男「オセロをしよう」(101)

パチ……パチ……

男「……」

女「……」

パチ

男「……負けか」

女「やった」

――校門の前

男「じゃあ、また」

女「また明日」

男「(女は手を振ると自転車に乗って去っていった)」

男「(俺は電車通学。一緒に帰れないのは惜しいが)」

男「(あんなに可愛い子と毎日二人きりになれる幸せは噛み締めなければならない)」

男「(……まあ、それなりに努力したからな)」

――数ヶ月前

男「(ついに俺も高校生。この三年間の目標はとりあえず彼女を作ること)」

男「(今までの俺は間違っていた。男と女は少女マンガみたいに恋に落ちて付き合うものだと)」

男「(実際そんな瞬間を待っていてはいつまで経っても彼女なんてできない)」

男「(ちょっといいなと思ったなら手当たり次第仲良くして、最終的に親密になれた子を好きになればいい)」

男「(とりあえずクラスの女子にどんな奴がいるか把握しないとな)」

――教室、休み時間

男「(うーん、正直どいつもあまりピンとこない)」

男「(ん? あの子可愛いじゃないか! 何で今まで気付かなかったんだろう)」

男「(独りで本読んでる。話しかけやすい)」

男「何の本読んでるの?」

女「?」

男「俺、男。よろしく」

女「……わたしは女」

男「女さんね。あ、それ最近出た小説じゃん。小説好きなのか?」

女「ううん。あまり」

男「(じゃあ何で読んでるんだ……。おっといけない、会話、会話)」

男「俺同じ中学の奴とかいなくてまだ全然クラスのこと分からないんだ。友だちなってよ」

女「……」

男「(う、微妙な反応。やっぱり不自然かな)」

女「困ったな。友だちになって、なんて初めて言われたから、どう答えればいいのか分からない」

男「そ、そうだね。悪い、変なこと言って」

女「じゃあ、これからたくさん話しかけてほしい。そうしたらいつか友だちになれるかもしれない」

男「(お、これはいいのでは!)」

男「話しかける、話しかける! ウザくなかったら相手して!」

男「(それから俺はなるべく女に話しかけた。女は何故かいつも独りで本を読んでいるからやりやすかった)」

男「(数週間が経って、部活を決める時期になった。俺は部活なんて面倒だと思っていたものの、
   帰宅部扱いされるのも嫌で、幽霊部員を決め込めるボードゲーム同好会にとりあえず入った)」

男「(その頃俺は焦っていた。女とは日常的に会話するようになったものの、今日はいい天気ですね程度の話しかせず、
   進展する気配が見られない。これでは仲の良いクラスメート以下だ)」

男「(そんなとき、軽い冗談で口走ったことだった)」

男「女は部活入ったの?」

女「入ってないよ」

男「そういうの興味ないか」

女「あんまり大人数の集団に属したくなくてね」

男「じゃあ、うち入らない? ボードゲーム同好会。部員幽霊ばっかりだし、好きなときだけ出ればいいから」

女「ボードゲーム? 将棋とか?」

男「ああ。他にも囲碁、チェス、オセロ……」

女「それはちょっと面白そうだね。考えてみるよ」

男「(おおっ!?)」

男「え、ボードゲーム好きなの?」

女「オセロなら、小さい頃お母さんとよくやったよ」

――

男「(そして女をボードゲーム同好会に入れて今に至る)」

男「(女が存外真面目に部活に来るので、俺も頑張って毎日顔を出した)」

男「(活動している部員は俺と女だけ。遊ぶゲームは専らオセロ)」

男「(複数の女子にアンテナを張るという当初の予定からは外れたが、
   あんな美人と毎日放課後に二人きりになれるなんて、ちょっと都合が良すぎるくらいラッキーだ)」

男「(それに俺もボードゲームの類は嫌いじゃないし)」

男「(ああ、また負けたな。研究しないと)」

――翌日、放課後、ボードゲーム同好会会室

男「悪い、掃除が長引いた。……何してんの」

女「昨日の棋譜を見てプレイバック中」

男「ああ、そういやつけてたな。勉強熱心なことだ」

女「それもあるけど、楽しいじゃない。手紙やメールを読み返す感覚」

男「?」

女「この手を打ったとき、相手はわたしの考えをどこまで見抜いて、どういう意図をもっていたんだろう。
  そんな風に思いを巡らせることができるのは、文字におけるコミュニケーションと少し似ているよ」

男「女はたまに難しいことを言うな」

女「きみなら分かると思って。アタマがイイから」

男「……」

男「なあ、いつも会室に来てるけど、いいのか? 一応自由参加だぞ?」

女「いいのか、とは?」

男「友だちと遊んだりする時間も必要だろう」

女「ふーん。つまりきみはこう言いたいわけだ。お前ただでさえクラスに友だちいないのに、
  放課後男とばっかり一緒にいると知れたら余計印象悪くなるぞ、って」

男「そんなこと……」

男「(その通りだけど)」

女「いいんだよ。印象が悪くなるも何も、初めからあの人たちはわたしに印象なんかもっていない」

男「悲しいこと言うなよ。同じクラスの仲間じゃないか」

女「わたしはそもそもクラスメートと関わろうとしていない。あの人たちもわたしに関わろうとしない。
  そこに何の悪意もない。いじめられていたり、シカトされていたりするわけじゃないんだ。何か問題ある?」

男「友だちがいないと寂しいだろう」

女「大勢でわいわいやることに憧れたりなんかはしないよ。ただ、独りは寂しいけど」

男「やっぱり寂しいんじゃないか」

女「でもとりあえずはきみがいる」

男「……」

男「(これは喜んでいいのかな。……それにしても、何だか話がうますぎるよな。
   こんな可愛い子に友だちがいなくて、学校で関わりをもっているのが俺だけで……?
   このままいけば俺、何の苦労もなく彼女できちゃうんじゃないか?)」

男「何にせよ、そろそろ活動を休止しよう。テストが近いだろ」

女「前期中間ね。きみは随分できがいいみたいじゃない」

男「まあ、勉強は頑張っているよ。でも女も小テストの結果とか見る限りかなりできる方じゃないか」

女「いやいや。わたしは頭が悪いから、きみになんて遠く及ばない」

男「(そうだろうか。俺の方が勉強できるのは本当だけど、そこまで差があるとは思えない)」

男「女は好きな科目とか嫌いな科目とかある?」

女「国語は苦手。特に小説」

男「そういや小説はあまり好きじゃないって言ってたな。その割に本ばかり読んでるけど」

女「きみが初めて話しかけてきたときは、食わず嫌いもよくないと思って読んでいただけ。
  あとは小説なんか読んでいないよ」

男「じゃあ何を?」

女「今読んでいるのはこれ」

男「『論理哲学論考』? 難しそうな本じゃないか」

女「そういう本の方が、色とりどりの言葉で書かれた小説よりずっと分かりやすい。
  わたしは頭が悪いから、皆が話す言葉を理解できない」

男「(なるほど。ざっと見た感じ論理学・数学っぽい)」

女「だから数学の方が好きだよ。特に数A」

男「『論理と集合』とか?」

女「そう。きみが男性で、あそこに立っているのが女性ならばそれはきみじゃない。分かりやすくていい」

男「古典命題論理においてはあらゆる命題は真か偽のどちらかとされる。コンピューターの0と1みたいに。
  きみにはそういう世界の方が分かりやすいってことか」

女「さすが、理解が早い。オセロもそう。白と黒、偶数と奇数、それだけ。でもゲームはすごく豊かな表現力をもっていて、
  本気で勝ちにいっているとき、白黒の言葉を通じて本当に相手を理解しようとしているようで、
  わたしにはきみとオセロの勝負をしているときが一番ちゃんと会話できている気がする」

