【モバマス×ニンスレ】「ライク・シング、ライク・ダンス」 (143)

アイドルマスターシンデレラガールズ
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ニンジャスレイヤー

第1部
「ライク・シング、ライク・ダンス」

前スレ
【モバマス×ニンスレ】ドリンク・ディペンダンス
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黒々とした雲がうろこ状になって浮かび、赤く不気味な月を朧げに滲ませている。

平安時代の詩聖にしてアイドルプロデューサーであるミヤモト・マサシならばこの空気をポエットに書き残しただろう。

だが今はマッポーの世だ。

心の荒んだ人々は誰も空に興味を示さない。 1

代わりに人々の心を癒やすのはアイドルたちだ。

街のどこかからうら寂しい空を切り裂いて13色のサーチライトが踊っている。

1色1色が765プロダクションのアイドルのイメージカラーであり、また街のどこかでライブを開いているのだろう。 2

光の根本では常夜灯が輝き、街を不夜城に変えている。

灯りの1つ1つの元にサラリマンがいて、終わることのない仕事に追われているのだろう。

それは実際彼らの命が燃えているような儚い瞬きだった。 3

サギサワ・フミカはそんなセンチメンタルなことを思いながら、自分もまたその灯の1つであることに気づく。

窓際に座ったその大理石めいた白い肌は部屋のすぐ側の毒々しいネオンに彩られている。

自室の電気は消され、手にした本を広げたまま、何時間も外の景色を見つめ続けていた。 4

時にサギサワはこうして何時間も物思いに耽ることがあった。

それでも最近は特に多く、毎日のように眠る時間を削ってまで、夜景を眺めながら考え事をするのだった。 5

その原因は、夜毎にニューロンの網にかかる記憶によるものだった。

交わしたことのない会話、作ったこともない笑顔。

自分に微笑みかけてくる、見知らぬが、しかし、どこか懐かしい顔。

それぞれが切れ切れに浮かんできてはサギサワを苦しめるのだった。 6

……ミヤモト・マサシのコトワザだよ。エート、ホラ、なんて言ったっけ?」

「私に聞かれてもわかりかねます」

「ダヨネー…… 7

サギサワはこうした偽りの記憶に襲われる度に、本で読んだものと自分を納得させ、別人の物語として再構成していた。

そうでもしなければ何故自分の知らない記憶持っているのか、その恐ろしさから逃れることができないのだった。

ビョーキは気分の問題。そうやって自分を納得させていた。 8

……さあ、顔を上げて。前を向いて。そう、良いね。雰囲気があるよ」

「雰囲気がある、と言われても……どんな雰囲気なのかさっぱり……」

「良い雰囲気だよ。遥かにイイ…… 9

だが記憶を順序立てて並べようとする度に、頭の奥で痛みが走る。

体が記憶を思い出すのを拒絶しているかのようだ。

わけも分からず、サギサワは知らずうちに涙を流していた。

]頭痛と涙と溢れだす混乱の中でも、容赦なく記憶が漏れだしてくる。 10

……いいかい、フミカ。フォー・セル・ベイビィ・シューズ・ネバー・ウォム、だよ」

「どういう意味ですか、それ……」

「さあ?俺も詳しくは知らないんだ」

「だけど、これだけ分かってほしい。お前の物語はお前だけのものだ。お前が、お前の、物語を伝えられる存在になるんだ…… 11

「私が、私の……物語を伝える……」

顔も知らない人にかけられた言葉。

アイドルとしての活動方針を定められない自分に示してくれた初めての道。

それを気付かせてくれた言葉。それがどうして今になって……。

記憶は夜の闇に浮かぶネオンめいて明滅し、その全体像を掴ませることはない。 12

「はっぴはっぴパウダー」「高品質な」「安らかな眠り」

