穂乃果「みんなと文通」 (100)

こんにちは!高坂穂乃果です!

4年くらい前まではスクールアイドルとしてバリバリやってましたが、

当時の3年生の卒業と同時にスクールアイドル活動は終わりにしました。

そんな私たちですが、4年経った現在はどうなっているかというと……

結論から言います。

穂乃果はハブです。

穂乃果以外のみんな、くっついちゃいました。

ソロは穂乃果だけです。けっ。

世の中にはこんなにも同性愛者が蔓延っているなんて、知りませんでした。

年月が経った今だからぶっちゃけちゃいますけど、

穂乃果はことりちゃんが好きでした。

ライクじゃないです。ラブです。

でも同性愛って、世間では決していい扱いを受けません。

下手に告白して嫌われるより、上手に隠して友達付き合いやってるほうがいい。

私はそんな風に思っていました。

そしたらある日、海未ちゃんから相談を持ちかけられました。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1408190024

「こ……ことりに告白したいのですが、どうすればいいんでしょう……?」

「ていうか無理ですよね!?気持ち悪がられます!嫌われます!!どうしましょう……穂乃果ぁ……」

そんな海未ちゃんをなだめ、ことりちゃんから話を聞こうとしたら、ことりちゃんからも相談を持ちかけられます。

「あのね……海未ちゃんのことが好きなの。女の子として、好きなの」

「でも多分……海未ちゃんは気持ち悪がるよね?嫌われるよね……どうしよう……穂乃果ちゃぁん……」

今でも覚えてます。あの上目遣いを前にして理性を保つのに必死だったこと。

そんな不器用な二人の仲を取り持つ、いわば恋のキューピッド的な働きをしました。

ああ。私が上手に隠していたのはなんだったのでしょうか!?

……なんて、昔の話ですけど。

なぜこんな昔話をするかというとですね。

海未ちゃんから手紙が届いたのです!

正確には、海未ちゃんとことりちゃんですが。

昔の気持ちを思い出してしまっただけに、なんだか少し複雑な気分……

どれどれ!ポエマーな海未ちゃんがどんな小っ恥ずかしい文章を書いてくれたのか、読んでみましょう!!

『謹啓
 
 盛夏の兆しが感じられる折、お変わりなくご健勝のこととお慶び申し上げます。

 穂乃果のことですから、お腹を冷やしていないといいんですが。

 さてこの度筆を取らせていただいたのには、転居のお知らせするためです。

 もしかしたらこの手紙と入れ違いでことりからメールでお知らせしているかもしれませんが、

 私もたまには筆に触れたいので、もはや試し書きといった意味合いが強くあります。

 改めて、転居についてです。

 私こと園田海未と、南ことりは今度、新居を構える運びになりました。

 つきましては、引越しのお手伝いをお願いしたく、ご連絡させていただきました。

 私とことりの荷物は事前に運び出し、8月12日に新居へと運搬します。

 もちろん8月12日は大安です。

 このことをことりに話したところ、

 「どこかで大安売りしてるかなっ!でも、引越しそうそう買うものなんてないよ~」

 と、大変可愛いことを言ってくれました。おやつにして食べちゃいたいくらい可愛いです。

 12日は平日ですが、その日と次の日くらいは穂むらを妹と先代に任せて、

 私達の第一歩目の門出を是非とも祝ってください。

 もちろん、元メンバー全員に声をかけています。

 ですが穂乃果にはこうしてイの一番に筆を取り、連絡しています。

 私とことりにとって、一番大切な友人ですからね。

 何があっても、無下にはできません。

 住所は下記の通りです。

 それではまた、連絡をください。

 東京都~……

                                     敬具
                   穂乃果の一番の親友 園田 海未
 私の一番の親友 高坂 穂乃果 様 』

毛筆!?

なにこれ、超達筆だよ!?

こんな手紙に返事書けるほど、字なんて上手くありません……

それに超堅物な文章!いかにも海未ちゃんですね。

8月12日ねー……げっ、ド平日じゃないですか海未さん。

盆前ですけど海未さん。

和菓子屋がピークの時期ですけど海未さん。

……まぁ、先代に任せることにします。

しかもこれ、ちゃっかりことりちゃんとのノロケも入れてくれちゃってるし……

けっ。まだお天道様は高いけど、店閉めて、ビールでも飲もうかなー。

やさぐれちゃうぞ。

でも、文章で「一番の親友」とか入れてくれると……こんなにも嬉しいものなんですね。

思わず頬が緩みっぱなしです。

雪穂に「ニヤニヤしててキモチワルイ」とか言われても、私のココロは一片の曇もありません。

そもそも、普段から雪穂にそういう罵倒されすぎたのもあるかもしれませんが。

……おや?さっきとは違う紙が入っていますね。

これは……ことりちゃんからです!

ああ!私の女神様!!……なんて言っちゃうと、海未ちゃんから怒られますかね。

まあ、『一番の親友』にコンコンと説教を垂れたりはしないでしょう。たぶん。

どれどれ、私の女神様からはどんな可愛いお言葉をいただけるのでしょうか!?

『やっほー☆ 穂乃果ちゃん、久しぶり!でもないっけ?ことりだよー!

海未ちゃんからのお手紙、読んだ?

あのお手紙ね、ことりが何度も赤ペン入れたんだよ?

最初に書いたお手紙なんて、仕事先へのお手紙かっ!って突っ込んじゃうくらい、堅物だったんだよ~。

直せって言ってもなかなか譲ってくれないし、困った彼女だよねぇ。

でもね?可愛いところも一杯あるんだよっ!

持ってきたときなんて、「あの、穂乃果への手紙なんですが……堅苦しくないでしょうか?」なんて言って持ってきて!

ことりのダメだしにショボーンとしてる海未ちゃんとかも、可愛かったなぁ……

あ、いくら穂乃果ちゃんでも、あの海未ちゃんは見せられないかなぁ。

だって、恋しちゃってもおかしくないくらい可愛かったんだもん♪

住所と引越しの日は海未ちゃん書いてくれてるよね?

お引越しの時ね、大安売りなんだって!近くにスーパーとかあるといいなぁ。

引越しソバとか振舞っちゃうからね!お腹ペコペコで遊びにきてね!

かしこ。 ← これってどういう意味?』

トドメでした。

私の女神様は、口から砂糖を吐きそうになるほど甘ったるいノロケを見せてくれました。

昔恋した幼馴染が、別な幼馴染とくっついて、私をハブにした挙句、全力でノロケてくれました。

よし。こんな日はお店閉めてビールですね。

日本酒はまだそんなに飲めませんが、4合瓶くらいなら……

と思っていたら

「おねーちゃんったら!こんな昼間っから飲むつもり!?ダメだよダメダメ!」

お預けをくらいました。

雪穂は私のヨメか!などと突っ込んだら、「……バカ」と悪態をついたあと、走って自分の部屋に戻りました。

うむ。我が妹ながら可愛いじゃないか。満足満足。

でもノンケなのが玉に瑕。

やることがなくなったので仕方なしに読み返していると、一つ、妙なことに気がつきます。

……ことりちゃん、「大安」と「大安売り」は違うんだよ……

大事な親友の、可愛くも残念な一面が垣間見えました。

こんにちは!高坂穂乃果です!

4年くらい前まではスクールアイドルとしてバリバリやってましたが、

当時の3年生の卒業と同時にスクールアイドル活動は終わりにしました。

そんな私たちですが、4年経った現在はどうなっているかというと……

結論から言います。

穂乃果はハブです。

穂乃果以外のみんな、くっついちゃいました。

ソロは穂乃果だけです。けっ。

世の中にはこんなにも同性愛者が蔓延っているなんて、知りませんでした。

年月が経った今だからぶっちゃけちゃいますけど、

穂乃果はことりちゃんが好きでした。

ライクじゃないです。ラブです。

でも同性愛って、世間では決していい扱いを受けません。

下手に告白して嫌われるより、上手に隠して友達付き合いやってるほうがいい。

私はそんな風に思っていました。

そしたらある日、海未ちゃんから相談を持ちかけられました。

そういえばと、ふと今の二人のことを思い出しました。

海未ちゃんは高校卒業後に家業を継ぎ、日舞・園田流の跡取りとして頑張ってるみたいです。

お母様の教えが厳しいだのなんだの、ってお酒の席でワンワン泣いてました。

見事なまでの酒乱っぷりでした。

その酒乱状態の海未ちゃんを丸く収めたのがことりちゃんです。

ことりちゃんは服飾の夢を諦めていませんでしたが、高校のときの夢のようなお誘いはなく、自分で夢をつかみにいきました。

簡単にいうと、服飾の専門学校に通って、トップだか主席だか、そのくらいの成績で卒業しました。

引く手数多な状態で、ことりちゃんの選択はと言いますと……

ベンチャーとも言える小さいデザイン会社に就職し、経理の傍らで服飾デザインをしています。

ことりちゃんの夢は卒業当時と少し変わり、

「自分でアパレル会社を立ち上げるの!そのための仲間作りは、やっぱり小さいながらも仲間と言える会社がいいんだよ!」

と、今の私にはまぶしすぎることを語ってくれました。

もちろん、お酒の席で。

ちなみに、海未ちゃんはロングカクテルみたいなのでも瞬殺な弱さですが、

ことりちゃんがへべれけになったところを見たことがありません。

私はというと、ビール→梅酒→日本酒→あとなんか……と、なんだか女子っぽくないものを好みます。

対してことりちゃんはロングカクテル→ロング→ショート→ショート……と、カクテル攻めです。

女子力高めです。

この前はワインベースのカクテルを飲ませてもらいました。

赤いカクテルだったので、私は迷わず

「赤ワインだねっ!!」

とドヤ顔で言いましたが、

「それはカシスの赤で、ベースは白ワインだよ」

カクテルよりも私の顔のほうが赤かったことかと思います。

キティ、絶対に忘れません。

ああ、やっぱり思い出には海未ちゃんよりもことりちゃんのほうが多いですね。


あくる日、開店準備が済んで、お店を開いてもやっぱり暇なモノは暇で。

手紙をもらった翌日に返すというのは早い気がしますが、善は急げ!

あれ、そういえば『急がば回れ』とも言いますが……

気にしないことにして、とりあえず便箋を用意します。

雪穂に持ってないか聞いたところ、私のセンスにピンポイントでビビッ!と来るような可愛らしい便箋があったので、

スリスリしたりゴロゴロしたり、ありとあらゆる手段を使って雪穂から譲りうけました。

宛先は……連名でいいですね。

二人に個別に返そうとすると、海未ちゃんへは筆ペンとか使わなきゃいけないような気がして……

さて、なんて書きましょうかね。

毛筆!?

