怪人「ぎゃあああああ!!」戦隊ヒーロー「正義は勝つ!!」 (118)

(――あ~あ、まぁたやられちゃったよ……)

目の前の巨大なモニターを見ながら、ぼんやりと考えていた。
今回の怪人は、クモ男。
けっこううまくできたんだけど、まあ、相手は5人だし、これも仕方ないか。

「……総督、いかがいたしましょうか……」

目の前には、女幹部と男幹部が膝を付いて僕を見ていた。
どうするも何も、クモ男、爆発しちゃったし。

「……撤退。戦闘員を引かせろ」

「……かしこまりました」

「ああ、ちゃんとケガの治療と重傷者には特別休暇の検討もね」

「はっ――!」

凛々しく返事をした幹部たちは、部屋を出ていった。

「……ふぅ。この喋り方、疲れるんだよね……」

大きく息を吐き、被っていた兜を脱ぐ。しかし鎧は簡単には脱げないから、諦めるしかない。
これは、男幹部が用意したものだ。何でも、これくらいのものを着ていないと様にならないとか。割とどうでもいいんだけど。

……そう、僕は、とある組織の長をしている。世間では、僕の組織はこう呼ばれている。

――“悪の組織”、と……

「――お疲れ様ー」

「お疲れ様でした!総督!」

夜間警備担当の戦闘員は、敬礼しながらオラを見送る。
その言い方、本当は止めてほしいのだが、今更名称を変えるのも面倒で、とりあえず放置している。
外はすっかり日が落ちてしまい、空の星達が揺れ動き、帰る僕を労っていた。
当たりは森に囲まれたところであり、ここから駐車場までは歩いて30分かかる。ちょっとした、森林浴のようなものだ。
その中を、トボトボと歩く。

本当は警備を付けようという話になったが、それは拒否した。
僕は公私を分けるタイプだ。帰りくらい、一人でゆっくりしたい。

暗い夜道を歩きながら、何となく思い返していた。
こんなことをするはめになった、あの日のことを……

――あの日、僕が道を歩いていたら、目の前に隕石が落ちて来た。
それはこぶし大の大きさで、不思議な色を放っていた。虹色って言うのだろうか。赤、青、緑……次々と目まぐるしく違う色を放っている、不思議な石だった。
気になった僕は、それを手に取ってみた。
すると石は瞬時に砕けてしまい、光だけは僕の中に入ってきた。

……それ以降、手を何か生き物にかざし光を当てることで、擬人化させることが出来るようになった。

僕は驚きながらも、少しずつ能力を使いこなせるようになった。
そして考える。これを、どう使うか……
そこで僕が思いついたのは、ちょっとしたお手伝いだった。この能力で怪人に変えた生き物を、社会奉仕に使おうと思った。人間には到底無理なことも、怪人たちなら出来る。
普通の人生を送っていた僕が、世界中から感謝され、尊敬されるような―――そんな未来を、想像した。

――僕は、正義の味方になりたかったんだ。

思い立った僕は、とりあえず目の前にいたダンゴムシを怪人に変え、一緒に街に行った。
ダンゴムシ男を使って、脚の悪い人の移動手段にしてやろうって思っただけだった。
さすがに素顔を晒すのはあれだったから、祭りの露店で買ったマスクを付けていたけど。

――だがしかし、そこで問題が発生した。
まあ当たり前だけど、でっかいダンゴムシの怪人を見た人々は、叫び声を上げて逃げ惑った。
しまったと思った時は、既に遅かった。
気が付けば警官隊に囲まれてしまい、銃を向けられていた。
仕方なくダンゴムシ男に逃げることを言ったら、逃げるついでに警察官を吹き飛ばしまくってしまい、僕らはいろんな意味で全国的に有名な存在になってしまった。

……ある意味、僕の悪の道への、第一歩となった。

その時、一つの組織が立ち上がった。
何でも、こんなこともあろうかと日々準備をしていた人たちだとか。

こんなこともあると考えてたあたり、それまではただ痛い集団に思われていたようだが……ダンゴムシ男の襲来により、一躍注目を集めることになった。
そして、僕に出てくるように全国放送で呼び掛けたのだ。

どうしようか悩んだが、とにかく誤解を解くべく、ダンゴムシ男と話し合いに行った。
……ところが、奴らは僕らを見るなり、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
ダンゴムシ男は激怒した。
僕の制止を振り切り、ヒーローたちに飛びかかって行った。

……そして、合体攻撃により、見事に撃破されたのだった。
ちなみに、爆発したあとの怪人は、ただ元の姿に戻るだけだったようだ。一安心した。

命辛々逃げ延びた僕は、どうするか悩みながら歩いていた。

……その時に会ったのが、女幹部だった。

女幹部はすぐに僕と分かったようで、いきなり手を握ってこう言ってきた。

『あなたの行動には感動しました!こんな世の中を征服しようとする勇気……私も、ご一緒させてください!!』

……何か、勘違いをしていたようだ。
だがそこから、女幹部の行動は凄まじかった。
ネットやツテを使って次々と仲間を集めていった。具体的にどうやって集めたかは分からない。
だが、この世の中をよく思わない人は多かったようだ。
あっという間に、大軍団へと発展した。

