─ 王国城 ─
玉座に座る国王に、ひざまずく勇者。
国王「おおっ、勇者よ!」
国王「今までは修業中とのことで、なかなか要請に応じてくれなかったが……」
国王「ついに魔王討伐の旅に出る決心を固めてくれたのだな!」
勇者「はい」
勇者「必ずやこの私が、魔王討伐を成し遂げてみせます!」
国王「うむ……そうか!」
勇者(魔王討伐? 行くわけねーだろ、そんなもん)
勇者(どうやら俺は勇者の血を引く一族の末裔で)
勇者(体壊して戦えなくなった親父も昔は優秀な戦士だったらしいが)
勇者(んなことは、俺にとっちゃどーでもいい)
勇者(問題は、そろそろこの王国も魔王軍の攻撃にさらされそうだってことだ)
勇者(そうなる前に、とっとと田舎にでもトンズラしなきゃならねえ)
勇者(国王から金だけもらってなァ……)
国王「では、おぬしには軍資金として1万ゴールドを授けよう」
勇者「ははっ、ありがとうございます!」
勇者(チッ、シケてやがる……。ま、裕福な国でもないしな……しゃーない)
勇者(城を出たらまず……田舎に高飛びだ!)
勇者(田舎なら物価が安いし、1万もありゃ2~3年はゆうに暮らせる!)
勇者(んで、王国と魔王軍の戦争をうかがいながら商売でも始めよう!)
勇者(場合によっては、魔王軍につくってのも手かもな……クククッ)
勇者(じゃあな……。俺は城の裏口からそっと旅立たせてもらうぜ)
─ 王国城裏口 ─
城の裏口には、鉄でできた重い扉がある。
勇者「お、ここだここだ。前もって下調べしといてよかったぜ」
勇者(ここは城の連中すら、めったに使わない扉……)
勇者(ここからこっそり外に出りゃ、城の奴らが俺を追うことは不可能になる)
勇者(そうすりゃ高飛び一直線よ)
勇者(この重い扉こそが、俺の栄光への扉なんだ!)
勇者「ふんっ……!」ググッ…
ギィィ……!
勇者が扉を開くと──
勇者「!?」
魔将軍「!?」
勇者(な、なんだコイツ……!? 魔族、だよな……マジかよ!)
魔将軍(何者だ、こやつは……!? ここには兵士はいないはず……!)
勇者(誰も使わない扉から脱出し、とっとと田舎にトンズラ決め込むはずが……!)
魔将軍(手薄なこの扉から侵入し、城の食物や井戸に猛毒を混ぜるはずが……!)
勇者「な、なぁ……ここに1万ゴールドある……」
勇者「これで手を打たないか?」
魔将軍「ほう?」
勇者「ほら、ここに置くよ」ジャラッ…
魔将軍(なんだ……ただのコソ泥か。たしかにあまり強そうではないしな)
魔将軍「いただこうか」スッ…
勇者「……なーんちゃってなァ!」グイッ
魔将軍「!」
バタァンッ!
勇者は重い鉄扉を勢いよく閉めた。
体を重い鉄扉に挟まれる格好となった魔将軍。
勇者「バ~カ、だまされやがって!」グググッ…
魔将軍「いだだだだっ! あががががっ!」
勇者「どうだ、苦しめぇ! この勇者様をビビらせた罰だ!」グググッ…
魔将軍(ま、まさか……この私がだまされる、とは……!)
魔将軍(こやつが勇者……! なんと恐ろしい奴……!)
魔将軍(だが、こういう時のために……私は体にオイルを塗ってあるのだ!)
ヌルッ……
勇者「ちいっ! 抜けやがったか!」
魔将軍「1万ゴールドは頂いていくぞ……さらば!」
勇者「あっ!」
勇者「くそぉっ! まんまとこの俺がしてやられるなんて!」
戦いには勝ったが、全財産を失ってしまった勇者。
勇者(あの魔族に1万ゴールドを奪われちまったから……)
勇者(俺の高飛び計画はパーになった!)
勇者(くそっ、くそっ、くそっ!)
勇者(あの魔族め、いつか必ず復讐してやる!)
勇者(こうなったら普通に旅に出て……金を稼ぐしかない、か!)
勇者(まだ計画の立て直しはきく! ここから……ここからだ!)
その頃──
兵士「陛下、裏口方面から逃げていく魔族が目撃されました!」
国王「なんだと!? 魔族の手はもう我が国まで伸びておったのか!」
兵士「しかもその魔族、『おのれ勇者め』とこぼしていたそうです!」
国王「なんと……さっきから姿が見えないから不安になっていたが」
国王「まさか裏口で戦っていてくれてたとは……」
国王「もし、城に侵入されていたら、大変なことになっておった」
国王「さらなる報奨金を与えねばなるまいな。で、勇者はどこに?」
兵士「皆で追いかけたのですが、逃げるように去ってしまって……」
国王「うむう……さすが勇者。みごとな男よ……」
城を出た勇者は、当てもなくさまよっていた。
勇者(あっぶねえ、もう少しで兵士に捕まるとこだった!)ハァハァ…
勇者(なんで裏口から出ようとしたのか、問い詰められたら面倒なことになってたぜ)
勇者(しかし……これからどうすっかな……)
勇者(もう城や町には戻れねえ……俺はお尋ね者みたいになってるはずだ)
勇者(とりあえず、そこらの町か村に寄って金を巻き上げるしかねえか)
─ 村 ─
勇者(しなびた村だが……)
勇者(なんとか村人どもから金をだまし取らないと──)
勇者「ん?」
村の中心に人だかりができていた。
村長「おお、化け物退治をやってくれるというのですな!?」
女戦士「アタシに任せておきな!」
村長「では報酬は2000ゴールドということで……」
勇者「…………」ニヤッ
勇者「おい」
村長「む?」
女戦士「なんだいアンタ?」
勇者「俺は……勇者だ」
ザワッ……
村長「おお、あなたが……! ついに旅立たれたのですな!?」
勇者「まぁな……」
勇者「ところで……今話してた化け物退治、俺も参加させてくれないか?」
村長「もちろん、かまいませんとも!」
女戦士「なんだって!?」
勇者の申し出に、女戦士が憤る。
女戦士「ふざけんじゃないよ! アタシ一人で十分だ!」
女戦士「勇者だかなんだか知らないが、引っこんでな!」
勇者「おいおい……俺は国の要請で旅をしている勇者だぞ?」
勇者「つまり、俺の言葉は国の言葉なんだ。お前……国に逆らう気か?」
女戦士「くっ……!」
勇者(っつっても、国はとっくに俺を逃亡者として扱ってるだろうがな……)
勇者「ってわけだ。この二人で化け物退治をさせてもらう」
勇者(しねーけどな!)
村長「しかし、先ほど申し上げた報酬は精一杯の額なのです」
村長「なので、お二人で2000ゴールド、ということになりますが……」
勇者「かまわねえよ。ただし、俺の分の報酬1200ゴールドは前金でもらおうか」
村長「えっ、前金ですか?」
女戦士「オイ、なんで1000ゴールドじゃないんだよ!」
勇者「当たり前だろ、俺は勇者だぞ?」
勇者「前金として受け取るのも、取り分を多くもらえるのも当然だろう」
村長「ま、まぁ……そうですな」
村長「分かりました。勇者様には1200ゴールド先にお渡ししましょう」
勇者「ども」
女戦士(くう……!)
勇者「んじゃ、とっとと片付けてやるよ! 化け物ってやつをな!」
勇者(もう戻ってこねーけどな!)
─ 村近くの森 ─
たびたび村を襲うという“化け物”を倒すため、森に入った二人。
女戦士「いっとくけど、アンタなしでも化け物退治ぐらいできるんだからね!」
勇者「……分かってるよ。お前は強い」
勇者「とりあえず、先にお前にやらせてやるよ」
勇者「もしお前一人で倒したら、この1200ゴールドをくれてやってもいい」
女戦士「いったね!」ニヤ…
女戦士「ようし、アタシの腕前を見ておきなよ!」
勇者(ま、お前が戦ってるスキに……俺はトンズラこかせてもらうけどな)
勇者(城を出て、いきなり1200ゴールドとは幸先いいぜ!)
森の中心部までたどり着くと──
ビースト「グルルルル……」
鋭い牙と爪を生やした四足歩行の猛獣が唸り声を上げていた。
勇者(うおっ、コイツはやべえ! 強そうだ!)
女戦士「アンタだね! 村人を何人も食い殺してるってのは!」
女戦士「ようし、アタシが相手になってやる!」チャキッ
勇者「んじゃ、俺はお手並み拝見させてもらうよ」
勇者「向こうの茂みでな」ササッ
勇者(で、頃合いを見て立ち去らせてもらうよ……。せいぜい頑張んな)
戦闘開始──
女戦士「だああああっ!」
ビースト「グオオオオンッ!」
ギィンッ!
女戦士の剣と、猛獣の爪がぶつかり合う。
キィンッ! ガキィンッ! ──ザシィッ!