なにこれ、超達筆だよ!?

こんな手紙に返事書けるほど、字なんて上手くありません……

それに超堅物な文章!いかにも海未ちゃんですね。

8月12日ねー……げっ、ド平日じゃないですか海未さん。

盆前ですけど海未さん。

和菓子屋がピークの時期ですけど海未さん。

……まぁ、先代に任せることにします。

しかもこれ、ちゃっかりことりちゃんとのノロケも入れてくれちゃってるし……

けっ。まだお天道様は高いけど、店閉めて、ビールでも飲もうかなー。

やさぐれちゃうぞ。

でも、文章で「一番の親友」とか入れてくれると……こんなにも嬉しいものなんですね。

思わず頬が緩みっぱなしです。

雪穂に「ニヤニヤしててキモチワルイ」とか言われても、私のココロは一片の曇もありません。

そもそも、普段から雪穂にそういう罵倒されすぎたのもあるかもしれませんが。

……おや?さっきとは違う紙が入っていますね。

これは……ことりちゃんからです!

ああ!私の女神様!!……なんて言っちゃうと、海未ちゃんから怒られますかね。

まあ、『一番の親友』にコンコンと説教を垂れたりはしないでしょう。たぶん。

どれどれ、私の女神様からはどんな可愛いお言葉をいただけるのでしょうか!?

『拝啓

夏の日差しが、「夏色えがお」のPV撮影を思い出させる季節となりました。

二人においてはお変わりなく、大変喜ばしく思います。

……なんちゃって!

こんな文章も書けるようになったんだよ!

お手紙ありがとう。ついに二人も家を構えるようになったんだねぇ……くぅっ!幼馴染として感慨深いよっ!

ところで新居の場所だけど、都内なんだね?

二人のことだからてっきり北海道とか沖縄とか、ブッ飛んだところいくのかと思ってたよー。

都内ならいつでも遊びにいけるね!

引越しの日は……大丈夫!って胸張って言えないけど……

雪穂とお母さんに頼んで、なんとかしてもらうようにするよ。

なんたって、穂乃果の一番の親友の門出だもんね!』

そういえばと、ふと今の二人のことを思い出しました。

海未ちゃんは高校卒業後に家業を継ぎ、日舞・園田流の跡取りとして頑張ってるみたいです。

お母様の教えが厳しいだのなんだの、ってお酒の席でワンワン泣いてました。

見事なまでの酒乱っぷりでした。

その酒乱状態の海未ちゃんを丸く収めたのがことりちゃんです。

ことりちゃんは服飾の夢を諦めていませんでしたが、高校のときの夢のようなお誘いはなく、自分で夢をつかみにいきました。

簡単にいうと、服飾の専門学校に通って、トップだか主席だか、そのくらいの成績で卒業しました。

引く手数多な状態で、ことりちゃんの選択はと言いますと……

ベンチャーとも言える小さいデザイン会社に就職し、経理の傍らで服飾デザインをしています。

ことりちゃんの夢は卒業当時と少し変わり、

「自分でアパレル会社を立ち上げるの!そのための仲間作りは、やっぱり小さいながらも仲間と言える会社がいいんだよ!」

と、今の私にはまぶしすぎることを語ってくれました。

もちろん、お酒の席で。

ちなみに、海未ちゃんはロングカクテルみたいなのでも瞬殺な弱さですが、

ことりちゃんがへべれけになったところを見たことがありません。

私はというと、ビール→梅酒→日本酒→あとなんか……と、なんだか女子っぽくないものを好みます。

ふむ。

ここまで書いて、筆が止まってしまいました。

正確にはボールペンですが。

なんか、自分のことをあまり書いていない……?

ていうか、書けるようなことあったっけ……?

卒業後、二人と遊ぶことは以前と同じくらいあったし、

のぞえりの二人はたまにほむまんを買いに来てくれるし、

りんぱなは結構頻繁に電話してくれるし、

にこまき(真姫ちゃん曰く『正確にはまきにこ』らしい)はあんまり会ってないけど。

あ、それならまきにこの二人について聞いてみましょうか。


『そういえば、にこちゃんと真姫ちゃんから連絡あった?

近頃連絡をもらえなくて』


グシャグシャしてポイです。

近頃接点の少ない友人の話をしても、話なんて広げようがないじゃないですか!

こうして手紙を書くっていう機会は滅多にないもので、何を書こうか迷ってしまいます。

「あ、いらっしゃいませー!」

閑古鳥が絶叫マシーンに乗っているかのような静けさを保っていた店内に、一陣の風。

絶叫マシーンでいえば、悪天候のため運行中止。

さあ、お客様のご来店です。

とは言え、割と常連のお客様。

買うものも包装の方法も、全て熟知しています。

ものの10分もせずに悪天候は快晴に変わり、閑古鳥は懲りずに絶叫マシーンに興じることとなりました。

はぁ。なんか面白い報せでも届かないものでしょうか。

郵便受けを親の敵かのように睨んでいると、日本郵政公社の方がご来店です。

公僕がこんな和菓子屋にサボりでしょうか?

「へい、らっしゃい!」

「いえ、速達の受け取りをお願いいたします」

お客様ではないことくらい、分かってましたけどね。

差出人は……

おや、二日連続で旧知の仲間からとは。

珍しいこともあるもんですね。

絵里ちゃん、希ちゃんの生徒会コンビからです。

尤も、生徒会長の任から退いて5年くらい経ちますが、私の中ではやっぱり生徒会長です。

そういえば生徒会長サマ……いえ、絵里ちゃんは無事に大学を卒業し、無事に一部上場企業へと就職しました。

しかも外資系の商社と来たもんです。

以前いただいたメールですが、

「100,000,000,000,000ジンバブエドル札なう!!お金持ちよ!!!」

なんてメールがきました。私は迷わず、

「今は新ジンバブエドルになってて、それはもはや不特定多数の人が触れた不衛生な紙切れだよ」

と教えたのですが、メールは返ってきませんでした。

「こ……ことりに告白したいのですが、どうすればいいんでしょう……?」

「ていうか無理ですよね!?気持ち悪がられます!嫌われます!!どうしましょう……穂乃果ぁ……」

そんな海未ちゃんをなだめ、ことりちゃんから話を聞こうとしたら、ことりちゃんからも相談を持ちかけられます。

「あのね……海未ちゃんのことが好きなの。女の子として、好きなの」

「でも多分……海未ちゃんは気持ち悪がるよね?嫌われるよね……どうしよう……穂乃果ちゃぁん……」

今でも覚えてます。あの上目遣いを前にして理性を保つのに必死だったこと。

そんな不器用な二人の仲を取り持つ、いわば恋のキューピッド的な働きをしました。

ああ。私が上手に隠していたのはなんだったのでしょうか!?

……なんて、昔の話ですけど。

なぜこんな昔話をするかというとですね。

海未ちゃんから手紙が届いたのです!

正確には、海未ちゃんとことりちゃんですが。

昔の気持ちを思い出してしまっただけに、なんだか少し複雑な気分……

どれどれ!ポエマーな海未ちゃんがどんな小っ恥ずかしい文章を書いてくれたのか、読んでみましょう!!

100兆ジンバブエドルは、たしか3000円くらいの価値はあったかと思います。

海外出張だろうとは思いますが、どんなことをしているんでしょう……?少し気になります。

機会があったら、絵里ちゃんとはサシで飲みたいですね。

それで希ちゃんはというと、絵里ちゃんとは違う大学に進みました。

ですが意外なことに、2回生になる頃くらいに中退しました。

理由を希ちゃんに聞いたのですが答えてくれず、絵里ちゃんに聞いたら照れくさそうに、

「……私と一緒に住むためよ」

と教えてくれました。

なるほど、二人の通ってた大学って結構遠かったから、それで……

中退後から今に至るまで、希ちゃんは完全に専業主婦状態だそうです。

というか、もはや主婦です。

年末年始等の書き入れ時は、神田明神の手伝いもしているみたいです。

さてさて、回想はこんなものにして、お手紙ですね。

水色の地に白の水玉の便箋で、夏に送ってきてもらうお手紙としては涼しげで、さすがセンスいいな。

……って、あれ?

(そっか、絵里ちゃんのイメージカラーって、水色だったよね……)

と思い至り、季節のことなんか忘れて、懐かしくて心が温かくなりました。

対してことりちゃんはロングカクテル→ロング→ショート→ショート……と、カクテル攻めです。

女子力高めです。

この前はワインベースのカクテルを飲ませてもらいました。

赤いカクテルだったので、私は迷わず

「赤ワインだねっ!!」

とドヤ顔で言いましたが、

「それはカシスの赤で、ベースは白ワインだよ」

カクテルよりも私の顔のほうが赤かったことかと思います。

キティ、絶対に忘れません。

ああ、やっぱり思い出には海未ちゃんよりもことりちゃんのほうが多いですね。


あくる日、開店準備が済んで、お店を開いてもやっぱり暇なモノは暇で。

手紙をもらった翌日に返すというのは早い気がしますが、善は急げ!

あれ、そういえば『急がば回れ』とも言いますが……

気にしないことにして、とりあえず便箋を用意します。

雪穂に持ってないか聞いたところ、私のセンスにピンポイントでビビッ!と来るような可愛らしい便箋があったので、

スリスリしたりゴロゴロしたり、ありとあらゆる手段を使って雪穂から譲りうけました。

宛先は……連名でいいですね。

二人に個別に返そうとすると、海未ちゃんへは筆ペンとか使わなきゃいけないような気がして……

さて、なんて書きましょうかね。

『久しぶり、穂乃果。

 元気してるかしら?私は元気よ。

 この前メール送ったと思うけど、1週間ほどジンバブエに出張に行ってたのよ。

 全く、入社して3ヶ月で単身での海外出張って、この会社どうなってるの?

 しかもトランジットの仕方とか知らなかったわよ!

 それはいいんだけど、海未とことりから手紙来た?

 今度引っ越すんだって!

 引越しして落ち着いたらソバでも食べに来ないかって誘われたんだけど、穂乃果も一緒にどうかしら?

 私が誘うまでもなく、二人から声がかかってると思うけど……

 今度一緒に、引越し祝いとか買いに行かない?

 私と希だけで買いに行ってもいいんだけどね、やっぱり幼馴染の穂乃果がいたほうが、いいアドバイスもらえると思うのよ。

 それに私も希も、久しぶりに穂乃果と遊びたくてね。

 穂むらもこの時期は忙しいと思うから、また都合のいい日があったら、連絡頂戴。

 ハラショー!!

