ハルトマン「渚にて」 (133)
1947年。人類とネウロイの戦争は、『核(コア)爆弾』の登場で幕を閉じた。
開発当初は圧倒的な破壊力でネウロイを追い詰めていた連合軍も、素材となるネウロイの『核』が不足すると形勢は逆転。
カールスラント、オストマルク、オラーシャ、ロマーニャ……ネウロイの巣食う地から何百何千というミサイルが放たれ、世界中に核の雨が降り注いだ。
熱線は形あるもの全てを焼き尽くし、強烈な爆風の前には大抵の防護手段は無意味だった。
かろうじて生き延びた者も、ネウロイの瘴気を帯びた放射性降下物(フォールアウト)を防ぐことは出来ず、弱りきって息絶えていった。
……そうして人類は、長い、永い眠りについた。
ただ一人、私を除いて。
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「おはよう、トゥルーデ」
枕元に置いてある写真立てには、トゥルーデと私が写った写真が納められている。私がカールスラント空軍に入隊したころの写真で、トゥルーデが撮影を許した数少ない一枚でもあった。
時刻は午前6時前。
私の一日は、トゥルーデの遺影に挨拶をして始まる。
食堂に降りたら携帯用コンロに火を付けて、シチュー鍋で水を沸かす。その間に顔を洗って歯を磨いて、髪の毛を軽く整える。
終わる頃にはちょうどお湯が沸いてるから、インスタントコーヒーの粉と砂糖を入れて溶かす。
乾パン、缶詰のポークビーンズ、ドライフルーツと甘ったるいコーヒーが今朝の朝食だ。
私がこんなにテキパキ支度できるなんて、トゥルーデがいるときは思いもしなかったよ。
人間、やれば出来るもんだね。
それにしても、ジャガイモがお預けなのは厳しいなぁ。
朝食の後は、通信室で定期放送をする。
無線、有線、モールス信号、空砲、あらゆる通信手段を使って生存者へ呼び掛ける。
街のスピーカーはほとんど壊れていたけど、瓦礫の中から使えそうなものを探して、シャーリーの遺したノートを見ながら配線したらどうにか動いた。
サンキューシャーリー。
もともとここがロマーニャ海軍の基地なおかげで、通信機材は豊富に揃っている。
受信機さえ無事なら、他の基地にも無線が届いているはずだ。
定期放送の内容は、要約するとこんな感じ。
『ガエータ海軍基地は安全です。水も食料もベッドも医薬品もたっぷりあります。毎日ウィッチがローマ周辺をパトロールしています。落ち着いて行動し、ウィッチの救助を待って下さい。あなたは一人ではありません』
返事があったことは、ない。
放送が終わると、いよいよパトロールの時間。
バックパックに食べ物と水、薬や包帯、折り畳みスコップやらロープなんかを詰め込んで、完全防備で行く。もちろん私の食料調達も兼ねているので、スペースは余分に空けておく。
最初の頃はMG131を持ち出したりしたけど、ネウロイの姿が見えないことが分かってからは拳銃だけ携帯してる。あとはコンバットナイフ。これで十分だ。
それから、ストライカーは使わない。航空用だけでなく、陸戦用も。エンジン音が大きすぎて人の呼び声を聞き逃しそうだし、瓦礫が多くてキャタピラがあまり役に立たないからだ。
さて、用意は出来た。
私はヘルメットを被って、ローマの街に繰り出した。
「おーい。誰かいないかぁ」
めちゃくちゃに破壊されたローマには、私の声だけが響く。
視界の端から端まで崩壊した建物で埋め尽くされていて、ネズミ一匹見当たらない。
私が黙ると、聞こえるのはざくざくと地面を踏み越える自分の足音だけだ。
パトロールの間、静まり返った通りを歩いていると、私はいつもみんなのことを思い出す。みんなの最後の姿を。
核が落ちてくる1週間前、エイラとサーニャはリベリオンに疎開する人々の船団を護衛するために駆り出された。きっとまた戻ってくると約束したけど、二人が出発した3日後、その船団が全滅したと知らされた。
核が落ちてくる6日前、リーネはネウロイとの戦いで命を落とした。
あんなに臆病だったリーネが、一歩も退かずに最期までネウロイを倒そうとしていた。
リーネの遺体はブリタニアに帰れただろうか。
核が落ちてくる5日前、坂本少佐が自殺した。
人類の運命を鑑みて絶望し、扶桑刀で自分の首を切り落としたのだと見られている。簡単な葬式をした。
それにしても、ペリーヌだけは少佐を責めなかったな。
核が落ちてくる4日前、ペリーヌが脱走した。
前日の事件を受けて監視を付けていたのに、一瞬の隙を突いてストライカーで基地を飛び出した。
トゥルーデは追って連れ戻せと怒っていたけど、多数決で放っておくことになった。
核が落ちてくる3日前、シャーリーが独房に入れられた。
夜になるとルッキーニが怯えてうるさいと、ついひっぱたいてしまったらしい。
次の日には出てきてルッキーニに謝ってたけど、もはやルッキーニの心はまともとは言えない状態だった。
核が落ちてくる2日前、ここ数日で一番激しい攻勢があった。
戦いの中で錯乱したルッキーニがシャーリーを射殺、自身もネウロイに突っ込んで玉砕した。
かわいそうなルッキーニは、リベリオンの新聞にたくさん悪口を書かれていた。
核が落ちてくる1日前、ミーナからある命令が下された。つまり『501解散』だ。
残されたのは私たちカールスラント空軍の3人と宮藤だけで戦力不足、おまけに自殺や脱走、同士討ちで統率なんてあったもんじゃない、ということらしい。
2日後には基地を離れて本隊に復帰する予定だった。
宮藤が無事に扶桑に帰れますように。そう願っていた。
核が落ちてきた日の朝方。
トゥルーデはなんだか忙しそうに走り回っていた。尋ねてみると、地下の独房に食料と水を運んでいるらしい。どうしてそんなことをするのと聞いたら、トゥルーデいわく地下は地上よりも核攻撃のダメージを防げるそうだ。
どうやらトゥルーデが一人で思い付いた計画のようで、回りに手伝おうとするやつはいない。しょーがないから手伝ってあげるよと言ったら、お前に任せていたら戦争が終わってしまう、おとなしく地下で待ってろと言われた。
もちろん人の言うことをおとなしく聞く私じゃないので、普通にトゥルーデを手伝った。
「トゥルーデはこの戦争、勝てると思う?」
「ん……」
トゥルーデは私の質問に少し言いよどんでから口を開いた。
「もしネウロイが核を利用した兵器を開発しているとしたら……少なくとも決着は間近だろう。核兵器は、ネウロイからしてみれば自爆みたいなものだからな」
核、つまり自分の命を犠牲にして相手を攻撃する兵器。
『人類がそんな兵器を開発していたら』果たして命を捧げられる兵士はいたんだろうか……
「とりあえず、ネウロイの核攻撃を耐え凌げば人類の勝ちだ。そのためにこうして防備をしているんだぞ」
「ふーん」
「ふーん、じゃない。私たちの働きが勝利に直結するかもしれないんだからな」
「わかってるよ、トゥルーデ」
今日はここまでです。
今更になりますが多分鬱展開なので注意して下さい。
――――
ふと、意識が現実に引き戻された。
通りのどこからか、何か、乾いた音が聞こえた気がする。辺りを見回しても動くものは見当たらない。
目をつむって、耳を澄ましてみた。
『パキッ……』
こっちだ。
『パキン……』
……間違いない。多分、イスとか扉が軋む音だろう。
それはつまり『何か』が動かしてるってことで。
もしも、万が一、生き物の仕業なら。
助けに行かなきゃ。
はやる気持ちを抑えて、かすかな音を頼りに発信源を絞り込む。
音が大きくなるにつれて、私の期待も少しずつ膨らんでいった。
……ん、この辺りだな。
たどり着いたのは、おそらくパン屋か洋菓子店だったであろう小さなテナント。ドアには鍵が掛かっているけど、店先のショーウィンドウが粉々だから、出入り出来そうだ。
割れた窓から太陽が差し込んでいて、中は真っ暗という訳ではなさそう。
一応、店の外から呼び掛けてみる。
「ねえ、誰かいるの?」
返事がない、と思った瞬間。
『パキッ』
やっぱりだ! 中から聞こえた!