サギサワは内と外から自身を苛む光の嵐に疲労を覚え、頭を窓に押し付けて目を閉じた。

ガラスの冷たい感触が、頭の痛みを和らげてくれるような気がした。

閉じたその目からは涙がとめどなく流れ落ちて、本に黒いシミを作っていた。 13

朝を迎えるまでこうしていれば眠って全てを忘れることが出来るだろうか。

サギサワは信じたこともないブッダに祈った。

だが、サギサワの淡い期待を叶えてくれるほどマッポーの世のブッダは優しくはないようだ。 14

夜明けまでまだ遠く、サツバツとした闇がいつまでもサギサワを包んでいた。 15

――――― 


16

【the idolm@ster】続きは明日【NINJASLAYER】

「……ホラ、あれは?分厚い表紙の割にはスゴイメルヘンな挿絵が書いてあった絵本。あの本の名前は確か……」

だが何を話してもサギサワは首をふるばかりで満足に会話にならない。

そのうちに男はある可能性を思い当たった。

「もしかして……昔読んだ本のことも、覚えてないのか……?」 82

サギサワは黙して語らない。

だが、それが答えだ。

サギサワは男のことだけでなく、過去に読んだ本の事すら覚えていないとは。

どういうことだ、これは。

男が真綿を喉に詰め込まれて殺される感覚に陥っていると、サギサワが口を開いた。 83

「あの……昔の私のことを知っているというのは本当でしょうか?」

「あ、ああ……さっきも言った通り、俺はお前の元プロデューサーだ」

「そ、それでは、私が昔読んでた本って、どんなものでしたか?」

「さっき言った本とか、難しい音楽論を読んでいたこともあった。画集も開いていたこともあったし……」 84

男は思いつく限りの本の名前を挙げた。

だがそれらの名前にもサギサワは首を振って答えた。

重苦しい沈黙が続いた後、サギサワは何かを悟ったように口を開いた。

「……全て記憶にありません。ですが、どれも読みたいと思っていた本です……」

「それは、つまり……」 85

「今、初めて思い出しました。私がどうやってアイドルになったのか。それを忘れていたということに……」

「……私は記憶をなくしていたようなのです」

おお、ナムサン!

これはいかなることであろうか?

チヒロはどのような方法を使えば人間から違和感なく記憶を奪うことが出来たのであろうか? 86

しかし、それ以上に男の体を怒りが支配していた!

人との大切な思い出を奪い踏み台としたプロデューサーたち!

下が非道を働いても見て見ぬふりをする管理者!

このプロダクションは上から下まで全て腐っている!

男はあまりの怒りにめまいを覚えるほどだった。 87

オタッシャだ。

この事務所の奴らを全員オタッシャさせてやる。

今、すぐに、ここで。

今にも爆発しそうな男の怒りを鎮めたのはサギサワだった。

怒りに震える拳に手を添え、ゆっくりと言ったのだ。

「全てを思い出したわけではありませんが、あなたが私の元プロデューサーということは理解出来ました……」 88

「先ほど挙げてくれた本の全てが、私の趣向と一致するものでした」

「そう……私のことを分かってくださっている人だから、元プロデューサーだということに、嘘はないと理解出来ました」

サギサワは顔を上げて男と目を合わせた。

深い蒼の瞳は、涙で潤んでいる。 89

「私が今アイドルとして活躍できているのも、プロデューサーさんの指導があってこそなのです」

「これで移籍が成立してまた元のように一緒に仕事が出来るなら……何も前と変わりません」

「だから……どうか私のために、早まるようなことはなさらないで下さい……」 90

おお、ナムアミダブツ……。

サギサワのブッダマザーめいた訴えに男の怒りは溶けるようになくなった。

記憶が封じられようとも、心の繋がりまで奪うことは出来なかったのだ!

