶「……」スタスタ

鈴谷・暁「……」ササッ

鈴谷「どこに向かってるんだろうねー」

暁「さあ、検討つかないわね。どうせタバコでも吸いにいくんじゃない? 『ちっ、ヤニが足りねー』とか言いながら何本も口に咥えて最後には海にポイ捨てするのよ」

鈴谷(摩耶さんェ……。悪いイメージ持たれすぎでしょ……。まあ、男前な性格だし、ちょいと不良っぽいけどさ)

摩耶「……」ピタッ

鈴谷「ん、止まったね」

暁「……! あそこに誰か居るわね」

鈴谷「え? あ、ホントだ。あれは……比叡さんじゃない。何かいっぱい釣竿出してるけど……」

暁「比叡さんは釣り好きだから。基本的に休日の朝はいつも何処かで釣りしてるわよ? 釣った魚をいつもご馳走になるし」

鈴谷「そうなんだ。比叡さんと釣り、なんか似合わないね……」

暁「それは確かに」苦笑い

鈴谷「おや、摩耶さんが比叡さんに話しかけてるね」

暁「だ、大丈夫かしら比叡さん。釣った魚を巻き上げられたりして」

鈴谷(摩耶さんェ……)二度目

………
……


摩耶「よう、せいが出るな」

比叡「あ、摩耶さん! おはようございます!」

摩耶「おはよう。何釣ってんだ?」

比叡「今回はヒラメを!狙って!釣ってます!」

摩耶「ふぅん。カレイとよく違いがわかんねーやつだろ?」

比叡「そうですね。左カレイに右ヒラメって言葉があるように、目の位置が左右反対になっているのが見分け方です! ヒラメはカレイより大きく成長して、個体によっては80cmを超えることもあります」

摩耶「へえー。で、三本も釣竿出してるのは何でなんだ?」

比叡「餌の確保と、単純に釣れる確立を上げるためです! 一本をサビキ釣り用に回しエサとなる豆アジを釣って、後の二本でヒラメを狙ってるんですよー。防波堤釣りでは、最もオーソドックスなヒラメの釣り方です」

比叡「これが豆アジです。バケツに入ってます」

豆アジ達>スキヲミテニゲダシテヤルカラナ!

摩耶「わざわざアジを釣らないといけないのはめんどくさいな」

比叡「エイやアナゴなら切り身なんかでも釣れるんですが、ヒラメはそれじゃダメなんです。生きているアジを好んで捕食しますから、こうして釣ったアジを使うのが一番いいんですよ。めんどくさいけど、その面倒を楽しむのも釣りの醍醐味です!」

摩耶「あたしには良くわかんねえな……」

比叡「摩耶さんもやってみれば分かりますよー。ちょっとやってみます? 竿ならまだありますけど」

摩耶「いや、悪りいけど今度でいいや」

比叡「なら今度行きましょう! 別にヒラメじゃなくてもキスやクロ、チヌなんかも狙えるんで、釣りたいやつがあれば」

竿)ビクビクビク!

摩耶「あ、引いてるぞ!」

比叡「!」ガタッ

比叡「……」

竿>ビクビクビク!

摩耶「むっちゃ動いてるけど、早く引かなくていいのか?」

比叡「ま、まだです。ヒラメ釣りに焦りは禁物です。『ヒラメは四十秒待て』なんて格言があるくらいですから。あれはエサの豆アジがヒラメに見つかって逃げようと暴れてるから、ああして震えているんです。ヒラメが食いついた時は竿が引きずられます」ソワソワ

摩耶(むっちゃ、ソワソワしてるよ)

比叡「い、今まで五回ボウズでしたから……。じ、自慢の磯竿も持っていかれましたし。今回は逃せません」震え声

竿>ピタッ

竿>ズズッ……

比叡「ヒエー!」バッ

比叡「ヒットしました! う、重い……。これは大物の予感がします!」

摩耶「ま、マジか! うおお、竿のしなりがやべえ!」

リール>ギューン、ギューン

比叡「ド、ドラグが……。暴れるな、この! ぐぐっ……」

摩耶「凄え暴れてんな! こいつはすげえのが来るんじゃねえか?」

比叡「ヒ、ヒラメはあんまり暴れないはずなんですが……。まさかサメ? や、やめてくださいよ」震え声

比叡「……ぐっ。し、しかし大物であることには変わりありません! 気合!入れて!巻きます!」

比叡「……っ……っ」クルクル、ギュイー、クルクル

摩耶「……」ゴクッ

比叡「……つ、疲れて来たみたいですね。大分楽に巻けるようになりました」グルグル

比叡「そろそろ見えてくるはずです! ま、摩耶さん! タモお願いします!」

摩耶「タモってなんだよ?」

比叡「そこの網です! 早く!」

摩耶「お、おう!」バッ

摩耶「持ってきたぜ!」

比叡「見えたらお願いします!」

摩耶「み、見えてきたぞ!」

比叡「ヒエーッ!! やりました! ヒラメです! しかもかなりデカい!」

摩耶「ま、マジかよ。やべえなおい」

ヒラメ>ハナセコラッ

比叡「摩耶さん、タモ入れてください! ヒラメ釣りの恐ろしいところは釣り上げる寸前で暴れて釣り糸が切れちゃうことです! さっさと上げちゃいましょう!」

摩耶「おう! でえええい!」ザバッ

ヒラメ>ハイルカボケッ!

摩耶「い、意外と難しいな……」

比叡「落ち着いて、しっぽから入れてください」

摩耶「お、おしっ! 入ったぞ!」

比叡「よし!」グイッ

ヒラメ>ハ、ハナセ!

比叡「……」

摩耶「……」

ヒラメ ビタンビタン

比叡・摩耶「おっしゃあああああああ!」ハイタッチ!

比叡「や、やりました! ついに……ついに……雪辱を晴らすことができました!」ジワーッ

摩耶「やべえな、正直興奮した! やべえ!」

比叡「でしょ! しかも、ヒラメはそうそう釣れません! 五回目にしてようやく……ようやく……」ジワジワ

摩耶「そりゃ達成感すげえだろうな!」

比叡「ええ……それが大物釣りの楽しさです!」

摩耶「釣りって凄えな……。何が楽しいのか今まで理解できなかったけど、見直したよ」

比叡「そう言ってくれると釣り好きとしては嬉しい限りです! ……さて、こいつはどうするか……。メジャー忘れて来たから大きさ計れないし、とりあえず血抜きして、持って帰ろう」

摩耶「にしても、でけえなこいつ」

比叡「90cmはありそうですね。これは捌いて刺身にして、皆に振舞いましょうか! 夕飯を楽しみにしてください」

摩耶「ああ!」

………
……


鈴谷「……はっ!」

鈴谷「お、思わず目的も忘れて見入っちゃったよ……。あんなの釣れるんだ、すご!」

鈴谷「ねえ、暁。すごかったね!」

暁「……」ぽけ〜

鈴谷「暁?」

暁「はっ!」

暁「そ、そうね! まあまあじゃないかしら! それにしても、比叡さんも摩耶もちょっと大きなお魚が釣れたからってはしゃぎすぎよ。全く、子供なんだから……」ソワソワ

鈴谷「いやあ、あれは誰でもああなるでしょ。あの場にいたら、私も叫ぶ自信あるし」

暁「私は叫ばないわよ、大人のレディは品も弁えてるから!」

鈴谷「はいはい、レディレディ」フッ

暁「な、何よその言い方。バカにしてるの!?」

鈴谷「レディならそのくらいで怒っちゃダメでしょー。ね?」

暁「……ぐっ」

鈴谷「おや? 摩耶さんが何か貰ってるね? あれは、袋? 比叡さんがバケツから魚を取り出して入れてる……」

暁「ま、まさか摩耶のやつ比叡さんから魚をかっぱらうつもりじゃ……」

鈴谷「んー、貰ってるのはどうやら小魚だけみたいよ? いらない魚貰ってるだけじゃない? ……でも、そんなの貰ってどうするんだろ?」

暁「普通に考えたら食べるんじゃないかしら? でも、あの摩耶が? いかにも料理とかできなそうなのに」

鈴谷「人を見た目やイメージだけで判断したらいけないよー。摩耶さんも女の子なんだから。もしかしたら料理するかもだし」

暁「そんなの……って、比叡に手を振ってるわ。どっか行くみたいよ」

鈴谷「ホントだ。ついていこう!」

今日はここまで。
鈴谷さんが摩耶の一日を覗く話です。もうちょっと続きます。

ちなみにこの鈴谷はまだ改装されていません……あしからず。

続き投下します

………
……


鎮守府 艦娘寮 裏手

摩耶「……」

鈴谷「こんなところに来て一体どうするんだろ?」

暁「てっきり食堂に行くのかと思ったのに。魚も持ったままだし」

摩耶 キョロキョロ

鈴谷「何か探してるようだね」

暁「……ねえ、なんか聞こえない?」

鈴谷「え?」

にゃー、にゃー

鈴谷「これは……」

暁「猫の鳴き声、ね」

バサッ
猫>にゃー

鈴谷「キジ猫だ。かわいいね〜」

暁「どうしてこんなところに猫が。野良猫が迷い込みでもしたのかしら?」

鈴谷「多分そうだろうね。……あ、摩耶さんが猫ちゃんを見てるよ」

摩耶「……」ジロッ

猫>にゃー

鈴谷「うわあ、むっちゃ睨んでる。猫嫌いなのかな?」

暁「あ、あの猫危ないんじゃない?」

鈴谷「いや、流石に何もしないでしょ。ていうかさ、もしかして魚持って来たのって……」

摩耶「……」

猫>にゃー、にゃー
スリスリ

摩耶「ちっ、うぜー。擦り寄るなよ、餌はちゃんと上げるから」

ガサガサ、ポイッ

猫>にゃー
ガツガツ、ガツガツ

鈴谷「……やっぱり」

暁「……」

摩耶「そんなにガッついて、美味いのか?」

ナデナデ
猫>にゃーにゃー

摩耶「そうか、ニャー吉。よかったな」フフッ

鈴谷・暁「……」キュン

鈴谷(やばい、摩耶さんムッチャ可愛い。初めて笑ったところ見たけど、何あの笑顔反則でしょ! こ、これがギャップ萌えというやつですか……強烈ですわ)

暁(だ、だだ騙されないわよ! あの摩耶がこんな……普通の女の子みたいな振る舞いするわけが!)

猫>フニャー♪
スリスリスリ

摩耶「こ、こら! 服に毛がつくからやめろ! たくよ〜」

猫>フニャン♪

摩耶「なあ、ニャー吉聞いてくれよ」

猫>フニャ?

摩耶「この前提督のやつがさ〜、あたしに『もう少し女らしく振る舞え』とか言ってきたんだよ。ひでえよな、あたしだって女なのによ」

摩耶「そりゃ、蒼龍とか間宮さんに比べたら可愛げはないけどさ……。いつもあいつに絡む時は喧嘩腰になっちまうし、あたしが悪いのは分かってるんだ。でも、女らしくしろって言われてもさ、分かんねえよ」

摩耶「提督のばーか。いつもいつも蒼龍と間宮さんにデレデレしやがって……」ムスッ

鈴谷・暁「ぐはっ」吐血

鈴谷(やばいやばいやばい。なになんなの可愛すぎて死にそう)

暁(あれは摩耶じゃないあれは摩耶じゃないあれは摩耶じゃないあれは摩耶じゃないあれは摩耶じゃない……)

摩耶「あのだらしない顔見るとなんかすげえイライラするんだよな。男らしくなくてみっともないからだと思うけど……なあニャー吉、なんでだと思う?」

猫>にゃー?

摩耶「ははっ、分からねえか。あたしにも分からないのにお前に分かるわけねえよな」

ナデナデ
猫>にゃーん♪

鈴谷(あれ? もしかして摩耶さんって……)

暁(誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ誰だあいつ……)

>ニャン太郎ー? どこなのですー?

鈴谷(ん? あの声まさか?)

>ニャン太郎ー?

摩耶「!」ババッ

鈴谷(一瞬で猫から離れた……)

暁「はっ! あ、あの声はまさか電? だ、ダメよいまそこには摩耶のカタチをした何かがいるんだから!」

鈴谷(何言ってんのこの子? まあ、いいや)

鈴谷(それにしても、確か電ってこの子の妹よね? あの大人しくて凄く可愛い)

電「あ、見つけたのです!」トテトテ……

電「あっ」ピタ

摩耶「……よう」

電「ま、摩耶さん。こ、こんにちわなのです……」ビクビク

鈴谷(ムッチャ怖がってるよ……)

暁(『お祭り』の件があってから、あれでもマシになってるのよね……)

摩耶「……ハア。あのな、電」

電「は、ひゃい!」

暁「ど、どうしよう。このままじゃ電が摩耶に……た、助けないと」スッ

鈴谷「ス、ストップ! 今出て行ったらつけてたのバレるから!」ガシッ

摩耶「あー、なんつーか。んな怖がる必要ねえからな。確かにあたしは口調とか乱暴だと思うけど、お前らガキになんかしたりはしねえからさ」

電「ふぇ? で、でも……お姉ちゃんが摩耶さんに近づいたらカツアゲされるって」

摩耶「……へぇ」

暁(や、やばい! 次にあったら殺される)ガタガタ

鈴谷(こりゃ擁護できませんな)

摩耶「……まあ、あいつの言ってることはデタラメだから。だいたい、おめーみてえなガキに集ったところでたかが知れてるだろ? やるなら提督にするわ」

電「はわわ! し、司令官がかわいそうなのです!」

摩耶「ジョーダンだよ。ジョーダン」

電「なのです?」

摩耶「ああ」

猫>にゃー
摩耶の足にスリスリ

電(にゃ、ニャン太郎……。摩耶さんに懐いているのです……)

摩耶「ちっ、鬱陶しいな」口元ピクピク

電(く、口元が笑ってるのです。なんか目もいつもより優しい……)

電(こ、この前も泣き止ませてくれたし……。も、もしかしたら悪い人じゃないんじゃ)

摩耶「もう餌ねえぞ、ニャー吉。たく、お前は大食いだなあ……」

電「むっ」ピク

電「ニャン太郎なのです」

摩耶「あん?」

電「その子は、ニャン太郎、なのです!」ズイ

摩耶「お、おう。……って、ちげえよ。こいつはニャー吉だ! あたしが三日前に見つけて名付けたんだからな!」

電「電は一週間前に見つけて世話してたのです! だからその子はニャン太郎なのです! 電が名付け親です!」

摩耶「なっ……。ぐっ、だが、こいつはニャー吉と読んだら来るし! ニャー吉の方がいいって!」

電「ニャン太郎の方がいいのです!」

摩耶「ニャー吉!」

電「ニャン太郎!」

摩耶「……」ジー

電「……」ジー

摩耶「ぷっ」

電「ふふ」

摩耶・電「あはははは!」

摩耶「はは。……あー、下らね〜」

電「なのです! 呼び方一つで……電たち大人気ないのです!」ふふっ

摩耶「だな。あたしもどうかと思った」ふふっ

電「摩耶さんって、笑うのですね!」ふふ

摩耶「あたりめ〜だろが。あたしは摩耶様だぜ!」

電「なんです? それ?」ふふっ

鈴谷「……大丈夫だったじゃん」

暁「ふ、ふん。でも、電が心を許すなんて……」

鈴谷「おやおや? お姉ちゃんとしては複雑な気持ちかな?」ニヤニヤ

暁「そ、そんなんじゃないわよ!」

摩耶「……あー。で、どうする? こいつの呼び方?」

猫>にゃー

電「えーと、ニャー吉とニャン太郎を足してニャー太郎はどうです?」

摩耶「あたしはニャン吉のがいいと思うぜ」

電「なら、ニャン吉にするのです!」

摩耶「ああ、お前は次からニャン吉だからな!」

ナデナデ
猫>フニャニャ……

電「あ、あの〜、電もナデナデしたいです」

摩耶「ん? いいぜ、こっち来いよ」くいくい

電「ありがとうなのです! 摩耶お姉ちゃん!」

--ありがとう、摩耶お姉ちゃん!

摩耶「……」

電「……あの、ダメでしたか? お姉ちゃんって呼んじゃ」

摩耶「いや、いいよ……好きに呼びな」ナデナデ

電「は、はわわ! イキナリ撫でるのはやめて欲しいのです! びっくりするのです!」

摩耶「あー、悪りい。なんかお前さ。似てんだよな、昔の仲間に」

電「昔の……仲間、です?」

摩耶「まあ、性格は大分違うんだけどよ。見た目とか結構似ててな、お前を見てるとなんか思い出すんだ」ナデナデ

電「そのお仲間さんは、今どうしているのです?」

摩耶「……さあな。どっかで元気にやってんじゃねえかな?」

電「……?」

摩耶「おら、座れよ。ニャン吉を可愛がろうぜ?」

電「ですね。はわわー」

電(なんか、摩耶さん少し悲しそうだったのです……)

今日はここまでです
まだ続きます。
長い……。
もし気になる点などございましたら、よかったら御指導お願い致します。

投下します

………
……


夕方 港

鈴谷「……今日一日、摩耶さんを付け回したわけだけど」

暁「一日付け回すって、冷静に考えると犯罪でしかないわよね」

鈴谷「うん。私も最初は面白がってたけど、なんか時間が経つにつれて、摩耶さんに対して申し訳ない気持ちになってきた。何やってんだろね、私たち」

暁「私は巻き込まれただけなんだけど……」

鈴谷「結構乗り気だったじゃん」

暁「うっ」

鈴谷「はあ。まあ、ヤンキーな摩耶さんの意外な一面が見れたのはよかったけどねー。暁も摩耶さんの印象が大分変わったんじゃない?」

暁「そうね……。ただのガサツなヤンキーじゃないってことは分かったわ。……意外と優しいやつってこともね」

鈴谷「猫可愛がってたし、電ちゃんにも優しくしてたし、ホントは面倒見いい方なんだろうね。性格と口調で損してるだけでさ」

暁「電が懐くなんて……。あんなに楽しそうに話してた電、久しぶりに見たわよ」むすっ

鈴谷「……」ナデナデ

暁「んな!? いきなり頭撫でるな!」

鈴谷「暁ちゃんは可愛いですねー」ナデナデ

暁「子供扱いするなー!」

鈴谷「はは、ごめんよっ、と。でもさ、暁も拗ねてないでさ、摩耶さんに対して素直になるべきよー」

暁「……分かってるわよ」プイ

鈴谷「そしたら、電ちゃんみたいに仲良くなれるよ、きっと」

暁「……」

鈴谷「……さて、摩耶さんは灯台の方にいって動かなさそうだし、そろそろ帰ろっか」

暁「そうね……。お腹空いたし、食堂のカレー食べたいわ」

鈴谷「カレーいいね〜。一緒に食べよっか」クルッ

吹雪「……」

提督「……」

鈴谷「」

暁「ん? どうしたーー」クル

暁「」

吹雪「お二人とも」ニコッ

鈴谷・暁「ひゃ、ひゃい!!」

吹雪「何を、してたんですか?」

鈴谷「い、いや〜。なにもしてないよー」

提督「ほう、ではこんな物陰で何をコソコソしていたのかな?」

暁「そ、それは……秘密の話を」

吹雪「ヘェ〜、どんな話か気になっちゃうなー。暁ちゃん、私にも教えてくれないかな?」

暁「ふ、吹雪。あの……」

吹雪「教えてくれるよね?」ニコォ……

暁「ひ、ひぃぃ!」

提督「鈴谷も、それでいいか?」ニコ

鈴谷「はい……」諦観した顔

………
……


鈴谷・暁「ごめんなさい!」

摩耶「……いや、何が?」

吹雪「そうなりますよね。この二人、摩耶さんのこと一日付け回してたみたいで」

摩耶「は?」

提督(摩耶なら気付きそうなものだが……。気づいてなかったようだな)

摩耶「……」ジロ

鈴谷・暁 ビクッ

摩耶「……いつから見てた?」

鈴谷「あ、朝、本館から出て行ったところからです……」

摩耶「……」

摩耶「……つまりだ、艦娘寮の裏でのことも見てたわけか?」

鈴谷「……はい」

摩耶「……!」顔真っ赤

吹雪「あ、あの。摩耶さん……?」

提督(すげえ顔真っ赤)

摩耶「おいお前ら! そこで見たことは忘れろ! いいかゴラァッ!」ギロッ

鈴谷・暁「は、はいいい!」

吹雪・提督(何があったんだろ……?)

提督「まあまあ。摩耶、こいつらを許してやってくれないか?」

摩耶「は? んでだよ」

提督「こいつらも別に悪気があって付け回したわけじゃないんだしな。なあ、鈴谷。どうしてこんなことしたんだ?」

鈴谷「え? そ、それは……摩耶さんのことをもっと知りたかったからで……」

摩耶「……」

提督「どうして知ろうとしたんだ?」

鈴谷「もっと摩耶さんのこと知って、仲良くなりたかったから、かな……」

摩耶「……」

提督「暁もか?」

暁「わ、私は、最初は鈴谷に巻き込まれただけだったけど……。あ、あの怖い摩耶が普段どんなことしてるのか気になって、それで……」

吹雪「興味本位で、というわけね。暁ちゃん、それは良くないよね?」

暁「う、うん。分かってるわ。ごめんなさい」ジワッ

摩耶「……」

摩耶「……ハア」

摩耶「もういいよ、ったく」

鈴谷・暁「……摩耶(さん)」

摩耶「次したらぶっ殺すけどな。……はあ、あたしもこの鎮守府の空気に当てられて平和ボケしちまったのかね。こいつらの追跡程度も気づけないなんて」

提督「はは。いい傾向だと思うがね」

摩耶「どこがだよ」

吹雪「昔の摩耶さんは張り詰めてましたから……。ちょっとは軟化してくれた方が皆も接しやすいです」ふふっ

摩耶「吹雪まで……。ちっ」

提督「二人とも、今日一日摩耶を見てどう思った?」

摩耶「お、おい。いらないことを!」

鈴谷「えーと、最初はヤンキーっぽいなって思ってたけど、意外と女の子らしくて可愛かったかな?」

摩耶「!」かあっ

暁「い、意外と子供っぽくて、それと……面倒見が良かったわね。……電とも仲良くなってたし」

摩耶 プイッ!

吹雪(……へえ。あの電ちゃんと仲良くなれたんだ。電ちゃん、駆逐艦のみんなの中で一番摩耶さんを怖がってたもんな。誤解が解けてよかった)ふふっ

提督「うんうん」

提督「二人とも分かってもらえて良かった。そうだよ、こいつはな、本当は結構可愛いんだ」

摩耶「」

摩耶「〜〜」プシュー

暁(頭から湯気が出てる)

鈴谷(あ、やっぱ摩耶さんって……)

ゲシッ

提督「あ、あた! 何をする吹雪!」

吹雪「知りませんよ、ふん」ムスッ

提督「なんなんだよ……」

鈴谷(うわあ……。ホントに居るんだこんな鈍感)ジトー

提督「鈴谷、なんだその目は」

鈴谷「別にー」

提督「……はあ。まあ、いい。それより二人とも、もう無断で人のプライバシーを覗こうとするなよ? 中央の青葉に同じことされたら嫌だろ?」

鈴谷「流石にあれほどまではしないけど……。以後気をつけます」

暁「私も。レディは二度と同じ過ちは繰り返さないわ」

提督「そうか。ならこの件はもう終わりだな。摩耶、それでいいか?」

摩耶「……」

提督「摩耶?」

摩耶「! あ、ああ! いいぜそれで!」

提督「それじゃ、そろそろ戻ろうか。飯時だしな。何でも比叡が釣ったヒラメの刺身を振る舞ってくれるそうだ。早く戻らないとみんなに食われちまうぞ!」

吹雪「それは大変ですね。戻りましょう」

鈴谷「私もお腹空いたよー」

暁「ヒラメって美味しいのかしら」

提督「あ、二人とも罰として今日の夕飯『ご飯ですよ』だけだから」

鈴谷・暁「ええっ!」

吹雪「しょうがないですね。フォローはしませんから」

鈴谷・暁「そんな〜!」


吹雪「しょうがないですね。フォローはしませんから」

鈴谷・暁「そんな〜!」

提督「摩耶も戻ろうぜ」

摩耶「あ、いや。あたしはもう少ししてから戻るよ」

提督「そうか、なるべくすぐに来いよ?」

>提督許してよ〜

>だめだ

>お願いだから〜






摩耶「……」

ザーン、ザーン
ニャー、ニャー

摩耶「結構可愛い……か」

摩耶「ふふっ、提督のばーか」

投下終了
これで、鈴谷と暁の摩耶観察は終わりです。
次からは安価とって日常編をいくつかやってから本編を進めようかなーと思います。
安価の取り方かんがえるので時間ください…

安価のやり方考えました。
>>68>>73の間で取り、その中から書けそうな話を書いていきます。

・摩耶、提督、吹雪、蒼龍、瑞鳳、比叡、鈴谷、暁、電の中から登場させたいキャラクターをお願いします。

・次に、こういう話がみたいという意見をお願いします。あくまで、ほのぼので。筆者が書けないので18禁はなしです…。

安価取るのはじめてなので、分かりにくいかもしれませんがよろしくお願いします。ご意見がありましたら、遠慮なく仰ってください。

摩耶と鈴谷で
摩耶が重巡として後輩指導する話が見たいです

>>68さん了解しました。
安価集まりそうにないですね…
もう少し募集します。
>>70>>73までで。

大本営の帳簿ミスで予算がピンチ、食料を得るために釣り大会

鎮守府でのお料理大会

>>70>>71さん。
安価ありがとうございます。どっちも面白そうな感じなので書いていきます。キャラ指定がないということは、全員でよろしいでしょうか?
全員出しても書けそうな感じですし…

面白そうな安価が三つもきてくれたので、安価はこの辺で終わりにします。
見たい話とかあれば、また随時ご相談ください。

>>68さん。
お待たせしました。リクエストにあった話を書きましたので投下します。

あまりほのぼのって感じでもないですが……笑
よかったら見てください。





「対空番長式後輩指導術」

南方海域

ドン! ドン!

比叡「主砲!斉射!始め!」ゴウン!

ドゴン!

比叡「敵重巡、一隻撃破確認! 攻撃来ます!」

戦艦ル級エリート「……」スッ

ゴウッ!

鈴谷「きゃあっ!」ドン!

吹雪「す、鈴谷さん!」

鈴谷「かはっ……。く、くそぉ……」中破

戦艦ル級e「……」スッ

鈴谷「! やばーー」

鈴谷(やられる!)

ドン!ドン!

戦艦ル級e「ギャアアアッ!!」

鈴谷(……えっ?)

摩耶「目瞑ってんじゃねえよ、馬鹿が!」スッ

鈴谷「ま、摩耶さん!」

鈴谷(摩耶さんに助けられた……?)

摩耶「どんな状況でも戦場では目を瞑るな! 死にてえのかてめえ!」

鈴谷「ご、ごめんなさい……」

摩耶「……ちっ、てめえは後ろで見てろ! あいつはあたしが片付ける!」

鈴谷「え、ちょ……」

摩耶「比叡! 吹雪! 支援しろ!」

比叡・吹雪「はい!」

摩耶「ーー」クルッ

戦艦ル級e「グ……アアッ!」ギロ

摩耶「お前……あたしを怒らせちまったな」

摩耶「沈めてやるよ水底にな」ザワッ

鈴谷 ゾクッ

鈴谷(何……? この殺気は)

摩耶 スウッ

戦艦ル級e「アアッ!」スッ

ドン!

シュンーー

鈴谷(は、速い! 戦艦の砲撃を避けた!)

摩耶「でえええい!!」ジャキ!

ドン! ドン!

戦艦ル級e スッ、スッ

戦艦ル級e「アアアアッ!」ガチャッ!

鈴谷(主砲をーー危ない!)

摩耶「ーー」ザッ

鈴谷(えっ、そのまま前進しちゃーー)

ドン、ドン、ドン!

戦艦ル級e「!?」

吹雪「行ってください、摩耶さん」シュウウ……

摩耶「ーー」シュン!

ガチャッ

摩耶「死ね」

ゴウッ!

戦艦ル級e「グガアアアッ!」

摩耶「ラアアッ!」

ドンドンドンドンドンッ!

戦艦ル級e「ガアアアアーーア……アァ……」

ドン、ドン!
シュウゥ……

摩耶「……」

摩耶「……」スッ

摩耶「……敵旗艦撃破だ」

鈴谷「」唖然

鈴谷(ほぼ一人で戦艦を……。ていうか、あんな近距離から砲撃なんて……なんて無茶するのよ)

鈴谷(あの戦い方は何……? 主砲で狙われた時も引かずに前進してたよね。吹雪ちゃんの援護が来るって分かっててやったのかもだけど、それにしたって……。摩耶さんには恐怖心とかないの?)チラ

摩耶「……」

鈴谷(摩耶さんは対空砲火だけじゃない……。戦闘においてもズバ抜けている)

比叡「敵戦力殲滅確認しました! 司令、指示を願います! 進撃しますか?」

提督『もちろん撤退だ。鈴谷にはこれ以上無理させられない』

比叡「了解です!」

摩耶「ちっ、相変わらずクソあめえやつだ……」

提督『文句なら後で聞いてやる。今はとりあえず帰ってこい』

摩耶「けっ、はいはいーー」

摩耶「ーー」ズキッ

摩耶「ぐっ……」

比叡「摩耶さん、どうかしましたか?」

摩耶「……いや、なんでもねえ。ちと、頭痛がしただけだ」

比叡「そうですか……」

鈴谷(……?)

吹雪「あの……鈴谷さん大丈夫ですか?」

鈴谷「あ、うん。ありがとう吹雪ちゃん」スクッ

鈴谷「! アタタタタッ!」

吹雪「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですか……。捕まって下さい」

鈴谷「……面目ない」タハハッ

比叡「さあ、皆さん帰りますよ! 帰るまでが戦闘です! 気を抜かないように気をつけましょう!」

摩耶「遠足みてえに言うな」

鈴谷「あはは……ってて」

………
……


南野鎮守府 本館

鈴谷(ようやく修復が完了した〜。早く提督のとこに挨拶に行かなくちゃ)スタスタ

鈴谷(その後に摩耶さんのとこへ行かないと……。助けてもらったお礼まだ言ってないし)

鈴谷(それにしても、あたしまた皆の足引っ張ってたなあ……。はあ、正直凹むよ)

摩耶「……よお」

鈴谷「わあ! び、びっくりしたあ〜」

摩耶「イキナリ声かけて悪かった。怪我、大丈夫なのかよ」

鈴谷「え。う、うん。修復材で回復できるレベルの怪我だったよ、どれも」

摩耶「そうか。そりゃよかった。提督のとこに顔出したら吹雪たちのとこにも行けよ。あいつら心配してたぞ?」

鈴谷「……う、うん」

摩耶「……」

鈴谷「……」

摩耶「……んだよ、ジロジロ見やがって。言いたいことがあるなら言えよ」

鈴谷「え、え〜と、摩耶さん。私の勘違いかもしれないんだけどさ。もしかして……私のこと心配して待っててくれたの?」

摩耶「は、はあ!? んな訳ねえだろ!」

鈴谷「だ、だよね。ごめん私の勘違いでした」シュン

摩耶「あ……、あー。その、なんだ。……心配しなかった訳じゃねえぞ。一応、仲間だし」ポリポリ

鈴谷「そ、そうなんだ」

摩耶「あ、ああ。お前はうちの鎮守府で数少ない重巡仲間だからな! この摩耶様が気にかけてやってるんだ、有難く思うんだな!」

鈴谷「……ツンデレ」ボソ

摩耶「あ、なんか言ったか?」ジロ

鈴谷「別に〜。あ、それよりさ……」

摩耶「あん?」

鈴谷「その、今日はありがとう。助けてもらったでしょ?」 

摩耶「なんだそんなことか。気にすんなよ。あたしたちは艦隊を組んで行動してるんだから、仲間同士助け合うのは当然だろが。いちいちそんなことで礼言ってたらキリないぜ」

鈴谷「で、でもさ。摩耶さんが助けてくれなかったら、今頃私……沈んでたかもしれない」

摩耶「……」

鈴谷「命を助けてもらったんだから、お礼を言うのは当然だと思う。それに、いつも私みんなの足引っ張っちゃって、迷惑かけてるし……。その度に助けられてるのにさ、私はみんなに何もしてあげてないじゃん。お礼くらい言わないと私の気が済まないよ」

摩耶「……あのな、鈴谷」

鈴谷「うん」

摩耶「お前、馬鹿だろ?」

鈴谷「ええ!? ど、どうしてよ!」

摩耶「お前が足を引っ張ってるのは、単純に練度が低いのと、あたしらとの連携にまだ慣れていないからだ。そんなことはあたしたちも分かってることだから、一々気にすんな。そんなことに悩む暇があったら、さっさと強くなりゃいいだけだろが」

鈴谷「……」

摩耶「吹雪なんてお前より経験が浅いはずなのに、第一艦隊の中でやれてんだろ? それはあいつが血の滲むような努力を重ねて、強くなったからだ。あたしと同じ時期に配属されて、一緒に戦場を駆け回って来たが、あいつも最初は散々足を引っ張ってくれたよ。でも、あいつはそこで潰れず努力をした。だから今となっては、あたしが背中を預けられるほどになっている」

鈴谷(あの時の……)

摩耶「弱音吐くのはいいが、お前強くなるために、目いっぱい努力をしてきたか?」

鈴谷「うっ……。正直、そこまでしてないよ」

摩耶「だろう? なら、これから努力すりゃいい。そしてさっさと強くなれ」

鈴谷「……」

摩耶「まあ、そりゃいい。それより一番あたしが腹立つのはな、何もしてやってないとか抜かしやがったことだ」

鈴谷「え?」

摩耶「お前が何もしてないわけねえだろ、ボケ。お前が来たおかげで艦隊は前以上に明るくなったからな。みんなお前と絡むのが楽しいってよく言ってんぞ。瑞鳳なんて、一緒に酒飲んだときは決まってお前の話ばかりしやがる。鬱陶しいたらありゃしねえが。まあ、そういうお前の明るさは、明日死ぬかもしれない連中にとっては大助かりなのさ」

鈴谷「摩耶さん……」

摩耶「提督も鈴谷は期待できるって言ってるしな。だからお前、自分を卑下するようなこと言うんじゃねえぞ。そういう連中の好意や期待を裏切ることになっから」

鈴谷「そっか……。私、知らない間に皆の役に立ててたんだ……」

摩耶「ああ。やっと気付いたか間抜け」二カッ

鈴谷「うん……。摩耶さんありがとう。おかげで、大事なことに気づけたよ」ニコ

摩耶「そうか。……おら、さっさと提督のとこに行きな。あいつが一番心配してたから」

鈴谷「そうだね。提督心配性だし」

摩耶「ふっ、だな」

鈴谷「あ、それと摩耶さん。同じ重巡としてお願いがあるの」

摩耶「あん?」

鈴谷「その……あたしを、あたしを鍛えてください!」

摩耶「……」

鈴谷「その、私がみんなの役に立っていることは分かったの。でも、だからこそ、もっとみんなの約に立てるよう強くなりたい。そう思ったんだ」

摩耶「……」

鈴谷「……あ、あの。やっぱり駄目、かな?」

摩耶「……いいぜ、別に」

鈴谷「ホント!?」ぱあっ

摩耶「ただし、あたしの訓練は提督のやつみたいに甘くないからな。そこらへんは肝に命じておけ」

鈴谷「はい!」

………
……


南野鎮守府 散歩道

鈴谷「はっ……はっ……」ガシャガシャ

摩耶「おら、顔上げんな! 前見ろ! 敵はそこにはいねえぞ!」

鈴谷「はっ……はっ……」ガシャガシャ

鈴谷(ま、まさか……。艤装を着けたままランニングさせられるなんて……)

鈴谷(走るたびに艤装が体に食い込んで……凄く痛い)

鈴谷(きつい……もう止まりたい……)

摩耶「おら! ペース落とすな! まだ15キロしか走ってねえぞ!」

鈴谷「ぐっ……はあ、はっ……」ガシャガシャ

摩耶「止まりたいとか楽したいとか考えんな! 考える暇があったら進め! 戦いに勝つやつは少しでも前に進めるやつだ!」

鈴谷「はっ……かはっ……」

鈴谷「く……くそおっ!」

摩耶「その息だ!」

………
……


鈴谷「ヒュー……ヒュー……よ、ようやく……ヒュー……終わったあ……げほっ」

摩耶「……はっ、はっ……へえ、中々根性あるじゃん。……はっ……見直した」

鈴谷(同じ条件で走ってて、しかも叫んでたのに……。なんでこの人全然息切れてないの……?)

鈴谷「ヒュー……あ、あの……ヒュー……ま、摩耶さん?」

摩耶「はっ……はっ……あん?」

鈴谷「こ、この訓練に……何の……意味が……?」

摩耶「すー……はあ……。ふう」

鈴谷「そ、その……ヒュー……体力がつくのは分かるけど……ヒュー……それなら練習航海とかでも……艤装を使う、技術も……上がるし……一石二鳥じゃ」

摩耶「ああ? 意味はあんまねえんじゃねえか?」

鈴谷「……え?」

摩耶「しいて挙げるなら、体力以外にも根性がつく」

鈴谷(えぇ……)

摩耶「この根性が戦じゃ何より大事なんだよ。戦場に長くいるとな、どうしようもない絶望的な状況ってのに、必ず一度か二度はたつ。その時、心が折れてるようじゃ生き残れない。そこで重要になってくるのが何としても生き残るっていう執念と、クソ根性だ」

鈴谷「……」

摩耶「それがあればな、不思議と生き残ったりできるもんだ。時代が進んで戦いが変わっても、根本にあるのはずっと変わらない。戦いは根性だ」

摩耶「……って、あたしに戦い方を教えてくれた人はよく言ってたな。あたしも無茶苦茶な精神論だと思うけど、間違っているとは思えねえ。事実、あたしは何度か死にそうな地獄を見てきたが、しぶとく生きてるしな」

鈴谷「……」

摩耶「まあ、お前の言うとおり、練習航海をした方が効率はいいのかもしれない。だからもしかするとこの訓練に意味なんてないかもな。だが……この訓練は意味を見出すためにやるもんじゃねえんだよ、きっと。そういう執念や根性を養うためにやることだ」

鈴谷(意味がないからこそ根性がつくか……。正直納得いかないけど、根性が大事なのも事実だよね……)

鈴谷「はあっ……はっ……文句言って、ごめん」

摩耶「いや、いいさ。あたしも最初走らされた時は疑念を持ったよ。でも今なら、大切なことだって思えるからな」

鈴谷「私は、まだ……分からないや」

摩耶「今はそれでいい。後々分かるようになってくるはずだ。その時が来たら思い出せ。『前へ。とにかく前へ』って気持ちをな」

鈴谷「前へ……ね。覚えとくよ」

摩耶「よし。さて、息も戻ってきたようだし、次の訓練に移るぞ!」

鈴谷「ええ……。ちょっと休ませてよ〜」

摩耶「うるせぇ! 次いくぞ、次!」ズルズル

鈴谷「あっ、ちょっと。引っ張らないでよー!」

………
……


鈴谷(その後は筋トレ、坂道ダッシュ、格闘訓練なんかをした。そのほとんどが体力作りに必要な訓練だったと思う。まだ海戦に関係する技能的な訓練はつけてもらってない)

鈴谷(正直、もうクタクタだ。いくら艦娘が普通の人間より丈夫だとはいえ……。あれだけの訓練こなすのは流石に骨が折れるよ。でもこの訓練の中に、摩耶さんの強さの秘訣が隠れてるかもしれないと思うと……何とか乗り切れた)

鈴谷(私は早く強くなりたい……。摩耶さんほどとはいかなくとも、せめて皆の役に立てるようには……)

南野鎮守府 演習場

摩耶「よし、休憩は終わりだ。そろそろ実践的な訓練を始めるか」

鈴谷「え、ホント? やった!」ガバッ

摩耶「えらく食い付きがいいな……さっきまでバテバテだったじゃねえか」

鈴谷「待ってましたってやつですよ〜。さあ、早く教えてください先生!」

摩耶「先生ってなんだよ。調子のいいやつだ」ふふっ

摩耶「さて、訓練を始める前に聞いておくことがある。お前とあたしは同じ重巡だが、重巡にとって一番大切なことはなんだか分かるか?」

鈴谷「えーと、「何でもできること」かな。火力や装甲は軽巡とかに比べるとあるけど戦艦以下だし、速さは戦艦以上だけど軽巡や駆逐艦には劣ってる。装備の性能の関係上、決定打が叩き出せる艦の援護に回ることが多くなるかな」

摩耶「そうだな、それが重巡に求められる基本的な役目だ。だが、一番大切なこととは言えない」

鈴谷「え? じゃあ何が一番大切なの?」

摩耶「それは、覚悟と心構えだ」

鈴谷「……」

摩耶「戦艦より決定力が欠ける重巡だが、それでも軽巡や駆逐艦と比べると高い火力をもつ。『戦艦』に選ばれる艦娘が僅かなのは知っているだろう? うちにも比叡しかいないし、それでもいればいい方だ。戦艦が配属されていない鎮守府も珍しくはないからな。そうなると、必然的に重巡が主戦力になる」

鈴谷「確かに、そうだね。それに、戦艦が居たとしても疲労や怪我で出撃できなくなることも考えられるから……。そうなると重巡に頼らざるおえなくなる」

摩耶「その通りだ。そうなるといきなり旗艦に命じられて決定打として期待されるようになるんだ。主戦場が夜の場合だと、そんなの関係なく旗艦にされることもあるしな。だから、重巡はただ戦艦の後ろからセコセコ撃ってりゃいいってわけじゃねえ。そういう意味じゃ、『なんでもできる』ってことはかなり大事だがな。だがーー」

鈴谷「旗艦を任されるのは、名誉であると同時に相当なプレッシャーになるって聞くしね。最初から旗艦を任されることが分かってる戦艦に比べると、いきなり任される重巡はより大きな重圧を感じることになるはず。万能であるからこそ、求められる要求も大きくなるだろうし。だからこその、覚悟と心構えってこと……だよね?」

摩耶「正解だ。なんだ、頭いいじゃんお前」

鈴谷「そ、それほどでも〜」テレ

摩耶「話を続けるぜ。だからな、実は戦艦以上に重巡洋艦はニーズがあったりするんだ。戦艦よりはるかに数は多いし、求められる要求の関係上元から高いスキルを備えてる場合も多いからな」

鈴谷「こうして考えると、重巡って結構大切なんだね……」

摩耶「現場を知らない馬鹿な学者は『重巡なんていらない。戦艦があれば勝てる』とか論じてるやつもいるらしいが、それはお門違いだ。重巡は鎮守府運営にはなくてはならない貴重な存在なのさ。だが、要求の高さとかかるプレッシャーの大きさから、一番精神疾患に掛かりやすい艦種でもあるんだ」

鈴谷「……摩耶さんの言うとおりだ。重巡はホントに覚悟がいるね。前の配属先では戦艦が二隻いたし、私より強い重巡がいたからあまり出撃する機会がなかった。ここの鎮守府でも皆私より優秀だから、そのことに気づかなかったよ……。なんか、そう考えるとちょっと怖いな」

摩耶「あたしがなんかあった時はお前が代わりを勤めなきゃならないからな。今のうち覚悟しとけよ」

鈴谷「うん、そうだね……。だからこそ早く強くならなくちゃ」

摩耶「ああ。この鎮守府の将来はお前にかかってるって思え」ニヤ

鈴谷「プレッシャーかけないでよ〜、もう」

摩耶「ははっ、さて、そろそろ訓練を始めようか。ぶっちゃけ重巡は対潜以外はほぼ全部訓練しないといけないが……。お前、何が得意なんだ?」

鈴谷「ん〜、何が得意か……。私、これが得意ってやつがないんだよね」

摩耶「まあ、重巡だしな……」苦笑

鈴谷「しいて挙げるなら……。東野鎮守府にお姉ちゃんがいるんだけどさ、お姉ちゃんが半年くらい前に航空巡洋艦に改装されたんだよね」

摩耶「へえ。お前、自分の姉貴とは血が繋がってるんだよな?」

鈴谷「うん、一応。だから私も望みあるかなーって思ってるんだよね」

摩耶「可能性はある、か。なら、お前の強みは索敵と弾着観測射撃になるな。後は爆撃機を積めば爆撃や大して強くはねえが潜水艦への攻撃も行える……」

摩耶「もし改装できたら、瑞鳳にも師事を頼んだ方がいいな」

鈴谷「そうだね」

摩耶「なら、それを見越して先に射撃の練習からしていくか」

鈴谷「はい!」

………
……


一ヶ月後 南方海域

戦艦ル級エリート「アアッ!」

ドン!