「助けに来たんだけど……お邪魔しまーす」
砕けたショーウィンドウを踏み越えて、私は店に進入した。
バックパックから懐中電灯を取り出して、周りを照らしてみる。
床も天井も柱も木造の、優しい感じのする造りだ。熱線のせいで炭化してるし、ホコリまみれだけど。
床に転がってる小さくて黒いのは……もしかして、パン?
店の奥には、大きなオーブンやミキサーがそのままの姿で残っている。小麦粉や砂糖が無いか探して見たけど、見当たらないなあ。
オーブンの影にあったドアを開けてみると、上へ続く階段が待ち構えていた。左手には小さな部屋がある。こっちは全然光が入らなくてちょっと怖いな……そう思っていると、
『パキン』
またあの音。今度は上の方から聞こえた。
私は小部屋を後にして、2階へ向かった。
2階はここの店主とその家族が使っていたであろう居住スペースになっていた。風で部屋中が荒らされ放題なこと以外は、ごく普通の家だ。
「もしもーし」
やっぱり反応なし。でも、あの音はまだ鳴ってる。もしかしたら動物か何かかもしれない。
それで十分だ。とにかく他の生き物の温もりを感じたい。
私は意を決して、寝室に踏み込んだ。
西に傾いた太陽の日が差し込む寝室には、キングサイズのベッドがひとつ。遺体は見当たらない。空襲警報を聞いて、店そっちのけで防空壕に避難したのかも。
クローゼットに納まっていた服は、どれも私には大きすぎるか小さすぎるかのどっちかだった。これから冬になるし、手頃なサイズがあれば拝借しようと思っていたんだけど。
さて、本命の音の原因を突き止めないと。
ベッドの下にはいない。
クローゼットの上にもいない。
タンスの裏……いない。
小動物だろうし、明るいから怯えてるのかな?
ベッドのシーツを剥がして、壊れた窓をふさいでみた。
しばらくするとあの乾いた音が聞こえ……
あっ……
私は、ようやく音の正体を知った。
私が何度も耳にしたのは、『木』の音だった。
こんな話を聞いたことがある。
一般的に怪奇現象として知られるラップ音。その原因のほとんどは、お化けなんかじゃなくて家屋に使われる『木』だって。
昼間、太陽に温められた木材は、夜になって気温が下がると収縮する。その時、『パキッ』とか『ピシッ』とか、乾いた音が鳴ることがあるらしい。
夜だから回りも静かで、余計に響く。臆病な人はそれがお化けの仕業じゃないかと怖がってるんだって。
思い返してみれば、これも似たような条件だった。
カーテンなんか無くて、どこの窓からも光が入る家。日が傾けば、今まで照らされてたところが影になって冷える。その時に出た音が、たまたま近くにいた私に届いたんだ。
昼間だけど周りはバッチリ静かだった。なんせ、私以外に誰もいないんだから。
なーんだ。気のせいだった。
ま、こんなとこだろうと思ってたけど。
同じような体験は何度もしてる。
誰かがいた痕跡を見つける度に、いつも「今度こそ」なんて目一杯期待して、結局私の早とちりでがっかりするんだ。
もう慣れっこだよ。
大体、人間なら私の呼び掛けに返事をしない訳がないじゃん。動物なら、餌も無いのに何ヵ月も生き延びられる訳がないじゃん。
どう考えても、無理。
だからやっぱり、私はひとりぼっちなんだ。
泣いちゃいそうだよ、トゥルーデ。
涙がこぼれそうになるのをなんとかこらえて、店を後にしようとした。
階段を下りたところで、さっき後回しにした小部屋が目に入った。
今となってはどうでも良いけど、一応見ておこうかな。
真っ暗な部屋を懐中電灯で照らすと、いくつかの紙袋が積まれていた。
小麦粉、砂糖、スキムミルク。いつもなら喜んで持って帰るけど、今はそんなとても気分にはなれない。
切り替えなきゃならないのは分かってるんだけど……
ん?
なんだか懐かしい匂いが私の鼻をくすぐる。
甘くて香ばしい、みんなが大好きな、この匂いは!
