まどか「ひと夏の恋」 (441)
まどマギの百合物です
季節過ぎちゃってるけど夏の話
今回は長編です
次から本文
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415195472
――帰りのホームルーム、早く終わらないかなぁ
わたしは早乙女先生の話を、そんな風に思いつつ聞いていた
今日に限っては、先生の話を真面目に聞いている人はほとんどいないと思う
……もしかしたら、ほむらちゃんは真面目に聞いてるかもしれないけど
さやかちゃんや、クラスのみんなも待ちきれないのかソワソワしている
なぜなら、今日は終業式
明日から待ちに待った夏休みだ
早乙女「……それでは、これでホームルームを終わります」
早乙女「再三言いましたが、怪我や事故のないように」
日直の号令で帰りの挨拶をして、先生は教室を後にした
ホームルームが終わり、あちこちから夏休みの予定を話し合う声が聞こえる
わたしはどうしようかなと思っていると
さやかちゃんとほむらちゃんがやってきた
さやか「今日はいつにも増して長かったね、先生の話」
ほむら「まぁ、今日が学期最後だからじゃないかしら」
まどか「さやかちゃん、すごいソワソワしてたよね」
さやか「だって夏休みだよ?まどかだって楽しみにしてたでしょ」
まどか「そ、そりゃ楽しみにしてたけど」
さやか「あたしなんかもう、どう過ごすかの予定も立てちゃったし」
まどか「も、もう立てたの?」
さやか「えーと、読んでない漫画読んで、ゲームして、まどかたちと遊んで……」
さやか「……あ、あと恭介の演奏会にも行くんだ」
まどか「前半は置いといて…上条君の演奏会に行くの?」
さやか「うん。……まぁ、仁美と一緒にだけどさ」
まどか「そっか……。何か進展があるといいね」
さやか「……ん。ありがと」
ほむら「楽しい夏休み気分に水を差すようで悪いけど、宿題は自分でやりなさいよ」
さやか「……あはは、とうぜんだよー」
ほむら「何顔背けてるのよ。私の目を見て言いなさい」
さやか「あー、あたし恭介とも話してこないとだから。2人は先に帰っててよ」
ほむら「待ちなさい、話はまだ……」
さやか「それじゃねー」
そう言い残すとさやかちゃんは足早に上条君のところへ行ってしまう
追及から逃げられたほむらちゃんは少し呆れた顔をしていた
ほむら「……全く。わかってるのかしら、あの子は」
まどか「だ、大丈夫だよ。きっと」
ほむら「ならいいけど。……さて、私たちは帰りましょうか」
まどか「特に用もないし、そうしよっか」
さやかちゃんは楽しそうに話してるし、無理に待つ必要はなさそう
先に帰ることにしたわたしたちは、手早く帰り支度を済ませる
そして、持ち帰る荷物で重くなったカバンを手に、教室を後にした
まどか「うー…今日も暑いなぁ……」
ほむら「そうね……。今日も最高気温が30度を上回るみたいよ」
まどか「いよいよ夏本番だねー」
夏の太陽がじりじりと照りつける
加えて重い手荷物を提げているせいか、歩くだけで汗が吹き出す
涼しい顔をしているほむらちゃんも、首筋には汗が滲んでいた
いつまでも暑さのことを話していても嫌になるばかりなので、夏休みの話をすることにした
まどか「ほむらちゃんは夏休み、何か予定あるの?」
ほむら「今のところはないわね。だからどう過ごしたものかと……」
ほむら「まどかは何をするの?」
まどか「わたしもどこかに旅行に行ったりする予定はないなぁ」
ほむら「そう……。どうしたものかしらね」
まどか「でも、わたしは…ほむらちゃんと楽しく過ごせればいいかなって」
ほむら「私と?」
まどか「うん。ほむらちゃんと楽しい思い出、たくさん作りたいな」
ほむら「それは…私としても願ってもないことだけど」
まどか「それじゃあ夏休みの予定は…ほむらちゃんと楽しく過ごすってことで」
ほむら「予定より目標と言うべきかしらね」
まどか「わたしとほむらちゃんで、最高の夏休みにしようね」
ほむら「えぇ、楽しみにしてるわ。……それじゃ、私はここで」
まどか「ほむらちゃん、またねー」
ほむらちゃんと別れ、1人家へと向かう
その途中でふと、わたしの隣にいた素敵な女の子のことを想い浮かべる
まどか(やっぱり素敵だなぁ、ほむらちゃんって。可愛くて、かっこよくて……)
まどか(日差しの強い日も増えてきたのに、肌も白いし……)
まどか(そんなほむらちゃんとの夏休みの思い出、かぁ)
まどか(楽しい思い出、素敵な思い出…それで、もっと仲良くなって……)
まどか(夏は恋の季節って言うし、もしかしたらほむらちゃんと……)
まどか(……も、もう!わたしのバカ!いくらなんでもそんなこと……)
そんな風に自分勝手なことを思いつつ家に向かっていると
誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした
きっと妄想のせいだと思い、再度ほむらちゃんに想いを馳せようとしたとき
今度は誰かに肩を叩かれた
今いいところなのに、なんてことを思いながら振り返る
そこには、青髪の親友がにやにやしながら立っていた
まどか「……さやか、ちゃん?え、な、何で?」
さやか「いやね、思ったより早く終わってさ。追いつけるかなってちょっと急いだんだよ」
さやか「それでまどかに追いついたんだけど、声かけても返事がないし」
まどか「そ、そうだったんだ。ごめんね」
さやか「……まぁ、それは置いといて。まどかは一体何を考えてたんですかねぇ?」
まどか「べ、別に誰のことも考えてなんか……」
さやか「へぇー。あたし、誰か人物のことなんて一言も言ってないんだけど」
まどか「あ……」
さやか「で、誰のことを考えてたのさ?……もしかして、さやかちゃんのことかな?」
まどか「ううん、違うの」
さやか「あ、そうですか……。じゃあ、誰のことを?」
まどか「……ほむらちゃんのこと、考えてたんだ」
さやか「ほむらのこと、ねぇ。でも…さっきのまどか、恋してるような顔に見えたけど」
まどか「恋してるって、そんなわけ……」
さやか「うーん…でも、恋でもしてなけりゃ、想像だけであんな顔しないと思うんだよね」
まどか「も、もう。そんなんじゃないってば」
さやか「えー、つまんないなー」
いつまでもこの話をしていると、そのうち妄想の内容についても口を滑らせてしまいそうで
そう思い、さりげなく別の話題に変えることにした
まどか「それよりも、さやかちゃんは夏休みの予定は学校で言ってたあれで決定なの?」
さやか「そうだね、あたし個人と演奏会に行くのは決定かな」
さやか「まどかやほむらと遊ぶときはその都度誘って、みたいな感じになりそう」
まどか「さやかちゃん、いつも夏休みの予定って割としっかりしてるよね」
さやか「目いっぱい楽しみたいからね。まどかはどうするの?」
まどか「えっと……」
さやかちゃんに予定を聞かれるも、ほとんど何も決まっていないのを思い出す
ただ、ほむらちゃんとの思い出を作るという漠然としたものだけ
その場で何か思いつかないかと考えてみたけど、何も思いつかなかった
さやか「……何も決まってなさそうだね」
まどか「う、うん。さっきほむらちゃんとも話したんだけど、まだ何も決まってないんだ」
まどか「そのほむらちゃんもまだ何も決まってないみたいで……」
さやか「ほむらも?」
まどか「それで、夏休みはほむらちゃんと楽しく過ごすってことだけ決めたんだけど……」
さやか「どこ行って何するとかは決めてないんだ」
まどか「さやかちゃん…もしよかったら、一緒に考えてくれない?」
さやか「そりゃ構わないけど…ヒントというか、参考程度のことしか言わないよ?」
さやか「ほむらと遊びに行く予定なんだから、あんたたちで決めないと」
まどか「それだけで十分だよ。今日、これからって大丈夫?」
さやか「だいじょぶだよ。……んじゃ、まどかの家に行きますかね」
まどか「うん。……ありがとう、さやかちゃん」
さやか「まどかの頼みだからね。力になるよ」
今のわたしには、さやかちゃんのヒント…参考がすごく嬉しい
ほむらちゃんと楽しく過ごす予定を立てるために、わたしはさやかちゃんと一緒に家へ向かった
――まどかの家――
まどか「麦茶しかなかったけど、いいよね?」
さやか「十分。……で、ほむらとの予定だったよね」
まどか「うん……。夏休みの予定、今まではさやかちゃんがほとんど決めてくれてたでしょ?」
さやか「そう言われるとそうだね」
まどか「だから、わたしが決めるとなるとどうしたらいいかなって」
さやか「んー…とりあえず、大ざっぱでいいから行きたいところとかやりたいこと、挙げてみてよ」
まどか「行きたいところ、やりたいこと……」
ほむらちゃんと…2人で行きたいところ。2人でやりたいこと
さっきまで本当に何も思いつかなかったのに、今は不思議と考えが溢れ出す
わたしはその中から適当な考えをいくつか挙げていった
まどか「……やっぱり夏だし、海とかプールに行ってみたいな」
まどか「あとは…お泊りしたり、ショッピングモール行ったり…あ、お祭りにも行ってみたい」
さやか「……すらすら出てくるじゃない。あたし、いらないんじゃ?」
まどか「そ、そんなことないよ」
さやか「そう?……えーと、海かプールに、お泊り、買い物、お祭り……」
まどか「他にもいくつか思いついたけど…細かいのばかりだから別の予定と一緒の方がいいかも」
さやか「そっか。……あとは一緒に宿題やったりしたら?あたしは楽しいと思わないけどさ」
まどか「あ、それもいいかも。ほむらちゃん、丁寧に教えてくれるし」
さやか「あたしは碌に教えてもらえないんだよねー。何だ、何がダメなんだろ」
まどか「さやかちゃんの場合は答えを教えてって言うから……」
さやか「やっぱそれか……。あとは何かある?」
まどか「あとは…そうだなぁ……」
最初に挙げたものも含め、さやかちゃんとあれこれ話し合う
案が出尽くしたところで、現実的でないものを除外していく
そして、最後まで残ったいくつかの案を夏休みの予定として採用することにした
まどか「……じゃあ、わたしの夏休みの予定はこれで決まり、と」
さやか「もっとも、まだ予定じゃないんだけどね。やりたいことが決まっただけみたいな」
まどか「そ、それはそうだけど」
さやか「んで、結局何することにしたの?」
まどか「えっと…ショッピングモールに行く、プールか海で泳ぐ……」
まどか「それから一緒に宿題をやって、お泊り会をして……」
まどか「最後にお祭りに行く…って感じかな」
さやか「宿題とお泊りは一緒でもよかったんじゃない?」
まどか「宿題はきっと1日で終わらないだろうし。だからまぁ…何回かするかもって」
さやか「ふーん。まぁそれはいいんだけど…最後の予定がお祭りねぇ……」
まどか「お祭りは8月の終わりの方だしね。でも、それがどうかしたの?」
さやか「2人で色んなところに行って、仲を深めて…最後にお祭りでしょ?」
さやか「何かひと夏の恋って感じがしてね」
ひと夏の恋って…さやかちゃんは何を言い出すんだろう
確かにこれが男の子と女の子だったらそう受け取れなくもないけど……
意味があるかはわからないけど、さやかちゃんの冗談に言葉を返す
まどか「恋って…さっきも言ったけど、別にそんなことないよ……」
さやか「そうかなぁ。まどかってさ、ほむらのこと、大好きでしょ」
まどか「え?そりゃ好きだけど……」
さやか「違う違う。今あんたが思ってる好きじゃなくて、恋愛的な意味でさ」
恋愛的な意味で…わたしが、ほむらちゃんを?まさかそんな……
でも…心当たりというか、もしかして、と思い当たることはあったりする
自分の本心を確かめるにも、今この場でというわけにもいかない
さやかちゃんに悟られないように、わたしはできる限り冷静に答えた
まどか「……確かにほむらちゃんのことは好きだけど、それは友達としてだよ」
さやか「ありゃ、そうなの?いやー、何かそんな気がしたんだけどなー」
まどか「もう……。それに、わたしもほむらちゃんも女の子なんだよ?」
さやか「わかんないよー?相手が同性だからこそ、自分のほんとの気持ちに気づかないのかもしれないし」
さやか「それに、女の子が女の子にキュンとしたり、クラっとしても不思議じゃないと思うよ」
さやか「だから、ほむらにべったりなまどかももしかしてと思ったんだけど……」
まどか「今のところは…違う、かな」
さやか「そっか。もしマジでそうなっちゃったら言いなよ?」
さやか「片想いの先輩として色々教えたげるから」
まどか「う、うん」
さやか「……さて、と。んじゃ、あたしはそろそろ帰ろっかな」
まどか「さやかちゃん、今日はありがとう。助かったよ」
さやか「まだすること決めただけでしょうに。ま、頑張りなさいよ」
まどか「わかってるよ。さやかちゃんも頑張ってね」
さやか「ありがと。……じゃ、またねー」
そう言うとさやかちゃんは、わたしの部屋を出て行った
廊下を歩く足音が遠くなっていき、階段を下りて、やがて玄関のドアを開ける音がした
それから少しして、さやかちゃんが戻って来る様子がないのを確認してから
わたしはベッドに倒れ込んだ
まどか「……はー」
まどか「女の子にキュンとしたり、クラっとしても不思議じゃない…か……」
まどか「わたしは…どうなんだろう……」
さやかちゃんの言葉をぽつりと呟く
夕飯までまだしばらく時間があるし、自分の本心を考えてみることにした
まどか「……ほむら…ちゃん……」
わたしの本心。わたしが、ほむらちゃんをどう思っているか
ほむらちゃんは…可愛くて、かっこよくて…とても素敵な友人
でも、最近ほむらちゃんのことを考えたり、妄想したりすることが増えた気がする
最初のうちは普通の内容だったはずなのに、それが次第に変な方へと向かってしまう
いつからそうなってしまうようになったかはもう覚えてない
でも、他の友達…さやかちゃんやマミさん、杏子ちゃんのことを考えても、こうはならない
ほむらちゃんのときだけに限って、あらぬ方向へと妄想が暴走する
まどか「……」
棚から大きめのぬいぐるみをひとつ手に取り、もふもふと抱きしめながら考える
ほむらちゃんのことばかり考えてしまうのは…きっと本心ではほむらちゃんを想っているから
それに気づかなかったのは、わたしもほむらちゃんも女の子だったせい
同性だからこそ、本当の気持ち…本心が見えなかったんだと思う
ずっとわからなかった、みんなとほむらちゃんとで違うわたしの気持ち
でも、今ようやくわかった。わたしがほむらちゃんに抱くこの気持ち。それは……
まどか「……わたし、ほむらちゃんのこと…好き、なんだ」
まどか「友達としてじゃなくて、1人の女の子として……」
まどか「……そっか。そうだったんだ」
ほむらちゃんが好きだと口にしただけで、胸が高鳴った
頭や心で思うだけじゃなく、声に出すことで、この気持ちが本物だと実感する
わたしは、本当にほむらちゃんのことが…好きなんだ……
好きだという気持ちが心に広がり、顔が火照ってきてしまった
まどか「……と、とりあえず予定表でも作ろうかな」
わたしはほむらちゃんとの予定をメモ帳に書き込んで、簡単な予定表にした
もっとも、開催日の決まってるお祭り以外は日にちが決まってないけど
まどか「……これでいいかな。予定が増えたらその都度書き足せばいいよね」
まどか「えっと…とりあえず最初は一緒に宿題をして、そこから予定を……」
そんなことを考えていたとき、ふとさやかちゃんの言葉が頭に浮かぶ
さやかちゃんが言ってた、ひと夏の恋という言葉
意味はよくわからないけど、きっとひと夏を通しての恋愛経験のこと…かな
まどか「……ほむらちゃんと楽しく過ごして、思い出をたくさん作って……」
まどか「ほむらちゃんと…恋人になりたいな……」
まどか「せっかく好きって気づいたんだもん。楽しいだけじゃ…つまんないよね」
まどか「……ほむらちゃん。わたし、頑張るよ」
明日から夏休み。わたしの、ひと夏の恋が始まる
想う相手は同じ女の子。それに、初恋は叶わないなんて言ったりもする
だけど、この恋は絶対に叶えてみせる
今年の夏休みは…今までで1番素敵なものになる。そんな気がした
今回はここまで
次回投下は6日夜を予定しています
時間ぎりぎりすぎてしにたい
次から本文
――数日後――
ほむら「……」
まどか「……」
カリカリと鉛筆が走る音だけが聞こえる静かな部屋
わたしはこれからの足掛かりにと、一緒に宿題をやろうとほむらちゃんを誘った
8月に入る前に少しでも宿題をやっておいた方がたくさん遊べるし
そう思って、こうしてほむらちゃんと一緒に宿題をやってはいるんだけど……
ほむら「……まどか?わからないところでもある?」
まどか「あ…う、ううん。何でもないよ」
ほむら「そう?私の方はもう少しで半分終わるから、見てあげるのはそのあとからでいいかしら」
まどか「わ、わかった。できるところまで自分で頑張るよ」
ほむら「えぇ。もう少し頑張りましょう」
そう言うと、ほむらちゃんは再び教科書とノートに視線を落とした
わたしの方は…正直、あまり捗っていない。何度もほむらちゃんをチラチラと見てしまって
ほむらちゃんに会うのは好きだと気づいてから初めてだから、必要以上に意識しちゃってるのかも
でも、真剣な表情でノートに向かうほむらちゃんは…何だかすごくかっこよく見える
友達としてじゃなく恋の対象として見てるからか、わたしの目にはいつも以上に素敵に映っていた
ほむら「……これで終わり、と。まどかの方はどう?」
まどか「え?あ…わ、わたしは……」
結局、ほむらちゃんが今日の目標の半分を終わらせたのに対し、わたしは3分の1も進んでいなかった
意識が宿題じゃなくて、ほむらちゃんへと向いてしまったから…だよね
わたしの進み具合を見たほむらちゃんは、少しだけ困惑したような顔をしていた
ほむら「えっと…まどかってそこまで数学が苦手だったかしら?」
まどか「あ、あはは…だいぶ忘れちゃってるみたいで……」
ほむら「そう……。それじゃ、最初の方から順番にやっていきましょう」
まどか「う、うん。お願いするね」
ほむら「えーと…まずはこれね。これはこっちの……」
とっさに解き方を忘れたってことにしちゃったけど…実際はほとんど覚えていて
まさか、ほむらちゃんを見ていたから全然進まなかった…なんて言えるわけがない
そのほむらちゃんは、わたしの隣でわかりやすく教えてくれて……
……わたしの、隣?
まどか「ほ、ほむ、ほむらちゃん?あ、あれ、向かいにいたはずじゃ……」
ほむら「向かいからじゃ教えづらいと思ったのだけど…何かおかしかったかしら?」
まどか「いいい、いや、別に、そんなこと……」
ほむら「変なまどかね。……それで、ここの続きだけど……」
ほむらちゃんのわかりやすい解説が続くけど、さっぱり頭に入ってこない
向かいにいたときはそこまででもなかったけど、隣にいる今の状況だと……
恥ずかしさやら嬉しさやらで頭も胸もいっぱいになって…少し苦しい感じさえする
初めてでよくわからないけど、きっとこの感じが恋をしているってことなのだと思う
それからしばらく、ほむらちゃんが隣にいるという落ち着かない時間が続いた
ほむら「……と、こうなるの。わかったかしら?」
まどか「えっと…うん、大丈夫だよ」
解説が終わる頃になって、ようやくほむらちゃんが隣…側にいることにも慣れてきた
まだ少しだけドキドキしてる気がするけど、さっきみたいに動揺することはなくなった…と、思う
ほむら「本当に大丈夫?最初の方、なんだかぼんやりしてたような気がしたのだけど」
まどか「ほ、本当に大丈夫だよ」
ほむら「それならいいけど…わからなければいくらでも聞いてくれてもいいのよ?」
まどか「ありがとう、ほむらちゃん」
ほむら「……さて、と。宿題もキリのいいところまで終わったし、休憩しましょうか」
まどか「そうしよっか。わたし、何か冷たいものでも持って来るね」
ほむら「そんな気を遣わなくても構わないわ。氷水で十分よ」
まどか「それはそれで何か失礼だよ……。とにかく、ちょっと待ってて」
――――――
まどか「お待たせ。……ごめんね、氷水とあんまり変わらないかも」
本当はアイスを持って来るつもりだったけど、どうやらパパとタツヤで食べちゃったみたい
他には何も見当たらず、仕方なく氷を浮かべた麦茶を手に部屋へと戻ってきた
ほむら「あら、いいじゃない、麦茶。日本の夏らしくて」
まどか「うーん、そうかな。はいこれ、ほむらちゃんの分」
ほむら「ありがとう。頂くわね」
そう言うとほむらちゃんはごくごくと喉を鳴らして麦茶を飲み干していく
この暑さに加え、ずっと解説のために喋ってたから喉が渇いてたのかな
一息つこうとコップから口を離したときには、目いっぱい入れたはずの中身は半分まで減っていた
ほむら「……ふぅ。喉が渇いてるせいか、凄く美味しく感じるわね」
まどか「ほんとはこれだけじゃなくてお菓子でもあればよかったんだけど……」
ほむら「気にしないで。……というより、こうも暑いとお菓子を出されても多分食べる気になれないわ」
まどか「……これだけ暑い日でも、マミさんの家に遊びに行くとケーキが出てくるのかな」
ほむら「どうかしらね……」
ほむら「それにしても、暑いわね……」
確かに、今日は一段と暑いなぁ。わたしは何か涼しくなる方法はないかと考える
ほむらちゃんは少しでも涼しくなろうと、服の襟をつまんでぱたぱたと扇いでいた
まどか「だ、ダメだよほむらちゃん、女の子がそんな……」
ほむら「そう言っても…暑いんだもの……」
ほむらちゃんの白い肌が襟元からちらちらと見える度に鼓動は早くなってしまう
目のやり場に困ったわたしはその行動を注意した
まどか「それはそうだけど…む、胸元見えちゃってるよ」
ほむら「でもまどかしかいないし…別にまどかになら……」
まどか「ほむらちゃんがよくてもわたしは困るよ……」
ほむら「まどかがそうまで言うなら……」
まどか「……そ、それよりも何か話でもしようよ」
ほむら「それは構わないけど…何を話しましょうか」
まどか「えっと…夏休みの予定の話をしたいんだけど」
ほむら「予定というと…あの、私と楽しく過ごすって奴かしら」
まどか「そうそう。それで、具体的にどこでどうしたいってのを考えたんだけど……」
まどか「ほむらちゃんって、この日は都合悪いっていうのはある?」
ほむら「……多分最後まで予定は無いと思うから、いつでも空いてるわ」
ほむら「勿論さやかやマミから出かけないかと誘われることがあるかもしれないけど」
まどか「じゃあ、今から予定決めちゃってもいいかな?」
ほむら「いいけど、何をするの?」
まどか「えっと……」
わたしはほむらちゃんと2人で話し合いながら予定を決めることにした
予定をどういう順番にするか。他に行きたいところ、やりたいことはないか
幸い予定そのものはすぐに決まったものの、ほむらちゃんとの会話が楽しくて、やめられなくて
お喋りが予想以上に弾んでしまい、気が付くと空はオレンジ色に変わっていた
ほむら「……もうこんな時間になっていたのね」
まどか「ご、ごめんねほむらちゃん。わたしが宿題やろうって言ったのに」
ほむら「気にしないで。確かに宿題をやるのも大事なことだけど……」
ほむら「まどかとのことはもっと大事なことだから」
わたしが始めたお喋りのせいで、宿題がいまいち進まなかったのに……
そんな優しいほむらちゃんだから、わたしはきっと恋心を抱いたんだろうな
夏が終わる前に本当の気持ち、伝えるからね
そう思っていると、帰り支度を終えたほむらちゃんがわたしに声をかけた
ほむら「まどか。もう夕方だし、私はこれで帰るわね」
まどか「あ、うん。今日はありがとう。……またお願いしてもいいかな」
ほむら「まどかのお願いなら、いつだって構わないわ」
まどか「えへ…嬉しいな」
ほむら「他に忘れ物は…ないわね。それじゃ、また週末に」
まどか「待ってるからねー」
挨拶を交わすと、ほむらちゃんはわたしの部屋を出て行った
わたしは机に広がっている教科書やノートを片付け、ほむらちゃんとの予定表に目を落とす
まどか「……どの予定も、今から楽しみだなぁ」
日にちの決まった予定を眺め、ぽつりと呟く
まず今週末にお泊り会。話し合った結果、わたしの家にほむらちゃんが来ることになった
来週はほむらちゃんとプール。せっかくだし、新しい水着、買いに行こうかな
その翌週にショッピングモールへ…で、デートに行く。映画以外は今のところ保留
3週目は…予定なし。終わってない宿題を一緒にやることにしよう
そして、4週目。お祭りに行って…そこで、ほむらちゃんに……
まどか「……あ、パパに週末ほむらちゃんが泊まりに来るって伝えないと」
まどか「わたしも何か料理を出そうと思ったけど…今まで手伝いばかりだったしなぁ……」
まどか「何かわたしでもできそうな料理、教えてもらおうかな……」
そんなことを考えつつ、週末のことを伝えるために部屋を出る
ほむらちゃんは、今はまだわたしのことを友達として見ているはず
だから、わたしを見てもらえるように…好きになってもらえるように頑張らないと
階段を下りたわたしは、そのままキッチンへと向かう
そこで夕飯の支度をしているパパに、週末のことと一緒にわたしのお願いを伝えた
――数日後――
知久「まどか、こっちのお皿も並べてもらえるかい?」
まどか「わ、わかった」
あれから数日が経ち、いよいよ待ちに待った週末がやってきた
わたしの友達が泊まりに来るだけのはずなのに、パパは何だかやけに張り切っていて
あれもこれもと作り出し、気が付けばテーブルの上が何かのパーティのようになっていた
知久「まどか、こっちのもお願いできるかな」
まどか「いいけど…あといくつ作るつもりなの……?」
知久「そのお皿で最後だよ。あとは暁美さんが来るのを待つだけだね」
まどか「うん。えっと…6時に来るみたいだから、もうそろそろだと思うけど」
ほむらちゃんからのメールに書いてあった時間を思い出しながら時計を見る
約束の時間まであと10分。早く来ないかなと少しソワソワしていると、玄関のチャイムが鳴った
知久「少し早いけど、暁美さんかな?」
まどか「わたし、出てくるね」
はやる気持ちを抑えながらわたしは玄関へと向かい、ドアを開く
そこには、少し大きい荷物を手にしたほむらちゃんが立っていた
まどか「いらっしゃい、ほむらちゃん」
ほむら「こんばんは、まどか。今日はお世話になるわね」
まどか「夕飯できてるから、荷物を置いたら夕飯にしようよ」
ほむら「えぇ。私もいい具合にお腹が空いたわ」
まどか「そ、そっか」
あの料理の山を見たらほむらちゃん、どう思うかな
そんなことを考えつつ、荷物を置いたわたしたちはリビングへと向かった
知久「暁美さん、いらっしゃい」
ほむら「……あ、はい。えっと、お世話になります」
ほむら「それより、この料理の山は……」
まどか「……パパが張り切りすぎちゃって。ごめんね」
知久「僕は僕なりに暁美さんを歓迎しようと思ったんだけど……」
ほむら「いえ、その…テーブルが賑やかでいいと思います……」
ほむら「歓迎してくれたことは…嬉しいです。ありがとうございます」
知久「さて。みんな揃ったし、ご飯にしようか」
まどか「そうだね。……えっと、ほむらちゃんはここに座って」
ほむら「……あら?これで全員なの?」
まどか「うん。ママは仕事で遅くなるみたいで、タツヤは遊び疲れて寝ちゃってるの」
まどか「ママは朝に『何で今日に限って遅くなるんだ』なんて言ってたっけ」
ほむら「そうなの……」
まどか「それじゃ、食べようよ」
知久「2人とも、どうぞ召し上がれ」
ほむら「はい。いただきます」
まどか「いただきまーす」
そう言うとほむらちゃんは、パパの作ってくれた料理を口へと運ぶ
ひと口食べた瞬間、あまりのおいしさに言葉が出ないみたいだった
しばらくしても黙ったままだったので、わたしはほむらちゃんに声をかける
まどか「ほむらちゃん?どうかした?」
知久「口に合わなかったかい?」
ほむら「いえ…とても美味しくて驚いてしまって。こんな美味しい料理…初めてです」
知久「それはよかった」
まどか「ね、今度はこっちの食べてみてよ。パパの料理は何だっておいしいんだから」
ほむら「そう言うまどかは全然食べて…と思ったら結構食べてるわね……」
まどか「ほむらちゃんがあまりのおいしさに口から魂出してる間に食べてたけど」
ほむら「そ、そう……」
まどか「……何だか今日の夕飯は楽しいよ。ほむらちゃんがいるからかな」
ほむら「私も…誰かと一緒の夕飯は久しぶりよ。1人暮らししてると、どうしてもね」
まどか「寂しくなったら、いつでもわたしを呼んでくれてもいいんだからね?」
ほむら「なら、たまには来てもらおうかしら」
まどか「うん。楽しみにしてるよ」
パパのおいしい料理に、ほむらちゃんとの楽しい会話
そうなるとついつい食事の時間が延びてしまうのは当然の結果で
わたしたちがごちそうさま、と夕飯を終えたのは7時を少し過ぎた頃だった
いつの間にかパパが席を立っているけど、タツヤの様子を見に行ったんだと思う
まどか「……随分と時間経ってたんだね」
ほむら「まどかと話してるのが楽しいから、時間が経つのも忘れていたわ」
まどか「そ、そう?ありがとう」
ほむら「それにしても…どの料理も本当に美味しかったわ」
まどか「……ねぇ、ほむらちゃん。どの料理が1番おいしかった?」
料理を褒めるほむらちゃんに、わたしはそう問いかける
少し考えたあと、ほむらちゃんは以外な答えを返してきた
ほむら「私は…このクリームシチューが1番だと思うわ」
まどか「……えっ。この、クリーム…シチューが?」
ほむら「えぇ。最初は何で夏場にシチューが、と思ったけど」
ほむら「食べてみたら凄く美味しかった。もうお腹いっぱいだけど、まだ食べたいくらいよ」
まどか「そ…そう、なんだ……」
ほむらちゃんから不意打ち気味に貰った言葉のせいで、顔がどんどん熱くなってくる
1番だと褒められたことは嬉しいけど、こうもべた褒めされると何だか恥ずかしい
ほむら「まどか?どうかしたの?」
まどか「あ、あのね…そのシチュー、わたしが…作ったんだ」
ほむら「……え?」
まどか「ほんとは夏場にシチューは合わないって思ったんだけど……」
まどか「……ほむらちゃんにわたしの好きな料理…食べてもらいたかったから」
ほむら「そ、そう…だったの……。えっと…ありがとう、まどか」
ほむら「私の為にこんなに美味しいものを作ってくれて…凄く嬉しいわ」
まどか「……うん。ほむらちゃんに1番って褒めてもらえて、わたしも嬉しいよ」
ほむら「まどか……」
まどか「……も、もうこの話おしまい。部屋に戻ろっか」
ほむら「え?えぇ、そうしましょうか」
食器を片づけ、わたしの部屋に戻ろうとしたちょうどそのとき
玄関の方からドアを開ける音と、聞き慣れた声が聞こえてくる
それから少しして、疲れた顔をしたママがリビングへとやってきた
詢子「あー…ただいまー……」
まどか「ママ、おかえり」
ほむら「こんばんは。お邪魔しています」
詢子「あぁ、いらっしゃい、ほむらちゃん。2人はもう夕飯終わったのかい?」
まどか「うん、ちょっと前に」
詢子「そっか……。アタシも一緒に食べたかったのに、あんのアホ上司が……」
まどか「ま、ママ。その話はパパが聞いてくれるよ」
詢子「……っと、確かに大事なお客様の前でする話じゃないね」
ほむら「いえ……」
詢子「あ、そうそう。2人にお土産があるんだった」
まどか「お土産?」
詢子「えーと…あぁ、これだ。まだ時間も早いし、遊んできなよ」
ママが渡してくれたのは、少し小さめの花火セット
大がかりなものは入ってないけど、2人で遊ぶには十分な量が入っていた
まどか「ありがとう、ママ」
詢子「場所は…家の前でいいんじゃないかな。バケツと水だけは忘れるなよー」
まどか「うん、わかってる。ほむらちゃん、行こうよ」
ほむらちゃんと2人きりで花火。これはいい雰囲気になれるチャンスかも
いてもたってもいられなくなったわたしは、ほむらちゃんの手を引いて玄関へと向かった
――――――
まどか「……じゃあ、行くね」
ほむら「えぇ、どうぞ」
手に持った花火に、着火剤として用意したろうそくで火を点ける
花火の先端から、赤や紫の眩い光が滝のように流れ落ちた
まどか「綺麗だねー」
ほむら「それじゃ私も……」
ほむらちゃんが選んだのは、持ち手に銃の絵がプリントされた花火だった
火を点けると、バチバチと弾けるような火花が撃ち出されていく
ほむら「……ほんと、綺麗ね」
まどか「だねー。……あ、終わっちゃった。次の花火を……」
ほむら「……私、あまりこういうことに慣れてなくて…どう言ったらいいかわからないけど」
ほむら「今、こうしてまどかと2人で花火ができて…凄く楽しいわ」
まどか「それはわたしもだよ。ほむらちゃんと思い出が作れてすごく嬉しいな」
まどか「この夏休み、思いっきり楽しもうね」
ほむら「そうね。楽しみにしてるわ」
それからわたしとほむらちゃんは、花火の光を眺めながら、色んな話をした
今日の夕飯のこと、夏休みのこと、今見ている花火のこと
手にしていた10本目くらいの花火が燃え尽き、バケツの中に突っ込む
気が付くと、たくさんあったはずの花火も、目ぼしいものはほとんど使い切ってしまっていた
まどか「……もうあんまり残ってないね。何かごめんね、わたしばっかり遊んじゃったみたいで」
ほむら「いいのよ。花火ではしゃぐのは…私の柄じゃないし。それに……」
ほむら「何かを楽しんでるまどかを見てると、私も楽しくなってくるから」
まどか「そ、そう?えへへ、ありがとう」
ほむら「それで、残りの花火…どっちからやりましょうか」
ほむらちゃんは花火のパッケージの中から残りを取り出し、わたしに問いかける
残っていたのは、線香花火にねずみ花火の2種類
線香花火は最後にやるべき、なんて気がしたので先にねずみ花火で遊ぶことにした
まどか「……じゃあ、ねずみ花火からやろっか」
ほむら「わかったわ。私が火を点けるから、まどかは少し離れていて」
まどか「気をつけてね」
そう言うとほむらちゃんは花火を地面に置いて、少し離れたところから点火する
やがて火の点いた花火がシュルシュルと火花を散らしながら回り出した
まどか「ねずみ花火って、どうしてねずみ花火なんて名前なのかな」
ほむら「この地面を這い回るのがねずみに見えるから…じゃないかしらね」
まどか「……見えないよね」
ほむら「見えないわね。まぁ、感覚で名前を付けてる部分もあるんだと思うわ」
まどか「うーん、そっか」
わたしたちのねずみ花火談義をよそに、ねずみ花火は火の勢いでくるくると回転し続ける
綺麗と言うより面白い花火かなぁ、なんてことを思っていると
風に煽られたのか元の位置から大きく動き出し、わたしの足元へとやってきてしまった
まどか「う、わっ……」
わたしは慌ててその場から飛び退く。花火はそれ以上大きく動く様子もなく、穏やかに回っている
一安心と胸をなでおろすと、ふと何かにしがみついている感触
もしや、と恐る恐るしがみついている何かの方を見ると、すぐ目の前にほむらちゃんの顔があった
まどか「え……」
ほむら「まどか、大丈夫?」
どうやらわたしは飛び退いた勢いでほむらちゃんにしがみついてしまったみたい
しがみついたというか、飛びついたというか、抱きついたというか……
わたしをこんな状況に追いやった花火は、役目が終わったと言わんばかりに乾いた破裂音を響かせ弾け飛ぶ
その直後、今度はほむらちゃんから飛び退いて、しどろもどろな釈明を始めた
まどか「あああ、あの、ご、ごめんねほむらちゃん。急に花火が来て驚いちゃって……」
まどか「ま、まさかほむらちゃんに抱きついちゃうなんて思わなくて…その……」
ほむら「謝ることなんてないわ。……むしろ、まどかに抱きつかれて…少し、嬉しかった」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「……それよりも、火傷はしてない?」
まどか「あ…うん、それは大丈夫。何ともないよ」
ほむら「そう…よかった。いくら綺麗でも、火を使ってるのだから注意しないと」
まどか「うん。……じゃあ、線香花火をやって終わりにしよっか」
線香花火にそっと火を点け、できるだけ動かないようにじっとする
初めは小さかった火花が、次第に綺麗な閃光になっていく
先端の玉が落ちないようにと思っていると、ほむらちゃんが小さく声をあげた
ほむら「……残念。玉が落ちちゃったわ」
まどか「……」
声を出すと玉が落ちてしまいそうだったから、出かかった声を飲み込む
視線をほむらちゃんの方へと向けると、2本目の花火に火を点け、そして失敗していた
わたしは落ちずに燃え続けている線香花火に願いを乗せる
ほむらちゃんと両想いになって、恋人になれますように、と
願いを受けた線香花火は最後まで落ちることはなく、燃え尽きる瞬間まで闇夜を照らし続けた
まどか「……うまく行くよね。きっと」
ほむら「凄いわね、まどか。最後まで落とさないなんて」
まどか「そうかな。ほむらちゃんはどうだったの?」
ほむら「私は…駄目だったわ。すぐ落としちゃって……」
まどか「そっか……。よし、全部遊んだし、そろそろ戻ろうよ」
わたしたちは手早く後片付けをして家へと戻る
そして、わたしの部屋に向かおうとしたところで、パパが声をかけてきた
知久「あぁ、2人とも。お風呂沸いてるよ」
まどか「ありがとう。……パパとママは?」
知久「……ママがお酒入っちゃってね。僕はだいぶ後…ママは明日の朝になると思うよ」
まどか「わかった。先にわたしたちで入るね」
知久「それじゃ、僕はリビングに戻るから……」
そう言うと、パパは少し肩を落としてママが呑んでいるであろうリビングへと向かって行った
きっと当分の間、ママの愚痴を聞かされちゃうんだろう
ほむら「……大変ね、まどかのお父様も」
まどか「うん……。それで、お風呂どうしよっか」
ほむら「まどかからでいいんじゃないかしら」
まどか「うーん…いや、ほむらちゃんから入ってよ。わたしはそのあとでいいから」
ほむら「そう?なら、先に入らせてもらうわね」
まどか「着替えも取りに行かないとだし、1度部屋に戻ろっか」
お風呂場の場所を教えてから部屋に戻ると、ほむらちゃんは荷物の中から着替えを取り出す
そして、お風呂、先に頂くわねと言い残して部屋を後にした
まどか「……あ、ほむらちゃんがあがって来る前に準備しておかないと」
あれだけ髪が長いとお風呂あがりは大変そうだなぁ、なんてことを思いつつ鏡や櫛、ドライヤーの用意をする
準備が終わったあとは特にすることもなく、ぼすんとベッドに横になった
まどか(何だか変な感じ……。好きな人が泊まりに来るのって)
まどか(あ…ほむらちゃんの寝る場所、どうしよう。わたしは一緒に寝たい……)
まどか(……と思ったけど、どうだろう。ドキドキしちゃって眠れなくなりそうだし、布団持って来た方がいいかな)
ベッドの上であれこれ考えていると、階段を上がって来る足音がする
寝そべったままというのも失礼だし、あんまりだらしないところを見られたくない
わたしがもそもそとベッドから起き上がった直後、お風呂あがりのほむらちゃんが戻って来た
ほむら「まどか。お風呂、空いたわよ」
まどか「あ、おかえ…り……」
ほむらちゃんの姿を見た瞬間、心臓が思いきり跳ね上がった
ほんのりと上気した顔に、首筋に張り付く湿った髪
きっと本人は普通にしてるだけなんだろうけど、今のわたしには…目の毒というか、何というか
真っ赤になってわたわたしていると、ほむらちゃんは不思議そうな顔でわたしに尋ねた
ほむら「……まどか?どうかしたの?」
まどか「え、いや、その…ほむらちゃんは何もして…ないよ」
ほむら「そう?顔が赤いけど……」
まどか「だ、大丈夫、何でもないから。ドライヤー、出しておいたから使って」
ほむら「あら、ありがとう」
まどか「そ、それじゃわたし、お風呂入って来るから……」
今のほむらちゃんを見ていると、わたしの身が持たない
そう思ったわたしは、そそくさと部屋を出てお風呂場に向かった
まどか「……はぁ」
体も髪も洗い終わり、浴槽に体を沈めて部屋でのできごとを思い返す
好きな人のあんな姿を見て、うるさいくらいに胸がドキドキして
今日泊まりに来たのは友達のほむらちゃんじゃない。恋の対象としてのほむらちゃん
改めて、それを思い知らされたような気がした
まどか(……あんまりほむらちゃんのこと考えるとまた赤くなっちゃいそうだからやめよう)
まどか(……それにしても、お風呂あがりのほむらちゃん…すごい破壊力だった)
まどか(普段のほむらちゃんとはまた違う方向で可愛くて…でも、綺麗で……)
まどか「……あがろう。本人いないからか妄想が進んじゃうだけだし」
――――――
まどか「お待たせ、ほむらちゃん」
ほむら「おかえりなさい、まどか」
お風呂からあがって部屋に戻ると、ほむらちゃんは家から持って来たらしい本を読んでいた
わたしが声をかけるとほむらちゃんはわたしを見て返事をしながら本を閉じる
まどか「あ、もう少し読んでていいよ。髪、乾かさないとだし」
そう言うとわたしは鏡の前に座り、ドライヤーに手を伸ばす
だが、そのドライヤーはわたしの手に収まる前に脇から伸びてきた手に奪われてしまった
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「まどかはそこに座ってて。私がしてあげるから」
まどか「え…そんな、いいよ。自分でやるから……」
ほむら「いいから。ほら、大人しくしてなさい」
まどか「うぅ…じゃあ、お願いするよ」
ほむら「えぇ、任せて」
わたしの後ろに回ったほむらちゃんはドライヤーの電源を入れ、髪の手入れを始める
ドライヤーから吐き出される熱風と、時折感じる細い指の感触がとても気持ちいい
誰かに髪を触ってもらうのがこんなに気持ちいいと感じたことは初めてだった
ほむら「……はい、終わり。十分乾いたわ」
まどか「ありがとう。すごい気持ちよかったよ」
ほむら「普段自分がしてるようにしたつもりだけど…気に入ってくれたのならよかったわ」
まどか「ほむらちゃんって髪長いから、自分のやってるうちに上手になったんじゃないかな」
ほむら「まどかが言うなら、そういうことにしておきましょうか」
まどか「うん。……それより、どうしよっか。何かする?」
そう言いながら時計を見ると、いつもならそろそろ寝る時間
だけど、今日はせっかくほむらちゃんが来ているんだからもっと起きていたい
頭ではそう思っているけど、それとは裏腹に瞼が少しずつ重くなってきていた
ほむら「そうね…そろそろ休みましょうか」
まどか「えー。わたしはもっとほむらちゃんとお喋りしたり、遊んだりしたいのに」
ほむら「そう言ってくれるのは嬉しいけど、もう眠そうじゃない。無理しないで寝ましょう?」
できるだけ顔に出ないようにしてたのに、ほむらちゃんにはお見通しだったみたい
気づかれてしまった以上、わがままを言うわけにもいかない。今日はもう寝ることにしよう
まどか「……ん、わかった。ほむらちゃん、どこで寝る?」
ほむら「布団があるのなら、出してもらえると助かるのだけど……」
まどか「じゃあ…今回は布団、出すよ。持って来るから、ちょっと待っててね」
部屋に来客用の布団を運び入れ、テーブルを動かしたスペースに布団を敷く
それから寝る用意をしたりして、あとはもう本当に寝るだけになってしまった
まどか「……それじゃ、電気消すね」
ほむら「えぇ。おやすみなさい、まどか」
まどか「おやすみー」
ほむらちゃんとおやすみ、と挨拶を交わして部屋の電気を消し、ベッドに戻る
布団をかけて目を閉じて眠ろうとするも、眠いはずなのにうまく眠れない
原因は…わかってる。いつもならわたし1人の空間に自分以外の、それも好きな人がいるから
少しだけ目を開けてほむらちゃんが寝ている方を見る。当然だけど、真っ暗でよく見えない
ただ、もう眠っているのか規則正しい寝息が微かに聞こえる
そんなことを考えてしまったせいか、ほむらちゃんを意識してしまい、胸のドキドキが早くなってしまう
結局、わたしが眠れたのはそれからだいぶ時間が経ってからのことだった
――――――
まどか「……ん…ぅ」
目の前が眩しい。どうやら朝が来たみたい
昨夜は眠るのに時間がかかったせいか、すっきりとした目覚めとは行かなかった
上体を起こして、ぐーっと伸びをする。ううん、眠いなぁ
まだ半分眠っている頭と目で辺りを見回すとほむらちゃんの姿はなく、布団が畳んで置いてあった
それを見た瞬間、一気に目が覚める。布団が畳んであるということは、もう起きているということ
わたしは慌てて着替え、髪を梳かしてから部屋を出て階下へ向かった
知久「おはよう、まどか」
まどか「お、おはよう」
ほむら「あら、まどか。おはよう」
知久「まどかの分はこれから用意するから、少し待っててくれるかい?」
まどか「う、うん。……ほむらちゃん、早いんだね」
ほむら「そうかしら。普通、だと思うわよ」
まどか「そ、そっか……」
リビングでほむらちゃんの姿を見つけ、声をかける
ほむらちゃんはパパの用意したらしい朝食を終えて優雅にコーヒーを飲んでいた
まどか「ご、ごめんね。ほむらちゃんより遅くまで寝ちゃってて」
ほむら「別に謝ることじゃないわ。本当は起こそうと思ったんだけど……」
ほむら「気持ちよさそうに寝てるし、何より…寝顔が可愛くて、そのままにしてしまったの」
なんて、少し悪戯っぽく笑いながらわたしにそう言う。寝顔を見られた上に可愛いだなんて……
ほむらちゃんの不意の言葉に、かーっと顔が熱くなり、胸が高鳴る
でも、どんな形であれ…ほむらちゃんに可愛いと言ってもらえたことは、とても嬉しかった
それから程なくして並べられたわたしの分の朝食を少しだけ急いで平らげる
朝食を食べ終えたわたしは、ずっと待っていてくれたほむらちゃんと一緒に部屋へと戻った
まどか「……そう言えば、ほむらちゃんは何時に帰るの?」
部屋に戻ったわたしは、荷物の整理をしているほむらちゃんに問いかける
ほむらちゃんは少し考えたあと、わたしの質問に返答した
ほむら「……特に決めてはないけど、午前中には失礼しようと思ってるわ」
まどか「んー、午後になると暑くなっちゃうからその前にってこと?」
ほむら「えぇ。大した量じゃないけど、荷物もあるし」
まどか「そっか。……じゃあ、時間まで昨日の夜できなかったこと、やろうかな」
それからわたしとほむらちゃんは、予定の話をしたり、トランプで遊んだりして過ごした
トランプを始めてわかったことだけど、ほむらちゃんはやたらと強い。全然表情変わらないし
そろそろ帰ろうかしらと言うその時まで、わたしは1回も勝つことはできなかった
ほむら「……お世話になったわね、まどか」
まどか「うん。……いつか、ほむらちゃんから1回勝ってみせるんだから」
ほむら「ふふ、期待してるわ。……今回はありがとう。とても楽しかったわ」
まどか「わたしもだよ。残りの予定も楽しみにしててね」
ほむら「えぇ。それじゃ、またね」
まどか「ばいばーい」
玄関先でわたしたちは手を振り合い、ほむらちゃんは自分の家へと帰って行った
曲がり角でほむらちゃんの姿が見えなくなるのを確認してから、暑い外から家の中へと逃げ込んだ
まどか「うー…まだ午前中のはずなのに、暑いなー」
うっすらと冷房の効いている部屋に戻り、外を歩いているはずのほむらちゃんを少しだけ心配する
倒れたりはしないと思うけど、あの白い肌が焼けたりしたら、なんて思ってしまって
頭を振って妙な考えを追い払うと、机から予定表を引っ張り出す
そして、そこに書いてあったお泊りの文字の隣に、赤いペンで花丸を書き込んだ
まどか「……最初の予定、終了…と」
まどか「これで…少しでも、ほむらちゃんに近づけたかな」
そう呟きながら、次の予定を確認する
次の予定は来週。2人でプールに行くことになっていた
明日あたりにでも、新しい水着を買いに行こうかな
せっかく好きな人ができたんだし…今までと違うのにしてみてもいいよね
まどか「……ほむらちゃん、どんな水着を着て来るのかな」
まどか「……あれ、もしかして…今回の比じゃないくらい恥ずかしくなる気が」
ほんの少しでもそんなことを考えてしまったせいか、わたしの頭の中は一瞬でほむらちゃんで埋め尽くされる
それからしばらくの間、わたしはほむらちゃんのことを考え、顔を赤くしていた
今回はここまで
次回投下は7日夜を予定しています
今日は早めに投下できるやったー
次から本文
――翌日――
まどか「んー……」
まどか「……うん。これは無しで。こっちは……」
まどか「これか…向こうにあったやつのどっちか、かなぁ」
次の日、わたしは早速新しい水着を買いにショピングモールへとやって来た
ママに水着が欲しいとお願いしてみたら、これで足りるだろうと結構な額のお金を渡してくれて
やたらニヤニヤしてたのがちょっと引っかかるけど
そういうわけで、予算の心配をせずに水着の物色をしていると
ここへ来る途中に出会った、赤毛のポニーテール少女がわたしに声をかけた
杏子「なー、まだ決まらないのかー?」
まどか「うーん、何かいまいち……。これだ、って感じるのがなくて」
杏子「ふーん。しかし、せっかく大金貰ったってのに使い道が水着ねぇ」
杏子「アタシなら金額分好きなだけ飲み食いした方がいいんじゃないかって思うけど」
まどか「あはは、杏子ちゃんらしいね」
杏子「ほっとけ。それより、まだ決まらないのかー?いい加減、決めたらどうだ?」
まどか「ん…そうだね。そっちの列も見て、なかったら今ある候補から決めようかな」
杏子「しかし、水着かー。確か昔買ってもらったのがあったような……」
杏子ちゃんと話をしながらまだ見ていない列に並んでいる水着に手をかける
今までと違う水着にしてみようと思ったけど、わたしには似合わないんじゃないかと気後れしてしまう
候補になってるのも、今まで通りのワンピースの水着だし
はぁ、とため息をつきながらも水着探しを続け、丁度列の真ん中あたりにやってきたときだった
まどか「……これ」
杏子「あん?」
まどか「これ、すごくいい。杏子ちゃん、どう思う?」
わたしが手にしたのはピンク地に白のドットが入ったセパレートの水着
この水着を見た瞬間、これが1番わたしに似合うと直感でそう思った
杏子「その持ってるやつか?……いいんじゃないか?髪の色とも合うしな」
まどか「そうかな。……そうだよね。うん、これに決めた」
杏子「……それにしたって、水着ひとつ買うのに時間食いすぎだろ。2時間くらいウロウロしてたんじゃないか?」
まどか「そこまで行ってないもん。1時間半くらいだもん」
杏子「あんまり変わんないと思うぞ……」
まどか「……そう言えば、杏子ちゃんって何でわたしの買い物に付き合ってくれたの?」
杏子「ん?あぁ、正直に言えば暇潰しさ。さやかの家に遊びに行ったら留守でよ」
杏子「どうせなら涼しいとこ行くかってここに来たら、まどかを見つけたってワケだ」
まどか「そうだったんだ。ありがとう、付き合ってくれて」
杏子「まどかの買い物も終わったことだし、アタシはそろそろ行こうかね」
まどか「それじゃ、またね」
杏子「ん、またなー」
杏子ちゃんはわたしと別れ、夏休みでごった返す人の波の間に消えていった
その姿が見えなくなってから、手にした水着を買おうとレジに向かう
この水着を着て…ほむらちゃんに可愛いとか、素敵なんて言ってもらえたらいいなぁ
そんなことを考えていると、ふと視界の端に見慣れた後ろ姿の人物がいたような
辺りを見回すと、黒い長髪と黄色いドリルヘアーの2人組がわたしと同じように水着を選んでいた
声をかけようかと思ったけど、もしかするとわたしとプールに行くときの水着を選んでいるのかもしれない
万一のことを考え、わたしは2人に気づかれないように人ごみに紛れてその場を後にした
マミ「暁美さん、決まった?」
ほむら「2つまでは絞れたのだけど…どっちがいいかしら」
マミ「そうね……。こっちの紫の水着がいいと思うわ。そっちの虹色のは…暁美さんのイメージとは違う気がするし」
ほむら「そう。じゃあ、それにするわ」
マミ「それにしても、まさか暁美さんがセパレートを選ぶとは思わなかったわね」
ほむら「私も買うつもりはなかったのだけど……」
ほむら「今回はまどかと2人だから…たまにはこういうものにも手を出してみようかと思って……」
マミ「つまり、鹿目さんに可愛い姿を見てもらいたいってことなんでしょう?」
ほむら「……否定はしないわ」
マミ「ふふっ、そう……」
ほむら「ちょっと、何よ」
マミ「何でもないわ。ただ、暁美さんは鹿目さんのことが大好きなんだな、って」
ほむら「大好きって……」
マミ「あら、違うの?」
ほむら「違…わない、けど。確かにまどかのことは……」
マミ「大丈夫。その水着、似合うはずだから。きっと鹿目さんも一目惚れ間違いなしよ」
ほむら「もう突っ込まないわよ」
マミ「さて、暁美さんの水着も決まったことだし…もう用はないかしらね」
ほむら「それじゃ、レジ通さないと。……それにしても」
マミ「どうかしたの?」
ほむら「どうして水着というのは布面積が少なくなるほど高くなるのかしら。普通逆だと思うのだけど」
マミ「そ、そうね……」
ほむら「……まぁ、何でもいいわ。私、レジに行ってくるから…どこかその辺で待っててもらえるかしら」
マミ「えぇ、わかったわ」
ほむら(……私に似合うかしら。まどかは…可愛いとか、素敵って言ってくれるかしら)
ほむら(マミの言ってた一目惚れはさておき、まどかの視線を独り占めできれば…なんて……)
ほむら(今から当日が楽しみね……)
――数日後――
まどか「うわー…大きいねー」
ほむら「そうね…想像以上よ」
今日はほむらちゃんとプールに出かける日
バスにしばらく揺られ、最寄りのバス停から少し歩いたところにあるプールへとやって来た
屋内のアミューズメントプールだとは聞いていたけど、こんなに大きいなんて
まどか「……それじゃ、行こっか」
ほむら「えぇ。今日は楽しみましょう」
プールもそうだけど、ほむらちゃんはどんな水着で、わたしのを見てどう反応するかも楽しみ
そんなことを思いつつ、わたしたちは建物の中へと入って行った
まどか「……うーん…これ、似合ってるのかな」
まどか「こんな水着初めてだからよくわかんないよ……」
ほむらちゃんよりも早く着替え終わったわたしは先にプールに向かい、入り口付近で待つことにした
水着を買う時点でわかってたことだけど、いざ着てみると…お腹が丸見えで少し恥ずかしい
そんなにスタイルもいい方じゃないし、あまり似合ってないのかも
やっぱりいつもの方がよかったかなと少ししょんぼりしていると、ほむらちゃんの声が聞こえた
ほむら「ま、まどか……」
まどか「あ、ほむら…ちゃ、ん……」
振り返ると、水着を身に纏ったほむらちゃんが少し恥ずかしそうにしていた
その姿を目にした瞬間、わたしは一瞬意識が遠のくような感覚に陥ってしまう
透き通るような白い肌。魅惑的なお腹と控えめな胸。すらりとした手足。そして、上下に分かれた紫色の水着
今のわたしの目にはほむらちゃんがとても魅力的に映り、視線が釘付けになる
心臓がわたしの中で大暴れを始め、頭と顔に血が上ってきているせいか
鼻の奥で僅かに鉄の匂いがしたような気がした
ほむら「まどか……?どうかしたの……?」
まどか「……あ、ご、ごめんね。まさかほむらちゃんがわたしと同じような水着を着てくるとは思わなくて」
ほむら「その水着、よく似合っていて…とても可愛いと思うわ」
まどか「え、あ、ありがとう。嬉しいな」
ほむら「……その、私は…どうかしら」
まどか「ほ、ほむらちゃんも…すごく似合っててかわいいよ」
ほむら「よかった……」
まどか「……い、いつまでも喋ってないで泳ごうよ」
ほむら「そ、それもそうね」
まどか「えっと…何から行こうかな……。結構色々あるみたいだね」
まどか「流れるプールに波の起きるプール、25メートルプールもあるんだ……」
まどか「……ほむらちゃんはどこから遊びたいとかってある?」
ほむら「そうね…それなら、あのスライダーから行ってみない?」
そう言って指差したのは、ここからも見える割と高さのあるウォータースライダー
特に断る理由もないし、リクエストに応えてまずあれから遊んでみることにした
まどか「う……」
出発点のあるスライダーの上まで登ってみると、思ったよりも高さがある
ここから下まで一気に滑り降りると思うと、少しだけ怖くなってしまった
ほむら「まどか?大丈夫?」
まどか「だ、大丈夫…だと思うけど。思ったよりも高くて……」
ほむら「他に人もいないし、ゆっくりと決心したらいいわ」
ほむらちゃんにそう言われ、わたしは深呼吸したり、両手でほっぺを軽く叩いてみたり
そんなとき、わたしの頭にひとつのアイディアが思い浮かんだ
まどか「……あの、ほむらちゃん。お願いがあるんだけど」
ほむら「お願い?」
まどか「う、うん。あのね、一緒に滑ってほしいんだけど…ダメ、かな」
ほむら「それは…構わないけど。どうしてまた?」
まどか「ほむらちゃんと一緒なら…少しは怖くなくなるかなって……」
ほむら「……怖いのなら無理に滑らなくてもいいのよ?」
まどか「そ、それはそうなんだろうけど…と、とにかく一緒に滑ってほしいの」
ほむら「それじゃ、まず私が座るから…まどかは私の前に来なさい」
まどか「あ…うん。わかった……」
わたしはほむらちゃんの足の間に座ると、後ろへと体を倒す
ほむらちゃんはわたしのお腹に手を回して、しっかりと抱きしめてくれた
いつもより多く晒された肌と肌が触れてくすぐったいような、気持ちいいような
ほむらちゃんのあれやこれやの感触がして、嬉しいやら恥ずかしいやら
そんなことを思っていると、耳元でほむらちゃんの声がした
ほむら「まどか。じゃあ…行くわよ?」
まどか「え、あ、うん……!」
その言葉を聞いて、いよいよ滑り出すんだと身構えてしまう
お腹に回されているほむらちゃんの手に、きゅっと力が入る
どうか、この胸のドキドキがほむらちゃんに聞こえませんようにと祈りながら
わたしとほむらちゃんは、スライダーを滑り出した
まどか「う、うひいいぃぃぃっ!」
ほむら「ふふ、楽しいわね、まどか」
まどか「そそそ、そうかな!?」
ほむら「えぇ。思ってたよりも、ずっと楽しい」
まどか「ほ、ほむらちゃんが楽しんでるみたいでよかっ……」
まどか「たあああぁぁぁっ!?」
青い半円のチューブの中を、流水と一緒に滑り降りていく
右へ左へとくねらせたチューブはわたしたちの体を揺さぶり、適度なスリルを与えてくれていた
ほむら「ねぇ、まど……」
まどか「うひぃっ!?」
ほむら「そ、そんなに怖がらなくても大丈夫よ?」
まどか「わ、わかってるけど、そうじゃなくて……!」
時折、背後のほむらちゃんがわたしの耳元で何かを呟く度に何だか体がゾクゾクしてしまう
少しの恐怖心と、耳元で聞こえるほむらちゃんの声と、抱きつかれている現状にドキドキしっぱなしだった
これ以上、この状態が続くと何だか危ないような気がしたとき、ようやくゴールになっているプールが見える
プールの水面はあっという間にわたしたちの眼前に迫り、次の瞬間には水中に体を放り出されていた
まどか「ぷはっ……」
ほむら「ふぅ……。楽しかった……」
まどか「そ、それは何よりだよ」
ほむら「でも、まどかも楽しかったでしょう?」
まどか「そ、それは…少し怖かったけど、でも……」
まどか「……ほむらちゃんと一緒だったから…楽しかった、かな」
ほむら「そう、よかった。それじゃ、もう1回行きましょう」
まどか「うえっ!?ちょっ、待ってぇぇ!」
ほむらちゃんとは違う意味だと思うけど…確かに楽しかった
正直にそう言ったのがまずかったのか、ほむらちゃんに手を取られて再びスライダーへと向かっていく
それからしばらくの間、わたしたちはウォータースライダーを思う存分満喫した
――――――
まどか「はぁー……」
ほむら「こうしてただ流されているのも面白いわね」
まどか「そうだねー。……誰かがスライダーにハマっちゃったせいで、ちょっと疲れたし」
ほむら「わ、悪かったわ。ごめんなさい」
そんなことを話しながら、レンタルした浮き輪に入ったわたしとそれに掴まるほむらちゃん
あれからスライダーを4回滑り、今はこうして流れるプールでのんびり流されている
浮き輪で水面に浮いている不思議な浮遊感が、今は何だかとても気持ちよかった
ほむら「それにしても、今日は何だか人が少なく感じるわね……」
まどか「やっぱり、みんな海に行っちゃうんじゃないかなぁ。プールより海って人、多いと思うし」
立派なプールも大自然には勝てないのか、遊んでいる人はあまり多くはなかった
人がいないからつまらないということもないと思うけど、一応言っておいた方がいいかもしれない
そう思い、わたしはきょろきょろと辺りを見回しているほむらちゃんに声をかけた
まどか「……ごめんね、ほむらちゃん」
ほむら「まどか?どうしたの、急に」
まどか「うん……。ほんとは2人で海に行きたかったんだけど……」
まどか「わたしたちだけじゃ危ないからダメって言われちゃって、それでプールに……」
ほむら「謝ることないわ。確かに海は海で楽しいでしょうけど、プールだって楽しいわよ」
ほむら「それに…海は日差しがきついから日焼けしてしまうし……」
まどか「……ありがとう、そう言ってくれて」
まどか「でもそうだよね。海に行って、ほむらちゃんの白い肌が真っ黒焦げになったら大変だもんね」
ほむら「焦げはしないと思うけど……。それに、まどかだって綺麗な肌してるじゃない」
まどか「ちょ、ちょっとほむらちゃん……」
ほむら「ほら、こんなにすべすべしていて……」
まどか「も、もう。そんなところ触っちゃダメだってば」
ほむら「いいじゃない、せっかくの水着なんだから」
まどか「ほむらちゃんに触ってもらうための水着じゃないんだけど……」
まどか「と、とにかくこれ以上はダメだよ」
ほむら「……それなら仕方ないわね」
ほむらちゃんに触られたお腹が、火傷したみたいにすごく熱い
胸から下は水の中にあるはずなのに、冷めることなく熱を帯び続ける
相手がほむらちゃんだし、嫌な気持ちになったわけではないというか、むしろ嬉しいとさえ思ってるけど
悶々とした気持ちを切り替えるべく、プールからあがって次のプール探しを始めた
ほむら「次はどれにしようかしら。決まらないのならまたスライダーに……」
まどか「も、もうスライダーはいいよ。……えっと、そうだね」
まどか「……あ、あの波の出るのはどうかな」
ほむら「行ってみましょうか」
次に遊ぶプールを決めたところで、館内放送が流れる
その内容は、少しの間点検をするのでプールからあがってください、というものだった
ほむらちゃんの方を見ると、少し困ったような顔でわたしに話しかける
ほむら「まぁ、仕方ないわね。点検が終わるまで休んでいましょうか」
まどか「うん……」
入り口のところにかかっている大きな時計を見ると、12時を少し過ぎていた
点検でしばらくプールに入れないし、休憩ついでにフードコートでお昼にしようかな
まどか「……それじゃ、ついでにお昼にしようよ。もう12時過ぎてるし」
ほむら「あら、本当ね。気が付かなかったわ」
まどか「午前中は半分くらいスライダー滑ってた気がするけど……」
ほむら「……そ、それじゃフードコートに行きましょうか」
ほむらちゃんと午前中に遊んだことを話しながらフードコートへと向かう
すでにわたしの意識はプールから、お昼に何を食べようかということに向けられていた
今回はここまで
次回投下は8日夜を予定しています
前回分にも書き忘れてた
読んで下さってる方、ありがとうございます
今日も割と早めだやったー
早めって何だっけ…
次から本文
――――――
まどか「……よいしょっと。それじゃ、食べよっか」
ほむら「えぇ。いただきます」
まどか「いただきまーす」
予想はしていたけど、フードコートも人の姿は疎らで閑散としていた
探すまでもなく空いている席に適当に腰を下ろし、お昼のハンバーガーをひと口齧る
わたしの向かいに座ったほむらちゃんは焼きそばを食べ、微妙な表情を浮かべた
ほむら「……不味いわけじゃないけど…何かしら、この微妙な味」
まどか「プールとか海の家の料理ってどれもこんな感じなんだよね」
ほむら「そうなの?」
まどか「うん。でも、不思議なことにそれが妙においしく感じたりするんだ」
ほむら「雰囲気とか、遊んでお腹が減っているからとか…そんなところかしら」
まどか「んー、そうかも。……あとは、誰と一緒かってのもあると思うよ」
ほむら「……まどかは私と一緒だと美味しく感じたりするの?」
まどか「もちろんだよ。ほむらちゃんと一緒だと、何倍もおいしくなるような気がするもん」
まどか「この前のお泊りのときもすごく楽しくて、いつもよりおいしかったんだから」
ほむら「そう……。それは光栄ね」
そんな話をしながらもくもくとお昼を食べていると、ふとほむらちゃんの焼きそばが目に入る
野菜とお肉の欠片が入った、特別おいしそうというわけでもない焼きそば
ただ、どうしてだかわからないけどその焼きそばが無性に食べたくなってしまった
まどか「……ねぇ、ほむらちゃん。その焼きそば…ひと口もらえない?」
ほむら「別に構わないけど…そこまで美味しいものじゃないと思うわよ」
まどか「わかってるけど、何となく食べてみたくなったの。ダメ?」
ほむら「そこまで言うなら…はい、どうぞ」
ほむらちゃんはわたしへ向けてお皿とお箸を差し出してくる
うん、今はこれでいいや。ちょっとだけ期待しちゃったけど、今はこれで
そう思いつつ、わたしは焼きそばをひと口。おいしくもまずくもない、プールや海の家独特の焼きそばの味
まどか「……うん。微妙な味。でも、おいしいような気もする」
ほむら「それが私がいるからだとしたら…嬉しいわ」
まどか「ほむらちゃんの焼きそばもらったから、お返しにハンバーガー、ひと口あげるよ」
ほむら「じゃあ…せっかくだから頂こうかしら」
まどか「えっと、その…あ、あーん……」
ハンバーガーを普通に手渡すのは何か違うと思ったけど、その方がいいよねと考えていたはずなのに
無意識のうちにわたしはハンバーガーをほむらちゃんに向け、あーん、なんてことを口走っていた
ほむらちゃんにこんなことをしてしまうなんて。恥ずかしさのあまり顔が赤くなってしまう
ハンバーガーを向けられたほむらちゃんは少し驚いたような顔をしていた
やっちゃったなぁと思っていると、ほむらちゃんはきょろきょろと辺りを見回す
そして、わたしの差し出したハンバーガーをひと口齧った
ほむら「……ショッピングモールにあるお店の方が美味しいとは思うけど」
ほむら「でも、まどかが食べさせてくれたから…凄く美味しくなったような……」
まどか「ご、ごめんね。急にこんなこと……」
ほむら「いえ、いいの。まどかにこんな風にしてもらうのは初めてだから、少し驚いたけど」
ほむら「不思議と嬉しかったというか、何というか……」
まどか「そ、そっか……。それなら…いいんだけど」
ほむら「……とりあえず、早いところ食べちゃいましょうか」
まどか「あ…うん、そうだね」
ほむらちゃんの嬉しかったという言葉。ほむらちゃんはどうしてそう思ったのかな
わたしを意識してくれたからだったらいいなと思いながら、最後のひと口を口の中に放り込んだ
まどか「ごちそうさまー」
ほむら「ごちそうさまでした」
まどか「よし。そろそろ点検も終わってるだろうし、プールに行こうよ」
ほむら「いいけど、食べたあとすぐに運動するとお腹痛くなるんじゃ……」
まどか「それなら、また流れるプールでゆらゆらしてようよ」
ほむら「そうね、それなら……」
まどか「……ほむらちゃん?わたしのこと、じっと見て…どうしたの?」
ほむら「まどか、動かないで」
まどか「う、うん……」
ほむらちゃんの手が伸びてきて、わたしの頬にそっと触れる
その意図が読めないわたしは真っ赤な顔をして、石になったみたいに固まってしまう
目の前にほむらちゃんの顔があって、頬を触れられていて。平常心でいられるわけがない
うるさいくらいに胸が高鳴り、視線は釘付け。頭は少しクラクラする
そんなわたしをよそに、ほむらちゃんは指で何かを拭う仕草をしてから触れていた手を離す
そして、赤いソースのようなものがぺっとりと付いた指先をわたしに見せた
ほむら「……口元にケチャップが付いていたわ。ほら」
まどか「……け、ケチャップ?」
ほむら「えぇ。気づくだろうと思ってたけど、最後まで気づかなかったから……」
ほむら「……ごめんなさい、何も私がやることなかったわね。付いてるって言えばそれで」
まどか「き、気にしないでよ。別に嫌だったわけじゃないし、むしろ嬉しかったっていうか……」
ほむら「そ、そう……。でも、ただ口元を拭ってあげただけで嬉しかったと言われるなんて……」
まどか「あ、いや…その優しさが嬉しかったってことだよ。それ以外の意味は……」
ついうっかり嬉しかったなんて口に出してしまい、本当の嬉しかった理由をごまかす
何かしら別の理由を言っておかないと、わたしの気持ちがバレてしまうような気がしたから
今ならまだいくらでも言い逃れはできるはずだけど、何となく気づかれたくなかった
まどか「ほ、ほら。お昼も終わったし、プールに行って遊ぼうよ。点検も終わってるはずだし」
ほむら「そう…ね……」
わたしの言葉に答えながら、ほむらちゃんは指先に付いたケチャップをじっと見ていた
手を洗おうにもお手洗いの場所がわからないのかな。案内するよと声をかけようとしたとき
何を思ったのか指先を口元へと運び、そのままぺろりと舌で舐めとる
その行動に呆気に取られたわたしはその場に立ち尽くしてしまい
自分の行動を認識したほむらちゃんは顔を真っ赤にして慌てふためく
ほむら「わ、私…一体何をして……」
ほむら「何でこんな真似…あぁもう、私の馬鹿……」
まどか「ほ、ほむらちゃん……?」
ほむら「……まどか、ごめんなさい。自分の口元に付いていたものを舐められて…いい気はしないわよね」
まどか「そ、そんなことないよ。ほむらちゃんだったら…平気だよ」
まどか「でも…すごく驚いたよ。どうしてあんなこと……?」
ほむら「……よくわからないの。付いたケチャップを見ていたら、何となく舐めてみたくなって……」
ほむら「それでふと気が付くと…もう舐めたあとで……」
まどか「そっか……」
あんな行動に走ってしまった理由は、ほむらちゃん本人もよくわかってないみたい
きっとケチャップが付いちゃったからつい反射的に舐めちゃっただけ
わたしは自分の中でそう答えを出して話を切り上げる
まどか「……と、とにかくこの話はもうやめようよ。遊ぶ時間なくなっちゃうし」
ほむら「で、でも……」
まどか「いいの。はい、おしまい」
ほむら「……そうね。今日はまどかと遊びに来たんだから、遊ばないと駄目よね」
まどか「そうだよ。まだ遊んでないプールだってあるし、早く行こうよ」
ほむら「えぇ。……ありがとう、まどか」
まどか「ほむらちゃん、何か言った?」
ほむら「いえ、何も。じゃあ、行きましょうか」
まどか「うん!」
わたしとほむらちゃんはすっかり人のいなくなってしまったフードコートを後にする
その途中で、恥ずかしさよりも驚きの方が大きかったあの行動のことを思い返してしまう
さっきは驚いてそれどころじゃなかったけど思い出してしまった今、体中が火が点いたように熱くなってしまって
プールについたわたしは、ほむらちゃんに気づかれないようにと一目散にプールへと飛び込んだ
――――――
まどか「……ふぅ。次、どこにしよう?」
ほむら「そうね……。もう遊んでないのは無いんじゃないかしら」
まどか「ただの25メートルプールにすら行ったからね。まさかほむらちゃんといい勝負になるとは思わなかったけど」
ほむら「泳ぐのはあまり得意じゃないのよ……」
あれからわたしたちは、まだ遊んでないプールを片っ端から遊んでいった
波の出るプールで人工的な波に揉まれ、25メートルプールで競争をして
途中で今日何回目かのスライダーを滑って、少し疲れたら流れるプールで流されて
時間が経つのも忘れ、思う存分にプールを楽しんだ
まどか「うーん…じゃあ、また波のプールは?」
ほむら「構わない…と言いたいんだけど……」
まどか「え、何?」
ほむら「時計、見て。そろそろ帰った方がいいんじゃないかしら」
まどか「あ…もうこんな時間なんだね」
ほむら「えぇ。私も今の今まで時間のことなんてすっかり忘れていたわ」
遊ぶことに夢中で時計を見ていなかったから気が付かなかったけど
ほむらちゃんに言われて時計を確認すると、5時になる少し前になっていた
まどか「……うん、わかった。帰ろう、ほむらちゃん」
あまり帰りが遅くなるのもよくないと思うし、そろそろ帰らないとだよね
少し後ろ髪を引かれながらも、わたしたちは家に帰ることにした
ほむら「少し名残惜しいと思ってしまうのは…仕方ないわよね。とても楽しかったから」
まどか「……そろそろ行こっか」
ほむら「……わかったわ」
更衣室に向かう前に、備え付けのシャワーで軽く体を流してから服に着替える
外に出てから携帯を開くと、帰りのバスが来るまであまり時間がないことに気づく
少し急いでバス停へ向かい、程なくしてやってきた帰りのバスに乗り込んだ
まどか「……今日は楽しかったねー」
ほむら「そうね、とても楽しかった。今日はありがとう、まどか」
まどか「そんな、お礼なんて。でも、ほむらちゃんも楽しんでくれてたみたいでよかったよ」
ほむら「だって…まどかと、2人きりだったから……」
まどか「ほむらちゃん?」
ほむら「な、なんでもないわ」
まどか「そう?変なほむらちゃん」
バスに揺られながら、楽しかった今日の思い出を振り返り、話が弾む
今更ながら、お昼に間接キスしちゃってたんだ、と少しだけ顔が赤くなってしまう
夕日がうまくごまかしてくれたおかげで、落ち着くまでほむらちゃんに気づかれることはなかった
まどか「それにしても…まさかほむらちゃんがあんな水着、着てくるなんて思わなかったよ」
ほむら「……それは私も同じよ。今日のまどかはとても可愛くて…その……」
まどか「あ、ありがとう。ほむらちゃんだってすごく可愛かったよ」
まどか「せっかく新しい水着買ったんだし、今度はみんなで来てみない?」
ほむらちゃんに褒められて調子に乗ったわたしはそう提案してみる。だけど
わたしの提案を聞いたほむらちゃんは、ほんの少しだけ表情を曇らせてしまう
何か変なこと言っちゃったかな。そう思っていると
