P「今日は3時00分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」 (337)

 

本放送の後に、第一話から第六話までの再放送を行います。

チャンネルはそのまま。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1404229537

~水瀬家~

レポーター『美しい花壇、素晴らしい噴水、そして豪華なお屋敷!今日はあの水瀬グループの会長さんのお宅へお邪魔し・・・ん?』

伊織『あははっ、こらジャンバルジャン待ちなさーい、あははっ』ドスドスガシッ

犬『ワンワンッ!ワンッ!キャインキャイン・・・』

レポーター『おっと、何だか凄いことになってますね?ちょっとお話を聞いてみましょう。すいませーん』

伊織『あら、放送中だったんですか?ごめんなさーい』ムキキッ

レポーター『おお、凄い筋肉・・・このおうちの方ですか?』

伊織『はい、水瀬伊織15歳、竜宮小町というユニットでアイドルやってまーす!』

レポーター『アイドル・・・?ああ、筋肉系アイドルってやつですか。まあそれはともかく、伊織ちゃんは水瀬財閥のお嬢様なんですね。いやー立派なお父さんやお兄さんがいて幸せですねー。お父さんは普段どんな・・・』

伊織『ともかくって・・・そ、そんなことより!今日はスーパーマッスルアイドル伊織ちゃんのプライベートライフをご紹介しちゃいまーす!』ググッ

犬『ワグッ』

レポーター『あの、片手に抱えた大きなワンちゃんが苦しそうですけど・・・』

伊織『いいからほら、ついてきて下さい!まずは専用トレーニングルームから・・・』

新堂『お嬢様!』キュラキュラキュラキュラガスッ!

伊織『ちょ、ちょっと新堂何するのよM47パットンなんか持ち出して!今本番中なんだからやめっ、んぎぎぎぎぎ』ズザザザザザ

レポーター『・・・なんだかよくわかりませんが、とりあえずお宅へお邪魔しましょう!』

~事務所~

俺たちは伊織が出ている番組を見ていた。出ているといってもアイドルとしてではなく、水瀬家の特集番組としてである。だが、

響「押し負けてるとはいえ戦車と力比べするとは、やるなぁ伊織・・・」

やよい「でも、いつになったら伊織ちゃんのおうちにいくのかなー・・・博物館よりそっちが見たいかも・・・」

響「違うぞやよい、今映ってる豪邸のが伊織の家だぞ」

やよい「ええー!うわー、お掃除大変そうですー!」

響「しかしこのレポーター、アイドルを『それはともかく』ってちょっとひどいぞ、ねえプロデューサー?」

伊織『さあみんな、伊織ちゃんのファンになろー!』

新堂『お嬢様!』キュラキュラズドンッ!

伊織『へぶっ』ガスッ!

俺はこの執事のほうがいろいろひどいと思う。

 

この番組は

P「今日は0時00分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

から始まる一連の話の続きとなっていますが

とりあえず筋肉だということだけわかっておけばなんとかなるかもしれません


 

~CM~

PlayStation3専用ソフト THE IDOLM@STER ONE FOR ALL

好評発売中!

~CM~

 





大好きな技、大切な力


 

~応接室~

伊織「どこが問題だっていうのよ!」

先程見ていた番組について一対一で緊急ミーティング。俺の目からはそれはそれは問題があったのだが本人の見解としては問題無しらしい。

伊織「営業努力を誉めるのがプロデューサーってもんでしょ」

P「その前に聞きたいんだが、戦車が家の中走っていいのか?」

伊織「私有地だから問題ないでしょ!」

P「弾撃ってたぞ?」

伊織「ゴム弾だから平気よ」

M47パットン戦車の弾薬直径は90mmらしいが、砲弾と同レベルで撃ち出される硬質なゴム弾は確実に人を葬れると思う。

P「ま、まあ執事さんの奇行についてはひとまずおいておくとしてだな、ああいう公共の電波で宣伝するならせめて前もって一言相談してほしかったな。俺もプロデューサーとしてアドバイスぐらいできたから・・・」

伊織「竜宮小町の担当は律子でしょ、あんたなんて関係ないじゃない!」

P「そんなことないさ!同じ765プロの仲間なんだから、俺はみんなの力になりたいと思ってるし、みんなにもいろいろ助けてもらいたいと思ってる」

P「悩みとか困ったことがあったら相談にのりたい。俺はみんなのプロデューサーのつもりだよ」

伊織「・・・あ、あんたみたいなヒョロヒョロのアドバイスなんていらないわよ、頼りにして欲しかったらもっと筋肉つけなさいよね!」ムキンッ

そんな人類を超越したような筋肉つけたやつに頼りにしてもらうためには、俺はどこまで鍛えればいいのだろうか。

~給湯室~

伊織「だいたいあの番組もふざけてるのよ!何が『立派なお父さんやお兄さんがいて幸せですねー』よ!ね、アーノルド?」

やよい「伊織ちゃん、お父さんやお兄さんとケンカしてるの?」

伊織「別に。ただこっちの体が大きいからあっちが勝手に怖がってるだけよ」

響「おおわかるぞ、力加減が合わなくなるからいろいろ大変だよな」

伊織「ちょっと力が強いからってビビりすぎなのよ」

響「うんうん、ところでやよいの家はどうなんだ?みんな変にビビって戸惑ってたりしないのか?」

やよい「ううん、うちはみんなムキムキだから家が壊れる程度のケンカは毎日だけど、仲よしですよ?」

伊織「はぁ、気晴らしに何か美味しいものでも食べたいなぁ・・・響、やよい、一緒にどう?おごるわよ?」

やよい「ほんと!?・・・あ、うー、行きたいけど、帰って夕ご飯作らないと・・・」

響「そっか、弟たちの面倒をかわりに見てるんだっけ・・・そしたら忙しくてどこかに食べに行くのは難しいよなぁ」

やよい「そうだ、よかったらうちでご飯食べようよ!」

~スーパー~

店長「今朝玄関を開けると雨が降ってたんだ。だけど俺は傘を差さなかった。・・・なぜかって?昨日、シャワーを浴びてなかったんでね!」

HAHAHAHAHAHA!!!

店員A「HAHAHA、まったく奴のジョークは最高だぜ、なあ?」

店員B「まったくだ、あいつがいればジャパンのコミックでさえいらねえや!」

店長「おいおいそんなに褒めるなよ、じゃあとっておきのを聞かせてやろう」

店員A「ほどほどのやつを頼むぜ?なんてったって休憩時間があと5分しかないのに笑いころげてたら仕事にならねえからな!」

HAHAHAHAHAHA!!!

店長「先週のことだ、俺が道を歩いていると向こうから赤い洗面器を頭に乗せたナイスガイが歩いてきた。俺はたまらず『ヘイヘイ、なんでそんなもん乗せてんだ?』って聞いちまった!そしたらその男、なんと・・・」

店員A「なんと・・・?」

店長「・・・・・・」

店員B「・・・なんだよ焦らすなよ・・・おいどこ見てんだ、そっちは窓の外だぞ」

店長「・・・た・・・」

店員A「た?」

店長「高槻が来たぞぉ!!!」

店員A「ホーリーシット!総員緊急配備!ベル鳴らせぇ!」

店員B「ちくしょうなんてこった!今日はワイフとの結婚記念日だってのについてねえぜ!」


『業務連絡ー業務連絡ー各部署の店員は至急特売コーナーまで来られたしー業務連絡以上』

店長「敵影確認、人数!」

店員A「高槻は長女だけだが新顔が二人・・・どっちも筋肉もりもりのマッチョガールだ」

店員B「ジーザス・・・」

店長「早志は右舷、布施川は左舷を守れ。決してお客様に被害を与えるなよ・・・俺は正面に行く」

店員A「ああ、右舷は任せろ・・・死ぬなよ」

店長「なぁに、この特売が終わったら明後日息子とヤキンニクマンショーを見に行く約束をしてるんだ」


やよい「今からもやしのタイムセールですー」ズンズン

伊織「持てるだけ持てばいいのね」ズンズン

響「もやしは柔らかいんだから握りつぶさないように気をつけろよ、伊織」ズンズン

伊織「わ、わかってるわよ」ズンズン

やよい「じゃあ私は他のもの買ってくるからお願いねー」ズンズン


店員s「いらっしゃいませー!」

店長「あ・・・ありがとうござ・・・ごふっ」

店員A「て、てんちょーーーー!!」

店員B「なんということだ、色白でヒョロ長の典型的もやし人間かつ筋肉恐怖症の店長が、筋肉の塊に買われたもやしに自己投影をして勝手にダメージを受けているとは・・・!」

店長「わけわかんねえ解説ありがとよ・・・後は任せた・・・」ガクッ

店員B「無茶しやがって・・・」


やよい「今日は一杯買えましたー!大漁ですー!」ズンズン

伊織「袋がパンパンだけど、体積の割に軽いわねもやしって」ズンズン

響「自分の持ってる牛乳より軽いと思うぞ」ズンズン

伊織「で、こんなにもやし買ってどうするつもりなわけ?」

やよい「今日は木曜日恒例もやし祭だよー!」

伊織「何か盛り上がらなさそうなお祭りね・・・」

伊織「そんなことないよ、すっごい激しいんだからー!」

響「いつもやよいが夕ご飯作ってるのか?」

やよい「お父さんとお母さんいつも仕事で遅いから、食事の支度とか弟たちの世話は私の仕事なんです!」

響「そうか、やよいはえらいな、今日は自分も伊織もいっぱい手伝うぞ!」

ガチャバキッゴゴゴゴゴゴ

やよい「じゃーん、我が家へようこそー!ただいまー!みんないいこにしてたー?」

やよい妹弟「お帰りー!」ドスドスドスッ

やよい「アイドルのお友達連れてきたよー!」

伊織「おじゃましまーす」ムキッ

響「よろしくな!」ムキキッ

やよい妹弟「いらっしゃーい!」ムキンッ

長介「やよい姉ちゃん、浩三のミルクは?」

浩三「Ah、Ah」

やよい「ちゃんとアメリカ産ミルク買ってきたでちゅよー、もやしもいっぱいでちゅよー!えへへ、響さんと伊織ちゃんに手伝ってもらったからいっぱい買えたんだー!」

浩三「Thank you」

長介「じゃあ俺、ミルク入れてくるよ」

やよい「ありがと、長介!じゃあ私はお夕飯の支度するね、今日はもやし祭だから!」

~夜、やよい家居間~

長介「ほらミルクだぞー」

浩三「very good」ゴキュゴキュ

伊織「あんたは遊ばないの?」ドスドス

長介「え?あ・・・えーっと」

伊織「水瀬伊織よ。伊織でいいわ」

長介「伊織さん・・・んと、そんなことはないけど、できることはちょっとずつ手伝うようにしてるんだ。やよい姉ちゃん仕事で忙しいし」

伊織「偉いのね、まだいっぱい友達と遊びたい歳でしょうに」

長介「そりゃまあもっと遊んでたいと思うけど、やよい姉ちゃんが頑張ってるの知ってるし、なによりやよい姉ちゃん強いし・・・」

長介「凄いんだよ、俺たちが三対一でかかってもみんな倒しちゃうんだ!そんなやよい姉ちゃんに近付くためには、遊んでばかりはいられないかなって・・・直接いうのは恥ずかしいけど」

やよい「ごはんできたよー!」ヒョコッ

長介「わっ!い、今いくー!」

やよい「?伊織ちゃん、長介と何話してたの?」

伊織「ただの世間話よ・・・いい弟さんね」

やよい「えへへ、技はまだ未熟だけど自慢の弟ですよ!」

やよい「ではもやし祭開催しまーす!」

伊織「本当にもやしばっかりね・・・」

やよい「この我が家の秘伝のソースがあるから、すっごい美味しいし栄養があるんだよ!」

長介「元気が出てくるんだ!」ムキッ

かすみ「そのまま一戦したくなるよね」ムキッ

浩司「つよくなれるんだぜ!」ムキッ

伊織「怪しいものが入ってるんじゃないでしょうね・・・」

やよい「ではもやしに続いてソース投入ー!」ドバァ

ジュウウウウウウ

響「んー、ソースが鉄板で焼けるのはやっぱりいい匂いだぞ」

やよい「軽く混ぜてできあがり!いただきまーす!」

皆「いただきまーす!」

響「もぐもぐ・・・ん!美味いぞこれ!」

伊織「本当に?・・・どれどれ・・・」パクッ

やよい「どうかな伊織ちゃん?」

伊織「・・・んー!美味しい!すごいわこのソース!あとでレシピ教えて!」

やよい「あう・・・門外不出だからちょっと難しいかなーって」

伊織「そ、そうなの・・・残念だわ・・・」

響「伊織、喋ってると無くなるぞ」モグモグ

伊織「無くなるぞっていうか無くなってるじゃない!」

やよい「大丈夫ですよ、おかわりたーっくさんありますから!じゃあ第二弾開始しますね」ドバァジュッ!

やよい「わっ、ソースが焼けてはねてきちゃった、拭かないと」

長介「ちょうど浩三の手のところにも飛んだみたいだよ・・・あ、舐めた。おいしいかー?」

浩三「Ah,Ha?Ah!A・・・a・・・aaa・・・」

長介「?・・・やよい姉ちゃん、なんか浩三の様子が」

浩三「Ahhhhhhhhhhhhhh!!!!!」ベキバキボキバキッ!

伊織「な、何よ一体!?」

やよい「浩三がベビーベッドを壊して降りてきました!」

浩三「Ohhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」ブンッバキッ

響「なんだこれ、普通じゃないぞ・・・!」

ハム蔵「ジュイッジュジュイッ」

響「なんだって!?浩三にあげてたアメリカ産ミルクと高槻家秘伝のソースが奇跡的な分量配合によって特殊な反応を示して浩三の力を暴走させてるだって!?」

伊織「なんでそんなに詳しいのよ!」

響「ハム蔵はペットフードの関係で食材が生物に及ぼす影響の研究をやってるからな!医学的見地から食べ合わせの真偽を暴いてるんだぞ!」

伊織「ハム蔵、アイドルのペットより他に天職あるでしょ絶対!」

やよい「と、とにかく浩三をなんとかしないと・・・」

伊織「見たところまだ赤ん坊じゃない、そのうち疲れて勝手に止まるんじゃないの?」

響「ダメだぞ伊織、興奮作用が出てるから一晩ぐらい動けるみたいだ」

響「それにそもそも、まだ成熟しきってない体であの力は過剰なんだ。あんな状態で動き続けたら骨がバラバラになっちゃうんだぞ」

伊織「じゃあ私が羽交い絞めにして、効果が切れるまでそのままならいいでしょ?組みは専門じゃないけど、子供相手なら・・・」

響「・・・伊織は、暴れてる状態の幼児から一撃も食らうことなく背後に回って絞めることができる?」

伊織「ど、どういうことよ、『耐えられるか』じゃなくて『食らわないか』なんて」

響「自分たちの体は、筋肉系だから”硬すぎる”んだ。普通の人なら殴り掛かってきた方が手を痛めるほどに・・・それが赤ん坊なら尚更」

やよい「じゃ、じゃあどうすればいいんですか響さん、この部屋の中なら平気だけど、隣の部屋にはタンスとか大きな柱があるからどうにかして止めないと浩三が、浩三が・・・!」

響「自分の思いつく限り、これをなんとかできるのは美希、貴音、そしてやよいだけだ」

やよい「私・・・?」

響「美希なら避けながら、貴音ならテクニックで浩三に負担を与えないように絞められる・・・けど」

伊織「今日は二人とも別の県まで泊まりで仕事よ」

響「だから別の手段、一度完全に動きを止めて、それから絞める。それが出来るのはここにいる中じゃやよいだけだぞ」

やよい「そんなこと言われても、私どうしていいかなんて全然・・・」

響「前に自分たちが出たゲロゲロキッチン、覚えてる?あの時自分が千早に対して使った技を」

伊織「・・・!顎先へのピンポイント打撃ね!脳を揺らされた千早は数秒間立てなくなったわ!」

やよい「だ、だったら響さんが浩三を止めてくれたら」

響「・・・自分じゃ無理だぞ。ほら、浩三を見て」

浩三「UhhhhhhhHaaaaaaa!!!」ズシンブンッ

長介「うおっ危ねっ!ほら急げ、当たったら危なそうなものを二階へ持っていくんだ!」

浩太郎「にーちゃんテレビ重いー」

長介「いいよテレビは後で!壊れたらまた拾ってくるしタンスより柔らかいから置いてけ!」

浩司「『お前は最後に運ぶと約束したな・・・』」

長介「うるさい!」

響「あんな感じで暴れてる上に、そもそも狙うべきアゴが小さすぎる。千早は隙だらけだったから出来たけど、あれが相手じゃ無理だ」

響「それが出来るのは、765プロで一番のカウンターの名手で技巧派なやよいだけだ」

やよい「で、でもそれって失敗したら・・・」

伊織「浩三の顔面にスピードの乗った一撃が当たることに・・・」

やよい「・・・私には・・・私にはそんなことできな」

響「やよい!」

やよい「っ!」ビクッ

響「放っておいたら浩三が危ないんだぞ!これはやよいにしか出来ないんだ!・・・それともう一つ」

響「本当は自分、『やよいにしか出来ない』じゃなく、自信を持って『やよいなら出来る』って思ってるんだぞ」

やよい「ひ、響さぁん・・・」

伊織「ごめんねやよい、私じゃ上手なカウンターは打てない・・・けど、上手く行ったら私が絶対にあの子に怪我させないように、力尽きるまで絞めるから」

やよい「伊織ちゃん・・・うん・・・わかった、やってみる・・・」




伊織「それにしても響ってばすごい知識と説得力ね、少し見直したわ」ボソボソ

響「まあ最後の自分のセリフ以外は全部ハム蔵の受け売りだけどな」ボソボソ

伊織「ええそうよね、薄々気づいてたわよ」ボソボソ

伊織「・・・はぁ、まさかこんなことになるとはね・・・」

伊織「『悩みとか困ったことがあったら相談にのりたい。俺はみんなのプロデューサーのつもりだよ』・・・か」

伊織「どれだけ役に立つかわからないけど、いないよりマシよね、きっと・・・」ポパピプペ

prrrrr

P『どうした?』

~事務所~

P「え、やよいの弟がソースで暴走?カウンターが決まらないと家庭の危機?どゆこと?あ、ちょ」ガチャッツーツーツー

小鳥「どうしたんですかプロデューサーさん?」

P「ええと、伊織からなんですけど、なんかよくわからないというか」

とりあえず俺は聞いたままを音無さんに伝えてみた。

小鳥「なるほど、聞いた感じではなんだかややこしいことになってるみたいですね」

P「ええ、わざわざ連絡してくれたのはありがたいんですけど、俺が行ったところで何かの助けになるかというと・・・はは、まだまだ非力ですんで、役には立たなそうですね」

小鳥「いいえ、例えプロデューサーさんが顔を見せただけでも、すごい助けにはなりますよ」

小鳥「だって伊織ちゃんが電話したのは家でも事務所でも律子さんでも、ましてや私でもなく・・・プロデューサーさんなんですもの」

小鳥「そばにいてほしいと思った人がそばにいるなんて、これ以上の助けありませんよ」

P「・・・そうですね・・・うん、そうだな、よし!音無さん、ちょっと行ってきますね!」

小鳥「あ、えっと、私もついていってもいいですか?」

P「別にかまわないと思いますけど・・・?」

小鳥「なんというか、私も行ったほうがいいような気がしまして・・・女の勘、ですかね?」

P「じゃあ車回してきますんで下で待っててください」

小鳥「あ、プロデューサーさんを担いで走っていきましょうか?そっちのほうが速いかも」

P「ノーサンキューです」

~やよい家前~

P「事務所の書類にあった住所によるとここらへんですね」

小鳥「30分ぐらいかかりましたが、やよいちゃんたちどうなってるんでしょうか・・・」

P「案外すんなり解決してたり・・・」

Foooooo!!!!バキッメキッ

P「・・・してないようですね」

小鳥「急ぎましょう!」

小鳥「やよいちゃん!」ガチャバキッ

P「今の状況は・・・」

やよい家に入った俺たちが見たものは、半壊した居間、アメリカン口調で叫びながら恐ろしいほどの力で暴れる幼児、

そして膝をつくやよいと、それを心配そうに眺める伊織と響の姿だった。

浩三「WYYYYYYYYYYY!!!!!」

P「うおうるせえっ・・・じゃなくて、だ、大丈夫かやよい!」

小鳥「やよいちゃん、どこか怪我を・・・」

伊織「・・・怪我なんてしてないわ」

P「じゃあ、なんで・・・?」

やよい「・・・・・・り・・・・・・です・・・」

P「え?」

やよい「むりです・・・私には・・・できないんです・・・!」

やよい「何度も何度もチャンスはありました!でもいざ打とうとすると怖くなるんです!」

やよい「手元が狂ったらどうしよう、顔を、いいえ、たとえ身体でも殴っちゃったら」

やよい「自分の弟を自分の手でまともじゃない身体にしちゃったら・・・そんなことしたら私は・・・私は・・・!」

そういって静かに泣きはじめるやよい。俺でもわかる、戦意喪失というやつだ。

隣の二人も俺たちが来るまで散々なだめたり励ましたりしたのだろう、今では憔悴した顔でただ眺めている。

P「・・・やよ」

い、と言い切る前に音無さんが前に出てくる。一瞬こちらに向けた視線は『私に任せてください』と言っていた。

P(ああ、音無さんなら安心だな。俺よりずっと彼女たちについて詳しいだろうし、きっと優しくやよいを立ち上がらせてくれるだろう)

小鳥「やよいちゃん、こっち向いて?」

優しく語りかける音無さん。

やよい「小鳥さん・・・」

小鳥「あのね、やよいちゃん・・・」







小鳥「歯を食いしばりなさい」



ズゴンッ!!