見つけた。
積み上げられた砂糖のそばにたたずむ、ちょっと小さな紙袋。
表面には『CHOCOLATE』の文字が踊る。
ナイフで袋を切り裂くと……
「ふわぁ……!」
カカオの甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
チョコレート。まさかこんなとこで手に入るなんて、思ってもみなかった。
すぐさまバックパックを開いて、チョコレートを袋ごと押し込んだ。10キロぐらい重くなったけど、チョコのためならこれくらいなんでもないよ。
ついでにちょっとだけつまみ食い。
もぐ……
もうちょっとだけ。
もぐもぐ……
ラストだから、これでほんとにラスト。
もぐもぐもぐもぐ……
よーし、元気出たぞ。
明日からまた頑張るからね、トゥルーデ。
今回はここまでです
音の正体の件とかすごいチープなんですけど温かく見守って頂ければ幸いです
午後5時過ぎ、ようやく基地に戻って来れた。
この暑さでチョコレートが溶けてないといいけど。
荷物を下ろしてすぐに午後の放送をする。
特に時間は決まってないけど、毎日大体16時から18時の間くらい。あえて時間をバラけさせることで、録音じゃない肉声なんだよって言うのをアピールしてる、つもり。
いつも通りの放送文で終わろうとしたけど、一言だけ付け加えておいた。
「あまーいお菓子もあるよ」
私なら飛び付いちゃうな。
やれやら、汗かいちゃった。
といっても、お風呂やシャワーなんて気の利いたものは原型をとどめていない。だからたまに雨が降ると、私は体を洗うために裸になって外に駆け出す。トゥルーデが見たら卒倒しそうだけど。
とりあえず、今日は暖めたお湯とタオルで体を拭くだけだ。タオルは砂ぼこりですぐに真っ黒になってしまうけど、贅沢は言ってられない。
ああ、こんなことならめんどくさがらずにちゃんとお風呂に入っておけばよかった。
シャツとズボンだけは毎日取り替える余裕がある。さすがにこれくらいはね?
でも、近いうちに雨が降ってくれないと洗濯が出来ないし、洗濯が出来なきゃ裸で過ごすようだ。
それは……ちょっと嫌かな。
今夜のご飯は少し特別。
偶然手に入れたチョコレートを最大限美味しく味わうために、貴重な油をいくらか使う事にした。
用意するのは小麦粉を目分量で食べきれるだけと、砂糖と水をそれぞれ小麦粉の半分くらい。
まずは小麦粉と砂糖を水で溶いて、適当な固さになるまで混ぜる。出来たタネをスプーンですくって、熱した油の中に放り込む。これだけ。
途中で小麦粉が跳ねることがあるから注意して作ろう。
タネが狐色になったら油から上げる目安。ひとつ取り出して中を割って見ると、ちゃんと火が通っている。
これで完成だ。
この料理(なんてほどのもんじゃないけど)、とりあえず小麦粉と水と油さえあれば作れるし、お手軽でお腹も膨れる革命的ご飯だ。
外はかりっと、中はふんわり。『リベリオンドッグ』の衣みたいな食感で、おやつ代わりにも最適。ルッキーニは喜んだかもしれないな。
私はこれのことを『ウィートポテト(小麦粉イモ)』と呼んで重宝している。揚げたときの楕円形がイモみたいなのと、せめて名前だけでもイモを味わおうという無い物ねだりが由来。
で、今日はこいつにチョコを浸けて食べるつもり。
鍋に好きなだけチョコを入れて、とろとろになるまでかき回しながら溶かす。これで晩餐の支度は出来た。
「いただきまーす!」
まずはウィートポテトをプレーンで。
さくっ、と軽い音が口いっぱいに広がる。
ほんのりと甘い油が噛む度に溢れてきて、疲れた体に染み渡っていくみたい。
それから、このカリカリになったとこが一段と美味しいんだよね。
ほんと、よくできた料理だなぁ。
お次は本命のチョコレートをフォンデュして。
さくっ……
「~~~!!」
言葉にならない美味しさ。
もぐもぐと咀嚼している間にも、次のウィートポテトを口に放り込む。
舌の上で転がすとチョコレートがじんわりと溶けて、香ばしい匂いで口の中が満たされて……
これは……手が止まらない!
情けないけど、今の私、あの日以来一番幸せかもしれない。
生きることは食べることって、まったくその通りだよ。
美味しい!おいしい!
「ふう……ごちそうさまでした」
すっかり空っぽになったお皿を前に、私は少し膨れたお腹を擦る。
あふ、食べ過ぎたかな……
でもまた近いうちにやろう、絶対。
今回はここまでです、少なくてすみません
ウィートポテトの名前は適当です
正式名称がわからなかったので……
今更ながら、スレタイは「渚にて」よりも
「優しく雨ぞ降りしきる」のほうが良かったかもなぁ
インパクト的にも内容的にも
更新はちょっと遅れます、申し訳ない
ご飯を食べ終わる頃には太陽が完全に沈んで、辺りには暗闇が広がる。電気が通っていない屋内も同じく真っ暗だ。
発電機以外の電源が無いから、夜間の光源は蝋燭と懐中電灯だけ。といっても特にすることは無いしロウや電池がもったいないから、普段は暗くなったら眠るようにしてる。
まあ、ある意味では願ったり叶ったりかもね。
部屋に潜ってベッドに潜り込む。
最初の頃は一人でいるのが寂しくて眠れなかったけど、近頃は静かなのにも慣れてきた。
ふああ。ほらね、すぐにまぶたが重くなって……
その晩、私は夢を見た。あの日の夢を。
――
突如、基地内に空襲警報のサイレンが鳴り響いた。同時に、空気を切り裂く轟音が窓ガラスをかたかたと鳴らす。
何事かと思って外を見るために窓ガラスに近付くと、トゥルーデは私の首根っこを掴んで「窓から離れろ!」と引きずり倒した。
トゥルーデは私をベッドの影に押し込むと、上から覆い被さるようにのしかかってきた。
普段ならドキドキする状況なんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「トゥルーデ、ミーナのとこに行かなきゃ。警報だよ!」
「……これでいい。どのみちあれを防ぐ手立ては無いんだ」
「トゥルーデ……?」
「……あとは、クリス――」
瞬間。
視界が、光に包まれた。
……どれくらい時間が経っただろう。
ふと目を覚ますと、私は地面に寝そべっていた。真っ赤に染まる空の他には何も見えないし、聞こえない。
どうしてこんなとこにいるんだっけ。
あれ? そういえばトゥルーデは?