男「そんな大げさな」

ねます

――別の日

男「(今日は委員会の仕事で居残り。ひたすらプリントを印刷して製本する単調な作業)」

男「(しかし、考えてみれば女は不思議な奴だ)」

男「(あれだけ可愛ければいくら社交的じゃないとはいっても誰かしら寄ってきそうなもんだが)」

男「(本人に言わせれば自分から関わろうとしないから、ということらしいが)」

男「(あとは色とりどりの言葉が云々。妙に卑屈なところもあるし……)」

委員「ねえ」

男「?」

委員「放課後いつも女ちゃんと一緒にいるでしょ」

男「ああ、ボードゲーム部で……。女と知り合い?」

委員「中学が一緒。あたしの部室、きみらの部屋の向かいにあるからよく見るよ」

男「(女と中学が一緒か……)」

男「なあ、女って中学のときどんなだった?」

委員「どんな、かあ。普通にいい子だったけど……。あ、携帯に写真あるよ」

男「これは、遊園地かどこか?」

委員「うん。これ確か中三の夏前のやつだけど、あの子三年から転校してきたのにすっかり馴染んでるよね」

男「(これが……女? こんな笑顔ができる奴だったのか。それに転校生で早くクラスに馴染んだって……)」

委員「どんな子か、って言われれば明るくて表情豊かな子だったかな。卒業式でもわんわん泣いて大変だった」

男「(それ、本当にあの女の話なのか)」

――会室

男「(思ったより長引いてしまった。さすがに帰ってるかな……)」

女「おつかれ」

男「(あ、いた)」

男「さっき委員会の作業のときに委員さんって人と話したよ」

女「ああ。彼女とは中学が一緒だよ」

男「女の昔話も聞かせてもらったよ。何か安心した」

女「何が」

男「女も卒業式で涙を流すような普通の女の子だったんだって」

女「ふーん」

男「何だよ、その反応」

女「別にぃ」

男「それが今どうしてこんな……」

女「きみは、明るくて感情表現豊かなわたしの方がよかった?」

男「そっちの方が皆幸せだと思うね」

女「へーえ」

男「言いたいことがあるなら言えよ」

女「キャラが違う、って話ならきみの方こそ」

男「え?」

女「わたしに話しかけてきた当初と今とでだいぶ違うよ。前はもっと軽そうな性格だった」

男「ま、まあ入学当初なんて誰でもキャラ定まってないだろ」

男「(彼女を作ろうと若干無理してたからな……)」

――一週間後、会室

男「テスト期間があったから、ここで会うのは久しぶりだな」

女「教室では毎日顔を会わせていたけど」

男「テスト、どうだった?」

女「普通だよ」

男「苦手だって言ってた現国とか」

女「八十七」

男「普通に高いじゃないか」

女「理解はできなくても点数は取れるよ」

男「そんなものかな」

女「それよりオセロしよ。ここのところ相手がいなくて寂しかったんだよ」

男「お、おう」

男「(誘ったときはここまでボードゲーム好きだとは思わなかったな)」

男「(確かに、女は普通に会話しているときより、オセロの対局のときの方が活き活きしている気がする)」

男「(前に言っていた白黒の言葉とやら、本気だったのだろうか)」

――

男「勝ったー! 久々」

女「いや、いい勝負だったね。これでしばらくは退屈しない」

男「また棋譜つけてたのか」

女「うん」

男「……なあ、そろそろ夏休みだろ。女はどう過ごすんだ?」

女「えー。お盆にお父さんとお母さんの実家のお墓参りするくらいかなあ」

男「じゃあかなり暇じゃないか」

女「まあね」

男「俺らでどっか行かない?」

女「いいけど……。どこか、とは」

男「花火とか」

女「やだ」

男「どうして!」

女「ちょっと、それっぽすぎるよ」

男「……」

男「(もともと下心で近づいたんだ。いつまでもオセロしているだけの日々に甘んじるつもりはない)」

男「(だいぶ親しくなったし、ここらでちょっと冒険に出ようと思ったが……、駄目か)」

男「(てか、『それっぽすぎる』って何だ! 毎日会室で二人きりになるのはよくて、花火は駄目なのか?)」

男「(ここはもうひと押し)」

男「頼む! 高校生になったら女の子と花火行くの夢だったんだよ!」

女「そんなか。まあ絶対嫌とは言わないけれど……、きっときみが後悔するよ?」

男「後悔なんかするわけないだろ!」

女「そう。じゃあ行ってみようか」

男「(キター!)」

――七月後半、某日、夕刻、某駅

女「お待たせ」

男「おう。そういや女の私服見るの初めてだ」

男「(浴衣、なんて浮かれたことにはならないか。まあ俺も普通の私服だけど)」

女「どう?」

男「意外とカラフルな服だな」

女「変な感想」

女「ねえ、今日どうして花火に誘ったの」

男「言ったろ。女の子と花火行くの夢だったんだって」

女「女の子なら誰でもよかった?」

男「……」

女「きみは、入学当初独りで本を読んでたわたしに話しかけてくれたね。どうして?」

男「何となくだ」

女「それで友だちになろうって」

男「あのときは俺もクラスがよく分からなかったから」

女「……夏休み前の会室で、きみ、わたしの中学時代の話をしたね」

男「ああ」

女「卒業式で泣くような子だったとか。あれ、本当のことを教えてあげよう」

男「本当のこと?」

女「高校に入ってわたしの性格が変わったわけじゃないんだ。むしろ特殊だったのは中学最後の一年間」

男「そういや、中三から転校してきたって言ってたな」

女「その前の学校でわたしは今みたいな感じで過ごしていたよ。だけど学校を移ることになってふと思った。
  ちょっと皆が言うところの仲間と過ごす青春というのをやってみようかと。どうせ一年限りの付き合いだしね」

男「中三の一年間、キャラを作ってたっていうのか?」

女「そう。それはわたしがその気になれば仲間とわいわいやることもできるって自分自身に証明する為でもあった。
  で、実際できたよ。皆わたしを友だちとして受け容れて、大切にしてくれた。オモイデもたくさんできた」

男「よかったじゃないか。それをなんで高校に入ってからまた止めちゃったんだ」

女「卒業式の涙は、中学の皆と別れることに対してじゃない。仲間たちと共に青春を謳歌する自分を演じてみても、
  結局何の感慨も得られなかったことに対する失望の涙だった。結局わたしはそういう楽しみ方はできなかった」

男「……」

女「たぶん、作られた自分を愛してもらっても満たされないってことなんだろうね。
  協調的な自分を演じた一年間は独りで過ごした他の時間よりよっぽど空虚だった」

男「なんつーか……、かなり捻くれてるな」

女「捻くれてる、ね。大嫌いな言葉だよ。わたしが何の作為もなしに、ありのままの所感を述べると、何故か人はそう言うんだ」

男「(ひょっとして女ってかなり面倒くさい奴なんじゃ……)」

男「(いや、いかん。今日やると決めたんだ。今更ネガティブな評価はよくないぞ)」

男「あ、そろそろ河原だぜ」

女「どうもこの花火大会ってのは窮屈だね。全然前に進めやしない」

男「それだけ人気があるってことだよ。ほら、あのあたりに陣取ろう」

――河原

男「お、上がった」

女「綺麗だね」

男「女がそんな素直な感想を言うなんて意外だな」

女「わたしが花火嫌いだと思っていながら連れてきたの?」

男「何だよその言い方」

女「冗談だよ。うん、花火はすごく綺麗」

男「(よく分かんねえ……)」

女「あれ、炎色反応ってやつだっけ?」

男「ああ。化学でやったな。赤はストロンチウムとか」

女「いや、授業ではまだやってないよ」

男「そうだったか」

女「いろんな色が一発の花火としてまとまって調和を見せるから綺麗なんだろうねえ」

男「ああ、うん」

男「(……?)」

――

男「終わりだな」

女「今日はありがとう。花火なんて長いこと行ってなかったから、きみに誘われなきゃ来ようと思わなかったよ。
  思ったよりずっと楽しかった」

男「あ、ああ。それは良かった」

男「(存外上機嫌だな。いや、いいことなんだけど)」

女「じゃ、帰ろうか」

男「待って。あそこの屋台でラムネ売ってる。買ってくるよ」

女「……」

――小さな公園

男「ああ、暑かった。人がいないだけで夏の夜でもこんなに涼しいんだな」

女「うん。ラムネ飲もうか」プシュ

男「……初め花火に来るの嫌がったのは、やっぱり俺を男と意識してのことか?」

女「もちろん」

男「オセロやるのは良くて、花火は駄目か」

女「オセロは学校っていう集団の中での活動だからね。個人的に行く花火とはわけが違う」

男「でも来てくれた」

女「きみがそれでも、って言ったからだよ」

男「そうだな……。女のこと、異性として見てるのはもう隠さない」

女「じゃなきゃ誘わないよね」

男「というか、初めからそのつもりで話しかけたよ。彼女作るのが目標だったからさ」

女「それも、何となく分かってた」

男「なのにどうして付き合ってくれた?」

女「……。きみがわたしに異性としての何かを期待していると知った上でも、
  これまでと変わらない付き合いを続けることは約束してあげる」

男「俺の質問に答えていない」

女「ああ、もう。変な探りを入れるような真似は止めにしよう。きみはわたしと付き合いたいんでしょ?」

男「……そうだ」

女「そして、わたしはそれに応えられない」

男「俺じゃ、駄目か」

女「きみがどうとかいう話じゃない。この際言っておこう」

男「?」

女「わたしは恋をしない人間なんだ」

男「恋をしないって……。今まで人を好きになったことがないと?」

女「もちろんそうだし、これからもない」

男「これからもないとは言い切れないだろう」

女「ないんだよ。分かるんだ。わたしは恋心を空に置き忘れてきた」

男「……じゃあ、虫のいい言い方だけど、試しに付き合ってみないか。
  世の中のカップルだって皆が皆互いに恋して付き合ってるわけじゃない。逆に付き合ってからでも」

女「それで、そんなことをして、それがわたしの何になる?」

男「きみが恋をしたことがないなら、俺付き合って初めて分かることがあるかも知れない」

女「まさか、『俺が恋させてやる』なんて恥ずかしいこと言うつもり?」

男「まあ、それに近い」

女「はあ、きみもか」

男「(失望したような表情……)」

女「今までにもちょっと言ったけど、わたしはたぶん、普通の人とは色々と違う人間だ」

男「そりゃ人間、人が違えば見た目も性格も異なるだろう」

女「そうじゃない。わたしは他の人と大事な部分で何ひとつ共通項をもてない。
  ありのままのわたしが受け容れられない人間なんだ」

男「そんなこと……。俺は女を受け容れがたいなんて思わない」

女「それはきみが恋人欲しさにやっきになっているからだ。責めはしないよ。
  でもきみがわたしを理解しているとは思わない」

男「(それを言われると何も言えない……)」

女「わたしは人と違う。友情がなく、恋心がなく、生きることが根本的に嫌いだ。だから人はわたしを受け容れない。
  それでも独りは寂しい。だけど自分を偽って人と関わってももっと寂しくなるだけだ」

男「最初は偽っていてもいいじゃないか。とにかく、人と関わらないことには何も始まらない」

女「あのね、その程度で何か変わるようじゃ、わたしときみの出会いはただのありがちなボーイミーツガールだ」

男「(俺が女を異性として見ている、って話のはずだったのに、いつの間にか女の話を聴いてしまっている……)」

女「わたしの苦手な小説とかドラマとかでよくあるじゃない。何か問題を抱える女の子を男の子が『救済』する、
  感動のラブストーリー! 彼らってさ、みーんなまともなんだよ。何か特殊な事情で恋愛ができなくなった少女?
  そんなの原因になってる問題を解決すればその子は普通に恋愛できるよ。根がまともな人が、
  ちょっとした不幸で一時的に機能不全に陥ってるだけだ。結局、誰も根っからの異常者ってのを認められないんだよね。
  だから、わたしみたいな人間を相手にしても、今はたまたま人とは違うけど、いつかは普通に戻れるなんて失礼なことを言い出すんだよ!
  違う。素のわたしが、ありのままのわたしが異常なんだ! まずはそれを認めてよ」

男「……」

男「(いったいどうしたんだ。何がそんなにまずかった? というか、女ってそんなに不満溜まってたのか?)」

女「まあ、わたしも『この人ならわたしを受け容れてくれるかも』なんて身勝手な期待をもってきみと接していたんだから、
  クズなのはお互い様だ。その点ではきみに何も言う資格はない」

男「……!」

女「ごめん、ちょっと不平を洩らしてしまったね。話を戻すなら、きみの異性としての呼びかけにわたしは応えられない。
  わたしは恋をしないから。仮にきみが本当にわたしのことが好きだとしたら申し訳ないけれど仕方のないことだ」

男「そうか……」

女「夏休みが終わったらまた会室には顔を出すよ。きみが望むなら今までと変わらず接するし、
  もう関わりたくないと言うのなら関わらない」

男「もう関わりたくないなんて思うわけない」

女「今日は先に帰らせて」

男「……分かった」

女「今日はありがとう。楽しかったよ。それじゃ」

男「……」

男「(とにかく、失敗ってことだな)」

男「(まあ、ごく軽い気持ちで近づいて、なかなか失礼な態度だったと思うし、当然の結末か)」

男「(……)」

男「(駄目だな。ちょっと可愛いくらいにしか思ってなかったはず、好きなんて感情とは程遠いはずだったけど)」

男「(今、結構つらい)」

男「あー」

寝る

とりあえす乙
過去作あるなら教えてくれ

>>36
サンクス
2chではいくつか書いてたけどここでのSSははじめて

――翌日、学校、会室

男「誰かいますかー」ガラッ

男「……いるわけねえか。女にも夏休み中は活動しないって言ったし」

男「はあ」

男「(何で俺、今日学校来たんだろ)」

男「(ん、あれは……女のつけてた棋譜?)」

男「(やることないし、プレイバックでもするか)」

男「(何だか案外、相手の意図を推察するのと同じくらい、あのときの自分は何を思ってたのかって考えさせられる)」

男「(オセロは将棋やチェスやほど駆け引きのような要素はないと思うけど)」

男「(でも、相手の意図を読んでそれを上回る手を打たなきゃ勝てない)」

男「(そういうとき、基本的には相手を自分が想像し得る中で最も合理的な主体として考えるが)」

男「(例えば序盤から石を取りまくってくるような初心者相手だと定石は意味をなさなくなる)」

男「(要するに相手の合理性や論理を鑑みてこちら側のスタンスを決める必要もあるわけで)」

男「(それでいてオセロは先が読めない)」

男「(置けるところに石を置くだけの単純なルールだが、一回の手で多くの石がひっくり返るから先が予想しづらい。
   プロでもせいぜい十数手先までしかシミュレートできないと聞く)」