                          日本の裏側から愛を込めて 絢瀬 絵里

ジンバブエの裏側にいる大切な友人 高坂 穂乃果 様』

これはわかります。ハラショーが締めの言葉ではないってことくらい、私でもわかります。

あとジンバブエは日本の裏側というには、結構逸れてます。

それに消印は日本です。いつまで海外気分なんでしょう。

ポンコツ具合がいい感じに可愛いです。

でも単身で海外出張……かっこいいなぁ。

英語とかペラペラなんでしょうね。ロシア語はダメダメでしょうけど。

どこか抜けてるけど、やっぱり基本はしっかり者。

私の憧れの先輩です。

海未ちゃんから絵里ちゃんたちへ出した手紙の内容は、「引越しを手伝って欲しい」と頼まれた私と少し違って、引越し後の振る舞いの誘いみた

いですね。

海未ちゃんたちは平日に引越すので、会社員である絵里ちゃんを引越しに手伝わせるのは気が引けたのでしょうか?

……私だって、平日は暇じゃないんだけど、そこを愚痴っても仕方ないですね。

さて、希ちゃんからも手紙が入ってるはず……

あれ?

おや?

んー?

封筒のどこを探しても、希ちゃんの手紙が見当たりません。

はっ、まさか……あぶり出し!?

さすがはスピリチュアルリーダー、のんたんですね!

どこを炙っても出てきません。そりゃそうですよね。

そんな無駄に凝られても、お返事に困ってしまいます。

封筒の裏書には連名になっているので、入ってると期待したのですが……

まぁ、そんなこともあるでしょうね。

絵里ちゃんにもあとでお返事を書かなきゃですね。

さて、まずは海未ちゃんとことりちゃんへのお返事の続きを書きましょうか。

えーっと……

『なんたって、穂乃果の一番の親友の門出だもんね!

それでね、この手紙を書いてる最中に、絵里ちゃんからもお手紙来たんだ!

絵里ちゃんが外資系のおっきい会社に就職したのは知ってると思うけど、

1週間も海外出張してたんだって!なんか、かっこいいよね!バリバリのキャリアウーマンって感じで!!

っていうか、絵里ちゃんたちには引越しの手伝い頼んでないんだね?

穂乃果の他に、誰かに手伝い呼んでるのかな?

まぁ呼んでなくても、やるったらやる!

穂乃果一人がどこまで二人の役に立てるかわからないけど、がんばるよっ!

時間とかわかったら、またメールでもいいから連絡頂戴ね。


                            二人の愛のキューピッド 高坂 穂乃果

私の大親友の二人へ、愛をこめて 園田 海未  様
                南  ことり 様』

ふぅ、こんなもんでしょうか。

お手紙って書きなれないと、結構大変なんですねぇ……

何度か見直し、自分でも文句の付けようがないほど大親友への手紙が完成しました。

丁寧に糊付けし、〆のマークを書くのに失敗しました。

……大丈夫、きっと笑顔で許してくれますね。

このお手紙をだしに行くついでに、絵里ちゃん達用の便箋でも買いに行きましょうかね。

雪穂に店番を押し付け(実際にはナデナデしたりペコペコしたり、悪戦苦闘しましたが)、いざ出発です。

徒歩で。


外に出るなり、むせ返るような暑さにたたらを踏みますが、後ろでは不機嫌を装った雪穂が睨んでます。

眼前には焦げ付くアスファルトが熱を吐き出し、地面をゆらゆらと幻想的に追い返そうとしています。

前門の虎、後門の狼……とは、少し意味合いが違うんでしたっけ?

挟み撃ちって意味があることわざ、大募集です。

お手紙で。

ため息一つ、腹を括って灼熱の大地へと一歩、また一歩と足を踏み出します。

今は7月の半ばですが、こんなにも暑かったんでしたっけ……?

私が高校生の頃は、こんなにも暑くなかったような気がします。

こんな灼熱の中、日差しを遮る物がなにもない屋上でダンスの練習をしていたなんて、にわかには信じられません。

だから、『こんなに暑くなかったハズ』という結論に至る……完璧な理論ですね。

我ながら惚れ惚れしてしまいます。かしこい!かわいい!ホノーチカ!!

……暑さで頭がやられたのでしょうか。

てくてくと郵便局に入り、涼をとる間もなく受付完了してくれました。

もっとゆっくりしたいところですが、早めに帰らないと雪穂が拗ねてしまいます。

早速次の目的地、文房具屋に向かいます。

ふと空を見上げると、はるか遠くに暗雲発見。

ゲリラ豪雨ってやつの前兆でしょうか?

便箋は多分、包装しているので濡れる心配はありませんが、穂乃果が濡れ鼠になってしまいます。

雨も滴るいい女です。

ああ、魅力的な女性からナンパされたらどうしましょう!?

でもダメ!私には雪穂がいるのっ!

なんて考えているうちに、文房具屋さんに着きました。

さて、どんな便箋にしましょうか……悩んでしまいます。

うむむ。

うむむむむむむむ。

これだっ!!

「\698」

便箋ごときが、高すぎです。

ちょっと可愛いとはいえ紙切れのクセに700円も取るとは何事か!そんなことなら、私が作ったほうがもっと可愛く……

あ。そうか。作ればいいんですね、可愛い便箋。

限りなく無地なオレンジ色の便箋(\300)を手に取り、マスキングテープを探します。

一色だけじゃなくて、カラフルな便箋のほうが見た目もかわいいよね?ということで、暖色系のマスキングテープを4本買いました。

しめて\1,100なり。

雨に注意しながら、でもいい買い物をした充実感を噛み締めながら帰宅し、雪穂にそんな話をしたところ、

「……700円の便箋買ったほうが安かったじゃん」

衝撃の事実です。

ですが、負けるわけには行きません。

姉の威厳と感情論を振りかざします。

手作り感あったほうがもらったほうは嬉しいよね、それにお姉ちゃんだよ、と優しく諭すと、

「お姉ちゃんは関係ないけど……一理あるね」

一理?ノンノン、それが真理なのだよ、雪穂クン。

「そのキャラやめない?」

うん、お姉ちゃんもダメだと思いました。

さてさて、気を取り直して絵里ちゃんへのお返事です。

絵里ちゃんは最近のことを書いてもらったので、私も数少ない近況を話しましょうかね。

メインは引越しについてですが……お手伝いに行くってこと、触れてもいいのでしょうか……?

ハブられたっ!って寂しがるだろうけど……まぁお仕事だろうし、大丈夫でしょう。

チョキチョキとマスキングテープを切り貼りしながら考えます。

赤、緑、ピンク、オレンジ……

オレンジ色の便箋に貼るにしては、我ながらセンスを疑うようなラインナップだと、今更気がつきます。

オレンジにオレンジって。目立たなさすぎです。

ていうか没個性です。

大好きな色なんですが……それ故に偏ってしまうのもよくないですね。

なんとか3色を駆使してお手製の可愛い便箋の出来上がりです!

ああ、惚れ惚れするような出来ですね……海未ちゃんたちにもこういう手作り便箋でも良かったかもしれません。

今から回収して書き直すだなんて、とてもできませんけど。

さぁ、気合を入れて書いて行きましょう!!

久しぶり、絵里ちゃん!穂乃果だよ!

元気してた?

海外出張とかで、時差ボケしてない?体調崩してない?お腹壊してない?

単身で海外出張とか、かっこいいなぁ。

穂乃果なんて、一人で飛行機にも乗れないや。』


これだけ書いて、しまった、と顔をしかめます。

近況に入ろうと思ったのですが、何も書く事ないや!って気づいた海未ちゃんに手紙を書いてから、まだ一日も経っていません。

せいぜい数時間です。

当然、近況なんて変わらず『何もなし』です。

ああ、寂しい人生!!

なんて言ったら、雪穂に叱られますね。

……叱ってくれるよね?

何かかけること……ううん、何かないものでしょうか。

面白いことが転がってくればいいんですけど。

よし!面白いことを探しにいこう!

と意気込むも、外は土砂降りになってました。

轟音と共に稲光も見えます。

よし!面白いことが転がってくるのを待とう!!

果報は寝て待て、が信条です。

そんなわけで、店番続行です。

店番ついでに雪穂にお茶を要求しますが、返事がありません。

また一つため息。

そういえばため息をつくと幸せが逃げるそうですね。

こんなんじゃ幸せになんかなれそうにありません。

ダレカタスケテー

「こんにちは」

面白いこと……いやいや、お客様のご来店であらせられます!!

「いらっしゃいませー!」

勢いよく挨拶したものの、そのお客様は。

「久しぶりね、穂乃果。元気そうでなによりよ」

真姫ちゃんでした。

「おおー!久しぶりだよ真姫ちゃーん!!」

昔と同じように抱きつきに行こうとしましたが、背後で雪穂の気配を感じます。

浮気じゃない浮気じゃない……私は雪穂一筋ですよ!

「と、ところで雨は大丈夫だった?」

「さっきまで降ってたけど、今は止んでるわよ。ほら」

目線を外に向けると、晴れ間が見えます。

こんな僅かな時間の、どのタイミングで止んだのでしょうか。ミステリーです。

「おおおお……!天使の架け橋だよ!エンジェル・ラダーだよ!!」

「なんでそんな無駄な知識あるの……?」

無駄とはなんでしょう、無駄とは。

「それより、傘はどうしたの?」

「ああ、車で来たのよ」

さすがはお医者様のご令嬢、パパにおねがぁい♪で買ってもらったのでしょう。けっ。

「結構大変なのよ、親のスネをかじらずに医大に通って車買って、さらには二人分の生活費をやりくりするのは」

真姫ちゃんの人生を甘く見てました。ごめんなさい。

あはは、と軽く笑ってごまかし、話を聞きます。

「それで、今日はどうしたの?ほむまん?お安くしときまっせ、へっへっへ……」

「その笑い方はなんなのよ……もう、そうじゃないのよ」

その言葉を無視してほむまんを一つ取り、

「ま、ま、どうぞお一つ袖の下をお通しくださいませ……」

「……穂乃果、いつもそんな営業してるわけ?」

ひどい誤解です。

「そうだけど?」

こういう軽口も楽しいものです。

「おねーちゃん!真姫さんに誤解されちゃうでしょー!!」

む?雪穂ってば、大層な地獄耳ですね。

えへへぇ、と誤魔化します。誤魔化しきれてると信じてます。

「ごめんごめん、それで……」

「にこちゃんのことよ」

これ以上、無駄に洗練された無駄のない無駄な話を続ける続けるつもりはないようで、本題に入ってきました。

そして、表情から察するにあまり軽い話ではなさそうです。

私はそんな微妙な表情の違いを機敏に感知できる程、出来た人間ではないという風潮があります。

風評被害もいいところです。

とはいえ、それはそれで便利なもので、持ち前の能天気さで真姫ちゃんに上がってもらうよう促します。

「先に上がっててね!店番引き継いだら、すぐに行くから!」

「手間取らせて、悪いわね」

「いーっていーって!!」

雪穂に店番を引き継ぎ、お茶請けとお茶を持って、真姫ちゃんの待つ自分の部屋へ向かいます。

足音を立てず、気配を殺し、抜き足差し足忍び足……

「へいお待ちぃ!」

びっくりさせようとしたのですが、私がびっくりさせられました。

真姫ちゃんが泣いていたのです。

……泣くほど驚いたのかな?