フミカPは涙した。頬を伝った涙は重ねられたサギサワの手の甲に落ちていった。 91

サギサワもまた大粒の涙をこぼしていた。

その涙が髪に伝って光るのを見て、男は笑った。

「お前まで泣くなよ」

男はテヌグイを取り出し、サギサワの顔を拭った。

「フミカ。この事務所から移籍したら、また本を読もう」

男が涙を拭いながら言った。その顔は晴れやかで、先ほどの怒りは微塵も見られない。 92

「読んだ内容を覚えてないっていうなら、また本を貸すよ。それとも、別な物がいいかな……」

2人はチヒロが戻ってくるまでの間、どんな本を読みたいかを話し合った。

だがそれはコトワザに"言う捕らぬフェレットの皮算用"であることを、彼らが知らぬはずはないのだ。 93

ほどなくしてチヒロが応接間に戻ってきた。

表情は先ほどと変わらないにこやかなものだ。

モバPは部屋の中に入らないままドアが閉められたが、それについては何も言わないままチヒロが口を開いた。

「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんね。さぁさ、どうぞ話の続きと参りましょう」 94

「こちらはもう何も言うことはない。このエナジドリンク1000本でフミカを移籍させてくれ」

中央のソファーに向き合う形で座った2人の間に、エナジドリンクが置かれたままになっている。

だがチヒロはそれに目もくれず、男を真っ直ぐに見つめたまま言った。

「相談の結果、やはりやめました」

「……は?」 95

「ですから、フミカ=サンを移籍させる話は取り止めになった、ということです」

「ど、どうして……」

「やはり、フミカ=サンはうちの事務所に必要な方なんですよねえ。アイドルアカデミーも受賞できるかもしれない逸材であることですし、そうなると手放すのは実際惜しい……」 96

チヒロは移籍させない理由をだらだらと述べ立てるが、それに納得するフミカPではない。

「それに、あなただって移籍させた後はどうするんです?金もないツテもない何にもないじゃロクに活動だって出来ないでしょう?」

「何を……自分の戻るプロダクションも、サポートする同僚だって存在している!」 97

「おや?それは本当ですか?」

「あ、当たり前だ!プロデューサーならばそれらを頼る時だってある!」

「なるほど、なるほど。やはり協力者がいたわけですか」

チヒロの巧みなプロデューサー問答によって情報を吐き出してしまっているが、激高した男はそれに気づく様子もない。 98

「ともかく!移籍させないというのであれば、力づくにでもフミカを頂いていくぞ!」

「ええ、どうぞ。出来るのであれば、ご自由に」

あらかた情報を聞き出し終えたチヒロは、ゆったりとソファーにもたれかかった。

その余裕のある態度に男が不審に思った時、背後のサギサワの元から物音が聞こえてきた。 99

男が驚いて振り返ると……

ALAS!いつの間に部屋に忍び込んだのであろうか、サギサワの両隣にキークローゼットとモバPの2人のプロデューサーが立っているではないか!その光景を見た男は全身の血の気が引く音を聞いたような気がした。

「フミカから離れろ!」

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」 100

ソファーを飛び越えサギサワの元へ飛んで帰ろうとした男をモバPがかかと落としで地面に叩きつけた。

モバPは床に寝転がった男にさらにマウント状態を取り、動きを封じた。

「能無しが!そこでブザマに寝転がったまま見ているがいい!フミカの担当プロデューサーは誰なのかを!」 101

キークローゼットはそう叫ぶと、サギサワに向き直って手をこめかみに添えてシャウトした。

「カギ・ジツ!イヤーッ!」

するとキークローゼットの目から光が溢れだし、逃げようともがいていたサギサワを包んだ。

光が収まると、サギサワは抵抗することをやめ、大人しいジョルリ人形のようになっていた。 102

カギ・ジツ!