女戦士「うぐっ……! やるじゃないか!」
ビースト「ガルルルァァ!」
勇者(俺も一応勇者として、剣の修業をしてきたから分かる……)
勇者(あの女戦士、いうほどのことはある。少なくとも俺よりは強い)
勇者(でもあの猛獣のが素早いし、パワーもある。女戦士が負けるな、こりゃ)
勇者(あの女が食い殺されたら、次は俺に来るだろうし、うかうかしてられねえや)
勇者(さて、そろそろ逃げ──)
女戦士(ダメだ……アタシじゃ勝てない!)
女戦士(ゆ、勇者……助けて!)チラッ
ビースト「!」ピクッ
女戦士につられ、猛獣が勇者の方を振り向く。
勇者「ゲ!?」
ビースト「グルルルル……」
猛獣は一目で勇者の戦力を見抜いた。
野性の習性──獲物は“楽な方”“弱い方”“簡単な方”に越したことはない。
勇者(マジかよ……矛先変わってねーか!? じょ、冗談じゃねえ!)
ビースト「ガルルルル……!」
ビースト「ガルァ!」バッ
勇者「ひいいいいっ!」
女戦士(勇者……アタシのために猛獣を引きつけてくれたのか……!?)
ビースト「ガァァァァッ!」バッ
ビュアッ! ザシィッ!
勇者「ぐおおおっ……!」ブシュッ…
女戦士「勇者!」
勇者(ぐ……ちくしょう!)ブンッ
勇者も剣で反撃するが、あっさりかわされてしまう。
ビースト「グルルルゥ……!」ニィィ…
勇者(コイツ今、絶対俺のことバカにしただろ!)
勇者(くっ、あのバカ女のせいで! 無駄に善戦しやがるせいで!)
勇者(あのバカ女がとっとと食われてりゃ、そのスキに逃げられたってのに!)
ビースト「ガアアアアアッ!」バッ
勇者「だったら──」
勇者「こうだっ!」
ズボッ!
勇者は1200ゴールドが詰まった袋を、猛獣の口に投げ入れた。
ビースト「!?」
ビースト「フガッ!? フガッ、フガガッ!?」ジタバタ…
勇者「でかい口開けてるから、そうなるんだ! バ~カ!」
女戦士「すごい……!」
女戦士(前金をもらってたのは、このためだったんだ!)
女戦士(コインが詰まった袋で、猛獣を窒息させるため……!)
まもなく、猛獣は窒息死した。
勇者(ちい……強力な消化液のせいで、1200ゴールドが台無しになってやがる!)
勇者(くそったれが……!)
女戦士「ねえ、アンタ!」
勇者「!」ギクッ
勇者(やべえ、トンズラここうとしてたところを見られてたかも……)
女戦士「アンタ、男だねえ!」
勇者「へ……?」
女戦士「アンタのためなら、アタシ……女になってもいいよ!」
勇者(ハァ? なにいってんだ、このバカ女……。もうすでに女だろうが)
勇者「意味が……分からないな」
女戦士(アタシの精一杯のアプローチを一蹴するなんて……! なんて男だい!)
女戦士「この……卑怯者っ!」
勇者「!?」ビクッ
勇者(ぐっ、やっぱりコイツ俺の本質に気づき始めてやがる!)ドキドキ…
女戦士「ねえ、アタシもアンタの旅に連れてってくれよ! いいだろう!?」
勇者(なんで!?)
勇者(さてはこのバカ女──俺を見張る気だな!?)
勇者(俺が勇者でもなんでもない卑怯者だっていう決定的証拠を握る気だな!?)
勇者(冗談じゃねえ、こんなヤツ連れてたら高飛びできなくなっちまう!)
勇者(だが、ここで断っちまうと、俺は卑怯者だと自白するようなもんだ!)
勇者(……ひとまず同行は許可して、スキを見て逃げ出すという作戦を取ろう! うん!)
勇者「分かった、かまわないぜ」
女戦士「やった、ありがとう!」
─ 村 ─
村長「ありがとうございます! これで村は救われました!」
村長「残金の800ゴールドです、どうぞお持ち下され!」
女戦士「毎度!」
勇者(ちっ……!)
勇者(この女がいなきゃ、改めて1200ゴールドも請求してたってのに……)
勇者(んなことしたら、何されるか分からねえからな……)
勇者(まぁいい。焦ることはない……)
勇者(まだ俺が逃亡者で卑怯者だってことは、世間には知られてないはずだ)
勇者(なんとか俺が勇者であるうちに、金を稼いで、高飛び! これっきゃない!)
今回はここまで
よろしくお願いします
─ 道中 ─
スライムA「キシャァーッ!」プニッ
スライムB「フシュルルルッ!」プニニッ
スライムC「シャアアアアッ!」プニッ
女戦士「スライムの集団だ! どうする、勇者!?」
勇者「……任せる」
女戦士「え!?」
勇者(俺がこんな数のスライムと戦えるわけねーだろうが、バカ女!)
ザシュッ! ザンッ! ドシュッ!
女戦士「ハァ、ハァ、ハァ……よし、勝てた!」
女戦士(勇者がアタシに任せた理由が分かった気がする……)
女戦士(猛獣との戦いでふがいなかったアタシを鍛えるために……!)チラッ
勇者「!」ビクッ
勇者(メッチャ睨まれてる……って、当たり前だよな)
勇者「へ、へへ……これからも仲良くやろうぜ」
女戦士「もちろんさ!」
女戦士「あれ? 今度は勇者も戦うのかい?」
勇者「当たり前だろ」
勇者(コイツに任せっきりにして恨みを買ってもマズイしな……)
女戦士「でやっ、でやっ、えいっ!」
ザンッ! ザシュッ! ザンッ!
勇者(うまい具合に立ちまわって、弱ってる奴だけを狙う!)ビュッ
ザシィッ!
女戦士(勇者、アタシが仕留めそこなった奴を倒してくれてるのか!)
女戦士(まったくなんていい男なんだい!)チラッ
勇者(ゲ……やっぱバレてるのか……!?)
勇者は女戦士の陰に隠れつつ、自力で戦っているように振る舞うことに苦心した。
勇者(あ~……疲れた。特に目が)
勇者(いっつもバカ女とモンスターの動きを必死になって目で追ってるからな)
勇者(いかんいかん、こんなんじゃ!)
勇者(なんとか、このバカ女から俺の疑惑を晴らさねえと……高飛びできねえ!)
女戦士「ほら、勇者!」
勇者「ん?」
女戦士「あそこに教会が建ってる! 今夜はあそこで休ませてもらおうよ!」
勇者「そうだな、そうするか」
─ 教会 ─
神父「ようこそいらっしゃいました、勇者様」
神父「この教会は結界で守られているため、モンスターに襲われる心配はありません」
神父「どうぞごゆっくりお休み下さい」
勇者「ありがとよ」
女戦士「そうさせてもらうよ」
神父「ただし……宿泊する代わりに寄付はしっかりいただきますからね?」ニコッ
勇者(ちいっ……しっかりしてやがる!)
女僧侶「どうぞ、お食事です」
女僧侶「先ほどこの近くの山で採った野草を使ったソテーです」
勇者「ども」
女戦士「ありがたくいただくよ!」
勇者(ちっ、大してうまくねえ……。ま、しゃーない)モクモク…
女僧侶「あ、あの……あなたは勇者様……ですよね? 魔王を討伐するっていう……」
勇者「ああ、そうだけど……。なんか用か?」
女僧侶「いえ……なんでもありません!」タタタッ
勇者「?」
夜になり、みんな寝静まった頃──
モゾ……
勇者(クククッ……今こそチャンスだ!)
勇者(夜の間に教会から抜け出せば)
勇者(俺を怪しんでるバカ女を撒けるし、こんな教会に金を払わなくて済む!)
勇者(まさに一石二鳥!)
勇者(よし、レッツゴー!)コソッ…
─ 教会廊下 ─
教会内はすっかり暗くなり、数メートル先も見えないほどになっていた。
勇者(ちいっ……暗いな)
勇者(まぁいい、教会の構造は昼間のうちにだいたい把握したし)
勇者(さっさと裏口あたりから抜け出すとするか……)コソッ…
同じ頃──
モゾ……
女僧侶「ククク……」
女僧侶(たしかにこの教会に魔物は侵入できんが──)
女僧侶(人間に乗り移ったならば、話は別だ!)
女僧侶(この女が無防備に野草採りをしてたおかげで、教会に侵入できた!)
女僧侶(なにせ、この教会はなにかと我ら魔王軍のジャマをしてきたからな……)
女僧侶(しかも各地で魔物を倒している勇者に出会えるとは……ツイている!)
女僧侶(さて、まずは──)
女僧侶(ぐっすり眠ってるであろう勇者と女戦士にトドメをくれてやるとするか……)
女僧侶(そして、残る神父や修道女たちもオレの手で皆殺しにしてやる!)