「ほ……ほのかぁ……」

あ、あはは……そんなワケありませんよね。

お盆をテーブルに置き、真姫ちゃんを慰めます。

μ'sを解散した4年前に比べるまでもなく、20歳になった彼女は美しくなっていました。

今は医大に通い、両親に敷かれたレールの上とは言え、それを後悔しないように全力で邁進しているようです。

身長は昔から低くありませんでしたが、手足の長さが強調されているせいか、更に高くなったような気がします。

肩くらいまでだった髪は腰に届く程長く、それでいて昔のようにふわふわした質感は残っています。

切れ長の目はそのままに、輪郭はほっそりとし、強気な真姫ちゃんの性格がそのまま顔に現れてます。

右の薬指には指輪がはまっています。裏を見ればきっとカッチョいいフォントで「Niko」とか「N to M」とか彫ってるんでしょうね。

しかし胸はそんなに成長していないようです。このくらいがちょうどいいと思います。

……雪穂!私は雪穂一筋だから!

「……にこちゃんと、なにかあったの?」

私の胸で泣いていた美人の頭を撫でながら、恋人の話を聞き出します。

そういえばにこちゃんですが、今はアイドルとしてやっているみたいです。

とは言え、地下ドルとでも言うのでしょうか?地道に活動していますが、たまーにテレビに出てます。

にっこにっこにーをやろうとしてパンアウトされることがザラですが。

あと外見ですが、到底22歳には見えません。17歳でも十分通用しますが、にこちゃん曰く

「そんなアイドル、痛いだけじゃない」

とのことでした。持ちネタのにっこにっこにーは大丈夫らしいので、判断基準がわかりません。

「逆、よぉ……」

泣きながら、声が上ずりながら答えてくれます。

「逆?」

オウム返しは良くないとは思いつつも、聞いてしまいます。

「なにもないのよぉ……にこちゃんと……」

ああ、なるほど。倦怠期ってやつですね。

「なにもないって、デートとか、その……」

これ以上は流石に躊躇ってしまいます。

花も恥じらう乙女なわけですし?

「夜も、よぉ……」

あらあら。これはこれは。

昔に比べて、素直じゃない性格は治ったみたいです。

「ケンカでもしたの?」

そんなことしか聞けない自分が情けないです。

「そうじゃなくて……なんか、距離を置かれてる気がするの……」

にこちゃんが高校卒業した少し後に、にこちゃんから告白したそうです。

その後の真姫ちゃんのデレデレっぷりと言ったら、今思い出しても口から砂糖吐きそうです。

そんなにベタベタだった二人が、というかにこちゃんが距離を置くなんて、どうにも想像できません。

「私が医学部の研修で、泊まり込みになることもあるの。その時は必ずにこちゃんに連絡するんだけど、にこちゃんから返事がないし……」

「にこちゃんが撮影で遅くなる時なんて、何時になろうが迎えに行くのよ?私って尽くす女だったのね」

「ギャラについて申し訳なさそうな顔する時もあるけど、そんなんじゃないのに」

「私は、にこちゃんがいれば、それだけで頑張れるのに……」

誰かエチケット袋ください。砂糖吐きます。

「にこちゃんと、そのことについて話はしないのかな?」

「『なんで素っ気ないの?私はこんなに尽くしてるのに?』とでも聞くの?馬鹿ね、穂乃果」

フフンと鼻で笑われ、小馬鹿にされたようでちょっとムッとしてしまいますが、表情には出しません。

だって恋愛なんて知りませんし、実際に馬鹿なわけですし。

「見返りを求めてる内は、ただの『恋』なのよ」

十分じゃないですか、恋。してみたいです。

「私がにこちゃんに感じているのは『愛』なの。見返りなんて求めない、無償の物なの」

マカロンが空から降ってきているのかと勘違いする程、甘い言葉でした。

でも降ってきたそれは、スカスカふわふわの物ではなく、ぎっしりと中身の詰まった『重いモノ』です。

「私が欲しいのはあげたモノに対する見返りが欲しいわけじゃない、感謝の気持ちでもない」

「私の気持ちが届いて欲しいのに……全然、届いてる気がしないのよ……」

なるほどと、腑に落ちるところがあります。

しかし腑に落ちたコレが真実ならば、なんと残酷な真実でしょうか。

「ねぇ真姫ちゃん?私ね、今から結構キツイこというよ?」

心の準備を問います。

「無理」

単純明快、即答でした。

「そっか」

無理なら仕方ありません。気づいてもらうしかありません。

しかしこの問題、所詮は外野である私が何かしら手を出していいものでしょうか……?

「穂乃果の言いたいことはわかるわ。『重い』っていうんでしょ?」

なんと、気づいてらっしゃるではありませんか。

「うん……正解だよ。でも、わかってるならどうして……」

「仕方ないじゃない……愛してしまったんだもの……」

ロマンチックで情熱的で、使い古されて擦り切れたセリフですが、心の底からの叫びだったのでしょう。

再び泣き出してしまった美人をなんとかする術を私は知らず、この頼りない胸を預けっぱなしにするだけです。

泣き止むまで何分かかるかわかりません。

ふと外を見ると、天使の梯子は既に外され、ただの突き抜けた青空だけが広がっています。

こんなに外は晴れているのに、なぜこんなにも真姫ちゃんの心は大荒れなのでしょうか。

なぜにこちゃんは真姫ちゃんを突き放すのでしょうか。

愛……ですか。はぁ。

これ以上はちょっと、私には分かりそうにありません。

真姫ちゃんの言葉を借りれば、馬鹿なわけですし。

ピリリリリと、場の空気をブチ壊す電子音。

真姫ちゃんの携帯のようです。マナーモードにするのがマナーでしょうに。

自身の涙の塩気で溶けかけのナメクジのような速度で携帯まで這って行き、メールを確認すると

「マジで!?!?!?!?!?」

さっきまで青いトマトのような顔をしていた真姫ちゃんは、完熟トマトのように真っ赤になりました。

「ごめんね穂乃果、にこちゃんと会ってくる!!!」

あらあら。若いっていいですね。年齢は一つしか変わりませんが。

「え、ちょ!何があったの!?」

「一秒でも早くにこちゃんに会いたいの!また追って説明するわ!!」

「それならほんのちょっとだけ待って!!」

真姫ちゃんに言わなければならないことがあります。

「なによ!手短にね!」

それを放置するのは、美人が台無しです。

「……涙と鼻水の跡、ついてるよ」

そっと鏡を渡します。

「……あ、ありがと……」

昔のように、髪の毛をクルクルといじります。

「早く直して、にこちゃんのところに行ってあげてね?」

「もう!わかってるわよ!」

驚くべき早さでメイクをし直し、手鏡を手渡してくれると、

「感謝してるわ、穂乃果……ありがとう!」

以前は見たことのない、屈託のない笑顔に思わずドキッとします。

「はいはい、どーいたしまして!」

美人なんだから、そんな笑顔を無駄に振りまいて町内を魅了しませんようにと心の底から願いますが、にこちゃんに会うまであの表情は変わらな

いと思います。

真姫ちゃんが去ったあと、雪穂にしつこく質問攻めにあいましたが、

「おねーちゃんは雪穂を愛しているの!!」

の一言で全部解決しました。我が妹ながらチョロい。

バッカみたい!と言って、どこかへ行ってしまいました。

……愛しているの。

雪穂には冗談だったとは言え、言葉にしてから思い出してしまいます。

『見返りなんて求めない、無償の物なの』

果たして私は、そんな気持ちを誰かに抱くことがあるのでしょうか……?

真姫ちゃんが来た翌日、事件が起きました。

しかし雪穂曰く「部屋に入る前にノックした」とのこと。

ですが私は「そんな音など聞こえなかった」。

つまり私の主観では「雪穂の無断侵入」。

しかし雪穂の主観では「姉の部屋に手紙を持ってきた」。

そして母の主観では「寝ている姉を起こすがてら、手紙を届けるよう指示した」。

もうお分かりですね。

そう……私は眠らされていたのです。だからノックの音が聞こえなかった!

謎は全て解けました!!

「バッカみたい。はいこれ、花陽さんと凛さんからの手紙」

な、なんだってー!?みたいなノリが欲しいのに、この妹はクール過ぎて困ります。

しかし私、早朝から脳みそ大活躍です。なんでもないことが事件に仕立てられます。

これは絵里ちゃんたちに面白い手紙が書けそうです!!

って、手紙……

ああ、花陽ちゃんと凛ちゃんからのお手紙が来たんですね。

この二人の現状を説明するには、脳みそが大回転している今が尤もふさわしいはずです。

まずは花陽ちゃんですが、高校卒業後は大学に進学しました。なんと、農業科です。

本格的に農家を目指しているみたいです。そのため大学は実習が充実しているという山形の大学へと進学しました。

多分将来はそこで田んぼを耕しながら凛ちゃんと暮らしていくのでしょうね。

その凛ちゃんですが、μ'sが解散したあとは陸上部に入りました。

数多の大会で、数々の競技で、多数の優秀な成績を収め、両手の指では足りないほどの体育大学から推薦がきました。

そしてそれら全てを蹴りました。

花陽ちゃんはどこでもいいから入りなよぉ!と説得していたみたいですが、凛ちゃんはというと、

「かよちんと一緒なら、どこだっていいにゃー。それに将来、農家やりながらだってスポーツはできるもん!」

と、プロポーズにも近いことをサラリと言ったそうです。

それから花陽ちゃんと同じ大学を一般受験、見事に滑りました。

……学業成績は、高校卒業まで墜落寸前の超低空飛行だったそうです。

卒業後の凛ちゃんは、ラーメン屋のバイトをしながら花陽ちゃんと一緒に住んでいるそうです。

そういえばこの二人は、高校卒業後一度も会っていません。そりゃ山形ですし、そうそう会いに来れるものじゃないですね。

それに年末年始やゴールデンウィーク、お盆時期などは私が大忙しで……ははは。

さてさて、二人からのお手紙はどんなのでしょう?

