愛「え?あたしの声、大きすぎですか!!?」 (23)

「ねえ、ママ。アイドルって、なに?」

「ふふ、そうね、アイドルっていうのはね――――」

愛は、幼少のころに母としたこの時の問答の言葉を思い出せない

後に愛は一般的なアイドルの定義をテレビで知ることとなるのだが、

母の展開したアイドルの定義は母独自の解釈によるものであったことは覚えているが、それ以上のことは思い出せなかった

ママのことだから、どうせ“アイドルとは私のこと”とでも言ったのだろうと、

愛が想像できる限りの母像を元に推測した答えを導き出し

それ以上の記憶の追及をすることは

その後、二度となかった

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日高愛、現在13歳の中学生

彼女が自分に思い出せる限りの記憶の糸を辿っていくと、
初めに思い出すのは幼稚園の年少組くらいの幼いころに、
真夜中に夜更かしをしていた自分を、しかる母親の姿だった

幼児向け教育テレビ番組の司会者が、夜更かしをしているとおばけが悪さをしに来ると言ったからかもしれないし、
サンタクロースの正体を暴いてやろうと思っていたからかもしれない

子どもの好奇心に身を任せ、いまだ誰もが未確認だという興味の対象を、
その存在を確かめるためにこの目に収めてやろうと意気込んでいた

そんな愛に、夜更かしはいけない、と、世の道徳にそってしかる母親に、
そんなこと、言われなくてもわかっていると顔に書いた不満な顔を隠しもしないで聞いていた

母だってしかりたくてしかっているのではない

しかたない、また今日も“あれ”をやろう

どこの家庭にも見られるだろうしつけをしているだけではダメだと考えた母は

娘の悪くなった機嫌を直し、かつ、寝かしつけるための行動に出た

愛は近づいてくる母が何をするかわかった

いつもの“あれ”をやる気だ

それだけはまずい。“あれ”をやられたらおばけやサンタクロースの正体を暴くことができなくなっちゃう

“あれ”をママにやられたら逆らえない

愛は身構えた

ちなみに“あれ”とは


子守唄のことである


母の歌う子守唄は愛にとって効果てきめんであり

歌のメロディにあわせて心地よく眠りにいざなわれるときがこの上なく愛にとって幸福であり

一度聞いてしまったら眠気を妨げることはできなくなってしまうのだ

たちの悪いことに、そのひとときが愛は心から大好きであった

わがままを言いぐずる愛に、母が寄り添い、子守唄を歌ってあやす

それが、日高家のいつもの風景だった

だが

今日ばかりはママの思い通りには行かせない

絶対におばけの正体をつかんでやるんだ

そのために秘策を用意しているんだ

愛は幼いながらも今の自分にできるすべての力を使って、

母を驚かせる作戦を決行した

「ひとつの命が生まれゆく

 二人は両手を握りしめて

 喜びあって幸せかみしめ

 母なる大地に感謝をする……♪」


母が歌いだす直前、さえぎるように愛は歌を口ずさんだ

この曲の名は『ALIVE』という

その名を愛が知るのは、もう少しだけ歳を重ねてからになるのだが、

母が子守唄に歌う曲だった

母が必ずこの曲を選曲し、何度も聞いてきたので歌詞をすべて覚えてしまったのだ

とはいえ愛の歌はまだまだ未熟であり、

音程は少し外れ、歌詞の途中にはいる英語を、まだ習っていないために理解できず、

母が歌っているのをマネした発音で歌ったつもりでも、まったく別の言葉になったりしてしまっていたが

愛は最後まで歌いきり、

どうだ、まいったか

と心の中でそうつぶやき、母に得意そうな顔を見せた

愛の秘策とは、

ママの歌だって自分は歌える……つまり、大人が歌う歌を子どもの自分も歌えることで、自分も大人である

したがって自分は大人と対等であるから夜更かしすることを母に容認させるというものであった

幼い愛にとってALIVEの難しい英語の部分は未知の領域であり、そこさえも歌いきることができたのだから、間違いなく自分は大人であるという

完全な子どもの理屈と愛の独自の理論によるものだった

母の返答を待っていると

母は突然、愛を抱きしめて、愛の頬に頬ずりをした

突然の母の抱擁に、戸惑う愛に母は言った


「すごいわ、愛。よく歌えるようになったわね」


未熟だが、それでも懸命に歌ったわが子に母は笑みを隠さなかった

当初に求めていたものとはだいぶ違う言葉が母の口から出てきたが

自分が欲しがった言葉よりも倍以上の喜びが愛の心を満たした

くすぐったく、満たされた心から気持ちがあふれるように愛の顔が笑みにかわった


「えへへ……」

「ねえ、愛。一緒に歌いましょ」


愛の母、日高舞は自分の娘と歌うことが、愛が生まれたときから願い続けた夢だった

まさかこんなにも早く実現すると思っていなかった舞は喜びを隠せなかった

それも、その曲が『ALIVE』であったことがより嬉しさを増幅させた

なぜなら、この曲は日高舞にとって――――――

「でも……」


愛は母の言葉に対して返答を渋った

というのも、母の歌の上手さを知っていたために

共に歌うことで母と比べて自分の歌の未熟さが露呈すること、そして、それによって母に失望されることを恐れたからだ

母にとって愛の歌の未熟さなどどうでもよかったのだが、愛はそこに気づけずにいた

そして舞も、愛の気持ちを把握しきれず、煮え切らない態度に我慢できなくなった舞は、


「ま、しょうがないわよね。私の方が上手だし」


愛を歌わせるために煽ってみた

どうしても一緒に歌いたかったからとはいえ、舞は口に出してから、挑発的な言葉を使ってしまったことを少しだけ悔いた

愛には気持ちよく歌って欲しかったし、強制させて歌わせるのは望むところではなかった

だが


「あたしのほうが、うまいもん!」


愛は承諾した

そこまで言われたら引き下がれない

母が自分よりも格段に歌がうまいことを知りながら、それでも負けを認めたくなかった愛は

精一杯、強がって見せた


「そうこなくっちゃ」


いたずらっぽく母は笑った

そうして二人の初めての合唱は始まった

選曲はもちろん『ALIVE』

愛は歌い始めは初めて母と歌うことに少しだけ緊張した

しかし

歌っていくうち、緊張はすぐさま共に歌うことへの気持ち良さに心を溶かされていき、

初めに抱いた母に対する対抗意識はどこへなりと流されていった

愛の興味は、母との合唱に向けられた

一人で歌うことと二人で歌うということが、こんなにも違うものなのか、と愛は驚愕した

二人で重なり合う歌声がすばらしい音色を奏でた

幸せという言葉に音色があったなら

おそらくこんな音色だろうという感想を抱かずにはいられない

二人ともこの音色の虜になった

愛は一度だけでは満足せず、歌い終わるたびに何度も何度も


「もう一回、もう一回!」


と始めのためらいなど忘れて歌にのめりこんだ

母は快く了解し

愛が底の見えない満足をするまで、何度も何度も歌い続けた

歌が日高家を包んだ

そうして、ひとしきり歌いきると、愛は眠気に襲われた

歌い疲れたことと、慣れない夜更かしのために、愛の眠気は限界に来ていた


「私の勝ちね」


と、歌いだすときと同じ子どものようないたずらっぽい裏表のない母の笑顔を最後に確認して

愛は深い眠りについた

悔しい。またママの思い通りだ

歌った達成感や気持ちよさで、すでに当初の目的などどうでもよくなっていた愛だが、

それでも母の得意な顔を見てしまうと悔しさが湧き出ていた

だが

布団の中に入ってきた母に抱きしめられ、そのぬくもりを感じると、

そんな気持ちはどこか遠くへ吹き飛んでいった

暖かい


突き止められなかったおばけの正体も、アイドルのこともそうだが

知らないことだらけのこの世界でただ一つ


この暖かささえあれば、永遠に幸福を感じて生きていける


それだけは紛れもない世界の真実だと

愛は信じていた

「あなたが、日高愛ちゃん?」

時は流れ、日高愛は小学校に入学していた

学校生活という新たな生活を手に入れたことによって、自分の世界に広がりを感じて喜びに浸っていたとき、

ある女性との出会いが、愛に訪れた

その女性は、愛のクラスメイトの母親だった

それ以外の情報でその女性を他の人と区別する方法が、もう一つあった

それは、『日高舞のファン』である、ということだった


そして、この出会いは、愛の人生に大きな転機を呼ぶことになるのであった

今日はここまでです

愛ちゃん、誕生日おめでとう

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