魔王城──
女勇者(ついにここまで来たわ……!)チャキッ
女勇者(この扉の向こうに、魔王がいるはず!)
女勇者(魔族の長である魔王を倒せば、配下である魔族もその力の大半を失う!)
女勇者(つまり、人間の勝利が決定的になる!)
女勇者(この戦い……絶対負けるわけにはいかないわ!)
女勇者「魔王、いざ勝負!」
バァンッ!
女勇者は勢いよく、扉を蹴破った。
魔王の部屋──
魔王「やぁ、いらっしゃい」
女勇者「え……?」
魔王「待ってたよ、おねーさん」
女勇者(ウソ……こんな少年が魔王だっていうの……!?)
女勇者(いえ、油断大敵! きっと見た目だけで──)
魔王「あ、もしかしておねーさん、ボクが子供だからって驚いてるでしょ」
魔王「一応いっとくとね、ボク本当に子供だよ」
魔王「多分、年齢だってお姉さんよりかなり下だと思う」
女勇者(変身していたり、ウソをついてるようには見えない……)
女勇者「どうして? どうして、あなたみたいな子供が魔王なの……?」
魔王「実はね、一週間前まではお父さんが魔王をやってたの」
魔王「だけどお父さん病気で死んじゃったから、ボクが魔王になったんだ」
女勇者「そ、そうだったの……」
魔王「おねーさん、『こんな子供と戦うために来たわけじゃないのに』って顔してるね」
女勇者「!」ギクッ
魔王「だけど安心していいよ、おねーさんは無駄足じゃないから」
魔王「だってボク、お父さんの遺志を継ぐつもりだし」
女勇者「!」
魔王「ここでボクを倒さないと、おねーさんの家族や仲間、みんな死んじゃうよ?」
魔王「だから、かかっておいでよ!」
女勇者(そうだ……私の戦いには人類の運命がかかっている!)
女勇者(相手が子供だからって、今さら退くわけにはいかない!)
女勇者「じゃあ……いくわよ!」
魔王「うん!」ワクワク…
女勇者「たあっ!」
シュバァッ!
女勇者は魔王の脳天めがけ、剣を振り下ろした。
スカッ!
女勇者「!?」
女勇者「消え……た……!?」
魔王「おねーさん、おねーさん」
女勇者「!」ビクッ
魔王「こっちこっち、後ろだよ~」
女勇者「くっ!」クルッ
女勇者(完全に後ろを取られてた……! この私が……!?)
女勇者(今の動き……まったく見えなかったわ……!)
女勇者(今度はちゃんと狙う……!)チャキッ
女勇者「たあっ!」ブンッ
魔王「よっと」ヒョイッ
女勇者「でやっ!」シュッ
魔王「ほいっ」ヒョイッ
女勇者「だああっ!」ブオンッ
魔王「うわっと」ヒョイッ
女勇者の剣は空を切るばかりで、まったく当たらない。
女勇者(くっ、なんてすばやさ……!)ハァハァ…
魔王「おねーさん、息上がってるけど、だいじょーぶ? 少し休む?」
女勇者「へ、平気よ!」
女勇者(私は風より速いといわれる魔物だって倒してきた……!)
女勇者(なのに、この子のスピードはあの魔物と比べても遥かに上だわ……!)
魔王「んじゃーさボク、動かないであげるよ!」
女勇者「!」
女勇者「いっとくけど、本当に斬るわよ……!」
魔王「もっちろん!」
魔王「むしろ、最後のチャンスだってぐらいの気合でかかってきてよ!」
女勇者「分かったわ……」
女勇者(動かないって分かってる相手を斬るのは気がひけるけど、非情にならなきゃ!)
魔王「さ、いつでもいいよ!」
女勇者「でぇやぁぁぁっ!」
ブンッ!
キィンッ!
女勇者「…………!?」ググッ…
女勇者の剣は、魔王の皮膚で止まっていた。
女勇者(ウソ、刃が通らない!)ググッ…
女勇者(人間の子供みたいな華奢な体で、そこまでの硬度だというの!?)ググッ…
魔王「ボクね、魔力がお父さんよりずっと強いみたいでさ」
魔王「生まれつき、薄い魔力シールドがずっとボクを守ってるんだ」
女勇者(ウソ……父親より上ですって……!?)
女勇者(彼の父、つまり先代魔王だってとてつもない強さだったはずなのに……!)
魔王「だから今ぐらいの一撃じゃ、ボクにかすり傷だってつけられないよ」
魔王「遠慮せず本気できてよ、おねーさん」
女勇者「……分かったわ」チャキッ
女勇者(全力を出す!)キッ
魔王「おねーさん、いい表情するね! かっこいいよ!」
女勇者(私の全魔力を剣に込める!)ブゥゥン…
女勇者(鋼鉄のゴーレムでさえ一刀両断にした一撃で、この子を倒す!)ブゥゥン…
女勇者の剣が神々しい光を帯びる。
魔王「おお~、かっこいい!」ワクワク…
女勇者「あなたは魔王になったばかりの子供で、恨みがあるわけじゃない……」ブゥゥン…
女勇者「だけど、今からあなたを斬るわ」ブゥゥン…
魔王「さ、かかってきてよ!」ワクワク…
女勇者「だああああっ!」
ビュオアッ!
キィンッ!
女勇者最大の一撃は、指一本で受け止められていた。
女勇者「ウ、ウソ……」
魔王「ねぇ」
女勇者「!」ビクッ
魔王「これがおねーさんの本気? だとしたら、ボクが思ってた以上に──」
魔王「おねーさんって弱いんだね」クスッ
女勇者「なんですって!」
女勇者(私が弱い……!? そんなはずない!)
女勇者(私は女ながら勇者の血を引き、男たちにも、魔族にも一度も負けなかった!)
女勇者「まだよ! 私は──“勇者”はこんなものじゃないわ!」
女勇者「うわぁぁぁぁぁっ!」
魔王「…………」クスッ
女勇者「だああっ!」
キンッ!
女勇者「でりゃあああっ!」
キィンッ!
女勇者「はああああっ!」
ギンッ!
女勇者の剣は幾度となく、魔王の体にヒットするが──
魔王「おねーさん、ごめん」
魔王「痛くもかゆくもないや」
女勇者「…………!」
女勇者(そんな……私の全力が……!?)
女勇者「あ……ああっ……!」ガタガタ…
魔王「どしたの、おねーさん? もしかして、武者震いってやつ?」クスッ
女勇者「ああ……!」ガタガタ…
魔王「じゃ、そろそろボクから攻撃させてもらうね」
女勇者「ひっ……」ゾクッ…
女勇者は生まれてはじめて心の底から震えあがった……。
真の恐怖と決定的な挫折に……。
女勇者「あ……う……」ガチガチ…
恐ろしさと絶望に涙すら流した。
これも初めてのことだった……。
魔王が攻撃態勢に入る。
女勇者「ひ……ひぃ……」ガタガタ…
魔王「そう怯えないでよ、本気なんか出さないから」
ベチッ!
女勇者「あぁうっ……!」ヨロッ…
バシッ!
女勇者「うあっ……!」ドザッ…
女勇者(全身をえぐられるような痛み……! つ、強すぎる……!)ピクピク…
魔王「えぇ~? もう終わりなの? まだたった二発だよ?」
魔王「ほら立って立って」グイッ
女勇者「うっ……うっ……」グシュッ…
魔王「おねーさん、勇者なんだから泣いちゃダメだよ~」
魔王「ほら、どんどんいくよ!」
バシッ! ペチッ! ペチンッ!