あまり甘いのはないと思いますが、ここは一つ、腹を括らねばなりませんね!!

いざっ!!

『拝呈

 蝉時雨が賑わう頃、ますますお健やかにお過ごしのことと存じます。

 たいへんお久しぶりです、穂乃果ちゃん。

 花陽と凛ちゃんは、毎日楽しく元気に過ごしています。

 花陽は大学の実習以外にも、近所のおばあちゃんの稲作の手伝いをしています。

 無報酬のボランティアですが、実習とは違って実際に出荷されるお米を作っている『生産現場』なので、結構緊張しちゃいます。

 私の植えた苗が、育てた稲穂が、収穫した稲が、脱穀したお米が、全国各地の食卓に並ぶんですよ!?

 生産者冥利に尽きます!!

 凛はというと、ラーメン屋のアルバイトの他にかよちんのボランティアのお手伝いをしています。

 かよちんには、「花陽よりも筋がいい気がする」なんて言われます。

 おばあちゃんのところは機械を使わずに全部手作業なんです。

 つまり、超重労働なんです。

 かよちんはすぐに疲れてヘタってしまいますが、凛はいつまでも作業を続けられます。

 体力では負けてないつもりですが、やっぱり情熱で負けちゃうにゃー……

 さてさて、海未ちゃんとことりちゃんからお手紙をいただきました。

 今度お引越しされるそうですね。落ち着いたら遊びにおいでと、お呼ばれされちゃいました。

 どんなおウチなんでしょうか?

 今から楽しみです。

 引越し祝いには、去年実習で作ったあきたこまちを持っていこうと思います。

 (山形なのに?って突っ込みはヤボにゃー!)

 今年はまだ収穫の時期ではないので、去年の古米で申し訳ないのですが……

 また、先ほどのおばあちゃんの知り合いから日本酒もいただいたので、これで一杯やりたいですね。

 穂乃果ちゃんはお酒は大丈夫ですか?

 μ'sのみんなが集まって、昔話と今の話を混ぜながら、楽しくお酒を酌み交わす日がそう遠くないと思うと、楽しい毎日が更に楽しみになります。

 それでは、冷房で体を冷やしすぎませんようにお気を付けください。

                                        拝具

                      凛ちゃんのファン第一号    小泉 花陽
                      かよちんのファン第一号    星空  凛

敬愛するリーダー 高坂 穂乃果 様』

筆跡が花陽ちゃんの字と凛ちゃんの字が混ざっていますが、基本的には花陽ちゃんが書いたのでしょうね。

手紙の体裁をちゃんと守っているあたり、花陽ちゃんの性格が現れていますし、

話し言葉で書いちゃってるあたり、凛ちゃんの性分が出ています。

二人の仲良しっぷりが垣間見える、素敵なお手紙です。

それなのに甘くない、本当に仲良し同士が送ってきたと言った、ほんわかする内容で、他のみんな(特にことりちゃん)も見習って欲しいくらい

です。

それより、大学の実習の他にもボランティアやってるなんて、花陽ちゃんは本格的に農家目指してるんですね。

夢を追いかける花陽ちゃんと、花陽ちゃんをサポートする凛ちゃん……いいコンビですね。全力で応援したくなります。

心地よい感動を味わいながら、お返事の内容を考えます。

あと、便箋も用意しなくてはなりませんね。

そういえば絵里ちゃんにもまだお返事していませんでした。

そう考えると、私って大忙しではないでしょうか?

「おねーちゃん!ご飯食べたら仕込み手伝ってね-!」

忙しいタネが一つ増えました。

仕込みやら掃除やら陳列やらが一息つくのは、概ね時計の針が天辺を指す頃です。

少しお腹が空きましたが、今は雪穂が昼ごはんを食べている最中なので、あと1時間は我慢です。

客足はぱったりと途絶え、街ゆく人の姿もどこかゆったりとしています。

きっと砂時計の砂も落ちる速度を緩めるでしょう。

私はこの時間が大好きです。

ですが、それを満喫しているだけの余裕はありません。

さて、まずは絵里ちゃんへのお手紙の続きを書きましょうか。

これが書き終わったら、花陽ちゃんと凛ちゃんへの便箋を買いに行くついでに、郵便局へよって出して来ちゃえば、その後が楽になりそうですね



段取りを考えながら書きかけていた便箋を読み返し、どのような続きを書こうか、熟考しながら筆をすべらせます。

『穂乃果なんて、一人で飛行機にも乗れないや。

それと、引越しの件だね。

穂乃果も海未ちゃんとことりちゃんから誘われてるよ!

真姫ちゃんとにこちゃんはどうなんだろう……?

この前真姫ちゃんが来たんだけど、来たと思ったらすぐに帰っちゃって、聞けなかったんだよー。

あ、でも花陽ちゃんと凛ちゃんも誘ってるみたいだね。

その二人からも手紙が来たんだよー!

お呼ばれする時には、日本酒を持って行くって書いてあったから、今から少し楽しみかな(笑)

絵里ちゃん希ちゃんと一緒にお買い物ってのも久しぶりだね!

穂乃果もその時に引越し祝い買おうかなぁ。

あの二人のことならなんでも聞いてよ!いいアドバイスできると思うよっ!

それじゃあ、買い物の日程とか、絵里ちゃんと希ちゃんに合わせるから、また連絡ちょうだーい!

待ってるね!

                                日本酒大好き 高坂 穂乃果
やっぱりウォッカ派? 絢瀬 絵里 様』

締めには遊び心も大事でしょう。

とは言え我ながら、手紙を書き慣れていない感がひしひしと伝わる、拙い文章だと思います。

花陽ちゃん達には、『拝啓』とか使ってみましょうかね。

そうすれば多少は大人びた文章になれるでしょうか?

さて、糊付け糊付け……おや。

糊が見当たりません。

テープでは流石に不安ですし、かと言って糊を買いに行ってからまた出かけるのは、灼熱の炎天下に2度も出るということです。

不毛な行為をする私なんて、外に出たら3分と持たずに溶けてしまうでしょう。

むむむ……

ご飯粒で代用しましょうか。

「こんにちはー」

なんと、妙なタイミングでのご来店でござい……おや、この御仁は。

「希ちゃん!!」

我らがスピリチュアルリーダー、希ちゃんでした。

「久しぶりやね」

前回ほむまんを買い求めていただいたのは、確か先月でしたか。

「一ヶ月ぶりくらい?上がっていく?」

「ううん。今日はえりちを待たせてるから、ええよ」

私たちがμ'sを結成するにあたっていろいろとアドバイスをもらい、影のリーダーと言っても過言ではないくらいに尽くしてもらった希ちゃん。

当時は綺麗で長い黒髪を二つに束ねていたけど、卒業後に絵里ちゃんと付き合ってから、髪型がコロコロと変わっています。

三つ編みだったりポニテだったりお団子だったりハーフサイドアップだったり、見てて飽きません。

どうやら絵里ちゃんが自分じゃできないような髪型を作って遊んでいたようです。

私たちがお酒を初めて飲んだ時に、絵里ちゃんが希ちゃんの髪質について熱く語っていたのを覚えています。

そして今日は、一つに束ねて前に垂らしています。

卒業式の時と似たような髪型でしたが、三つ編みの部分がないので、少し違います。

長さはほとんど一緒だと思いますが、その長さで綺麗な髪を保つのは並々ならぬ努力の賜物だと思います。

以前のようなダンス等は今はしていないそうで、少しふっくらしたような気がしますが、女性らしさが強調され、更に魅力的になりました。

「そっか……それじゃ、10個入りでいいんだっけ?」

「うん、お願いね」

希ちゃんは常連のお客様なので、私も慣れたものです。

「それと、今日は渡したいものが二つあるんよ」

小ぶりなカバンから出てきたのは……スティックタイプの糊。

前から不思議な力を持っているとは思いましたが、まさか未来予知の能力を持っていたとは。

……でも、少し予想できました。

「おわっ!ちょうど必要だったんだよー!ありがとう!でも、どうしてわかったの?」

もはや答えはわかっています。

「カードが、ウチに告げたんよ」

ほらね。

「……というのは冗談で」

なんと、まさか本当に未来予知だったとは。

「これがもう一つ渡したかったものなんよ」

縦長の封筒が取り出されます。

もしかしてお金でしょうか。

「ウチのポンコツお姫様が入れ忘れたみたいでなぁ……」

お金を入れ忘れた?はて、私は絵里ちゃんからカツアゲでもしたのでしょうか?

「あ、この前もらったお手紙だね!」

「そうや。穂乃果ちゃんのことやし、もうそろそろお返事書き終わる頃かなー思って、送る前に持ってきたかったんよ」

「いやー、希ちゃんからの手紙が入ってると思ったら入ってなかったから、あぶり出しかと思ってたよー」

希ちゃんだからやりかねないと思った、とはいくらなんでも言えません。

「あぶり出し……それも良かったかもしれんね」

「絶対に気づかないよねっ!?」

「でも残念、ウチにはみかんがなかったわ」

「あったらやってたの!?」

「思いついたらやってたかもわからんね」

びっくりです。開いた口がふさがりません。

ふふっと、昔と変わらず綺麗に笑い、

「それはそれで、スピリチュアルやろ?」

絵里ちゃんのポンコツが伝染したかもしれません。

たぶん、手遅れでしょう。残念ですが……

「あはは……気づかなかったらごめんなさいだよ……」

「それでもええやん♪」

その綺麗な微笑みに、少し心が奪われてしまいます。

「あ、これ今開けてもいい?」

照れを隠すかのように、突然話題を変えます。

「さすがにそれは恥ずかしいから、ウチが帰ったら読んでな?」

「そっか、それじゃ後で楽しみにしとくねっ!」

これで希ちゃんへの返事も書けます。

なんかお手紙を書くのが、少し楽しみです。

「はい、おまたせー」

「ありがとね」

「ほむまん、一つおまけしといたよっ!あ、お茶でも飲んでく?」

「ありがたいんやけど、えりちを待たせてるんよ。また今度ゆっくりと遊びに来るな?」

そういえばそんなこと言ってましたね。ポンコツは空気感染するようです。

「そっかー……それじゃ今度は海未ちゃんとことりちゃんの家で、かな?」

そういうと希ちゃんはまた少し笑い、

「その前に、一緒に引越し祝い買いに行くんやろ?」

失念してました。

「お、覚えてるよっ!!」

無理があるでしょうか……

「せやね、そういうことにしとこっか」

年齢は一つしか変わらないのに、こんなにも余裕があるのはなぜでしょう?