ぐっ、と力を入れて体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。
「ぐぅっ……!」
思わず痛みに呻いてしまう。
なんとか立ち上がった私の目の前には、体の痛みなんて忘れ去ってしまうほど信じがたい光景が広がっていた。
ここからは人によっては不快に思う表現が多くなります、多分
注意して下さい
原型をとどめないほど粉々に破壊された基地。
背後に広がる山々は緑の影も残さず、真っ黒に焼き尽くされていた。
自動車や戦闘機は軒並み横転し、時々大きな音を立てて火を吹く。
太陽が落ちてきたみたいにどこもかしこも燃え上がり、炎で埋め尽くされたロマーニャの街。
どこからか、『何か』が焼ける臭いが漂ってくる。
そして、そして――
「みずを、だれか、だれか」
ごうごうと猛る炎の中、消えそうな声で水を求めるもの。
「空がいきなり光ったと思ったら、急に真っ暗になっちまった……一体どうなってんだ? おおい、誰かいないのか」
『まるでこの景色が見えていないかのように』、手探りで慎重に歩を進めるもの。
「う う う」
指先から『布のようなもの』を垂れ下げ腕を突きだし、声にならない呻き声を上げながらずりずりとさまようもの。
全身にガラスの小片が突き刺さり、倒れ付したままピクリとも動かないもの。
身を丸めながら炎に焼かれ、炭のように丸焦げになったもの。
かろうじて2本の足で動けるものは、水を求めるあまり次々と海に飛び込んでいる。
ゆらゆらと浮かぶ遺体は既に海面を隠すほどになり、その数は時間と共に数を増していった。
私は天国や神様を信じていないけど、もし地獄があるとしても、きっとここよりはマシなところだろう。
目に映る光景のなかに、私が見知ったものは一つとしてなかった。
じゃり、と背後で音がした。びくっと体をすくませて振り替えると、そこにいたのは一人の兵士。
彼も指先から『布』を垂れ下げていて、全身は火傷のせいか赤く染まっている。
「あ…… あ……」
兵士は喉の奥から掠れた声を絞りだし、ゆっくりとした動作で私の肩に手を掛けようとした。
彼の手が私の目の前に迫った瞬間――私はそこかしこで見られる『布』の正体を知った。
それは、『皮膚』。
酷い火傷で腕や首から皮膚がべろりと剥がされ、それが爪の根本で止まっている。
彼らはその皮膚を引きずらないよう腕を前に突きだしていたんだ。
体が赤く見えたのは、火傷ではなく皮膚が捲れて筋肉が露出していたせいだ。
理解した瞬間、恐怖心が全身を貫いた。
「や、やめ……!」
強い嫌悪感を覚えた私は、目の前に伸ばされた手を払いのけた。手のひらに兵士の血液と脂肪がぬるりとまとわりつく。
そんなに力を入れたつもりはなかったけど、バランスを崩された兵士はそのまま前のめりに転んでしまった。
「ご……ごめん。大丈夫?」
少しだけ平静を取り戻して、倒れた兵士に声をかける。ところが、兵士の返事はない。
「ねえ、どこかで治療してもらわないと……」
兵士を立ち上がらせるために手を差しのべて――途中で引っ込めた。
触りたくなかったんじゃない。
倒れた兵士からは、もはや『生』の気配は感じられなかった。
「う、ああ」
2、3歩後退りしてから、後ろを向いて駆け出した。
私のせいじゃない。
タイミングが悪かっただけだ。どうせ助からなかったよ、あの傷じゃ。
私のせいじゃない。
ふと右手に目をやると、あの兵士の血がべっとりとこびりついている。
服の裾でごしごしと拭っても、脂と混じった血液はなかなか落ちない。
半狂乱になりながら服が真っ赤になるまで拭いたけど、血の臭いはいつまでも染み付いていた。
今回はここまでです
もしグロかったらすみません
気が付くと、目の間にロマーニャの国立病院があった。建物の半分は吹き飛んでいてダメかと思ったけど、中の方にちらちら人影が見えるから、一応機能してるのかもしれない。
後ろを振り返ると、遠くに私たちの基地の残骸が見える。
戻ろうか? いや、さっきトゥルーデやミーナや宮藤は見当たらなかった。多分もうあそこにはいないんだ。大方、市民の救助かなにかに出動したんだろう。きっと、そうだ。
だったら、もうあそこに行く理由はない。
病院のガラス製の扉は今や影も形も無く砕け散っている。
私は意を決して病院の中に足を踏み入れた。
ロビーは異様な雰囲気で包まれていた。さっき私が見たような人たちが、それでも救いを求めて死に物狂いで集まってきたんだろう。
床に点々と赤い印が付いているが、それが何なのかは深く考えないようにした。
どうやら200人近い患者の数に対して医者の数が圧倒的に不足しているようで、数十人の看護師がひっきりなしに右往左往している。
でも、ミーナや宮藤の姿は無い。
受付にいたナースに訊ねてみた。
「あの……ウィッチがここに来てませんか。ストライクウィッチーズの……」
「ウィッチですか? いらっしゃらなかったと思いますが」
「こんな風にお下げにしてて……」
話の途中だったが、後ろからどんどんやって来る人の波に流されて列から押し出されてしまった。
もうちょっと話を聞きたかったけど、どうやらこの病院にはいなさそうだ。
一体どこに……
その時、私の脳裏にある閃きが浮かんだ。
シェルターだ!
どうして忘れてたんだろう。こうなったときのために、トゥルーデがせっせと準備してたじゃんか。
あの営倉は地下にあるから、少なくとも爆風の影響は受けてないはずだ。トゥルーデの力なら、多少の瓦礫は退けられるだろう。
ちょっとの間ならあそこで生活出来るし、事態が落ち着いたら出てくればいい。
大丈夫、みんな無事だよ。
私は病院に背を向けて、来た道を引き返すことにした。
……さっきまでの人影はどこへ消えたのか、基地周辺にはもう動くものは何も無かった。
そこここに倒れ伏している遺体を見ないように、記憶をたぐって営倉への階段を探す。
この辺が宿舎で……この辺が食堂? じゃあ……
あった!
ペイントが剥げてるけど、地上に比べたら大した被害は受けてない。
この奥にトゥルーデがいるはず……
階段を下った私は、ほのかに熱の残るドアノブを回して、重い扉を押した。
奥から、小さく呻くような声が聞こえる。
この声は……
「……トゥルーデ?」
「……ああ……ハル…ト……マン、か……」
営倉の奥から返ってきた声は、私が求め続けたトゥルーデその人のものだった。姿は暗闇にかき消されて見えないが、この声は間違いない。
手探りで道を確保して、トゥルーデの近くにたどり着いた。
すぐそばに、トゥルーデの息遣いを感じる。
さすがの大尉殿も今回ばかりは冷静ではいられなかったみたいで、はあはあと肩で呼吸を繰り返していた。
「とにかく無事で良かった。どこに飛ばされたのかと思って探し回っちゃったよ」
「ああ……すまんな……」
「私、何が起こったのかまだよく分からないんだけど、あれが『核』なの?」
「う、む……恐らく……は」
「ねえ、みんなは? 一緒だと思ってたんだけど」
「……」
と、ここまで話して、あることに気付く。
何もこんな暗いままで過ごすことないじゃん。顔を見せて安心させてあげたいし。
でもここには日の光が入らない上に、今は電線が切断されてて灯りも点かない。
私は運び込んだ物資の中から懐中電灯を探し当て、トゥルーデの姿を照らした――。
すみません……
週末までにはなんとか……
すごく面白いです。続きが本当に楽しみです。
ゲームとか小説でこういう切ない話のものありませんかね?