男「(女がこのゲームを会話だって言ったのも少し分かる気がする)」

男「……何をややこしいこと考えているんだ、俺は。暑さでまいったかな」

――図書室

男「(会室は暑くてやってられん。かといってこのまま帰るのもアレだし、宿題でも進めよう)」

男「(……ついでだから先に面白そうな本あったら借りとくか)」

男「(本棚を眺めてタイトルで引っかかった本を手に取るのは好きだ)」

男「(あ、この本)」

男「(『論理哲学論考』……。女が読んでいた本だ)」

男「(ちょっと読んでみるか)」

男「(……一時間くらい読んでいたか? 駄目だ、全然宿題が手についていない)」

男「(しかしこれ哲学の本だったんだな。そりゃそうか、タイトルに哲学ってあるし)」

男「(哲学ってもうちょっと禅問答的なものだと思っていたが……)」

男「(とりあえずこれは借りて帰ろう)」

男「(ついでに関係ありそうな論理学の本もいくつか)」

――電車

男「(結局、今日一日女のことばかり考えていた気がする)」

男「(あれはまだ昨日のことか)」

男「(俺、振られた……、というより拒否されたんだよな)」

男「(どうして? 恋をしない人間だから?)」

男「(釈然としない理由だ)」

男「(だけど、あのとき女は別の妙なことも言っていた)」

男「(自分は異常者だと。俺からしたら言うほど変わっているようには見えないのに)」

男「(昔何かあったのかな?)」

男「はあ」

男「(もともと『ちょっと可愛いな』程度の気持ちで近づいて、付き合うのなんてあわよくばだったのに、こうも気持ちが沈むってのは)」

男「(ミイラ取りがミイラに、とはちょっと違うか)」

――さらに翌日、男の部屋

男「駄目だ。狂う」

男「振られたってのもあるが、単純に会えないのがつらい」

男「ここまで重症になってるのにどうして今まで気付かなかったんだろう……」

男「入学当初のノリで入手したけれど一回も使っていない女のメアドと電話番号」

男「……電話してみるか?」

男「(と思いついた頃には携帯電話を操作していた。自分で自分が制御できなくなっている気がして少し怖い)」

prr...

女『……もしもし』

男「あ、女。今何してる?」

女『……まさか、雑談のために電話してきたの?』

男「いやいや! 電話しても大丈夫だったかなって思って」

女『まあ、暇だったよ』

男「じゃあこれからファミレスかどっかで話さないか?」

男「(……俺は何を?)」

女『用でもあるの?』

男「話したいことが」

女『話するだけで済むなら電話にしよう。この炎天下、できる限り外に出たくない』

男「そうか……。じゃあ、電話で」

女『で、話したいこと、とは』

男「ウィトゲンシュタインの話だ」

女『……え?』

男「きみが読んでるのを見て興味をもった。でもこんな話できる相手いないから」

女『何か本は読んだ?』

男「『論考』の最初だけ。ほぼどういう人なのか分かっていない。だから、横着するようだけど、女に教えてほしい」

女『ウィトゲンシュタインは二十世紀初頭の哲学者。ただ、学生時代は工学を学んでいて、そこから数学基礎論を経て本格的に哲学の道に入った』

男「数学基礎。論理学とか集合論とかか。そのあたりは俺も多少興味ある」

女『彼の師はバートランド・ラッセル。哲学者にして天才的な論理学者、数学者でもあった』

男「『ラッセルのパラドクス』の?」

女『そう。だからというか、ウィトゲンシュタインの哲学はしばらく論理学をベースに展開される』

男「論理学ねえ。『論考』をパラパラ見てそんな雰囲気は感じたけど、どうも俺の中で哲学と結びつかないな」

女『前期ウィトゲンシュタインの思想を表す有名な言葉がその「論考」の結び、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」だ』

男「語りえぬもの? 知ったかするなってことか?」

女『ある意味そうかもね。彼は言語を世界の写像として捉え、言語の限界と思考の限界が一致することを示した。
  そして哲学の諸問題はもともと言語で扱えないものを扱っており、ナンセンスな問になってしまっていると当時の哲学を批判したんだ』

男「その語りえぬものってのは、具体的には」

女『例えば論理形式。論理形式っていうのは……、例えば机があったとして、その机に対してどんな記述が可能かってことだ。
  木でできている、とか、高価だ、とか。「怒りっぽい」は机の記述として相応しくないでしょ? で、複数の人が机に対して記述可能性を共有しているとき、
  論理形式が共有されている。でもいくら机の性質をかき集めてもそれは机そのものにはならない。机の論理形式はこれです、って言うことはできないんだ』

男「なるほど。他には?」

女『倫理とか形而上学の問題とか。死の問題とか「私とは何ぞや?」という問題とかだね』

男「ふーん。でもそれじゃあまるで言語で表せないものは実在しないみたいな感じじゃないか。
  『言葉にできない』なんて言い方があるけど、言語を超えたものなんていくらでもあると思うけどな」

女『彼は言語を超えた領域を否定したわけでは決してない。むしろそれらに対して誤ったアプローチをしてきた従来の哲学を批判し、
  「沈黙」することによってその姿を浮き彫りにしたんだ。逆に、彼にとってはそのやり方でしか言語外の領域は示せない』

男「なるほどなあ。実は熱いリアリスト、みたいな」

女『ただ彼は後期になって自分の思想を撤回して新しい哲学を始めるんだけど……。その話は今日は止めておこう』

男「どうして?」

女『気が散ってしょうがないから』

男「気が散る?」

女『きみに対してこんな説明をしていることが異常だ。まさか、ウィトゲンシュタインを会話のダシにしてるんじゃないだろうね』

男「まさか。雑談がしたいならもっと日常的な話題を選ぶよ」

女『……それもそうか。にしても、あれがまだ一昨日のことなのにこういう態度を取られるとどう接していいのか分からないよ』

男「俺は、女が許してくれるなら今まで通り一緒に過ごしたい」

女『一緒に過ごすって言い方は引っかかるけど、言った通り、今までと態度を変えるつもりはないよ』

男「それは助かる。女と会えなくなったら死んでしまうかもしれない」

女『随分とお熱だね。でも、わたしが誰かと男女の中で結ばれるっていうのはあり得ないから、それは分かって』

男「とりあえず、それは受け容れるよ」

女『じゃあ、きみはどんな扱いでもいいからわたしと一緒にいたいと』

男「ああ。ウィトゲンシュタインに興味をもったのも、きみがどんな考え方をしているか知りたかったから」

女『その言い方はちょっと怖いな……』

男「考えてみれば、女について俺は知らないことばかりだ。住所や誕生日の話じゃなくて、女がどういう人間なのか。
  何を思い、何を考えて生きているのか。女は自分のことを異常だって言ったけど、確かに俺の目にもミステリアスに映ることはあった。
  そんな女を支えているのが何なのか、知りたいと思った」

女『支えているのか、ね。あらかじめ言っておくと、「論考」がわたしの考え方を支えているんじゃない。もともとわたしの考え方があって、
  それに方向性の面で一致するから読んでいるんだ。わたしは何か特別なものに形作られているわけじゃない』

男「何にせよ、理解したい」

女『……。あー、ごめん。お母さんに買い物頼まれてるんだった。今日は切るね。
  きみがそういう思いでいるなら、メールはいつでも大歓迎だよ。それじゃ』ブツッ

ツーツー……

男「炎天下の中、買い物か……」

男「(つーか俺、こんなに素直に自分の気持ちを話す奴だったっけ?)」

男「(語りえぬものには……、か)」

男「(女は小説のような華やかな文章が苦手で、好きな教科は数学A)」

男「(もっとも単純な公理からの推論の積み上げで、白黒はっきりさせながら、思索を展開していく)」

男「(それでも『論考』のように豊かな思想を描くのは可能なわけで、女はそういうところに希望みたいなものを見出しているのかな)」

男「(『沈黙』が語りえぬものを示す唯一の方法だと、彼女にとって論理を超えた世界というのは……)」

男「(女の思考に何となく近づけた気がする。そして、それは嬉しいことだ)」

男「(やはり態度を変えず接してくれるというのはありがたい。そうじゃなきゃマジで死んでしまう)」

男「(ああ、ホントに全く、いつの間にここまで好きになっていた?)」

男「……」

今夜はここまで

別板のタイトル聞くってのはタブーなのか?
差し支えなかったら読みたい

>>53
男「恋愛しないと逮捕される国」
男「記憶喪失のフリをすればエロゲ的展開が望めるのでは……」
女「終電逃したから歩いて帰る」
浪人生「浪人の夢」
男「中学時代との再開」

あたりです

――八月のある日、男の部屋

男「今日もやることないな……。読書や勉強もひと段落ついたし」

男「……」

男「(固定電話の番号からどこまで住所って絞れるんだったかな)」

男「(連絡網は……、あった)」

男「(まあチャリ通だから学校から割と近いところなんだろうけど)」

男「(お、結構絞れるみたいだな)」

男「(確か一軒家だと言っていた。女の名字、珍しいし、表札で判断つくんじゃないか?)」

――学校の隣町

男「(通っていた中学校の学区を考えればかなり範囲は絞れた)」

男「(後は地図を参照して総当り的に見ていけばいずれは……)」

男「……?」

男「(俺は何をやっているんだ?)」

――二時間後

男「(駄目だ。思ったより広かった。そりゃそうだ。もともと無茶な話だ)」

男「(この暑さの中歩き続けて死にそうだ。お、あそこに自販機がある。お茶でも買おう)」

ガコン

男「ふー、生き返る。……ん?」

男「(そこの家の表札、女の名字と同じだ)」

男「(まさか……)」

女「え、男……?」

男「!」

女「何してるの……? うちの前で」

男「いや、その……。このあたりに用事があって、迷っちゃって……。まさかここがきみんちだったとは……」

女「……」

男「……」

女「そんな変な真似しなくても、言ってくれれば家の場所くらい教えたよ?」

男「いや、だから用事が……」

女「何の用、とは訊かないよ。どうせなら上がってく?」

男「えっ」

女「すごい汗だし、涼んでいったら。あいにくお母さんいるけど」

男「じゃあ、そうさせてもらおうかな……」

女「用事があるんじゃなかったの?」

男「あ……。ま、まだ時間に余裕あるから」

女「ふーん」

――女の家、玄関

女「お母さん。クラスメートの男くん」

男「失礼します……」

女母「あら、高校のお友だち連れてきたの初めてじゃない? 男くん? 娘がお世話になってます」

男「いえ、こちらこそ……」

女「じゃ、お茶とかいいからお構いなく」

女母「そう? せっかく来てくれたんだし、お菓子でも」

男「本当大丈夫です。お構いなく……」

女「こっちがわたしの部屋」

男「お、おう」

女母「……」

――女の部屋

男「優しそうなお母さんだな」

女「優しいよ」

男「お父さんはどういう人?」

女「普通の会社勤め。人畜無害なタイプの人」

男「そ、そうなのか……」

男「(まあ、見た感じ普通の家で、それなりに裕福。少なくともうちよりは金持ってそうだ)」

男「なんつーか、シンプルな部屋だな」

女「来て早々失礼な……」

男「女の子の部屋ってもっとぬいぐるみとかいっぱいあるのかと思ってた」

女「それはわたしに対してじゃなくても偏見だと思うよ」

男「机と本棚と……。あ、オセロがある」

女「うん。後でやる?」

男「ああ……。なあ、花火大会の日、女は自分が異常だと言ったよな」

女「そうだね」

男「その話、もう一度聞かせてほしい。どういうところが異常だと?」

女「……多くの人が好きになるものをわたしは好きになれない」

男「具体的には」

女「最も根本的には、生きることだ。わたしは生きることが嫌いなんだ。結局それに尽きる」

男「なるほど。友だちを作ろうとしないのも、恋をしないのも、そもそも生きること自体が嫌いだから、
  いわゆる『よく生きる』ことに関心がないのか」

女「たぶん、そうだよ」

男「でも、そんなことを言いつつ、女からは死にたいっていう悲壮感は全く感じられないけど」

女「生きるのが嫌いっていうのと死にたいってのはまた別だよ」

男「そうなのかな?」

女「自殺の理由って、心が病気になってるか、何かしらの強い信念によりそうせざるを得なかったか、どちらかでしょ」

男「まあ。現実に絶望したり、あるいは自分の死が必要なんだと強く思っていたり」

女「わたしの精神は健康だし、わたしは自分が死ぬべきであるなんて信念はもっていない。そんなことを言う理由がないもの。
  しかも、わたしは普通の生き物だ。そもそも死を恐れるように作られているし、生命の危機を感じれば痛みや苦しみを感じる」

男「積極的に死にたいとは思わない、むしろ死にたくないが、それでも生きることは嫌いだと?」

女「そういうこと。嫌いだからじゃあ死のうなんて極端にはいかない」

男「でも、見た感じ普通の家だし、生きるのを嫌いになる理由なんて……」

女「……」

男「昔何かあったのか?」

女「!」

男「あ、悪い。訊かれたくないことだったなら……」

女「そうじゃない。きみの今の質問は、『普通の人間ならば生きることが好きなはずだ』という了解に基づく。
  わたしはそういうことを言われるのが一番ムカつくんだよ」

男「といっても、それが俺の了解なら仕方ないじゃないか」

女「それはそうなんだけど……。とりあえず答えさせてもらうと、わたしに何かトラウマめいた過去も、
  今抱えている深刻な問題も、何もない。わたしは幸せな家庭で人並みの育ち方をしてきた。そこに何の異常もない」