比叡「ひえ〜っ!」ゴウッ

瑞鳳「比叡!?」

比叡「敵の砲撃が直撃! ゆ、油断しました! で、ですが……まだやれます!」中破

瑞鳳「無茶はしないで! 摩耶ーー」

瑞鳳(くっ、中破した蒼龍を庇いながら他の敵を抑えてる……。とてもじゃないけど間に合わないわね)

鈴谷「瑞鳳さん! 私が……鈴谷が比叡さんの代わりをやるよ!」

瑞鳳「鈴谷! で、でも」

鈴谷「大丈夫、鈴谷を信じて!」

瑞鳳「す、鈴谷……」

戦艦ル級e「アアッ!」ガチャ!

瑞鳳「し、しまっーー」

シュボッ!
ドウン!!

戦艦ル級e「ギャアアッ!」小破

吹雪「鈴谷さん、援護は任せてください」シュウ……

鈴谷「吹雪ちゃん!」

瑞鳳「ふ、吹雪……。くっ、主力は任せたわよ鈴谷! ただし無茶するんじゃないわよ!」

鈴谷「分かってるよ〜! 任せて!」キッ

戦艦ル級e「グ……アアッ!」

鈴谷「吹雪ちゃん、ごめんけど出来るだけ敵を引きつけて! 瑞鳳さんは吹雪ちゃんの援護を!」

二人「了解!」

瑞鳳(何か狙いがあるのね……)

吹雪「こっちだ! こい!」ドン、ドン!

戦艦ル級e「アアアッ!」ガチャ

鈴谷(よし、吹雪ちゃんの誘いに乗ったね……)

鈴谷(……狙いはあそこ。さっき吹雪ちゃんの魚雷を食らって装甲が脆くなってるところ……。あそこに直撃させれば、私でも倒せるはず!)ガチャ

鈴谷(大丈夫、射撃練習は何度もやってきたんだ。きっと当たる! 射撃に関しては摩耶さんだって褒めてくれた。いける……)

鈴谷(一瞬でも……必ず動きが止まる時が来る! それがチャンスよ!)

戦艦ル級e「ガアッ!」ゴウッ

吹雪「きゃっ!」小破!

吹雪「ちょ、直撃じゃなければ!」ググっ……

瑞鳳「させないわよ! 攻撃隊、発艦!」

ブゥゥン……
パパパパッ!

戦艦ル級e「!?」

鈴谷(今だ!?)

鈴谷「うりゃあ!」ドウン!

ーーヒュン

ドガン!!

戦艦ル級e「!? アッ、アアッ……!」

戦艦ル級e「ア……」グラッ

バシャン!

戦艦ル級e「」

鈴谷「や、やった……! 当たった……倒した……!」

鈴谷「やったあああ!」

吹雪「……す、すごい。あんな小さな的を」

瑞鳳「す、鈴谷……あんた、やるわね」

瑞鳳(摩耶と訓練してるって聞いてたけど、この短期間でここまでレベルが上がってるなんて……。一体どんな訓練をしたのよ)

比叡「み、みなさん! 喜ぶのは後にして、はやく摩耶さんを……」

瑞鳳「そ、そうね! 状況はあっちの方が最悪なんだし!」

吹雪「……いえ、多分行かなくても大丈夫ですよ」

鈴谷「ふ、吹雪ちゃん? どういうーー」

摩耶「あー、かったりー。流石に三体同時に相手すんのはキツイわ」スイー

鈴谷「」

瑞鳳「」

比叡「」

吹雪「……やっぱり」ハアッ……

摩耶「あん? てめえらどうしたよ? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」首傾げ

比叡(え……確かあっちにも戦艦いたよね?  重巡も2隻いたはず。摩耶さんなら持ちこたえるだろうと思ってはいたけど……。一人で倒しちゃったの? 蒼龍さんを庇いながら?)唖然

瑞鳳(化け物め……)

吹雪(もうやだこの人)

鈴谷(あたしの活躍って……)ズーン……

摩耶「おっ、おめえらすげえじゃん! 旗艦倒したのかよ! 比叡がやられてたってのにやるじゃん! なあ、蒼龍」

肩を貸された蒼龍「摩耶怖い摩耶怖い摩耶怖い摩耶怖い摩耶怖い摩耶怖い……」ブツブツ

瑞鳳「そ、蒼龍先輩?」

比叡(い、一体何を見たんでしょう……)

吹雪(あー蒼龍さん、多分摩耶さんの『あれ』見ちゃったんでしょうね。トラウマにならなきゃいいけど……)

摩耶「……やり過ぎちまったようだな」ボソ

摩耶「まあ、いい。で、あれを仕留めたのは鈴谷、お前か?」

鈴谷「え。は、はい! 私です! えと……どうして私って分かったの?」

摩耶「あん? そりゃおめえ、比叡が倒れたんだからあいつ仕留められる火力持ってんのお前か瑞鳳だろ? 後は、まあ勘だ。なんとなくお前がやったような気がしたんだ」

鈴谷「……」

摩耶「ここ一ヶ月でお前は格段に強くなってたからな。お前ならやってくれる、そう信じていたよ。よかったな!」バシッ

鈴谷「ま、摩耶さん……うぅ、ありがとう」ジワ

吹雪「……」

比叡「……」

瑞鳳(よかったわね、鈴谷)ニコ

提督『……ごほんっ』

蒼龍以外の全員「!?」

提督『あー……いい空気になってるとこ悪いが、旗艦、報告を忘れるな。それとまだ一応、作戦行動中だから気を抜くなよ』

比叡「も、申し訳ありません! 先輩……じゃなかった、提督! 敵殲滅確認。こちらの損害は中破2名に小破1名です! 指示願います!」

提督『もちろん撤退だ。中破が2名出た上に、蒼龍がああなった以上、作戦続行は不可能だ。警戒を怠らず早々に帰還しろ』

蒼龍以外の全員「了解!」

提督『あー……それと、鈴谷』

鈴谷「は、はい」

提督『よくやったぞ。旗艦を沈めるとは、素晴らしい活躍だ。期待通りお前は戦力になってくれたな』

鈴谷「て、提督……」うるっ

鈴谷 目元ゴシゴシ

鈴谷「あ、当たり前じゃん! 鈴谷褒めらて伸びるタイプなんです。だからもっと褒めてー!」

提督『帰ってきたら目一杯褒めてやる。覚悟しとけ!』

鈴谷「う、うん! 覚悟しときます」テヘヘ

摩耶(戦果としてはあたしのが上なんだけどな……。まあ、いいか。あたしもなんか嬉しいし)

摩耶「……ふふ、よかったな」ボソ

投下終了です。
すいません、鈴谷と摩耶だけ出すつもりだったんですが……色んなキャラを出しちゃいました。
鈴谷と摩耶がメインということで、ご容赦ください…

比叡が提督と言ってますが、ただしくは「司令」です。
申し訳ありません。

>>70さんのリクエスト投下します。
後、キャラの一人称がバラバラだったため、この話から修正しています。
ミスだらけで申し訳ない。





「生存戦略(釣)」



執務室

提督「えーと、今なんと?」

中央の役人『申し訳ありません。こちらの帳簿記載ミスで、そちらの鎮守府に明日送る予定だった一週間分の食料が、全て廃棄処分され、家畜の食料に回されてしまい……』

提督「……つまり、我々は一週間食料がないと。食糧不足は兵員の指揮にも関わる重大な問題だ。そのくらいは知っているだろう少尉。これは単なるミスで許される問題ではないぞ?」

中央の役人『申し訳ありません、少将殿! ただいま早急に対応いたしており……』

提督「対応か。どんな対応をしているのか言ってみろ」イライラ

中央の役人『は、はっ! 比較的食料に余裕のある鎮守府の配給分から少しずつ分けていただき、そちらへ新たに回す分を確保しようとしております』

提督「それじゃ時間がかかるし、私も他の鎮守府へ頭を下げなければならなくなる。少尉はそちらのミスで、全く非のない私に恥をかかせたいのか?」イライラ

中央の役人『い、いえ! 決してそのよなことはーー』

提督「そうなるんだよ、馬鹿者ッ! もっとマシな対策を考えんか!!」

中央の役人『も、申し訳ありません! しかし、上層部に掛け合い新たに食料を送るよう願い出たところ、「そのような余裕はない」と跳ね返されてしまい……それ以外に方法がないのが実情であります』

提督「……」

提督(ちっ、あの業突く張りどもが。貴様らの体型を鏡で確認してから言え!)

提督「……はあ。分かった。他の鎮守府に依頼した場合、どのくらいで食料がこちらに届く?」

中央の役人『だ、大体早くとも3日かかると思います』

提督「もう少し早くできんのか?」

中央の役人『正直……困難であります。し、しかし、帝国海軍下士官の誇りにかけて、粉骨砕身最善を尽くす所存であります!』

提督「そこまで言わんでいい……」呆れ顏

提督「まあ、過ぎてしまったことをとやかく言っても仕方あるまい。対策があるだけマシと思おう。……三日と言ったな? それまではこちらで何とか食料を確保してみよう」

中央の役人『しょ、少将殿の方で用意を……?』

提督「やりようがなくはないだろう。ここは幸い海がすぐそばにある。そこから取ってくればいいのだ」

中央の役人『なるほど……』

提督「だが、こちらが譲歩できるのは最大三日までだ……。もし期日を過ぎたらどうなるか……貴様分かっているだろうな?」

中央の役人『こ、心得ました……! 必ず、必ず3日間でそちらへお送りします!』

提督「ああ、しっかりやれ」

受話器>ガチャン!

シン……

提督「……」

提督「まずいことになったな……。これでは、うちの大食らいどもが反乱を起こしかねん」

こん、こん

提督「……入りたまえ」

ガチャ!

吹雪「し、失礼します。……あ、あの、司令官。どうなさったのですか? いつになく荒れてたようでしたが……」

提督「吹雪。緊急事態だ」

吹雪「え!?」

提督「今鎮守府にいるものたち全員に招集をかけろ。ヒトマルマルマルまでに執務室に集合とな。特に比叡、やつは寝ていても叩き起こして、引きずってでも必ず連れてこい。やつは、我々が生き残るためのキーパーソンだからな!」ゴゴゴゴ……

吹雪(い、いつになく司令官が真剣だ。よっぽどのことがあったみたいですね……)ごくっ

吹雪(物騒な単語が聞こえたけど……言い回し的に私たちの命に関わることだよね? ひ、比叡さんがキーパーソン……つまり戦艦の存在が重要となってくる……。大きな作戦に駆り出されることにでもなったでしょうか?)

吹雪(た、大変ですね。早く皆を呼ばなくちゃ……)アタフタ

吹雪「し、司令官! 私、みんなにこのことを伝えに行きます!!」

提督「ああ。よろしく頼む」

ガチャン
ドタドタ!

提督「後三日、なんとか乗り越えねば」

………
……


摩耶「食料不足?」

提督「ああ。中央の糧食部門の帳簿記載ミスでな、我々のところに届く予定だった一週間分の食料が全て廃棄処分されて、豚の餌になってしまったらしい」

鈴谷「ということはさ、一週間食料がないってことだよね?」

提督「ああ。幸い今日の分まではもちそうだが……明日からは食料がない」

吹雪「……ある意味、緊急事態ですね」

電「はわわ。一週間も食料がないと、電たちは飢え死にしちゃうのです!」

暁「ど、どうすんのよ! 司令官!?」

提督「正しくは3日だ。他の鎮守府から食料を分けてもらうことになっているんだが、用意に時間がかかるそうでな」

瑞鳳「それでも3日間か……。流石に3日ご飯なしは耐えられないわね」

摩耶「けっ、緊急招集って聞いて来てみればそんなことか。大規模作戦の話でもこさえてきたと思ったのによ。あー、アホらしい」

提督「期待させたのはすまない。だが、この問題は南野鎮守府の運営を揺るがす大事でもあるんだ……」

蒼龍「そ、そうよ。食べ物がないなんて大変な問題だわ」震え声

提督「蒼龍大丈夫か? 顔真っ青だが」

蒼龍「だ、大丈夫です提督。こ、この程度で動じるようじゃ二航戦の名折れだわ!」震え声

提督「声震えてんぞ、おい」

瑞鳳(一航戦の二人に比べたら食べないけど、それでも蒼龍先輩も結構大食いだもんね……。それに、大食いといえばもう一人比叡が……)チラッ

比叡「……」腕組み

瑞鳳(な、なんか落ちついてるわね。てっきり慌ててるかと思ったけど……)

鈴谷「あ、鈴谷いい事を思いついたよ! せっかく海とか林がこの近くにあるんだからさ、自分たちで食料を取ってくればいいんじゃない?」

暁「な、なるほど! その手があったわね!」

電「鈴谷さんナイスなのです!」

鈴谷「へへーん!」鼻ノビー

提督「そんなことは私も気づいていたさ。というか、現状それしか手がないだろ?」

鈴谷「ちぇー」

提督「拗ねるな拗ねるな。食料確保の方法は分かっていたとしても、問題は全員分確保できるかだ。遠征に行ってるやつらはしばらく帰って来ないからいいとして……。ここにいるやつらと間宮さんの分は最低確保しなければならない」

電「あの、妖精さんの分は入ってないのです?」

吹雪「妖精さんたちは、そもそもあまり食べなくても平気らしいよ? 一週間に一度しか食べないらしいし」

提督「その通りだ。だから、彼らは数には入れてない。目標は10名が腹を満たせる分の食料を確保することだが……比叡」

比叡「……」

提督「釣りで全員分確保するのは可能だと思うか?」

比叡「ごめんなさい。はっきりした数は言えません。釣りはその日の天候、気温、水温、潮の満ち引きの大きさ、水の濁り具合、魚の機嫌などの複雑な条件に左右されますから。ぶっちゃけ半分くらいは運です」

提督「そうか……」

比叡「しかし、安心して下さい。配属されてから数ヶ月余り。私は南野鎮守府のあらゆる釣りスポットを巡り、数多の獲物を仕留めてきました。何処でならどの魚種が釣れるのか、またどの餌なら釣りやすいか……全て把握しています。そして運のいい事に明日は天候に恵まれ、潮回りは大潮と中々のコンディションです。場合によってはかなりの釣果が期待できます!」

提督「おお! 本当か!」

蒼龍「希望が見えてきたわね!」

吹雪「ええ、何とかなるかもしれませんね……」

鈴谷「よっ、比叡さん! 流石第一艦隊の主力だね!」

比叡「……それほどでも」ドヤァ

瑞鳳(な、なんか、いつもより比叡が頼もしく見えるわね。ちょっとイラっとする顔だけど)

摩耶(あの顏殴りてえ……)ジト

提督「さて、何とかなるかもしれないことは分かった。というわけでだ、明日はここにいるメンバーで釣りに行くぞ!」

鈴谷「えぇ!? ちょっと待ってよ! 鈴谷、釣りしたことないんだけど!」

電「い、電もなのです」

暁「暁は大人だから、つ、釣りくらいはしたことあるわ!」

摩耶「見栄張るとこじゃねえだろ。ていうかさ、比叡以外したことねえんじゃねえか?」

蒼龍「そうね……。私もないわ」

瑞鳳「私は何度か比叡に付き合ったことがあるわよ。まあ、素人同然だけどさ」

提督「私は子供の時にやったことがあるくらいだな……」

比叡「大丈夫です、みなさん。やり方は私がお教えします。そんなに難しい釣り方をするわけではないので、皆さんならすぐ覚えられると思いますよ」

提督「そうか。それなら安心だな。……野草の方は申し訳ないが間宮さんに任せるとしよう。彼女は野草に関して詳しいはずだ。妖精さんにも協力してもらうよう頼むとするか」

吹雪「彼らには関係ないことではありますが、この鎮守府の一大事です。仕方ありませんね」

提督「よし! 明日は我らの生き残りをかけた、『第一回南野鎮守府釣り大会』を開催する! 皆、明日は何としても釣り上げるぞ!」ビシッ

オオ!

摩耶「はあ、アホくせえ」

提督「そう言いながら内心では結構楽しみにしてる摩耶様であった」ボソッ

摩耶「な! んな訳あるか!?」

今日はここまでです。
次から釣りに入ります。
書いてて楽しい

投下します

翌日 港

蒼龍「まさか、四時半集合とはね……」

電「ふみゅ、眠いのですぅ……」

暁「何でこんな時間に集合なのよ〜。ま、暁はレディだから……ふわあ」

蒼龍「普段なら二人は寝てる時間だもんね〜。ふああ。私もだけど……」

瑞鳳「皆寝てますよー……四時半ですよ、四時半」

比叡「朝早くにごめんなさい。ですが、このくらいの時間がよく釣れるんです」

提督「朝マズメってやつだな」

比叡「その通りです」

吹雪「マズメってなんですか?」

比叡「夜明け前や日没直後の時間を釣り用語でマズメと言うんです。朝マズメ、夕マズメと皆言いますね。この時間帯は魚の活性が上がって積極的に餌に食いついてくれるようになりますから、非常に釣りやすくなります。釣り人は大体この時間を狙って釣りに行くんです」

吹雪「へえー」

蒼龍「だからこんな早くから呼び出されたのね」

瑞鳳「比叡と行くときは、いつも昼から日没くらいだったから知らなかったわ……」

比叡「早朝も早朝ですし。初心者の方はちょっと誘いずらいんですよねー。今回はなんとしても釣らなければなりませんから、皆さんには無理させちゃいました」

蒼龍「しょうがないわよ。私たちのご飯がかかってるんだから」

瑞鳳「そうですね……。釣りの途中で寝ちゃわないか心配だけど」

電「なのです〜……」

暁「司令官と吹雪は元気そうね……ふわ」

提督「仕事の関係でいつも朝早いからな」ビシッ

吹雪「同じく。司令官の秘書艦ですので」ビシッ

瑞鳳「一々ドヤ顔しながらポーズ決めなくていいわよ」

蒼龍「というか、摩耶と鈴谷は? 見かけませんけど」

瑞鳳「そういえば……」

暁「寝坊じゃない? あの馬鹿二人はホント子供ねえーーって、痛たたた!!」ギリギリ

摩耶「誰が馬鹿だ、誰が」頭ワシ掴み

鈴谷「そうだよ、失礼しちゃうなー」

暁「ご、ごめんなさい! 痛い、痛いから離して!」ギリギリ

摩耶「ちっ!」すっ

暁「いった〜」頭すりすり

鈴谷「ゴメンねー、ちょっち遅れちゃったかな」

提督「心配するな、我々も今来たところだ。……というか二人とも、隈凄いぞ。大丈夫なのか?」

摩耶「気にすんな、大した問題じゃねえ」

鈴谷「そうだよ提督。昨日寝れなかっただけだから」

提督「全然大したことなくないぞ!? 早めに寝るよう指示は出していただろう? なぜ寝れなかったんだ」

摩耶「知るかよ。なんか寝れない時ってあるだろ?」

鈴谷「実は結構楽しみだったんだよねー……。それで寝れなかったんだ」タハハ

提督「遠足前日の小学生かお前らは」

比叡「さあ。全員そろったことですし、早速釣り場に向かいますよ! 今回は皆さんに教えながらやるので少しでも早く行かないといけません!」

提督「そうだな……。で、どこで釣るんだ?」

比叡「あそこです!」ビシッ

摩耶「お、あそこはこの前ヒラメ釣ったとこだな。またヒラメでも狙うのか?」

比叡「いいえ。ヒラメ釣りは今回はしません。釣れないことの方が多いので」

摩耶「そういや、んなこと言ってたな」

比叡「今回は……っと、詳しいことは釣り場に行ってからにしましょう。さあ、皆さん。気合い!入れて!釣りましょう!」

………
……


比叡「さて、皆さん釣竿を出しましたね。それでは今回する釣りについて説明します」

摩耶「おう!」

鈴谷「待ってました!!」パチパチ

提督(こいつらテンション高いなー)

比叡「今回は班を3つに分けて釣りをしようと思います」

蒼龍「3つに分けるのはどうして?」

比叡「それぞれで違う釣り方をするためです。まず1班がサビキ釣りをします。サビキ釣りは一番簡単に、そして確実に釣れる釣り方として有名ですね。やり方はおいおい教えていきますが、とにかく簡単で初心者向けですから、ファミリーフィッシングとして人気が高いです」

提督「昔爺さんとやってたな、懐かしい。場合によってはバケツ一杯釣れることもあるからなー」

暁「え、暁それがやりたいわ!」

比叡「ええ。サビキ釣りは駆逐艦の子たちに任せようと思ってました。監督役として瑞鳳さんお願いできますか? 私と行ったとき経験してますから大丈夫ですよね?」

瑞鳳「分かったわ。子供たちだけに任せるのは危険だものね」

暁「こらー、子供扱いするなー!」ムキー

鈴谷「はいはい。大人ならそれくらいで怒っちゃダメでしょ?」

暁「……むぅ」

提督(暁のあしらい方上手いな鈴谷)

比叡「1班はそんな感じです。次に2班についてですが、こちらはオーソドックスに投げ釣りをやろうと思います。こちらの解説も後に回しますね。班員は私以外の残った全員です」

摩耶「あたし、鈴谷、提督、蒼龍か」

鈴谷「比叡さんだけ別なのはどして?」

比叡「それには理由があります。私がやる釣りは籠釣りといって、ちょっと初心者には難しいんです。だから私だけ3班扱いということにしました」

提督「へえ、その釣り方は釣れるのか?」

比叡「場合によっては、ですかね。最近だと鯖がいい感じだったので期待できると思います」

提督「鯖か。塩焼きに期待だな」

蒼龍「鯖の塩焼き……いいわね!」

比叡「楽しみにしておいてください」ニコ

比叡「さて、そろそろ仕掛けを用意しますか。皆さん竿に釣り糸は通していますね。それでは、サビキ釣りの仕掛けからつけていきましょうか」袋ガサガサ

ポイ、ポイ

暁「これが仕掛け?」

電「『ボウズ逃れ』と袋に書いてあるのです。ボウズとは何なのです? お坊さんです?」

比叡「ボウズというのは釣り用語です。魚が一匹も釣れなかったことを意味します」

吹雪「へえ。ボウズを逃れるくらいだから比叡さんの言うとおりよく釣れるんでしょうね」

比叡「はい。ここら辺はとくに他の釣り人もいませんから、魚の警戒心も薄くてびっくりするくらい釣れてくれますよー」

瑞鳳「前行った時は豆アジが50匹以上釣れたもんね……」

電「す、凄いのです!」

比叡「調子いい時はもっと釣れますよー。と、仕掛けの説明をしますね」ビリビリ

比叡「これがサビキです」

電「いっぱい針がついているのです」

吹雪「何か針の近くにビラビラしたものがついていますね。これは一体?」

比叡「それは餌のアミエビに見せかけるためのものです。下の方に小さなカゴがついてますよね? そこに餌であるアミエビを入れて、仕掛けを垂らすと水中でエビがばらけます。それを魚が食べにきて……」

吹雪「間違えて針に食いつくということですか?」

比叡「その通り! ちなみにこれがアミエビです!」ゴト

電「バケツの中に四角い塊が入っているのです」

比叡「これは凍ってますから解凍しないといけません。……こうして汲んできた海水をかけて、少し放置したら溶けてくれます」バシャー

比叡「ある程度溶けるまでちょっと時間がありますから、瑞鳳さんは駆逐艦のみんなに仕掛けの付け方を教えて上げてください。私は他のみんなに投げ釣りの仕掛けを教えますんで」

瑞鳳「分かったわ。ほら、みんな。ここをこうしてーー」

比叡「さて、お待たせしました。投げ釣りの仕掛けをお教えします」

提督「よろしく頼む」

比叡「投げ釣りで使う仕掛けはこちらになります」ガサガサ

ポイ、ポイ

摩耶「なんか色々出てきたな……」

鈴谷「これはオモリだね。多分、遠くに投げるために使うんでしょ?」

提督「それと仕掛けを海底に沈めるために必要となるな。投げ釣りは基本、底近くを泳ぐ魚を狙うからな」

摩耶「提督詳しいじゃん」

提督「子供の頃少しだけやったことがあるって言ってただろ? この程度なら分かるよ」

比叡「オモリに関しては概ね皆さんの言うとおりです。オモリは軽すぎると仕掛けが流されて釣りにならないことがあるので注意しないといけません。ここは大して潮の流れは早くないので、15号あれば十分です」

摩耶「ふぅん」

蒼龍「ねえ、比叡。このやじろべえ見たいなやつは何なの?」

比叡「それはテンビンといい、リールから出ている道糸とオモリ、そしてハリスを繋ぐ中間地点みたいなものです。ちなみにハリスとは針の付いている糸のことを言います」

摩耶「こいつか。三つ分の仕掛けがあるんだな」ヒョイ

鈴谷・蒼龍「え!?」

蒼龍「む、虫が餌なの?」

鈴谷「ちょ、聞いてないんだけど!?」

提督「ま、そういう反応になるわな」

摩耶「ちなみにどんなやつなんだ?」

比叡「これです」パカッ

ウネウネ、ウジャウジャ

蒼龍「ひゃああ!?」

鈴谷「うわあ!? キモッ! むっちゃキモッ!」

比叡「イシゴカイです。通称ジャリメとも言って、日本ではメジャーな釣り餌の一つです。アオイソメなんかも有名ですが、ここではイシゴカイの方が食いつきはいいですね。ちなみにこいつらは昨日私が取ってきたやつです」

蒼龍「こ、こいつを取って来たの……?」ドン引き

鈴谷「嘘でしょ……」ドン引き

比叡「より良い釣果を望むためです。イシゴカイは何故か明石さんのとこには置いてないので仕方がないんですよ」

提督(……ガチだな)

摩耶(ぱねえ)

比叡「まあ、皆さん触るのを嫌がるだろうなと思って、摘みを持って来ました。これがあれば餌に触らず簡単に付けることができます」

蒼龍「そ、それなら何とか……」

鈴谷「鈴谷も……多分」

提督「まあ、無理そうだったら私に言うといい。私がつけてあげよう」

蒼龍「すいません……」

鈴谷「……お願いするかも」

比叡「それでは仕掛けをつけて、さっそく釣りを始めましょうか」

投下終了
次の投下で完結予定

>>105の一番最初の文が抜けてました。上げ直します。

比叡「一つにつき二本の針がついてます。そこに餌となる虫をつけるんです」

鈴谷・蒼龍「え!?」

蒼龍「む、虫が餌なの?」

鈴谷「ちょ、聞いてないんだけど!?」

提督「ま、そういう反応になるわな」

摩耶「ちなみにどんなやつなんだ?」

比叡「これです」パカッ

ウネウネ、ウジャウジャ

蒼龍「ひゃああ!?」

鈴谷「うわあ!? キモッ! むっちゃキモッ!」

比叡「イシゴカイです。通称ジャリメとも言って、日本ではメジャーな釣り餌の一つです。アオイソメなんかも有名ですが、ここではイシゴカイの方が食いつきはいいですね。ちなみにこいつらは昨日私が取ってきたやつです」

蒼龍「こ、こいつを取って来たの……?」ドン引き

鈴谷「嘘でしょ……」ドン引き

比叡「より良い釣果を望むためです。イシゴカイは何故か明石さんのとこには置いてないので仕方がないんですよ」

提督(……ガチだな)

摩耶(ぱねえ)

比叡「まあ、皆さん触るのを嫌がるだろうなと思って、摘みを持って来ました。これがあれば餌に触らず簡単に付けることができます」

蒼龍「そ、それなら何とか……」

鈴谷「鈴谷も……多分」

提督「まあ、無理そうだったら私に言うといい。私がつけてあげよう」

蒼龍「すいません……」

鈴谷「……お願いするかも」

比叡「それでは仕掛けをつけて、さっそく釣りを始めましょうか」

乙!

釣果ガチ狙いならマムシ(ホンムシ)だけどコストかかるから仕方ないな
海中にブロックテトラでもあれば投げ釣りの片手間に落としこんでガシラかメバルもありだろうけど、根掛かり率尋常じゃないからなぁ


釣りをリクした者です
何だか想像以上に大事にww

>>109さん
ホンムシ高くて使ったことなかったんですよね〜。自分貧乏学生なので……
落とし込みは考えていませんでした。アドバイスありがとうございます

>>110さん
自分でもちょっとやり過ぎた感あります笑
続きはもう少しお待ちくださいー

>>109さん
ホンムシ高くて使ったことなかったんですよね〜。自分貧乏学生なので……
落とし込みは考えていませんでした。アドバイスありがとうございます

>>110さん
自分でもちょっとやり過ぎた感あります笑
続きはもう少しお待ちくださいー

遅くなりましたが投下します。

………
……


瑞鳳「解凍はもういいわね。それじゃ始めよっか!」

電「なのです!」

暁「この暁が一番釣り上げてやるわよ!」

吹雪「私も負けません!」

瑞鳳「皆頑張ってね。アミを入れて……と。まず私がお手本を見せてあげる!」シャッ

ポチャン

瑞鳳「投入してある程度沈めたら、竿を上下に軽く振ってやるといい感じでバラけてくれるわよ」クイッ、クイッ

暁「ホントだ、針のところ辺りに散らばってるわ」

電「あ、なんかいっぱい近づいて来るのです!」

吹雪「小さなお魚の群れですね……」

瑞鳳「あ、引いてるわ」ぐぐっ

暁「え、もう!?」

電「まだ入れて10秒たってないのです!」

瑞鳳「そりゃ」クイッ

豆アジ>ツラレター

吹雪「小さなお魚がついてますね!」

電「なんか可愛いのです」

瑞鳳「豆アジね。ちょうどアジの群れにぶつかったみたい。運がいいわね!」

吹雪「群れということはこれから沢山釣れるんですか?」

瑞鳳「ええ! 今がチャンスよ皆!」

電「電たちもやるのです!」ポチャ

吹雪「そうだね! いっぱい釣って司令官をビックリさせよう!」ポチャ

暁「待ちなさい! 次に釣るのはこの暁よ!」ポチャ

>ツレタノデスー!

>スゴイ! ニレンチャン!

>ワタシモキマシタ!

>ウウ……マケナインダカラ!

提督「あっちはもう釣れてるらしいな」

摩耶「もうかよ! はええなおい!」

比叡「サビキ釣りは釣れるときはあんなものですよ。ちょうどアジの群れがあの辺りを回遊してたようですね」

鈴谷「こっちも早く釣れないかな?」

蒼龍「まだ投げたばかりだから釣れないでしょ。それにしても、こっちの釣りだと何が釣れるの?」

比叡「主にキスですが、カレイだったりベラだったり、キス以外にも色んなものが釣れますよ」

蒼龍「キス? 聞きなれない魚ね」

鈴谷「なんかエッチな名前〜」

比叡「キスの名前の由来は、日本各地の海岸に生息していて比較的簡単に釣れることから『岸』という言葉が変化したものだと言われています。昔は岸の魚を意味する『キシゴ』、『キスコ』などと呼ばれ、それが変化してキスになったそうです。他にもキスの淡白な味はよく『潔し』と評されていて、それが訛ってキスになったとする説や、すぐ群れを作ることから『帰す』という言葉から名付けられたという説など諸説あります」

提督「つまり、口づけの英語であるKissとは関係ないんだな?」

比叡「はい。ちなみにキスは美味しい白身魚として有名です。塩焼きやムニエル、刺身でもおいしくいただけますが、やはり一番有名なのは天ぷらですかね」

提督「ああ、そういや天ぷら屋でよく見かけるな。かなり美味いんだよな、あれ」

鈴谷「へえ、どんな魚なんだろ?」

比叡「それは釣れてからのお楽しみですね。綺麗な魚ですから見ものですよ」

蒼龍「それは楽しみね……」

竿>くいくい

摩耶「おっ、あたしの竿が動いたぞ」バッ

鈴谷「え、ホント!?」

比叡「少し待って下さい摩耶さん。キスは口が小さいので食いつくまでに少し時間がかかります。ちょっと待ってあげてアワセた方が掛かりやすいんです」

摩耶「お、おう」ピタッ

比叡「……」

比叡「……そろそろですかね。竿を力強く上げて下さい。それがアワセです」

摩耶「分かった!」グイッ

摩耶「お、なんかちょっと重い!」

比叡「やりましたね! かかったみたいです!」

鈴谷「おおっ! やるじゃん摩耶さん!」

蒼龍「キスがかかってるといいわね!」

摩耶「よし、引くぞ」クルクル、クルクル

摩耶「見えてきた! おっ、なんかついてる!」

キス>ジャリメウメー!

比叡「さっそく本命のお出ましです! こいつはシロギスですね!」

摩耶「おお! やったな!」

摩耶「よし、上げるぞ」クイッ

ピチピチ、ピチピチ

鈴谷「ほぉー、白くて綺麗な魚だね! 真珠みたいな色してる!」

提督「こいつがキスか。実物は初めてみたな」

蒼龍「意外と小さいわね」

比叡「15cmといったところですか。平均よりやや小さいくらいですね」

摩耶「んだよ〜。もう少しデカイのが釣りたかったぜ。……ま、いっか。この摩耶様が一番最初に釣れたんだからよ、この摩耶様が」ドヤァ

鈴谷(わあ、ムカつく〜☆)

蒼龍(絶対摩耶より大きいの釣ってやるわ)イラッ

提督(イキイキしてんな摩耶)クスッ

比叡「さて、血抜きをするんで魚を貸してください。皆さんも釣れたら私に言ってくださいね」

鈴谷「魚の血を抜くの? なんで?」

比叡「血を抜いておくと鮮度を保ちやすくなるんです。シメとも言いますね。血抜き以外にも氷ジメなどのやり方があります」

提督「へえ、徹底してるな」

比叡「ええ。少しでも美味しく頂きたいじゃないですか」

提督「そりゃそうだな」

竿>クイ、クイ

鈴谷「あ、鈴谷の竿が引っ張られてるよ!」

提督「おお!」

蒼龍「またキスかしら? ーーって、私の竿も引いてる!」

摩耶「いい流れ来てんな! おい!」

提督「これは……今日のメシは無事確保出来るかもしれんな!」

蒼龍「なんか凄く重いわよ! 大物がかかったんじゃない!?」クルクル

摩耶「マジか!」

鈴谷「え、いいなあ。鈴谷のはそんなに重くないや」クルクル

摩耶「見えてきたな! なんか、蒼龍の方は2匹ついてないか?」

蒼龍「本当ね! だから重かったのか……」クイッ

提督「鈴谷の方は1匹だな」

鈴谷「なんかキスとは形が違うね!」クイッ

提督「無事上がったな。蒼龍はキス2匹か……。どっちも摩耶のやつよりデカイな」

比叡「20cmはありますね。中々のカタです」

蒼龍「ふふーん」ニヤニヤ

摩耶「んだよその目は……。見てろよな! てめえよりデカイの釣ってやっから!」ググ……

提督「喧嘩するなよー。さて、鈴谷の方は……何だコイツ?」

比叡「ササノハベラですね。体色が赤いからアカササノハベラかな。投げ釣りの外道……つまり外れとして釣り人から嫌われてる可哀想な子です」

鈴谷「えぇ〜、ちょっと残念だね……」

比叡「まあ、煮付けにしたり塩焼きにしたりすると美味しく頂けるので、私たちにとってはハズレではありませんよ」

鈴谷「そうなんだ。ま、取り敢えず1匹釣れたし良しとしましょ〜」

提督「それにしても、キスが釣れてるな」

比叡「キスは群れで動きますから、大群と当たった時は数釣りが期待できます。もしかすると群れと当たったのかもしれません。なんか今回は運がいいですね」

鈴谷「アジも群れにぶつかってたし……。そんなことってあるの?」

比叡「うーん、たまにありますよ。逆にどんなに準備して行ってもまったく釣れないこともあります。釣りは運に大きく左右されるものなんです」

提督「羅針盤のようなものか……」

比叡「羅針盤……? 知らない子ですね」

………
……


摩耶「釣れなくなってきたな」

鈴谷「だねー……」

蒼龍「さっきまで馬鹿みたいに釣れていたのが嘘のようね……」

提督「……」

比叡「どうやら群れがいなくなったみたいですね。満潮になって潮の動きが止まっちゃいましたから、次に潮が動き始めるまでは釣れないかもしれません」

摩耶「マジかよ〜。ま、あたしは12匹釣ったからいいけどよー」

蒼龍「私は8匹ね。ベラが2匹とトラハゼが1匹釣れたけど他は全部キスだったわ」

鈴谷「鈴谷は7匹〜。最初がベラちゃんで後は全部キスだったよ。いやあ、楽しいね」

比叡「私は6匹ですね。良型のゴマサバが4匹とマアジが2匹でした」

提督「……」

摩耶「全員で合わせて33匹かあ。意外と釣れてんな〜」

比叡「ここはあまり荒らされていませんから。だから大体はよく釣れてくれますよー。大体は」チラ

鈴谷「そうみたいだねー」チラ

蒼龍「……」チラ

提督「……」

摩耶「おい、なんか喋れよ提督」

提督「……悪かったな、マトモに釣れてなくて」ムス

摩耶「いや、釣れてたじゃん。ほら、何が釣れたか言ってみろって」プルプル

鈴谷「そうだよ、皆報告したんだから」プルプル

蒼龍「んんっ、ほら何が釣れたの?」プルプル

提督「……」

提督「……クサフグ2匹、ヒトデ3匹、ウミケムシ1匹……。計6匹だよ」ムスッ

4人 ブフッ

摩耶「だっはっはっは!wwww」

鈴谷「全部wwww外道wwwwしかも食べられないやつwwww」

蒼龍「皆こんなに釣れてるのにwwww運wwwwなさすぎwwww」

摩耶「ていうかフグ以外魚ですらねえwww」

比叡「わ、笑いすぎですよ皆さん。たまには、こういうことも、あるんですからw」プルプル

摩耶「震えてんぞ、比叡wwww」

鈴谷「ひー、おかしーwwww」

蒼龍「wwww」

提督「〜〜! お、お前ら! 後で覚えとけよ!」

竿>クイ、クイ

提督「! キタキタ、キタぞ!」

4人「おっww」

摩耶「今度はどんなゲテモノを釣ってくれるんだろうなww」

鈴谷「ま、摩耶さんwwそれwwフラグww」

蒼龍「釣るなよwwゲテモノ、絶対釣るなよww」

比叡「その前フリはあきまへんww」

提督「好き放題言うのも今のウチだ! 今度こそ釣りの女神が私に微笑んでくれる筈だ!」クルクル

摩耶「どうだか?ww」

提督「こい、大物!!」ザバー

ピチピチ!

提督「こ、こいつは一体……」

比叡「」プルプル

提督「……ひ、比叡?」

比叡「この魚はアイゴ。棘がついたヒレに毒を持ってます。駆逐艦の子が触るといけません。じゃけんリリースしましょうね〜」針外し、ポイッ

ドボンッ

提督「……」

4人「ブハッwwwwwwwww」

摩耶「てwwいwwとwwくwwお前持ってんなwwwwww」

鈴谷「やめてwwww腹筋がwwww捩れるwwww」

蒼龍「女神がwwww確かに微笑みましたねwwww笑いの女神ですがwwww」

比叡「流石に草生えるwwww」

提督「……」

提督「……何故だ」ボソ

4人「wwwwwww」

瑞鳳「な、何か楽しそうね……」ヒョイ

提督「瑞鳳……助けてくれ。皆がイジメる」

瑞鳳「な、涙目よ提督! 一体どうしたのよ!?」

4人「wwwwwwww」

瑞鳳「あ、あんたたち! 笑ってないで説明しなさい」

蒼龍「別にwwwwイジメてないわよwwww」

比叡「耳かしてくださいww」

瑞鳳「?」

コショコショ……

瑞鳳「ぶふっww」

瑞鳳「ごめん提督wwそれは笑うww」

提督「瑞鳳まで……。くっ、こうなったら! 何としても見返してやる!」バッ

摩耶「それ言うの何回目だっけ?ww」

鈴谷「3回目だったよ、確かww」

瑞鳳「3回もww」

提督「うるさい! 見てろ、秘策を編み出した!」スッ

バーン!

提督「ありったけのイシゴカイを針に刺してやったぞ! これなら大物が釣れるはずだ!」

摩耶「やけになりやがったぞ、おいww」

鈴谷「うわっ、キモッ!」

比叡「一応房がけというれっきとしたエサの付け方ですwwでも、土壇場で編み出したのがそれってww発想が小学生ww」

蒼龍「デモンズソウルで見たわねこんなのwwww」

瑞鳳「谷2wwww月光剣wwww」

摩耶「それってあれだろww瑞鳳が蒼龍にやらせてたゲームだろ?ww」

比叡「その例えやめてwwww」

鈴谷「分かんないけどなんか笑えるww」

提督「ぐっ! 悔しいが、例えが上手い」

………
……


摩耶「ひー……ようやく落ち着いてきた」

鈴谷「なんだかツボに入っちゃった……。寝てないからテンションが変なのかも」

蒼龍「多分関係ないわよ。私たちはちゃんと寝てたし。……今日の提督が面白すぎるのがいけないのよ」

比叡「そうですよ……。あー、笑いすぎて顔が痛いです」

提督「……悪かったな」ムスッ

摩耶「まあ、そう拗ねんなって。あたしらもちょっと笑すぎたよ」

蒼龍「そうね。ごめんなさい」

比叡「私も同じような経験を何度もしているのに……。場の雰囲気に呑まれて笑ってしまい、すいませんでした」

鈴谷「鈴谷が釣った魚を分けてあげるから許して、提督!」

瑞鳳「ちょっと調子に乗っちゃいました。ごめんなさい」

提督「……」

提督「はあ……。別にいいよ。そこまで怒ってないしな」

5人「……」

提督「それに、私はお前達が楽しんでいる顔を見るのが何より好きなんだ。その顔を見れたと思えば、ちょっと笑い者になるくらい大したことじゃないさ」フッ

比叡「……司令」

蒼龍「……」

鈴谷「……提督優しいね」

摩耶「……へっ、こいつはただ甘いだけだ」

蒼龍「顔赤いわよ、摩耶」ふふっ

摩耶「……」プイ

瑞鳳(なんか罪悪感が凄い……)ズキズキ

提督「さて、辛気臭いのはこれ以上はなしだ。せっかくこうして皆で釣りをしているんだ。最後まで楽しもう」

鈴谷「そうだね! 釣れなくなってきたけど、鈴谷まだまだ釣っちゃうよー!」

摩耶「おう! あたしも釣るぜ!」

蒼龍「私が一番釣ってあげるわ! 見てなさい!」

瑞鳳「提督も釣れるといいですね!」ニコッ

提督「ふっ、私が先程編み出した秘策なら大物がかかるはずだ。今までの分は全てそのための前座にすぎないのさ!」

比叡「ふふっ。房がけだとカレイが掛かることがありますから、十分期待できますよ。大きいのが釣れたらいいですね!」

提督「ああ!」

>瑞鳳さーん、司令官ー! 大変なのでーす!