長いことお待たせしました……
今日からまた少しずつ更新出来るのでよろしくお願いします
「っ……トゥルーデ!」
「み……見られてしまった、な」
懐中電灯の明かりの中に映し出されたトゥルーデの体を見て、私の心臓がひときわ大きく跳ねた。
さっきまで、嫌というほど目にした人々と同じ姿。私に救いを求めた兵士の亡骸が、脳裏にフラッシュバックする。
彼女の肉体は、重度の火傷を負って『白く』染まっていた。
「トゥルーデぇ! なんで……なんでこんな……!」
鼻の奥がきゅっと痛む。
トゥルーデは目を閉じたまま、指一本動かさず横たわっている。苦しそうに呼吸を繰り返しているけど、今にも止まってしまいそうなくらい弱々しい息だった。
「私は平気だったのに……どうしてトゥルーデだけ……!」
「……構わん……お前が無事で、なにより……だ」
「え……構わんって、どういうこと?」
……そうだ。
『核』が炸裂したとき、トゥルーデは私に『覆い被さって』いた。下にいた私が無傷で、上にいたトゥルーデがこんなで……
それって、私が浴びるはずだった熱線を、全部トゥルーデが受け止めてくれたってことだ。
私がトゥルーデを『盾』にしたんだ。
それに気付いた瞬間、とうとう私の頬を熱い雫が流れ落ちた。
「……ひっく、トゥルーデ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
一度溢れた涙は、いくら目元を拭っても渇かない。
「ミーナ、トゥルーデが大変なんだよ。早く治してあげてよ、宮藤……うわぁぁん! トゥルーデぇ、ごめんね、私のせいだ……!」
苦しむトゥルーデの横で、私はただ子どものように泣きじゃくることしか出来なかった。
「泣くんじゃない……ハルトマン」
不意にトゥルーデが口を開いた。
「私たちはウィッチだ……いつかは、こうなる運命だった……」
「な、なに言ってるの」
「……お前を守れただけで、満足だ。恨んでなんか……いないさ」
そう言うとトゥルーデは深く息を吐いて、そのまま動かなくなってしまった。
その様子を見た私の背筋に冷たい感覚が走る。
それから、何故かお腹の辺りに熱く燃える何かも沸き上がってきた。
私はトゥルーデの(比較的症状の軽い)左手を握って、彼女に呼び掛ける。
「トゥルーデ! ねえ、変なこと言わないでよ!」
返事は無い。
「こうなる運命だったなんてカッコつけて……そんなのトゥルーデに似合わないじゃん! 何が運命だ、ウィッチに不可能は無いんだろ!」
「……いいんだ。もう、私は、助からない……自分が……一番分かってる」
トゥルーデが弱音を吐くたびに、私の中の『何か』はふつふつと沸き上がる。
「っ……この! こんな火傷くらいで死ぬほど弱い女じゃないくせに! 私ばっか助かって、トゥルーデだけ先にいなくなるなんて、許さないからな!」
「……もう、痛みすら感じないんだ。あとは、時間の……問題だ……」
「それなら、私が一秒でも長く生きられるように治療するよ! だから諦めないでよ、トゥルーデ!」
「……無駄だ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中の『何か』が一気に燃え上がった。
「……そう。トゥルーデは私に『助けてくれなくていい』って言うんだ?」
「ああ……薬にも限りが……あるしな。私なんかに使うのは……」
「へえ。でもさ、私はトゥルーデの言うことなんてまともに聞かないあまのじゃくなんだよ。そんなに『助けるな』って言われたら……」
「は、ハルトマン……!?」
「絶対、助けるから」
トゥルーデは多分、私に迷惑をかけまいとしてこんなことを言ってるんだと思う。寝たきりでろくに動けず足手まといになるから、このまま楽にしてくれって。
痛みや苦しさにへこたれるような奴じゃないんだ。自分がいなくなったほうが、私のためになると思ってるんだろう。
だったら、教えてあげなきゃ。
私には、トゥルーデがいなきゃダメなんだって。トゥルーデのためならなんだって出来るからって。
大好きなトゥルーデ。私がきっと、治してみせる。
だから、もうそんな寂しいこと言わないでよね。
……とはいえ、今の状況は最悪に近い。
まず、トゥルーデの容態がかなり酷い。
特に右半身は熱傷のレベルが『3度』まで到達している。これは筋肉や神経までも熱を浴びて血が通わなくなったせいで、皮膚が白くなるほどだ。こうなると皮膚の再生には期待できない。
だから皮膚移植をしないといけないんだけど、もちろん今の私にはそんな技術も設備もないから、病院が落ち着いて手術が出来るようなるまで持たせるのが目標だ。
次に、人間の体に『血が通ってない』と、その部分は次第に壊死していく。壊死した部分をそのままにしておくと、そこから細菌が繁殖して命の危機につながる。
この場合は表皮から筋組織の浅い部分までに、『デブリードマン』って処置をしておく必要があるんだけど……
その内容は、壊死部分の切除。
つまり、トゥルーデの体の半分を、私が削り取らなきゃならない。
3度熱傷まで到達し神経を失った影響で、痛みは感じていないみたいだ。喜ぶべきじゃないけど、麻酔薬なんて無いからそこだけは助かった。
あとは……私にかかってる。
あと、ここには生きるのに必要な食料や水や薬なんかが用意されてるけど、水が全然足りない。
トゥルーデの体にはほとんど水分が残ってなくて、このままだと失血性ショックで命を落とす可能性がある。それを防ぐために、トゥルーデの体を常に保湿する必要がある。
そのために必要な水が、1週間持たせるとすると、大体200リットル。
ここに備えてある水が、50リットル。
……なんとかしないとな。
とりあえず、『アレ』があったはずだ。少しでも足しになれば……
今回はここまでです
火傷の処置はWikipediaとかで調べただけなんでかなりガバガバです
>>60
小説『火星年代記』とかオススメ
人類が火星に移住を始めてから衰退するまでの年代記をところどころ切り取った短編集
俺は『オフ・シーズン』『沈黙の町』『優しく雨ぞ降りしきる』の3つが大好き
映画ならこのSSのタイトルにもなってる『渚にて』
オチがちょっとだけ納得いかなかったのと放射線障害の演出が実際と少し違うこと以外はすばらしい映画
核戦争で崩壊したアラスカやロサンゼルスの景色はワンシーンだけだけど印象に残る
なお邦題は『エンド・オブ・ザ・ワールド』とかいう風情の欠片もないタイトルになってる模様
あと王道を往くゲーム『Fallout』シリーズも欠かせない
パソコンがあって英語が出来るなら『1』『2』もプレイするといいけどやらなくても大丈夫
『3』『NV』はそれぞれPS3、箱○、PC版があるから好きな順番、好きなホームでいいと思う(PS3版の『NV』だけはダメ、バグが酷い)
しんみりしたいなら特に『NV』のDLCをプレイするといい
>>61みたいなこと言ったけどなかなか時間がとれません
すみません
核の話しを見ると風が吹く時を思い出す
無知は怖いって心の底から思った絵本だった
まずはデブリードマン処置から取りかかろう。ダッフルバッグから消毒液とたくさんの白いタオル、小型の折り畳み式ナイフを取り出して、トゥルーデに声をかけた。
「トゥルーデ、聞こえてる? 今からトゥルーデの体の悪いとこを切るからね。痛かったら教えて」
「……うむ…」
……拗ねてるだけなのか、体力が無いのか、判断に迷うな。
まあどっちにしても、私のやることには変わりないけどね。
「トゥルーデ、ちょっと動かすよ」
懐中電灯を口にくわえて、トゥルーデの右半身が良く見えるように体勢をずらす……これでよしと。
消毒液で両腕とナイフを念入りに殺菌。ここで何かの菌に感染しちゃうと、この手術も全然無意味になっちゃうから、気を付けないと。
さて、準備は万端だ。
「……いくよ、トゥルーデ」
右手の震えを押さえるために深呼吸をひとつ。
そして、いよいよトゥルーデの体にナイフを突き立てた。
ぐにゅ、と肉の削げる感覚がナイフを通して伝わってくる。
熱線に侵された皮膚を少しずつ、確実に取り除いていくと、やっと血の通った肉が露出した。綺麗な水で濡らしたタオルで傷跡を覆って、乾燥を防ぐ。
数十分かけて、なんとか右前腕部の処置を終えた。
トゥルーデは疲れているのか、ほとんど反応が無い。でも口元に水を近づけると飲もうとするから、意識はあるみたいだ。
その後も休むことなく患部を除去し続ける。
大切な人の体を切り裂く緊張感で、額の汗が止まらない。それでもどうにか順調に処置を進め、最後は腹部の火傷を残すだけとなった
、その時。
ナイフを脇腹の患部に這わせていると、
「ぅあっ……!」
トゥルーデの悲鳴が狭い営倉に響いた。
「トゥルーデ!? どうしたの!」
トゥルーデは目をつむって、何かを堪えるように歯を食いしばっている。
まさかと思い、ナイフの刃に目を凝らすと、真っ赤な液体がぽたりと滴り落ちた。
すぐに、さっきまで処置を施していた患部から血が溢れ出してくる。
集中力が欠けたか手が滑ったか、火傷を負ってないところまでナイフを刺してしまった。
「……ご、ごめんトゥルーデ! 痛かったよね、ごめんね……すぐに止血するから……!」
そこまで深くなく、通常なら死に至ることなんてない程度の傷だ。
ただ、今のトゥルーデは訳が違う。1滴の血も無駄にしたくないのに、こんな余計な傷が付いてしまうなんて、あり得ない失敗だ。
何より、トゥルーデは私を信じておとなしく任せてくれているんだ。私が「助ける」と言ったから、怖くても耐えてくれていたのに。
私はトゥルーデの信頼を裏切ったことになるんじゃないか。
……自分への憤りが胸の中で渦巻いているけど、吐き出す訳にはいかない。ぐずぐず後悔する暇があるなら、1秒でもトゥルーデの手当てに注ぎたい。
今度は落ち着いて最後の処置を終え、とりあえずトゥルーデの体から壊死しそうな部分は取り除かれた。
もちろんこのままで良くなったりはしないから、数日中に病院に連れていって皮膚移植をしてもらおう。もし足りなかったら、私のも使ってもらえるかな。
「トゥルーデ、終わったよ」
「……ん? やっとか……眠ってしまったぞ」
「ごめんね。痛かったでしょ」
「何の話だ? 寝ていたからわからんな……」
「……嘘でしょ。でも……ありがと」
やっぱり、トゥルーデは私の一番だよ。
あとはトゥルーデの体を乾燥させないように注意してないと。
これ以上血が流れると失血性のショックを起こして危ない。
だから、『アレ』の出番だ。
私はダッフルバッグからアンプルケースを取り出し、その中から一番大きい100mlの注射器を手に取った。
今から、この注射器で私の血をトゥルーデに輸血する。
「トゥルーデ、血液型は?」
「……確か、A型だ」
「よし。私はOだから、なんとかなりそうだよ」
トゥルーデの左腕に目を凝らして青い静脈を探りだすと、消毒液で濡らしたガーゼで軽く腕を拭いてあげる。
それから、私の右足首もしっかりと殺菌しておく。ここなら両手が空くから採血しやすい……代わりに、腕に注射針を刺すよりも痛いらしい。
我慢するけどさ。
今回はここまでです
大変お待たせしました……
年末までこんな感じの更新になる恐れがありますが
なんとか完結にはこぎ着けるつもりですので長い目で見守って下さい……
来週にしようかと思ったけど最近SSの神が降りてきてる気がするので投下します
「よし……」
注射針に指をあてがって、右足首に上から下へ、慎重に針を突き刺す。う、と声が漏れてしまったけど、痛いのは一瞬だけだった。
この辺かな?
針が血管に届いたのを見計らって、ゆっくりとプランジャー(注射器を使うときに押したり引いたりするアレだよ)を引くと、バレル(薬品や液体が入るとこだよ)が赤黒い血で少しずつ満たされていく。
これくらいでいいか。
90mlほど血を抜いてから、再び針を抜いて、今度はトゥルーデの体にこの血を移すんだ。
本当は一度誰かの体に入った注射針をそのまま再利用するなんて、危険すぎて絶対にやりたくないんだけど、背に腹は代えられないからね。
バレルの中の空気をしっかり出してから、トゥルーデの腕にガーゼを当てて、注射針を沿わせる。
「ちくっとするよ」
「む」
ぐ……と筋肉を突き抜けて、トゥルーデの静脈に細い針が侵入した(多分)。
血液が大量に入って血管が破れないよう、ちょっとずつプランジャーを押し込んでいく。1分くらいかけて、バレルはすっかり空になった。
そのまままっすぐ針を引き抜いて、血が流れ出るのを防ぐために傷口を強く押さえる。少し経ってから手を離すと、ちゃんと止血されていた。
これをあと10セットくらいやっておきたいけど……と考えていると、不意にトゥルーデかうめいた。
「む……」
まさか、また何か失敗したのか?
血管に空気が入ったとか。ちょっとなら大丈夫だって聞いてたけど、今は状況が状況だけに少しの不備も見逃したくなかったのに。
「トゥルーデ、どうかしたの?」
ドキドキしながらトゥルーデに訊ねると、トゥルーデは一言。
「血圧が……上がった気がする、な……」
「……それだけ? そうだよ、今トゥルーデの体に私の血を入れたんだ。おかしなことがあったらすぐ言ってね、遠慮しちゃだめだよ」
私がほっとして説明すると、トゥルーデは目を丸くして私を見た。
あれ……変なこと言ったかな。どうしよう。
私が取り繕おうとすると、トゥルーデの口元が少し緩んで、こう言った。
「……冗談のつもり、だったんだが」
冗談?
トゥルーデが? 『あの』トゥルーデが? どの辺が冗談だったの?
「輸血すれば、血圧が上がるのは……当たり前だろ。摂生しなきゃ……とか、運動してるのか……とか、なんか、掛け合いがあるだろうが」
え? え?
どういうこと?
「……分かりにくかったか? やはり私には……こういうのは、向いて……ないな」
「ちょっと待って、つまりトゥルーデは自分の血圧が上がったのは輸血のせいだって分かってたけどわざと知らないふりして……」
「私が『運動しなきゃね』とかボケれば、トゥルーデは『そんなこと出来る状態か』って突っ込むとか、そういうやりとりを期待してたのにってこと……?」
「解説するのはやめろ」
「えーと……ごめんなさい」
「私が恥ずかしいぞ……」
「……ていうか、そもそもなんでそんなこと言い出したの?」
「……」
トゥルーデは少し言いよどんだ後、小さな声で話してくれた。
「お前があんまり、気負ってるから……そんなのお前、らしくないと思って……和ませて……やろうとしたんだ、まったく……」
「……!」
トゥルーデは、自分がこんな状態になって、もう息をするのも楽じゃないだろうに、それでも私を気遣ってこんなことまで考えていたんだ。
いつもいつも迷惑をかけて、いろんなことで怒らせて、それでもトゥルーデは私を見捨てたりなんかしなかった。今だって自分より私の心配をして……
……ああ、また目がうるうるしてきた。
やっぱり、私にはトゥルーデが必要だ。
トゥルーデのいない世界なんて考えられないし、そんな世界に生きていたくない。
だから、この状況をなんとしても切り抜ける。
二人でなら、どんな辛い世界でだって歩いていけるから。
「トゥルーデ」
「うん?」
「ありがとう」
「……」
「だいすきだよ」
「……」
そのあとしばらく無反応なトゥルーデの耳元で「だいすき」と囁いていたら、22回目くらいでトゥルーデが「うるさい」と反応したから
だめ押しの「だいすき」を囁くとついにトゥルーデが「私もゴニョゴニョ……もう寝ろ」と呟いたので
その日は満足してトゥルーデの隣で眠った。
今回はここまでです
久しぶりにシリアスから少し脱却できて良かった……
このあたりのハルトマンとバルクホルンの会話(冗談がどうたらのとこ)の意味が伝わってない気がするので
もし分かりにくかったら指摘していただければ返レスします
>>78
風が吹くときも名作映画ですね
実はこのハルトマンとバルクホルンのやり取りは、風が吹くときのジムとヒルダにならって
『状況は限りなく絶望的だけどなんとなくほのぼのしてる』雰囲気を出そうと頑張ってます
少しでもそんな感じが伝われば幸いです
ちなみに私が一番好きなシーンはドロドロに溶けた電話機でジムが息子に電話しようとするとこです
更新一時停止許して下さい!何でもしますから!
年明けには落ち着くので投下を……
目覚めると、さっきまでの温もりは消え失せ、いつものように冷たい朝日が窓の外から差し込んでいた。
夢か……
最近はこの夢も見なくなったと思ってたけど、久しぶりに見るとやるせないな。
とはいえ、たそがれてばかりはいられない。
生き延びるために必要なのは、未来を悲観することでも過去の思い出に逃げることでもなく、現実を受け入れ行動することだ。
とりあえずは、毎日の日課から。
「おはよう、トゥルーデ」
身支度と朝食、朝の放送を終えて、本日のパトロールに出発。
今回は気分転換がてら、何日かかけてブリタニアまで足を伸ばすつもりだ。
第一のねらいはもちろん生存者の救出。次に、生物の痕跡を探すこと。それから、ストライカーの予備部品なんかが見つかるといいな。
食料は期待してない。ブリタニアだし。
ウナギゼリーに手を出すほど困窮してないし。
まずは西に飛んでガリアへ。解放されてから日が浅いし、入植もそこまで進んでいないだろうから、多分生存者は……
でもまあ、2、3日滞在して散策するのもいいかな。
それに、もしかしたら、もしかしたらだけど、最高級のワインがまだ眠っているかもしれない!
そのあとはドーバー海峡を横断してブリタニアに入国。パスポートはないけど。
ロンドンを筆頭にリヴァプール、マンチェスター、バーミンガム以下各都市をざっくり見て回って、使えそうなものをサルベージしよう。
ネウロイにしてみればブリタニアなんて目の上のたんこぶだから、相当な被害を受けてそうだけど……
あ、そうだ。
もし万が一、私の留守中に人が来たときのために、書き置きを残しておこう。
ここは、ガエータ海軍基地です。
私は今、人命検索のため、ブリタニアに出向いています。
もしあなたがこの基地の放送を聞いて来たのなら、申し訳ないですが、私が帰るまで基地に待機していて下さい。
食料、医療品、基地の施設は自由に使って頂いてかまいません。
あなたが偶然この基地に立ち寄り、かつここにとどまらない場合でも、必要なものがあれば持っていって下さい。
出来れば、持ち出したものの内訳と、あなたの行き先をこの紙に残してくれると嬉しいです。
2週間以内に戻ります。
記:1947年11月27日 午前8時30分
カールスラント空軍中尉 エーリカ・ハルトマン
これでよし。
一応何枚か書いて、あっちこっちに貼っておけば目に付くよね。
準備は整った。ストライカーの熱もばっちり。
いざ、ブリタニアへ!