音無さんがやよいを思いっきり殴った。

P「えっ」

吹き飛んだやよいは壁を一枚ぶち抜いて台所に転がり込んだ。

P「えっ・・・えっ?」

ところでこの中で一番困惑しているのは俺だ。伊織や響も驚いているようだが、俺ほど取り乱していない。何故だ。


小鳥「やよいちゃん、あなたは大きな勘違いをしているわ」

やよい「かん・・・ちがい・・・?」ムクリッ

砕けた壁の向こうからたいしたことなかったというように立ち上がるやよい。

小鳥「ええ、見失っているといってもいい。ねえやよいちゃん、あなたは何のためにアイドルになろうと思ったの?」

やよい「それは・・・お金を稼いで、家族が楽になれるように・・・」

やよい「それで、弟たちも筋肉つけて元気に育ってくれればいいなって・・・」

小鳥「そうよ、家族を守るために得た力じゃない。今、ここで、弟さんを守るために使わなくて一体いつ使うっていうの?」

やよい「!」

やよい「そう・・・私は失敗することばかり考えて・・・力を恐れてました・・・」

やよい「そして・・・何のための力かもわからなくなって・・・!怖くなっちゃって・・・!」

小鳥「自信を持ってやよいちゃん、『家族を守る』、その目的のために鍛えた技が家族を傷つけるはずがないんだって・・・!」

やよい「・・・はい・・・!私、絶対に浩三を助けます!」

やよい「私の、技と力で!」

響「タイミングは任せろやよい!ハム蔵の野生の勘で助けるぞ!」

ハム蔵「ジュイッ」

伊織「やよいは一撃に集中しなさい!後は私が確実に押さえるから!」

やよい「響さん・・・伊織ちゃん・・・はい!お願いします!」




P(・・・あー、さっきのは気合い入れの張り手みたいなものだったのか)

スケールがでかすぎて気づかなかった。マッスルギャップってやつだなこれが。

そうして三人がそれぞれの位置に陣取った。

伊織は浩三君の背後へ、響は浩三君の注意を引き、タイミングを計るため正面へ。

同じく正面に、少しずつ間合いを狭めていくやよい。その目には先程までの迷いはなく、ただ浩三君の顔、そして打ち抜く目標である顎を見つめていた。

そして中央の浩三君は、囲まれていることと周囲の家具はあらかた破壊し終えたことからか、比較的落ち着いて立っていた。

だがその足元は幼児ゆえにおぼつかず、不規則に揺れる上体が的を絞らせない動きを呼んでいる。

おまけに時々ボソリとファッキューとか聞こえるのがまた別の意味で不安だ。

この感じではまさか浩三君から襲い掛かってくることはないだろうが、

P(どうするつもりだろうか・・・そもそも、どうやって響は隙を作り出すつもりだ?)

そして、間もなく夜中の八時を迎えようとしたときであった。

響「・・・・・・」ピッ

響がおもむろにテレビのスイッチを入れた。

『ヤキンニクマン参上!』

流れ出すアニメのOP。軽快な音楽とムキムキのアニメキャラが映し出される。

おそらく普段からよくアニメを見ているのだろう、浩三君もそちらに一瞬気を取られ、結局響お前それ他力じゃねえかと俺が突っ込む間もなく、



--やよいが、動いた--


 

素早い踏み込みで、一瞬でミドルレンジまで持ち込んだやよいは、その勢いのまま右拳を振った。

だが角度がおかしい。あの振りでは当たるのは拳ではなく腕。腕の角度こそ90度近いとはいえあれではブローではなくほとんどラリアットだ。

もちろんラリアットなど首の座らない幼児に当てればまさに首を刈り取るように粉砕してしまうだろう。

P(まさか・・・やはり緊張で腕が伸びなかったのか!)

だがもはや腕を止める余裕はない。軌道が逸れるか浩三君が避けてくれることを祈るのみだ。

バカな。避けられるわけがない。健康な成人でもやっと避けれる程度のスピードなのだ。普通の幼児では精々反射的に頭を振るぐらいしかできまい。

浩三「Ahh!!」ブンッ

しかし流石というべきか、驚くことに浩三君は頭を振り、なおかつ膝も落として回避行動をとってきた。

P(よし、これなら最悪の直撃だけはなんとか回避できる・・・!?)


瞬間、

やよいの腕橈骨筋が隆起した。

カスンッ


と乾いた音を一つ立て、やよいの拳は振りぬかれた。





誰も動かぬ、永遠とも思える一瞬。

そして、そんな緊張で張りつめた静寂を破ったのは



浩三「Jesus・・・」ドサッ

浩三君の地に倒れ伏す音であった。

響「か、確保ぉ!」

伊織「もうやってるわ、よ!」ガシッ

ギチッと背後から浩三君を捕獲する伊織。

響「よし、これでひとまず大丈夫だな!じゃあ自分は上の階の弟たちを呼んでくるぞ!」ドスドス

P「・・・まあよくわかんないけど、とりあえずお疲れ様、やよい・・・やよい?」

声をかけても返事がない。軽く手を伸ばして肩を叩いてみると、

やよい「・・・・・・」グラァッ

ドサッ

P「やよい!?大丈夫か!お、音無さん、救急車を・・・!」

小鳥「大丈夫、慌てないでくださいプロデューサーさん。やよいちゃんはちょっと疲れちゃっただけです。すぐに気を取り戻しますよ」

やよい「・・・・・・う、うぅん・・・」

音無さんの言うとおり、やよいはすぐにうっすらと目を開け、

やよい「・・・あ、あれ、ええと・・・あっ、浩三!浩三は!?」ガバッ

小鳥「大丈夫よやよいちゃん、何処にも怪我はないし、ちゃんと伊織ちゃんが絞めてるわ」

やよい「よ・・・よかったぁぁぁぁぁぁ・・・あうっ」クラッ

P「ああほら、一瞬でも気を失ってたんだから無理するな。汗もすごいし、今タオルと水持ってくるから少し寝とけ」

やよい「すいませんプロデューサー・・・」


弟に拳を打ち込む重圧、タイミング、悪い予感を振り払う意志。

あの一瞬にどれだけ精神をすり減らしたのだろうか、やよいの顔は玉のような汗でびっしょりだった。

小一時間後、とりあえずの介抱と最低限の家の処置を終えた俺は、音無さんと事務所への帰路についていた。

伊織はあのまま一晩中浩三君を絞めているし、響も疲れ果てたやよいの代わりに弟たちの面倒を見ると張り切っていた。予期せぬお泊り会ということだ。

小鳥「今日はお疲れ様でしたね、プロデューサーさん」

P「いやあ、俺は結局後片付けぐらいしかできませんでしたけど・・・それにしても、浩三君が無事でよかったです。彼が避けようとしてくれたおかげで顎に当たるなんて、すごい偶然でしたね」

小鳥「え?・・・ああ、あはは、違いますよプロデューサーさん。あれは偶然じゃなくて狙い通り、やよいちゃんの新技です」

P「え?だってやよいはただ殴っただけ・・・じゃないんですか?」

小鳥「ええとですね・・・普通のブローはこう、腰をひねって肩を入れて、肘を伸ばしながら打ち出すじゃないですか。理想的な打点は肘を伸ばしきった時で、一番加速したときです」

といいながら軽く素振りしてくれる音無巨鳥さん。拳圧が涼しい。

小鳥「ストレートで打つ場合は目標は点になって、不規則に動く相手には当たりにくいんです。かといってフック気味に打つと軌道上の別のところに当たるかもしれません」

小鳥「確実に当てるために、しかしスピードをのせて打ち込むために彼女が考えたのが、『肘の角度をギリギリまで固定しないこと』だったんです」

肘の角度を広めに取り、スピードは腰と肩を入れて生み出す。

目標に近付きながら肘を動かして狙いを微調整し、当たる寸前で角度を固めてねじ込む。

やよいが弟の身を守るため、顎だけを打ち抜くために己に眠る技術をかき集めて生み出したのがこの技であった。

小鳥「当然普段よりも力を入れて軌道を変えないといけないから、腕にかかる負担や狙い続ける集中力は普通の一打とは比べ物になりません」

小鳥「・・・とはいえこの技、理論上は必中ですよ。手の届く範囲に避ける相手であれば追えるわけですから、極めたら美希ちゃんにすら当たるかも・・・」

今日の音無さんはいささか興奮気味なようで、いつもより言葉にも熱がこもっている。多分独りで格闘技の解説とか独りで家で独りでやってるタイプだろう独りで。

小鳥「今何か失礼な邪念が」

P「気のせいじゃないですか?」

小鳥「そうだわ、せっかく久しぶりのオリジナル技だから名前を付けちゃいましょう、えーっと・・・なんかいい案ありませんかプロデューサーさん?」

P「え?ええと、そうですね、印象としてはなんか腕がラリアットっぽいなーぐらいで・・・」

小鳥「ラリアット・・・・・・キル・・・・・・」

いきなり物騒な単語が付け足された。

小鳥「そうだわ、Kill like making Lariat(ラリアットを打つ時のように放つ必殺技)で、略して”キラメキラリ”にしましょう!」





こうして、後に彼女の代名詞ともなる必殺技『キラメキラリ』が誕生したのであった。

~事務所~

P「それでは、お先に失礼します」

小鳥「はーい、お疲れ様でした。暗いから石掴み損ねないように気を付けてくださいね」

P「窓からは出ませんから。お疲れ様でした」

ちなみにここは9階であり、ボルタリング用の足場が取り付けてあるため彼女たちには安全かもしれないが命綱すらないため俺には安全ではない。

俺はもう慣れてしまった9階からの階段を軽やかに降りて帰るのであった。

―――――――――――――――

小鳥「・・・ふぅ・・・」

少し疲れた気がする。といっても肉体的なものではなく、それはもちろんまだまだ若いから平気なのであって、まあそれはとにかく精神的な疲れである。だがこの疲れは心地よいものだった。

久しぶりに心臓が高鳴った。やよいちゃんの卓越した技、まだまだ未熟なものであったが、確かに彼女に近いものを感じ取ることが出来た。

そしてあの集中力と闘気・・・

小鳥「確実に、次代の芽が育ち始めたのね・・・」

だがその溢れる期待と同時に、抱いたのは一抹の不安と焦燥。

小鳥「思ったよりも早かったわ・・・」

瞬間的とはいえあれだけの闘気だ。近隣に居れば恐らく感じ取られて・・・


そのとき、

 

カシャーン!!!!


激しく叩いたウィンドベルのような音を立て、蛍光灯が一つ砕けた。同時に事務所の一角が暗くなるが、そのことは全く意に介さない。

中から何かをぶつけたのではない。明らかに外から、しかも閉じている窓ガラスにはヒビ一つ与えずに中の蛍光灯だけを破壊したのだ。

こんな芸当ができるのは、私の知る限りただ一人。

小鳥「・・・・・・・・・ええ、そうね」

心によぎるのはただ一つ。予感が確信に変わったという事実のみ。

小鳥「また、騒がしくなるわね」


―――――――――――――――




刻が近づいていた。

 

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

秋月律子です!

はっきり言って次回は全国の殿方必見の癒し回ですよ!

最近の筋トレサボり気味のそこのあなたも、まだ鍛えぬあなたも

次回、『まっするへの回り道』を

お楽しみにー!

☆NOMAKE

~用語集5~

・キラメキラリ

高槻やよいの技の一つにしてカウンターを得意とする彼女の代名詞
キルライクメイキングラリアット
Kill like making Lariat(ラリアットを打つ時のように放つ必殺技)を略してキラメキラリと名付けられた
ピンポイントで弱点を打ち抜くために開発された技なので、アームブロックや胸部といった硬い部分に当てると逆に使用者がダメージを受けてしまう
角度の変化に耐えうる柔軟で強靭な肘と微調整を可能とする動体視力及び反射神経、そして失敗を恐れず打ち抜く度胸が求められる高度な技

~アイドル名鑑No.3~

高槻やよい

技巧派
得意技はカウンター
また、家庭環境により一対多の戦いに慣れている
そのしなやかな肉体から技のタイムセールスの異名を持つほど多彩な高等技術を使いこなす

大家族の食糧事情を勝ち抜いた結果手に入れた戦闘スタイルは”伝説”に通じるものがあった
基本的に金目当てで働いているが、正当な報酬のみを受け取ることを信条としている
稼ぎたいというのは弟たちにも十分な食料を与えて十分な成長をしてもらいたいと思う姉心

という感じで七話おしまいです
なお正確には腕を曲げるのはアックスボンバーでラリアットとはちょっと違います
店員大爆笑
小鳥さんはいい先生になれる

このまま同じチャンネルで第一話~第六話の再放送を行います。

前回放送との変更点は
・誤字脱字の修正
・呼称修正
・CM等カット

となり、本編自体の変更はありません。

再放送の予定は明日から一話ずつ。

P「今日は0時00分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

  


『アイドル』

それは女の子たちの永遠の憧れ

だが、その頂点に立てるのは、ほんの一握り・・・

そんなサバイバルな世界に

13人の女の子たちが足を踏み入れていた


  

春香「ふっほっふっほっふっほっ」

(タイヤを6個引きずりながら坂を下り走る少女)

彼女は駅の入り口でタイヤを外し、改札へと向かう。

少女「あ、おはようございまーってわあぁ!」バキバキバキッ

あまりの図体の大きさに横幅が足りなかったのか、改札を破壊しながら駅に入ってくる少女。

駅員ももう見慣れた光景なのか、穏やかな笑みをたたえてその光景を眺めている。

決して文句を言ったら殺られるとか、そういう引きつった笑みではないはずだ。

少女は何事もなかったように(つまり改札を破壊したことなど意にも介さず)立ち上がる。

トレードマークのリボンが遥か頭上高くで揺れていた。

彼女の名前は天海春香。

765プロ所属のアイドルである。

彼女の自宅は事務所から遠いため、こうして朝早くから電車で通勤しているのだと思っていた。

電車がホームに停車すると、彼女はバッグからイヤホンを取りだし装着して、



そしておもむろに線路へと飛び降りた。



春香「じゃあ先に行ってますから、カメラマンさんはそれに乗ってゆっくり来てくださいねー!」

そういうが早いか彼女はその巨体を軽やかなステップで弾ませ、すごいスピードで線路を走り出した。

駅員も運転手も皆見ていないふりだ。ここは先達に従っておく。カメラの電源も切っておこう。


ようやく目的の駅についたとき、彼女の姿を構内に発見した。

人ごみの中でも頭一つ飛びぬけているのでとても見つけやすかった。

「事務所までどれくらいかかるんですか?」

春香「電車だと2時間ぐらいで、走ると30分ぐらいですね」

「通うの大変じゃないですか?」

春香「はい、でも後ろから電車に追われてるスリルとか、頂いた資料とか読んでたらあっという間ですから気になりません!」

彼女に連れられて立ち寄ったコンビニでは、また一人巨大な女性がいた。

春香「あ、真おっはよー!」

真「おはよう春香!」

ボーイッシュで中性的な顔立ち、春香ちゃんとも引けを取らないひきしまった肉体の少女が立ち読みをしていた。

彼女の名前は菊地真。

765プロ所属アイドルである。

彼女はカロリーメイトと栄養ドリンクを棚買いすると、それらを片手で軽々と抱えて店を出て行った。

大通りに面している10階建てのビル。

765プロダクションはその9階と10階を使用している。

春香「いつになったらエレベーター直るのかなぁ」

真「ま、いい運動になっていいんじゃない?」

そういうと、彼女たちはするするとビルの壁を登りはじめた。

ちなみに命綱は無いが、ボルタリング用の足場が取り付けてあるため彼女たちには安全だ。

春香「あ、カメラマンさんは階段でどうぞー」

ありがたく階段を登らせていただいた。

『芸能プロダクション 765プロダクション』

とても重そうな扉にはそう書かれてあった。

春香真「せーのっ、765プロへようこそ!」

彼女たちの上腕二頭筋が盛り上がり、ゴゴゴゴゴという音を立てて重厚な扉がゆっくりと開き始める。

ときおり悲鳴のように響く扉のきしむ音が、未来を予兆しているようだった。

 

THE iDOLM@SCLETER





これからが彼女たちの筋トレ

 

・彼女たちの『日常』


女性「おはようございます、秋月律子です!765プロでプロデューサーをしています!」ビリビリビリッ

あまりの気合の入った大声にガラス窓が揺れていた。

彼女の名前は秋月律子。

765プロ所属プロデューサーである。

ちなみに765プロの社長によれば、彼女も元アイドルであるそうだ。言われずともその巨体を見れば一目でわかったが。

免許を取得したとか、家に新しいトレーニングマシンを導入したとかいう話をしていると、興味があるのか横から双子がちょろちょろと顔をのぞかせていた。

インタビューの邪魔になると思ったのか、彼女は双子の襟元をつまみ持ち上げた。

双子も180センチはあるが、律子さんにつまみあげられると足が宙に浮いている。

律子「取材中なんだから、二人ともちゃんと挨拶しなさい」

双子「イエッサ!」



双子左「双海亜美!」

双子右「双海真美!」

亜美真美「でぇーっす!」

ズシンズシンと近づいてくる巨体の二人。

彼女たちの名前は双海亜美と双海真美。

765プロ所属アイドルである。

斜め上からなんか聞いて!なんか聞いて!とねだってくる様は恐怖を覚える。

少女「うおーっ!大変だー!またハム蔵が逃げたー!」

事務所の中で突然雄(?)叫びを上げているのはポニーテールの少女。

彼女の名前は我那覇響。

765プロ所属アイドルである。

ハム蔵というのは彼女のペットであり家族であるようだが、しょっちゅう逃がすらしく周りも慣れたような目で響ちゃんを見ている。

その後給湯室で何やら一悶着あったようだが、巨体が乱立していてよく見えなかった。



この事務所は彼女たちにとって明らかに狭い。

他の一角では先ほどの春香ちゃんが別の少女になにやら携帯音楽プレーヤーの操作方法について教えていた。

「ボタンが小さくて押しづらい」と聞こえたような気もするが、彼女の指は俺の2倍ほどの太さなのでボタンのせいではないだろう。



応接室に行くと、4人掛けのソファを二人の長髪の女性が物理的に占領していた。

一人はおっとりとしていて、一人はミステリアスな雰囲気であった。もちろん威圧感も並ではない。

対岸のソファも一人の少女が頭と足を大幅にはみ出した状態で寝ているので座れない。



この事務所の家具は彼女たちにとって小さい。

ちょうど寝ていた少女が目を覚ましたようなので、話を聞いてみた。

彼女はあふぅ、と一つあくびをすると

少女「星井美希、中3なの。あと大胸筋おっきいよ・・・おわり」

と、わずかなステータスを並べ立てたかと思うとまた眠ってしまった。

彼女の名前は星井美希。

765プロ所属アイドルである。

確かにバストはゆうに100センチは超えているだろうが。確かに膨らみも存在するが。

幸か不幸か、それはほとんどの男の劣情を誘うことは、無い。

・職業:アイドル


彼女たちのレッスンにも同行して取材することにした。

まずはボーカルレッスンだ。

美希「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

パリーン、パリーンとグラスの割れる景気のいい音がする。

もちろん音で割っている。

春香「ふーーーーーー!!」

こちらは肺活量のトレーニングだろうか、ろうそくの火を吹き消している。

3メートルほど離れているが、慣れたものだ。


ボーカルとは過酷なものである。

雑誌の取材にも同行した。

菊地真くんと、また一人別の少女と合同のようだ。

真くんが勢いよくムキムキと自己アピールをする横で、気持ちだけでも縮こまっている少女がいた。

彼女の名前は萩原雪歩。

765プロ所属アイドルである。

ふと気づくと、雪歩ちゃんが記者に話を振られてワタワタしていた。

巨大な質量とはそれ自体が強力な武器であり、うろたえる彼女の揺れる身体は凶器だ。記者も3歩ほど後ずさる。

雪歩「あ、あの、私男の人と話すの苦手で・・・そもそも人に自慢できるような特技とか全然なくて、それなのにアイドル目指そうなんて夢見すぎでしょうか・・・?」

記者「そ・・・んなこと俺に聞かれてもね・・・はは・・・」

その巨体は十分素質ありだよ、という言葉を飲み込んだのが手に取るようにわかった。

雪歩「こ、こんなダメダメな私なんて・・・穴掘って埋まってますぅー!」

そういうと突然素手で床をぶち抜き、猛然と土をかき分け穴を掘りはじめる彼女。

五指は頑丈な掘削具となり、広い掌は土塊を握りしめ水をかき分けるように掘り進む。

アイドル以外にこれを止める術を持つものはいないだろう。

次は、CDの路上販売についていった。『握手会(自己責任)』の文字は無視した。

到着すると、二つの巨体がCDショップの前でCDを手売り販売していた。

片方は春香ちゃん、もう片方は765プロ事務員の音無小鳥さんだ。

この事務所は事務員もでかい。

CDを購入してくれる人は少ないようで、二人ともビラを撒くのが主な仕事となっていた。

道行く人にとってのビラを受け取りやすい位置は彼女たちにとっての中腰であるため、少ししんどそうである。

到着すると、音無さんは用事があると言って入れ替わりで別の場所へ向かった。

春香「じゃあ、二人で頑張りましょう!」

頭一つ上からの励ましの声を聞きながら、ビラ配りを手伝うこととなった。

ライブ会場の前座で歌の仕事があるということで、そちらも見に行った。

前座なのでほとんどの人が聞くともなしにうろついている中、彼女はその巨体から驚くほど澄んだ声を響かせていた。

少女「あおいーとりーもしーしあわせー」

歌っている彼女の名前は如月千早。

765プロ所属アイドルである。

「歌が好きなんですね」

千早「はい・・・私には歌しかありませんから・・・遊んでいる暇はないんです・・・」

そう言った彼女の瞳はどこか寂しさに揺れているようだった。

余談だが、彼女も大胸筋が非常に発達している。

が、そこに彼女の求めるものはおそらく、無い。

オーディションがあるということで、そちらにも同行した。

まずは先ほどのミステリアスな少女だ。

彼女の名前は四条貴音。

765プロ所属アイドルである。

審査員「では四条さん、出身はどちらですか?」

貴音「ふふ、それはとっぷしぃくれっとです・・・あるいは知らないほうが良いかもしれませんよ?」

審査員が怯えていたのが印象的だった。


「トップシークレットとは、持ちネタですか?」

貴音「いえ、私は単に興味本位で素性を聞かれるのは好みではないのです・・・人には誰でも、秘密の1つや100個はあるものですから」

「どうすればそのような身体になれますか?」

「ええ、少々特殊なクスr・・・それはとっぷしぃくれっとです」

ドーピング疑惑が出たが、冗談だと思いたい。

次は響ちゃんのオーディションだ。

審査員「では、自己紹介をどうぞ」

響「はいさーい!自分、我那覇響です!ダンスとフライパン曲げが得意で、動物が大好きなんだ!」

響「自分の家にはハムスター、ヘビ、ワニ、ライオン、ゴリラ、コンドルがいるんだぞ!でも自分が頂点だからみんな統制がとれてるさ!まず朝起きたら点呼から始まって・・・」

延々と動物について語っていたが、適当なところで打ち切られてしまった。

「実際のところ、そんなに動物がいて大丈夫なんですか?」

響「なんくるないさー!といっても、本当は頂点なのは自分とハム蔵のコンビなんだけどね!」

響「ハム蔵が参謀で、それに従って自分が行動すると、負けなしなんだ!ハム蔵は筋力では誰にも勝てないけど、ハム蔵の頭脳には誰も勝てないさ!」

ハム蔵「ジュイッ」

「ハムスターに従う人間・・・」

響「あ、馬鹿にしたな!ハム蔵は凄いんだぞ!通信だけど大卒なんだぞ!」

ハムスターが卒業できる大学とはいったい・・・?

事務所に戻ったところ、また別のアイドルを迎えに行ってくれと言われた。

彼女もオーディション帰りだが、その表情は浮かない様子だ。

彼女の名前は三浦あずさ。

765プロ所属アイドルである。

雑誌の専属グラビアの選考だったようだが、落ちてしまったようだ。

あずさ「せっかく律子さんに教えて頂いた決めポーズがあったんですけど・・・」

「どんなポーズですか?」

あずさ「えっと、確かこんな感じで腕を上げて・・・」

見事なモストマスキュラーであった。

しばらくともに歩いていたが、気が付いたら知らないところを彷徨っていた。

あずさ「あらあら、ここはどこでしょう~?」

「誰かに聞いてみましょうか?」

あずさ「すいません、お願いします。私が聞こうとすると、なぜだか皆さん逃げてしまって・・・」

迷う理由の一端が垣間見えた様な気がした。

事務所に戻ると二人の少女がいたため、まとめてインタビューすることにした。

お嬢様然とした少女と、元気いっぱいの少女だ。もちろん巨体である。

お嬢様然とした彼女の名前は水瀬伊織。

元気いっぱいの彼女の名前は高槻やよい。

二人とも765プロ所属アイドルである。

「まずは水瀬さん、どうしてアイドルになったんですか?家はあの水瀬財閥と伺いましたが」

伊織「父親や兄たちはそうですけど、私は私の手で何か掴みたいと思ったんです」

サッカーボールを片手で掴めそうなその手なら何でも掴めるだろうと思ったが、そういう意味ではないことぐらいは知っている。

とりあえず話しの矛先をそらすことにした。

「そのウサギの人形は?いつも持っていますよね?」

伊織「ウサギじゃないです!この子にはちゃんと、『アーノルド=スレイター=メイトリックス』という名前が・・・」

やよい「わー、プロテインみたいで美味しそうな名前だねー!」

伊織「ちょっと、プロテインと一緒にしないでよね!」

「手放さないのには理由が?」

伊織「手放さないと言いますか・・・つまりこうなんですよ」

伊織ちゃんがそのウサギの人形を目の前の木製のテーブルにゴトリと置くと、大の大人が2、3人乗っても大丈夫そうなテーブルがミシミシと嫌な音をたてながらたわみ始めた。

伊織「置き場がないので、仕方なく抱えてるんです」

それを片手でまた抱えなおす伊織ちゃん。

水瀬家はいったい何を育ててしまったのだろうか。

「それでは次は高槻さんに質問します。あなたの自慢は何ですか?」

やよい「あの、私6人兄弟姉妹の一番上なんです。うちって結構筋肉質だから家計とか大変で、できるだけタイムセールスには顔出すんですけどやっぱりおかずが足りなくなったりして」

やよい「この前も最後の梅干しを争って長介とかすみが2対1でかかってきたんですけど私技巧派だからこうクロスカウンターで」

「・・・元気なところですね、ありがとうございます」


”一番上”とは”最強”のことであるようだった。

皆が帰路に着くころ、事務所にいた方々にお話しを伺った。

「アイドルの条件とはなんですか?」

律子「そうですね・・・筋力が伸び悩んでも諦めないことでしょうか。無理なウェイトを設定するのではなく、上手く持ち上げるための意志を持ち続けること・・・」

律子「なんて、私がいうのもなんですけどね、ふふっ」



「では最後に高木社長、一言お願いします」

社長「ああそうだな・・・律子君に全部言われてしまったかな、はははっ」

「ありがとうございました」

余談だが、社長の顔は見えない。

身長が高いのもそうだが、ぶ厚い胸板が下からの視界をシャットアウトしているからだ。おそらく本人も足元が見えないだろう。

 


質問です

あなたにとって『アイドル』とは?


 

真「えっと、そうですね・・・こうムキムキっとしててモリモリっとしてて・・・ボクもいつか、そんなふうになれたらなーって」

雪歩「あ、あの、私腹筋に自信がないから・・・だからここで鍛えられたらいいなって・・・」

亜美「なんかチョー強そうだよね!」

真美「うんうん、はやくコンテストとかもっとでてみたいよね!」

やよい「えっと、少しでもうちにタンパク質系の食事を入れて、家族の役に立ちたいなーって」

伊織「決まってるわ!この伊織ちゃんをあのヒョロヒョロな兄様たちに認めさせるためよ!」

あずさ「こうしてアイドルとして頑張っていれば、きっと誰かが見つけてくれますよね?うふふ」

響「皆のエサ代も稼がないとね!」

貴音「それも、とっぷしぃくれっとです」

美希「ミキね、疲れるのとか好きじゃないから、ラクチーンな感じで筋力増強できたらって思うな」

千早「歌うこと・・・そして・・・いえ、それだけです」

春香「んー、夢、ですかね。憧れなんです、小さいころからの!」

春香「辛いトレーニングがないっていったらうそになりますけど、まだその夢も始まったばっかりで」

春香「今はそれ以外の事は考えられません!」

そう語る春香ちゃんの二の腕は興奮したように隆起していた。



春香「今日はどうもありがとうございました!」

そういって朝と同じように線路を駆けていく春香ちゃん。

一日レッスンをしたあとにまだ走れるとは、アイドルとは凄いものだ。

変わらなく流れていた日常が

少しずつ変わり始めている

ウェイトリフティング用の重りを乗せて・・・




そしてもう一人・・・

社長「えー、今日は君たちに素晴らしいニュースがある」

社長「ついに、我が765プロに待望のプロデューサーが誕生する!必ずや765プロの救世主となってくれることだろう」

社長「そして我々の密着取材をしていたカメラマンなんだがね、実は彼が新しいプロデューサーなのだよ!」

皆「ええー!」ビリビリビリッ

叫ぶや否や俺にまっしぐらに駆け寄ってくる数体の巨人たち。俺はなすすべもなくその波に翻弄され・・・

P「・・・はっ!?」

やよい「あ、みんなー気が付きましたよー!」

P「俺は・・・気を失ってたのか?いま何時だ?」

伊織「いきなり倒れるからびっくりしたわよ、まあたった数分だから気にしなくていいわ。で、なんでカメラマンの振りなんかしてたのよ」

P「いやぁ、社長に内緒にするように言われて・・・あともう少し離れてくれるかプレッシャーが凄い」

響「こんなひょろひょろな人がプロデューサーとか大丈夫なのか?」

P「うっ・・・すまん・・・」

律子「まあまあ、慣れなきゃやっていけませんよプロデューサー、じゃあ早速だけど所信表明をしてもらおうかしら?」

P「えっと・・・プロデューサーとして一生懸命頑張ります。夢はみんなまとめてトップアイドル!どうかよろしく!」

皆「おおおおーー!」ビリビリパリーン

P(・・・大丈夫かな、俺・・・)

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

三浦あずさです~

私たちの活躍、次も見逃さないでくださいね~?

ゆ~びき~りげ・・・え、指がつぶれそうだから嫌?シュン・・・

では次回『”トレーニング”を始めた少女たち』を

お楽しみにー!

再放送は一日一話だと言ったな

あれは嘘だ

P「今日は0時30分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

伊織「まったく、はやく扉ぐらい一人で開けられるようになりなさいよ!使えないわね」

P「すまん・・・というかそれならもうちょっと軽い扉にしてくれないか?」

伊織「そんなことしたら私たちの力じゃ壊しちゃうでしょ、却下よ却下」ゴゴゴゴゴゴ

ここ最近のいつものように事務所の重厚な扉を開けてもらうと。

P「うっ・・・!?」



中の雰囲気は最悪だった。

たとえるなら暗雲たちこめ、キノコが生え、貧乏神がブレイクダンスを踊っているような。

原因は音無さんの大きな背中から発せられる負の波動である。

P「あの・・・その雰囲気ひょっとして・・・」

小鳥「ええ・・・またオーディション全滅です!」

皆「あぁ・・・」

一緒にいた伊織、やよい、亜美真美も一斉に暗い顔になる。

伊織「納得いかないわね、なんでこの伊織ちゃんが落とされなきゃいけないのよ!」

P「ま、まあまあ・・・運とかニーズとかそういうのがあるんだよきっと・・・」

伊織「それか、あんたのひょろい姿のせいで落とされたんじゃないの?ふん!」

P「ひょろくて悪かったな・・・」

俺だって中高サッカー部でそれなりに運動はしていたんだが。

あと、審査員だって俺と同じような体格だったし・・・あっちまで筋肉じゃなくてよかった。

亜美「兄ちゃん、亜美たちもっとテレビに出たいよ!」

やよい「今月もお仕事が無かったら、また1対5のタッグ戦になっちゃいますー!」

P「そ、そうだよな・・・」

斜め上から切実な願いを畳み掛けてくる少女たち。顔はキュートなのに体格のせいでまるで脅されているようだ。

P「しかし、なんでこんなに落とされるんだ?」

自慢じゃないがうちのアイドルたちはみな顔は一級品だ。

体格も恵まれている。恵まれすぎている。いやこれは本当に恵みと言えるのか?

むしろ何かの罰なのではないか?前世に弱気な同僚に忘年会で筋肉襦袢を着せた恨みを背負ってしまったとか・・・

いやいやそんなことは考えてはいけない。本人たちに責任がないとすると・・・

P(まさか本当に俺のせいか・・・?)

小鳥「プロデューサーさん、そのことなんですけど実は心当たりが・・・」

P「宣材写真?」

小鳥「ええ、サイトにも載せている写真なんですが、それがちょっと、その・・・」

P「何か問題でもあったんですか?」

世紀末覇者よろしく上半身の服がはじけ飛んで、公共にさらせない写真にでもなったのだろうか。

・・・いやだ、そんな光景は想像したくもない。

小鳥「・・・とりあえず、見て頂ければわかると思います・・・」

P「こっ・・・これが宣材・・・?」

音無さんから渡された写真を一目見て何が問題かが判明した。

むしろなぜ誰も気づかなかったのだろうか。

P「この写真・・・顔が写ってないじゃないですか!」

完全に首から上が見切れていた。

ナイスなボディしか写っていなかった。

P「そりゃそうだ・・・顔も映ってないのにどうして宣材になるんだよ・・・どうしてみんなこんな感じなんだ?」

伊織「なによ、社長が『君たちのナイスマッスルなら一目でティンと来るさ!』って言ったからじゃない」

やよい「この写真社長にすごくほめてもらいましたー!」

P(そろいもそろって筋肉バカ・・・)

まさかこの違和感に気付いたのは音無さん一人だというのか。

P(そりゃオーディションも通らないわけだよ)

独り心の中でため息をついていると、いきなり窓がガタガタッとゆれた。

P「風か?・・・いや、なんか声が聞こえるな」

窓を開けると理由がわかった。1階から律子が大声で俺たちを呼んでいたのだ。

ちなみにここは9階である。

律子「窓大きく開けといてー!」

小鳥「あ、荷物ですね。プロデューサーさん、ちょっと窓から離れたほうがいいですよ」

P「は、はぁ?」

かくして音無さんが律子に向かってサインを出して数秒後、窓から大きな段ボール箱が飛んではいってきた。

亜美「うーむ、やっぱりりっちゃんのコントロールは天下一品ですなー」

つまり1階から投げ込んだらしい。筋肉バカだ。

律子「よいしょっと・・・あ、ちゃんと届きましたね、よかった」

そのまま窓から入ってくる律子。繰り返すがここは9階だ。

ちなみに命綱は無いが、外壁にはボルタリング用の足場が取り付けてあるため彼女たちには安全だ。

P「なんですかこれ?」

律子「ふっふーん、なんとなんと、お待ちかねのおそろいの衣装です!」

皆「おおー!」

P「へぇ・・・意外と普通なんだな・・・」

最悪ランボー的なものさえ覚悟したのだが。

P「い、いやそんなことより律子、相談があるんだが」

律子「なんですか?効率のいい下腿三頭筋の鍛え方ですか?」

P「そんな脳筋な質問じゃなくて宣材のことで・・・」


こうして、俺の広報初仕事は広報資料の見直しから始まるのだった。

 

”トレーニング”をはじめた少女たち

                    第
                    二
                    話

 

~オーディション控室~

千早「宣材撮りなおすみたいね・・・」

貴音「はて、前のではいけなかったのでしょうか・・・?」

千早「ええ・・・あら、春香大丈夫?なんだか胸鎖乳突筋が痙攣しているようだけど・・・」

春香「き、緊張しちゃって・・・心臓飛び出しそう・・・」

貴音「なんと、春香の心臓が大胸筋を突き破りそうだとは一大事です!早くこの大胸筋矯正サポーターを!」

春香「そ、そっちじゃなくて口からでそれも比喩ですけど・・・あの、ちょっとお手洗い行ってきます!」ガチャ


ドンッ


?「うわぁっ!」

春香「あっ・・・と」ガシッ

春香「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」

?「あ、いや、俺もよそ見しててすいませんでした・・・」

春香「いや、私が勢いよく飛び出さなきゃこんな吹っ飛ばしそうには・・・」

?「いやそんなことは・・・」

?「とーまくーん、早くー」

?「どうしたんだい冬馬?」

?「あ、すいません人を待たしてるんで・・・」

春香「はい、あの、このお詫びはまたいつか・・・って行っちゃった・・・」

千早「春香?どうかしたの?」ガチャバキッ

春香「う、ううんなんでもない!」

翔太「さっきの人知り合い?」

冬馬「いや、ちょっとぶつかっただけだ」

北斗「筋力系アイドルだよね、あの体つきからいって。でも見たことないな、新人かな?」

冬馬「転びそうになったのを助けてもらったんだけどさ、凄い力強かったんだよ・・・すげえなあ・・・」

北斗「冬馬、あれ目指してるのか?お前には、というか俺たちにあの路線は無理だろ」

翔太「うんうん、あの肉体は持って生まれたものしか与えられないからねー」

冬馬「た、たとえそうだとしても近づくために努力すんのは勝手だろ!」

北斗「熱いねぇ冬馬は・・・ま、それがいいところなんだけど」

翔太「僕たちには僕たちのコースがあるよ冬馬くん」

事務所に戻ってくると、なにやらあちらこちらでやいのやいのとやっていた。

こういうところは普通の女の子らしくて微笑ましい。


真「あ、今回の衣装は可愛い系なんですね、たまにはいいなあこういうのも!」

美希「うーん、ミキは真君はもうちょっと女の子を前面に出してもいいと思うけどな」

真「そうかなぁ?」

~応接室~

亜美「んっふっふー、どんなポージングにしようかなー?」

真美「今回も、ポーズバシバシっと決めたいよね!」

亜美「あ、この写真集のこれ!腕が凄い盛り上がってていいねー!」

真美「こっちは背中の筋肉が強調されてる、真美はこっち!」

やよい「うー、じゃあ私は・・・」

伊織「あーもう、こんな使い古されたようなポージングじゃ駄目よ駄目!」

伊織「いい、アイドルの頂点に立つためには・・・」

亜美真美やよい「立つためには・・・?」

伊織「個性よ!個性が大事なの!」

亜美「なるほどー!・・・で、個性ってなに?」

真美「とにかく目立てばいいんじゃないの?」

やよい「うー、私外では背が大きい方だけど、事務所では小さいから目立てないですー・・・」

伊織「違うわ、個性とは背の高さじゃないの、つまり・・・」

やよい「つまり・・・?」

伊織「えーと、その・・・み、みた人が驚くことよ!」

亜美「驚かせればいいんだね!」

真美「久々に真美たちの上腕二頭筋が唸りますなー!んっふっふー!」

~撮影スタジオ~

伊織「とはいったものの個性とは・・・うーん・・・」

やよい「うわー、すごい衣装がいっぱいですー!仮装パーティみたい!」

亜美「確かに服装は個性の基本ですなー」

真美「服装が流行になることもあるしねー」

伊織「一応揃えては見たけど、でもなーんかこういうのじゃないような気が・・・」


律子「じゃあ次はあずささん撮ってもらってくださいね」

あずさ「はい、カメラマンさん、よろしくおねがいします~」


やよい「・・・ん?わー、あずささん綺麗!」

真美「どれどれ・・・わぁ本当!なんかキラキラしてる!」

亜美「あずさお姉ちゃんパイオツ見えちゃいそうだYO!」

伊織「ふむ・・・わかったわ、これよ!私たちに足りなかったのは!」

伊織「作戦変更よ!私たちに足りなかったのは・・・」

亜美真美やよい「足りなかったのは・・・?」

伊織「テカリよ!あと露出が足りなかったのよ!」

亜美「おおー・・・誰よりもデコがテカってるいおりんがいうと説得力が・・・」

真美「略してdktkいおりん・・・」

伊織「ちっがう!そうじゃなくて、オーラというか体全体からあふれんばかりの眩さよ!とにかくあずさに負けないように私たちも頑張るわよ!」

やよい「でも、あんなふうにぴかーってするのは難しいかなーって・・・」

伊織「ならば代用するだけよ!これでね!」ババーン

真美「・・・なまたまご・・・?」

~控室~

伊織「まずは生卵をといて!」

やよい「まかせて伊織ちゃん!」シャカシャカシャカシャカ

伊織「次は服ね、露出と言えば水着!亜美、適当に衣装棚から引っ張ってきて!」

亜美「イエッサ!」

伊織「真美は刷毛を探してきて!」

真美「ラジャー!」

伊織「装着完了!」

亜美「露出度90%!」

真美「チョーセクチー!」

やよい「うう・・・ちょっとこれ小さすぎて恥ずかしいかも・・・」

伊織「なにいってんのよ、ビキニより大きいし、こうでもしないと色気は出ないわ!」

亜美「おお・・・いおりんまた広背筋がビルドアップしてる・・・」

真美「やよいっちの僧帽筋も将来性あるね・・・」

伊織「そして最後に卵をぬる・・・」

やよい「い、いくよ伊織ちゃん・・・」

伊織「きなさいやよひゃん!ちょ、ちょっとくすぐったキャハハハハ!やめっちょっすとっぷ!」

亜美「いやいや我慢ですぞいおりん」ガシッ

真美「ほら両腕押さえててあげるからあばれなーい」ガシッ

伊織「あ、あんたたち、あとでおぼえてなさくぎゅっ!にゃああああああ!!!」



響「・・・?なんか控室から変な声が聞こえるぞ・・・」

貴音「なにやら卵の匂いがいたしますね・・・?」

~撮影スタジオ~

P「ふむ・・・とりあえずボディビルダーっぽいポーズをやめさせてみたらなかなか絵に・・・いやマヒしてるだけか」

伊織「遅くなりましたー!」

P「ああ、やっときたかいおりぃ!?」


そこには。

いやにテカった水着の彫像が4体立っていました。

卵臭ぇ。

伊織「あらん、刺激が強すぎたかしら?」ムキッ

亜美「うんうん、兄ちゃんたちの気持ちもわかるよ」ムキョッ

P「お前たち・・・何考えてるんだ・・・?」

伊織亜美真美やよい「はえ?」

P「そんなんじゃ撮影できないだろ、はやくシャワー浴びて着替えてこい!」

伊織「な・・・なによ偉そうに!」ズシンズシン

伊織「この格好になにか問題あるわけぇっ!?」ツルッ

伊織は自分の足元に滴った卵に滑り、その勢いで振り上げた拳がそのまま俺のほうへ・・・

P(あ、死んだかなこれ)

田舎の親父お袋、仕事はもうちょっと選ぶべきでしたね、今は反省しています・・・

P(・・・・・・?)

いつまでたっても予想していたインパクトが来ないので、おそるおそる目を開けてみた。

するとそこには、

千早「大丈夫ですか、プロデューサー」

千早の背中があった。

P「お、おう・・・すまん千早・・・」

千早「水瀬さん、その恰好ではスタジオが汚れてしまうわ」

伊織「え、ええ・・・」

千早「あと、男性向け雑誌じゃないのだから水着じゃなくてもいいし、何よりまだ肌寒いからちゃんと服を着たほうがいいわ」

やよい「そ、そうですね・・・」

律子「ほらほら、シャワーに連れてってあげるから、いくわよ」

そうしてぞろぞろと出ていく5体の巨人たち。

P「さっきはありがとうな千早・・・というか、大丈夫だったか、思いっきり胸に拳が当たってたと思うが」

千早「問題ありません・・・プロデューサーは私のあだ名を聞いたことがありますか?」

P「えーっと・・・なんだったっけ・・・ああ、『絶壁』?」

千早「くっ・・・『鉄壁』です!」グワッ!

P「お、おうすまん千早、上から勢い付けて迫ってこないでくれ怖い」

千早「とにかく、あの程度の攻撃なら私にとってはいつものことですから、問題ありませんので、心配しないでください」

P「うん、まあでも一応ありがとうな」

重ねて礼を言うと、千早は何も言わず、無表情のまま控室へと戻っていった。

P(照れ屋なのかな・・・?まあ、まだ話しやすいだけマシか)

シャワーを浴びてすっきりした4人と、近くのベンチに腰を並べて話をすることにした。はは、隣に座ってんのに上向かないと顔が見えねえ。

P「ふむ、つまり個性を出したかったからああしたと・・・」

伊織「じゃあどうすればよかったのよ?」

真美「そうだよ兄ちゃん、あずさお姉ちゃんみたいにキラキラで凄かったじゃん!」

P「うーん、つまりさぁ・・・個性ってのはただ目立つとかキラキラするだけじゃないっていうか・・・」

真美「ていうか?」

P「・・・・・・・・・・・・よし、一緒に考えてみるか!」

伊織「わからないんじゃない・・・」

P「うるさいな、とにかく他の皆を見て、真似するんじゃなくて参考にしてみよう」

筋肉ダルマとひとくくりにしてしまうのも簡単だが、765プロの彼女たちには確かに何かがあるはず。

それが何なのかをこの際俺も考えてみよう。

P「お、美希の撮影だな。あいつは特に存在感あるから、よく見ておこうか」

美希「ねえねえカメラマンさん、ミキね、いろんなポーズ一杯決めるから、パシャパシャーってリズムで撮ってね!」

カメラマン「オッケー、じゃあいくよー」

デデンデンデデン\パシャ/

デデンデンデデン\パシャ/

カメラマン「おおー・・・凄いな・・・」

亜美「わあー、ミキミキカッコいい!」

P「ああ、ポーズもいい意味で普通だよな」

だがその普通のポーズでさえ盛り上がる筋肉は抑えきれないのだからとんでもないのだが。

そうやって春香、真、貴音、雪歩と続けてみていったが・・・

P(結局個性って何なんだろう?)

”個性”が”他人と比べて突出したもの”のことであるならば、彼女らは一般大衆と比べ十分突出している。

だがこの事務所の中では肉体という点では没個性になってしまう。事務員から社長まで含めて筋肉ダルマだからだ。

おや?そう考えるとこの事務所で一番個性があるのは俺じゃないか?