「そういえばさー、一つだけ教えてもらってもいい?」

昨日真姫ちゃんと話をして、私のなかで引っかかっていることを聞こうと思います。

「ん?ええよ?」

「あの、さ……希ちゃんは、絵里ちゃんのこと……」

しかし、ズバっと聞くのは少し恥ずかしいものですね……

「うん、愛しとるよ」

言い切る前に回答がきました。

「それに、えりちもウチと同じように思ってくれてるはずなんよ」

……なぜ、でしょうか。

「どうしてそう言い切れるの?」

「うーん、なんでやろなぁ。毎日顔合わせてるけど、そんなこと面と向かっていうことも、まぁ……なくはないんやけど」

そう言って照れ笑いを浮かべます。

ナニを思い出したんでしょうか。悔しいので追求しませんが。

「そう思われてる、って言うのが伝わってくるんよ。言葉じゃなくて、表情とか気遣いとか……平たく言えば、雰囲気って言うんかな?」

「たぶん、えりちも同じように、ウチに思いが伝わってると思うんよ」

「こんな回答じゃ、不満やろうけど」

「……ううん、大満足だよ。ありがとうね、希ちゃん」

でも平然とノロケられたのが少しくやしいので、少しだけ意地悪しちゃいます。

「それに、もうノロケはお腹いっぱいだよー」

「もう……振ってきたのは穂乃果ちゃんやん?」

そんな少しの意地悪も、この女性の前には無力化されてします。

「あ、こんな時間。今度ゆっくりお話しよな?またね」

「うん。引き止めちゃってごめんね?まったねー!」

私にできる全力の笑顔で送り出します。

昨日の真姫ちゃんとの話で引っかかったところ。

『見返りを求めない、無償の物』

真姫ちゃんはそれを愛だと呼びました。

もしもお互いがそんな感情を持っていたら、どうなるのか。

答えは、希ちゃんと絵里ちゃんが持ってたようです。

『言葉にしなくても、雰囲気で伝えあえる』

この意見を聞くのは、一足飛びな気がします。

私はこの解が理解できませんでした。

x^n+y^n=z^nであるとき、nが3以上の自然数は存在しない、というのがフェルマーの定理だったかと思います。

設問に対して『nが3以上の自然数は存在しない』という答えを教えてもらっているのに、なぜその答えになるのかがわからない、

という比喩をしたかったのですが、私はどうにも日本語が不自由で困ります。

阿吽の呼吸とか、ツーカーの仲とか、そういうのを全部まるっとひっくるめて『愛』なんでしょうか。

まだ私にはわからない世界です。

いつかわかる日が来るのでしょうか?

背後から雪穂がご飯食べてきなよ、と声をかけてくれます。

そういえば私は雪穂を愛していますが、それは家族愛だと思っています。

例えば誰かが誰かと愛し合って結婚して家族になったとき、その時の『家族愛』と、私が今、雪穂に感じている『家族愛』は、果たして同じものなのでしょうか?

愛ってのは、まだ私には理解できないもののようです。

余白は十分にあるのですが、それを書く術を知りません。

それこそフェルマーの定理を解いたかつてのアンドリュー・ワイルズさんのように、ノート何冊かにかけて綴る必要がありそうです。

証明されるまで360年かかった問題のことはさておき、さっさとご飯を食べて、自室でくつろぎます。

凛ちゃんたちへのお返事も必要ですが、まずは希ちゃんから手渡ししていただいたお手紙の開封からですね。

絵里ちゃんの手紙に封をする前で助かったんですが、いくらなんでも希ちゃん、タイミング良すぎではないでしょうか……?

まるで見計らったかのようなタイミングでした。

占い師でもやったら儲かるのではないでしょうか?

封をしていない便箋を開け、手紙を手に取ります。

綺麗な水色の便箋です。

絵里ちゃんのとは違うもののようなので、きっと別に手配したのでしょうか。

早速ですが、中身を拝見します。

『拝啓

 初夏の風はどこへやら、すっかり盛夏の日差しとなりました。

 穂乃果ちゃんにおかれましては、お元気でお過ごしのこと存じます。

 まずはごめんな、絵里が勝手にお手紙だしてしまって、ウチの手紙は手渡しする予定なんよ。

 もし郵送してたら、更にごめんな(笑)

 ウチはたまに顔出すから知っとるやろうけど、ボチボチ元気しとるよ。

 絵里は……元気一杯やな。家に帰ってきても仕事の話を嬉しそうに話すんよ。

 上司に褒められた!やら、取引先に気に入られた!とかなんてのはほとんど毎日で、

 ボリビア行きの仕事が取れへんって泣き酒してたこともあったな。

 お酒といえば穂乃果ちゃんは、ウィスキーとかは飲めるようになったんかな?

 絵里は最近スコッチウィスキーにハマったらしくて、いろいろ買ってくるんよ。

 でもあまり詳しくないのか、スコッチだけじゃなくてバーボンとかも買ってきて、消費しきれてないんよなぁ。

 ヘネシー買ってきた時は流石に「それ、ブランデーやん?」って突っ込んだけど。

 今度また飲みに行きたいね。

 さてさて、要件は言わんでもわかってくれると思うけど、海未ちゃんとことりちゃんたちの引越しについて。

 ニートというか、絵里のヒモしてるウチには休みなんてないから日にちなんて関係ないんやけどもね、

 引越し祝いを買いに行くのはいつにしよ?

 もちろん、穂乃果ちゃんが決めていいよ。

 あ、平日でもOKや。

 絵里はこの前の出張の代休が余ってるけど、休みがとれへん!って嘆いとったから、むしろ平日のほうがいいかもね。

 メールでもいいんで、教えてね。

 かしこ

                             ニート街道まっしぐら!東條 希

 頑張り屋さんの 高坂 穂乃果 様』

残念、私は頑張り屋さんではなくて和菓子屋さんです。

やっぱり絵里ちゃんのポンコツさ加減が移ってしまっているようですね、手遅れなほどに。

そんな冗談はさておき、希ちゃんは絵里ちゃんのことしか書いてませんね……

というか、手紙では「えりち」ではなく「絵里」と呼び捨てにしているんですね。

しかし書面でもエセ関西弁なんですね。

希ちゃんらしいというか、なんというか……

それに自分のことをヒモだなんて!専業主婦って言ってもいいのに!!

さすがに恥ずかしいんでしょうか。

あと私からも一つだけ、突っ込みがあります。

「絵里ちゃんは『休みがとれへん』だなんて微妙な関西弁使わないよっ!!」

ビシッ、と手紙に突っ込みました。

ふう、満足です。

お返事を考えるついでに、仕事に戻ることにします。

雪穂には仕込みを手伝ってもらい、先代には店番を頼みました。

仕込み作業は和菓子屋の基本ですからね!受け売りですけど。

「お姉ちゃん、口閉じなよ……」

雪穂から指摘されて初めて口が半開きになっていることに気がつきました。

お返事のことばっかり考えていて、恥ずかしいところを見られてしまいました……

テキパキという効果音を付けるにはいくらか鈍すぎる作業を終え、店番を先代と交替しました。

個包装は雪穂のほうが綺麗なので、任せっきりです。

出来のいい妹で助かりました。

ある程度お客さんも捌けているようなので、お茶でも飲みながらお返事を書きましょうか。

絵里ちゃんのお返事を出す直前だったので、希ちゃんから書きましょう。

希ちゃんにお手紙をもらったその日にお返事を書くだなんて、ちょっと早いとは思いますが、善は急げ!です。

『急がば回れ』はこの際忘れることにします。

……む?ごく最近、こんな思考をしたような気がしますね。

まぁ気にしてたらお返事など書けないので、気にしたことも忘れることにします。

絵里ちゃんのと同じ便箋を用意し、いざ、執筆です!!

『拝啓

 夏の日差しがジリジリと肌を焦がす季節になりました。

 希ちゃんは絵里ちゃんと元気にしてるかなっ!?

 穂乃果は知っての通り、元気一杯です!そろそろ元気が溢れ出る頃かと思います!!

 もし夏バテとかしちゃったら、溢れ出た元気を分けてあげるね。

 お手紙って郵送でもらうものだと思ってたけど、手渡ししてもらうのも嬉しいもんだね。

 この郵便、せっかくだし手渡ししにこうかな(笑)

 さて、お酒の話だっけ?

 穂乃果は最近、日本酒にハマってるよ!

 絵里ちゃん宛の手紙にも書いたけど、花陽ちゃんたちが海未ちゃんたちの家に遊びに行く時、山形の日本酒持ってきてくれるんだって。

 もう楽しみで楽しみで!!

 絵里ちゃんはウィスキーかぁ……正直、穂乃果はハイボールで精一杯かな。

 「濃い目で!」とか頼む人の気がしれないよぉ……

 希ちゃんも絵里ちゃんと同じで、ウィスキー飲むのかな?

 今度一緒に飲む機会があれば、今から楽しみです(笑)

 あと、引越し祝いだね。

 穂乃果はいつでも休みが取れる(はず)だから、いつでもいいよっ!

 詳細はやっぱ、メールのほうがいいかな?

 それじゃあ、また今度遊ぼうね!!

                           親のスネかじり 高坂 穂乃果

 素敵な専業主婦 東條 希 様』

コトッ、とボールペンを置く音が店内に浸透します。

見返してみて、うん、決して悪くない出来だと思います。

書いていくたびに上達していくのではないでしょうか?

この分だと、あと10回も書けば小説家になれそうです!

和菓子屋経営の元アイドルで小説家……

なんだか詰め込みすぎてわけわからない、B級ハリウッド映画の主人公みたいな設定です。

やっぱ小説家は諦めます。

希ちゃんからもらった糊でピチッと封をし、いざ投函に行きます。


一歩外に出ると、昨日と変わり栄えしない暑さが私を襲います。

もし誰かが私への嫌がらせのつもりで暑くしているんだとしたら、その嫌がらせは大成功です。

褒めてあげたいくらいです。

一歩、また一歩と歩くたびに汗が滴ります。

昨日か一昨日か、そのくらいの一雨が欲しいとさえ感じます。

やっぱ止めです。大事な手紙が濡れ鼠になってしまいます!