提督「あれは、電?」

瑞鳳「どうしたの?」

>こっちに来て欲しいのですー!

提督「なんかあったみたいだな!」

瑞鳳「いけない、こっちに居すぎたわ! 早く戻らないと!」

比叡「私も行きましょう!」

………
……


提督「どうしたんだ電?」

瑞鳳「もしかして、誰か怪我でもしちゃった!?」

電「ち、違うのです。ただ、その……大きなお魚が釣れちゃったから見て欲しいのです」

提督「大きな魚? サビキで?」

比叡「ああ……」

瑞鳳「多分……あいつね」

提督「2人とも知っているのか?」

比叡「はい。詳しいことは行ってから説明しましょう」

瑞鳳「そうね」

電「お姉ちゃーん! 連れて来たのです!」

暁「来たわね! 瑞鳳さん、変なのが釣れちゃったわ!」

吹雪「凄く暴れるから手で抑えてたんですけど、その……に、臭いが凄くて」

バタバタ、バタバタ!

提督「うわ、なんだこの臭い! くせえ!」

瑞鳳「うわあ……やっぱりやつね」

比叡「ええ、ボラですね」

暁「この臭いやつ、ボラっていうの?」

吹雪「ひ、比叡さん。その……」

比叡「変わってください。シメますんで」ナイフ取り出し

ザクッ
ボラ>アイエエエ!

比叡「バケツに海水を入れてから、ボラを入れてっと……」ジャブジャブ

比叡「血抜きをしながらこの魚について解説しますね」

提督「よろしく頼む」

吹雪(て、手に臭いが……)

比叡「さっきも言いましたがこの魚はボラといいます。大体日本の海や河口ならどこにでもいる魚で、水質汚染にも強く、汚れた海にも普通にいます。色彩感覚を有した珍しい魚でもあり、目が非常にいいことで知られていますね。ちなみに河口付近などでよく飛び跳ねている魚がいますが、大体こいつです。飛び跳ねるこいつと人間がぶつかる事例もあり、中には競艇選手がレース中に飛び跳ねたこいつにぶつかって失神したという事例もあるそうです」

電「失神するなんて、す、凄いのです……」

暁「それでボラは食べられるの? なんか臭いが凄いけど……」

比叡「結論から言うと食べられます。水質が悪いところのボラだと身が臭くとても食べられませんが、この鎮守府近海のように比較的綺麗なところだとびっくりするほど美味しいんですよ。また、冬のボラは寒ボラと言って脂が乗って非常に美味です。美味しい食べ方は刺身や洗いですかね」

提督「マジか。しかし、こんな臭いやつの刺身なんて食う気にならんな……」

比叡「そうなんです……。この臭いのせいで多くの釣り人から敬遠されており、また『ボラはまずい』という一部の釣り人の意見がマイナスイメージを増長させてしまっています。サビキ以外にも色んな釣りでこいつは釣れますから、外道として多くの釣り人から嫌われてる可哀想な子の1匹です。その嫌われっぷりは尋常じゃなく、釣り人の中にはこいつを陸に捨ててしまう方もいるくらいです」

吹雪「酷い……」

電「ボラさんが可哀想なのです!」

比叡「私も電ちゃんと同じ思いです。ボラはその大きな体に見合った引きを楽しませてくれます。それなのにそのボラをリリースもせず陸に捨てるなど、釣れた魚への敬意を忘れた、釣り人として恥ずべき行いだと私は思います」

提督「なんか、考えさせられる話だな……」

暁「とても、勉強になるわ」

比叡「こういう命の尊さについても学べるから、私は釣りが大好きなんです。……と、話が逸れましたね。ボラが嫌われる原因になったこの臭いですが、それはヌメリから来ています。正しい調理を行うことで、ヌメリは取れ、同時にこの臭いもほとんどなくなりますから、食べる時には気にならなくなりますよ」

提督「そうなのか。なら、食べられそうだな」

吹雪「一体どれくらい美味しいんでしょうか? 気になりますね」

比叡「食べてからのお楽しみ……と言いたいところですが、ボラのイメージを良くするために説明しましょう。あくまで私個人の意見ですが……鯛に匹敵します」

提督「鯛!?」

暁「え!? あの鯛よね!? こんな間抜けな顔したやつが!?」

電「はわわ!」

吹雪「う、嘘でしょ……。そんなに美味しいんですね……」

比叡「そうです。初めて食べたときあまりの美味しさに仰天した覚えがあります。気になって調べたところ、昔はボラの切り身が『マダイ』として流通していたこともあったそうです。それを知ったときは妙に納得しちゃいましたね。騙されますよ、あれは」

瑞鳳「私も食べたときは驚いたわよ……。最初はあんな臭いの食べられるわけない!って思ってたのに。先入観に囚われちゃダメだって思ったわ」

比叡「ちなみに日本珍味として有名な『カラスミ』ってありますよね? あれはこいつの卵巣なんですよ」

暁・電・吹雪・提督「ええええっ!?」

比叡「ビックリしますよね? 私も初めて知ったときは目が飛び出すかと思いました。後、胃壁は『ボラの臍』とも呼ばれ、1匹に1つしか取れない稀少部位です。鳥の砂肝を柔らかくしたような歯ごたえで……これがまた美味いんですよ! お酒が進むこと間違いなしです」

瑞鳳「あれはやばかったわね……。思い出しただけで涎が……」ジュル

提督「……」

比叡「ボラの凄さ、分かっていただけました?」ニコ

提督「……ああ。侮れないな」

電「ボラさん凄すぎるのです!」

吹雪「臭いが嫌だけど……それでも釣ってみたいと思えるようになりました!」

暁「比叡さんが教えてくれたことを皆が知ったら、ボラを酷く扱う人も減るかもね」

瑞鳳「そうね。私も今ではボラが釣れたらラッキーって思うようになったしね。考え方が変わる人も出てくるかもしれないわ」

比叡「私もそれを願ってます」

暁「さあ、電、吹雪! ボラをいっぱい釣るわよ!」

吹雪「そうですね! 手なんて後で洗えばいいんですし!」

電「はわわ! 電も釣っちゃいます!」

瑞鳳「さて、私も再開しますか!」

ワイワイ!

提督「……私たちもそろそろ戻るか」

比叡「ですね」

………
……


提督「……」

摩耶「……」

鈴谷「……」

蒼龍「……」

比叡「……」

提督「あの、私の竿は……? そこに置いてたはずなんだけど」

蒼龍「そ、それがですね〜。私たちがちょっと目を離している隙に……」

鈴谷「き、消えちゃったんだよねー」

提督「は?」呆然

比叡「〜〜」プルプル

摩耶「た、多分だけどさ……持ってかれたんじゃね? 魚に」プルプル

提督「そ、そんなことってあるのか……?」

比叡「よくあります……。だけど、それにしたって」プルプル

摩耶「こ、このタイミングで」プルプル

鈴谷「〜〜」プルプル

蒼龍「笑うな……笑うちゃっだめ……」プルプル

提督「……」

提督「何なの、マジで」

………
……


11時

比叡「もうお昼ですね……。本格的に釣れなくなりましたし、餌もほとんどなくなったのでそろそろお開きにしましょうか」

鈴谷「え〜、もう終わりなの? でも、もう6時間以上も釣りしてたのか〜。あっという間だったね」

蒼龍「楽しかったわね〜。一番釣ったのは結局摩耶だったけど」

摩耶「まあな。でもお前らも結構釣ってたじゃん」

比叡「皆さん楽しんでくれたようで何よりです。駆逐艦の子達も結構釣っていましたし、今日の食料は余裕で足りそうですね」

提督「……そうだな」

摩耶「んだよ提督、元気だせよな〜。食料確保っていう当初の目標は達成できそうなんだし、いいじゃねえか」バシバシ

提督「……」

鈴谷「まあ、今回は運がなかっただけだよ……。次行けばきっと釣れるって!」

蒼龍「そうよ。今回は偶然、笑の神が提督に降りてきただけなのよ。次は釣りの神が降りてきてくれるはず……多分」

提督(蒼龍……てめえは後で揺らしまくってやる)

比叡「さて、吹雪ちゃんたちも呼んで帰りますか。瑞鳳さーん!」

>はーい!

比叡「帰りますよー!」

>みんな、比叡が帰ろうって!

>はーい!

比叡「あっちの後片付けが終わるまで待ちましょうか」

10分後

比叡「皆さん、ゴミはちゃんと持ちましたね? 釣り場にゴミを捨てて帰るのはマナー違反です。きちんと持ち帰るようにしましょう」

全員「はい!」

比叡「それじゃ、今日の釣果をまとめましょうか。駆逐艦の子たちが釣ってくれたのは、総勢61匹でした。アジが40匹、ヒイラギが11匹、スズメダイ5匹、ボラ5匹です」

鈴谷「わあ、大漁だね!」

蒼龍「私たちより釣ってるわ……」

暁「へへん、やるでしょ!」

吹雪「楽しかったけど、ちょっと疲れました」

電「な、なのです〜」

提督「朝早かったしな。帰ったら存分に休むといい」

暁「そうするわ! ところで、司令官たちはどのくらい釣ったの?」

比叡「私たちは計38匹ですね。キス25匹、ベラ4匹、トラハゼ1匹、ゴマサバ5匹、アジ3匹でした。毒魚やヒトデなども入れたらもっと釣れてます」

摩耶「誰かさんがもっと釣ればなあ」ニヤニヤ

提督「アーアー、キコエナーイ」

吹雪(司令官釣れなかったんですね……)

暁「私たちが釣ったのと合わせたら100匹近くいるわね。大漁じゃない!」

鈴谷「ごはん何とかなるかもね!」

提督「後は間宮さんの野草だな。夕飯のバリエーションが変わってくるから期待したいところだ」

蒼龍「流石に魚だけはキツイでしょうし、そこは重要ね」

吹雪「夕飯が楽しみですね!」

………
……


提督(その日の夕飯は豪華だった。皆が釣った魚と間宮さんたちが取ってきた野草を踏んだんに使った数々の料理が出てきた)

提督(キスや山菜の天ぷらに、野草と魚の鍋物、フライ、塩焼き……どれも絶品だった。中でもボラの刺身は特に美味しかった。あまりに美味くてびっくりしたほどだ)

提督(皆それらの料理に舌鼓を打っていた。自分で頑張って釣った魚だから、より美味しく感じたに違いない。……私は釣ってないが)

提督(……しかし、今日はいい日だったと心の底から思う。美味しいご飯を食べられたこともそうだが、みんなの楽しそうな顔が1日中見れたことが一番だ。あの摩耶でさえ、たくさん笑っていた。みんながただの兵器ではなく、感情をもった立派な人間なのだと再認識できたような気がして、私は嬉しかった。……そう言う意味では、ミスをした糧食部門には感謝してさえいた。間接的にでも、こうした機会を与えてくれたのだから)

提督(願わくば、こうしてみんなが笑える日常が続いて欲しい……)

提督(……)

提督(……あ)

提督(そう言えば、あと2日あるんだった……)

提督(……また、釣りに行くことになるだろうな)

提督(ならば、明日こそ……明日こそ釣ってやる!)

そして翌日も翌々日も、マトモなものを釣らなかった提督は、しばらく皆から「ゲテモノ釣り名人」と呼ばれてからかわれるのだった。

投下終了。
番外編の釣り大会完結です。

次回から本編に入ります。
>>71さんのリクエストはもう少しキャラが出揃ってからやった方が面白いと判断したので、後日やります。申し訳ないです。



ボラの臭みの原因て血じゃなかったっけ?
三重県なんかだと、上質なカラスミ作るためにシメて海中に数時間浸けて完全に血抜ききることで臭みを0にするし

おつおつ
釣り楽しいよね、私も今週末某湖にワカサギ釣り行ってきます
もう少し寒くなれば穴釣りにも行く予定

>>133さん
コメントありがとうございます。
ボラの臭いの原因は血と体液=ヌメリにあるようですね。どちらも、といったところでしょうか。

>>134さん
ワカサギ釣りいいですね。自分も行ってみたいです。

本編投下します。






第一章
「Free as a bird」



 見慣れた光景だった。

 夕焼けに染められた海は鮮やかで、水面は赤く輝きを放っていた。

 押して返す波は小さな飛沫を上げて、空へと溶ける。潮騒が、緩やかに静寂を揺らしていた。

 その静かな響きに割って入るように、時折ウミネコどもが甲高い声を上げる。最近まで名前さえ知らなかったそいつらの声は、何処か気に食わない。

 ウミネコどもは気持ち良さげに飛んでいる。

 真っ直ぐ飛んで、羽ばたき、思い出したかのように左右に揺れる。

 艦載機が見せる規則的な動きとは違う。不規則で、しかし落ち着いた動き。自由な、鳥の飛行。

 やつらは暁の水平線に重なり、独特な陰影を空に刻んでいた。その光景は、美しくすらあった。

 生簀かない。

 その光景を作り出すそいつらが。

 そして、その光景を綺麗だと認めてしまっているあたし自身が。




…………………………

執務室

提督「……」カキカキ

吹雪「……」カキカキ

ジリリリリ……

吹雪「……」スッ

吹雪「はい、お電話ありがとうございます。南野鎮守府秘書艦の吹雪です」

提督(電話か)

吹雪「……あ、はい。お久しぶりです。……ええ、元気です」

吹雪「はい、毎日3食食べてます。……はい……はい」

提督(……何の電話だ?)

吹雪「……司令官ですか? はい、ご在室です。変わりますね」

吹雪「司令官。お電話です」

提督「ああ。一体誰からだ?」

吹雪「……金剛さんからです」

提督「……げっ」

提督「……んんっ。とりあえず、電話を変わろう」

吹雪「はい」スッ

提督「……お電話変わりました。南野鎮守府の提督です」

金剛『Hey、テイトクー! お久しぶりネー!!』

提督「」キーン

提督「お久しぶりです金剛さん。……いえ、金剛提督。出来ればもう少し音量を小さくお願いします」

金剛『モウ、金剛テートクなんて堅苦しいデスネ! 金剛お姉ちゃんと呼んでクダサイと言ってるデショウ!』

提督(話聞いてねえ)

提督「すいませんが、それはできません。こちらにも立場というものがありますので」

金剛『相変わらずのカタブツネー……。まあ、いいワ。ワタシの可愛いsisterは元気にしてマスカ?』

提督「はい、毎日元気すぎるくらい元気ですよ。この前も出撃で敵旗艦を沈めてくれました」

金剛『Oh、流石ワタシの可愛い比叡デス! 活躍しているようデスネ!』

提督「ええ。ところで、一体どういうご用件で……?」

金剛『アナタの声が聞きたかっただけデス!』

提督「……すいません、仕事が忙しいのでこの辺りで」

金剛『待ちなさい。冗談よ冗談』

提督(話し方がいつもに戻ったな……)

金剛『全く、私の小粋なジョークが分からないなんて。人を率いるものがそんなに堅くてはダメよ』

提督「申し訳ありません。善処します」

金剛『あなたには言ってもムダだろうけどね。……それより、本題に入りましょうか』

提督「はい」

金剛『一週間前、岬鎮守府の主力艦隊が壊滅に追いやられた事件があったのは勿論知っているわね? そのことで新展開があったの』

提督「例の……。確か1人だけ生存者がいましたが、意識不明の重体だったんですよね? 確か駆逐艦の子でしたか。……まさか、その艦娘が意識を取り戻したのですか?」

金剛『そうよ。相変わらず察しがいいわね。その子が意識を取り戻したのが3日前のこと。彼女目覚めたはいいんだけど、最初は恐慌状態で話にならなかったそうよ。まあ、無理もないわね。戦うどころかもう一生歩ける状態じゃなくなってしまったのだから』

提督「……」

金剛『その子もしばらくしたら落ち着きを取り戻してね、ゆっくりとだけど当時の様子を話してくれたそうよ』

提督「何があったんですか?」

金剛『状況を一から説明するわね。当時彼女たちは南西諸島海域の残党殲滅任務に当たっていた。艦隊の編成は戦艦1隻、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦1隻の計6隻という基本的な編成だった。あの海域は周辺鎮守府の活躍のおかげで、攻略が進んでいるから出てくる敵勢力も大したものではないわ。そのおかげか、彼女たちもピクニックに行くような軽い気持ちで任務についていたそうよ』

提督「……」

金剛『それで、いつも通り軽く任務をこなして帰還しようとしたところに、6隻の敵艦隊が現れた。しかも、そのうち2隻は見たこともないタイプだったそうよ。彼女たちはすぐに戦闘態勢に入り、少将(岬鎮守府提督)に一報を入れた』

提督「……」

金剛『報告を聞いた少将の判断は冷静なものだったわ。敵との必要以上の交戦は避け、速やかに帰還するようにという指示だった。当然ね、本来の作戦が済んで弾薬も燃料も十分ではなかったのだから。私でもそう指示を出すわ。それで、彼女たちも指示通り牽制しながら撤退しようとした。でも……』

提督「殲滅させられた、ということですか」

金剛『Affirmative。敵の構成は駆逐艦eliet2隻、重巡eliet2隻、そして恐らくは戦艦ル級と思わしき敵一隻と、全くの正体不明の敵が一隻』

提督「それはどういう……」

金剛『3ヶ月ほど前のことだけど、各地で黄色いオーラを纏った新型の敵艦が発見されるようになったじゃない? 中央は奴らのことをelietの上位種と断定、flagshipと名付けたわ。あなたも見たことはあるでしょう』

提督「ええ。何度か戦いましたが、elietクラスの何倍も手強かったです」

金剛『今回出現した敵の1隻は、そのflagshipクラスと思わしきものだったそうよ。しかし、特徴がちょっと違ったの。黄色いオーラを纏ってるところまでは一緒なのだけど、目に青い炎のようなものが浮かんでいたそうよ』

提督「……」

金剛『それでもう1隻の方なのだけど、こちらは類似するタイプすら検討がつかなかったらしいわ。今までとはまるで違うタイプの深海棲艦みたいね。見た目は黒いコートを着た子供みたいな感じで、敵駆逐艦の顔のような尻尾があったそうよ。そして何より特徴的だったのが、「不気味な微笑みを常に浮かべていた」ということかしらね』

提督「艦種についてさえわからなかったんですか?」

金剛『ええ。戦艦なのか空母なのか、それとも軽巡や駆逐艦なのか……判別できなかったらしわね。私はそいつのことを便宜上「チェシャ猫」と呼ぶことにしているわ』

提督「チェシャ猫……」

提督(シェイクスピアの作品「不思議の国のアリス」に出てくる不気味な笑顔を浮かべた猫のことか……)

金剛『さて、ここからは実際に何があったか話すわね。かなりエグい内容だから覚悟して聞きなさい』

提督「……。はい、お願いします」

金剛『岬第一艦隊と謎の敵艦隊との交戦が始まってすぐ、敵の新型戦艦が主砲で攻撃してきたらしいわ。運悪く軽巡の子が直撃を食らってね。上半身が跡形もなく消し飛んだそうよ』

提督「! そ、そんな馬鹿な! いかに軽巡の装甲が薄いからといっても、艤装を着た艦娘がーー」

金剛『私も信じられないわよ。艤装を貫通するほどの威力の砲撃なんて……。威力だけなら中央の大和に匹敵する攻撃力じゃないかしら』

提督「……」

金剛『話を戻すわね。その不意打ちをくらった岬艦隊は一瞬でパニックに陥った。さらにもう一度そいつが主砲を撃ち込んできて、旗艦に直撃、大破したわ。それで完全に戦える状態じゃなくなった岬艦隊は総崩れになり、そこへ敵艦隊が総攻撃を仕掛けてきた。その段階で軽巡と重巡が轟沈、他の4隻は全員大破という大損害だった……。でも、彼女たちが味わった地獄はここからだったわ』

提督(……まだ続きが)

金剛『倒れ伏す彼女たちに、唯一攻撃に参加せず傍観に徹していたチェシャ猫が近づいてきたそうよ。ニヤニヤ笑いながらね。チェシャは旗艦の戦艦から艤装を剥ぎ取って興味深そうに眺めた後、それを海へ放棄した。そして丸腰の戦艦の子に向けて砲撃を浴びせかけ、ミンチに変えてしまったわ。その光景を目の当たりにした他の子たちは心が折れて、必死に命乞いをし始めた。だけど、敵は理性を持たない怪物……そんなものが通用するはずもないことは分かり切っているわ』

提督「……」ギュッ

金剛『チェシャ猫は面白そうに軽巡の子から奪った魚雷を重巡の子の口に詰めて爆発させた。重巡の子は頭が消し飛んで轟沈したわ。その子の血と脳漿を被った駆逐艦の子は、頭がどうにかなりそうで笑いが止まらなかったそうよ……。次に、泣き叫ぶ軽巡の子を引っ張り上げて骨折していた腕や脚を原型がなくなるほど壊し出した。一撃加えられるごとに軽巡の子は悲痛な叫びを上げて、やがて力尽きたのか声を出さなくなってしまった。反応がなくなったその子をまるでゴミのように扱い捨てた後、チェシャ猫は最後に残った駆逐艦の子へ近づいた』

提督「……なんということを」ギリッ……

金剛『気持ちは分かるけど、落ち着きなさい。あなたの艦隊を同じ目に合わせたくないなら、この話は冷静に聞くべきよ』

提督「すいません……つい感情的に」

金剛『いいのよ。あなたのそういうところ、私は嫌いじゃないわ』

金剛『話が逸れたわね。駆逐艦の子は恐怖のあまり自殺を試みようとしたらしいわ。魚雷を爆破させてね。でも、運がいいのか悪いのかそれでは死に切れなかった。チェシャは虫の息になった彼女を変わらない笑顔で見下ろした後、まるで彼女にメッセージを残すかのようにある方角を指差しで示してみせた』

金剛『ーーちょうど南方海域のある方角をね』

提督「ーー!」

金剛『そして指差した方向に消えて行ったそうよ。駆逐艦の子はそこで意識を失ったらしいわ。後のことはあなたも知っているわね』

提督「……ええ」

提督(まさか、そんな化け物どもがこの海域にーー)

金剛『チェシャ猫たちがこちらに向かっている可能性があるわ』

金剛『南方海域を担当している鎮守府は4つ。前浜鎮守府、青波鎮守府、あなたの南野鎮守府、そして私の東野鎮守府よ。すでに前浜と青波には連絡をとって警戒を促しつつ協力体制も築いているわ』

提督「……相変わらずの手際ですね」

金剛『そうでもないわよ。事件自体がもう一週間前のことなんだから寧ろ出遅れていると言ってもいいわ。まあ、本当にそいつらがこの海域へ来るかどうかは分からないけどね』

提督「警戒するに越したことはありませんよ。そいつらはそれだけ危険な敵です。特にチェシャ猫は別格でしょう。今までのただ暴れるだけのやつらとは明らかに違う。残虐で、何処か殺人を楽しんでいる節さえあるように思います」

金剛『私もそう思うわ。今までの深海棲艦と同じで理性はないけど、事件の内容から考えても知能はかなり高そうね。……やつらも進化しているということかしら』

提督「……」

提督「……中央からの支援は期待できるでしょうか?」

金剛『来るわけないわよ。激戦区である西方海域への支援で忙しくて、現れるかどうかも定かじゃない敵のために援軍を派遣する余裕などないでしょう』

提督「やはりそうですか。私のところに報告が届いていない以上、上層部の話し合いも纏まっていないということでしょうから。……金剛提督は冬木総司令官から情報を?」

金剛『ホント察しがいいわね……。そうよ、冬木さんが青葉を使って情報を流してくれたわ。一応極秘情報だというのに、よくやるわよ。バレたら更迭も免れないでしょうね。だから……』

提督「心得ています」

金剛『Ok。リスクを負ってまで私にそんな情報を流すくらいだから、冬木総司令官はかなりこの問題を重く見ているみたいね。多分予感しているのでしょう』

提督「予感ですか?」

金剛『長年戦場に居るもの特有の勘と言うべきかしら。私も嫌な予感を感じているわ』

提督「チェシャ猫たちが現れるとーー?」

金剛『ええ。おそらくね』

提督「……」

提督(……私も同じだ。腹の中に蟠る気持ち悪さを感じている。何故か、チェシャ猫たちが現れる可能性を否定できない)

提督(……早急に対策を取らねばなるまい。正直、我が艦隊は戦力不足だ。個々の能力はかなりのものだが、如何せん数が足りない。第一艦隊が機能しはじめて1ヶ月とまだ日が浅いからな……。中破即撤退を徹底してきたから今まで何とかなったが、今回の敵はそれが通用するとは思えない。あの中の誰かが致命的なダメージをおい、戦えなくなれば……確実にチェシャ猫たちには対抗できずやられるだろう)

提督(クソ! 少ない資材の節約のために人員獲得を控えていたのが裏目に出たか……! もう少し資材を蓄えてから人員補充をやろうと思っていたが……そう言ってられる状況ではない。速やかになるべく優秀な人員を……)ギリギリ

金剛『イラついている時に歯ぎしりする癖、何とかした方がいいわよ』

提督「! はい、すいません……」

金剛『あなたが何で苛立っているのかは大体想像つくわ。そちらの鎮守府が立ち上がってからまだ半年も経っていないものね。ちゃんとした戦力となる艦娘が少ないのでしょう? あの対空バカが1人で6人分くらいの働きはするでしょうけど……。それでも数は欲しいところね』

提督「ええ。摩耶にはあまり無理をさせたくはありませんから。危なかし過ぎるので」

金剛『ただでさえ無茶な戦いをするものね、あの子は……。今回の敵はそれが命取りになりかねない』

提督「はい」

金剛『……そうね、なら私から1つ提案があるわ』

提督「提案……ですか?」

金剛『こちらの人員を分けてあげるわ。それも、なるべく優秀な子をね』

提督「い、いいのですか? しかし、そちらの戦力を削ることになりますよ?」

金剛『いいのよ。私のところは潤沢に戦力が揃っているから。何せこちらは艦娘の間じゃ人気が高いから、嫌でも人員が集まっちゃうのよ。少し余ってるくらいだったから丁度いいわ』

提督「ですが、その艦娘の意思はーー」

金剛『No problem。実は1人だけあなたのところに移動願いを出していた子がいるから、その子を上げるわ』

提督「こちらに移動願いを? 一体誰です?」

金剛『あなたもよく知っている子よ』ふふっ

提督「ま、まさか!」

金剛『そのまさかよー。明日そちらに連れて行くからよろしくね。あ、ついでに他にも何人かお供させるから演習相手もお願いね』

提督「え、明日ですか!?」

金剛『ええ。それじゃ、用件も済んだしそろそろ切るわ』

提督「ちょ、待ってーー」

金剛『Good bye〜』

ガチャ
ツー、ツー

提督「……切りやがった」

提督(あ、相変わらずメチャクチャな人だな。こちらにも準備というものがあるのに、勝手に決めやがって……)

提督(しかし、大変なことになったな。まさかこんな短期間で新たな敵が確認されるとは。しかも、かなり厄介そうなやつだ)

提督(とりあえず第一艦隊に通達せねば……)

吹雪「あの、司令官。随分長電話でしたが、何かあったのでしょうか?」

提督「ああ、ちょっとな。すまないが吹雪、第一艦隊の皆に緊急招集をかけてくれ。早急に対策を練らねばならない事態が起きた。全員集まってから電話の内容を詳しく話そうと思う」

吹雪「き、緊急招集ですか!? わかりました! すぐに呼びますね」

今回はここまで。

×シェイクスピア

○ルイス・キャロル

なんで間違えたかわからない……。訂正します。

………
……


提督「集まったな……」

瑞鳳「提督、緊急招集って聞いてきたんですけど……」

鈴谷「一体どうったの?」

摩耶「また食糧不足とかじゃねえだろうな?」

提督「今回は違う。お前たちの命に関わる重大な話だ」

全員「……」

比叡「……その顏、ただごとじゃないようですね」

蒼龍「遠征組を呼ばなかったのにも何か理由が?」

提督「ああ。彼女たちにはあまり聞かせたくない内容なのでな。下手をすると士気が下がる恐れがある。……だが、伝えない訳にもいかないから、後でなるべく詳細を伏せて伝えるつもりではいるがな」

摩耶「……ガキどもには詳しく話せねえとは、よっぽどエグい話のようだな」

吹雪「お話、聞かせていただけますか?」

提督「……それでは説明しよう」

………
……


提督「ーー以上が、金剛提督より報告があった事件についてだ」

全員「……」

比叡「新型の深海棲艦……。かなり凶悪なやつらのようですね」

蒼龍「艦娘を艤装ごと粉々にするなんて、化け物以外の何者でもないわね。チェシャ猫とかいうやつもかなり不気味だし……」

瑞鳳「正直、ぞっとする話だわ……」

吹雪「そいつらはこちらに向かって来ているのかもしれないんですよね……」

提督「ああ。確定ではないし、そもそもハッタリの可能性もあるが……」

吹雪「……司令官は、どうお考えですか? そいつらは現れると思いますか?」

提督「おそらく、可能性は高いだろうな。明確な根拠はこれといってないが、来ないと考える方が不自然に思えるほど、チェシャ猫たちには薄気味悪いものを感じる。……金剛提督も同じことを仰っていた」

比叡「金剛姉様も……」

鈴谷「鈴谷もそう思う。なんか、そいつら普通じゃないよ……。性能とか、そういうのじゃなくてさ。明らかに殺人を楽しんでる感じがするもん」

提督「鈴谷の言うとおり、ただ暴れるだけだった従来の深海棲艦とは明らかに違う。残忍極まりない殺害方法や殺害を楽しんでいる節があることからして、特にチェシャ猫はかなりの知能を持っていると推察できる」

瑞鳳「駆逐艦にトドメをささず、わざわざメッセージみたいなものを残したことからしても、そう考えるのが妥当でしょうね。意図は分からないけど……」

比叡「……敵も進化してきているということなのかもしれませんね」

提督「何れにせよ、警戒に値する敵だ」

提督「お前たちも承知しているだろうが、この艦隊は深刻な戦力不足に悩まされている。一つは資材温存のために積極的な人員補充を控えていたこと、二つはたまに『人員補充』を要請しても『運悪く』ルーキーばかりが配属されてしまったことだ。新人が戦力として育つには時間がかかるからな」

提督「つまり実質、この艦隊で戦力となるのはお前たち6人に他ならない。今までは中破即撤退を徹底し、お前たちが飛び抜けて優秀だったこともあって、何とか上手くやれてきた」

比叡「中破なら修復材ですぐに治せることの方が多いですもんね。だから比較的すぐに出撃ができる。でも、今回の敵は……」ごくっ……

提督「そうだ。中破撤退ができるかどうかそもそも怪しい」

蒼龍「そうね。一撃で大破、もしくは轟沈に追いやられるような敵ですもの。取り巻きもelietクラスだし、油断はならないわ」

瑞鳳「もし私たちの誰かがやられたら、艦隊が成り立たなくなる可能性も出てくるわけか……。かなりやばい状況になるわね。ただでさえ、南野鎮守府担当地域の敵は最近強くなりつつあるのに」

鈴谷「1人や2人なら頑張れば替えが効くかもしれないけどね。さすがに半分以上が長い戦線離脱に追い込まれでもしたら、運営が立ち行かなくなっちゃう。それじゃチェシャ猫たちに勝てたとしても意味はないわけか」

提督「ああ。これは南野鎮守府の運営上の危機でもある。だから、なるべくチェシャ猫たちと思わしき艦隊と遭遇しても、避けられそうなら戦闘は避けるようにしてくれ。チェシャ猫たちには、東野や前浜、そして青波と協同して対処するのが得策だ。これについては金剛提督がすでに手回しをしている」

全員「……」

蒼龍「そうするしかないでしょうね……。東野と前浜はともかく、青波と一緒に戦うのはちょっと嫌だけど……」

比叡「あそこの連中やたらこっちのこと敵視してきますからねー……。私も嫌だなあ」

提督「そう言うな。これも我が艦隊の、ひいてはお前たちの安全のためだと思ってくれ。それに、私の個人的な気持ちでもあるんだ。……私は大切なお前たちをこんなところで失いたくはないからな」

瑞鳳「……提督」

比叡「……」

蒼龍「……」

吹雪「……司令官」

鈴谷「……ホント甘口カレーだね、提督は」

提督「どういう例えだよ、それ……。まあいい。とにかくその件は皆留意しておくように」

五人「了解しました!」

摩耶「……」

提督「摩耶、聞いていたか?」

摩耶「ああ……分かった」

提督(……?)

吹雪「司令官……報告は以上でしょうか?」

提督「……ああ、すまない。実はまだ少しだけある。こちらの人員不足の件について、金剛提督から非常に有難い提案があった」

吹雪「提案ですか。それは一体?」

提督「1人だが、人員を譲って頂けることになった」

瑞鳳「え、本当なの?」

蒼龍「それは確かに有難い話だけど……。どんな子が来るのかしら」

提督「安心してくれ。かなり優秀な子であることは私が保証しよう。それも……戦艦の艦娘だ」

鈴谷「戦艦!? いいのそんな戦力をホイホイ譲っちゃって?」

提督「金剛提督の所は戦力に余裕があるらしい。だから問題はないそうだ」

吹雪「あそこは異常なほど人気がありますからね。嫌でも人が集まるんでしょう」

蒼龍「……まあ、あそこはね。何たって提督が艦娘っていう唯一の鎮守府だし」

比叡「あの、戦艦ってまさか……」

提督「察しがついたか?」

比叡「榛名ですよね、多分」

提督「おそらくな……。いや、間違いなくだ」

比叡「榛名がここに……」

瑞鳳「比叡はその子を知ってるの?」

比叡「私の妹です」ニコ

鈴谷「へえ。……って、マジで! 比叡さん妹居たんだ! 金剛提督の妹なのは知ってたけど……」

比叡「ええ。ちなみに私の家は四姉妹です。長女が金剛姉様、次女が私、三女が榛名、末っ子に霧島という子がいます」

蒼龍「ふうん。榛名ちゃんってどういう子なの?」

比叡「とても控え目で、優しい子ですよ。ですから皆さんもすぐに仲良くなれると思います」

吹雪「実は私も何度かお会いしたことがあります。凄く優しくて、親しみが持てる方でした」

提督「艦娘としても非常に優秀だ。彼女がいる艦隊の演習を見たことがあるが、彼女の練度の高さには驚かされたな。決して自己主張はし過ぎず、周りに気を配る冷静さを持って的確に対処していた」

鈴谷「そうなんだ……。どんな子なんだろ? 早く会ってみたいなあ」

提督「ああ、それなら明日来るぞ。……金剛提督と一緒にな」

比叡「ええっ!?」ガタッ

比叡「こ、金剛姉様が来るんですか!? 明日!ここに!?」バンバン!

提督「とりあえず落ち着け。あと近いから離れろ」ビシッ

比叡「あたっ! ……す、すいません〜」

鈴谷「び、びっくりしたあ!」

瑞鳳「突然どうしたのよ……」

吹雪「比叡さん、金剛さんのこと大好きですから……」苦笑い

鈴谷(シスコンなんだ……)

蒼龍「そ、それにしても随分急なのね……。電話があったのは今日なんでしょ?」

提督「……ああ。正直こちらの都合とかも考えてもらいたいが、『思い立ったが吉日』って言葉を絵に描いたような、無茶苦茶な人だからな……。ついでと言って、演習まで申し込まれてしまったよ」

鈴谷「た、確かに無茶苦茶だね……」

吹雪「あの人らしいです……」

比叡「さすが金剛姉様!」キラキラ

提督「一切褒めてねえよ」ハア……

吹雪「それで、金剛提督はいつ頃いらっしゃるんですか?」

提督「訪問時間や演習開始時刻など一切告げらてなかったから、改めて確認しなければならない。分かり次第、追って連絡を下す」

吹雪「了解しました」

提督「うむ。……さて、本日の報告は以上だ。今日話した事件の内容は遠征組には話さないようにくれぐれも気をつけてくれ。後で私の方から上手く説明するから」

提督「それではもう退室してくれて構わない。解散!」敬礼

全員 敬礼

ゾロゾロ……
キイ、パタン……

提督「……」

吹雪「あの……司令官」

提督「どうした?」

吹雪「摩耶さん、様子が変じゃありませんでした……?」

提督「確かに……。あんな話を聞いた後じゃ無理もないかもしれんが……」

吹雪「そうですね……。皆も隠そうとしてたけど、明らかに顔が強張ってました」

提督「やはり精鋭といっても、皆中身は普通の女性と大差ないんだ。あまりにも残酷でリアリティのある話だったからな……恐怖を覚えるのも無理はないさ。私も正直、こんな話を皆に聞かせるのは心が痛かった……。だが、第一艦隊の皆にはどうしても知ってもらわないといけないからな……」

提督「すまないな、吹雪……。本来なら君にも聞かせるべきではなかったはずだ」

吹雪「……そんな顏しないで下さい。私は大丈夫ですから」ニコ

提督(……嘘だ。話していた時、瞳が揺らいでいたし確かに肩が震えていた。本当は怖くて不安に違いない)

提督(強いんだな……吹雪は)

提督「そうか……。さすが、あの人の娘だな」

吹雪「ありがとうございます。それ、最高の褒め言葉です」ふふっ

提督「そうか。よかったよ」ナデナデ……

吹雪「わっ……。もう、いきなり何ですか」

提督「そうか。よかったよ」ナデナデ……

吹雪「わっ……。もう、いきなり何ですか」

提督「なんとなくな。嫌ならやめるが?」

吹雪「続けてください。……安心するから」ボソ

提督「そうか……」ナデナデ……

吹雪「えへへ……」

提督「吹雪」

吹雪「はい」

提督「摩耶の方は心配するな……。後で、ちゃんと私が話を聞いてみるから」

吹雪「……はい、お願いします。摩耶さんが何を考えているのかは分かりませんが、あの人は放っておくと、とんでもない無茶をしてしまうので……」

提督「分かってる……あいつはそういうやつだからな」

吹雪「でも、今だけは……いえ、もう少しだけ、私のことを見ていてください」ニコッ

提督「……」

提督「……ああ」

提督(なぜ、私は……こんな子を戦わせなければならないんだ……)

投下終了。

南野鎮守府 灯台下

摩耶「……」

摩耶「……」ゴソゴソ

スッ
シュボッ!

