恵美「もしも魔王の正体に気づかなかったら」 (59)

・はたらく魔王様! 真奥×恵美

・原作一巻もしくはアニメ1〜5話視聴済み推奨。
 逆にそれ以降のネタバレはなし

・原作でも明言されていない部分の独自解釈あり

・迫力ある戦闘? アニメでも見てろ!

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予想外の雨だった。
折り畳み傘を忘れたことを悔やみつつ、ハンカチで髪を拭う。
道端のレストランの庇で一息つきながら空模様を見るが、
どうも五分や十分で止みそうにはない勢いだ。

さて、どうするか。仕事の時間は迫っている。
濡れネズミになることを覚悟し会社まで走り切るか、
勿体無いがコンビニにでも駆け込んで傘を買うか。
そう思案し始めたとき、自転車を押しながら青年が近づいてきた。

青年「よかったら、これ」

恵美「え?」

話しかけられる体勢でなかったため、思わず聞き返しながら
辺りを見渡すが、自分とその人以外に人影はない。

青年「いきなり降ったから困ってるんじゃないかと思って」

彼はそう言いながら、広げた傘をこちらに差し出していた。
その表情に悪意や邪気は感じられず、安心させるように微笑んでいた。
見たところ二十歳前後、大学生かフリーターだろうか。
シンプルなTシャツとジーンズだけの服装はおそらく安物ではあったが
手入れはされており、整った顔立ちと合わせて美形と言っても差し支えない風貌だ。

……つまり、どうやら善意で傘を貸してくれる好青年らしい。

恵美「で、でも、いいんですか? だって、私が借りちゃったら……」

彼は予備の傘も鞄も持っておらず、今広げている傘を貸せば濡れるのは相手のほうだった。
申し訳なく思いながら確認の言葉を紡ぐと、

青年「バイト先がすぐそこだから、チャリで飛ばせば二、三分で着くし。置き傘もあるから」

そう言って、それ以上の問答は無用とばかりにまた微笑む。
笑顔に流されるように彼の手から傘を受け取ると、彼は自転車に跨る。
そのまま去ろうとする彼を引き止めるように、急いで礼を言った。

恵美「あの、ありがとうございます。その、何かお礼させてください」

青年「別にいいよ。ボロ傘だし、用が済んだら捨てちゃってもらって構わないから」

恵美「そういうわけには……」

彼の言葉に嘘や誇張は無く、傘はまさしく使い古した安物のビニール傘ではあるが、
物ではなく彼の善意に見合う返礼をしなければ気が済まなかった。

青年「じゃあこうしよう。俺、すぐそこのマグロナルドに勤めてるから、暇なときに食いに来て」

恵美「すぐそこ……ああ、幡ヶ谷駅前の」

彼が指差す方向にある幡ヶ谷駅の風景を思い出し、
そういえばマグロナルドがあったと納得した。

青年「そ、もし俺がいたらフェア中のポテトこっそり増量サービスするから」

どうもこの人助けは営業も兼ねていたらしい。が、不快ではなかった。
アルバイトにしてこの意識の高さは感心して然るべきだ。

恵美「分かりました。必ず伺います。あの……」

感謝の意を余さず伝えるべく、姿勢を正し彼の目を真っ直ぐに見て、頭を下げた。

恵美「傘、ありがとうございます」

顔を上げると、何を思ったのか彼は横を向き少しだけ口早で、

青年「じゃ、気をつけて」

そう言いながら雨の中に踊り出た。

青年「うおおおおお、つめてっ!」

叫びながら自転車を飛ばす彼の背が見えなくなるまで、私は立ち止まっていた。
……名前を聞いておけば良かったかしら?
そんな益体もないことをつい考えるほど、今のたった数十秒のやり取りは心地良かった。
今夜の夕食は健康のことは忘れて、マグロナルドのセットに決まりだ。
彼の手の温もりがまだ残る傘をさして歩き出す。
雨の勢いは依然強く、傘があっても足元に雨粒が掛かるほどであったが、
会社に向かう足取りは心と同じで軽かった。

梨香「恵美、なんか良い事あった?」

仕事——電話会社のテレアポの業務をこなしていると、
手の空いた間に隣の席からそんな声が掛ってきた。
同僚にして、目下一番の友人である梨香だ。

恵美「え? なんで?」

梨香「や、なんかテンション高いっていうか、浮かれてるっていうか」

そんな風に見えたのだろうか。
自分ではいつもどおり、きちんと仕事をしているつもりだったのだが。

梨香「もしかして男でもできたぁ?」

にやりと笑いながら言ってくる。
梨香はその手の話題で人をからかうことが多く、
いい加減慣れている私はそんなのじゃないと流すべく口を開いたが、

恵美「そ、そういうわけじゃ……いや、男性ではあるけど……!」

口ごもって訳の分からないことを宣ってしまった。何故だ。
彼女の言うとおり、自分の思っている以上に浮かれているのだろうか?

梨香「……あれ、マジで? 本当に男?」

単なる冗談のつもりだった梨香が、こちらの返答にきょとんとした顔を見せた。
余計な突っ込みを受ける前に必要最低限の説明をする。

恵美「大したことじゃなくてね、今日傘を忘れちゃって、困ってたら傘貸してくれた親切な人がいたの」

恵美「それを今夜、彼の職場に返しに行くだけ。本当にそれだけ。それで終わりよ」

まくし立てると、梨香が感心したように言う。

梨香「へぇー、良い人もいるもんだ」

良かった、ただのいい話で終わった。そう安堵していると、

梨香「でも気をつけてよ恵美、男慣れしてないんだから」

梨香「夜、会うんでしょ? そのまま帰してもらえないなんてことにならないようにね〜」

恵美「……それはどうもご心配ありがとう」

口の減らない友人に、仏頂面で返すのが精一杯だった。

梨香の言う、男慣れしていないというのは本当だ。
時折職場の女性陣で雑談するとき、恋愛話で盛り上がることがあるが、
そんなとき私は場の空気に合わせて相槌を打つくらいしかできない。
私の恋愛経験はゼロと言っていい。
それは私の生い立ちに理由がある。

私には二つの名と職業がある。
遊佐恵美、テレアポとして働く一介の契約社員。
そして——エミリア・ユスティーナ。職業は、勇者。

私がこの日本で、遊佐恵美として生活し始めたのは八ヶ月前だ。
それまでは異世界エンテ・イスラで、勇者として戦い続ける毎日だった。
私の父は、私が十二のときに亡くなった。
その数年前からエンテ・イスラを侵略してきた魔王サタンの采配によって、村ごと全滅した。
それまで私も知らなかった事実だが、私は人間である父と天使である母のハーフであり、
魔王を打倒し得る進化聖剣・片翼(ベターハーフ)を扱える唯一の人間として祭り上げられた。
教会は世界を救うため私を育てたが、私は世界などどうでも良かった。
ただ最愛の父の仇である魔王、奴をこの手で倒すことだけを夢見て生きてきた。

教会騎士として戦い年を経て、聖剣と人類最強とまで言われる戦闘力を得た私は、
三人の仲間と共に魔王直属の悪魔大元帥四人のうち三人まで倒し、
魔王城に攻め入ってあと一歩で魔王の首を取れるところまで行った。
が、敗北を悟った奴は異世界へのゲートを開き、残った一人の大元帥と共に逃走したのだ。
ゲートが閉じる前に仲間の一人、ゲート術を操ることができる大神官オルバ・メイヤーと
ゲートに突入したが、一瞬の差で私だけ異世界——この日本へ飛んでしまった。
仲間もおらず、倒すべき魔王の姿もなく、残ったのは
僅かに聖剣を振るうことができる程度の聖法気のみ。
ゲートを開く術は私には使えない。
そして、世界を救う勇者でも衣食住を欠かせば生きてはいけない。
私にできることは、魔王の気配を感じるまで、
日本の仕組みに従って働き日々の糧を得ることだけだった。

***

恵美(……こうして思い返すと、同年代の男との接点って本当にないわね)

十二まで住んでいた村はのどかで人の少ない村だったし、
教会の騎士団は当然男性が多かったが、多くが壮年だった。
共に旅した仲間も、アルバートは私より一回りほど年上だったし、オルバに至っては老人だ。
日本で就職したテレアポの職場は女所帯で、男性はわずかな管理職の中年しかいない。
かくして私は、十七という普通の少女なら恋に恋するはずの年齢にして、
まともな恋愛経験のない仕事一筋の女となったわけだ。
目的があってのことなので後悔はないが、振り返ると少し寂しいかもしれない。
だからだろうか。
まだ名も知らないあの人に会う時間が、こんなにも待ち遠しいのは。

雨はすでに上がっていた。
職場を出た私は、足早に幡ヶ谷駅目指して歩いている。
18時には職場を出られるはずだったが、終業間際にクレームが入り、
それがやたらと長引いたのだ。基本的に受けた電話を終えるまで帰ることはできない。
おかげで今の時刻は21時近く、夕食には少し遅い時間だ。

恵美「まだ居るかしら、あの人……」

彼があの後バイトに向かったのは間違いないだろうが、この時間まで働いている保証はない。
どうか、店に行ったらもう帰っていましたなんてことになりませんように。
半ば祈るように願いながら歩き続け、目的の店に辿り着いた。
マグロナルド。この世界のことに疎い私もよく知っている、
ハンバーガーの大手チェーンだ。
店の前に立つと自動ドアが開き、初夏の陽気に加えて
歩いてきたせいで汗ばむ身体に心地よいエアコンの風が吹く。
夕食の時間とずれたせいか店内の客はまばらで、カウンターには誰も並んでいない。
いらっしゃいませと数人の店員が声を出す中、一際よく通る大きな声があった。
瞬間、そちらに目をやると、彼がいた。