相手の記憶に錠前めいて鍵をつけることで記憶を封じ込める謎めいたアイドルプロデューサー・ジツだ。

アイドルプロデューサー力が低くまともにアイドルをプロデュース出来ない彼がフミカの担当Pとしてマルナゲされていたのも、この特殊なジツを見込んでの事だった。 103

「こうなってしまえばフミカ=サンもまた元のように記憶を失って、あなたのことなど知らん振りをするということです」

床に転がった男の顔の近くにしゃがみこんだチヒロが解説する。

「私のところに彼がいる限り、彼女は昔の記憶は常に封じられ続けます。つまり、あなたとの記憶は永久に元に戻りません」 104

「ウオーッ!」

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

マウントから逃れようとした男が暴れるが、モバPによってまたすぐに制圧された。

「そしてあなたが彼女を無理矢理に連れだそうとしても、アイドルプロデューサーカラテでモバP=サンに勝てないあなたにそれは出来っこない作戦です」 105

チヒロはアクマじみた囁きを男の耳元で繰り返す。

それは男の心を絶望感でジワジワと塗りつぶしていく。

「そうそう、あなたには協力者もいるそうですね。大勢で攻めて来られても困りますし、早いうちに探しだしてスレイさせておきましょう」

何事も早め早めに。

チヒロはにっこりと微笑んだ。 106

「あなたの才能は実際惜しい」

チヒロはもったいぶって言った。

「そのカラテのワザマエ、熱いソウル。どれをとっても野良のプロデューサーにしておくのは惜しい。どうですか?ここで働きませんか?」

「それはつまり……」

チヒロの最後の慈悲にすがろうと、ドゲザするかのように頭を床に擦り付けた。 107

「ああ!もちろん、フミカ=サンとは一緒に働けませんよ?」

チヒロの最高のスマイルから放たれた止めの一撃を食らった男の心は完全に砕かれ、がっくりとうなだれたまま涙を流し続けた。

「フミカ……すまない」と守りきれなかった担当アイドルへの謝罪を繰り返しながら。 108

その様子を見たチヒロはこの日一番の哄笑をあげた。

男がブザマな姿を見せていることに満足したキークローゼットはサギサワを引っ立てて行こうとする。

そのサギサワは、見知らぬ相手であるはずの男に顔を向けて、涙を流していた。

どういう涙なのか、彼女自身にもわからないまま涙を流し続けていた。 109

―――――


110

サギサワはうたた寝から目が覚めた。

どれくらい寝てしまっていただろうか。

周りはまだ闇の中であり、それほど長い間寝てはいなかったようだ。

嫌な夢を見たような気がするが、どうしてもその内容を思い出せない。

夢なんだから、当たり前といえばそれまでの話だが、何かが引っかかるような気がする。 111

何かを忘れてしまったような、何か大切なことを……

思い出そうとすると頭の奥に痛みが走り、体が思い出すのを拒否するかのようだ。

サギサワは諦めて元のように窓に頭を預けて目を閉じた。

「超得ショップ開催」「実際安い」「おマミ」

部屋の外の明滅するネオンの煩わしさに、閉じた目をすぐに開けた。 112

すると、目に入ってきたのは、水で濡れて黒くシミが出来た読みかけの本だった。

いつからこんな本を読んでいただろう。分からない。

開いたページにはメルヘンな挿絵が描かれている。

分厚いカバーに似つかわしくない、スカートの端をちょこんと上げてはにかんでいるカワイイイラストだ。 113

それを見た途端、前にもこの本を読んだデジャヴに襲われた。

記憶の糸をたどってもそんなことは決してないのだが、どこか懐かしさと安らぎを感じるのだ。

この本をどこかで……。 114

夜明けまではまだ遠く、寄る辺を失ったサギサワの周りには空虚な闇がいつまでも渦巻いていた。

彼女はその闇の中を、あるはずのない記憶を求めてさまよい続けるのだった。 115

(第一部「ネオプロダクション炎上」より:)

(「ライク・シング、ライク・ダンス」 終わり)

(「ザ・パーフェクト・デイ・フォー・ブックフィッシュ」に続く)

プロデューサー名鑑#16【キークローゼット】
シンデレラガールズプロダクション所属。
サギサワ・フミカの担当兼事務所のアイドルたちのメンタル面管理担当プロデューサー。
特殊なジツを用いるためチヒロから重宝されている反面
プロデューサーとしての実力は相当に低い他愚鈍な部類に入るため多くの同僚から見下されている。

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