女「ずっと明かりの消えた街で」(70)

男「お姉さん、こんなところでなにしてんの」

女「……」

男「ん?」

女「……」

男「あ、御免、別に怪しい者じゃないよ」

男「ね、ギターの練習してるの?」

女「……」コク

男「ちょっと聴いてみたいな」

女「……」コク

~♪~

男「んん、いい音」

女「……」

男「うまいね」

男「あ、僕、別にギター詳しいわけじゃないけどね」

女「……」

男「……」

女「……」

ジャン

男「すごい」パチパチ

女「……うん」コク

男「それ、お姉さんのオリジナル?」

女「……」コク

男「へえ、すごいな」

男「他にも、曲ある?」

女「……」コク

男「聴かせて聴かせて」

女「……ん」コク

~♪~

ジャン

男「はあ……ありがとう」

男「ちょっとね、気分が悪かったんだけど、お姉さんのギター聴いて気分が良くなったよ」

女「……そう」

男「あの、僕と話すの、嫌だった?」

女「……ん」フルフル

男「そ、そっか」

男「なんか、あんまり喋ってくれないからさ、無理させてたら悪いな、と思って」

女「……」フルフル

男「歌ったり、しないの?」

女「……」コク

男「どうして?」

女「……」

男「あ、えっと、あんまり突っ込んだ話はしない方がいいかな」

女「……」

女「自分の声が、嫌いだから」

男「……ふうん」

女「低くて、醜い声」

男「そうかな、別にそうは思わないけど」

女「私は嫌い、この声」

男「……そっか」

男「それで、あんまり喋ってくれなかったんだね」

女「……」コク

男「でも僕、お姉さんの声、別に変だと思わないけどなあ」

女「……」

男「だから、歌うのも嫌いなんだ」

女「……歌うのは好き」

男「?」

女「歌が好きで、好きで、ずっと歌ってたの」

女「それこそ毎日、声がかれるまで」

男「……」

女「そうしたら、いつのまにか、こんな声になってたの」

男「かれちゃったんだ、声が」

女「そう、もう一生分出しちゃったの」

男「ハスキーボイスって、言われない?」

女「言われる」

男「いいじゃない、ハスキーボイス」

女「私にとっては、悪口よ、それ」

男「……そっか」

女「だから、あまり声を出さないようにしてるの」

男「学校とか?」

女「学校とか」

男「大学生?」

女「うん」

男「音楽サークルとか」

女「入ってない」

男「どうして?」

女「バンドをしたいわけじゃないし」

女「好きにギターが弾けたら、それでいいの」

男「……ふうん」

女「あんたは?」

女「こんな時間にフラフラしててもいいの?」

男「それはお互いさま」

女「私は一人暮らしだから」

男「そう」

男「両親は心配しないの?」

女「両親はもういないの」

男「あ、そうなんだ、御免」

女「いつも、謝られるのよね」

女「こういうときに謝るのって、なんか違うと思うんだよね」

男「じゃあ、そりゃあ、大変だね」

女「学費も生活費も、伯父さんが出してくれてるから、大変じゃないわ」

男「そっか」

男「じゃあ、いい身分だね」

女「皮肉になったわよ」

男「御免、失敗した」

女「卒業したら、ちゃんと働いて返すわ」

男「偉いね」

女「当然のことでしょう」

男「そういう当然のことをできる人が、減ってるからね」

女「……そ」

男「偉いよ」

女「……そ」

男「でもやっぱり、夜中に女の子一人は危ないよ」

女「そうね、変な男の人が話しかけたりしてくるかも」

男「それ、僕のこと?」

女「くふふ」

男「ひどいな」

女「くふふ」

男「ははは、笑い声、素敵だね」

女「っ」

女「……」

男「あ、御免、気に障ったかな」

女「別に、声のことは言われ慣れてるし」

男「……」

女「ね、煙草持ってる?」

男「ん」ゴソゴソ

女「一本頂戴」

男「……はい」

女「ありがと」シュボ

男「……」

女「なに、煙草吸って悪い?」

男「いや、別に」

女「そんなことだから声がガラガラになるんだ、って?」

男「言ってないよ」

女「思ってる顔してるよ」

男「ん……」

女「どうせ声は戻らないし、いいんだ」

女「ギターが弾ければそれでいいし」

男「ほんとは歌いたいんじゃないの?」

女「……」

男「歌うの、好きなんでしょ?」

女「好きだよ」

