P「お節介」 (35)
P「うぃー、あっぢぃ……」
夜の十時。事務所に戻ると、ガムテープで765と貼ってある窓から、まだ明かりが灯っているのがわかった。
P「音無さんかな?」
事務員の音無さんがこの時間まで残っているのは珍しくはない。
それを是とするわけではないが。
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P「ただ今戻りました。音無さん、お疲れ様です」
帰社した事を告げ、居るであろう音無さんに声をかける。
しかし返事はない。
P「あれ?」
不思議に思いデスクまで行くと音無さんの姿はそこになかった。
代わりにいたのは同僚の秋月律子だった。
P「り、律子!?」
律子「はい、秋月律子です。小鳥さんじゃなくてすいません」
P「いや、あれはその…」
律子「あ~、すいません。ただの八つ当たりです。疲れてるとどうしても…」
P「いや、気にしてないけど…。ってこんな時間までなんで事務所に!?」
律子「明日が竜宮のライブなんで色々詰めとかないとなんです」
P「あぁ、そういえばそうだったな」
律子「ライブが近づくにつれて仕事も増えますから
どうしてもこんな時間まで事務所にいないといけないんですよ」
P「家に持ち帰ったらダメなのか?」
律子「私、家じゃ仕事できないんです。プライベートと仕事はキッチリ線引きしちゃうので」
実に律子らしい理由だと思った。
がしかし、まだ二十歳にもなっていないような娘がこんな時間まで事務所にいるのはやっぱり良くない。
P「しかしなぁ、律子はまだ18歳なんだ。こんな時間に事務所にいるのはよくないぞ
親御さんだって心配するだろう?」
律子「大丈夫です、仕事で遅くなるって言ってありますし
それに私はもう子供じゃありません」
P「そうは言ってもまだ未成年じゃないか」
律子「小鳥さんだったらいいんですか?」
P「え?いや、音無さんはもう大人だしさ。でもまぁ女性がこんな時間に出歩くのもアレか」
律子「お優しいんですねプロデューサー殿は」
P「そうか?そんなこともないと思うが」
律子「とにかく、私はこれが終わるまで帰りませんから!」
こうなった律子を説き伏せるのは骨が折れる。
P「結構かかりそうなのか?」
だから違う切り口から攻めてみることにした。
律子「まぁ、そうですね。日付が変わる前に終わればいい方かと」
P 「結構な量あるんだな」
思っていたよりも溜まっている仕事量に驚きつつも次の手は決まっていた。
P「よし、手伝うよ」
律子「そんな良いですよ。プロデューサー殿だってこんな遅くまで外で仕事してたんですから
早く帰ってゆっくり休んでください」
P「仕事してたって言っても春香を送ってきただけだからなぁ、往復2時間分は車の運転だぞ?」
律子「でも悪いですから…」
P「なぁ律子、もしもだ。もしもライブの時にプロデューサーが顔色悪かったり
具合悪そうにしてたら皆はどう思う?」
少し卑怯な手だとは思うが皆を引き合いに出してみる。
律子「それは……」
P「伊織なんかは特に分かりやすいからライブのパフォーマンスに影響が出るかもしれん」
律子「そんな事は……」
P「無い。と、言い切れるか?」
律子の言葉を遮るように問いかける。
我ながらズルい大人だ。
律子「……はぁ、分かりました。協力お願いします」
これ以上問答を繰り返しても無駄だと悟ったのだろう、律子は諦めるように協力を要請してきた。
P「おう、任せろ!」
俺がやっても問題ない仕事だけを引き受けてデスクに着く。
PCを立ち上げ、共有フォルダ内の自分のフォルダに入れてもらった仕事一つ一つに目を通していく。
P「うん、この分ならどうにかなるな」
律子「すみません、助かります」
P「なに、困った時はお互い様だろ?」
そう言うと律子は少しだけ困ったような笑顔を見せた。
妥協を許さない性格をしている律子の事だから、恐らくは全部自分でやりきりたかったのだろう。
そう思うと余計な事をしたのかもしれないが、いくら765プロが誇る敏腕プロデューサーとはいえ律子はまだ10代。
ましてや明日がライブなら尚更さっさと終わらせて家に帰るべきなのだ。
受け取った仕事に取り掛かりしばらく経った。
室内にはキーボードを叩く音と、時計が時を刻む音だけが響いている。
顔を上げると律子が眉間に皺を寄せながら画面とにらめっこしていた。
難航しているのだろうか。しかし律子にしか出来ない仕事なのだから手を貸してやる事は出来ない。
俺に出来るのはさっさと受け持った仕事を終わらせてやる事。
それと―――――。
P「律子」
声をかけると律子が顔を上げた。
相変わらず眉間に皺が寄っている。
P「ちょっと一息ついたらどうだ?ほれ」
引き出しの中から個包装されたクッキーを取り出して律子に渡す。
律子「これ……」
P「甘くて美味しいぞ」