だが逆に俺は一般大衆の中へ出ればあっという間に没個性だろう。メガネとスーツのサラリーマンなどテンプレである。

すなわち個性とは自分を取り巻く環境との対比であり、エントロピーの増大に比例してお腹すいたなーその個性度はさながら無限のキャンパスに世界を描くがごとく・・・

やよい「プロデューサー?」

P「はっ!?・・・あ、ごめん思考が変な方向に飛んでた」

亜美「兄ちゃん、結局個性ってなんなのさー」

P「ん、んー・・・訛りとか妹属性とか・・・かな・・・」

伊織「そんなの写真じゃわからないでしょ、馬鹿じゃないの」

P「じゃ、じゃあかぶりものとか・・・」

伊織「あんたが顔出した写真が欲しいっていうから撮りなおしてるんでしょうが!」

P「うっ、確かに・・・」

律子「どうしたのあんたたち?」ズシンズシン

パイナップルの木・・・じゃなくて律子が来た。

伊織「ちょっと律子、このプロデューサー役に立たないわよ」

律子「どうせなんか無茶でも言ったんじゃないの?プロデューサーはアイドルじゃないんだから・・・」

真美「じゃあじゃあ、元アイドルのりっちゃんなら助けてくれる?」

やよい「私たち、個性って何かずっと考えてるんですけどなかなかわからなくて・・・」

律子「個性ね・・・うーん・・・そうね、例えば」

律子「みんな、私が現役のころ何て呼ばれてたか知ってる?」

亜美「エビフライウーマン!」

律子「そうね、じゃあなんでそう呼ばれてたかは?」

伊織「髪型でしょ?後ろのおさげがくるんっってエビフライみたいな形になってたから」

律子「そうよ・・・と言いたいところだけど半分だけ正解。だって私リングに上がるときは髪ほどいてたもの」

伊織「そうだったの?」

律子「ええ、だって掴まれちゃうからね。じゃあリングの上では普通だった私がエビフライウーマンと呼ばれたのか」

やよい「あの・・・あれですよね、律子さんの必殺技『逆エビフライ固め』!」

律子「そう、それが残りの半分の正解なの」

P(あ、夕飯はカキフライにしようかな)

律子「もちろん最初は普通に逆えび固めと呼ばれてたけど、リング外のアイドル活動での髪型と組み合わせてそう呼ばれ始めたってわけ」

亜美「つまり」

真美「個性とは」

伊織「必殺技だったのね・・・」

そうだったのか。

律子「いやそうじゃなくて」

そうじゃなかったのか。

律子「己のビジュアルを利用しろってことよ」

律子「逆えび固めだと普通の技だけど、逆エビフライ固めだとちょっと『おっ、なんか違うのかな?』って気になるでしょ?」

律子「で、なんでエビフライって呼ばれてるのか気になったら写真集を買うと謎が解けるってわけよ・・・こうして人気が出来上がっていくの」

伊織「力だけではやっていけないのね・・・」

やよい「うっうー、頭脳戦ですー・・・こういうのは響さんが得意なんですけど・・・」

亜美「亜美なら真美のいい売り出し方思いつくよ!」

真美「真美だって、亜美のセールスポイントなら一杯思いつくもんね!」

P「よし、じゃあみんな、そういう方向でやっていくか!」

皆「おー!」ビリビリ





律子「こっそり『俺がまとめた』みたいな雰囲気出すのやめてくれませんか」

P「ギクッ」

そうして少し後に戻ってきた彼女たちの服装は、とてもナチュラルに似合っていた。

それは決して彼女たちの外見を無駄に装飾するものではなく、さながら洗練された大腿部の筋肉のように

いかん俺まで例えが筋肉思考になってる、染まってきてるとか嫌だ!



何はともあれ、ドタバタの一日ではあったが俺も彼女たちもまた一つ成長したのだと思う。

伊織「コンセプトは、ナイスマッスルな伊織ちゃんね!どう?」

それじゃふりだしに戻ってるじゃないか!俺の一日返せ!

~事務所~

上がってきた写真を、社長の友人であるという吉澤さん(普通の体型の人)も交えて一緒に見てみた。

律子「うん、まずまずでしょ!」

小鳥「まずまずどころか見違えるくらいイメージアップですよ!」

P「イメージっていうか物理的に写真に写る位置が上がったけどな」

律子「これなら次のオーディションはいける!」

P「そーかなーどーかなー」

やよい「プロデューサー、吉澤さんにみんなの写真ほめてもらいました!」

P「へえ、よかったじゃないか。みんなのいいところがちゃんと撮れたってことだよ」

というか今までが撮れてなかったってことだよ。マッスルしか写ってなければそりゃナイスマッスルしか言えねえっての。

やよい「あのプロデューサー、手を挙げてもらってもいいですか?」

P「え、なに、俺この流れで脅されてるの?万札までなら出すよ?」

やよい「うー、違いますよ、片手だけ上げてこうするんですー」

やよい「ほら伊織ちゃんも、いきますよー!」

やよい「うっうー!はいたーっち!」バシゴンッ!!

P「痛ぇい!」

律子「さあ、765プロの快進撃はこれからよ!ガシガシ仕事とりまくるんだから!」

亜美「りっちゃーん、それ引退試合の挨拶みたいだよ?」

律子「ちょっと、縁起でもないこと言わないで!」

P「うごおぉぉ・・・肩が外れた・・・病院・・・」

貴音「お任せくださいプロデューサー、ふんっ!」ベゴキ

P「ぐあふっ!・・・ってあれ、戻った・・・?すげえ・・・」

貴音「ふふ、関節ならお任せください・・・」

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

いえーい!高槻やよいです!

あの、私たちみんなでどかーん!じゃじゃーん!めめたぁ!って頑張りますから、

次回、『すべては一本の筋線維から』を

お楽しみにー!

~用語集1~

・アイドル(筋力系)

鍛え上げた肉体と技、目を引く美貌、美麗な歌声、切れのあるダンス
その全てを高水準でおさめたものが辿り着く境地(すなわちVi,Vo,Da,Strの複合)
筋力系トップアイドルである”iDOLM@SCLETER”の位置に辿り着いたのは日高舞一人のみ

なお筋力系アイドル以外にも普通のアイドルはいるが、昨今筋力系ブームの機運が高まっており徐々に出番が食われ始めている
また、筋力系になれるかどうかはドーピング以外では完全な生まれつきの素質によるもの
確実に生まれる血筋は存在しないが、確実に生まれない血筋は存在していることにより何らかの遺伝子が関与していると噂されている

~アイドル名鑑No.1~

水瀬伊織

パワー型
単純な打撃力では暴走あずさと同等の力を持つ
一方セーブが効かないためよく周りの物を壊してしまう
いつも抱えているウサギは伊織の成長とともに自動でウェイトが増える仕様となっており
その内部構造は水瀬財閥の機密事項に認定されている

幼少のころ、家族とともにスポーツが出来なかったことから
兄たちと運動を通じて仲良くなるために鍛えたが
そのせいであまりにも筋力が増大してしまい余計に距離が遠ざかった
鍛え上げた肉体は奇しくも音無小鳥と酷似していた

P「今日は1時00分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

~社長室~

社長「おお、そうか!ついにイベントの仕事を決めてくれたか!うむ、それでこそ我が765プロのホープだな!」

P「はい、頑張って営業かけた甲斐がありました!」

律子「サポートは任せてください!」ビリビリ

社長「うむ、彼だけでは少々筋力が足りないようだから、是非物理的にも支えてやってくれ」

律子「ええ、プロデューサーも遠慮なく頼ってくださいね?」

P「ああ、その時は頼むよ律子」

少なくとも物理的な意味で遠慮する気など元から毛頭ないが。

P「・・・ん?」

何やら事務所が騒がしい。今度は何だ?

社長室から出ると、ちょうど雪歩が泣きながら窓から事務所に入ってくるところだった。

さらに窓の外からは春香と真の声が聞こえる。

興味本位で窓からチラリとのぞいてみると、春香と真が猛烈な勢いで壁をよじ登ってきていた。

ちなみにここは9階であり、命綱は無いが外壁にはボルタリング用の足場が取り付けてあるため彼女たちには安全だ。


春香と真は登りきると、すぐに雪歩の元へと駆け寄る。

雪歩「うぅ・・・ひっく・・・わたし・・・ごめんなさい・・・」

真「しょうがないよ、今日はたまたま男の先生だったんだから」

春香「ほら、鼻水が洋服についちゃうよ?」

つまりレッスンの担当が男の先生で、男性が苦手な雪歩がパニックになってしまいレッスンにならなかったということらしい。

雪歩「うう・・・こんな私なんか・・・私なんか・・・」

雪歩「穴掘って埋まってますぅーーー!!」ズゴン!

そういうと突然素手で床をぶち抜き、コンクリート塊をまき散らしながらビルを貫通させていく雪歩。

亜美「でたー!ゆきぴょんの765縦断貫通撃!」

真美「今日は床を何枚抜きできるのかー!」

P「見てないで止めてくれよ!俺には無理だから!」

繰り返すがここは9階であり、おそらくこれのせいであろう、このビルには765プロと1階のたるき亭以外は誰も入っていない。

穴掘りが止まったようなので4階まで迎えに行った。入り口に背中を向けて座り込んでいるので、近づいて声をかける。

P「なあ雪歩、とりあえず男の先生でも普通にレッスンが受けられるようにしていかないと・・・」

雪歩「ひっ!?男の人ぉ!」ブォン

P「あぶねっ!」バギャッ!

振り回された腕を間一髪で避けると、腕の軌道上にあった柱が一本砕け散った。

P「は、はは・・・ていうか、まず俺に慣れてもらわないとな・・・」

雪歩「うう・・・ごめんなさぁい・・・」

俺もはやく職場に慣れなきゃな・・・危険手当とかでないのかなこの仕事・・・

 

                第
                三
                話





本の筋線維から

 

~事務所~

律子「降郷村の夏祭りでのミニイベントへの参加が決まりました!歌のステージ付き!全員参加よ!」ビリビリ

うおー!わーい!やったー!ムキムキッ

久々の大きな仕事の発表に、口々に興奮して喋り出すアイドルたち。気のせいか筋肉が盛り上がる擬音すら聞こえてきた。

律子「それと、このイベントは彼が取ってきた初仕事です!」

P「が、頑張るからな!」

伊織「ちょっと、大丈夫なの?」

真美「兄ちゃんにはまだ荷が重いかなー?」

P「ねえそれ肉体的な意味?精神的な意味?どっちなの?」


雪歩(やった、ステージで歌えるんだ・・・!頑張らなきゃ・・・!)

~翌朝早朝事務所前~

P「衣装とか各自必要な荷物は車に乗せてけよー」

皆「はーい」



雪歩「・・・ふふっ」

真「ん?どうしたの?」

雪歩「真ちゃん、ステージで歌えるなんてすごいよね!私、緊張するけどすっごく楽しみ!」

真「うん、その意気だよ雪歩!」

春香「頑張ろう雪歩!」

P「お、雪歩気合入ってるな!いいぞ!」

雪歩「ひ、ひいっ!男の人!」ズゴン

アスファルトに拳大の穴が開きました。

あー・・・これ俺のせい・・・?

小鳥「まわりに気を付けて行ってきてくださいね」

P「はい・・・といってもみんなまだ車に乗ってないから出発はもう少し後ですけどね」

律子「何言ってるんですプロデューサー、乗るのはプロデューサーと美希だけですよ?」

P「・・・は?なんで?」

律子「なんでって・・・美希は寝てるじゃないですか、だからしょうがなく乗せるんです」

P「いやそっちじゃなくて、なんでみんな車に乗らないの?」

律子「え?」

P「え?」

どうやら俺と皆との間に、筋力の差による齟齬が生じているようだ。

数十分後、俺は車の中から、窓の外を流れる景色を眺めていた。

別に運転中によそ見しているわけではなく、そもそも俺は運転席に座っていない。

ならばなぜ車は動いているのか?

答えは簡単、




律子「765プロー!」ビリビリ

皆「ファイッオーファイッオーファイッオー!」




皆が担いで走っているからだ・・・!

~回想数十分前~

律子「そもそもこんな小さい車に全員が乗れるわけないじゃないですか」

律子「それに道によっては車より走ったほうが速いですし」

律子「皆もいいトレーニングになりますよ」

律子「あ、プロデューサーも一緒に担いでみます?」

~回想終わり~

~車外~

やよい「皆で出かけるなんて遠足みたいだよねー!」

春香「ほらほらこのパンフレット見て!降郷村は、びわが名産なんだって!」

真「本当だ、びわケーキ、びわジュース、びわ漬けなんてものあるんだって!」

律子「こらこら、片手で持ち上げない!筋肉かたよるわよー!」

春香真「はーい」

~車内~

P「びわ漬けか、そんなものまであるのか・・・帰りに買うか」

後部座席には美希が寝ているだけで、実質車中は俺一人。

外から漏れ聞こえてくる話に反応したところで、車の下で団結(オー!オー!)してる皆には聞こえやしない。

ちなみにどれくらい団結してらっしゃるかというと、複数人で車を担いでいるはずなのに俺は平坦な斜面を走ってる程度の揺れしか感じないほどだ。

アイドルってすごい。

そうしてアイドルたちが走り続けること1時間ちょっと。俺たちは降郷村に到着した。

山に囲まれて自然豊か、道路は土で田んぼや畑があちこちに見受けられる。

そして下見した会場は中学校のグラウンドのような広場で、向かって奥にはお手製感満載のステージ(製作途中)がある。

言葉を選ばなければ、ドが3、4個はつくほどの田舎だ。

皆「・・・・・・」

P「・・・と、とりあえず荷物をおろして移動しよう!あの学校の校舎を控室にしてもらってるらしいから」

校舎前へ移動すると、青年団のお兄さんたちが出迎えをしてくれていた。

なかなかたくましい体をしてらっしゃるはずなのだが、うちのアイドルと比べると見劣りするのは否めない。なんということだ。

お兄さんたち「ようこそ降郷村へ!」

雪歩「ひっ!」

P「本日はお招きいただきありがとうございます」

お兄さん「お食事と控室ご用意してますんで、どうぞこちらへ!」

P「よし、みんな荷物持ったかー?行くぞー」

ぞろぞろと校舎に入っていく我が765プロ。

お兄さん「おおー、話には聞いてたけど筋力系アイドルってすごいんですねぇ・・・ちょっと腕触ってみてもいいですか?」

雪歩「ひっ!?あ、あのあの・・・」

P(さっそく注目されてるな・・・って、雪歩!?)

他のアイドルならともかく雪歩はヤバい!下手するとお兄さん方の命に関わる!

お兄さん「じゃあ失礼して・・・おお、すげぇ・・・見ろよほら、俺の腕より太いぞ!」

HAHAHAと笑っているお兄さん方。その後ろで顔が青くなっていく雪歩。

雪歩「・・・お・・・」

お兄さん「お?」

P「逃げて皆さん!」

雪歩「男の人ぉ!」ブォン

ガスッ!

千早「・・・ふぅ、危なかったわ」

ぶん回された雪歩の腕は、お兄さんに当たる前に千早の分厚い胸板で食い止められていた。

雪歩「は、はぅ・・・」バタリ

当の雪歩はといえば過度の緊張でへたり込んでしまった。

千早「大丈夫ですか皆さん」

お兄さん「あ、ありがとうございます・・・おや、あなたはひょっとして・・・?」

千早「・・・?私の事を知っているのですか?」

お兄さん「以前ネットでちょっとだけ見たような・・・たしか『絶壁』の如月さん?」

千早「くっ・・・『鉄壁』です!」グワッ!

お兄さん「うお!?す、すいません」

P(あまりビビらせてやるなよ千早・・・しかし助かった、グッジョブ!)

とりあえず雪歩もかついで控室へと運び込んだ。

控室となっていたのは、いかにも昭和然とした教室であった。

用意された料理も手作り感あふれる素朴なものである。

P「うーん・・・思ってたのとは違うなぁ・・・まあ最初から立派な箱を用意してもらえるとは思ってなかったが・・・」

P「いやいや、俺がテンション下げてどうする!せめて気持ちぐらい盛り上げていかないと!」

お兄さん「あのー、ちょっとよろしいですか?お祭りの準備なんですけどちょっと人手が・・・」

~家庭科室~

おばさん「へぇ、あんたたち野菜を上手に切りなさるねぇ」

あずさ「ありがとうございます~」

やよい「料理はいつもやってますから得意なんですー!あ、伊織ちゃんキャベツ取って!」

伊織「はいはい・・・まったくなんで私がこんなこと・・・これねキャベツって」ガシッ

バガンッ!

おばさん「あらあら、キャベツがバラバラになったわねぇ」

やよい「もー、伊織ちゃん強く握りすぎ!」

伊織「わ、悪かったわね、加減が効かなかったのよ・・・」

おばさん「大丈夫よ、やきそばの具だからそれぐらいでちょうどいいわぁ」

~グラウンド~

千早「くっ・・・なんで音響機材ってこんなに複雑なのかしら、私にはさっぱりだわ・・・」

貴音「いいではありませんか、歌は機材で歌うものではありませんから」



おばさん「もう少し会場の席用意したほうがいいかしらねぇ?」

亜美「んー、パイプイスだから亜美は片手で15個、一往復で30個ぐらい運べるけど」

真美「真美もそんぐらいだねー、60個でいい?」

おばさん「ええ、十分だわぁ」



お兄さん「すいません、アイドルの皆さんに手伝ってもらっちゃって」

P「いえいえ、彼女たちにとってもいい経験になりますし」

それにあれだけの労働力を余らせておくなんてそれこそとんでもない。

律子「ちょっといいですかプロデューサー?持ってきた衣装のことでお話が・・・」

~控室~

P「え゛・・・どうしてこれを持ってきたんだ?」

亜美「だって真美が赤いトランクのやつっていうから・・・」

真美「えー、亜美だってこれに決まってるっていったじゃん」

控室で衣装の確認を行おうとトランクを開けると、中にはランボーのような衣装が入っていた。つまりハチマキとタンクトップ、あとモデルガンだ。

というかやっぱりあるんじゃないかランボーセット。

P「戦争するならともかく、歌のステージでこれはないよなぁ・・・」

夕方。設営の手伝いを終えた俺たちは再び控室へと集まっていた。

律子「・・・えー、そういうわけで今日のステージは各自、今着ている服で出てもらいます」

P「この後リハーサルだから、各自自分の出番は確認しておくようにな!」

皆「・・・・・・はぁーい・・・」

テンション低っ!

まあ、色々イメージと違ったり準備がままならなかったからしょうがないか。

いくらガタイがよくても、彼女たちはまだ子供なのだ。

~ステージ~

雪歩「・・・うぅ・・・」

真「雪歩、どうかした?」

春香「緊張してるの?」

雪歩「う、うぅん、大丈夫・・・」

P「よーし、次お前らの番だから、ステージに上がれー」

律子「じゃあ一回通していきまーす」

雪歩「・・・ううう・・・」

お兄さん「よっ、待ってましたー!」

お兄さん「歌聞かせてくれー!」

お兄さん「期待してるからなー!」

雪歩「ひぃっ!」


<雪歩ビジョン>

お兄さん『へっへっへ、待ってたぜぇ・・・』

お兄さん『おらおら歌ってみろよ』

お兄さん『けっ、期待させやがって全然ダメじゃねえか・・・』


雪歩「うぅぅ・・・」

雪歩(まだリハなのに・・・男の人も少ししかいないのにぃ・・・)

雪歩「も・・・もう駄目・・・」

真「雪歩?」

雪歩「私なんて・・・私なんて・・・」

雪歩「穴掘って埋まってますぅーーー!!」ズゴン!

P「雪歩!?」

春香「わああ雪歩ー!せっかく作ったステージぶっ壊しちゃだめぇー!」

真「ああ、床板がのど越し滑らかな絹豆腐のようにあっさりと・・・!」

P「変なところだけ詳しい比喩はいいから止めろ!」

夜になり、夏祭り開始。

屋台が出ているため昼よりは閑散としたイメージが薄れ、また付近の住民がほとんど来ているのか人もそこそこ多く賑わっている。田舎の割には子供から大人まで幅広い層が暮らしているようだ。

そしてステージの前に用意した椅子は、休憩に腰を落ち着けている人や食事している人、さらには有りがたいことにこのステージを見るために集まってくれた人で、開始前だというのに半分ほど埋まっている。

あ、ステージはあれから急ごしらえで修理した。おかげで彼女たちの歌のリハーサルができなかったが。

そしてその原因を作った本人はというと、セット裏の端の方で春香や真と一緒に何やら話していた。



真「なるほど、青年団の人たちが怖かったんだね・・・」

春香「皆いい人そうだけどなぁ、背だってそんなに大きくないし」

雪歩「私、やっぱりダメなのかなぁ・・・」

雪歩「男の人が苦手だし、緊張するとすぐ穴掘っちゃうし・・・私だって、みんなと一緒に頑張りたいけど・・・」

デデンデンデデン!

春香「あ、あずささんとやよいのコーナー始まったみたいだよ?ちょっと一緒に見よう?」

―シブメンコンテスト―

あずさ「では次のエントリーはこのお方~」

おじさん「ねえちゃんねえちゃん、おめえさんほんとすげえ筋肉だな、うちんとこ働きにこねえか?」

あずさ「あら~、私なんかでよろしいんですか?」

やよい「ではー、ご自慢の一品をどうぞー!」

おじさん「ああ、おらの自慢はこの牛だ!でっけえだろ?そんで暴れ牛なんだ!」

牛「もおおおおおおお!!!」

やよい「わわ、暴れはじめましたー!」

おじさん「そりゃ暴れ牛だから当然だぁ」

やよい「はやく止めてくださいー!」

おじさん「そりゃ暴れ牛だから無理だぁ」

P「おいおいこのままじゃセットが壊れるぞ!こうなったらまた千早で・・・」

響「いや、自分にまかせるさー!」

牛「もおおおおおおおおおおおお!」

響「ふっふっふ・・・久しぶりにちょっと本気を見せてやるぞ・・・」

そういうと響はスタンスを前後に大きく取り、右手を腰だめに、左手を空へとまっすぐ伸ばす不思議な構えを見せた。

響「我が名は響!我那覇家に伝わりし秘奥義、その命尽きるまでとくと両目に焼き付け・・・」

ハム蔵「ジュッジュイッ」

響「なにさハム蔵、今名乗りの途中だぞ」

ハム蔵「ジュッジュジュッ」

響「え、相手は家畜だから傷つけちゃダメ?確かにそうだけど・・・」

ハム蔵「ジュジュジュジュイッ」

響「なになに、動物愛護法違反は1年以下の懲役または100万円以下の罰金になる?く、詳しいなハム蔵・・・」

響「しかしそうなるとどうやって止めればいいんさ・・・」

ハム蔵「ジュイッ」

響「5分で方法を考えるって?さすがハム蔵頼りになるぞ!」

牛「もおおおおおおおおおおお!」

美希「うるさいの」ベシッ

牛「もっ!?」

ハッと正気に返ったように落ち着きを取り戻す牛。

P「おおすげえ・・・あれだけ暴れてる牛を相手に、傷つけることなく正気に戻すとは・・・」

律子「響は何のために出ていったんでしょうね」

響「うがー!自分の見せ場がー!」

美希「うるさいの」ベシッ

響「はふん」バタッ

P「今度は意識を刈り取ったようだな」

律子「せっかくですからそのまま美希のコーナーに移りましょう」

美希のコーナーでは、座ってる人たちの中から適当な男性を選び、壇上に上がってもらった。

美希「ミキはねー、どれだけ殴りかかられても全部避けちゃうの!すごいでしょ?」

美希「というわけでおじさん、1分間どこでもいいから好きに攻撃していいよ?」

律子「1発でも当てたら金一封贈呈します!」

おじさん「よしいくぞ、おりゃあ!」

最初は軽い感じで拳を振るっていたおじさんだが、美希のその図体に見合わぬ軽やかなフットワークと身のこなしに一発も当たらないとみると、表情を変えて本気で殴り掛かり始めた。しかし、

律子「はい1分です!」

おじさん「はぁっ・・・はあっ・・・本当にかすりもしねぇ・・・!」


その後も続けて3人ほど若いお兄さんがチャレンジしたが、水を泳ぐ魚のように軽やかに避ける美希にはついに誰一人触ることさえできなかった。

当然会場は大盛り上がり、美希も「またきてなのー!」と笑顔で言ってステージを降りた。

春香「相変わらずすごいね美希は」

真「ボクでも美希にまともに一発入れたことないもん・・・」

雪歩「みんな、すごいな・・・私なんて男の人見ただけで怖くなっちゃうのに・・・」

雪歩「私はいっつも足を引っ張ってばかりで・・・やっぱり私にアイドルなんて・・・」

真「雪歩・・・どうしてそんなこというの?ボク、雪歩がどんなトレーニングも一生懸命やってるのしってるよ?」

春香「そうだよ、甘くない普通のプロテインだって頑張って飲んでるじゃない」

春香「それに、不安なのは雪歩だけじゃないよ、私だってさっきから緊張で足が震えて・・・」ガクガク

真「あ、実はボクも・・・」ガクガク



律子「・・・ん?地震かしら・・・ああ、あの子たちが震えてるのか」

春香「緊張してるのは同じだよ、だから、三人で力あわせてステージを成功させようよ、ねっ?」

雪歩「・・・うん!」

真「じゃあほら、手を合わせて」

春香雪歩真「765プロー、ファイトー!」

P(よし、なんとかいい感じになれたみたいだな)

P「さ、そろそろ出番だぞ!」

雪歩(わあ、ステージの袖からでも人がいっぱいいるのが見える・・・)

雪歩(青年団の人も座ってるけど・・・大丈夫、怖くない、怖くない・・・っ!?)

真「どう雪歩、大丈夫そう?」

雪歩「い・・・犬が・・・!前の方の席に・・・!」

春香「犬ぅ!?」

雪歩「男の人は大丈夫でも・・・犬はダメェーーー!」ドスドスドスドス

真「雪歩ぉー!待ってー!」ドスドスドスドス



P「ん、地震か?って雪歩どこ行くんだ!?」

春香「プロデューサーさん!会場に犬がいて雪歩が!すぐ追いかけます!」

P「待て!・・・俺が行く!」

雪歩「うぅぅ・・・ひっく・・・犬までいるなんて・・・」

P「雪歩、大丈夫か?」

雪歩「ぷ、プロデューサー・・・」

P「行こう、みんな待ってるぞ?」

と近寄ってみるもやはり後ずさられる始末。

雪歩「す、すいません・・・私男の人と犬が苦手で・・・」

P「そうか・・・なあ雪歩、俺と犬ならどっちが怖い?」

雪歩「それは・・・プロデューサーは優しいし、同じ職場の人ですから、犬よりは怖くないですけど・・・」

P「・・・よし、わかった。じゃあ今から俺はいつもよりちょっとだけ怖くなるぞ」

P「そしたらきっと、犬のほうがマシだと思えるから、ステージに上がれるさ」

雪歩「優しくてひょろひょろのプロデューサーが怖くなるなんて、無理ですぅ・・・」

P「無理なことなんてない。いいか雪歩、プロデューサーってのはアイドルのためならなんだって出来るんだよ。ちょっとだけここで待っててくれ!」

そう言い残し俺は控室へと走り出す。

途中ですれ違った律子に、とりあえず春香と真だけ場繋ぎにステージに上げておいてくれと頼む。

控室に飛び込んだ俺は、使う予定のなかった赤いトランクを開ける。

中にあるのはタンクトップ、ハチマキ、モデルガンのランボーセットだ。

急いでシャツを脱ぎセットに着替え、適当なメイク道具でフェイスペイント。

鏡を見るとそこには色白のランボーが立っていた。

P「・・・・・・よし!」

無理矢理自分を納得させて雪歩の元へ走り出す。この程度の運動で脇腹が軋む俺はランボーには遠く及ばないのだと思い知った。

P「オラアァァァ!」

雪歩「キャアァァ!ってプロデューサー?」

P「怖いだろオラァ!ビビれオラァ!ぶっころ・・・あ、これはアイドルに言っちゃいけないな、えーと・・・」

雪歩「・・・ぷっ・・・ふふっ・・・」

P「笑うなオラァ!」

雪歩「ふふ、だって、おかしいんですもん・・・あははっ」

P「・・・ははっ、はははっ」

顔を見合わせて、あははははっと笑いあう俺たち。

P「・・・どうだ、俺の姿、犬より怖いか?」

雪歩「ふふっ、はい!今のプロデューサー、とっても怖いですよ!」

輝くような笑みで力強く断言された。

P「よし、じゃあ行って来い!」

雪歩「はい!」

~ステージ~

春香「だから私そのときこう、こういう感じでカウンターしかけたんですよ」

真「そしたらその時やよいはこんなふうに、それに更にカウンターを被せるっていう高等テクで・・・」

雪歩「皆お待たせ!」

春香「まってたよ雪歩おおお!」

真「もうボクたちの話じゃ繋ぐのも限界だったよ!」

雪歩「ごめんね、もう大丈夫だから・・・っ」

雪歩(やっぱりいる、最前列に犬が・・・でも)

雪歩(さっきのプロデューサーに比べたら、こんなのなんてことない!まずは気合いで負けないように!)

雪歩「スーッ・・・ハーッ・・・スーッ・・・せーのっ」






雪歩「オラアアアアアアアアアアアアアア!!!!」






ボン!ボン!

いきなりの超音量で、スピーカーが二台ぶっ壊れた。

律子「ちょ、何なのよ一体!まさか961プロの妨害・・・!?」

P「律子、律子、それはまだ10話分ぐらい早いよ」

律子「あ、お帰りなさいプロデューサー・・・なんですかその恰好?」

P「気にすんな。それよりどうしようかな、機材壊れちゃったよ・・・」

貴音「いいではありませんかプロデューサー、歌は機材で歌うものではありませんから」

P「うん、俺が心配してるの機材のほうな」

雪歩「どどどどうしよう!なぜかわからないけどスピーカーが・・・!」

春香「落ち着いて雪歩!お客さんが戸惑っちゃう!」

真「そうだよ、それにマイクが使えなくても、地声で頑張ればいいだけだよ!」

雪歩春香真「せーのっ!」



雪歩春香真「オラアアアアアアアアアアアアア!!!!」パリーンパリーン



P「おいおいスポットライトも砕けたぞ」

貴音「いいではありませんかプロデューサー、歌は照明で歌うものではありませんから」

P「便利だねその言葉」

律子「うんうん、ボイストレーニングの成果が出てますね!」

P「出てるのは被害だ」

その後のライブはというと。

運よく満月であったことから、屋台以外の照明をほとんど消しての月明かりライブとなった。

声量はもともと問題がなく、ダンサブルな曲でもなかったため照明なしでも盛り上がって頂けたようだ。

月光の降り注ぐ下で歌う雪歩の姿は、とても輝いていて、綺麗に見えた。

―ライブ終了後―

お兄さん「いやー、今日は楽しいステージをどうもありがとうございました!」

お兄さん「特に、あの最後のパフォーマンス!あれは凄かったですねー!」

P「いえホントすいません・・・修理代金はお支払しますのであとで請求書を送ってください・・・」

お兄さん「とんでもない!もともとオンボロだったんだから構いませんよ!」

P「いえいえそこは社会人として・・・」

お兄さん「いえいえ・・・」

律子「じゃあこうしましょう、私たちがメジャーになったとき、もう一度こちらで無償でライブさせて頂きます。それでどうですか?」

お兄さん「こちらとしては大歓迎です!」

P「では、そういうことでよろしくお願いします・・・本日はありがとうございました」

P「よーしみんな車に荷物乗せたかー?乗るのはまた俺と美希だけか・・・」

雪歩「あ、あの、プロデューサー」

P「ん?どうした雪歩、雪歩も乗るか?」

雪歩「いえ、そうじゃなくて・・・」

雪歩「・・・プロデューサーって、ランボー知らないですよね?」

P「んあ、バレたか・・・格好とかは知ってるけど、実際には見たことなくてな・・・」

雪歩「だったらどうして・・・?」

P「犬を克服しようと頑張ろうとしてる雪歩を見てたら、俺にできることはこれぐらいしかないって、そう思ったからかな」

本当は衣装がそれしかなかったからだけど。

雪歩「『いいか雪歩、プロデューサーってのはアイドルのためならなんだって出来るんだよ』・・・ですよね?」

P「う、覚えられてたか、正直ちょっと恥ずかしいこと言ったと思ってるから忘れてほしいかも・・・」

雪歩「いーえ、忘れません!それに、私を励まそうと思って頑張ってくださったんですよね・・・だから、ありがとうございます」

~事務所前~

律子「プロデューサー、プロデューサー起きてください、着きましたよ?」

P「・・・ん?・・・ああ、寝てたのか・・・」

車に乗ってみんなに持ち上げられて運ばれてるうちにどうやら眠ってしまっていたみたいだ。

律子「夜も遅いので皆は帰らせました。私はこの車を返してから直帰しますから、プロデューサーは事務所の戸締りお願いします」

P「ん、ああ悪い・・・あの、ひょっとして、『車を返しに行く』って一人で持ち上げてとか、そういう・・・?」

律子「そんなわけないじゃないですか、普通に運転して返しに行きますよ」

よかった。

律子「伊織やあずささんじゃあるまいし」

よくなかった!あいつら出来るのかよ!

P「あー、そういえばお土産買い忘れたな・・・ん?」

事務所の俺のデスクの上に、見覚えのない紙袋が置いてあった。

中をのぞくと、入っていたのは手紙と、

P「プロテイン・・・?」

『今日はありがとうございました

これからもたくさん迷惑かけちゃうって思いますけど、

私、一歩ずつ頑張りますから、

これからもよろしくお願いしますね、プロデューサー!


追伸

あんな体では到底ランボーとは言えないので

私のお気に入りのプロテインを差し上げます

甘くて美味しいのできっと気に入ってもらえると思います

                    萩原雪歩』

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

四条貴音です。

次回は、ついに事務所の皆が、キン肉星人の秘密基地に!

・・・ではありません。皆様、

次回、『自分を鍛えるということ』を

お楽しみにー!

☆NOMAKE

~用語集2~

・プロテイン

直訳するとタンパク質の事だが、日本での日常的な会話で用いられる場合はタンパク質を主成分とするサプリメントのこととなる。
様々な栄養素を配合してあり、粉末状のものを液体に溶いて飲むのが一般的。
運動によって傷ついた筋肉を修復するのにタンパク質が必要なためアスリートがよく服用するのであり、
結局はただの高タンパク食品であるので食っちゃ寝してれば太るだけである。
昔は不味いものしかなかったが、最近では様々な味とともに美味しく飲めるものも増えているようだ。

~アイドル名鑑No.2~

萩原雪歩

圧倒的握力ですべてを砕く
でも男と犬はまだそこそこ苦手
え、穴を掘るのに道具なんているんですかぁ?

家庭の事情により鍛えた結果、よく実家に出入りする怖い顔の人より筋肉がついてしまった
しかし引っ込み思案な性格はそのままであり、このままでは体格だけ見られて無用な争いをふっかけられかねないと思った家族が
アイドル事務所で自信を得てもらおうと応募した

P「今日は1時30分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

~某所テレビスタジオ~

今日はなんとテレビの仕事だ。ケーブルテレビだが。

営業の甲斐あってこの局の顔ともいえる番組に出演することが出来た。

各組2人ずつの2組、高校生以上で用意してほしいと言われたので、事務所でも仲がよさそうな春香と千早、貴音と響をチョイスした。

AD「じゃあ本番いきまーす!5、4、3、2・・・」

その番組の名は、

赤鉢巻「カメ、カメカメカーメ!タートルちゃんテレビをご覧の皆様、お待たせしました!」

紫鉢巻「人気番組のムキムキキッチン!ニュースのあと始まるぞ!じゃなくてカーメ!」

橙鉢巻「カワバンガ・・・!」

ムキムキキッチン・・・言いにくいなおい!

~楽屋~

響「うあー、暑かったー!」

春香「緑の全身タイツに甲羅なんて初めて着たよ!」

千早「この目隠れ鉢巻は何の意味があるのかしら・・・」

貴音「それにしても、このように面妖なものを着せられるとは・・・」

春香「貴音さん、でもそれ気に入ってません?」

貴音「・・・カワバンガ!」

D「俺たちが新人に求めるのはさぁ、こうガーッと来てグーッと来てバーン!っていく感じなのよ。そこんとこガツッと見せてよね?」

P「はい、わかりました!」

その擬音通りのことが起きたらこのスタジオは壊滅するけどな!

D「頼むよー、なんかこうビックリさせてよー?765さぁーんって感じでさぁ・・・んじゃまた後でね」

そういって俺の背をバシーンと叩くとディレクターさんは立ち去って行った。

P(ふぅ・・・まあ何はともあれとりあえず)

損害賠償を請求される事態になりませんように。

 


                    第
                    四
                    話

       自分を鍛えるということ

 

~スタジオ~

D「ってことで、がーっときてぐーっとなってばーんって感じで進めて欲しいわけよ」

春香「はい!」

響「はい?」

D「じゃーよろしくちゃーん」テクテク

春香「・・・今のわかった?」

響「ええ、春香わかってなかったのか?自分、後で春香に聞けばいいと思ったからスルーしちゃったぞ!」

千早「どうしましょうか・・・もう一度聞きに行くのは難しいし、何よりもう一度聞いてもわからないと思うわ」

ハム蔵「ジュッ」

響「え、ハム蔵わかるのか?」

ハム蔵「ジュジュイッジュイッ」

響「なるほど、2チームに分かれて料理対決をするのか・・・ときどき合間に入るバトルに勝った方がボーナス食材が手に入るんだな!じゃあ頑張らないと!」

春香「ハム蔵凄いね・・・」

響「ああ、ハム蔵はテレビ大好きだからな!この番組もよく見てるし、今日も仕事で見れないからって自分でドラマ2つ録画予約してたぞ!」

春香「す、凄いね、テレビ欄読めるんだ・・・」

響「テレビ欄どころか、時々読者投稿欄にも投書してるぞ」

春香「文字書けるの!?」

AD「本番5分前でーす!」

P「み、みんな、もうすぐ始まるけど落ち着いて頑張るんだぞ」

貴音「そういうプロデューサーが特に緊張しているのではありませんか?」

P「ま、まあやっぱりテレビだと思うとな・・・ん、千早どうした?」

千早「・・・やはり、歌はなくなったんですか・・・」

P「あ、ああ、すまない、急に構成が変わったらしくて・・・そのぶん料理コーナーは伸ばしてくれるらしいから我慢してくれ」

千早「・・・・・・はい・・・・・・」

P「なんだ、千早は料理苦手か?」

千早「はい、あまり得意では・・・」

響「千早も一人暮らしでそれだと大変だよなー」

P「千早、一人暮らしだったのか?」

春香「プロデューサーさん、知らなかったんですか?」

AD「スタンバイおねがいしまーす」

P「あ、ああ、始まるな、じゃあみんなとにかく肩の力抜いて頑張れよ!」

亀「ムキムキキッチン!今日のゲストは、765プロのみなさーん!」

どうやらこの番組は亀のパペットが司会進行をするらしい。人形を操る黒子が映らないようなカメラワークを頑張るぐらいなら、素直に人間の司会にしたらよかったのではないだろうか・・・?

亀「それではさっそくボーナスファイトいってみよう!」

亀「ウミガメさんチームからは琉球娘、我那覇響さん!対するリクガメさんチームからは『絶壁』の異名をとる如月千早さんだ!」

千早「くっ・・・『鉄壁』です!」グワッ!

亀「ンギャッ!?ご、ごめんなさい!改めまして『鉄壁』の如月千早さんだー!」

亀「ルールは簡単、先に地面に腹か背中がついたほうが負け!制限時間5分!あとは無し!」

亀「熱い戦いを見せてくれよぉ!それでは・・・FIGHT!」

カーン、とどこかからゴングの音。対峙する千早と響。

勝負は一瞬だった。






ゴングの音とともに一気に千早の懐まで踏み込む響、そのまま左のショートアッパーを放つ。

なんとかスウェーで避けた千早だが、その姿勢では次に繰り出された右ストレートは避けることが出来なかった。

顎先を打ち抜いた右に頭蓋を揺らされ、千早はあっけなく地に倒れ伏した。

響「千早の敗因は3つあるぞ・・・一つ目は『自分には打撃攻撃が来ない』と思い込んでいたこと。当然だな、鉄壁の千早を正面から打ち倒せる奴が765にいないことはみんな知ってるさ」

響「特に、打撃特化でもない自分からパンチが来るなんて思いもしなかったはずさ。ルールでは寝技が使えないから、投げにしか警戒していなかった」

響「二つ目は、初撃の機会を放棄したこと。通常の戦いならば、いかに自分のペースに持っていくかが大切・・・だけど千早は『まずは耐え抜いて、相手が疲れたところを仕留める』と思ってた・・・違うか?」

千早「・・・いいえ、その通りよ」

ムクリと起き上がる千早。瞬間的に脳からの信号が切り離されたゆえのダウンなため、ダメージは見られない。

響「千早は攻撃の技術も心構えも全くない。鉄壁はあるけど、それは防御じゃなくてただの耐久力・・・それは守りの技とは呼べないぞ」

千早「そうね、確かに私は攻撃の練習はあまりしてこなかった・・・必要も感じなかったわ。守ることさえできればそれでよかったから」

響「それは戦いじゃないぞ千早。どんなことでも、戦わなければ何も得られない」

千早「ええ、そうかもしれないわね・・・ところで三つ目は何なのかしら」

響「三つ目?」

千早「我那覇さん、最初に『千早の敗因は3つある』と言ってたと思うのだけど・・・」

あれ?という顔をする響。ついには何やらうなりながら指折り数えはじめる始末。

千早「ひょっとして・・・適当に」

響「あーっと、あれだよな、勝ったからあのコールしなきゃいけないんだよなそうでしょ司会の人!」

あ、誤魔化した。

亀「それでは響選手コールをお願いします!」

響「ボーナス食材、とったーとるー!」

これまた言いにくいな!


勝負の結果から、響のチームは伊勢海老を、千早のチームはサクラエビを手に入れた。

そして番組のメインである料理に入るアイドルたち。

・・・料理がメインであってるよね?

その後は特に何も起きず、料理が出来上がっていった。

春香と響が料理が上手なのはわかるが、貴音も上手なのは少し意外だった。

というかあいつら・・・指太いのに繊細な作業上手いな・・・

そして千早はというと、もともと苦手なのもあるだろうが、先ほどの戦いで負けたせいだろうか、少々動きが鈍いようだが・・・



亀「というわけで一品目はウミガメさんチームの伊勢海老ステーキとリクガメさんチームの茶わん蒸しが完成!審査員は試食タイムだー!続きは昼の連続ドラマのあとで、チャンネルはそのまま!」

AD「はいオッケー、一回休憩でーす!」

ぞろぞろと楽屋へ戻ったり何か飲みに行くためにスタジオをでていくアイドルたち。少し遅れて、沈んだ顔で千早が俺の前を通っていく。

これはプロデューサーとして何か話しかけたほうがいいだろう。

P「千早・・・動きが鈍かったようだけど大丈夫か、どこか怪我とか?」

千早「いえ・・・別に・・・私は頑丈ですから。ただ・・・」

P「ただ?」

千早「・・・歌が歌えると思っていたので・・・」

横顔からのぞいた瞳は寂しそうに揺れていたっていう場面なんだろうけど高すぎて横顔見えねえ。

P「あ、ああ、そのことか・・・でもな千早、こうテレビで目立っておけば歌番組での仕事も」

千早「そうでしょうか・・・私には、格闘番組からのオファーしか来ない気がします」

俺もそう思う。

千早「少し風に当たってきます」

そういってスタジオを出ていく千早。大きな背中が気落ちして丸まっていた。

D「765さぁん、んー、なーんかいま一つ盛り上がってない感じなんだよねぇ?」

D「ファイトも一瞬で終わっちゃうしさー、あれ玄人には受けがいいかもしんないけど、やっぱ素人には派手に戦ってくれたほうが受けがいいんだよねぇ?」

P「す、すいません・・・」

D「もう後半はジャンジャンバリバリ頼むよ?」スタスタ

言いたいことだけ言ってディレクターさんは立ち去って行った。

P「まあ、確かにそうだよな・・・」

筋肉が料理しているだけの番組では数字は取れないだろう。激しいバトルが刺激になるのは当たり前だ。

だからといって、彼女たちにそれを強要していいのか?うちのアイドルたちは戦いたいと思っているのだろうか?

ふと脳裏をよぎったアイドルたちのうち三分の一ぐらいは乗り気でバトルしてるような気がして・・・俺は考えるのをやめた。

休憩がもう少しで終わるころ、千早が見つからないという事態になった。

三人とも知らないというし、楽屋もスタジオも見た。トイレも人に頼んで確認してもらったし、なによりあのサイズだ。隠れることは難しいだろう。

P「まさか帰ったのか?それはまずいだろ・・・!・・・そういえば・・・」

『少し風に当たってきます』

P「外か・・・!」



スタジオの裏、資材搬入口の方へ向かうと、千早がいた。

声をかけるのを躊躇うほど澄み切った歌声を響かせながら。

千早の代表曲である「蒼い鳥」、アカペラでさえそれは聴くものを魅了した。

歌い終わったところで、拍手をして出ていく。

千早は俺に気付いていたのかいなかったのか、特に表情を変えることなくこちらを振り向いた。

P「探したぞ千早・・・千早は本当に歌が好きなんだな」

千早「・・・えっ?」

先程の態度も含め怒られると思っていたのだろうか、意外そうな顔でこちらを見てくる千早。

P「ごめんな、俺の力不足で千早に歌の仕事が回せなくて・・・もっと俺も努力しないとな」

千早「い、いえ、そんなことは・・・」

P「今すぐにってのはちょっと難しいけどさ、いつかきっとな。歌がおまけとかじゃなく、歌の番組に出してやりたいってそう思ってるよ」

千早「プロデューサー・・・あの、後半もよろしくお願いします!」

P「ああ、こっちこそ頼むぞ!じゃあそろそろ戻るか」



P「ところで、こんなところの扉よく開いてたな。普通施錠してるもんじゃないか?」

千早「私もそう思ったのですけど、蹴ったら開きましたので」

それは蹴ったら開いたんじゃなくて無理矢理蹴り開けたんじゃないだろうか。つーかこいつ十分ワイルドじゃん!

