女「少し酔ったみたいだね」(35)
男「うう……」
女「水は?」
男「…いえ、すこしやすめば……と、とと」
女「やれやれ、仕方ないなあ、はい、これ飲んで」
男「……すみません」
女「ほら、こうして醒ましな」
男「あ……ぅ…」
女「好きだろう? ひざまくら」
男「…う……はい」
女「ふふ。さ、もうすこし水、飲みなよ」
男「……ふう」
女「ようし、いい子だ」
男「……ん」
女「ゆっくり休みな」
男「……」
女「ん……」
男「……」
女「……ふう」
男「……まだ、飲むんですね」
女「あ、すまない。こぼれたかい?」
男「…いえ」
女「君がつぶれるのはめずらしいね」
男「……そうですか?」
女「うん」
男「…そうかもしれませんね」
女「今日はペースも早かったし」
男「……」
女「…なにかあったのかい?」
男「……いえ、忘れてしまいました」
女「ふうん……」
男「…僕にもください」
女「これ? だめだめ、まだ君はここで寝てなさい」
男「む……」
女「ふふ」
男「……」
女「……ん、うまい」
男「……」
女「そんなに恨めしそうに見るなよ。もう飲めないだろ」
男「…水、ください」
女「それがいい」
男「……」
女「雨だね」
男「ずいぶん強い」
女「うん」
男「……」
女「……静かだねえ」
男「ええ」
女「……」
男「……今日は、月が見えませんね」
女「そうだろうね」
男「一昨日は…」
女「中秋か。うん、ありゃ綺麗だった」
男「まったく」
女「……」
男「そのときに、なにか考えたことがあったのですけれど」
女「うん」
男「それが、なんだったか…」
女「ふふ、ボケるにははやいぞ」
男「……」
女「ま、ゆっくり口にすればいいさ」
男「…そうします」
女「見えなければみえないでさ」
男「……」
女「月を待つのもまたいいもんだよ」
男「はあ」
女「立待、居待、寝待ってね」
男「ずいぶんのんびりしたもんですね」
女「ふふ」
男「……」
女「月が出なけりゃまた明日」
男「どこかで聞きましたね」
女「今日がだめなら明日にしましょ」
男「…どこまでいっても明日がある、ですか」
女「ガバチョもいいことをいう」
男「古いですよ」
女「なつかしいね」
女「なにかと忙しいご時世だけど、月くらいのんびり待とうよ」
男「また、の時に思い出せればいいんですけどね」
女「なあに、どうせ大したことじゃあないさ」
男「ふふ、ひどいことをいう」
女「雨だからね」
男「じゃあ仕方ない」
女「そうそう、しかたないしかたない」
男「……」
女「……」
男「んー…月月に月みる月は多けれど…」
女「月みる月はこの月の月、かい?」
男「ええ」
女「なんだい、やけに月にこだわるね」
男「もう少しで思い出せそうなんですよ」
女「ふうん」
男「うーん……」
女「……そうだ、この月の月はいつの月か。しってるかい?」
男「八月でしょう? 月が八回でてくるから」
女「ちぇ、なあんだ」
男「あなたが、教えたんでしょうに」
女「言ったかな?」
男「ええ、去年の月見に……あっ…」
女「ん?」
男「思い出しました」
女「お、なんだい?」
男「いや、大したことじゃありませんでした」
女「なんだよ、気になるなあ」
男「いいんですよ」
女「む」
男「ん?」
女「言わないと、こうだ」
男「いひゃっ、ひゃ、ひゃめへくらはい」
女「言うか?」
男「いいまひぇん」
女「……くく、変な顔…」
男「…ちょっとっ」
女「あっ……あーあ、せっかく面白い顔だったのに」
男「人の顔で遊ばないでください」
女「君が言わないのが悪いんだよ」
男「言うほどのことじゃあありませんから」
女「ふうん」
男「……」
女「それじゃ、当ててみようか」
男「へえ」
女「こうみえて、明智小五郎のファンだからね」
男「それは初耳でした」
女「実はろくに読んだことがない」
男「そりゃますます期待できますね」
女「ふうむ……」
男「……」
女「まず、君が今日飲み過ぎたのはそのせいだな」
男「む」
女「あたりか」
男「さて、どうでしょうか」
女「まばたきが多い、図星だろう」
男「…かもしれません」
女「わたしが言うのもなんだけどね」
男「はあ」
女「酒の力をかりて何かをいうのは下策だよ」
男「そうですかね」
女「酔っぱらいの言葉ほど当てにならないものはないもの」
男「あなたがいいますか」
女「わたしが言うんだ、まちがいない、うーいひっく」
男「くくっ」
女「……ふぅ、だいたい、酒の上の言葉なんて言わないほうがいいんだよ」
男「どういうことです?」
女「言ったら空言になるし、言わなくてもわかるんだよ」
男「はあ」
女「大丈夫だよ、来年もきっとこうして飲んでるさ」
男「……参りました」
女「ふふっ」
男「しかし、言えといったり言うなといったり…」
女「それは君が思わせぶりにするのが悪い」
男「……」
女「くくっ、まあわたしも大体おんなじようなことを考えていたよ」
男「そうですか」
女「うれしいねえ、くくっ」
男「ええ」
男「…そろそろ」
女「起きるかい?」
男「はい」
女「もうちょっと寝ててもよかったのに」
男「よっ…と」
女「まだふらけているね」
男「もう、平気です。ありがとうございました」
女「酔っぱらいはみんなそういうのさ」
男「あなたもよく言ってますね」
女「くくっ、ちがいない」
男「はい」
女「ん? なんだい」
男「ひざまくらですよ。脚、しびれてるでしょう」
女「……やれやれ、お見通しかい」
男「そう、そうして伸ばしてください」
女「痛っ…つつつ…」
男「……突きたくなりますね」
女「かんにんしてくれよ…」
男「……」
女「…ああ、いい心持ちだね」
男「ええ」
女「……」
男「これ、もらいますよ」
女「あっ」
男「もう十分飲んだでしょう」
女「ま、いいけどさ」
男「……ん、うまい」
女「……」
男「……」
女「虫の音がするね」
男「雨、やみましたか」
女「うん」
男「……」
女「……」
男「……」
女「……」
男「……」
女「……静かだねえ」
男「……ええ」
女「……」
男「……」
めでたしめでたし
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