女「でも、この声で歌ったって、滑稽なだけだもん」

男「そんなことないよ」

男「聴かせてほしいな」

女「やだ」

男「そこをなんとか」

女「やだ」

男「ね、君の声、いつかれちゃったの?」

女「……」

女「一年前くらい」

男「そっか」

女「うん」

男「どう思った?」

女「私は音楽の神様に、嫌われたんだなあって」

男「絶望した?」

女「自分に失望しちゃった」

男「声が元に戻ったら、歌いたい?」

女「そりゃあ、もちろん」

女「歌うことが、なにより好きだったんだから」

男「……」

男「じゃあさ、目をつぶって」

女「へ?」

男「いいから」

女「よ、よくないよ」

男「いいから」

女「よ、よくないよう」

男「痛くないから、ね」

女「な、なに!? なにをされるの!?」

男「じゃあもう、目をつぶらなくていいから、のど、見せて」ピト

女「ひゃああ」

男「ん、こりゃあ治らない」スリスリ

女「んんん」

男「時間が前に進めば、の話だけど」スリスリ

女「んんんん」

男「はい、もういいよ」パッ

女「……」ドキドキ

男「御免ごめん、驚かせちゃったね」

男「もう、大丈夫だよ」

女「なにがもう大丈夫よ、いきなり人ののど触ったりして……」

女「っ!!」

男「……」

女「声が……戻ってる……」

男「うん、綺麗な声だね」

といったところでまた明日

はむはむ!!
投下始めます
短いので今日でスパッと終わる予定です

女「え、なんで? なんで?」

男「ははは」

女「え、なに、魔法? 貴方魔法使い?」

男「ははは、どうかな」

女「医者?」

男「魔法使いのあとに医者が来るとは……驚きだね」

女「神様?」

男「うん、それが一番近いね」

女「え? 夢? 夢を見ているの?」

女「気付いたらベッドで毛布をかぶって寝ているの?」

男「夢じゃないよ、現実だよ」

男「僕にとっても、君にとっても」

女「……」

女「あ、あの、ありがとう」

男「ん、お安い御用だよ」

女「どうして?」

男「ん?」

女「どうして、こんなこと、してくれたの?」

男「だって、君の歌が聴きたかったから」

女「……そんな理由で」

男「僕、音楽が好きなんだ」

男「素敵な音楽が聴けなくなるのは、寂しいでしょ」

女「そ、そりゃあそうだけどさ」

女「でも私みたいな素人の声を……」

男「もう、いいからいいから、歌ってよ」

女「……」

男「僕は君の歌が聴きたくて、やったんだから」

男「その声なら、歌ってくれるんでしょう?」

女「……うん」

男「楽しみだ」

~♪~

女「……ふぅ」

男「すごい、素敵な歌だね」パチパチ

女「ん、ありがとう」

男「ずっと、歌を作っていたの?」

女「うん、歌を作っているのは、楽しいから」

男「声がかれちゃってても?」

女「うん、誰にも聴かせなかったから、平気だった」

男「じゃあ、僕が最初のリスナーだね」

女「リスナーって」

女「ラジオじゃないのよ」

男「ははは、言葉、変だったかな」

女「ね、あんた、どこから来たの?」

男「ん?」

女「普通の人間じゃないみたいだけど、さ」

女「魔法使いでも医者でもなんでもいいんだけど、さ」

男「……」

女「どこから来たのかなって」

男「……」

女「それくらいなら、教えてくれないかなって」

男「明日から、来たんだ」

女「え?」

男「僕は明日から来た」

女「……」

女「未来人ってこと?」

男「いや、ちょっと違うんだけどさ」

男「僕が未来から来たってこと、信じる?」

女「ん、うん」

女「なんか、ただの人間じゃない雰囲気は感じてるよ」

女「でも、未来人がなぜ私の声を治せたのか、よくわからないんだけど」

男「治したんじゃない、時間を戻しただけだよ」

女「時間を?」

男「ああ」

女「私ののどがかれる前に、戻したってこと?」

男「そういうこと」

男「だから、いずれまた、その声はかれてしまう」

女「……」

女「そっか」

男「御免ね、万能じゃなくて」

女「いいの、十分よ」

女「時間を戻して、明日から今日に来たってこと?」

男「そう、そういうこと」

女「どうして?」

男「ん……」

女「今日に、なにか、やり残したことがあるの?」

男「ん……そうだね、そうかもしれないね」

女「なによ、歯切れの悪い答えね」

男「うん、説明が難しくて」

男「というか、君に本当の話をしてもいいものかって、思って」

女「ふうん」

女「決して過去の人間に、未来人だということがバレてはいけない」

男「そんなルールはないんだけどさ」

女「ま、もう破っちゃってるしね」

男「はは、そうだね」

女「じゃあ、過去の人間に未来を教えてはいけない」

男「そういうわけでも、ないかな」

女「よくわかんないな」

女「明日はどうなっているの?」

男「そう、それ」

男「それを、どう説明したらいいだろうか」

女「明日が重要なのね」

女「明日……明日……なにかあったかしら」

女「祝日でもないし、特別なことも、なかった気がするなあ」

男「この街に関わることなんだけど、ね」

女「へえ」

女「なにが起こるの?」

男「……」

女「……え? え?」

女「もしかして、すごく不幸な話かしら」

男「……」

女「ねえ、明日、この街は正常に動いているの?」

男「……」

女「私は!! 私は生きてる!?」

男「……」

女「ねえ、私は、生きてるの!?」

男「……」

女「死んで……るの?」

男「……うん、おそらく、ね」

女「そんな……」

男「この街は……明日……なくなるんだ」

女「嘘……」

男「うん、信じてもらえないと思うけど、さ」

女「……」

男「だから、最後に君の歌を聴きたいな、と思って、来たんだ」

女「最後に……私の歌を?」

男「うん、君のギターの音、僕は知っていたから」

女「……」

男「ずっと、聴いていたから」

女「そんなことのために、戻ってきたんだ」

男「戻ってきたというか、戻したというか」

女「どう違うの?」

男「んっと、なんかね、人間が考え出したタイムパラドックスとか平行世界とか、あるでしょ」

女「わかんない」

男「んん、つまり、ここで僕らが出会った未来と、出会わなかった未来と、どちらも存在するっていう考え方とか」

女「ああ、はいはい」

男「それはね、ないの」

女「は?」

男「僕だけなんだ、未来を変えられるのは」

女「やっぱ神様なんじゃん」

男「ま、そうかな」

女「神様って普通の男の子の姿なのね」

男「今日は、ね」

女「いつもは違うの?」

男「女の子のときもあれば、猫のときもあるよ」

女「あら、可愛い」

女「猫で来てほしかったなあ」

男「それ、最初に言ってほしかったにゃあ」

女「む、可愛くない」

男「ははは」

女「明日、街が無くなるって、具体的にはどうなるの?」

男「大きな地震が、この街を襲うんだ」

女「……そう」

男「誰も予期していなかった、大きな大きな地震」

女「それで、街は……」

男「ああ、もう、明かりが灯らなくなるんだ」

女「ひどい……」

男「そうだね」

女「それは、止められないの?」

男「天災を無理に止めると、どうしてもどこかで不具合が出るんだ」

女「そう……」

男「明日止めても、例えば火山が噴火したり、別の場所に地震が起きたり」

男「あるときは隕石が降ってきたこともあったよ」

女「そう……」

男「だから、天災は、もう、僕の手には負えないって諦めていた」

女「仕方ないよね」

男「御免ね」

女「ううん、一日だけ、声を戻してくれただけで、十分よ」

男「君の声は、まだ当分、かれないよ」

女「え?」

男「半年、それくらいは歌えるよ」

女「そう……」

男「嬉しそうじゃないね」

女「……」

女「私、歌うのも好きだけど、この街も好きなの」

男「……」

女「やっぱ、悲しいな」

女「明日、どうしようかな」

女「逃げ出しちゃおうか」

女「それとも、運命を知ってもなお、この街に残ってともに死ぬ?」

男「……」

女「どうしたら、いいかな」

男「歌を」

女「え?」

男「歌を、歌ってよ」

女「……今?」

男「いやこれからも」

女「……」

一旦落ちます

男「君のその声、ずっと聴いていたいな」

女「……」

男「だから、僕は明日から来たわけだし」

女「……」

男「はは、僕にこれ以上言えることはないかな」

男「あとは君が決めて、ね」

女「……うん」

男「地震の時間も、教えておこうか?」

女「……いい」

男「そっか」

女「ねえ、この街で、壊れずに残る場所はないの?」

男「……」

女「少しでも、そこにみんなを避難させたり、さ」