そうこうしているあいだに真っ赤なポストの前に到着です。

前回は郵便局でしたが、今回は投函します。

だって、郵便局遠いんですもの。

帰りがてら、花陽ちゃんと凛ちゃんへのお返事を書くための便箋を買いに、この前の文房具屋さんにきました。

……この前も気に入っていた、700円の便箋が視界にチラチラと入ります。

ダメッ!ここでそれを買ってしまったら、この前買ったマスキングテープが無駄になってしまいます!

ああっ!でもやっぱりこのラインナップでは一番可愛い!

でもっ!マスキングテープがっ!

だけど!可愛い!!!

なんてことを一人で繰り返している時でした。

「……何してんのよ、あんた」

「ひゃうっ!?」

自分の世界に入っている最中に後ろから声をかけられて、驚かない人がいるとすれば、私はその人に驚きます。

うわあー、びっくりー。

私の背後から忍び寄って声をかけてくれた人は、

「にこちゃん!!ひっさしぶりぃ!!」

「久しぶりね、穂乃果」

世界のYAZAWAさんでした。

「あ、この前テレビ出てたでしょ?見たよあれー!」

先日、どこの局か忘れてしまいましたが、グループ参加型のクイズ番組に出てました。

しかも、「アイドル枠」として、です!

高校時代からの友人がテレビに出演して、しかもアイドル枠です!

それに驚かない人がいるとすれば、私はその人に驚きます!

うわぁ!びっくりぃ!!

「うぐっ……あ、あれはあんまり見られたくなかったわね……」

「えー?なんで?珍回答連発で、かなりウケてたじゃん!」

「ガチで回答してアレだったから恥ずかしいのよぉぉぉぉ!!」

なんと、狙っていると思っていたのですが……

「あ、あはは……」

私でもわかった問題でも、にこちゃんは明後日の方向に回答していたので、テレビの前で雪穂と大爆笑していたのは隠しておきましょう。

「収録終わってから、真姫ちゃんにその話したら、とんでもなく馬鹿にされたわよ……」

「真姫ちゃん、昔っから頭よかったからねぇ」

私やにこちゃん、この場にはいませんが凛ちゃんはμ'sの中ではお粗末な成績でした。

ちなみに真姫ちゃん、海未ちゃん、絵里ちゃんのソルゲ組は結構上位の成績を修めて卒業しています。

……絵里ちゃんが上位成績ってのは、どこか納得行きません。

「そもそも!なんで世界史なんてものがクイズ番組に出るのよ!もっと身近な問題にしなさいよ!!」

有名な白馬に乗ったナポレオンの絵をルイ13世と回答したのは、お腹がよじれました。

しかも早押しがうまいこと決まったためかドヤ顔で、CMの引きを考えてか少し溜めて回答していました。

こればっかりは狙っていると思ったのですが……

「あー、にこちゃんって歴史苦手だったもんねー……」

精一杯のフォローです。

「歴史というか、勉強全般よっ!」

「誇れることじゃないし!?」

ドヤ顔で言うことでもないです。

「番組がアレだったけど、でもテレビに出てるってすごいじゃん!」

「でっしょー!?」

真姫ちゃんの口癖が移っているのでしょうか。指摘しませんが。

「ま、世間もようやくにこにーの可愛さに気がついたってわけね」

「穂乃果はずっと前から気づいてたよー!」

昔の勢いそのままに、抱きつきに行こうとしたのですが、制止されてしまいました。

「まて!」

犬じゃないんですから、せめてストップ!とかにして欲しかったと困惑の表情を浮かべます。

「ちょっと前ね、真姫ちゃんとちょっとイロイロあって、ね?」

ちょっとのことがイロイロ起こったのでしょうか。

なんだか大変そうです。

「……もしかして、昨日真姫ちゃんが来てたんだけど」

「ええ、穂乃果の家にいたってのは聞いてたわ」

もじもじする仕草も可愛いです。

「その、うちのが迷惑かけちゃったみたいね?ごめん」

「いいのいいの!それから仲直りできたんでしょ?」

「まぁね。あれはにこが悪かったから、こっちから謝ったけど……」

なんだかワケを聞いてほしそうなオーラが出てます。

どうしましょう。

……聞いてみても、いいんでしょうか?

「にこちゃん、その、聞いてもいい?イロイロのこと」

「……いいけど、あんまりいい話じゃないわよ?」

「吐き出すだけでも、楽になるもんだよ。ねぇ、どっかでお茶でも飲まない?」

「なにそれ、そんな使い古された言葉でにことデートしたいわけ?」

そんな!私は雪穂一筋です!!

「ま、いいわよ。アンタには迷惑もかけちゃったしね。……ただ、誰にも話さないでね?」

「大丈夫!穂乃果、口は堅いほうだよ!!」

「声がデカイのに口が堅いって言われても、説得力に欠けるわよ」

正論すぎてぐうの音も出ません。

「ぐう」

言ってやりました。

「なにそれ?」

なんでしょうか?

「グウの音も出ない、って感じだったから、言ってみたの」

「はぁ……相変わらずねぇ」

たはは、と苦笑いを浮かべます。

あ、そういえば。

「ところでにこちゃんは、何買いに来たの?」

「あー!忘れるところだったじゃないのよ!!これよこれ!!」

手にとったのは、私が買おうか買うまいか、かれこれ3分は悩んでいた便箋です。

「海未たちから手紙が届いてね、これに書こうと思ってたのよ」

「それ、穂乃果も狙ってたの!可愛いよねぇ」

「穂乃果も!?いいセンスしてるじゃない!」

褒められました!ですが……

「でも、にこちゃんと被っちゃった……」

「そうねぇ……あ!それじゃこっち!」

そう言って手にしたのは、また別な便箋です。

「あ……綺麗……」

思わず言葉を失ってしまいました。

灰色というよりは、明るい白銀の満月に陰った雲のような、透き通ったグレー。

夜空のモチーフなのか、白い三日月と黄色い五芒星が散りばめられていて、とても綺麗。

このイメージは覚えがあります。

「ことりちゃんに?」

「そうよ。ふと見えて、『これっきゃない!』って思ってね……あと、これも」

次に見せてもらったのは、真っ赤というには少し暗い、緋色に縁どられた便箋。

霞のような薄紫色の罫線が入っていて、これは……

「真姫ちゃんに?」

「……そ、そうよ」

「でも一緒に住んでるんでしょ?必要なの?」

言い終わってから気がつきました。

もしかしたら、地雷だったんでしょうか!?

「そりゃ一緒にいるけど、でも言葉だけじゃなくて、形で残しておきたい場合もあるのよ」

さも当然のように一緒にいると言われたので、地雷じゃなくてよかったと胸をなでおろします。

ふぅー!焦ったよぉ!!

もっとも、あの二人なら1週間の間に3回はケンカしてそうなので、あまり心配はしていませんが。

「ふーん、そういうもんなんだ……」

「あとね、この便箋は……あ、やっぱり後で言うわ。とりあえず、お会計してくる」

「いってらっしゃい」

手を振り、見送ります。

が、すぐに思い出しました。

「あー!穂乃果も買うんだった!!!」

我ながら、なんとも間抜けな話です。

ええとええとええと!花陽ちゃんと凛ちゃんだと……

こ、これ!これにしましょう!

花陽ちゃんのイメージカラーの薄緑に、凛ちゃんのイメージである猫があしらわれた便箋!

ああ、自分の探し物の才能に感銘を受けてしまいます!

なんて自己陶酔の前に、まずはお会計です。

お会計をして、7セグメントLEDに表示された3桁の金額に驚愕しました。

値札を見ていない私が悪いんですよね。

まさか緑の紙切れが5枚で1000円弱するなんて、思いませんでした。

にこちゃんと某喫茶店にきました。

極厚のデニッシュの上にソフトクリームが乗っている、スイーツの皮を被ったデカ盛りの炭水化物が名古屋近辺で有名な、あのお店です。

それのミニサイズを注文することもなく、アメリカンコーヒーを二つ注文しました。

「やっぱここに来たら、ミニくらいは注文したいよねぇ」

「食べればいいじゃない、にこは食べないけど」

などと一蹴されてしまったので、にこちゃんとシロノワールを突っつく夢は儚く消えました。

そんな夢など持ったことがありませんが、場の雰囲気です。

小倉トーストでもいいのですが、ここで駄々をこねるわけにはいきません。

一瞬の沈黙も許さず、本題に入ります。

「……それで、真姫ちゃんとなにがあったんだろ?」

聞くときは単刀直入、あるいは一刀両断です。

「やっぱ、言わなきゃダメよね……」

ハァ、というため息まで聞こえそうです。

「ぶっちゃけ、なにもなかったのよ。何もなさすぎて……逆に不安だった」

なんと、真姫ちゃんと同じ悩みだったとは。

「ええと、その……夜も?」

前回言えなかったので、今回は言ってしまいます。

ちなみに回答は知っています。

「……夜も、よ」

砂糖がザバーって口から吐き出ます。イメージですが。

でも今回は回答を知っているだけに、もう少しだけ攻めてみます。

「変なこと聞くようだけど、さ。にこちゃんからは求めなかったの?」

そういえばこの会話って、大分ティープな女子会な会話ですよね。

今度はハァ、というため息が聞こえました。

「長く一緒にいるとね、わかってくれるかな、って思っちゃうのよ」

「にこが真姫ちゃんを求めてるぞーっていうシグナルが伝わってるかなー、なんて」

「言葉にしないと伝わらないこともあるのにね」

これは……希ちゃんから聞いた言葉に似ています。

ですが、意味は正反対です。

希ちゃんたちは

『言葉にしなくても伝わる』

と教えてくれました。

でもにこちゃんからは

『言葉にしないと伝わらないこともある』

と教えてくれました。

希ちゃんとにこちゃんは同じ年なのに、相手が違うとここまで差が出るものなんでしょうか?

「だから、言葉にして伝えたのよ」

「『素っ気なくしてごめん。真姫ちゃんと話がしたい』みたいな言葉を、メールを送ってね」

メールは言葉なんでしょうか。

なんて突っ込みは野暮を通り越してますよね。

「……」

私はなにも言えません。

にこちゃんのダイレクトな発言を肯定する言葉も、否定する言葉も持っていません。

でも私は知っているのです。

会話とはキャッチボールであって、一方的な物ではないと。

「ねぇ、聞いてる?聞きたがったのはアンタよ」

だから否定ではなくても、意見を述べることくらいなら許されるはずです。

「なんで素っ気なくしたの?」

……質問に質問で返すとは、我ながら愚問だと思います。

ですがにこちゃんは律儀に答えてくれます。

「そうね、そこを話すべきだったわ」

そしてにこちゃんは、語り始めます。

「素っ気なくなったのは、求めあわなくなったのはいつだったかしら……

特にケンカしたわけじゃないの。……って言っても、1週間に4回は他愛ないケンカしてるけど、ガチのケンカっていうの?

