モバP「メモリアルアーチ」 (18)

 初めて会ったのは営業帰りの後楽園駅での事。
 停車した電車に乗り込んできた団体の中に、ユニフォーム姿で片手にはビール缶、無邪気な顔でけらけら笑ってる女がいた。

 初見の感想?
 面倒くさそうな酔っ払いだな、だったかな。
 酷くない酷くない。至極当然の感想だよ。そのくらい酷かったんだから、お前。

 まあしかし。
 不思議な事に目が離せなかった。職業柄女性は見慣れてるはずなのに、何故か。
 そんな俺をどう思ったのかは知らないが、あろう事か向こうから話し掛けてきた。

「ねえ、キャッツ好き?」

 好きかどうかと聞かれても、そもそも野球にそこまで興味が無かったから。
 とりあえず、まあまあと答えた。



 ――どうにもこの返答がまずかったらしい。

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 簡単に言うと超絡まれた。電車を降りて事務所に向かう最中、ずーっと横でキャッツの魅力を演説してくれた。時間で言うと小1時間ほど。
 道中で一応尋ねた。

 着いてくるのはいいが、お前、家はこの辺りなのか?

「今そんな話してないでしょ! ちゃんと聞かんかーッ!」

 あの時ほど俺の直感は優れていると確信した事は無いな。

 やっぱり面倒くせえ、こいつ。

 だから怒るなってば。怒りたいのはあの時の俺の方だ。適当とは言え相槌打ってただけでも有り難いと思え。

 結局。事務所にまで乗り込もうとしてきたから、まだ言いたい事があるなら今度にしてくれと連絡先を渡して帰らせた。タクシー捕まえて幾らか代金渡して。
 足りないとは思わなかったなー……。駅6つも離れた場所に住んでるなんて聞いてなかったし。

 で、連絡があったのは翌日の事だった。

「あ、あのね? もしかして昨日、迷惑……かけちゃいました?」

 まああれだけ酔っ払ってたら記憶もあやふやになるわな。
 とりあえず。

 はい。

「ご、ごめん! 本当にごめんっ! お詫びにサカモトの直筆サインあげるから許して!」

 サカモトって誰ですか。

「は?」

 え?

「サカモト知らないの? え? 貴方だいじょぶ?」

 いや、大丈夫も何も知らないものは知らないんですが。

「……おっけー。ちょっと会おっか。お詫びも兼ねて」

 そっちがメインだろ。おまけにするなよ。

「細かい事は気にしない気にしない。で、どこに行けばいいかな?」

 えー。もう会わない方がお互いの為かと。

「ど、こ、に! 行けばいいかな」



 今もだけどキャッツが絡むと本当に面倒くさいよな、お前。

 結局待ち合わせは事務所にした。書類が溜まってたしわざわざ出向いてまで会う気にもならなかったし。

 お昼過ぎくらいだったか。
 突然事務所の入り口が派手な音を立てて開いたのは。
 輝子と乃々が驚いて頭打ったんだぞ。デスクで。自業自得な気がしなくもないが。

「こんにちはー! Pさんいますか!?」

 はいはいこちらに。

「よしっ! じゃあ行こう! すぐ行こう!」

 え。ど、どこに?

「いいからいいから! ねっ。昨日のお詫びにさー!」

 いや、待て。まだ書類片付けてないのおいこらちひろさん。なに諦めた顔で手を振ってるんですか助けて下さいよ!

「だいじょぶだいじょぶ! 絶対後悔させないから!」

 いや今お前に連絡先渡した事を絶賛後悔中なんだけどはーなーせーっ!

 連れてこられた先は河川敷。ホワイ、何故?

「あたしのだから右利き用になるけど、左利きなら許してね」

 渡されるグローブ。挟まれた軟式B球。どうしろと。

「まずは野球の楽しさを知ってもらわないと! じゃないとお礼出来ないし」

 ……えーと。別に昨日のタクシー代払ってくれたらそれでいいんだけど。

「つべこべ言わずにばっちこい! ほらほら!」

 むー……。腑に落ちないが文句言うとまた厄介な事になりかねない、か。
 とりゃっ。

「お、いーね! ナイスボール!」

 ふふん。確かに野球に興味は無いがまったく出来ない訳じゃないんだへぶっ!?