意気込んで基地を飛び立った直後、大切なものを忘れていることに気付いて、急いで引き返した。
ハンガーのカタパルトにストライカーをつなぎ止め、荷物をその場に下ろして自分の部屋まで走る。
「いけないいけない。2週間もほったらかしじゃ寂しいもんね」
トゥルーデの写真をバックパックの隙間に差し込み、私は再び大空へと飛び上がった。
お待たせしました……
しばらくは楽しい楽しい探索パートの予定なので更新が長期間滞ることもないと思います
どうかもう少しお付き合い下さい
長らくの更新停止、本当に申し訳ありませんでした
時刻はお昼前、ガリア南部の海岸線に到着。眼下に広がるガリアの大地は無機質な灰色に染まっていて、ロマーニャとさほど変わりない。
この辺は何があったんだろう。地図によると、ニースって町が栄えてたみたいだけど……降りてみればなにかしらわかるかもしれないな。
海岸沿いの道路を滑走路がわりに着陸し、ストライカーは道路の脇に寝かせて置いておく。
さてと、じゃあちょっと見て回ってこようか。
……なるほどー。
私の予想に反して、ネウロイに占領されていたときのダメージはほとんど無いみたい。海が近いから、ネウロイが水気を嫌ってあまり近付かなかったのかもしれない。
ただし爆弾による破壊の痕はしっかり残っていて、爆風で剥き出しになった鉄骨が潮風に晒されて錆びていたり、建物が崩れてこないかスリリングな探索だった。
街の雰囲気からして、どうもこのあたりはリゾート地だったらしい。それもかなり高級な。
向こうの通りにあった大きな建物は、いわゆるオペラハウスだろう。珍しく形を保っていたのはいいんだけど、電気が全部消えてるせいで中が真っ暗なのが怖かったから、奥まで行かずに出てきた。埃っぽいのもやだし。
大聖堂は良かったなぁ。
半壊状態でステンドグラスが粉々だったのは残念だったけど、天井に空いた大きな穴から太陽の陽が差し込んで、聖堂の中に光の道が出来てたのがすっごく綺麗だった!
天使様が舞い降りてきそうな、神秘的な雰囲気がたまんないんだよね。
一通り散策した結果、この街には生命の兆候なしと判断した。ついでに収穫物もなし。
まあいいや。出だしから上手くいくなんて期待を持たないくらいには、私だって成長した。
望みは次に持ち越して、そろそろお昼ご飯にしよう。
道路から砂浜へ下る階段の中ほどに腰を下ろして、バックパックからクラッカーとイチゴジャム、水、ドライフルーツの袋を取り出す。
陽が落ちる前に次の探索ポイントに向かって寝床を確保したいから、ささっと食べられるものだけをチョイスした。
「いただきまーす」
宮藤に教わった、食事のときに捧げる扶桑流のお祈り。
豚や魚や草花や、食べ物になった生物と、それを育てたり収穫する人達に感謝してるんだって話してたっけ。素朴な感じで、割と気に入ってる。
私が感謝するべき人はもうこの世にはいないけど、その人たちのおかげで私は今日も生き延びることが出来るんだよね。
太陽の光を受けてきらきらと輝く地中海を前に、そんなことを考えながら食事をしていたら、8枚入りのクラッカーはあっという間に空になった。
ちょっと足りないけど、お腹いっぱいで眠くなるよりはいいかな。
「ごちそうさまでした!」
ふー、おいしかった。
これまでです
当時の街並みや風俗が全く分からないのでかなりふわっとしてます、すみません
やはりヤバい
昼食を終えてすぐさまストライカーのもとに引き返し、空へと飛び立つ。
次に目指すはガリア西の港町、ボルドー。市内はもちろん、郊外のシャトーに眠っているワインにも期待できそうだ。
この海岸線に沿って西にまっすぐ、ヒスパニアとの国境を飛んで、大西洋に出たら北上して約200km。
大体その辺がボルドーの街のはず。
さあ、急がないと降下もろくろく出来なくなっちゃう。
西に傾く太陽を追いかけるように、私はストライカーのスロットルを開いた。
大西洋がオレンジ色に染まるころ、なんとかボルドーの近くに着陸出来た。
体は疲れているけどゆっくりしてる暇はない。今夜の寝床を見つけないとね。
街に入ってすぐ、ちょうどよさそうな建物を見つけた。窓ガラスが割れている以外に外見の問題はない。ドアに手をかけると鍵はかかっていなかったので、そのままお邪魔させてもらった。
家の中は薄暗くてほこりっぽくて、人が立ち入ってる感じはしない。亡骸とかも見当たらないし、今夜はここで休ませてもらおう。
持ってきた灯油ランタンに灯をともしてしばらく待つと、目が眩むほどの白い光が部屋を一杯にした。
部屋の中をぐるっと見回すと、家具がみんな窓と反対側に集められて――つまり爆風で飛ばされて――いたけど、火事が起こったような跡は見られない。ここは街の外れだから、爆心地ほどの被害が無いのかも。
転がっているテーブルとイスを一揃い部屋の真ん中に持ってきて、食事ができるように乾いたタオルで軽く拭く。
ご飯は何にしようか。
そういえば昔、宮藤に作ってもらった……スイトン? とかいうのがあったな。確か小麦粉と水だけでお団子を練って、茹でるだけでよかったような。
それにしよう。見よう見まねだけど、なんとかなるでしょ。
あれ?
お団子、こんなパサパサじゃなかった気がするけど。
水が足りないのか、練り足りないのか。
ちょっと水を入れてみよう。
なんか、今度はやたらどろどろになってきたぞ……
小麦粉を足してバランスを取らないと。
こんなもんかな?
ああ、またパサついてきた。
水、水っと。
今度は小麦粉だ。
こうして試行錯誤をしてるうちにお団子はどんどん肥大化し、やっと満足のいく硬さになったときには既に私の頭ほどの大きさになっていた。
「誰が食べるの、これ」
巨大な炭水化物の塊を前に途方に暮れる。どう見ても5、6人前はある大きさだ。ちぎってお団子にしたら100個は作れるだろう。そんなの食べきれるわけがない。
だからって放っておくわけにもいかないし、なんとか消費するしか……
結局、この日は山盛りのスイトンを食べ、涙目になりながらもどうにか塊を半分まで減らした。
明日の朝もまたスイトン祭りだよ……うえぇ。
その晩、夢に出てきたのは割烹着を着た宮藤と鍋一杯のスイトンだった。
このSSまとめへのコメント
くそったれだ
続きまだ~?
いやっちょ!
ある意味一文章も打ってない
じゃないですか!
2014年09月01日 (月)の
すみません……
週末までにはなんとか……
しか増えてね~
ひどコメもあるけど期待してますよ
(といっても※3のは俺だが)
最高完結まで走って欲しいな
つうか何ヶ月ごとに動いてる
もう履歴見るのめんどくせぇ