レジは三つあったが、迷わず彼の立つレジへ進む。
カウンターに近づくと、彼は自然な笑顔を浮かべながら接客に入る。

青年「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

その態度は完璧と言っていい店員のそれで、だからこそ私は戸惑った。
私のことなど覚えていないのだろうか。
行きずりの女を助けたことなど、彼の中では終わった話なのだろうか。
そうだとしたら、この流れで注文をしないのは不自然で、相手にも迷惑だ。
自分でも意外なほどの落胆を感じつつも、何とか注文をしようとカウンターのメニューを見つめると、

青年「本当に来てくれたんだ。ありがとう」

周りには聞こえない程度に抑えた声で、彼はそう言った。
顔を上げると、店員としてのそれに若干の親しみを加えた笑顔が見えた。

恵美「……当然です。恩を返さないような人間に見られるのは心外ですよ」

安堵のせいか、少しの棘を加えた冗談が口を突いて出る。
彼はごめんごめんと笑った。

恵美「あ、ごめんなさい。雑談していて怒られませんか?」

青年「別に少しくらい平気だよ」

言われてほっとする。
そうだ、名前。今なら彼の胸に、苗字を記したプレートがある。
そちらに目をやると——

恵美「…………まおう、さん?」

真奥「ああ、うん。よろしく」

そう言った彼は、どこからどう見ても、日本の一庶民だった。

恵美「……ッ、あは、あはははっ!」

真奥「えぇ、そんな笑うほど変な名前?」

恵美「や、そうじゃなくて、あはは、ごめんなさ、っはは!」

彼には悪かったが、どうしようもなく笑えた。
魔王を憎み、魔王を倒すためだけに生きてきた私を助けてくれたのが、
よりにもよって「まおう」だなんて、皮肉なジョークにも程がある。
が、あまり笑っていても本当に失礼だ。腹を抱えて、なんとか収める。

恵美「——っはあ、本当にごめんなさい。それで、注文……」

真奥「ああ、それなんだけど」

そこで初めて彼が顔を曇らせる。

真奥「ごめんな、ポテトサービスするっつったけど、今機械が壊れてて……もう少しで修理が終わるんだけど」

真奥「待たせるのも悪いし、礼とか気にしてるんなら今日はいいよ、ホントに」

真奥「なんか来てもらって悪い。次があったらお詫びするからさ」

そうだったのか。言われて奥を見れば、何やらポテトの機械のメンテナンスらしきことをしている。
しかしここまで来て他の店に夕食を食べに行くのも面倒だった。
どうするかと悩みかけたところで、まずはここに来た一番の目的を果たすことにした。

恵美「あの、それより傘、お返しします」

昼間借りた傘を差し出す。
ポテトのサービスに釣られて来たように思われるのは、その、色々とまずかった。

真奥「あー、持ってきてくれたんだ、ありがとう。えーと、どうしようかな……」

彼が悩む素振りを見せる。何かまずかっただろうか?
……ああ、この場で渡されて、一度傘を置きに裏まで引っ込んでいいものか考えているのか。
その辺りに置いていては、動きまわる店員の邪魔になるだろう。
いきなりカウンター越しに差し出すのは配慮が足りなかったかもしれない。

そのとき、不意に閃いた。

恵美「えっと、ポテトの機械ってもうすぐ直るんですよね?」

真奥「え? うん」

恵美「真奥さん、今日何時まで働くんですか?」

真奥「えーと、あと一時間ちょっとかな。22時まで」

恵美「それなら、」

そこから先を言葉にするのは少し勇気が要った。
この国の一般的な感覚で、許容範囲内のセリフだろうか?
いやそもそも、エンテ・イスラの男女交際の感覚すら分からない私だ。
悩むだけ無駄と断じて、衝動に身を任せることにした。

恵美「私、ここでご飯食べながら傘持ってお仕事終わるの待ってます。ポテトは機械が直ったら出して下さい」

恵美「それで、私笹塚駅から帰るんで、駅まで送ってもらうのがお詫び、ってことでどうでしょうか」

口を挟むヒマを与えず、一息に言い切った。
梨香の忠告を思い出すが遅い。まるでこちらから誘うようなことを言ってしまった。
けど、それでも——これで縁が切れて終わり、ということだけは嫌だったのだ。

真奥「んー……」

何か悩んでいるらしい。はしたない女と思われただろうか。
ふと見れば横から女子高生らしき店員が、あわわどうしようという顔でこちらを凝視している。
不安に苛まれながら待つと、

真奥「じゃあ君がいいなら、それで。任せてよ、ポテト山盛りにすっからさ」

笑ってそう言ってくれた。

***

その後ひとまずマグロバーガーのセットを注文し、
カウンターが見える位置のテーブルに座った。
アイスコーヒーを飲みながら真奥さんの方を見やると、

——確かにちょっと美人でしたもんね? ね? 真奥さん、ね?
——ねって三回も言うな! ちーちゃん何よ? 俺があの人といらっしゃいませ!

何やら先ほどの店員と話している。
……でかい、わね。まさか彼女だったりするのかしら。
もしそうだとしたら、私の行為は恋人同士に水を差す横恋慕ということになってしまうのだけど。

……恋、なのかしら?
胸に浮かんだ言葉はあまりにも直接的で、そうだと確信することが躊躇われた。
剣技なら誰にも負けない勇者なのに、こんな普通のことには弱気になるものねと自嘲する。
恋なのか、単に親切が嬉しかったのか、まだ分からない。
けれど、使命を果たせる当てもない停滞した日々の中で、
今日感じた気持ちが自分の心を軽くしてくれたことだけは間違いなかった。

24時間営業の店以外は閉店し、街灯が薄暗く辺りを照らす中、自転車を押す彼と連れ立って駅に向かう。

恵美「さっきの子、可愛かったですね。彼女さんですか?」

真奥「違う違う、単にバイトの後輩だよ」

恵美「その割にはアダ名で呼んで親しげでしたけど」

真奥「ありゃうちの店の、まあ慣習なんだよ。店長が認めた人はアダ名で呼ぶの」

よし。……ってよしじゃない。
どうもまだフワフワと浮いているような気分だ。
と、気づいた。まだ私は名乗ってもいない。

恵美「ごめんなさい、そういえば名前まだ言ってませんでしたね。遊佐恵美といいます」

真奥「ああ、こりゃどうも。改めて、真奥貞夫です」

恵美「貞夫……」

真奥「今時の名前じゃねえってよくからかわれるけどね」

恵美「そんなことありませんよ。いい名前じゃないですか」

本心だった。確かに今時の響きではないが、純朴そうな彼には合っているように思えた。

恵美「……あの、名前で呼んでもいいですか?」

真奥「ん?」

恵美「真奥って苗字、知り合いにもいて。それがすっごく嫌なやつで、思い出しちゃうんです」

これは半分本当。何が悲しくてこんな良い人を、あの邪悪な魔王の名で呼ばなければならないのか。
もう半分は、……まあ、なんでもいいじゃない。

真奥「はは、いいよ。じゃあこっちも名前で呼んでいいかな」

恵美「もちろんいいですよ、貞夫さん」

と平然と答えながら心中でガッツポーズを取る。

真奥「恵美はどこ住んでんだ? 職場は笹塚近くなんだよな」

恵美「ッ、え、永福町、ですけど……」

動揺した。
いきなり呼び捨てタメ口とは……!
案外女慣れしているのかしら。
……いや、さっきまでの丁寧な態度は店員としてのもので、これが素なのかもしれない。
だとしたらそれを早々に引き出せたのは僥倖だった。

真奥「……ん、ああ、この呼び方失礼だった? 恵美さんのほうがいい?」

恵美「いえっ! 恵美で! 恵美で、いい、です」

せっかくの距離をまた離させてなるものか。

真奥「そう? つーか、そんなら恵美のほうもそんな固い口調じゃなくていいよ。疲れるだろ」

恵美「え、あ、はい、……じゃなくて、うん。……分かった」

真奥「うんうん」

こんなトントン拍子に進んでいいのだろうか。
最近の学生さんは進んでると言うけど……って私も本当なら学生の年なんだけどね。
ただ、私も何度かナンパなるものをされたことがあるが(そして全て撃退したが)、
彼らの態度には彼女欲しさが滲み出ているのに対して、真奥さ……貞夫の場合は
ただ話しやすくするため近づいてきたという以外の理由はないことが態度で分かった。

恵美「えっと、貞夫は大学生なの? 二十歳くらいよね」

真奥「いんや、フリーター。いつか正社員になるけどな。年はさんびゃ……ああ、二十歳」

恵美「正社員って、マグドの?」

真奥「ああ、あの店の店長はすげえ人なんだぜ。俺はいつかあの人を越えるんだ。ちなみに関西人?」

恵美「友達がそう言うから移ったの。頑張ってね、貞夫の接客すごく良かったし、なれると思う」

真奥「サンキュ。恵美はいくつ?」

恵美「じゅうな……私も二十歳。ドコデモのテレアポやってるの。契約社員だけどね」

真奥「ああ、ドコデモかー。俺携帯は電話とメールしか使わないから、テユーカー使ってんだよな」

恵美「まだテユーカーの機種生き残ってんの!?」

流れるように会話が進む。
その理由はなんとなく分かった。多分、彼は私に対して興味を持っていないんだ。
人としてではなく、女として。
だから見栄を張ることも、逆に隠すこともなく自然に接してくる。
それは少し残念ではあったが、一日でここまで接近できたことは私としては望外の戦果と言っていい。
また会えばいい。話せばいい。そのためには——