男「(そういえばあの日も、ありのままのわたしが異常なんだとか、そんなことを言っていた気がする)」

女「せっかくだから論理学を引き合いに出そう。論理学とは有限の公理から無限の定理を導くものでしょう。
  とりあえずいくつかの公理を前提として受け容れた上で、それらを組み合わせると何が言えるのかを考える。
  そこにおいて公理は前提なのだから、『その公理は正しいのか』なんて問はナンセンスだ。
  その公理系から導かれる論理体系が健全かつ完全であればそれでいいんだ」

男「えっと、何の話だっけ?」

女「生きることが嫌いっていうわたしの性質も、わたしという人間の前提だ。過去や今に何か理由があってそうなったわけじゃない」

男「……」

男「(やっぱりこいつ、相当変な奴だよな)」

女「ウィトゲンシュタイン的に言えば、わたしは自分の世界の枠組みであるわたしの生自体を疑うことはできない。
  だから死なんてのはもともと関係ない話だ。でも、その疑い得ない自分の生を、自分自身の前提であるその生を! ……好きになれない人間はどうすればいい?」

男「何だか、今までにないほどよく喋るな」

女「話してって言ったのは男でしょ」

男「そうだけどさ……」

女「まあ確かに、きみに対してこうも『わたしを分かって!』みたいなことを言ってしまう自分にちょっと驚いてはいるよ」

男「それって、俺が特別だってこと?」

女「ある意味ね。クラスに対して一切の関心を寄せていなかったわたしにきみは興味を示してきた。珍しいなって思ったんだ。
  それで、この人は今まで出会ってきた人とはどこか違うのかもしれない、なんて夢みがちな期待を寄せた。だから下心丸出しのきみの話に応えたし、
  ボードゲーム同好会だなんて怪しげな部活にも入って毎日のように顔を出した。申し訳なかったとは思ってる」

男「ははは……。で、俺は結局どういう評価に?」

女「ただの、彼女が欲しいだけの人」

男「違いない……」

女「その点については、もう何も言わない」

男「しかし、きみはそんな自分の異常さに苦しんでいるように見える。友情に価値を見いだせないと言ったくせに」

女「きっと、寂しいんだよ」

男「寂しい?」

女「わたしは自分と同じような人間に会ったことがない。というか、そんな人に出会うこともないって思ってる。
  同類って思える相手がいないのは、やっぱり寂しいことだ。友情や愛情じゃない。ただそこにいてくれるだけの他者……」

男「……」

女「だからせめて、自分とは異質な他人たちの中で、こんな異常なわたしを、ありのままのわたしを受け容れてくれる人がいないか、なんて。
  すごく甘えた話だとは自分でも思うけどね」

男「俺は……」

女「はい、わたしの話はもう終わり! それよりきみのことだ」

男「え?」

女「ここ最近の自分の行動の変化に気付いていないの?」

男「行動の変化……?」

女「といってもわたしが受け取ったサンプルは少ないけど。まあそれにしてもおかしい」

男「俺が何をした?」

女「花火大会の二日後、電話してきたよね。それで不自然な会話を続けて」

男「まあ、うん……」

女「で、今日の件だ。まさか自宅を特定されるとは」

男「いや、だから今日は用事があって」

女「信じないよ。確かきみには出身中学校を知られていたから、
  その学区の家を一軒ずつ調べていけばうちを見つけることは可能だ」

男「……」

女「ストーカーみたいな真似をして、どういうつもり」

男「……きみに会ったのが誤算だった。それさえなければ、俺はまたひとつきみについて知れたと満足して、
  何も変なことはせず、いつも通りの日常に戻ったはずだ。きみに不快感や危害を加えたいとは思わないから」

女「自分が何を言っているのか分かってるの」

男「変なこと言ってるかな」

女「きみはわたしと付き合いたいと言ったけど、少なくとも今の時点では本当にわたしのこと好きみたいだね。病的に」

男「そうだな。……病的?」

女「家に上がるかと訊いたのもちょっとしたテストのつもりだった。正直、わたしは今きみのことが少し怖い」

男「怖いだなんて。言ったように、俺にはきみを傷つけるつもりなんて」

女「例えば今この部屋には内側から鍵がかけられている。そこできみがわたしを襲ってきたら?
  手や口を塞がれれば、お母さんが気付いてドアをぶち破るまでの間にわたしは汚されてしまうかもしれない」

男「そんなの犯罪じゃないか。きみにはぼくが犯罪者に見えるのか」

女「罰を受けても構わないという開き直りの前ではどんなルールも影響力を失う」

男「……きみも男は皆狼だなんて入れ知恵をどこかでされたのか?
  この人を好きって感情にはこの人に傷ついてほしくないって感情が伴う。ぼくがきみを好きだからこそ、きみを傷つけようとすることはあり得ない。
  ああ、でもきみには恋心がないから分かり得ないのか」

女「でも、きみは現にわたしの家を捜し当てた」

男「分かった。ぼくがまずいことをしたのは認める。でも、きみを傷つけようとしたんじゃないってのは分かってくれるだろ?」

女「『傷つけようとしたんじゃない』だって? 傷つけようとしないことは傷つけることの必要条件でも十分条件でもないじゃないか。
   きみが傷つけようとしたって相手が傷つかないことはあるし、逆にきみに傷つけるつもりがなくても相手を傷つけることはある。
   極端な話、きみが『女を殺した方が女の幸せのためにもいい』と本気で信じていたとすれば、きみにわたしを傷つけるつもりがなくても、
   わたしは殺されてしまう」

男「つまり、きみにとってぼくときみの価値観が共有されているとは思えないと」

女「そもそも共有されようがないでしょ」

男「でも、出ていけとは言わないんだな」

女「……本当だね。どうしてだろう」

男「ひとつ訊いていいか。気を悪くしたら申し訳ないんだけど」

女「何?」

男「恋心がないなら、性欲もないのかなって」

女「……やっぱり出ていって」

男「わ、分かった。気分を害したようならこの話はやめよう」

女「まあ、性欲にしろ恋愛感情にしろ、身体のはたらきによって生まれる。そしてそれには個人差がある。
  わたしも人間だから、それらが全くないとは言わない。けれど無視できるレベルで薄いっていうのは確かだ」

男「(それでも答えてくれるのか……)」

男「じゃあ、どうして今気を悪くした? セクシャルなことと無縁ならセクハラは成立しないのでは……」

女「あのね! 性愛に対するわたしの態度がどうであれ、わたしにも知識としての常識はあるんだよ。
  だから生理的嫌悪感を抱くときだってある。例えばきみに身体を触られたとして、
  そういう状況がわたしの身体の危機に繋がりやすいっていう認識はあるの。強姦されて妊娠でもしたら、
  それこそ生物的にも社会的にもわたしは危機に瀕する。だから恐怖するし、嫌悪する。さっきもそういう意味できみを怖いって言ったんだ」

男「いや、悪かった。我ながらデリカシーがなかった」

女「確かにわたしの異常なんて話をしたばかりで、きみがそういう疑問を抱くのもしょうがないと思うから、今回は許してあげる。
  でも今後は他の女の子に接するときと同じ倫理観でわたしにも接して。いいね」

男「はい……」

男「(女の子にセーヨクだのゴーカンだの言わせてしまったのはなあ……)」

男「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」

女「そう? わたしはもうちょっといてもらって構わないけど」

男「いや、俺が帰らないとまずい」

女「そう? じゃあそこまで送ろう」

男「(本当はまだ余裕で大丈夫だけど、緊張と負い目で俺の精神がもちそうにない……)」

――女の家からしばらく歩いて――

女「ここからなら道分かるでしょ。駅はこの通りをずっと真っ直ぐ」

男「ああ。ありがとう。今日は女とたくさん話せて、女のことたくさん知れて良かった」

女「恐ろしいからあまりそういうこと正面切って言わないでね。ところで」

男「?」

女「ボードゲーム同好会の活動はやっぱり夏休み中も続けない? 残りの夏休み、わたしもかなり暇で」

男「ああ、いいよ。そういえば結局今日もオセロやらなかったし……」

女「そうだね。じゃ、後でメールする」

男「では、また」

女「ばいばい」

男「……」

――電車の中

男「(今日は素晴らしかった……。この記憶だけで一週間は生きていける)」

男「(女についてちゃんと理解したわけじゃないが、どういう人間なのか表面的な知識は増えたし)」

男「(でも分からないな)」

男「(女は俺を警戒しているとはっきり言った。価値観がイカれていてストーカー傷害事件を起こしかねない奴だとも暗に言われた)」

男「(一方で、女は俺から遠ざかろうとはしない。距離を置こうとすることはあるけれど、決して俺の視界からいなくならない)」

男「(今日だって、家に上げるなんて全く予想できなかった展開だ。それに、部活を夏休み中も続けたいって……)」

男「(俺を怖がっているっていうのは残念ながら本当だろうけど、同時に何か俺に求めているような……)」

男「(自分への理解を期待していたとは言ってたっけ。でもそれは過去の話。今の俺が女にとって何なのか)」

男「(全然分からないが、とりあえずそれは喜んでいいことじゃないか? 少なくともしばらくはまだ女と一緒にいられそうなのだから)」

男「(お、メール。女からか。部活の件だな)」

男「(女子高生とは思えないカタい文章……。女らしいといえばそうだが)」

男「(とにかく、また学校で会えるのが楽しみだ)」

寝ます
乙とか支援とかありがとう

――八月後半のある日、学校

男「(夏休みも残りそんなにないが)」

男「(女の方から部活をやりたいと言ってくれたのはよかった)」

男「(とにかく、なるべく多く女に会いたい)」

男「(付き合えなくとも)」

男「(楽しみだ)」

男「もう来てるかー?」ガラッ

女「あ、おはよー」

委員「はじめましてー」

男「……」

男「え?」

女「はじめましてじゃないんでしょ。委員会一緒だって」

男「あ、ああ。女と中学が一緒の」

委員「委員でーす。改めてよろしく」

男「よ、よろしく。でも大丈夫なのか? もう部活入ってるんじゃ……」

委員「うん、剣道部だけどうちの部週三だから空きの日に」

男「へ、へえ~」

女「で、思ったんだけど、こっちの部活も全員で集まれる週二回に減らさない?」

男「まあ、いいけど……」

女「それでこの前~」

委員「それ面白いねー」

男「……」

男「(いや、よくねーよ!)」

男「(何、いきなり新入部員って。こんなわけ分からん部活に何と言って引き込んだ?)」

男「(しかもさっきからお喋りばかりで全然ゲームやってないし)」

男「(というか、女ってこんな明るい話し方する奴だったか?)」

男「(……何にせよ、二人きりのところを邪魔されて、回数も週二に減らされて)」

男「(俺にとってはこの委員とかいうの邪魔でしかない)」

男「(どういうつもりだ、女……?)」

――二時間後、校門前

女「じゃあ、わたしは自転車だから」

委員「じゃあねー」

男「さようなら……」

委員「男くん、帰り電車一緒かな」

男「そ、そうだな」

委員「あの部活は今までずっと女ちゃんと二人で続けてきたの?」

男「そうだけど……」

委員「へえー」

男「何」

委員「男くん、女ちゃんのこと好きでしょ」

男「!」

委員「夏休み前までずーっと二人きりでオセロだなんて、何もなかったはずないよ」

男「(確かに、第三者から見てもそうなるか……?)」

男「(もう当の女には知られているし、これで隠していても面倒なだけか。言ってしまえ)」

男「ああ。好きだよ」

委員「きゃー、やっぱりー! 女ちゃん可愛いもんねー。で、何かしたの?」

男「(……)」

男「夏休みの最初らへんに一緒に花火行ったんだけど、事実上拒絶されたっていうか」

委員「え、何それー」

男「俺と付き合う気はないって言われた」

委員「でもどうせまだちゃんと告白したわけじゃないでしょ」

男「そうだけど……。ほぼ初対面なのに、随分とズケズケくるな」

委員「まあね」

男「……」

委員「女ちゃんね、分かると思うけどモテるんだよ」

男「(今はモテるどころかクラスメートに認識されているか怪しいくらいだけど)」

委員「中三の一年間だけでも四人に告白された」

男「よく知ってるな」

委員「友だちだから。だけど女ちゃんは全員振ってきた。付き合うとかよく分からないって」

男「俺が拒絶されたのも、そういうニュアンスでだった」

委員「あたし、ずっと女ちゃんが彼氏作らないの勿体ないって思っててね。あんなに可愛いのに」

男「おう……」

委員「だから男くんのこと応援するよ。女ちゃんが男子とここまで仲いいことなかったんだから」

男「そうなのか」

――夜、男の家

prr...

女『はい』

男「どういうつもりだよ」

女『何の話かな』

男「勝手に新入部員なんか入れて。それに活動頻度減らすって」

女『ありゃ。同意してもらえたと思ったんだけどな』

男「俺は何が何だか分からないぞ」

女『でも、あの部活は実はきみのものじゃない。あれでも学校が正式に認めたものだ。
  そして公認の部活である以上、新入部員が入部届けにサインしてそれを部員が受理すれば入部は認められる……』

男「そんなことは分かってるよ」

女『何、いつになくイライラして。そんなにわたしと二人きりがよかった?』

男「しかもあのキャラは何だよ。委員の中では女は今でも明るくて誰からも好かれる人間なのか」

女『中学からの知り合いだからしょうがない。そこはきみにも付き合ってもらわないと』

男「俺はキャラを作っている女を見ていても面白くない」

女『あはは……』

女『ねえ、わたしたちの関係っていつまで続くのかな』

男「どうした、いきなり」

女『きみはわたしのことが好きで、わたしはそれを知っている。そしてわたしはきみを異性としては拒絶し、
  きみもそのことを知っている。その上で何かしらの持続的な関係を続けていこうというのは、どこか綱渡りじみていないだろうか』

男「まあ、きみがその気になればぼくらはすぐに疎遠になるだろうな。この立場できみと話していられるのも、きみが許してくれればこそだ」

女『わたしはきみのこと嫌いじゃないから、きみがわたしに会いたいって言っているうちはそれに応じる。
  だけど、きみは一体わたしに何を求めているんだろうか』

男「俺はとにかく女に会いたいし、女と話したい。それが幸福だし、それをできないと苦痛を覚える」

女『何だか、死なないために生きている感じだね』

男「……」

女『委員ちゃんは気さくな子だ。今回もこんな辺鄙な部に嫌な顔せずに入ってくれた。きみもせいぜい仲良くしてね』

男「ああいうタイプ、俺は苦手だ」

女『そう。じゃ、わたしはそろそろお風呂だから。おやすみ』ブツッ

男「あっ……」

男「(おやすみ、か)」

男「(要するに、距離を置かれたってことかな)」

男「(委員がいれば俺も女にそう下手な真似はできないし)」

男「(部活の頻度を減らしたのもそういうことか)」

男「(やっぱりこの前の件、俺のことを怖がってるって、あれがいけなかったのか)」

男「(でも完全に縁を切ろうとはしないんだな。そこが分からない)」

男「(女にとって俺は何なのか)」

男「……」

――九月、学校

男「(夏休みが明けて二週間ほど)」

男「(クラスの雰囲気に変わりはないが、一点おかしなところが)」

男「(女の机に人が集まっている……)」

男「(いないものも同然の扱いだったのが嘘のよう。もはや女子たちのちょっとした中心人物と言っていい)」

男「(あの二ヶ月半があって、こうも急にクラスでの立ち位地を変えられるものなのか?)」

男「(そりゃ、女の振る舞いは変わった。明るくて、お喋りで、いかにも友だちが多そうだ)」

男「(そういうキャラに何の困難もなく移行できたのは、かつて女が言ったように、このクラスの奴らがそもそも女に対して印象をもっていなかったから?)」

――放課後、教室

「でさー、聞いてよ女ちゃん」

女「なになにー?」

男「……」

女「あ、男。じゃあねー。また明日ー」

男「お、おう。また」

「話の続きだけどー」

女「うんうん」

男「……」

――電車の中

男「(そう、俺は今帰っている。部活がないからだ)」

男「(結局夏休みが明けてからの部活は週二回に削減された)」

男「(それにしても、女はいったいどういうつもりであんなキャラ転換を?)」

男「(また問いただそうとしたが、以前のように二人きりになる機会がない)」

男「(最近は電話に出てくれなくなったし、メールに対する返事も適当だ)」

男「(……自分を偽って他人と接しても余計寂しくなるだけだって言ってたくせに)」

男「(くそっ)」

寝ます

――十月、下校時、電車の中

男「はあ……」

委員「あ、男くん。同じ車両だったんだ」

男「……委員」

委員「あの、さ」

男「何」

委員「最近部活行ってる?」

男「……いや」

委員「そっか、そうだよね」

男「『行ってる?』って、委員も顔を出していないみたいな言い方だな」

委員「うん……」

男「じゃあ、今会室は」

委員「男くん、しばらく前から来なくなったでしょ。それで最初はあたしと女ちゃんで男くん来ないねーとか言ってたんだけど、
   それで部活って言ってもあたしと女ちゃんでお喋りしてるだけになっちゃってね。意味あるのかなあなんて思って」

男「行かなくなったと」

委員「一応、女ちゃんにはしばらく休ませてほしいって言ったけど……」

男「まあ、いいんじゃないか。女だって最近はクラスの友だちとの付き合いに忙しいみたいだし」

委員「あたし、ちょっと責任感じてて」

男「責任?」

委員「男くんが来なくなったの、あたしが入ったせいじゃないかって」

男「……」

委員「だって、夏休み前までは、男くんと女ちゃんだけでやってたわけでしょ。
   男くんからしてみれば、せっかく二人きりだったところに邪魔者が割って入ってきた感じだったんじゃないの」

男「まあ、正直言ってそうだね」

委員「……」

男「ぼくが女とうまく話せないような状況だったら、第三者がその間に入ることによって助けられたかもしれないけれど、
  もともとぼくらは二人きりでやっていけてた。そこにきみが入ってきて面白くなく思っていたのは事実だ」

委員「……ごめん」

男「いや、委員が謝ることじゃない。そもそもそんな思いはぼくが勝手に抱いたものだし、きみを部活に誘ったのは女だろ?」

委員「うん。部員二人しかいなくて寂しいから、暇なときだけでも来てくれないかって」

男「この状況自体、女が望んでいたものなのかもしれない」

委員「どういうこと?」

「○○ー、○○です。当駅で特急列車の通過待ちを……」

男「あ、俺ここで降りる」

委員「あたしも降りる。話の続きが聞きたい」

――駅のホーム、ベンチ

男「言ったかもしれないけど、女は俺の気持ちを知っているわけ」

委員「うん。聞いた」

男「女はその上で俺と関わり続けようとした。だから、それこそ第三者の仲介なんかいらないくらいに、
  どんなことでも女に話した。そんな中、女はきみを誘った。明らかにきみは何かのために使われたんだ」

委員「女ちゃんがそんなこと……。そうだとして、何に使われたっていうの?」

男「俺にとって部活が居心地の良くない場所になるように。現に俺は顔を出さなくなった」

委員「……!」

男「女は、きみを入れたら部活がこんな風に空中分解するって分かっていたんだと思う」

委員「じゃあ、女ちゃんは部活がなくなってほしかったの?」

男「どんな理由であれ、そう思ったんじゃないかな。むしろオセロするだけの部活がこれだけ続いてたのが奇跡だ」

委員「……でも、男くんと女ちゃんはどんなことでも話してたんでしょ? なら女ちゃんはそんな回りくどいことしなくても、
   もう部活を続けたくないって男くんにはっきり言えばよかったんじゃないの」

男「あ、確かに」

委員「確かにって……」

男「そういや、前からずっと不思議に思っているのは、女がどうして俺と関わり続けようとするのかってことだ」

委員「それは男くんが女ちゃんと一緒にいたいと思っているから。優しい女ちゃんはその気持ちを汲んで今まで一緒にいてあげた……」

男「なるほど。それで今まで渋々付き合ってきたが、そろそろ嫌気が差し、委員を部に入れることで間接的に距離を置いた……。
  それなら納得がいく」

委員「あ、それでいいんだ」

男「いや、そうじゃないと思うんだけどなあ」

委員「でも男くん、今こうやって女ちゃんの意図をあれこれ考えているってことは、
   もう二人は思ったことを何でも話し合える関係じゃないね」

男「……確かに」

委員「あたしでよければ相談に乗るよ?」

男「何できみが」

委員「あたしは女ちゃんの友だちだし、男くんがどう言おうと、今回のことに責任を感じてる」

男「じゃあ、ひとつ訊きたい。きみの知る女は明るくて感情表現豊かな人間だと言ったね」

委員「うん」

男「実のところ、高校での女はそんなんじゃなかった。夏休み前までは、クラスでもぼく以外の誰とも話さなかった」

委員「嘘でしょ?」

男「彼女はぼくにこう語った。これが本当の自分の性格で、むしろ中三の一年間の方がキャラを作っていたんだって」

委員「何でそんなことを……」

男「食わず嫌いは良くないってのと、その気になれば友だちとわいわいやっていけることの証明、だそうだ。
  それにしても、そんな女がここ最近、クラスで明るく振舞うようになってきたんだ。ちょうどきみが知る彼女のように。
  部活での女がそういう感じだったのはきみの前だからってことで理解できるけど、クラスででも。どう思う?」

委員「最近って、いつから?」

男「夏休みが明けてからだ」

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