京太郎「閉ざされた扉」 (102)



扉があった


見る者全てを惹きつけて離さない扉だ


鍵は持っていた


……持っていたけど、失くした


失くしたからもう扉は開かない


それだけ




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415345117


吐いた息の思わぬ白さに、俺は首を縮めて

巻いた赤いマフラーに顔をの下半分を埋める


クリスマスも終わって、今年最後のイベントである

年越しを前に待ちは準備の喧騒を彼方此方で

賑わせているはずなのだが……


閑静な住宅地のど真ん中に位置する白糸台高校と

その周辺はしんとした冷たい空気を纏わせ

かつての姿のまま俺を出迎えてくれる



シンプルな姿の駅舎も、あの頃のまま

変わらぬまま、変化も進化もなく剛直に佇んでいた


ああいや、シンプルは良い


新宿駅なんかは間違った方向に進化していると
昔から思っていたが、最近はもっと酷い有様だ

時代の流れには昔から疎い方だったが
最近はそれが顕著になったような気がする




京太郎「……もう、若いとは言えないんだよな……」



吐き出した息はまた白くなって宙を漂う


ふわふわ、ゆらゆら


重力など無いかのように振る舞いながら



京太郎「っと、しみったれてる場合じゃなかったな。そういや」



この数年間省みもしなかった母校へと来たのは人と会うためだ

相手の方からではなく、自分から会いたいと連絡をしたのだが

その相手というのは俺の声を聞いて大層驚き

また、二度と聞きたくはなかったとも
嫌悪するような応対を受けた


……当然だろう。かつての自身の所業を思えば

彼女がそう思うのは自明の理であり

俺は自身が否定されるのを受け入れることしかできない



約束の時間にはまだ余裕はあるが、早目に越したことはない

ゆったりと歩いて母校となった高校へと足を踏み入れる

校庭、植込み、玄関口、下駄箱……

変わってない。あの頃と何一つとして

だけど俺はそれを懐かしいとは感じていなかった

ただ“変わっていないな”という現状認識しかなく

想い出の感傷に浸ることもなければ

過ぎ去った時を賛美することもない


事務所で用件を伝えると、話が通っていたのか

あっさりと校内へと通された

OBではあるし、それなりに名の知れたプロだし

俺がここにいて怪しむ要素を探す方が難しいか

しかし、よく会うことを了承してくれたものだな

電話口で俺を嫌悪しているのはハッキリと分かったし

また俺もできることなら

彼女と会うのは避けたままでいたかった


だが彼女は俺と会うことを選んだ

その意図は分からないが、会ってくれるのならば

俺の方にはそれを受けない理由など微塵もなく

重たい腰を上げ、鈍った足を引きずって

三年という――長いようで短い時間を過ごした

白糸台高校へと戻ってきた


甚だ不本意ながら

決着をつける前に、ここで

やっておかなければならないことがある




「久しぶりだな。最後に会ったのはいつだ?」



向かった先、白糸台高校の職員室

他に人影はなく、空調の音だけが聞こえる部屋に

俺を待ち受けていたのは

『そのうちハゲそうな苦労人臭のする凛とした美人』だ

かつて幼馴染がそう評していた少女は

加齢を感じさせないそのままの姿で仏頂面をしていた


京太郎「弘世先輩……いえ、弘世教諭ですね。貴方が引退して以来です」

菫「だとすると、10年は前か」


10年。3650日、いや閏年を考慮すると3653日か

何時の間にやらそんなに時間が経っていたのか

今まで意識していなかったことだけに

少しどころじゃない驚愕に包まれたのだが

目の前にいる妙齢の女性は俺の態度よりも

別の所に並々ならぬ興味が向いているようで


菫「お前、結婚したのか」

京太郎「えっ? あ、えぇ……」


出てきた言葉の内容の不意打ち加減に

素っ頓狂な声を上げて肯定するしかできなかった

彼女が目敏くも見つけたのはこれなんだろう

