女『今歩いているこの道が、いつか懐かしくなるのかな』(170)

男「うっし、引越しの荷物はこれで全部だな」

男「あー腰いてえ」

男「あとは…これだけ書斎に持ち込んでおくか」グイ

……

男「っと」ドサ

カチャン

男「ん? なんだこれ」

男「カセットテープ?」

創作発表板に投下した過去のものです
三点リーダやクエスチョンマークなどをちょっとだけいじってますが
それ以外はほとんど元のままです、多分

【20××.3.20 17:00】

男「1年くらい前のテープか」

男「前に住んでた人の忘れものかなんかかな」

男「かけてみるか」

ガチャリ

男「再生……と」カチカチ

ザ……ザー……

女『あー、あー』

女『聞こえますか?』

男「ん?」

女『えーこんにちは』

男「はあ」

女『今日、この家に引っ越してきたものです』

女『新しい生活にわくわくしています』

男「なんだ、自分語りか。くだらねえ……」

女『あなたに聞いてもらいたくて、このカセットテープに吹き込んでいます』

男「え」

女『一人きり、新しい生活』

女『ペットも飼えないし、寂しいし』

女『あ、このテープは、私のさらに前の人のものみたいです』

男「あん?」

女『なんかミュージシャンの人だったみたいで、録音装置とかカセットが山ほど残ってて』

女『だから有効利用してみようかな、と思いまして』

男「はは、ヒマなやつだな」

女『次の入居者さんに向けて、私のお喋りを録音します』

女『これから毎日、一本ずつ録音していきたいと思います』

男「おいおい」

女『だってめちゃくちゃいっぱいあるんだもん、テープ』

女『この書斎を私の生活スペースにしようかな、と思います』

女『ここなら録音も読書もできるし、音楽も聞けるし』

男「ん、確かにいい部屋だな」

女『窓も大きいし』

男「……防音じゃねえのかな」

男「窓がある録音室ってどうなんだ」

女『このテープ、片面10分なんで、一日10分だけのお喋り』

女『b面は使いません』

男「お喋りって言っても……おれの声は聞こえないだろうよ」

女『という訳で、明日も聞いてくれますか?』

男「……」

女『……聞いてくれたら、いいな』

男「……」

女『あ、これを1年後の同じ日に聞いてるとは限らないですよね』

男「うん」

男「今日は……3月24日だし」

女『今日の分まで、一気に聞いちゃってください』

女『それで、次の日から一日一本!!』

男「栄養ドリンクみたいだな」

女『どうでしょう?』

男「どうでしょうって言われても」

女『先のテープは、まだ聞いちゃダメですからね!!』

女『それじゃあ、また明日』

ガチャリ

男「……」

男「10分ってあっという間なんだな」

男「ま、することもないし、次のやつ聞いてやるか」

【20××.3.21 17:00】

女『えっと、昨日と同じ時間に録音してみました』

女『これを聞いてくれてるってことは、私のお喋り、聞いてくれる気になったんですね』

男「……」

女『うれしい!!』

男「……はは、お気楽な子だな」

女『私、この春から異動してきたんですよ』

男「移動?」

女『まだ新米だから勉強も必要だって言われて』

女『町の広告代理店に、明後日から出勤なんです』

男「ああ、『異動』か」

女『楽しみなような、不安なような……』

女『でもここになら、不安をぶちまけることができそうだし、ちょっとこのテープ、頼りにしてます』

男「おれは一方的にぶちまけられるだけかい」

女『あなたの悩みも、時々聞きますよ♪』

男「聞こえねーだろ」

女『ここ、すっごく交通に不便ですよね』

女『なにしろ町までバイクで30分!!』

男「じゃあなんでここ選んだんだよ」

女『伯父の紹介で、すごく安かったんですよ』

男「お」

女『まだ貯金も全然ないし、安さに勝る優先条件はないですよね』

男「なんか、今、会話みたいになったな」

女『だからここに決めたんです』

男「ちょっと面白いかも、な」

女『とりあえずは1年ちょいの契約』

女『こっちの会社での研修期間も1年なんです』

男「短いな、研修」

女『早く研修終わって、一人前になりたいけど』

女『この家に1年しかいないっていうのはもったいない気がします』

男「だよな」

女『でも次の入居者さんももう決まってるっていうし、仕方ないですね』

男「ん? それっておれのことかな」

男「家決めたのって、いつだっけかなあ」

男「だいぶ前から目はつけてたけど……」

女『明日はちょっと町へ出てみようかと思います』

男「去年22日は、休みの日だっけ」

女『色々と買い物もしなくっちゃね』

男「おお、参考にしようかな」

女『あなたも引っ越してきたばかりなら、参考にしてくださいね』

男「はは、見透かされてんな」

女『それじゃあ今日はこの辺で』

男「……早いな」

女『おやすみなさい』

男「早いだろ」

ガチャリ

【20××.3.22 19:00】

女『今日はちょっとしたハプニングが』

男「おお、いきなりどうした」

女『町に着いた途端ガス欠になったんですよ』

男「あ、はは、遠いしなあ」

女『ガソリンスタンドを探すのに手間取って、あんまり満足にお買い物できませんでした』

男「あーあ」

女『ていうか、バイクって重いんですね』

男「ずっと押してるとそう思うよな」

男「乗ってるだけだと気づかないもんだ」

女『でも、良い発見もあったんです』

女『町への一本道、途中に桜並木道があるんですよ!!』

女『ちょっとだけ、咲き始めてましたよ!!』

女『満開がすっごい楽しみです!!』

男「へえー」

女『あなたも、満開の頃にぜひ見に行ってみてくださいね』

男「いいな、それ」

女『絶対ですよ!!』

男「はいはい」

女『あなたがどんな人なのか、興味があります』

男「お」

女『何歳くらいかな』

女『男の人かな、女の人かな』

女『どんなお仕事してるのかな』

女『ってね』

男「おれは……20代のしがない小説書きだよ」

女『当ててみましょうか』

男「はは、やってみな」

女『小説家の人でしょう』

男「!!」

女『はは、びっくりしましたか?』

男「う、うお、え」

男「嘘だろ」

女『なーんて』

男「は?」

女『当てずっぽうじゃないですよ』

女『不動産屋さんに、聞いてたんです、次に住む人のこと』

男「な、なんだ、驚いたわ、くそ」

女『まあ詳しいことはもちろん聞いてませんけどね』

男「プライバシーというものがあるからな」

女『いいな、私も小説好きなんです』

男「へえ、そりゃあいいことだ」

女『私の知ってる作家さんだったりして』

男「ないない、超無名だから」

男「ていうか去年の今頃だと一冊しか書いてないから」

女『想像すると楽しいですよね』

女『名前、言っちゃダメですよ』

男「言っても聞こえねーだろ」