その後男幹部が加入し、僕はついに、悪の組織の総督となった。

……当然だが、僕がしたかったのはこんなことじゃない。
本当は人々から尊敬されることをしたかった。
だけど、その役目はすっかりヒーローたちに持ってかれてしまった。

再びどうするか悩んだけど、とりあえず、この組織を運用することにした。
ここまで僕のために集まってくれた人たちを、はい解散で帰すのは忍びなかった。
何より僕を必要としてくれていることが嬉しかった。

……そして僕は、流されていった。

「ただいま……」

家に帰りついた僕は、電気を付ける。
築数十年ものの年期のある木造アパートだ。
組織では総統総統と持て囃されているが、一歩組織から離れれば、しょせんただのアルバイト。
こんなボロボロのアパートに住むのがやっとだ。

ちなみに、悪の組織には給与はない。収入がないから当然だけど。
戦闘員、幹部たち……みんな、本当はそれぞれの生活がある。基地の運営は、それぞれの募金で賄われている。
まあ、質の悪い宗教集団のようなものなのかもしれない。

いつかみんな飽きてしまうと思っているのだが……なぜか、中々みんな飽きてくれない。
それどころか、女幹部によると、人数が増えているらしい。
まったくもって不可解だ。

やっぱり総督じゃなくて総統だよな。

>>17
そうなの?
まあ似たようなものだから、これで行く

ご飯作ってるから待ってて

「――いらっしゃいませー」

お客が店に入ると同時に、条件反射的に口が動く。その様は、まさにパブロフの犬の如し。

そこは、僕が働くコンビニエンスストア。
ここに勤めて早2年……だらだらとここに勤め続けている。そしていつの間にか、僕はこの店の中堅へと君臨していた。

……これが、僕の普段の姿だ。
目立った夢も、やりたい仕事もない僕は、とりあえず生活費を稼ぐためにアルバイトをしている。
知り合いは、みんな仕事をしている。
やれキツイけどやりがいがあるだの、やれ苦労して昇進しただの、同窓会の度にそんなことを口にしていた。
そんなのは、正直興味はない。
キツイなら嫌だ。苦労するのも嫌だ。
僕の脳裏に浮かぶのは、まずそんな言葉だった。

ダメ人間ってのは、僕のような人のことを言うのかもしれない。

――ピンポーン

「――いらっしゃいませー」

再び、僕の口は無条件に動く。

(―――あ)

入ってきた客を見て、すぐに気付いた。
その女性は、スーツを着こなす。
髪を後ろで束ね、メガネ着用。ビジネスバッグを手に持ち、やや高いヒールをカツカツと鳴らしながら、凛々しく聡明に店内へと入って来る。
その姿は、見る人が振り返ってしまうほど、とてもカッコいい。……そう、カッコいい女性だ。
彼女は、このコンビニの近くにある会社の役員をする人物だ。
若くして管理職を任せられている彼女は、きっと世間で、エリートと呼ばれる人物なのだろう。

……ちなみに、どうして僕が、そんな込み入ったことを知っているかというと……

彼女は、微笑みながら僕を見る。そして、声なき声を僕に送る。
彼女の口は、こう動いていた。

――お疲れ様です、総統――

……彼女こそ、女幹部の普段の姿だった。

店内を歩く彼女。歩く姿もカッコいい。
……しかし、立ち読みするフリをして横目で彼女をチラチラ見ている高校生も、レジをしながらがっつり彼女を凝視している店長も、みんな揃って思いもしないだろう。
彼女が、コスプレ衣装を着飾り、全力で悪の幹部を務めているなんてことを。

「……これ、ください」

彼女は決まって僕のレジに商品を持ってくる。
そして必ず、カルボナーラを買っていく。よほど好きなようだ。

「……温めますか?」

「いいえ、けっこうですよ」

彼女は、優しく答える。
毎度のことながら、何だか不思議な気分になる。
組織では望んでもいないのに僕を敬って来るのだが、今目の前にいる彼女は、まさしく立派な女性だった。……今の僕なんて、まるで話にならないくらいに。
どうしてこんな女性が、自ら進んで悪の組織の一員になるのか、僕にはとうてい想像も出来ない。
何度か聞こうと思ったことがあるが、聞いたところで何かが変わるわけでもない。僕の座右の銘は、現状維持なのだ。

――ふと、彼女が小声で訊ねて来た。

「……総統、明日は何時に……」

「え?……ああ……じゃあ、昼の3時くらいで。仕事大丈夫?」

「はい。それまでには終わらせますので……」

そして彼女は、最後に笑顔を残して立ち去っていった。

……ほんと、なんであんな人が女幹部なんてしてるんだろう。

仕事終わり、店のバックヤードでタバコを吸いながら、ぼんやりとテレビを見る。
別にすぐに帰ってもいいのだが、何となく、目の前を流れる映像を見ていた。

テレビでは、有名な歌手が歌を歌っていた。
ビジュアル系の格好であり、会場では女性が黄色い歓声を上げている。凄まじいイケメンだし、当たり前か。しかしその見た目とは裏腹に、声はとても力強く太い。
自身が作詞作曲したバラード調の曲を必死に歌うその姿は、まさにプロそのもの。まあ、プロなんだけど。

「――この人、本当にいい声で歌いますよね。歌も凄くいいし……」

ふと、後ろから声がかかる。
振り返れば、コンビニの制服を着た女性が立っていた。
彼女は鈴形さん。このコンビニで働く、後輩さんと言ったところだ。
同い年ではあるが、なぜか僕に敬語を使って来る。
……ちなみに、同じコンビニに働いてるからといって、ムフフな展開になっているなんてことはない。彼女には、きちんと彼氏さんがいる。いつも迎えに来てるし。

「……でもこの人、最近あんまり曲を出しませんよね……。私ファンだから、ちょっと心配です」

「……ああ、この人、スランプだからね」

「そうなんですか?」

「らしいよ」

(……だって、本人が言ってたし……)

……鈴形さんは予想もしないだろう。目の前の画面の中に移るそのイケメンが、組織の男幹部であることを。

「……詳しいんですね。先輩もファンなんですか?」

不思議そうに僕を見る彼女。ファンなんてことはない。むしろ、僕は普段歌なんて聞かない。故にカラオケとかいう奴も大嫌いだ。

「……そうじゃないけど。ネットで見たんだよ」

「へえ~……」

「それより、その“先輩”って言うの、いい加減やめない?同い年だし……」

「でも、働き始めたのは先輩の方が早いですよ?」

「たかだかコンビニで、そんな体育会系なことなんて気にしないって」

「いいじゃないですか。私が、そう呼びたいだけなんです」

そう言い残し、彼女は店内へ戻って行った。

……それにしても、この人もこの人で不思議だ。
国民的な歌手であり、富も名声も手に入れた、いわば成功者とも言える人物……なぜこんな人が、あんな胡散臭い組織に加担しているのだろうか。

彼との出会いは、今でも鮮明に覚えている。
怪人が敗れ撤退する最中、僕の前に現れた彼は、突如土下座をしてこう叫んだ。

『俺も、仲間に入れてください!!』

女幹部は、すぐに彼が有名歌手であることに気付いた。それから紆余曲折ありながらも、彼は組織の一員となった。

しかしながら、女幹部といい男幹部といい、本当に謎だ。
なぜ社会の中で勝ち組の代表であるような二人が、僕の下にいるのだろうか。

そんな疑問を感じながらも、その答えを求めるつもりもない僕は、荷物をまとめて家に帰った。

「――いけええ!タニシ男!!」

「オラそこだよ!もっとやれ!!」

秘密基地では、モニター画面に向かって女幹部と男幹部が拳を握りながら声援を送る。
その他戦闘員も、ワーワー歓声を上げながら画面の奥で戦うタニシ男を応援していた。
その姿は、まるでプロレスを見る観客のようだった。

しかしながら、なぜかこの日は怪人の調子がすこぶるいい。
奇跡的にも、5体1という圧倒的不利な状況にも関わらず、ヒーローたちは追い詰められていた。

(マジかよ……勝っちまうんじゃないの?)

客観的に眺める僕ですら、そんなことを思う程、タニシ男は善戦していた。
……本当は、この日タニシ男にお願いしたのは、川の清掃であった。
それを忠実に守ったタニシ男は、川にゴミを投げ入れた少年を投げ飛ばしてしまう。そして通報を受けたヒーローたちが駆けつけ、こうして戦うことになってしまっていた。

しかしタニシ男は、ヒーローたちを圧倒していた。
周囲が水であるのを利用し、彼らを追い詰める。そして……

「――クソ!!撤退だ!!一度引くぞ!!」

ヒーローたちは、退散してしまった。

「やりましたよ総統!!タニシ男が勝ちました!!」

「うおおおおお!!!タニシ男おおおお!!」

大歓声に包まれる基地内。全員が手を取り合い、喜びを分かち合う。

「……マジかよ……」

まさか勝ってしまうとは思わなかった。予想外の結果に、凄まじく驚いていた。

……盛り上がる基地内とは裏腹に、ヒーロー達が撤退した後、タニシ男は一人静かに川のゴミを集め始める。
その姿は、実にシュールなものだった。

結局総統でいいの?

>>34
うん
そっちの方がしっくり来そうだし

――その夜、基地の中では宴会が開催されていた。
これまで、何度かヒーロー達を撤退させたことはあった。その度に、こうして祝賀会を開いている。
もちろん音頭を取るのは僕じゃない。誰とも言わず、勝利と同時に準備が始まる。

その席では、全員が笑い合っていた。
普段暑苦しい全身タイツを着ている戦闘員の人達も、この日は素顔を晒して酒を交わす。
まるで会社の飲み会のようだ。

「……ふう……ちょっと休憩……」

少し飲み過ぎたかもしれない。
火照った顔を冷ますべく、外の風に当たろうと思い立った僕は、楽しく飲み合うみんなの邪魔にならないように、静かに基地の外に出た。

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