弟「月影?」(14)


姉「そうよ」

弟「そうだね。そろそろ月が出てもいい時間かもね」

姉「フフフ……」

弟「どうしたのさ、姉さん?」

姉「ごめんなさい。少し、おかしくって」

弟「何が?」

姉「私が言ったのは、『ムーンライト・シャドウ』の事よ」

弟「なんだ……そっちだったのか……」

姉「ごめんなさい。誤解させたみたいね」

弟「酷いや。それで勘違いした僕を見て笑ってたの?」

姉「もう……謝ってるじゃない……」
姉「弟の方が意地悪よ?」

弟「ハハハ、ごめんごめん」
弟「それで、『ムーンライト・シャドウ』がどうかしたの?」


姉「私ね、この歌が好きなの」

弟「そういえば、いつも聴いてるよね」

姉「だって、好きなんだもの」

弟「でもさ、今時、カセットで聴く人なんて珍しいよ」

姉「そうかしら?」

弟「そうだよ、わざわざcdから録音して……」
弟「今度、新しいプレーヤーでも買ってきてあげるよ?」

姉「いいの、この音が好きなんだから」

弟「どうしてさ?」


姉「生きてる音って言えばいいのかな……」
姉「時々かすれて、テープが切れたら二度と元の音には戻らない……」

弟「……」

姉「そんな儚くて危うい音が好きなの」

弟「……僕は嫌いだな」

姉「どうして?」

弟「だって、自分の好きな音楽が聴けなくなるのは嫌だよ」

姉「そうかしら?」
姉「二度と聴けないから、大事にするんじゃない?」

弟「そんなの……僕はやっぱり嫌だ……」

姉「……」

弟「好きなものとは、ずっと一緒にいたいよ」


姉「ほら、そんなこと言ってないで、二人で聞きましょう?」

弟「イヤホンを片方ずつにするの?」
弟「聴き辛くない?」

姉「いいのっ!」
姉「私が一緒に聴きたいんだから」

弟「うわぁっ!?」
弟「分かった、分かったから、落ち着きなよ」

姉「分かればよろしい」

弟「もう……、今日の姉さんは少し変だよ……」

姉「弟は姉の言う事を素直に聞くものよ?」

弟「何だよ、その理不尽な言い分は……」

姉「つべこべ言わないの!」
姉「ほら、流すよ?」


姉「とても切ない歌よね……」

弟「そうだね」

姉「でも、とてもキレイな歌よね……」

弟「そうだね……」

姉「貴方はそんな風に思ってくれるかしら?」

弟「……」

姉「どうしたの?」

弟「嫌だ……」

姉「弟?」

弟「僕はずっと、姉さんと一緒にいたいんだ……」

姉「……」

弟「待って……再開を願うだけなんて嫌だよ」


姉「……」

弟「ずっと、ずっと一緒に……」

姉「弟、今日はもう帰りなさい」

弟「え?」

姉「私、少し休みたい気分になったの」

弟「ごめん、僕が変なこと言ったから─────」
姉「ほら、もう月が出る時間よ?」

弟「……姉さん」

姉「今なら、月影が地面に映るかもね」

弟「……」

姉「歌詞とは逆になってしまうけれど、弟が影に消えていく姿を窓から見る事にするわ」

弟「うん……」

姉「またね」

弟「……」

姉「さよなら……」


姉「……」

姉「……」

姉「(本当は、もう一曲録音してるんだけど……)」

姉「『thought i'd died and gone to heaven』……」

姉「(私の想いを伝えるより、弟に想ってもらった方が嬉しいものね)」

姉「(お姉ちゃんの最後のわがままだから、許してくれるよね?)」

姉「……」

姉「……」

姉「……」

姉「弟……大好きよ……」


弟「……」

弟「姉さん……」

叔父「弟君」

弟「はい、何でしょう……」

叔父「立派だったぞ」
叔父「姉ちゃんを亡くして傷心していたのに、見事に喪主を努めたな」

弟「いえ……叔父さんこそ後見人になって下さって、ありがとうございます」

叔父「いや、私は少しでも力になりたかっただけだ」

弟「本当に……ありがとうございます……」

叔父「……」

弟「……」

叔父「それでだな、今後のことなんだが……」

弟「はい……」

叔父「良かったら、ウチに来ないか?」
叔父「離れたくない気持ちも分かるが、今の状態で一人で暮らすなんてことは……」


弟「わがままを言って、すみません」

叔父「いや、それは気にしなくて────」
弟「でも、思い出の残る家を離れたくないんです」

叔父「……」

弟「無理を承知でお願いします!」

叔父「そうか……」

弟「お願いします!!」

叔父「分かった!」

弟「叔父さん……」

叔父「諸々の事は私に任せておきなさい」
叔父「弟君は今まで通り、この家で暮らしなさい」

弟「ありがとう……ございます」

叔父「ハハハ、カミさんも娘も、君が来るのを楽しみにしてたんだがな……」

叔父「これは、帰ったらどやされるかもしれんな」

弟「本当に、ありがとうございます」

叔父「ハハハ、構わないよ」


叔父「っと、そうだ……。渡しそびれるところだったよ」

弟「これは……」

叔父「姉ちゃんから預かっていた物だ」

弟「!?」

叔父「生前に『自分に何かあれば弟に渡してください』と頼まれていてな……」

弟「カセットテープ……」

叔父「いま思えば、自分の最期を悟っていたのかもしれんな……」

弟「叔父さん、ちょっと席を外しても……」

叔父「構わないよ。早く聞いてあげなさい」

弟「ありがとうございます!」


弟「姉さん……」

弟「姉さんの使っていた、カセットウォークマン……」

弟「姉さんが遺してくれた、カセットテープ……」

弟「何が入って……」

弟「とにかく聴いてみよう……」


僕は、最愛の姉が愛用していたウォークマンに古びたテープを入れ、恐る恐る再生ボタンに指をかけた。
もう一度会いたいと、何度も願っていたにも関わらず、ボタンを押す指が震える。

姉の隠された想いを受け取る事に対し、無意識下で心が制限をかけたのか。
自分の気弱を払い、忸怩たる思いを奮わせ、意を決し、不格好に黒く大きなボタンを押す。
イヤホンを両耳にあてがい、録音された音が流れるまでの時間は、とても長く感じた。

正確な感覚などは覚えていないが、暫く待つと、懐かしい声が聴こえてくる。
それは、病気になる以前の様に澄んでいて、穏やかな姉の歌声。

いつか話した曲。

想いを込め、自身で歌っていた。




姉「──i stay, i pray
  see you in heaven far away.
  i stay, i pray
  see you in heaven one day.──」


─────おわり─────

操作に慣れるため、スマホで書いたものです

読んで下さった方……
がいるかはわかりませんが……

ありが

<<13
とうございました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom