響「secret share」 (54)



我那覇響は何故、動物と話せるのだろうか? 


※アイマスSSです

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「本当に良いのですか?」

月明かりの夜道、四条貴音はそう呟いた。隣を歩いていた我那覇響は、笑って首を縦に振る。

「別に構わないぞ。ちょっと狭いけど、来たい人がいるならウチはいつでもウェルカムさー」

二人は我那覇響の自宅へと向かっていた。


この発端は、我那覇響の友人である四条貴音が、親交の証に響の自宅を訪ねてみたいと言い出したことにあった。

彼女たちは765プロ所属の売りだし中アイドルである。
が、そのスケジュールにはまだまだ空きが多い。二人はよくこうした自由な時間に親睦を深め合っていた。

「貴音がウチに来たいって言ってくれた時は、素直に嬉しかったぞ」

「響から動物との楽しげな話をよく聞いていたので、一度は行ってみたいと思っていたのです」

「一度と言わずに何回でも来るといいさー! それに、今度は貴音のウチにも遊びに行かせてよね!」

「ええ。是非に」

「貴音に会えたらいぬ美たちもきっと喜ぶぞ」

しばらくして、二人は響のマンションに到着する。


「はー寒い寒い! 早く部屋で温まろ!」

「そうですね……」

エレベーターに乗って、目的の階まで移動。

(……はて?)

エレベーターの中、貴音はふとした違和感に気付いた。

(なんでしょう、空気が、重い……?)

それがエレベーターの中の所為なのか他の原因なのかは分からなかったが、それほどに些細な違和感が、確かにあった。

(緊張、しているのでしょうか……?)


エレベーターが目的の階に到着し、二人は通路を進む。
しばらく進んで、響は歩みを止めた。

「ついたー」

「…………」

貴音は思わず息を呑んだ。
先程感じた違和感が、確証のレベルとなって目の前に現れたからだ。

(明らかに、空気が張り詰めている……)

重いというよりは、その表現が的確だろう。ピリピリと肌を差すような気配が漂っていた。

(敵意……? でも誰が、心当たりがありませんし……)

「貴音、どうした? ちょっと顔が強張っているぞ?」

「え? あ、その、いえ……」

「はは、なんだ貴音ぇ、緊張してるのか? 友達の家は初めてなのか~?」

「え、ええ、実はそうなのです……」

「別に緊張するようなことなんて何もないぞ~?」

響は変わらず笑っていた。

(気付いてない……?)

こう見えて、我那覇響の勘がなかなかに鋭いことを四条貴音は知っていた。
だからこそ、これほどの気配を察知していない彼女に、貴音は首を傾げざるを得なかった。

(あるいは、私に限定されていたから……?)


がちゃりと解錠の音が響く。その音に、思考に耽っていた貴音の意識が現実へと引き戻される。
肌を刺していた気配は、気付けばすっかり消えていた。

(退いた……?)

「さ、帰ってきたぞー」

扉の向こうには大きな犬が座っていた。
わんと一吠えしたその犬に、響が笑いかける。

「いぬ美ー、ただいま。良い子にしてたか?」

靴を脱いで、響は振り返った。

「貴音、いらっしゃい。ゆっくりしてってね」

「おじゃまします、響」

一歩、貴音は響の家の玄関をくぐり、敷居を跨ぐ。




「――――」

そしてそこは、白い世界だった。



「えっ……」

果てのない白。穢れのない白。澱みのない白。
世界から、切り離されたような感覚――。

「…………」 

身動きが取れない。何かに縛られたように身体は動かず、地に縫いつけられたかのように足も動かず。
 
(こ、れは……?)

