エルヴィン「皆の様子がおかしい」(26)
最近何やら部下がよそよそしい。
中には目さえ合わそうとはしない者もいる。
私は何かしただろうか?
――いや、何かした処ではないだろうが。
目的の為、大勢の部下を見殺しにしてきた私を恨む者もいるだろう。
何故あの時彼を置いてきた?
何故彼女の身体を持ち帰ってはいけないのか?
何故あのような非常な選択を?
幾度も耳に入れた悲痛な叫びだ。
全てに対する答えは矛盾するものだ。
――その場においてより多くの者を生かす為。
納得してくれた者は如何程いたのか。
私には分からない。
分からなくていいとも思っている。
それ故に、恨まれていても構わない。
目的を果たすまで私は悪魔にでもなろう。
しかし
最近感じるよそよそしさは何かおかしい。
執務室へ向かう途中、見覚えのある後ろ姿に声を掛けた。
「リヴァイ」
名を呼ぶと彼は僅かだが身体を強張らせた。
「……エルヴィン、何か用か?」
いつもより更に表情を固くし、さっさと話せと目で訴えている。
「いや、特に重要な用と言う訳ではないが……」
「なら行っていいか? 少し急ぐ用がある」
「ああ、分かった」
俺が承諾の意を最後まで言い切らぬ内に彼は踵を返し足早に去っていった。
何かリヴァイを怒らせるような事をしただろうか?
とんと覚えがない。
「エルヴィンどうしたの?」
ふいに肩を叩かれ声を掛けられた。
「ああ、ハンジか。いや、リヴァイの様子がおかしい気がしてな」
「そう?」
俺は見逃さなかった。
ほんの一瞬だったが眼鏡の奥の目が泳いだ。
「……何か知っているな?」
「何が?」
惚けるつもりらしい。
どんなに問いただそうと答える気はないだろう。
余計な力を使うより他を当たった方がいいか。
「まぁいい。それより何か用か?」
「ああ、実は食堂が夜まで使えなくなったんだ」
「何故だ?」
「ちょっとした喧嘩があってね。大した騒ぎではなかったんだけど机や椅子が散らかるわ、
一部は破壊されるわで夜まで閉鎖って事になったんだ」
「怪我人は?」
「幸い、いないよ。騒いだ奴等も処分済みだ。事後報告で申し訳ないけれど後で書面で提出するよ」
「そうか、わかった」
「そんなワケだから食堂閉鎖。まぁエルヴィンは元々あまり来てなかったみたいだけど?」
「なかなか食堂に行く暇がな」
苦笑しながら答える。
執務室から出てこれない日などざらだ。
そして気づくと部下やらが食事を運んでくれている。
そういう日が多く、食堂で食事を取る事がなかなかできないでいる。
部下の様子を窺いながら食事をするのも悪くはないとは思うのだが。
「まぁ、忙しいから仕方ないよね。じゃ、急ぎの用があるからまたね」
ハンジはそう言うとさっさといなくなってしまった。
この様に恨んでいたとしてもおよそ今更表に出すでもないような者さえよそよそしさを醸し出す。
なんだというのか。
だが私もやらねばならぬ事がある。
皆の様子は気になるが一先ず優先すべき事を済ませておかねばなるまいと執務室へ再度向かった。
執務室に着くとミケがそこにいた。
手伝いにきてくれたのだろう。
「やぁ、ミケ」
「あいかわらず忙しいな」
「仕方ないさ。書類も溜まっているしな」
「俺でもできるものは回してくれていい」
「回しているつもりなんだがな」
それでも、書いても書いても終わらない気がする程だ。
書類だけではない。
ご機嫌窺いの手紙や情報集めなどやることはいくらでもある。
全く休まる暇もない。
「俺も手伝うから終わらせよう」
「ああ、助かるよ」
調査兵団へ入ってから馴染みと言える様な者はかなり減った。
ミケは数少ない馴染みの一人だ。
こうして時々仕事を手伝ってくれている。
部屋へ入るとどっさりと書類が積まれた机と足を運ぶ。
目の前にすると少しげんなりしそうになる。
しかしこれは私の仕事だ。
気合いを入れ直し、書類に向かった。
「なぁ、ミケ」
「なんだ」
ふと先程の疑問を思い出し、ミケに尋ねてみる事にした。
「リヴァイもハンジも何かを隠している様子なんだが、何か知らないか?」
「いや?」
「そうか……他の部下も少しよそよそしく感じる時もあってな」
「なんだ、何か気が弱るような事でもあったのか?」
からかうような悪戯っぽい表情で問い掛けられた。
「そういう訳ではないが。何か落ち着かなくてな」
「……食堂が使えなくなったのは聞いたか?」
「ああ、ハンジからな。誰かが暴れたらしいな」
「その騒ぎを止めるのに結構な人数が参加したからよそよそしくしている奴等はそいつらだろう」
「ばつが悪いか」
止めようとした者を叱責する気はないのだが。
「止めに入る過程で壊れた物もあったからな。なんとなくそわそわしてしまうんだろ」
「リヴァイとハンジもか?」
「ああ、人数が多くてリヴァイも腕に任せて止めに入ったからな。それこそばつが悪いんだろう」
成る程、それで俺の前からさっさと消えたのか。
「しかし、リヴァイが来てもすぐに収まらなかったのか?」
「人が多い上にかなり興奮していたからな。始めはリヴァイが来た事に気づかなかったようだ」
……埋もれたのだろうか。
いや、いかん。そんな事を考えては。
軽く頭を振り、失礼な考えを振り飛ばした。
「ハンジも似たようなものだろう」
「あいつも暴れたのか」
「リヴァイを止めるのにな」
「ははっ、それは大変そうだな」
そんな雑談を時折しながら仕事を続けていると、いつの間にか昼になっていた。
「昼だな。昼食はどうする? ここで食べるのか?」
「そうだな、そうしよう」
ミケにそう問われすぐに答えた。
「ついでに何かいるか? 持ってくるぞ」
「ははっ、随分甲斐甲斐しいな。ふむ、ならばインクも持ってきてもらえるか? もうすぐ無くなる」
「わかった」
「ああ、ミケ」
思うところがあり、すでに扉を開けていたミケを呼び止めた。
「昼食が終わったら手伝いはもういいぞ。このままやれば夜には終わる」
「夜中の間違いじゃないか? 俺は構わん」
「しかし」
「今日は……俺は暇なんだ。そんな日くらい手伝わせろ」
ミケはそう言うと俺の返事も待たず扉を閉めてしまった。
……無下に断るのも悪いか。事実、助かる。
今日くらいお言葉に甘えるとするか。
その後もミケはずっと手伝ってくれ、気がつけば日は傾き夕方になっていた。
積まれた書類ももうほとんど無くなっている。
「大体終わったな」
「ああ、ミケ、今日は色々と雑用もしてくれて助かったよ。ありがとう」
「いや。……それより少し余裕もできたな」
「そうだな、今日はこれで終わりだ」
最後の数枚にサインをすれば終わる。
そして今日は夜に仕事は入っていない。
長く感じたがミケのお蔭で随分短く済んだようだ。
「エルヴィン、久しぶりに食堂へ行かないか?」
「食堂は閉鎖中だろ」
「いや、昼を取りに行った時はほとんど片付け終わっていた。もう大丈夫の筈だ」
「そうか……そうだな、まだ閉鎖中だとしても様子を見ておきたいしな」
書類に没頭し過ぎて様子を一度も見ていなかった。
周りの雑用などミケが全てしてくれていた為、ほぼ部屋から出なかったというのもあるのだが。
部下達の為にも使えるようになっているか確認しておかねば。
そう思い、ミケと食堂へ向かった。
食堂の近くまで来たが声も聞こえず静かだ。
やはり閉鎖中のままだったか。
「エルヴィン、使えるようになっているみたいだ」
「何? しかし誰もいない様だが」
「確かめてみた方がよさそうだ」
「そうだな」
ミケに促され食堂の扉を開けた。
「エルヴィン団長! お誕生日おめでとうございます!!」
――――驚いて声も出なかった。
大勢の部下達が灯りも点けずに食堂で待ち構えていた。
そうか、今日は俺の誕生日だったか。
すっかり忘れていた。
リヴァイやハンジ、部下がよそよそしくしていた本当の理由はこの為だったのか。
そう一人で納得していると、少し後ろにいたミケが笑いを堪えている気配を感じた。
「……嵌めたな?」
「お前を一日机に貼り付かせておくのは大変だった」
「道理で甲斐甲斐しく世話を焼いていた訳だ」
「上手くいって良かったよ」
そう言うと、ミケはにやにやと口元を綻ばせながら俺の肩を軽く叩いて中へと入っていった。
改めて中にいる部下を見やる。
リヴァイ、ハンジ、ナナバ、ダリウスやネス、そしてそれぞれの部下など勢揃いだ。
今、職務中の者以外はいてくれているようだ。
「凄い人数だな」
「こんなにいるのに静かにじっとしていなきゃならなかったから大変だったよ!」
そうハンジはにこにこと楽しそうに声を掛けてきた。
「そうだろうな」
その笑顔に釣られ私の口元も綻んだ。
「うまく嵌められてくれて良かった」
ナナバが片手にグラスを持ちながら俺が見事に罠に嵌められた事を喜んでいた。
「皆、気配を絶つのが上手いらしい」
苦笑しながら答える。本当に上手かった。流石と言うべきなのだろうか?