頬をうっすらと朱に染めたほむらちゃんが言葉を続ける
ほむら「……それは構わない、けど…もしみんなで来るときは…別の水着にしてもらえないかしら」
まどか「え……?どうして?」
ほむら「わかってると思うけど…あの水着、思ってる以上に肌が出ていて……」
ほむら「あんなに肌を晒したまどかの姿は…他の誰かに見られたくないのよ」
ほむら「だから…今日の水着は私と2人だけのときに見せてほしいの」
まどか「……うん、わかった。そのかわり、ほむらちゃんも他の人に見せちゃダメなんだからね」
わたしはそう言うと、ぷいと顔を背けて車窓の外へ視線を向ける
だって、きっと今のわたしはトマトよりも真っ赤な顔になっていると思うから
嬉しさと恥ずかしさがまぜこぜになって、頭と胸の奥がごちゃごちゃになって
そっぽを向いてほむらちゃんに悟られないようにしていると、ふと肩に感じる重量
振り返ってみれば、ほむらちゃんがわたしの肩を枕にしてすやすやと眠ってしまっていた
まどか「……ほむら、ちゃん?」
呼びかけてみるも、返事はない。返ってきたのはほむらちゃんの寝息だけ
無防備な寝顔をじっと見ていると、みるみるうちに顔が熱く、鼓動が速くなってくる
密着しているせいかほむらちゃんの甘い匂いと、それに混じって少しだけプールの匂いがした
まどか「バス停に着くまで…少しの間、こうしていよう。ね、ほむらちゃん……」
夕暮れの街を行くバスの中、隣の憧れの人はわたしに寄り添って幸せそうに眠っていて
胸の中の心臓は壊れそうなくらいにガンガンと高鳴り続け、落ち着かない時間が過ぎる
でも、それと同時に嬉しくもあり、何よりこの時間が幸せだと感じていた
時折ほむらちゃんの寝顔をちらちらと見ては顔を赤らめていると、目的のバス停が近いことに気が付く
慌てて降車ボタンを押してからほむらちゃんを揺さぶり起こすも、なかなか夢の世界から戻って来てくれず
結局、わたしたちは降りるはずだったバス停のひとつ先でバスを降りることになってしまった
まどか「……夏だから当然なんだろうけど、やっぱり夕方でも暑いねー」
ほむら「そうね……」
まどか「もう。まだ気にしてるの?」
ほむら「だ、だって私が寝ていたせいで歩かなくてもいい距離を歩いているわけだし……」
まどか「いいの。わたしはこうしてほむらちゃんと歩いてるだけでも…嬉しいから」
ほむら「……ありがとう。まどか」
まどか「そうそう、次の予定のことなんだけど、ショッピングモールで行きたいところってある?」
ほむら「これと言ったところは……。そもそも、まどかに誘われないとあまり行かないわね」
まどか「なら、わたしがある程度決めちゃってもいい?」
ほむら「まどかに一任するわ。まどかならきっと、2人で楽しめるプランを考えてくれるだろうし」
まどか「そう言われちゃうと、がんばらないわけにはいかないね」
ほむら「えぇ、当日を楽しみにしてるわ。……それじゃ、私はここで」
まどか「え?……あ、もうこんなところまで来てたんだね。気が付かなかったよ」
ほむら「続きは家に帰ってから考えなさい。1人で考え事しながら歩いてると危ないわ」
まどか「うん、そうするよ。ありがとう」
ほむら「じゃ、またね」
まどか「ばいばーい」
ほむらちゃんと別れ、1人家路に就く。今日1日側にいた人がいなくなったせいか、寂しく感じてしまう
それはさておき、次回のプラン決めという大役を任されるなんて。夏休みの予定はほとんどわたしの発案だけど
ほむらちゃんと一緒なら…どこがいいかな……
まどか「……っと。続きは家に帰ってからにしよっと」
まどか「……でも…うーん……」
ほむらちゃんとの約束もあるし、続きは家に帰ってから。そう思っていても、すぐに頭の中は考え事でいっぱいになる
少し行っては考え事を振り払い、また少し行っては思案に飲み込まれを繰り返す
そんなことを繰り返しながらの歩みはいつも以上に遅く、家についたときには空に群青色の夜がやってきていた
――数日後――
さやか「あー、楽しかったなぁ。今日はありがと、まどか」
まどか「わたしも楽しかったよ。ありがとう、さやかちゃん」
さやか「あたしもちょうど暇してたしね。せっかく新しい水着も買ったし」
まどか「そ、そうなんだ」
さやか「まどかも新しいの買えばよかったのに。今日着てたの、確か去年のやつじゃなかった?」
まどか「今月はちょっとお小遣いが厳しくて……」
さやか「水着くらい、頼めば買ってもらえるんじゃないのー?」
まどか「で、でも去年のもまだ着れるし、もったいないっていうか……」
さやか「まぁ似合ってたし、まどかがそれでいいのならいいけど……」
まどか「う、うん。今年はあれでいいかなって」
さやか「ふーん。……じゃ、あたしはここで。気をつけて帰りなさいよー」
まどか「さやかちゃんも気をつけてね」
さやか「んじゃねー」
まどか「またねー。……ふぅ」
ほむらちゃんとプールに出かけてから数日。今日はさやかちゃんと別のプールへ遊びに行った
電話でいきなり『プール行こう、プール』と言われ、了承してからものの数分でさやかちゃんがやって来て
ほむらちゃんとの約束通り、新しく買った水着を持って行くわけにもいかず、クローゼットから去年の水着を引っ張り出す
着れるかなと心配したけど何の問題も無く着れてしまって、嬉しいのやら悲しいのやら複雑な思いだった
まどか「ただいまー」
知久「おかえり、まどか」
まどか「今日の夕飯は…カレー?」
知久「うん。暑いからってそうめんばかりじゃ体が持たないからね」
まどか「そこはほら、パパがうまく調理して……」
知久「そこまでしてそうめんが食べたいならどうにかするけど…カレーの方がいいんじゃないかな」
まどか「だよね……」
知久「夕飯までもう少しかかりそうだし、それまでのんびりしてるといいよ」
まどか「うん。今日は…疲れたー……」
――――――
まどか「はー……」
夕飯を食べ、お風呂にも入り、冷房の効いた自室のベッドにごろんと寝転がった
テレビは何も見るものはないし、宿題も計画的にやってるから大丈夫…のはず
今日はもう寝ちゃおうかな。そう思いながら壁掛けのカレンダーに目を向ける
明日はほむらちゃんとの…デート。もちろん普通に遊びに行くことをわたしがそう思ってるだけ
プランを任されたわたしとしては精一杯考えてみたけど…楽しんでもらえるといいな
そうやってほむらちゃんのことばかり考えていたら、何だか無性に声が聞きたくなってしまって
まだそんなに遅い時間じゃないし、大丈夫だよね。わたしは携帯の電話帳を開く
まどか「……」
まどか「……えへへ。1番上に出るのって、何かいいね」
ほむらちゃんを『暁美ほむら』と登録し直したのは割と最近で
フルネームで登録すると、50音順で1番上に表示されると気づいたから
1番上に表示された『暁美ほむら』の名前を見て、少しニヤニヤしてしまう
それから、登録してある番号へ電話をかける。出てくれるかな。今何してるのかな。そんな思いが頭を巡る
携帯から2、3回の呼び出し音のあと、わたしの大好きな声が聞こえた
ほむら『もしもし。まどか、何か用かしら?』
まどか「あ、ほむらちゃん。えっと、用らしい用はないの。ただ、ちょっとお話したいなって思って」
ほむら『そう。今日はもう何もすることはないし、私でよければ相手になるわ』
まどか「ありがとう。ほむらちゃんの声が聞けて、何だか嬉しいな」
ほむら『も、もう。……私も少し…嬉しいわ』
まどか「……な、何か話そうよ!」
ほむら「そ、それもそうね。まどか、何か話題はあるかしら?」
まどか「えっと、それじゃ最初は…そうだねー……」
特に用事のない電話とは言え、好きな人との会話は自分が思う以上に楽しくて
そのせいでいつも以上の長電話になってしまった。気が付いて時計を見れば、もうすぐ日付が変わる
わたしもさすがに瞼が重くなってきたし、そろそろ寝ることにしよう
まどか「……ごめん、ほむらちゃん。わたし、そろそろ眠くなって……」
ほむら『あぁ…もうすぐ日付も変わるものね。ちょっと長電話すぎたかしら』
まどか「んー…でも、楽しかったよ。ありがとう、ほむらちゃん」
まどか「……あ、そうだ。明日のことなんだけど、ほむらちゃん、ほんとに行きたいところとかってない?」
ほむら『明日?明日はまどかがプランを考えてくれたんじゃなかったの?』
まどか「うん、それはそうなんだけど。一応、念の為の最終確認ってことで」
ほむら『私はまどかと一緒なら何でも構わないわ。だから、まどかの思った通りにやって頂戴』
まどか「そっか。うん、わかったよ」
ほむら『それじゃ、お互いそろそろ休みましょう。明日は寝坊して遅刻するわけにはいかないし』
まどか「それもそうだね。ほむらちゃん、寝坊しないでよ?」
ほむら『まどかこそ。もし寝坊したら私が起こしに行ってあげるわ』
まどか「そ、それは遠慮したいなぁ。……おやすみ、ほむらちゃん」
ほむら『えぇ。おやすみなさい、まどか』
その言葉を最後に、わたしは通話を切り上げる。画面にはほむらちゃんとの通話時間が表示されていた
少しうとうとした目と頭で寝る準備を済ませようと部屋を出る
それから部屋に戻り、電気を消そうとしたところで冷房が動いていることに気が付く
まどか「あー…ずっとかけっぱなしだったっけ。でも、消すと暑いし……」
まどか「……タイマーにして寝ようかな。うん、今日だけそうしよう」
まどか「えっと、リモコンは……」
冷房のリモコンを操作し、1時間のタイマーを設定してから部屋の電気を消してベッドに潜り込む
普段ならタイマーでも冷房を入れたまま寝ることはしないけど、今日はこのまま気持ちよく眠りたい
半分以上眠っている頭が求める要求に素直に従い、わたしはそのまま気持ちのいい眠りに落ちていく
自分のその行動に後悔したのは、翌日、目が覚めてからのことだった
今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます
次回投下は9日夜を予定しています
今回十分な確認時間取れなかったからどこかおかしくなってるかも
見つけたら次の投下のときに修正します
次から本文
――――――
まどか「……ん、朝……」
まどか「……あれ。わたし……」
朝になり、目が覚めたわたしは体を起こしてぐーっと伸びをする…つもりだった
だけど、体を起こした時点で自分の異変に気が付く。体がだるい。顔が熱い。頭がぼーっとする
ベッドから出て何とか立ち上がってみるも、いつものようにまっすぐ立っていられずフラフラしてしまう
まどか「……嘘、何で?いくら冷房入れたままって言っても、たった1時間だよ?それなのに……」
そこまで言いかけてから、ふと設置してあるエアコンを見上げる
タイマー設定で切れているはずのエアコンは、なぜか運転中の緑のランプが点灯したままになっていた
まどか「……動いてる。タイマーにしたはずなのに、どうして……」
わたしはテーブルの上に置いてあるリモコンの液晶画面を確認する
そこには、タイマー設定のかわりに設定温度が25度と大きく表示されていた
まどか「……わたし、間違えて温度下げちゃったのかな……。半分寝てたみたいだし」
まどか「あぁもう…何で普段通りに切らなかったんだろう……。わたしのバカ……」
まどか「よりにもよって…今日、体調崩すなんて……」
昨日の夜、どうやらタイマーと間違えて温度を下げてしまったみたい
一晩中動き続けた冷房のせいで、体調を崩してしまったわたしは自分の行動を深く後悔する
これが何でもない日だったらバカやっちゃったなぁ、なんて思いながら1日寝ているところだけど
今日は…ほむらちゃんとデートに行く、特別な日。休んでなんていられるわけがない
まどか「……支度、しなくちゃ。約束の時間に遅れちゃう……」
わたしはクローゼットから今日のためにと選んだ服を引っ張り出し、それに着替える
そして、少しおぼつかない足取りで部屋を後にした
――――――
まどか「……」
まどか(少し早く来てみたけど、ほむらちゃんはまだ…だね……)
まどか(それよりも…今日も日差しが強いなぁ……)
午前中だというのに真夏の太陽は元気よく輝き、じりじりと体力を奪っていく
まだほむらちゃんがやって来てすらいないのに、わたしはもう既に暑さに参ってしまっていた
ただでさえフラフラな頭と体に、この暑さ。これ以上ないというくらい最悪なコンディション
それでも、別の日に変えるという選択肢はない。わたしのせいで今日をふいにしたくないから
歯を食いしばりながら待っていると、向こうからほむらちゃんがやって来るのが見える
わたしの感覚だと何十分も待ったような気がしたけど、携帯の時計を見るとものの5分ほどしか経っていなかった
ほむら「お待たせ、まどか。遅くなってごめんなさい」
まどか「べ、別に遅くなんてないよ。お互い、時間までに来てるんだし」
ほむら「それもそうだったわね。それじゃ……」
ほむら「……まどか、何だか顔が赤くない?大丈夫?」
まどか「え?そ、そうかな。たぶん外で待ってたせいだと思うよ」
ほむら「そう?ならいいんだけど……」
ほむらちゃんの問いにわたしは何でもないと嘘の返答。本当は少しまずいかも
とにかく、今日1日は何とか持たせないと。今日を乗り越えられたらたとえ悪化して数日寝込んだって構わない
必死になって体調が悪いのを隠そうとするも、体の方はとっくに限界を迎えていた
ほむら「さて。それじゃ、そろそろ行きましょうか」
まどか「あ…う、うん……」
目的地のショッピングモールへ向かおうと今立っている場所から1歩、歩き出す
片足を上げた瞬間、バランスを崩したわたしはその場で派手に転んでしまう
少し驚いた様子のほむらちゃんがわたしに駆け寄り、心配そうな顔をしていた
ほむら「大丈夫?だいぶ派手に転んだみたいだけど……」
まどか「だ、大丈夫だよ。どこもケガ…してないみたいだし……」
ほむら「……まどか、本当に大丈夫なの?具合が悪いんじゃないの?」
まどか「やだなぁ…別に、何ともないよ。心配しなくても…平気だから……」
まどか「ほら、それよりも…早く、行こうよ……」
わたしは転んだ体を起こして立ち上がろうとするも、なぜだかうまく立ち上がることができなかった
嫌な汗が吹き出し、全身から力が抜けていくような感覚に陥る
ほむら「まどか?……たの?まど……」
意識が遠のいているせいか、ほむらちゃんの言葉がはっきりと聞こえない
何とか繋ぎ止めていた意識もこれ以上は保てそうになかった
ほむらちゃん、ごめんねと心の中で謝ると同時に意識が途切れる
次に目を覚ましたとき、わたしは見慣れた天井を見上げていた
まどか「……あれ?ここ、わたしの部屋……?」
まどか「……えっと…わたし、確か……」
自室のベッドで目を覚ましたわたしはきょろきょろと辺りを見回す
どうしてここにいるのかわからなかったけど、何があったかだけははっきり覚えてる
あの出来事が夢だったらいいのに。そう思っていると、部屋のドアが開く
入って来たのはほむらちゃんで、わたしが起きていることに気づくと心配した様子で声をかけてきた
ほむら「まどか……。目を覚ましたのね、よかった……」
まどか「ほむらちゃん……。わたし、倒れちゃったんだよね……」
ほむら「……えぇ。私のすぐ目の前で」
まどか「……ごめんね、ほむらちゃん。心配かけちゃったみたいで」
ほむら「……私、今…よかったと安心しているのと同時に、あなたに対して少し怒ってもいるの」
ほむら「どうしてだか…わかるわね?」
わたしにそう問いかけるほむらちゃんの顔は真剣そのもので
こんな状況で嘘やごまかしを言うわけにもいかない。わたしは少し顔を伏せて問いかけに答えた
まどか「うん……。きっとほむらちゃんは、わたしが倒れちゃったことに対して…怒ってるんだよね」
ほむら「私は…倒れたということ自体より、その原因……」
ほむら「具合が悪いのを隠し、無理をしてでも出かけようとしたこと。そこに怒ってるの」
まどか「……」
ほむら「ねぇ、まどか……。どうしてそこまで無理をしたの?」
まどか「……わたしのせいで今日をふいにしたくなかった、から」
ほむら「あなたのせいって…どういうこと?」
まどか「体調が悪くなったのは…わたしの不注意なの。昨日、寝るときに冷房のタイマーを入れたと思ったんだけど……」
まどか「実際は温度を下げてたみたいで、そのまま一晩中かけっぱなしになっちゃって…それで……」
ほむら「朝起きたら体調を崩していたってことだったのね……」
まどか「うん……。本当は最後まで隠して、余計な心配も迷惑もかけるつもりはなかったのに……」
まどか「結局、心配も迷惑もかけちゃった…よね。……本当にごめんね」
ほむら「……まどかの言い分はわかったわ。無理をしてしまった理由も」
ほむら「でも…もう2度と無理はしないで。具合が悪いのなら…そう言ってほしい」
まどか「だって…せっかくの2人きりでの…デートをわたしのせいでダメにしたくないから……」
ほむら「そうだとしても、自分のせいで、なんて思って無理はしないで」
ほむら「それで倒れてしまったら…私は悲しくて、辛くなるから……」
ほむら「まどかの言う迷惑なんて、迷惑でも何でもない。だから…もっと私を信じて。私を頼って。お願いよ」
まどか「ほむらちゃん……」
わたしは何をやっているんだろう。ほむらちゃんをこんなに心配させて、悲しませて
今日をダメにするとかしないとか、そういうことじゃない。もっと大事なことがあったはず
まだ少しぼんやりする頭に浮かぶ今日の目的。それは、ほむらちゃんとのデートを楽しむこと
だけどわたしは、楽しむことよりもデートをするということばかりに目を向けてしまっていたんだと思う
ほむらちゃんとの初めてのデートをふいにしたくなかったから、本当のことを隠して、無理をして
その結果、倒れてしまって。本当のことを言えなかった自分の情けなさに涙が出てきてしまう
わたしは心配させ、悲しませてしまったほむらちゃんに対して改めて謝った
まどか「……ほむらちゃん。今日は本当にごめん。心配させて、悲しませて……」
ほむら「……いいの、わかってくれたのなら。もう無理は…しないでね」
まどか「うん……」
ほむら「……それじゃ、この話はおしまいにしましょう」
さっきほむらちゃんが口にした『信じて』と『頼って』という言葉
きっとあれは、ほむらちゃんの心からの言葉なんだと思う
信じていないわけじゃない。頼っていないわけじゃない。だけど
本当のことを隠していたから、そう思われてしまっても仕方がなかった
わたしがほむらちゃんに寄せる好意のように、わたしに向けられたほむらちゃんの気持ち
ほむらちゃんからの想いも受け取らなきゃ。わたしが好意を投げてるだけじゃ、きっと両想いにはなれないから
そこまで考えて気持ちの整理をつけ、わたしはほむらちゃんに別の話題を振った
まどか「そう言えば、ここまで運んでくれたのってほむらちゃんなの?」
ほむら「えぇ。倒れたまどかを背負ってここまで運んだのよ」
まどか「ありがとう、ほむらちゃん。……その、重くなかった?」
ほむら「まどかが重いわけないでしょう。大丈夫よ、心配しなくても」
まどか「そ、そっか。……それと、その…着ていた服が変わってるんだけど…これも……?」
ほむら「あ、あぁ……。あの、さっきのまどかって割としっかりした服を着ていたでしょう?」
ほむら「だから、倒れたのなら楽な服に着替えさせた方がいいと思って……」
まどか「や、やっぱり……」
服が変わっていることに気づいたとき、もしかしてと思ったことが事実だった
着替えさせてくれたってことは…もしかしなくても見られちゃったよね……
わかりきっていることだけど、一応ほむらちゃんに聞いてみる
まどか「き、着替えさせてくれたことは…ありがとう。それで…見ちゃった、よね……?」
ほむら「なるべく見ないようにとはしたけど…どうしても……。ごめんなさい、まどか……」
まどか「あ、謝らないで。別に嫌じゃないし、ほむらちゃんにだったら見られてもいいっていうか……」
ほむら「ちょっと…何言ってるの……」
まどか「……な、何言ってるんだろう、わたし。ごめん、今のは忘れて……」
ほむら「え、えぇ……」
話題を変えることはできたけど、話題の選択を間違えたような
そんなことを考えていると、ぐぅとお腹が鳴ってしまう
具合が悪くてもお腹は減るもので、そう自覚したせいか空腹感がわたしを襲った
ほむら「まどか、お腹が鳴ったみたいだけど…食欲はある?」
まどか「うん、ちょっとだけ」
ほむら「そう……。じゃあ、少し待ってて」
ほむらちゃんはそう言い残すと部屋を出て、階下へ降りていく
それからしばらく経ってから部屋に戻って来たほむらちゃんは
湯気の出ている土鍋を乗せたお盆を持っていた
ほむら「お待たせ、まどか」
まどか「ほむらちゃん、それは?」
ほむら「卵粥だそうよ。まどかのお父様に何か食べやすいものをお願いしたらこれを作ってくれて」
まどか「そうなんだ……。ありがとう、ほむらちゃん」
ほむら「私は何もしてないわ。……テーブルで食べられるかしら?」
まどか「どう…かな。少し楽になったし、大丈夫だと思うけど……」
まどか「でも、せっかくほむらちゃんがいるんだし…食べさせてほしいな……」
ほむら「……もう、仕方ないわね。今回だけよ?」
そう言いながらも、ほむらちゃんは優しい顔でわたしにスプーンを向けてくれる
あまり食欲はなかったはずなのに、ほむらちゃんがあーんってしてくれるだけで不思議と食が進み
気が付いたときにはお粥を綺麗に完食していた
まどか「ごちそうさま。おいしかったー」
ほむら「それはよかったわね。あとでお父様にそう言ってあげなさい」
まどか「何だかほむらちゃんが食べさせてくれたら、いつもよりもっとおいしくなった気がするよ」
ほむら「まどかにそう言ってもらえると嬉しいわ」
まどか「わたしも…嬉しかった。ありがとう、わたしのわがまま、聞いてくれて」
ほむら「それはまどかが相手だからよ。まどか以外にあんなこと…できないと思うし」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「……そ、そんなことより、具合悪いんだからもう休みなさい」
まどか「うん…そうだね……」
わたしはベッドに横になり、再び天井を見上げる
その横でほむらちゃんが帰り支度をしているのが見え、引き留めるように声をかける
まどか「ほむらちゃん…帰っちゃうの?」
ほむら「えぇ、そのつもりだけど。まどかももう大丈夫みたいだし、いつまでも私がいたら休めないでしょう」
まどか「そんなことないけど…もう少し、せめてわたしが眠るまで…側にいてくれないかな……」
まどか「その方が…わたし、元気になれると思うから……」
ほむら「……まどかがそう望むなら」
まどか「ねぇ…今日は本当にごめんね。ほむらちゃんも楽しみにしててくれたみたいなのに……」
ほむら「もうその話は終わったはずよ。いつまでも気に病まないで」
まどか「……体調、よくなったら…もう1度、デート…してくれる……?」
ほむら「当然じゃない。だから、今はゆっくり休んで…よくなったら一緒にデートに行きましょう」
まどか「わたし…すぐよくなるから……。だから…少しだけ、待っててね……」
ほむら「……じゃあ、私から早くよくなるおまじない…かけてあげる」
まどか「おまじないって…何の……」
わたしが言葉を言い終えるよりも先に、ほむらちゃんは寝ているわたしの前髪をそっとかきあげる
それからわたしの目を見て優しく微笑むと、曝け出されたおでこに顔を寄せて
ほんの少し、触れるような口づけをしてくれた
まどか「ほむらちゃん…今……」
ほむら「……これでもう大丈夫。きっとすぐ元気になるから」
まどか「うん…ありがとう……。おやすみ、ほむらちゃん……」
ほむら「えぇ。おやすみなさい、まどか」
少し重くなっていた瞼を閉じると、髪に何かが触れているような感覚
目を閉じているからわからないけど、きっとほむらちゃんが髪を撫でてくれているんだと思う
こうして撫でてもらってるとすごく安心できる。余計な考えが消え、意識がどんどんまどろんでいく
ゆっくり休んで、早くよくならなくちゃ。そう心に決めるとほぼ同時に
わたしは深い眠りへと落ちていった
ほむら「……眠ったみたいね。それじゃ、私も帰りましょうか……」
ほむら「……」
ほむら(まどかはどうして…私とのことにそこまで拘ったのかしら)
ほむら(今日をふいにしたくなかったからと言ってたけど…友達なんだからそんなに見栄を張らなくてもいいのに)
ほむら(でも…今日のまどかは何だかいつもと違う……。必要以上に私のことを気にしていたみたいで……)
ほむら「……まどか。一体、あなたの中の何が…そこまであなたを動かしたの……?」
ほむら(……駄目ね、わからないわ。今日は大人しく帰りましょう……)
ほむら(そう言えば、今日のこれってデートって名目だったわね。でも、何で……?)
