石造りシューティングスター (19)
酒の勢いで適当に書いてく
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昼下がり。俺は少し小さな、恐らく個人が作ったんだろう、レンガを組み上げて作られた二階建ての建物の前に立っていた。
昔から全く変わっていない、ただ灰色のレンガを組み合わせただけのちゃちな建物だ。いくつか窓穴が開いているが、相変わらず、そのどこにも侵入者を拒むためのものは設置されていない。
俺が小学生の頃、ここは俺と友達の秘密基地だった。当時、俺たちはここを要塞と呼んでいた。
建ち並ぶ古い木造の一軒家と田んぼ、新幹線の通る高架橋くらいのものしかなかったここに住んでいた俺たちは、その無骨な佇まいが醸し出すある種の異質さ、格好よさを感じ取り、魅かれていたんだ。
今じゃどう見ても作りかけで放置された出来そこないにしか見えないが、それでも当時の俺たちには巨大で堅固な要塞だった。
なにせ二階に行くにはハシゴを上らなきゃいけなかったんだ。ハシゴを上るなんて、普通の生活じゃ滅多にしないだろう?
それに一階には、何かを作るためだろう(それとも、その頃から既に資材置き場として使われていたのかもしれない)角材や木の板が置いてあって、それが一層「要塞を補修しながら戦う戦士たち」っぽさを感じさせていた。
何と戦うかって? そりゃあ、この要塞から俺たちを追い出して、乗っ取ろうとする大人たちからさ。
……今思えば、俺たちを追い出そうと躍起になっていた要塞のすぐ隣の家に住んでいたおじさんは、この土地の所有者だったのかもしれない。
親の転勤で引っ越して以来十数年、この思い出の場所が取り壊されていないか心配だったが(友達と手紙でやりとりすればよかったんだろうけど、結局、彼らとの文通は「元気か? 俺は元気だ」などの無難で味気ない短文を書き添えた年賀状だけだった)、それは俺の取り越し苦労だったらしい。
俺がいない間に取り壊され、駐車場になってしまったボロ屋跡地の隣を通り過ぎて要塞の隣の家、俺たちの最大の敵だったおじさんの家の前に立ち、チャイムを鳴らす。
どうせ誰も見てないだろうし、勝手に要塞に入ってもいいんだろうけど、さすがにそこまで非常識になれるほどの子供っぽさはもう、俺には残っていなかった。
電子式じゃない、押して、放すまでが一セットなチャイムを鳴らし終えて数十秒後、塀の奥、立てつけの悪さが耳に届く引き戸が開いた。
「はーい、どちらさま?」
扉を開けて出てきたのは、長い黒髪を後ろで縛った、気だるそうな立ち振る舞いのおねえさん(実年齢はともかく、俺は直感でおねえさんだ、と思った)だった。さっきまで寝ていたんだろうか、大きな欠伸を隠そうともしていない。
「あの、俺、昔この辺りに住んでたんですけど、あのレンガ造りの建物って、ここの家のものですか?」
てっきりあのおじさんが出てくると思っていた俺は、少し戸惑いながらも要塞を指差し、尋ねた。
「うん、そうだよ」
欠伸混じりにお姉さんは答え、俺に「それがどうしたの?」と言わんばかりの視線を向ける。
「この辺りに住んでた頃、よくあの建物で遊ばせてもらってたんで、挨拶ついでにまた入りたいなぁと思いまして」
「あー、もしかして君、よくあそこに忍び込んでた悪ガキ集団の一人?」
訝しむようなお姉さんの表情が、なるほど納得がいった、と言わんばかりの薄い微笑みに変わった。
「叔父さんからよく聞かされてたんだ。毎日のようにあそこに忍び込んで騒いで、人が注意したら松ぼっくりとか、木の実を投げてくる悪ガキ集団がいたって」
おねえさんは胸ほどの高さの塀に肘をついて、俺たちの敵だったおじさんから聞いた話を懐かしそうに語る。その表情がもう居ない人物を思い出しているような、そんな雰囲気を醸し出していて、不安に駆られ、とっさに俺の口からはこんな言葉が飛び出した。
「その方は今、どうしてるんですか?」
「大ばあちゃんの具合が悪くってさ、そっちに行ってんの。で、あたしは叔父さんの留守を任されたんだ」
ほっ、と息を吐く。まあ、あのおじさんはそう簡単には死なないだろうな。
おねえさんから許可を得た俺は、要塞の一階に足を踏み入れていた。木材トイレ変わるように、古い家電製品や、不用物の押し込められた段ボール箱置き場になっていた。
段ボール箱を少し移動させ、鉄製のハシゴを上る。昔よりサビが酷くなっていて、ザラザラ感が増しているような気がした。
二階はあまり上ることがないのか、それほど当時と変わっているような感じはしない。学校から拝借したチョークで書かれた(あの頃の俺たちが書ける一番綺麗な文字だったが、今見ると、それほど綺麗でもない)「おれたちのヒミツきち」という文字すら、うっすらと残っていた。
窓穴から顔を出す。小さな頃はあんなに高く、広く感じられた景色も、「まあこの高さならこんなもんだろうな」という感想しか浮かばなかった。
充分懐かしさを堪能した俺は、またチャイムを鳴らし、おねえさんに「また今夜、あそこに入ってもいいですか」と確認を取って、要塞を後にした。今日はよく晴れていて、ゆっくりと星空を眺める事が出来そうだった。
夜になるまで俺は、よく遊んでいた公園、住んでいた家、通っていた学校と、思い出せる限り懐かしい場所を歩き渡っていた。
昔と変わらない場所もたくさんあったが、変わってしまっていた場所もまた、たくさんあった。よく行っていた本屋は、大手の服屋になっていたし、優しいばあちゃんがやっていた駄菓子屋は、シャッターが降りていた。
陽が傾いてきた頃、通学中によく目にしていたが、結局食べに行くことはなかったラーメン屋で食事を済ませ、俺はまた要塞へと足を向けていた。
おねえさんには「夜入る時は別にあたしに声かけなくてもいいから」と言われていたので、そのまま二階に上がっていった。
まだ完全に陽は落ちていないが、一番星二番星、七番星くらいまではもう見えていた。俺の住んでいた街では、陽が落ちても空に見えるのは飛行機のストロボくらいだろう。
陽が落ちて三十分ほど経った頃、俺は寒さに震えていた。田舎の夜ってこんなに寒かったっけ。いや、そもそも俺は夜に外に出ることがほとんどなかったんだ。
何かカイロでも買っておけばよかった。そんな後悔をしながら窓穴から星空を見上げていると、鉄の軋む音と、靴音が耳に入ってきた。
振り向くと、おねえさんがハシゴに手をかけて、ハシゴ用の穴から顔を出していた。
「寒くないの? そんな恰好で」
「滅茶苦茶寒いです」
「だと思ったから、ほれ」
投げて寄越されたのは少し毛羽立った毛布だった。礼を言い、俺はそれにくるまる。長い間仕舞っていたのか、防虫剤の匂いがした。
「夜食にカップ麺でも持ってきてやろうかと思ったけど、汁をこぼさないように上がるのは無理だと思ってね」
「いいですよ、別に。ラーメンならさっき食べてきましたし」
おねえさんは、別に持ってきていたもう一枚の毛布にくるまり、俺の隣で、同じように星空を見上げていた。
「こうやって星空を見上げてるけど、君は天体観測が趣味なのかい?」
「いえ、ただ『そういえば昔はこんな星空を見てたんだなぁ』って思い出してただけですよ」
まあ、当時はこんな星空が当たり前だったから、こうやってじっくり見ることはなかったけど。引っ越してすぐは「星がなくなった!」って騒いでたっけ。
ふぅん。おねえさんはそう呟いて、立ち上がった。
「お腹が空いたらうちに来なよ。カップ麺くらいはご馳走したげるから」
「毛布も返さないといけませんしね。……あ、流れ星」
その言葉に反応して、おねえさんは窓穴に張り付くように(窓ガラスがあったら、それにべったりと顔を押し付けていただろう)して、外を見た。
「え、どこ!? あっ見えた! ……願い事言うの忘れてた」
おねえさんは大げさに、がっくりしたようなポーズをとった。
これにて終了です。さすがにもう眠い
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