別れるとか別れないとか、そう言ったケンカは、今までなかったわ。多分、これからもないと思うけど。

でもその他愛ないケンカして、その日中に仲直りできなかったときがあったの。

ケンカの原因?……確か、オムライスにケチャップかデミグラソースかって、その程度だと思う。

もちろん私はケチャップ派なんだけど、その日の真姫ちゃんはなぜかデミグラソースと言い張って譲ってくれなくて……

結局私も折れなくて、私はケチャップ、真姫ちゃん用にデミグラソースを用意したわ。

普段なら食べさせ合いとかもやるんだけど、その日は一言も喋ることなく食事は終了。

……今でも、その味が最悪だったのは覚えてる。

その翌日から真姫ちゃんは2泊3日の研修。

いつも通りメールは来たんだけど……いつもと違って、なんだか文面が素っ気ないのよ。

家に帰ってきてからもあんまり喋らなかったし、なんか真姫ちゃんが不機嫌なの。

何も悪いことしてないのに、謝らなきゃいけないようなことしてないのに、勝手に不機嫌になられて、こっちだって腹たって……

ムキになって私も不機嫌になってたの。

そんな状態が一週間くらい続いてから、真姫ちゃんが穂乃果のところに遊びに行った、ってワケよ。

まぁ、さっき言ったようなメール送って、すぐに真姫ちゃんが家に帰ってきてくれて、話を聞いたわ。

真姫ちゃんの言い分としては、私が不機嫌そうな顔してたから、真姫ちゃんも意地になって不機嫌になった、って。

笑っちゃうわよね?どっちも同じ理由だったなんて。

それで二人して『馬鹿みたいね』って笑い合って、はい仲直り。

全くー、真姫ちゃんも単純よねー。昔っから変わってないもの。

ま、それが真姫ちゃんのいいところでもあるんだけど。

……なによ、言いたいことあるならいいなさいよ」

いえ、何も言えません。

今できることといえば、口から砂糖を吐くことくらいでしょうか。

まぁ、あえてなんか言うとすれば。

「……そんだけ?」

「まさか、仲直りした後の話を聞きたいとか、野暮ったいこと言わないでしょうね?」

「だってホラ、その首筋……」

「うっそ、付いてるの!?」

「うん、嘘だよ。だけど、つまり……」

「ぐっ……!まんまと引っ掛けられた、ってことね……」

まぁお若いカップルなワケですし、仕方ないですよね。

さて、ここから私が喋る番ですね。

聞きたいことはヤマ程ありますが、一番聞きたいことから聞いていきましょう。

「率直に聞くけどさ、にこちゃんは真姫ちゃんのこと、どう想ってる?」

「今更な質問ね。そんなこと、4年前から決まってるじゃない」

座り直し、真面目な表情になります。

これはきっと、アイドルとか女優が作る表情ではなく、『矢澤にこ』としての回答なんでしょう。

「なにがあってもあの子を守りぬくわ。もし真姫ちゃんが医者になれなくても、一生一緒にいてほしいと、そう想ってる」

「そして真姫ちゃんも、同じように思ってくれてた」

「もし私がアイドルになれなくても、一生一緒にいてくれるって、そう約束してくれた」

「単純な言葉で言ってしまえば、愛してるのよ、真姫ちゃんを」

やっぱり、この二人から聞く愛の言葉は、中身のぎっしり詰まったマカロンです。

甘くて重い想い。

……ああ、そっか。

「ちょっと、聞いてるの穂乃果?めちゃくちゃハズイんだけど……」

愛って言うのは通り一辺倒のモノではなく、通じ合う間でのみ分かり合えるテレパシーみたいなもの、でしょうか。

なるほど、愛に正解はないんですね。

だって愛し合う人の間で、その形は別物になりますから。

「あ、うん、聞いてるよ。ごめんごめん、面食らっちゃって……」

「全く……この空気、どうやってオチつけてくれるのよ?」

「うーん……あ、そうだ。オチってわけじゃないけど、どうして真姫ちゃんにお手紙を?」

「ああ、この便箋ね。私が卒業して、真姫ちゃんを呼び出す時に使った……まぁ、いわゆるラブレターと同じ便箋なのよ」

「だから、仲直りの証としてもう一度ラブレター書くなら、やっぱり同じ便箋にしようかな、って」

「……言葉で伝えればいいんじゃないの?」

「言葉で伝えるのもいいんだけど、今度のラブレターは思い出の品として残しておいて欲しいのよ」

「ラブレター……か。それで、どんな内容なのっ!?」

「バカねぇ、教えるわけないじゃない!」

そう言って笑ったにこちゃんの顔は、とても幸せそうな笑顔で、こんな表情が見ることができる真姫ちゃんが少し羨ましくなりました。

「それじゃ穂乃果、また今度、海未たちの家でね!」

「うん!ばいばーい!」

にこちゃんとおしゃべりした帰り道。

私は考えをまとめています。

『見返りを求めない、無償の物』

真姫ちゃんはそれを愛だと呼びました。

『言葉にしなくても、雰囲気で伝えあえる』

希ちゃんはそれを愛だと呼びました。

しかしにこちゃんと話していて、思い知らされたことがあります。

『愛し合う人達の間で、愛の形は変わる』

愛に正解はないと、そう気づきました。

つまり、真姫ちゃんも希ちゃんもにこちゃんも、みんな正解です。

正解はないのにみんな正解とは、この解答は一体どういうことでしょう。

ちょっと考えましたが、やっぱりわかりません。

家の前まで来て、一つ思うところがありました。

……真姫ちゃんは昨日の時点でにこちゃんを愛していると、はっきり言いました。

愛が届いている気がしない、とも。

4年前からにこちゃんは真姫ちゃんのことを思う気持ちは変わっていなくて、且つ現在進行形で愛している。

このことから導き出される結論は……

……ふたりとも、鈍感?

店番を任せていた雪穂を休憩させ、再び便箋に向き合います。

次の宛先は、花陽ちゃん凛ちゃんペア。

あの二人は付き合っている、愛し合っているってよりも、生涯の親友といった感じなので、あまりあまり難しい愛の話はできませんね。

さてさて、まずは二人からの手紙を読み返します。

ふむふむ。

近況とお酒の話ですね。

あの二人とは、卒業式以来会っていないので、近況を書くのには困らないでしょう。

お酒の話は自重しながら書いて行きましょう。

自重しないと、いつまでも書きそうです。

だって、あのお酒なんて一滴も飲めなさそうな花陽ちゃんが日本酒飲むんですよ!?

これはテンション上がります!!

ボールペンを取り、書き始めます。

「拝啓

 カンカン照りが続き、農作物が心配になる季節になりました。

 今年は不作とかなければいいと、心の底から心配しています。

 久しぶり!穂乃果だよ!!

 二人とも仲良さそうで、お手紙読みながらニヤニヤしちゃった(笑)

 元気そうでなによりだよっ!

 最近の穂乃果は、穂むらの仕事を継いで、妹の雪穂と切り盛りしています。

 先代の両親は健在ですが、私たちの修行のためにも一人立ちすることが重要だ!って、古臭い考えを押し付けられてしまって……およよ。

 雪穂もいるから、一人立ちじゃないもんね。

 日本酒持ってきてもらえるんだね!?

 穂乃果も近頃は日本酒にハマってるんだよー!

 秋田のお酒っていうと、白瀑とか飛良泉とか大好きだよっ!!

 辛口でも甘口でも冷で飲みたいんだけど、冬になると辛口の燗つけてスルメでキュッと……

 んー!二人の持ってきてくれるお酒が楽しみっ!!

 海未ちゃんたちの家に行ったら、私も穂むら自慢のお饅頭を持っていくね。

 辛口のお酒に合う、ってお客さんから評判いいんだ!

 みんなでお酒を飲めるのが今から楽しみですっ!!

 それでは、重労働で体を壊さないよう、祈っておくね。
 
                                               敬具
                         土日はへべれけ営業中  高坂 穂乃果

 自慢の後輩 小泉 花陽 様
          星空 凛  様」

……よし、っと。

お酒の話は極力自重しました。

封をする段階で気がついたことがあります。

あれ、今回マスキングテープ使ってないんじゃない……?

まぁ、あんな付属品は得てしてそんなもんでしょう。多分。

あ、便箋ではなくて封筒に装飾してもいいかもしれません。

なかなか冴えていますね、天才ではないでしょうか!?

……結局、縁取りだけして終わりです。

綺麗に封をして〆のマークを書き、達成感を覚えます。

海未ちゃんとことりちゃん、絵里ちゃんと、少し遅れて希ちゃん、花陽ちゃんと凛ちゃんへのお手紙を書き終わり、

真姫ちゃん、にこちゃんには直接会ってお話しました。

昨日今日とたった二日間だけなのに、なんだか高校時代に戻ったような、そんな感覚さえ抱きます。

楽しかったあの時にはもう戻れませんが、あの時のような楽しみ方はできるはずです。

まず絵里ちゃんたちとの引越し祝いの買い物の手伝い、それから海未ちゃんたちの引越しの手伝い、

あと花陽ちゃんたちに喜んでもらえるよう、とびきりの日本酒でも仕入れましょうか。

真姫ちゃんとにこちゃんには、久しぶりの穂むらのお饅頭を持っていきましょうか。

それに引越しを手伝うお盆時期は、和菓子屋の書き入れ時です。

前もって仕込まなければ、とてもお盆を乗り越えられません。

……うぅ、忙しくなってきました。

でもっ!

あの頃の忙しさと比べれば、この忙しさなどどうということはありません!

やらなきゃ、じゃなくて、やりたい。私がしたいことなの!!

一人ですが、久しぶりにあの掛け声をやって、気合を入れ直しましょうか。

花陽ちゃんたちへのお手紙投函は、それからでも遅くはありません。

それでは……


穂乃果っ、ファイトだよっ!!


穂乃果「みんなと文通」 fin

終わり。

次回は真夏の孤島で合宿する話か、水鉄砲の話。
どっちにしよっかなぁ。

これ着想は恋文の技術から?

>>93
全然別物になったのに、まさか気がつく人がいるとは思わなかった!!
そのとおり、大好評発売中の森見登美彦大先生による「恋文の技術」から着想をいただいた……が、なんでこんなことに。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月20日 (水) 22:21:40   ID: gB6pAsfz

こういうの好き
でももっと交流あると思う

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom