アナスタシア「可憐なる魔獣」 (75)


結局、今日も夜空は見上げられませんでした。
かじかむ両手を吐息で暖めて、望遠鏡を片付けようと立ち上がります。


 「――それ、覗かせてもらっても良いですか?」


背中から、声を掛けられました。
驚いて振り向くと、そこに立っていたのは優しげな眼をした男の人。

 「ア……どうぞ」

 「ありがとうございます」

場所を譲ると、男の人がそっと望遠鏡を覗き込みます。
見晴らしの良い丘なのに、いつの間に来たのか。スーツにマフラーだけで寒くないのか。
不思議な雰囲気とは裏腹に、レンズを覗く表情はとても楽しげでした。

 「えっと、調整はこのネジですか?」

 「ニェート……こっち、です」

慣れない手つきでくるくるとネジを回します。
さっきまでの調整通りなら、70倍の大きさで三日月が見えている筈です。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416053247


 「綺麗ですね」

ほぅ、と白い息を吐き出して、男の人が望遠鏡から目を離しました。
私に番を譲るように差し出された手に、ふるふると首を振って答えます。

 「見ないんですか?」

 「星はきらきら綺麗です。でも、私はそこまで行けません。手も届かない、です」

 「そうですね。宇宙飛行士でもなかなか難しいでしょう」

 「それが、とても悲しい。だから、見ないです」

レンズを外して、カバーを嵌めて。
折り畳もうとした三脚は、手を引っ込めてしまうくらい冷えきっています。


 「星に手を伸ばせる方法を。私は、知っています」


バッグのファスナーを降ろす手が止まりました。
思わず見上げると、男の人は空をじっと見つめています。

 「……プラーヴダ……本当、ですか?」

 「私もあなたも、努力は必要です。ですがあなたなら、決して夢のままでは終わらないと思います」


初めて会った人の、初めて聞いた言葉は。
驚くくらいまっすぐに、私の胸の中へ入ってきました。


 「――星に近付くために。まずは、涙を拭きましょうか」


久しぶりに見上げた、星空の美しさと。
北海道の冬の夜の、切れそうなくらいに澄みきった空気と。
差し出されたハンカチの、それに負けないくらいぽかぽかとした暖かさを。


私は、これからもずっと、忘れません。


白銀の妖精ことアナスタシアちゃんと、漆黒の堕天使こと神崎蘭子ちゃんのSSです


前作とか

モバP「加蓮、なんか近くないか?」 北条加蓮「そう?」 ( モバP「加蓮、なんか近くないか?」 北条加蓮「そう?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1413616683/) )
こっちはあんま関係無い

高垣楓「時には洒落た話を」 ( 高垣楓「時には洒落た話を」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1413010240/) )
こっちの前後くらい


Pは蘭子ちゃんを担当してます。新しくアーニャの担当にもなりました

??「任天堂倒す方法、知ってます」

― = ― ≡ ― = ―

 「煩わしい太陽ね!」
 (おはようございます!)

ゴールデンウィークも明けて、久しぶりに事務所へ来ちゃった!
いっぱいお休み出来たし、今日の私はやる気でいっぱいです!

 「こら、蘭子ちゃん。いつも言ってるだろー」

 「あぅ……お、おはようございます」

 「よし。いつもは蘭子ちゃんの個性を発揮してくれていいけど、一番最初だけはしっかりなー」

うぅ、はじめの一歩から怒られちゃった。
重要なお話があるって聞いてたからしっかりやろうと思ってたのに……。
き、気を取り直さなくちゃ。

 「……して、我が友よ。予期せぬ福音とは」
 (それで、プロデューサー。大事なお話って何ですか?)

 「おぉ、そうそう。新しく担当アイドルが一人増える事になってな」

 「ほう。新しき息吹か」
 (新人さんですね!)

何人も担当してるプロデューサーさんも居るから、その内にとは思ってたけど。
新人さん、どんな娘だろう? 仲良くお出掛けできたりしたらいいな♪


 「ヴェールの奥底は如何に?」
 (どんな人なんですか?)

 「それがなー、すっごい美少女だぞ。びっくりするぞ」

 「…………む。プ、プロデューサーがスカウトしたの?」

 「いやぁ、俺にそんな度胸は無いよ。蘭子ちゃんをスカウトしてくれた人、居るだろう? お髭の」

 「フフ。未だ交わりの熱は冷めやらぬ」
 (はい。今でもよくお話しますよ!)

担当にはならなかったけど、とっても優しい人です!
今でも気にかけてくれて、お髭が可愛くて、きっと紳士さんってあんな人を言うんだろうな。

 「そうそう。またあの人がスカウトした娘でな。もう一人預かれないかって相談されたんだ」

 「表舞台に寄り添わぬのか」
 (プロデュースはしないんでしょうか?)

 「うーん、そこが分からないんだよなぁ。あの人の考えは読めなくて」

何人もスカウトしてるけど、確かに担当アイドルさんは居ないかも。
……ま、まさか。
ひょっとして、ぷれいぼーいっていうやつ!?
ううん、そんな人じゃないもん。でも……うぅん……。

毎度楽しみにしてます


 「まぁ、その辺はあとあと。応接室で待ってるから早速会ってくれ」

 「心得た」
 (楽しみです!)

 「じゃ、開けるぞー。……やぁ、お待たせ。アナスタシアさん」

 「なすた……?」

ドアを開けて、プロデューサーに招き入れられます。
おそるおそる中に入ると、そこに居たのは、

 「……雪の妖精か?」
 (雪の妖精さんですか?)

 「ちがわい。アナスタシアさん、この娘が担当中の神崎蘭子ね」

 「……ランコ? ミーニャ ザヴート アナスタシア」

 「……!?」

ソファに、とっても綺麗な女の子が座っていました。
青い眼……外国の人、だよね?
ど、どうしよう。英語じゃないみたいだし……えっと、えっと……!?

 「…………や」

 「ヤー?」

 「闇に飲まれよっ!!」
 (はじめましてっ!!)

― = ― ≡ ― = ―

 「ヤミニ……?」

きらきらした女の子が、そう叫んだように聞こえました。
ヤミーニ……そんな役者さんがいた気がします。それとも、私の知らない言葉でしょうか?
やっぱり、日本語はちょっと難しいです。

 「蘭……あー、今回は俺が悪いか。『はじめまして』だよ、アナスタシアさん」

 「なるほど。『私の名前はアナスタシアです』、です。ランコ」

 「あ、日本語……よろしく! アニャスタシアちゃん!」

 「蘭子ちゃん、噛んでるぞ」

 「あぅ……」

ランコが顔を赤くしています。私の名前、難しいのかも。
……なら…………。

 「ンン……呼ぶの難しかったら、アーニャ、で、大丈夫です」

 「アーニャ……ほ、ほら、噛んでなかったっ」

 「いや、噛んでたろ思いっ切り」

 「あうぅ…………」


 「まぁそんな訳で、アナスタシア……アーニャちゃんでいいかな?」

 「ダー」

 「アーニャちゃんはロシアと日本のハーフでな」

 「美しき異国との架け橋!」
 (ハーフさん! カッコイイです!)

ランコがきらきらとした眼で私を見つめます。
……銀髪ですけど、ランコもハーフでしょうか? 後で聞いてみましょう。

 「北海道から来たんで、蘭子ちゃんと相部屋って事になったから」

 「わ、我が領域にか……?」
 (わ、私のお部屋ですか……?)

 「ランコ、よろしくお願いしますね?」

 「もともと広めの部屋だし、先週から片付けておくように言っただろー?」

 「…………」

 「……こっちを向こうか、蘭子ちゃん」

 「……エントロピーの増大には抗えぬ」
 (……その、まだお片づけが)

 「急に熱力学を持ち出すんじゃありません」

 「ふにゃっ」

スレタイでモバマスと分かるようにだな

お前わかんないの

1レスわざわざ書き込むほうが余程面倒だと思うんだがな
馬鹿だからしかたのないことなんだろうが


プロデューサーのデコピンに、ランコが涙目になります。
くるくると表情が変わって、見ていてちっとも飽きません。
プロデューサーが溜息をついて、申し訳無さそうに頭を下げます。

 「ごめんなアーニャちゃん。俺は女子寮に入れないんで、片付けを手伝ってやってほしい」

 「アー、大丈夫です。これからお世話になるグラナータ……お家ですから」

 「アーニャちゃんは立派だなぁ。なー蘭子ちゃん」

 「悪魔の手先……」
 (プロデューサーのいじわる……)

 「誰がちひろさんだい」

 「……プロデューサーさん? 何か言いましたか?」

 「いえ何でもありませんよちひろさん。ハハハ」

いつの間にか近くに居たチヒロが、プロデューサーの肩を揉みます。
二人とも良い笑顔で、とても仲が良さそうでした。

 「じゃあアーニャちゃん、施設の案内した後ダンスと歌を見るから。蘭子ちゃんも収録行くから待ってな」

 「オブイェークト……分かりました」

 「心得た」
 (分かりましたー)

 「…………濃いなぁ」

― = ― ≡ ― = ―

 「この向こうこそ我が居城よ」
 (ここが私のお部屋です)

 「アー……ふつかかものですが」

 「いざ、扉は開かれた!」
 (さぁ、どうぞ!)

お仕事もテストも終わって、女子寮に帰ってきました!
アーニャちゃん、踊りも歌もとっても良かったらしいので、私も負けてられないかも。
抜かされるなよー、なんてプロデューサーも笑ってたし……。

 「グラーチュ……赤い、ですね?」

 「やはり、纏うは蒼か?」
 (うー……やっぱり変、かなぁ?)

きょろきょろと部屋を見回すアーニャちゃんを見て、ちょっと不安になっちゃいます。
前に一度だけプロデューサーが来た時も、ちょっと驚いてたから……。

 「いえ…………赤は、好きです」

 「なれば良し」
 (そっか、よかった~♪)

とりあえず、荷物を降ろしてもらって。
……あれ?

 「調度は何処か」
 (家具はどこかな?)

 「チョード?」

 「宵の寝…………えっと、お布団とか机とか」

 「ウラー。予定より早く来ちゃったから、届くのは明日です」

 「じゃあ、今日は一緒に寝よ?」

― = ― ≡ ― = ―

 「お邪魔、しますね?」

 「客人はもてなさねば」
 (いらっしゃい、アーニャちゃん♪)

大きなお風呂で、他のアイドルさん達にも挨拶をした後。
アーニャちゃんと一緒に、ベッドの上でタオルケットを被りました。
暑くはないけど、さすがにちょっと狭く感じちゃうな。

 「ンン……ランコは、あったかいですね」

 「真か?」
 (そうかな?)

 「はい。ぽかぽかします」

それはお風呂に入ったからじゃないかなぁ。

 「アーニャちゃんって、普段は何をしてるの?」

 「天体観測が好きです。北海道は、星が良く見えます」

 「わぁ。綺麗なんだろうなぁ」

 「ランコは……クマ?の言葉、よく話していますね」

 「く、熊本だよ……私の言葉、変じゃないかな?」

プロデューサーは分かってくれるし、友達も最近は普通に話せるけど。
アーニャちゃんが分からないなら、私も気を付けないとダメだよね。


 「ちょっと難しいけど……変じゃない、です。心は、ちゃんと通じてますよ。ランコ」

 「よかった~♪」

 「ランコ、蘭子。蘭子……」

 「ふふ。何、アーニャちゃん?」

 「言葉も、名前も。同じくらい、だいじ、です、から…………」

声が段々と小さくなって、アーニャちゃんが目を閉じます。
そのまま私も静かにしていると、小さく寝息が聞こえてきちゃいました。
そっか。こっちに来たばかりで、初めての事ばっかりだもん。疲れちゃうよね。

 「おやすみ。アーニャちゃん」

私も、眠くなってきちゃった…………。



……なんだか息苦しくて目を覚ますと、アーニャちゃんにぎゅっと抱き着かれちゃってました。
意外に寂しがり屋さんなのかな?
今度、抱き枕をプレゼントしたら喜んでくれるかも!

― = ― ≡ ― = ―

 「魔王の帰還!」
 (ただいまっ!)

事務所に戻ると、なんだかおかしな光景が広がっていました。
ソファーで横になっている肇ちゃんと、
残念そうな顔で窓越しの空を見ているアーニャちゃんと、
ちひろさんに怒られて小さくなっている肇ちゃんの担当さん。
……えっと、何が起きたのか全然分かりません!

 「雪姫よ、何事か」
 (アーニャちゃん、どうしたんですかこれ?)

 「えっと。ジェットゴーラウンド、です」

 「ふむ」

…………やっぱり、全然分かりません!

 「気に、しないでください。少々はしゃぎ過ぎただけですから」

肇ちゃんが力の無い笑顔を作ってます。
たぶん少々じゃないです!

 「む。宿願の聖樹か」
 (あ、笹の葉ですね)

 「ダー。蘭子も書きますか?」

 「クク……契約の儀は執り行われん」
 (うん、私もお願いしよっと♪)


短冊にどんな事を書こうか悩んでいると、アーニャちゃんが溜息をつきます。

 「二人が会えないのは、スホーイ……悲しいですね」

 「叶わぬ逢瀬よ」
 (そうだよね……)

せっかくの七夕なのに会えないなんて、確かにかわいそう。
でも、今日は一日中雨だっていう予報だし……。

 「…………あっ」

 「どうかしましたか? 蘭子ちゃん」

 「フフ……天啓を授かったまでよ!」
 (ふふふ。良い事思い付いちゃいましたっ!)

 「テンケー?」

 「天女と姫君よ。晩餐の後に暫しの猶予を」
 (二人とも、お夕飯の後は予定を空けておいてね!)

 「あの、天女は……いえ、分かりました」

そうと決まったら、さっそく相談に行かないと! 準備も必要だよね。
二人の困り顔も、今日の曇り空も、一緒に晴らしちゃおう!

― = ― ≡ ― = ―

 「アーニャさんは、何をするか聞いているんですか?」

 「ニェート。私も分かりません」

夕飯を食べた後、しばらくしたら食堂に来るよう蘭子に言われました。
私も肇も、何をするのかはヒミツだと言われて、教えてもらっていません。
肇が、食堂の扉を開きます。

 「待ち侘びたぞ」
 (待ってましたよ!)

 「二人とも、こんばんは」

 「……センパイ?」

 「……アーニャちゃん。その呼び方、誰に教わったのかな?」

 「シューコが、こう呼ぶと喜ぶよー、と」

 「もうっ。周子さんったら」

食堂の真ん中で、蘭子と泰葉が待っていました。
テーブルがどかされた場所にタタミのような物が敷かれていて、近くのテーブルの上にはスプルート……地球儀に見える物が置かれています。


 「さぁ。セッティングは済んでいますから、お二人も寝そべってください」

 「……えっと、こうですか?」

肇と一緒に、タタミへ横になります。
クッションに頭を置くと、丸く窪んだ天井に釣られた照明が少し眩しいです。

 「それじゃ蘭子ちゃん、お願いします」

 「ククク。そして闇の帳は落とされる……」
 (明かり、消すよー!)

カチリという音で、食堂が真っ暗になります。


 「――ズヴェズダ……」


目の前には、星空が広がっていました。


 「やっぱり、天井が丸いと綺麗に見えるね」

 「凄い……これ、泰葉さんの物ですか?」

 「上位機種ではないから、ぴったりの日付には調整出来ないんだけどね。これは7月1日の空なの」

 「燦然と輝く織姫よ!」
 (あれが織姫かな!?)

 「蘭子。それはアンターレス、です」

デネブ、ベガ、アルタイル。
アンターレス、スピカ、アークトゥルス。

さっきまでご飯を食べていた場所が、今は宇宙になっています。
それが何だかおかしくて、思わずくすくすと笑ってしまいました。

 「家庭用のプラネタリウムも、ばかに出来ませんね」

 「本物には敵わないけど、こうしてたまに点けるとリラックス出来るんだ」

 「泰葉。たまに、借りてもいいですか?」

 「もちろん。今度アーニャちゃんの望遠鏡も覗かせてね」

 「興を惹かれる話よ」
 (私も見てみたいです!)

屋根の下で、こんなにも賑やかに星空を見て。
ひょっとしたら。

 「……ふっ」

雲の上では、こっそり。
二人きりで仲良くしているのかもしれません。

― = ― ≡ ― = ―

 「凍て付く大気……」
 (さ、寒くなってきたね……)

 「はい。もうパクファ……10月も終わりですから」

スタジオ収録からの帰り道は、冷たい風が吹き始めていました。
ケーキ屋さんではちょっと寄り道するだけのつもりだったのに、いつの間に時間が経っちゃったんだろう?

 「でも、これから空気が澄んで、星が綺麗になります」

 「それも道理か。天から墜ちし輝ミィーも格別の美しさとなろう」
 (確かに。流星群もまた見たいな。きっと、もっと綺麗だよ!)

 「……? 蘭子、何と言ったんですか?」

 「む? 天ニャら墜ちし……えっ?」

聞こえてきた鳴き声に辺りを見回すと、声の持ち主はすぐ足元に居ました。

 「ミィ」

 「…………か、可憐なる魔獣……!」
 (……わぁっ。可愛いネコちゃん!)

そこに居たのは、ふわふわの子猫さんでした!
くりくりの目で、ふかふかの毛で……とっても可愛いっ!


 「気高き林野の血か?」
 (野良猫さんかな?)

 「それなら、近くにクズネツォフ……親猫が……あっ」

何かを見つけたアーニャちゃんが、すぐ横の公園に歩いて行きます。
ベンチに近付くと、しゃがみ込んで下を覗き込んでます。

 「御母堂か」
 (お母さんですか?)

 「…………」

ふるふると首を振って、何かを指差しました。
そこにあったのは、

 「…………あ」

 「バフチャー……捨て猫さん、です」

ベンチの下にあったのは、タオルケットの敷かれた段ボールでした。
文字も手紙も、何も書かれてません。

 「…………」

 「ニィ?」

 「……蘭子。もう、遅いです。寮へ帰りましょう」

 「…………や」

 「蘭子……寮はペット、ダメです」


猫ちゃんを両手で抱き上げると、小さな脚をぱたぱたさせて。
曇り一つ無いお目々で、辺りを興味深そうに見回して。

 「可愛い仔ですから。きっと……優しい人が、拾ってくれます」

 「でも、もしかしたら拾ってくれないかも」

 「蘭子……」

困ったような顔のアーニャちゃんの腕に、子猫ちゃんを預けます。
ころりと転がり込んだ猫ちゃんは、自分と同じアーニャちゃんの青い目を、不思議そうに見上げていました。

 「…………」

 「ニャー?」

 「…………飼ってくれる人を、見つけるまでなら」

 「……! ひ、姫君よ……!」
 (アーニャちゃん……!)

確かに優しい人が拾ってくれるかもしれないけど……。
きっと、アーニャちゃんより優しい人は居ないと思います!

 「タオルケットに包まってもらって、こっそり帰りましょう」

 「小さき仔よ。沈黙こそ尊ばれる」
 (猫ちゃん、ちょっと大人しくしててね)

 「フニィ」

 「し、静かにね?」

 「…………ミ」

― = ― ≡ ― = ―

 「……沈黙は金と知っていたか」
 (本当に静かなままだったね)

 「おりこうさん、ですね」

 「ニャッ」

何とかばれずに女子寮に帰って来れました!
えっと、連れ帰って来ちゃったけど、とりあえず何をすればいいんだろう……?
ご飯かな? あ、でも何をあげれば……お魚?
必死に考えていると、アーニャちゃんが猫ちゃんを抱き上げて、指で口の周りを確かめてます。

 「ツポレフ……歯の揃い方からすると、生まれて一月は経ってるみたいです」

 「白き恵みを与えるべきか?」
 (ミルクがいいのかな?)

 「ミルクとオブーフカ……リニューショック? を半分ずつがいいです。動物病院にも一度、行った方が」

 「……賢者の智恵か、蓄えし叡智か?」
 (詳しいね! 飼ってたの?)

 「…………はい。昔……だけど」

アーニャちゃん、猫さんを飼ってたんだ。
私が拾ってきたんだし、お世話の仕方を色々教わらないと!


 「猫用のミルク、買ってきましょう。後は……名前、ですね」

 「真名か……ふむ」
 (名前かー。どうしよう?)

 「……蘭子が、名付けてください」

 「わ、我に選択を委ねるのか?」
 (わ、私が付けてもいいの?)

 「多分この子はいま、蘭子をコスチョール……お母さんだと思ってます。名前は、親からもらう大事なもの、です」

 「む、むむ……」

私が名付け親かぁ……せ、責任重大だなぁ。
かっこよくて、かわいくて、呼びやすい名前がいいよね!

 「…………」

アーニャちゃんに撫でられてうつらうつらしている猫ちゃんを、穴が空いちゃうくらい見つめます。

 「…………グリフォン」

 「……フニィ?」

 「グリフォン、ですか」

 「どう、かな……?」

 「……どう思いますか、グリフォン?」

 「ニャッ」


…………!
な、何となくだけど、喜んでるような気がする!
気に入ってもらえた、のかなっ?

 「ククク……汝が名はグリフォン! 可憐なる魔獣へと変貌を遂げよ!」
 (うん、あなたの名前はグリフォン! 可愛く元気に育ってねっ!)

 「ミー」

アーニャちゃんに抱っこされて、今にも眠っちゃいそうだけど……。
お世話の仕方、頑張って教わるから、もう寂しくないよ!

 「…………」

 「……グリフォン」

寝息を立て始めたグリフォンを、アーニャちゃんがじっと見つめてます。
自然と綻んだ笑顔は、つい私もドキッとしちゃうぐらい、とっても素敵でした!


 「――良い名前、です」

― = ― ≡ ― = ―

 「ニャー?」

 「わぁ……可愛いっ!」

 「や、泰葉さん、私にも抱っこさせてくださいっ!」

トイレやベッドのしつけをし始めて、一週間くらい。
グリフォンも段々と新しいお家に慣れて、リラックスしています。

 「この子……グリフォンだっけ、蘭子ちゃんが拾ってきたの?」

 「如何にも。この這い寄る冷気は並の装甲では防げぬだろう」
 (はい。冬のお外は寒くて大変ですから!)

部屋へ遊びに来た肇と泰葉に撫で回されて、グリフォンがちょっと迷惑そうにしてます。

 「新しい飼い主さんを探してるんですよね?」

 「ダー。肇たちも、手伝ってくれると嬉しいです」

 「なるべく内緒で、ね。うん、任せて」

その後、泰葉がどこからか持ってきた毛糸玉にグリフォンが夢中になって。
グリフォンが遊び疲れて眠る頃には、お泊まりしたいと二人にねだられてしまいました。
……グリフォン、人気者ですね?


 「やほー。キツネが居るって聞い……猫やん!」

 「この辺にキツネは住んでないわよ……あら可愛い。ね、ウチの子にならない?」


 「……聞いてたほど蒼くないね」

 「凛は猫を何だと思ってるんだよ」

 「うわー、ふわっふわ。ご飯あげてみていい? ダメ?」


 「この猫、子猫ね……フフッ」

 「利発そうな子ですねー。事務所の招き猫さんになってもらえませんかにゃー♪」



そんな風に、みんなが飼い主探しに協力してくれて。



 「ロシアンブルーか。良い猫を拾って来たじゃあないか、神崎」


3日も経たない内に、寮長さんにばれてしまいました。

― = ― ≡ ― = ―

 「アー……青木、さん」

 「私の事はマストレと呼ぶように」

談話室で、アーニャちゃんと一緒に正座させられちゃってます。
私達の間に挟まれたグリフォンは、前脚の毛繕いに夢中になっていました。
トントンと指で腕を叩くマストレさんの後ろには、申し訳無さそうなみんなの顔が見えます。

 「二人とも、ペットに関する寮の規フミャッは知ってるかな?」

 「選ばれし者の他には、禁じられた地……」
 (「観賞魚など以外は原則不可」、です……)

ニコニコと笑うマストレさんの足下に、グリフォンがじゃれついて。
マストレさんが首の後ろを掴んで、ひょいと顔の高さへ持ち上げました。

 「ふむ。随分と珍しい魚だな。何と言う名前だい?」

 「ミィ」

 「……グリフォン、です。……猫です」

 「なるほど。二人とも、何か言う事があるんじゃあないかな?」

 「……ご、ごめんなさい~っ! お願いだから、追い出さないでっ!」

 「ジュラーヴリク……ごめんなさい、です」


どうしたらいいか分からなくなって、思わずマストレさんに泣きつきます。
ま、まだ新しい飼い主さんも見つけてないし、外に放り出したら死んじゃいます!

 「あーもう。分かった、分かったから。泣くな」

 「……寮長、いじわる……ダメ…………」

 「ニャー」

 「うう……雪美ちゃん、ペロちゃん…………ペロちゃん?」

 「ニャア」

いつの間にか、ペロちゃんを抱えた雪美ちゃんが横に居て。
そういえば、雪美ちゃんも美優さんと一緒に寮暮らしだったっけ。
……あれっ?

 「すまないな。そこまで意地悪するつもりじゃなかったんだが」

 「トーチカ? どういう事、ですか?」

 「説明する。ほら、もう怒ってないからソファに座りなさい」

雪美ちゃんとマストレさんがソファに座ります。
私とアーニャちゃんも向かいに座りました。
グリフォンによじ登られながら、マストレさんが説明をしてくれます。


 「ペットを制限している理由はいくつかある。設備の損壊と鳴き声が筆頭だな」

 「……ペロ……おとなしい子」

 「まぁこんな風に静かな子も居るが、水木のわんこみたいにやんちゃな子も居るんだ」

聖來さん、近くのペットマンションを借りてるって言ってたっけ。
確かにわんこ、元気いっぱいだもんね。

 「それと絨毯や壁紙の汚損。これはペロでもやってしまった事がある」

 「飼い主は……責任取らなきゃだから……お金、払うの」

 「こんな小さな子から取るのも心が痛むが……損壊は損壊だ。給金から天引きさせてもらった」

 「雪美……偉いです」

 「……ぶい」

雪美ちゃんがペロちゃんの前脚を握って、得意げに振ります。

 「……で、だ。ここまでの話を聞いてだな」

頭を軽く振ると、グリフォンがマストレさんの腕の中にころりと落ちました。


 「グリフォンは、よく鳴くか?」

 「凪を愛せし者よ」
 (おとなしいですっ!)

 「ふむ。設備の修繕代を払う用意はあるか?」

 「グラナタミョート……お金なら、私も出します」

 「……まぁ確かに、キミ達なら私の倍以上は軽く稼いでいるか」

今年はいっぱいお仕事したから、お給料も結構もらってる筈です!
うーん、でもお小遣いで払えるかなぁ? お母さんに相談しないと……。

 「近くの部屋の人は、認めてくれるか?」

 「お隣さんだけど、ええよー。奏は気難しいから分からないけど」

 「周子、あなたね……私も大丈夫よ。たまに撫でさせてね。みんなもそうでしょ?」

奏さんが振り向くと、後ろに居たみんなが頷いてくれました。
……えっと、これって、つまり?