摩耶「ーー! げほっ、げほっ!」

摩耶「……ちっ。吸えるかこんなもの」ポイッ

摩耶「……」

摩耶「くそが……」

提督「……捨てたらダメじゃないか。比叡に怒られるぞ」スッ

摩耶「……んだよ、提督か」

提督「煙草、吸えないんだな」

摩耶「へっ、悪りいかよ。こんなもんを美味そうに吸うやつの気がしれねえぜ」

提督「……ボロくそ言うなあ。まあ、私にも理解できんが」

摩耶「だろ? ただ肺を腐らせるだけだぜ」

提督「それだけ嫌ってるくせに、どうして吸おうとしていたんだ?」

摩耶「特に理由はねえよ。何となく挑戦してみたくなっただけだ」

提督「好奇心というやつか」

摩耶「まあな」

提督「……」

摩耶「……」

提督「……なあ、摩耶」

摩耶「なんだよ?」

提督「さっきはどうしたんだ? 様子が変だったが」

摩耶「……何のことだよ?」

提督「報告の時のことだ。何やら、思いつめた顔をしているように見えたぞ」

摩耶「……ああ。そんな酷い顔してたか、あたし」

提督「酷くはないが、少々気にはついたな」

摩耶「それで、あたしが心配になってきたと。はっ、相変わらずお優しいやつだな」

提督「そこまで言うことないだろ? こっちはお前のこと本当に心配してるんだ。吹雪だって心配してたぞ」

摩耶「そうかい。そりゃ悪かったな」ヒラヒラ

提督「あのなあ……」はあっ

摩耶「……別に心配してくれなくてもいいぜ。そんな大したことじゃねえからな。作戦や仕事に支障が出たりはしねえよ」

提督「……本当か?」

摩耶「マジだよ。たくっ、相変わらず心配性なやつだな。そんなに人の心配ばかりしてると、いつか胃が破裂すんぞ?」にしし

提督「……」

提督(いつも通りの摩耶だな。皮肉混じりな軽口を叩き、私を楽しげに小馬鹿にする)

提督(……本当に大丈夫なのか? いや、しかし執務室での様子は確かに妙だった。そう、あれはまるで……何かを堪えているかのような張り詰めた表情だ)

提督(何を堪えていたのか分からない。怒りなのか、恐怖なのか、それとも別の何かなのか。それは摩耶本人にしか知りようがないことだ。……少し時間をおいて落ち着いたのかもしれないな。それか……今も我慢しているのか)

提督(……下手に聞き出そうとするのは良くないかもしれん)

提督「……大丈夫ならいいんだ。要らぬ心配だったようだな」

摩耶「ああ、要らねえ要らねえ」

提督「……そうか」

提督「それなら、私はそろそろ戻るとしよう。実は色々と仕事が立て込んでいるんだ。金剛提督の訪問の準備を急遽しなくてはいけなくなったからな」

摩耶「そうかい」

提督「……じゃあな」

スタスタ……

摩耶「提督……」

提督「なんだ?」ピタッ

摩耶「安心しな。チェシャ猫たちをもし見つけたら、この摩耶様が沈めてやっから。ーーここにいる誰も、沈ませやしねえ」

提督「……そうか。期待しているぞ」

摩耶「ああ。お前はいつものように椅子にふんぞり返ってただ待ってろ」

提督「頼もしいな」ふっ

スタスタスタ………

摩耶「……」

摩耶「……帰ったか」

摩耶「嘘ついて悪りいな、提督」

ズキ……ズキ……
…メ……ナ、サイ

摩耶「っ……」

摩耶「ちっ……。うるせえよクソが」

摩耶「言われなくてもやってやるよ……」

短いですが投下終了

………
……


翌日 ヒトマルマルマル

運転手「後数分でご到着になります、金剛中将」

金剛「分かったわ。さーて、もう少しで可愛いMy sisterと後輩に会えるわねー」

翔鶴「そういえば南野鎮守府に妹さんがいらっしゃったんですよね? 一体どんな子なんですか?」

金剛「いつも元気でうるさいけど、お姉ちゃん思いのとても可愛い子よー」

陸奥「へー、提督の妹さんだからさぞかし可愛いんでしょうね」

金剛「写真あるわよ、見る?」

陸奥「遠慮しとくわ。会う楽しみが半減するし」

金剛「一理あるわね。私も最上や響のsistersに会うのが楽しみで、写真とか見せて貰ってないからねー」

最上「僕が言うのはなんだけど、可愛い子ですよ。ちょっとマイペースでいつもカレーばかり食べてるけど」

金剛「うちのsisterと気が合いそうね。あの子もカレー大好きだから。よく自作カレーとか作って私たちに振舞ってくれたわ」

最上「へー。それは気が合うでしょうね。響のお姉さんと妹さんはどんな感じ?」

響「暁姉さんは少し背伸びをしたがるところはあるけど、妹想いで面倒見はいいよ。電はおちょっこちょいなところが玉に瑕だけど、大人しくてとても優しい子だよ」

陸奥「長門姉がいかにも好きそうな感じねー」

瑞鶴「ていうか、あの人は駆逐艦なら誰でも大好きでしょ」

翔鶴「……可愛いもの好きですからね、あの人」

響「ながもんはいい人だよ。この前遊びに来たとき飴玉いっぱいくれたから。その代わり写真を何枚か撮られたけど」

陸奥「何やってんのよ、長門姉……」はあっ

神通「あ、あの人らしいです……」あはは……

榛名「……」

最上「おーい、榛名さん?」

榛名「は、はい! な、何ですか?」

最上「いや、さっきからずっと黙りだったからちょっと気になってさ」

陸奥「そう言えばさっきから口を聞いてないわね。もしかして、酔っちゃった?」

神通「ど、どうしましょう……。酔い止めはありませんし、袋を出さないと」

榛名「あ、すいません。榛名は大丈夫ですから」

最上「ホント大丈夫? 体調が悪くなったらすぐ言ってね」

榛名「最上ちゃんありがとう。でも、本当に大丈夫ですから」

金剛「そうよー。榛名は別に車酔いした訳じゃないわよ。これから会う予定の誰かさんのことが頭にいっぱいだっただけだから」

榛名「お、お姉様っ!」かあっ

陸奥「へええ」ニヤニヤ

瑞鶴「その慌てよう、怪しいわね。一体誰と会うのがそんなに楽しみなのかしらねー」ニヤニヤ

榛名「! そ、それは……」

陸奥「ほら、お姉さんに話しちゃいなさい。一体どこの提督なのかしら〜」ニヤニヤ

榛名「も、もう言ってるじゃないですか!?」

陸奥「あ、やっぱり提督さんなんだ」

榛名「!」かああっ

金剛「あらら、かまかけられちゃったわね」

翔鶴「まあ、鎮守府に居る殿方は提督さんだけでしょうし、かまかけなくても大体予想はつきますけどね……」

榛名「……うぅ」

陸奥「可愛いわねー、榛名」

榛名「し、知りません」プイッ

陸奥「あらら、拗ねちゃった」

最上「そういえば南野鎮守府の提督さんってどんな人なんですか? 提督の後輩とかいうくらいたがら凄く若いことは知ってるけど」

響「私も会ったことないな。少し気になる」

金剛「んー、そうね。とってもいい男よ。顔立ちも中々整ってる方だし、真面目で正義感が強くて、とても優しいわ」

瑞鶴「へー」

金剛「ただ優しすぎるのよね。そのせいで詰めが甘かったり、色々損をしていたりする。それが欠点といえば欠点だけど、まあ榛名の想い人として相応しい子ではあるわ」ふふっ

最上「提督も認めてるんだ」

金剛「まあね」

陸奥「ふーん。会ってみて本当に良さそうなら、お姉さんがちょっかい出しちゃおっかなー」ニヤニヤ

榛名「だ、駄目です! 勝手は榛名が許しません!」

陸奥「冗談よ、冗談」クスッ

榛名「なっ!」

金剛「乗せられやすいわねー」

最上「こんなに必死な榛名さん初めて見たよ」ニヤニヤ

瑞鶴「その様子だと、相当お熱みたいね」ニヤニヤ

翔鶴「本当ね」ニヤニヤ

響「恋する乙女というやつだね、榛名は」

榛名「〜〜!」

運転手「金剛中将、到着致しました」

金剛「Okay。さて、皆ふざけるのはその辺にして行きましょうか」

………
……


鎮守府 正面入り口

提督「わざわざ遠くよりご足労いただきありがとうございます。金剛中将」ピシッ

金剛「出迎えご苦労。久しぶりね、提督」

提督「こうしてお会いするのは約半年振りですか」

金剛「そうね。あなたが鎮守府に着任して以来じゃないかしら。あの時と比べると少しだけいい顔つきになったわね」

提督「はっ、ありがとうございます」

最上「……あれが南野鎮守府の提督か」ボソボソ

陸奥「うちの提督が言った通り中々いい男じゃない」ボソボソ

翔鶴「2人とも、私語は控えなさい。相手に失礼でしょ」ボソ

2人「はーい」ボソ

提督「……」

金剛「? どうしたの?」

提督「あの……後ろの彼女たちは、今日連れて来ると仰っていた艦娘たちで間違いありませんか?」

金剛「そうよ。皆、挨拶しなさい」

最上「はーい。僕は最上。最上型重巡洋艦のネームシップで、最近航空巡洋艦になりました。何でか知らないけど、よく人とぶつかる癖があります」

提督(そ、それは……大丈夫なのか?)

提督「……ん? 最上型ということは、うちの鈴谷とはもしかして姉妹なのか?」

最上「そうですね。いつもお調子者の妹がご迷惑おかけしています」

提督「いやいや、彼女の明るさにはいつも助けられているよ。迷惑なんてとんでもない」

最上「……」

提督「どうした?」

最上「いえ、なんでも。気にしないでください」ニコ

提督「……?」

最上「それじゃ次、瑞鶴ね〜」

瑞鶴「えっ! か、勝手に決めないでよ!」

最上「いいじゃんかー。どうせやるんだし」

瑞鶴「そ、そうだけど。……はあ、分かったわよ」

瑞鶴「初めまして。翔鶴型航空母艦の2番艦、瑞鶴です。艦載機の扱いなら誰にも負けません。よろしくお願いします」

提督「こちらこそよろしく頼む」

翔鶴「私は瑞鶴の姉の翔鶴です。同じく正規空母です。そちらに所属されている蒼龍さんの後輩に当たります」

提督「蒼龍の……ということは、君たちが噂の5航戦か。活躍は聞き及んでいるよ」

翔鶴「はい。ありがとうございます」

陸奥「次は私ね。私は長門型戦艦の2番艦、陸奥よ。よろしくね」

提督「ほう、君が東野鎮守府第一艦隊旗艦の陸奥か」

陸奥「ん? もしかして自己紹介はいらなかったかしら」

提督「君は5航戦以上に有名だからな。東野の陸奥と言えば、提督たちの間でもよく噂されるほどだ。本人と会えるとは、感激だな」

陸奥「あらあら。それで、その本人を生で見た感想はどうかしら?」

提督「もっと武人然とした厳格な人かと思っていたが、大分イメージと違ったよ。親しみやすそうで、非常に好感が持てる。それにとても綺麗だ」

榛名「!」

陸奥「あら〜、とてもお上手ね」

提督「? 私は事実を言ったまでだが?」

金剛「こらー、私の部下を早速口説いてんじゃないわよ」

提督「はっ? 別にそんなつもりは……」

翔鶴(む、無自覚なんだ……)

瑞鶴(うわあ、本当にいるんだあんな天然ジゴロ)

最上(榛名さん苦労しそうだな〜)チラ

榛名「……」ニコニコ

最上(……怖! め、目が笑ってないよ)

金剛「ハアァ……。そういうところは変わらないわね」

提督「はあ……」

金剛「まあいいわ。ほら、響と神通もはやく自己紹介しなさい」

響「了解。私は響。艦種は駆逐艦だ。本来は2回目の改装でВерныйという名前になったんだが、みんな前の名前で私のことを呼ぶ。だから少将殿、あなたも響と呼んでくれて構わない」

提督「分かった。響と呼ぶようにしよう」

響「ところで少将殿、私の姉妹は元気にしているだろうか?」

提督「姉妹?」

響「電と暁だよ」

提督「ああ、あの2人と姉妹なのか。すまないが、正直あまり似てないので分からなかったよ」

響「よく言われる。気にしないでくれ」

提督「まあ、艦娘は似ていない姉妹が多いからな。2人とも元気にしているよ」

響「そうか、よかった」

提督「この後会いに行くといい。2人とも喜ぶはすだ」

響「Спасибо。そうさせてもらうよ」

提督「さて、後は君だけだな」

神通「ひぅ! あ、ああの……よ、よろしくお願いします!」ビクビク……

提督「いや、出来れば名前を教えてもらいたいのだが」

神通「じ、じ神通です! あの……その……」カチコチ

提督「そんなに緊張しなくていい。ゆっくり話したまえ」

神通「は、はい! わ、私は川内型軽巡洋艦の2番艦です。ま、まだまだ若輩で未熟者なので……今回は、その、ご指導ご鞭撻をお願いします」ペコペコ

提督「ああ、よろしく」

提督(なんかオドオドした子だな……)

金剛「相変わらず謙虚ねー、神通は」

神通「い、いえ……そんなことは」

金剛「この子は普段こんな感じだけどね、戦いになると凄いのよ提督。第一印象に騙されたら痛い目見るわよ」

提督「そうですか……」ジー

神通 ビクッ!

提督(あまりそうは見えんが……)

金剛「さて、これで自己紹介は全員終わったわね。それじゃ、メインに移ろうかしら」

提督「メインとは? 早速演習に入るということでしょうか? 出来ればうちの連中と顔合わせをしてからしてくれると有難いのですが……」

金剛「ああ、Sorry。紛らわしかったわね。メインというのは、『メインの顔あわせ』って意味よ」

提督「……」

金剛「榛名」

榛名「は、はい。お姉様!」

金剛「そんな後ろにいないでCome on」

榛名「ですが……」

金剛「もう、焦れったいわね」グイグイ!

榛名「お、お姉様! いきなり引っ張らないで下さい!」

金剛「はいPass!」ポン

榛名「きゃっ」

提督「えっ、ちょ!」

ポスッ

榛名「あ……」カアッ

提督「ととっ……大丈夫か? 榛名」

榛名「そ、その……榛名は、大丈夫です」

提督「金剛提督、いきなり押さないで下さい。危ないじゃないですか」

金剛「いいじゃない。別に怪我してないんだし。……ま、別の意味で大丈夫ではないでしょうけどねー」ニヤニヤ

最上「確かに」ニヤニヤ

瑞鶴「ホントは大丈夫じゃないよねー」ニヤニヤ

翔鶴「これは面白くなってきましたね」ニヤニヤ

陸奥「あらあら〜」ニヤニヤ

提督「……? どういうことです?」

金剛「さあね〜。自分で考えなさい、Insensitive boy」ニヤニヤ

提督「……」じー

榛名「あ、あの……そんなに見つめられると……」ゴニョゴニョ

提督(ああ、なるほどな……)

提督「顔が赤いな榛名。もしかして……長時間車に乗っていたから気分が悪くなってしまったか?」

榛名「い、いえ。そのようなことは……」

提督「……どれ?」ピトッ

榛名「ひゃあ!!」

榛名「あ、あわわわ」プシュ〜

提督「は、榛名?」

金剛「Oh、やってくれるわね〜。流石私の後輩」ニヤニヤ

陸奥「これは……さ、最高ね」プルプル

最上「ど、どうしてそんな発想になるんですか。お、面白すぎ」プルプル

瑞鶴「少女漫画の主人公かあんたは」プルプル

翔鶴「ご馳走さまです」ニヤニヤ

神通「……わ、わあ。あんな大胆な……」

響「榛名が大変なことになってるね……」

提督「……」

提督「おい、榛名。一体ーー」

げしっ

提督「うおっ!」パッ

榛名「あ……」

提督「いっつ……。いきなり何をするんだ!?」バッ

摩耶「邪魔したな、クソ提督」ゴゴゴゴ……

提督「」

提督(げっ、摩耶……!)

摩耶「……」ジロ

榛名「……」ビクッ!

摩耶(また……こういう奴かよ)イライラ

提督「な、なあ……」

摩耶「遅えから迎えに来てみたら、そっちの女と随分楽しそうだったじゃねえか」

提督「い、いや。違うんだ! これには深い訳があってだな」アタフタ

摩耶「言ってみろよ……」ギロッ

提督「そ、その。金剛提督が突き飛ばした榛名を受け止めただけで、別にやましいことをしていたわけじゃ……」

摩耶「へえ。……ならどうしてわざわざ顔を近づける必要があったんだよ?」

提督「!」

金剛(ああ、なるほど。摩耶が来た方向からだと、Kissしているようにしか見えないわね)

金剛(それにしてもあの摩耶がねえ……。これは面白くなりそうだわ)ニヤニヤ

提督「そ、それはだな……。は、榛名がきつそうにしてたから熱でもあるんじゃないかと思ったんだよ。だからデコを近づけて……」

摩耶「ふーん……」

提督「あ、あの。その顔……信じてない、よな?」

摩耶「当たりめえだ、このスケベ提督」

提督「ス、スケベ提督って……」

摩耶「今までの自分の行いを思い返してみろよ。蒼龍や間宮さんにいつもデレデレデレデレ鼻の下を伸ばして……。挙句の果てにはセクハラまがいのこともしてたじゃねえか。そんなやつの言うこと信じろって方が無理だぜ」

提督「なっ、私はセクハラ紛いのことなどしてないぞ!」

摩耶「だとしても、鼻の下伸ばしてたのは事実じゃねえか。お前、女らしいやつなら誰だっていいんだろ? そいつもいかにもそんな感じがするもんな!」

提督「違うぞ、私はそんなこと……。第一、榛名は私の……」

榛名「もう止めて下さい!」バッ

提督「! は、榛名!?」

榛名「さっきから黙って聞いていれば……あなた何なんですか? 提督のことを乱暴に突き飛ばして、その上訳もちゃんと聞こうとせず暴言ばかり吐いて!」

摩耶「……あっ? てめえこそ何だよ。いきなりシャシャリ出てくんじゃねえぞ!」ギロ

榛名「あなたにそんなこと言われる筋合いはありません! 榛名にとって提督は大切な方なんです! その人を庇うのは当然のことでしょう!」

摩耶「なっ……」

榛名「それに、提督の言っていることは全部本当のことです! 提督は榛名を庇ってくれただけですし、勘違いしたけど心配しておでこを合わせてくれたんです! 提督は優しくて誠実な方です……そのようなハレンチなことするはずがありません!」

摩耶「くっ……。てめえ、さっきからいい気になりやがって!」

榛名「うるさい、この暴力女!」

摩耶「! てめえ喧嘩売ってんのかゴラッ!」ガバッ

提督「ふ、二人とも少し落ち着いて……」

榛名・摩耶「「提督は少し黙って(てください!)ろ!」

提督「は、はい」スゴスゴ……

陸奥「あらあら、修羅場ねえ……」ワクワク

瑞鶴「昼ドラだわ、昼ドラ!」ワクワク

最上「ところで誰なの、あの人?」

金剛「摩耶っていう重巡洋艦の子よ。この鎮守府の最古参の1人で1番の実力者だわ」

最上「ふーん、なんかちょっとヤンキーみたいだねえ」

翔鶴「そ、そんな呑気なこと言ってていいんですか? 流石に止めた方が……」

金剛「んー、私としてはもう少し見ていたいんだけどねえ……」

神通「と、止めましょう……。このままじゃ殴り合いになりそう、ですし」アタフタ

金剛「……はあ、しょうがないわね」

金剛「はい、2人とも喧嘩はその辺にしなさい!」パンパン

摩耶「あぁっ! てめえはすこっんでろ!」ギロ

榛名「お姉様! 申し訳ありませんが榛名は引けません!」

金剛「まあまあ落ち着きなさい。熱くなるのは分かるけど、今は一応仕事中よ。榛名は仕事中に公私を弁えることができないような子だったかしら?」

榛名「い、いえ。そのようなことは……」

金剛「なら引きなさい。これから比叡とも顔を合わせるんだから。そんな怖い顔をしてるとあの子驚いちゃうわよ」ニコッ

榛名「は、はい……。申し訳ありません」

金剛「摩耶も。ここは一旦落ち着きなさい。喧嘩をする気がなくなった相手に拳を振るのは、みっともないわよ?」

摩耶「……ちっ。分かったよ、引きゃいいんだろ引きゃ」

金剛「Okay。どっちも聞き分けがよくてお姉さんは嬉しいわ」ニコニコ

金剛「さて、そういうことだから。提督、次は貴方の艦娘たちを紹介してくれるかしら?」

提督「は、はい。金剛提督、ありがとうございます。……助かりました」

金剛「このくらいさばけるようにならないとダメよ。まったく、貴方は相変わらず女の子に弱いんだから……」

提督「……しょ、精進致します」

榛名「……」チラ

摩耶「……」チラ

榛名「ふん!」プイ

摩耶「けっ!」プイ

提督(この先ちょっと不安だな……)

投下終了。
榛名が登場しました。榛名可愛い。
あと、摩耶様が修羅場るところが書きたかったんですよね。あまり上手にかけてませんでしたが。

投下します。

演習場

提督「ーー以上がうちの第一艦隊のメンバーです。遠征組の連中は後で紹介します」

金剛「紹介ご苦労様。みんな可愛い子ね」ニコ

鈴谷(き、緊張した〜。へ、変な感じになってないよね)汗

蒼龍(あれが金剛提督か……。イメージしていたよりもずっと美人で驚いたわ)

瑞鳳(本人に会えるなんて……感激だわ)

摩耶「……」ギロッ

榛名「……」キッ

摩耶「ちっ……」

吹雪「……?」

吹雪(どうしたんだろ、摩耶さん。迎えにいってからなんか凄い不機嫌だけど……。ずっと榛名さんのこと睨んでるし)

提督「お褒めいただきありがとうございます。練度の方も期待しておいて下さい」

金剛「あら、珍しく自信満々ね」

提督「ええ。彼女たちの実力はかなりのものです。そちらの艦娘たちにも負けていないと思います」

金剛「随分信頼を寄せているわね。後の演習でたっぷり楽しませてもらうとしましょう。期待しているわ」

提督「はい。それでは演習開始時間についてですが……」

金剛「準備と交友も兼ねて少し遅めにしましょうか。ヒトゴマルマルを開始時間としてはどう?」

提督「了解しました。それではそのように致しましょう」

金剛「皆聞いたわね? 今から演習開始まで自由時間とするわ。演習に遅れないよう気をつけること」

提督「それでは……解散!」敬礼

全員 敬礼

ダダダダダ……

比叡「金剛姉様ー!」バッ

金剛「わっ、比叡! 相変わらず激しいわね……」だきっ

比叡「ああ、数ヶ月ぶりの金剛姉様だあ〜」グリグリ

金剛「まったく、いつになっても甘えん坊ねえ」ナデナデ

比叡「えへへ〜」ニコニコ

榛名「あはは、比叡姉様は相変わらずですね」

比叡「榛名〜! 久しぶりね、貴女にも会えて嬉しいわ!」

榛名「榛名も比叡姉様にお会いできて感激です」ニコッ

比叡「嬉しいこと言ってくれるじゃない。流石私の妹ね!」ガバッ

榛名「きゃっ。もう姉様ったら……」

比叡「ほれ、グリグリ〜!」

榛名「ね、姉様! くすぐったいです」

金剛「やれやれ。これじゃどっちが姉か分からないわね」

比叡「姉様ひどいです〜!」

榛名「あははは……」

比叡「ところで霧島は? 今日は来てないんですか?」

金剛「霧島には留守を頼んでいるわ。あの子は私の秘書だし、留守を任せるには適任だから」

榛名「霧島も比叡姉様や提督に会いたがっていたんですけど、有事の際にすぐ対応できる人員は残しておく必要がありますからね……」

比叡「そうですか……。残念」ショボン

榛名「ね、姉様落ち込まないで! きっと近いうちに会えますから!」

比叡「そうだといいけど……」

金剛「暇ができたら今度ウチに遊びにいらっしゃい。そうしたら霧島とも会えるでしょう?」

比叡「ね、姉様。ですが……」

金剛「大丈夫よ。私が外出申請を通しやすいように計らってやるから。あなたの変わりは榛名が十分に務めてくれるわよ。ね、榛名」

榛名「はい! 任せてください! ですから比叡姉様は遠慮なさらずに」ニコ

比叡「ふ、2人とも……。ありがとう! 大好きです!」ギュー

榛名「ひ、比叡姉様! あんまり強く抱き締められると苦しいです!」

金剛「あははは」




最上「あっちは激しいね〜」

ポン

鈴谷「最上姉ちぃーす! 久しぶり!」

最上「おー鈴谷。元気してた?」

鈴谷「元気元気! それだけが取り柄だからね!」ケラケラ

最上「ま、よかった。あんまり手紙寄越さないから心配してたんだよ? 三隈と熊野は手紙を頻繁にくれるのにさ。カレーの食べ過ぎで病気になってたらどうしようとか思ってたんだからね」

鈴谷「何よそれー」

最上「いやあ、鈴谷なら有り得そうだし。どうせ毎日カレー三昧なんでしょ?」

鈴谷「ま、それは否定しないね。鈴谷の体はルーとスパイスで作られています」ふふん

最上「そのままだとカレーになりそうな勢いだね」

鈴谷「本望です」ドヤァ

鈴谷「あ。それよりさ、最上姉に言っとかないといけないことがあったんだった」

最上「なに?」

鈴谷「鈴谷、一週間前に晴れて航空巡洋艦へと改装を遂げました!」

最上「え、本当に!? おめでとう鈴谷!」

鈴谷「へへーん、ありがとう」

最上「これで最上型はみんな航巡だね」

鈴谷「そうだねー。鈴谷が最後になっちゃった」タハハ……

最上「ま、鈴谷は最初配属された場所が悪かったし、皆より遅れたのはしょうがないんじゃない? 最上型の改装案が出たのもつい最近だし」

鈴谷「あー、そっかもしれないけどさー。熊野より遅かったのは、ちょいと悔しいかも」

最上「仲がいいくせに張り合うねー」

鈴谷「仲がいいからこそだよ。だから負けたくないって思うんじゃん」

最上「なるほどね。それより大変だったでしょ? 僕も認定もらうの苦労したもんなあ」

鈴谷「そだね。いっぱいキツイ思いもしたけど、何とか乗り越えたよ。……これも先生のおかげかな」

最上「先生?」

鈴谷「摩耶さんだよ。ほら、あそこで怖い顔してる……」

最上「ああ、あの人か。確かこの艦隊一番の実力者の重巡だったよね?」

鈴谷「あれ? 最上姉知ってるんだ」

最上「さっき、うちの提督から教えてもらったんだよ。あの人から教えてもらってたんだ。へえー」

鈴谷「すごいんだよ、摩耶さん。もう信じられないくらい強いから!」

最上「ふうん……。そんなにね」

鈴谷「演習の時にどのくらい強いか見れると思うよー。楽しみにしてて」

最上「分かった、楽しみにしとくねー」





響「なあ、少将殿」

提督「響? ああ。暁たちなら今艦娘寮の方にいると思うが……呼び出そうか?」

響「いや、自分で行くよ。驚かせてやりたい」

提督「そうか。誰かに案内を頼もうか。……蒼龍は5航戦の2人と話しているな……。瑞鳳!」

瑞鳳「何、提督?」

提督「この子を艦娘寮の方へ案内してくれないか? 暁と電の姉妹だ」

瑞鳳「分かったわ。響ちゃん……で良かったよね確か」

響「ああ。よろしく頼むよ」

瑞鳳「こちらこそ。さて、行きましょうか」

響「спасибо」

スタスタ……

提督「……」

提督(それにしても金剛さんが連れてきた艦娘たちは、うちの連中と接点があるものが多いな……)

提督(金剛さんも私と一緒で彼女たちには甘いようだ……。まあ彼女自身も艦娘だから、彼女たちに感情移入してしまうのは無理ない話か)

提督(彼女たちは、ただでこそ明日の命を保障されていないのだからな……)

ーー会いたい人がいるの。

提督(……)

提督(なあ、大鳳……。お前にも皆のように……)

提督(お前が会いたがってた誰かに、会わせてやりたかったよ……)

榛名「……あの、提督?」

提督「あ、ああ。榛名か」

榛名「何やら考え込んでいらっしゃったようですが、どうかしましたか?」

提督「いや、何でもないよ。気にしないでくれ」

榛名「そうですか……。もし何か悩み事があるようでしたら、いつでも榛名を頼ってくださいね?」

提督「ありがとう。榛名は優しいな」ニコ

榛名「い、いえ。そんな……」テレ

提督「それにしても、比叡と話さなくていいのか? 久しぶりに姉妹で再会したんだ。積もる話もあるだろうに」

榛名「比叡姉様とはまた後でお話しようかな、と思ってます。今はその……提督と、お話したくて」

提督「私と……?」

榛名「え、ええ。その……駄目でしょうか?」

提督「ああ、別に構わないよ」

榛名 ぱあっ

榛名「あ、ありがとうございます!」

提督「丁度私も暇だったからな。さて、何から話そうか……」

>そういえばこの前……なことがあってな。

>ふふっ、何ですかそれ

摩耶「……ちっ」

摩耶(あいつと、あんな楽しそうに……)ムカムカ

摩耶(別に提督が誰と話してようともどうでもいいんだけどよ……)

>そうか?

>ええ、おかしいですよ。ふふっ。

摩耶(そのはずなのに、なんでこんなイライラするんだ)イライラ

摩耶「……くそが」

吹雪「あの……摩耶さん?」

摩耶「あっ?」

吹雪「先程からご機嫌ナナメなようですけど、どうかしましたか?」

摩耶「別に何もねーよ。ただ何となくイラついてるだけだ。ヤニが足んねーのかもな」

吹雪「嘘ですね。摩耶さん、煙草吸えないじゃないですか」

摩耶「けっ。テキトーに言ったんだよ、テキトーに」

吹雪「……」

吹雪「司令官と榛名さんでしょ?」

摩耶「!」

吹雪「その反応、やっぱりそうでしたか」

吹雪「あの二人は仲がいいですからね……。私もちょっと妬けちゃいます」

摩耶「何のことだよ……。あたしは別に妬いてなんかねえ。ただ、提督のやつがあいつと話してるときデレデレと情けない顔をしてんのがムカつくだけだ」

吹雪「そうなんですか?」ふふっ

摩耶「……そうだよ。それ以外に何がある」

吹雪(……ありますよ)

吹雪(摩耶さん。あなたはまだ、気づいていないだけです)

吹雪「……教えませんけどね」ボソッ

摩耶「ああ? 何か言ったか?」

吹雪「何も言ってませんよ」ニコッ

吹雪(ごめんなさい。でも、自分で気づいてくださいね……。そうじゃないと意味がないんです)

投下終了。
次回は更新遅れるかもです。

ヒトゴマルマル

提督『全員、配置についたな?』

提督『これより、南野鎮守府と東野鎮守府による実戦演習を開始する。使用する代用弾は炸裂はしないがそれなりのダメージはあるから覚悟しておくように。また、被弾箇所はこちらに全て送信されるようになっているから、それを元に金剛提督と私で損傷、もしくは轟沈判定などを行う。大破以上の判定が出たものは速やかに戦線離脱をするようにしてくれ。なお、演習の制限時間は20分とし、どちからの艦隊全員が戦闘不能状態になった時点で終了とする』

提督『ルールの確認は以上だ。金剛提督からは何か言うことは御座いませんか?』

金剛『この海域に出現すると予想される新型艦隊には、私たちが連携して対応することが必要よ。この演習は両軍の実力をお互いに知るいい機会になるでしょう。だからこそただの演習と思わず、実戦のつもりで全力を尽くしなさい』

金剛『私からは以上よ』

提督『それでは……戦闘開始!』

榛名の空砲>ドンッ!

………
……


吹雪「開始しました! 蒼龍さん、瑞鳳さんお願いします!」

蒼龍「了解! まずは私たちの先制攻撃からね」グッ

瑞鳳「その前に偵察ですね。彩雲!」グッ

ヒュンヒュン!
ピカッ……!
ブウウウン……

瑞鳳「……」

瑞鳳「……敵艦隊補足!」

瑞鳳「……あっちもこちらと同じ単縦陣を引いている。先頭から順に旗艦の陸奥さん、最上ちゃん、神通ちゃん、響ちゃん、そして5航戦の2人が並んでいるわね」

蒼龍「基本的な陣形ね。制空権争いの後、瑞鳳は旗艦の陸奥さんを集中的に狙って。残りは私と鈴谷で攻撃するから」グッ

瑞鳳「了解しました!」グッ

鈴谷「了解〜。さてさて〜、生まれ変わった鈴谷の力、最上姉に見せてあげましょうかね」スッ

蒼龍「艦載機発艦!」

ヒュンヒュンヒュンッ!





陸奥「そろそろ航空戦が始まる頃でしょうね。瑞鶴と翔鶴、任せたわよ」

瑞鶴「了解。艦載機の数はおそらくこっちが勝ってるだろうから、その分私たちが有利ね」

翔鶴「油断しちゃダメよ瑞鶴。相手はあの蒼龍先輩と瑞鳳なんだから」

瑞鶴「そのくらい分かってるわよ、翔鶴姉。あの2人は決して油断していいような相手じゃないわ」

陸奥「最上はどう?」

最上「大丈夫、まだバレてないよ。このまま航空戦に乗じて瑞雲を回り込ませるから」

陸奥「よし。後はあの2人が敵を掻き回してくれれば……」

陸奥「私が隙をついて、でっかいのを叩き込んでやるわ」うふふ……

瑞鶴「敵航空部隊とぶつかるわよ! 3……2……1!」

翔鶴「……!」

瑞鶴「くっ……やっぱりやるわねあの2人!」

翔鶴「制空権は引き分けました! 敵艦載機こちらに来ます!」

陸奥「迎撃準備よ、最上!」

最上「了解ー!」




金剛「……制空権争いは引き分けたようね。数的不利を跳ね返すなんてやるじゃない」

提督「ええ。よくやってくれたと思います」

榛名「後は、艦載機の攻撃でどれだけ艦隊に被害が出るのか……ですね。それ次第で有利不利が変わってくるはずです」

金剛「あー、それはこちらが不利にならざる負えないわね」

榛名「? それはどういうことなんですか?」

金剛「あっちにはとんでもない対空能力をもった子がいるからよ。多分、攻撃を行う前に一機残らず撃墜されるわ」

榛名「えっ?」

提督「やってしまうでしょうね、摩耶なら」苦笑い

榛名「……摩耶、ってあの乱暴な人ですか? あんな人が……」

金剛「まあ、信じられないかもしれないけど、とりあえず見てなさい」

榛名「……」






蒼龍「制空権は引き分けよ!」

瑞鳳「ごめんなさい。もう少し落とせていれば……」

比叡「反省は後です! それより敵艦載機の迎撃準備を!」

鈴谷「摩耶さんの出番だね! さあやっちゃって下さい番長!」

摩耶「……」

鈴谷「あ、あれ? おーい摩耶さん?」

吹雪「摩耶さん」

摩耶「……おう、分かってる。何機こっちに飛んできてる?」

瑞鳳「約20機ほどよ」

比叡「支援いりますか?」

摩耶「いやいらねえ。それなら1人で十分だ。任せとけ」ヒラヒラ

摩耶「……」

……ウゥゥ
……サアァァ

摩耶(……恐らくは18機ってところか。上空からやや低速な飛行音に、もう一つ……こちらはやや高速な飛行音も聞こえる。その中に水を切る音が僅かだが混ざっているから……。なるほどな、隊を2つに分けてやがんな。1つ目の速度の遅い隊を高空で飛行させて、2つ目の速い方を水面ギリギリで低空飛行させてやがる)

摩耶(とすると、狙いは時間差による攻撃と的を絞られにくくすることか。遅い方は霧や雲に邪魔されていないから恐らくは基本隊形か機動隊形だな。速い方は縦列隊形で間違いない)

摩耶(先に狙うとするなら……速い方だな)ガシャ

スッ

摩耶「そこか! らああああ!!」






ウゥゥン……
パパパ…!

ドウン!
艦載機>パラパラ……

ウゥゥ……

陸奥「ふうっ……。何とかしのぎきったわね……。みんな、大丈夫?」

最上「ごめん、ちょっと食らっちゃった……。提督たちから連絡が入らなかったから判定は小破以下だと思うけど……。艦爆の弾は演習用でも弱く爆発するからちょっと痛いなあ」

陸奥「それだけ呑気なこと言えるなら、あんたは大丈夫ね……。瑞鶴、翔鶴。あんたたちはどうなの?」

瑞鶴「そ、そんな……!」

陸奥「瑞鶴?」

最上「ど、どうしたのさ、そんな深刻そうな顔して」

瑞鶴「か、艦載機が全部落とされた……!」

最上「えっ!?」

陸奥「な、何ですって!?」

翔鶴「わ、私もです! そんな……し、信じられない……」

陸奥「一体何故……。相手の艦隊が対空装備ガン積みだったとでも言うの?」

瑞鶴「違うわ……。あの摩耶ってやつよ。あいつ1人に全部撃墜されたのよっ!」

最上「……なっ」

陸奥「そんな馬鹿なことが!」

翔鶴「事実です……。私の艦載機もあの人に……。しかも、全部正確に一撃で落とされました」

瑞鶴「あんなの、艦載機1つ1つの動きを完璧に読みでもしないかぎり不可能よ……! あいつ、とんでもない化け物だわ!」

最上「……」

最上(鈴谷が言ってた通りかも……)

陸奥「……」

陸奥「それで……敵に与えた被害は?」

翔鶴「……残念ながら無傷です」

陸奥「そっか……。最上の瑞雲は?」

最上「大丈夫、気付かれてないみたい。このまま敵と砲雷撃戦に入るまで、遠回りで飛ばし続けるよ」

陸奥「お願い。瑞鶴、翔鶴。動揺するのも分かるけど、そろそろ砲雷撃戦に入るから一先ず落ち着きなさい。あなた達は次の艦載機を準備して、後方から私たちの支援をよろしく」

翔鶴「……陸奥さんの言う通りですね。一先ず落ち着きます」

瑞鶴「取り乱してゴメン。急いで準備するわ」

最上「僕もあの二人の支援に回るよ」ガチャ

陸奥「よし……」

陸奥「摩耶って子にはちょっと驚かされたけど、今度はこっちが驚かしてやる番よ! いいわね?」

最上「そうだね」ふふっ

瑞鶴「何たってこっちにも『化け物』はいるんだし!」

翔鶴「そろそろでしょうね……。頼みましたよ。神通さん、響ちゃん」

本日はここまで。
戦闘シーンをセリフと擬音だけで表現するのが辛い……。
やっぱりSSは難しいですね。地の文に逃げたくなります。






榛名「……な、なんて」

金剛「予想通りだけど、相変わらず人間離れどころか艦娘離れしてるやつね……。どうすればあんな真似ができるってのよ」

提督「本人が言うには、経験で培われた勘だそうです」

金剛「長年過酷な戦場に身を置く戦士が超人的な勘に目覚める例は、ごく稀にだけど確認されている事実だわ。それでもあれはかなり異常だと思うわよ。艦載機の動きを1つ1つ正確に読み取るなんて、どう考えても勘を超えているもの」

提督「そうですね。もはや勘というより予知に近いですから」

榛名「……」

提督「驚いただろう? 榛名」

榛名「え、ええ。まさかあの人があんなに凄い人だったなんて……」

提督「ああ、あいつは本当に凄いやつだよ。その上対空砲火だけじゃなく、戦闘においても飛び抜けた力を持っているんだ。あいつほど頼りになるやつはこの鎮守府にはいないよ」

榛名「……随分、あの人を信頼なさっているんですね」

提督「吹雪と同じ最古参の1人だし、何よりうちの中で最強の艦娘だからな。ただでさえ口が悪くて喧嘩腰だから反感を買いやすいやつだが、あいつの実力は皆認めているんだ。なんだかんだ言いながら、みんな摩耶のことを頼りに思っているのさ。もちろん、私もな」

提督「それに、意外といいところもあるんだ。榛名も、この鎮守府で一緒に過ごす内に、あいつのそういうところが見えてくると思うぞ」

榛名「……そうですか」

提督「ああ。だから榛名も仲良くしてやってくれると嬉しい」ニコッ

榛名「……」

提督「榛名?」

榛名「はい。分かりました……」

金剛(……嫌そうね)

提督「さて、それよりそろそろ砲雷撃戦が始まる頃ですね」

金剛「そうね」

提督「ん……?」

金剛「どうしたの、提督?」

金剛(ようやく気づいたようね……)ニヤニヤ

提督「……あれは、まさか!」





摩耶「……ふぅ」

吹雪「敵艦載機全機撃墜です。流石ですね……」

鈴谷「ほぉー、何度見てもやっぱり凄いねえ、摩耶さんの対空力は」

比叡「感心している場合じゃないですよ。速やかに砲雷撃戦の用意に入らないと……」

摩耶「……!」

シュオオオ……

摩耶「くるぞ! 酸素魚雷だ!」

瑞鳳「ーーえ?」

ドウン!ドウン!

瑞鳳「ーーきゃあ!」

吹雪「ず、瑞鳳さん!」

金剛『南野鎮守府軍、軽空母瑞鳳。中破判定よ。艦載機の使用は禁止になるわ』

瑞鳳「くっ……。みんなゴメン、油断していたわ!」

鈴谷「そ、そんな……。いくらなんでも速すぎる!」

蒼龍「まさか、相手に雷巡や潜水艦はいないはずなのに……っ! 不意をつかれるなんて!」

摩耶「……どうやら、気付かないうちに敵の接近を許してたみてえだな」

吹雪「そ、そんな……まさか、別働隊が!」

摩耶(ちっ……。いくら対空砲火に集中してたからって! まさかあたしが接近に気づかねえとは……!)

摩耶「おめえら、とにかく構えろ! ぼさっとしてたらやられちまうぞ!」ガシャ

吹雪「は、はい!」ジャキ!

鈴谷「りょ、了解!」

摩耶「ーー」キッ!

神通「……」スッ

響「……」スッ

摩耶(あいつらかーー!)

ザッ!

鈴谷「ま、摩耶さん!?」

吹雪「くっ、私が援護に行きます! 比叡さんたちは予定通り敵本隊の迎撃準備を!」ザッ

比叡「了解!」





響「来るよ、神通。2隻こちらに向かっている」

神通「ええ。響ちゃん、援護をお願いね。あの摩耶って人は間違いなくかなりの実力者よ」

響「そうみたいだね。援護は任せてくれ」ジャキ

神通「……」スッ

神通「ーー神通、推して参ります」

ザッ!

摩耶(! 来やがったな!)ジャキ

摩耶(くらえ!)

ドン、ドン、ドン!

シュン、シュンーー!

摩耶「……なっ」

摩耶(速え!)

吹雪(な、なんて速さなのーー)

神通「……」ジャキ!

摩耶「ーーちっ!」ジャキ!

ドウン、ドウン!
ドン、ドン!

吹雪(援護をーー)ガシャ!

響「させないよ」

ドン、ドン!

吹雪「!」

サッ、サッ

吹雪「ーーくっ、響ちゃん!」

響「よくかわしたね。だけど、次はどうかな?」

シュボッ!シュボッ!

吹雪(魚雷ーー)

吹雪「つ!」サッ

吹雪(援護どころでは……っ!)

摩耶「ーー」ドン、ドン!

神通「ーー」ドン、ドン!

摩耶(くそがっ、このアマやりやがるなっ!)

神通(まさか、重巡で私のスピードについて来れる人がいるなんて……。しかも、これだけ動き回りながら一発一発正確に急所をついてくる。なるほど、この人なら)

神通(ーー久しぶりに、本気を出せそうですね)

神通「恨まないで下さいね」ズッ……

摩耶「ーー!」ゾクッ

摩耶(とんでもねえ殺気だ……っ!)

摩耶「ハッ、上等だコラァ!」ジャキン!





提督「ば、馬鹿なっ……」ガタッ

提督(こ、これが先程の気弱な少女だとでも言うのか……っ!)

提督(視界良好の状態で、我が艦隊がこれほどまでに接近を許したことも驚愕に値するが……。まさか、6隻の敵艦隊を1人で沈めるほどの実力を持つ摩耶と互角以上に渡り合うとは、信じられん!)

金剛「華の艦隊」

提督「……?」

金剛「そう異名付けられた伝説的な艦隊はご存知かしら?」

提督「え、ええ、もちろん。南方海域を担当するもので、いや、海軍の中で知らないものなどいないでしょう。東野鎮守府が召し抱える最強の艦隊で、軽巡と駆逐艦だけで構成されている実戦部隊です。敵の攻勢が激しく激戦区だったこの海域の制海権、その大半を取り戻した大規模作戦で華々しい戦果を上げ、作戦成功に大きな貢献を果たしたことで有名です。総撃沈数のうち、約半数がこの部隊によるものだったとか……」

金剛「そうよ。私を……東野鎮守府を支え続けた伝説の部隊、それこそが『華の艦隊』よ。そして、その部隊で旗艦を務め、『軍鬼』と畏れられた軽巡がいるの」

提督「……ま、まさか!」

金剛「Yes。『軍鬼』とは、あの子……神通のことよ」

提督「ーー」

金剛「驚いた? ね、私の言った通りだったでしょ?」

提督「え、ええ……。正直、彼女のことを完全に見くびっていました」

金剛「ま、驚かされたのはこっちも何だけどね」

榛名「ええ。まさか……神通さんとまともに渡り合う人がいるなんて。金剛姉様や陸奥さんだって彼女には敵わないのに……」

金剛「やっぱり摩耶も規格外ってことね。神通を連れてきたのは正解だったわ。じゃないと、多分私たちが負けてただろうし」

金剛「さて、最強の軽巡神通と最強の重巡摩耶、どっちが勝つのかしら。面白くなってきたわ」





ドン!ドン!

摩耶「ーーちっ」サッ

摩耶(化け物め……。一瞬も隙がねえ)

摩耶(どうすればやつに勝てる? 魚雷も砲撃も機銃も全てかわされるーー)

神通「ーー」スッ

シュボボッ!

摩耶(魚雷ーー)

摩耶「ちいっ!」サッ

神通「そこです」スッ

ドン!

摩耶「っ!」ドガン!

摩耶(ちっ、肩に直撃をーー)

摩耶「らあ!」

ドン!ドン!

神通「……」サッ

ーーシュン!

摩耶「ちっ!」

金剛『摩耶、中破判定よ』

摩耶「うるせえ! 分かってる!」スッ

摩耶「ぐっ……!」ズキ!

摩耶(右腕が痺れて上がらねえ……。打ち所が悪かったか!)

神通「終わらせます」ドン、ドン!

摩耶「……っ!」サッ

摩耶(やべえな……!)

摩耶(戦況は正直不利だ。こちらの攻撃はただでさえ当たらねえのに、片腕しか使えねえ)

摩耶(敵も化け物みたいな強さだ。一瞬でも気を抜けば食い殺される。ただの演習なのに、生きた心地がしねえな)

摩耶「ははっ」

摩耶(だが、あの時と比べりゃーー)

摩耶(あの時と比べりゃ、こんなやつ大したことはねえ!)ズッ

ーーメ……ナサイ……。

神通「ーー」ピクッ

神通(何ーー? あの人の空気が変わった?)

摩耶「ははは」

摩耶「あはははははは!」

神通「!」

摩耶「調子にのんな、クソアマッ!」ズズッ……

神通「……!」ゾッ

神通(なんて殺気ーー。まるで、手負いの獣のような……っ)

神通(これは……私も覚悟しなくてはいけませんね。いいでしょう)

神通「ふふふ……」ニヤ

神通(まさか演習で、これだけ楽しそうな相手に出会えるとは……。今日は来て正解でしたね)

摩耶「はははっ!」ザッ!

神通「ふふふふっ!」ジャキ!

神通(楽しませてもらいますよ、摩耶さん)

今日はここまで。






ドン!

陸奥「きゃあ!」

最上「陸奥さん!?」

提督『陸奥、中破判定だ』

陸奥「はあ……大丈夫よ、最上」

陸奥「それにしたってあの子たちやるわね。瑞鳳が戦力として抜けた分、こっちが有利なのに。まだ誰も退場させることができないとは」

瑞鶴「思ったより蒼龍先輩に邪魔されて、有効的な艦爆が行えないわ! 流石2航戦ね……っ!」

翔鶴「! 次弾来ますっ!」

ーーヒュンッ!
ドボォッ!!

陸奥「ちっ! 比叡の主砲ねっ!」

最上「あ、危なかったー! 直撃なら即退場だよっ!」

陸奥「呑気なこと言ってないで反撃するわよっ! 最上っ、瑞雲は!?」ガコン!

最上「慌てないで。ーー配置についたから」

陸奥「よし! かましてやりなさいっ!」

最上「了解!」

最上「鈴谷、見せてあげるよ。僕の必殺技をーー」






蒼龍「はあ……はあ……、うっ」ガクッ!

蒼龍「はあ……はあ……」

鈴谷「蒼龍さん! 大丈夫!?」

蒼龍「な、なんとかね……。1人で……あの2人を相手すんのは……はあっ……しんどいわねっ……」

鈴谷(艦載機の操作にはかなり体力と精神力を使うから……。もう蒼龍さんは限界かも……)

比叡「蒼龍さん気合い入れてください! 座っていたら的になりますよっ!」

蒼龍「分かってるわ……! くっ……」ヨロヨロ

比叡「鈴谷さん! 砲撃の手を緩めないように!」ドンッ!

鈴谷「は、はいっ!」ドン、ドン!

ーーヒュンヒュンヒュンッ!
ドボッ! ボン! ボン!

鈴谷「わっ……危なっ!」

比叡「ギリギリですねっ……!」

蒼龍「艦載機……っ! 発艦!」ヒュンッ!

鈴谷「無理しないで蒼龍さーー」

ブゥゥゥ……

鈴谷(艦載機の音……! 蒼龍さんのやつ? いやーー)

鈴谷(上!?)バッ!

瑞雲>ウウウ……

鈴谷「まさかーー!」

ーーギュンッ!
ドゴッ!

鈴谷「ーーっ!!」メリメリッ!

鈴谷「かはっ!!」

バシャバシャバシャバシャ!

瑞鳳「す、鈴谷っ!」

鈴谷「あ…………! がはっ……! う、げええっ!」ガクガク

金剛『鈴谷、大破判定。戦線離脱よ』

金剛『救護班! 鈴谷を速やかに回収しなさい』

鈴谷「あぐ………! はっ……ひぃ……!」ガクガク

蒼龍「鈴谷っ! くっーーあれね!」ヒュン!

ドウン!
パラパラ……

蒼龍(観測弾着射撃……! 間違いなくあの航巡の子ね!)

瑞鳳(瑞雲を……。一体いつの間にっ!)

比叡「くっ……」ドン!ドン!

比叡(鈴谷さんが抜けたら……! このままではっ!)

ザアア……

電「鈴谷お姉ちゃん!」

深雪「救護班だぜ! だ、大丈夫かよ!?」

鈴谷「うあっ……あ……くっは、はっ」バシャバシャ

深雪「どう見たって無事じゃねえな! 電! 早く運ぶぞ!」グイッ

電「なのです!」グイッ

鈴谷「あっ……かはっ……!」グテ

電「お姉ちゃん! しっかりしてください!」

鈴谷「くっ……ちく、しょうっ! かはっ……はっ……く、そぉっ!」ギリリ……

深雪「喋るなって! 行くぞ!」

ザアア……





瑞鶴「やったわね、最上!」ハア…ハア…

最上「う、うん!」ハハ……

最上(や、やり過ぎちゃった……かな……)

陸奥「気にしちゃだめよ、最上。演習といってもこれは戦いに変わりないわ。遠慮なんてしてたら逆に相手に失礼よ」

最上「そうだね……」

翔鶴「後悔は後にしましょう。今はたたみかけるチャンスです! 一気に行きましょう!」ハア…ハア…

最上「うん!」ジャキ!

陸奥「摩耶って子と吹雪ちゃんをあの2人が抑えてくれてるから……。後は比叡と蒼龍だけよ!」ジャキ!

翔鶴「蒼龍先輩は、極度の疲労で動けないはず! 邪魔するものはいないわ!」

瑞鶴「出し惜しみしないわよ! 全艦載機、行きなさいっ!」ググッ

ヒュンヒュンヒュン!







比叡「敵艦載機多数……。出し惜しみせず、確実に私たちを沈めるようですね」

蒼龍「そうね……。はあ、ぐっ……」ガクガクガクッ!

蒼龍「はは、足に、来てるわ……」ゼェゼェ

比叡「やれそうですか?」

蒼龍「もちろん、よ。まだ、立っていられ……るなら、大丈夫よ……。さて……残り少ない艦載機と……体力で、どこまでやれるか……」ゼェゼェ

瑞鳳「ごめんなさい、蒼龍先輩。私のせいで……」

蒼龍「いいの、よ。あんたは……運が悪かっただけよ……。気にすること、なんてないわ……」ゼエ

瑞鳳「蒼龍先輩……。私も、せめて弾除けくらいには役に立ちますよ!」

蒼龍「ダメ、よ……」

瑞鳳「で、でも!」

比叡「蒼龍さんの言うとおりです。そんなことをすれば、司令に怒られますよ?」

瑞鳳「……くっ」

比叡「気にしないで大丈夫ですよ! 少し離れていてください。後は2人で何とかしますから」

比叡「蒼龍さん、敵の艦載機は無視してください。それと、5航戦は任せました。後の2人は私がやります」

蒼龍「そういうことか……。鬼、ね。あんたは……」

比叡「ごめんなさいね。こうするしかありませんから」

蒼龍「分かったわよ、たくっ……」ググッ

蒼龍(どの道提督からは怒られるじゃないのよ……。まあ、仕方ないか)ハアッ

蒼龍「つ……! 行けっ、全艦載機っ!」ヒュンヒュン!

蒼龍「……ぐ」

蒼龍(シンドイわね、かなり……っ! ちょっとでも脱力したら艦載機が落ちちゃうわ)

蒼龍(気を抜くなっ! ギリギリまで敵機を迎撃に向かうフリをしてーー寸前で急降下させる!)

蒼龍「……今よ!」

蒼龍「……っ!!」ズキッ!

ガクッ!

蒼龍(くそっ……! かなり急な動きだったからGが……っ!)

蒼龍「ま、まだまだあっ!!」

蒼龍(そのまま高度を維持し、真っ直ぐ敵に向かいなさい!!)

蒼龍「ゼェ……ゼェ、ヒュー……ヒュー……」

蒼龍(ははっ……。あの2人の驚き慌てた顔が目に浮かぶようね。どうせ、私が疲労で動けないと思って油断していたんでしょう)

蒼龍「なめんな……」ギリッ!

蒼龍「なめなんよ! 5航戦のガキどもがあっ!!」グアッ!







瑞鶴「なっ……何故!」

翔鶴「そんなっ、艦載機を無視して……!」

陸奥「どうしたの!?」

瑞鶴「敵艦載機がこっちに来るわ! 数は約20! 私たちの艦載機を一切迎撃に向かわず、低空飛行でこちらへっ!」

陸奥「まさか……! 刺し違える気!?」

瑞鶴「おそらくね! なんて大胆なことをするのよ敵は!?」

翔鶴「完全に計算をミスしたわ! まさかまだ艦載機を出せる体力を残していたなんて!」

最上「はやく迎撃しないと!」ジャキ

陸奥「そうね。見えたわ! あれがーー」

ヒュン、ヒュン、ヒュンーー!

陸奥「!」サッ

ドウン!

陸奥「ーーがっ!」

陸奥(し、しまったーー! 艦載機に気を取られすぎて比叡からの攻撃をーー!)

提督『陸奥、大破判定だ。戦線離脱するように』

最上「っ……! 陸奥さん!」

瑞鶴「陸奥!」

陸奥「つっ……当たりどころはよかったから大丈夫よ! 悪いけど離脱するわ!」ザッ

陸奥(既に中破していたのが痛かったわね! くそ、油断した!)

ドボォ! ドボン!

最上(比叡さんの砲撃に邪魔されて対空に意識が向けられない……! 先にあの人を何とかしないと!)サッ

ブゥゥン……!

最上(くそっ、間に合わないっ!)

瑞鶴「来るわよ! 総員回避行動を!」

ーーパパパパパパパ!!

翔鶴「きゃあああ!」ドン!ドン!

瑞鶴「翔鶴姉! きゃあ!」ドン!

最上「うわああ!」ドン!


ウウウウ……
ウウ……
ウ…
……
バシャバシャバシャバシャ!

最上(……!)

最上(……? 敵の艦載機が……墜落した)

提督『両軍の損害を報告する』

提督『まずは東野鎮守府軍。翔鶴、大破判定により戦線離脱。瑞鶴と最上はギリギリ中破判定だ。瑞鶴は艦載機の使用は禁止となる。翔鶴は……救護の心配はいらなそうだな。速やかにこの場を離れるように』

翔鶴「いつつ……! 了解しました!」はあ…はあ…はあ……

瑞鶴「……翔鶴姉、立てる?」はあ…はあ…

翔鶴「大丈夫よ……。それより提督さん、あちらの被害は?」はあ…はあ…はあ……

提督『……南野鎮守府軍、比叡と蒼龍、大破判定だ。比叡は速やかに戦線離脱をしろ。救護班、蒼龍の移送を急げ!』

瑞鶴「はあ…はあ……」

翔鶴「勝った、みたいね……」ハアァ……

最上「ギリギリ、だったね。運が悪かったらこっちがやられてたかもしれない」

瑞鶴「そうね……」はあ…はあ……。

翔鶴「……。後は、あの2人だけね。私は抜けるけど、あなたたちは援護に行って上げて」はあ…はあ…

瑞鶴「分かったわ。といっても、私は何の役にも立たないけどね……」はあ…はあ…

最上「僕も……正直役に立つ自信ないよ。弾薬がもう残り少ないしね。でも、まあ、任せてよ。出来ることはやるから」

翔鶴「武運を祈るわ……。それじゃあ」はあ…はあ……

ザアア……

瑞鶴「さて……行くわよ」

最上「そうだね……」

結構書けたんで投下しました。
長いですが、お付き合い下さい

瑞鶴「何よ……これ」

 瑞鶴は、呆然とした様子でそう零した。目の前の現実に理解が追いつかない。

 それは、少し前にいる最上も同じだった。緊張した面持ちで、ただ前を見ていた。時折喉を鳴らしていたが、その音は絶え間無く上がる轟音に掻き消され、誰の耳にも届かない。

 瑞鶴は目の前の光景に、今まで培ってきた戦いにおける常識を、ことごとく打ち壊されていた。

 鳴り止まぬ砲撃音と激しい着水音が、暴力的なまでに鼓膜を叩き、下腹を震わせる。

 音に合わせるかのように、大きな水柱が消えては上がり、また消えては上がる。衝撃に乗せて飛び上がる水飛沫は、瑞鶴の顔や装備をびしゃりと濡らし続けた。僅かに感じる塩っけなど、瑞鶴は欠片も気しなかった。

 上がり続ける爆発と、水柱。その中央でぶつかり合うのは、摩耶と神通だった。

 2人の動きを、瑞鶴は目で追いきれなかった。おそらく、最上もだろう。水柱と飛沫のせいで視界が悪いこともあったが、あまりにも2人が速すぎたのだ。

 互いに弾を撃ち、高速でかわしている。言葉にすればそれだけのことだ。だが、その中に瑞鶴には見えない高度な駆け引きがあり、硬質なまでの殺気のぶつかり合いがあった。

 対空の鬼と軍鬼、戦場の鬼たちの実力は完全に拮抗していた。どちらも、戦艦クラスを瞬殺する実力の持ち主であるから、それも頷ける話ではある。だが、瑞鶴は摩耶の実力をほとんど知らなかったし、戦友である神通の実力はある程度理解していたが、本気になったところを見たことはなかった。

 だから、目前で行われる常識外の攻防に、瑞鶴は驚きと動揺を隠せなかった。

 空いた口が塞がらない。弓を持つ手が震えてしまう。疲労しているから、と都合のいい言い訳を思いつきさえしなかった。

神通「ふふ……あははっ!」

 神通が嗤う。

 爆音に紛れて微かにだが、確かに瑞鶴は聞いた。普段は大人しく控え目で、そして戦いの時は睡蓮のように華々しく、美しい雄々しさを見せる戦友。その頼もしい友とは、あまりにもかけ離れたその声に、瑞鶴は悪寒さえ感じていた。

 あれは、神通ではない。そう否定する。

 あれはーーそう、戦いに飢えた獣だ。

摩耶「ガアアアアッ!」

 もう1匹の獣が咆哮する。そのまま神通に突撃し、砲撃を放っていた。

 その時一瞬だけだが、瑞鶴は彼女の実像を捉えた。片腕が垂れ、赤い滴りが肩から流れていた。

 摩耶は怪我をしていた。それも決して軽くはない怪我だ。きっと、肩に攻撃を受けたに違いない。おそらくだが、骨が砕けている可能性もなくはないだろう。

 そう瑞鶴は推察し、そして酷く怖れた。

 あれも、獣だ。

 手負いの獣ほど凶暴化するというが、摩耶はまさしくそれだった。

 瑞鶴は悟った。

 これは、もはやただの演習ではない。

 これは、2匹の獣の闘争であり、殺し合いなのだ、と。

 ここに立ち入ったものがどうなるか、想像に難くない。


 瑞鶴は、せめて弾除けだけでも援護をと考えていた数十秒前の自分に、怒りさえ感じていた。これを、これを手伝えると慢心していた自分の浅はかさが呪わしかった。

 歯を噛み締め、瑞鶴はただ前を見続ける。握った拳はしっとりと濡れていた。

最上「……っ。手伝わなきゃ!」

 我に返った最上が、自分の使命を思い出したかのように言った。連装砲を2人の方向に向けて、懸命に狙いを定めようとしていた。

 ーーダメ!

 瑞鶴はそう止めようとしてーー

 見た。

 血走った神通の目が、ほんの一瞬こちらに向いたのを。

最上「ひっ……」

 声に鳴らない悲鳴を最上が上げる。

 陸に上げられた鯉のように口をパクパクさせ、その場にへたり込んでしまった。

瑞鶴「……あ……」

 瑞鶴は呼吸のやり方を一瞬忘れた。

 胸が異様に苦しく、肩と首筋にかかる重圧感で、前を向くことができなかった。身体が小刻みに震えている。

 まるで裸のまま猛獣の檻に入れられた気分だった。瑞鶴の中で何かが折れる音がした。

 ああ、これは。

 これは、私たちではどうすることもできない。

 瑞鶴は、腰を抜かした最上を見ながらそう思った。

地の文つけました。
こっからの戦闘は地の文ありです。今後詳細に書きたいシーンなどではつけていこうと思います。

 




 口惜しい。

 これが、実弾演習でない事が口惜しい。

 神通は呪詛のように頭の中で繰り返す。

 口惜しい、と。

 身体の奧がむず痒い。何度飲み込んでも唾液が口内で溢れる。弾が身体を掠めるたびに嗤いが止まらない。

 これほどまでに楽しいと思ったのは、いつぶりだろうか。

 大和に実弾演習をふっかけて死にかけたとき。

 部隊を逃がすために殿を務め、敵深海棲艦の大部隊から約2600発もの弾丸を浴びせかけられたとき。

 それらに匹敵する恐怖と興奮が、身体中で走り回っている。

 目の前の敵は、濃密な死を感じさせた。

 それほどの力と気迫があった。

 きっと彼女も私と同じなのだろう、と神通は思う。腹の中に抑えの効かぬ獣を住まわせているに違いない。そして「それ」を全力で開放したいと思っているはずだ。

 だが、命の「安全」が保障された演習では、その全てを開放することは難しい。

 それが口惜しいのだ。全てを解き放って、殺意の一切を隠さずに来て欲しいのだ。

 そういう彼女を、殺したい。

 沈めてやりたい。

神通「あははははははははははっ!」

 神通は嗤いながら酸素魚雷を放った。数は2つ。高速で潜行する魚雷は静かに、しかし矢のごとき確かな勢いを持って摩耶を襲う。炸裂しない代用弾だが、至近距離で喰らえば一溜りもない。

 だが、摩耶は凶悪な顔つきのまま、神通が飛ばした2本の牙を高速旋回してやり過ごした。返す刀に、連装砲で反撃を行う。

 砲撃。轟音とともに放たれた弾を、神通はわざとギリギリで避ける。弾丸が掠めた時の感覚を楽しむためだ。

 確かな高揚に口を吊り上げ、神通は最大速力で前へ出た。

 対する摩耶はすばやく後退しながら砲撃を放ち続ける。

 砲弾が飛び交う中、まるで神通は止まらない。身体にかかる空気抵抗など度外視し、最大速力のまま回避を繰り返す。

 当たらない。一発たりとも。

摩耶「ーーちっ!」

神通「あはははっ! もっとよ! もっと撃ちなさい!」

 普段の彼女とはかけ離れた、歓喜と狂気を吐き出すかのような叫びだった。

 戦の愉悦に支配された、獣。

 摩耶から向けられる苛立ちと殺意の篭った瞳さえ、彼女には戦闘意欲を掻き立てるスパイスにしかならなかった。

 2人の距離は徐々に迫る。やはり軽巡と重巡。摩耶がいかに常識外れに素早いといっても、その差は埋まらない。

摩耶「がああっ!」

 突如、摩耶は反転した。そのまま全速力でこちらに突撃を始めた。

 やけになったか。神通は一瞬だけそう思ったが、すぐに考えを改めた。

 勝負を決めに来たのだ。

 摩耶は負傷のため、左手の連装砲しか使っていなかった。つまり、通常時より少ない弾薬で戦っていることと同義である。戦闘開始から数分、かなりの量の弾が飛び交ったから、弾切れを起こしかけていたとしても不思議ではなかった。

 右腕の負傷。ことごとく外される弾。残り少ない弾薬ーー。

 それらの状況から分析して、摩耶にできることは、よけきれないほどの至近距離から迎え打つことだろう。

 ーー面白い。

 いいだろう。受けてたとうではないか。

 敵の目論見を推察しても、神通は止まらない。そのまま摩耶へと肉薄し、連装砲を構える。

 だが、摩耶の方が一瞬速く標準をとっていた。瞬時にして、間に合わないと判断した神通は右へ回避行動をとった。

 爆音が空気を激しく叩いた。連装砲から吐き出された砲弾が、神通の髪を撫で、跡形もなく消し飛ばす。耳を通過した風切り音に、神通は喜悦を感じずにいられなかった。

 神通はそのまま摩耶の右側へと回りむ。摩耶の怪我を考えれば、このポジションを取るのは当然の選択と言えた。摩耶が反撃するには、左腕をこちらに向けねばならないからである。

 かなりの近距離だ、逃げられはしない。

 神通は連装砲を構えた。

 だがーー

 それよりも先に、摩耶が「右腕」の連装砲をこちらへと向けていた。

 砲口の暗い穴ーー死神の口が神通へと。

神通「ーー」

 驚きのあまり、神通は固まる。

 それは、瞬きほどの時、ほんの刹那のことであった。

 だが、摩耶の前ではその一瞬の動揺が致命的な隙となる。

摩耶「死ね」

 摩耶は凶悪な笑みを浮かべーー

 ーー引き金を引いた。

投下終了。

 摩耶の連装砲から吐き出された砲弾が、ついに神通を捉えた。

 砲弾は頭に命中し、容赦無く神通を弾き飛ばした。

 華奢な身体が宙を舞う。

 何度も、何度も水面に叩きつけられた彼女は、やがて動かなくなった。

摩耶「……ぎっ!」

 摩耶は肩に走った激痛に、呻き声をもらした。砲撃の反動と身体を波打つ衝撃が、肩に突き刺さったのだ。

 歯を噛み締めて耐える。バリバリと、奥歯がこすれた。

 痛い。まるで、刃物で患部を抉られているかのようだ。

 思わず、患部を手で庇った。ドロドロとした血の感触が、手に纏わりつく。

摩耶「ぐっ……ふうぅぅ……!」

 身体を震わせ、息を吐いた。そしてまた息を吸う。それを幾度か繰り返し、血走った目で前方を睨んだ。

 その鋭い眼光が捉えたのは、倒れ伏し、動かなくなった神通だった。

 指先一つピクリともしない。気絶しているようだ。代用弾と言えど、艤装で保護されているとしても、頭に直撃を喰らえば唯では済まない。

 勝敗は決した。

 神通が負け、そして摩耶が勝った。

金剛『……神通、大破判定よ。救護班! 神通の移送を急ぎなさい!』

 金剛が摩耶の勝利をアナウンスする。その流麗な声は戦慄と堪えきれぬ興奮に打ち震えていた。

 摩耶は肩で息をしながら、神通を見下ろす。

 敗者に向けられた青い瞳は濁っていた。勝利の愉悦や安堵は微塵も見られない。そこにあるのは、血に飢えた戦士の、純粋なまでの殺意だった。

 確かに勝利はした。

 だが、それは「演習」での、ルームが決まった遊戯での決着でしかないのだ。

 摩耶にとって、また神通にとっても終わりではない。

 獣と獣。その闘争の決着は、どちらかの死をもって初めて決まるのだから。

摩耶「……っ」

 摩耶はゆっくりとした足取りで神通の元へ向かう。

 頭が痛い。足を進めるたびに、ズキズキとズキズキと響く。

 頭の中で「ナニカ」が、急かす。

(……メ……ナ、サイ……)

摩耶「……く、くくっ」

 嗤いが溢れる。

 まさしく怪物のような笑みを浮かべ、摩耶は進む。声に従い、足を動かす。

 意識が、理性が溶けかけていた。

 胸の奥から、ドス黒いマグマのようなものが溢れてくる。
 
 ーー殺す。

 2度と、起き上がれないよう殺す。

 殺さなくては、ならない。

 摩耶は神通の側に立つと、連装砲を構える。

 これで終わりだ。

提督『摩耶! やめろ!』

摩耶「ーー」

 提督の怒鳴り声が、摩耶を揺さぶった。

 半ば朦朧とし、自失しかけていた意識と理性が、霧が晴れるように元に戻っていく。

 我に返った摩耶は、徐々に冷静さを取り戻し、状況を理解し始めた。

 倒れて動かない神通。

 そして、その神通へ連装砲を向けている自分。

 無抵抗の者に、武器を突きつける己の姿がそこにはあった。

摩耶「ーーあ」

摩耶(あたしは、一体ーー何をしようとした?)

提督『もう終わったんだ! お前が勝ったんだよ』

摩耶「あ、ああ……」

提督『興奮しているのかもしれんが、少し落ち着け。いいな?』

摩耶「……すまねえ」

 摩耶がそう小声で返すと、提督は安堵したように息をついた。

提督『いいんだ。とにかく、冷静になってくれてよかったよ。演習はまだ続いているから、お前はそっちに集中しろ。ーー神通は救急班が見るから、な?』

摩耶「……ああ」

 摩耶は掠れた声で答えた。

 神通へ向けていた連装砲を下ろし、頭を抑える。手についた血が髪を濡らした。

 ズキズキと頭が痛む。

摩耶「……ぐっ」

 ただの演習で、一体何をやっている。

 殺すだの、沈めるだの……相手は深海棲艦ではないというのに。

 殺意を向けるべき時でもなければ、相手でもない。それなのに、己の中の狂気に身を委ねかけた。
 
 出してはならない、抑えてきた凶暴性を。

(……メ……ナ、サイ)

 囁きが、内から再び聞こえる。悪魔の誘惑が、摩耶をけしかけようとしていた。

 ーー黙れ。

 摩耶は、怒気を込めてその囁きを抑えこんだ。

 殺意を向けるべき相手を間違えるな。

 殺すのは、沈めるのは「やつら」だけだ。

 だからーー引っ込んでろ。

摩耶「……」

摩耶「……はは」

 囁きが、消えた。

摩耶「簡単じゃねえか、クソが……」

 摩耶は悪態をつきながら、安堵に息をこぼした。胸に蟠る興奮と殺意の残滓が、溶けた蝋燭の僅かな灯火のように消えていく。

摩耶(あたしは、違う)

 摩耶は神通を見た。摩耶の青い瞳にはすでに獣の鋭さはなかった。

 代わりにあったのは、恐れと軽蔑だった。

摩耶(違うんだ……)

 しばらく神通を見下ろし、摩耶は踵を返した。

 まだ演習は終わっていない。敵はまだ3人も残っているし、時間だってまだ余っている。

 動けるのなら、やらなければならない。

 そうーー動けるのなら。

摩耶「ーー」

 唐突に、何かから背中を押された。

 そのことに気づいた時にはすでに、水面が目の前にあった。

 バシャン、と飛沫を上げて摩耶はうつ伏せに倒れる。

摩耶「ーーがっ!」

 激痛が、右肩に走った。

 曲がるはずのない方向に、力を加えられているせいだ。

神通「はあーーハアッーー!」

 神通の激しい息遣いが聞こえた。起き上がった彼女が、摩耶を押し倒し、腕ひじきを仕掛けていた。

 驚愕に、摩耶の目が見開いた。

摩耶(こいつーーまだ動けんのか!?)

摩耶「あがっ! ーーぎっ!」

 神通が、摩耶の肩をさらに締めた。

 元々痛めていたところに関節技をかけられたのだ。摩耶が味わう痛みは、尋常なものではない。

摩耶「ーーが、ぎいいい!!」

 抜け出そうと、必死で暴れる。

 だが、神通相手に完全に関節を極められては、いかに摩耶でも抜け出せない。

摩耶「あが、ガッーー!」

 口の端から、泡がふつふつと漏れる。

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタいーー。

神通「ハア……ハアァ……。トドメを刺さないなんて、ハアッ……詰めが、甘いですよ」

 息を切らしながら、神通が告げる。もがき苦しむ摩耶を冷酷な眼差しで見つめていた。頭からダクダクと流れる血が、彼女の顔面を赤く染め、その形相はまさしく鬼そのものであった。


摩耶「アアアアアッ!」

神通「あなたはーー、殺意に……身を委ね、きれていない、ようですね」

摩耶「グ、ギッ……! てめえと……一緒に、すんな……!」

神通「ええーーあなたは、私とは違うようです」

 締め上げる。

 ミシミシ、という嫌な音が響いた。

摩耶「ガアアアアアッ!」

神通「だから、私は容赦しませんーー」

金剛『神通! やめなさい!』

 金剛が、金切り声を上げて制止しようとする。だが、その声はまるで届いていなかった。

神通「……あなたは葛藤している。理性と殺意の間で揺れている。だから、身を委ねられないのでしょう?」

摩耶「ガアア! グッ……! なん、だとォ!?」

神通「まるで……あなたはそう」

神通「自由のない、鎖に繋がれた獣のようです」

摩耶「ーー」

 図星をつかれ、摩耶は一瞬痛みさえ忘れてしまった。

 それは、まさしくーー

 ーー摩耶という、矛盾を抱えた艦娘を一言で表していたからだ。

摩耶「知った風な、口……ッ! 抜かしやがって!」

神通「……」

 神通は答えない。

神通「もう、終わりです」

 神通が、関節を壊すことを宣言した瞬間だったーー

 
 ゴンッ!と、鈍い音が響いた。

摩耶「ーー?」

 突如、肩にかかっていた神通の力が抜け落ちた。

 何が起こったのか。ジクジクと痛む肩を抑えながら、摩耶は起き上がる。

 神通が倒れていた。今度は本当に、意識を失っているらしい。口が半開きになり、虚ろな瞳が、空を見上げていた。

 そばには、魚雷管をバットのように構えた響が立っていた。

響「すまない神通。だが、勝負はもう終わっていたからね」

 響は抑揚のない声で淡々と答えた。

金剛『助かったわ響。神通を止めてくれてありがとう!』

響「礼には及ばないさ。それより、早く救護班を」

金剛『もう向かわせているわ。神通と摩耶は大丈夫?』

響「ああ。どちらも酷い怪我だが、修復剤ですぐ治る程度じゃないかな?」

金剛『そう……』

 ほっ、と金剛は息を吐き出した。

響「……演習はどうなるんだい、この場合?」

金剛『……残念ながら、私たちの反則負けよ』

響「だろうね。やれやれ」

 響は呆れたように肩を竦めた。

今日はここまで。

………
……


 2時間後、演習場。

金剛「言い訳は、あるかしら神通」ニコッ

神通「……」正座

金剛「Do you hear me?」ビキビキ

神通「は、はい……。何も言い訳はないです。その……私が全て悪い、です」

金剛「熱くなるのは分かるけどね、いくらなんでも今回はやり過ぎよ。ルール無視した挙句に不意打ちを仕掛けるなんて、卑劣にもほどがあるわ。恥を知りなさい」

神通「はい……」シュン

金剛「だいたいこれは実戦じゃなくて演習なのよ? それをあんな品のない何処かの狼みたいに暴れ回って……。普段の優雅で雄々しいあなたはどこにいったのよ」

神通「あうぅ……」

金剛「あううじゃないわよ。たくっ、あなた『華の艦隊』の旗艦として自覚あるの? そんなのだからねーー」ガミガミ

神通「……」ウツムキ

鈴谷(ち、小さくなってる……)

瑞鳳(さ、さっきまでの姿とは、かけ離れてるわね……。誰よあんた……)

陸奥(まあ、自業自得ね……。フォローしないわ)ハア……

最上「……」

瑞鶴「……」

響「どうしたんだい、2人とも?」

最上「いや……」

瑞鶴「いつもの、神通だなあって思ってさ」

響「ああ」

響「2人とも、神通の本気を見たのこれが初めてなんだろう?」

瑞鶴「ええ……」

最上「正直、凄く怖かったよ……。神通が何時もと違うことはそうだけど、なんか……血に飢えた怪物みたいでさ……。睨まれた時なんて、本気で殺されるって思ったから……」

瑞鶴「なんか、神通の本性を垣間見た気がして、ね。あの時の神通と、今の神通。どっちが本当の神通なんだろうって……」

響「……ふむ」

響「やっぱり、本気の神通は怖いって思うよね。私も最初はそうだったよ。神通が怖くて、しばらく顔を合わせられないくらいだった」

最上・瑞鶴「……」


響「でも、何度かそうした神通を見ていくうちに、自然と怖くなくなったんだ。気づいたんだよ、『ああ、どっちも本当の神通なんだ』ってさ」

最上「どっちも、本当の神通……」

響「ああ。『あの神通』も、今提督に怒られてシュンとしてる可愛い神通も、どっちも本物なのさ。だから、2人が知っていた神通は決して偽物なんかじゃない。『あの神通』は確かに怖いかもしれないけど……2人とも、神通を嫌いにならないでくれ」

響「……頼むよ」

最上・瑞鶴「……響ちゃん」

神通「……あ、あの」

最上・瑞鶴 ビクッ!

神通「……あ」ショボン

響(やっぱり、恐怖心はそう簡単に消えないな……)

響「なんだい、神通?」

神通「あ、えと……その……。……さい」

陸奥「はっ? 全然聞こえないわよ。もっと大きい声で言いなさい」

翔鶴「む、陸奥さん……。ちょっと言い過ぎじゃ」

陸奥「言い過ぎなんてことないでしょう。私たちが負けたのは誰のせいよ? このくらい言われて当然でしょう」

神通「ううっ」ザクッ!

翔鶴「そうですけど……」

陸奥「で? あんたは何を言いたいの? もう一度ハッキリ告げなさい」

神通「そ、その……。ご、ごめんなさい!」バッ!

5人「……」

神通「私のせいで演習で敗北しちゃって、皆に迷惑かけちゃいました……。そ、その……最上ちゃんや瑞鶴さんも、怖がらせちゃったみたいで……」

最上・瑞鶴「……」

神通「わ、私……本気になっちゃうと、どうしても周りが見えなくなっちゃって……。と、とにかくその……ご、ごめんなさい」


陸奥「……」ジッ

神通「!」ビクッ

陸奥「……はあ」ボリボリ

陸奥「もういいわよ、別に」

神通「む、陸奥さん……」

陸奥「あなたの暴走のせいで負けたのは事実だけど、そもそもあんたがいなかったら、私たちだけでは絶対に勝ち目がなかったわけだしね。貴方だけを責めるのもそれはそれで間違いよ」

翔鶴「……そう、ですね。神通さんだからこそ、あの人の足止めが出来たわけですから。私たちの誰もその役目は果たせなかったでしょう。それに、やり過ぎなところも確かにありましたけど、ただの演習と思わず全力で立ち向かった神通さんの姿勢は、見習うべきところも多かったと思います」

神通「い、いえ。そんな……」

響「翔鶴の言うことも一理あるね。提督も言ってたけど、新型の出現で今後戦いはさらに激化することが考えられるんだ。深海の怪物たちは、大破したからって見逃してはくれない。時にはどんな手段を使ってでも勝ちに行くことが、重要となる場面もあるだろうさ」

神通「……」

響「……神通のようにね。あの執念には脱帽するものがあるよ」

金剛「……ホント、響は神通に優しいわね」

響「ずっと戦ってきた親友だからね」フッ

神通「ひ、響ちゃん……。ありがとう」

金剛「……たく、しょうがない子ね」ハア

金剛「……まあ、3人の言うことももっともだし、実戦と思ってやるようにって言ったのは私だけどさ。それでも、相手は深海棲艦じゃないんだから、少しは考えなさいよね」

神通「……はい。気をつけます」

金剛「頼むわよ、ホント。あなたは私たちのエースなんだから」ポン

神通「……っ。了解しました、提督。こ、今後は、あなたの期待を裏切るような真似はしません!」ウルウル

金剛「okay。瑞鶴と最上」

瑞鶴・最上「……はい」

金剛「もう大丈夫よ。響の言うとおり、神通は少しも変わってはいないわ」ニコッ

瑞鶴・最上「……」

金剛「だから、距離を置いたりしちゃダメよ? 艦隊の指揮にも関わってくるんだから」


瑞鶴「……別に、距離を置くつもりなんてないわよ。ただ、ちょっとビックリしただけだから」

最上「僕も……。正直あの神通は怖かったけど……嫌いになったとかそんなことは絶対にないから。だからさ、安心してよ」ニコ

響「……だってさ神通。よかったね」

神通「……ううっ、2人とも本当に……あ、ありがとう」ジワッ

瑞鶴「ちょ、ちょっと泣かないでよっ! たくっ、調子狂うわねえ!」

最上「あはは。もう、睨まれた時はホント怖かったんだからね! ちびっちゃうかと思ったんだよ?」クスクス

神通「……うぅ。か、からかわないで下さい……」

翔鶴「……」

陸奥「……たく、さっきまでの暴れっぷりはなんだったのよ」ふふっ

響「だね」クス

提督(……)

金剛「提督」

提督「ええ」

金剛「この度はウチの部下が迷惑をかけてしまったわ。演習を用意してもらった身なのに台無しにして、本当にごめんなさい」バッ

提督「……いえ、それはこちらも同じことです。あの時、私が止めていなかったら摩耶が神通を撃っていたかもしれませんから。……だから、顔を上げて下さい。この件は不問とします」

金剛「……しかし、部下の不始末はきちんと責任を取らねばならないわ。あなたが今日消費した燃料や弾薬、修復材は私が全て支払うわ。せめてそのくらいの誠意は、示させてもらえないかしら」

提督「いえ、本当に結構ですよ。金剛提督は無償で榛名という大きな戦力を分け与えて下さったのですから。それだけでも十分お釣りが来ます。それで他にも負担して頂いたら、私は傲慢さを咎められ天罰に会うかもしれません」

金剛「あなたね……。はあ、分かったわよ……。あなたがそこまで言うなら、頭を上げさせていただくとするわ」

提督「ええ、そうして頂けると助かります。こちらとしても、中将殿から頭を下げられるのは心臓に悪いですから」

提督「ただ……」ジッ

神通「……ひう!」ビクッ

提督「神通、こっちに来たまえ」

神通「は、はい!」ダッ

提督「……」

神通「……」オロオロ

翔鶴(提督さん……怖い顔をしてます)ごくっ

響(これは、流石に厳重注意をくらうだろうね……。可哀想だけど、仕方ないか)

陸奥(まあ、拳が飛んできたとしても文句は言えないわね)


提督「……」

神通「……あ、あのぉ」

提督「神通」

神通「……ひゃ、ひゃい!」ビクッ!

ぽふっ

神通「え……」

陸奥「……は?」

響「」

翔鶴「」

瑞鶴「」

最上「」

金剛「」

神通「え、ええっ……!」

神通(私、何を……。えっ! 提督さんの手が頭に……)

提督「……」ナデナデ

神通「ひゃ、ひゃああああ!」

提督「神通、君の戦闘能力は確かに素晴らしい。あの摩耶と互角に渡り合えるなんて、正直驚かされたよ。でもな……あんな、あんな無茶な戦い方はしないで欲しい」ナデナデ

神通「あうっ! ご、ごめんなさいごめんなさい! ま、摩耶さんには後で……」

提督「ああ。もちろん謝罪はしてくれ。私はその件について君を責める気はないが、摩耶は色々思うところがあるだろうしな。だが、それより……私の許せないことがあるとしたら、命を軽く見るような君の戦い方だ」

神通「……えっ?」

提督「私はどうにも甘い男でな。摩耶もそうだが……君たち艦娘の中には、死んでも構わないとばかりに無茶な行動を取る者がいるが、そういう者たちを見るのが私は耐えられないんだ。君たちは心を持っている。ただ、使われるだけの兵器じゃなくて、笑ったり泣いたりできる普通の女の子なんだ」

神通「……ふ、普通の、女の子……」

提督「……ああ。神通、君もそうだ。普通に、仲間に怒られて凹んだり、泣いたりできる女の子だよ。だから、私の前で……いや、私が見てないところでも、無茶な戦いをしないでくれ」ニコッ

神通「あ……」かあっ

神通(ど、どうして……こんなに……)ドキドキ!

提督「君は私の部下じゃないが、それでもだ……。約束しろなんて言わないが、私の言葉を……君をただの兵器と思わないものが金剛提督の他にもいることを……覚えて置いてくれないか?」ナデナデ

神通「……あ、あう」ドキドキ!

提督「神通?」

神通「ひゃ、ひゃい! わかりましたのですぅ〜!」カアアッ!

提督「口調が電みたいになってるぞ、おい……」

グイッ!

提督「あだだだだだ! 耳! 耳があっ!」

摩耶「……」ムスッ

提督「ま、摩耶! 耳が、耳が裂けるから引っ張るのはやめてくれ!!」

摩耶「うるせえ!」グイッ!

提督「いでええええ!」


鈴谷「な、なんていうか……」アハハ……

蒼龍「流石提督ね……。何という女たらし」

瑞鳳「やれやれ、呆れてものも言えないわ……」

榛名「また、ライバルが……。大丈夫、榛名は大丈夫、大丈夫、大丈夫……」ブツブツ

鈴谷(め、目が死んでて怖いよ榛名さん……。絶対大丈夫じゃないよぉ)ひえぇ

比叡「……」

瑞鳳「まあ、本人は善意と優しさからああ言うことを言うんだけどさ……。それが結果として口説きになるんだから凄いわよね。たまにワザとなんじゃないかと思いたくなるけど」

比叡「……そうですね」

瑞鳳「……?」

瑞鳳(なんか、比叡がちょっと変ね……。気のせいかしら?)

陸奥「……あらあら〜」

響「いやはや……驚いたよ。あの神通がまさか……あんなチョロかったとは」

瑞鶴「いや、驚くとこそこじゃないでしょ。ていうか、何なの……あの提督。随分変わってるわね……」

翔鶴「金剛提督の言うとおりの方ですね……。優しくて、すごく甘い。失礼ですけどあまり軍人っぽくないです」

金剛「でしょう? いい奴なんだけどねえ……。ーーはああ。それにしても、まさか神通までたらしこむなんて……榛名が闇堕ちしないか心配になってきたわ」

響「もう片足踏み入れている気がしなくもないけどね」チラッ

榛名>大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

金剛「oh、榛名ェ……」

提督「離してくれ頼む摩耶! 頼むからっ!」

摩耶「ならさっさとこっち来い! もう反省会は終わっただろ? それなら、さっさと吹雪の所にいくぞ!」グイグイ!

提督「ああ! 分かった! 分かったから離してくれっ!」

摩耶「……ちっ!」ぱっ

提督「いてててて……。あー、痛かった……」ヒリヒリ


神通「あ、あの……摩耶さん」

摩耶「あっ? んだよ、てめえ。もしかしてあたしにワビ入れる気じゃねえだろうな?」

神通「は、はい! あの……」

摩耶「いらねえよ、そんなもん」ヒラヒラ

神通「えっーー。で、でも……」

摩耶「なら、聞くがよ。逆の立場だったらお前、謝られたいと思うか?」

神通「……それは」

摩耶「思わねえだろ? 全ては油断したあたしのせいであって、別にお前のせいではねえよ。確かにあれは演習だったがよ、あたしは途中まで殺し合いをしてたつもりだったぜ。だからこそ、あたしはお前にトドメをさそうとしたんだ」

神通「……」

摩耶「おめえは、どうだったんだ? 最後の最後まであたしを殺す気で来てただろ?」

神通「ええ……そうです。私はあなたを殺すつもりで戦っていました」スッ

提督(……神通の顔つきが、少し変わった)ゾク

摩耶「はっ、いい顔してんじゃねえか。あたしもだよ。あたしもおめえをぶっ殺すつもりでやってた。つまりだ、あれは双方合意の元で行われた殺し合いだったってことさ。なら……そこにルールなんてものはねえよ」

神通「ええ。摩耶さんの言うとおりです」

摩耶「だろ? 死合は、どちらかが死ぬまで続けなくちゃならねえもんだ。それだけが唯一のルールって言えるもんさ。後は、どんな汚ねえ手を使ってでも別に構わねえ。とにかく生き残る。生き残ったやつが勝者だ。だから、お前がやったことは別に間違いじゃねえし卑怯でもねえよ」

神通「……だから、謝るなと?」

摩耶「ま、そういうこった」ヒラヒラ

神通「分かりました。あなたがそれでいいのなら、私は謝りません」

摩耶「ああ。それじゃ、あたしらは行くぜ?」

神通「はい。……あ、その前に1つだけ聞きたいことがあります」

摩耶「んだよ?」

神通「摩耶さんは私と戦って、楽しかったですか?」

摩耶「……」

提督「……」

摩耶「さあな……」

神通「そうですか」クス

摩耶「……もういいか?」

神通「はい」

摩耶「おら、行くぞ提督」グイ!

提督「あ、ああ。しかし、その前に演習終了宣言をせねば……」

摩耶「んなもん金剛の姉貴に任せときゃいいだろ」

提督「そういう訳にはいかない」

摩耶「だあ、面倒くせえ! いいから行くぞ! 金剛の姉貴、後は任せたぜ!」

金剛「……はあ、分かったわ。後はこっちでやっとくから行って来なさい」

摩耶「だとよ」

提督「……たくっ、相変わらず強引なやつだ。申し訳ありません、金剛提督。後はよろしくお願いします」

金剛「ええ。提督、吹雪のフォローしっかりして上げなさいよ」

提督「……分かってますよ。それでは」

スタスタ……

榛名>ま、待って下さい! 私も行きます!

提督>は、榛名

摩耶>あ、何でてめえも来んだよ!

榛名>私も吹雪ちゃんが心配ですし、それに、あなたみたいな乱暴な人と提督を2人にはさせません!

摩耶>どういう意味だコラ!

提督>頼むから喧嘩するなよ……。

ギャーギャー!

神通「……」

神通「やっぱりあなたは半端者ですね、摩耶さん」

投下終了。
演習の話が長くなって申し訳ない。
みなさんに、楽しんでいただけるといいんですが……

………
……


救護室

吹雪「ーーうっ」

深雪「おっ、気がついたか吹雪!」

吹雪「……ここは?」

深雪「まだぼーっとしてるみたいだな。救護室だよ」

吹雪「救護室……。どうしてそんなところに?」

深雪「おいおい覚えてねえのかよ。お前、敵さんにやられてここに運ばれたんだぜ?」

吹雪「敵……」

電「吹雪ちゃんは、響お姉ちゃんと戦っていたのです」ヒョコ

吹雪「響ちゃんと……私が?」

暁「そうよ。あんた響のやつから首絞められて気絶しちゃったの」

吹雪「……」

深雪「正しく言うとチョークスリーパーだな。いやあ、あの動き只者じゃねかったな。エセロシア人やりやがるぜ!」

暁「私の妹に変なアダ名付けんな。響よ、響。あの子、2度目の改装のためにロシアに行った時、サンボを習ったと言ってたわね」

電「サンボって何です? 踊りなのです?」

深雪「それはサンバだろ。サンボってのはロシアの格闘術だよ。ボクシングと柔道の流れを取り入れた、実践的な格闘技さ。昔ロシア軍が軍隊格闘術として採用していて、今ではスポーツサンボとコマンドサンボっていう軍隊式サンボに二分化されているらしいな」

電「へ〜」

暁「無駄に詳しいわね、あんた」

深雪「まあ、深雪格闘技大好きだし。多分、エセロシア人が使ってたのはコマンドサンボじゃねえか? 吹雪を投げた後に打撃を加えてその上で締め上げてたもんな」

電「ひ、響お姉ちゃん容赦なかったのです……」

暁「あの子、一応『華の艦隊』所属だからね……。でも、あんな強かったなんて思わなかったわ」


吹雪「あっ……そうか私……」

深雪「思い出したか?」

吹雪「……うん。私、響ちゃんに負けたんだった……」

暁「そうよ。響相手によく頑張ったと思うわ」

電「なのです。途中まで結構いい戦いをしていたので、惜しかったです」

吹雪「……そうかな? ありがとう暁ちゃん電ちゃん」

深雪「まあ、相手は改ニ実装されたやつだったししょうがねえよ。幾ら何でも練度に差がありすぎるって話だぜ。だから落ち込むなよ」ぺしぺし

吹雪「う、うん……」

暁「こら、深雪。怪我人を叩くな」

深雪「ごめんごめん」タハハッ

吹雪「……それで、演習はどうなったの?」

暁「相手の神通……だっけ? あの人が反則して、私たちが勝利したわ。いい勝負だっただけにちょっと残念だったわね。鈴谷たちも納得いかないって顔してたわ」

吹雪「……神通さんが反則を」

深雪「ああ、大破判定を受けたのに摩耶に関節技仕掛けてな」

吹雪「そうなんだ。大破判定が出てたってことは、摩耶さんが神通さんに勝ったんだね……」

電「なのです。2人ともとても強かったのです。後、こ、怖かったのです」ブルブル

暁「ええ、あいつらだけ別次元だったわ。ま、まあ私は特に怖いとか思わなかったけどね!」

深雪「あ、摩耶と神通だ」

暁「ひぅ!」ビクッ

深雪「なーんだ。やっぱ怖いんじゃん」ニヤニヤ

暁「だ、騙したわねえ!」

深雪「あははっ、悪りい悪りい。やっぱ暁はからかいがいがあるなあ」

暁「なんだとー!」ブンブン!

電「は、はわわ。お姉ちゃん、落ち着くのです」ガシ!

暁「ムキーッ!」ブンブン!


吹雪「あ、あはは……」

吹雪「そっか……。摩耶さんはやっぱり凄いな」ボソ

深雪「? なんか言った?」

吹雪「大したことじゃないから気にしないで。それより、私そろそろ戻るね。司令官も心配してるだろうし」ググッ

暁「だ、大丈夫なの? もう少し休んでいた方が……。鈴谷たちと違って、あんたは修復剤使われてないんだから」

吹雪「大丈夫だよ。特に痛いところもないし、意識もしっかりしてるから」

深雪「あんま無理すんなよー」

電「具合が悪くなったら、すぐ救護妖精さんのところに行ってくださいなのです」

吹雪「うん。ありがとう3人とも。それじゃ行くね」

ガラッ……、ピシャッ!

3人「……」

深雪「……あいつ、ホントに大丈夫かな?」

暁「そうね。無理してなければいいんだけど……」

………
……


廊下

吹雪「……」スタスタ

吹雪「……っ」ギュッ

 ーー君は、優秀だね。基本に忠実になりすぎず、応用の効いた動きができている。そこそこ戦場に立って危険な目にもあってきたんだろう。

 ーーだけど、君には決定的なものが欠けている。

 ーーそれを理解するまで、君は永遠に私には勝つことができないし、「彼女」の背中だって満足に守ることはできないだろうさ。いや、それどころではないな。

 ーー君は、このままではいずれ、戦場に棲まう悪魔に食い殺されてしまうよ。

吹雪「……」

吹雪(完敗、だった……。何もできないまま響ちゃんにやられちゃった)

吹雪(練度の差、経験の差……もちろんそれもあったけど、何か、根本的な部分ですでに負けていた……)

吹雪(私に欠けているもの……。それは、一体何なの?)

吹雪「……」

吹雪「私じゃ、みんなを、摩耶さんを守れないのかな?」ボソ

吹雪(もっと強くならなきゃ。今よりも努力して、もっともっと……)

吹雪(私はあの人のーー娘なんだから)


………
……


鎮守府 廊下

摩耶「……」スタスタ

榛名「……」スタスタ

提督「……」

提督(胃が痛くなる沈黙だな……。何か喋らなければ)

提督「なあ……」

榛名「何ですか、提督?」ニコニコ

摩耶「何か言ったか?」

榛名「……」ジッ

摩耶「……」ギロッ!

榛名「……提督は私に話しかけてくれたんです。あなたじゃありません」

摩耶「ああ? そりゃてめえの思い込みだろ。へっ、随分頭の中にお花畑が広がってるようだな」

榛名「なんですって……?」

提督「あー、すまない。主語をちゃんと付けるべきだった。私は摩耶に話しかけたんだ」

榛名「え……。そ、そうですか……」

摩耶「はっ」ニヤッ

榛名「……」キッ!

提督(何でそう一々喧嘩するかな……。まあ、原因は私にあるんだがな……)ハアッ

摩耶「で、何だよ提督?」

提督「ああ。別に大したことではないのだがーー」

吹雪「あ」

榛名「あ、吹雪ちゃん」

提督「……吹雪?」

吹雪「司令官に、榛名さんと摩耶さん? どうしてここに?」

提督「お前の様子を見にきたんだよ。まだ目覚めてなかったからな」

吹雪「私のお見舞いに……。ありがとうございます。ですが、司令官は演習の終了宣言や演習結果をまとめる作業があって忙しいはずでは?」


提督「終了宣言は申し訳ないが、金剛提督の方に変わってもらった。演習結果は、また後でやればいいからな。それより、もう身体を動かしても大丈夫なのか?」

吹雪「ええ。心配ありません。外傷はほとんどありませんでしたし、痛いところもありませんから」

提督「そうか……。良かったよ、思ったより元気そうで」

吹雪「はい。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」ペコ

榛名「もし、悪いところがあったり体調が優れないときは、無理をしてはいけませんよ」ニコ

吹雪「榛名さん……。はい、ありがとうございます。あの、摩耶さんも満足にサポートできなくてすいませんでした」

摩耶「いいよ別に。気にすんな」ガシッ

わしゃわしゃ

吹雪「わっーー!」

摩耶「お前はよくやったよ。相手は改2実装されたやつだってのに、そこそこは持ち堪えたんだろ? なら、上々だ」

吹雪「摩耶さん……。でも私ーー」

摩耶「お前は謙虚すぎる。負けからは確かに学ばねえといけねえこともあるがな、マイナス思考になって落ち込んでたら、それはそれでザマねえよ。もっとプラス思考になろうぜ。どこが悪かったのか、次勝つにはどうすればいいのかだけ、考えようぜ」

吹雪「プラス思考に……」

摩耶「そうだ。おめえはまだ新入りなんだ。だから、焦ることはねえよ。お前は着実に強くなってる。それはあたしが保証してやる」

吹雪「……摩耶、さん」

提督(摩耶のやつ……)ふふっ

榛名(……なんだ。ただ、ガサツで乱暴なだけじゃないんですね……)


摩耶「ただし! 次同じやつに負けたら許さねえからな! おめえはこの摩耶様の相棒なんだからよ!」ニシシ

吹雪「! は、はいっ!」パアァ!

摩耶「よし! 次はあの能面のクソガキに一泡吹かせてやれ!」バシッ!

吹雪「あたっ! ええ、吹雪頑張ります! 今度戦ったときは魚雷をぶち込んでやりますよ!」グッ

摩耶「おう、その息だ!」

提督(これは、俺の出る幕はないな……)ふふっ

提督「それじゃ、そろそろ戻ろうか。金剛提督と決めたんだが、演習終わった後にお疲れ様会をやる予定だったんだ。準備は間宮さんがしてくれるから、楽しみにしておけよ」

摩耶「おっ、マジかよ。そりゃ楽しみだな。ところで酒は出んだろうな、酒は」

提督「残念ながら有事の際に備えて酒は出せない。新型の深海棲艦の件がある以上それは仕方ないことだから我慢してくれよ」

摩耶「かー、マジか。まっ、しょうがねえな……」ガリガリ

吹雪「おじさん臭いですよ、摩耶さん」ふふっ

>うっせーな!

>ははっ、言われてしまったな。……て、蹴るな蹴るな!

榛名「……」

榛名「摩耶さん、か……」

榛名(提督が言ってたことは、こういうことなのでしょうか……)

榛名(ほんの少しだけ、見直しました……。ほんの少しだけですけどね!)


………
……


食堂

金剛「まあ今日は色々あったけど、演習お疲れ様でした。みんな、よく頑張ってくれたわ」

金剛「それでは乾杯の音頭を取りましょうか。提督!」

提督「了解しました。これからの実戦は厳しいものになっていくかもしれないが、今日の演習で学んだことを生かして、無事乗り切って行こう! ……乾杯!」

全員「乾杯!」

チン!

ガヤガヤ、ガヤガヤ……

最上「鈴谷、怪我は大丈夫だった?」

鈴谷「んー、鳩尾にモロ入ってやばかったけど、特に大きな怪我はしなかったよ。修復材ですぐ治ったしねー」

最上「そっか……」ホッ

鈴谷「……」

鈴谷「弾着観測射撃ってやっぱり凄いよね。あんな正確な砲撃が行なえるんだもん。鈴谷も早く使いこなせるようにならないとなあ」

最上「……」

鈴谷「次は、負けないから」ニッ

最上「鈴谷……。うん! 僕も鈴谷には負けないよ!」

鈴谷「ふふーん。鈴谷はどんどん強くなってるからね! 最上姉なんてすぐ抜いちゃうんだから」

最上「言ったなこのー。また今度演習した時もけちょんけちょんにしてやるよ」

鈴谷「ばっちこい、ですよ」ふっふっふ




瑞鳳「あっ、私の唐揚げ取らないで下さいよ! 蒼龍先輩!」

蒼龍「ぼーっとしてた方が悪い。早いもの勝ちよ」モグモグ

瑞鳳「早いものも何も、それ私のお皿に乗ってたやつですよー!」

蒼龍「今日私はあんたの分も働いたんだから、サービスってことにしといて。あ、この卵焼きも美味しい」モグモグ

瑞鳳「それも私のですー!」ムキー

瑞鶴「はー、やれやれ。1航戦も2航戦も同じね……。はい、瑞鳳。私の卵焼き分けて上げるわ」

瑞鳳「瑞鶴〜」ウルウル


瑞鶴「ちょっと! いきなり抱きつかないでよ!」

翔鶴「ふふっ、まるで姉妹みたいですね」

瑞鶴「翔鶴姉! 笑ってないで助けてよっ!」

蒼龍「間宮さーん。追加お願いしまーす!」

瑞鶴「追加できるなら人のもの取るなっ!」




暁(う〜、どうしようどうしよう。神通の隣になっちゃったわ……)ガクガク

神通「あ、あの……暁ちゃん?」

暁「ぴゃああ! な、何!?」ビクッ!

神通「あ……」ショボン

神通「……」チラッ

響(頑張れ、神通)ぐっ!

陸奥「スマイルスマイル」ボソッ

神通「!」(ふ、2人が応援してくれている……。な、仲良くならないと!)

神通「あの……。あ、暁ちゃんは、響ちゃんのお姉ちゃんなんだよね?」

暁「そ、そそそそうだけど!」ガクガク

神通「いつも、その……響ちゃんにはお世話になってます。あの、よかったら私とも……」

神通「な、仲良くしてください、ね」ニコォ

暁「ぴゃあああああっ! 助けて間宮さぁん!!」ダッ

神通「」

間宮「あらあら、どうしたの? 暁ちゃん」

暁「ふぇぇぇ。怖いよぉ!」

間宮「よしよし〜。怖くないわよ〜」

神通「」涙目

響「はあぁ……。どうしていつもこうなるんだろうね……」

陸奥(そりゃあんだけ暴れたらそうもなるでしょ。いやあ、それにしても面白いわあ……)プルプル

響「陸奥」ゴゴゴゴ!

陸奥「あ、あらあら〜。何かしら響ちゃん? そのナイフは逆手で持ってはダメよ」ダラダラ

響「笑ったらタダじゃおかないよ」

陸奥「は、はーい」ダラダラ

陸奥(こ、怖! 殺気だけなら戦艦級だわこの子……)




榛名「提督、よかったらこのハンバーグ召し上がってください」

提督「ああ。これは……和風ハンバーグか。美味そうな匂いがするな」

榛名「はい。提督が和風ハンバーグがお好きと聞いて、その……榛名が作ったんです!」

提督「へえ。それは期待できるな。どれ……」パク、モグモグ……

榛名「……」ジッ

提督「おおっ、これは……。無茶苦茶美味いな」

榛名「! 本当ですか!?」パアッ

提督「ああ。味付けも私好みだよ。榛名ありがとう」

榛名「榛名、感激です!」

金剛(良かったわね〜。榛名)ニコニコ

比叡「……」

榛名「て、提督。次はこれも召し上がってください!」スッ

提督「ちょ、ちょっと待ってくれ。ゆっくり味わいたい」



>おお、これも美味しいな。

>ありがとうございます! 頑張ったかいがありました!

摩耶「……」ジト……。

深雪「んー、このチキンうっまー! なあ、摩耶も食べろよ!」

摩耶「お、おう……」

深雪「ほら、このポテトも揚げたてで美味いぜえ」

摩耶「お、おい! 盛り過ぎだコラッ!」

深雪「えーいいじゃん。食べられるだろ? ほら、何とかは別腹って言うじゃん? だからポテトもいけるって!」

摩耶「そりゃ甘いもんだ! んな脂っこいものばっか食えるか!」

吹雪(み、深雪ちゃんは摩耶さんにも物怖じしないから凄いですね……。ていうか、摩耶さんがちょっと押されてるような)あはは……

深雪「ちぇー、いらねえのかよ。せっかく深雪様が摩耶のために取っておいたやつなのになあ……」ムスッ

摩耶「ちっ……。分かったよ、半分寄越せ。それなら食べられるからよ」

深雪「へへっ、そうこなくちゃ。で、半分でいいの?」


吹雪「ちょ……っ」

深雪「マジか〜! 吹雪も食いたかったんなら最初から言えよな〜。ほらほらっ」モリモリ

吹雪「えっ。そ、そんなにいらないよぉ! ま、摩耶さんっ!」

摩耶「へっ。元気になって沢山食べられるところを見せりゃ、深雪も安心すんだろ。だから、沢山食え。おめえはあたしと違って成長期なんだから食えんだろ」

吹雪「そ、そうかもしれないですけど……。でも流石にこんなには……」モリモリ

深雪「あ、やっぱ食欲ねえよなあ….…。ごめん、気効かなかったよ」シュン

吹雪「吹雪! 頑張りますっ!」ガツガツ!

深雪「おー、スゲえ勢いっ!」

摩耶「やるじゃねえか」にしし

電「……あ、あの。摩耶お姉ちゃん」

摩耶「あん?」

電「ひうっ!」ビクッ

摩耶「あー、すまねえ。どうした電?」

電「あ、あの……。これ良かったら……」スッ

摩耶「箱ーー? 何だこりゃ?」

電「開けて下さい、なのです」

摩耶「お、おう……」

ガサガサ

摩耶「……猫の縫いぐるみ? しかもこれって、まさか……」

電「き、気づいたです?」

摩耶「ああ! ニャン吉だろこれ!」

電「はいなのです」ニコッ

摩耶「うぉぉ! スゲえ! この額のとこにある傷跡とか、間違いなくニャン吉だ! どうしたんだよ、これっ!」

電「その……演習終わった後に、お姉ちゃんに渡そうと思って電が作ったのです」


摩耶「ま、マジかよ! これ、ホントにあたしが貰っていいのか?」キラキラ

電「どうぞなのです」

摩耶「おお、サンキューな! 電。絶対大切にするからな」ナデナデ

電「はわわっ」

電「……」

電(よかったのです。いつもの、摩耶お姉ちゃんなのです……)ほっ

 ーー死ね。

電(あの時の摩耶お姉ちゃんは、怖かったのです……。まるで、何かに取り憑かれてるみたいで……)

摩耶「わあっ、可愛いなあ……。へへっ、これでいつもニャン吉と一緒に居られるぜ!」キラキラ

電(本当の摩耶お姉ちゃんは、やっぱりこっちなのです)ふふっ

吹雪「……」ジー

深雪「……」ジー

摩耶「ーー!」ハッ!

深雪「聞いたか、吹雪」

吹雪「うん、今確かに可愛いって……」

摩耶「なっ。ち、違う! 摩耶様がこんなものをーー」

電「こんなもの、です?」ウルウル

摩耶「ち、違うぞ、電! これは、その……言葉の綾で……」あたふた

深雪「ふーん、摩耶って猫好きなんだな!」

吹雪「意外ですね……」

摩耶「わ、悪いかよ。猫……好きでよ!」プイ

吹雪(摩耶さん、可愛い……)

深雪(わー、似合わねえなー)

蒼龍「なになに〜。面白そうな話が聞こえたような〜」ニヤニヤ

陸奥「私たちにも、聞かせてくれないかしら〜」ニヤニヤ


摩耶「うるせえ! てめえらは引っ込んでろ! ぶっ飛ばすぞコラ!」

蒼龍「あはは〜。ご勝手に〜、『猫好き』の摩耶さん」

陸奥「わ〜、やっぱり『猫好き』の摩耶さんは怖いわねえ〜」

摩耶「て、てめえら!」ワナワナ!

提督「ふむ。やっぱり摩耶は猫が好きなのか……」

摩耶「なっ、て、提督! 聞いてたのか!?」

提督「ああ。すまんが聞こえた」

鈴谷「ん? 『やっぱり』ってどういうこと?」

提督「いや、この前青葉が来た時にな。『面白いスクープがあるんです!』って、自慢気に写真をくれたんだが……」すっ

写真>ニャン吉と戯れる笑顔の摩耶

摩耶以外の全員「……」

摩耶「」

提督「青葉が面白半分で作った写真と思っていたんだが……。本当だったんだな」

吹雪「え、えっと……」

間宮「これはこれは……」

最上「わあ、す、凄い笑顔だね」

鈴谷「……あちゃー」

瑞鶴「い、イメージが壊れるわ……」

翔鶴「……か、可愛い」

金剛「very cuteね、摩耶」

響「なるほど……電が懐くわけだ」

瑞鳳「しょ、衝撃的すぎて上手く感想が出てこない……」

蒼龍「ありゃー。こ、れ、は、言い逃れできませんなー。『猫好き』の摩耶さん?」

陸奥「あらあら〜。可愛いわねえ『猫好き』の摩耶さん?」

摩耶「〜〜!」ダッ

ガチャ、バタン!
ズタタタ……!!


蒼龍「あちゃー、走って逃げちゃったわね」

提督「別に恥ずかしがることでもないと思うんだがなあ……」

深雪「司令官の言うとおりだぜ。いいじゃねえか、別に猫好きでもよ!」

最上「いや、別にいいんだけどね……。なんというか、ギャップがありすぎて」

瑞鶴「一瞬誰か分からなかったものね。別人かと思うくらい違和感があったわ」

電「やっぱり、摩耶お姉ちゃんはちっとも変わってないのです……」

金剛「やるわね、提督ー。fine playよ!」

提督「? ええ、ありがとうございます」

瑞鳳「分かってないでしょ、絶対……」

榛名「」

提督「どうだ榛名……。私の言った通り、あいつにもいいところはあるだろう?」ニコッ

榛名「え、ええ……。あの人のこと、何だか良く分からなくなってきました……」

提督「ははっ。あいつは第一印象が最悪だからな、みんな最初はそんな感じだよ。だから、ゆっくりでいいんだ。ゆっくり、あいつのことを理解してくれればいい。何れ、あいつが本当はどういうやつなのか……必ず見えてくるさ」ふふっ

榛名「……」

榛名(とても優しい、笑顔……。榛名……提督のこんな顔見たことない……)ズキッ

榛名(提督にこんな顔をさせるなんて、あの人……ホントはいい人、なのでしょうか……)ズキ、ズキ……

榛名(でも……ごめんなさい、提督。榛名、あの人のこと好きになれないかもしれません……)ズキ、ズキ……

提督「あー、まあ、みんな明日はあいつに普通に接してやってくれ。変に気を使ってしまうと、余計にプライドを傷つけてしまうかもしれないからな」

翔鶴「私たちは明日帰りますが、まあ今後顔を合わせることもあると思うので気をつけますね」

最上「そうだね〜」

吹雪「私たちも気をつけますね。分かりましたか、蒼龍さん?」

蒼龍「え〜、からかってやろうと思ってたのに……」ブーブー

吹雪「埋めますよ」ニコォ……

蒼龍「は、はい! 気をつけますーっ!」ビシッ!

提督「ははっ、みんなよろしくな」


比叡「……」

比叡「流石ですね……」ボソッ

金剛「なんか言った、比叡?」

比叡「いいえ。何でもありませんよ、姉様」ニコッ

金剛「……ふうん」

神通「……」

神通(提督さんは優しいですね。でも、本当の姿なんてその本人にしかわかりませんよ……)

神通(ねえ、摩耶さん……)

提督「それじゃ、私は摩耶のところに行ってくるよ……。誰か1人はフォローについていって上げた方がいいだろうしな」

榛名「え? そ、それなら榛名も……」

提督「大丈夫だよ、私1人でな。榛名はここに居てくれ」ニコッ

榛名「ですが……」

比叡「榛名、司令の言うとおりここにいな。あんたは摩耶さんとは仲が悪いんだ。着いて行ったところで揉め事を起こすだけだろ?」

榛名「……っ」

金剛「……まあ、正論ね。比叡の言うとおりにしなさい榛名」

榛名「姉様たちが言うなら……」

金剛「はあ。提督、後は適当にやっておくから早く行って来なさい」

提督「重ね重ねご迷惑おかけします……。それでは」

ガチャ……
キィ、バタン……

榛名「……あ」

榛名(何で……。私は……)

金剛「……」

金剛(……やれやれ、先が思いやられるわね)

投下終了。
卒論が仕上げに入ったので、次回の更新は1、2週間後になると思います。

>>239の一番上が抜けてました。
以下の一文が入ります。

摩耶「おう。後は吹雪が食うらしいぜ」

………
……


展望台下

ざーん……ざーん……

摩耶「……」

提督(やっぱりここにいたか……)

提督「やあ」ザッ

摩耶「……んだよ。笑いにでも来たのか?」ギロッ

提督「まさか。ただ話に来たんだけだよ」

摩耶「……」ジト

提督「疑わしげだな」

摩耶「あたりめえだろ。てめえのせいでとんだ恥をかいたんだからよ」

提督「半分はお前の自業自得だと思うがね……」

摩耶「……ちっ」

提督「別に恥ずかしがることではないじゃないか。猫が好きなくらい」

摩耶「恥ずかしいに決まってんだろ。その、あたしみたいなのが、猫可愛がってたら変だろ?」

提督「いいや、別に。むしろ逆に好印象だよ」

摩耶「え?」

提督「ほら、不良がいい事をすると普通の人よりいい印象を持たれやすいだろ? 年寄りに電車の席譲ったり、捨て猫を可愛がったりとかな。それと同じだよ」

摩耶「ああ、そういう……。って、あたしは不良じゃねえよ!」

提督「いやいや」

摩耶「首振るな!」

提督「んー、じゃあ番長か? いや、スケ番と言うべきか……」

摩耶「どっちにしろ不良と変わんねえだろが!」

提督「ははっ。冗談だ冗談」

摩耶「ちっ、次言ったらぶっ飛ばしてやるからな」

提督(そういう乱暴な言葉遣いばかりするから、不良っぽく見られるんだよ……)

摩耶「んだよ、その目は……」

提督「別に。この写真みたいにいつも笑ってれば、暁とかに怖がられることもないだろうなと思ってなあ」ピラッ

摩耶「! その写真を渡せ!」バッ

提督「あっ」

ビリビリ……!

提督「あ〜。なんて勿体無いことを」

摩耶「うるせえ! あんな恥ずかしいもんそのままにしておけるか!」

提督「……可愛いのに」

摩耶「〜〜! 変なこと言うんじゃねえよ、馬鹿提督!」真っ赤

提督「痛っ、いきなり叩くなよ! 仮にも私は上官だぞ?」

摩耶「知るかっ、バーカ!」ぷいっ

提督「……はあ」


摩耶「……」

提督「……」

 ざーん……ざーん……

提督「夜の海は静かでいいな」

摩耶「……そうだな。喧しいウミネコどももいねえしよ」

提督「そういえば鳥が嫌いだったな、お前」

摩耶「嫌いっつーか、気に食わねえだけだよ。ふわふわと呑気な顔で飛びやがってる奴らを見るとイラつくんだ」

提督「撃ち落としてやりたいんだろ?」

摩耶「ああ、撃ち落としたいね。『自由』な生き方を知ってるあいつらが、あたしは憎たらしい」

提督「……憎たらしい、か」

摩耶「ああ」

提督「……」

提督「神通に言われたことを気にしているのか……?」

摩耶「……何のことだよ?」

提督「自由のない、鎖に繋がれた獣ーーそう、言われていただろう?」

摩耶「……、そういやほざいてやがったな、そんなこと」

提督「ああ。だが、気にすることはないぞ」

摩耶「……あぁ?」

提督「あんな戦いに、お前の求める『自由』なんてものは絶対にありはしないからな」


摩耶「ーー」

提督「それにな」ポン

提督「私は、お前のことを獣なんて思ってないんだ。小説家トルストイの名言に、『人間を自由にできるのは、人間の理性だけである。人間の生活は、理性を失えば失うほどますます不自由になる』というものがある。つまり、『自由』という権利を追い求めることができるのは、人間の理性であり、尊さなんだ。その尊さを持ったお前は立派な人間だよ」ナデナデ

摩耶「……」

提督「だから、よく頑張ってくれたな。よく……自分を抑えてくれたな。お前が、間違った『自由』に身を委ねなくて、本当によかった」

摩耶「……」バシッ

提督「ーーとっ、すまない。頭を撫でられるのは、嫌だったか?」

摩耶「……ああ。お前ちょっと、ウザい……」

提督「久しぶりにウザいって言われたな……。ていうか、どうしてそっぽを向いているんだ?」

摩耶「うるせえよ、馬鹿……」

提督「……そうか」ふふっ

摩耶「……バカ」





提督「さて、そろそろ戻らねばな……。あまり長居しすぎると蒼龍たちから要らん勘繰りをされそうだしな」

摩耶「そうか……」

提督「お前はまだ、ここに居るんだろ?」

摩耶「あたりめえだ。あんな恥さらしされておめおめ戻れるかってんだ」

提督「そう言うと思ったよ。それじゃあ……」

摩耶「ああ、じゃあな」

提督「あっ、その前にちょっといいか?」

摩耶「んだよ……」

提督「お前に前々から勧めようと思っていた曲があったんだ」

摩耶「曲……? 悪りぃけど、あたしは音楽に興味なんてないぜ?」

提督「まあ、一度でいいから聞いてみてくれ。……BEATLESって知ってるよな?」

摩耶「まあ、名前くらいは……。ジョンレノンはあたしでも知ってるよ」

提督「私が勧める曲は、そのジョンレノンの死後完成されたものなんだ。ジョンがテープに残していた未完成の曲を、残りのメンバーが歌詞を付け足して発表したものでな。ファンの間では賛否両論あるが、非常にいい曲だと私は思うよ」

摩耶「……ふうん」

提督「CDとプレイヤーは開発室の妖精さんたちに貸していたから、彼らから借りてくれ。多分、お前は気に入るぞ」

摩耶「提督がそこまでいうのは珍しいな……。で、何て曲なんだ?」

提督「ああ、曲の名前はーー」













提督「ーーfree as a bird」








ちょっとだけ書けたんで投下しました。
もうすぐで1章終わりです。>>71さんのリクエストの料理対決は2章終了後必ずやります。

………
……


 それは、音楽との初めての邂逅だった。

 音楽なんてただの音の羅列だと思っていた昨日までのあたしを殴りたい。本気でそう思った。

 提督のやつが勧めた曲は、それほどの衝撃をあたしに与えたのだ。

 穏やかなドラムと力強いギターから始まり、遅れて入った優しく語りかけるような歌が、時には訴えかけるように力強さをもつ。だが、決して聴くものを急かさず、最後の最後までその曲は穏やかな調子を崩さなかった。

 砲撃音になれた耳には、その曲は優し過ぎた。でも、そんな雑音なんかとは比べものにならないほど、あたしの心を激しく揺さぶった。

 ああ。

 こんなにも、こんなにも素晴らしいものがこの世にあっていいのか。

 曲を聴いている間、確かに見えた。

 部屋にいるはずなのに、夕暮れの空と『自由』に羽ばたく鳥どもの影があたしには見えたのだ。

 それが、あまりにも衝撃的だった。

 ただの音楽の筈なのにそこには確かな世界観があって、あたしはその世界に入り込んでしまっていた。

 その世界は、あたしがいつも見ている光景とあまりにも似ていて、そして何よりも美しいと感じるものだった。

 鳥のように自由に。

 あたしが何よりも欲する生き方を、その歌も求めていた。

 この歌を作ったやつ……ジョンレノンのことをあたしは知らない。せいぜい知っているのは、名前と銃で撃たれて死んだことくらいだ。

 だから、どうしてジョンレノンが鳥のように『自由』な生き方を求めたのかはわからない。

 あたしと同じように、自分の生き方を制約されて『自由』な生き方をすることができなかったのかもしれない。

 それともただ何となしに『自由』を求めたのかもしれない。

 だがどちらにしろーーそれはジョンレノンにとって2番目に大切なことなのだそうだ。

 あたしが1番欲しいものは、そいつにとっては1番ではないらしい。

 あたしはどうにもそこが気になった。歌詞を最後までよく聞いても、そいつにとっての1番が何なのかは見えてこない。

 『自由』になることより大切なこととは、一体何なのだろう?

 戦うことしか生き方を知らない『不自由』なあたしには、『自由』となることこそが一番大切に思える。それ以上に大切なことなんて、てんで想像もつかなかった。

 それを知ることができれば、あたしももう少し気楽に生きられるのかもしれない。

 『自由』になること以外に、大切なことがあるのだと思えれば。

摩耶「……」

 曲が終わり、リピート再生を始める。始まりのドラムとギターを聞くのはもう何度目かわからない。

 それでも変わらない感動が、あたしを震わせる。

 答えの見えない疑問は、とりあえず頭の片隅に置いておこう。

 今は、この胸を打つ感動に、身を委ねていたい。

 

 






第二章
「grin like a Cheshire cat」




 
 私にとって、お父さんは誇りだ。

 海軍でもかなりの偉い地位にいて、中央鎮守府で各地の司令官や艦娘たちを束ねている。

 軍人としてはかなり優秀で、数々の大規模作戦の指揮にあたり、多くの海域を人類の手に取り戻した。

 そして、厳しくも優しい大らかな人柄を持った人でもあったから、沢山の人に慕われてもいた。

 この国の誇り。

 誰もが、私のお父さんをそう褒め称えた。

 私もみんなと同じようにお父さんを誇りに思い、小さな頃から変わらず慕っていた。

 お父さんの役にたちたい。

 それが、私の夢である。小さな頃の夢は艦娘となって、お父さんと一緒に戦うことだった。

 だから、軍艦だった頃の『名前』を思い出し、艦娘としての使命に目覚めた時、私はとても嬉しかった。

 これで、お父さんの役に立つことができるんだって。

 お父さんも喜んでくれるはずだ。そう思って、艦娘になったことを打ち明けた。するとお父さんは驚いた顔をして、笑ってくれた。

 角張った顔に浮かぶその笑顔はいつもの優しげなものだった。けれど、何処か悲しげにも見えた。

 何故そんな顔をしたのかは、分からなかった。褒めて貰える。そう思っていたのに、お父さんは褒めてはくれなかった。

 きっと、艦娘になって頑張ればたくさん褒めてくれる。

 そう思って、艦娘を養成する『学校』では誰よりも努力して、駆逐艦クラスを主席で卒業した。

 周りの人は褒めてくれた。さすが総司令官の娘と一層期待されるようになった。

 だけど、お父さんは褒めてはくれなかった。

 きっと努力が足りなかったのだと思い、私は今の司令官の元に着任してからまた努力を重ねた。

 司令官や摩耶さん、その他の仲間たちと出会って、彼女たちと一緒に実戦を重ねる中で、私は大きく成長できたと思う。

 ついには、最近MVPを取れるようにまでなったのだ。

 この調子でもっと努力をして優れた成績を残せば、中央配属もきっと夢ではないはず。

 中央に行けば、お父さんとも戦える。それに、褒めてくれるはずだ。

 流石、私の娘だって。

 だから、もっと頑張らないといけない。

 お父さんの娘として、相応しい存在になるまでは。



ーーーーーーーー














摩耶「辞めちまえ」

吹雪「ーー」

摩耶「艦娘なんて、辞めちまえ!!」












ーーーーーーーーー


 

 東野鎮守府との演習から4日後。作戦室

提督「ああ、北に進路をとってくれ。そっちの方が安全なルートのはずだ」

提督「……いや、無理に戦闘はするな。今回の任務はあくまで威力偵察だ。蒼龍の艦載機で攻撃を仕掛けるだけにして、すぐ撤退を……」

榛名「提督、前浜鎮守府よりご連絡です」

提督「今、比叡たちと連絡中だ。用事なら後にしてほしいと伝えてくれ」

榛名「いえ、それが……緊急連絡だそうです。今すぐ提督に出て欲しいとのことで」

提督「……分かった。比叡、すまないが一旦そのまま待機してくれ。緊急の連絡が入った。終わり次第指示を出す」ガチャッ

提督「……さて、前浜だったな?」

榛名「はい。作戦室の方に電話は回しているので、すぐに出れます」

提督「ありがとう。では……」ガチャ

提督「……もしもし、お電話代わりました提督です」

提督「……はい……はい」

提督「第2艦隊と通信が……。なるほど、こちらの第1艦隊の現在地点と近いですね……」

提督「東野と青波には……。ああ、そうでしたね……。分かりました、すぐに向かいます。そちらも、第1艦隊を向かわせて下さい。……了解しました」

提督「それでは、すぐに指示を出します……。失礼します」ガチャ

榛名「……あの、提督?」

提督「どうやら、前浜鎮守府の第2艦隊が輸送任務の途中、突然連絡が途絶したらしい」

榛名「連絡が途絶ですか……」

提督「ああ。反応をロストした地点が私たちの作戦海域の近くだったことから捜索願いが来た。あちらも、すぐに第1艦隊を向かわせるそうだ」

榛名「なるほど、だから緊急連絡だったのですね。……何事もなければいいのですが」

提督「……そうだな」

提督(何事もなければ確かにいいが……。しかし、嫌な予感がする)

提督(ただの無線の故障……とは到底思えない。何故なら、有事に備えて艦隊全員に無線を持たせるのが常識だからだ。『全員』と連絡が取れないというのは明らかに異常だ)

提督(まさか……)

提督「とにかく、比叡たちに連絡を入れよう」ガチャ

提督「待たせてすまない。実は……」






南方海域 

比叡「前浜鎮守府の第2艦隊と連絡が途絶、ですか」

提督『そうだ。ロストポイントはお前たちの現在地点からそう離れていない。今の作戦を切り上げて、彼女たちの捜索に向かってくれないか?』

比叡「分かりました……。青波や東野から援護は頼めそうですか?」

提督『いや、無理だ。青波や東野からだと時間がかかり過ぎる。それに、昨日突如現れた敵大艦隊の掃討作戦で両鎮守府は忙しく、こちらに戦力を割く余裕はないらしい』

比叡「なるほど。それなら捜索部隊は私たちと前浜の第1艦隊になりそうですね。どうします? 前浜と一度合流してから捜索に写りますか?」

提督『そうだな……、1度合流する方がいいかもしれんが、しかし……』

摩耶「いや、私たちだけでも先に行った方がいいぜ」

比叡「摩耶さん……」

提督『なぜそう思う?』

摩耶「そいつら全員と突然連絡が取れなくなるなんて、絶対おかしい。なんか異常事態があったって考えた方がいいぜ。例えば、全員殺されちまったとかな」

提督『……』

摩耶「もしそうじゃないとしても、そいつらはなんらかの危険に晒されている可能性が高い。悠長に前浜の連中を待ってたら、助けられるものも助けられないかもしれないぜ」

比叡「一理ありますね。司令、どうしますか?」

提督『……』


比叡「司令?」

提督『あ、ああ。すまない。……そうだな、すぐに向かってくれるか?』

比叡「……わかりました。あの、司令」

提督『なんだ?』

比叡「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。もっと、私たちを信用してください」

提督『……比叡』

摩耶「そうだぜ。あたしらが早々やられたりするもんか。お前はちょっと心配性過ぎんぜ」

蒼龍「まったく。そんなんじゃ、胃薬の量がまた増えるわよ?」

鈴谷「私にどーんと任せなさい。みんなの安全はこの鈴谷が守るから!」

瑞鳳「むしろあんたは守られる方でしょう?」

鈴谷「ひどい!」

吹雪「あ、あはは……」

提督『ふふっ、そうか……』

鈴谷「ちょ、笑わないでよ提督〜!」

提督『すまないすまない。そうだな……。お前たちはみんな優秀で、数々の修羅場を乗り越えてきたんだ。そんなお前たちを私が信用しなくてどうするって話だよな』

比叡「そうですよ。だから安心して任せて下さい。行方不明の子たちも必ず見つけ出してみせますから!」

提督『分かった……。ただ油断はするな。摩耶が言った通り、状況が少しおかしい。第2艦隊が強敵と遭遇した可能性も留意しておくように。それと……』

摩耶「チェシャ猫ども、か」

吹雪「……っ」

提督『そうだ。ないとは信じたいが、チェシャ猫たちが出現して、彼女たちと遭遇したなんて可能性も捨てきれない』

比叡「分かりました。その時は状況次第ですが、なるべく交戦は避けて逃げに徹します」

提督『そうしてくれると嬉しい。それじゃ、そろそろ向かってくれ。彼女たちに何事もないことを祈ろう! では!』

全員「了解!」

比叡「さて、皆さん行きますよ。ロストポイントまでの安全な航路はすでに確認済みです。また、到着後に敵との戦闘に入ることを想定において、準備は済ませといて下さい」

蒼龍「言われなくても分かってるわよ。さっさと行きましょう」

鈴谷「そうだねー。よ〜し。全艦、出発進行!」ザーッ

摩耶「なんでてめえが仕切ってんだよ、たく」ザーッ

比叡「あはは。それでは、気合!入れて!行きます!」ザーッ

瑞鳳「さてと……。何事もなければいいんだけど」ザーッ

吹雪「……」

吹雪「……」グッ

瑞鳳「どうしたの、吹雪? 行くわよ!」

吹雪「! は、はい!」ザーッ

瑞鳳「……」

吹雪「……」

瑞鳳「吹雪」ポン

吹雪「は、はい」

瑞鳳「心配しなくても大丈夫よ。あんたはここにいる誰よりも努力してきたんだから。自分を信じてやればいいの。怖がることなんてないわ」

吹雪「……そう、ですね」ニコッ


瑞鳳「そうよ。いつも通り、気楽にやりましょう」

吹雪「……はい! ありがとうございます、瑞鳳さん」

瑞鳳「いいわよお礼なんて。それじゃ、遅れないようについて来てね」

吹雪「はい!」

吹雪(そうだ……。今まで私はたくさん努力して、強くなって、多くの苦難をみんなと乗り越えてきたんだ)

吹雪(だから、大丈夫……)

吹雪(チェシャ猫が出たとしても、怖くなんてないんだから!)グッ





南方海域 珊瑚諸島沖(ロストポイント)

比叡「ここら辺ですね。提督、到着しました」

提督『了解。状況はどうだ?』

蒼龍「最悪よ……。霧がかかってて前が見えづらいわ。進むごとに濃くなってる感じがする」

提督『霧……? 妙だな、この時期にその海域で霧が発生することなどないはずだが……』

蒼龍「そのはずだけどね……。これじゃ、偵察機も出せないわ」

提督『それほどか。これでは、捜索が難航しそうだな……。とりあえず、方向を見失わないよう気をつけながら進んでくれ。位置情報はこちらが送るからそれを参考に……』

摩耶「待て、何か聞こえねえか……?」

瑞鳳「何かって……? 別に何も聞こえないけど……」

鈴谷「鈴谷も聞こえないね」

吹雪「私もです……」


提督『摩耶、何が聞こえたんだ?』

摩耶「よく分からねえが……多分、人間の声だ。それもおそらくはーー」

摩耶「ーー悲鳴、だな」

5人「ーー」

提督『……、……それは、何処らへんから聞こえる?』

摩耶「10時の方角だ。距離はそう遠くねえはずだ。ここから数分もすれば着くと思うぜ」

提督『……了解。おそらくは……前浜の第2艦隊だろう。十分注意して、そちらを探ってくれ。それと、……とう、じゅん、び……くれ』ザザ……

比叡「司令……?」

提督『……はま、には……れんら……』ザザ……

比叡「司令!?」

『ザー……ザー……』

比叡「司令! 応答してください! 司令!」

比叡「……」

蒼龍「通信、途絶ね……」

鈴谷「そんな……」

比叡「……」

比叡「誰か、無線が繋がる人はいませんか?」

瑞鳳「残念ながら私の無線も繋がらないわ」

吹雪「私もです。雑音しか聞こえませんね……」

摩耶「あたしも」

比叡「そうですか……。全員、繋がりませんか……」

蒼龍「位置情報も送られて来ないわ……。通信手段が全てダメになってるようね」

摩耶「おそらく、何らかのジャミングがかかってるようだな」

吹雪「信じられないけど、そうとしか考えられないでしょうね……」


鈴谷「……これってさ、かなりマズい状況だよね」

全員「……」

蒼龍「どうする比叡……?」

比叡「……、摩耶さん、声はまだ聞こえていますか?」

摩耶「ああ……。途切れ途切れにだが、確かに叫び声みたいなものが聞こえる」

比叡「状況から考えて、前浜の第2艦隊で間違いないでしょうね……。まだ、生きている可能性が高そうです。しかし、かなり危険な状況でしょう……」

吹雪「……助けに行きましょう」

比叡「吹雪ちゃん……」

吹雪「生きている可能性が高いなら、早く助けないと……! 放っておくなんてできませんっ!」

瑞鳳「私も賛成よ。確かに危ないかもしれないけど、彼女たちを放って逃げるなんて、私の艦娘としての矜恃が許さないわ」

鈴谷「鈴谷も賛成かな。はやく、助けに行こう!」

比叡「……蒼龍さんと摩耶さんも、賛成ですか?」

蒼龍「そうね……。この霧じゃ、空母はあまり役に立たないけど、敵の姿を捉えさえすれば、私の腕なら何とかなるでしょうし」

摩耶「助けに行くのに異論はねえよ」

比叡「そうですか……。なら、助けに行きましょう。ただし、助けられない、もしくは戦えないと判断した場合は、すぐに逃げるようにしてください。わかりましたか?」

5人「了解!」

比叡「よし……。さあ、気合入れて行きましょう!」

投下終了。

投下します。
ここから先はグロ注意です。







作戦室

提督「ーー応答しろっ!」

提督「応答しろっ! 旗艦比叡! 蒼龍! 摩耶! 鈴谷! 瑞鳳! 吹雪!」

提督「ーーくそっ! 繋がらない!」

榛名「提督……」

提督「あのタイミングで全員と連絡が途絶えるなど……! 偶然とは思えん!」

榛名「まさか、ジャミングを仕掛けてきたということですか!?」

提督「そう考えるのが自然だな……。前浜の第2艦隊の反応が途絶えたのもおそらくはそれのせいだろう。霧のせいで方向感覚が鈍るから、位置情報が分からなくなれば進路を把握するのは容易ではなくなる。……艦隊を孤立させることが狙いか!」

榛名「状況から考えても深海棲艦の仕業と見て間違いないでしょうし……。でも、敵がそんな高度な作戦行動をとってくるなんて今まで前例がありません!」

提督「ああ……。ロストポイントに居るのは今までの敵とは違い、かなりの知能を持っているようだ。おそらく新型と見て間違いない」

榛名「チェシャ猫の艦隊……」

提督「信じたくはないが、おそらくな……。榛名! 大至急技術妖精を招集してくれ!」

榛名「は、はい!」

提督「何とか比叡たちと連絡を取る手段を探すんだ……! あいつらのことだ、前浜の第2艦隊を助けようと動くに違いない! 早くしないと比叡たちが危険だ!」

榛名「! 急いで連絡をとります!」ガチャ!

提督「無事でいてくれ、みんな……っ!」







 比叡たちは霧の中を慎重に、しかし急ぎ足で進んでいた。

 先程までは進めば進むほど濃ゆくなっていたはずの霧が、徐々に薄らいでいく。朧気ながら見える範囲が広がり、遮られていた光がゆっくりと辺りを侵食し出す。

 まるで、暗い洞窟の出口に近づいているかのようだった。

 不明瞭な視界は、人を不安にさせる。街灯のない夜道に取り残された人がそうであるように、見えないというのはそれだけで恐怖心を煽るものだ。

 だからこそ比叡たちは、視界が晴れていくにしたがって、ほんの少しだけ安堵を覚えるようになった。

 1 人、表情を強張らせる摩耶を除いては。

 摩耶は他の誰よりも飛び抜けて聴覚が優れていた。艦載機の音から数や編成に至るまで様々な情報を読み取れる彼女だからこそ、途切れることのない、その『声』が聞こえていた。

 ーーやめてぇえ! 

 摩耶は歯を噛みしめる。

 明らかにその『声』は、悲痛に歪んでいた。一方的に痛めつけられる子供が泣き叫ぶような感じがあり、聞くに堪えない響きがあった。

 そして、それは1つではなかった。

 やめて、助けて、殺して、顔を焼かないで、千切らないで、痛い痛い痛いーー。

 そこに言葉に表せないような絶叫が加わり、まさしく阿鼻叫喚の地獄というべき様相であった。

 摩耶は声が聞こえるようになるにつれ、どす黒い怒りが内から湧き上がっているのを感じていた。

 握り締める拳に血が滲む。力強く握り過ぎて、爪が皮膚を突き破っていた。

 歯ぎしりのあまりの強さに歯が削れてしまったが、彼女はそんなこと気にも留めていなかった。

比叡「摩耶さん、まだ付きませんか?」

 比叡が尋ねる。叫びが聞こえない彼女はまだ冷静であったが、尋ねる声には遠慮のようなものがあった。

 摩耶の張り詰めた様子に、事態の異様さと恐れを感じているからだった。

摩耶「もうすぐだ……」

 声を震わせながら、彼女は辛うじて答えた。導火線の消えかけた爆弾のような危うさがそこにはあった。

比叡「分かりました」

 比叡は短く返答して、後ろを向いた。

比叡「皆さん、もうすぐ着くそうです。気を引き締めて下さい!」

 誰1人返事をせず、ただ頷くだけだった。

 摩耶の怒気は後ろにいた者たちにも伝わっていたようで、全員その迫力に声を出せなかった。


 6人はそのまま無言で航海を続ける。

 やがて、霧がかなり薄くなった頃に、摩耶以外の全員にも地獄のような絶叫が聞こえるようになった。

 全員の顔が強張る。

 艦隊に、重苦しいまでの緊張が走った。

吹雪「……っ」

 吹雪は恐怖に支配されそうになる自分を無理やり押さえつけた。しかし、心でどれだけ言い聞かせようとも、連装砲を握り締めた手は小刻みに震えて止まらなかった。

 聞きたくない!

 吹雪は心の中で叫んだ。

 こんなの、私たちの同胞がこんな目に会うはずがない!

 イヤイヤする幼児のように、目瞑って首をふる。

 彼女は知らなかった。いや、頭で理解していても経験として知らなかったと言う方が正しい。

 艦娘が深海棲艦を屠るように、逆に深海棲艦が艦娘を殺すこともあるということを。その残酷さの大小に問わず、彼女は同胞の死というものに触れたことがなかった。

 彼女は、そう、死という概念に対してあまりにも潔癖すぎた。

吹雪「あーー」

 目を瞑って航海していたため、吹雪は足元に注意が行ってなかった。足元に転がる障害物に気付かず、躓いてしまった。

 吹雪は派手に水面を跳ねて、転がった。高速で航海していたため慣性が強くはたらき、彼女の身体は十数メートルほど前方に吹き飛んだ。

 生暖かい何かにぶつかり、吹雪は止まった。

比叡「吹雪ちゃん!」

 比叡が悲鳴を上げる。

 吹雪は起き上がろうともがき、何かを掴んだ。嫌に柔らかく生温い感触がするものだ。それに、錆びた鉄のような香りがする。

 彼女は起き上がると、自分が何とぶつかったのかを確認して、固まった。

吹雪「う、あ……」

 声にならない呻きが零れる。唇が戦慄き、身体が堰を外したようにガタガタと震え出した。

 腹部より下がない、人間の上半身だった。

 顔は鈍器で幾度も殴られたのかひしゃげ、原型を留めていない。上半身の服はほとんど剥ぎ取られ、小さな胸部が露わになっていたが、その片方は噛み切られたかのように無くなっていた。文字通り千切れた上半身の断面からは臓物がはみ出し、大量の血が海面を赤く染め上げていた。

 死体はもはや判別できないレベルで損壊していたが、腕に提げている単装砲が辛うじて艦娘の死体であることを示していた。


 吹雪は戦慄のあまり後退る。

 そして顔を上げて、前に広がる光景を見た。

 見てしまった。

 辺りに散らばる肉片と、真っ赤に染め上げられた海。そして、その中心で行われる殺戮劇を。

 艦娘たちが、10隻の深海棲艦に蹂躙されていた。

 敵駆逐艦に腹部を食われながら、泣き叫ぶもの。もがき、逃げ出そうとしても、そのために必要な足が彼女にはなかった。

 うわ言のように誰かの名前を呼び、助けを請いながら、敵重巡に機銃で嬲られるもの。彼女は艤装の上から撃たれていたが、既に大破して装甲は用をなしていない。撃たれる度に血を吹き出し、身体が崩れていく。

 肢体を全てネジ切られた挙げ句、腸を引き摺り出されたもの。その腸を2隻の敵駆逐艦が引きずり回し、噛みちぎっていた。すでに虫の息なのか、彼女はヒューヒューと息を溢しながら虚ろな瞳を空に向けていた。

 生きているものはこの3人だけだった。他は何人死んだか分からない。全員がバラバラの肉塊に変わり、海に漂っているからだ。

 その一部は、怪物たちのオモチャになっていた。

 誰のものか分からない足や腕は、手羽先のようにかき喰らわれる。

 臓物は、ボールのように扱われていた。

 剥ぎ取った顔の皮を、マスクにして遊んでいるものもいた。

 怪物たちは、彼女たちをあらゆるやり方で弄んでいた。

 嗤いながら、楽しげに。

 まるで公園の遊戯に群がる子供たちのように。

吹雪「嫌ぁ……」

 吹雪の表情が絶望に染まる。

 濁流のように押し寄せた恐怖に、彼女の幼い心は完全に支配されてしまった。

 吹雪が見たものは、怪物たちの狂気じみた宴であった。人の所業では考えられぬ、残忍極まりないその光景は、彼女の精神的なキャパシティでは決して受け止め切れるものではない。

 潔癖すぎる彼女には、耐えられなかった。

吹雪「嫌あああああああ!!」
 
 吹雪は堪らず、絶叫した。

 怪物たちの目が、一斉に吹雪へと向いた。

 その中の1匹ーー艦娘の顔面の皮をマスクにしている、黒いコートに駆逐艦の顔のような尾をもつ深海棲艦が、吹雪を指差した。

 まるで、新しいオモチャを見つけたと言わんばかりに嗤いながら。

摩耶「吹雪! 立て!!」

 摩耶が近付きながら、大声で怒鳴った。

 しかし、恐怖によって錯乱した吹雪にその声は届かない。尻餅をついた格好で、無様に悲鳴を上げ続ける。

 そんな彼女に、敵は容赦無く砲門を向けていた。黄色いオーラを纏い、青い炎を瞳に宿した敵戦艦が、巨大な連装砲を構える。

摩耶「吹雪っ! ーーちっ!」

 摩耶は呼びかけを諦め、敵戦艦に連装砲の標準を合わせた。

 だが、それよりも速く、敵戦艦の連装砲が火を吹いた。

 轟音とともに吐き出された砲弾が、吹雪へと真っ直ぐ吸い込まれる。

 炸裂。

 水柱とともに爆発が起こり、海を漂う肉塊が吹き飛んだ。

摩耶「吹雪っ!!」

 飛沫と肉の破片を浴びながら、摩耶は叫んだ。

本日はここまで


細かいことだけど 標準 じゃなくて 照準 ね

>>270
そうですね。気を付けます。

標準→照準です。


 情報にあった新型の一撃は、軽巡の装甲をやすやすと貫いたという。

 駆逐艦である吹雪では、くらえば即死は免れないであろう。

 だが、水飛沫の中から現れた吹雪は無事であった。さっきと変わらない姿勢のまま、傷一つない。

 何故ならーー

吹雪「比叡、さん……?」

 直撃の寸前、比叡が盾となったから。

比叡「ーーア」

 比叡は苦しげに呻いた。

 彼女の艤装はぐちゃぐちゃに壊れていた。砲台は一門を残して全てが潰れ、装甲はほとんど消し飛んでしまっている。服も焼け爛れ、皮膚も所々焦げ付いていた。

 直撃を受けた部分は特に酷い。彼女は吹雪と向き合う形で背中側に砲撃をくらった。背中は火傷により黒く変色し、物理的な威力によって、陥没していた。

 口から血を滴らせ、しかし比叡は笑っていた。

 吹雪を安心させるために。

比叡「だい、じょうぶ……?」

 比叡が途切れ途切れに尋ねる。

 口を開く度に滴り落ちる血が、吹雪の顔を汚した。

 吹雪はドロリとした感触を顔に感じながら、愕然と目を見開いた。

 眼前にある見知った顔。いつも明るく元気な比叡の笑顔が、酷く歪んでいた。

吹雪「あ、ああ……」

比叡「にげ、て……」

 比叡はそう告げて、大量に血を吐き出した。

 ビシャビシャと、吹雪を赤黒く汚す。

 そして、比叡は力尽きた。ゆっくりと脱力し、吹雪にしなだれかかる。反射的に受け止めた吹雪は、焦げ付いた皮膚の臭いを強烈に感じ、ようやく我に返った。

吹雪「比叡、さん……。比叡さん!!」


 泣きそうな顔で、寄り掛かった比叡に呼びかける。

 だが、返答はない。

 気絶しているか、あるいはーー

吹雪「比叡さん! 返事をしてえ!!」

摩耶「ーー貴様らあああああアアァッ!!」

 全身の筋が千切れんばかりに摩耶が叫んだ。

 青い瞳を怒りと憎しみに黒く染め、10隻の怪物たちに突撃をかける。最初の踏み込みが強すぎて、水面が弾け飛んだ。

 とてつもなく速い。

 その勢いは、銃弾すらも比較に能わないほどであった。

 一瞬、怪物たちの間に動揺が走った。10隻の相手に1人で向かってくる敵など、怪物たちでさえ想定していないからだ。

 だが、すぐに怪物たちは喜悦に顔を歪めた。

 摩耶を、壊しがいがある遊具と判断したのだ。

 駆逐艦elietがトビウオのように海面を跳ねて、摩耶に肉薄する。

 跳び上がり、鋭い牙を剥き出しにした。

 駆逐艦の上位種だけあって、素早い動きだ。並の艦娘なら反応できずに食い殺されているだろう。

 しかし、相手が悪い。

摩耶「ーー」

 摩耶は血走った目で迫り来る駆逐艦elietを睨みつけた。大きく開かれた口に向かって、あろうことか拳を突き出した。

 連装砲の砲身が、駆逐艦elietの口内に突き刺さる。

摩耶「ガアアアッ!!」

 咆哮。

 摩耶はそのまま駆逐艦elietを海面に叩きつけた。激しく海水が飛び散り、飛沫が上がった。

 連装砲の引き金を絞る。

 爆発とともに、駆逐艦elietは粉々に消し飛んだ。


摩耶「ーー」

 1隻落とした程度では、摩耶は止まらない。敵重巡elietの砲撃を驚異的な勘で読み切り、素早く回避する。

 そして、返す刀で重巡elietを撃ち抜いた。砲弾は直撃したが、やはり重巡の装甲は硬く、一撃では仕留め切れない。

 摩耶は構わず、走った。

 他の深海棲艦たちからの攻撃が降り注ぐ。しかし、その全てが無駄に終わった。摩耶は全て避けきって、重巡elietの懐に入り込んだ。

 獣のごとき勢いで連装砲を叩きつけ、ゼロ距離から砲撃を叩き込む。果実が潰れるような音をたて、重巡elietの上半身はぐちゃぐちゃになった。

 圧倒的な力だった。瞬く間に摩耶は2隻の上位種を沈めてしまった。口から獣のような呻きをもらし、次の標的に狙いを定める。

 怪物たちは、笑みを消していた。

 摩耶をただのオモチャではなく、強敵であると認めたのだ。

 怪物たちの関心が摩耶に向けられた瞬間、僅かに隙が生まれた。その隙を見逃す蒼龍たちではなかった。

 蒼龍と瑞鳳が放った艦載機が、摩耶に殺意を向ける怪物たちを撃ち抜き、或いは牽制する。

 そして鈴谷は瑞雲を飛ばし、比叡を撃ち抜いた敵戦艦の頭上を旋回させた。

 艦載機との意識のリンク、その精度が空母並みに上がる航空戦艦と航空巡洋艦に許された必殺の一撃ーー

 ーー弾着観測射撃。

 決まれば戦艦さえ一撃で沈める、超精密射撃である。

鈴谷「くらええええぇ!!」

 普段の陽気な彼女からは考えられないほど怒りに満ちた表情で、鈴谷は咆哮した。
 
 砲口が叫びを上げて、弾を噴き出した。

 弾は正確に敵戦艦を捉え、直撃する。雷と間違えるほどの轟音に空気が震えた。


 ーー仕留めた。

 そう判断した鈴谷は、吹雪の元に駆け寄る。

鈴谷「吹雪ちゃん、立って!」

吹雪「……私の、せいで……私が……」

鈴谷「しっかりしろ!」

 鈴谷は吹雪の頬を叩いた。

吹雪「ーー」

鈴谷「後悔するのは後にしなさい! 泣きわめく前にあんたにはすることがあるでしょ!」

吹雪「……」

鈴谷「比叡さんを連れて逃げなさい! それがあんたが今しなくちゃならないことよ!!」

吹雪「!!」

鈴谷「分かったらさっさと立つ! そして逃げなさい!」

吹雪「でもーー」

鈴谷「でももヘチマもない! 今のあんたじゃ戦えないでしょ! だからさっさと帰って比叡さんを医務室に運び入れろ! あんた、比叡さんを沈めて提督との約束を破る気!」

吹雪「約束ーー」

鈴谷「『戦争が終わるまで誰も沈ませない』。そんな甘くて優しい馬鹿げた約束よ!」

 吹雪は、思い出していた。

 鈴谷が初めてMVPを取った記念に行われたパーティで、提督が皆に向けて行った宣言を。

 戦争が終わるまで、誰も沈ませない。

 軍に関わるものなら誰しもが鼻で笑い飛ばすような、まるで現場を知らない夢見がちな子供のような誓い。

 そんな馬鹿げた誓いを、提督は真顔で言い切った。

 そして、誰も笑わなかった。

 どうしてかは分からない。でも、おそらくは誰も笑えなかったのだ。

 あまりに真剣で切実で、優しくてーー悲しそうだったから。

 だから、皆も誓った。こんなにも甘い提督をこれ以上悲しませないと。


吹雪「……提督を悲しませるわけには、いきません、よね……」

 弱々しく、しかし小さな意思を瞳に灯し、吹雪は立ち上がる。折れた心は、鈴谷の言葉がなんとか繋ぎとめてくれた。

 吹雪は自分の使命を悟った。

 比叡を担ぎ上げ、吹雪は踵を返した。

 走る。

 なりふり構わず逃げる。

鈴谷「その息よ……」

 鈴谷は微笑みながら、その後ろ姿を見送った。

 そして前を向き直し、驚愕に目を見開いた。

鈴谷「そん、な……」

 煙の中から、無傷の敵戦艦が姿を見せた。

 鈴谷の渾身の一撃は、まるで効いていなかったのだ。

 敵戦艦が炎を更に輝かせ、鈴谷へと砲門を向ける。

 背筋に悪寒が走り抜けた。

 鈴谷は恐怖を覚え、反射的に回避行動をとった。

 比叡を一撃の元戦闘不能にした凶悪な砲弾が、空気を引き裂いてーー

 ーー鈴谷の左腕を抉り取った。

鈴谷「ーーうあ」

鈴谷「ウアアアアアアアアアアッ!!」

瑞鳳「鈴谷ッ!」

 瑞鳳が悲鳴を上げる。その表情は絶望感で濁っていた。

蒼龍「このクソどもがあッ!」

 蒼龍は目を怒らせ、艦載機を敵戦艦の元に集結させた。艦爆と機銃の雨を浴びせかける。

 だが、その全ては、何か障壁のようなもので防がれてしまった。

蒼龍(クソッ。あれが、鈴谷の一撃を防いだのねーー)


瑞鳳「鈴谷、大丈夫!?」

 瑞鳳は鈴谷の側に寄ろうとして、跪き痛みに耐える鈴谷に遮られた。

鈴谷「構わないで! 大丈夫、だからーー」

瑞鳳「でも、あんた腕がーー」

鈴谷「構うなって言ってるでしょ! 瑞鳳さんは摩耶さんのサポートに集中して! まだ、やれるから!」

 歯を食いしばり、脂汗を流しながら、鈴谷は震える声で言った。

瑞鳳「鈴谷ーー。クソオォ!」

 瑞鳳は涙を流しながらも、摩耶のサポートに戻る。腕を・がれた鈴谷にここまで言われたのだ。心配などしたら、彼女の覚悟を踏みにじってしまう。

 鈴谷が味わう痛みは地獄に違いない。断面から漏れる大量の血には、見ていて背筋が凍る痛々しさがあった。

 だが、その地獄の只中で、鈴谷はあまりにも気丈に振る舞っていた。

 痛みに耐えながら、もう、連装砲を構えている。

鈴谷「負けるかあああああああッ!」

 一撃で駄目なら、何度でもぶつけてやる!

 狙いを振り絞り、鈴谷は敵戦艦へと砲弾を撃ち続けた。
 
蒼龍「今回のMVPは間違いなく鈴谷ね……」

 蒼龍の冗談に、涙を拭いながら瑞鳳は答えた。

瑞鳳「ええ。だからお祝いするために、皆生きて帰りましょうーー」

投下終了。
絶望感が足りない。






吹雪(私のせいだ)

 高速で引き返しながら、吹雪はそう思った。肩に担ぎ上げた血塗れになった比叡を見て、唇を噛み締める。

 あの時、自分が恐怖に負けなければ、無惨な殺戮に晒された同胞たちを見て狼狽しなければ、比叡を怪我させずに済んだに違いない。

 しかし、それは結果論でしかない。結果はもう出てしまって、取り返しがつかないのだ。

 同胞の死に触れる覚悟がなかったから、狼狽し恐怖した。

 恐怖に耐える精神力がなかったから、立てなかった。

 だから、比叡が盾となって死にかけているのだ。

 全てが、吹雪の未熟さが招いた結果であった。

 それが分かっているから、彼女は自分に対して殺意を覚えるほどに怒りを感じていた。

 そして、それを上回る後悔と自責の念で心を焼き焦がす。

 悔しくて、自分が許せなくて、申し訳なくて、涙が溢れる。喉の奥から込み上げたものが、顔の筋肉を震わせた。

 堪えきれない感情の昂りが膨れ上がり、ついに決壊した。

吹雪「うあああああ!」

 吹雪は、声を枯らして泣き叫んだ。

 先日響に指摘された、己に欠けているものが何か、愚かにもようやく気がついた。

 戦場に立つ者としての『覚悟』。

 それが、致命的なまでに欠けていたのだ。

 




 地獄に残った摩耶たちは奮闘を続けていた。

 咆哮を上げながら怪物たちに喰らい付く摩耶、艦載機を巧みに操り敵を妨害、あるいは空襲する蒼龍、そして、蒼龍が援護仕切れないところを上手くカバーする瑞鳳。3人とも歴戦の兵士と呼ぶに相応しい活躍であり、倍以上の戦力差をものともしない鬼神のごとき気迫を見せていた。

 だが、その3人を上回る気概を見せるものがいた。エメラルドグリーンの髪を翻し、縦横無尽に動き回る鈴谷は、左の前腕を千切られながらも必死の形相で戦っていた。

 青い炎を目に宿した敵戦艦が、薄っすらと微笑む。背後に備えた巨大な3連装砲が、黒い軌跡を走らせて鈴谷に向けられた。3つの死神の口から立ち込める濃密な死の感覚に、鈴谷の背筋が凍りつく。

 考えるよりも先に鈴谷は横に飛んだ。戦艦が強烈なマズルフラッシュに包まれ、自分のいた場所に凶悪な砲弾が通った。完全にかわしきれず、鈴谷の右肩部分の装甲(艦娘の身体を覆う不可視に近い膜)が削れる。衝撃で肩が震え、骨が軋んだ。

 鈴谷は着地に失敗。体勢を崩した。たたらを踏んで何とか踏みとどまると、鈴谷は慌てて水面を蹴った。

 轟音とともに、風切り音が背後で疾走した。

 鈴谷は走る。

 ヒュン、ヒュンと何度か後ろから聞こえ、その度に心臓が縮み上がった。

 最初の弾着観測射撃で恨みでも買ったのか、鈴谷は敵戦艦から執拗に狙われていた。敵戦艦の凶弾は重巡の装甲すらやすやすと貫通する。つまり、くらえば即死だ。ぐちゃぐちゃのミンチになって、下に転がる肉片の仲間入りを果たすことは想像に頑なかった。

 鈴谷は、かぶりを振った。浮かんで来た想像をかき消そうとした。最悪なことは考えず常にポジティブでいる。それが、彼女の信条だからだ。だが——

鈴谷「——!」


 突如、視界に歪みが生じた。

 目眩。

 鈴谷はグラついて、倒れそうになった。すぐに我に返って何とか踏み止まろうとする。しかし、運悪くそこに転がっていた誰かの胴体に足をとられ、鈴谷は大きくバランスを崩してしまった。

 そこに、敵駆逐艦の魚雷が、矢のような勢いをもって迫った。

 爆発。雷のような音とともに水柱が上がり、衝撃が非常な高温を伴って風と化し、鈴谷の身体を吹き飛ばした。錐揉みしながら、鈴谷は何度も水面を切り、転がる。

鈴谷「かはっ——」

 肺から息が零れた。

 全身に痺れるような痛みが走る。幸い魚雷は鈴谷が躓いた肉塊に当たり、彼女は直撃を免れていた。だが、強烈な爆風に晒されたことには変わりがない。鈴谷の装甲は薄っすらと罅が入り、中破していた。
 
瑞鳳「——!」

 瑞鳳が何かを叫んだが、耳鳴りが激し過ぎてほとんど聴こえない。鼓膜が破けた可能性があった。

 しかし、聴こえなくとも分かる。敵戦艦がこちらを狙おうとしているくらいは。

 歯を食いしばり、鈴谷は跳ね起きた。鈍い痛みで身体が悲鳴を上げたが、鈴谷は血を吐くような気迫をもって、全速力で旋回した。

 直後、鈴谷がいた場所に駆逐艦の魚雷とは比べものにならないほどの爆発が起こった。間一髪。後1秒起き上がるのが遅れていたら、間違いなく鈴谷は死んでいただろう。

 鈴谷は敵戦艦を睨んだ。瑞鳳の艦載機から機銃と艦爆の掃射を受けているのにも関わらず、敵戦艦はその全てを障壁で防ぎ、涼しげな顔をしていた。まるで、雨の日に傘をさして歩いているような気楽さがあった。


 苛立ちを覚えた鈴谷は、身体を鞭打って連装砲を構え、照準を定めた。引き金を絞る。重い金属音とともに砲弾が飛翔し、敵戦艦の障壁にぶつかった。何でもないように弾かれる。

 反撃が来る。鈴谷は体制を低くして前進し、その砲撃をかわした。そのまま前進しながら2撃目に移ろうとして、また目眩がした。視界が歪む。頭痛が波打ち、吐き気がした。

鈴谷(同じ轍を踏むか!)

 だが、鈴谷は気力で踏ん張り、砲撃を放った。歪んだ視界では、砲弾の狙いは定まらず敵戦艦の横を逸れて着水した。

 少しして、目眩が収まった。3連装砲がこちらに向いているのが見えて、慌てて回避行動に移る。しかしそこで、瑞鳳の艦載機が戦艦の目の前に爆弾を落とし、水柱を起こして敵の視界を塞いだ。妨害は成功。敵は鈴谷を見失い、鈴谷は敵の側面へ周り込んだ。

鈴谷「わあああっ!」
 
 鈴谷は渇いた喉を震わせ、叫ぶ。

 何度も何度も引き金を引いて、連装砲がその度に火を吹いた。

 命中、命中、命中——。

 その全てが同じ箇所を捉えていたが、壁に阻まれ無力化される。

 反撃を何とかかわしながら、鈴谷は諦めず撃ち続ける。

 狂ったように。

 やけになったように。

 実際——狂いそうだった。

 敵戦艦の攻撃は当たれば即死なので、全てよけなければならないという状況だ。鈴谷が受ける精神的なストレスと恐怖は並大抵のものではない。

 しかも、先程から不定期に目眩や吐き気が起こっている。血が足りなくなってきているせいだ。腕を制服のリボンで縛り止血はしたが、それで完全に血が止まる訳ではない。戦いが始まって数分、流れ落ちた血の量はかなりのものだった。つまり、鈴谷は失血で死ぬ怖れとも戦っていることになる。

 鈴谷が立たされた状況は、全てにおいて狂気じみているという他なかった。

鈴谷(頭がおかしくなりそうだよ……)

 鈴谷は半ば泣きそうな顔でそう嘆いた。

 逃げ出したいと、本気で思った。

鈴谷(だけど——)

鈴谷(逃げる訳には、いかないんだよね)


鈴谷(鈴谷が逃げたら、他の皆がもっと危険にさらされるんだ。なら、戦わなくちゃ)

鈴谷(皆で、生きて帰るんだ)

 提督の誓い。

 鈴谷は、その時の提督の言葉を絵空ごとのように思いつつも、決して馬鹿にすることはできなかった。言葉の内容はともかく、その言葉に秘められた彼の強い意思に、惹かれたのだ。

 誰も沈ませない。それは、守りたいという意思に他ならないだろう。

 その意思は、想いは、まさに鈴谷が戦場で命を懸ける理由であり、根幹であったのだ。

 だから、彼の誓いを笑うことは、己の存在理由そのものを笑うことに等しい。彼の切実な表情を、鈴谷は鏡を見るような思いで見ていた。

 あの誓いを、破るわけにはいかない。

 例え、残る右腕が・がれようとも——逃げることだけは許されない。

 戦うのだ。鈴谷には、まだ戦う意思が残っているのだから。力尽きるその時までしぶとく抵抗してやる。

鈴谷(前へ。ただ前へ)

鈴谷(根性見せろ! 喰らえば即死の砲撃に狙われてるからってビビるな! 鈴谷が的になり続ければそれだけ皆の危険が減るんだ)

鈴谷(きっちり、役割を果たせ! そしてできれば——あの壁をぶっ壊せ! 同じ箇所だけ狙え! そこに撃ち続ければいつか壊れる! 絶対壊れる!)

 見てろよインチキ化け物。鈴谷は心の中でそう罵った。痛みで軋む身体に、真ん中から引きちぎれんばかりの力が入った。噛み締めた歯がガリガリと音を立てる。

 そのしたり顔に、砲弾を叩き込んでやる——。

 だから、壊れろ。

 壊れろ!

鈴谷「壊れろッ!!」

 鈴谷の枯れた叫びが、天に届いたのか。

 戦場の天使が鈴谷に微笑みかけた。

 もう何発か分からないくらい撃ち続けた砲弾。その全てが障壁の同じ箇所を捉えていた。敵戦艦にとっても急所となる、心臓の位置だ。

 そこに、小さな亀裂が走った。


敵戦艦「——」

 敵戦艦の顔が驚きに染まる。余裕が消し飛び、深刻な様子で障壁の傷を見つめていた。明らかに動揺していた。

 鈴谷はその隙を見逃さず、連装砲を撃った。砲弾が重低音を響かせて壁に衝突し、さらに罅を広げた。

敵戦艦「アア!」

 敵戦艦は動揺を振り払えず、焦ったように連装砲を構え、鈴谷に狙いを付けようとした。

 そこに、瑞鳳の艦載機が鴉の群れのように迫った。エンジンが唸りを上げて、機銃の雨を戦艦にぶつける。障壁で防がれたが、敵戦艦の注意を一瞬引き付けることに成功。鈴谷が続け様に放った砲弾が、また障壁を抉りとった。

 蜘蛛の巣と見紛う傷が、障壁に走った。要塞とさえ思うほど硬かった壁が、今ではガラス細工のように脆くなっていた。

 敵戦艦の顔に、恐怖が混ざる。

 連装砲を遮二無二放ち出した。だが、照準を絞らない砲弾など、いくら威力があろうと恐ろしいものではない。無数の水柱が弾け、塩味の雨が降る中、鈴谷は疾走し距離を詰める。

 走りながら飛行甲板から瑞雲を飛ばした。装甲が中破している場合、艦載機妖精との感覚の共有が強くなり過ぎて、Gや痛覚すらもダイレクトにフィードバックすることになる。もし瑞雲が落とされでもすれば、手負いの鈴谷はフィードバックに耐えられずショック死するだろう。だが、彼女は構わず瑞雲を出した。

 確実に、仕留めるため——。

 必殺技を叩き込む。

鈴谷「ああああ!」

 鈴谷は得意な間合いまで詰めると、連装砲を敵戦艦へと向けた。ほぼ同時に敵戦艦も連装砲で狙いをつけていた。若干、敵の方が速い。

 敵の連装砲が火と煙を撒き散らした。

 戦艦の砲弾が掠める。鋭い衝撃とともに体半分の装甲部が削り取られたが、鈴谷は動じなかった。

 瑞雲が、獲物を狙う鳶のように戦艦の頭上へ張り付いた。ぐるぐると旋回し、艦載機妖精が距離から角度、かかる空気抵抗、風速、コリオリの力に至るまで、無数の詳細な情報を鈴谷へ届けた。

 失血で重くなっていた意識が、覚醒する。

 鈴谷はこの時に限り、己が人ではなく冷徹な兵器であることを自覚する。全ての計算が電流のように滑らかにおこなわれ、冷たい殺意に思考が支配されていく。

 全ての準備が、整った。

鈴谷「くたばれえええっ!」

 喉が破裂せんばかりに声を荒げ、鈴谷は引き金をねじ切るような強さで叩いた。

 爆発。

 砲撃が大気を蹴散らし、鈴谷の牙が音さえも消し飛ばして——

 敵の要塞を粉砕した。

投下終了です。


 障壁が破片になって飛び散った。砲弾が敵戦艦の胸部へ突き刺さり、血と肉を撒き散らしながら風穴を開けた。

 敵戦艦は悲鳴を上げる間も無く、大量の血を口から吐いた。カエルのようなくぐもった声を洩らし、苦しそうに悶えた後、凶悪な怪物はついに倒れた。

 薄赤い飛沫が宙を舞う。敵戦艦は何度か痙攣して、動かなくなった。

 死んだ。

 今度こそ、間違いなく仕留めた。

鈴谷「やっ、た……」

 鈴谷は半ば呆然とした意識で呟いた。あの怪物を倒したという実感があまり湧いてこない。どこか、現実味が薄かった。

 鈴谷は頭を振って、倒れた敵戦艦を見遣った。心臓には風穴が開き、指一本足りとも動いていない。

 確実に死んでいる。間違いない。心臓を貫かれて動ける生物などいるはずがないのだ。

 鈴谷が、あの怪物を、仲間を死の淵に追いやった憎き敵を倒したのだ。

鈴谷「やった……」

 鈴谷は噛みしめるように、もう一度呟いた。

 歓喜、達成感、そして圧倒的な安堵。それらの感情が波紋のようにジワジワと心に広がる。鈴谷は小さな笑みを浮かべた。

 緊張の糸が緩んだのか、鈴谷の全身から力が抜ける。身体が重さで沈み、逆らう間も無く水面に倒れた。顔に叩きつけられたような感触が走る。赤く染まった海水はその君の悪い色味から想像も付かないほど冷たく、潮の香りの中に鉄臭さが混ざっていた。

 身体が動かない。頭の中がグラグラと揺れ、目蓋が異様に重い。意識がはっきりとせず、薄く霧がかかった世界が黒く霞んでいた。

 体内から、ズキズキと鈍い痛みが木霊している。全身が痛い。動いている最中は麻痺していた痛みが、全て蘇った感じだ。とくに無くした腕が酷く痛む。熱した鉄板で焼かれ続けているような酷い激痛だ。

 苦しみもがいて泣き叫んでもおかしくはないが、重たく沈みかけた意識ではそれも不可能だった。

 冷たい。水面も、そして身体の中も——。


瑞鳳「——して! ——や!」

 瑞鳳がこちらに近づきながら何か叫んでいる。耳鳴りが酷くて全然聞こえない。何を言ってるのか、想像はつくが。

鈴谷(たく、摩耶さんのサポートに集中しろって言ったのに。……提督並に心配性なんだから)

 場違いな感想が浮かんでくる。

 意識が曖昧になって来ていた。このままでは死ぬかもしれないと、死へ至る感覚が奥底から浮上して、姿を見せつつあった。なのに、あまり恐怖がない。自分を侵食し始めた死を他人事のように感じてさえいた。

鈴谷(ああ——、やばいかも)

鈴谷(ごめんね、提督。約束守れないかも)

鈴谷(お父さん、お母さん……。会えたら、いいなぁ……)

瑞鳳「——て!」

鈴谷(まだ何か言ってるよ、瑞鳳さん。鈴谷のことなんて放って、摩耶さんのとこ行きなよ……)

 鈴谷は投げやりな気持ちでそう思った。

 近づいてくる瑞鳳の顔がさっきよりも、何だか深刻になっているような気がした。

 何故か、鈴谷に向けて弓を構えていた。だが、撃とうとはしない。そもそも味方に弓を向ける意味が分からない。

 失血が、鈴谷の思考力を鈍らせていた。

 何故、瑞鳳が鈴谷のいる方向に弓を構え、撃とうとしないのか。

 普段の彼女なら、すぐ気づくことができたはずだった。

瑞鳳「——げて!」

 壊れたラジオテープのように響く瑞鳳の声。鈴谷はようやくそこで、瑞鳳が何を言おうとしているのか気がついた。

 逃げて。

 彼女はそう言っている。

 一体何から? 敵のほとんどは摩耶と蒼龍が2人で抑えているはずだ。摩耶が何体倒したのかは知らないが、敵が諦めて虫の息となった鈴谷に標的を変えでもしたのか? だが、あの摩耶と蒼龍がそんなことを許すはずがない。

 一体——。

 鈴谷は重い頭を動かし、前を見た。

 青白い二本の足があった。枝のように細く頼りない足である。しゃがんでいるのだろう、膝小僧が見えた。

 鈴谷は、驚愕に目を見開いた。

 電気のような悪寒。

 遠退きかけた意識が、現実世界へと一瞬で繋がる。

 鈴谷は弾かれたように顔を上げた。





















「——ヤア」














 目の前に居たのは、童女のような深海棲艦だった。

 死人と思えるほど白く冷たい色をした肌を、黒いコートで覆っている。見た目は怪物よりも人間にほど近いが、隠しきれない巨大な尾が人間味を失わせていた。ゆらゆらと空を揺れ動く尾の先端には、怪獣を思わせる凶悪な顔がついている。

 接敵した時、人の顔面の皮を被っていた深海棲艦だった。趣味の悪いマスクは、放棄したのか今は被っていない。そこにあるのは剥き出しになった、狂気じみた悪魔の笑みであった。

 ニヤニヤと口を吊り上げ、不気味に笑いながら鈴谷を見下ろしている。青く輝く怪しい瞳は、死にかけた虫を棒でつつく子供のそれだった。

 鈴谷の心臓が、恐怖で止まりかけた。

 接近されていることに、全く気づかなかった。いくら敵戦艦と戦っていたといっても、近くに来れば流石に気付くし、何より瑞鳳が鈴谷の周りにいる敵の動向を見張っていたのだ。こんな直前まで近づかれることなどあり得ない。

 あり得る筈がない。

鈴谷(なんで——)

 鈴谷は動けない。あまりにも異常な事態に理解が追いつかなくて、鈴谷の思考は停止しかけていた。逃げようとさえ、思えない。

 深海棲艦は、鈴谷の反応を満足そうに眺めていた。その不気味な笑顔はまるで——

 ——チェシャ猫のようであった。

鈴谷(チェシャ猫——こいつが、こいつがあの……)

 チェシャ猫が、鈴谷に手を伸ばす。

 身体が震える。ひっ、という小さな悲鳴が口から零れ出た。肩に大きな重圧感を感じ、抵抗さえできなかった。

 細く小さな指が、鈴谷の頬を撫でる。氷のように冷たかった。


チェシャ猫「キミ、ヤルネ」

 壊れたはずの耳に、その声はよく響いた。深海の底まで引きずり込まれるような悍ましい響き。

チェシャ猫「ボクノオモチャヲタオスナンテ。トッテオキダッタンダケドナ。マサカ、コワサレチャウナンテオモワナカッタヨ」

 ゲラゲラと笑いながら、チェシャ猫は言った。

チェシャ猫「マタ、ツクレバイイダケナンダケドネ。トコロデ、キミ、ナマエハ?」

鈴谷「あ……うあ……」

チェシャ猫「アハハ、チャントコタエテヨ。ヒトノシツモンニハ、チャントコタエナイトダメダロ?」

鈴谷「ああ……」

チェシャ猫「……マア、イイヤ。モシカスルトッテオモッタケド、キミハチガウミタイダシネ」

 チェシャ猫は横を向いた。必死の形相で弓を構える瑞鳳よりさらに後方を見ている。そこには、全身血塗れになりながら戦う摩耶の姿があった。

チェシャ猫「ナラツギハ、アッチカナ」

 チェシャ猫の指が鈴谷から離れる。凍りつくような感触が無くなり、取り乱しかけていた鈴谷は少しだけ我に帰ることができた。

 今、チェシャ猫は摩耶を見ている。つまり、隙が生じているのだ。この隙を逃す手はない。

鈴谷(今のうちに、やらないと)

 痛みで軋み、重たい身体に鞭打って、鈴谷は連装砲を構えようと腕を上げかけた。

チェシャ猫「アア、ソウダ」

 絶妙なタイミングで、チェシャ猫がこちらに顔を戻した。鈴谷は驚いて、動きを止めてしまった。

チェシャ猫「キミニ、カエスモノガアルンダッタ」


 返すもの。

 怪物はそう言って、懐から何かを取り出した。

鈴谷「あっ」

 『それ』を見た鈴谷が、間抜けな声を零した。目を大きく見開き、小さな点となった瞳がレーザーポインタのように揺れ動く。

 奥歯が、カチカチと勝手に音を立てた。

 『それ』は、鈴谷にとって見覚えのあるものだった。彼女が生まれて18年間、当たり前のように毎日目にして来たものであるから、「見覚え」なんて次元ではない。常に傍らに寄り添っていた物で、鈴谷がつい先程失ったはずのものであった。

 チェシャ猫が差し出したのは、千切れた彼女の左腕。その前腕部分だった。凹凸の断面から骨と神経がはみ出したその腕には、鈴谷の制服と同じ色をした布切れがこべりついていた。

 見間違いようもない、自分の『腕』だ。

鈴谷「かえ、して……」

 震える声で、鈴谷は言った。

 手を伸ばす。大切な宝物を取り上げられた童女が、そうするように。

チェシャ猫「ハナシキイテタカイ? チャントカエシテアゲルカラ——」

鈴谷「返して!!」

 チェシャ猫の言葉など聞かず、掠れた金切り声を出した。

チェシャ猫「ウーン、ワガママダナア。オレイノヒトコトクライアッテモイイダロウ? マア、イイケドネ。オノゾミドオリ、カエシテアゲル」

 チェシャ猫は、鈴谷が伸ばした手に『腕』を差し出した。

 指先と、指先が触れ合ったとき——。

チェシャ猫「ナンチャッテ」

 チェシャ猫は、鈴谷の指先に触れそうになったその『腕』を尾で喰らった。


 鈴谷の瞳は絶望で染まった。指先がそこにあったはずのものを掴もうと動くが、虚しいことにそこには何もない。乾いた唇が戦慄いた。

 チェシャ猫は鈴谷の反応を楽しむように、酷薄な笑みを浮かべる。三日月よりも鋭くそして細く、口先が尖り切り、悪魔じみていた。

チェシャ猫「ザンネンダッタネ」

 ゲラゲラと、腹を抱える。

 まるでスルメでも嗜んでいるかのように、ゆっくりゆっくりと断面からしゃぶっていた。すり合わされる大きな歯からはみ出した手が血を滴らせながら左右に揺れる。持ち主に向かって手を振っているかのようだった。

チェシャ猫「バイバイ、バイバイ。キャハ、キャハハハハハハハハ!」

鈴谷「うあああああっ!」

 鈴谷は完全に取り乱し、叫び声を上げた。体の奥底から湧き上がった衝動に突き動かされ、連装砲を構える。狙いは目と鼻の先、我を失っていても引き金を引けば当たる距離だ。

 チェシャ猫の尾が鞭のようにしなった。鋭く空を切り、鈴谷の身体を横から叩いた。脇腹にめり込み、為す術もなく鈴谷は弧を描きながら吹き飛ばされる。水面にぶつかっり飛沫を撒いて、鈴谷は動かなくなった。

瑞鳳「鈴谷ッ!」

 瑞鳳の声に、答えるものはいない。今の攻撃で鈴谷は完全に気を失っていた。

 動かない鈴谷に興味を無くしたのか、チェシャ猫は追撃を加えず、摩耶の方へと首を巡らせた。青い輝きに満ちた瞳が、怪しげな残光を撒き散らす。

瑞鳳(よくも鈴谷を!)

 瑞鳳は怒りに顔を歪め、矢を放った。矢は空中で艦載機に変化する。天山と99艦爆が編隊行動を取りながら、獲物を仕留める鷹のような勢いでチェシャ猫に迫った。

 瑞鳳の攻撃に気づいたチェシャ猫が、空を見上げる。ハエでも見るような鬱陶しいものへ向ける目付きだ。

 溜息を吐いて、チェシャ猫は尾を空へと向けた。口を大きく開く。すると口内から、機械音を立てて何かが飛び出した。

 艦載機の群れ。それも、瑞鳳が放った数の倍以上はある。

瑞鳳「そん、な……」

 瑞鳳は絶句した。


 彼女は、チェシャ猫がどうやって鈴谷に接近したのか見ていた。海中から音もなく現れたのである。海中を動き回る能力を持っているのは艦娘であろうと、深海棲艦であろうと潜水艦だけである。よって、瑞鳳は提督からの情報と合わせて、チェシャ猫の艦種を「砲撃をおこなえる特殊な潜水艦」か、「潜水能力を有した巡洋艦、もしくは戦艦」であると判断していた。

 しかし、艦載機を出した今、チェシャ猫の正体は再び煙の中に舞い戻った。チェシャ猫は艦載機まで扱った。それも半端な数ではない。正規空母並の搭載数だ。

 瑞鳳の艦載機と、チェシャ猫の艦載機がぶつかった。機銃がけたたましい音を立て、煙を上げながら多くの艦載機が墜落する。どちらの部隊に軍配が上がったのか、結果は火を見るよりも明らかだった。

 瑞鳳の部隊をほとんど叩き落とし、チェシャ猫の艦載機群が瑞鳳を襲う。

 鈴谷や摩耶への援護で艦載機のほとんどを出し尽くしていた瑞鳳には、迎え撃つ手段が皆無だった。

 瑞鳳にできたのは、少しでも的を絞られないよう逃げ惑うことだけだった。

 機銃の雨が降り注ぎ、瑞鳳の身体を掠める。銃弾が装甲を削り落とし、その度に火花が舞った。小破、中破とじわじわ追い込まれていく。

 瑞鳳は、明らかに嬲られていた。

 銃撃音に掻き消される悲鳴。

 装甲に弾かれる銃弾は、しかしその威力は完全に失われることなく、鈍器で殴られるような痛みを瑞鳳に与え続けた。腕、足、肩、そして顔面。全身のあらゆる箇所が鈍痛に襲われる。

 空襲は一瞬の出来事であったが、暴力に晒された瑞鳳には永遠にも思えた。

 艦載機に踊らされる瑞鳳は、さながら人形師に動かされる操り人形のようであった。血と暴力の舞踊。その狂気の舞は、弾丸を撃ち尽くした艦載機が引き返すことでようやく終幕を迎えた。

 静けさを取り戻した海に、糸の切れたマリオネットが崩れ落ちた。

 
 瑞鳳は力尽きた。虚ろな瞳が空を向いていた。その片側は殴られたように腫れ、紫色に変色している。裂傷や内出血で身体中が酷い有様であった。リンチされたと言われても、誰もが疑いなく信じてしまうだろう。

瑞鳳「うぅ……」

 瑞鳳が、潰れた声を出す。辛うじて生きているようだ。

 喜悦の嗤いが、空気を揺らした。

チェシャ猫「モロイナア。アソビガイガナイヨ」

 それだけ言って、チェシャ猫は瑞鳳から視線を外した。鈴谷と同じく瑞鳳のトドメを刺す気はないらしい。おそらく、怪物にとって瑞鳳たちの生死など瑣末な事象でしかないのだろう。

 霞んだ意識の中、そのことに気づいた瑞鳳は恐怖を感じつつも、屈辱に震えた。彼女は根っからの戦士であった。弄ばれ、その上で見逃されるなど、プライドの高い彼女には耐えられなかった。

瑞鳳「ま、て……」

 瑞鳳は去っていくチェシャ猫に向けて手を伸ばす。全身が痛み、動かすのも億劫だが、痛みを超越した怒りが彼女を動かした。

瑞鳳「ふざ、ける……な……」

瑞鳳「いっその、こと……」

 殺せ。

 瑞鳳はそう叫ぼうとした。だが、内側より湧き上がった逡巡が彼女を止めた。言葉が喉元で蟠る。

 別にチェシャ猫に気圧されたから出せなかったわけではない。そう叫んで、殺されたとしても寧ろ本望だ。だが、その結果悲しむことになる人達の顔を思い浮かべて、躊躇したのだ。

 軍人には向いてない、優しすぎる提督。彼は、瑞鳳が沈めば酷く悲しむだろう。誓いを破ってしまったことに負い目を感じてしまうかもしれない。あの誓いは、絵空事だ。だが、彼が描こうとしているその絵を一目見て見たいと思った。だから、瑞鳳は笑わなかった。あの憎たらしいくらい爽やかな笑顔を、悲しみに染めたくないと思ったのだ。

 提督だけではない。南野鎮守府の仲間たちもそうだ。彼女たちと呑んだ酒は格別に美味かったし、彼女たちと過ごす時間の全てが暖かいものだった。それを、失いたくはない。

 提督と彼女たちの顔が、頭の中で流れていく。皆、綺麗な笑顔だ。その中で何より輝いていたのが……

 電と暁。2人の天使のように愛らしい少女たちだ。

 彼女たちには負い目がある。その償いをするまで、死ねない。一時の感情に流されて、死ぬわけにはいけなかった。

 様々な想いが、感情が、戦士としてのプライドを忘れさせた。

瑞鳳(はは……、私も臆病になったわね)

 自嘲的な笑みが零れる。

瑞鳳(まだ、死にたくないみたい。ごめんね、摩耶、それに蒼龍先輩。後は……任せるわ。生きてたら、後で2人が好きな赤霧島を奢ってあげるから……)

 意識が黒く霞む。もう、意識を保てなくなっていた。

 多分、気を失うだけ。彼女はそう思うようにした。

瑞鳳(まだそっちにいけないわ。ごめんね、雷……)

投下終了します。
艦これイベント始まりましたね。浜風がドロップで出てくれると嬉しいなあ。





 
南野鎮守府 作戦室

提督「どうだ? 繋がりそうか?」
 
技術妖精「ダメダ。ヤハリ、ナンラカノツウシンボウガイヲウケテイル。ボウガイソウチヲコワサナイカギリムリダ」

提督「そうか……。摩耶たちが装置に気づいて壊さない限りどうしようもないな」

提督(どうする……。連絡手段が一切ない状況だ、かなりやばいぞ)

提督(前浜には通信妨害の可能性についてはすでに情報を送ったが……。そうすると彼女たちも身動きができなくなる。霧の中の状況がまるで分からないんだ。下手に突っ込んで私たちの二の舞いになるようなことはすまい。私だって、この状況なら待機を命じる)

提督(摩耶たちはおそらく敵と交戦しているはずだ。それも、かなりタチが悪い奴らだ。助けを向かわせたい。だが……)

提督(くそっ、どうすればいい——)ギリッ

ピピピピ……

提督(通信……前浜の第1部隊からか)

提督「南野鎮守府の提督だ」ガチャ

那智『こちら前浜鎮守府第1部隊、旗艦の那智だ。たった今2隻の艦娘を保護したのだが、貴方の艦隊の所属と思われる。確認が取りたい』

提督「なんだと……! 2名とはどういうことだ! 他の4名はどうしたんだ!?」

那智『分からない。この2隻だけが霧のある方角から出てきたんだ。艦種は、特型駆逐艦と高速戦艦だ』

提督(吹雪と、比叡か——!)

提督「うちの部隊の者たちで間違いないはずだ。2人は、2人は大丈夫なのか!? 一体——」

那智『少将殿。気持ちは分かるが、落ち着いて聞いて欲しい。正直、2隻とも無事とは言えない。駆逐艦の子は外傷はないが酷く取り乱しているし、戦艦に至っては——命が危うい状況だ。艤装はボロボロで、口から大量に血を吹いている』

提督「比叡が——」

榛名「——」


提督「……」

提督「……」ギリッ

那智『一応、応急手当をさせて貰った。我々の提督が持たせてくれた応急修理要員も付けたが、どのくらい保つかは分からない。こちらから1名、人員を出して移送を手伝おうと思うが、出せても1名だ』

提督「……ああ、それだけでも充分だ。こちらからも急いで救護を向かわせる。こちらの鎮守府の方角とルートは……」
 
那智『すでに確認済みだ。もう準備は出来たからすぐに向かわせよう』

提督「すまない……」

那智『謝らないでくれ。彼女たちは勇気を持って我々の仲間のために向かってくれたのだからな。助けるのは当然だ。それより今は駆逐艦の子を落ち着かせて欲しい。我々も中の状況を知りたいが、泣きじゃくるばかりで会話にすらならない』

提督「……分かった。だが、その前に救護へ向かうよう他の人員に連絡をしたい。少しだけ待ってくれ」

那智『了解』

提督「……」ガチャ

榛名「あの、提督。比叡姉様が、どうかされたのですか……?」

提督「……」

榛名「提督……?」

提督「霧の中から吹雪と比叡が出てきたらしい。吹雪は冷静さを失っているが怪我はない。しかし、比叡は重体だ……。おそらく、敵の攻撃を受けてな」

榛名「——! 比叡姉様がっ!!」

提督「ああ。今から救護班を向かわせる。人員に声を掛けてきて欲しい」

榛名「榛名がっ、榛名が行きます!」

提督「……駄目だ」


榛名「何故——!?」

提督「君を向かわせるより、深雪たちに行かせた方が速く着くからだ。君が向かうより駆逐艦に行かせた方が比叡の生存率は格段に上がるだろう」

榛名「ならば、他の方たちの援護に向かわせて下さい! まだ、4人は霧の中にいるのでしょう?」

提督「それもダメだ……。時間がかかり過ぎるし、君まで抜けたら鎮守府が蛻の殻となってしまう。それは避けなければならない。『佐世保鎮守府襲撃事件』の教訓を忘れてはならないことは君だって分かるはずだ」

榛名「でも——!」

提督「いいから聞き分けろ! 戦艦榛名!」

榛名「!」

提督「君の気持ちは痛いほど分かる。だが、冷静になれ……! 鎮守府に万が一のことがあれば摩耶たちは帰る場所さえ失うんだぞ!」

榛名「……」

提督「私だって、助けに行きたいんだ……。頼むから、分かってくれ……」ギリリッ

榛名(手から血が……)

榛名「……」ギュッ

榛名「分かりました……。深雪ちゃんたちに声をかけて来ます!」

提督「ああ。頼んだぞ……」

榛名「はいっ」ダッ

キィ、バタン……!

提督「……」

提督(恐れていたことが……)


提督(くそッ……)

提督(……それより、今は吹雪を落ち着かせなければ)ガチャ

提督「私だ……。待たせたな」

那智『了解。今代わるから頼んだぞ、少将殿』

提督「ああ」

提督「……吹雪か?」

吹雪『司令、官……?』

提督「そうだ。私だ」

吹雪『ごめんなさい。私……私っ……!』

提督「……」

吹雪『私のせいで、比叡さんが……皆がっ! 私のせいでぇ!』

提督「落ち着くんだ、吹雪。落ち着いて、ゆっくりと話してくれ」

吹雪『でも、でもっ! あんなに、あんなに人が死んで……っ! 海が真っ赤になってて! 比叡さんもあんな血塗れにっ! 私、比叡さんの血をいっぱい被ったんですっ! こんな、こんな…….っ!』

提督「吹雪……」

提督(吹雪が、こんなにも取り乱すなんて……)

吹雪『嫌、嫌ですっ! あんなの、あんなの普通じゃない! 内臓が、内臓が空を飛んでいたんですよっ。そんなのあり得ます? あり得ないです! あは、あははは』

提督「とにかく落ち着いてくれ。吹雪、君はいい娘だ。だから」

吹雪『あはは、私がいい娘な訳がないですっ。だって、仲間を、皆を見捨てて——』

提督「……」

提督(こんな言い方はしたくないが……)

提督「吹雪聞きなさい。君は、誰の娘だ?」

吹雪「——え、あ」

提督「君は、あの伝説の冬木総司令官の娘だろう。なら、そのくらいで取り乱してはいけないじゃないか。君は、父上の顔に泥を塗る気か?」

吹雪『あ。お父、さん……』

提督「そうだ……。あの人は、どんな絶望でも動じない不屈の精神の持ち主じゃないか。君は、その血を引いている」

吹雪『……』

提督「だから、大丈夫だ。あの人の娘であるという誇りを忘れるな。ゆっくりとでいいから、とにかく落ち着きなさい。今、君がすべきなのは落ち着いて話をすることだ。それだけでいいんだよ」

吹雪『しれい……かん……』

提督「落ち着いたか?」

吹雪『……あの、ごめんなさい……』

提督「ああ。ゆっくり、深呼吸してごらん」

吹雪『すー……はー……』

提督「よし……。これで、いつもの可愛い吹雪に戻ったな」

吹雪『何ですか……それ……』

提督「ちょっとした冗談だ。それより、話を頼む」

吹雪『分かり、ました。では——』

提督(……)

提督(一体どんな顔をして、先生に会えばいいんだ……)

書けたんで投下終了。

 
 摩耶という疾風が、戦場を駆けていた。

 赤い海を切り、血肉を蹴飛ばし、絶え間なく襲いかかる砲雷撃を避け、彼女はただ敵のみを見据える。

 怪物たちの険しい表情。その顔ぶれは残り3つにまで減っていた。摩耶と蒼龍の活躍により、数倍以上あった戦力差は徐々に縮まって、今では駆逐艦と重巡洋艦、そして戦艦ル級eliteが残るだけである。

 摩耶の次なる標的は、赤い輝きを纏った戦艦であった。彼女は乱れた息を獣の唸りに変え、戦艦を殺さんと砲撃を撃ち続けた。時には掠め、しかし着実に命中を繰り返す摩耶の砲弾が、戦艦ル級の装甲を食い破っていく。

 焦ったように叫ぶ戦艦ル級。その叫びに呼応するかのごとく、残る駆逐艦と重巡が摩耶へと砲撃を浴びせかけた。弾薬の節約など一切考慮しない、理性の欠如した連続射撃である。何としても、摩耶を止めようとする焦燥に満ちていた。

 摩耶はジグザグに動き、或いは円を書いて、砲撃をやり過ごす。が、全てはかわしきれない。摩耶は致命傷となりかねない重巡と戦艦ル級の攻撃だけよけることを意識して、駆逐艦の砲撃は、直撃を避けつつもほぼ無視して喰らっていた。くらうとまずい攻撃だけ余裕をもってよけ、くらっても構わない攻撃は度外視しているのだ。

 一見合理的だが、並大抵の胆力なくして不可能な回避方法である。化け物じみた度胸と計算をもって、摩耶はそれをなし得ていた。

 駆逐艦の砲弾が、頬を掠める。甲高い音に紛れて火花が散り、ボロボロと装甲が剥がれ落ちた。鈍い衝撃が皮膚を突き抜けて歯まで響く。

 摩耶は、身体をなぞるこうした痛みの一切を気にも留めていなかった。ただ、ただ怒りしかない。それが、彼女を全て塗りつぶし駆り立てていた。

摩耶「——ガアアッ」

 摩耶は、砲撃線を掻い潜り、戦艦ル級へと詰め寄った。己と敵の血で染まった赤い獣に、赤い怪物は恐れ戦いていた。顔を引きつらせ、逃げようとした戦艦ル級の肩を掴み、引き寄せる。あろうことか、そのまま戦艦ル級の首に手を回す。

 ゴキリ、と嫌な音が鳴った。

 摩耶は戦艦ル級の首の骨を折ってしまった。


 泡を吹いて戦艦ル級は倒れた。すでに事切れた戦艦ル級だが、摩耶は容赦無く砲弾を撃ち込んだ。爆発と肉を打つ轟音。火と煙に混じって、大量の血と肉が飛び散った。

 生々しい温かなものを次々被りながら、摩耶は口を吊り上げた。これで後3匹——。血走った眼球がギョロリと動き、次の標的を定めようと動く。

 だが、摩耶はそこで異変に気が付いた。

摩耶(1隻足りねえ——)

 さらに目を巡らせる。

 やはり、いない。あの人面マスクをした深海棲艦だ。全く戦いに加担しようとせず、傍観に徹していたはずである。

 どこに——。

 その時、炭酸水のような音が無数に聞こえた。摩耶の聴覚でなければ拾うことができないほど静かな音だ。この音は、酸素魚雷のものである。9本、いや10本ほどだが、こちらに近づいてくる。

 摩耶は、素早く身体を引いた。

 およそ10本の魚雷が一点でぶつかり合い、けたたましい音と巨大な爆発が海水を蹴散らした。爆発は摩耶がいた場所で起こり、戦艦ル級の肉塊が消し炭となった。

 凄まじい爆風が、摩耶の身体を打ち、装甲に罅を入れる。摩耶は衝撃に逆らわず跳んで、宙返りをしながら体勢を立て直した。

 着地。少しの間耳鳴りがして、痺れをともなった痛みが体を襲った。摩耶は眉根を寄せる。

 大量の魚雷。雷巡か潜水艦でも隠れていたか。摩耶は探るように目を動かし、ある1隻の深海棲艦を見つけた。
 
 見るものを凍りつかせる笑顔。


 姿が見えなくなっていた深海棲艦、チェシャ猫である。薄っすらと白んだ視界の中でも、その狂気じみた深海棲艦の異様さは目立った。雷撃をかわした摩耶を、珍しい昆虫でも観察するように見ている。

摩耶(あのクソが雷撃を——)

 摩耶は舌打ちした。

 ふと、チェシャ猫より後ろに目がいく。やや離れた位置で誰かが倒れていた。それが誰なのか気付いて、摩耶は目を見開いた。

 鈴谷だった。遠目からでも、酷いダメージを負っているのが分かる。自分の戦いに集中しきっていた摩耶は、鈴谷が戦艦と交戦していたことくらいしか知らない。さらに離れた位置に戦艦が倒れているから、おそらく勝ったのだろう。勝って共倒れにでもなったか、あるいは……。

 あるいは、チェシャ猫にやられたか。

蒼龍「鈴谷……瑞鳳……」

 近くにいた蒼龍も気がついたようで、絶句していた。

 瑞鳳も——。

 蒼龍の声で、倒れている瑞鳳に気付いた。こちらも手酷くやられている。服が破け、剥き出しになった肌が痛々しい紫色に変色して、見るに耐えないほどだった。

 2人が、やられた。


摩耶「おい」

 その一言は、有無を言わさぬ迫力に満ちていた。

 どす黒い炎が内側から燃え盛り、激しく身を焼いて、海さえも蒸発させんばかりであった。抗いがたい強大な怒りで、摩耶の輪郭が喪われ、彼女自身も炎になったかのようである。

 怒りと憎悪。

 それらが、彼女が一欠片だけ残していた理性と人間性を消し飛ばした。

 そのあまりの迫力に、敵駆逐艦と重巡は明らかに怯えていた。後退る姿は、山中で羆と遭遇した人のそれと酷く似ている。

 近くで見ていた蒼龍も同様だった。殺気を向けられているわけでもないのに、弓を持つ手が震えている。手汗が止まらない。

 今の摩耶は、もはや獣という形容さえ不相応なほど、怪物じみた形相をしていた。

摩耶「てめえがやったのか?」

 摩耶は尋ねる。深海棲艦は理性を持たない怪物であり、質問に答えられる言語能力を有していないはずだが、そんなことさえ分からなくなるほど、摩耶の理性は崩壊していた。

 チェシャ猫は答えない。ただただ笑うだけである。

摩耶「てめえがやったのかって聞いてんだよゴラッ!!」

 次の答えも返ってこない。言語能力を有しない怪物だからそれも当然に思われた。だが——チェシャ猫は、普通の深海棲艦とは違った。

チェシャ猫「アア、ソウダヨ」

 悪びれた様子も一切なく、チェシャ猫は肯定した。まるで、友人の何でもない質問に答えるような気楽さで。その軽薄な様子に憤慨するよりも先に、蒼龍も摩耶も驚いていた。

 深海棲艦が、言葉を発したのだ。事前の情報でチェシャ猫が高い知能をもっていることは二人とも留意していたが、これには驚かざるをえない。しかし、2人は歴戦の猛者であった。戦場で常識外の事態が起こることなど往々にしてある。臨機応変に、その驚愕を抑えこんだ。

摩耶「……そうかい。ならよ」

摩耶「——覚悟は、できてんだろうな」

 摩耶は、殺意を込めてチェシャ猫を鋭く睨めつけた。歯が削れるほど強く噛み締め、連装砲を構える。チェシャ猫に向けられた砲身は、巣穴を荒らされて怒り狂う獣の爪を思わせた。腕に絡みついた連結部が溶け、腕と同一化したかのような錯覚を摩耶は抱く。

 久しぶりだ。自分が兵器であるという感覚を思い出すのは。怒りを、憎悪を燃料に動き続ける血塗られた戦闘機械としての感覚——。それは、『あの時』より芽生えた摩耶という艦娘の、逃れられぬ枷であった。

(……メ、……ナサイ)

 忘れようとして、決して忘れることができない業とすらいえる戦いの本能が、ふつふつふつふつと湧き上がってくる。『声』となって、内側より響く。

(……メ、ナサイ)

 唾が止まらない。今なら、さっきとは比べものにならないほど殺せるだろう。

 チェシャ猫が、今までにないほど楽しげに笑っている。その不気味な笑いも、摩耶にとっては衝動を起こすための燃料にしかならない。

 燃える。

 全てが、黒く、燃える。

 摩耶は、久しぶりに内なる『声』に耳を傾けた。

(——シズ、メナサイ)














摩耶「グガアアアアアアアアッ!!」













投下終了。

 
 摩耶の咆哮が、開戦の狼煙となった。

 蒼龍は弓を構えながら、狂気を瞳に宿して突撃する摩耶を恐ろしげに見ていた。時折摩耶は、何かに取り憑かれたように戦い出すことがある。初めて見た時はトラウマになりかけたほどだが、出撃を重ね何度か目にするうちに慣れたつもりだった。だが、今回は違う。

 いつもは、摩耶は辛うじて理性を残しているのだ。『切れ』ながらもこちらの援護に気を割けるし、提督と比叡の指示には従う。完全に取り憑かれているわけではないというのが、蒼龍の所見だった。

 今の摩耶は、どうか。狂気の宿った瞳を鋭く光らせ、連装砲を遮二無二放っている。狙い自体は全て正確なのだが、チェシャ猫が全てをかわしているせいで、結局は無駄撃ちになっている。先程までは残弾を気にした戦い方をしていたのに、今はそうした配慮が消え失せていた。あれでは、数分と持たずに弾切れを起こすだろう。

 そして何より、あの表情。

 燃え盛る炎を思わせる、歪み切った顔をしていた。そこには人間としての摩耶の輪郭はない。全てが怒りと憎しみで彩られ、蒼龍が見知っている摩耶の形は喪失していた。

 チェシャ猫に向いているその黒い殺意は、蒼龍を震え上がらせた。羽根を持った手が震え、弦にかかった矢がぶれる。

 正直、これ以上摩耶を見ていたくはなかった。戦友の、かけがえのない仲間の変わり果てた姿など、見ていたいはずがない。

蒼龍(摩耶、あんたどうして……)

蒼龍(どうして、そこまで憎むの……?)


 摩耶が憤慨している理由は分かる。仲間を倒されて怒りを感じないはずがない。それは蒼龍も同様であり、腸が煮えくり返る思いを敵に対して抱いていた。だが、理性を失ってしまうほどに憎悪を感じているわけではないのだ。

 戦争では誰かが傷つき、誰かが死ぬ。

 その大前提を理解して、蒼龍は戦場に立っていた。だから残酷ではあるが、ある種割り切った考えができるのだ。そういう考えができなければ、やっていけない。吹雪のように戦場に立つことすらままならなくなる。

 蒼龍には、摩耶が理性のタガを外してまで敵を憎む理由が分からなかった。深海棲艦を憎む艦娘は多いが、全てを憎しみに染めてまで戦う者など見たことがない。何が、摩耶をあそこまで駆り立てるのか——。

 摩耶は自分の過去を誰にも話そうとしない。だから、蒼龍も知らなかった。想像を絶するような地獄でも見ない限り、ああはならないだろうが……。

 あれでは、あれではまるで——。

蒼龍(考えるな)

 蒼龍は自分に言い聞かせる。

蒼龍(今は、戦うことだけに集中しろ。摩耶と一緒にあの畜生どもを1秒でも速く倒して、さっさと瑞鳳と鈴谷の所にいくのよ。瑞鳳は分からないけど、鈴谷は重症だったんだから危険なはず)

蒼龍(はやく、助けないと)

 蒼龍は弓と矢を取り懸けると、両手を頭上にかかげ、弧を描くようにゆっくりと降ろした。限界まで弦を絞り、敵を見据える。その目はまさしく矢のように鋭かった。

 深呼吸をする。今度は手が震えなかった。

 大丈夫だ、やれる。二航戦の誇りはこの程度では失われないのだ。見せつけてやろうではないか、あの怪物に。

 『私たち』の力を——。


蒼龍「艦載機発艦! 大物を狙っていくわよ!」

 己を存分に鼓舞した蒼龍は、矢を放った。弾かれた弦が空気を切り、甲高い音が耳朶を打つ。聞き慣れたその音は、熱くなった蒼龍の気持ちをさらに昂らせた。

 神速の勢いで飛翔した矢は、途中で炎を上げて無数の艦載機へと変じた。天山と烈風が低い駆動音とともに、チェシャ猫へと向かう。

 摩耶の隙間のない砲撃から、鬼ごっこのように逃げていたチェシャ猫は、蒼龍が飛ばした艦載機に気が付いたようだ。横槍を入れられたことが腹立たしかったのか、一瞬白けた顔をしたが、チェシャ猫はすぐに笑顔に戻った。摩耶が放った砲弾を素早く旋回してやり過ごし、尾を空へと向ける。

 凶悪な口が開く。口中から艦載機の群れが飛び出した。瑞鳳を圧倒した艦載機群は、さっきと寸分変わらぬ数と勢いで、蒼龍の航空部隊を迎撃に向かった。

蒼龍(艦載機を! しかも正規空母並の数——)

 瑞鳳同様に驚愕する。雷撃を行う空母など見たことも聞いたこともないから、蒼龍が驚くのも当然と言えた。だが、彼女はすぐさま思考を切り替えて、動揺を振り払った。

 あの程度ならどうとでもなる。何故なら、こちらには対空の鬼がいるからだ。

 蒼龍は期待を込めて摩耶を見遣った。彼女の期待通り、摩耶は鋭く尖った目で空を睨めつけていた。その青黒い瞳は、確実に艦載機の群れを追っている。連装砲を上空に構え、腰当たりから何かを取り出すと、連装砲に装填した。

蒼龍(三式弾——)

 それは、最近提督が妖精たちに指示して作らせた新装備だった。詳しくは知らないが、高い対空性能を誇った砲弾の一種であるらしい。どうやら提督は摩耶に手渡していたようだ。

 摩耶は少しの間を置いて、砲撃を放った。赤い砲弾が空を裂き、艦載機群へと突っ込んだ。艦載機が、ばらけて回避しようとした瞬間、その砲弾が炸裂した。赤い閃光。それとともに火花のような破片が飛び散り、艦載機を襲った。その光景はさながら鴉の群れに花火をぶつけたかのようで、無数の艦載機が爆発と破片の餌食となり、墜落した。

 たった一撃で、約4分の1の艦載機が落ちた。摩耶は休まずに腰からもう一個取り出すと、素早く装填。もう一撃をくらわせた。

 またしても、上空で花火が起こり、艦載機が落ちていく。その頃には半分以上の艦載機が空から消えていた。

蒼龍「すごい……」

 思わず感嘆の声を漏らした。3式弾の性能に驚いたのもあるが、それを十二分に使いこなした摩耶の実力にも瞠目せざるをえない。提督の人選はやはり的を射ていた。

蒼龍(あれなら、やれる!)

 やや蒼龍の数的不利だったが、それが裏返った。流石のチェシャ猫も動揺しているのか、笑顔を消して目を見開いている。

 好機。

 ここで航空戦有利をとって、チェシャ猫を空襲する。

蒼龍「今よ! 行けっ、艦載機!」


 蒼龍はもう一本矢を放った。艦戦を十数機。半減したチェシャ猫の艦載機群へと突撃させる。チェシャ猫側の艦戦も突出し、蒼龍の艦載機を迎撃した。

 激突し、機銃のけたたましい音が空に響いた。

 煙を吹きながら両陣営の数多の艦載機が爆発、あるいは海へと墜落する。その数はチェシャ猫側の方が多い。蒼龍の圧倒的優勢だった。

 痺れるような歓喜の疼きが走った。航空戦優勢を取ったときの高揚は、空母なら誰しもが感じるものだ。ただし、蒼龍はその感覚を噛みしめるより先に、チェシャ猫を仕留めにかかった。

 チェシャ猫は再び上空に尾を向けた。艦載機を出そうとしているか、もしくは対空戦に持ち込こもうとしているのだろう。

 それを許すような、摩耶ではなかった。

 摩耶の砲撃がチェシャ猫を襲った。チェシャ猫はその砲撃を全てかわしたが、しかしそれにより妨害を受け、対空戦を行えない。

 蒼龍の艦載機が、チェシャ猫の間近に迫った。魚雷と爆弾を放ち、機銃を掃射する。チェシャ猫一隻のために、艦隊を相手取るような総攻撃だ。爆発的な音が待機を吹き飛ばし、巨大な水柱が空へと立ち上る。飛沫が遠く離れていた蒼龍にもかかる程だった。

 確実に仕留めた。逃げ切れる攻撃量ではない。

蒼龍(いや——)

 抱きかけていた確信を、蒼龍はすぐに否定した。鈴谷が相手をしていた敵戦艦のことが頭を過る。あれは、インチキじみた障壁でこちらの攻撃を散々無力化していた。チェシャ猫も同じものが使えるのだとしたら、あれでも倒せたかどうか分からない。

 決めつけるのは早計。蒼龍はそう判断し、弓を構えた。矢尻の先端が、水柱へと向いて鋭い光を放つ。


重巡elite「アアアッ!」

 動きを止めていた敵重巡が、今更になって動き出した。恐怖と狼狽で赤い瞳が濁りきり、追い詰められた獣のように連装砲を放ってきた。狙いは蒼龍だが、粗雑としか言いようがない射撃に当たるほど彼女は鈍間ではなかった。余裕で回避し、チェシャ猫の討伐に行っていた艦載機を敵重巡へと向かわせる。

 だが、その必要もなく、敵重巡の頭部で爆発が起こった。しかも一度ではなく、二度、三度。敵重巡は悲鳴を上げる間も与えられず、頭を粉々に消し飛ばされた。下顎から先はなく、噴水のように血を撒き散らしている。だらしなく垂れ下がった舌が妙にグロテスクだった。

 敵重巡は為す術もなく倒れた。

 摩耶の砲撃だ。その情け容赦の一切ない砲撃に、蒼龍は思わず肝を冷やした。我を失っているように見えて、狙いは恐ろしいほど正確で速い。化け物め、と蒼龍は怖れながら舌を巻く。

 敵駆逐艦は、隣の重巡が倒されたのを見るや、一目散に逃げ出した。最早敵う相手ではないことは明らかで、強者を恐れる動物的な本能が逃げる選択を強制したのだ。水面を跳ねて逃げ出す駆逐艦を、当然摩耶は仕留めようと動く。

蒼龍「摩耶! ほっときなさい!」

 蒼龍が大声で制止を試みる。逃げる敵になど構う必要はない。ただの弾薬の無駄遣いだ。

 理性を失った摩耶に、この制止がどれほど意味を為すのか疑問ではあったが、蒼龍の試みは成功した。まだ微かに理性の糸は残っていたようで、蒼龍の呼びかけには反応できた。だが、その内容に摩耶が同調したかというとそれは別の話だ。

 血走った目が、蒼龍に向けられた。

 蒼龍は縮み上がった。身体が震え、弓を手放してしまいそうになる。しかし、彼女は唇を噛んで堪えた。

蒼龍「今はあいつよりチェシャ猫よ。たぶん、あれじゃやれてないわ」

摩耶「……」

蒼龍「少しは落ちついて」

 蒼龍はそれだけ言って、チェシャがいた方向へ首を戻した。背後から摩耶の舌打ちが聞こえる。蒼龍の言葉は届いたようだった。


 すでに水柱は収まり、墜落した艦載機が上げる煙で遮られていた視界も戻りかけていた。爆発で降った雨が、火の勢いを弱めたのだろう。薄い灰色の視界の中に、肝心のチェシャ猫の影は見えない。

蒼龍「……」

 障壁を持っておらず、爆発四散でもしたか。いや、爆発に紛れて姿を眩ませたとも考えられる。

 後者の選択を重視して、蒼龍は目を巡らせた。油断なく弓を構えて、チェシャ猫の姿を探す。姿を捉えた瞬間に矢を放てるように。

蒼龍(いない……)

 しばらく探したが見つからない。

蒼龍(もしかして、倒した? いや、でも……)

 嫌な感じが消えない。どうしても、倒せたような気がしないのだ。鈴谷と瑞鳳を片付ける程の敵が、この程度であっさり死ぬタマか。

 蒼龍も、そして摩耶も、知らなかった。

 チェシャ猫が、鈴谷に近接した方法を。

蒼龍(——?)

 唐突に、何か冷たいものが背中を這う感覚が襲った。風だろうか、と蒼龍は思った。しかし、二つ結びにした髪が揺れない。

 蒼龍がその正体に気付くより先に、ガチャリと鉄が擦れる音が背後から聞こえた。その音は耳に蛸ができるほど聞いてきたものだ。連装砲を構える時になる、独特な音。摩耶が、連装砲を構えたのだ。

 敵を見つけたのか? 一瞬そう思った蒼龍は、そこで気付いた。

 自分の胸元を這う、死人のような白い腕に——。

チェシャ猫「ツカマエタッ」


 蒼龍の耳が楽しげな声で震えた。耳にかかった息が異様なまでに冷たかった。

 あまりの事態に、蒼龍の理解が追いつかない。

蒼龍(は……?)

蒼龍(腕、え? 誰の?)

 そんなもの、1つしかないに決まっている。だが、その可能性を考えることができない。それほど彼女は、静かにあっさりと理解できない方法で捕まっていた。

摩耶「チェシャ猫ッ! てめえ!」

 摩耶の驚愕と怒りに満ちた叫びで、蒼龍はようやく事態を理解した。

 チェシャ猫に捉えられたということを。

 気付いた瞬間、凄まじい悪寒が背筋を走り抜けた。

チェシャ猫「チェシャネコ? ソレハボクノナマエカイ?」

摩耶「離れろ貴様ッ! じゃねえと、殺す!!」

チェシャ猫「ヤレヤレ。キミタチハ、ホントハナシヲキカナイネ。ソレニシテモ、ボクハニンゲンカラハソウヨバレテイルノカ……。フムフム」

摩耶「離れろっつってんだろが!!」

チェシャ猫「イヤダネ」

 にべもなく、チェシャ猫は断った。

摩耶「殺すぞコラッ!!」

チェシャ猫「アハハ、ヤレバイインジャナイカナ? タダシ、オナカマモシンジャウケドネ」

 摩耶が言葉を詰まらせる。悔しげな歯軋りが聞こえた。

 己が人質に取られたことを悟り、蒼龍はさらに慄然とした。チェシャ猫の異様さが、凍えるような腕の感触とともに伝わってくる。こいつは今までの深海棲艦とは明らかに違う、と蒼龍は思った。

チェシャ猫「ジョウキョウガノミコメタカナ? ソレジャ——」

 チェシャ猫はくるりと振り返った。その動きに合わせて蒼龍も後ろを向く。憤慨に打ち震える摩耶の顔が目に飛び込んできた。

チェシャ猫「ボクト、オハナシシヨウカ」

摩耶「話だと……? てめえふざけてんのか?」

チェシャ猫「マジメニヤッタコトナンテイチドモナイヨ。ツマラナイジャン」

 チェシャ猫はゲタゲタと笑う。その不気味な笑いを耳元で聴いた蒼龍は、不快さのあまり無理矢理にでもチェシャ猫を引き剥がしたくなった。気持ち悪い昆虫に触れてしまった時の不快感に似ていた。だが、引き離せない。連想砲を搭載した巨大な尾がこちらに向いているからだ。動けば、殺される。

 摩耶が歯軋りを強めた。蒼龍が人質に取られていなければ、すぐにでもチェシャ猫をミンチに変えようとするだろう。

チェシャ猫「スゴイサッキダ。コワイナア。シンパイシナクトモ、オハナシサエデキレバ、キミノトモダチハカイホウシテアゲルヨ」

摩耶「……」

チェシャ猫「ウタガワシゲダネ。ホントダヨ?」

摩耶「誰が、てめえみてえな化け物の言葉なんざ信用するか」

チェシャ猫「ボクガバケモノッテ……。マア、マチガイデハナイケドサ。キミニハイワレタクナイナア」

摩耶「……んだと?」

 摩耶の顔が、更に張り詰めたものとなる。

チェシャ猫「ソノママノイミダヨ。キミノタタカイブリヲミテ、オモッタンダ」

チェシャ猫「マルデ、『ボクタチ』ノヨウダッテ」

 チェシャ猫のその言葉に、その場の空気が凍りついた。

投下終了。
二章はかなり長くなりますが、よかったらお付き合い下さい。


 チェシャ猫のその言葉に、その場の空気が凍りついた。

 一瞬、そこが戦場であることを忘れるほどの静寂が降りた。摩耶も、蒼龍も、チェシャ猫の言葉をのみ込むのに少し時間がかかった。

 不気味な空白の中で、その言葉の意味を最初に理解して我に返ったのは蒼龍だった。冷や汗が額から零れ、目に入る。痛みが走ったが、見開いた目を彼女は閉じなかった。

 否、閉じれなかった。

 チェシャ猫は、摩耶を深海棲艦のようだと評した。その比喩はまさに、蒼龍が先ほど理性を失った摩耶に対して抱きかけ、思考の外に追いやったイメージと合致するものであった。

 蒼龍は、息を飲む。

 これだけははっきり言えるが、艦娘の誰一人として「深海棲艦のようだ」と評され、憤慨しないものはいない。ましてや深海棲艦に対し並ならぬ憎しみを抱いている摩耶だ。だからこそ、蒼龍は考えないようにしたというのに、この化け物は安安と地雷を踏みにいったのだ。ふざけるな、と内心で罵る。

 この言葉を聞いた摩耶が、平静でいられるはずがない。下手を打つと、怒りのあまり蒼龍ごとチェシャ猫を撃ち殺してもおかしくはなかった。

 摩耶は時が止まったかのように、張り詰めたままの表情で固まっていた。縮みきった瞳孔の黒さに、蒼龍は死神の姿を見た気がした。死を、覚悟する。

 止まっていた摩耶の時間が、動いた。

摩耶「おい、何つった?」

チェシャ猫「アレ、キコエナカッタ? キミハ、『ボクタチ』ニニテルッテイッタンダヨ?」

摩耶「……あたしが、てめえら化け物と同じだと?」

 摩耶の声は震えていた。そして、身体も——。

蒼龍(摩耶……?)

 あの摩耶が、怯えている。

摩耶「そんなわけあるかよ……」

 首を振り、否定の言葉を吐き出す摩耶は激しく狼狽していた。

摩耶「そんなわけが!」

チェシャ猫「……ヒッシダネエ。ソンナニボクタチトイッショニミラレルノガイヤナノカイ?」

摩耶「あたりめえだろうが!」

 摩耶は必死な表情で声を荒げた。

 チェシャ猫が、くつくつと可笑しそうに笑う。

チェシャ猫「キミサ、ホントハキヅイテイルヨネ? ジブンガタダノカンムスジャナイッテコト」

摩耶「——」

チェシャ猫「コレダケチカヅクト、ハッキリシタヨ。キコエルンダヨネ、キミノナカカラコエガサ。シズメナサイ、シズメナサイッテ」

 摩耶が目を見開いた。

チェシャ猫「マサカ、コンナニハヤクミツカルトハネ。ウレシイゴサンダヨ」

チェシャ猫「ネエ、ヒメサマ——」

投下終了。
それじゃ、バイト行ってきます。また夜に更新すると思います。

こっちはもう書かないの?

>>321
はい。ごめんなさい。

色々と書き直したくなったので、新しくスレ立てて、今度からそっちで更新します。
見てくれていた方ごめんなさい。
↓新しいスレです。
【艦これ】摩耶「二番目に大切な自由」【SS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425031969/)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月24日 (土) 20:41:50   ID: 9QFkZv7m

なんだろう…
blood+見たときと同じ気持ちになった…

2 :  SS好きの774さん   2015年02月21日 (土) 02:52:50   ID: jVDe4IPm

クドいこれ。重複する表現が多すぎ。中学生辺りが言葉調べながら書いてるんだろうが

3 :  SS好きの774さん   2015年02月24日 (火) 18:27:54   ID: 980dewrD

続き楽しみです。

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