瞬きをすると、目の前に白い炎があることに気付いた。
この世界の白よりも白く、音もなく燃え盛る『それ』は、赤い両眼でこちらを見据えている。
大きい。貴音と同等か、それより少し小さいくらいの『それ』は、ゆらめく炎によってある輪郭を形作っている。
まるで、白い炎でできた――


「貴音?」

響の声に、貴音の意識が再び現実へと引き戻された。

「どうした貴音ー。ぼうっとしちゃって」

「……すみません。やはり何事も、初めては気後れするものなのですね」

気付けば貴音の手には、じんわりと汗が滲んでいた。

(幻視……? でも、あの感覚は……)

「貴音が気後れなんて珍しいね。遠慮せずに上がって上がって!」

「……はい、お邪魔します。響、いぬ美殿」

わん、といぬ美が応える。
貴音は靴を揃えて、響の家に上がった。


「ただいまー。皆ケンカしてなかったかー?」

リビングに入ると、響の家族たちが響と貴音を出迎える。
家族たちは各々の鳴き声で響に応えた。

「そっか、それは何よりだぞ。今日は貴音が来てくれたから、皆ももてなしてあげてね」

「響、どうぞお構いなく」

「貴音こそ遠慮しないで。あ、ヘビ香は大人しくしててね」

ヘビ香とよばれたへびと貴音の目が合う。舌がチロチロと覗いており、貴音は思わず目を逸らした。

「すみません、響」

「しょうがないさー」

貴音はヘビが苦手だった。


「貴音ー、自分ご飯作るから、お湯が溜まったら先にお風呂入っちゃう?」

「それはなりません。家主より先に一番風呂を取るわけにはいきません」

「別にいいのに……。じゃあ後で一緒に入ろっか?」

「わかりました」

「ご飯作っちゃうから、適当に座ってテレビでも見てて~」

響はそう言ってキッチンへ向かう。残された貴音は、テレビ前に置かれた炬燵に入った。
響がすでにスイッチをつけていたのか、中はすでにじんわりと温まり始めていた。
ふぅ、と一息つくと、貴音の前に小さなハムスターがやってくる。

「ハム蔵殿……?」

「ヂュイ」


「――――」

再び、白い世界を視た。
貴音はしげしげとその世界を眺める。

「ここは……」

『分かるか?』

小さく、静かだが芯の通った声。
貴音は身を強張らせる。

「…………」

いつの間にか、貴音の目の前に白い炎がいた。
先程の見た物よりも小さな炎だ。つぶらな赤い瞳が愛らしくさえ感じる。
その形は、まるでハムスターのよう。

「ハム蔵殿、なのですか……?」

『おうよ』


我那覇響の家族の一人であり、最も彼女が行動を共にするペット。
異常な幻視体験に見舞われつつも、ある程度面識のある存在との接触に、貴音の思考は冷静さを取り戻しつつあった。

「……先程も、ハム蔵殿が?」

『俺だけじゃないぜ。俺たちの総意としてのアレだ』

ふと瞬きをすると、白い炎が増えていた。
その形はどれも響の家族たちと一致している。
そして彼らの誰もが、その赤い瞳でこちらを見据えていた。

「…………」

息をのむ。増えただけじゃない、明らかに重圧が増す。
ずしりと腹の底が重くなった。

『ああ、別に取って食おうとか、そういう話じゃないんだ』

気配とは裏腹に、気さくにハムスターは告げる。

『ただアンタがどうしてここを訪れたのか。それを教えてくれよ』


「何故、と言われても……」

ただ単に響の家に行きたかっただけだ。
親しくなった友人同士が、さらに親交を深めるように。
それはごく自然的な行動だったと言える。

『四条貴音。銀色の王女。出身や経歴は不明、穏やかながらも威厳ある立ち振舞いと古風な言動でミステリアスなキャラクターを押しだした765プロアイドルであり、秘密は多くも仲間からの信頼は篤い』

よくもまぁスラスラと言えるものだ。とてもハムスターには見えない。
そう――とても、一介のペットのようには見えない。
外見は元より、気配が。

『基本的に今まで自分から交流を持とうとしなかったにも関わらず、なんでうちの飼い主様にはそこまで積極的なのか? ましてやアンタは飼い主様とは対極にいるタイプの人間だ。だから不思議なんだよ』


「…………」

どうなのだろう。
確かに響とはよく行動を共にしている。他のアイドルよりも、それは確かだ。
何故?
しかしそう問われても、上手く言葉を返すことは出来ない。

「……考えたことも、なかったですね」

『ふぅん?』

「ですが、そうですね……私がなぜ響に近づくのかと言われれば、それは魅せられたからなのでしょう」

『魅せられたから?』

「彼女の屈託のない笑顔に、あの小さな体躯からあふれ出る活力に、私は憧れにも似た感覚を抱きました」

憧れ――四条貴音は語りながら納得する。
そう、最初は憧れだった。
そしてそれに魅了された。

「触れ合っていく中で、彼女はなんでも打ち明けてくれました。そう――秘密を持つ私とは『逆』。ハム蔵殿、貴方と言うとおり、響は私の対極にいるのでしょう」


「でもだからこそ、彼女は私を真っ直ぐに見つめてくれた」


我那覇響は四条貴音を見つめていた。
秘密を持つ貴音にも、響は何でも打ち明けた。

「ふふ……響は隠し事が出来ない性格なのでしょうね。だから明け透けなのは私にだけということではない。それでも、あそこまで見つめられては、見つめ返さないというのが不可能といものでしょう?」

『……それが、嬢ちゃんの理由かい?』

「ええ、迷いなく」

『…………』


白い炎のハムスターは、その小さな肩を竦めてため息を一つ吐く。

『そうかい、なら構えるこたぁねぇな。俺らとアンタは同類だ』

「同類……?」

『そう、だから俺たちが事を構える必要はない。威嚇するような真似しちまって悪いかったな、四条の嬢ちゃん』

「待ちなさい」


「貴方は――いえ貴方達は、何者なのですか?」

ハム蔵やその後ろにいる白い炎の動物たちを見遣り、貴音は疑問を投げかける。

「先程同類と言われましたが、どういう意味なのでしょうか」

『同類ってのは、俺たちが飼い主様に抱いた感想が同じだったってことだ』

最初は同情だったかもしれない。憐憫だったのかもしれない。けれども我那覇響は、彼らのことを家族と呼んだ。

『平等だ。明け透けで、分け隔てない。そして魅せられた。つまりはそういうことだ』


『まぁ、正体ってのは説明しにくい。どっかのなんかの残滓が集まってはぐれ畜生に宿ったモノってところだな』

「随分曖昧なのですね……?」

『アイツがいなけりゃ存在も出来ない』

ハムスターは皮肉気な口調で言い放つ。

『それに、やがては畜生の寿命で消滅する身だ。だから嬢ちゃんは気にしなくていい』


「つまり、今のあなたは幽霊……?」

『んー、それほど低位でもねーけど。ま、かいつまむとそんなモンだな』

「…………」

貴音の背筋にじんわりとした寒気が漂った。

『ん? 気のせいか? ちょっと顔がこわばったぞ?』

ハムスターは見逃さない。

「い、いえ、決してそのようなことは……」

『…………』

「…………」

沈黙に耐えかねてか、一歩後ずさる貴音。
しかし明らかに彼女の表情は強張っていた。声も震えが混じっていた。

『……アンタまさか』

「いいがかりです! 私は何も怖がってなどいません!」

『ワンッ!』

「ひゃぁ!?!??!」

突然放たれたいぬ美の声に、貴音は腰を抜かしてへたり込んでしまう。

「あ、あぁ、お、おた、おたすけ……!」


『はっはっは! なんだぁ、これじゃあ銀髪の女王も形無しだぜ』

ハム蔵達との距離を少し取った所で、四条貴音は平静を取り戻した。

「ふぅ、取り乱してしまいました」

『意外だなぁ、お化けが怖いのか』

おおよそ外聞と似つかわしくない動揺した姿を曝してしまい、貴音は恥ずかしそうに俯く。

「くぅ……、まだ誰にも打ち明けていない秘密が……!」

『……まぁ、人間苦手な物の一つや二つはあるよな』

「そ、そう! そうなのです! だからこそこれは、私が人間である証明!苦手があればこそ人間味溢れると言うもの! そうでしょう!?」

『そんな途端に力説しなくても……』


『っと、そろそろ響が戻ってくるな……』

ハムスターはそう告げて、貴音に背を向ける。話は終わりと言う事だろう。

『じゃあな四条の嬢ちゃん。もう二度と話す事もないとは思うが、少しの間、言葉を交わせて楽しかったぜ』

「……ハム蔵殿。最後の一つだけよろしいですか?」

『ん?』


「響は、貴方達のことを知っているのですか?」


『…………』


ハムスターはこちらを振りかえった。その赤い瞳を、睨むように細める。

『嬢ちゃん。それは俺たちに聞くべきじゃないだろう。そして俺たちも喋ることは出来ない』

「…………」

『ああ、別に意地悪ってわけじゃないんだ。ただ、その話は飼い主様と話した方がいいって思うんだよ』

『人間が苦手なモノの一つや二つがあるように――秘密にしたいことの一つや二つもある。アイツとてそれは例外じゃない』


『アンタはアイツの親友かもしれないが――アイツのことを何でも知ってるつもりかもしれないが、それはほんの一部に過ぎない事を知れ』


その言葉に、貴音は目を見開く。
小さなハムスターのその言葉は、何よりも深く彼女の心に突き刺さった。
だから彼女は頭を下げる。

「……忠告、痛み入ります」

『別に忠告ってほどのことじゃないけどよ。じゃあな、四条の嬢ちゃん。飼い主様をよろしく』


「貴音?」

気付くと、貴音はこたつのテーブルに頭を乗せていた。

「どうした貴音? 眠くなちゃったのか?」

「……すみません。うたた寝してしまったようですね」

「あはは! こたつ温かいもんねぇ」

響の近くには丸盆とそれに載った料理が置かれている。

「晩御飯は出来たぞ」

「ちゃんぷるぅ、ですか? 美味しそうです」

「他にも色々作ったぞ。今日は貴音が初めてウチに来てくれたからね。記念日だ」

「なんと! 響、ありがとうございます!」


――夕食後、二人は入浴を共にした。
シャワーと浴槽を交替で引き継ぐ。
髪を流し終えた貴音が、浴槽に入ってきた。

「ん、さすがに二人はちょっと狭いぞ」

「そうですね……。今度は銭湯、なるものに行きましょうか」

「おお、いいねー」

それからしばらく、二人は他愛ない雑談で盛り上がった。


そんな雑談の末、貴音はふと疑問を口にする。

「……響。貴女は何故、動物と言葉を交わすことが出来るのですか?」

「んー? 知りたい?」

「ええ、まぁ……」

しかし響は指を口に当てて微笑んだ。

「でもごめんなさい、貴音さん。それはトップシークレットなんですよ」

「えっ」

よく知る顔とはまた違った柔和な表情を浮かべる響に、貴音は声を詰まらせてしまう。


「なーんちゃって! 貴音の真似だぞ」

すぐに表情を崩して破顔する響。

「な、なんと……。思わぬ不意打ちを喰らってしまいました……」

「くふふ、貴音ぇ、ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔してたぞ~?」

「ええ、あまりの変わりように唖然としてしまいました……。しかし、ああいった響も、また可愛らしいものですね」

「自分も貴音のあんな顔は新鮮だったさー」


「んー、でも正直自分でもよく分からないんだよね。なんでだろ」

「そうなのですか……」

「珍しいね、貴音が自分のことを聞いてくるなんて」

「ふと、気になったもので……」

……本当に知らないのだろうか?
いや、彼女は知っているような気がする。
ハム蔵に言われた言葉を思い出す。

誰もが秘密にしたい事の一つや二つを持っている――。

それは、響にとっても例外ではない。
おそらくこれが、その一つ。

「やっぱり枝毛が気になるさー」


「…………」

「ん? 貴音? どうしたの? 自分の顔に何かついてる?」

――踏み込めない。
踏み込んだ先に何があるのか分からない。
拒絶されたらどう反応すればいいのか。どう修繕すればいいのか。

嫌われたくない。

嫌われたくないから、怖い。


「…………」

あどけない表情を浮かべて首を傾げる彼女。
彼女は今どう思っているのだろう。
分からない。分からなくなってしまった。

秘密があるということは普通のことのはずなのに。

ただそれがあるだけで、こんなにも距離を感じてしまう。
我ながら似合わないほどに臆病だ。
疑念。
囚われて、言葉を紡ぐことが出来ない。

「貴音、自分に何か聞きたい事があるの?」

「えっ、いや……」

「そんな顔してたぞ?」


「聞きたい事があるなら聞いてよ」

「そ、そうですか……」

「変にわだかまりがあるのは嫌だからさー」

いつも通りだ。
いつも通りだからこそ、緊張する。
言及すれば、いつも通りじゃなくなってしまう気がする。

「……響」

「何?」


「…………」

気になる。
わだかまる。
彼女との間に、そんなものは挟みたくない。

「……いえ、なんでもありません」

それでも、踏み込めない。


思いつめた表情をする貴音。
俯き、何かを悩んでいる。
それを見つめながら、響はひっそりと、微笑みを浮かべた。

「……本当、珍しいよね。貴音がそうやって悩むなんて」

「? 響、今何か言いましたか?」

「ううん、何でもない」

響は立ち上がり、流し眼で貴音を見る。

「そろそろ出ようよ、貴音。このままだとのぼせちゃうぞ」


「おやすみ、貴音」

「おやすみなさい、響」

寝室の照明が消える。二人は一つのベッドを共有しながら床に就いた。

「ごめんね、貴音。今度来るまでには来客用の寝具を買っておくよ」

「いいえ、私はこのままでも構いません」

「そう? なら布団はいっか……」


「…………」

貴音は天井を見ながら、ずっと考えていた。
結局あのことが響の口から明言されることはなかった。

どうすればいいのだろう。

彼女は本当に知らないのかもしれない。
だがハム蔵のことがずっと引っかかっていた。

あと一歩。あと一歩届かない。

「……貴音」


「響? 何ですか?」

「貴音はさ、秘密にすることが多いみたいだけど、疲れたりしないの?」

「疲れる?」

考えた事もなかった。

「重圧とか。秘密を持つと、他人と距離ができるでしょ? 悩みとか不安とか、簡単に打ち明けられずに一人で抱えたりしなくちゃいけなくて、がんじがらめになったりしない?」

「…………」

「何でも言ってよ、貴音。いつか、貴音が一人で耐えられなくて泣いちゃったりしたら、自分ヤダからさー」


「ま、貴音に限ってそれはないか」

小さく笑って、響は横這いになって貴音を見た。

「おやすみー」

「…………」

貴音は、目を瞑り今にも眠ろうとしている響を見た。
雁字搦め。
どうなのだろう。今はまだ、そんなことはないと思う。
けれどもいつか、そうなってしまう時が来るのだろうか。
もしそうなってしまったら、自分は、泣いてしまうのだろうか。

気高くふるまって、気丈に生きて、秘密を抱えて――最後には涙も知られずに消えていく。

それは。

それは怖い。

「……響」


「……どしたの、貴音」

一歩を踏み越える方法。
彼女は知っていたのだ。
だからこそ気付かせてくれた。

「これから私の秘密を一つだけ、響に教えようと思います。765ぷろの誰にも教えていない秘密です。だから響も、私に何か秘密を教えてくださいませんか?」

「秘密かー、いいよ」

フェアじゃない。と思った。
普段から色々なことを教えてくれる彼女に持ちかけるには、傾き過ぎた取り引きだと思った。
素直に言えばいいのに、ちょっと遠回り。


「実は私、幽霊やお化けの類が苦手なのです」

「…………」

貴音がさらりと告げると、響は驚いたような表情になった。
それからすぐに、彼女は吹き出した。

「……ぷ、あっはは! あははは!」

「な、何故笑うのですか……!」

「いや、いやいや、ごめんごめん。ちょっと普段の貴音からは想像できなくて……」

やはりそうなのだろう。
薄々気付いていたとはいえ、改めて口にするとこれは恥ずかしい。

「そっか~お化けが苦手なのかぁ……。よし貴音、今度遊園地に行こうよ」

「お化け屋敷にはいきませんよ」

「いや行かせるね。何としても行かせてみせるね」

「響……っ、そんな殺生な……!」


「くっふふ、ふふ。いやぁまさかの秘密を教えてもらったし、自分もそれに見合うだけの秘密を教えてあげないとなぁ……」

「あああ……! お化けは、お化けだけは勘弁を……!」

「んー……」

響は悩む。眉をハの字に曲げて。
貴音がお化けに悶えている間、やがて考え抜いた響は思いついたように声を上げた。

「あ、そうだ。じゃあ貴音が知りたがってた事を教えてあげるぞ」

「え……」

「自分が動物と話せるのはね……」

―――――――――――――――
――――――――――
――――――
………


少女はたくさんの動物を飼っていた。
彼女は動物たちと話せることが出来て、動物たちと少女はまるで家族のように賑やかに毎日を過ごしていた。
ある時、少女の友人がそれを不思議がった。

「何故、あなたは動物と話すことが出来るのですか?」

「さぁ?」

友人は真相を知るために、動物たちと会うことにした。
いざ少女の家へと赴くと、動物たちは友人に語りかけてきた。

問答の末、友人は全てを悟り、その家を後にする。

少女は何故、動物と話せていたのか?
友人は言う。
――それは『力』を持っていたからだ。


響「っていう設定考えてみたんだけど、どう?」

伊織「どうって……。アンタ、くだらない事考えてんじゃないわよ」

響「思いついちゃったものはしょうがないさー」

伊織「設定も陳腐だし、第一その『少女』ってどう考えてもアンタじゃない。自分のことを創作物に練り込むって、そういうのを黒歴史って言うんでしょ?」

響「くだらないって言いつつちゃんと返してくれる伊織が好きだぞっ」

伊織「何言ってんのよ……」

貴音「二人とも、お茶です」

いおひび「ありがと」


貴音「なかなか面白そうな噺ですね。どうやら友人は、私のようでしたけど」

響「まぁモデルはね。一番最初に思い浮かんだのが貴音だったんだー」

貴音「ふふ、嬉しいです」

伊織「あたしは勘弁したいわ……」

響「じゃあ伊織で今度考えてみようかな。タイトルは『世界の中心に立つデコちゃん!!』」

伊織「最悪のタイトルじゃない!」

響「水瀬伊織は世界の頂点に立つお姫様!叶えられない我儘はないぞ!」

伊織「お姫様が世界のトップってどうなのかしら……」

響「クライマックスのセリフは『パンを恵むからやよいをください!』」

伊織「頼んでる!叶えられてない!!」


響「想いに権力は通じないという教訓を元に、伊織はやよいと一緒に成長していく感動巨編さー」

伊織「クライマックスのあのセリフからは全然成長を感じられないのだけど……ていうかアンタ、今日はいつになく変なテンションね」

響「外が寒からだぞ。はー炬燵は温いさー……」

伊織「そういうモンなの……?」

P「おーい響ー、ちょっと来てくれー」

響「お、なんか呼ばれたぞ。はーい!」テクテク…


伊織「ホント、何だったのよ。明日は雪でも降るのかしら……」

貴音「だとしたら丸くならないといけませんね」

伊織「……で、実際のところ、どうなの?」

貴音「どう、とは?」

伊織「アンタがこの前アイツの家に行ったのは事実じゃない。それに、響もよく動物と話してるし節があるし……。そういう意味で、実際のところよ……」

貴音「ふふ、申し訳ありません、伊織」


貴音「それは響との約束ゆえ、とっぷしぃくれっとなのです」


おわり

誤字修正

伊織「アンタがこの前アイツの家に行ったのは事実じゃない。それに、響もよく動物と話してる『し』節があるし……。そういう意味で、実際のところよ……」



伊織「アンタがこの前アイツの家に行ったのは事実じゃない。それに、響もよく動物と話してる節があるし……。そういう意味で、実際のところよ……」

年内に投稿できてよかったー

やっぱり感想貰えると嬉しいですね

読んでいただきありがとうございました

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