 「原則禁止という事は、周囲を納得させられるなら問題無いという事だ」

 「と、いう事は」

 「別にいきなり叩き出したりしないから、今後はきちんと相談しに来るように!」

 「コルネット……飼ってもいいという事ですよ、蘭子」

 「…………や、やったぁ!」

グリフォンを抱き上げて、思わずくるくる回っちゃった!
みんなも駆け寄ってきてお祝いしてくれました。
あっ! でも……。

 「新たなる寄り辺を……」
 (新しい飼い主さんが……)

 「ん? 飼い主は神崎だろう?」

 「少なくとも、もうグリフォンはそう思っていますよ、蘭子」

 「ニャッ」

 「! ……フハハ! グリフォンよ、我が眷属として存分に跳ね回るが良い!」
 (! ……グリフォン、これからもよろしくね!)

ここならお友達も居るし、とっても賑やかに過ごせるよ!


 「……グリフォン、すっかり……みんなのアイドル…………」

 「ミャ」

 「アイドルのアイドル、か。……大物になりそうだな」

― = ― ≡ ― = ―

 「天上の抱き心地よ…………」
 (グリフォン、あったか?い♪)

 「後で、ココアを持って来ますね。舐めたら、めっ、ですよ。グリフォン」

 「フミー……」

窓際にお布団を敷いて、三人……二人と一匹? で、毛布に包まります。
ベランダ越しに見える南の空には、いくつも星が煌めいていました。

 「幾星霜を見届けられるのか」
 (いくつぐらい降るんだったっけ?)

 「降るのは50個くらいです。この部屋から見えるのは多くて20個くらい、かな?」

 「瞬く間の早業か。刮目せねば」
 (結構少ないんだー。見逃さないようにしなきゃっ!)

北海道と比べれば、まだまだですが。
夜に窓を開けていると、ひんやり冷たい空気がお部屋の中に入ってきます。
コンロにヤカンをかけると、私も毛布の中に潜り込みました。

 「ンン……やっぱり、蘭子もグリフォンもあったかい、です」

 「病魔にその身許す事無かれ、氷雪の姫よ」
 (風邪を引かないように気を付けないとね!)


少し風が吹き込むと、グリフォンがぷるりと震えて私の懐に潜り込みます。
でも、やっぱりきらきらしたものが気になるのか、ぴょっこり顔を出して、しきりにお髭を動かしています。

 「ニャフ?」

 「今日は、アントーノフ……おうし座流星群がよく見える日です、グリフォン。とっても、」

 「あっ! 光ったよ、アーニャちゃん!」

 「……とっても綺麗なはずですけど、見逃しちゃいました」

 「ミッ」

試しに息を吐いてみると、あっという間に白く曇って。
冬の元帥さんは、すぐそこまでやって来ているようでした。

 「真夏の夜の夢の如し……」
 (七夕の夜を思い出すね)

 「あの時とは、色々と違いますね。降る星もずっと少なくて、とっても寒くなって、グリフォンが居ます」

 「寂寞に身を委ねるのも一興よ」
 (たまには、こんな静かな夜もいいね)

 「……フフッ。七夕と言えば、火星は分かるようになりましたか、蘭子?」

 「も、もー! その話はやめてったら! ……えっと、あのオレンジのやつ、かな」

 「蘭子。この部屋から火星は見えません」

おしゃべりをして、ココアを飲んで、流星を眺めて。
何となく、昔よりも星が近くにあるような、そんな気がしていました。

― = ― ≡ ― = ―

 「……んにゃ……はふ?」

吹いてくる風が冷たくて、目が覚めちゃった……。
まぶたを開けてぐしぐしとこすると、ようやく朝だという事に気が付きました。

 「あれー……? アーニャちゃん……?」

すぐ隣を見ると、アーニャちゃんもグリフォンも居なくて。
一足先に、朝ご飯か散歩に行っちゃったのかな?
もー、窓くらい閉めてくれてもいいのに。

 「ふわぁ…………ぁ」

テストも近いし、今日も学校でお勉強しなきゃ。
うー……数学をどうにかしないと、またプロデューサーに笑われちゃうもん……。
泰葉ちゃんに教えてもらおうかなぁ?

そんな風に考え事をしながら、着替えて、朝ご飯を食べて。



アーニャちゃんが居ないのに気付いたのは、登校する直前になってからでした。


 『……そっか。知らせてくれてありがとうな、蘭子ちゃん』

 「ぷ、ぷろでゅーさー……私、どうしたら……」

 『蘭子ちゃんは学校だろう? ちゃんと登校して、授業を受けること』

 「でも、アーニャちゃんもグリフォンも……」

 『俺も使える時間は全部、二人を探しに行く。学校が終わったら蘭子ちゃんも手を貸してくれ』

 「……でも」

 『……俺達は、プロだ。学生の本分は、勉強だ。プロのアイドルは、学業も疎かにしない』

 「…………わかった」

 『良い子だ。朝の報告を終えたら俺も探しに行ってくるからな』

寮長さんに知らせた後、すぐにプロデューサーへ電話をかけました。
……アーニャちゃんも、携帯電話を持ってればお話出来るのに。
さっき試しに掛けてみたけど、机の上で充電中のまま光っているだけでした。

 「学校……行かなきゃ…………」

― = ― ≡ ― = ―

午後の授業は、少しも頭に入ってきませんでした。
ケーキ屋への寄り道を断って、放課のチャイムと同時に教室を飛び出して。
電話を掛けると、2秒も待たずにプロデューサーに繋がりました。

 「……帰って来た?」

 『レッスン場と女子寮周辺を探してみたけど、まだ見つかってない』

 「どこに行ったんだろう……」

 『分からん。俺は外せない打ち合わせに出なきゃならないけど、代わりに助けを呼んどいた。そろそろ着く筈だ』

 「助け?」

 『最終手段みたいなもんだ。手が離せなくて悪いけど、蘭子ちゃんも探してくれ』

 「是非も無し!」
 (もちろんです!)

色々な所を探し回りました。


ちょっと怖いマスターさんの居る、いつもの喫茶店。
グリフォンを診てもらった動物病院。
望遠鏡を持って行った河川敷。
猫じゃらしを買った、ちょっと遠くのペットショップ……。


思い付く限りの場所を巡って、でもアーニャちゃんもグリフォンも、どこにも居なくて。

 「…………グスッ……」

とっても、心細くなって。



 「――あらら。泣き虫さんが増えちゃいましたね」


聞こえてきた声に、顔を上げました。


 「……や、約束されし女神!」
 (……茄子さんっ!)

 「はい♪ でもカコだけじゃありませんよー」

 「…………アーニャちゃんっ!」

茄子さんの後ろに、アーニャちゃんも!
私と同じように泣きべそをかいているアーニャちゃんに、勢い良く飛びつきます。

 「もう! ヒクッ……心配、したのに……! よかった……!」

 「……グス……ごめんなさい、でも……グリフォン、見つからないです…………」

 「困りましたね。日も沈みますし、早く見つけないと、グリフォンもアーニャちゃんも風邪を引いちゃいます」

キャリーカートに腰掛けて、茄子さんがむむむと悩んでます。

 「女神よ、何故此処に降誕を」
 (あの、茄子さんはどうしてここに?)

 「お二人と私のプロデューサーさんに頼まれたんですよー。突然だったのでびっくりしちゃいました」

 「……茄子の……グスッ……プロデューサー、も?」

 「ええ。ちょうどロケ帰りで新幹線に乗ってたので、急いで来ちゃいました」


モコモコのコートを被ったアーニャちゃんは、よく見ると体中が汚れていて。
スカート姿のお膝には、ところどころ擦り傷が付いちゃってます。

 「そしたら、事務所へ向かう途中でアーニャちゃんを見つけたんです。もう、財布も上着も持ってないんですから」

 「そ、そうだよっ! 部屋着に、電話も持って行かないなんて」

 「グリフォンが……心配で…………じっとしてられなくて……ごめん、なさい」

 「でも、アーニャちゃんが無事でよかったです。連絡も入れましたし、後はグリフォンですね」

 「……私たち、グリフォンに悪い事しちゃったのかな?」

アーニャちゃんがこんなに探しても見つからなくて。
ひょっとしたら、気付かない内に嫌がる事をしちゃってたり……。

 「まさか! あんなに懐いてたのに、そんな事無いですよっ!」

 「でも、ずっと探して、グリフォンは……」

 「窓が開けっぱなしだったそうですね? きっと、流れ星が気になって追いかけに行っちゃったんですよ」

 「…………フ、フフッ」

 「あ、やっと笑いましたねアーニャちゃん。泣き顔より笑顔の方が、ずっと素敵ですよ♪」

茄子さんの冗談に、アーニャちゃんが思わず笑っちゃいました。
うん、茄子さんの言う通り、アーニャちゃんは笑ってる方がとっても綺麗だよ!


 「さて、お願いされてしまったからには見つけないと。蘭子ちゃんたち、心当たりはありませんか?」

 「イズマッシュ……この近くで、居そうなところは全部探してしまいました……」

 「灯火を見失っては……」
 (わたしも、もう心当たりが……)

 「なるほど。う~ん…………ものは試し、ですね」

はいっ。

茄子さんが、目の前に両手を差し出して。
首を傾げる私たちに、茄子さんが説明を付け加えます。

 「握ってみてください。逆も出来るかもしれません」

 「逆……?」

 「私、けっこう運が良くて。幸運をお裾分けしてみた事があるんです」

 「アブトマート……運?」

 「グリフォンを見つけたい気持ちは、アーニャちゃんたちの方が強いですから。私にもお裾分けしてほしいです」

 「……氷雪の精よ、御意のままに」
 (アーニャちゃん、やってみよ?)

 「……はい」


アーニャちゃんと二人で茄子さんの手をぎゅっと握って。
目を瞑って、頭の中にグリフォンを思い浮かべて。

 「グリフォン……」

アーニャちゃんの呟きが、白い息に乗って空へ溶けていきます。
陽も沈んで、街もすっかり暗くなって。
私たちに手を握られた茄子さんはしばらく、むむむと眉間にしわを寄せていました。


 「――あっちです」


茄子さんが、南の方を一直線に指差しました。

 「女神の選択、か」
 (勘、ですか?)

 「ごめんね。でもそうですね、勘です」

 「行ってみましょう。プロデューサーが茄子を信じるなら、私たちも茄子を、信じます」

 「ありがとう、アーニャちゃん♪」


せめて、寒い思いはしていませんように。


そう願いながら、三人で南へ向かって歩き出しました。

― = ― ≡ ― = ―

 「けっこう遠くまで来ましたけど、なかなか見つかりませんね……」

 「どこかで、コンクールス……見逃してしまったでしょうか」

 「しかしこの地は、遠い記憶を呼び覚まされる……むっ?」
 (でもこの場所、何だか見覚えが……あっ!)

何かを見つけた蘭子が、突然駆け出しました。
茄子と慌てて後を追うと、私にも見覚えのある建物が見えてきます。

 「アーニャちゃん、ここ!」

 「ケーキ屋……そうです。ここに寄り道、して、帰り道、で……」

居ても立ってもいられなくなって、走り出しました。
もう、一ヶ月以上も前なのに、昨日の事のように覚えています。

 「雪姫よ! いま参る!」
 (アーニャちゃん! 私もっ!)

 「ふ、二人とも待って……私、体力はそんなにっ……!」


 「ハァッ……ハッ……」

忘れもしません。
ケーキ屋でモンブランを食べた帰りに、この公園で出会いました。
息を整えていると、蘭子と茄子が遅れてやって来ました。

 「はぁ……はふ……や、約束の地……」
 (この公園だね……)

 「けほっ……二人とも、は、早いです……」

 「……魔獣の姿は」
 (グリフォンは……)

 「……見当たりません……ね」

夕飯時も近付いた公園には、猫どころか人の姿もありませんでした。
街灯に明るく照らされたベンチの下にも、何もありません。

 「そ、そんな……」

 「やっぱり、勘は無理があったでしょうか……」

もう、体力の限界でした。
立っているのも辛くなって、ベンチにへたり込んでしまいました。
見上げると、街灯の向こうの空には一番星が輝いています。



 「…………グリフォン」



 「ミッ」


 「…………っ!!」

後ろの茂みがかさりと揺れて。
私の足下から、ちょっと汚れた、でもふわふわの体とくりくりの目が、ぴょっこりと顔を出しました。

 「みつけたーーっ!!」

 「――グリフォンっ!!」

 「フニィッ……」

小さな体を、ぎゅっと抱き締めます。
何だか苦しそうな声は上げていますが、怪我などは無さそうです。

 「グリフォン……悪い子。悪い子です」

 「ミャ?」

 「帰ったら、うんと叱っちゃいます。おしりぺんぺん、です」

 「……ぷ。ふふっ。アーニャちゃん、そんなに撫でながら叱っても説得力無いよぉ」

一日ぶりに抱いた体は、寒空の下でもぽかぽかあったかくて。
疲れで冷たく固まった私の体が溶けていくようでした。


 「帰巣本能というものでしょうか? 女子寮が分からなくなって、ここなら蘭子ちゃん達に会えると思ったんですね」

 「茄子。テルミナートル……本当に、ありがとうございました」

 「あら、お礼を言うのはまだ早いですよ? 帰ったら、アーニャちゃんもたくさん怒られちゃいますからね」

……困りました。

 「大丈夫ですよ。私も付いていってあげますから! さ、帰りましょう?」

 「魔獣よ、収まるべき玉座は此処に」
 (グリフォンは、ここね!)

