成金「どうだ、明るくなったろう」(41)
料亭──
成金「さて、そろそろ帰るとしよう」
女中「あら?」
成金「どうしたのかね?」
女中「暗くてお靴が分からないわ」
成金「ふむ……」シュボッ
成金「どうだ、明るくなったろう」ボォッ…
女中「まぁっ!」
女中「はっきりとお靴が見えますわ! ありがとうございます!」
女中「でも……お客様の100円札が……」
成金「よいのだよ」
成金「困っている君を見ていたら、燃やさずにはいられなかったのだよ」
女中(ああ、なんて優しい方なの……)
成金「では、さようなら。また来るよ」
女中「またお越し下さいませ!」
公園──
少年「…………」ムズムズ…
少年「はーっくしょん!」
少年(ああっ、鼻がたれちゃった)タラ…
成金「おやおや、どうしたのかな?」
少年「えっと……くしゃみしたら鼻水が出ちゃったの」タラー…
成金「この100円札で鼻をかみなさい」スッ
少年「ありがとう、おじさん!」
少年「ふんっ!」チーン
成金「どうだ、スッキリしただろう」
少年「うん、スッキリした! ありがとう、おじさん!」
成金「もう一枚あげよう」スッ
少年「え、でも……もう鼻はかんじゃったけど」
成金「これでちり紙を買うといい。また垂れてくるかもしれんからね」
少年「うん、分かった!」
商店街──
婦人「キャー! ひったくりよー! 誰かつかまえてー!」
成金「む?」
ひったくり「ボーッとしてるのが悪いのさ!」タタタッ
成金「悪党め、こらしめてやらねば」
成金「ほれっ」シュババッ
グササッ!
ひったくり「ぎゃああああっ!」ドサッ…
婦人「すごい! 100円札を投げて、ひったくりの足に刺すなんて!」
婦人「まるで銭形平次だわ!」
成金「どうだ、カバンが戻ったろう」
学校──
学生「くそっ、貧しくてノートを買う金すらない! なんてみじめなんだ!」
成金「君、私に任せなさい」
ドサッ……
学生「こ、この札束は?」
成金「これをノート代わりにしなさい」
学生「いいんですか!? これだけ紙があれば、もうノートには困らない!」
成金「どうだ、勉強できるだろう」
路地裏──
浮浪者「はぁ~……」
浮浪者「こんなボロ着じゃなく、もっとオシャレしてえなぁ……」
成金「…………」
浮浪者「なんだ!? 見世物じゃねえぞ、あっち行け!」
成金「おせっかいをさせてもらおうか」スッスッ…
浮浪者(100円札を繋ぎ合せて、服を作っているだと!?)
成金「これを着たまえ」スッ
浮浪者「ふん、こんなもの着たところで……」グッ…
浮浪者「!」
浮浪者「あったけえ! あったけえよう!」
浮浪者「こんな心がほんわかする服、はじめてだ!」
浮浪者「しかも、すげえカッコイイじゃねえか!」
成金「どうだ、イメチェンできたろう」
大通り──
ワァァ…… ヒィィ……
「牛が暴れてるぞ!」 「逃げろぉ!」 「助けてえっ!」
牛「ブモォォォォォ!」ドドド…
成金「このままでは大衆に被害が出てしまう……」
成金「やむをえんな」
成金「牛よ、こっちだよ」ヒラヒラ…
牛「!」ピクッ
通行人A「なにやってんだ、あのおっさん?」
通行人B「100円札を赤く塗って、ヒラヒラさせてるけど……」
通行人A「そうか、分かったぞ!」
通行人A「あのおっさん、牛を引きつけるためにあんなことをやってるんだ!」
通行人A「異国にいる闘牛士ってやつは、ああやって牛を引きつけるらしいからな!」
通行人B「す、すごい!」
牛「ブモォォォォォ!」ドドド…
成金「ふむ、いい突進だ」
成金「よっ、ほっ、はっ」サササッ
通行人A「牛の突進をかわし続けてやがる!」
通行人B「あの肥満体で、蝶のように華麗に舞っているよ!」
牛「ハァ、ハァ、ハァ」ドサッ…
成金「どうだ、いい運動になっただろう」
一軒家──
プルルルル……
母「はい、もしもし」
電話『お宅の娘は預かった。返して欲しけりゃ身代金一億円よこしな』
電話『いっとくが警察に通報したら、娘は死ぬことになるぜ』
母「そっ、そんな!」
母「ああ、どうすれば……!」
父「くそっ! 一人でおつかいに行かせたばっかりに!」
成金「よろしければ、私が解決してあげよう」
父&母(誰!?)
成金「犯人はどこかな?」ヒラヒラ…
成金「100円札が東南の方向に吹いていった……つまりあっちか」
父「あ、あの……」
母「私たちはどうすれば……」
成金「少し待っていなさい」
成金「すぐに私が娘さんを救出してあげよう」
アジト──
少女「うぇ~ん……」
犯人「静かにしやがれ! ぶっ殺すぞ!」
成金「犯人は君か」
犯人「むっ! サツか!?」
成金「警察ではない。通りすがりの者だよ」
犯人「ふん、どっちにしろ生かして帰すわけにはいかねえな!」サッ
成金「ほう、拳銃かね」
犯人「死にやがれ!」
パンッ!
成金「無駄だ、胸には札束を入れてある」
犯人「なら、顔を狙ってやる!」
パンッ!
成金「無駄だ、このヒゲは頑丈でね」
犯人「拳銃が通用しねえだと……!?」
成金「ついでに要求通り、身代金一億円をあげよう」ドサッ
犯人「お、重い……! 苦しい……! 助けてぇ……!」
成金「さっき通報しておいたから、まもなく警察がやってきて君を逮捕するだろう」
成金「さあ、帰ろうか」
少女「おじちゃん、ありがとう!」
一軒家──
少女「パパ、ママ~!」
父「おおっ、娘よ!」
母「戻ってきてくれたのね!」
父「おかげで娘は助かりました! なんとお礼をいえばよいのか……」
成金「どうだ、帰ってきただろう」
道端──
中年「ぐぐ……!」ガクッ
中年「う~ん、苦しい……! なんだ、この苦しさは……!?」
中年「ワシはこんなところで死ぬのか……?」
成金「どれどれ」
成金「私が何とかしてやろう」
中年「あ、あなたは!?」
成金「あなたの体は悪性の腫瘍に侵されているようだ」
成金「すぐに手術をしてやろう」
中年「手術って、メスもないのにどうやって?」
成金「紙はうまく使えばよく切れると知っているかね?」
シュパァッ!
中年「うわぁっ! 100円札でワシの腹を切った!? でもなぜか痛くない!」
成金「痛くないように切ってるからね」
成金「摘出開始」
クチュクチュ……
成金「お、腫瘍がとれた」
成金「100円札でお腹をくっつけて、と……」ペタペタ…
成金「どうだ、元気になったろう」
中年「ありがとう、すっかり回復したよ!」
成金の豪邸──
成金「さて、テレビを見よう。大画面でね」ピッ
テレビ『緊急速報です!』
ズオォォォ……!
テレビ『突如現れた、暗黒物質(ダークマター)が地球を飲み込もうとしています!』
テレビ『世界は闇に包まれ、このままでは人類は滅亡します!』
成金「おやおや、いきなり大ピンチだね」
成金「とはいえ、ピンチとはいつだって突然起こるものだ」
成金「こうしてはいられないな」スクッ
広場──
通行人A「あのおっさん、なにやってるんだ?」
通行人B「100円札を使って、ロケットを作ってるみたいだけど……?」
通行人A「そうか、あのロケットでダークマターに乗り込むつもりなんだ!」
通行人B「す、すごい!」
成金「100円札ロケット『わんはれっど』は完成した」
成金「あとは私がこれに乗り込んで、ダークマターに挑むだけだ」
成金「みんな、待っていてくれ。私は必ず地球を救うだろう」
少年「おじさん、がんばれー!」
婦人「あなたは銭形平次よ! 絶対に勝てるわ!」
浮浪者「なんてあったかい人なんだ!」
牛「ブモォォォ!」
通行人A「がんばってくれー!」
通行人B「ファイトー!」
父「無茶だ、一人でダークマターに挑むなんて!」
母「ああっ……」
少女「おじちゃん、死なないで!」
中年「無事を祈っているよ!」
女中(お客様……!)
成金「では出発だ」シュゴゴゴ…
ダークマター内──
成金(うむむ、恐ろしい密度の瘴気だ……)
成金(だが、私の全財力を使えば、きっと打ち払えるはず……!)
成金「たとえ破産しようとも、私は地球を守ってみせる!」
成金「私の全財産を、この右拳にこめる!」ボォッ…
成金「明るくなれッ!!!」
ズドォォォォォンッ!!!
ダークマターは消滅し──
「どうだ、明るくなったろう」
料亭──
女中(ダークマターが消滅して、地球が光を取り戻してから一年が過ぎた……)
女中(あれから懸命の捜索にも関わらず、お客様の安否は未だ不明……)
女中(今やお客様は亡くなったのだという方が大多数になってしまいましたが)
女中(私には分かりますわ……)
女中(お客様はきっとまだ、どこかで生きているのだと……!)
女中(今では私、経験を積んで、暗くてもお靴を揃えられるようになりました)
女中(私はずっとお客様をお待ちしております!)
ガラッ……!
成金「やぁ」
女中「お客様、ご無事だったのですね!」
成金「ああ、ダークマターを消滅させた衝撃で異次元に飛ばされ」
成金「破産してしまったけどね」
成金「だけど、ようやく異次元から舞い戻り」
成金「料亭で一晩楽しむぐらいの金を稼ぐことができたのだよ」
成金「前ほどお金は持っていないが、もてなしてもらえるかな?」
女中「はいっ! もちろんです!」
女中「もうお客様が100円札を燃やす必要はありませんもの!」
おわり
今日は8月最後の一日
明るく過ごしましょう!
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