塩見周子「石の上、水の裏側、空の下」 (28)










「みーん・・・みーんみんみんみー・・・」




蝉が鳴くには時期尚早、だから自分で声真似してみたけど

・・・夏だーって感じにはならないね






塩見周子「・・・ふー・・・」


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飲み終わったペットボトルの蓋をキュッと締めて、水に浮かべる

ぷかぷかと暢気に浮いたり沈んだりするそれを指でピンと弾いた


とぷんっ


ボトルは水面から伸びたあたしの太ももにぶつかるとふるふる揺れながらまた漂い始める


あたしが浸かっているビニールプールはそんなに大きくない。

だからすぐにビニールの壁にぶつかった


とぽんっ


ボトルの表面が日光でキラキラ光ってる。

まぶしーなー、もー


プールのふちに背中を預けて空を見上げると、まず茜ちゃんが用意してくれたパラソルの裏側が見えた


その向こうには抜けるような空、ビニールプールと同じ色、プールの水と同じ色


「ふー、やっぱ初心者は水に慣れるトコからだよねー」


だって泳げないひとだし


事務所の屋上に置いたビニールプール


そこからはみ出た足がぷらぷらしてるのを他人事みたいに眺めてるとなんだかねむたくなってきた



ひんやりした水が背中をちゃぷちゃぷ撫でる


思い出すのはさっきのこと


今度やる仕事の打ち合わせ


今度は幸子ちゃんや茜ちゃんと一緒に水着のお仕事だよーってお話


そーいえば、泳げないひとってあたしが訊いたとき、幸子ちゃんがもじもじしてたっけ


なんでだろ


「・・・みーんみんみんみー・・・しーおみんみんみー・・・」


雲がどっかにいっちゃって、やたら青いお空


じぃっと見てたらそのまま吸い込まれていきそう


でも、パラソルの影から出たくないしゅーこは吸い込まれてあーげない






「しーおみんみんみー」



あたし風にアレンジしたセミの鳴き真似をしながら首を上げる


プールのふちにもたれかかると、中に入った空気と一緒に柔らかくへこんだ


ちょっとお高いソファに座った時みたいに背中がずり下がっていく


ちゃぷんっ


「ひゃー、ひやっこい」


水から出してた上半身が水面に滑り込んでいく


ちょっとだけ乾き始めていたビキニと、胸の隙間に水が染みてきて、イイ感じに冷たい


残った頭だけふちに引っかかる。
後頭部がもにゅもにゅする、後ろ髪にビニールの感触





あ、ちょっと寝そう



プールに入りきらなかった足が暑い

水に浸った上半身にひんやり感

頭の置き場はやわっこい



「ぶくぶくく・・・」


瞼がぼやっとして、眠くなると同時にあたしの口元までが水に沈む


「ぶーくぶくぶくくー・・・」


シオミゼミの真似をしたら、代わりに泡があふれてきた


足以外のほとんどが水面より下に潜る


さっきより低くなった視界にはプールの波面


さっきのボトルよろしく、日光を好き放題に反射しながらゆーらゆら・・・


水面をひとつらなりになった光の線が踊る


あたしにはそれが眩しくて、


 どぷん




頭まで一気に、プールの底へ潜らせる。息が止まる



光の線が見えなくなって、かわりに、見える世界すべてがぼやけて霞む


色の薄い、あたしの髪が、水中でもやもやしながらほっぺを撫でた


しゅーこin水の底、そう思うと水からはみ出てるはずの足までひんやりし始めたような気がする



こぽん・・・


ぽこ・・・


あたし唇の隙間から、小さいあぶくが飛び出して、水面まで逃げてった



あたしの中の空気は、冷たい水の中よりも暑い空の下がよかったのかな



泡の逃げてった先を見上げる。後頭部がプールの底にコツンとぶつかる


そこにあったのは水面の裏側、水のフィルターを通った日光の模様


空色にたゆたう水面を、網状に拡散した光の塊が千々に散らばりながら泳いでいた


プールの底からしばし、万華鏡みたいに変わるその光景を眺める


こぷん・・・


水中の冷たさとビニール越しに伝わる屋上の、そのコンクリートの熱さが眠気を誘う


焦点の定まらない透明な景色と相まって、白昼夢を見ているような錯覚がにじみ出す




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「そーいやPさん。なんであたしたちって屋上には入れないの?」

 「なんでって周子。うちの事務所が使えるのはこのビルの、この階だけだからだよ。ここより上の階はビルの持ち主のものなんだよ」

「えー、でもこのビルって立地条件が微妙であたしたちの事務所しか入ってないんだし、屋上くらいいいとおもうんだけどなー。ねぇ、ダメなの?」


 「そんな顔してもだめだ。まぁそうだなぁ・・・、周子たちが売れて、事務所が大きくなって上の階も契約するようになったら屋上だって行けるかもな」

「そーなん?」

 「そうだよ、多分。仕事が増えてアイドルが増えて、衣裳室やら資料室やらで事務所がこの階だけじゃ足りなくなったらな」


「へぇ、じゃあしゅーこちゃん屋上開放目指して、ちょっと頑張っちゃおっかな」


 「頑張るのはいいことだが、その動機はどうなんだ」


「目指せアイドルの頂上と事務所の屋上ー、なんてね」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ほんの一瞬のまどろみ


思い出したのは昔の会話


こぽっ


こぽぽっ


水中で上を向いたせいで鼻からも泡が逃げ始めた


ツーンとした痛み


「ぷはっ!」


鼻に入った水が痛くて思わず顔を出しちゃった


水のフィルターを下から突き破って、目の前にはさっきの吸い込まれそうな空


雲一つない、真っ青な空。白くてぎらぎらする太陽


そして、白くてもこもこした・・・ん?


「ふわぁ...」


「あれ、こずえちゃん・・・どしたのさ」


白い雲はなかったけど、白くてもこもこしたこずえちゃんがいた


遊佐こずえ「...ぷぅる...」


どこかぼんやりした可愛いおめめであたしを見てる。さっきの空みたいに吸い込まれそうな瞳


いつの間にいたんだろ、いやあたしが沈んでいる間にだろうけど


パラソルの影にいるでもなく炎天下、太陽光をてらてらと髪に反射させながら立っているからピンク色のちっちゃいサンダルがコンクリの熱に溶かされちゃいそう


「えっと・・・入る?」


「...うんー...」



じっとこちらに向けられた目線からは何も読み取れないけど、こずえちゃんの格好が水着なことを考えたらだいたいわかった


シンプルなワンピース型の水着。腰周りのフリルからあたしに負けず劣らず白い足が二本伸びている


うーん・・・どーやらしゅーこが屋上で水に慣れる練習をしてるのを知ってて来たみたいだねー・・・


 ちゃっぽん


返事をするが早いか、こずえちゃんがプールの壁を乗り越えて、頭からのんびり着水する


その際宙に浮いた足からサンダルがこぼれ落ちた、水が波打つ


あたしが腰から順に沈んでいったのと真逆、イルカが飛び込むみたいに


「..................ぷあっ...」


全身が無事プール内に潜り込むと、頭が浮かび上がってきた


水の重みで垂れ下がった髪の隙間からあたしを見てる


「...えへー...つめたーい」


そんでもってぴかぴか笑顔


「でしょー?」


こずえちゃんのちみっこいカラダはあたしがほぼいっぱいに居座ったプールの、残ったスペースにも難なく収まったみたい


でもこの状態で水遊びをするには狭すぎるかなー


ちゃぽちゃぽ


こずえちゃんと二人、ビニールでできた空間にみっちり詰まったまま水の冷たさを楽しむ


あたしたちと同じく水面と水中の境界でぷかぷか漂流していたボトルがこずえちゃんの手元に流れ着く


「...うんー...?」

それを不思議そうに眺めながらちっちゃい手指でつつきだす


つん

とぷんっ  ぽちゃっ


つん

とぷんっ  ぽちゃっ



「...えへへー...」



つん

とぷんっ  ぽちゃっ


つん

とぷんっ  ぽちゃっ


「それ楽しい?」

「...うんー...たのしーい...」


指でつんつんするたびに空っぽのそれが浮き沈みする


それを見てるのが面白いらしい。おっきい瞳が太陽みたいにきらきらしてる


うん、やっぱこずえちゃんは表情豊かな方がかわゆいね


よきかなよきかな


ぽちゃんっ


「あれ、そーいやこずえちゃん」


「なぁにー?」


「その水着って誰に着せてもらったの?」


「んー?」


こずえちゃんは確か一人でお着替えができなかったような・・・


「よしのー...きせてくれたー」


「芳乃ちゃんかー」


最近うちの事務所に来た不思議っ子かー


なんであたしが屋上でプール開きしてるの知ってたんだろ


まーいっか

こずえちゃんがボトルを水面の下に引っ張る


  とぷんっ  と沈んで


  ぽちゃっ  と浮いた


「...えへへー...」


こずえちゃんが青空を背景にふわふわ笑う



「......あは」



あたしもつられて、笑った



その後、芳乃ちゃんがこずえちゃんを迎えに来て

あたしはまた一人でプールを満喫してた


「芳乃ちゃん、茜ちゃんから何かあたしのこと聞いてた?」

「いいえー、わたくし、知らないを知ってましてー つまりはー斯様に密やかな遊戯であろうともー」


芳乃ちゃんは日傘がわりに番傘をさして、こずえちゃんの手を引きながらそんな言葉を残していった


ちゃぽん


二人だとしきりに波打っていた水面も今は凪いでいる


「......ふー」


こずえちゃんに遊ばれてたペットボトルが視界の中、のんびりと右から左へ流れていく



パラソルがあったとはいえ日光の下にずっといたのと、コンクリートの屋上からの照り返しで水がぬるくなっちゃった


肌を滑っていた水のひんやり感はもうない


石の上にも三年って言葉があるけど


あたしはこのジリジリ熱い石の下の階に、だいたい二年くらいいた


ちょっとずつアイドル仲間が増えて、必要な部屋が増えて、事務所が上の階に拡大して







ちゃぷちゃぷ

指先で水をかき回す

ちょっとだけ水が冷たくなった




「んー、でもそろそろ上がろっかなー」


日はまだそこそこ高いけど


十分涼ん・・・水に慣れる練習できたしー


プールから上がろうとぶらぶらさせてた足を屋上に下ろそうとして、足の裏が熱くなったからやめた


「あちちっ、・・・靴どこやったっけ」


裸足で屋上を歩くのは無理だね


サンダルどこやったっけ?

プールのセッティングのときにそのへんに置いたような・・・


記憶を手繰り寄せている間も相変わらず水面はきらめいていた

ガチャ


後ろで扉の開く音


屋上に誰か入ってきたみたい


せっかくだし後片付け手伝ってもらお


ちゃぱっ


もたれかけていた頭を持ち上げて後ろを振り返る


その拍子に髪から滴った水滴がうなじや胸を撫でながら滑り落ちていく


ほんのちょっとだけ冷たい


あたしは何か言われる前に、先手を取るつもりで声をかけた





 「水着しゅーこを見て、はい一言!」




とぷんっ





以上、終了

小学生の頃、プールの底から見上げた水面がすごい綺麗でした

しおみーのSRの背景からいろいろ妄想して書きました


お読み頂きありがとうございました


別のトリで書いた過去作

小日向美穂「お昼寝のお供」

星輝子「ドロヘドロ...?」荒木比奈「そっス」

遊佐こずえ「...きおくとおふとん」

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