手さぐりで、闇の中を歩く勇者。
勇者(こうやって壁に手をつけて歩けば……)スッスッ…
勇者(なにかにぶつからず、歩いていけるはず……)スッスッ…
~
“何者か”に乗り移られた状態で、闇の中を歩く女僧侶。
女僧侶(オレにとっては闇夜も昼間と変わらん)
女僧侶(勇者が寝ている部屋はこっちだったな……)
女僧侶「!」
女僧侶(あ、あれは……勇者!?)
勇者(音を立てないように……)スッスッ…
女僧侶(な、なぜ勇者が廊下を歩いている!? こんな真夜中に!)
女僧侶(用を足すため!? いや、こっちは方向がちがう)
女僧侶(それに用を足すだけなら、あんな忍び足でいる必要はない!)
女僧侶(ということは、オレの気配に気づき、闇夜の中をうろついている……!?)
女僧侶(鋭いヤツだ……さすが勇者といったところか!)
女僧侶(……だが、まだオレの位置までは把握できていないようだ!)
女僧侶(こうなれば先手必勝、この闇の中で殺してやる!)ギラッ
持っていたナイフを、勇者に突き刺そうとする女僧侶。
女僧侶(死ねっ!)シュッ
勇者(次はこっちの壁に手を伸ばせば──)スッ…
ムニュッ……
女僧侶「え」
勇者(なんだ、この柔らかい感触……壁じゃねえな)モミモミ…
女僧侶「きゃああああああああっ!!!」
勇者「うわぁぁぁっ!?」
ゴースト「うおおおっ!?」ボシュッ…
胸をわし掴みにされ、しかも揉まれるという初めての体験。
女僧侶の驚きぶりは、彼女に乗り移った悪霊をはじき飛ばすほどであった。
女僧侶(あら? 私はいったい何を?)
ゴースト(まさか、はじき出されるとは……不覚!)
勇者(女僧侶……と、なんか変なのが浮かんでる! 魔物か!?)
三者三様の思考を重ねる中、もっとも最初に正解にたどり着いたのは──
ゴースト(くそっ、今度は勇者に乗り移ってやる!)ビュアッ
勇者「女僧侶! 俺に破邪の術をかけろ! 早くしろっ!」
女僧侶「勇者様!? わ、分かりましたっ! えいっ!」パァァ…
ゴースト「げえっ!?」
勇者「こういう時の頭の回転だけは負けねえよ、バ~カ!」
ゴースト「ぐわあああああっ……!」ジュゥゥ…
破邪の術をまともに浴びてしまい、悪霊は消滅した。
一連の騒ぎで、教会内の人間は全員目を覚ました。
勇者(くっそ……あの女僧侶のバカでかい悲鳴のせいで……! キャー女め!)
ワイワイ…… ガヤガヤ……
神父「まさか、女僧侶に魔物が乗り移っていたなんて……」
神父「ありがとうございました! もちろんお金……寄付はいりません!」
勇者(ま、当然だわな)
女戦士「アタシはぐっすり眠ってたってのに……さすがだねえ」
勇者「仮にも俺は勇者だからな。これぐらいはしないとな」
勇者(もっとも……脱出計画はパーになっちまったがな)
勇者(バカ女を撒くのは、もう少し後にするか……)
すると──
女僧侶「神父様、お願いがあります」
神父「なんだね?」
女僧侶「私……勇者様に同行してもよろしいでしょうか!」
神父「ほう……?」
勇者(なんで!?)
女僧侶「私、前々から勇者様という存在に憧れてたんです!」
女僧侶「それに私……勇者様に汚されちゃったんですもの」ポッ…
勇者「ハァ!?」
女戦士「な……なんだってぇ!?」
女戦士「このアタシを差し置いて、なにをしたァ! この卑怯者め!」ギロッ
勇者「いや、なにもしてねえよ! マジで!」
女僧侶(悪霊を追い払うためとはいえ、私の胸をあれだけ揉んでおいて……)
女僧侶「……卑怯者」ボソッ…
勇者(うぐっ!?)
勇者(このキャー女も、バカ女みたく俺の本性に気づいていやがるのか!?)
勇者(だとしたら……断るわけにはいかねえな)
勇者「しかたねえ……連れてってやるよ」
女戦士「!」ガーン
女僧侶「よろしくお願いします!」
神父「青春だなぁ……」
─ 道中 ─
女戦士「だりゃあっ!」
ザシュッ!
女僧侶「浄化の術!」パァァ…
ズオォォォ……
女戦士「見てたか!?」
女僧侶「見てくれましたか!?」
勇者「ああ、見てる見てる。すごいすごい」
勇者(今のはかなり手強いモンスターどもだったが、あっさりと片付けやがった)
勇者(こいつら競い合って、メキメキと実力を上げていきやがる)
勇者(俺がラクになるのはいいことなんだが……)
勇者(それは逆に、よほどのことをしなきゃ、こいつらは撒けないってことでもある)
勇者(俺の高飛び計画はいったいどうなっちまうんだ……?)
今回はここまでとなります
─ 地方都市 ─
カフェでくつろぐ勇者たち。
女僧侶「すごい情報を入手しましたよ、勇者様!」
勇者「すごい情報?」
女僧侶「なんでもこの近くには、すごく強くて怖いドラゴンが棲んでいたんですって!」
女戦士「ドラゴンだって!? 絶好の獲物じゃないか!」
勇者(勘弁してくれ……)
勇者「ん……? ちょっと待て、なんで過去形なんだ?」
女僧侶「実はそのドラゴン……倒されちゃったみたいなんですよ!」
勇者「(助かった……)どんな奴らが倒したんだ?」
女僧侶「それが、たった一人の魔法使いに倒されたみたいです」
勇者「なにィ!?」
女戦士「たった一人でドラゴンを倒すなんて……信じられないよ!」
勇者(おいおいウソだろ……!?)
勇者(キャー女が話を盛ってるんじゃないとすれば──)
勇者(俺らなんかよりよっぽど強いじゃねえか、そいつ!)
女僧侶「それでその魔法使い──」
『魔王を倒すのは、勇者ではなくこのオレだ』
『オレを差し置いて、勇者とかいわれてるのが気に食わない』
『勇者もオレが倒して、いっそオレが勇者になってやる』
女僧侶「なぁんていってたみたいで……」
勇者「ふうん……」
女戦士「勇者、挑戦を受けてやろうよ!」
勇者(受けるわけねーだろ、このバカ女が! 俺を殺したいのかよ!)
ところが──
勇者(いや、待てよ……?)
勇者(そろそろ旅を切り上げないとマジで魔王と戦うはめになりかねん)
勇者(だけど、ここで望み通り“勇者”の座と、ついでに女二人を押しつければ……)
勇者(高飛びできるじゃん……!)
勇者(よし、決めた!)
勇者「おい二人とも」
女戦士「なんだい?」
女僧侶「なんですか?」
勇者「探すぞ、そのクソ生意気な魔法使いを」ニヤッ…
こうして勇者たちは魔法使いを探して、あちこちの町や村を転々とした。
「魔法使い? ああ、こないだ宿屋に泊まってたな」
「金髪碧眼で、すっごいイケメンなのよ!」
「俺様を魔法で軽くひっくり返しやがったんだ……!」
「きっと彼なら魔王を倒してくれるわ!」
「魔王軍の小隊を一人で壊滅させたんだぜ!」
勇者「だんだんと、魔法使いに近づいてきたな」
女戦士「そうだね、ウワサ話が具体的になってきた」
女僧侶「すごい人みたいですけど……私たちも負けてませんよ!」
勇者(なんとか探し出して、バカ女とキャー女を押しつけてやる! で、高飛びだ!)
そしてついに──
─ 山道 ─
勇者「お前が……魔法使いか。ずいぶんとウワサは聞いてるぜ」
魔法使い「ん? キミは……?」バサッ
勇者(派手なローブ着やがって……チャラ男だな、コイツは)
女戦士(こいつが……魔法使いかい! スカしたツラしてるねぇ)
女僧侶(か、かっこいい……かも……!)
勇者「俺のこともウワサで聞いたことがあるだろ……勇者だ」
魔法使い「キミが勇者か!」
魔法使い「三人でパーティーを組んで、各地で活躍してるとか……」
勇者「そのとおり」
勇者(さて、とりあえず二人きりになって、コイツと交渉するか……)
勇者「お前は俺と勝負したいらしいな? なら、サシでやり合おうじゃねえか」
勇者「二人きりになりたいし……場所を変えようや」クイッ
女戦士(う~ん、卑怯といいたくなるほどの正々堂々っぷりだねえ)
魔法使い「いや、ここでいい!」
勇者「へ?」
魔法使い「ずっとオレは我慢ならなかったんだ!」
魔法使い「オレじゃなく、アンタが勇者だっていわれてることに!」
魔法使い「アンタをここでひざまずかせ、オレこそが勇者に相応しいと証明してやる!」
勇者(ハァ!? なに考えてんだ、このチャラ男!)
勇者「話を聞けって──」
魔法使い「喰らえッ! “精神反転呪文”!」バッ
ズオォォォ……!
勇者「!?」ビクッ
勇者の動きが止まった。
勇者「…………」
シ~ン……
女僧侶「ああっ、勇者様!」
女戦士「アンタ、勇者になにしやがった!」
魔法使い「オレは決して勇者を過小評価してはいない」
魔法使い「ただ破壊力が大きいだけの魔法じゃ、決して倒せないだろう」
魔法使い「だから、勇者の心を反転させてもらったのさ」
女戦士「反転って……どういうことだよ!」
魔法使い「勇者とは勇気ある者、それが反転したらどうなる?」
女僧侶「お、臆病で……卑怯な輩になってしまいます!」
魔法使い「そのとおり」ニヤッ…
魔法使い「しかも、人間ってのは不思議なもので」
魔法使い「性格が変われば能力もそれにつられて上がったり下がったりする」
魔法使い「今回の場合、勇者の強さは大幅にダウンしたわけだ」
魔法使い「さて勇者。まずはオレに命乞いして、勇者の座を下りてもらおうか」
勇者「俺が命乞いなどすると思うか?」キリッ
魔法使い「な……なにっ!?」
魔法使い(バカな……魔法が効いていないだと!?)
勇者「今度はこっちの番だ……覚悟してもらおう」チャキッ
魔法使い「くっ……!」サッ
ヒュオッ!
追撃の呪文を唱えようとする魔法使いより、勇者の方が速かった。
魔法使い(き、斬られ──)
魔法使い「て、ない……!?」ハラ…
魔法使いのローブに、一筋の切れ目が入れられているだけだった。
魔法使い「オレはキミに……勇者をやめさせようとしたってのに……」
勇者「魔王討伐という、同じ志を持つ者を斬るわけにはいかないよ」スッ…
魔法使い「…………!」ガーン
魔法使い「オレの……完敗だ……!」
魔法使い「どうかオレを……手下にしてくれないか?」
勇者「手下なんてとんでもない! ぜひ“仲間”になっておくれよ!」
魔法使い「あ、ありがとう……! 仲間になるよ……!」
ここで魔法使いの集中力が途切れたためか、“精神反転呪文”が解除される。
勇者「!」ハッ
勇者(俺は……いったいなにをしていたんだ?)
魔法使い「キミたちもよろしく! 精一杯がんばるよ!」
女戦士「こっちこそ、頼りにしてるよ! アンタのウワサはずっと耳にしてきたからね」
女僧侶「よろしくお願いします!」
勇者(え? え? なんで仲良くなってるの、こいつら)
勇者(しかも、チャラ男は仲間になったみたいだしよ! どうなってんだ!?)
魔法使い「勇者……どうか無礼を許して欲しい」
勇者「あ、ああ……いいよもう」
勇者(くっそぉ~……女二人を押しつけるはずが、面倒なのが一人増えやがった!)
人生初ともいえる敗北を受け、魔法使いはこれまでの己の人生を振り返る。
魔法使い(それにしても──)
魔法使い(オレは子供の頃から容姿に恵まれ、魔法も優秀で、家も金持ちで)
魔法使い(いっつも周囲の人間からは恵まれすぎてて卑怯だ、なんていわれてきたが)
魔法使い(そんなオレの魔法がまったく通用せず)
魔法使い(しかも彼を屈服させようとしたオレをあっさり受け入れてくれる勇者は──)
魔法使い(オレなんかよりよっぽど卑怯じゃないか……!)
魔法使い「勇者、キミの存在は卑怯すぎるよ」フッ…
勇者「!?」ギクッ
勇者(特にコイツの前で、なにか策をめぐらせたりはしてないのに──)
勇者(コイツ、俺の本性に勘づきやがった! さすがチャラ男!)
勇者(バカ女、キャー女、チャラ男による包囲網の完成……!)
勇者(いよいよ逃げられなくなってきやがった……!)
勇者(だが、絶対どこかでチャンスはあるはず!)
勇者(とりあえず、魔王討伐の旅はこいつらの後ろに隠れながら続けよう)
勇者(で、スキを見つけて高飛びするっきゃねえ! 俺は諦めないぞ、絶対!)
勇者「よし……これで前線で戦うバ……女戦士、後方支援のキャ……女僧侶」
勇者「攻守を行えるチャ……魔法使い。戦力が整った!」
勇者「ここからいよいよ本格的に魔王討伐の旅を開始するぞ!」
女戦士「うん、この四人ならやれるさ!」
女僧侶「はい!」
魔法使い「任せてくれ!」
勇者(とにかく今は我慢だ、我慢……! なんとかこいつらのスキを……!)
勇者、女戦士、女僧侶、魔法使い──四人の旅が始まる。
─ 暗黒の森 ─
勇者(うへぇ、おっかない森……。俺は後ろからついていこう)コソコソ…
魔法使い「勇者はいつもあんな位置にいるのか? 女僧侶より後ろにいるんだが……」
女戦士「ああ、アイツはそういう奴さ。アタシらを鍛えるためにね」
魔法使い「なるほど……」
魔法使い「だったら、オレも期待にこたえないとな!」バチバチッ…
バリバリッ! ズガガァンッ!
強力な魔法を習得している魔法使いの加入は、勇者たちの旅を大きく前進させた。
ただし、勇者はいつも最後尾にいるのだが。
時には、後ろから──
ゾンビ「バックアタァァァァック!」バッ
勇者「げえっ!?」
女僧侶「勇者様、危ない!」
しかし、勇者はとっさにこう話しかけた。
勇者「おい!」
ゾンビ「?」
勇者「……もし見逃してくれたら、生き返る方法を教えてやるぞ」ボソッ…
ゾンビ「マジ?」
勇者「バ~カ、んなもんねーよ!」
ザシュッ! ズバッ! ザシュッ! ドシュッ! ザンッ!
ゾンビ「ひ、ひどすぎる……」ドサッ…
勇者「ハァ、ハァ、ハァ……。ビビらせやがって……」
女僧侶「す、すごい! 後ろから襲ってきたゾンビを、一方的にやっつけるなんて!」
女戦士「後ろに敵が!?」
魔法使い「そうか、勇者はいつもオレたちの背後を守ってくれていたんだ!」
女戦士「それでいて、それを誇るようなツラをしないんだよね……アイツ」
魔法使い「出来すぎているなぁ、人間として」
女戦士「まったく……卑怯な奴さ」
─ 邪悪なる畑 ─
キラーオニオンA「君は本当に卑怯だね」
キラーオニオンB「恥ずかしくないのかい?」
キラーオニオンC「勇者らしくないね」
勇者「うるせえええ! クソ玉ねぎどもが!」ブンブンッ
ザシュッ! ザンッ! ドバンッ!
女戦士「す、すごい……! いつになく勇者が攻撃的だ!」
女戦士「まるで、気にしてることを他人からいわれた時のような怒りっぷりだよ!」
魔法使い「キラーオニオンは火にとても弱いし、大した魔物じゃないから」
魔法使い「オレたちの体力温存を図ろうとしてるんだろうな、きっと」
女僧侶「その優しさがまた卑怯ですよ、勇者様」キュンッ
勇者たち四人は、魔王軍に支配された地域を次々と解放していった。
女戦士「やったぁ!」
魔法使い「激しい死闘だったが、ついにこの王国も解放できた!」
女僧侶「やりましたね、皆さん! いよいよ魔王との対決も近いです!」
勇者「…………」
女僧侶「勇者様? どうしたんですか?」
勇者「いや……運命ってなんだろうって、考えてたんだ」
女戦士「勇者……」キュンッ
魔法使い「運命か……ロマンチックなことを考えるね」
勇者(クソが、クソが、クソが、クソが、クソが!)
勇者(こいつら三人なかなかくたばらねえし、逃げるスキねえし……ちくしょう!)
勇者(どうしてこうなった!? 俺は魔王討伐から逃れられない運命なのか!?)
勇者(俺は呪うぞ! 俺の運命をッ!)
もちろん、魔王軍とて勇者の快進撃を黙って見ているわけではなかった。
─ 魔王城 ─
ある魔族が、地下牢から釈放されることになった。
魔族A「魔将軍様、釈放です」ギィィ…
魔将軍「私は大口を叩いておきながら作戦を失敗して、ここに入っている」
魔将軍「釈放、といわれても出るつもりはない」
魔族A「実は……魔王様からの命令なんです」
魔将軍「!」ピクッ
魔族A「もはや勇者を止められるのは、魔将軍様しかいないと……」
魔将軍(勇者……!)
魔将軍(元々私は──……)
……元々私は、力のある魔族ではなかった。
ゆえに策略だけで将軍という地位まで駆け上ったが、
はっきりいって周囲からはまったく認められていない。
なぜなら、魔族の社会というのは強い者こそが尊敬される社会だからだ。
失敗した時は失脚する時、と覚悟していた。
もっとも、私には失敗などしないという自信があった。
人間如きに我が策を破れる者はいないと、私には分かっていたからだ。
そう、あの時までは──
勇者『バ~カ、だまされやがって!』グググッ…
魔将軍『いだだだだっ! あががががっ!』
完敗だった。
策を見破られ、あのような屈辱まで受けることになるとは──
たった一人で城を落としてみせると豪語しておきながら失敗した私に、周囲の目は冷たく、
もはや私に魔王軍での居場所はなかった。
よって、私は自ら地下牢で朽ちる道を選んだ……。
魔将軍(……──が、よもやもう一度チャンスをいただけるとは……)
魔将軍(このチャンス、絶対に無駄にはせん!)
今回はここまでです
─ 魔王の部屋 ─
魔王「勇者どもが……快進撃を続けておる」
魔王「奴らは各地を解放し、すでにこの城の目前まで迫っておる」
魔王「もはや、勇者を止められるのはおぬししかおらんのだ!」
魔王「といっても、恐ろしいのは勇者本人ではなく、むしろ仲間三人なのだが……」
魔将軍「いえ、魔王様」
魔将軍「真に恐ろしいのは、勇者です」
魔王「ほう……」
魔将軍「ですが、私の中にはすでに勇者パーティーを壊滅させる策ができております!」
魔将軍「必ずや! 私の手で勇者を仕留めてみせましょう!」
魔王「うむ、頼んだぞ!」
─ 勇者パーティーテント ─
女戦士「いよいよ魔王の根城が近づいてきたねぇ。敵も手強くなってきた……」
女戦士「こっからはより気を引き締めていかないとね!」
女僧侶「大丈夫ですよ! 私たちの後ろには勇者様がついているんですから!」
勇者(なにが、勇者様がついてるだ!)
勇者(俺はなんでこんなについてないんだ!)
勇者(思えば、王に謁見した直後、あの魔族に1万ゴールドを持っていかれてから)
勇者(全ておかしくなっちまったんだ!)
勇者(アイツだけは許せねえ……いつかこの手でぶっ殺してやる!)ブツブツ…
魔法使い「!」ピクッ
女僧侶「どうしました? 魔法使いさん」
魔法使い「いや……外から邪悪な魔力を感じたものでね」
魔法使い「もうここは魔王城に近いし……ちょっと見てくるよ」スッ…
女戦士「…………」
女戦士「勇者、アタシたちも行かないか?」
勇者(だれが行くか、めんどくせえ)
勇者「いや……待っていよう」
女僧侶「魔法使いさんを信じてるんですね、勇者様は……」
勇者(あんなチャラ男のことなんざ信じてるわけねーだろ、キャー女め)
テントを出た魔法使いが、魔力を感じ取った場所にたどり着く。
魔法使い「そこにいるのは分かっているぞ、出てこい」
魔将軍「私に気づくとは……。さすがだな、魔法使い」ヌッ…
魔将軍「しかも、この離れた距離ではキサマが圧倒的に有利……私に勝ち目はない」ニィ…
魔法使い(……ならば、なぜ笑っている?)
魔法使い(そうか……なにか策があるんだな!)
魔法使い(だったら、接近して高威力の魔法で一気にケリをつける!)ダッ
ズボッ!
魔法使い「え!? ──うわぁぁぁぁぁ……!」
ドザァッ……
深さ数メートルはある落とし穴に、魔法使いはみごとにハマってしまった。
魔将軍「これぞ勇者パーティー壊滅策其の一≪落とし穴≫」
魔将軍「まず一人……」ニィ…
─ 勇者パーティーテント ─
女戦士「……魔法使いの奴、ずいぶん遅くないか?」
女僧侶「そうですね、もう15分は経ちましたよ」
勇者「放っておけよ。どうせすぐ戻ってくるって」
女戦士「……アタシ、ちょっと見てくるよ!」スクッ
女僧侶「私も行きます!」スクッ
勇者「行ってこい、行ってこい」
勇者(どうせクソでも垂れてんだろ……。あ~眠い)ファァ…
女戦士「魔法使い! いるんなら、返事しな!」
女僧侶「魔法使いさぁ~ん、どこにいるんですかぁ~!」
すると、女戦士の背後に忍び寄る影。
ドガッ!
女戦士「がっ……!?」ドサッ…
魔将軍「手強い女戦士といえど、仲間を探している時に後ろから叩けばあっさり沈む」
魔将軍「勇者パーティー壊滅策其の二≪不意打ち≫」
女僧侶「女戦士さん!?」
女僧侶(女戦士さんを回復しなきゃ……でも、先に敵を倒さなきゃ!)
女僧侶「勝負です!」
魔将軍「!」ビクッ
魔将軍「ま、待ってくれ……」グスッ…
魔将軍「私だって……本当はこんなことしたくなかった……」
魔将軍「許してくれぇ……!」
女僧侶「ええ……!? いきなり泣かないで下さいよ……!」ソッ…
魔将軍「なんちゃって!」バッ
女僧侶「!?」
ガッ!
ドサッ……
魔将軍「女僧侶は情にもろいタイプだと情報を得ていたからな……」
魔将軍「これぞ、勇者パーティー壊滅策其の三≪だまし討ち≫」
落とし穴、不意打ち、だまし討ち、でみごと三人を捕えた魔将軍。
魔将軍「ふん、あっけないものだ」
魔将軍(こいつらひとりひとりは、魔物100体よりも強いようだが──)
魔将軍(いくら強かろうと、頭を使えばいくらでも攻略法はあるのだ)
魔将軍(もっとも、こんな方法で勝っても魔族の社会ではさして評価はされんがね)
魔将軍(それに──)
魔将軍(この三人など、しょせん前座に過ぎん)
魔将軍(私の狙いは、勇者一人なのだからな!)
魔将軍(勇者……もうすぐお前を地獄に送ってやる!)
翌朝──
─ 勇者パーティーテント ─
勇者が熟睡から目を覚ますと──
勇者「……ん?」
勇者「なんだこのメッセージは?」
『勇者よ、三人の仲間は我々魔王軍の手に落ちた。
返してほしくば、正午までにこの先にある暗黒平原までやってこい。
さもなくば、仲間は死ぬことになる』
勇者(マ、マジかよ……!)
─ 暗黒平原 ─
一軍を率い、勇者の仲間たちを磔にする魔将軍。
魔将軍「クックック、これぞ勇者パーティー壊滅策其の四≪人質≫」
魔将軍「こやつらを盾にされ、なおかつこの一軍を相手にしては」
魔将軍「さすがの勇者といえど、ひとたまりもあるまい!」
魔将軍「今度は勝つのは私だ!」
女戦士「そんなことない! 勇者は必ず勝つさ!」
女僧侶「そうです! 今のうちに降参した方がいいですよ!」
魔法使い「お前は知らないんだ……勇者の卑怯なまでの強さを!」
魔将軍(知っているとも! だからこそこうまで策を練り上げたんだ!)
魔将軍(さぁ来い、勇者! 黒草が生い茂るこの平原がお前の墓場だ!)
正午になった。
魔将軍「…………」
魔将軍「来ない」
魔将軍(なぜだ!? なぜやってこない!? あのメッセージは読んだはずだ!)
魔将軍(勇者め……いったい何を企んでいる!?)
魔族A「魔将軍様、勇者が来ないのであれば三人は処刑してしまいましょう」
魔将軍「い、いや……待て!」
魔将軍「勇者のことだ、三人を処刑すると何かあるように仕組んでいるかもしれん!」
魔族A「な、なるほど……たしかに助けにくる気配すらないというのはおかしいですな」
魔将軍「うむ、もう少し待とう」
女戦士&女僧侶&魔法使い(勇者……!)
その頃、勇者はというと──
勇者「ヤッホーッ! ヒャッホーッ!」ピョンピョン
勇者(あの三人を捕えたから処刑する?)
勇者(どうぞどうぞ、やって下さい! ご勝手に!)
勇者(バカ女! キャー女! チャラ男!)
勇者(せめてあんまり苦しい処刑方法にならないよう祈ってるぜ!)
勇者(俺はこのまま予定通り、田舎に高飛びさせてもらう!)
勇者(旅でコソコソ集めてたヘソクリも、5000ゴールドぐらいにはなってるしな!)
勇者(こんだけありゃ、なんとかなるだろ!)
勇者「ヒャッホーッ!」
スタタタタッ!
今までの旅路を逆走していた。
しかし、これまでもたび重なるアクシデントに見舞われていた勇者の思考回路は──
勇者「いや、待てよ……」ピタッ…
勇者(もし、あのメッセージ自体が、俺を試すための三人の罠だったら!?)
勇者(あの三人は俺の本性を疑ってるはずだもんな……)
勇者(いや、だったら逃げようとした時点で俺はどうにかされてるはずだ)
勇者(やはり考えすぎか……)
勇者(だったら──あの三人が自力で魔族から逃げ出すって可能性も!?)
勇者(あいつらなら十分ありうる……!)
勇者(もしそうなったら、あの三人は血眼になって俺に復讐しようとするだろう)
勇者(ま、まずい……それはまずい!)ガタガタ…
勇者「や、やっぱり……形だけ助けに行くか……」クルッ
PM16:00──
─ 暗黒平原 ─
魔将軍(来ない! なぜだ!?)
魔将軍(勇者はいったいなにを考えている!?)
魔将軍(落ちつけ……こういう時は最悪のケースを想定するんだ)
魔将軍(最悪のケース……今回の場合、人質に逃げられることか?)
魔将軍(いや……ちがう! そうではない!)ゾッ…
魔将軍(今……魔王城は私が一軍を預かっているから、やや手薄になっている!)
魔将軍(もし、勇者が別働隊を率いて城に攻め込んだら──)
魔将軍(そうか……そういうことだったのか!)
魔将軍(勇者、お前の狙いは見切ったァ!)
あわてて兵士たちに指示を出す魔将軍。
魔将軍「今すぐ魔王城に戻るぞ!」
魔族A「えっ、なぜですか!?」
魔将軍「いいから早くするんだ! 魔王様が危ない!」
対して、形だけ仲間を助けにきた勇者。
勇者「!」コソッ…
勇者(あ、あのヤロウは……!)
勇者(忘れもしない……あの時、俺を裏口で待ち伏せてた魔族!)
勇者(アイツに1万ゴールドを盗まれたせいで、俺の計画は全て崩れたんだ……!)
勇者(おかげで俺はこんな大変な旅をするはめになった……!)
勇者(ゆ、許さん……! 許しておくものかッ!)
勇者(アイツだけは俺の手で斬らないと気がすまねえ!)
頭に血が上った勇者は、我も忘れて魔将軍の前に飛び出していた。
勇者「てめえええっ!!!」バッ
魔将軍「!」
魔将軍「ゆ、勇者……!?」
女戦士「勇者! アタシは信じてたよ!」
女僧侶「勇者様……!」
魔法使い「やはり、な……。ヒーローは遅れて登場するってね!」
魔将軍(私が兵を撤退させた後にやってくる、のならまだ分かるが……)
魔将軍(なぜこのタイミングで……!? なんのメリットもないぞ!)
魔将軍(なぜだ!? なにを考えてるのかさっぱり分からん!)
魔将軍(やはり勇者の頭脳は、私の上をゆくというのか……!?)
魔将軍「ずいぶんと遅かったが……」
魔将軍「こやつら人質を……取り戻しにきたのか?」
勇者「人質なんかどうでもいい……。ただ、お前だけは俺の手で斬らないと──」
勇者「気が済まねえんだよォッ!!!」チャキッ
女僧侶「フフ、あんなこといってますよ、勇者様」
女戦士「分かりやすいねぇ……。照れ隠しってやつさ」
魔法使い「相変わらず、卑怯なまでにかっこいいな……彼は」
勇者の熱い咆哮に、敵であるはずの魔王軍が盛り上がる。
ウオオォォォ…… ウオオォォォ……
魔将軍(兵たちが……!)
魔将軍(魔族は元来、力で優劣を決める習性……いや本能がある!)
魔将軍(これを狙っていたのか! 私が一騎打ちを断れぬムードを作るために!)
魔将軍(たしかにここで断れば、私が味方に八つ裂きにされかねんな……!)
魔将軍(こんな展開になってしまうとは……だが!)
魔将軍「よかろう……。お前との一騎打ち、受けてやろう!」
勇者「!」
魔将軍(もはや人質は意味をなすまい……)
魔将軍(この一対一でなんとしてもケリをつける! 勝ってみせる!)
勇者「絶対許さん……!」メラメラ…
暗黒平原の中央にて、向かい合う勇者と魔将軍。
魔将軍「勇者よ……。戦う前に、少しだけ話をさせてくれないか?」
勇者「なんだ?」
魔将軍「君の怒りはよく分かる」
魔将軍「私はこれまで散々汚いことをしてきたのだ……」
魔将軍「戦いを始める前に、土下座をさせて欲しい!」ガバッ
魔将軍「これまでの過ちを清算してから、正々堂々と君と戦いたいのだ!」
勇者「…………」
勇者(土下座されるってのはなかなか気分いいな)ニィィ…
勇者(だが、こんなもんで許すわけねーだろ! バ~カ!)
勇者(許すふりして、スキだらけの頭に剣をブッ刺してやる!)
勇者「ふうん……」
勇者「そんなにいうんなら、許してやってもいいか……」ザッザッ…
魔将軍(来い! もっと近づいてこい! 一瞬でノドを切り裂いてやる!)
勇者「さっきは俺もいいすぎたよ。反省してるのなら──」
魔将軍「おおっ、ありがとう──」
勇者&魔将軍(なぁ~んちゃってな!)
勇者&魔将軍(死ねえっ!!!)ババッ
勇者「!?」ビクッ
魔将軍「!?」ドキッ
二人は同じタイミングで不意打ちしようとし、同じタイミングで止まった。
勇者(なんで!? 俺の考えがバレてたってのか!?)ドキドキ…
魔将軍(バカな……土下座は演技だと見透かされていたのか!?)ドキドキ…
勇者&魔将軍(いや、そんなはずはない……もう一度だ!)
魔将軍「すまぬ……。君の迫力のあまり、つい攻撃体勢を取ってしまったよ」
魔将軍「もう一度土下座させてもらう」ガバッ
勇者「なぁに、いいってことよ……。ほら、頭を上げてくれ」スッ…
勇者&魔将軍(バカめ、かかった!)
勇者&魔将軍(死ねえっ!!!)ババッ
勇者「!?」ビクッ
魔将軍「!?」ドキッ
勇者(マジかよ……! また読まれてたってのか!?)
魔将軍(勇者め……! やはり、一筋縄ではいかぬか!)
その後も──
勇者「すみませんでした……」
魔将軍「いやいやこちらこそ……」
勇者&魔将軍(死ねえっ!!!)ババッ
勇者「!?」ビクッ
魔将軍「!?」ドキッ
勇者「気を取り直して、人間と魔族……仲良く握手でもしましょうよ」
魔将軍「そうしましょうか」
勇者&魔将軍(死ねえっ!!!)ババッ
勇者「!?」ビクッ
魔将軍「!?」ドキッ
女戦士「さっきから、あいつらなにやってんだ? アタシにはさっぱりだよ」
女僧侶「きっと、あれでものすごい戦いなんですよ!」
魔法使い「達人同士の戦いは、やってる本人同士でなきゃ理解できないっていうしね」
結局、両者とも一撃も入れぬまま、一時間が経過した。
勇者(なんで!? なんでコイツは俺の攻撃タイミングを読み切るんだ!? 天才か!?)
魔将軍(さすが勇者……こやつには小細工は通用しないようだな……!)
勇者(これはもう……)
魔将軍(仕方あるまい……)
勇者&魔将軍(せ、正々堂々……やるしかない! ……のか)ゴクッ…
勇者と魔将軍は同時に決意した。
生まれて初めて「正々堂々たる戦い」に臨むことを──
勇者は剣を、魔将軍は爪を、それぞれ相手に向ける。
勇者「…………」チャキッ
魔将軍「…………」サッ
勇者(こ、怖え……!)
勇者(なんの細工もなしに、相手と向き合うってのはこんなに恐ろしいことだったのか!)
魔将軍(うぐ……は、初めてだ! 真っ向から敵に勝負を挑むなど!)
勇者(だが……コイツだけは俺が斬らなきゃ気が済まねえ!)
魔将軍(やってやる……! 決着をつけてやるぞ、勇者ァ!)
勇者「うわああああんっ!!!」
魔将軍「でやあああああんっ!!!」
──ギィンッ!
人生初となる、正々堂々──
初体験であるがゆえに、両雄ともにがむしゃらであった。
悲鳴とも気合ともつかぬ声で、相手に斬りかかる二人。
勇者「があっ! があっ! うわあああんっ!」
魔将軍「おうっ! おうっ! うおおおおんっ!」
ガキンッ! キンッ! ザシッ!
勇者(いでええええっ!)
魔将軍(ぐぞおおおおっ!)
稚拙な技の応酬──
にもかかわらず、魔王軍も、勇者の仲間たちも、固唾を飲んで二人の決闘を見守った。
二人の必死さは、彼らの戦いをまるで超一流同士の戦いと錯覚させるほどだったのだ。
勇者「んばあっ!」ブンッ
ズシャッ!
魔将軍「ぐげっ!」
魔将軍「ぬおぅあっ!」シュバッ
ザシュッ!
勇者「あぐぅ!」
勇者(ちくしょう……ちくしょう! 俺は田舎に高飛びするはずだったのに!)
魔将軍(あの時、城でお前に敗れてから、私は落ちぶれてしまったのだ!)
勇者&魔将軍(なにもかも、全部お前のせいだァァァ!!!)
勇者「うおぉおぉぉおっ!!!」
魔将軍「ぬがぁぁあぁぁっ!!!」
ドシュッ……!
勇者の会心の一撃が、魔将軍の胸を切り裂いた。
魔将軍「ぐ、はっ……!」
魔将軍「やはり、一歩上を……ゆく……か……」
ドザァッ……!
勇者「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
勇者(喜ぶ力も残ってねえ……。コイツは……紛れもなく、俺の宿敵だった……!)
これが史上最も正々堂々とした決闘とされる、『暗黒平原の一騎打ち』の顛末である。
そのあまりの正々堂々たる戦いぶりと勝ちっぷりに、
勇者パーティーは感涙し、魔王軍は戦意を喪失してしまったといわれている──
女戦士「すごい戦いだったよ、勇者! アタシは涙が止まらないよ!」ポロポロ…
女僧侶「私もです!」
女僧侶「それに、やっぱり私たちを助けに来て下さいましたね!」
魔法使い「オレたちをあっさり捕えた魔族を倒しちゃうんだから……すごいよなぁ」
女戦士&女僧侶&魔法使い「よっ、この卑怯者っ!」
勇者「!」ドキッ
勇者(まぁ、あんなひでえ戦いもねえよな。俺は最初だまし討ちばっか狙ってたし)
勇者(だけどどうやら……俺が三人を見捨てたことは、チャラになったようだ……)
勇者(あのクソッタレ魔族も倒せたし、こうなったらもう……最後まで行くしかない!)
勇者「行くぞ、魔王城へ!」ジャキッ
女戦士&女僧侶&魔法使い「オーッ!!!」
─ 魔王城 ─
『魔王様……』
魔王「!」ピクッ
魔王(この声は……魔将軍! ……残留思念か! と、いうことは──)
『申しわ、け……ありま、せぬ……。や、敗れま、した……』
『やはり、勇者……恐ろしい策略、家……』シュゥゥ…
魔王(魔将軍を破るとは……!)
魔王(あの魔将軍をして、恐ろしい策略家といわせるとは……!)
魔王「な、な、な……」
魔王「なんということだァァァッ!!!」
今回はここまでとなります
─ 勇者パーティーテント ─
女戦士「ところでさ、城にはどうやって攻めるんだい?」
勇者「…………」
勇者(裏口みたいなのを探して、こっそり──といいたいところだが)
勇者(城といい教会の件といい、裏口ってろくな思い出がないし……)
勇者(あのクソッタレ魔族みたいのが、まだ魔王軍にいないとも限らねえしな)
勇者(だとすると、いっそ正面からいった方がいいかも……)
勇者(まぁ、この三人がいりゃなんとかなるだろ、多分)
勇者「正門から……堂々と入る!」
女戦士「そうこなっくちゃ!」
女僧侶「勇者様、ステキ!」
魔法使い「キミならそういうと思ってたよ」
─ 魔王城 ─
ザワザワ…… ドヨドヨ……
魔族B「オイ……ついに勇者が攻めてきたぞ!」
魔族C「いったいどこからだ!? 裏口か!? 地下か!?」
魔族B「正門から堂々と入ってきやがった!」
魔族C「バカな!」
魔族C「あの決して正面から戦わないことで悪名高い魔将軍を罠にはめて」
魔族C「正々堂々とした一騎打ちに持ち込んだほどの策略家と聞いているぞ!」
魔族B「……ってことは、これも罠か?」
魔族C「そうとしか考えられん」
魔族C「うかつに攻撃をしかけると、どんな被害が出るか分からんぞ!」
魔族B「ちいっ……こっちから攻撃するのはやめとくか……」
正門から堂々と、城内をまっすぐに突き進む勇者たち。
勇者「誰も出てきやしねえ……どうなってんだ、これ」
女戦士「最後の戦いだっていうのに、あっけないね。これじゃ拍子抜けだよ」
女僧侶「きっとみんな、勇者様の名に怯えているんですよ!」
魔法使い「……勇者。キミはどう考える?」
勇者(決まってんだろ! こんなもん罠以外にありえねえ!)
勇者(だが、もう進むっきゃねえ!)
勇者「前進だ!」
─ 魔王の部屋 ─
魔王(勇者がまっすぐ近づいてきている……!)
魔王(ワシとて真っ向から戦えば、負けるつもりなどないが……)
魔王(なにしろ、敵はあの魔将軍を一騎打ちに追い込むほどの策略家!)
魔王(どんな罠を仕掛けているか、分かったものではない!)
魔王(いったい……どんな罠を……!? 策略を……!?)
魔王(ワシはいったいどんな残虐な死に方をすることになるのだ……!?)
魔王(ああ……ああ……!)
魔王(ワ、ワ、ワシは……!? ど、ど、どうなるんだ……!?)
魔王(教えてくれ……魔将軍!)
魔王「ウ、ウウ、ウウウ、ウ……」
魔王「ウオオオォォォォォォォォォォォッ!!!」
ウオオオォォォォォ……
勇者「!?」ビクッ
魔法使い「なんだ!? ……今のすごい叫び声は!?」
女僧侶「きっと魔王ですよ!」
女戦士「行こう、勇者! アタシたちの戦いに決着をつけるんだ!」
勇者(行きたくねぇ~、今からでも田舎に高飛びを──)
女戦士「さぁ!」
勇者「くっそ……分かったよ!」
勇者パーティーが魔王の部屋に突入する。
─ 魔王の部屋 ─
バタァンッ!
勇者「ひいいっ! 魔王、覚悟ォッ!」チャキッ
勇者「……ん? 誰か倒れてやがる」
中で倒れていたのは──
女戦士「これ……ひょっとして、魔王じゃないのかい?」
魔法使い「ああ、間違いない。この城で一番強い魔力を感じる地点はここだった」
女僧侶「…………」ソッ…
女僧侶「これは……亡くなられてますね。おそらく心臓発作でしょう」
女僧侶「死因は、なにか強いショックを受けたためではないかと……」
勇者「えええええっ!?」
勇者「マジかよ……」
勇者(まさか、死んだフリとかじゃないだろうな)ツンツン…
女戦士「あっけない幕切れだけど、これでよかったんだよね……」
女僧侶「ええ、魔王がいなくなれば、魔族を統率できる者がいなくなりますから」
女僧侶「これで平和が戻るはずです!」
魔法使い「できればオレが倒したかったけどな、魔王は」
女戦士「なにいってんだい、魔王を倒せるのは勇者しかいないさ!」
魔法使い「そりゃあそうだな! なにしろオレより強いんだから!」
ハッハッハ……
勇者(ツンツンしても起きてこない……。マジで死んでやがる!)
勇者(よぉし、だったら──)ニヤ…
勇者「みんな、悪いが外に出ててくれ」
女戦士「え、なんで──」
勇者「いいから! ドアの外で聞き耳立てたりもすんじゃねーぞ!」
女戦士「わ、分かったよ。みんな、出ていこう!」
バタン……
仲間を追い出し、魔王の死体と二人きりになった勇者。
勇者「魔王さんよォ……」ニヤ…
勇者「お前が勝手にくたばってくれたおかげで、魔王討伐達成だ!」
勇者(これで俺は英雄になれる……酒池肉林を堪能できる……が)
勇者(やっぱ勇者として、魔王を倒した“実感”ってのを味わいたいよなァ……)
勇者(俺にここまで足を運ばせた礼を、たっぷりしてやるぜェ!)
魔王の死体に蹴りを入れる勇者。
勇者「オラァッ、オラッ、オラァッ!」
ドカッ! バキッ! ゲシッ!
勇者「ったく! この! クソヤロウが!」
ガッ! ドガッ! ドゴッ!
勇者「こんな最期とはな! ざまあねえや! バ~カ!」
ガスッ! ドズッ! ドボッ!
勇者「ハァ、ハァ、ハァ……。まぁ、こんなもんで許してやるかな」
勇者「これで俺は……英雄だァ! ハーッハッハッハッハ!」
ドクン……
勇者「……ハ!?」
魔王「…………」ドクン…ドクン…
勇者「し、心臓が動いてないか!? ──ま、まさか!」
勇者(あのまま放っておけば、いずれ本当にくたばったのに)
魔王「…………」ドクン…ドクン…
勇者(俺の蹴りが心臓マッサージになっちゃった!? ウソでしょォ!?)
勇者「や、やばいぃっ!」
魔王「む、キサマは──」パチッ
勇者「うおおおっ! くたばれぇぇぇっ! 死ねぇぇぇっ!」
ザシュッ! ドシュッ! ザシュッ! ドシュッ!
目覚めた魔王を、今にも泣きそうな形相で斬りつける勇者。
魔王「ぐおおおおおおおっ!?」
魔王(どうやったか知らんがワシはいつの間にか気絶させられてしまい)
魔王(寝込みを襲われたというワケか! これが勇者の策略かァ!)
魔王「この卑怯者がァ!」ブオッ
ザシュウッ!
魔王の爪が、勇者の顔面を切り裂く。
勇者「いでえっ! いでえよぉぉぉっ!」ブシュゥゥ…
勇者(なんで……なんでこんなことに!? 余計なことすんじゃなかったよォ!)
勇者(助けを呼ぼうにも、バカ女もキャー女もチャラ男もいねえ!)
魔王「ダメージはだいぶ受けたが……まだ戦えるぞ! ──カアアアッ!」
勇者「わわっ、わわわっ、わぁっ!」ブンブンッ
すると──
バタァンッ!
追い出したはずの三人が、部屋になだれ込んできた。
女戦士「胸騒ぎがしたから来てみたら、やっぱりこんなことだったかい!」
女僧侶「魔王がまだ死んでいないのに気づいて、私たちを避難させるなんて……」
魔法使い「相変わらず、キミは卑怯なほどかっこいいな!」
勇者「お、お前らぁ……」グスッ…
魔王「む……一人と思わせ、仲間を潜ませていたのか! お、おのれぇ……勇者!」
魔王「キサマら四人、まとめて片付けてくれるわ!」
女戦士「勇者がだいぶダメージを与えたようだが、油断すんじゃないよ!」ダッ
ザンッ……!
女僧侶「邪悪な魔力は出来る限り遮断してみせます!」サッ
パァァ……
魔法使い「もう魔力を温存する必要はない……全力でやらせてもらう!」バサッ…
ドゴォォンッ!
魔王「グオオオオオッ!?」
魔王(やはり、こいつらの方が勇者よりずっと強いではないか!)
魔王(な、なるほど……序盤は弱い自分でダメージを蓄積させ──)
魔王(温存していたこいつらでワシを仕留めるという、策か……! やりおる……!)
激しい死闘だったが、勇者に蹴られ斬られていた魔王は、動きに精彩を欠き──
ついに──
ズガァァァンッ!
魔法使い「よし……ありったけの魔力をぶつけてやった! ──今だッ!」
女戦士「あいよっ!」ダッ
女僧侶「攻撃力を増幅させます!」パァァ…
女戦士「だあっ!!!」
ズシャアッ……!
魔王「がふっ……!」
魔王(魔将軍よ……おぬしのいうとおり、だった……)
魔王(勇者……魔将軍を超える、恐るべき策略、家……)
魔王「ひ、卑怯……勇者、め……!」
ドサァッ……
女戦士「ふうっ、やったよ!」
女僧侶「女戦士さん、かっこよかったですよ!」
女戦士「ありがとな。でもこれも、魔王の蘇生を見抜いた勇者のおかげさ!」
魔法使い「勇者が先に与えたダメージがなければ……危なかっただろうね」
勇者「…………」モジモジ…
女戦士「どうしたんだい? もっと喜びなって!」
勇者「ん、ああ……喜んでるさ」
勇者(うるせぇ! 魔王が生き返ったのにビビって、ちょいと漏らしちまったんだよ!)
勇者(魔王に裂かれたキズはいてぇし……)
勇者(あぁ~もう……ホント怖かった。怖かったよ……)
勇者(でも……こいつらが来てくれて助かったぜぇ……)グスッ…
勇者が顔に受けた傷は、回復魔法でも完全に消すことはできなかった。
女僧侶「申し訳ありません、勇者様……」
勇者「気にすんな、女僧侶」
勇者「このキズは大切なことを教えてくれたからな……」フッ…
勇者(人間、身の丈に合わないことはしない方がいいって……)
女戦士(勇者、アンタって男はなんてかっこいいんだい!)
女僧侶(勇者様……とことんステキです!)
魔法使い(オレはこの旅で、キミには絶対勝てないと思い知らされたよ)
女戦士&女僧侶&魔法使い「この卑怯者っ!」
勇者「あ~……卑怯っていわれるとむしろ落ちつくわ」
みごと魔王を倒した勇者たちは、王国に凱旋を果たした。
─ 王国 ─
ワァァァ……! ワァァァ……!
大勢の市民が、魔王を打倒し魔族を撃退した勇者たちを熱狂して迎え入れた。
勇者(どうやら……国から逃げたことはチャラになったようだな)
勇者(ま、そりゃそうだわな。一応、魔王は倒したわけなんだから)
勇者(といっても倒したのは他の三人で、俺はむしろ生き返らせちまったんだけど……)
勇者(……黙っとこう)
国王「勇者よ!」
勇者「はっ、はいっ!」ビクッ
国王「そんな傷を作ってまで、よく魔王軍と戦い、そして勝ってくれた!」
国王「特に暗黒平原の一騎打ちは、決闘史に残る素晴らしいものだったと聞いておる!」
国王「本当にありがとう!」
勇者「ど、ども……」
勇者(そんなデタラメに褒められても、イヤミにしか聞こえねえよ……)
国王「さぁ、もう一度勇者と仲間たちに、盛大な拍手を!」
パチパチパチパチパチ……!
「ブラボー、勇者!」 「正義のヒーロー!」 「真の勇気ある者!」
「正々堂々の体現者!」 「剣の達人!」 「あなたこそ世界の英雄だ!」
ワアァァァァァ……!
勇者(くそ……なんだこの空気……。魔王にやられた傷がうずく……)ズキ…
勇者(馴染まねえ……馴染めねえ……)ズキズキ…
勇者「あ~……やっぱこんな場所、俺には相応しくねえよ」ボソッ…
女戦士「!」
女戦士(まったく……とことん謙虚なんだから)
女僧侶(こんな時にも喜ばないなんて、クールすぎてステキです!)
魔法使い(まさしく神に選ばれし者……。そんなキミに相応しい言葉はやっぱり……)
女戦士「なぁ~に、謙遜してんだい!」
女戦士&女僧侶&魔法使い「この卑怯者っ!」
勇者「!」ピクッ
勇者(こ、これだ……!)ゾクッ
勇者(やっぱり、俺はこうでなくっちゃ!)ゾクゾクッ…
国王「勇者よ」
勇者「はいっ!」
国王「ワシは王として、おぬしを魔王討伐に差し向けた者として……」
国王「おぬしの望みをできる限り叶えるつもりだ」
国王「もちろん、今この場でいう必要はないが──」
勇者「望みは決まっています」
勇者「1万ゴールドください。俺はそれで、田舎に店を出すつもりです」
国王「!?」
国王「そんなことでいいのか!? もっと──」
勇者「いえ……俺はずっとこれを望んでたんですから……」
国王「分かった……。もし、他になにかあるようだったら、また申し出てくれ」
勇者(申し出ねーよ!)
勇者(余計なことすると痛い目見るって、このキズが教えてくれたからな!)ズキッ…
そして──
勇者「なぁ、お前ら」クルッ
女戦士&女僧侶&魔法使い「!」
勇者「お前たちもそれぞれ褒美をもらえるだろうし、やりたいこともあるだろうけど」
勇者「もし、よかったら──」
勇者「店の経営が落ちつくまででいい。俺に付き合ってくれねえか?」
勇者「それに俺、お前らといる時が一番落ちつくしさ……」
女戦士「……もちろんさ! アタシから言い出したかったところだよ!」
女僧侶「私もかまいません! 勇者様の力になれるのなら!」
魔法使い「商売をやったことはないけど……しばらくの間、手伝わせてもらうよ」
ワァァァァ……!
こうして凱旋式は大盛況のうちに幕を閉じた。
その後、勇者は仲間とともに田舎で店を開いた。
─ 田舎 ─
勇者(ようやく、夢が叶った……!)
勇者(田舎に店を開くのが、俺の長年の夢だったからなぁ……)
勇者(あれ? 俺ってそもそも店を開くのが夢だったんだっけ? ……まぁいいか)
客A「あのぉ~、勇者様」
勇者「いらっしゃい!」
客A「このアクセサリーをください」
勇者「あいよ! このアクセサリーは貴重だから、少し高めの値段になってるよ!」
女戦士「勇者、さっきのはいくらなんでもぼったくりすぎじゃないかい?」
女戦士「それに……あのアクセサリーはそこまで貴重でもないじゃないか」
勇者「いいんだよ、商売ってのはこういうもんなんだよ」
勇者「客だって納得して買ってるわけだしな」
勇者「おっと、魔法アイテムがそろそろ品切れになりそうだな」
勇者「魔法使いと女僧侶は、魔法アイテムを仕入れてきてくれ!」
勇者「俺の名を使えば、ぐっと値が下がるからな! ガンガン使えよ! 頼むぞ!」
魔法使い「わ、分かったよ」
女僧侶「分かりました!」
勇者「さぁ~て、商売商売っと」スタスタ…
女戦士「…………」
女戦士「勇者のやり方は、どうにもこう……卑怯……な感じがするね」
女戦士「かっこよすぎて卑怯……とかじゃなく、本来の意味で」
女僧侶「だけどなんだか、魔王討伐の旅の時より生き生きしてるような気が……」
魔法使い「王様に望めばいくらでもお金持ちになれただろうに、不思議な男だよ」
女戦士「やり方はアコギだけど……バリバリ商売する勇者ってのも悪くないかもね!」
客B「勇者様、そのキズかっこいいですね」
勇者「ああ、これは魔王との死闘でつけられたキズだ。さわってもいいぞ」
客B「ホントですか!?」
勇者「ただし“さわり賃”はもらうがな」ニヤ…
やり方が少々あくどい勇者の店は、今日も繁盛しているという──
─ 完 ─
これで終わりとなります
ありがとうございました!
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