真奥「……っと、着いたな」

気づけば笹塚駅に着いていた。
幡ヶ谷から笹塚は徒歩で10分かそこらで着く距離だが、
彼と歩く楽しさは更にその時間を短縮させていた。

真奥「ここでお別れだな。今日は色々悪かった」

恵美「ううん、私こそ。それでね、あの——」

真奥「ん?」

恵美「良かったらだけど、携帯の番号交換しない?」

声は震えてなかっただろうか。顔は引きつっていなかっただろうか。
今日一番の勇気を出して言ったそのセリフに貞夫は、

真奥「ああ、いいよ」

なんでもないことのように応じた。

***

手を振り貞夫と別れ、駅に入り電車に乗る。
電車が永福町に着き、外に出て周りに人気がないのを確認し——

恵美「…………っはあ〜!」

うずくまって大きく息をついた。

顔が熱くなっているのが分かる。
目を閉じれば彼の顔が浮かぶ。

もう認めるしかなかった。
世界を救うべき勇者としてあるまじきことではあるが……
私はただの一人の女として、恋に落ちたのだ。

ふと、気づく。
左手に持ったままのビニール傘。

恵美「……あああっ! 返し忘れた!?」

どれだけ浮かれていたのかと、自分で自分が恥ずかしい。

真奥「……でさー、家電一気に買っちゃって金がないもんだから、昨日の夕飯こんにゃくときゅうりだけ」

恵美「それで今日はハンバーガーでしょ? 結構真剣に健康ヤバイんじゃない?」

真奥「お前が言うか。二日続けて食っといて」

恵美「ぐっ……そ、そうだけど」

彼と会って二日目。
私は今日も彼と一緒に駅への道を歩いていた。

今日は大変だった。出社したら、どうも昨日に増して私の様子がおかしかったらしく、
目ざとい梨香の追求に、つい昨夜の出来事を報告するハメになった結果、私よりも彼女が興奮した。

梨香「恵美にしては随分攻めたね〜! 上出来よ!」

恵美「攻めッ……なんか生々しくなるからやめてくんないそれ?」

梨香「恋愛は生の現実なんだから生々しくて当然よ。年を考えればフリーターなのもまあ許容範囲として」

梨香「話を聞く限りじゃ顔良し性格良しの良物件じゃない。ちゃんと帰ってからメールか電話した?」

恵美「え、いや、してないけど……。送る話題も思いつかないし、そんないきなり迷惑じゃない」

梨香「っかー! なんで普段は自信満々なのにこういうとこはダメかなあこの子は!」

恵美「だ、ダメ? そんなダメ?」

梨香「ダメよ。向こうに意識されてないんなら、意識されるまで攻めを途切れさせないようにしないとすぐ忘れられちゃうよ?」

恵美「一太刀浴びせたら止めを刺すまで斬り続けろってこと?」

梨香「……なんかものすごく物騒な例えだけど……まあそういうことよ!」

休憩時間のそんなやり取りの末、
梨香の見張る前で今日もバイトかどうか貞夫にメールしたところ、
今日も夜までバイトとの返答を入手。再び夕食(という理由付け)のためマグドを訪れ、
貞夫の終業時間まで店内で粘り、「せっかくだから今日も一緒に帰る?」ルートに分岐成功、
そして現在に至る。

恵美(……これ、どうなの? 一歩間違えればストーカーじゃないかしら?)

恵美(引かれてないよね? ……うん、貞夫の顔を見る限り大丈夫、のはず)

つまり敵に私の剣は通っている。が、ダメージになっていないのだ。
ならば梨香の助言どおり、休むことなく二の太刀を浴びせるほかあるまい。
自然を装え。敵にこちらの剣筋を見極めさせてはいけない。

恵美「あー、でも……一人暮らしなら食事は適当になっちゃうかもね。私もついつい面倒で、惣菜で済ませたりするし」

恵美「あ、そうだ、良かったら私がご飯作りに行こうか?」

恵美「そしたら私もまともなご飯食べられるし、お互いお得よね。……なーんて……」

渾身の覚悟で放った一撃はしかし、効いた様子も弾かれた様子もなかった。
彼は表情を変えず言い放った。

真奥「大丈夫大丈夫、飯は同居人が作ってくれててさ。家事すげー上手いんだぜ」

なん……だと……?

恵美「……それって、つまり、その……彼女的な何かで……?」

膝が震える。顔が歪む。
私を意識する素振りをまったく見せてくれないのは、つまりその席はもう——

真奥「いや、昔からの部下……じゃない、男友達と貧乏生活」

恵美「…………あ、そう」

真奥「ん? 大丈夫か? すごいげっそりしてるけど」

恵美「いえ、何でもないわ、ホント……」

ああ、こういう人だった。
私も大概だが、彼も男女の機微というやつに相当疎いんじゃないだろうか?
おかげで振り回されっぱなしだ。

と、そのとき、貞夫が不意に転倒した。

真奥「おわっ! ……ってー……あー、ビビった。何か踏んだか?」

恵美「ちょ、大丈夫? って、自転車……」

真奥「あー! パンクしてる! しっかりしろデュラハン号! 傷は浅いぞ! 買ったばかりで逝っちゃダメだああ!」

恵美「別にパンクくらい、自転車屋さんに持っていけば千円くらいで直してくれるわよ」

自転車に何やら名前を付けて真剣に泣き叫んでいる男。さすがにちょっと引きながら助言すると、

真奥「ほ、本当か! じゃあ明日朝イチで直しに行く。教えてくれてサンキュな!」

恵美「ど、どういたしまして……」

高いテンションのまま、満面の笑みで迫られる。距離が、近い。
ああもう、どうしてこう……

瞬間、デュラハン号が弾けた。
先ほど破裂した前輪に続いて、今度は後輪が。
更には信号のライトまでが。

真奥「俺達……」

恵美「……撃たれてる?」

咄嗟に貞夫を押し倒すようにして伏せる。
刹那の後、頭上を何かがかすめ、地面を砕く。

恵美(何!? 日本で銃撃事件なんて……でもこの威力、玩具じゃない!)

恵美(分からない、分からないけど……)

恵美(貞夫は私が守る……勇者である私が!)

そのまま辺りを見渡すが人影はない。
よく見ようと頭を上げ——

真奥「危ねえッ!」

ひっくり返されるようにして、今度は貞夫が私に覆いかぶさる。
何度目かの狙撃が今までいた場所に着弾する。

真奥「これは……いや、まさか……」

恵美「ッ……貞夫?」

真奥「……恵美、笹塚駅まで逃げよう。人通りの多いところまで行ったほうが安全だ」

恵美「う、……うん」

言われて、手を取られる。そのまま私達は走りだした。

恵美(どうして……? 彼は何故落ち着いていられるの?)

不思議だった。
勇者たる私が、不甲斐なくも現状を把握できずに混乱しているのに、
彼は迷わず対応を考え、実行している。
肝が座っている、で済む話なのだろうか?

考えがまとまる間もなく、笹塚駅に着く。
時間は遅いが飲んで酔っ払った人で賑わっている。
息を整えながらしばらく待ったが、射撃はもう来なかった。
私は貞夫を振り向き謝罪した。

恵美「……ごめんなさい、さっきの、私のせいかもしれない」

真奥「……なんでお前が謝るんだよ。不良のイタズラかなんかだろ」

そうじゃない。私には心当たりがあった。
さっきのはイタズラのレベルじゃない。
かと言って銃撃事件というのもまずないだろう。
姿の見えないところから、一般市民への『狙撃』。
そんなものそうそう起こり得ない。

考えられるとしたら、……考えたくもないことだが、魔王。
私がこの八ヶ月、必死に探して見つからなかった奴が、逆に私を見つけ、
不意打ちの魔翌力弾で仕留めようとした。そのほうがよっぽどあり得る。
魔王だとしたら攻撃の規模が小さすぎるようにも思えるが、
奴も私と同じく力の無駄遣いができない状態だとしたら頷ける。
だとすれば、直接の対峙さえ叶えば、聖剣で奴を斬り倒す自信はある。

が、今思うべきは私のことよりも、彼のことだった。
貞夫。彼は何の罪もない一般人だ。
その彼に私が接触した。たまたま一緒にいたから撃たれかけた。
だとすれば、私の始まりかけたこの恋は……罪だ。
世界に身を捧げるべき勇者が、己の欲に溺れた罪への、罰。

私はもう、彼に会うべきじゃないのかもしれない。

真奥「……」

貞夫は難しい顔で考え事をしている。
さっきのことについてだろうか。彼が背負うべき責など一切ないのに。

……色々と疲れた。
今日のところは別れを告げて、家に帰ろう。
さっきは不意打ちだったが、心構えさえあれば魔翌力での襲撃は察知できるはずだ。
身体を休め、明日からは再び魔王探しを続ける。
そう考えを練りながらポケットの中の財布を探る。
走り回っている間に終電が終わってしまったから、タクシーを拾わないと——

恵美「あ」

真奥「え?」

……

恵美「…………財布、落とした……定期も……」

泣きたくなった。
本当に、勇者失格だ。

徒歩で帰るのは避けたいし、まさか路上で寝るわけにもいかない。
何しろまた襲撃があるかもしれないし、それ以前に明日も仕事だ。
勇者もテレアポもきっちりこなさないとご飯が食べられないのが現実である。
戸惑う貞夫に、……恋する女としては非常に情けないお願いをする。

恵美「……ごめん、ほんとごめん、ちょっとだけお金貸してくれないかしら……タクシー拾うかネカフェ行くから」

再び考えこむ貞夫。呆れられているのだろうか、と心が萎びる。
と、彼が真面目な顔でこちらを向いた。

真奥「良ければ、なんだけど」

恵美「え?」

真奥「さっき撃ってきた奴がまだいるかもしれない。今夜はお前を一人にするのは心配だ」

真奥「だから、さっき言ったとおり男二人のむさい部屋なんだけど……」

真奥「俺を信用してくれるなら、うちに泊まっていかないか」

……
…………

え?