女『じゃあ、今日はこの辺で』

男「おう」

女『あ、歳が近いってこともチラッと聞いたんで、明日から、敬語やめようと思います』

男「不動産屋の親父……口軽くねえ?」

女『なんか敬語だと、堅苦しくて……』

女『じゃあ、また明日』

男「ふぅ……やれやれ」

ガチャリ

男「あと2本か」

男「一気に聞いちまうかなあ」

【20××.3.23 20:00】

女『こんばんは』

男「はい、こんばんは」

男「こっちはまだ夕方ですが」

女『さっきお料理失敗して、家の中が焦げくさいの』

男「なにやってんだ」

女『いやあ、油断した』

男「なに作ってたんだよ」

女『ロールキャベツって、簡単だと思ってたんだけどなあ』

男「ロールキャベツ焦がせるって、それすごくね? 才能?」

女『今日は仕事始めだったんだけど、そっちの方は、まあ無事終了!!』

男「おお、もう始まったのか」

女『優しい先輩がいてくれて、色々と教えてくれたの』

男「そりゃあ、よかった」

女『私、偏頭痛持ちで心配だったんだけど、ここのところ調子もいいみたい』

女『一回痛くなり始めると、大変なの』

男「へえ」

男「なったことないからわからないけど、普通の頭痛よりも痛いもんなのかな」

女『あと、格好いい上司の人もいたの♪』

男「おお……ちょっと妬けるな」

【20××.3.24 19:00】

女『やっほー』

男「お、テンション高いな」

女『今日も快調ー』

女『先輩も格好いいしー』

女『マキさんも優しいしー』

男「はは、順調だね」

男「おれも明日からそうなるといいんだけど……」

女『今週の金曜日に歓迎会してくれるっていうから、楽しみ!!』

男「おお、いいじゃん」

男「おれも酒飲みたくなってきたな……」

女『うふふ』

男「ビールでも開けるか」

プシッ

ゴクゴク

男「っくぁー!! うめえ」

男「さ、続き続き」

カチャリ

女『始めてまだ少しだけど、私のことばっかり話してるね』

男「ふぅ……」

男「そりゃ、まあ、君のテープだし」

女『あなたの話も聞きたいな』

男「あなたの話もって……」

男「聞こえるのか?」

女『聞こえるよ』

男「……」

男「え?」

女『多分』

男「……」

女『聞こえたら、いいな、ってね!!』

男「ああ、そういうことか」

男「時々シンクロして、びっくりするわ」

女『小説は、進みそう?』

男「ん、まだ取りかかってないしな」

男「これから、これから」

女『どんな小説が好きなの?』

男「ん、読むなら推理小説かな」

男「おれが書いてるのはちょっと違うけど」

女『私はね、ミステリーが好き』

女『ちょっとした日常のおかしさとか、そういうの』

男「へえ」

女『本格的な推理小説は頭がこんがらがるし』

女『かといって恋愛ものもちょっとね』

男「女の子にはそっちの方が好きって子が多いんじゃないか」

女『周りの友だちは恋愛小説ばっかり進めてくるんだけどね』

男「うん、だろうね」

男「気分転換しながら、まあゆっくり書いていくさ」

男「君が好きそうな小説も、いつか書けたらいいな」

女『楽しみにしてるよ』

女『あなたの小説を、読む日を』

男「……」

女『うふふ』

男「はは」

女『ジャンルが違いすぎたら、どうしようって思うけど』

男「ホラーとか?」

女『ホラーとか、ね』

男「はは」

女『じゃあ、また明日』

男「ん、おやすみ」

女『おやすみ、またね』

ガチャリ

男「次は明日か……」

男「明日は何時だろ」

カチャカチャ

男「夜か……」

男「……」

男「とりあえず、飯作るか」

【20××.3.25 22:30】

女『ごめんね、今日はちょっと遅くなったわ』

女『仕事は早く帰れたんだけど……』

男「ん?」

女『頭痛が出ちゃってね、仕事にならなかったんだ』

男「おいおい大丈夫か」

女『心配してくれてる?』

男「ん、まあ、な」

女『ありがと』

男「はは」

男「じゃあ今日はゆっくり休みなよ」

女『薬がまだ残ってるから平気よ』

女『ちょっとボーっとしちゃうけどね』

女『私の頭痛はいきなりガッときて、何ごともなかったようにすっと治まるの』

男「へえ、大変だな」

女『薬がなくなる前に、町でいいお医者さんを見つけなきゃね』

男「……」

女『ま、大丈夫、大丈夫』

女『明日にはきっとケロッとしてるんだから』

男「そうだといいな」

女『明日は歓迎会もあるんだから、絶対行かなくちゃ』

男「無理すんなよー」

【20××.3.26 23:00】

女『今日は快調でありました!!』

男「おう、えらく遅かったな、今日は」

女『先輩に送ってもらっちゃったーうふふ』

男「こんな場所までかよ」

男「先輩、ご苦労さんですね」

女『隣の席でーいっぱい喋ったのーいえー』

男「酔っ払ってるなあ」

男「ていうか、この状態でよく録音できてるな」

女『いえー』

女『ワイン美味しかったー』

男「ワインかーおれは苦手なんだよなあ」

女『あとねえ、上司の人が飲んでた熱燗もちょっともらったの』

男「ああ、アレも無理だわ」

女『あとねえ、ビールも飲んだし、梅酒も美味しかったよう』

男「そんなに色々飲んで大丈夫かよ……」

女『うーん、ちょっと眠い』

男「早く寝なさい」

女『あははははは!!』

男「いきなりハイになるな!!」

男「……」

女『……』

男「ん?」

女『ちょ、気持ち悪い……』

男「え」

女『お、おえ』

男「おいおいおいおい」

女『おえろろろろろろろろ』

男「ぎゃああああああああ」

女『あうー』

男「おいおいおいおい、大丈夫かよ」

女『……おやすみ……』

男「片付けろよ……」

男「ていうか録りなおせよ……」

【20××.3.27 11:00】

女『おはよう』

男「ん、おはよう」

男「珍しく早いな」

女『昨日、私、なに喋ってたのかな』

男「覚えてないのか」

女『床も、その、汚れてた、し……』

男「あー」

女『あ、あはは』

女『ごめんね』

男「謝らなくてもいいけど」

女『うう』

男「あんまり酒飲んだことないのか?」

女『お酒、そんなに強くないの』

男「それなのにいっぱい飲むから」

女『それなのに昨日は飲みすぎちゃった……』

男「しかもチャンポンで」

女『もうしばらく先輩の前では飲まないことにする』

男「そうしな」

女『ああーなんか失礼なこと言わなかったかなー』

男「んーどうだろ」

女『あああ~』

……

男「ははは」

女『うふふ』

女『はあ、なんか色々喋ったら、すっきりしちゃった』

男「昨日吐いてるからじゃね?」

女『ありがとう』

男「おれはなにもしてねえよ」

女『じゃ、またね』

男「おう、またな」

ガチャリ

男「ふふふ……」

男「さて、明日のは何時かなっと」

ゴソゴソ

斉藤和義?