左の薬指にはめた簡素な指輪を撫でる

将来を誓い合った証として指輪を交換する

ギリシャで生まれ、ローマで広まり

ヨーロッパで流布した後は世界中で一般化した儀式

ドイツでは交換の仕方によって

亭主関白になるかかかあ天下になるか、なんて

迷信もあるくらいだ

有名なファンタジー作品のキーアイテムにもなっている

……そうなんだよなー

俺自身も、まさか結婚なんてするとは思ってなかった

特に10年前、ここに在籍して青春を謳歌していた頃には




京太郎「昨年に籍を入れました」

菫「……ほぅ」


式は、俺自身が忙しく飛び回っている事情もあって

まだ挙げることが叶っていない

彼女の方は挙げなくてもいいとは言ってくれているが

一生にあるかないかの晴れ舞台を

これから寄り添って生きていく伴侶に

味あわせることができないのは

心が痛むというか、男としてのプライドが許さないというか

プライド、か……

それもまたかつての俺――弘世さんの知っている俺なら

考えることすらなかったんじゃないだろうか


菫「…………」


品定めされるような、何かを見極めようと

考え込んでいるような弘世さんの態度に

苦笑が漏れ出そうになるが、何とか堪える

恐らくこの人は、内心で俺のことを貶しながら

これほど酔狂な女性は一体誰なのかと思案しているんだろう

失礼しちゃうよな

俺にではなく、俺の嫁に対して失礼だよ。ホント




京太郎「申し訳ないんですが貴女の思い浮かべている」

京太郎「誰でもありませんよ。俺の妻は」

菫「なんだと?」

京太郎「彼女は至って普通の女性です。俺と違って、ね」

菫「…………」


沈黙

苦々しそうな表情は「考えが読まれていたか」と

彼女の内面を露骨に物語っていた

……分かり易いんだよ、貴女は

だから足元を掬われる。照ちゃんに、かつての俺に


今は疎遠となった幼馴染の顔を思い出したせいか

衝動的に湧きあがってきた欲望を満たそうと

コートの内ポケットを叩き、慣れた動作で取り出したそれを

目の前の女性が見逃すはずもなく

付け込む隙を見つけたとばかりに鋭い声が飛んできた


菫「校内は全面禁煙。ここも火気厳禁だ」

京太郎「……すみません。つい、癖なもので」


技術の進歩により低タール化が進み

喫煙する各個のマナーも向上しはしたが

しかしして相も変わらず世論に大した変化はなく

愛煙家には厳しい世の中だ

学内禁煙を見落としていたのは俺の落ち度だが



菫「急に会えないかと言ってきたから気になってはいたんだが」

菫「……お前、随分と変わったな」

京太郎「そりゃあ10年もあれば人は変わるでしょうよ」

菫「ふん……よくもまあ……」


憎たらしいと言わんばかりに口を歪める眼前の女性もまた

俺と同様に変わってしまったのだな

ほんの少しの寂寥感と、これからやろうとしていることへの

使命感に似た気持ちが強くなるのも露知らず

弘世さんは口を開いた


菫「その返答こそお前が変わった証拠なんだな」

菫「少なくとも私の知る限りでだが、お前はそんな風には答えないだろう」

京太郎「……そうですか」

京太郎「でもね、昔のことですよ。今更そんなこと――」

菫「それだよ、それ。その表情だ」

京太郎「…………」




菫「忌々しそうな、人間らしい表情」

菫「忌避、嫌悪、敵対……人間なら誰しも一度は抱く感情」

菫「昔のお前には感じられなかった」

菫「欠如していたとしか思えないものだ」

菫「今のお前からは」

京太郎「若かったんですよ、俺も」


我が意を得たりと流れ出る言葉を遮って口を挟む

事実を指摘されたことが癪に触ったのだとか、思ってるんだろうけど

違うんだよ、違う。本当に何もわかっちゃいない

単純に見苦しいんだよ

そうやって得意げに持論を掲げて

自分が正しいぞと強硬に主張する姿勢が……




京太郎「幼かった、と言う方が正しいでしょうかね」

京太郎「何も知らないのに、何もかもを知ったつもりになって他人を見下して」

京太郎「あの人は下らないものを後生大切にしてるんだな」