律子「ありがとう……ございます……」
おずおずとクッキーを受け取る律子。
律子「あむっ……ん、甘い……」
受け取ったクッキーを一口齧り、感想をこぼしていた。
P「コーヒーもいるか?」
律子「流石にそこまでしてもらわなくても大丈夫です」
P「そうか……」
律子「お気遣いありがとうございます」
そう言った律子の眉間からは皺が無くなっていた。
P「おし、それじゃあぱっぱと終わらせちまおう」
お互いがまた画面に向かって指を動かす。
もう一度打鍵音と時計の音だけ聞こえる空間になった。
少しだけリラックスしたのか律子の指も滑らかに動いているように見える。
この調子ならば時期に終わるだろう。
俺も負けずに終わらせないとな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
P「終わった~!」
律子「…………こっちも終わりました!」
ほぼ同時に終わったようだ。
時計を見ると時刻は23時半を回った頃、あのまま律子一人残していたら間違いなく日付が変わっても終わらなかっただろう。
やはりお節介でも手伝って良かったと言える。
P「お疲れさん、律子」
律子「プロデューサー殿のお陰です、ホント助かりました」
P「まあこのくらいはな」
律子「いつかプロデューサー殿の仕事も手伝いますからね」
ありがたい申し出だが、そうならない事を祈ろう。
やりきったと言った表情をしている律子の腹の虫が空腹を訴えた。
律子「あ、これは……その……」
大きな音を聞かれたのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。
P「飯食ってなかったのか……。送ってくよ、途中ドライブスルーで何か買っていこう」
律子「いや、そ、そこまでお世話になる訳には……!」
P「いいから、本番は明日だろう?」
少しだけ語気を強めると律子は大人しく従った。
戸締りをして事務所を後にする、駐車場に停めてある車の助手席に律子を乗せて夜の街を走る。
車内では他愛もない話をしていたがふと会話が途切れ横に目をやると、目を閉じて眠っている律子の気持ちよさそうな寝顔があった。
P「大変なのは明日だけど、ひとまずお疲れさん、律子」
ちょうど赤信号に捕まったので、眠る律子の頭を軽く一撫で。
起こさないようファーストフード店のドライブスルーで二人分の食事を注文し、律子の家まで車を走らせる。
家に着いて、幸せそうに眠る律子を起こすのは気が引けたが、このままにも出来ないので仕方なしに肩を揺すった。
P「律子、家に着いたぞ」
律子「んっ……?……あっ!す、すいません!私……!」
寝ていた事に気づき、慌てて謝罪をしてくる律子だが、勿論俺は気にしていない。
P「いいよ、疲れてたんだろ?」
律子「う~……。失態だわ……」
P「ほれ、これ食って今日はもう寝なさい」
買っておいた食事を律子に手渡す。
紙の包みを受け取ろうとした律子だが、何かに気づいた表情を見せ、膝の上に置かれた鞄に手を伸ばした。
律子「あ、す、すいません!私……あ、お金!」
P「いいからいいから、アレだ。ライブ前の前祝いって事で、な?」
律子「はぁ……。何だか今日はずっとプロデューサー殿に甘えっぱなしで……」
P「言ったろ?困った時はお互い様ってな」
そう言うとやはり渋々といった感じで受け取った。
律子「今日は色々とすいませんでした、でも、助かりました」
P「あぁ。ライブ、頑張ってな」
律子「あはは、それは私よりも竜宮の三人に言ってあげてください」
P「じゃあ、伝えといてくれよ」
律子「分かりました」
薄く笑った律子は背を向けて家に向かって歩いて行った。
車の時計を見ると、時刻は0時を10分ほど過ぎている。
そこで思い出して律子に声をかけた。
P「律子!」
俺の声に反応した律子が振り返る。
律子「はい、どうしました?」
怪訝そうにしている律子に向けて
P「誕生日、おめでとう」
たった一言そう告げて車を走らせた。
誕生日に仕事ってのも難儀な話だとは思うが、仕方の無いことだろう。
だからせめて何か皆で祝ってやれたらいいのかもしれない。
明日、それとなく皆に提案してみよう。
帰宅した頃、携帯電話が震えメールの着信に気づいた。
開くと律子からのメールだった。
メールの本文はたった一言だけ
「ありがとうございます」
律子らしい短めのメール、けれど余白がある事に気づき下へスクロールしていくと、一番下には可愛らしい絵文字のハートマークが一つ。
それで本文は締められていた。
終わり。
終わりです。
りっちゃん誕生日おめでとう!
短いですが少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。
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