「とりあえず酒だ」
「ああ、ありがとう、リヴァイ」
リヴァイがグラスを渡してくれた。
まさか彼までいるとは思わなかったな。
「断らなかったのか」
「暇だったしな」
彼は以外と誘われると断らない性格らしい。
……それとも酒が目的だろうか。
「さぁて、主役もお酒を持った事だし、乾杯するよー!! みんないいかなー!?」
少々思い悩んでいるとハンジが一際大きな声で皆を促した。
「そんじゃ、かんぱーい!!」
ハンジの号令の下に皆が声を揃えた。
食堂の机には料理が置いてあり、酒も幾つか置いてある。
椅子は端にやられており、立食パーティーの様にしているらしい。
改めて見渡すと本当に人だらけだ。
「しかしよく集まったものだな」
「これでも人数を制限した方だ。来たがる奴はもっといた」
ミケがそう答えてくれた。
「ははっ、酒が目当てかもしれないな」
「お前の人望の賜物だろう」
「……どうだろうな」
今日職務に就いている者は勿論だが、調査兵団内を空にする訳にもいかない。
その上、ある程度の人数しかここには入らないので制限を掛けたのだろう。
酒とツマミがあれば人は集まるものだしな。
「団長、おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
次から次へと祝いの言葉を言われた。
皆一様に笑顔で声を掛けてくれる。
俺には勿体無いくらいの団員達だな。
だが……そんな団員を犠牲に遂行する作戦を、俺は平気で立てるだろう。
ここに集まってくれている皆を全て犠牲にすることもきっと厭いはしない。
目的の為に。
「祝いの席だというのに暗い顔だな」
考え込んでいるとミケが話し掛けてきた。
「疲れたか?」
「いや、身に余る光景だと思ってな」
「そうか?」
「ああ」
皆が俺をにこやかに祝ってくれている。
見ているだけで幸せを感じてしまう。
俺はそんな皆を死に追いやる悪魔かもしれないというのに、幸せを感じて良いものなのだろうか……。
「ハンジやナナバが話を持ち出したんだがな」
「ん?」
ミケは事の経緯を話してくれるようだ。
「みんなこぞって二つ返事で参加したようだ」
「そうなのか?」
「ああ、酒も料理もみんなで金を出しあおうという話になってな、準備も楽しそうにしていた」
ミケは元々優しげな目を更に優しく細め、皆を見つめた。
「全てお前の為に、だ」
「……そうか」
持っていたグラスに目を落とす。
透明な液体がゆらゆらと揺れ、映っている筈の俺の表情をわからなくしていた。
今だけ
今だけこの幸せを享受しても構わないだろうか?
彼等との思い出を胸に仕舞っても構わないだろうか?
「エールヴィン!!」
いきなりハンジに背中を叩かれて噎せそうになる。
「みんな楽しんでるのに主役がなに真剣な顔して悩んでんの? 今くらい仕事忘れたら?」
そうハンジが言うと
「そうですよ! 俺ら全力で祝ってるんですから楽しんでくださいよ!!」
「ゲルガー、あんた飲みすぎだよ」
「リーネはうるせぇな、お前は俺の母ちゃんか」
「羽目を外すなって言ってんの!」
「団長! もっと飲んで食べてください! 料理、みんなで腕によりを掛けたんですよ!」
「ニファの言う通りですよ。これ俺が作ったんです。食べてくださいよ」
「あ、ちょっと、ケイジ! ずるい、私のが先だよ」
「早い者勝ちだろ」
あちらこちらで俺に色々と促してきた。
俺に勧めつつも戯れあう様を見て思わず顔が綻ぶ。
「……今日くらい、いいんじゃねぇか?」
いつの間にか傍らにいたリヴァイがそう言った。
「……そうだな」
皆に説得され漸くこの場を楽しむ事を了承し、和の中へ入る。
「団長」
「エルヴィン団長!」
「エルヴィン!」
この幸せな空間を俺は忘れはしないだろう。
例え
彼等を残らず死なせてしまう道を選んだとしても。
終
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