~スタジオ~

貴音「如月千早、万事において必要な心構えというのを知っていますか?」

貴音「それは、心・技・体です。心をこめ、技巧をつくし、体で表現する・・・」

貴音「料理も歌も格闘も、一生懸命相手に届けようという意味では皆同じであると、そうは思いませんか?」

千早「四条さん・・・」

貴音「また、届けたいと思う気持ちばかり強くても難しいものです。時には自身を積極的に動かしたほうが、物事は好転しますよ・・・これは余計なお世話かもしれませんが」

千早「四条さん・・・・・・ひょっとして私の」

響「ねーねー知ってた?今日作った料理なんだけど最後に食べていいんだって!だから自分、皆にとっておきの料理を作ってやるぞ!」

響「ハム蔵も協力してくれるぞ!なんたってハム蔵は調理師免許と食品衛生管理者の資格を持ってるからな!」

貴音「獣の類が衛生管理者とは・・・面妖な・・・!」

AD「スタンバイしてくださーい」

春香「千早ちゃん、ほら行こ?」

千早「春香、さっきは勝てなくてごめんなさい・・・それと私、あまり料理は出来なくて・・・」

春香「大丈夫大丈夫、だいたい私じゃ勝てないし・・・その分料理なら結構自信あるから!」

千早「ありがとう・・・私、頑張るから」

亀「じゃあ二品目行っちゃってー!テーマはおふくろの味だー!」

春香のチームは肉じゃが、響のチームはゴーヤチャンプルを作っているようだ。なるほど、わかりやすいセレクトだ。

春香「千早ちゃん、お醤油とって!」

千早「えっと・・・これかしら、はい!」

春香「あとはこれを入れて煮たら・・・!」

――刹那、春香気付く――

春香(こっ、これは・・・醤油じゃない!)

液体には粘性がある。一見してわからないものでも、容器を振るなどすればその違いは一目瞭然である。

そもそも料理を少しでもしたことがあるものならば、砂糖と塩、醤油とソースの違いなど、犬と猫を見分けるがごとき所業である。

だが如月千早は料理をしない。故に起きた悲劇――!

天海春香は容器を傾けた時にそれに気づいた。しかしすでにソースは容器の口から落ち、今にも肉じゃがに降り注がんと・・・

春香(いや、まだだっ!)カッ!

春香(気付いたならば対処は出来る!大事なのは諦めないこと!)

瞬間、春香は空いている左腕を鍋の上に突きだし、思い切り天高く振り上げた。

物体が空気中を高速で通り過ぎると、その軌跡には真空が発生する。真空は圧力の均一化を図るため周囲の空気を吸い込む。

春香はこの力を利用し、鍋に落ちかけたソースを中空へと引き上げたのだ。

しかし彼女の右手はソースの瓶をつかみ、左手はすでに天高く伸ばされている。このままでは再びソースは鍋へと落下するだろう。それを防ぐ手立ては彼女独りには無い。

貴音「春香!」シュッ

だが彼女には仲間がいる。事態を察した貴音が鍋のフタを水平にフリスビーのように投げてくる。

それを春香は今最も鍋に近く、尚且つ瞬時に動く部位――すなわち左手の肘でタイミングよく叩き落とした。

鍋のフタは鍋に綺麗に収まり、肉じゃがに降り注ぐはずだったソースを全て弾き落とす。

春香「貴音さん!」グッ

貴音「春香!」グッ

こうして危機は去ったのであった。

なんだこれ。

カーン!

再びゴングが鳴り響く。

亀「おーっと!ここで再びボーナスファイトだー!」

再び対峙する千早と響。

響「言っとくけど、さっきみたいな心構えじゃ何回やっても自分の勝ちだぞ」

千早「わかってるわ・・・だから今回はこちらから行かせてもらう!」

そして千早は両の拳をただ相手に向けて叩き込み続ける連撃を繰り出した。

響(思ったより速い、それに重さもある・・・だけどそれだけだぞ!)

響(千早はやはり攻撃が素人・・・予備動作が丸見えで、こんなの避けるの造作もないさ!)

千早「くっ・・・当たらない・・・」ズドドドドド

響「これじゃただ拳を突きだしてるだけだぞ、自分には届かない!」

響(やっぱ付け焼刃では無理だったか・・・仕方ない、ここは早く終わらせて・・・?)



P「・・・ん?歌が聞こえる・・・千早か・・・?」

千早「なくことーならたやすいけーれどー」ズドドドドド

響(歌いながら攻撃・・・?一体何のつもり・・・)

千早「かなしみにーはながされーないー」ズドドドドガッ!

響(っ!今のは危なかった・・・まさか、精度が上がっている・・・!?)

千早「こいしたーことこのわかーれさえー」ズドドガッドドガッ

響(予備動作が見えなくなってきてる!瞳にも揺らぎが見えない・・・まさか『無の境地』!?)

貴音「流石です如月千早・・・まさかこの短時間でそこに至るとは・・・」

春香「知っているのですか貴音さん!?」

貴音「千早は普段から色々なことを考え、溜め込みすぎているのです・・・戦いにも乗り気ではないから、無駄な動作が生まれやすい」

貴音「しかし歌っているときの千早は歌に入り込み、極限まで集中しているのです。その時に限り、彼女の動きは限りなく研ぎ澄まされる」

貴音「響の技が野生の極みであれば、千早の歌は人類が生み出した文化の極みなのです・・・」

春香「・・・えっと、つまり?」

貴音「・・・今の千早は、前を向いて戦えるということです」

千早「あおいいいいいとりいいいもししあわせえええええ」ズガガガガガッ

響(サビに入ったらより一層激しくなってきたぞ・・・これはカウンターを取りに行ったら逆にやられる!)

響(だが、すでにこの技の弱点には気づいてるさ!)



春香「弱点ですか?」

貴音「ええ、ただでさえ酸素を使う運動をしているのに、さらに歌を歌うというのは肺に負担が大きすぎるのです」

貴音「そうでなくてもただの人間が無の境地に至れる時間は、そう長くはありません」

貴音「つまりこの歌が終わった時が」

響(千早の攻撃の終わりさ!)

春香「耐えられれば負け・・・」

響(耐えれば・・・勝ちっ!)

千早「でもきのーおにーはーかえれなーいー・・・」ズドド…ド…

千早「・・・・・・くっ」

春香「止まった・・・」

千早(耐えられた・・・!)

響「耐えきったぞ・・・!」

千早(もう腕が上がらない・・・全力を尽くしたから私に後悔はないけど・・・勝てなくてごめんなさい春香・・・)

響「・・・・・・」

春香「・・・?響ちゃんチャンスのはずなのになんで攻撃しないの?」

貴音「・・・!違います、あれは攻撃しないのではなく・・・!」

響「・・・」グラァ

バタンッ

亀「響選手倒れたー!ボーナスファイト二回戦は千早選手の勝利ー!」

貴音「すでに動くことすら出来なかった・・・千早の攻撃は確かに琉球戦士の鎧に亀裂を与えていたのです・・・」

春香「す、凄いねデンプシ・・・じゃなかった、『蒼い鳥』!」

貴音「まさか響を葬り去るほどの威力だとは・・・」

響「・・・・・・自分、死んでないぞ・・・・・・」

v響「流石だぞ千早、自分の意見を取り入れ、さらに逆転させてくるとは・・・」

千早「ええ、我那覇さんが私の戦法を『耐え抜いてチャンスを待つだけ』と言ったから、逆に相手を耐えさせて攻撃させないことを思いついたの」

千早「ただ体力がないから、少しの間耐え抜かれてしまえば、いつも私がやっているように簡単に仕留められてしまうけれど・・・」

響「それを補うための『無の境地』、凄いぞ千早・・・あ、そういえば千早、あれを・・・」

千早「あれ?」

春香「千早ちゃん、お決まりのあれだよあれ!」

貴音「千早、言うのです!」

千早「・・・?・・・!あれね!」






千早「・・・とったーとりゅっ!」

噛んだ。

その後ボーナス食材を手に入れた皆は料理を再開した。

どう考えてもバトルと比べて絵的に地味になるのだが、この構成でいいのだろうか。

というかこの流れで、最初はどこに歌を入れるつもりだったんだ?

~収録後~

D「765さぁん!いやーよかったよ!なんかこう後半は右肩上がりでガガガガッ!て面白くなったよね!」

D「いい!いいよ!765プロさん、ファンになっちゃったかなぁ!今後もどんどん声かけちゃうからね!そんじゃまた、お疲れちゃーん!」

P「ありがとうございました!」

なんとか無事に収録を終えることが出来た。スタジオへの損害も軽微だろう。

春香「プロデューサーさん、お疲れ様でした!」

P「ああ、みんなもお疲れ様。じゃあ帰ろうか・・・その前にどこか寄っていくか?皆よく頑張ったから甘いものおごってやるぞ」

春香「本当ですかプロデューサーさん!」

響「やった!流石だぞプロデューサー!」

貴音「さて、何を頂きましょうか・・・」

P「あ、あんまり高いのとか多いのはダメだぞ・・・みんな見るからにいっぱい食べそうだけど・・・」

春香「ねえ、千早ちゃんも行こうよ!」

千早「いえ、私は・・・すいませんプロデューサー、お先に失礼します」

P「あ、ああ、お疲れ様」

一人立ち去る千早の後姿を見送る。

P「千早、一人暮らしだったんだな・・・」

春香「はい、おうちの事情で今は一人で住んでるみたいですよ」

P「・・・俺、みんなの事全然知らないんだな・・・」

プロデューサーの仕事というのは、ただ彼女たちをテレビや雑誌に出させるだけじゃない。

彼女らの事を知り、交流して信頼を深める。そしてそこからプロデューサー自身が見つけた魅力を伸ばす。

そうやって彼女たちをより輝かせていくという、大変だけどやりがいのある仕事なのだ。

決してコミュでπタッチすることが仕事ではない。勘違いしないように。

P(・・・俺も少しぐらい鍛えたほうがいいのかな・・・)

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

如月千早です。

くっ、できれば来週は見てほしくないのですが、そういうわけにも・・・

あ、あの皆さん、せめてトレーニングの片手間などで・・・!

次回、『みんなで鍛える夏休み』を

お楽しみにー!

☆NOMAKE

~用語集3~

・ムキムキキッチン

タートルちゃんテレビで人気の格闘系料理番組であり、決して料理系格闘番組ではない
筋骨隆々のゲストの方々が創り出す繊細な料理に舌鼓を打つ目的の番組だったはずだが、
その性質からどうしてもスタミナ飯によりがちなのは仕方がない
番組の間に昼ドラを挟むことで主婦層の視聴者の取り込みも狙っている
審査員には水一杯800円の方、オリーブオイル大好きな方、
世界王座を13度防衛した元ボクシング世界チャンピオンなどがいる

P「今日は2時00分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

夏。

それは一年のうちでもっとも暑い季節。

しかもそれが都会のコンクリートジャングルならばなおさらであり。

さらに9階まで階段で上がっている身からすればその熱はまさに拷問のようであった。

保冷剤多めに入れておいてもらってよかった。

P「アイス買ってきたから開けてくれー」

事務所の中へと呼びかける。まだ俺にはこの重い扉は自力では開けられないからだ。

ガチャリ、ゴゴゴゴゴと音をたてながら扉が開き、ぶ厚い筋肉を包む事務員の服とご対面。

身長差ゆえの目線の違いだが、もう慣れたものだ。

P「ありがとうございます音無さん」

小鳥「いえ、わざわざアイスの買い出しまでいってもらって、ありがとうございます」

事務所の中に入ると、仕事もないのに暇なのか数人のアイドルたちがグデーンとしてた。

曰く、涼みに来たのに運悪く事務所のエアコンも壊れていた。でも今から暑い中帰るのも面倒であると。

ちなみにここは9階であり、命綱は無く外壁にはボルタリング用の足場が取り付けてあるためいつもなら彼女たちには安全なのだが、手が汗で濡れていると滑る危険があるため簡単には帰れないというちゃんとした理由もある。

エレベーター早く直らないかなぁと常日頃からぼやいている彼女たちだが、直ったところで使うかどうかは甚だ疑問である。

P「しかしまあなんというか・・・」

夏といえば水着、水着といえばグラビアアイドルだろうと思うのだが、我が765プロのスケジュールは見事に白紙だ。

筋肉系アイドルの需要が増えているとはいえ、やはり水着はたゆんでばいんな方が望ましいのだろう。

今だってうら若きアイドルたちの薄い服が汗で透けて肌が見えているが、筋肉質すぎて劣情を催すことはないし。

ヘソ出しというか腹筋出しルックだなあれじゃ。うわーすげえ板チョコみたい。

これがいわゆる普通のアイドル系事務所なら透けブラが見れたり無防備な二の腕とかお腹とか太ももとか見れたんだろうなぁ・・・

こいつらのじゃ見れても無防備どころか完全防備だもんなぁ・・・

ひとたびそう思うと俄然そういう欲がわいてきた。季節は夏だ。合法的に肢体を眺めるとしたらやはり、

P「・・・海とか行きたいなぁ・・・」

真美「?兄ちゃん今なんか言ったー?」

P「ん?海に行きたいなぁ・・・って」

皆「それだっ!」

春香「プロデューサーさん、海ですよ海!」

響「慰安旅行だな!」

亜美「亜美たちを海に連れてってくれるなんて」

真美「兄ちゃん太っ腹ですなー!」

P「ちょ、ちょっとまて、別に本当に行くなんて、ましてや皆でいくなんて一言も」

小鳥「あら、いいんじゃないですか?福利厚生、筋力増進もプロデューサーの仕事ですよ?」

律子「お金のことなら、慰安旅行だから経費で大丈夫ですよ。それに砂浜ダッシュはいいトレーニングになりますし」

それは旅行ではなく合宿ではないだろうか。

P「じゃあ、スケジュールに差し障りない範囲でな・・・」

皆「やったー!」

こうして、765プロ夏の1泊2日海旅行~ポロリはあるの?~が始まるのだった。

 

                      第
                      五
                      話





える夏休み

 

~電車移動中~

P「仕事がない奴って声かけたら全員来てるし・・・」

律子「実際暇なんだからしょうがないですよ」

P「律子もか?」

律子「私はその・・・プロデューサー一人じゃ大変だろうと思って」

あずさ「うふふ、みんなで旅行なんて楽しいですね~」

P「まあ、そうですね」

小鳥「海なんて何年ぶりかしら・・・楽しみです!」

今回の旅行は765アイドル12人+プロデューサー2人+事務員1人での大移動だ。

うち14人が屈強な身体を持っているため、人が少ない田舎の路線なのに随分車内が狭く感じる。

しかし、無事電車での移動になってよかった。こいつらと来たら、また車を持っていこうとか言い出すものだから、

『夏休みだから公共の交通機関を使った方がよい』

『目立ちたくない』

『慰安旅行だからたまにはトレーニングを忘れろ』

などと必死で説き伏せるのに苦労したものだ。しかもようやくみんなが納得しかけたあたりでどこぞの脳筋バカが、

『じゃあ間を取って電車を担いでいけばいいんじゃないですか?』

とかのたまいやがったもんでもう大変だった。

律子「電車の中も涼しいなんて、いい世の中ですよね」

そのバカがよく冷えた何かを飲みながら言っているが、あえてツッコまないのが社会を生き抜くコツだ。抗議は視線だけで送ることにする。

律子「な、何ですかその目は・・・あ、プロデューサーもプロテイン飲みます?」

P「結構です。というかあずささんも律子もさっきからゴクゴクいってますが、プロテインってそんな飲むものでしたっけ?」

小鳥「あずささんはプロテインじゃありませんよ、お酒です」

P「なんだ酒か、じゃあいいやっていうと思ったかむしろなお悪いわ!」

律子「出たっ!プロデューサーのノリツッコミ!」ビリビリ

実は飲んでるのは律子の方じゃないだろうか。

あずさ「といいましても、私いつも飲んでますよ~?」

小鳥「プロデューサー気付かなかったんですか?あずささん水筒の中もお酒ですよ」

P「え、なに?つまりこの人いつも酔っ払いなわけ?」

そりゃ道にも迷うわ。

あずさ「といいましても、飲んでる方が普通ですし、考えもはっきりしてますから~」

律子「あずささんについては、まあこういうものだと思っておいてください」

765プロはいつでも新しい発見に満ち溢れててすごくいいかいしゃだなぁとぼくはおもいました。

逃避がてらちらりとよその座席を見ると、それぞれも和気藹々としているようだった。伊織のいるあたりの席からは悲鳴が聞こえてきたが。

~海~

皆「海だー!」

美希「ミキが一番乗りなのー!」ズドドド

響「一番は自分だぞー!」ズドドド

真「そうはさせないよ!」ズドドド

亜美「目標まで30メートル!」ズドドド

真美「突撃ぃ!」ズドドド

春香「あははっ、待ってよー!」ズドドド

小鳥「まだまだ若い者には負けないわよ!」ズドドド

轟音を響かせながら我先にと海へ走り出すアイドルたち。

服を更衣室に置くなりいきなり走り出したのは驚いたが、

P「盛り上がる筋肉で服がビリビリビリィ!とかやるかと思ってたんだけど」

伊織「そんなもったいないことするわけないじゃない」

やっぱり出来ないとは言わないんですね伊織さん。

律子「もー、みんな荷物置きっぱなしで・・・」

千早「みんな、そんなに海が楽しいのかしら・・・」

あずさ「海がっていうより、みんな一緒だから楽しいのよ~」

その後ろからさらに続く3体の巨人。あずささんはあいかわらず酒片手だ。

P「あの、飲酒してからの海はちょっと・・・」

あずさ「ええ、私の目当ては海の家のお酒ですから大丈夫ですよ~」

?「私も一緒におりますゆえ、大丈夫ですよ」

あずささんの後ろからひょこっと顔をのぞかせたのは、長身な、ただし我々からしたら小柄な銀髪の女性。

P「・・・えっと、どちらさまですか?あずささんの知り合い?」

?「ふふっ、私ですよプロデューサー、四条貴音です」

P「な、何だってー!?」

自らを四条貴音だというその女性は、確かに顔は貴音だがいろいろ違う。

まず筋肉じゃない。そこらにいる女性のような、しかも胸と尻がだいぶ大きいグラマー体型だ。

身長も俺より低くなってる。それでも女性としては高いほうだが。

一言で言うと銀髪で巨乳の美少女、業界風に言うとパツギンでボインのチャンネーだった。

俺のミットにどストライクだ。

P「いやいやいやおかしいだろ!俺の知ってる四条貴音は2メートルほどの巨体で関節技が得意で謎に包まれてるやつだぞ!」

律子「まあ我々も初めて見た時は驚きましたけどね」

千早「四条さんは関節技が得意ですから・・・くっ」

貴音「私は皆できると思っていたのですが・・・プロデューサーはできませんか?」

P「できてたらアイドル事務所なんかで働いてないで、とっくにNASAかどっかで解剖されとるわ」

貴音「面妖な・・・」

その面妖そっくりそのままお返しします。

P「ま、まあ体型を変えられるのは百歩譲っていいとして、なんでわざわざ?」

貴音「ええ、やはり私たちもあいどるとして活動しておりますから」ムニュン

P(おお・・・組んだ腕の下でたわわな果実が・・・)

貴音「普段であれば帽子や眼鏡などで変装することも可能ですが、海では水着ですので」タユン

P(水着最高!海万歳!)

貴音「ならば体型のほうを変化させればと・・・聞いていますかプロデューサー?」ポヨン

P「え?う、うん、そうだな、言うとおりだ!」

伊織「鼻の下伸びてるわよ変態」

P「うぐっ」

あずさ「では行ってきますね~」

貴音「海の家のらぁめんもまた風情があって心躍るものです・・・」タユンッ

P「あ、俺もそっちについていこうかなー」

伊織「あんたは荷物番してなさい!一緒に行かせたら何が起こるかわかったもんじゃないわよ!」

『何か起こる』ってのは『俺の身に』だろうなぁ。

で、『何か』ってのは全身複雑骨折とか脱臼とかだろう。

P「・・・ん?伊織、あのうさちゃん連れてくのか?濡れるぞ?」

伊織「勝手に人の人形に安直な名前付けないでくれる?アーノルドなら大丈夫よ、特注の着ぐるみ型防水スーツがあるから」

そういって見せてきたものは、うさぎの人形より一回り大きく人間型で、どことなく某州知事に似ているような・・・

伊織「さ、いくわよやよい、アーノルド」

やよい「うっうー!泳ぎますよー!」

・・・おめでとう!うさちゃんはしゅわちゃんに進化した!

P「だけど、これだけ人がいて全くアイドルらしく騒がれないのは、ちょっと考えものじゃないかな・・・?」

アイドルとしてではなく筋肉系としては結構注目されているようだけど。

あずさ「でも、人目を気にしないでいられるのは今だからこそなのかもしれませんね~」

P「あ、お帰りなさいあずささん・・・貴音は?」

あずさ「貴音ちゃんなら、あっちのほうで大食いに挑戦していますよ~」

P「・・・あ、あー、なんか俺お腹すいたなー、今なら大食いにも挑戦できそうだなーちょっと行ってこようかなー」

千早「空腹にしておいた方がいいと思いますよ、真と我那覇さんが食料調達に行ってますから」

それは買い物的な意味か?狩り的な意味か?

耳を澄ませば、アイドルたちの楽しそうな声が聞こえてくる。


春香「ちーはーやーちゃんっ!せっかくの海だよ、一緒に泳ご!」

千早「私はいいわ、あまり泳ぎは得意ではないから」

春香「皆と一緒だと楽しいよ、ほら、脱いで!」ビリビリビリィ!

千早「ちょ、ちょっと春香、破かないで!もう・・・」

春香「えへへっ、行こう!」



雪歩「ふえぇ・・・砂地は穴が掘りにくいですぅ・・・」

律子「そういうときは、掴むんじゃなくてえぐるように打ち込めば・・・」

雪歩「あっ、本当ですぅ!えへへ、掘れましたぁ」ズガンズガン



真「よし、次はあっちの島に行こう響!」

響「さっきのやつは手ごたえ無かったから、今度は強いのがいるといいな!」

亜美「ミキミキ水の中なのに速すぎだよぉー!」

真美「これじゃ道具でも使わないと捕まえらんないよぉ!」

美希「ミキにとっては水の抵抗なんてあってないがごとくなのー!」



小鳥「さあかかってらっしゃい伊織ちゃん」ゴゴゴゴ

伊織「今日こそその右手を使わせてやるわ・・・」

やよい「うっうー!頑張ってください二人ともー!」



あずさ「うふふ、みんな仲良しで微笑ましいですね~」

P「ソウデスネ」

~夜~

俺たちは予約してあった民宿へと向かった。

あまり予算が多くないためそれほど豪華ではないが、大柄なアイドル全員でも十分泊まれるだけの部屋は確保した。

亜美「んっふっふー、まずはお約束」

真美「女風呂がのぞけるか、チェック!」

双子はそう言って、宿に着くなり走りだし民宿の壁を登ろうと・・・

P「お、おいこらストップ!入り口から入れ!」

亜美「あ、そっかー!」

真美「ごめんね兄ちゃん、ついいつもの癖で・・・」

先が思いやられる。

女性たちの部屋は広さを十分確保した大広間のようなところで、一方俺の部屋は一人部屋で狭い。

とはいえもし社長を連れてこようものなら、社長のためだけに二人部屋を用意しなければいけなかっただろうから、これで我慢だ。

P「しかし、一人になると・・・」

昼間の光景をじっくり思い出す余裕が出来るというか。

たゆんとか。ぽよんとか。

性欲を持て余す。

P「・・・ちょっとだけ・・・」ゴソゴソ

亜美「にいちゃーん!」ガラッ

P「うわぉっ!?」

真美「ん?どしたの兄ちゃん?」

P「ななななんでもないさ真美、どうしたんだい?」

真美「変な兄ちゃん・・・えっと、浜辺でBBQやるから呼んで来いってりっちゃんが」

~浜辺~

道具一式は民宿の人が貸してくださった。

浜辺に設置して、用意してきた食材を網の上にぶちまける。

何故かマンガ肉も乗っているが、何の肉か聞くのはやめておこう。

真「この肉、僕と響が近くで狩ってきたんですよ!」

P「へえ、買ってきたのか。ご苦労さま」

字が違うことには気づかないフリをする。大人ってのは自分を誤魔化してばっかりだ。

大量に用意した食材もなかなかのハイペースで消費されていく。

律子「あれ、もう飲み物が少ない・・・」

P「あ、じゃあ俺買ってくるよ。適当なのでいいだろ?」

あずさ「お酒も買ってきてくださいね~」

千早「あの・・・プロデューサー」

P「ん、どうした?」

千早「大荷物になるでしょうから、私もついていきましょうか」

P「んー、そうだな、頼むよ。本当に俺一人じゃ持ちきれなくなりそうだから」

千早からこうして申し出てくれるなんて貴重だし大変ありがたい。この前のテレビ収録から少しずつ態度が柔らかくなっているように感じる。

P(打ち解けてきてくれたってことかな・・・)

千早「プロデューサー?」

P「ああすまん、今行く」

やよい「お肉おいしいですー!」

真「まだ結構残ってるから、どんどん食べてね」


雪歩「あ、あの、美味しいですね」

貴音「ええ、野外での食事は格別な趣がありますね」


亜美「あずさお姉ちゃん、お肉とってー」

真美「真美はソーセージ!」

あずさ「え、ええ・・・」

真美「ん?どったの?」

亜美「顔色悪くない?」

あずさ「お、お酒はまだかしら~・・・って・・・」

律子「今プロデューサーが買いに行ってますよ」

あずさ「は、はやくかえってこな、こないかしら~・・・」

P「悪いな千早、荷物多く持たせちゃって」

千早「いえ、力的なことを考えればこちらのほうが合理的ですから・・・」

ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!

P「!?な、何だ今の!?」

千早「浜辺の・・・みんなのところからです!」

まずい、こんなところで何かに襲われたなんてことになったら・・・!

・・・別に暴漢だろうがエイリアンだろうが返り討ちにする気がする・・・なんだ、心配しなくていいか。

P(あいつらに対抗できるのなんて筋力系ぐらいなもんだろ・・・)

アズサ「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」ブンッ!

伊織「ああもうめんどくさいわねっ!」ブンッ!

ドガッ!

アズサ「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!」ブンッ!

伊織「くぅ・・・まだまだぁ!」ブンッ!

ドゴッ!

律子「亜美、まだなの!?」

亜美「今やってるよりっちゃん!」

帰ってきたら、あずささんと伊織が拳と拳をかちあわせていた。

何故だ。

小鳥「お、お帰りなさいプロデューサーさん!」

P「ああ音無さん、よければ現状の説明をしてくれませんかね」

小鳥「それが・・・あずささんお酒が切れたみたいで・・・」

P「・・・つまり酒が切れたら暴れ出したと。ひどいですねそれは」

小鳥「暴れる力が強くて、伊織ちゃんしか相手にできなくて・・・」

千早は俺と買い出しに行ってたから、力で対抗しかできないというわけか。

小鳥「私がやったらやりすぎちゃいますから」

なんですって?

アズサ「イ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!」ブンッ!

伊織「ああもう、なんで私が相殺しなきゃいけないわけ!?こんな精密攻撃私のスタイルじゃないんだけど!」ブンッ!

ズガッ!

小鳥「体に当ててふっ飛ばしちゃったらどこに被害が行くかわからないので、相殺してるんです」

P「で、このまま両者力尽きるまで殴り合わせるんですか?」

小鳥「いえ、もうすぐ・・・」

亜美「りっちゃん、準備オッケー!」

律子「よっしゃ、伊織!5秒でいいから組んで動きを止めて!」

伊織「はいはい、人使い荒いわね本当・・・にっ!」ガシッ

亜美「いまだ、注射!」プスッチュー

アズサ「ア゛ア゛ア゛・・・ア゛・・・」

あずさ「はふぅ」ドサリ

真美「ナイス亜美!」

P「ないすあみー」

よくわかんないけどとりあえず言っておけばいいか。

落ち着いてるあずささんに酒を流し込みながら律子が説明してくれた。

律子「お酒が切れたらしくて、いきなり暴れ出したんですよ」

律子「ブレーキが外れたみたいに動きは速いし力も強いし・・・組もうとしてもすぐ外されちゃって」

律子「しょうがないから亜美に鎮静剤を打ってもらおうと思って、時間稼ぎに伊織をぶつけたんです」

律子「これからは事務所でもお酒準備しないといけませんね」

P「どうしよう突っ込みどころがいっぱいある」

貴音「プロデューサー、そのような時はどこにもつっこまないのが一番心が休まりますよ」タユン

P「そうだな!」

響「プロデューサーの目が自分のお風呂のぞこうとしてるときのハム蔵みたいになってるぞ・・・」

ハム蔵「ジュイッ!?」

響「ばれてないと思ってたのかハム蔵?」

小鳥「しかしいい連携でしたね、あずささんに力で対抗した伊織ちゃんと家が医者で鎮静剤を持ってる亜美ちゃん、この二人ならまた何かあっても対処できますよ」

律子「そうですね・・・はっ、今いいこと思いつきました!すいません、ちょっと社長に電話してきます!」タッタッタッ

そういって向こうへ走っていく律子。

なんだろう、大アイドル養成ギブスとか注文するんだろうか。

~女風呂~

春香「お風呂すごくいい感じだね~」

伊織「これじゃ大浴場じゃなくて小浴場に改めたほうがいいわね」



雪歩「うぅ、お風呂がしみるよぉ」

真「ちゃんと日焼け止め塗ったのにね」



あずさ「あら、律子さんなんだか嬉しそうですね」

律子「あ、わかります?」

あずさ「なにかいいことあったんですか?」

律子「ええ・・・あずささんにももうすぐわかりますよ・・・っと、そういえば・・・」

律子「改めてこうしてみると、あずささん・・・胸おっきいですね・・・」

あずさ「あらあら、律子さんだって結構じゃないですか~」

律子「あはは、戦うときは必要ないですけど、やっぱり私も女ですから、無くてもいいと言えばうそになりますけど・・・」

千早「・・・くっ」



雪歩「貴音さんのもおっきい・・・それに今は私たちのと違って柔らかそうですね・・・」

貴音「興味があるなら触ってみますか、雪歩?」

雪歩「ふええ!?い、いやあのその・・・」

貴音「ふふ、冗談ですよ」

~壁1枚隔てて男風呂~

P(全部聞こえてるっつーの!)モンモン

P(他の奴らはいいとして、貴音・・・)ムクムクッ

P(おっと沈まれ息子よ、流石にマズイだろ)

『たゆんっ』

P(うっ)ムクリッ

『ぽよんっ』

P(ううっ)ムクムクムクムク

テッテレ!テレレレッテレー!ジャン!

p『ヤア』ギンギン

P「元気だなぁ息子よ、俺はうれしいぞ」

しかし壁1枚隔てて裸貴音がいると考えると正直辛抱たまらんです。

P「・・・ちょっとだけ・・・」ゴソゴソ

亜美「にいちゃーん!」

P「うわぉっ!?」

真美「ん?どしたの兄ちゃん?」

P「い、いきなり声をかけてくるなよ!誰か他に居たらどうするんだ!」

亜美「そんなのいないよ・・・あ、ひょっとして・・・んっふっふー」

P「な、なんだよ」

真美「ひょっとして真美をのぞこうとしてた?いやーん!兄ちゃんのえっちー!」

P「いやそれはない」

真美「うっ・・・マジトーンだよ・・・ちょっとショックかも」

亜美「このいくじなしー!」

はっはっは何とでも言え、俺は筋肉に情欲は抱かん。

ヒューーーポチャン

P「ん?何か風呂に落ちてきた・・・」

貴音「あの、プロデューサー」

P「んはいっ!なんだ貴音っ!?」

貴音「申し訳ありませんが、先ほど使っていた身体を洗うすぽんじが手を滑らせてそちらへ飛んで行ってしまったのですが・・・」

P「あ、ああわかった、投げ返せばいいんだな!」

貴音「よろしくお願いします」

ええい何ドキドキしてんだ俺は、中学生か!

湯は透明なのでスポンジはすぐ見つかった。急いで拾い、投げ返・・・

・・・貴音のスポンジ・・・今さっきまであの柔肌に・・・

P「・・・ゴクリ」

ゴクリじゃねーよ!早く返せよ!

貴音「見つかりましたか?」

P「あ、ああ今投げ返すから!」

貴音「お早めにお願いします・・・まだ胸までしか洗っておりませんので」

胸までは洗ったんだな!

天使『一刻も早く返しなさい、プロデューサーがアイドルを困らせてはいけません』

悪魔『なにいってんだよ、これはご褒美だって!いつも頑張ってるプロデューサーに一時のプレゼントだよ!』

p『いいから俺に渡せよ』

P(うるさい!)

脳内で勝手に会議が進行してしまった。結論が出ないので俺も返すに返せない状況に・・・

貴音「・・・おや、残念ながら時間切れのようです」

時間切れ?と思った瞬間右手のスポンジがボンッと音を立てて燃え尽きた。

P「あつっ!なんじゃこりゃ!」

亜美「ほらひっかかったー!やっぱお姫ちんのこうかはばつぐんだ!」

真美「真美たちの得意分野はこういう工作だからね!思い知ったか!」

貴音「ですからお早めにと言いましたのに・・・ふふ」

つまり、グルになって騙されたということ・・・は、はずかしいいいいい!!!

その後、みんなは部屋に帰って仲間と語らったり、遊んだりしていた。

~女部屋~

春香「風、気持ちいいね」

千早「そうね」

春香「ねえ、千早ちゃんはこんなふうにみんなで旅行したりするの苦手?」

千早「・・・わからない。家族では・・・いえ、歌の仕事がもらえないのは私の実力のせいだと思うの。今は遊ぶよりレッスンのほうが大切だと思えるから」

春香「ん・・・」

千早「・・・でも、こうやって静かに波の音を聞くのは嫌いじゃないわね」

春香「うん、そっか・・・」

~男部屋~

あずさ「はい、かんぱ~い!」

P「って、何度目ですか・・・」

あずさ「なんどでもいいんですよ~うふふ~」

律子「まあ、飲ませておく方がいいってわかりましたから」

あずさ「ええ・・・迷惑かけたみたいですみませんでした・・・」

小鳥「いえいえ、動けるうちに動かなきゃもったいないですよ」

多少記憶は残っているらしいが、あの状態になると自制が効かないようだ。

ところで男の部屋に女性が三人、しかも二人は酒を飲んでいると来れば普通はかなりのチャンスであるはずだが、我々に限ってはそうはならない。

というか、今日はもう自己嫌悪でたとえ貴音が来ようとも変な気は起こさないだろう。

ちなみに風呂場での件は亜美真美貴音しか把握していないようだった。

P「しかしまあ、成行きとはいえこうして親睦も深められたし、みんなの普段見ない一面も見れたからよかったかもな」

律子「そうですね、でも、私これからガンガン行きますよ、見ててください!」

あずさ小鳥「律子さん、がんばってー!」

~夜、女部屋~

響「zzz」

美希「おにぎり・・・zzz」


春香「・・・ねえ千早ちゃん、起きてる?」

千早「ええ、起きてるわ」

春香「今日楽しかったね、なんだか修学旅行みたいで」

真「うんうん、来年も来れたらいいよね!」

春香「うん!ねえ、来年の私たちってどうなってるのかな?」

真「うーん、やっぱり仕事も増えて、レギュラー番組とか持っちゃったりして・・・」

千早「歌の仕事が増えたらいいわね・・・」

春香「増えるよきっと、ライブやったりCD出せたり!」

真「年末の格闘番組にゲスト枠で出場しちゃったり!」

伊織「あんたたちはお気楽ねぇ、もっと現実を見なさいよ」

伊織「律子はともかく、いまだに扉も一人で開けられないあのプロデューサーよ?期待どころか会社の存続すら怪しいわ」

春香「そっかな?一生懸命頑張ってると思うけど」

真「この前は9階までの階段のタイムアタックにも挑戦してたよ」

伊織「はあ・・・まあそんなプロデューサーだからこそ、私たちみんなで支えていかないとね」

真「プロデューサーを担いでビルを登るとか?」

伊織「馬鹿じゃないの?精神的な意味よ」

春香「でも、いつか本当にプロデューサーが頑張ってお仕事一杯とってきてくれたら、みんな揃ってこんな旅行とかできなくなっちゃうのかな・・・?」

真「そうなるのかな・・・」

伊織「・・・馬鹿ね、そういうことはなってから考えなさいよ」

春香「えへへ、そうだね・・・じゃ、おやすみなさい」



春香(アイドルになって、ステージの上でいっぱいの観客の前でいっぱい歌って・・・)

春香(・・・楽しいんだろうなあ・・・!)

~翌日、事務所~

美希「ただいまなのー!」

亜美「わー、クーラー直ってる!」

真美「すずしー!」

社長「うむ、さっき修理が終わったんだよ」

P「あ、社長、ただいま帰りました!」

社長「うむ、少しは君も鍛えられたかね?なんなら私と腕相撲で力試しでも」

P「いえいえ結構ですとんでもない!あ、これお土産です」

社長「おお!これはすまんね・・・あ、いやその前に・・・」



社長「うおっほん!律子君、君が出先から計画してくれた新ユニット企画『竜宮小町』だが・・・」

社長「来週から正式に始動することが決定したよ、おめでとう!」

律子「ありがとうございます!」

皆「・・・『竜宮小町』?」

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

突然ですがここでクイズです!

今予告をしてるのは亜美でしょうか、それとも真美でしょうかー?

めっちゃ気になる正解は、大胸筋に確認よろよろ→!

次回、『先に増えるという筋肉』を

お楽しみにー!

P「今日は2時30分からTHE iDOLM@SCLETERか・・・」

~事務所~

小鳥「すごいですね、竜宮小町!この前デビューが決まったー、なんていってたらあっというまに忙しくなってきましたよ」

律子「まだまだですよ、これからもーっと忙しくなるように力入れていきますから!」ムキキッ

小鳥「気合入ってますね!」ムキキッ

律子「せっかく掴んだチャンスなんだから無駄にはしたくないです。やるからには、全力でやりますよ!」ムキョッ

小鳥「わー、律子さんナイスバルク!」ムキョキョッ

横線で2分割されたホワイトボードの前で、律子と音無さんが6分割された腹筋を見せながら何やら傍目には物騒な会話とポージングを繰り広げている。

ホワイトボードの上半分は律子プロデュースの新ユニット『竜宮小町』の予定で埋まっており、下半分の残りのアイドル用のスペースは依然空白が目立っている。

その下半分を担当している俺のスケジュール帳も現状スペースを持て余し気味なわけで。

んー・・・どうしたもんかなぁ・・・

小鳥「凄いですよね律子さん!プロデューサーさんもそう思いませんか?」

P「え?・・・あ、ああ、律子の腕の見せ所だよな」

律子「スーツだから上腕二頭筋は見せられませんよ?」

そういう意味じゃないんです律子さん。

小鳥「はっ!?そうだわ、竜宮小町が売れたら・・・」

小鳥「くたびれたソファを新調して!」

うん。

小鳥「冷蔵庫も大きいのに変えて!」

うん。

小鳥「ビルの外壁に上級者コースを設置して!」

うん?

小鳥「テレビも最新型に変えて!それからそれから・・・!」

律子「そんなぬるいこと言ってちゃダメです!どうせなら自社ビル、それも地下に専用トレーニングジムつきぐらいは目指さないと!」

小鳥「きゃー!律子さんかっこいー!ね、律子さん凄いですよね!」

P「そ、そうですね!は、は、はっはっは、うわっはっはっはっは!!」

なんか盛り上がってるのでとりあえず合わせて笑っておこう。

亜美「必殺!ケムリ爆弾!」ボンッ

P「うわっ!なんだこれゲホッゲホッ」

真美「セットOK!退避ー!」

煙が晴れると、なぜか俺は椅子に縛られていた。

P「おい亜美、一体これは」

亜美「おーっと、動かないほうがいいよ兄ちゃん!まずゆっくり上を見てごらん?」

P「なんだこれ・・・金ダライ?まさか・・・」

真美「そして下を見ると並べたドミノが!これの意味するところはつまり・・・」

俺動く→ドミノ倒れる→ピタゴラスイッチ的機構→金ダライ落下

亜美「くっくっく、ちなみに動かなくても時間経過で落ちるんだなこれが」

真美「必ず殺すと書いて必殺・・・真美たちは約束をたがえたりしないのさ」

これだけのものを一瞬でセットする手際といい、この前の発火スポンジといい、本当にめちゃくちゃだなこいつら・・・

P「っていうか何すんだよいきなり!」

真美「だって兄ちゃん、悪役みたいな笑い方してたから制裁を」

P「さっきの亜美のほうがよっぽど悪役っぽいだろ・・・」

あずさ「おはようございます~」ヒョコッ

窓からあずささんが顔をのぞかせた。やはり俺以外は皆窓から出勤するらしい。

ちなみにここは9階であり、命綱は無いが外壁にはボルタリング用の足場が取り付けてあるため彼女たちには安全だ。

律子「わー、あずささん髪切ったんですか、凄く似合ってますよ!でもよく思い切りましたねこんなにバッサリ・・・」

あずさ「はい、こっちのほうが三人並んだ時にバランスがいいかなって・・・それにこの方が若く見えるって言われたんですよ~」

そう語るあずささんの顔はまさに喜色満面という感じで、新しいスタートを切るという気持ちもあるのだろう、嫌々断髪したようには見えなかった。

P「竜宮小町本格始動か・・・こっちも頑張らないとなぶっ」ゴンッ!

気合いを入れた俺に更に喝を入れるように、落下した金ダライが脳天を直撃した。

 

     第六話  先に増えるとい

                    う
                    筋
                    肉

 

吉澤「さて、竜宮小町は秋月律子プロデューサーの企画なんだね?そしてメンバーは双海亜美君と水瀬伊織君、三浦あずさ君か・・・」

午後、早速竜宮小町は社長の友人でもある吉澤記者からインタビューを受けていた。巨体に囲まれても平然としているあたり、肝が据わっている人だ。

吉澤「ふむ、この三人を選んだ理由は?」

律子「あずささんは歳で選びました」

あずさ「あの、その言い方はちょっと・・・」

吉澤「年長者を一人入れようと、そういうことだね?」

律子「亜美の家は医者なので医学的なトレーニングの方法を教えてもらえるかと」

亜美「それ亜美である必要あんの?」

律子「そして伊織の家は水瀬財閥ですので、その権力を最大限に利用し」

伊織「ちょっとレコーダー止めなさい」

伊織「あんたさっきから何言ってんの?歳だ家だ権力だ、悪魔に魂でも売ったわけ?」ヒソヒソ

律子「あのねぇ、あずささんが暴れたら大変だからこの3人にしました、なんて言えるわけないでしょ。他にインパクトのある嘘で上塗りして誤魔化すしかないのよ」ヒソヒソ

伊織「あれじゃまだ本当の理由のほうがマシよ!」ヒソヒソ

吉澤「あー・・・えーと、うん、まあ要するにバランスってことにしておこう」

社長「すまんねぇ気を遣わせて」

吉澤「この程度慣れてるから構わんよ」

やよい「わー可愛いー!竜宮城のお姫様みたーい!」

そうやよいが評するのは、取材終了後早速事務所に届いた竜宮小町の新衣装、その名もパレスオブドラゴン。

海をイメージさせる青を基調とした色に、ミニハットやイヤリングなどの小物を合わせた一式だ。

まあ小物と言っても衣装のサイズからして俺より大きいわけで。必然的に小物も中物ぐらいまでスケールアップしている。

今は竜宮小町の三人が衣装サイズの調整を行っているため仮に着ている。

春香「あれ、律子さんの衣装は?」

律子「あのね、私はプロデューサーでしょ?着るのは三人だけよ」

美希「いいなー、美希もこういうの着てみたいなぁ・・・」

律子「うわ大変、もう出なきゃいけない時間!ごめん皆急いで着替えて!プロデューサーはちょっと外に出ててください!」

P「ああわかった。えーと、春香ドア開けてくれ」

いくら情欲を掻き立てられない筋肉ボディといえど、女性の生着替えを見るのはよろしくないので、着替えの時は外に出る。

春香に頼んでるのは別に横着してるわけじゃなく、扉が重くてまだ自力では開けられないからだ。窓から出るのはもっと嫌だ。

少し時間が経った後、次に中からドアが開けられたときにはすでに律子たちの姿はなかった。どうやらいつも通り窓から出勤したらしい。

P「今気づいたんだが、みんないつも窓から出るならなんで扉が重いんだ?使わないだろ?」

響「エレベーターが直ったらちゃんとそっちから入るぞ?壊れてるから窓から入ってるだけで」

春香「重かったら開け閉めするときにも鍛えられていいですよねプロデューサーさん!」

明らかに扉の使い方を間違えている。俺たちみたいな人のために普通の扉をつけるという発想はなかったのだろうか。

P(・・・ああ、普通の扉だったら伊織が壊すとか言ってたな・・・)

もともと来客など無いに等しい事務所だったのだ、当然の選択だったのだろう。

P「そういえば、今日律子たちはどこに行くんですか?」

小鳥「ええと、たしかアミューズメントミュージックの打ち合わせですよ」

P「ええ、あの歌番組に出られるんですか!?」

小鳥「もともと、その番組でのデビューを前提としたプロジェクトでしたからね。あんな人気番組に出られるなんて、夢のようです」

アミューズメントミュージック、略してAMとは、もう10年ほど続いている音楽番組だ。

若手大手を問わず充分な実力を備えた歌手やアイドルを毎週数組呼び、スタジオで歌わせることで人気の長寿番組である。

一方で、この番組が開始した10年前は筋肉系アイドルは色物として扱われることが多かった。

最近でこそようやく少しずつ筋肉系も認められてきたが、そう言った経緯と番組の路線から、筋肉系の長い不遇の時代においてAMに出場した筋肉系アイドルはいなかったのである。

つまり竜宮小町が筋肉系アイドルとして初出場の栄誉を勝ち取ったのだ。

小鳥「他にもレコード店でミニコンサートや雑誌の取材、握手会(要手加減)にラジオ出演・・・わぁ、オフが一日もなくなっちゃいましたね」

P「はぁ・・・なんか、随分差がついちゃったな・・・」

小鳥「え?」

P「あ、いえいえ何でもないです・・・」

とはいうものの、俺は内心焦りを抱いていた。

プロデューサーとしては先輩だが歳はずっと下の律子が、新しいユニットを組むや否やスケジュールが仕事でぎっしりで、有名番組にも出演。

かたや俺は9人もアイドルを見ているのにスケジュールはスッカスカ。

まさにアイドルとして輝かんとしている竜宮小町と比べて、うちのアイドルたちはというと・・・

春香「ほらみて、このプロテイン評判いいよ」

雪歩「ホントだ、甘くて粉っぽくないんだって」



真「ここでこう、右を合わせて・・・」

響「自分ならまずダッキングしてから合わせるぞ」



やよい「牛乳の残りが20リットル切ってますー」



どいつもこいつも筋肉的ではあるがアイドル的ではない。これでは何かが違う。

真美「ねーねー兄ちゃん、亜美の代わりに真美と腕相撲しよー?左手対両腕でいいからさー」

こんなんじゃ・・・こんなんじゃ・・・

P「ダメだーーーーーー!!!!」

P「皆、ちょっと聞いてくれ!」

たまらずアイドルを緊急招集。ホワイトボード前に結集させる。

P「あ、ごめんちょっと威圧感あるから一歩下がって・・・うん、そう。えーっとだな・・・」

P「もうわかってるとは思うけど、俺も律子や竜宮小町に負けないぐらいにみんなをプロデュースしたいと思っている。だからみんなも頑張ってくれ!」

皆「・・・・・・?」

P「・・・あれ、みんなノリ悪いじゃないか。ほらいつもみたいにムキムキー!とかやっていいんだぞ?」

貴音「ですがプロデューサー、そう闇雲に頑張れとだけ言われましても・・・」

真美「そうだよ、頑張りたくても真美たち全然お仕事ないんだもん」

響「自分、何かやることさえあればプロデューサーの言うとおり頑張るぞ」

だよねー、と口々に言ってくるアイドルたち。確かに一理ある。

P「よ、よし、まずは俺が全力で仕事を取ってきてやるからな!頑張るぞ皆!765プロファイトー!いっぱーつ!」

皆「い、いっぱーつ・・・」

律子たちに負けないためにはとにかく仕事の数だ。基本は足で稼ぐしかない。最近の階段登りのおかげで少しは体力に自信も出て来た。

P(俺が営業かけまくって、スケジュール真っ黒にしてやるからな!)


春香「ねえ、なんかプロデューサーさんおかしくない?疲れてるのかな・・・」

真「いやあ、元気は有り余ってそうだけど・・・」

P「えー、携帯に手帳、ハンカチちり紙、忘れ物なし・・・と。よし行くか」

春香「プロデューサーさん!」

P「どうした春香?」

今から営業に出発というところで、いきなり呼び止められた。

春香「あの、これどうぞ!」

P「クッキー?」

そういって差し出されたのは綺麗にラッピングされたお手製のクッキーの袋だった。

春香「甘いものは脳をリフレッシュさせるんですよ、今朝作ってきたクッキーです!」

P「ああ、ありがとう、後で食べるよ・・・しかしクッキーか、春香たちのことだからまたプロテインかと思ったよ」

春香「入ってますよ?たっぷりと」

本当に君たちは期待を裏切らないね。

春香「それじゃお先に失礼します!」

そういって春香は窓からひらりと身をひるがえし、壁をつたって降りて行った。もう見慣れた光景だ。

P「じゃあ今度こそ行くか・・・って、うわっ」

気が付くと背後に美希がいた。さっきまでいなかったはずなのに相変わらず素早い。

美希「ねえプロデューサー、どうしてミキは竜宮小町じゃないの?」

君だとあずささんの攻撃を全部避けちゃうから被害防止にならないだろう?だからだよ。

美希「きっと律子・・・さんがミキのこと好きじゃないから、竜宮小町に入れてくれなかったんだよね・・・」

だが本当のことを言えばさっきの律子の嘘が無駄になるから言わなかった。美希の口は絶対に軽いからだ。

P「うーん、つまりだな、ええと・・・ん?ああごめん電話だ」

仕事用の携帯に電話がかかってくる。今の俺には一本たりとも無駄にできない着信だ。

P「まあ少なくとも、美希ももう少し真面目なところを見せればいいんじゃないかな?・・・はいもしもし、はい、筋肉系ならたくさんいます。むしろそれしかいません」

大人らしい、回答にならない回答を投げて電話に出る。だが美希はまだ話しかけ続けてきた。

美希「真面目になればミキも竜宮小町の衣装を着て歌ったり踊ったり戦ったりできるの?」

P「ん?まあそうなるんじゃないかな、でも今電話中だからまたあとで・・・ああすいませんこちらの話で・・・殺陣ですか?頑張れば大抵のものは・・・」

美希「ホントに?わかったの、じゃあミキ頑張るね!」

P「はい、それではよろしくお願いします・・・ん、美希?もうどっか行ったのか、相変わらずだな・・・」

ついでで話してたから美希がどういう話をしてたかあまり覚えてないが、まあ変なことは言ってないだろう。

それより今は仕事だ。待ってろよみんな!

その日から俺の奮闘が始まった。

テレビ局などを巡り、業界の人に挨拶をして、なんとか資料やCDを受け取ってもらう。

もちろん現物を見たほうがインパクトが強いので1、2人ほど引き連れて行く。

最初はその迫力にギョッとする人も多いが、少し話してもらえれば普通の女の子だということをわかってもらえるようだ。

もっとも、その『少し話す』ことが無名事務所の売込みでは難しいのだが。

大抵は社交辞令の礼で終わり、挨拶一つでスルーなんてザラだ。中には格闘家やバラエティ芸人と勘違いしたままで去られてしまう場合もある。

『筋肉系は色物』というレッテルはいまだ業界には根深く残っているようだというのを強く実感した。

だからといって弱音を吐いてもいられない。朝から晩までアイドルを引き連れ売り込み、挨拶、仕事の振り分け・・・出来ることは手当たり次第に何でもやった。

P(律子は凄いな、こんな状況からAMの仕事をとってくるなんて・・・)

一瞬どうすればいいのか訊ねてみようかとも思ったが。

P(最近、律子忙しくて事務所でもなかなか会えないからな・・・聞くのはやめておこう)

それは多分、本当の理由ではないのだろうと俺は薄々勘付いていたが・・・あえて見ないふりをした。

孤軍奮闘を続けて数日後の夜。俺は一人で事務所でスケジュールの組み立てを行っていた。

とはいえ懸命の営業もむなしく、依然スケジュールは思ったほど埋まってはいなかった。

と、ふいに事務所のドアがゴゴゴと開き、律子が入ってきた。俺と違って実に生き生きとした顔だ。

P「お疲れ様。珍しいじゃないかそっちから入ってくるなんて」

律子「ええ、夜は足場が見えにくいですし、たまにはいいかなって。それにここだけの話、私他の皆と違ってあんまり腕力派じゃないんで・・・」

P「そうか、こんな夜遅くまで大変そうだな」

律子「いえそんな・・・でも、今頑張らないと、ですよね」

P「ん・・・ああ、そうだな・・・」

例えるならそれは二隻の帆船。

今まさに順風を受けている律子は、さらに帆を張る努力も怠らずにグングン前へと進んでいく。

一方俺はほぼ無風の中、ひたすら独りオールで漕いでいるような状態だ。速度の差は歴然でも、せめて漕がなければまるで進まない。

とにかく今は仕事を・・・仕事を・・・仕事を・・・

~事務所~

小鳥「う、うーん・・・この仕事結果はちょっと・・・」

貴音「ええ、私も、こういったクイズ系番組であれば響のほうがよいと思ったのですが・・・無表情無回答では番組的によろしくないと言われてしまいました」

千早「我那覇さんというより、答えるのは大抵ハム蔵ですけどね」

貴音「他にも技巧派のやよいが腕相撲大会に行ったり、男性が苦手の雪歩がレースクイーンの仕事だったり」

小鳥「ええ、さっきレース場に穴が開いたという連絡があったわ・・・」

千早「最近のプロデューサー、何か焦っているというか・・・空回りをしているような印象です」

貴音「私も同意見です。ですがプロデューサーも私たちを思って行動してくださってるのですから」

小鳥「そうだけどねぇ・・・あら、電話だわ。はい、765プロです・・・」

小鳥「・・・え、えええ!?すいません、すぐに確認します!」

貴音「どうされたのですか?」

小鳥「ちょっと待って、スケジュール・・・ああ、本当だわ!大変よ、響ちゃんの仕事が被ってるわ!」

デパートの屋上でイベントの打ち合わせをしていると、音無さんから連絡が来た。

小鳥『大変ですプロデューサーさん、イベント制作会社の方から連絡が来て、殺陣をやるアイドルが一人来てないがどうなってるんだって・・・』

P「それ響が出るやつでしたよね・・・すみません、ダブルブッキングです!響は今こっちの現場にいます!」

この前美希と話しながら設定した仕事だ。見た目運動能力の高そうな響ならいけると思って入れた仕事だが、注意が散漫になっていたからスケジュールを確認してなかった・・・!

小鳥『どうしましょう、誰か手の空いてる子に代わりに行ってもらいましょうか?』

P「お願いします!」

~事務所~

小鳥「というわけで、誰か代わりに・・・」

美希「ねえねえ、それミキが行ってもいいの?」

小鳥「え、ええ、もちろんいいけど・・・」

千早「珍しいわね、美希が自分から仕事に行くって言い出すなんて・・・滅多にトレーニングルームにも行かないのに」

美希「それは千早さんもじゃなかったっけ?まあとにかく、ミキちょっと頑張ることにしたの!」

P(人間誰しもミスはある、なんて言葉はあるけどこれはやっちゃダメだよなぁ・・・)

ダブルブッキングなんて、仕事の責任だけでなく俺個人の業務管理能力にまで疑問を持たれてしまう。

代わりが行くからまだマシとはいえ・・・いやしかし美希だ、やはり些かの不安は残る。

P「・・・はぁ・・・まあ、あちらには美希が行ってくれることになったから」

不安そうにこちらを眺める2体の巨人にそう伝える。

春香「あの、プロデューサーさん、そっちの現場に行った方がいいんじゃないですか?」

響「こっちはハム蔵と自分で何とかできるぞ、な、ハム蔵!」

ハム蔵「ジュッ」

春香「あ、あれぇ?私は?ねえ私は?」

P「しかし・・・そういわれてもやっぱり・・・」

責任者兼保護者である俺がそうおいそれと現場を離れていいものなのか・・・何かあったら俺が対処しないといけないのに・・・

春香「ダメですよ、プロデューサーさん。プロデューサーさん一人で頑張りすぎですよ!」

響「そうそう、向こうに行かなきゃいけないんでしょ?急いで急いで!」

そういうと春香と響は俺の両腕両足をつかんで持ち上げた。

春香「大丈夫、私たちを信用してください!」

そのままズンズンと出口・・・ではなくなぜか外側、屋上の縁へ歩いていく。そこには備え付けの避難器具があり、

P「え?これ避難用のスロープだよね?まさか俺これで降りるの?相当怖いよ?ここ7階だよ?」

春香「大丈夫、日本の技術を信用してください!」

P「『私たち』って日本人のことだったの!?それ言葉の意味変わってきああああぁぁぁぁ・・・」ズザザー

~イベント会場~

真「あの、もう少しであと一人来ますから!」

監督「いいよもう遅いから。その子だけのためにリハを通しでやる時間なんてないよ」

美希「遅れてごめんなさいなのー!」ドスドス

監督「君ねえ、今更来てももうすることないからね!」

真「ああ、どうしよう・・・監督さん完全に怒ってるよ」

美希「真君、今日やるのってお芝居の殺陣のやられ役のシーンだよね?ミキに段取りだけ教えて!」

真「う、うん」

真「まず登場して主役の人を囲む、それで左の人から順に斬りかかっていくんだけど、6回ぐらい斬って避けてを繰り返すんだ。本気に近いスピードだけど斬る方向は決まってるから、まずそれを・・・」

美希「ううん、そこはいらないの。出番と立ち位置とやられるタイミング、あとあるならセリフだけ教えて。ミキ一回で覚えるから!」

真「ええ!?模造刀とはいえ当たるとただじゃすまないよ!いくら美希でも・・・」

美希「絶対大丈夫だから大丈夫なの!ミキ頑張るから!」

P「あー痛え・・・無茶するよなアイツら・・・っとそれどころじゃない、タクシー!」

何とか無事に屋上から降りれた俺はすぐさまタクシーを呼び止め乗り込んだ。が、

P(くそ、何でこんな時に限って渋滞してるんだよ・・・)

遅々として進まない車の中で時間だけが一定の速度で進んでいくのをただ焦れてみていることしかできない。

思えば最近の俺はずっとこんな感じだった。ただ気持ちがはやるばかりで、しかし前にはほとんど進まず、そのことにまた焦りを募らせる。

その結果がダブルブッキングであり、今のこの状況だ。

P「何やってんだよ俺・・・」

焦るばかりで手持無沙汰なので、ひとまず持ち物を整理を行おうと鞄を開けると、見覚えのある小袋が入っていた。

P(これ、春香のクッキーだ・・・)

貰ってから何日が経っていたのだろうか。粉々にこそなっていなかったが、当然かなり砕けていた。

食べる暇も無く、貰ったことを思い返すこともせずただ走り回っていたこの数日。

P「私たちを信用してください、か・・・」

改めて考えてみれば何のことはない。俺は一段高みから保護者面してただけで、その実彼女たちと正面からムキ合って、もとい向き合っていなかったのだ。

それで彼女たちに合った仕事を用意しようだなんて、何という傲慢。何という怠惰。

俺はこれから彼女たちとしっかり向き合い、理解し、信頼を築いていかなければいけない。

そして今出来ることといえば・・・

P「すいません、ここで降ります」

ここから会場まではまだかなり距離があるが、進まないタクシーに乗っているよりは走ったほうが速いはず。

毎日9階までの往復をしているおかげで多少は足に自信も出て来たところだ。

とにかく今は一刻も早く、真と代理をしてくれた美希の元へ・・・

走って走って、途中何度も休みながら会場についたのは夜の帳が降りようとしているころだった。

やはり階段登り程度ではまだそこまで体力がついていなかったようだ。脇腹が軋む。

当然イベントも終わっており、真と美希はなにやら監督の人に言われているようだった。

P「すいません、765プロのものです!この度は申し訳ありませんでした!」

叱られているのではないかと思い、慌てて間に入る。過失は俺にあるのだから、怒鳴られるならばそれは俺で有るべきだ。


しかし、帰ってきたのは意外な反応だった。

監督「いやー助かったよ!美希君だっけ?彼女凄いねぇ!ま、遅刻は困るけどまた頼みたいと思ってるよ。それじゃあね」

予想外に上機嫌で立ち去っていく監督。

真「凄かったんですよ美希!一回も合わせてないのに猛スピードの刀を全部避けて、なおかつ演技も完璧でした!」

美希「このくらい何てことないの!でもプロデューサーが凄いって思ってくれるならミキにもっといっぱい仕事入れてほしいな♪」

P「・・・ああ、そうだな。二人ともありがとう。今度はぴったりの仕事探してくるからな!」

~翌日、事務所~

俺はまた机でスケジュール帳とにらめっこをしていた。

相変わらず空白の多いスケジュール帳だが、もはや焦って手当たり次第に仕事を埋め込む必要はない。

まずは彼女たちのいいところを見つけ、それを生かす仕事を探してくるのがプロデューサーなのだから。

もちろん何とか運送とか何とか建設とかの連絡先は常に手帳に忍ばせているが・・・まあ念のためだ。どうしても立ち行かなくなった時は彼女たちの筋肉に頼らせてもらおう。

雪歩「はいプロデューサー、プロテインです」

飲み物を入れてくれる雪歩。男でも俺はある程度苦手じゃなくなってくれたようだが、しかし飲み物としてそのチョイスはどうなんだ。

P「いやぁ、今はお茶のほうが嬉しいかな・・・なんて・・・」

雪歩「そ、そうですよね、私が選んだプロテインなんてプロデューサーの口には合わないですよね・・・こんな私なんて、穴ほっ」

P「いやーうれしいなー!ちょうど今日全力ダッシュしたからタンパク質が欲しかったんだよー!」ゴキュゴキュ

また事務所に被害など出すわけにはいかないので一気飲みする。わお、バニラ味。すんごい甘ったるい。

春香「そして私からは、じゃじゃーん!お砂糖とプロテインたっぷりのドーナツです!」

君たちは俺を豚にでもしたいのかね?

小鳥「あ、プロデューサーさん昨日はお疲れ様でした」

P「ああ、いえ・・・あの、音無さん、すいませんでした!なんか俺ここのところ変に焦ってたり、くだらないプライドみたいなもので誰にも頼ろうとしないで、もう少しで大変なことに・・・」

小鳥「大丈夫ですよプロデューサーさん、結果的に何も悪くなってないし、プロデューサーさんはまた一つ大きくなれた・・・それでいいじゃないですか」

P「はい・・・ありがとうございます。あと」

小鳥「?」

P「この山盛りのドーナツ処理していただけないでしょうか」

もうタンパク質がとか砂糖がとかそういうレベルじゃなく、物理的にデブになるだけの物量を持ったドーナツタワーを音無さんに押し付け、俺はまた事務仕事に戻るのだった。

夜、AMの放送があるのでみんなで事務所のテレビ前に集合する。

P「あ、悪いけどもう少し屈んでくれないかな、後ろから全然見えないんだけど」

真美「兄ちゃんが小さいんだよー」

亜美「んっふっふー、なんなら宙に吊ってもいいんだよ、兄ちゃん?」

宙に吊られたくはないので、椅子の上に立つことで妥協した。

司会者『それじゃあ曲の紹介をお願いします』

伊織『りゅ、竜宮小町でSMOKY THRILLです!』

ざっと出演者一覧を見る限り、やはり筋肉系なアイドルなどは他に出ていない。

また、筋肉系であることに対してもう少しなにかツッコまれるかと思ったがその手の質問もなかった。

P(お茶の間向けとはいえ、そう言う路線は取らない音楽番組ということか)

ただ純粋に歌と踊りを魅せるための舞台。AMとはそういう場なのだった。

ふと横を見ると、律子が緊張した面持ちで画面を見ていた。

P「おいおい、録画だからそんなに緊張しなくても」

律子「そ、そうなんですけどね・・・やっぱりこう、意識すると心臓が大胸筋を突き破りそうに・・・」

小鳥「まあまあ、きっとプロデューサーさんもそのうち律子さんの気持ちがわかりますよ」


そして、小さなテレビの中の大きな舞台で竜宮小町の初ステージが始まった。

P(・・・すごい・・・)

テレビに映っているのは、いつも肉弾戦を繰り返したり妙なトラップと力技で俺を恐怖に陥れる、筋肉で巨体のいつもの三人ではなく

そこにいたのはまさしく『アイドル』だった。

歌も踊りも笑顔も、ビジュアル面に強いインパクトを与える筋肉もすべてを使い、

時に可愛らしく、時に力強く、時に妖艶に、三人がそれぞれにその姿を魅せていた。

この放送を見た後で、果たして誰が彼女たちを色物だなどと呼べるだろうか。

かつて、ある一人の筋肉系女性アイドルがいた。

一般的に想起される『可愛らしさ、女性らしさ』と反する『筋肉』という性質から真っ当な扱いなど受けないと思われていたが

彼女は一曲でそれらの前評判を捻じ伏せ、二曲で人気を盤石のものとし、三曲で芸能界のカリスマへと上り詰めた。

しかし彼女は突然引退、彼女に迫るほどの総合的な実力を持たなかった他のアイドルたちは、芸能界で生き残るために仕方なく歌や踊りではなくその突出した筋力こそを強くアピールし始めた。

強いことより派手なこと、上手い事より面白いこと・・・そうして筋肉系アイドルたちは、いつしか色物として扱われていくようになっていった。

以上が、音無さんの語るざっくりとした筋肉系アイドル史である。

小鳥「・・・ですけど、これで風向きも変わるかもしれませんね」

律子「ええ、これで筋肉系の子たちだって何も変わらないんだってわかってくれたはずです。業界全体の底上げになるかもしれませんよ」

P「そうか・・・このために律子は頑張ってたんだな」

律子「はい、私の時はまだ不遇の時代でしたから・・・なんて、これは甘えですかね。とにかく世間に一発見せつけてやりたかったんです」

小鳥「律子さん、竜宮小町の子たちだけじゃなくて皆に色々アドバイス聞いてましたもんね、どうしたらいい感じに魅せられるかって」

律子「あはは、結構長いことやってますけどいっぱい気付いてないことがあってびっくりしましたよ。でも、そんな魅力を知らないままなんてもったいないじゃないですか。だから会議もいっぱいして、みんなで考えていったんです」

P「そうか、みんなで、か・・・」

例えるならそれは二隻の帆船。

今までの俺は他のみんなが心配そうな顔をしているのにも構わずとにかくオールで漕ぐことだけを考え、

律子の船は受けた風をうまく生かすため、みんなで協力して帆を張っていたのだ。



P「俺も、負けないように頑張るよ。みんなのいいところを引き出して伸ばしていけるように」

律子「その意気ですよプロデューサー、でも私たちも簡単には負けませんからね?」

P「はは、お手柔らかにな・・・あと、これからいろいろ相談すると思うけど、よろしく頼む」

律子「ええ、私の方も何かあったら頼りにさせてもらいますからね」

P「もちろんだとも・・・一応言っておくが、力仕事以外で頼むよ」

小鳥「大丈夫ですよ、みんなで進んでいきましょう」

次回のTHE iDOLM@SCLETERはー?

自分、我那覇響だぞ!

次回はなんと液体金属のロボットが未来の人類軍のリーダーを殺すために過去へと・・・

ってうわー!これは自分が見てる映画だー!

もう一度やりなおしていい・・・?

次回、『大好きな技、大切な力』を

お楽しみにー!

☆NOMAKE

~用語集4~

・アミューズメントミュージック

全国放送番組(一部地域を除く)、通称AM
お堅いわけではないが正統派音楽番組
ディレクターの意向により、ネタ感があったり一時流行りだったりといったゲストはほとんど出演することがない
竜宮小町が出ることが出来たのは社長の人脈もあるが、番組の責任者も気に入ってくれたため
「夜放送してるのにAM」というギャグを千早の前で話したら10分ほど笑いが止まらなかったようだ

これにて再放送終了です

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第八話鋭意製作中

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