ほむら「修学旅行に行くことになった」 (105)

叛逆以降の話です。
ゆっくり書いていこうと思います。

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潮風が肌を撫でるというのは思ったほど気持ちよいものではなかった。

それどころかぬめっとした空気が纏わりついて不愉快だ。

暁美ほむらが気怠そうに空を仰ぐと、耳元の錘がカランと揺れてさざ波の音に変わっていく。

纏わりつく塩分を含んだ水蒸気。これは慣れそうにないだろうと直感した。

見滝原からバスで5時間かけて到着したのは漁船と民宿の町。

少し羽を伸ばそうと宿から出てきたのだが、早々に修学旅行に伊豆を選んだ教師に苦言を呈したくなった……。

生まれて初めての修学旅行がどんなものなのだろうという興味は抱いていたが――このざまだ

褒め称えるべき水平線の先にあるもの鼠色の雲が掛り虚ろで何も見えない。

わざわざ茶番に付き合ってここまでやってきたのは無論、太平洋をこの目で見るためでも、海の幸を堪能するためでもない。

ただ一日ずっとまどかのそばにいることができることだけが唯一の楽しみだったのに……。

水辺の埠頭に腰をかけていると、数百メートル離れた旅館から生徒たちの声が聞こえてきた。

あの中にまどかもいる。

それなのにほむらは寂れた波止場で一人所在がなく立ちすくんでいた。

既に同じ部屋の女子たちは彼女の不在に気づいていることだろうが、それを咎めるものはいないだろう。

どこか見るものを不安にさせるほむらの瞳は、安易に話をしたいと思えるようなものでなかった。

それが今の印象であり、彼女に話しかけるぐらいなら丈の長いスカートで竹刀を担いでいるやさぐれた女生徒に声をかける方がまだマシだという者もいる。

孤高の獣と捉えるものもあれば、無意識に垂れ流している妖気の毒に当てられ目を合わせることも憚られるという者さえ。

いずれにせよほむらに積極的に関わりあいたいと望む猛者は教室には誰一人いなかったということだ。

それをほむらも承知していた。むしろ上等だ。あえて話しにくい立ち振る舞いをしているつもりだから。

だが昨日の枕元で想像していたのは一人海岸沿いに腰を下ろしているこんな無様な姿などではなかった。


こんなはずではなかったのに。

妄想の中での彼女(まどか)は生き生きしていた。


バスの中で、ほむらの隣に座り窓の外を指をさす。

『ほむらちゃんっ! ほら、海が見えてきたよ!』

『ええ。綺麗ね』

『船もあんなに。ああ、早くつかないかな!一緒に貝殻ひろったりしようね』


そんなもの非現実的な妄想であるにすぎないということをほむら自身が誰よりも理解していた・・・。

そもそもバスの席は事前に決められている。

てんやわんやと修学旅行中の予定について話し合っていたこともあり教室の隣の席がそのままバスの席にしようと担任が言い出したのだ。

無論まどかとほむらは隣同士ではない。

席決めをしたその時はなんとも思わなかった。

むしろまどかと席が隣になっては厄介だとさえ思っていた。

フラッシュバックを何よりも恐れ、万が一円環の理としての記憶を取り戻すようなことが再び起これば、今度こそ抑えこむことができないかもしれない。

それぐらいなら席が離れていたほうが全然マシだ。


しかし、修学旅行が近づくに連れて周りの生徒たちも浮足立っていく。

それを冷ややかにほむらも眺めていたが、やはり時期が近づくにつれて何か落ち着かない気持ちになっていった。

『初めての修学旅行』ということもあるが、まどかと遠出をする機会など今までついぞ与えられなかったものだから。

初日からどんどん彼女との距離を開けていることを考えれば、隣になって話すことどころか、一言声を交わすことさえ絶望的に思えた。

しかし何らかの何かがあって彼女の隣の席の生徒が休むことになり空席が生まれるという事態が起これば。

――起こればよかったのに。

残念ながらまどかの隣の生徒が休むこともなければ、楽しそうにさやかや杏子たちと話をしているあの輪に加わることもないまま時が過ぎ、今に至る。


好きだから。彼女がいるこの世界が愛しいから。だからこそまどかに近づけない。

あの時みたいな記憶のフラッシュバックを恐れ覚醒を遅らせるためにも、安易に会話ができなくなってしまった。

彼女とバスの中で食べようと思って買ったチョコレートは今かばんの中でドロドロに溶けてしまっているだろう。

ポツン。

――冷たい。

所在なく空を見上げていると、ぽつり、ぽつりと雨が降り出してきた。

「はぁっ……」

さすがに濡れるわけにもいかず旅館に戻らざるを得ないだろうと、ため息をついてその重い腰をあげる。

億劫だ。出来れば人のいる旅館には戻りたくなどなかった。

ほむらは道路を振り返ると雨足の先にスラリと伸びる脚をみとめた。

「よっ!」

意外な人物が背後に立っているの見て目を丸くするが、その相手は事もなげに右手の傘をそっと差し出してきた。

背中に届く長い髪。左手にはコンビニの袋がぶら下がっていて、チョコの棒を加えながら器用に喋る。


「入るかい?」


そうだ。このクラスには唯一自分に気後れせずに話しかけてくる人物がいたことを思い出した。

いつも授業中にすやすやと肩を揺らしている二つ前の席の女生徒。魔法少女でもある。


「ありがとう」


差し出された桃色の桜が描かれた傘を右手で受け取り、二人で入れるように寄り添って旅館を目指した。

佐倉杏子は暁美ほむらが何者であるかは知らない。

新しい世界を構築したことも、その創造主であることも。

ポツポツと傘に雨粒が滴り、虚ろに地面を見つめながら赤髪の隣を歩く。


「あなた傘なんてよく持ってたわね」

「いやいや、アタシのじゃないって。だいたい、こんな可愛いの似合わないだろう?」


ほむらはそれには返答しなかった。確かに彼女が持つにしては似つかわしくない。

そうだ、彼女と美樹さやか。それから志筑仁美は、まどかと同じ部屋だった。

うらやましい。

なるほど、誰が杏子に傘を貸したのか合点がいったが、敢えて言及するのは避けた。

誰に関心があるのか気取られる可能性がある。たとえ自分を遠ざけずに話しかけてくる相手であろうと胸の内を語るつもりは毛頭ない。

この気持ちを誰かと共有したいなどとは微塵も思わなかった。


「みんなでババ抜きやってたんだけどさ、仁美の奴がめちゃくちゃ強くって…。少なくともまどかやさやかにだけは勝てるって思ってたのにな」

「それであなたが使いぱしりになっているってことかしら?」


コンビニ袋からもう一本チョコバットを取り出し、傘を持った手と合わせて器用に袋をあける。


「そういうこと。まあ、アタシは一円も出してないから構わないんだけどさ」


確か彼女は美樹さやかの家に居候していることになっていただろうか。

まどかの事以外に特に関心はないが、彼女を目で追っていると自然と情報が耳に入ってくる。

「しかしまどかの言った通りだな」


『まどか』という名前をほむらは聞き漏らさなかった。

動揺しないように彼女に問いかける。


「何が?」


もしかして自分のことを心配したまどかが、杏子に何か伝えたのだろうか。


「いや、あいつに半ば無理矢理傘持たされたんだけど、正直雨が降るなんて頭になかったからびっくりしたなって。天気予報って本当に当たるんだな」

「そう……」


てっきり自分のことを何か言及していたのかと思ったがあてが外れて肩を落とした。もちろん気取られない程度にだ。

そもそもそんな都合のいい話があるはずがないとさっき現実に打ちひしがれていたばかりだというのに馬鹿みたいではないか。

「ったく修学旅行初日だってのに、いきなり雨なんてついてないわぁ。これじゃ今日の船も中止か。楽しみにしてたんだけどな」


予定では十五時から地元漁師の漁船で沿岸で漁業体験をすることになっていた。

杏子が楽しみにしていたのは船に乗ることでも、釣りでもなく、獲った魚を食べることではと思ったが……それは口にはしなかった。

「今日は船に乗れなくても明日は晴れるかもしれない」

「なんだ、アンタも船を楽しみにしてたクチか?」


意気揚々と八重歯を見せるが、ほむらは前を向いたまま静かに答えた。


「どうかしら……」

「まあアンタが、楽しんでるんならいいんだけどな」


こんな埠頭で一人たそがれているのを見て本気で楽しいと思っているなら、佐倉杏子はどうかしているだろう。

だが敢えてほむらは彼女の斜め上を見ながら答えた。


「……そうね、楽しいわ」

しとしとと雨が傘を叩いているのが気になった。花がらの持ち主の顔が頭に浮かび、黙りこむ。

無表情で返事をするほむらにしびれを切らした杏子が睨みつけた。


「アタシが言えた義理じゃないけどさ。同じ魔法少女のよしみとして言っておくと、もう少し普通にしてた方がいいと思うぞ。

 さやかはなんでかアンタのこと目の敵みたいにしてっけど。ヤバイオーラ撒き散らしてクラスの連中遠ざけるにしても限度ってもんがあんだろう?」

「あなたは今の生活が楽しいのね、杏子」

「はっ? なんだよ急に」


杏子は戸惑う。見たことがないような柔らかい顔で暁美ほむらが笑っていたからだ。

怒ったつもりが笑われ、しかし腹が立つどころか不思議なものを見た心地だった。

「あなたのためじゃなかったのだけど。そうね。あなたが楽しいというなら決して悪くないのかも知れない。わたしは間違ってなかった」

「何言ってんだアンタ?」


なんなんだよ、と杏子はわけがわからなくなって腹が立った。

だがこんな柔らかく、寂しそうに笑うということを初めて杏子は知った。

クラスの連中がするほむらの話などどれも同じようなものばかり。

どれもこれも胸くそ悪いものばかりで、言いたい放題。

お前らはほむらの何を知ってんだ? と言いたくなる。

しかしそれは杏子も同じで同じ魔法少女で一人で暮らしてるということぐらいしか知らない。

彼女の生まれも境遇も知らないし、例え知っていたとしても同情で友だちになったりはしなかっただろう。

積極的に関わりたい相手ではないのは確かだ。

ただ、よく知りもしないものをああだこうだと決め付けることには憤りを覚えた。そういう性分だから仕方ない。

やはり話してみると連中の言うとおり地に足がつかない奴だとは思うが、一人にしておくと何をしでかすか分からないし、仲間はずれにしているみたいでそれも気分が悪い。


「わけわかんねえっての。お前も、クラスの連中も」

「そう……」

旅館に戻るとホールには男子が数名液晶テレビの前に群がっていた。

ほむらたちのクラスだけでこの旅館を貸しきっており、せいぜいその程度の部屋しかない規模。

和魂洋才の趣きのあるエントランスの天井にはシャンデリアが吊ってあったが、各部屋は畳が敷かれていた。

「じゃあ、傘ありがとう」

杏子に背を向けてほむらは自分の部屋へと戻っていく。

杏子はほむらの部屋でどんな会話が行われているかを考えてみた。

想像するに容易く、ほむらがいないのをいいことにああだこうだとあることないことを言っているに違いない。


「待て。アンタ部屋に戻っても一人で不貞腐れて寝てんだろ? ならこっちに来な」

「え? あなたの部屋に?」

ほむらは驚きそして何か迷っているように見えた。珍しい。

確かに気を回して声をかけたのだがこんな反応を見せるとは。

部屋に戻りたくなかったのか、あるいは部屋の連中に気を使っているのか。

いや、そんなことを気にするようなき真面目さがあれば今頃クラスでこんなに浮いてはいなかっただろう。


「いいのかしら……でも……」


ほむらにとっては願ってもないチャンスだった。

しかし杏子が良くても、他の部屋にいる……とくに美樹さやかは良い顔をしないだろう。

それはまどかだって例外ではないのかもしれない。

「いいさ。でもさやかだけは刺激しないでくれよ。露骨に嫌な顔されるだろうけど、後が面倒だからな」


さやかなど今のほむらには取るに足らない存在である。だが、彼女が不機嫌になりせっかく修学旅行を楽しむまどかの害になればそれはほむらにとっても好ましくない。

それでも……

このまま何もないまま帰りたくない。


「……ええ。それぐらないなら構わないわ」

とりあえずここまで書きました。

何か気になったこととか違和感があれば教えて下さるとありがたいです。

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