京太郎「もっと素晴らしいものがあるのにな、って」

京太郎「そこにある背景や感情なんて想像しようとしない……」

京太郎「いや、できないんだ」

京太郎「その為に必要なものは全部捨ててしまったんだから」

京太郎「ただ一つの素晴らしいものを手に入れる為にね」

京太郎「確固として存在しているのは、自分が素晴らしいと思うものこそが」

京太郎「この世界で至高にして唯一であるっていう無根拠な確信」


一気に吐き出して、やはり我ながらかつての自分は

傲慢で、それ以上に純粋無垢な子供だったんだな、なんて

無感動に再確認する




菫「ほぅ……分かってるじゃないか」

京太郎「……どうも」




これほどまでに嬉しくない賛辞はかつてなかっただろう






菫「けどな、久しぶりにお前の顔を見て」

菫「私は初めてお前と会った日を思い出したよ」

京太郎「……確か白糸台駅の近くでのことですよね?」

菫「ははは。意味が分からないって顔だな」

京太郎「…………」


皮肉の笑みには沈黙を

手慰みにだろう、カップを三度回してから口をつけると弘世さんは


菫「澄んだ色のくせして、その実は腐り落ちた真水」

菫「透明でありながらこちらを映し出していない目」

菫「人として終わりきっていた男。それがお前に対する第一印象だ」


10年前も憚らず俺や照ちゃんのことを貶めてはいたが

まさか内心ではそこまで言い切っていたとは……

この人は本当に容赦がない

厚顔で自身を正常な人間だと定義して、その例に漏れるものを排斥する

お前は人間であるはずがない

そう言って集団を形成して、少数を糾弾

自分の価値観が揺らぐのが怖いんだ

自分の知っていないものを認めようとはしない

おぞましいまでに、人間



菫「勿論、事前に宮永照の知り合いだって事実を知ったことが」

菫「お前に対する印象を悪いものにした」

菫「重箱の隅を突くように、一部を拾い上げて強調した」

菫「そういった面がないわけではない」


独白は終わらない

相手が自分の領域にいるのをいいことに

言葉を続けざまに畳みかける

お前はおかしい、お前はここにいるべきではない、お前は悪だ

彼女はそれを良かれと信じ悪意を吐く


菫「しかし、それでも致命的だった」

菫「お前の目は既に、一目で更生不可能だと分かってしまうほど」

菫「救いようがなく腐っていたんだよ」


苛烈に、快活に、辛辣な言葉を吐く

実に気分がいいだろう。抑圧されてきたものが

ふとした拍子に放たれる感覚に近い

事実、俺を「腐った目だ」と糾弾する彼女の目は

痛快そのものだった

今まで手の届かないと思っていた相手を嬲って喜ぶ

“人間”の目だった




菫「お前の中身は変わったのだろう、それは分かる」

菫「だけど見た目はあの頃と何一つとして変っちゃいないんだ」

菫「寧ろ、より悪化したと言えるかもしれないな」

菫「かつて腐りきった目は、ついに死人のような膿んだ目つきになっているぞ」

京太郎「…………」


死人……か

言い得て妙だな


菫「どうだ、なにか反論はあるか?」

京太郎「いえ、言い得て妙だな。そう思いまして」

菫「だろうな。なにせ――」

京太郎「俺には、どうやって照ちゃんが“向こう側”を見たのか分かりません」






突然だが、『扉』と聞いて諸君は何を思い浮かべるだろうか





扉は開くもの

鍵があれば開くもの

その向こう側に新しい世界が広がっているもの

それこそが扉の本質だと、俺こと須賀京太郎は思う

……いや、思っていたんだ



京太郎「ただ、俺は照ちゃんに“向こう側”を見せられました」

京太郎「全てのものが輝いて見える地平の彼方……」

京太郎「あれを見てしまったら最後」

京太郎「世の中に溢れる何もかもが色褪せて見えるんですよ」



その日から俺は『扉』が見えるようになった

忽然と現れた『扉』を、開ける為の『鍵』もまた

気付けば手の中に在った

眼の前に在る扉を、鍵で開いてみる

鈍色をした重厚な扉だ

鍵を差し込んで、回す

ガチャリと音を立て、閉ざされていた扉が開く

開いて、瞬間、それが何かをようやく理解した



この扉は人間なら誰でも持っているものだ



全ての人間に、この扉は等しい数、等しい大きさ

等しい形、等しい質量で存在する

その『扉』はまた、自分の中に在って

その『扉』を俺は自分で開いている

だから、世界へと広がるのは『俺自身』だ


この扉は、『人間に出来る事』だ

人を思いやる事だとか

50m泳ぎ切る事だとか

自転車に乗る事だとか

そういう、人間が出来る事が、扉として見えている

扉が開けば、それが出来るようになる

そういう事




京太郎「それが欲しくて手を伸ばした」

京太郎「虹の彼方にあるものこそ俺が求めていたものなんだ」

京太郎「理解して、一歩を踏み出した」




手元にある鍵は、それを開く鍵だ

それらには『努力』『才能』『指導』『絆』『経験』と

それぞれに個性的で、実に人間らしい名前が付いている

それらを使って、人は扉を開ける

鍵があれば、扉を開く事が出来る

そういう事




京太郎「一歩は二歩に、二歩は三歩になった」

京太郎「半身だけが感じていた世界へと全身で臨む」

京太郎「その為に必要ないものは全て捨てました」





生きるということは、向こう側にある景色を自分のものにする事



つまり人生とは、扉を開け続ける事



扉の向こう側を求め続ける事



当時小学生の俺にとって、此の世の真理が

これほどシンプルだったなんて思いもよらなくて

シンプルであるが故に、十二分に俺の中に染み渡った





京太郎「この時、須賀京太郎は一度死にました」



京太郎「倫理や常識の価値、普通の人間が積み上げる過程を途中で放棄して」


京太郎「一足飛びに“向こう側”へ行った」


菫「…………」


京太郎「そして、ここで大星淡を引き込んだ」


菫「っ……!」



京太郎「さらに、その後も俺はたくさんの人間を“向こう側”へと誘いました」


菫「お前はっ……!」


京太郎「こっちにはもっと素晴らしいものがあるぞ、って」




菫「お前は、自分のしたことが分かっているのか!?」




京太郎「…………」

分かっている

分かっているからこそ、こうしてここにいるんだよ



京太郎「……弘世さん、一ついいですか」

菫「答えろっ、須賀っ!」

京太郎「一度“向こう側”に行った人間が“こちら側”戻ってくるってのは」

京太郎「どういうことなのか――」

菫「私は、答えろと言っているんだ!」

京太郎「“向こう側”に行くためには“こちら側”で得たものは」

京太郎「柵という名の重しになります。それはよくない」

京太郎「何故ならば“向こう側”ではさほど重要でないからです」

京太郎「必要ないものを抱えている方がおかしいんです」

京太郎「だから、捨てる」

京太郎「身軽でいるために、捨てる」

京太郎「水平線を軽やかに渡るために」



京太郎「――そして捨てたものは二度と帰っては来ない」




京太郎「もう一度訊きます」



京太郎「一度“向こう側”に行った人間が“こちら側”に戻ってくる」

京太郎「それって、どういうことなんですかね?」



菫「そ、れは……」



京太郎「俺はまた捨てたんですよ」

京太郎「『扉』の向こうで得た景色を、必要ないものだって」

菫「…………」



それは死ぬことと同義だ

価値観を捨て、それに基づいたものを捨て

何もかもを振り切ってしまう生き方を生きているとは言わない

いや、それが人間の生き方だと彼女は思っていないだろう

だから、死んでいる

須賀京太郎はどうしようもなく“人間”として終わっていた


菫「……どっちなんだ」

京太郎「……?」

菫「お前、変わったんだろ!」

菫「“向こう側”から戻ってきたんだろ!」

菫「だったら、なんでっ……なんで……!」


彼女の叫びの意味は、理解しても

それを自身の考え方と同期させようとは思えなかった


京太郎「戻ってくるってのは、そういうことですよ」