女勇者「う、ぐぐ……」ピク…ピク…
魔王「おねーさん、生きてるー?」
女勇者「う、あ……」ピク…ピク…
魔王「アハハ、ピクピクしてる」
女勇者「…………」グシュッ…
魔王「…………」
魔王「泣かないで、おねーさん」
魔王「ボクの攻撃はおねーさんにまったくダメージを与えてないからさ」
女勇者「え……?」
魔王「だって今までのボクの攻撃は」
魔王「派手におねーさんをふっ飛ばしたりしたけど」
魔王「おねーさんの体には傷一つつけてないから」
女勇者「ど、どういうこと……!?」
魔王「よーするに、おねーさんが“ものすごい攻撃をされてる”と錯覚しちゃうような」
魔王「“なんでもない攻撃”をしてたってわけ」
魔王「試しにおねーさん、手足を動かしてみなよ。普通に動くでしょ?」
女勇者(う、動く……)クイクイッ
魔王「へへっ、すごいでしょ!」
魔王「もしボクがちゃんと攻撃したら、多分おねーさん死んじゃってたもんね」
女勇者「…………」
女勇者「な、なんで……!」
女勇者「なんでこんなことするの!?」
魔王「え……」ビクッ…
女勇者「あなたは私よりずっと強い……いえ、世界中のだれより強いかもしれない!」
女勇者「だからって、こんな風に人を弄んで楽しい!?」
魔王「お、おねーさん……ボクは──」
女勇者「もういいわ、早く殺してよ!」
女勇者「私を殺して、人間も滅ぼして、ずうっと命を弄び続けるがいいわ!」
女勇者「魔王らしくね!」
魔王「あ……」
魔王「ごっ……ごめんなさいっ!」ペコッ…
女勇者「え……?」
魔王「ボク、お父さんより強いからお父さんにずっと閉じ込められてて……」
魔王(っていってもその気になればいつでも出られたんだけど……)
魔王「だけどお父さん死んじゃって、ボク魔王にされちゃって」
魔王「ホントはイヤなのに……断れなくって……」
魔王「それにおねーさんは魔王を倒すために来てるわけだから」
魔王「それを無駄にしちゃいけないと思って……」
魔王「あ、あと……人間に会うの初めてだからワクワクしてて……」
魔王「えぇと、えぇと、うまく説明できないんだけど」
魔王「と、とにかくっ……ごめんなさいっ!」
女勇者「…………」
女勇者「ようするに」
女勇者「あなたは本当は魔王になんかなりたくなかったけど」
女勇者「魔族の期待は裏切れないし、魔王を倒しにくる私の冒険を無駄にしたくもない」
女勇者「それに長年の監禁生活で退屈してたし、人間と会うのも初めてだった」
女勇者「だから“勇者”である私と“戦い”という形で遊ぼうと考えた」
女勇者「……で、はしゃぎすぎたあなたに怒った私に謝ったってとこかしら?」
魔王「うん、そうそう! さっすがおねーさん! 分かりやすい!」
女勇者「はぁ……」
魔王「ごめんね、おねーさん」
魔王「おねーさんのリアクションが面白くて、ついやりすぎちゃって……」
女勇者(面白くてって……)
女勇者「いいわよもう、許してあげる」
魔王「あ、ありがとう!」
女勇者「う~ん……じゃあ私、どうしたらいいんだろ」
女勇者「あなたを倒すのは不可能だし、あなただって死にたくないでしょ?」
魔王「ボ、ボク……がんばって魔族のみんなを説得するよ!」
魔王「人間たちの世界を攻めちゃダメだって!」
魔王「だから……おねーさんはもう帰っていいよ! ボク絶対やるから!」
魔王「約束する!」
女勇者「……ねぇ」
魔王「なに?」
女勇者「遊んであげよっか?」
魔王「え……」
女勇者「本当は戦いなんかじゃなく、私と遊びたかったんでしょう?」
女勇者「まさか、魔族の王が部下に遊んでもらうわけにもいかないだろうしね」
魔王「う、うん!」
女勇者「じゃあ何をしたいの? 何でもいいわよ」
魔王「じゃ、じゃあね……鬼ごっことかかけっことかやりたい!」
女勇者(ゲ……どっちも私のスピードじゃ、勝負にならないわね)
女勇者「まいっか、やりましょう。まずは鬼ごっこからね」
魔王「ありがとう!」
二人は広い室内をたっぷり走り回ることになった。
女勇者「ふうっ、すっかり汗かいちゃった」
魔王「じゃあさ、お風呂入ってくれば?」
魔王「いっとくけど、魔王専用のお風呂は広いからね」
魔王「おねーさん、きっとビックリするよ!」
女勇者「う~ん……」
女勇者(お風呂には入りたいけど、敵地で無防備になるわけだし、ちょっと不安かも)
女勇者「ねえ、案内と護衛をかねて、あなたも一緒に入ってよ」
魔王「え!?」ドキッ
魔王「ダ、ダメだよ! 男と女はいっしょにお風呂入っちゃダメなんだよ!」
女勇者「なにいってんの、子供のくせに」
女勇者「さ、入りましょ」
魔王「うう……」
魔王の浴室──
女勇者「へえ、立派なお風呂ね。いうだけのことはあるわ」
魔王(お、おねーさん……)チラッ
魔王(おっぱい大きいなぁ……)
魔王(お母さん生きてたら……こんな感じだったのかなぁ……)
女勇者「じゃあ、体洗ってあげるわ。こっち来なさいよ」
魔王「え、いいよ! ボク、自分で洗えるよ!」
女勇者「だけど、ずっと閉じ込められてたんでしょう?」
女勇者「私がキレイに洗ってあげるから……ね?」
魔王「う、うん」
女勇者「ほら、前を隠さないの! 洗えないでしょ!」
魔王「ここはいいよぉ!」
女勇者「ダメよ、ちゃんと洗わなきゃ」ゴシゴシ…
魔王「あっ!」ビクッ
女勇者「!」
魔王(ダ、ダメだ……我慢してたのにおねーさん見てたらどんどん……)ムクムク…
魔王(どんどんおっきくなっちゃう……恥ずかしい……)ムクムク…
女勇者「…………」クスッ
女勇者「我慢しなくていいのに」ゴシゴシ…
魔王「あ、あっ……!」ビクッ
女勇者「ふふ……大丈夫よ。怖いことなんて、なぁんにもないんだから」
女勇者「心配しないで」ゴシゴシ…
魔王「あ、ああっ、あっ……」
女勇者「はいっ」ゴシッ…
魔王「!」ブルッ…
魔王「あっ! うああっ……! ──あっ!」ビュルビュルッ
魔王「ああっ! うっ!」ビュルビュルッ
魔王「おねーさん、かけちゃってごめ……ああっ!」ビュルルッ
魔王「うあっ! あうぁっ!」ビュルルッ
魔王「あっ、ああっ、あっ……」ビクッビクッ
魔王「ハァ……ハァ……」ビクッ… ビクッ…
女勇者「どう、スッキリしたでしょ?」
魔王「うん……スッキリした」モジモジ…
女勇者(ふふっ、本当に子供なのね。強さは私よりずっと上なのに)
女勇者(でも──)
女勇者「ねえあなた今、魔力シールドってやつが解けちゃってない?」
魔王「あ、ホントだ……!」
女勇者「もしかして、気を許した相手には無効だったりする?」
魔王「今までお父さんにすら気を許したことなかったから……」
魔王「そうなのかも、しれない……」
女勇者「つまり今のあなたなら、私でも簡単に倒せちゃうわけだ」クスッ
魔王「あ……」ビクッ
女勇者「──ってもちろん、そんなことしないけどね」
女勇者「ところであなた」
女勇者「さっきから私の胸をチラチラ見てるけど、どうせならさわってみたら?」
魔王「ダメだよ、そんなの!」
女勇者「遠慮しないの、子供なんだから」ギュッ…
魔王「ああっ……」ギュゥゥ…
女勇者の乳房に、魔王の顔がうずめられる。
魔王(おっきくて、やわらくて、あったかい……)フカフカ…
魔王(おねーさん、ずるいよこんなの……)
魔王(あ、おねーさんの鼓動を感じる……)
魔王(トクントクンって、優しいリズムで鳴ってる……子守唄みたいだ)
魔王(このまますやすや眠るのもいいし、もっとおねーさんに遊ばれちゃうのもいい)
魔王(どっちにしろ、ボクはもうおねーさんに勝てないんだ)
魔王(だって……)
魔王(“気持ちいい”は“強い”より、ずっとずっとすごいことなんだもん……)
おわり
おしまい
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