蘭子が私の被っていたフードを捲り下ろして、その中にグリフォンをぽすんと放り込みました。
いつもより高い目線が珍しいのか、しきりに辺りをきょろきょろとしています。

 「うーん、そろそろお鍋の季節ですねー」

 「なれば、我が宮殿の晩餐会へ女神も誘おう」
 (じゃあ、今度寮でお鍋パーティしましょう! 茄子さんも来てください!)

 「あら、いいですね♪ 実家からカニが送られてきたので持っていきますよー」

 「パーティー……楽しみです」

後ろ髪をグリフォンにいじられて、くすぐったいです。やっぱり悪い子です。
でも、今は怒りません。だって、私も悪い子、ですから。


だから、悪い子同志。
帰ったら、いっぱい怒って、いっぱい怒られましょう。

― = ― ≡ ― = ―

 「いいかい、アーニャちゃん。アイドルっていうのは、たくさんの人に支えられて成り立っているんだ。分かるね?」

 「はい……」

 「レッスンも会場の下見もすっぽかして。寮長さんも心配してたんだからなー」

 「みんなに……ンン……いっぱい、迷惑を掛けてしまいました……」

 「俺にも監督責任があるからな。一緒にスタッフさん達に謝りに行こうな」

 「分かりました……ンン……ビリュサ…………ごめんなさい、です……」

 「……下僕よ。その矛盾の理、我に説いて見せよ」
 (……プロデューサー。何で撫でながら叱ってるの?)

昨日の大騒ぎから、一晩経って。
事務所に来ると、やっぱりアーニャちゃんはプロデューサーに怒られちゃいました。
……プロデューサーに撫でられながら、目を細めて。

……むぅっ。

 「アーニャちゃんは、みんなに心配と迷惑をかけちゃったからなぁ。そこはプロデューサーとしてきちんと叱らなきゃいけない」

 「ふむ」

 「でも、小さな命を守る為に頑張ったのは、大人として褒めるべき素晴らしい行いだ」

 「ふむ」

 「だから、アーニャちゃんを褒めながら叱っているってわけさ」

 「ンン……プロデューサー、ツェスカ ズォブロヨーフカ……」

 「……むーっ!」

でも、理解と納得は別だって飛鳥ちゃんも言ってましたっ!


 「サボっちゃった分、今日のレッスンは厳しいらしいぞ。頑張ってな、アーニャちゃん」

 「はい。遅れ、取り戻します」

 「蘭子ちゃんも、レッスンもそうだがテストもしっかりなー」

 「むー!」

 「はっはっは。そうむくれるな蘭子ちゃん。テスト終わったら久々に三連休があるぞ?」

 「真か!?」
 (ほんとっ!?)

最近、学校のお勉強とお仕事続きだったから、本当に久々だ!
何しようかなー、グリフォンと一日ゴロゴロするのもいいかなぁ……。

 「もう来月は年末ライブがあるしなー。ライブ前最後の羽を休める時間だと思ってくれ」

 「ライブですか……早い、ですね?」

 「アーニャちゃんも連休が……っと。二人とも、何かやりたい事とかあったか?」

 「並べて世は事も無し」
 (ううん、特には)

 「星を観るのに良い場所を教えてもらったんだけど、行ってみるかい?」

 「……! 行ってみたい、です」

 「左に同じく」
 (私もっ!)


わぁっ、プロデューサーにどこかへ連れてってもらうのも久しぶり!
どうしよう、またお弁当、作ってみようかなぁ……えへへ。

 「おー、そうかそうか。他にも休み重なってる人も居るから、何人か誘ってみてもいいぞ」

 「それなら、泰葉たちにも聞いてみましょう」

 「福音の訪れ!」
 (楽しくなりそうだねっ!)


……と、とりあえず、テストが終わったら、火星の場所だけでも覚えとこうっと。

― = ― ≡ ― = ―

 「私は昔、ネコを飼っていました」

フロントガラスを、雨粒がぽつぽつと叩く中。
グリフォンを膝に乗せて、アーニャちゃんが話をしてくれました。

 「この仔と同じ、ロシアンブルーです。名前は、アーニャ」

 「……? どういう事、ですか?」

後ろの席に座る肇ちゃんが首を傾げます。
……私もよく分かりません。

 「なるほど。親御さんがその猫にちなんで名前を付けたって事かな」

 「ダー。アーニャ……猫のアーニャから、私はアナスタシアという名前を貰いました」

運転席のプロデューサーの言葉に、アーニャちゃんが頷きました。

 「私が生まれるちょっと前に貰われて来た猫でした。赤ちゃんだった私は、いつもくっついていたそうです」

 「混沌は這い寄らなかったのか?」
 (間違われなかったの?)

 「アーニャ、と呼ぶと、私もあの仔も同時に振り返ったと聞いています」

 「……ご、ごめんなさい、ふふっ。想像したら、ふふ」

肇ちゃんが笑いを堪えてます。
……た、確かに。
子猫と一緒に振り向く、ちっちゃなアーニャちゃんを想像したら……ぷ、ふふっ。


 「それから、ずっとずっと一緒に暮らして……残念だけど、2年前に息を引き取ってしまいました」

 「……猫も、俺達くらい生きられたらな」

プロデューサーが、ぽつりと零しました。
思わず助手席から後ろを振り返ると、グリフォンは相変わらずアーニャちゃんの膝の上ですやすやと眠ってます。

 「シュトゥルモヴィーク……おばあさまが言ってました。生き物は、生き終わると星になると」

 「生命の、輝き……」
 (お星様、に……)

 「私も、そうだと思っています。でも、だから」

言葉を選ぶように、アーニャちゃんがしばらく口をつぐみました。

 「手の届かない、星を見るのも。もうどこにも居ない、アーニャと呼ばれるのも。とても、悲しくなりました」

 「アーニャちゃ、」

呼びかけて、途中ではっとしたように肇ちゃんが口を閉じて。
それを見た……アーニャちゃんは、くすりと笑いました。

 「肇。言いましたよ? 昔の話と。今は、星に手を伸ばせます。アイドル、とっても楽しいです」

アーニャちゃんが、グリフォンの頭を指でなぞると。
まだ夢を見ている途中らしいグリフォンが、ゴロゴロと喉を鳴らしました。


 「……ごめんなさい。ツングースカ……暗くなってしまいましたね」

 「なーに、気にするなアーニャちゃん。この雨じゃ湿っぽくなってもしょうがないさ」

 「……友よ。天の恵みは過ぎれば毒ともなる。雲行きは読めぬのか」
 (プロデューサー。雨、止まないけど大丈夫かな……?)

あと30分もすれば着いちゃうのに、雨は一向に止まなくて。
せっかく良い場所があっても、雨雲に隠れたら意味が無いし……。

 「あー。大丈夫だ、心配無いさ」

プロデューサーが、バックミラーの角度を調節します。
泰葉ちゃんたちの乗った車が、離れて後ろを着いて来ていました。


 「着く頃には止んで……いや、快晴になってるんじゃないかな」

― = ― ≡ ― = ―

 「……すごい…………」

車から降りてすぐ、泰葉が空を見上げて立ち止まりました。
泰葉だけじゃありません。
蘭子も、肇も、私も…………ただ、その場で空を眺めてしまいます。

 「魔法か……?」
 (きれい……)

 「これは……言葉も出ませんね」


満天の星空。


空のてっぺんから、山の向こうまで。
隙間を埋めるようにちりばめられた星空は、まるで宝石箱の中に居るようでした。

 「……ここ、東京ですよね?」

 「おー、23区じゃないけどな。流石は泉ちゃん、良い場所を調べてくれるなぁ」

 「雲一つ無くて……手を伸ばしたら、届いちゃいそう……」

辺りを見渡すと、同じような何組かが望遠鏡を立てて、静かに星を眺めています。
冷たい空気を伝わって、星の瞬きが聞こえてきそうな夜でした。

 「――ンナッ」

コートの胸元から、グリフォンがひょこりと首を出しました。
目の前に広がる星空に、さすがのグリフォンも目を丸くしているようです。


 「……ふむ。雪姫よ、これ程の星夜だ。誂え向きの戯曲を授けよう」
 (アーニャちゃん。こんな星空にぴったりの歌、知ってる?)

 「歌……?」

わざとらしく、蘭子が咳払いをして。
それから、空のように透き通った声で歌い出しました。


 「――月無き美空に、煌めく光――」


初めて聴く、でもどこか聞き覚えのある、不思議な歌でした。
ロシア語でも、蘭子の言葉でもなくて。
でも、普段耳にする日本語とも、どこか違って聞こえました。


 「――嗚呼、其の星影、希望の姿――」


そうです。確か、子供の頃に、教会で……


 「――聖歌、ですね。確か、曲名は…………えっと、何でしたっけ? プロデューサーさん」

 「『慈しみ深き友なるイエス』ですよ、茄子さん」

振り向くと、つい最近お世話になった二人が、遅れてやって来るところでした。


 「――やぁ。元気そうですね、アナスタシアさん」


 「トリーッツァチ チトゥィーリ……お久しぶり、です」



お髭は、以前より少し短くなっていました。


 「事務所に、ずっと居ませんでしたね?」

 「ええ。ツアーの準備で近畿中を駆け回っていたもので……」

 「ナォ」

 「ん? ……おや」

首元から顔を出したグリフォンが、風に震える髭に手を伸ばそうとしています。

 「はじめまして、キミがグリフォン君だね。寒くないかい?」

 「ニャッ」

 「はは。そうだね、ばかな質問だったよ」

グリフォンの頭を撫でると、くしゃみを一つして。
茄子に押し付けられて、しぶしぶと言った風にコートを着込みました。
……コート、嫌いなんでしょうか?


 「――無窮の舟に」


蘭子が歌い終わると、私たちから拍手が。
そして、他の観測客さんからも拍手が起こりました。
はっと顔を赤くした蘭子が、プロデューサーの背中にそそくさと隠れます。


 「アナスタシアさん。今の歌は、日本では『星の世界』、星の歌として親しまれているんですよ」

 「ズヴェズダ……?」

 「イエスさんをよく知らなかったから、包容力のある宇宙さんの歌にしちゃったのかもしれませんねー」

そう言いながら、茄子が胸の前で両手を合わせます。
何となくありがたいような、何となくバチアタリなような、何とも言えないポーズでした。

 「本当に、綺麗ですね」

そう言って空を見上げる顔は、冷たい風で赤くなって。
お髭と合わさって、事務所にある……カルマ? のように見えました。
すぐ側では泰葉たちも、天球図を広げて夜空とにらめっこをしています。



 「……星に、手は伸ばせましたか?」


 「ダー。今はもう、こんなに近くに星があります。とっても、綺麗です」

 「そう、ですか。やっぱり、彼にキミのプロデュースを任せて良かった」

 「タルナード? でも、茄子もきらきら、輝いていますよ」

 「まぁ。アーニャちゃんったら、お上手なんですから♪」

茄子の担当になってから、本当に二人は楽しそうで。
私は、この人たちに助けられてばかりで、いっぱい恩を返さないといけません。

 「おーい、アーニャちゃーん。この望遠鏡、どうやって組み立てるんだーい?」

 「さ、プロデューサーが呼んでいますよ。手を貸してあげてください」

 「はい。壊れちゃったら大変、です」

鏡筒を持って首を傾げているプロデューサーの所へ駆け寄って。


 「――グリフォン、アーニャちゃん」


背中から、声を掛けられました。



 「どちらも、とても良い名前だと思いますよ」



 「――ダー。わたしも、そう思います」 「ナー」


私はアーニャで、この仔はグリフォン。


 「氷雪の姫よ! 星々が散ってしまうぞ!」
 (アーニャちゃんっ! 早くはやく!)

 「ふふ……星は逃げませんよ、蘭子」


いつものように見上げた、星空の美しさと。


 「アーニャちゃん、助けてくれ! 手が冷たい!」

 「この三脚、開かないんだけど……」

 「あの、お二人ともひとまず手を離した方が……」


東京の秋の夜の、吸い込まれそうなくらいに澄みきった空気と。



 「ね、アーニャちゃん! あれが火星だよね!」


 「ミー?」


繋いだ手と、胸を満たす、こんなにもぽかぽかとした暖かさも。


 「――フフッ」



私は、これからもずっと、忘れません。


おしまい。
蘭子ちゃんとアーニャはお互いめっちゃ影響受けてそうで相乗効果可愛い


例によってロシア語の箇所はほとんどが適当ですのであしからず
書いてみて分かったけどこの二人を喋らせるのすごく時間掛かるね
アニャ蘭あまり見ないんでみんなも書いてくれ何でもしますから

あと奏ボイス本当におめでとう
書けば付くって事は肇ちゃんも期待してるぜ運営


ちなみに微課金なのでアーニャも蘭子ちゃんもSRはどうにもなりません
誰か助けてくれ


最後の件はほぼ毎回見ている気がするww
奏に声がついて本当によかった


恒常のシンデレラガール蘭子と過去のSR蘭子なら微課金なら十分手に届くレベル
アーニャはしらん、イベントでマストレとスペテク、報酬のガチャチケ、%チケで
高コストSRあんたんしたら売ってスタ集めてればそのうち買えるんじゃね?

>>70
大正義CDSR
なおフリトレで出品されてない模様

奏はこれからCDSRで出るよ
CDSRは絵柄が不安

乙でした
CDSRはフリトレで何度か見た記憶

test
18:55:10

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