真奥「ちょっと待っててくれ。今同居人と話してくるから」

恵美「う、ん」

結局私は、彼のアパートまで付いてきていた。
ヴィラ・ローザ笹塚。名前は豪華だが、正直オンボロと言っていい風体だった。
最近頻発している地震で崩れていないのが不思議だ。
階段は錆びており、貞夫の部屋がある二階に上がる際に転びかけた。

……私は何をしているのだろう。
さっき勇者としての不甲斐なさを痛感したばかりなのに、
また一般人の彼に迷惑をかけようとしている。
だが私を誘った彼の表情と口調は、純粋に私の心配をしてくれていると
はっきり分かるもので、それにすがってしまったのだ。
思えば人に甘えることなど、十二まで父にしていた以来一度もなかった。
自分で思っていたよりも私は小さく、弱い人間だったのだろうか。

部屋のドアが開いた。

***

芦屋「こんばんは、真奥の友人の芦屋四郎と申します。大変な目に遭われたそうですね」

恵美「こんばんは、遊佐恵美です。この度は本当に……ご迷惑をおかけします」

芦屋「いえいえ、お気になさらず。どうぞ座って下さい」

そう笑いかけてきたのは、長身に細身の美形だった。
エプロンが似合い、貞夫と私の飲み物を用意するその姿は、確かに家事が手馴れている様子だ。

部屋は建物の外見から想像できる通りの安普請ではあったが、
きちんと片付いており掃除も行き届いている。
芦屋さんのマメな性格が想像できた。

真奥「芦屋、このタオル洗ってあるよな?」

芦屋「ええ、大丈夫です」

恵美「……芦屋さん、貞夫とは敬語で話すんですか?」

真奥「んー、実はフリーターになる前まで、ちっちゃい会社をやっててな」

芦屋「そのとき真奥の秘書のような役割をやっていまして。癖が抜けないというわけです」

知らなかった。そういえば貞夫から昔の話は聞いたことがない。
そこまで考えて、まだ彼と出会ってから二日しか経っていないことに思い当たる。
この二日で、びっくりするくらい私と彼の距離は縮まっている。
それは反省すべきことでもあり、やっぱり嬉しいことでもある。
……きっかけの一つが魔王の襲撃であることが腹立たしくはあったが。

真奥「泊まれっつっといてなんだけどさ、うち敷き布団ってないんだよ」

恵美「え」

それはまた。貧乏とは聞いていたが、本当に何の誇張もなくド貧乏らしい。

真奥「だからわりいんだけど、俺らの掛け布団敷いて寝てもらっていいかな」

真奥「で枕は座布団。上にはバスタオルかければ、暑いし大丈夫でしょ」

恵美「え、私はいいんだけど……貞夫達の布団がなくなっちゃわない、それ?」

真奥「別に平気だって」

芦屋「私は真奥の部下ですから。主の客を差し置いて己を優先などできません」

貞夫が当たり前のように答えて、芦屋さんが冗談ともつかない言葉で追従する。
貞夫について私が知っている数少ないことだが、彼は良くも悪くも有言実行なのだ。
彼が布団を貸すと言った以上、遠慮しても結果は変わらないのだろう。

恵美「……ありがとう。ここまで来たらお言葉に甘えるわ」

真奥「おう。あとコレ」

貞夫が財布から折り曲がった千円札を取り出し、手渡してくる。

真奥「仕事行く前に一回家帰るんだろ? それ貸すから、明日早めの電車で帰るといいよ」

恵美「うん……ホントにありがとう」

真奥「おし、じゃあさっさと寝ちまおうぜ。社会人は大変だもんな」

彼はそう言って、いつものように笑った。

部屋の端のスペースを借りて横になる。
もう片方の端には、完全無欠に布団なしで畳に横たわる男が二人。
一般的には女性として危機感を覚えるべき状況だが、
その夜は日本に来て以来、一番安らかに眠れた。

***

真奥「……だからさ、アレが俺狙いだったとしたら、完全に俺のせいで巻き込んでんじゃん」

真奥「放っておくわけにもいかねえよ」

芦屋「随分と甘くなられたものですね」

真奥「お前も賛成しただろ」

芦屋「先ほども言ったとおり、主の客です。脆弱な人間だろうと、それは変わりません」

真奥「へいへい。……ん、ちーちゃんからメール? ……地震がまた起こります?」

翌日、始発が動き出す頃、私は目覚めた。
寝ぼけ眼で部屋を見渡すと、まだ貞夫と芦屋さんは眠っているらしい。
悩んだが、二人が目覚める前に部屋を出ることにした。
礼を言いたいのはやまやまだが、何しろ昨夜は走り回った挙句
風呂にも入らず(このアパートに風呂はなかった)、
化粧も汗で流れ更に一晩放置した状態だ。男に見せたい状態ではない。
あとでお礼のメールか電話を贈ろう。その辺にこだわる貞夫ではあるまい。

せめてものお返しに、きゅうりの酢の物を作り
(本当にきゅうりとこんにゃくしか食材がなく愕然としたが)置いておいた。
鍵を閉め、外の窓から投げ入れる。
そうしてヴィラ・ローザ笹塚を後にした。

自宅に帰る。まだ出勤までには時間があり、ゆっくりできそうだ。
シャワーを浴び、タオルで身体を拭いていると、貞夫のことを思い出す。

恵美(……あいつのタオル、うちと同じ洗剤の匂いがしたな)

瞬間、彼の家に泊まったのだという現実が押し寄せ、気恥ずかしさが湧いてくる。

恵美(いや、芦屋さんもいたし! 単に親切だし! 貞夫は私に興味なんかないし!)

恵美(……って落ち込むから考えるのやめよう、うん)

リビングに戻りテレビをつけると、昨夜の銃撃事件がニュースで取り扱われていた。

恵美(これが魔王の仕業だとしたら……やっぱり奴は許せない)

恵美(エンテ・イスラのためだけじゃない。日本のためにも、一刻も早く魔王を倒さなければ)

覚悟を改め、表情を険しくしていると——

恵美「ぅえっ!?」

テレビに映る事件現場と野次馬、その中に一瞬映った貞夫と芦屋さん、
そして黄色いテープの中にあるデュラハン号。
ああそうか、デュラハン号を回収しに行ったらこの有様だったのか……。
携帯を取り出し、貞夫にメールを送ってみる。

恵美「テレビ見ました、デュラハン号は大丈夫でしたか……っと」

こういうケースで被害者の自転車がどうなるのかは知らなかったが、
もし戻ってこないのなら、そして戻ってきてもあの故障状況を考えれば
弁償したい。責任は私にあるのだから。が、貞夫は拒むだろう。
悩ましく思いながら会社へと向かった。

銀行のカードを止めないと……と昼休みにやるべきことを考えながら
仕事をこなしていると、外国語コードの転送着信。
応対すると、くぐもった声の相手は日本語を使ってきた。
が、問題はそこではなかった。

??『……遊佐? 最早完全に日本人に溶け込んだんだね。勇者エミリア』

恵美「……っ!」

この八ヶ月呼ばれることのなかった名。
そしてこの闇の底から轟くような卑しい響き。魔の者だ。

恵美「どちらさまでしょうか」

??『勇者と魔王を知る者だよ。そしてお前達をともに滅する企みを持つ者さ』

恵美「!?」

私と、魔王を、ともに?
どういうことなの? 魔王軍の中で裏切りが起きているとでも?
しかし昨夜の襲撃の翌日この接触、となると……

恵美「そうしますと、昨夜遅くの再三にわたるアクセスは……」

??『それなんだけどね』

そこで相手は、気を持たせるように間を置いた。

??『君は本当に何も気づいていないのかい?』

……何を言っている?
相手の意図が読めず沈黙していると、

??『……はは、ははははは! こいつは哀れだ!』

恵美「……どういうことでしょうか」

??『はは、君は気にしなくてもいいよ。ともあれ異世界に渡った魔王サタン、勇者エミリアの抹殺』

??『これは、僕の果たすべき任務であるとともにエンテ・イスラの意志だ』

恵美「なんですって!」

何故エンテ・イスラが自分を?
そして悪魔であるだろうこいつが、何故魔王を?
昨日の襲撃は魔王の仕業ではなかった?

何もかもが分からなかった。
だが……一つだけはっきりと宣言しておく必要があった。
彼を、二度とエンテ・イスラの事情に巻き込まないために。

恵美「……昨夜のように、この国の人間を巻き込むのはやめなさい。逆効果だから」

恵美「私の怒りを買うだけよ。一人のときに来れば堂々と叩きのめしてあげる」

それは覚悟の表明であり、挑発だった。だが、

??『はっはははははは!! いや、君は本当に面白い!』

??『それについては僕も応援しているよ。君の初々しい初恋が実るように、ね』

その言葉を最後に、通信は切れた。
不自然な通信に目を丸くしている梨香をごまかしながら考える。

先ほどの相手は誰だったのか。
そして、……最後の奇妙な言葉の意味は。

考えても答えの出ない不毛な問いかけに頭を使っているうちに
昼休みになり、そして携帯電話が鳴った。

結果として、彼を巻き込んだ責任(の一端)を取る機会は思ったより早く訪れた。

真奥「すまんっ! 恩に着る!」

恵美「いいのよ、昨日の恩返しと思って」

そう言って、今にも土下座しそうな貞夫と芦屋さんを窘める。
なくした財布の中に入っていた銀行のカードを止めるため、
保険証と印鑑を持っていたのが功を奏した。
デュラハン号の防犯登録から持ち主である貞夫が割り出され、
警察に呼ばれたところ、なんと彼には身寄りがいないんだとか。
身元保証人がいないとまずいらしく、慌てた末に思い出したのが自分の顔だったらしい。

恵美(……これって、身内以外で一番頼れるのが私……ってことよね)

そう思うと満更でもない。昼休みを潰した甲斐もあったというものだ。
ちなみに懸案事項であったデュラハン号は、貞夫が被害者であるということで
警察の側で修理してもらえたらしい。