京太郎「須賀京太郎は二度死んだ。いまここにいる俺は確かに須賀京太郎ですが」

京太郎「生まれ落ちた時の俺でも、“向こう側”に魅せられた俺でもない」

京太郎「全く、異なる人間なんです」


何故ならば、そうやって綺麗事を並べて

自分が正常だと定義している彼女もまた







どうしようもなく、腐り落ちているからだ







京太郎「ずっと、不思議だったんですよ」


京太郎「それもどうして今の今まで気付けなかったのかってくらい」


菫「……?」


京太郎「後にも先にも、俺や照ちゃんを指して『目が腐っている』なんて」


京太郎「そんな風に否定してきたのは、貴女だけなんです」


京太郎「確かに俺たちを否定した“人間”は貴女だけじゃない」


京太郎「けどね、貴方を除く他の人は皆が皆、初対面で否定したりはしなかった」


京太郎「麻雀という、俺たちの本質を垣間見る段階になってようやく」


京太郎「自身とは異質な存在であると理解して、否定するんです」


菫「それが、どうしたって……!」



京太郎「不思議ですよね……貴女が引退した後、亦野さんからも聞きましたよ」

京太郎「『あの感覚は先輩にしか分からない』って」

菫「…………」


押し黙る。反論する言葉を失ったか

それとも、俺が次に繰り出す言葉を予想しているのか――

どちらでもいい。俺は俺のやるべきことをするだけだ




京太郎「なんでだろうな、って感覚はありました」



京太郎「だけど、戻ってくる以前の俺は特に興味もありませんでした」

京太郎「だから気付けなかった。こんなにも簡単な事なのに」

京太郎「貴女が一体どういう“人間”なのか少し考えれば――」



菫「……やめろ……」



京太郎「『扉』の向こう側へと身を渡らせた人間が分かる」



菫「やめてくれ……!」



京太郎「『腐り落ちた目』をしているなんて判断が見ただけで下せる」



菫「わ、私は……!」



京太郎「それは他の誰にもできないこと」

京太郎「扉を感じられないただの“人間”には――」



菫「それ以上、言うな……っ!」








京太郎「貴女もまた、かつての俺と同じ“向こう側”にいるからですよ」







目の前には、扉があった


他の扉とは異なる色を持った扉だ


不規則で、不定形


虹のように多種多様な色を見せるその扉こそが


俺の求めているものだと、確信があった



もう一つ、色違いの扉があった


それも他の扉とは異なる色ではあったが


似て非なるもの……そう表現するのが近かった


規則的で、型に当てはまっていて


それ以上に変化の望めない、扉だ


これは俺の求めているものじゃない


固定化された観念と、動かしようのない事実だけが


存在を許された景色。息苦しい景色



この扉を前にするのは、実に何年振りだろうか


懐かしさで温かい気持ちになりながらも、頬は緩めない


何故ならこの扉は、潜ってはならないからだ


潜らせまいと、一人の女性が立ち塞がっているからだ







京太郎「俺とは異なる理想を掲げて、異なる扉を求めた“人間”」








京太郎「それが、貴女です」

菫「――――」


京太郎「“向こう側”に身を置いているからこそ」

京太郎「“向こう側”にいる人間が一目で分かる」

京太郎「お互いに異なる『扉』を潜ったから、相容れない」

京太郎「得た理想が違うから、相手を否定せずにはいられない」



だけど、俺はその女性を躊躇なく打倒する

踏み越えて、扉に手をかける

倒れてなお足に縋りつく彼女を足蹴にして

扉にかけた手に力を込める




京太郎「『扉』は閉じなければいけない」



京太郎「扉を開ける為には、鍵が必要だ」

京太郎「その鍵は、偶然から手にするものじゃあない」

京太郎「努力や、才能、人との繋がり」

京太郎「そういった、現状を打破しようとする人間の歩みが」

京太郎「『鍵』となって『扉』を開ける」

京太郎「重く苦しい現実を取り払う力になる」


だが、偶発的に開いてしまった扉はどうなる?

何の因果もなく鍵を手に入れてしまった“人間”が

開けてしまった扉はどうすればいいのか……

神が人類に与えた進化の切欠だとでも捉えればいいのか?

かつて類人猿が二足歩行を始めた様に

原始人が火を扱うことを憶えた様に

壁画を描き、道具で狩猟を開始した様に



否。それは違う、と俺は考える


人は考える生き物だ。そういう風に進化していったものだ

誕生してから数千万年

人はおそらく進化の袋小路に辿り着いてしまったのだろう

肉体という、目に見える形での進化の限界に

だから、次なる進化はきっと目に見えない形になる

精神や思考が肉体という殻を必要としなくなるような……

この色違いの『扉』を潜る、ということは、そういうことなのだ

俺たちは偶然から、進化の戸口に立っただけに過ぎない

そこには見たことのない景色が広がっているだろう

人間であればできることが何でもできるようになるだろう

何故ならば、その景色の“向こう側”こそが

人の次なる進化の段階なのだから



でも……そこに辿り着くのは“偶然”じゃあダメなんだ


何千、何万という扉を開けた末に

これ以上は現状が打破できないと困窮した果てに

辿り着かなければ意味がないのだ

一人、二人の人間が偶然に『扉』を開けたって

それは誰にも理解されることはない

その他大勢の人間が開けてきた扉に見向きもせずに

素晴らしいものだって、直感だけを信じてそこに立ったのだから

理解してもらおうと見所がある人間を連れ込んだって同じだ

二人が三人になっただけ。所詮は全人類分の三でしかない



だから、『扉』は閉じなければならない



いつかの日にか、全てとは言わない、大多数の人間が

この扉の前に辿り着くまでは、これは閉じられているべきなのだ

ただの人間に過分な力はその身を亡ぼす

その存在があるだけでいい。それを知っている人間がいるだけでいい

扉とは、そういうものなのだ








俺は自分の『扉』を閉じた時と同じように、弘世菫の『扉』を閉じた



菫「…………」

京太郎「それじゃあ、用は済んだんで帰ります」

京太郎「あぁ、貴女がいつ、どうやって“向こう側”に行ったのかは知りませんが」

京太郎「行ってなお“こちら側”にいる人間を演じ続けていたんです」

京太郎「今更失ったって不都合はないでしょう? 別に」



菫「…………」



京太郎「……こりゃあ、ダメなパターンか」

京太郎「他人に対して明らかな優位がなくなって」

京太郎「どうしたらいいのか分からないって感じだな」

菫「……あ、ぁあ……」

京太郎「そんな目で見られましても……」







京太郎「腐り落ちて救いようがない目で、ね」







須賀京太郎が一つの結末を迎えた所とはまた別に
一人の女性が寒風の吹きすさぶ大地で佇んでいた


コートを着込み、肩までの髪を風に煽られるままの女性は
誰から見ても美人に分類されるのであろう容姿だったが
他者の目を強く引くのは、一点においてであった


それは彼女の双眸


清いも濁りも、世界の全てを見てきたと言わんばかりの目

どこまでも清く澄んでいながら、そこに輝きはない

ただただ腐り落ちた目でありながら――美しい



「……待ってるよ、きょーくん」



そして、その視線の先は

彼女の目の前にある、御影石のいしぶみに、注がれていた


つづく

色んなスレほったらかして何やってんだとか
構想自体は練ってるけどアウトプットする時間もないので完結は期待しないでください


このお話は皆で分かり合おうとするんだけど
そうするにはまだ人は幼すぎたって話だよ、UCだよ


鍵があれば他人の扉も開けられる
照に扉をあけられた京太郎は同じようにして他人の扉を開け続けた

開け続けて、絶望した


そんな京太郎が、誰かの扉を閉めて行く話


ある種、自己満足の連続


扉の向こう側に行くのは諦めろ
あ、諦めきれなくても扉は閉めちゃうからっていう
夢も希望もないお話


こんな駄文を期待して読んでくれる皆様に無上の感謝を
ホントいつまで経っても頭が上がりません

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom