女「我がストーキング伝説」(21)
男「……あの、何か」
女「~~~……!」ドキドキ
女(こんなつもりではけしてありませんでした)
女(彼と私の距離がこんなに近かったことなんて一度もありませんでした)
女(頭、体。頭頂部から足の指先まで、私の体を巡る血液がマグマのように燃え滾っているのでしょう)
女(目の前がフラついて、呼吸は荒れ、痛みで紛らわそうと腕へ立てた爪の感触すら意識の外です)
女(私は!)
男「……ここ、男子トイレ」
男「だよね……?」チガッタッケ…
男「とりあえず出たいんだけども。そこ、退いてくれるか?」
女「……///」ブツブツブツ
男「聞いてない様子だ……トイレ間違えたなら気にすることないよ」
男「焦ってると誰でもよくあることだから。じゃあ失礼……」ス
ダンッ!
男「っひー!?」
女「はぁはぁ、はぁはぁ…………」
男「あ…の……トイレから出たいだけだから……僕いまお金持ってないから……!」
女「知ってるけど!?」
男「はぁ!?」
女「男くんの財布の中、全然入ってないの知ってるけど!? 最近新しいゲー…―――――」
女「ゲフンゲフン!」
男「はぁ、えっ……はぁ……?」
男「……そっちが何したいのか意味不明だけど」
男「隣のクラスの女さんだよね?」
女「そうっ!! 小学校の高学年のときから私は知ってるけど!」
女「……キミは私を知らない?」
男「……知らないと言ったらウソになるけど。あんまり知った顔じゃない」
男「小学校はクラスの数も多かったから一度も話したことない人とかもいるし」
男「でも、そっちは僕のこと知ってたんだ。よく分からないけど ありがとうございます…」
女「はああぁぁぁ~……///」
女「」フンッフンッ
男「変だよ……」
男「とりあえずトイレでこんな話もアレだからさ、続きなら別で」
女「いや、待ったぁー!!」ガシッ
男「はぁ!! な、何なんだよ、何がしたいんだよ……」
女「あ……いえ……別に、何も……?」
女(顔の筋肉が嫌に引きつっているのでしょう。自分の笑顔を鏡へ映さず違和感を感じたのはこれが生まれて初めてでした)
女(彼との接触したのは今日まで一度もありません。そして、何故今こんなことになってしまっているのか)
女(別に私は奥手なキャラではない。むしろ初対面の相手とすぐに打ち解けられるような人間だと自分でも自負しています)
女(彼は今日まで私を知らなかった。しかし、私は彼をよく知っている)
女(彼を見ない日は、いえ確かに言ってしまえば 彼を見ようとしない日は彼という人間を知ってから一度もなかった)
女(本当に、一度も、見ない日なんて、ありませんでした)
女(全部遠目からですけどね)
男「……僕は何をしたらいいんだ?」
女「ふーっ、ふーっ!」
男「こえぇ……あの」
女「はぁ~! 何でしょうかね!?」
男「怒ってる? ……もしかして、実はこっちが女子トイレだったり?」
女「んなわけないでしょうっ!! そこにあるのは何か! 小便器ではありませんか!」
女「あはは、今から私にアレで用を足せと!?」ガッ
男「知らねぇよぉー!?」
男「お前おかしいぞ! 僕が気に食わないなら殴れよぉー!!」
女「えっ!?」
男「右頬叩いたら、次に左頬も差し出してやる! それで済むなら早くしてください!」
女「そ、そういうつもりじゃないのよ!? こ、ここ、これは……だから……つまり……ね」
女「まさかの事故だったわけで!?」
男「だからそっちが間違ってトイレ入って来たんだろぉー!? 早く出て行ってくれっ!!」
女「ど……どどど……ドロンしますっ! ごめんなさいっ!」
「ナンナンダヨチクショー!!!!」
女「あわわわ……」
女(事の発端はこうだ)
女(私、いつものように男くんを追いかける→遠目から見てほっこり♪→男くんトイレへ→用を足す彼の姿を一目見てみたいと入口付近へ移動)
女(気づいたら男くんとバッタリ対面。超至近距離である→現在、逃亡……整理することで 少し冷静になれてきましたね)
女(あの行為がどれほど危険だったか、今になって少し反省はしていますが)
女「……初めて喋っちゃった」
女「んふふふふー! にゃっははははぁー!」
女「っー…///」ドンドンドンドンッ
「な、何してんだあそこの女子……」 「難しい年頃なんでしょうな」
男「……」
女「」コソコソ、ススス…
男「あっ」
女「!」バッ
男「……明日でいっか別に」
女「」ススス、コソコソコソ
女(これが私の日常であり、主な活動)
女(彼の下校を追跡するなんて もう朝飯前のようなものです)
女(もちろん 朝の登校だって、休日の外出なんてのも楽勝楽勝)
女(もしかすれば……私は彼以上に彼のスケジュールを把握しているのかもしれませんね)
女(しかし、私はけして変態ではない。これ以上のことは未だかつて起こしたことはありません)
女(彼を追いかけ、ただ遠目から眺めているだけで良い。特に写真や録画など記録に残すような行為はしません)
女(ゴミ袋も漁らないし、抜け毛を見つけても息を ふっ と吹きかけて綺麗に払います。座った椅子の温もりも求めません。彼の吐息を吸引しようともしませんよ)
女(彼を見るだけで現状 私は大満足なんですからね)
女(だからこそ今日の出来事の前で、私は無力と化したのでしょう)
男「……ただいまー」
女(無事に帰宅できたようですね。彼から発せられる あの「ただいま」と「行ってきます」の一言は毎日の活力へと昇華されます。私だけ)
女「むむ、この匂いはー……お味噌汁。きっと今日は男くんの好きな しじみ入り味噌汁に違いない」
女「そしてメインは豚カツと来たなっ! 近所のスーパーでロースが安かったからね…!」
女「……」 ぐきゅー
女「はら、へった……自分で考察して、自爆とかバカみたいな……」
女「帰りにしじみ味噌汁の元買ってかえろ~…余ったらお姉ちゃん飲むしいいよね…安いし」
女「さようなら、男くんっ、また明日。……でも」
女「絶対さっき変なヤツって思われただろうなぁー…ははは……」トボトボ
姉「しじみ……何故に……?」
女「今日の気分がそれだったってことっスよ」
姉「ふーん……あんた そういえば来年どうするの?」
女「は?」
姉「は って、大学よー。このまま私の家に居候して都内の大学目指すわよーとか」
姉「あんた早いうちに決めておいてね。私もそれでアパートどうするか考えるから」
女「大学……そうだね、考えとく!」
姉「友達とか彼氏とかで決めるんじゃないよ。どうせ入ってから関係変化するもんだから」
姉「ていうか彼氏いるでしょ?」
女「は、えっ!? 何いきなり言ってんの…意味分かんない…」
姉「またまたぁ~こいつぅ」ツンツン
女「やめてって……あはは」テレテレ
姉「いるんだぁ~? ね、ね。どんな子? 今度連れてきてもいいよ。お姉さんがご飯連れてってあげる!」
女「えー? そういうのはやだよぉー……」
女(もちろん そんな相手なんてできた試しがないわけですが)
女(自分で言うのも照れ臭い話ですが、私は優れた女だと思っています)
女(放課後呼び出されて告白、なんてのも珍しくはないし、向こうから話しかけてくるパターンもよくありました)
女(メールアドレスなんかも聞き出されて 夜中までメールでやり取り……という段階までには発展させませんけど。メールが来ても基本短文で返して、向こうから飽きさせています)
女(きっとその気になれば、私ならば、彼氏の一人や二人なんて難しい事はないでしょう。間違いなく)
姉「まぁ、気が向いたら紹介してよー。可愛い子なら一緒に遊び行ったりしたいから」
女「人の彼を寝取るつもり?」
姉「寝取るって、人聞き悪いな。別に。ただ、遊ぶ ってだけですから」
女「どうだか……」