「あ、あれ? だいじょぶ?」

 ……帰る。

「ま、待って! 捕り方教えるから! ごめんてばー!」

 強制的に付き合わされたキャッチボールにより俺は捕球と投球フォームを覚えた。倍以上痛みを覚えたけど。

「センスあるじゃん! 野球してないなんて勿体無いくらい!」

 ……たぶんこの短期間でこれだけ出来るようになったのはこの娘の指導力が優れているからだろう。なんか悔しいから言わなかったけど。

 ただ、まあ。
 この娘に対する認識を少しばかり変えなきゃならない。
 下手な俺に付き合ってるのに終始笑顔で励ましたり誉めてくれたり。
 初対面での印象は最悪だったけど、根は悪い娘じゃないんだな。
 無邪気で、活発で。目を離す事の出来ない笑顔を持つ女の子。

 ……うん、決めた。
 なあ。

「ほえ?」

 名前、聞いてなかったよな。

「あ、そか。友紀だよ。姫川友紀」

 おてんばな姫な事で。

「悪かったねっ!」

 はは、なあ姫川さん。





 アイドルに、なってみないか?

 正直賭けだった。
 酒癖の悪さはアイドルとして致命的だし、キャッツの事になると見境無くなるし。

 ただこの娘の笑顔に惹かれるものがあるのは間違いなかった。
 視線を釘付けにして、見ている側まで幸せになる、あどけなさの残った可愛い笑顔。そしてこの天真爛漫な性格。

 アイドルをしていないのは、勿体無い。



 結論から言えば心配は杞憂――でも無いが、ほとんど問題無かった。
 想像以上に仕事熱心で、次から次へと仕事をこなし、ファンを着実に増やし。また、ファンへのサービスや他のアイドルの面倒を見るなど、気遣いの出来る面も持ち合わせていた。
 存外、生まれもってのアイドル体質だったのかもしれない。



 まあ仕事中に酒を飲むのは直らなかったけどな!
 あとスポンサー乏すのも!
 ごめんで済むかっ!

 
 ……………
  ………
   …

 気になりだしたのはいつだったかな。覚えてないよ。
 だってだって! 今までそんな経験無かったんだもん!

 ただはっきりしてるのは、料理番組に出演した時にはもう好きだった。あたしの中で、プロデューサーはプロデューサー以上の何かになってたから。

 あたしね、アプローチの仕方とか分かんなかったから、ストレート主体。たまに変化球混ぜながら必死に伝えたの。

 恥ずかしかったんだよ?
 プロデューサーの専属シェフになってあげるーとか、最高のバッテリー目指そうとか。うわわ、思い出しただけでヤバいかも……。

 なのに気付いてくれなくて……んーん。気付かないふりされて。
 ミスターが監督辞めちゃった時より泣いたんだから。

 友紀の気持ちには気付いてた。思い上がってた訳じゃないぞ。あれだけ直球勝負されたら、な。

 ……ただ、答える気が無かったのも事実。
 好きか嫌いかで聞かれたら好きだと言い切れた。異性として、とは見てなかったけど。
 だって当然だろ?
 友紀は人気アイドル。しかも着実にトップアイドルへの階段を上がってた。

 片や俺は、プロデューサーとして友紀を支え、輝かせていく立場にいる。
 恋愛感情を抱く事自体許されない。もちろん、友紀に限らずアイドル全員に対して。

 だから、答える気は無かった。イエスともノーとも。
 そうすれば、いずれ気持ちは俺から離れるだろう。

 それで良かった。
 それが良かった。



 でも、そうならなかった。
 友紀じゃなく、俺が。そうしなかった。

ここでタイムアップ。
なんとか14日に間に合わせたいけど地の文むずい…。

でわ。

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