恵美(防犯登録から個人を割り出したことといい、案外やるわね日本の警察)

恵美(って感心してる場合じゃないわね。……さっきのこと、どうしよう)

相手の素性も襲撃の理由も定かではないが、先ほどの通信を聞く限り
私には近々、また敵の攻撃が振りかかるだろう。
しばらく私には近づかないほうが良いと言うべきか。
だが昨夜泊めてもらったことから分かるとおり、貞夫は優しく、そして良く気がつく。
下手なことを言えば逆に私を守ろうとしてしまうかもしれない。
……というのは、私の欲目だろうか。
どちらにしろ、勇者や悪魔の存在を伏せて現状を理解してもらえる説明は思いつかない。
結局その場は、何も告げずに別れた。

恵美「……何してるんですか、芦屋さん」

芦屋「うおわぁっ! ゆ、遊佐さん……!?」

仕事が終わり、その日はまっすぐ家に帰るべく
新宿の地下通路を歩いていると、通路の一角で柱に隠れて
尾行か何かでもしているような怪しげな人影を発見。
よもや悪魔か、とよく見てみれば、芦屋さんだった。

芦屋「いえ、少し夕方の散歩と洒落こんでいまして……」

恐ろしく嘘の下手な人だった。
あえて無視し、芦屋さんの睨んでいた方向を見てみると、

恵美「……え」

そこにあるのはチェーン店のカフェ。
そしてその窓際の席に座っているのは貞夫と、……かわいい女の子だった。

恵美「あ、あ、あ、芦屋さんっ! どういうことですかっ!?」

芦屋「いえ、あの、まずはこの手を、ごっふぅ……」

気づけば芦屋さんの襟首を掴んでブン回していた。
……落ち着いて、冷静になるのよエミリア。
別に若い男と女がカフェでお茶してたってデートってワケじゃない。
……他のどういうシチュエーションに見えるのかという内心のツッコミは押し留める。

芦屋「ええとですね、彼女は真奥のバイトの後輩で」

芦屋「何やら悩み事があるとかで、ああして話を聞いているだけで……」

恵美「悩みなら職場で話せばいいじゃないですか。なんでカフェなんですか。なんでカフェなんですか」

芦屋「……いえ、私にはなんとも……」

怯えられた。顔や口調は普段通りのつもりなのだが。

改めて彼らの様子を見てみれば、貞夫の服装はいつもと違い、洒落たものだった。

恵美「……あいつ、あんないい服も持ってたんですね。ご飯にも困るくせに」

芦屋「こんな事もあろうかと、密かに貯めていたヘソクリで私が見立てました」

……芦屋さんは自分のことを部下と言っていたが、母親か新妻とでも言ったほうがいいのではないだろうか?
ひょっとすると貞夫の隣にいるための一番の障害は彼なのではと、益体もない考えがよぎる。

貞夫と向かい合う女の子を見てみると、どこかで見覚えがある。
……ああ、思い出した。初めてマグドに行ったとき貞夫と仲が良さそうに話していた子だ。
その服装も大変に気合が入っており、少なくとも彼女の側が
デートのつもりで来たことは間違いないだろう。
何よりも腹立たしいのは、

恵美「…………大きいわね」

芦屋「何がですか?」

恵美「なんっでもないですよ……!」

別に胸の大きさで女性の魅力が決まるわけではないと断固として言いたい。

恵美(……けど、どうしよう)

恵美(デートだろうと悩み相談だろうと、二人は二人の意思であそこにいる)

恵美(私には邪魔する権利なんてない。それどころか、貞夫に近づく資格すらないかもしれないのに)

何もできず、かと言って無視して離れることもできず、
悶々としている私を見て何を考えたのか、芦屋さんが語り出した。

芦屋「……彼女はどうやら真奥のことを好いているようです」

恵美「……見れば誰でも分かりますよ」

芦屋「ですが彼女の想いが成就することはないでしょう。少なくとも、当分は」

恵美「……え?」

視線をカフェのほうから芦屋さんへ移す。
彼の表情から、何を考えているのかは窺えなかった。

芦屋「真奥は、人と恋愛をしたことがありません」

芦屋「いえ、恋愛以前の話ですね。つい数カ月前まで、彼にとって人は交流するに値しない存在だった」

……どういった意味の話なんだろうか?
少なくとも、言葉をまっすぐ捉えれば、信じ難い話だ。
私の見てきた貞夫は、バイト仲間とも上手くやっており、
会って間もない私の身の心配をするほどのお人好しだ。

芦屋「事情があってフリーターとなり、この街で生活するようになってから真奥は変わりました」

芦屋「その変化は私にとって時に理解し難く、時に微笑ましいものでした」

芦屋「あんな風に、ただの少女の悩みに親身になる真奥が良いのか悪いのか」

芦屋「まだ私にもよく分かりませんが、真奥自身はその変化を好ましく思っているようです」

恵美「……」

恵美「……つまり、何が言いたいんですか?」

そこで芦屋さんは、初めて笑みを見せた。

芦屋「まあ、私としては賛成も反対もしづらいのですが」

芦屋「真奥を好きな人が増えるのは、真奥にとってより良い変化をもたらすかもしれないな、ということです」

芦屋「あの少女にとっては災難かもしれませんが」

恵美「——っ!」

顔が紅潮する。
この人の立ち位置はよく分からない。貞夫の過去とやらも知らない。
けど、私の気持ちは知られていて——
どうやら応援まで行かずとも、見過ごすくらいはしてくれるらしい。
まるで本当に彼の母親のようではないかと、少し笑えた。

……考えてばかりいても仕方がないか。

恵美「……喉が渇いたので、失礼しますね。また今度」

芦屋「そうですか、それではごゆっくり。私はまた散歩にでも興じています」

そう嘯いてその場から動く気も見せない芦屋さんに背を向け、私はカフェの入り口に向かった。

貞夫の視線をチェックしながら店に入り、抑えた声で注文を済ませる。
そのまま彼の視界に入らない席に座った。どうやら気づかれずに済んだようだ。

恵美(……いよいよ本格的にストーカーね、こりゃ)

自嘲しながらコーヒーを啜る。
貞夫と女の子(ちーちゃん、と呼ばれている)の会話に
耳を傾けると、集中すれば何とか聞こえる音量だ。
どうやら相談自体はちょうど終わったところのようで、女の子が礼を言っている。

恵美(……ん?)

女の子の様子がおかしい。困ったような、恥ずかしがっているような。
これではまるで——

少女「ま、真奥さん、その」

——まるで、ではない。
女の子は今まさに、告白をしようとしている。

少女「私、真奥さんが……っ!」

その瞬間、衝動的に身体が動いた。

恵美「貞夫っ!」

自分が思ったよりも大きな声を上げていたことは、
集まってくる周りの視線で分かった。
その中には、驚いた顔の貞夫と、何が起きたのかよく分からない女の子の顔も。
好奇の目はすぐに離れるが、二人はこちらを見つめたままだ。

恵美「あ、……えっと、久しぶり、貞夫」

真奥「え? ああ、……ってさっき会ったじゃん、恵美」

驚きの処理は済んだのか、貞夫が返答してくれる。
だが女の子のほうはそれで新しいスイッチが入ったのか、私と貞夫の顔を見比べてくる。

少女「え、……え? 名前、呼び捨て、で……」

口内でぼそぼそと呟いたあと、こちらを見てゆっくり質問してきた。

少女「……失礼ですけど、お姉さんは真奥さんの、どういったお知り合いですか」

真奥「……ちーちゃん?」

その口調と表情には、警戒……いや、敵意と言っていい感情が篭っていた。
それはそうだ。彼女にしてみれば、いざ告白というところで
割り込まれ、自分にはまだ叶わない名前呼びを見せつけられたようなものだ。
自分でももう少し上手いやり方はなかったのかと思わざるをえない。

端から見ている分には大人しい子に見えた彼女の、
意外とも言える芯の強さに驚く。
これが剣での斬り合いならば決して負けない気合を出せると自負するが、
先ほどの行為の負い目のせいもあってか、口をつく言葉は頼りない。

恵美「私は、その……」

少女「そうだ、思い出した、お姉さんこの前、うちのお店に来ましたよね」

恵美「……それがどうしたのかしら」

少女「もしかして、真奥さんの彼女ですか」

一瞬、そのとおりよと言ってしまいたい衝動に駆られるが、

真奥「俺らはそういうのじゃなくてさ、ちーちゃん、ちょっと落ち着いて」

少女「真奥さん、黙っててください」

他ならぬ貞夫本人の口からはっきりと否定された。
そう。私たちは、そういうのじゃないのだ。

芦屋さんの語った貞夫の話が思い出される。
確かに貞夫は、恋愛に置いて、普通ではないかもしれない。
彼は決して鈍感ではない。
今この状況で、私と女の子に好意を持たれていることが分からないはずがないのだ。
それでも彼はその部分に触れない。まるでそんな感情など知らないかのように。

たまらず躍り出たもののどうしていいか分からない私に、
女の子が再び何かを問いかけようとした瞬間——

地面が揺れた。

恵美「——良かった、気がついたのね」

女の子が目を覚ました。

少女「あなたは……」

まだぼんやりとしている様子だったが、私の顔を見た瞬間慌てて叫ぶ。

少女「だ、だ、大丈夫ですか!」

恵美「ああ、これ? 大したことないわ」

額を打って少し血が出ているが、悪魔との戦闘を思えばかすり傷にも入らない。
それにしても、あの言い合いのあと傷の心配はしてくれるあたり、
純粋に良い子なのだろう。また睨まれたらどうしようというのは杞憂だった。

恵美「でも参ったわね。完全に閉じ込められたわ」

少女「あ、あの、地震で?」

恵美「ええ」

携帯の灯りで辺りを照らして見せる。
地下街が崩落し、閉じ込められている。
……こういう事態になると逆に冷静になれる自分の女子力とやらが少し疑問だ。

少女「随分、落ち着いてるんですね」

恵美「まぁね。こんなことはちょっと前まで日常茶飯事だったから」

恵美「遊佐恵美よ。貞夫……真奥については」

言葉に迷ったが、結局正直に伝えることにした。

恵美「あなたと変わらないわよ。私が好きなだけ」

彼女は少し驚いたあと、柔らかく微笑んで、

千穂「佐々木千穂です。そうですね、私もおんなじです」

握手に応じてくれた。

千穂「真奥さんは……」

恵美「少なくとも私達のそばにはいないわ」

それが目下「二番目に」心配な事柄だった。
一番心配な事柄に対処するため、千穂ちゃんの額に手を伸ばす。

恵美「ごめんね、少しだけ眠ってて」

聖法気を使い、彼女を眠らせる。
彼女を、これから起きるかもしれない事態の目撃者にするわけにはいかなかった。
もうこれ以上、私のせいで巻き込まれる日本人を増やすのはごめんだった。

恵美「さて、と……」

事態は異常だった。
地下街の崩落、これは敵、悪魔の仕業と考えていいだろう。
だが理屈に合わないのは自分達の現状だ。
辺りにいくつもの魔翌力結界の存在を感じられる。
おそらく崩落に巻き込まれた人間達を覆っているのだろう。
私と千穂ちゃんが不自然に開けた都合の良い空間にいるのも、魔翌力結界に守られているせいだ。
魔翌力を使うのは悪魔。つまり今この場で、「悪魔が人間を守っている」。
私の常識に照らしあわせて、やはり異常としか言えない。

恵美(職場で通信してきた悪魔は、魔王と勇者を滅ぼすと言った)

恵美(だとしたらこれは悪魔の中の内紛の結果……? いえ、そうだとしても悪魔が人間を守る意味が無い)

恵美(考えても答えは出ない。問題は今、この結界を作っている悪魔がその辺にいるはずということ)

恵美(そして、貞夫がどこかにいるはずということ。魔翌力結界に守られていればいいけど……)

瓦礫に潰された貞夫の姿を想像しかけて、頭を振る。
そのとき、瓦礫が落ちる音と共に、……魔翌力が近づいてきた。

恵美(……!)

落ち着け。対処を間違えるな。

恵美(悪魔が、近くにいる。おそらく結界を張っている、敵か味方かも分からない悪魔が)

恵美(もしそいつが、理由はさておき人間を守っているなら)

恵美(斬りかかるのはまずい。結界が解除されて皆潰されかねない)

恵美(というか、そいつを悪魔として対応したら私の正体がばれるわよね……まだばれてないのならだけど)

思考の末、取った方法は一番無難な方法だった。
すなわち、一般人として声をかけてみる。

恵美「……あの、そこに誰かいるんですか? 無事ですか?」

恵美(さあ、どう出るか……)

最悪の場合、全聖法気を使い切ってでも地下の人間を守る気構えで相手を待つ。
果たしてその方向から聞こえてきた声は、

「起きてたか。さっすが、頑丈だな」

今一番聞きたい、聞きたくない声だった。

真奥「んじゃちーちゃん、またバイトでな」

千穂「はいっ」

お辞儀をしてから、千穂ちゃんが警官であるという父の元へ駆けていく。
それを見届けてから、貞夫がこちらに戻ってきた。
辺りは警官と救急隊員、それに野次馬でごった返している。
その少し空いた空間に、私と貞夫は立っていた。

真奥「あーと……」

彼が気まずそうに頬をかいて、言う。

真奥「俺、別の世界で魔王やってたんだよな」

冗談と笑い飛ばしたい言葉。
だが今の私にそれはできなかった。
見てしまったから。

崩落した地下で現れた悪魔。その姿は見間違えるはずもない、
仕留め損ねて以来探し続けていた魔王そのものだった。
私が切り飛ばした片方の角を除いて。

そしてその声、その口調、破けて散り散りになった服は、
……貞夫のものだった。
どうして気づかなかったのだろう。
思えば魔王とはまともに言葉も交わしていなかった。
交わしたのは剣と爪だけだ。

魔王としての貞夫を見た私は、勇者としての使命も忘れ、
何も考えることができず、言うこともできず、ただ立ち尽くしていた。

それを恐怖と取ったらしい貞夫——魔王は、魔翌力結界を維持したまま
瓦礫を持ち上げ、人々の救助に専念した。

何故、魔王が人を助けるんだ。
何故、貞夫が魔王なんだ。

問いかけたくとも言葉が出ず、ただ俯いていた。

真奥「……まあ、なんだ。秘密にしといてくれると助かる」

私とのコミュニケーションを諦めた貞夫が、そう締めくくる。
すでに彼の身体は人間のそれに戻っており、全てが夢だったと思いたくなる。

真奥「ん、お前呼ばれてるぞ、恵美」

言われて彼が指さした方向を力なく振り向くと、野次馬の中から梨香が私の名を読んでいた。

真奥「あれ、お前の同僚か何かか? ほら、行ってやれよ」

正体を知られても態度が変わらない貞夫の心境が分からない。
分からないが、今ここで何をすることもできない。
梨香の方へ歩き出しながら、絞りだすように声を出す。

恵美「……貞夫」

真奥「ん?」

恵美「……今度、話、聞かせてもらっていい……?」

真奥「……ああ」

それだけを精一杯の力で言って、その場を去った。
梨香は泣きながら私を抱きしめてくれた。
怪我自体は額を少し打っただけで大したことはないのだが、
おそらく相当酷い表情をしているのだろう、事故でショックを受けたと思っているらしい。
そしてそれは正解でもあった。

梨香「それだけ食欲があるなら、もうなんの心配もいらなそうね」

恵美「本当にありがとう、梨香」

あの後、梨香に言われるがままに病院に行き、詳しい診察を受け、
最終的に彼女のマンションに連れられていった。
事故にあった時の諸々の手続きに彼女は詳しく、本当に助けられた。
そして風呂を借り、食事まで頂いている。まったく頭が上がらない。
あんなことがあってもお腹が空く人間の身体が、なんだか滑稽でおかしかった。

色んな話をして、少しだけ気分が落ち着いてきたとき、

梨香「そういえばさ」

彼女が振ってきた話題が、風向きを変えた。

梨香「あの男、誰?」

恵美「……え」

梨香「あんたが事故現場でお話してた男よ」

梨香「もしかして前に言ってた男? もしかして上手く行ったの? とっても気に……」

梨香「……恵美?」

恵美「……え?」

梨香が怪訝な顔をして言葉が途切れる。
それで初めて、自分が涙ぐんでいることに気がついた。

梨香「ごめん、恵美、本当にごめん」

梨香「余計な詮索なんてしてごめん。辛いこと聞いてごめん……」

恵美「違う、違うの」

顔を歪めて謝ってくる梨香の言葉を遮る。

言われて気がついた。
私は話したかったんだ。
もう一人で溜め込んで辛い思いをするのは嫌なんだ。
自分が戦闘以外では何もできない人間だと、この数日で嫌というほど思い知らされたから。

恵美「聞いて欲しいの、相談したいの。お願い」

梨香「……うん、恵美がそうしたいなら」

微笑む梨香に目で謝意を伝える。
何からどう話せばいいか、頭のなかで整理するが、混乱して上手くまとまらない。
でも梨香は黙って待っていてくれた。

恵美「……あのね」

梨香「うん」

恵美「私の父は、私が子供の頃、ひどい目にあったの」

恵美「父は畑をやっていたんだけど、畑もダメになって、父も、……そうなって」

恵美「それは悪い奴のせいで、私はそいつを絶対に許さないって思って生きてきた」

梨香「うん」

恵美「ついこの間、去年なんだけど、やっとそいつに復讐できるチャンスが来て」

恵美「でも逃げられて。本当に悔しかった。だから諦めずにまた探したの」

子供のように思いついたまま言葉を並べ立てる。多分他人が聞いてもよく分からないだろう。
でも言わずにはいれなかった。生まれて初めて他人に言うことができたから。

恵美「結局そいつは見つからなくて、私は食べてくために今の仕事を始めて」

恵美「梨香とも友達になれて、なんだかんだで楽しく過ごしてて、そんなとき貞夫に会ったの」

梨香「貞夫?」

恵美「さっき一緒にいた人。梨香に話した、……好きになった人」

恵美「会ってからほんの三日しか経ってないけど、それでもとても好きで」

恵美「生まれて初めて恋をした。初めてで、訳が分からなくて、一気に好きになって」

恵美「でも」

恵美「貞夫は"そいつ"だったの」

梨香「……」

恵美「父が……ひどい目にあったのは貞夫のせいだった。私がずっと憎んでたのは貞夫だった」

恵美「おかしいのよ。去年までは確かに悪いやつだったの、間違いなく」

恵美「でも良い人なのよ、すごく、職場でも信頼されてて、可愛い女の子にも好かれてて」

梨香「うん」

恵美「……もうどうしたらいいのか分からないの」

恵美「貞夫が好き。でも貞夫が許せない。どうしたら」

恵美「どうしたらいいの……?」

私は涙を流していたらしい。梨香がハンカチで拭いてくれた。
そして梨香は押し黙った。私に何を言うべきか、何を言うか考えてくれている。
少しの沈黙のあと、梨香が口を開いた。

梨香「いくつか確認させてくれる? 言える範囲でいいから」

恵美「……うん」

梨香「その悪いことした奴ってのは間違いなく貞夫さんなんだよね? 勘違いじゃなく?」

恵美「うん。それは間違いない」

あの姿を、見間違えることはない。

梨香「じゃ、も一個確認」

梨香「貞夫さんはどうして悪いことをしたの?」

答えられなかった。

私は魔王と会話をしたことがない。
エンテ・イスラにいた頃の魔王は、……一体どんな性格だった? 何を考えていた?
世界征服をしようとした。それは間違いない。それ以外、私は何も知らない。
……何故、世界征服をしようとしたの?

梨香「……知らないか。じゃ、も一つ追加で」

梨香「今の貞夫さんが良い人かどうかってのは、保証する方法がないから置いとくとして」

梨香「とりあえず恵美が接した限りで、昔みたいな悪いことはしてないのは確かなんだよね?」

恵美「それは……うん、そう」

梨香「なら、悪いことをしてた貞夫さんが悪いことをしなくなった理由に心当たりとかはない?」

恵美「……」

芦屋『事情があってフリーターとなり、この街で生活するようになってから真奥は変わりました』

芦屋さん……いえ、状況から言っておそらく、魔王と共に逃走した最後の悪魔大元帥、アルシエル。
奴の言葉もどこまで信用できるかまったくの未知数だが、

恵美「……詳しいことは知らない。でも、この街でバイトを始めてから変わったかも、とは聞いた」

梨香「ふーむ……」

梨香が腕を組んで、再び考えこむ。

梨香「うん、もうアレだね」

恵美「何?」

梨香「直接聞こうよ。何であのとき悪いことをしたのって。何で今はしていないのって」

それは。
とても簡単で、でも私には思いつかない方法だった。
悪魔との交渉なんて、そんな発想がエンテ・イスラにはなかったから。

梨香「こういうケースじゃなくてもさ、知ってる? 恋人や夫婦が上手くいかない大きな理由の一つ」

梨香「コミュニケーション不足、だよ」

彼女はほんの少しおどけた様子でそう言った。

梨香「ご飯の味付けとか、掃除の仕方とか、メールの文面だとか」

梨香「そんな他人から見たらどうでもいいようなことを、話し合わずに我慢して」

梨香「その末に我慢しきれなくなって離婚だー、なんて話けっこう聞くよ?」

梨香「私の前提としてね、恵美には幸せになってほしいの」

梨香「だから貞夫さんが本当に良い人で、恵美が気持ちよく好きになれて、んで向こうにも好かれるのが理想」

梨香「そのためには話し合って、納得いったなら好きになればいいし、いかないなら嫌いになればいい」

梨香「もし怖かったら私も着いて行くよ。……っていうのが私の結論なんだけど、どうかな」

私を安心させるために明るい口調で、でも真剣な表情で梨香が言う。
不思議だ。さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちが、驚くほどまとまっている。
かつて魔王を倒すため旅をしていた頃そうだったように、
「コレをやればいい」という状態はとても落ち着くのかもしれない。
そしてそれを提示してくれた梨香にはいくら感謝してもしきれなかった。

恵美「うん。……うん、梨香。ありがとう。本当にありがとう」

恵美「大丈夫、一人で行けるわよ。怖いことなんてない。だって」

恵美「とりあえず殴り合いでだけは、あいつに負けたことないもの」

今日マンションに来て一番の笑顔でそう言うと、
梨香も釣られるように笑った。

真奥「わざわざ来てもらって悪いな。どうぞ上がって」

恵美「ええ」

翌日、私は再びヴィラ・ローザ笹塚の201号室……貞夫の部屋を訪れていた。
メールで、先日借りた千円を返したいが今日は在宅かと聞いてみたところ、
夕方まで空いてます! お待ちしてます! お陰で白米が食えます!
……といった内容の返信が来て、改めて彼が魔王なのか若干疑問に思いつつも出発したのだ。
ちなみに階段ではまた転びかけた。呪いでもかかっているのだろうか、あの階段は。

芦屋「どうぞ、麦茶です」

恵美「どうも……って芦屋さん、なんですそのクマ」

アルシエル——芦屋は明らかに寝不足で、目の下にクマができていた。

真奥「あー……昨日の崩落で何もできなかったって朝方まで泣き叫んでた」

芦屋「ですから魔王様、どうか私に罰を……」

真奥「いいっちゅうに」

私に正体がバレたことを彼も承知なのだろう、
芦屋は先日と違い貞夫のことを真奥ではなく魔王様と呼んでいた。

恵美「……芦屋さんも悪魔なんですよね?」

芦屋「ええ。魔王様の悪魔大元帥四天王が一人、アルシエルと申します」

至極真面目な顔でそう名乗る、エプロンの似合うクマが出来た悪魔大元帥。
その仇敵の姿に、何だか色々なものが馬鹿らしくなってくる。
出された麦茶も、警戒するのも面倒で普通に飲んだ。普通に麦茶だった。

恵美「……とりあえず、これ、借りてたお金。どうもありがとう」

真奥「おお! こりゃご丁寧にどうも」

一応ピン札を封筒に入れたものを渡すと、歓喜の表情で受け取る貞夫。
さて、ここからが本番だ。

恵美「それで……昨日のこととか、色々含めて、貞夫に話があるの。……いいかしら?」

怒りや殺意は込めない。だが誤魔化しもされない、その意思を表情に込める。
貞夫も真顔になった。

真奥「……芦屋、早速この金で食料買い込んで来い」

芦屋「はっ。お任せを」

即座にエコバッグを手にして部屋を出る芦屋。
彼が階段を降りる音が聞こえなくなってから、私は話し始めた。

恵美「……まず、昨日は助けてくれてありがとう」

真奥「いや、気にしないでくれ。ありゃ俺にも原因があるようなもんだし」

こちらの正体は明かさない。敵対した勇者ではなく
第三者の一般人に貞夫がどう対応するか知りたかった。

……それにしても今の言い様だと、犯人に心当たりがあるのかしら?
まあ今は、はっきり言ってそっちのほうはどうでも良かった。

恵美「正直びっくりしたわ。ほら、魔王って言えば、ゲームとかじゃ悪の権化じゃない」

恵美「それがどうして私達人間を助けてくれたの?」

真奥「そらまあ、困ってる人がいたら助けるだろ、普通」

彼は平然とそう言った。
……では何故、彼はエンテ・イスラで人間達を駆逐していたのか?

恵美「でも、元の世界じゃ魔王とまで呼ばれていたんでしょう?」

恵美「なら悪いこともたくさんしてきたんじゃないの? 例えば、人間を……」

魔王「……そうだな、俺のせいで命を失った人間は多いな」

……口調は、さっきと変わらなかった。
当たり前のことを当たり前に言った。
分からない。
今目の前にいる男は、私が常に思い描いていた残虐な魔王サタンでも、
私が好きになった真奥貞夫でもないように思う。

恵美「……それが、分からないの」

怒るな。焦るな。ただ聞け。私が想った真奥貞夫を信じろ。

恵美「どうしてあなたは元の世界で、そんなひどいことをしてきたの」

恵美「どうしてあなたはこの世界で、人に優しくするの」

恵美「教えてよ。不安になるの。あなたのことが知りたいの」

恵美「このままじゃ、……自信を持ってあなたが好きですって言えないから」

貞夫の顔が、少しだけバツの悪そうな表情に変わる。
そうだろうとは思っていたが、私の気持ちはとっくに筒抜けだったわけだ。
それでいい。もう私の気持ちは、進むか消すかしか道はないのだから。

今度は返答に間が空き、やがて彼は口を開いた。

真奥「元の世界……エンテ・イスラに侵攻したのは」

真奥「魔界のため、悪魔のために必要だった。……としか言えないな」

私達エンテ・イスラの人間は、魔界や悪魔についてほとんど何も知らない。
知っているのは、魔翌力さえあれば生きていけるという超常的な生態だ。
何故そんな生物がエンテ・イスラを欲しがるのか。単に残虐さ故と思われていた。
だがこの口ぶりだと他に理由があるのかもしれない。
そこを深く聞くのは、今はやめておいた。まだ話は続く気配だったからだ。

真奥「エンテ・イスラで人間を駆逐したのは、そうだな……」

真奥「嫌な例えかもしれんが、お前ら人間は家を建てるとき、その土地に有る蟻の巣に配慮するか?」

真奥「多分そんな感覚が近いんじゃねえかな」

彼ら悪魔と対峙したとき、何度か言われた。「下等生物め」と。
それは傲慢でも挑発でもなく、悪魔たちの単純な心境だったというのか。
私達が虫を駆除するのと同じ感覚で、彼らは人間を駆除していたのか。

腑に落ちる感覚と、理不尽への怒りに震える感覚が同居する。
……まだ、答えを出すべき時じゃない。
一番大事な、一番聞きたいことがまだ残っている。

そして彼は今、饒舌に喋っている。
質問しても「話す義理はない」と言われればそれまでと半ば覚悟していたが、
懺悔の気持ちでもあるのか、単に話すことに抵抗を覚えない内容なのか。
どちらにしろ、話が続く限り止めるべきではない。

真奥「そして、何故この世界の人間に優しくするのか、だったな」

真奥「……」

真奥「これについては、俺の中でも上手くまとまっていないな」

真奥「最初は魔翌力が残ってなかったから暴れなかっただけだし」

真奥「ただこの世界で暮らすうちに……」

真奥「世話になった人、尊敬できる人、そんな人達がたくさんできて」

真奥「今までの俺じゃやれないこと、知らなかったことがたくさんあることを知って」

真奥「そうだな、仮にこの世界の人間を滅ぼせば目的達成できるとしても、やる気にはならないな」

……。

恵美「じゃあ、今のあなたは……もう人間に害をなす気はなくて」

恵美「世界征服もする気はないということ?」

真奥「ありえない。俺は必ずエンテ・イスラに戻り、世界を征服する」

真奥「ただ、世界征服のやり方が間違っていた。それだけは分かる」

真奥「今は、新しいやり方をこの世界で学んでいる最中ってとこだな」

……。

恵美「じゃあ、最後の質問」

恵美「あなたは新しい世界征服をする……その内容が正しいものだったとして」

恵美「前回の間違った世界征服に付き合わされたエンテ・イスラの人間はどうなるの?」

恵美「あなたが害虫気分で駆除してきた人間達に、何も思うところはないの?」

恵美「答えなさいよ……!」

真奥「……」

真奥「……俺自身あんまり深く考えたことはないが」

真奥「そいつらに今言えるとしたら——とりあえず、なんか、スマン、かな」

……。

その言葉の響きは、あまりにも軽かった。
が、その言葉の意味を、謝罪の意を、魔王が本心から発したことが分かった。
分かってしまった。

ダメだ、と思った。
彼の返答はエンテ・イスラの人間全員を納得させるには、
未だ抽象的で、中途半端で、説得力が無かった。
そもそも彼自身に、別にエンテ・イスラの人間を納得させる気もないのかもしれない。

だが自分は。彼を父の仇と追い続け、しかし彼を初恋の相手と想い続けた自分は。
もう彼を斬ることはできないだろうと思った。

真奥「……こんなところで満足か?」

真奥「勇者エミリア・ユスティーナ」

恵美「……知っていたのね」

真奥「地下街崩落のときにな。聖法気でちーちゃん眠らせただろ」

真奥「それに普通の人間は、魔翌力を発してる状態の俺の近くで平然としてられねえよ」

恵美「……そりゃ、そうか。私も大概間抜けね」

真奥「うちに泊めたときは俺のせいで巻き込んだと思って本気で心配しちゃってたんだぞ」

真奥「勇者と知ってりゃ布団なんか分けてやんなかったのに、ったく」

恵美「それでも泊めてはくれたんだ」

真奥「……まあ不憫だしな。財布落とす勇者とか聞いたこともねえよ」

真奥「で、どうすんだよ」

恵美「何が」

真奥「俺の正体も俺の考えも、俺が地下街で魔翌力をほとんど使ったことも知っただろ」

真奥「今なら斬れるぞ。抵抗するけど」

恵美「……」

恵美「……私は……」

恵美「できない」

恵美「私は、過去がどうあれ、今のあなたを……真奥貞夫を……!」

そのとき。

轟音と振動がアパートを揺らした。

チーン

ニート 「」\(^o^)/

ハゲ「」\(^o^)/

芦屋「いやあ……ルシフェルは強敵でしたね」

真奥「オルバとルシフェルが組んでたとは思わなかったな〜」ウンウン

恵美「これじゃ私……エンテ・イスラを守りたくなくなっちゃうわよ……」

真奥「る、ルシフェルは俺が責任持って連れて帰るとして……」

真奥「オルバどうする? 放っときゃ警察が捕まえてくれるか」

千穂「でも、根本的な解決にはなりませんよね?」

芦屋「復讐心は悲しみの連鎖を生むだけですよ、佐々木さん」

恵美「何だっていい! オルバにとどめを刺すチャンスよ!」

真奥「あああっ、もういいから!」


真奥「つーか恵美、お前むっちゃくちゃ強くなかった? どんだけ力残してたんだよ」

恵美「ふんっ。昔から言うでしょ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろって」

真奥「言うのか……? てか、そういう恥ずかしいセリフを当人の前で言わないでくんね?」

恵美「当人って分かってるならいいわよ」

恵美「あなたにははっきり言わないとどうにもならないってようやく分かってきたわ」

真奥「ぬぅ」

千穂「むぅ」プクー


アルバート「なんだか……」

エメラダ「楽しそうですね〜」

真奥「よう」

恵美「軽いわね。これでも宿敵同士の対峙よ」

全てが終わった次の日。
私は彼と始めて出会った交差点で、バイト帰りの彼を待ち伏せしていた。
ええそうよ、ストーカーよ。
もう手段は選ばないと決めたのよ。

真奥「で、今日はなんだ? お礼参りか?」

恵美「愛の告白、ってのはどう?」

真奥「……」

恵美「半分冗談よ」

真奥「半分本気かよ」

わりと勇気を出して言ってるんだから、もう少し恥ずかしがるなりしてくれないかしら。
憮然としたまま彼の横について歩く。
彼もデュラハン号から降りて歩き出した。

恵美「これ、あげるわ」

真奥「ん?」

恵美「傘。前に借りたでしょう? そのお礼」

真奥「あー、そんなこともあったな。サンキュ……ってあれ貸したまんまじゃなかったか?」

恵美「だから交換。あれは私がもらうから」

真奥「いや、釣り合ってなくね? これ結構高いだろ。あれ郵便ポストに引っかかってたやつだぞ」

恵美「"真奥貞夫"と出会った思い出の品よ。一生取っておくわ」

真奥「……ああ、そう」

会話が途絶える。
いや、立場上宿敵同士なのだから呑気に雑談するほうがおかしいのだが、
どうも先日私が(実質)告白して以来、彼はどことなくそっけなくなった気がする。
最初は私が勇者と判明したから、と思っていたが、
もしかして案外彼は、ただ普通に恥ずかしがっていたりするのではないだろうか?
それこそ、見た目通りの純朴な青年のように。
だとしたら、少し、嬉しい。

なので試しに私からは話題を振らずにいると、

真奥「……それ、何持ってんだ?」

彼から話しかけてくれた。やった。

恵美「さっきスーパーで色々食材買っておいたの」

恵美「これから夕飯作りに行ってあげる。これも前に言ったわよね? ああ、金出せなんて言わないから安心しなさい」

真奥「……俺も前に言ったと思うが、芦屋が作ってくれてるよ。今日も」

恵美「黙んなさい。あいつに女子力、ううん、嫁力で負けるわけにはいかないの」

真奥「部下で男だけど、あいつ」

恵美「嫁よ。新妻よ。あれでもし女性だったら本気で決闘を申し込むところだったわ」

結構本気で。
もしも芦屋に惚れる女の子が現れたら、コンプレックスを感じて
苦労するんじゃないかなあと、まだ見ぬ誰かに同情。

恵美「ねえ」

真奥「今度はなんだよ」

恵美「あなた、いつかまた世界征服しにエンテ・イスラに戻るのよね」

真奥「そうだな」

恵美「私も行くから」

真奥「はあ?」

恵美「四天王減っちゃったし、私も悪魔大元帥になろうかしら」

恵美「千穂ちゃんも入れたら四人でちょうどいいわよね、多分行きたがるし」

真奥「何言ってんのお前」

恵美「いいじゃない、もう勇者の立場に大した未練はないわ」

恵美「あ、エメやアルバートには会いたいけど。平和的に世界征服してくれれば会えるわよね」

真奥「……まだどうやるかも決まってないっつうの」

恵美「それでね、お願いがあるんだけど」

真奥「聞けよ。ていうか今までのはお願いじゃなかったのかよ。命令かよ」

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彼の顔を見つめる。

恵美「生まれ故郷に戻って父さんや皆のお墓を建ててあげたいの。そうしたら」

恵美「お願い、一度でいい。一緒に父さんのお墓参りをして」

真奥「……」

恵美「そうしたら……そうしたら、多分、何もかも全部すっきりして」

恵美「ただあなたを好きでいられるようになると思う」

恵美「そうなりたいの」

真奥「……」

真奥「……気が向いたらな」

恵美「うん。それでいい」

当てにならない口約束でも、彼がそう言ってくれた。
今はそれで十分だった。

もう話すこともなく、ただ彼のアパートに向かって歩き続ける。
——すると、彼が前を向いたまま、ぼそぼそと語り出した。

真奥「……なんかな〜、お前ばっかり言う側でずるいと思うんだよ」

恵美「……何それ? どちらかと言うと、私は言って欲しいんだけど」

真奥「いやお前、そんなガンガン言われてみ? それはそれで恥ずかしくて反応に困るぞ」

……なんだ、やっぱり恥ずかしかったのか。
小さな満足感を覚えていると、

真奥「だから俺からも一回言っておこうと思って」

恵美「……え?」

真奥「自慢みたいで嫌だけどさ」

真奥「お前さ、俺のことすげー親切なやつだとか思ってない?」

恵美「実際そうじゃない? 通りがかりの知らない人に傘を貸す人って多分一万人に一人もいないわよ」

真奥「だから、そういうのもさ……」

恵美「何が言いたいの」

真奥「可愛かったんだよ」

恵美「……」

真奥「まさか勇者なんて思わないし、困ってんのかな? くらいに思って近づいてみたら」

真奥「すごいキレイだし、お別れのときの笑顔がまたえらい可愛いし」

恵美「……」

真奥「だからまあ、誰にでもああするってワケじゃないんだよ」

恵美「……もっかい言って」

真奥「あ?」

恵美「……もっかい言って。可愛いって」

真奥「……可愛いよ」

恵美「……もっかい。名前付きで」

真奥「……可愛いよ、恵美。……って拷問か! やめろ! あと袖掴むな、歩きづらい!」

痛恨の一撃というやつだった。
この魔王め。本当に憎たらしい。

真奥「あーもうアレだな!」

真奥「親父さんの墓参りでついでに言っとかないとな! 娘さんを下さいってな! ははーん!」

恵美「ぅああ、ホントだ、言われるのも辛い、コレ」

真奥「だろ!? 分かるだろ!? だったら以後気をつけろ!」

恵美「……カッコイイわよ、貞夫」

真奥「ぐああ!?」

恵美「……好き、愛してる、結婚して。娘が欲しいわ、貞夫」

真奥「ぎゃああ!? やめろおおおお!」

おしまい

アニメで顔芸勇者とかベジータとか言われてる恵美さんも
「敵」以外には17歳の女の子なんだよ、とそれだけ言いたかった話です
もしアニメから入って恵美に魅力を感じた方がいれば
原作三巻からヒロイン力が界王拳でドンと上がるので良ければどうぞ(ステマ)

>>49
ここで書くのは始めてだったので把握しきれてませんでした
教えて頂いて感謝です
次があれば是非そうします

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