男「できないよ」

女「……」

男「そんなことをして、誰かが信じる?」

男「君だって、半信半疑だろう?」

男「のどが治ったのは偶然で、明日の話は僕の大嘘かも知れない」

女「……そんな」

男「この街に残るのは、やめた方がいい」

男「生きたいのなら」

女「……うん」

男「明日は生きて、思いっきり泣いて、そして歌を」

女「……歌えるかな」

男「歌えるさ、君なら」

女「半年だけ、ね」

男「煙草をやめれば少しは伸びるよ」

女「くふふ、そうね」

……

男「……」

女「……」

男「静か、だね」

女「うん」

男「もう行かなきゃ」

女「そう、お別れね」

男「最後に、もう一度歌が聴きたいな」

女「……うん」コク

男「最初のやつが、いいな」

女「……うん」コク

~♪~

男「ありがとう」

女「……」

男「明日も、歌ってね」

女「……」

男「きっと、だよ」

女「……うん」コク

男「じゃあ、おやすみ、さよなら」

女「……さよなら」

―とある喫茶店―

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「えーっと、ケーキセットにミルクティーを」

「私、プリンパフェに珈琲」

「かしこまりました」

……

「でさー」

「うふふ」

「信じられないんだけどー」

「ねー」

~♪~

「あ、この曲」

「あ、知ってる」

「震災復興ソング、だよね、これ」

「そうそう、誰が歌ってるか一切不明、ってやつでしょ」

「気になるよねえ」

「しかも売り上げの99%を復興支援に寄付したって噂だよ」

「あとの1%は?」

「そりゃ、まあ、生活費じゃない?」

「そっか、だよねえ」

「多分ね」

~♪~

『発売から10ヶ月、今もなおこの曲へのリクエストは続いています』

『この曲は、売り上げの99%が復興支援として使われていることで有名ですが』

「あ、ほらほら、やっぱり」

「すごいよねえ」

『震災から、明日でちょうど一年となります』

「もう、そんなに経つのかあ」

「実感、ないよねえ」

『本日、そのアーティストaからのメッセージが届いているので読みあげます』

「へえ」

~♪~

『私の曲を聴いてくださっているみなさん、こんにちは』

『いつもありがとうございます』

『一年前のあの日、私の街が壊されてしまいました』

『悔しくて、でも自分にはどうすることもできなくて、ずっと泣いていました』

『私にできることは、歌うことしかない』

『そんな偉そうなことを言える立場でもない、ただの素人であった私は』

『ずっと明かりの消えた街で、途方に暮れていました』

『でも、歌を、私の歌を聴きたいと願ってくれた人がいること』

『そのことが、私の心を折らないでくれたのです』

『震災が起こる前にハンディカメラで撮った映像をがあったので、それをpvにして』

『必死に作ったこの曲が、今も皆さんのもとへ届いていること、嬉しく思います』

~♪~

『今も復興は終わっていない、それを伝えたくてメッセージを送りました』

『私はずっと、明かりの消えた街で歌い続けます』

『これからも、ずっと』


「はぁ~すごいね」

「募金、してこよかな」

「はは、あんたが?」

「いいじゃん、気持ちだよ、気持ち」

「じゃ、じゃああたしも、しよっかな」


女「……」

女「……くふふ」


★おしまい★

ありがとうございました。

このssのイメージには当然東北大震災があります。
実際に震災の被害に遭われた方の中には、これを読んで不快に感じる方もいるでしょう。
もしそういう方がいたら、済みません。

それでは、よいお年を
http://hamham278.blog76.fc2.com/


レスありがとうございます

自分は阪神大震災を身近で経験しました

震災をなかったことにできるストーリーも考えましたが、
それはあまりにファンタジーすぎるし、それこそ震災を
軽々しく扱いすぎではないかと考えこうなりました

そして震災を遠くのものと感じている象徴として、喫茶店での女性二人の会話を書きました

あなたの言いたいこと、すごくよくわかります
胸が苦しくなりました、すみません

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