ほむら(……まさか、ね)
――翌日――
まどか「ほむらちゃん、お待たせー」
ほむら「いえ、私も今来たところよ」
まどか「そっか。じゃ、行こうよ」
ほむら「えぇ。……それにしても、たった1日ですっかりよくなるなんてね」
まどか「ねー。わたしもちょっとびっくりしたよ」
ほむら「私も驚いたわよ。まさかその日のうちにお誘いの電話が来るとは思ってなかったから……」
昨日ほむらちゃんが看病してくれたおかげか、目が覚めたときにはもうすっかりよくなっていた
夕飯を食べたあとほむらちゃんに、明日もう1度デートに行こうと電話をかける
最初は心配しているからか少し渋っていたけど、もう無理なんてしないと伝えるとお誘いを受けてくれた
まどか「だって、早くデートに行きたかったんだもん」
ほむら「そ、そう。それより、本当に大丈夫よね?今、具合悪いとかないわね?」
まどか「うん、大丈夫。きっと昨日のおまじないが効いたんだよ」
ほむら「あぁ、あれのこと……。冷静に考えるとだいぶ恥ずかしいことしちゃったわね、私」
まどか「そんなことないよ。わたし、嬉しかったから」
ほむら「なら…いいけど。ほら、いつまでも立ち話してないで行きましょう」
まどか「わたしのプラン、楽しみにしててね」
昨日と同じ待ち合わせ場所でほむらちゃんと合流し、少しだけ立ち話
それからわたしたちは今日の目的地、ショッピングモールへと向かって歩き出した
ほむら「……さて、着いたわね」
まどか「うん、そうだね」
ほむら「それじゃまずは…どこに行くの?」
まどか「えっとね…まずあっちに行ってからこっちに行って、そのあとそっちに行こうかなって」
ほむら「……つまり、どういうこと?」
まどか「要は秘密ってことだよ。行ってみてからのお楽しみってことで」
ほむら「そう……。今日はエスコート、お願いね」
まどか「任せてよ。じゃあ、まずは…ほむらちゃん、手、繋いでもいい?」
ほむら「え?えぇ、いいけど……」
まどか「ありがとう。それじゃ遠慮なく……」
ほむら「……急にどうしたの?手を繋ぎたいなんて」
まどか「ほら、デートだからだよ。デートだったら手を繋がなきゃ」
ほむら「そうなの?……まぁ、まどかとなら構わないわ」
本当は昨日来るはずだった、ショッピングモールへのデート
わたしのせいで1日延びちゃったけど、いつまでも悔やんでなんかいられない
ほむらちゃんの手を取ると、デートプランの最初の場所へと向かった
――――――
まどか「ほむらちゃん!早く早く、始まっちゃうよ!」
ほむら「ま、まどかっ!次、一体何なの!?」
まどか「次、映画なの!上演まであと10分しかないよ!」
ほむら「な、何でそんなギリギリなの!?」
まどか「ほんとはもっと余裕あるはずだったんだけど、わたしがずっと悩んでたから……!」
ほむら「あぁ、あれは悩んでも仕方ない…って、今はそれどころじゃないわね、急ぎましょう……!」
あれからわたしは自分の組み立てたプランに沿ってほむらちゃんとのデートを楽しんだ
CDショップで新曲を聞いてみたり、洋服店でほむらちゃんに似合いそうなものを選んであげたり
ここまでは順調だったのに、直前に寄った雑貨屋で買おうかどうしようかと商品の前で考え込んでしまう
そうしてる間に時間はどんどん過ぎていき、今こうして映画館へ向かって走らなければならなくなってしまっていた
まどか「……ふぅ。何とか間に合ったね」
ほむら「上演5分前……。本当にギリギリ……」
まどか「ごめんね、ほむらちゃん。わたしがまごまごしてたせいで……」
ほむら「謝る程のことじゃないわ、気にしないで。……それより、この映画はどんな作品なの?」
まどか「あ、えっとね…今話題のアニメ映画なんだって。女の子同士の友情を描いた作品みたい」
ほむら「でもアニメ映画なんて、まどかはあまり見ないんじゃない?」
まどか「うーん、そうなんだけど…何となく、ほむらちゃんと一緒に見たいと思ったから」
ほむら「まどか……」
まどか「……あ、始まるみたい。楽しみだなぁ」
シアター内の明かりが落ち、スクリーンに映像が映し出される
しかし、本編前の予告というか作品紹介が思った以上に長い。始まったかと思えば次の映画の予告だったりで
一向に本編が始まらず、いい加減飽き飽きしてきたところでようやく本編が流れ始めた
わたしもあまり詳しい内容は知らない。でも、見ているうちにどんどん映画の世界に引き込まれていく
女の子同士の友情のはずなのに、主人公とその友達の関係は友情よりももっと深いもののように感じてしまう
それだけにラストシーンはとても切なく、心臓を鷲掴みにされたように辛く、苦しい
あちこちからすすり泣く声が聞こえ、わたしも気が付けば目に涙が浮かんでいた
まどか「……」
ほむら「まどか…大丈夫?」
まどか「あ…うん。最後の方…何だかわたしも切なくなってきちゃって……」
まどか「ほむらちゃんは…どう感じた?」
ほむら「そうね……。感想を語り合うのはいいけど……」
ほむら「もう映画は終わってるからシアターを出てからした方がいいと思うわ」
その言葉を聞いて辺りを見回せば、もうわたしたち以外の人は出て行ったみたい
わたしたちはシアターを出て、そのまま映画館を後にした
まどか「……映画、面白かったね」
ほむら「えぇ。映画館で映画を見るのは初めてだったけど…想像以上だったわ」
まどか「そっか、よかった。……それで、ほむらちゃんは今日の映画、どう思った?」
ほむら「……とても素敵だと思うわ。最後は…心を揺さぶられたわね」
ほむら「でも…主人公と友達の仲がとても羨ましい」
まどか「羨ましい?」
ほむら「私も…まどかとあのくらい仲良くなってみたいから」
まどか「……なれるよ、絶対。わたしとほむらちゃんだもん。なれないわけ、ないよ」
ほむら「……そう、よね」
ほむら「それで、まどかはどう思ったの?」
まどか「えっと…わたしもあの2人の仲はすごく羨ましいくらいだけど……」
まどか「ただ…わたしはあの2人の仲が友情じゃなくて、もっと深いものに感じたの……」
ほむら「友情よりも深いものって…愛情、ってこと?」
まどか「なのかな……。愛情からの行動じゃないかなってのもあったと思うし」
ほむら「かもしれないわね。続編があるみたいだし、楽しみに待ちましょうか」
まどか「うん、今から楽しみだよ」
映画館を出て、適当な休憩スペースで映画の感想を語り合う
見た人ひとりひとりで感想が違うのは当然だけど、わたしはあの2人の間にあるのは…愛情だと思う
それを羨ましいと言ったのも…ほむらちゃんとあんな風になれたらと思ったから
ほむら「……さて。映画も終わったし、これからどうするの?」
まどか「今の映画でわたしのデートプランは終了なんだけど…どうしようかな」
ほむら「あら、そうなの?」
まどか「うん。ほむらちゃんが他に何も用事がなければ、そろそろ帰る?」
ほむら「……そうしましょうか。私も他に用はないし」
まどか「わかった。じゃあ、帰ろう?」
ほむら「えぇ。……まどか、手…繋いでもらえる?」
まどか「う、うん。いいけど…どうしたの?」
ほむら「……家に帰るまでは…デートだから」
まどか「……まさかほむらちゃんの方から言ってくれるなんて」
ほむら「私がこういうこと言うのは変……?」
まどか「ううん、そんなことない。嬉しいよ」
ほむら「……それじゃ、帰りましょう」
まどか「うん」
わたしとほむらちゃんは手を繋いでから、ショッピングモールの出口へ歩いていく
映画を見た影響かはわからないけど、ほむらちゃんから手を繋ぎたいと言ってくれてすごく嬉しい
いつもはわたしからばかりの好意も、今日は少しだけ想いが通じ合ったような…そんな気がした
――――――
まどか「ねぇ、ほむらちゃん。今日のデート、どうだった?」
家に帰る途中、手を繋いで隣を歩いているほむらちゃんにそう聞いてみる
自分では映画がギリギリになっちゃったこと以外は割とよかったんじゃないかと思ってるけど
そう思っていると、ほむらちゃんはわたしの手をほんの少し強く握って、質問に答えてくれた
ほむら「……とても…とても嬉しかった。楽しかった」
ほむら「まどかと2人でショッピングモールに行くのは初めてじゃないけど……」
ほむら「私の為だけにこのプランを考えて、私をエスコートしてくれたことが…何より嬉しかった」
ほむら「……ありがとう、まどか。今日は本当に素敵な1日だったわ」
ほむらちゃんの感想はまさにわたしをべた褒めするもので、そこまで言われると何だか照れちゃう
でもすごく喜んでもらえたみたいでよかった。がんばった甲斐があったよ
あとはもう家に帰るだけだし、今日こそはしくじれないといった緊張感が緩む
息をひとつ吐いて、空を見上げる。そこには茜色の空…ではなく、どんよりとした雲が広がっていた
まどか「……何だかずいぶんと曇ってきちゃったね」
ほむら「そうね。……それより、ひとつお願いがあるのだけど」
まどか「お願い?」
ほむら「えぇ。……えっと、私の家に寄って行ってくれない…かしら……」
ほむらちゃんがわたしにお願いをするなんて滅多にないせいか、少しだけ身構えてしまう
そのお願いというのは何てことのない、家に寄ってほしいというものだった
わたしは少しだけ驚きつつ、言葉を返す
まどか「それは…まだ時間もあるからいいけど、ほむらちゃんがそう言うのって珍しいね」
ほむら「……自分でもよくわからないの。……でも、何となくまどかと別れたくなくて」
ほむら「もっと…まどかと一緒にいたいから、かしら」
そう話すほむらちゃんの顔は少しだけ赤くなっていた。理由はどうあれ、そう言われて嬉しくないわけがない
何より、もうしばらく一緒にいられるんだからわたしとしても嬉しい
わたしは二つ返事で誘いを受け、ほむらちゃんの家へと向かった
今回はここまで
見て下さってる方、ありがとうございます
次回投下は10日夜を予定しています
改めて見直したけど前回分に修正点はなかった、はず
今回分も怪しいので修正点あったら次回投下のときに修正します
次から本文
――――――
まどか「……うん…うん、わかった。そうするよ」
まどか「え、ほむらちゃんに迷惑かけるなって?……も、もう。わかってるよ、そんなこと」
まどか「それじゃそろそろ切るね。パパ、また明日」
電話の向こうのパパに挨拶をして携帯を耳から離し、通話を終了させる
携帯をしまうと、それを合図にほむらちゃんがわたしに声をかけた
ほむら「……それで、お父様はなんて?」
まどか「ほむらちゃんの好意に甘えて泊めてもらいなさいって」
ほむら「この土砂降りの中、無理に帰ろうとすると…危ないから」
そう言ってわたしは窓の外へと視線を移す
窓の外では、バケツの底が抜けたような大雨が激しく降りしきっていた
ほむら「……ごめんなさい。私がまどかを誘ってしまったばかりに」
まどか「そ、そんなことないよ。ほむらちゃんのせいで土砂降りになったわけじゃないし」
まどか「むしろ、わたしがお礼を言うべきだよ。泊めてもらうんだから」
ほむらちゃんの家に着いた直後、ぽつぽつと降り出した雨は短時間で一気に勢いが増してしまう
雨が弱くなるのを待って帰ろうと思い、しばらく待ってみても一向にその気配がない
結局、雨で帰れなくなってしまったわたしは一晩ほむらちゃんの家に泊めてもらうことした
ほむら「それは当然よ。この雨の中、まどかを家に帰すわけにはいかないもの」
まどか「だとしても…ありがとう。それと、今日はお世話になります」
ほむら「……ふふっ、この間とは逆になったわね」
まどか「えへへ、そうだね」
まどか「でも…ほんとは少しだけ、こうなることを期待したんだ」
ほむら「それは…どういうこと?」
雨が土砂降りになったとき頭に浮かんだ、早く雨が弱くなってほしいという気持ち
でも、それと同時にこのまま雨が弱まらないでほしいという気持ちも持っていた
だって雨が弱まらなければほむらちゃんの家に泊まれるから
大好きなほむらちゃんと一緒にいられるから。独り占めできるから
そんなわたしの本音をそのまま伝えるわけにもいかず
適当な理由に形を変えてからほむらちゃんに伝えた
まどか「えっと…またほむらちゃんとこうしてお泊り会、したかったから」
まどか「ちょっと悪い言い方になるけど…こうなって嬉しいって思っちゃってるんだ」
ほむら「もう……。でも、私もまどかと一緒にいられるのは…嬉しいわ」
ほむら「まどかと一緒にいられて……」
まどか「ほむらちゃん?」
ほむら「……いえ、何でもないわ。ごめんなさい」
まどか「う、うん」
ほむら(……どうしてかしら。まどかと一緒にいると、何だか……)
まどか「ねぇ、ほむらちゃん。夕飯、どうしよう?」
ほむら「……あ、あぁ…そうね、どうしましょうか」
まどか「最悪、わたしはカップラーメンとかでもいいけど……」
ほむら「何言ってるの。まどかにそんなものを食べさせるわけにはいかないわ」
ほむら「簡単なものになると思うけど、何か作るわね。少し待っててもらえる?」
まどか「わたしも手伝うよ」
ほむら「大丈夫、まどかはゆっくりしてて頂戴」
わたしにそう言うと、ほむらちゃんは夕飯を作りにキッチンへと向かう
何もせずに待ってるだけというのは何だか悪い気がしてくるけど
ほむらちゃんの言葉に甘えて、夕飯ができあがるまで大人しく待っていることにした
――――――
まどか「……ふぅ。ごちそうさま、ほむらちゃん」
ほむら「ごちそうさま。……本当に簡単な夕飯でごめんなさい」
まどか「ううん。すごくおいしかったよ」
ほむら「……よかった。まどかに美味しいと言ってもらえて…とても嬉しいわ」
少し申し訳なさそうな顔をしていたほむらちゃんも、わたしの言葉を聞いていくらか顔を緩ませる
ほむらちゃんはきっと、わたしにもっとおいしいものを食べてもらいたかったのかもしれない
でも、ほむらちゃんがわたしのために作ってくれたこの料理はとてもおいしかった
まどか「……あ、後片付けはわたしがするよ。泊めてもらうんだから何かしないと」
ほむら「そんなこと気にしなくてもいいの。洗い物が終わったら、寝室に行きましょう」
まどか「え、もう寝るの?」
ほむら「いえ、そうじゃないの。私、夕飯が終わったら大体寝室で過ごしていて……」
ほむら「テレビはここにしかないから、何か見たいものがあればここでも構わないのだけど」
まどか「うーん…いいや。わたしも寝室の方に行くよ」
ほむら「わかったわ。洗い物、すぐに終わると思うから少し待ってて」
まどか「はーい」
少し待っててと言われても、わたしだけぽつんと残されてしまったせいか少しソワソワしてしまう
気を紛らわせようと視線をあちこちに動かす。勢いの衰えない雨が、うるさいくらいに窓を叩く
一通り室内を見回したあと、2人分の洗い物が終わったほむらちゃんが戻って来る
電気を消してからリビングを出ると、ほむらちゃんは寝室へとわたしを案内してくれた
ほむら「ここが私の寝室よ。入って」
そう言って通された部屋は何てことのない、普通の寝室
ほむらちゃんの寝室に入るのは初めてだからか、必要以上にきょろきょろしてしまう
それを見たほむらちゃんは少し顔を赤くしてわたしに抗議した
ほむら「あ、あんまりきょろきょろしないで。恥ずかしいじゃない……」
まどか「ご、ごめんね。でも、素敵な部屋だと思うな」
ほむら「そう…かしら。この部屋に人を入れるのは初めてだから少し不安で……」
まどか「あれ、今まで誰にも見せたことってないの?
ほむら「えぇ。私以外の誰かを入れたのは…今、あなたが最初よ」
まどか「……そっか。何だか嬉しいな」
ほむら「嬉しい?」
まどか「うん、嬉しい。他の誰も知らないこの部屋を、わたしは知ってるんだもん」
ほむら「そういうものかしら……」
まどか「そういうものだよ。だって……」
好きな人のことだから。するりと口から出て行きそうになった言葉を慌てて飲み込む
わたわたするわたしを、ほむらちゃんは不思議そうな顔で見ていた
ほむら「だって…何かしら?」
まどか「な、何でもないよ」
ほむら「そう?……さて、何をして過ごしましょうか」
まどか「ほむらちゃんは1人のときはどう過ごしてるの?」
ほむら「私1人のときは…宿題を進めて、それが終わったら本を読んでることが多いわね」
まどか「本って、その本棚に入ってる……?」
ほむら「えぇ、図書館から借りたものも読んだりしてるわ」
本棚に目を向けると、ミステリー小説や文学小説なんかがずらりと並んでいる
いくつか気になるタイトルがあったけど、今は本を読むよりほむらちゃんと何かをして過ごしたかった
まどか「……あ、そうだ。トランプしようよ、トランプ」
ほむら「それはいいけど、どうしてトランプなの?」
まどか「ほら、ほむらちゃんがうちに来たとき1回も勝てなかったから。リベンジだよ」
ほむら「ふふ、そういうこと……。いいわ、相手になってあげる」
そう言うとほむらちゃんは机の引き出しからトランプを取り出して不敵に微笑む
今日は絶対に勝ってやるんだから。そう意気込んでゲームを始めるも、さっぱり勝てない
ポーカーに始まり、セブンブリッジ、神経衰弱、ババ抜きにまで手を出す
それでもほむらちゃんから1勝をもぎ取ることができず、とうとうわたしは白旗をあげてしまった
まどか「も、もう降参。ほむらちゃん、強すぎるよー」
ほむら「あら、そう?私はまだ続けてもいいくらいだけど」
まどか「だって何やっても全然勝てないんだもん。ちょっとくらい手加減してくれたって……」
ほむら「私が手加減して勝っても嬉しくないでしょう?」
まどか「それはそうかもだけど…こうまで勝てないのもなぁ……」
ほむら「とにかく、今回はこれでおしまい。まどかの挑戦ならいつだって受けて立つわ」
まどか「次こそは絶対勝ってやるんだから」
ほむら「えぇ、楽しみにしてるわ。……時間も時間だし、そろそろお風呂入れてくるわね」
そう言うとほむらちゃんは部屋を出て行き、湯沸かし器の電源を入れる
それからしばらくして、お風呂の用意ができたことを知らせる電子音が聞こえた
ほむら「お風呂、沸いたみたいね。どっちから入る?」
まどか「ほむらちゃんからでいいよ。家主だし」
ほむら「……前回は私が先だったから、今回はまどかが先でいいかしら」
まどか「え?う、うん。じゃあ、先に入らせてもらうね」
ほむら「……そう言えば着替えを持ってないのよね、まどか。急にこんなことになってしまったから……」
ほむら「私のでよければ着替え、用意するけど…どうする?」
まどか「あ……」
そうだ、忘れてた。今日は元々泊まるつもりなんてなかったから、着替えがないんだった
今着ている服でいいかと思ったけど、お風呂に入ってまた同じ服を着るというのもあれだし
何よりこれだと随分と寝苦しい思いをするような気がする
まどか「……適当に服、貸してもらえないかな」
ほむら「わかったわ。今出すから、少し待ってもらえる?」
何か服を貸してほしいとお願いすると、ほむらちゃんはクローゼットの中をごそごそと探し出す
それから少しして、適当な服が見つかったのか1着の服を手渡される
それを受け取り、お風呂場の場所を聞いてからわたしは部屋を後にした
――――――
まどか「……はぁ」
湯船に体を沈めて息を吐いてから、今日のことをぼんやりと思い返す
今日のデートは本当に楽しかった。自画自賛になるけど、大成功と言っていいくらいに
ほむらちゃんもとても楽しんでくれたみたいで、プランを練ったわたしとしても嬉しい限り
だけど、ほむらちゃんとの距離が縮まっているかと聞かれると…あまり自信がない
わたしはそのつもりでも、ほむらちゃんは友達としての行動だと思ってるような気がして
焦ってもいいことはない。でも、結果が見えてこないのがどうにもじれったい
まどか「……もっと大胆に行った方がいいのかな」
湯船に映った自分の顔にそう問いかける
ここはほむらちゃんの家で、わたしとほむらちゃん以外は誰もいない
それなら、もう少し大胆に行ってもいいんじゃないか。そんな考えが脳裏に広がる
まどか「……だ、ダメだよ。そんなこと……」
心が考えを承諾しようとしたのを感じ、両頬を叩いて考えを振り払う
もし無理なことをして、その結果ほむらちゃんに嫌われでもしてしまったら……
そうなってしまったら元も子もない。恋に近道なんてないのだから
1歩ずつ、1歩ずつ距離を縮めていけば、いつか必ずほむらちゃんに辿り着ける
そう結論を出してから、わたしは湯船から上がり、浴室を出ていった
まどか「……へ、変じゃないかな、これ」
ほむらちゃんから借りた服を着てみたけど、何だかわたしには似合わないような……
どうせわたしたち以外は誰もいないからいいんだけど
まどか「……まぁ、いまさら似合わないから別のを貸してなんて言えるわけないよね」
まどか「それより、だいぶ長湯しちゃったなぁ……。早く戻らないと」
着替えの済んだわたしは脱衣所を出て、ほむらちゃんの待つ寝室へと向かう
その途中で自分の服を洗濯機に放り込んでしまったことを思い出し、慌てて回収に戻った
まどか「ほ、ほむらちゃん。お風呂、あがったよ」
ほむら「わかったわ。随分と長湯していたみたいね」
まどか「ご、ごめんね。ちょっと考え事しちゃってて……」
ほむら「別にいいのよ、気にしないで。ドライヤーと鏡、出しておいたから自由に使って」
ほむら「……それじゃ、私はお風呂に行って来るわ。少し待っててね」
そう言うとほむらちゃんは着替えを手に、部屋を出て行った
わたしはひとまず髪を乾かそうと、用意してくれたドライヤーを手にして鏡の前に座る
ほむらちゃんの使ってるドライヤーだから、これで乾かせば綺麗な髪になるかなと
ほんの少しだけ期待してみるもそんなことはなく、鏡に映るのはいつものお風呂あがりの自分
髪を乾かし終えたわたしは、そのままベッドに腰を下ろす
まどか「……」
まどか「……わたし、今…ほむらちゃんの服、着てるんだよね……」
まどか「ほむらちゃんの服なんだから当然だけど…ほむらちゃんの、匂いがする……」
着ている服からふわりと香ってくるほむらちゃんの甘くて優しい匂い
わたしは自分の体をかき抱いて、体を丸める。全身をほむらちゃんに包まれているような気がした
まどか「……ほむらちゃん」
大好きな人の匂いのせいか、心臓はどくどくと脈打ち、頭は何だかクラクラする
次第に思考の枷が緩くなっていき、ここ最近はすっかり落ち着いていた勝手な妄想を始めてしまう
それからしばらくの間、ほむらちゃんとの妄想を繰り広げるも部屋の外から聞こえた足音がわたしを現実に引き戻す
慌てて体裁を取り繕い、何でもない風を装ってほむらちゃんを出迎えた
ほむら「ふぅ。いい湯だったわ。1人にしてごめんなさい、まどか」
まどか「べ、別に小さい子供じゃないんだから……。それに、ほむらちゃんだって……」
ほむら「それもそうだけど……。次、こういう機会があったら今度は一緒に……」
まどか「なな、何言ってるの!?き、急に変なこと言わないでよ!」
ほむら「……そうね、ごめんなさい」
上っ面だけは平静を装ってるわたし。内心はそれとは程遠く、普段通りに話ができない
ほむらちゃんへの返事も少し強く返してしまって。きっとそれが原因だと思うけど
最後にわたしへ謝ったほむらちゃんの表情は少しだけ悲しそうに見えた
まどか「……」
ほむら「……」
何だか気まずくなってしまい、会話が途切れてしまう
どう声をかけたらいいか思案しながら、髪を乾かしているほむらちゃんを見つめる
ただ髪を乾かしているだけのはずなのに、わたしはその姿に見とれてしまう
そんなわたしの視線に気づいたのか、ほむらちゃんがわたしに話しかけてきた
ほむら「……まどか?私を見ているみたいだけど…どうしたの?」
まどか「あ…えっと、髪を乾かしてるほむらちゃんが何だか綺麗で……」
ほむら「綺麗だなんて、そんな……。でも、ありがとう。嬉しいわ」
まどか「……ほむらちゃん、さっきはごめんね。何だか強く言っちゃったみたいで」
ほむら「いえ、わたしの方こそごめんなさい。突拍子もないことを言ってしまって」
まどか「突拍子もないって…まぁ、うん…そうかも……」
会話が途切れたおかげで心の内もだいぶ平静を取り戻すことができた
冷静になった今、改めてほむらちゃんの言葉を考えてみる
何を思ってそう言ってくれたのかはわからない。でも、相手がわたしだから言ってくれたんだと思う
実際に一緒に入ると…きっとわたしが色々大変になっちゃうから当分はできないかもだけど
ほむらちゃんが言ってくれたその言葉だけは忘れずに覚えていよう
ほむら「……こんなものかしらね」
まどか「……あ!」
ほむら「まどか?どうかしたの?」
まどか「う、ううん、何でもない。大したことじゃないから」
前回はほむらちゃんに髪を乾かしてもらったから、今度はわたしがしてあげよう
そう思ってたのに、気が付けばほむらちゃんはもうその作業を終えていた
ほむらちゃんはドライヤーと鏡を片付けたあと、室内を見回して何かに気づいた顔
どうしたのかな、と思っているとわたしの隣に腰をおろすと何かを考え始める
隣に座ったほむらちゃんとの距離が近いせいで、落ち着いたわたしの心臓が再び暴れ始めてしまう
そんなわたしをよそに、何かを閃いたほむらちゃんは少し恥ずかしそうな口調で話し出す
ほむら「……ねぇ、まどか。私、今気づいたのだけど……」
ほむら「実は…まどかの寝る場所がないのよ……」
まどか「え……?」
ほむら「私以外の誰かが来るなんて想定してなかったから、来客用の布団なんて持ってなくて……」
まどか「そ、そうなんだ……」
ほむら「それで、今考えたのよ。まどかを床に寝かせるわけにはいかないし……」
ほむら「私が床で寝るのはまどかが許さないだろうし……」
まどか「と、当然だよ。ほむらちゃんを床で寝させるわけにはいかないよ」
ほむら「やっぱり、ね。そうなると…あとはもう、これしかないわね……」
どうやらまだ話していない案があるみたいだけど、何だかすごく恥ずかしがっているような
顔だって、お風呂あがりとは別の理由で赤くなっているような気がする
そんな風に思っていると、ふとその案が頭に浮かぶ。その瞬間、体中がかーっと熱くなってくる
まさか、これじゃない…よね。わたしは喉の奥から絞り出した声で問いかけた
まどか「ほむらちゃん…それって……」
ほむら「……まどかがよければ、の話だけど……」
ほむら「このベッドで…私と一緒に寝ない……?」
まどか「……あ、ぅ……」
わたしの想像通り、ほむらちゃんが提案したのは同じベッドで寝るというものだった
同じベッドで一緒に寝ると考えただけで恥ずかしさがこみ上げてしまい
顔は真っ赤になり、鼓動は一際速くなる。心も頭も嬉しくて苦しいような変な気持ちになってくる
他にいい案もないし、何よりほむらちゃんに誘われて断れるわけがなかった
恥ずかしさやら緊張やらでどきまぎしてしまうも、何とか返答する
まどか「……わ、わたしは…ほむらちゃんと一緒でも…いいよ……」
ほむら「私が提案したことだけど…いいの……?」
まどか「う、うん。むしろ、ほむらちゃんがそう言ってくれて嬉しかったから……」
ほむら「それは…どういう……?」
まどか「ほら、前にわたしの家に泊まりに来たときは別々に寝てたでしょ?」
まどか「それが今回は…他に手段がないのかもしれないけど、こうして一緒に寝られることになって…嬉しいの」
まどか「あのときより、ほむらちゃんともっと……」
まどか「……もっと仲良くなれたと思うから」
ほむら「そうね……。私も、あの頃よりもまどかとの距離は小さくなったような…そんな気がするわ」
ほむら「他に方法が無いとしても、あのときはできなかった一緒に寝るということが…今はできるようになったもの」
ほむら「まどかとの距離がこんなにも縮まって…とても嬉しいわ」
まどか「……わたしたち、映画の主人公たちみたいな仲になろうね」
ほむら「えぇ。……それに、まどかとなら……」
まどか「ほむらちゃん……?」
ほむら「……ごめんなさい、何でもないわ。それより、そろそろ休みましょうか」
ほむらちゃんはわたしに返事をしたあと、ぼそぼそと何かを呟いていた
何を言ったのか気になるけど、ほむらちゃんは何でもないと言っている以上、聞き返さないでおく
もし大事な何かだったら、言うべきときが来たら改めて教えてくれるはず
わたしは自分にそう言い聞かせてから、寝る支度をすることにした
まどか「うん。……本当に悪いんだけど、歯ブラシとかも出してもらえないかな」
ほむら「わかってるわ。ひとまず、洗面所に行きましょう」
ほむらちゃんの案内で洗面所に向かい、手早く支度を済ませて寝室へと戻る
そして、ベッドに入ろうとしたとき、ふと思ったことを口にした
まどか「……ねぇ、ほむらちゃんはベッドのどっち側がいいとかってある?」
ほむら「え?特にはないけど……。まどかはあるの?」
まどか「ううん、わたしもないよ。ほむらちゃんはあるのかなって思って」
ほむら「ありがとう、まどか。でも、どちらでもいいのなら…私が奥に行ってもいいかしら?」
まどか「うん、いいよ」
ほむら「それじゃ、先に入るわね」
1人で使うには十分なベッドも、2人で使うとなるとあまりスペースに余裕はない
わたしもほむらちゃんも小柄な方だから落ちたりはしないと思うけど……
そんなことを思っていると、奥の方へ体を寄せたほむらちゃんがわたしを呼んだ
ほむら「ほら、まどか。いらっしゃい?」
まどか「う、うん。今、行っ……!」
ベッドに片膝をかけた瞬間、いつもと違うベッドの反発のせいでバランスを崩して前のめりに倒れてしまう
倒れ込む瞬間とっさに伸ばした両腕は、上体を起こしていたほむらちゃんの両肩をしっかりと掴んでしまって
気が付けば、わたしがほむらちゃんを押し倒したような形になっていた
ほむら「えっ…と、まどか?怪我は無い……?」
まどか「だ、大丈夫。どこもぶつけたり打ったりしてないと思う……」
ほむら「そ、そう。よかった……」
まどか「ご、ごめんね。今、どくから……」
いつまでもほむらちゃんの上にいるわけにもいかないし、早くどかなきゃ
頭ではそう思っているはずなのに、わたしの体はぴくりとも動かない
脳裏にはこの状況を待ち望んでいたと言わんばかりにろくでもない考えが次から次に溢れ出す
勝手に悶々としているわたしに、痺れを切らしたほむらちゃんが問いかける
ほむら「まどか……?その、どいてもらえないかしら……?」
まどか「……」
ほむら「まど…か……?」
赤くした顔。少し弱くなった声。触れている感触
今のほむらちゃんのありとあらゆるものがわたしの心を刺激する
次第にぐるぐるしてよくわからない心も、いまいち働かない頭もほむらちゃんのことでいっぱいになってしまう
もっとほむらちゃんの近くにいたい。もっとほむらちゃんを感じていたい
何より、もっと大胆に行かないとダメ、だよね。そう思ったわたしはほむらちゃんへ顔を寄せる
ただでさえ近い距離がもっと近くなったせいか、ほむらちゃんは見たことがないくらい真っ赤になっていた
ほむら「ちょっと…まどか、何を……」
わたしは肩から離した両手でほむらちゃんの頬にそっと触れる
視線の先にいるのは、いつもの凛とした姿のほむらちゃんではなく
きっと誰も見たことないくらいに可愛いほむらちゃん
可愛い姿がもっと見たい。わたしの五感全てがほむらちゃんがほしいと求めてる
まどか「ほむらちゃん……」
見たことがないようなほむらちゃんの可愛い姿
弱々しくも、はっきり聞こえるほむらちゃんの声
シャンプーと混ざって余計にわたしをクラクラさせるほむらちゃんの匂い
すべすべして、柔らかいほむらちゃんの頬
そして、心が求める欲求のままに、わたしはほむらちゃんの唇に自分の唇を近づける
お互いのそれが触れ合う手前で、ほむらちゃんの言葉が聞こえた
ほむら「まどか…駄目、待って……」
ほむら「まどか…っ……!」
わたしの名前を呼ぶ少し強い声に頭を殴りつけられたような感覚ではっと我に返る
そこで目にしたのは、不安に揺らめくほむらちゃんのアメジストのような瞳だった
まどか「……ほむら、ちゃん」
ほむら「まどか……。正気に戻ったみたいね」
まどか「……わ、わたし…何であんな……!」
わたしがやったことを認識すると、ほむらちゃんへの罪悪感が胸を締め付ける
とにかく、謝らなきゃ。わたしはほむらちゃんに対して謝罪した
まどか「ごめん……。本当にごめんなさい、ほむらちゃん……」
まどか「わたし…ほむらちゃんにひどいことしちゃったよね……」
ほむら「そんなこと……」
まどか「不安で…怖かったよね……。わたしに…友達にあんなことされて……」
ほむら「……」
まどか「……もう1度、謝らせて。ほむらちゃん…ごめんなさい……」
何がもっと大胆に、だ。ほむらちゃんにあんな思いをさせてしまって
頬を引っ叩かれるのも、嫌われるのも…最悪、絶交されるのも覚悟していたわたしに
ほむらちゃんは優しい口調で全てを許してくれた
ほむら「……まどか、顔を上げて。謝ってくれたのなら、私はそれで十分だから」
まどか「わたしのこと…嫌いになってないの……?」
ほむら「確かにあんなことをされたのだから…驚いて、ドキドキしてしまったけど……」
ほむら「でも、他の誰でもないまどかだから。私がまどかのことを嫌いになるわけないわ」
まどか「だけど……」
ほむら「まどかはきっと…頭も心もパニックを起こしてしまっただけ。だから、もう気にしないで」
まどか「……うん。ありがとう、ほむらちゃん」
いっそのこと思いきり引っ叩いてくれた方が気も楽になると思うのに
ほむらちゃんのその優しさが、今のわたしには少し辛く感じてしまった
ほむら「……それじゃ、もう寝ましょうか」
まどか「わたし…別のところで寝るよ。リビングにソファがあったし、そこで……」
ほむら「何言ってるの。そんなところで寝かせられるわけないでしょう」
まどか「だって…ほむらちゃんにあんなことしちゃったんだよ?」
まどか「それなのに…一緒になんて……」
ほむら「……私は、まどかに…一緒にいてほしい。……いえ、違う」
ほむら「私…まどかと一緒がいい。だから、私と一緒に…寝てくれないかしら」
ずるいなぁ。そんな言い方されたら…そうするしかなくなっちゃう
わたしは一言、うんと呟いて布団を被り、ほむらちゃんに背を向けて横になった
ほむらちゃんは照明のリモコンで明かりを落とし、わたしの背中におやすみなさいと言葉を投げる
早く眠ろう。そう思い、わたしは目を閉じて眠りについた
――――――
まどか「……ん…朝、かぁ……」
まだ少し薄暗い部屋で目を覚ます。携帯が手元になく、少し身を起こして時計を見ると、6時を少し過ぎた頃だった
ほむらちゃんはもう起きているのかと思ったけど、背後から規則正しい寝息が聞こえる
寝返りを打ってほむらちゃんの方へ体を向ける。すると、すぐ目の前に眠っているほむらちゃんの顔があった
まどか「……ほむらちゃん。昨日は本当にごめんね。わたし、どうかしてた……」
わたしはぐっすりと眠っているほむらちゃんに対して再び詫びる
返答がないのをいいことに、さらに言葉を続けた
まどか「ほむらちゃんはパニックになっただけって言ってたけど…ちょっと違うんだ……」
まどか「あのときのわたしは…きっと暴走しちゃってたんだよ。事故だったとしても、ほむらちゃんを押し倒しちゃったから……」
大好きな人を押し倒して、馬乗りになって…頭も心もほむらちゃんのことでいっぱいになって
それが原因で普段は蓋をしているはずのほむらちゃんへの大好きが一気に溢れ出して、気持ちの制御ができなくなって
わたしの一方的な好意じゃダメだってわかってたはずなのに、あんなことを……
まどか「……わかってたはずなのに。もう、限界…なのかな……」
以前、ほむらちゃんがわたしの家に泊まりに来たときと、わたしがほむらちゃんの家に泊まった今回
あのときと比べてほむらちゃんと仲良くなれたのは、たぶん間違いない。だけど、それだけじゃない
ほむらちゃんへの恋心も、あの頃とは比べものにならないくらいに大きく膨らんでいた
今まで見たことのないほむらちゃんの姿を見て、その度にこの想いもどんどん大きくなっていく
大きくなりすぎた想いを、自分の中に留めておけない。そんな気がした
まどか「……どうしたら…いいんだろう。ねぇ、ほむらちゃん……」
わたしはほむらちゃんの頬にそっと触れ、問いかける
寝起きとは言え、自分の思考力のポンコツさ加減には嫌気がさしてしまう
ほむらちゃんに迫ってしまったこと。募った想いのこと。そして、ほむらちゃんの本当の気持ちのこと
昨日、許してもらえたけど…きっと心の中じゃあんまりいい気持ちじゃなかったはず
だって…友達だと思ってるはずのわたしに、あんなことをされてしまったんだから
いたたまれなくなったわたしはほむらちゃんを起こさないようにそっとベッドを出て、寝室を後にする
寝室を去る間際、デートに付き合ってくれたこと、泊めてくれたことに対するお礼と
今回のことに対しての謝罪の言葉を口にしてから、寝室のドアを閉めた
――――――
ほむら「……う…ん……。朝、かしら…眩しい……」
ほむら「んん……。ふぅ。もうこんな時間なのね……」
ほむら「早く着替えて朝食の用意をしないと。まどかが起きてくる前に……」
ほむら「……まどかがいない?もう起きてるのかしら……」
ほむら「……寝過ごした、みたいね。こうしちゃいられないわ、早く支度しないと」
ほむら「まどか。ごめんなさい、少し寝過ごして……」
ほむら「……いないわ。なら、どこに……?」
ほむら「あら…これ、書き置き…かしら。えっと……」
『ほむらちゃんへ』
『おはよう、ほむらちゃん。今回は泊めてくれてありがとう。助かったよ』
『それに、一緒に寝ようって言ってくれて…すごく嬉しかった』
『だからこそ、昨夜のことは…ごめん。許されないことをしちゃったと思う』
『あんなことをしておいて、ほむらちゃんに合わせる顔なんてないから…わたしは先に帰ります』
『借りた服はまとめて洗濯カゴに入れて、鍵は玄関にあったものを使ってポストに入れておきました』
『最後に。黙って帰っちゃって…ごめんなさい』
ほむら「……これを見る限り、まどかはもう帰ってしまったみたいね」
ほむら「でも…まどかはどうしてそこまで思い詰めてしまっているのかしら……」
ほむら(……恐らく、昨日のあの行為は…友達に対してするべきものじゃなかったから……)
ほむら(友達…それも同性にあんなことをしてしまったのを…後悔している……?)
ほむら(先日、まどかが倒れたときも思ったけど…必要以上に私のことを気にかける理由は何なの……?)
ほむら(思い詰めてしまうことなんてないのに。私は何も怒ってもいないし、嫌だったわけでも……)
ほむら(あのまま…まどかとしてしまったとしても…私は……)
ほむら「私は…どうしたら……」
今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます
次回投下は11日夜を予定しています
見直してみたけど前回分に修正点はない、はず
時間的に余裕ないの今日までのはずだから明日からはもうちょっと早くできるはず
次から本文
――数日後――
まどか「……」
まどか「……あ、違った。こうじゃなくて」
まどか「ここがこうだから…こうなって…答えが、こう……」
まどか「……これでおしまい、っと。残りは…あと1教科だけ……。がんばったなぁ、わたし」
机に向かい、夏休みの宿題をきりのいいところまで終わらせ、ぐーっと伸びをする
たくさんあったはずの宿題もようやく終わりが見え、あともう少しで終わらせられるところまできていた
まどか「でもどうしよう。残してあるの、難しいのばっかりなんだよね……」
まどか「……ほむらちゃんにお願いして、教えてもらおうかな……」
まどか「……もう、結構経っちゃったんだ」
あの日から数日。あれからわたしはほむらちゃんと会うことができなくなっていた
ひどいことをして、黙って帰ってしまって。今更どんな顔で会ったらいいのか、わからなくなってしまって
最初のうちはほむらちゃんの方から頻繁に電話やメールが来ていたけど、それも回数が減って、今は1日2、3回程度
予定していた、一緒に夏祭りに行くのも…この分だと自然消滅してしまうのだろう
わたしはカレンダーに目を向ける。2日後の夏祭り当日のところに赤い花丸が描かれていた
まどか「……このままでいいはず…ないのに。こんな終わり方でいいわけ…ないのに」
わたしの恋も、夏休みの思い出も、ほむらちゃんとの関係も。このままだと、全部終わってしまう。それだけは…嫌だ
かと言って、自分1人じゃもう解決の糸口が見つけられない。誰かに力を貸してもらおうと携帯の電話帳を開く
1番上に表示された暁美ほむらの名前に胸を締め付けられるも、そのすぐ下にあったさやかちゃんへの番号へ電話をかける
何度目かの呼び出し音のあと、電話が繋がる。だけど、相手はさやかちゃん本人ではなく、さやかちゃんが録音した留守電音声だった
わたしは携帯を閉じると、万策尽きたとばかりに机に突っ伏してしまう。さやかちゃんも忙しいもんね、主に上条君のことで
そんなことを思って目を閉じると、ふと黄色いドリルヘアーの頼れる先輩の姿が脳裏に浮かぶ
まどか「……マミさんに相談してみようかな。うん、そうしよう」
そう思い立ったわたしは携帯を引っ掴むと部屋を出て玄関に向かう
玄関から友達の家に行って来るとパパに伝え、ドアを開けて外へ足を踏み出した
――――――
まどか「ふぅ……。やっと着いた……」
まどか「それにしても…エレベーター、点検中なんて……。運悪いなぁ……」
8月も半ばを過ぎたとは言え、まだまだ灼熱の太陽は衰え知らずで
炎天下の中、マミさんのマンションにやって来たわたしを待っていたのはエレベーターの点検中の張り紙
ほんと、最近いいことがないとぶつぶつと愚痴を零しながら階段を上り、ようやくマミさんの部屋のある階に辿り着いた
ここに来る道中で持っていただけの携帯で電話をして、自宅にいることはわかっている
インターホンを押すと、すぐにマミさんが玄関を開け、わたしを中へと通してくれた
まどか「今日はありがとうございます。急な話だったのに……」
マミ「気にしないで。可愛い後輩の相談くらい、いつでも引き受けるわ」
まどか「マミさん……」
マミ「それで、鹿目さんの相談というのは何かしら?」
話を催促されてしまったわたしは話す順序も何も立てていなかったことに気づく
少しだけ時間を貰って頭の中を整理してから、ゆっくりと話し始めた
まどか「……相談というのは…ほむらちゃんとのことなんですけど……」
まどか「わたし…ほむらちゃんにひどいことをしてしまって……」
マミ「酷いこと……?もうちょっと詳しくお願いできる?」
まどか「えっと…少し前、夕方から土砂降りになった日、ありましたよね」
まどか「あの日、わたし…ほむらちゃんの家に泊めてもらったんです」
マミ「遊びに行ったら急な土砂降りで帰れなくなったとか、そんな感じかしら」
まどか「はい、そうです。それで…予備の布団がなかったので一緒に寝ることにしたんです」
まどか「そのとき…事故、だったんですけど……。その……」
マミ「……何があったの?」
まどか「……ほむらちゃんを…押し倒してしまって……」
マミ「でも、事故だったんでしょ?それなら気にすることないんじゃ……」
まどか「いえ…そこからなんです。ほむらちゃんを押し倒してしまったあと、わたし……」
まどか「そのまま…キスを迫ったんです……」
わたしがほむらちゃんにした行為。きっと許されることのない、最低の行為
あのときのほむらちゃんがわたしに向けた不安げな瞳は…今でも忘れられない
わたしの話を聞いたマミさんは唖然とした顔のまま、わたしに尋ねた
マミ「えっと、キスを迫ったってことは…しちゃった、の?」
まどか「……いえ。ギリギリのところで、何とか踏みとどまれて」
マミ「そ、そう……。でも、どうしてそんなことを?」
まどか「……わたし、ほむらちゃんのことが…好きなんです。大好きなんです……」
マミ「好きって…友達として、じゃないみたいね……」
わたしの本当の気持ちを…他の誰かに伝えてもいいのだろうか。そんな思いが頭を過ぎる
でも、相談を持ちかけた以上はちゃんと話さないと。わたし1人じゃどうにもできなくなってしまってるのだから
意を決すると、マミさんの目を真っ直ぐに捉えてわたしの気持ちを伝えた
まどか「はい……。わたし…ほむらちゃんに恋をしてるんです……」
マミ「そう…だったの……」
マミさんに本当の気持ちを話したせいか、わたしの想いはもう止まらなくなってしまう
頭も心もぐちゃぐちゃになって、それでもほむらちゃんへの後悔の念だけは消えることなく渦を巻いて
順序も何もなくなってしまったわたしは、感情に任せて全てを吐き出した
まどか「わたし……!あんなこと…するつもり、なかったのに……!」
まどか「ほむらちゃんのことが好きだからこそ…あんな、無理やりにするつもりなんてないのに……!」
まどか「わたしとほむらちゃんの気持ちが一緒になってからって…思ってたはずなのに……!」
マミ「……」
まどか「本当は…今度の夏祭りで告白する…つもりだった……。でも…言えないよ……!」
まどか「ほむらちゃんにあんなことしておいて、告白なんて…できるわけ……!」
わたしは考えることを放棄して、思い浮かんだ想いをそのまま口から出していく
次第に瞳には涙が浮かび、もう相談というよりただ泣きじゃくっているだけだった
そんなわたしの言葉をマミさんは黙って聞いていてくれて
わたしが全てを吐き出したあと、落ち着くのを待ってから口を開いた
マミ「鹿目さん、大丈夫?」
まどか「……はい。ごめんなさい、わたし…もう、いっぱいいっぱいで」
マミ「まぁ…何となくはわかる気がするわ。好きな人に酷いことをしてしまった自分が許せないのよね」
まどか「だと思います……。もう、何もわからないんです……」
マミ「……確かに、鹿目さんがしてしまったことは…褒められたものじゃないわ」
まどか「……わかってます。ほむらちゃんの気持ちを無視しちゃってるから……」
マミ「えぇ、そうね。……暁美さんにきちんと謝ったかしら?」
まどか「えっと…はい、謝りました。許してはくれたみたいですけど……」
まどか「でも…心の中じゃきっと嫌な思いをしたと思うんです。同性の友達にあんなことされたら……」
マミ「……私はそうじゃない気がするわ。暁美さんは…嫌がってなんてなかったと思うの」
わたしの思っていることとは真逆に、マミさんはそうじゃないと不可解なことを口にする
今のわたしにはその言葉の意味がわからず、首を捻ってしまった
まどか「マミさん……?それって、どういう……」
マミ「いえ、だって…暁美さんを押し倒して、キスを迫って…そのギリギリで踏みとどまったのよね?」
まどか「はい…そうですけど……」
マミ「もし暁美さんが本当に嫌だと思っていたのなら…そうなる前に鹿目さんを振り払っていたはずよ」
マミ「押し倒されたとしても、暁美さんならそのくらいわけないはずだし……」
まどか「それは…ほむらちゃんは優しいから……」
マミ「いくら優しくても…それだけで全てを受け入れたりはしないと思うわ」
まどか「なら、どうして……」
マミ「……これ以上は私にはわからないわ。ただ、暁美さんは絶対に嫌がってなんていない。そう、思う」
マミ「だからもう…必要以上に自分を責めないで。鹿目さんのそんな悲しい姿、私も…暁美さんも見たくないの」
まどか「でも…でも、ほむらちゃん、不安そうな目でわたしを……」
マミ「そうね……。それは鹿目さんが何をするのかという不安じゃなくて、どういうつもりでという不安じゃないかしら」
まどか「ほむらちゃん…ダメ、って……」
マミ「きっと暴走した鹿目さんを止める為に口をついて出た言葉よ。行動を咎めたわけじゃないわ」
まどか「じゃあ…じゃあ……」
マミ「もう。それじゃいつまでたっても解決しないわよ」
まどか「わ、わかってるんですけど……」
マミ「……ふふっ。いいこと、思いついたわ」
まどか「え……?」
マミさんはにやりと意味深に笑うと携帯に手を伸ばし、何かを操作する
携帯を耳に当てたことからどこかに電話をかけているんだと思うけど、一体どこに……?
そう思っていると電話先の相手が出たのか、その人の名前をはっきりと声に出す
マミ「……あ、もしもし、暁美さん?」
まどか「うえっ!?」
電話をかけた相手はほむらちゃんみたいで、予想外の不意打ちを食らったわたしは変な声が出てしまう
さっきのいいことって何だろうと内心ビクビクしているわたしをよそにマミさんは電話を続ける
マミ「暁美さん、今って大丈夫かしら?……そう、ありがとう」
マミ「……暁美さん、大丈夫?何だか落ち込んでるみたいだけど。……え、鹿目さんのことで相談?」
マミ「それは構わないけど…って、今始めないで。あとで聞いてあげるから、先に私の話を……」
まどか(マミさん、何を話してるんだろう……。電話だからほむらちゃんが何言ってるかは聞こえないし)
マミ「えぇ。……それでね、今、鹿目さんと一緒にいるんだけど…あなたに話したいことがあるみたいなのよ」
まどか「……へぇっ!?」
その突拍子もない発言に、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまう
慌てふためいた顔でマミさんを見ると、にこやかに微笑んで携帯を差し出した
マミ「……はい。今、暁美さんに繋がってるから」
まどか「ま、ままま、マミさんっ!?わ、わたし…こんな急で、心の準備が……」
マミ「そんなの待ってたら、全部終わっちゃうわよ。ほら、早く出なさい」
そう言ってマミさんは携帯を押し付けてきて、わたしはそれを受け取ってしまう
まさかここで通話終了させるわけにもいかない。覚悟を決めて、電話をそっと耳に当てる
そして、電話口の向こうでわたしの言葉を待っているであろうほむらちゃんに、最初の一言を発した
まどか「……もしもし、ほむらちゃん?」
ほむら『まどか……。久しぶり、ね』
まどか「うん……。数日だけのはずなのに…もう何年も声を聞いてないような気がして……」
ほむら『……私も。ずっとまどかに会えなくて、話せなくて。……寂しかった』
まどか「……ほむらちゃん。今回は色々と…ごめんね。わたし…自分で勝手に思い込んでいたんだと思う」
まどか「ほむらちゃんは許してくれたのに、わたし…許されることじゃないって……」
まどか「ほむらちゃんが嫌がることを…しちゃったんだって……」
ほむら『……もう、馬鹿ね。私はあれが嫌だったなんて、一言だって言ってないわ』
ほむら『私はまどかに対して怒ってもないし、嫌いにもなってない。だからまた…今までのように接してほしい……」
マミさんの言った通り、ほむらちゃんは本当に嫌がってなんていなくて、ほっと胸をなで下ろす
それと同時に、また今までのようにしてほしいとの言葉。それはわたしも望むこと
問いかけに対して質問で返してしまう形になるけど、思ったことをそのままほむらちゃんに伝えた
まどか「わたしはこれまで通り…ほむらちゃんの側にいても、いいんだよね……?」
ほむら『……当たり前じゃない。私はまどかに…隣にいてほしいから』
その言葉を聞いた瞬間、色彩を失っていたわたしの世界が一気に色を帯びたような、そんな気がした
思い込みで勝手に離れていってしまったわたしを、ほむらちゃんはずっと待っていてくれて
そして、また今まで通り隣にいてほしいと言ってくれた。自分では相応しくないと思っていた、世界で1番優しい場所に
わたしは、またそこに戻ることができた。それが何よりも嬉しく、涙声になりそうなのを堪えて返事をした
まどか「……ありがとう。ほむらちゃんにそう思われて…わたしは幸せ者だよ」
ほむら『何言ってるの。あの映画の主人公たちよりも深い関係になるんでしょう?』
まどか「……そっか。そうだよね。こんなところでおしまいになんて…してられないよね」
ほむら『えぇ。……まどか、残り短い夏休み…思いきり楽しみましょう』
まどか「うん。……それで、さっそくお願いがあるんだけど…宿題、見てくれないかな。よくわかんなくて」
ほむら『今から?私は構わないけど』
まどか「じゃあ、わたしの家まで来てくれないかな。あと、今度の夏祭りの話もしたいし」
ほむら『わかったわ。じゃあこれから……』
まどか「あ…わたし、今マミさんの家にいるからもう少ししてからの方がいいかも。帰るのにちょっとかかっちゃうし」
ほむら『それなら…15分くらいしたら向かうことにするわね』
まどか「じゃ、またあとでね」
ほむらちゃんとの通話を終えて携帯を閉じる。胸の前でその携帯を握りしめ、目を閉じる
よかった。またほむらちゃんと一緒にいられるようになって、本当に……
わたしは目を開くと、成り行きを見守ってくれていたマミさんに携帯を返し、お礼を伝えた
まどか「マミさん、今日は色々とありがとうございました。おかげで全部…解決しました」
マミ「そう…それはよかったわ。もう暁美さんに迷惑かけちゃ駄目よ?」
まどか「う……。わ、わかってますよ、もうあんなことは……」
マミ「そっちじゃなくて、思い込んじゃった方。思ったことはちゃんと暁美さんに伝えるのよ」
まどか「はい。……それじゃ、わたしはこれで」
マミ「えぇ、またね。早く帰って暁美さんを出迎えてあげなさい」
まどか「わかりました。マミさん、おじゃましました」
マミさんに挨拶をしてからリビングを出て玄関に向かう
ここに来るときの沈んだ気持ちが嘘のように消え、今は嬉しい気持ちでいっぱい
早く帰らなきゃ。そう思い、わたしは玄関をドアを開け、マミさんの家を後にした
マミ「ふふっ……。よかった、考え直してくれて」
マミ「嫌われたわけじゃないのにそう思い込んで、それで終わってしまうなんて…寂しいものね」
マミ「でも…恋、かぁ。まさか鹿目さんが暁美さんをあんなにも想ってたなんて……」
マミ「暁美さんは暁美さんで鹿目さんのことで相談があるって言ってたわね……」
マミ「……もう、本当に仕方のない2人ね。お互いを想いすぎて、自分のことは後回しで」
マミ「だからこそ、きっとお似合いの2人になるような…そんな気がするわ」
マミ「……2人の気持ちは絶対、同じものだから。鹿目さん、頑張って」
――――――
ほむら「……で、最後にこうなるの。わかったかしら?」
まどか「うん、わかった。……ふぅ、やっと残ってた問題も全部終わったよ」
ほむら「他に残っているのは?」
まどか「ううん、もうほんとに全部終わったよ」
ほむら「そう。お疲れさま、まどか」
ほむらちゃんの力を借りて残っていた夏休みの宿題を終わらせたわたし
机の前でずっと考えてみてもわからなかった難問だけに、教えてもらってもなかなか思うように進まず
宿題を始めたときはまだ高かった太陽も、終わったときには既に日は傾き、茜色の空になっていた
まどか「ほむらちゃんに教えてもらってたのに、こんな時間がかかるなんて……」
ほむら「仕方ないわ。私だって苦労した問題なんだから」
まどか「さて、と。それじゃ、夏祭りの話…をする前に……」
わたしはその場で座り直して姿勢を正し、息をひとつ吐く
それからまっすぐにほむらちゃんの目を見て、今回のことを改めて謝った
まどか「……電話でも言ったけど、今回はごめんね。わたしの勝手な思い込みで……」
まどか「ほむらちゃんからしてみれば、きっと避けられてるみたいで…辛かったよね……」
まどか「だけど…わたしのこと、待っててくれて…ありがとう。わたし、本当に嬉しかった」
まどか「……ほむらちゃん、ごめんね。それと…ありがとう」
ほむら「……確かにまどかに会えなくて、声も聞けなくて…少し辛い思いはしたけど」
ほむら「でも、もういいの。こうしてまた、まどかと一緒に過ごせるのだから」
そう言ってわたしに微笑みかけたほむらちゃんの姿に、胸がきゅんとなる
ほんと、ほむらちゃんには敵わないや。わたしをこんなにもときめかせてくれるんだから
久しぶりに感じた感覚に浸っていると、ほむらちゃんが急にぼんやりしてしまったわたしに声をかける
ほむら「……まどか、ぼんやりしてどうしたの?」
まどか「あ…ううん、何でも。ほむらちゃんとまた元通りになれてよかったなって」
ほむら「そうね。……でも、してしまったことばかりに目を向けても仕方ないわ」
ほむら「この話はもうおしまいにして、楽しい予定のことを話しましょう?」
まどか「……うん、そうしよっか。ほむらちゃん、今日からまたよろしくね」
ほむら「えぇ、よろしく。……それで、次は夏祭り…だったかしら?」
まどか「そうだよ。えっと…2日後だね。出店もたくさんあるし、花火も上がるんだよ」
ほむら「花火というのは打ち上げ花火のことよね。見るのは初めてだから楽しみよ」
ほむら「それに、立ち並ぶ出店というのも…あぁもう、楽しみで待ちきれないわ」
わたしの話を聞いたほむらちゃんは子供のように目をきらきら輝かせていた
そんな普段からは想像できない姿を見たわたしはぽかんとしてしまうも、何だか微笑ましくて
それからほむらちゃんが帰るまで、ずっと夏祭りのことを話し合っていた
ほむら「……それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
まどか「うん。今日はありがとう」
ほむら「当日は私服でも構わないのよね?」
まどか「そりゃそうだよ。みんながみんな浴衣ってわけじゃないし」
欲を言えば浴衣を着たほむらちゃんを見てみたいけど…これはわたしのわがまま
まず浴衣を持ってるかどうかわからない。わがままを言うわけにもいかないし、諦めよう
ほむら「そう…わかったわ。……じゃ、また夏祭りの当日に」
まどか「またねー」
挨拶を交わして、ほむらちゃんはわたしの部屋を出て行った
部屋にひとり残ったわたしの気持ちは2日後の夏祭りに向けられる
まどか「……夏祭り、かぁ」
夏祭り。出店が出て、花火が上がる、どこにでもあるような普通のお祭り
でも、それは去年までの話。今年の夏祭りは…とても大事なものになる
だって今年は…ほむらちゃんと一緒だから。そして、ほむらちゃんに想いを伝える場になるから
まどか「……上手く…行くかな。受け取って…もらえるかな……」
目前に迫ったその日が、今は少しだけ怖い。必ずしも、いい結果になるとは限らない
もし断られてしまったら。それを受け入れる勇気が、どうしても持てなかった
まどか「……でも、言わなきゃ。このままじゃ何も変わらない…よね」
上手く行かなかったときのことを思うと…怖い。伝えるのはやめよう。そんな気持ちがあるのも事実
だけど、それでもわたしのこの気持ちをほむらちゃんに伝えたい。言わなければ恋人になるも何もないのだから
まどか「そうと決まれば…どこで言うのがいいかなぁ……」
わたしは脳裏に去年の情景を思い浮かばせ、その中にわたしとほむらちゃんを放り込む
ああでもない、こうでもないと思案し、一向に決まらない考えを抱えて窓の外を見ると、太陽はとっくに沈んでしまっていた
まどか「ううん…ダメだ、決まらないよ……」
まどか「行く前?途中で?花火のとき?帰り道?どうしたらいいんだろう……」
考えだけがぐるぐる廻るも、答えには辿り着けず。それに、場所だけじゃなく告白の言葉というものも必要なわけで
そんなことをあれこれ考えていると、部屋の外からパパの声。どうやらいつの間にか夕飯の時間になっていたみたい
続きは夕飯を食べてからにしよう。そう思って考えを切り上げると、わたしは部屋を後にした
今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます
次回投下は12日夜を予定しています
余裕ができたおかげで11時前に投下が可能に…
今回含めてあと2回くらいで完結の予定です
次から本文
――夏祭り当日――
まどか「……」
まどか(うぅ……。結局、何も決まらないで当日になっちゃったよ……)
まどか(場所もそうだけど、言葉の方なんかさっぱり出てこないし……)
まどか(さすがにこんなこと誰かに相談なんてできないし…もうどうしたら……)
あれから暇を見つけては色々と考えてみたけど、思ったような成果は得られなくて
場所や言葉よりも気持ちが大事というのはわかっているけど、それでもやっぱり雰囲気は大事だと思うし
浮かない顔をしていると、浴衣の帯を締めてくれていたママに気づかれたらしく声をかけられてしまった
詢子「まどか、どうかしたか?」
まどか「あ…う、ううん。何でも。今年はさやかちゃんとじゃないから、少し緊張して……」
詢子「あぁ、今年はほむらちゃんと2人で行くんだっけか。……成程、それでわざわざ浴衣を」
まどか「べっ…別に、そんなつもりじゃ……」
詢子「そんなうろたえたらそのつもりって言ってるようなモンだぞ?」
詢子「……ま、アタシはまどかが決めたことなら何だって構わないけどさ」
まどか「ママ……」
ママはそれ以上は何も言わず、黙々と帯を形にしていく
ほむらちゃんへの本当の気持ちをママに話したことなんてない。でも、きっとママは気づいてる
気づいてる上でわたしが決めたことなら何でも構わないと…ママなりの応援をしてくれて
今のわたしにはそれがとても嬉しく、心強かった
詢子「ん…まぁ、こんなもんか。まどか、できたぞ」
まどか「ありがとう、ママ。……どう、かな。似合ってる……?」
詢子「最高に似合ってる。きっとほむらちゃんもそう言ってくれるはずだよ」
親指を立ててママが答える。その言葉を聞いて、幾分かほっとしたような気持ちになった
昨日になって慌てて買って来たこの浴衣。淡いピンクに桜の花が散りばめられている素敵な浴衣
これを着たわたしの姿を…ほむらちゃんはどう言ってくれるかな。素敵だって…言ってくれるかな……
少し不安になってしまって顔を曇らせると、それを見たママから喝が飛んでくる
詢子「あのなぁ。せっかく綺麗な浴衣着てるってのに、そんな暗い顔してちゃ台無しだぞ?」
まどか「わ、わかってるんだけど……」
詢子「大丈夫だって。親のアタシが最高だって言ってんだから、それに間違いはないさ」
詢子「だから、思う存分ほむらちゃんを魅了して…物にしちゃいなよ」
まどか「うん。……って、だからそうじゃなくて」
詢子「ほら、そろそろ向かった方がいいんじゃないのか?遅刻しちゃうぞ」
まどか「もうこんな時間なんだ……。じゃあ、ママ。行ってきます」
詢子「あぁ。楽しんでこいよー」
わたしはお財布と携帯を持って玄関へと向かい、履き慣れない下駄に足を通す
慣れない足元に注意を払いながら目的地兼待ち合わせ場所の夏祭りの会場へからんころんと歩いて行った
――――――
まどか「ふぅ、やっとついた。慣れないもの履いてるせいか時間かかっちゃったよ……」
まどか「ほむらちゃんは…まだ、かな」
家から少し歩いたところにある、高台に建っている神社。ここの参道から境内までが夏祭りの会場になっている
長い階段を上り、参道入り口に立っている鳥居の下でほむらちゃんの姿を探すも、まだ来ていないみたい
合流するまで勝手に出歩くわけにもいかず、きょろきょろと辺りを見回してみる
まどか「今年も人でいっぱいだなぁ。……待ち合わせ場所、別の場所にしたらよかったかも」
まどか「これだけ人が多いと、合流するのも一苦労だよ……」
まどか「……ほむらちゃん、まだかなー」
辺りを見回すのにも飽きたわたしはゆらゆら揺れてみたり、毛先を弄ってみたりと何だか落ち着かない
そんなことをしながら待っていると、まどか、とわたしを呼ぶ声が聞こえた
ほむら「お待たせ、まどか」
まどか「あ、ほむら…ちゃ、ん……」
声のした方へ振り返りほむらちゃんの姿を捉えた瞬間、思わず息をのむ
そこに立っていたのは私服ではなく、素敵な浴衣を身に纏った、本当に綺麗なほむらちゃんだった
ほむら「せっかくの夏祭りだから、浴衣にしてみたのだけど…どう、かしら……?」
まどか「……すごく…すごく素敵だよ」
ほむらちゃんが着ていたのは、黒っぽい紺色に真っ白な百合の花が咲いている素敵な浴衣
わたしの視線も、耳も、わたしの全てがほむらちゃんに釘付けになってしまって
夏祭りの雑踏の中にいるはずなのに、まるでわたしたち2人しか存在しないかのように
わたしの目にはほむらちゃんの姿しか映らず、わたしの耳にはほむらちゃんの声しか届かなかった
ほむら「そ、そこまで言われると少し照れるわね……」
まどか「だって…今のほむらちゃん、本当に素敵なんだもん」
ほむら「……ありがとう。まどかに喜んでもらえて、よかった」
まどか「わたしは…わたしはどうかな……?」
ほむら「まどかの浴衣姿も…とても素敵よ」
まどか「よかった……。ほむらちゃんに素敵って言ってもらえて…嬉しいよ」
ほむら「さ、合流できたことだし、行きましょう?」
まどか「うん。行こっか」
そう言うとわたしたちは鳥居をくぐり、夏祭りへ足を踏み入れる
眼前に広がっていたのは大勢の人と、両脇を埋めつくす出店という非日常の光景だった
ほむら「……花火の打ち上げまで少しあるみたいだし、どうしましょうか」
まどか「とりあえず、奥の神社に向かいながら出店でも見ていこうよ」
ほむら「そうね、そうしましょうか……」
花火までの方針を決めた直後、ほむらちゃんは目に留まったひとつの出店に向かっていく
それは、おいしそうな匂いのする飲食の出店でも、楽しげな声のする遊戯の出店でもなく
流行りのアニメやヒーローの顔がずらりと並んだお面の出店だった
それから少しして頭にきつねのお面をして戻って来たほむらちゃんの姿に、わたしは苦笑して言葉をかける
まどか「何か意外だな、ほむらちゃんがお面を買うなんて。さやかちゃんは毎年変なお面買ってたけど」
ほむら「ふふっ、お祭りらしくていいじゃない。お祭りの魔力に中てられたのかしらね」
まどか「……うん。そうかもね」
お祭りの魔力に中てられたと言うほむらちゃんは頭にお面をしたまま、子供みたいに無邪気に笑う
出店の明かりに照らされたその笑顔は、本当に楽しそうに、嬉しそうに見えて
ほむらちゃんの姿に中てられてしまったわたしは、体中が熱くて仕方がなかった
ほむら「まどか、もっと奥の方まで行ってみましょう」
まどか「あ、そうだね」
ほむらちゃんと並んで歩き出すも、周りには大勢の人。思ったように歩くことができなかった
次第にほむらちゃんとの距離が離れてしまい、人ごみに飲まれそうになる
そんなとき、誰かに腕を引っ張られる。何が起こったのかわからず混乱していると
わたしの耳元で、優しい声が聞こえた
ほむら「まどか、大丈夫。私だから」
まどか「ほ、ほむらちゃん……?もしかして、わたしを……?」
まどか「えぇ。あのままだと人ごみに飲まれてはぐれてしまいそうだったから」
まどか「そう…かも。ありがとう、ほむらちゃん」
ほむら「この辺りは人ごみが凄いわね……。もう少し人の少ないところまでこのままでいましょう」
まどか「うん…わかった」
はぐれないようにとわたしを抱き寄せたほむらちゃんは、ゆっくりと人ごみをかきわけていく
図らずもほむらちゃんとこんなにも密着できたことに対して、わたしはこの人ごみに少しだけ感謝した
ほむら「……この辺りまで来ればもう大丈夫でしょう。ごめんなさい、窮屈な思いをさせて」
まどか「あっ……」
ほむら「……まどか、どうかした?」
まどか「い、いや、何でもないの。うん、大したことじゃないから……」
まさかほむらちゃんと離れたから声が出てしまった、とは言えるわけもなく
何でもないとごまかしてから、別の話へ切り替えた
まどか「そ、それよりもこの辺だったら出店を見ていく余裕、あると思うよ」
ほむら「さっきの辺りは人が多すぎてそれどころじゃなかったものね……」
まどか「せっかくなんだから、どこかに寄って行こうよ」
ほむら「そうね…なら、あれなんてどうかしら」
ほむらちゃんが指差したのは射的の出店
タイミングがよかったのか、遊んでいる人は誰もいないみたいだった
まどか「射的、かぁ……」
ほむら「隣の輪投げは繁盛してるのに…どうしてガラガラなのかしら」
まどか「き、きっと射的で遊んだ人がそのまま隣の輪投げに行ってるだけじゃないかな」
ほむら「まぁ、空いてる方が待たずにすむから好都合ね」
まどか「わたしはどうしようかなぁ……」
ほむら「別に見ているだけでもいいのよ?」
まどか「うーん…じゃあ、ここは見てるだけにするね」
ほむら「わかったわ。……すいません、1回お願いします」
ほむらちゃんは出店の人にお金を払い、弾を受け取って銃に込める
そして、台に並んでいる景品に向けて狙いを定め、引き金を引いた
発射された弾は1番上の大きなぬいぐるみの頭に命中するも、取らせる気のないその景品は微動だにしなかった
まどか「あー…あれは無理だよ。他のにした方がいいよ」
ほむら「……あのぬいぐるみに当てたのだけど、あれは貰えないのかしら?」
まどか「えっとね…射的はあの台から落とさないとダメなの。だからもっと小さいのじゃないと……」
ほむら「そ、そうだったの……。1発無駄にしちゃったわね……」
少し残念そうにするも、気を取り直して取りやすそうな景品に狙いをつける
銃を構えたほむらちゃんはとてもかっこよくて、その姿に目を奪われてしまう
ゲームが終わるその瞬間まで、わたしの視線は景品ではなくほむらちゃんに向けられていた
――――――
ほむら「……さて、次はどこに行きましょうか」
まどか「うーん…その前に取った景品をどうにかした方がいいかも」
ほむら「そ、そうね。どうしたものかしら」
両手いっぱいに景品のお菓子を抱えたほむらちゃんは少し困った表情を浮かべる
最初にムダにした1発を除けば百発百中だった…みたい。ほむらちゃんばかり見てたせいでわからなかったけど
まどか「でもほむらちゃん、全部当てちゃうなんてすごいなぁ」
ほむら「大したことじゃないわ。……だけど、まどかにいいところを見せられたのならよかった…なんて……」
頬を赤く染めてそう言うほむらちゃんは、次の瞬間には少し慌てた顔に変わる
きっと、恥ずかしい台詞を言っちゃったからなんだろうな
ほむら「そ、それよりもこのお菓子、どうしたら……」
まどか「誰か知ってる人、いないかなぁ」
ほむら「そう都合よくはいないと思うわ。どこか座れる場所を探して、2人で食べるしかないわね」
まどか「確か境内にベンチとかあったはずだけど、空いてるかな……」
そんなことを話しながら歩いていると、数軒先の出店から出て来た赤髪と黄色い髪の女の子が目に入る
もしかして、と思っていると向こうもこちらに気が付いたらしく、手を振りながら近づいてきた
まどか「こんばんは、マミさん、杏子ちゃん」
マミ「こんばんは。やっぱり鹿目さんと暁美さんだったのね、浴衣を着ているから最初は誰だかわからなかったわ」
マミ「2人とも、浴衣がよく似合ってるわ。素敵よ」
ほむら「ありがとう。あなたたちは私服なのね」
マミ「えぇ。買うのも借りるのも忘れてたし、何より…あなたたちみたいに見せたい相手もいないもの」
まどか「そ、そうなんですか……」
ほむら「……それは置いといて、どうして杏子は不機嫌なのかしら?」
杏子「……別に何でもねぇよ。……あー、クソ…何でこうなるんだ」
ほむら「……何があったの?」
マミ「佐倉さん、型抜きでお小遣いを増やそうとして……」
まどか「ダメだったんだね……」
杏子「持ち金増やして色々買うつもりだったんだけどな……。今年は見るだけにするか……」
型抜き錬金術に失敗した杏子ちゃんは、不機嫌そうな顔をしたあとため息をついて肩を落とす
その姿にいたたまれなくなったのか、ほむらちゃんは射的で取った景品のお菓子を杏子ちゃんに差し出した
ほむら「……このお菓子の山でよければあげるわ。射的で取った細々したのばかりだけど」
杏子「……いいのか?」
ほむら「えぇ。正直、取ったもののどうしようかと困ってたから」
杏子「……じゃ、遠慮なくもらうよ。ありがとな、ほむら」
マミ「佐倉さん、よかったわね」
杏子「こんなにあったら困っちまうな…どれから手をつけたもんか……」
マミ「……聞こえてないみたい。暁美さん、ありがとう」
ほむら「喜んでもらえたみたいでよかったわ」
マミ「ほんと、子供みたいね。……じゃあ、私たちはこれで。邪魔しちゃってごめんなさい」
ほむら「べ、別にそんなことは……」
マミ「ほら、佐倉さん。行きましょう」
杏子「おう。まどか、ほむら、またなー」
わたしたちと別れたマミさんと杏子ちゃんは人ごみに飲まれ、やがて見えなくなっていった
その後ろ姿を見送ってから、わたしはほむらちゃんに話しかける
まどか「……何だかちょっとお腹空いちゃったね。出店で食べるものでも買おうよ」
ほむら「そうね…何にしましょうか」
まどか「色々あるし、迷っちゃうね。わたしは…そうだなぁ……」
立ち並ぶ食べ物の出店に目移りしてしまい、何を買うか決められずに行ったり来たり
あちこちから漂ってくるおいしそうな匂いに空腹感が刺激されてしまい
抗えなくなってしまったわたしは、吸い込まれるように目の前のたこ焼き屋に入っていった
――――――
まどか「……はー。おいしかった」
ほむら「ごちそうさまでした」
境内のベンチでさっき買ったたこ焼きを食べて一息つく
浴衣を汚さないか少し心配だったけど、この恰好にも慣れたのかこぼしたりすることはなかった
まどか「ほむらちゃん、また焼きそばにしたんだね」
ほむら「えぇ。まどかとプールに行ったときのことを思い出して」
まどか「あのときも焼きそばだったっけ。屋台の焼きそばはどうだった?」
ほむら「やっぱり微妙よ。……でも、まどかと一緒だから…美味しく感じたわ」
まどか「……そっか、それならよかった。わたし、ゴミ捨てるついでにかき氷買って来るね」
わたしは空になった容器をまとめると、近くにあったゴミ箱へ放り込んでからかき氷屋に向かう
そこで2人分のかき氷を買ってから再びほむらちゃんの待つベンチへと戻って行った
まどか「はい、ほむらちゃんの分」
ほむら「ありがとう。今お金を……」
まどか「そんなの気にしないでよ。わたしが、ほむらちゃんと一緒に食べたいから買って来たんだから」
ほむら「そう…それなら、ご馳走になるわ」
ほむらちゃんにかき氷を手渡してから隣に座ると、スプーンみたいなストローで自分のかき氷をひと口
冷たさと、シロップのしつこいくらいの甘さが口いっぱいに広がった
2人でさくさくとかき氷を食べていると、ほむらちゃんがぽつりと呟く
ほむら「……こうして、お祭りの喧噪の中でまどかと一緒にかき氷を食べるのも…悪くないわね」
まどか「うん…そうだね。わたしも好きだよ、この雰囲気」
ほむら「……それはそうと、まどかのかき氷って一体何?真っ青だけど……」
まどか「これ?ブルーハワイだけど…知らない?」
ほむら「ごめんなさい、知らないわ。ブルーハワイって商品名…よね。何味なの?」
まどか「え?……ブルーハワイ味、だと思う……」
ほむら「……ブルーハワイ味って何かしら?」
まどか「な、何だろうね……。気になるのはわかるけど、早く食べないと溶けちゃうよ」
ほむら「それもそうね……。ブルーハワイについては家に帰ったらじっくり調べてみることにするわ」
そんな他愛のない話を楽しんでいると、ふと境内に大勢の人が集まってきていることに気が付く
一体何だろうと思っていると、流れてきた放送を聞いたわたしはすっかり忘れてしまっていたことを思い出す
『まもなく花火の打ち上げ開始時間となります。繰り返します……』
ほむら「そろそろ花火の打ち上げ時間になるみたいね」
まどか「あ……」
ほむら「……まどか?」
まどか「な、何でもないよ。もうそんな時間なんだなって……」
ほむら「花火、どこで見ましょうか。私はここでも構わないけど」
まどか「ど、どうしよっか……」
ほむらちゃんとの夏祭り見物が楽しくて、今の今まで頭から抜け落ちていた花火の場所決め
今になってどこかいい場所はないかと辺りを見回すけど、既に境内は大勢の人で賑わっていた
必死になってああでもない、こうでもないと考える。そんなとき、ある場所が脳裏に浮かび上がる
あの場所なら邪魔は入らないはず。わたしはここで見るものだと思っているであろうほむらちゃんに声をかけた
まどか「……ねぇ、ほむらちゃん。別の場所に行きたいんだけど…いい?」
ほむら「えぇ。どこで見るの?」
まどか「えっと…わたしについてきてくれる?」
ほむら「……?わかったわ」
まどか「じゃあ…行こっか」
そう言ってほむらちゃんの手を取ると、神社の裏手の方へと回り込む
そこにあったのは、上へと続く階段。外灯はなく、遠くの明かりを頼りに踏み外さないよう慎重に上っていく
ほむら「……まどか、ここって大丈夫なの?明かりもなくて真っ暗だけど……」
ほむら「それにこの階段、一体どこに続いてるの?」
まどか「……それは着いてからのお楽しみだよ。別に立ち入り禁止とか危険な場所とかじゃないから安心して」
ほむら「今はついていくしかなさそうね……。花火、始まっちゃいそうだから少しだけ急ぎましょう」
まどか「うん……」
少しだけペースを速めて真っ暗な階段を上る。やがて、暗闇に目が慣れだした頃に頂上が見えてきた
最後の1段を上り、頂上に辿り着いた瞬間目の前が開ける。どうやら花火の打ち上げには間に合ったみたい
手を引かれるままについてきたほむらちゃんは、きょろきょろと辺りを見回していた
今回はここまで
読んで下さってる方、ありがとうございます
次回投下は13日夜を予定しています
所用が立て込んで今日の投下無理っぽいです…ごめんなさい
続きは14日夜投下の予定です
1日遅れちゃったけど今日で完結の予定です
次から本文
ほむら「……まどか、ここは?」
まどか「神社の裏手にある高台だよ。眺めはいいんだけど、あんまり知ってる人はいないみたい」
ほむら「まどかは…ここを知っていたの?」
まどか「うん。昔、家族みんなでここから花火を見たことを思い出したの」
ほむら「そうだったの……」
ここで花火を見たと言っても、それはわたしがまだ小さい頃に1度だけで、それきりここに来た覚えはない
それがどうして今になって思い出したのかはわからないけど、ここからならきっと花火がよく見える
少し見上げれば、夜空が一面に広がっていて。空を仰いでいると、何かを見つけたらしいほむらちゃんがわたしを呼ぶ
ほむら「まどか。ベンチがあるから、ここに座りましょうか」
まどか「うん、そうしよっか」
ほむらちゃんが座ったその隣に、少しだけ間隔を空けて腰をおろす
無意識に空けたこの間隔が、きっとわたしとほむらちゃんとの心の距離。友達からその先への最後の壁
近いようで遠い距離。わたしを阻む大きな壁。たとえこの障害を乗り越えても、振り向いてくれなければこの想いは実らない
わたしのことをどう思っているのかはわからないけど、絶対に乗り越えて、伝えなきゃ。あなたが好きだと
隣に座るほむらちゃんの横顔をじっと見つめる。視線に気づいたほむらちゃんは、優しい笑みを返してくれて
目が合ってしまって恥ずかしくなったわたしはぷいと顔を背ける。そのとき、花火の打ち上げを開始する旨の放送が微かに聞こえた
まどか「……そ、そろそろ上がるみたいだね」
ほむら「みたいね。……あ、あれじゃないかしら」
ほむらちゃんが指差す先に視線を向けると、打ち上げられた花火が空高く昇っていく
そして、わたしたちの頭上で花開く。それから僅かに遅れてドンと大きな音と衝撃がやってくる
まどか「……どう?初めて生で見た打ち上げ花火は」
ほむら「……凄い。大きくて、音が体に響いて…とても綺麗……」
まどか「そっか……。よかった、喜んでもらえたみたいで」
ほむら「まどかと一緒にやった花火も綺麗だったけど…迫力が全然違うわ……」
まどか「そりゃ手持ち花火と比べたらね。でも、この花火でもまだ小さい方なんだよ」
まどか「パパとママが昔見た日本一大きい花火は、空いっぱいに花火が広がってたんだって」
ほむら「そんなに大きな花火が……。きっと今の花火よりも、もっと綺麗なんでしょうね」
ほむら「……いつか、その日本一の花火…見てみたいわ。まどかと一緒に」
まどか「……えへ、ありがとう」
それを最後に、わたしもほむらちゃんも無口になってしまい会話が途切れる。聞こえてくるのは花火の炸裂音だけ
でも、不思議とこの無言の時間が心地よくて、愛おしくて。少し、幸せな気分になった
見上げた夜空に次々と花火が打ち上げられ、その度に鮮やかな光を放ち、消えていく
打ち上げ花火も半ばに差し掛かった頃、食い入るように花火を見上げていたほむらちゃんが口を開いた
ほむら「……まどか。ありがとう」
まどか「え?」
ほむらちゃんが口にした、ありがとうという一言。わたしにはそのお礼の言葉の意味がわからなくて
何に対してのありがとうなのか、聞き返した
まどか「えっと…ほむらちゃん?わたし、何かお礼を言われるようなこと…した?」
ほむら「えぇ。私をこの夏祭りに誘ってくれたこと。……いえ、それだけじゃない」
ほむら「この夏休み、まどかは私に素敵な思い出をくれたもの。まどかと一緒に過ごした、素敵な思い出を」
ほむら「まどかの家に泊まりに行って、プールに行って…倒れたまどかの看病をして、デートをして……」
ほむら「少しだけすれ違ってしまったこともあったけど、今はそれもいい思い出よ」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「私、まどかと一緒で本当に楽しかった。嬉しかった。まどかと一緒だったから、こんなにも充実した夏休みになったと思う」
ほむら「まどか、ありがとう。一緒に楽しい思い出を作ってくれて。……私にとって、最高の夏休みだったわ」
そう言ってほむらちゃんはわたしの方へ向き直って、笑いかける
花火に照らされたその笑顔は、今までに見たことのない本当に素敵な笑顔だった
まどか「……ほむらちゃんに楽しんで、喜んでもらえたのならよかったよ」
でもね、わたしはそれだけじゃないんだよ。ほむらちゃんと楽しい思い出を作りたかったのは本当だけど
ほむらちゃんに振り向いてほしい。恋人になりたい。そう、思ってたんだよ
今、友達として一緒に過ごす毎日も楽しいし、幸せに感じる。だけど、そこで満足してちゃきっとダメなんだ
もし、断られてしまったら。そんなことを思えば怖くなってしまう。口から何もかもが全部出てきてしまうような感覚になる
図らずも、想いを伝えるには最高の場所。最高の雰囲気。今、伝えなければ次はいつチャンスが来るかわからない
伝えなきゃ。わたしの想いを、今、ここで。わたしは深く深呼吸をして、話を切り出した
まどか「……ねぇ、ほむらちゃん。もっと…そっちに行ってもいい?」
ほむら「え?えぇ、私は構わないけど…くっついちゃうから暑くないかしら?」
まどか「わたしは…その方がいいから。じゃあ、そっちに…行くね」
ほむら「……何だか少し恥ずかしいわね」
まどか「……あのね、ほむらちゃん。わたし、この夏休みの間…ずっと思ってたことがあるの」
ほむら「思ってたこと?この場で言うってことは、私とまどかに関すること?」
まどか「うん。とても大事で…でも、言っちゃったら何もかも全部が変わっちゃう気がして、怖くて……」
まどか「でも…ようやく言う決心がついたの。もしかしたら悪い方へ転がっちゃうかもしれないけど……」
まどか「言わなければ先に進めないって…そう思ったから」
ほむら「……どうしてその思っていることを言おうと決心したの?」
まどか「だって…その一歩を踏み出さなければ、本当の幸せに辿り着けないから……」
まどか「立ち止まることで得られる幸せもあるけど…それじゃきっとダメだから」
まどか「何より、手を伸ばせば届きそうな大きな幸せを…掴みたいから。わたしのものにしたいから」
ほむら「そう……。まどか、あなたがそこまで覚悟してまで言いたいことって…何かしら……?」
とうとう、この瞬間が来てしまった。来てほしくなかったわけじゃないけど……
気の利いた言葉など思いつくわけもなく、頭の中は真っ白になってしまう
緊張のせいか、瞳は瞬きを忘れ、喉はカラカラ。心臓はこれ以上ないかというくらいに激しく脈打つ
今まで『好き』なんて言葉は幾度となく言ってきた。だけど、それは友達としてのほむらちゃんへ向けた言葉
その先のほむらちゃんへ『好き』と言うのはこれが初めてで。だからうまく声に出せなくて
視線を膝の上で握った、僅かに震える拳に落として息を飲みこむ。そして
まどか「わたし…わたし、は……」
まどか「ほむらちゃんのことが…好き。大好き……」
一瞬の静寂。直後に耳に飛び込んだ花火の炸裂音も、どこか遠くに聞こえたような気がした
わたしの口から出ていった、わたしの想いとわたしの言葉。それは間違いなくほむらちゃんへ届けられたみたいで
辺りの時間が止まったかのように感じるも、ほむらちゃんの言葉にならない声が聞こえたのを機に再び時を刻みだす
ありったけの勇気を振り絞ってほむらちゃんの方へ視線を向けると、目を白黒させながらも、頬は朱に染まっていた
それでも平静を装い、体裁を取り繕ってわたしに言葉を返してくる
ほむら「……それは友達として…かしら……?」
まどか「……ううん、違う。わたし…ほむらちゃんのことを、恋の対象として…好きになっちゃったの……」
ほむら「……いつから、なの?」
まどか「……わからない。この気持ちがそうだと気づいたのは終業式の日だけど…たぶん、もっと前から好きになってたと思う」
ほむら「私なんかの…どこを好きになったの……?」
まどか「そんなの…挙げられないよ、たくさんありすぎて」
ほむら「それでも…聞かせてくれないかしら……」
まどか「……かっこいいところ。時々見せる可愛いところ。優しいところ。わたしのこと、気にかけてくれるところ」
まどか「見た目とか、性格とか…全部ひっくるめて、素敵なほむらちゃんのことが…好きなの……」
ほむら「そう……」
そこで1度言葉を途切らせたほむらちゃんは、最早見ている余裕なんてない花火が打ち上がっている夜空を見上げる
思った以上に動揺してしまっているようで、きっと花火を見るというより落ち着こうとしているところからの行動なんだろう
少ししてから、大きく息を吐いたほむらちゃんは視線を下げ、でもわたしを見ずに最後の質問をした
ほむら「……これが最後。まどかのその気持ちに間違いや勘違いは…ないわね……?」
まどか「そっ…そんなことあるわけ……!」
ほむら「……ごめんなさい、言い方が悪かったわ。言い直すわね」
ほむら「まどかが好きなのは…恋をしているのは私、なのね……?恋に恋してるなんてことは…ないのね……?」
まどか「そんなこと…絶対にないよ。わたしが恋してるのはほむらちゃんだって…言い切れる」
ほむら「……本気、なのね。本気で…私のこと……」
まどか「……うん」
それっきり、ほむらちゃんは顔を俯かせてしまう。何を思っているのか、何を感じているのか。表情が見えない今、それはわからない
ただ、わたしの目にはほむらちゃんが困っているように見えて。その視覚情報が次第にほむらちゃんを困らせてしまったという思いを抱かせてしまう
今となっては鬱陶しい存在となってしまった花火が頭上で開き、光がわたしたちを照らす。それが消えてからわたしは震える声で話し出す
まどか「……ごめんね、ほむらちゃん。急にこんなこと話されても…困るよね。迷惑…だよね……」
まどか「同性から告白なんてされて…どうしようもないし、受け取れない、よね……」
まどか「でも…それが普通なんだよ、きっと。わたしが…おかしいんだよ。歪んでるんだよ……」
まどか「……さっきのわたしの告白…なかったことにしよう。わたしとほむらちゃんはここで花火を見た。それだけ……」
まどか「ほむらちゃんも…その方がいい、よね……」
困らせてしまったとネガティブな思いを抱いたせいか、あれもこれもとよくない考えがどんどん湧き上がってきてしまう
ほむらちゃんからしてみれば、わたしのこの想いなんてものは迷惑以外の何者でもない。受け取ってもらえるわけがなかった
そりゃそうだよね。わたしもほむらちゃんも同じ女の子…同性だもん。今更な思いが頭を過ぎる
変なことに…この前のすれ違いみたいなことになる前に取り消そう。そう思い、取り消しを提案したその時だった
ほむら「……自分の伝えたいことだけ伝えて、なかったことにして、なんて…ずるいじゃない」
まどか「えっ……」
ほむら「私…まだ何も言ってない。答えを返してないのよ。その前に取り消すのは…ずるいわ」
まどか「だって…わたしがあんなこと言ったせいで、ほむらちゃんを困らせて……」
ほむら「まどかの目にはそう映ってしまったのかもしれないけど…私は何も困ってなんていないわ」
ほむら「……ただ、まどかに告白されて…驚いてしまっただけよ」
ほむら「まさか、まどかに告白されるなんて…夢にも思ってなかったから……」
まどか「……ごめん。取り消すなんて…ずるいよね。わたし、もう逃げたりしない」
まどか「だから、ほむらちゃんの返事…本当の気持ち、聞かせてくれないかな……」
ほむら「……私ね、まどかと一緒にいると凄く楽しい。嬉しい。そう、感じるの」
ほむら「だから、他の誰よりも…特別な友達なんだって…思っていたわ……」
まどか「特別な…友達……」
ほむら「だけど、いつからか…まどかへ向ける好意が友達のそれを超えているような気がして……」
ほむら「あの日…まどかに押し倒されて、キスを迫られたあのときを境に、その気持ちは一層強くなったの……」
ほむら「まどかに…同性に迫られたのに、嫌だとか気持ち悪いなんて気持ちは全くなくて…むしろ、凄くドキドキして……」
ほむら「その理由が…ずっとわからなかった……」
まどか「そう…なんだ……」
ほむら「それからまどかとすれ違ってしまって…ずっと1人で思い悩んでいたの。どうしたらいいのか、と……」
ほむら「まどかのことは…大切な、特別な友達だから。そのはずだったのに……」
ほむら「いつの間にか、まどかを友達と呼ぶには…違和感の方が大きくなっていて……」
まどか「……」
ほむら「思い悩んでいる間、ずっと…ずっとまどかのことを考えてた。会いたい。声が聞きたい。離れたくない…って……」
ほむら「そんな思いが溢れてきて…気づいたの。もしかしたら、私は…まどかに恋をしてしまったのではないか、と……」
まどか「……?ほむら、ちゃん……?」
ぽつりぽつりと本当の気持ちを語るほむらちゃんの言葉の中に、わたしの求めていた答えがあったような気がした
よく聞き取れなかったけど…今、わたしに恋をしてると言ったように聞こえてしまって
まさかと聞き返そうとするも、ほむらちゃんはそれを遮るように話を続ける
ほむら「誰かに恋心を抱くなんてことは初めてだから…すぐに答えが出るとは思ってなかった。でも……」
ほむら「今、まどかに告白されて…私の心は、今までにないくらいに嬉しいと…感じてるの……」
ほむら「それは…他の誰でもない、まどか…あなたに好きだと言ってもらえたから……」
ほむら「……まどか。ありがとう、私に告白してくれて。まどかの想いが…本当に嬉しいわ」
ほむらちゃんの言葉に、心臓がどきりと跳ね上がる。もしかして、ほむらちゃんはわたしのことを……?
いずれにせよ、ほむらちゃんの口から直接聞きたい。わたしのことをどう思っているのかを
わたしと同じ想いなら、絶対…言ってくれるはず。明確な答えを言ってくれないほむらちゃんに返答を求めた
まどか「……そろそろ、聞かせて。ほむらちゃんは、わたしのことを…どう思っているのか」
ほむら「……そうだったわね。私の気持ちを話しただけで、まどかをどう思っているか…言ってなかったわね」
そう言うとほむらちゃんは、胸の前で両手を握って目を伏せる。白い頬はここからでもわかる程度に赤くなっていて
そして、それから何発目かの花火が打ち上がったあとに、ほむらちゃんの少しだけ上ずった優しい声が聞こえた
ほむら「まど、か。私の…気持ちは……」
ほむら「私は…まどかのことが、大好き…よ……」
ほむらちゃんの好きという言葉が届いた瞬間、うるさいほどに高鳴っていた胸の音が不思議と聞こえなくなった
と、同時にわたしの顔は真っ赤なトマトよりも赤く、火がついたように熱くなる
嬉しい。恥ずかしい。恥ずかしい。嬉しい。心の中は嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになってしまって
それでも次第に嬉しさが大きくなっていき、やがて幸福感へと変わっていく
わたしは両手で未だ熱を帯びる頬を覆い、想いを伝えたきり沈黙してしまったほむらちゃんに声をかける
まどか「……ほむら、ちゃん。今の…本当、なんだよね……?」
まどか「わたしのこと…好き、なんだよね……?」
ほむら「……当然でしょう。こんな嘘…言うわけないじゃない……」
まどか「ほむらちゃんがそんなこと言う人じゃないってことは…わかってる。だけど……」
まどか「まだ、少しだけ…実感がないの。嬉しくて、幸せで…ふわふわしてる気分で」
ほむら「……私も。今ならあの花火のところまで飛んで行けそうな気さえするわ」
まどか「珍しいね、ほむらちゃんがそんな冗談言うなんて」
ほむら「そうかしら。……いえ、そうかもしれないわね」
ほむら「きっと…まどかに告白されたせいで、こんなロマンチックなことを口走っちゃったのかしら」
まどか「わ、わたしのせいなの?」
ほむら「ふふっ。どうかしらね」
まどか「……ねぇ、ほむらちゃん」
ほむら「何……?」
まどか「……本当に、わたしでいいの?わたしが、ほむらちゃんの…その、恋人で……」
ほむら「何を言い出すかと思えば……。先に告白してきたのはまどかの方よ?」
まどか「そ、それはそうなんだけど……」
ほむら「……1ヶ月程の短い間だったけど…私にとってまどかと一緒にいるのは当たり前のことになっていて……」
ほむら「だから…まどかとの想いがひとつになって、これからもまどかと共に過ごせることが…とても嬉しいわ」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「一緒に過ごした夏休みのように…これからもずっと一緒にいてほしい。……友達としてではなく、恋人として」
ほむら「……も、もうこの話はおしまい。あぁもう、恥ずかしい……」
顔が真っ赤になったほむらちゃんは、頭にしていたきつねのお面で顔を隠す
心の中に残っていた、ほんのひとかけらの不安もほむらちゃんのおかげで綺麗に消えていった
わたしは、真っ赤な顔を見られまいとお面をしているほむらちゃんに感謝の言葉を伝える
まどか「……ほむらちゃん、ありがとう。あんな風にわたしのこと…想ってくれてたんだね」
まどか「わたし…ずっと、ずっとほむらちゃんと一緒にいる。恋人として、ほむらちゃんの隣にいるよ」
ほむら「……私は果報者ね。まどかにこんなにも特別な好意を向けられているんだもの」
ほむら「まどか、ありがとう。私を好きになってくれて。私を振り向かせようとしてくれて」
ほむら「その行動が無ければ…きっと私はまどかに恋心を抱くことはなかったと思うから」
お面を外したほむらちゃんの顔は、いつも見る綺麗な色白の肌に戻っていて
ありがとう、と笑いかけられたわたしは、どことなくくすぐったい気持ちになった
まどか「……あのほむらちゃん押し倒し事件があったから、今こうしていられるのかな」
ほむら「そうかもしれないわね……。あの事件が私の気持ちの転機だったから」
まどか「そっか……」
そう言うと、わたしはほむらちゃんへとしなだれかかる
その行動にほむらちゃんは少し驚きつつも、わたしを受け止めて、そっと抱き寄せてくれた
ほむら「……ねぇ、まどか」
まどか「何?」
ほむら「あの日できなかったことの続き…してみない……?」
まどか「……へっ?」
突然の言葉に、裏返った変な声で返事をしてしまう
あの日できなかったことの続きというのは、まず間違いなくあのことを指しているんだろう
わたしの一方的な好意が暴走したせいで、ほむらちゃんを傷つけてしまいそうになったあの行為
だけど、わたしとほむらちゃんの想いがひとつになった今、拒む理由も邪魔な障害もそこにはなく
期待と不安とが入り混じった心境で、わたしはそれを承諾した
まどか「……うん。わたしも、ほむらちゃんと…してみたい……」
まどか「だって…ほむらちゃんのことが、大好きだから……」
ほむら「まどか……」
体を起こしてほむらちゃんの目を見る。ほむらちゃんもまっすぐに私の目を見て、わたしたちは見つめ合う
あの日見たような不安の色は無く、ほむらちゃんの潤んだ瞳は紫水晶のように綺麗だった
まどか「……ほむらちゃん、綺麗だよ」
ほむら「まどかだって…とても可愛いわ……」
まどか「……わたし、あの日…ほむらちゃんに迫っちゃったけど、ほんとはこんなことするの、はじめてで……」
まどか「だからどうしたらいいのかよくわかんなくて…きっとうまくできないと思うんだ……」
ほむら「最初から上手くやる必要なんてないじゃない。私たちは私たちのペースで進めばいいの」
ほむら「私とまどかですることに…意味があるのよ。形なんかは後からついてくるわ」
まどか「……ありがとう。じゃあ…来て……」
これからするはじめての行為。はじめてはやっぱりほむらちゃんの方からしてもらいたくて
来て、と一言伝えてからほむらちゃんの手を取り、指を絡ませて握る
そして、漫画やドラマの見よう見まねで目を閉じて唇をほんの少しだけ突き出した
わたしの行動に応えようとほむらちゃんは空いている手を頬に添える
目を閉じていてもわかる、2人の距離。その距離が近くなるにつれて、鼓動はどんどん速くなっていく
お互いの唇が重なる刹那、ほむらちゃんはぽつりと言葉を呟いた
ほむら「……好きよ、まどか。愛してる」
夜空に咲き誇る大輪の花の下で、わたしたちは唇を重ねる
ほむらちゃんと交わしたはじめてのキスは柔らかい感触と、幸せの味がした
今日までずっと胸に秘めてきた、ほむらちゃんへの気持ち
その想いが遂げられ、ほむらちゃんと結ばれたことが何よりも嬉しくて
わたしの目尻から溢れ出した一粒の雫が頬を伝って滑り落ち、夜闇の中へと消えていく
花火の光に照らされ浮かび上がるわたしたちの影は、重ねた唇を離すその瞬間までひとつになっていた
ほむら「……まどか。目、開けて」
まどか「えへ…しちゃった、ね……」
ほむら「……えぇ」
まどか「わたし、はじめての相手がほむらちゃんで…よかった……」
ほむら「それは私もよ。……私のファーストキス…まどかに捧げたわ」
まどか「そ、その言い方はどうかな……」
ほむらちゃんとのファーストキスのあと、あの感覚を何度も頭の奥で反芻する
あの感覚。心の中が幸せで満たされていくような、言いようのない不思議な感覚
それを思う度、わたしの顔はうっとりとして締まりのない顔になってしまってるのだろう
ほむら「……えっと、その…どうだった、かしら……?」
まどか「何だか…不思議な気持ち。心から何かが昇ってくるような、溢れてくるような…そんな感じ……」
まどか「でも…嬉しかったことは、間違いないよ。体がふわふわして、胸の奥がきゅんきゅんして」
まどか「ほむらちゃん以外、考えられない…っていうか……」
まどか「あとは…ほむらちゃんの唇が思ってた以上に柔らかくて、気持ちよかった」
ほむら「そ、そう……」
まどか「……ほむらちゃんは、どうだった?」
ほむら「……よく、わからない。色んな気持ち、感情…私とまどかのあれこれが混ざり合って……」
ほむら「はっきりしてたのは…まどかの唇の柔らかさだけ。……でも、あの瞬間はとても幸せだったわ」
まどか「1番大事なところがわかってたら…今はそれで十分じゃないかな。少なくとも、今は……」
ほむら「……でも、キスってあんなにも気持ちのいいものだったのね」
まどか「きっと…わたしとほむらちゃんの想いがひとつになったから、じゃないかな」
ほむら「……そうね。もし、まどかに迫られたときにしてしまってたら…酷い気持ちになってたと思うわ」
まどか「……うん」
あの日、衝動のままにキスをしていたら。多分…ううん、間違いなく最悪のキスになっていた
昔、何かで見た記憶がある。キスというのはお互いの愛情を確かめる行為だと
わたしたちがお互いを好きだからこそ、こんなにも気持ちよくて素敵なキスになった
その辺のことはまだよくわからないけど、そう思うことにしよう
ほむら「……そろそろ花火もおしまいね」
まどか「何だかあんまり見れなかったね。……ごめんね、楽しみにしてたのに」
ほむら「……いえ、いいの。私は満足してるから」
まどか「……来年、また一緒に…ここで花火、見ようね」
ほむら「えぇ、勿論。そのときはきっと、今よりももっとまどかと仲良くなってるのでしょうね」
まどか「わたしとほむらちゃんのことだから、そうだろうね。今から楽しみだよ」
ほむら「未来を思い描くのもいいけれど…今は、残り少ない今の花火を楽しみましょう」
まどか「……そうだね。ほむらちゃんと恋人になって…最初の思い出だもんね」
遠くから聞こえるお祭りの喧噪。空を彩る綺麗な花火。隣で空を見上げる最愛の人
嬉しくて、幸せで。今、この瞬間が何よりも愛しくて
だからこそ、終わっていく花火にお祭り、夏休みに少し寂しい気持ちを抱いてしまう
ほむら「まどか…どうかしたの?」
まどか「……ううん、何でも。ただ、今年も夏が終わっちゃうなーって」
ほむら「今年の夏休みは…とても楽しかったわね。言葉では言い表せないくらいに」
まどか「わたしにとって、今年の夏は特別だったよ。ほむらちゃんを好きになって……」
ほむら「恋人になった夏、だものね」
まどか「……わたしたち、本当に映画の2人よりも仲良くなっちゃったね」
ほむら「そうね……。いつの間にか、2人を通り越して先に恋人になってしまったわね」
まどか「やっぱり、友達よりも…恋人の関係の方が素敵だと思うな」
ほむら「私…初めて誰かを好きになって、恋をして…気づいたことがあるの」
ほむら「友達と恋人じゃ、世界の在り方も、見え方も…中心さえも、変わるんだって」
まどか「……ほむらちゃんにとって、その中心にいるのは…わたし、だよね?」
ほむら「勿論よ。……まどかの世界の中心に、私はいるかしら?」
まどか「……うん。ほむらちゃんは…わたしの全ての真ん中で…笑ってるよ」
ほむら「そう……」
まどか「……」
ほむら「……ふふっ。私たち、一体何の話をしてるのかしらね」
まどか「えへ、何だろうね。世界がどうのって、わけわかんないよ」
ほむら「全くね。……私もまどかも、お互いのことを大事に想ってる、ってことかしら」
まどか「そうなんだよ、きっと」
ほむら「……まどか。私、今…最高に幸せよ」
まどか「わたしだって。ほむらちゃんと恋人になれて、すごく幸せだよ」
夏祭りの最後を締めくくる花火が次々に打ち上がり、夜空を色鮮やかな火薬の花が埋め尽くしていく
それはまるで、晴れて恋人となったわたしたちを祝福してくれているように
一瞬の輝きを放って、そして空へ消えていった
――――――
まどか「……楽しかったね。今日の夏祭り」
ほむら「えぇ。私も楽しかったわ」
まどか「ほむらちゃんに喜んでもらえたみたいで、よかったよ」
まどか「……それに、あんな夢みたいなひとときを過ごせて…嬉しかった」
ほむら「今日は…眠れないかもしれないわね。目を閉じると、あの情景が浮かんできてしまいそうで」
夏祭りからの帰り道、わたしの家まで送ると言ってくれたほむらちゃんと一緒に家路を歩く
非日常から日常に引き戻され冷静になった今、改めてほむらちゃんと恋人になったことを実感する
勇気を出して伝えた想いも。返ってきた嬉しい返事も。蕩けるような甘い口づけも
全部、幻でも叶いっこない妄想でもなくて。確かな現実としてここにある
そんな最高で素敵な現実に、少し浮かれた気持ちで家へと向かった
ほむら「……それじゃあ、私はこれで。今日は色々とありがとう」
まどか「ほんとに帰っちゃうの……?せっかくここまで来たんだし、泊まって行っても……」
ほむら「その申し出は嬉しいし、受けたいけど…今日は家に帰るわ。ごめんなさい」
まどか「……あ、それじゃあ」
ほむら「まどかが私の家についてくるのも無しよ」
まどか「う……。や、やだなー、わかってるよー」
ほむら「それならいいけど。いつまでも玄関先にいるのも悪いし、帰るわね」
まどか「うん……」
家まで送り届けてくれたほむらちゃんは玄関先で別れ、自分の家へ帰っていく
せっかく恋人になったのに、今日はここでお別れなのは何だか少し寂しい
そう思ったわたしは、咄嗟に歩き出そうとしたほむらちゃんの手を取った
ほむら「まどか?まだ何かあるの?」
まどか「えっ…と、それは…その、あの……」
ほむらちゃんを引き留めたものの、特に用件があるわけでもなく
無理やり気味に用件を作り出してみるも、それはだいぶ突拍子もないものになってしまった
まどか「……あ、あの、あのね…もう1度、キス…してほしいの……」
ほむら「……こ、ここで?」
まどか「う、うん。ここで別れるのが何だか寂しくなっちゃって……」
まどか「もっとほむらちゃんのこと、感じたくなって……。お願い…できないかな……?」
いくら何でも今この場でしてくれるわけ、ないよね。まともな用件が思いつかなかった自分を恨む
突然のことに呆気に取られているほむらちゃんもすぐに断りを入れるはず。そう思っていると
ほむらちゃんは頭にしている、ずっとわたしたちを見守ってくれていたきつねのお面を外す
そして、そのお面でわたしたちの口元を隠してから
わたしに、そっとキスをしてくれた
まどか「ん…っ……」
お面の裏で繋がったわたしたちの唇。幸せと、気持ちよさと、ほむらちゃんの愛情が体中を駆け巡る
その感覚に心が震え、頭の奥がジンジンと痺れる。次第に思考が白く塗りつぶされていく
何も考えられなくなったわたしはショートした思考を手放し、ほむらちゃんの背中に腕を回してぎゅっと抱きしめて
ただひたすらにほむらちゃんで心を満たしていった
ほむら「……っふぅ。これでよかったかしら?」
まどか「う、うん。ありがとう。でも、何で……」
ほむら「まどかの我儘なんて珍しくて。何より、好きな人の我儘くらい聞いてあげたいもの」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「もう少しくらい、我儘を言ってもいいのよ。……私たちはもう、恋人なんだから」
まどか「なら、今日は泊まって……」
ほむら「ごめんなさい、それはちょっと……。着替えも持ってないし……」
まどか「むぅ……。仕方ないから今回は諦めるよ」
ほむら「じゃ、これで失礼するわね。……まどか、また明日」
わたしに一言、また明日と伝えるとほむらちゃんは今度こそ家へと帰って行った
また明日。いつもの別れ際の挨拶の言葉も、何だか違う風に聞こえてしまう
まどか「……明日もまた、一緒に過ごせる…よね」
ほむらちゃんの唇が触れた自分のそれに指を這わせる
あの柔らかい感触が、まだそこに残っているような気がした
まどか「……っと。いつまでも突っ立ってないで家に入ろうっと」
ふと我に返ったわたしは玄関先で立ち尽くしていたことを思い出す
玄関のドアに手をかけ、開く。そして、わたしが帰ったことを知らせる声を家の中へ放り込んだ
まどか「……ただいまっ」
こうしてわたしのひと夏の恋は、成就という形で幕を閉じる
ほむらちゃんと恋人になって、わたしの気持ちも恋から愛へと形を変えて
切なかった一方通行の気持ちも、今は投げた気持ちを受け止めて、返事を返してもらえることがとても嬉しい
残り少ない夏休みを遊びつくすように、わたしたちは毎日あちこちへ出かけて思い出を作り、仲を深めていく
夢のような楽しい毎日は光のように過ぎて行き、思い出になる
恋人として過ごした夏休みはほんの数日だったけど、とても充実した毎日だった
そして、夏休みも終わりを迎えた9月1日。今日から、新学期が始まる
――――――
まどか「……」
まどか「……うー…制服着るの久しぶりなせいか、これでいいのか不安になるよ」
始業式の朝。鏡の前で制服を着た自分の姿にあぁでもないこうでもないと苦心する
たとえ学校制服でも、好きな人の前では可愛い姿でありたい。そう思うのが乙女心というもので
服装が気になりだすと今度は髪が気になってしまい、その場で髪のセットを何度かやり直す
そんな不毛な行動を繰り返していたせいか、時計は家を出る時間を少しだけ過ぎていて
これが最後と身支度を整えると、宿題やら提出物やらでいっぱいのカバンを引っ掴んで玄関に向かう
靴を履き、リビングに聞こえる声でいってきますと伝えてからドアを開く
玄関を出ると、家の前に少女がひとり立っていた。わたしのことを待っていた少女。それは……
ほむら「……あ、まどか。おはよう」
まどか「ほむら…ちゃんっ!」
立っていた少女がほむらちゃんだと認識した瞬間、心が躍る
家の前でわたしのことを待っていてくれた恋人の姿にいてもたってもいられなくなって
少しだけ勢いをつけて、ほむらちゃんに抱きついた
ほむら「……っと。急に飛びついたら危ないわよ」
まどか「えへへ、ごめんね。ほむらちゃんを見たら、気分がはしゃいじゃって」
ほむら「もう……」
まどか「おはよう、ほむらちゃん」
ほむら「えぇ、おはよう。……あら?」
ほむらちゃんはわたしの姿をじっと見て何か考え込んでいるようだった
不思議に思い、足先から頭のてっぺんまで視線を動かしているほむらちゃんに声をかける
まどか「ほむらちゃん?どうかしたの?」
ほむら「……制服姿のまどかってこんなに可愛かったのね。素敵よ」
まどか「……も、もう。真顔で何言ってるの。夏休み入る前にずっと見てたでしょ」
ほむら「それはそうだけど。でも、以前見たときより今日はまた一段と可愛いわ」
そう言うとほむらちゃんはわたしに優しく笑いかける
こうもストレートに可愛いなんて言われると何だか照れてしまう。ましてや、相手はほむらちゃんなのだから
だけど、褒められることで鏡の前で格闘したことがムダじゃないように思えて
恋人の目にわたしが少しでも可愛く映っていたのだとしたら、それだけでわたしは満足だった
まどか「……ほ、ほら。立ち話してないで、そろそろ学校に行かなきゃ」
ほむら「それもそうね。……まだ時間に余裕はあるから大丈夫みたい」
まどか「じゃあ…行こう、ほむらちゃん」
ほむら「えぇ、行きましょう」
わたしはほむらちゃんに手を差し出し、ほむらちゃんはその手を取る
もちろん、恋仲となったわたしたちに相応しい繋ぎ方で
顔を見合わせ、笑い合って。そして、2人同時に1歩を踏み出した
長い夏休みが終わり、再び始まる学校生活
それと共に始まる、わたしたちの新たな関係。新たな毎日
恋人としてのほむらちゃんと過ごす日々がどんなものになるのか。今はまだわからない
だけど、きっとたくさんの幸せがわたしたちを待っているはず。なぜなら
ここから始まるのは、わたしの片想いの物語ではなく
ほむらちゃんと2人で紡ぐ物語なのだから
Fin
これで完結です
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
読んで下さった方、感想頂けた方、本当にありがとうございました
長いもの書くときは3ヶ月以上の猶予持って書かないと駄目だ…
・次回予告
ほむら「あなたを守りたい私と私を守りたいあなた」(仮) 長編
まどか「ひと夏の恋」 短編
タイトル未定 たぶん叛逆後の
またどこかで見かけたらよろしくお願いします
言われて気づいた予告ミス…
ひと夏の恋はこれです…
前回の最後にも書いたけどバトルメイド他予告から消えたものは行き詰ってるものです
完結の目途ついたら復活するはず
このSSまとめへのコメント
またこいつか
ギャグならともかく気持ち悪いキャラ崩壊ばかりだしもう書かなくていいと思う
俺はこの人のss好きだけどな。
キャラ崩壊は書いてるその人によるし、なにより俺の書いてるssの方がキャラ崩壊してるしな。
主さんのssは面白いぜ!
続きたのしみにしとくからな!
なーんてな。
主のssは最高だぜ!
最高につまらないぜ!
いつまで書くんだ?待ってもないんだが。