女(今のところ私は彼氏なんて作る気も作らせる気もありません。男女の付き合いに全くといって興味が沸かないのです)
女(別にレズだとかそういうわけでもなく、本当に必要がないと感じているわけでして)
女(……男くんの事はどうなのか? はい。確かに私は彼へ並々ならぬ好意を抱いていますとも)
女(だけど、それをお付き合いのキッカケへ結びつけよう だなんて一度も考えた事はありません)
女(正直、進路より優先して悩んでいた事、それは私の中の『男くんへの好意』なのです)
男「いってきまーす」
女「はぁぁぁんっ……///」コソコソ
女(午前7時40分。男くん登校開始。これ以上これ以下に彼が家を出た試しは一度もない)
女(毎朝6時にかならず起床。ジャージへ着替えると軽いストレッチを行い、その後 自宅周辺をランニングする)
女(帰宅後、シャワーで汗を流し、朝食を食べる。あとは時間までコーヒー片手に優雅にニュースでも見ているのでしょうね。最後は私の憶測ですが)
女(彼のこの健康的かつ理想的な朝が狂ったことは一度もないのです。素晴らしい人間です)
女(私も毎朝彼の姿を拝む為に早起きしていますが、そのせいか姉からはよくジジイのようだとケチつけられてます)
女「ジジイ上等。何と言われようが私は男くんを見る為の努力は惜しまないのだっ……!」
男「」 ポトッ
女「はっ」
女「お、男くんがポケットから携帯を出すときに目薬を落とした」サササ、ヒョイ
女「はぁ、はぁ…男くんの目薬……目薬ぃ……///」
女「……持って帰りたいのは山々なんだけど、ないときっと困るよね。男くんドライアイだから」
女(ここで心の葛藤! 返すのは返したい、しかし、私がコレを彼へ手渡すのは……!)
女(そう、昨日の出来事がその行動を躊躇させる。恐らく彼は私を変人と思いこんでしまっているのでしょう)
女「……それに男くんを目の前にして冷静になれる気が全くしないわけだ」
女「ならばいっそのこと、盗ってしまえと。それは私のモットーに反するよ!!」
女「先回りして彼の机に……いやでも、そんなところ誰かに目撃されたりしたら……あ、あ、あぁ…っ!」
女「っ!!」
女「ええい、ままよっ!! 男くん 今目薬落とした――――――」
男「!」 友「~♪」
女「……まさかの邪魔者登場、か」
女「いや、これは逆に使える展開かもしれないわ……」
女(彼の友人、友くんは以前私へ連絡先を勝手に教えてきたことがありました)
女(やけに馴れ馴れしい奴だからあまり好きではないのですが……これは使える)
女「」ピッピ
友「……おぉ?」ピロリン
男「どうしたの?」
友「いや、着信があ……あ、ああぁ~~~ッ!!」
男「ど、どうしたんだよ!?」
友「あ、いやっ! 別に!? お前ちょっと先進んでろよ!! はやくっ、邪魔だ!! 行けっ!!」
男「はぁ……? よく分かんないけど…じゃあ先向かってる…………」とぼとぼ
友「おう!! …………も、もしもしぃー!?」
女『もしもし。女です。朝からいきなり電話しちゃってごめんなさい』 友「いやいや上等っスよぉ!! でへへへへへ」
友「それで何か用かなぁー! 大事なお話系っスか!待ってましただぜ!」
女『うん。えっとね……駅前に来てほしいんだけれど、今大丈夫かな。無理言ってると思ったら 別に気にしないで切っていいよ』
友「んなワケねぇ~~~……駅前ね? 駅前でいいのね? いいよ、行きますよ!今から走るから!」
女『そっか。クスクス 友くんって楽しいね。じゃあ駅前で先に待ってるから』 友「はっ―――」ピッ
友「…………ン~~~フフフフ…フフフフッ、なんかよく分からんけど、勝った気分だぜ…全校男子の猿どもによォー」
友「駅行く前にコンビニで栄養剤とゴム買って行った方がいいのかなぁー……でゅふふっ!」
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