―20××.3.28―

男「ふああ~」

男「眠いな」

男「つうか筆が進まねえ」

男「あ~あ」

編集「あ、あの」

男「おぅわあ!!」

編集「す、すみません」

編集「何回もチャイム鳴らしたんですけどお出にならないものだから……」

男「あ、ああ、今日、来る日でしたっけ」

編集「ええ、お久しぶりですね」

男「そうですね」

>>36
はい、「幸福な朝食、退屈な夕食」からタイトルを借りました

男「コーヒーとか、どうです?」

編集「あ、いただきます♪」

男「まあインスタントですけどね」

編集「うふふ」

編集「この辺、お店も家も少ないようですけど……不便じゃありません?」

男「はは、まあ、たまーに町に出て買い物するのも楽しいものですよ」

編集「へえ~」

男「まあ男一匹、気ままなもんです」

編集「結婚はされないんですか?」

男「予定がないもんで」

編集「そ、そうですか」

編集「新作、売り上げが少しずつ伸びてます」

男「え、本当に」

編集「ええ、口コミから広がって。発行部数増やそうと上に掛け合ってるところです」

男「うわ、うわ、嬉しいな」

男「君がいつもかけまわってくれるおかげで、僕は小説で食べていけるんです」

男「ほんと、いつも、ありがとう」

編集「い、いえ、そんな……」

編集「先生の作品にもともと魅力があるからですよ」

男「いやいや、そんなことないって」

編集「それで、次の作品にも注目が集まっているんですが……」

男「あ、ああ、そうだよね」

男「今あんまり進んでなくて、ね」

編集「そうですか……」

編集「でも、いい環境じゃないですか」

編集「きっといいインスピレーションが湧いてきますよ」

男「うん、そうだといいね」

編集「で、雑誌の方での読者の反響なんですが……」

……

編集「で、ここの数字を……」

男「うん」ソワソワ

編集「あれ、どうしました?」

男「あ、いや、別に」ソワソワ

編集「はあ……」

男「あとやっとく事は、これだけですか」

編集「あ、そうですね」

編集「また来週あたり、取りに来させてもらいます」

男「ああ、はい、よろしくお願いします」

編集「それじゃ、そろそろ帰りますね」

編集「長居して申し訳ありませんでした」

男「いやいや、そんなことないですよ」

編集「では、失礼します」

男「いかん、ちょっと時間が過ぎてしまった」

【20××.3.28 15:00】

女『こんにちは』

男「ほい、ちょっと遅れた、ごめん」

女『今日も町に出てみたよ』

男「ほほう」

女『いい感じの商店街を見つけたので、あなたも行ってみて』

女『お肉屋さんがサービスしてくれるし』

男「それは君だからじゃないか?」

……

女『じゃあ、またね』

ガチャリ

男「うーん」

男「知らず知らずのうちに楽しみになってしまっているな、このテープ」

【20××.4.1 20:00】

女『……こんばんは』

男「ん、暗いな」

男「どうしたの」

女『最近頭が痛いって、言ってたじゃない』

男「あ、ああ」

女『偏頭痛だって、思ってたの』

男「?」

女『今日ね、町で大きめのお医者さんを見つけたから、帰りに寄ったの』

男「へえ」

女『また頭痛薬もらっておこうと思ったんだけど、お医者さんが変なこと言ったの』

男「あん?」

女『念のためレントゲンとっておきましょうか、って』

男「レントゲンって胸じゃねえの」

女『あ、レントゲンみたいなものを、って言ってたの』

女『mri? そんな感じの横文字のやつね』

女『とにかく、詳しく検査した方がいいとか言われて』

男「はあ」

女『偏頭痛って、なにも映らないらしいの、本当は』

男「え」

女『でも、なにか、映ってたの、頭の中に』

男「……」

女『私にはわかんないけど』

女『お医者さんも、気にするほどのものじゃありませんよ、って笑ってたけど』

男「……」

女『怖いの』

男「……」

女『頭の中にね、影があるんだよ』

女『腫瘍とか、そういうのだったらどうしようって思った』

男「……」

女『今までもらってた薬と、違うものも渡されたし』

男「……」

女『突然死んだら、どうしよう』

男「っ!!」

女『あなたに話しかける、この時間が、私の楽しみだったのに』

男「……」

女『今日は、ちょっと、楽しくないや、ごめんね』

男「……」

女『気にしなくていいって言われたから、気にしないことにする』

男「でも」

女『ごめんね、変な話しちゃった』

女『明日からはまた、普通のテンションで、ね』

男「……」

女『じゃあ、おやすみ、またね』

男「……」

ガチャリ

男「……」

男「いきなり、そんなこと言われたって……」

男「テープはずっと先まであるじゃないか……」

 女『先のテープは、まだ聞いちゃダメですからね!!』

男「突然死んだり、しないよな、な」

男「……」

男「頼むから」

男「……」

男「はは、テープはもう止まってるってのに、誰に話しかけてるんだ、おれは」

男「寝るか……」

【20××.4.2 19:00】

女『おいっす!!』

男「おいおい、テンション高いな」

女『今日はね、雨が降っちゃって』

男「おお」

女『春雨!!』

男「お、おお」

女『いやー30分雨にうたれながらの通勤ってのは最悪ですね!!』

男「その割には嬉しそうだな」

女『先輩が優しくココア入れてくれたし……』

女『それに、先輩のタオル借りちゃった♪』

男「ああ、それでか」

女『帰りには雨もあがってたし、30分頑張った甲斐があったわ』

男「はは」

……

女『このテープがあなたのもとに届くまでに、1年間かかるわけじゃない?』

男「うん」

女『それって、なんだか不思議だなって、思ったの』

男「どういうこと?」

女『私の今を、あなたは1年後に同じように共有してくれるわけじゃない』

女『あなたにとっての私は過去だけど、私にとってのあなたは未来なの』

男「はあ……まあ、そういうことだな」

女『1年間だけ時空を超える、タイムカプセルなのよ、このテープは』

男「はは、幻想的だな」

女『それも10分間だけの、ね』

男「10分間だけ、か」

男「インスタントだな」

女『インスタント・タイムカプセルよ』

男「……」

男「お、おお」

女『素敵よね』

男「君の発案だろ?」

女『さすが私!!』

男「ははは」

【20××.4.3 13:00】

女『おやすみイエーイ!!』

男「……」

女『イエーイ!!』

男「……」

女『イエーイ!!』

男「うるせえよ」

女『今日もお昼ごはんをつくるの失敗したよ!!』

男「イエーイじゃねえじゃん」

女『はっはっは、笑っとけ笑っとけ』

男「おいおい」

男「ま、元気でなによりです」

男「今日はなにを失敗したんだよ」

女『パスタをアルデンテにしようとしたら固すぎたの』

男「……それでよく一人暮らししようと思ったな」

女『もっかい茹でたら味がなくなったの』

男「馬鹿すぎるだろ」

女『だから今日は塩パスタだったの……』

男「……」

女『……イエーイ』

男「悲しい」

【20××.4.4 15:00】

女『おやすみイエーイ!!』

男「それは昨日も聞いた」

女『あれ? 聞こえないよ?』

女『イエーイ!!』

男「……イエーイ」

女『声が小さいぞー』

男「聞こえねーだろ」

女『イエーイ』

男「はいはい、イエーイ」

男「なんだこのノリは」

【20××.4.9 18:00】

女『今日はとても残念なお知らせがあります』

男「あん?」

女『先輩に彼女がいました……』

男「お、おう、そっか」

女『仕事をする気力が起きません』

男「……」

男「なんでそれがわかったんだ」

女『今日、思い切って、晩御飯を誘ったら、彼女と予定があるって』

男「……」

女『うう……』

男「ま、まあ、気を落とすなよ」

女『ブルー』

女『マジブルー』

女『マジレンジャー!! ブルー!!』

男「そんな特撮ありそうだな」

女『マジレッドはいつも充血してるの』

男「は?」

女『マジイエローはいつもシャツが黄色いの、洗ってないから』

男「お前はなにを言っているんだ」

女『マジピンクは淫乱だけど処女なの』

男「おい!! その口閉じろ!!」

女『ちょっと今日は調子が悪いな……』

男「絶好調じゃね」

【20××.4.12 20:00】

女『今日は、続、残念なお知らせです』

男「またか」

女『先輩の彼女って言うのはマキさんのことでした』

男「……おおう」

女『マジブルーです』

男「マジブルーはどういう特性なの」

女『マジブルーは結婚を間近に控えた鬱気味のolです』

男「マリッジブルーじゃねえか」

女『姑さんに早速目の前で愚痴を言われまくったんです』

男「重いよ」

女『でもね、もういいの』

女『新しい恋を探して頑張るの』

男「前向きだな」

女『先輩の名前って、言ったことあったっけ』

男「いや、知らない」

女『伊達先輩って言うの』

男「伊達さんね」

女『マキさんと結婚したら……』ププ

男「……」

女『伊達巻き!!』ブフゥ

男「おうふ」ブフゥ

女『って思ったら、すっきりしちゃった』

男「楽天家でいいね、君は」

女『でもまあ、しばらくは頑張って仕事に打ち込んで、忘れようと思う』

男「ん、頑張れ」

女『あなたはお仕事進んでる?』

男「ぼちぼちかな」

女『インスタント・タイムカプセルを題材にしてくれたら、読むからね』

男「……ん」

女『うふふ』

男「……そっか、失恋か」

 女『新しい恋を探して頑張るの』

男「……」

男「あれ、なんでおれ、ホッとしてるんだろう」

男「応援してるつもりだったのに……」

男「……」

男「まあいいや、寝よ寝よ」

【20××.4.14 8:00】

女『おはよう』ハァハァ

男「去年の今日って平日じゃないのか」

男「なんで8時?」

女『今日……バイクが……壊れましたあ……』ハァハァ

男「おいおい」

女『だからね、会社に電話してね、今バイク押してます』ハァハァ

男「なにやってんだよ」

女『ただ歩くだけじゃしんどいから、ポータブルのやつ使って録音しながら、出勤』ハァハァ

男「無理して喋るなよー」

女『今ね、桜の木が満開なの』

男「へえ」

女『前に話したよね、並木道の話』

男「ああ」

女『ほんと、きれいなの』

男「……今日は町に出てみるか」

女『今歩いているこの道が、いつか懐かしくなるのかな』

男「……」

女『そんなふうに、いつか振り返れたら、いいな』

男「……」

女『あなたの今には、私はその家にいないんだよね』

男「そうだな」

女『実家に戻ってるのかな』

男「実家どこなんだろう」

女『それとも研修が長引いていて、まだ近くに住んでるかな』

男「……」

女『想像できないけれど、今を懐かしく振り返れてる人生なら、いいな』

男「……」

女『病院とかだったら、やだな』

男「やめろって」

女『えへへ、冗談冗談』

男「笑えないんだよ」

……

男「お、いらっしゃい」

編集「またチャイム鳴りませんでしたよ」

男「ははは、直そうと思わなくって」

編集「どうしてですか、不便ですよ」

男「君くらいしか来ないからね」

編集「……」

男「はっはっは」

編集「毎回毎回不法侵入してる気分の私の身にもなってくださいよ」

男「はっはっは」

男「今書いている短編が終わったら、次に書きたいものがあるんですが」

編集「お!! いいですね!!」

男「お互いに顔も知らない同士の二人が、カセットテープでつながる話なんです」

編集「ほうほう」

男「仮タイトルはインスタント・タイムカプセルで」

編集「ノリノリじゃないですか!!」

編集「なんですか、いいインスピレーションが湧いたんですか」

男「ええまあ」

編集「なんだか生き生きしてますよ、先生」

男「そうですか?」

編集「なんだか顔色もとってもいい感じ」

男「ふだん顔色悪いんですか、僕」

編集「あああ、いや、いや、そういうことではなくて」

男「ははは」

編集「あはは」

男「今度までにプロット作っておきますから」

編集「はい、楽しみにしてます」

編集「でも、今書いてるものを落とすことはしないでくださいよ」

男「はいはい」

編集「では、また来ます」

男「はーい」

編集「あ、あの、先生」

男「ん?」

編集「あの、この間素敵なイタリア料理のお店を見つけたんです」

男「ふうん」

編集「で、ですね、今度ご一緒に行きませんか?」

男「え」

編集「あああ、もちろん、お暇でしたら、ですけど」

男「ああ、いいですね」

男「僕、町の方あまり知らないし、案内してくださいよ」

編集「はっ、はい!! 喜んで!!」

【20××.4.29 16:00】

女『今日はマキさんとランチしてきたよ♪』

男「おう、祝日か、今日は」

女『おいしーいイタリアンのランチ♪』

男「イタリアンねえ」

男「そういやあれから編集さんと具体的な約束してないな」

女『マキさんが、先輩に告白したお店なんだって』

男「……へえ」

女『そういう成功したカップルがたくさんいるんだって、ネットで紹介されてるお店らしいの』

男「……へ、へえ」

女『その話はちょっとつらかったけど、私もいつかこのお店で告白とかしてみたいなあ』

男「……」

女『だってね、すっごく素敵な雰囲気なのよ』

男「……」

女『男の人も入りやすそうだし、だけどムードもあるし』

女『ランチでもディナーでもいい感じのお店だったよ』

女『あなたも是非、行ってみてね』

男「……」

女『あ、そういえば、あなたはいい人がいるの?』

男「ん……」

女『知らないな、そういう話』

男「どうかな」

男「わからない」

女『実を言うとね、私、まだ会ったこともないのに』

女『あなたが、ちょっと、気になるの』

男「!!」

女『えへへ、変だよね』

男「……」

男「おれも……かな」

男「変だよな」

女『色んな想像を、毎日してるの』

女『あなたはどんな人なのかなあって、ね』

男「……」

男「おれもだよ、多分」

男「毎日想像してる、気がする」

女『失恋したばっかだけど、いや、だからこそかな』

女『気になっちゃうんだなあ』

男「へえ」

女『みつを』

男「はあ?」

女『なーんて、ね』

男「あん?」

女『気にしないで、ただの戯言よ』

男「はいはい」

男「いい人、かあ」

男「具体的な約束、しようかな、早いとこ」

【20××.5.5 11:00】

女『おはよう!!』

男「おう、おはよう」

女『子どもの日だね』

男「そうだな」

女『ああ……ゴールデンウイークが終わっちゃうね……』

男「君はずっと遊んでたじゃないか」

女『仕事がまた始まるなあ……』

男「嫌なのか」

女『五月病かな』

男「嘘吐け」

女『やっぱイケてるolとしては、流行りものには手を出しとかないとね!!』

男「そんな五月病患者があるか」

女『ゴールデンウイークは楽しかった?』

男「おれの仕事に祝日はあまり関係がないからなあ」

女『あ、作家さんにはあまり関係ないか』

男「そういうこと」

女『なにもなかった?』

男「昨日編集の人とご飯食べに行ったよ」

女『……』

男「そんで、告白された」

女『……』

男「……」

女『私は、特になかったかな』

男「遊んでたろ」

女『さ、明日からは切り替えて、頑張るからね!!』

男「全然五月病じゃないじゃん」

女『あ、そういえばね』

……

男「君には話したいけど」

男「おれの声は届かないんだよなあ」

女『でね……』

男「はあ……」

女『じゃあ、また明日ね』

男「ん、また明日」

ガチャリ

男「……」

男「返事、どうすっかなあ」

 女『あなたはいい人がいるの?』

男「いい人、なのかなあ」

男「どうすればいい?」

 女『……』

男「おれが決めること、だよな」

【20××.5.6 19:00】

男「今日、編集さんに、ごめんなさいって言った」

男「……」

男「あれで、よかったのかな」

男「わからない」

男「だけど、今は、彼女のことを考える余裕がない」

男「悲しませるだけだと思うから」

男「言い訳だな、結局」

ガチャリ

女『おいすー気分はどう?』

男「ぼちぼちだ」

女『そりゃあよかった』

男「ぼちぼちだっつったろ」

【20××.6.11 21:00】

女『明日ね、大学のときの友だちが結婚するから、結婚式に行ってくる』

男「おう、行ってらっしゃい」

女『羨ましいなー』

男「いいじゃん、そのうちできるさ」

男「……おれと違って、な」

女『デキ婚らしいんだけど』

男「じゃあダメだろ」

女『でも……いいな……結婚』

男「ジューンブライドってやつだな」

女『ジューンブライドってやつよ』

男「……」

男「最近一層シンクロするようになったな」

女『雨降らないかな、心配』

男「去年の天気なんかわかんねえよ」

女『テルテル坊主、あなたも作っといてくれない?』

男「一年前にさかのぼって効果あるのか」

女『お願い』

男「……仕方ねえなあ」

【20××.6.12 23:00】

女『晴れたよ!! ありがとう!!』

男「ほんとかいな」

女『あなたがテルテル坊主作ってくれたおかげよ』

男「どうだろな」

女『結婚式、楽しかった♪』

女『プチ同窓会の気分だったわ』

男「よかったな」

女『あ、それに旦那さんなかなか格好よかったよ♪』

……

女『じゃあ、おやすみ、またね』

男「ん、またね」

ガチャリ

男「お勤めご苦労さん、テルテル坊主」

【20××.7.15 19:00】

女『クーラーが壊れたあ!!』

男「おいおい、マジか」

女『暑いよー』

男「まだ暑くないだろ」

男「ていうかクーラー付けるの早くないか」

女『死ぬー』

男「ああ、まあこの部屋は日当たりがいいしなあ」

女『土曜日さっそく修理に来てもらうことにしました』

男「行動も早いな」

女『この家にしては、おんぼろじゃない? このクーラー』

男「そうかな」

女『直ったらいいな』

女『新しいの買う余裕はないもんね』

男「今は、直ってんのかな」

男「えっと、リモコンはどこだろ」

女『私暑いの苦手なんだ』

男「お、あったあった」カチッ

女『寒いのも苦手だけど』

男「ん? あれ?」カチカチ

女『あなたはどっち?』

男「どっちも平気」

男「……クーラー付かないじゃんよ」

男「直ってねえぞー」

女『今日は窓開けて寝ることにする』

男「直ってねえって」

女『修理のお兄さん、電話では気前がよさそうだったから、安くしてもらえないかなあ』

男「……おれも修理頼むことにするかなあ」

男「でも、君の修理結果を聞いてからにしようかな」

女『あー早く直したい!!』

男「ええい、うるさい」

女『ちゃんとしっかり直しておいてもらうからねー』

男「一年でまた壊れてるぞ畜生!!」

【20××.7.17 13:00】

女『クーラー復!! 活!!』

男「おお、よかったね」

女『でも高かった……』

男「ドンマイ」

女『やっぱ型が古いらしくって、ガタが来てるって言われちゃった』

男「でも、その修理も一年持たなかったんだよなあ」

女『今日から快適よ』

男「おし、おれも修理してもらおうかな」

……

修理人「あーやっぱりガタが来てますねえ」

男「はは、そうですか」

修理人「新しいのに替えませんか」

男「いや、でも、これがいいです」

修理人「愛着でもあるんですか」

男「ええまあ、そういう感じで」

修理人「いやーしかし……確か……」

男「?」

修理人「去年も僕ここに修理に来た覚えがあるんですけどねえ」

男「!!」

修理人「勘違いかな……」

男「あ、去年は、別の女の人が住んでいたはずなんですが」

修理人「ああ、そうそう、女の人でしたね」

修理人「ちょうど一年くらい前ですかねえ」

男「ど、どんな人でした!?」

修理人「どんなって……いたって普通でしたよ。可愛らしい感じで」

男「げ、元気そうでしたか」

修理人「ええ、ニコニコしてて、元気そうな子でしたよ、確か」

男「そうですか……良かった」

修理人「?」

【20××.7.23 21:00】

女『明日、プールに行ってくるよ!!』

男「お、いいね」

女『今年初水着だよ!!』

男「ほほう」

女『……見たい?』

男「見れないから」

女『うふふ、見たいでしょう』

男「見れないっつってんだろ」

女『私のナイスバデーを明日晒してくるわん』

男「ナイスなのか」

女『……』

男「本当にナイスなんだな」

女『……』

男「嘘か」

女『ま、まだ発展途上だよ!!』

男「社会人がなに言ってんだ」

【20××.7.24 17:00】

女『マキさん、超巨乳だった……』

男「完敗か」

女『お、女の魅力はおっぱいだけじゃないよね!!』

男「……」

女『ね!!』

男「そ、そうだな」

女『スレンダーな方がいいって言う人もいるよね!!』

男「うん、確かにそういう人もいるよね」

女『……』

男「落ち込むなよ」

女『牛乳、いっぱい飲むことにする』

男「悪あがきはやめなさい」

【20××.7.30 22:00】

女『明日は夏祭りに行ってきます!!』

男「遊んでんなあ……」

女『たこ焼き!! リンゴ飴!! わたあめ!!』

男「祭と言えば金魚すくいだろ」

男「祭なんて久しく行ってないなあ」

女『今度は浴衣で勝負だよ!!』

男「またマキさんと張り合おうってのか」

女『ふふふ、浴衣はスレンダーな方が似合うんだよ!!』

男「頑張れー」

【20××.7.31 23:00】

女『私、認識を改めないといけないなって、思いました』

男「どうした」

女『……』

男「?」

女『巨乳でも浴衣が似合う人っているんだね』

男「……」

男「ドンマイ」

女『でもわたあめ美味しかった』

男「そっか」

女『あとね、私の部屋に金魚が来たよ』

男「大事にしろよ」

女『名前、どうしようかな』

男「金ちゃんでいいんじゃね」

女『ゴウちゃんでどうかな』

男「いかつすぎるだろ」

女『ゴールドのゴウ!!』

男「金ちゃんの方が可愛いって!!」

女『よろしくね、ゴウちゃん』

男「あああ……」

【20××.8.11 20:00】

女『暑すぎるんだよ!!』

男「こっちもだよ」

女『クーラーが唯一の友だちなんだよ!!』

男「お、おう」

男「?」

女『晩御飯作る気が起きないんだよ!!』

男「その『だよ』って言う語尾は何なんだ」

女『今日はもうお惣菜で我慢するんだよ!!』

男「なんか影響されたのか?」

女『だよ!! だよ!!』

男「?」

【20××.8.12 22:00】

女『昨日に引き続き、暑すぎるんだよ!!』

男「はいはい、クーラーが友だち」

女『クーラーが唯一の!! いや!!』

男「繰り返すのが好きなんだな、君は」

女『あなたの次の友だちなんだよ!!』

男「友だち少なすぎんだろ」

男「3番目は誰だよ」

女『3番目は……ゴウちゃんだよ』

男「寂しすぎんだろ」

男「今どきのol寂しすぎんだろ」

女『寂しくなんてないんだよ……』

男「……ドンマイ」

男「職場で友だちいねえの」

女『マキさんは優しいけど、先輩だし』

男「……」

女『他に年の近い人がいないから……』

男「大学時代の友だちとか」

女『小学校から大学まではずっと地元だったからなあ』

男「離ればなれか」

女『……』

男「ってか、語尾がなくなってるぞ」

女『……』

男「何の影響だったんだよ」

【20××.8.21 18:00】

女『こんにちわー』

男「おう」

女『昨日マキさんに漫画を借りたので、今日は一日中読んでたの』

男「へえ」

女『だぴょん』

男「は?」

女『だぴょん!!』

男「……ま、まあ君が影響されやすい子だってのは良く分かった」

女『左手は添えるだけ!!』

男「はいはい」

女『そういえばさ、左手ってどうしてるの? 男の人って』

男「ぐふっ」

女『あのときはやっぱりヒマしてるの?』

男「な、何の話かな」

女『それとも添えてるの?』

男「添えてませんけど」

女『働くのはやっぱり右手なの?』

男「ちょっと黙ろうか」

女『左手は添えるだけ!!』

男「うるさい」

【20××.9.17 23:00】

女『ういひひ、ただいま~』

男「おいおい、酔っ払ってんのかよ」

女『お酒美味しかったあ』

男「ったく、そんなに強くないくせに」

女『今日はね、一人だったの』

男「あ、マキさんとじゃないのか」

女『一人で寂しくお酒飲むのって、憧れだったの』

男「そんな憧れ捨ててしまえばよかったのに」

女『寂しかった……』

男「当たり前だろ」

男「最近悩みらしいこと言ってなかったのに、どうしたんだ」

女『寂しいよう……』

男「おれが聞いてるだろ」

女『……』

男「おれの声は、やっぱ届かない、よな」

女『……あなたに聞いてもらえるこの時間だけが、私の安らぎなんだ』

男「お、おう」

女『自分で決めたこととはいえ、もっと長い時間にすればよかったなあ』

男「でも、テープは10分しかないんだろ」

女『b面も使えばよかった……』

男「ああ、そうか」

男「でも10分だからこそ、ここまで続いてるんじゃないか」

女『あなたからの返事が聞きたいよう』

男「おれはずっと聞いてるから」

男「たった10分だって、毎日楽しみにしてるんだから」

女『寂しいよう』

男「おれだって、おれの声が届かないのは寂しいんだよ」

女『ごめん、愚痴っぽくなっちゃったね』

男「いいよ、ここはそういう場所だろ?」

女『ごめんね』

男「いいって」

【20××.9.18 11:00】

女『……おはよう』グス

男「おはよう。なんだ、泣いてんのか」

女『昨日の、お店にい……』グス

男「あん」

女『大事な時計、忘れちゃったあ』グス

男「おいおい」

女『取りに行ってくる……』

男「お、置いてくれてるといいな」

女『大事にしてたのに……』

男「大丈夫だって」

……

女『じゃあ、また明日ね』

男「おう」

ガチャリ

男「……」

男「おい、結果発表は明日かよ」

男「時計は結局あったのか、なかったのか」

男「……」

男「こういうとこ、ちょっと不便だよな」

【20××.9.19 13:00】

女『おいっす!!』

男「おう」

女『今日はオムライスをつくったよ!!』

男「へえ、今日はうまくいったのか」

女『……』

男「?」

女『オムライスっぽいものをつくったよ!!』

男「失敗なのか」

……

女『じゃあ、またね!!』

男「おーう」

ガチャリ

男「……ふう」

男「おれもそろそろ飯作るか」

男「……」

男「って、時計は!!」

【20××.10.17 20:00】

女『ふと町に出てみたら、お祭りやってたの』

男「へえ、秋祭りか」

女『御神輿担いでる人たちがいて、写メとっちゃった♪』

男「見たいけど」

女『見たい?』

男「見れないしな、どうせ」

女『ね、御神輿って担いだことある?』

男「ないなあ」

女『私、担いでみたかった……』

男「女の人は無理だろ」

女『女の人の御神輿もあったのよ』

男「へえ」

女『高校生くらいの子も担いでたなあ』

男「そういうのもあるのか」

女『あと、フランクフルト美味しかった』

男「また食ったのか」

男「なんか君は食べ物の話が多くないかね」

女『太っちゃう』

男「ほいほい買い食いするからです」

女『ときに』

男「ん」

女『小説は進んでる?』

男「ぼちぼち」

女『早く読みたいなあ』

男「出版されたらあげるよ」

男「と、言いたいんだけどなあ」

女『最近読んだ本で面白かったのはね……』

……

男「小説、進めなきゃ、な」

女『じゃあ、おやすみ』

男「おう、おやすみ」

ガチャリ

男「……どうしたら、いいんだろう」

 女『早く読みたいなあ』

男「……読んでくれるかな」

【20××.11.11 22:00】

女『やあ』

男「おす」

女『今日地震あったんだ』

男「あれ、そうだっけ」

女『あんまり大きな地震じゃなかったけど、仕事中でびっくりしちゃった』

男「そりゃあ、災難だったな」

男「まあ、無事そうでよかったよ」

女『電気とか揺れてたし』

男「机の下に隠れたか?」

女『小学校のときの避難訓練思い出したの』

男「机の脚は対角線で持つといいんだぜ」

女『いやあ、なんにしても怖かった』

男「仕事は?」

女『仕事の方は特に問題はなかったんだけど、ちょっと書類が散乱しちゃったのがねえ』

男「ああ」

女『うち、もともと整理された職場じゃないし……』

男「ははは」

女『家に帰ってきたらマグカップ一つ割れてたしい』

男「あらら」

女『まあ、この程度で済んでるんだからよかったのかなあ』

男「そうそう」

【20××.12.1 21:00】

女『もうすでに世間はクリスマス一色ですよう』

男「おお、もうそんな時期ですか」

女『寂しいよう』

男「おれはもっと寂しいよ」

女『駅前でおっきなツリーの準備が始まってたよ』

男「まだ結構先なのになあ」

女『クスマスの日は家で一人パーティするからね!!』

男「どうせおれは10分しか参加できないんだよなあ」

女『チキン食べるから!!』

女『シャンパンも買っちゃうんだから!!』

男「酒はほどほどにしとけよ」

【20××.12.10 22:00】

女『クリスマスにみんなでパーティすることになったよー』

男「おお、よかったじゃん」

女『先輩もマキさんも二人で過ごせばいいのにねえ』

男「大人になったな」

女『まあ他の部署の人もいるみたいだけど』

男「男前がいるといいな」

女『私のコミュニケーション能力でイケメンひっかけちゃうぞ!!』

男「はは、頑張れ」

女『嘘』

男「……」

女『無理無理、そんなの』

男「だよねー」

【20××.12.17 20:00】

女『やあ』

男「やあ」

女『クリスマスにね、みんなでプレゼント交換することになったんだけど』

男「へえ、面白そうだね」

女『なにがいいかな』

男「おれのアドバイスは聞こえないだろ」

女『男の人も女の人も喜ぶものって限られてるよねえ』

男「ああ」

男「結局無難なものになっちゃうよな」

女『こけしとかどうだろ』

男「それはやめとけ」

女『ちょっとエッチなパーティグッズもありってネットで見たんだけど』

男「それもやめとけ」

女『ちょっと買うのが恥ずかしいなあ』

男「やめとけええ!!」

女『あのねえ、見た目は可愛めのやつがあってね……』

男「ダメ!! ダメ!! 絶対!!」

【20××.12.19 14:00】

女『結局マグカップにしたよ』

男「ふぅ、安心したよ」

女『やっぱり無難なのが一番だよね』

男「そうそう」

男「エログッズ買わなくてほんとよかった」

女『そういえばプレゼント買いに行った店にね、面白いものが売ってたの』

男「ほう」

女『何だと思う?』

男「……」

男「エログッズでなければ何でもいいです」

女『答えは!! ジャジャーン!!』

男「古っ」

女『頭痛持ちのあなたに!! ズキンシップ!!』

男「名前が嘘くさい!!」

女『首周りにペタっと巻くだけで、頭痛が和らぐんだって』

男「へえ、いいじゃん」

男「でもやっぱ名前が酷いな」

女『今夜からこれ巻いて寝ることにする♪』

男「それで頭痛がひくといいな」

女『ていうか、早速巻いてみる』

男「……ガッカリグッズじゃありませんように」

女『冷たい!! なにコレ!!』

男「湿布なのか?」

女『うひゃああああああ』

女『痛い!! 首筋が痛い!!』

男「おおお、悶絶してるな」

女『ひゃあああああああ』

男「ガッカリグッズだったか……」

女『あれ? ちょ、気持ちいい……?』

男「あれ?」

女『やったー快調だよ!!』

男「あれ……意外」

女『最近あんまり頭痛は出てなかったけど、万一ってことがあるからね』

女『予防もかかさないのさ!!』

男「おう、それがいい」

女『あなたも頭痛に悩まされたら、ズキンシップ!!』

男「いやーおれは遠慮しておくよ」

女『ズキンズキン!!』

男「それ痛いときの効果音だろ」

【20××.12.25 20:00】

女『先輩からマフラーもらったああああ』

男「おお、おめでと」

男「ふっ切ったんじゃなかったのか」

女『暖かいよう』

男「ていうか今までマフラーなしで生活してたのか」

男「バイクじゃ寒いだろうに」

女『あとねえ、別の部署の男の人から、アピールされたよう』

男「お」

女『メアド渡されてーよかったらメールくださいっみたいな』

男「へ、へえ」

男「モテるんだなあ」

女『まあ、まだメール送ってないんだけど』

男「……」

女『どうすればいいかなあ』

男「ん、どうすればって」

男「好きなようにしてみれば?」

女『思い切って送ってみようかなあ』

女『でもなあ、どうしようかなあ』

男「悩むんだったら、やめとけば」

男「……」

女『まあ、明日考えよ』

男「……」

女『おやすみ!!』

男「ん、おやすみ」

ガチャリ

男「なんだおれ、妬いてんのか?」

男「みっともねえ」

男「男だったらさ、応援してやれよ」

男「……くそ」

【20××.12.29 19:00】

女『今日は仕事納め!!』

男「お、おつかれ」

女『今年もあと少しだね!!』

男「そうだな」

男「あんまり実感ないけどなあ」

女『年賀状はもう出した?』

男「いや、出さない派」

女『私は可愛いイラスト描いてもう出したよ♪』

男「へえ、絵描くのか」

男「今までそんな話出なかったのに」

なぜコロコロidが変わるのか……
スタンバイ状態だからかな

女『あ、そういえばね、前メアドくれたって言ってた人いるじゃん』

男「お、おう」

女『やっぱりメールしなかったの』

男「……」ホッ

男「いやいや、なんでホッとするんだよ、おれ」

女『あの人ねえ、他にもいっぱいメアド渡してたんだって』

男「そっか」ホッ

男「悪い男にひっからなくって、よかった」

男「っていう安心だ、うん、おれおかしくないぞ」

【20××.12.31 23:55】

女『こんばんわー』

女『今年も残すところあと僅かですね!!』

男「おう、今日だけなんか時間が違うな」

女『今日だけはね、年越しをあなたとしたいなって思って』

女『いつもちょうどの時間に録音してたんだけど、今日だけ特別!!』

男「いやあ、今日は朝からヒマでヒマでね」

女『年越すぞー』

男「おおー」

……

女『あと5秒!!』

女『せーのお』

男「ハッピーニューイヤー!!」

女『新年明けましておめでとうございます!!』

男「ハモらなかった……」

女『いやあ、今年もどうぞよろしくお願いします!!』

男「はあい、こちらこそ」

女『でも一緒に新年を迎えてるってのに、年号が違う、干支が違うって変な気分』

男「んー」

……

女『ズバリ!! 今年の目標は!!』

男「おお」

女『ああ、時間がない』

女『今年の目標は、cmの後で!!』

ガチャリ

男「……」

男「引っ張るねえ」

男「1月1日のテープは、と」

カチャカチャ

男「昼じゃねえか!!」

【20××.1.1 12:00】

女『おはよう!!』

男「寝てたのか」

女『朝寝は最高ですね!!』

女『しかもコタツで!!』

男「ちくしょう、羨ましい」

女『今からおせちを食べるよ』

男「おお、作ったのか」

女『作ったのはちょっとだけ』

女『ほとんどお惣菜です』

男「なんだ、そっか」

女『でも年末に買いこんでおいて正解だったわ』

女『しばらく外出しないだろうし』

男「まあ閉まってるしな、店も」

女『太っちゃうう』

男「運動しなさい」

男「って、おれも偉そうに言えないけども」

女『でもね、正月くらいはね、いいよね』

女『さあさあ、熱燗もいっちゃうよ~』

男「おおおい、大丈夫かよ」

女『うひょ~』

男「早いよ、酔うのが」

女『という訳で、今年の目標は、太らず!! 楽しく!! おいしく!!』

男「地味に語呂が悪いぞ」

女『お酒ももう少し飲めるようになりたいし』

男「うんうん」

女『頭痛も最近やわらいできてるみたいで調子いいし』

男「……うんうん」

女『料理もうまくなりたいし!!』

男「そこ重要だね」

女『いい一年にするぞ!!』

男「頑張れよ」

【20××.1.10 14:00】

女『今日、町の方で成人式やってたよ』

男「ああ、ニュースでも、どこもかしこも成人式だな」

女『ああ、懐かしいなあ』

男「ほんの数年前だろ」

女『あなたは成人式、行った?』

男「ああ、退屈だった記憶しかないけどな」

女『私ね、成人式行けなかったんだあ』

男「どうして」

女『インフルエンザにかかっちゃってね』

男「ああ~」

女『昔から体は弱い方だったからなあ』

女『着物も予約してたのに、あ~あって感じ』

男「そりゃあ残念だったなあ」

男「やっぱ女の子にとっては大イベントなんだろうか」

女『大きくなって、初めて泣いちゃった』

男「ん……」

男「残念だったな」

女『結婚式では絶対キレイな着物着るんだから!!』

男「おお、着物派か」

女『ドレスも可!!』

男「どっちでもいいのか」

【20××.2.11 13:00】

女『先輩にバレンタインチョコをあげるべきか否か!!』

男「ううーん」

女『あなたなら、どっち!?』

男「懐かしいな」

女『どっち!?』

男「義理であげとけば?」

女『……』

女『義理じゃないの……複雑なの……』

男「なんで俺の言ったことがわかるんだよ」

女『あなたにあげたいなあ』

男「もらえるもんならもらいたいよ……」

女『手作りって、重いかなあ』

男「別に、いいんじゃね」

男「手作りで義理チョコ作る人だっているだろ」

女『……』

男「あ、手作りはやめとけ、わりとマジで」

女『頑張ってみようかな!!』

男「やめとけって」

女『よし、材料買ってくる!!』

男「あああ、もうオチが見えちゃう……」

【20××.2.12 16:00】

女『手作りチョコってどうやって作るの!!』

男「……」

女『なんでレンジの中がチョコまみれになるの!!』

男「……」

女『湯せんってなに!!』

男「……」

女『もうやだ!!』

男「ど、ドンマイ」

女『買ってきたチョコ配るもん!!』

―20××.2.14―

編集「先生、なかなか反応いいですよ」

男「あ、本当ですか?」

編集「ええ、次の週が楽しみだってファンレターが、去年の倍届きました」

男「へえーえ」

男「なんか実感わかないですね」

編集「あはは、これから実感することになりますって」

男「だといいんですけど」

編集「あ、先生、これ」

男「え?」

編集「バレンタインですので、ね」

編集「チョコレートです」

男「あ、ありがとうございます」

編集「ふ、深い意味はないので……」

男「そうですか……」

男「……」

編集「……」

編集「あ、すみません、迷惑だったら」

男「いや、頂きます」

男「嬉しいです、ほんとに」

編集「え、えへへ」

男「甘いもの、好きですし」

編集「よかったです♪」

【20××.2.14 20:00】

女『おいっす』

男「おいっす」

女『チョコ配ったら、みんな喜んでくれたよー』

男「おれも一個もらったぜー」

女『お返し楽しみ♪』

男「……」

男「お返しか……考えてなかった」

女『ま、こういうものは気持ちよ、気持ち』

男「そうだよな」

女『あなたはいくつもらった?』

男「一個だよ」

女『ファンの人からもらったりしないの?』

男「んーそういうのは届いてんのかなあ」

男「男か女かわからないようなペンネーム使ってるしね」

女『お返しはしっかりしなきゃダメだよ!!』

男「へいへい」

女『真心!!』

男「はいはい、真心ね」

女『ままごとじゃないよ!!』

男「はいはい」

……

男「はあーあ」

編集「どうしたんですか、先生」

男「ああ、ちょっと煮詰まっちゃってね」

編集「はあ……」

編集「でも、まだストックはあるんですから、そんなに焦らなくても」

男「ねえ、これ面白い?」

編集「え」

男「これ、面白いかな」

編集「ええ、私は面白いと思いますよ」

男「僕も、この世界観はとても気に入ってるんだ」

編集「ええ、いいことですね」

男「じゃあさ、読者は何を求めてるのかな」

男「この小説に」

編集「え……」

男「ハッピーエンド? どんでん返し? 鬱な展開?」

男「それとも思いっきりsf方面に進んじゃう?」

編集「あ、ええと、鬱な展開は先生のカラーではないかと」

男「僕のカラーの話じゃなくてさ、この小説はどう終わるべきか、って話」

編集「ええと、私のような意見が参考になるとは思えませんが……」

男「いいんです、言ってください」

編集「これ、読者は主人公の男性に感情移入して読むわけですよね」

男「多分ね」

編集「となると、相手の女性がとても気になるわけですよね」

男「うん、そうだね」

男「僕も、そうだ」

編集「え?」

男「ああいや、気にしないで」

編集「ですから、相手の女性はもともと知っている人間のうちにいるってのはどうでしょう」

男「つまり、どんでん返し系だね?」

編集「ええまあ、私の個人的な好みの問題なんですが」

男「でも、そうなると声で気づかなかったってことだよね」

編集「うう、やっぱり苦しいですかね」

男「僕の頭から離れないバッドエンドがあるんだけど、一応聞いてくれる?」

編集「え、ええ」

男「男は毎日テープを聞いているうちに、自分の生活と彼女の話に違和感を感じ始める」

編集「……」

男「彼女が話す内容と現実に少しずつずれが生じるというか」

編集「……」

男「そこで確かめてみると、彼女はずっと病院にいたことがわかる」

男「テープはずっと病室で録音され続けていたんだ」

編集「……」

男「っていうものなんだけど、どうだろう」

編集「……」

編集「先生らしくありません」

男「いや、僕らしさはこの際どうでもいい」

男「この終わり方は、受け入れられるだろうか」

編集「そうですね、面白いと思います」

男「そうか……」

編集「でも、先生は書きたくないんでしょう?」

男「ん」

編集「書きたくないものは、書かなくていいんじゃないでしょうか」

男「ありがとう」

編集「でも先生が選んだストーリーなら、私はいいと思いますよ、なんでも」

男「もう一つあるんだけど」

編集「それも、バッドエンドですか?」

男「ええまあ、そうですね」

編集「どんな?」

男「途中まではちゃんと家での録音で、タイムカプセルは正常に作動しているわけですが」

編集「正常に作動……面白い表現ですね」

男「いつからか、彼女の未来日記になってしまうんです」

編集「つまり……書いてある日付が嘘、ということですか」

男「うん」

編集「それで、彼女は」

男「最後のテープを録音した後、死んでしまうんです」

編集「……」

男「だめですよね、やっぱり」

編集「だめってことはありませんよ」

編集「先生はご自分の好きなように書いてください」

男「んん……」

編集「無理やりハッピーエンドにしたい理由でもあるんですか?」

男「いや、別に……」

編集「確かに先生はほのぼのとしたハッピーエンドがカラーかもしれませんが……」

男「うん、その路線で行くつもりだったよ」

編集「いろいろなカラーを早く試してみてもいいんじゃないでしょうか」

編集「まだまだ新米ですからね」

男「はは」

編集「嫌味じゃないですよ」

男「わかってるって」

……

男「あれから、試行錯誤して、なんとか形になりそうだ」

女『でねー』

男「君に、おれの言葉が届いたら、本当にいいんだけどなあ」

女『あはは』

男「小説のことも、君に対する気持ちも、話してしまえればいいのに」

女『そしたらマキさんがねー』

男「なんで……」

女『あはは』

男「なんで聞いてくれないんだろうね、君は……」

女『そういえば最近ゴウちゃんが元気ないの……』

男「おれの話も、聞いてくれよ……」

男「これが……最後のテープか……」

【20××.3.19 18:00】

女『こんばんは』

男「おう」

女『今日でこのテープも、ちょうど一年だね』

男「ああ、そうか」

女『あなたは、全部、聞いてくれた?』

男「ああ、全部聞いたよ」

女『えへへ、楽しかったよ』

男「……おれもだよ」

女『私謝らないといけないことがあるの』

男「え」

女『ごめんね』

男「どういうこと?」

女『私、ひとつだけ、あなたに嘘をついたの』

男「嘘?」

女『私、どうかしてたんだわ』

女『あなたがこのテープを聞いてくれなかったら、タイムカプセルは永久に地面の中』

女『それは、嫌だったの』

女『だから、あなたが私の声を聞いてくれますようにって、嘘をついたの』

女『単なる私のわがままなんだけど……ね』

女『結局嘘でしたって、言ってなかったのよね』

男「どういうことだ?」

女『でもきっとあなたは、もうわかってるんじゃないかしら』

女『許してくれる?』

男「許すもなにも、嘘って何なんだ」

男「嘘……」

男「まさか……やっぱり君は日付を……」

男「いや、それとも、毎日の出来事は全部ただの妄想だったのか?」

男「やめてくれ……君は……元気で……このテープに言葉を吹き込んでいてくれなきゃ……」

女『本当にごめんなさい』

男「嫌だ、そんなの」

男「君はどこにいるんだ」

男「病院なんかにいないでくれ」

男「いや、元気で、生きていてくれよ!!」

男「じゃなきゃ僕は……」

女『あともう一つ、謝らなきゃ』

男「え」

女『今日、あなたの世界では「土曜日」よね?』

男「あ、ああ、確かに今日は土曜日だ」

女『ということは、あなたの世界にいる私も、土曜日なわけ』

男「君の、1年後の、君か」

女『私のわがままに付き合ってくれる?』

男「わがままって、何の」

女『ずっと私の言葉を受け止めてくれていたあなたに、正面からぶつかってみたくなったの』

女『このテープが終わったら、あなたに会いに行くわ』

男「……」

男「は?」

女『ごめんね』

女『もし嫌だったら、居留守でも使ってね』

女『チャイムを鳴らして、あなたが出なかったら、諦めるから』

男「お、おいおい、マジか」

女『この家にいるあなたがテープを聞いていなかったら、すぐに帰るから』

女『じゃあ、1年間、楽しかった』

女『ありがとう』

男「お、おい」

女『じゃあね』

ガチャリ

男「……」

男「じゃあ、君の言った嘘っていうのは……」

 そういえばもうすぐ4月だな、と、なぜかふとカレンダーに目がいった。

男「4月……嘘……4月……嘘……」

 チャイムが鳴った、気がした。


★おしまい★

読んでいただいた方、ありがとうございました

ラストがわかりにくい、という批評をいただいたことがあるのですが、あえて変えていません
どうでしょうか

また、ここがわかりにくい、こうした方がいい、というのがあれば教えてください

いやほんと、ありがとうございました
蛇足ですが一応書きます

①4月1日のテープは嘘

②「鳴った気がした」のはチャイムが壊れたまんまだから

テープの彼女が来たかどうかは想像にお任せでもいいんですが、
希望も込めて、「来ている」と思いたいですね

ありがとうございます

編集さんは残念ながら噛ませポジションなんですけど
色々と読み深めてもらえてありがたいです

やっぱり最後はちょっと無理がありましたかね
違和感のない絶妙な文章を書けるようもっと精進します

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