真姫「初夏の風に乗せて」 (61)

・書き溜めあり

サクッと行きます

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その日は、朝から暑いなーとは思ってた。

日本の夏らしいジメジメした暑さ。

なんとなく頭がぼーっとして、あんまり体調は良くなかったんだけどね。

でもやっと梅雨が終わりに近づいて、久々の晴れの日の練習だったからかな。

いざ練習となるとちょっぴり張り切りすぎちゃったみたい。

「はっ……はっ……」

「真姫!遅れてますよ!」

「くっ……はいっ!」

思うように体が動かなくて、テンポが遅れちゃう。

なんでだろう、いつもならどうってことないのに。

ムキになればなるほど、体の動きは遅くなるような感覚。

周りの動きもどんどんスローになってきて……。

あ、これ……やばい。

くらっ。

そう思ったときにはもう遅くて。

「真姫!?」

慌てたエリーの声が聞こえる。

他のみんなの心配する声も聞こえるけど、反応できない。

みんなの聞き慣れた声を聞きながら、気づけば私は意識を手放していた。

―――

「……~♪」

鼻歌が、聞こえる。

とっても優しい音色。

聞いてると頭がふわふわするような、優しい声。

どこか懐かしい感覚。

―――

「……~♪」

鼻歌が、聞こえる。

とっても優しい音色。

聞いてると頭がふわふわするような、優しい声。

どこか懐かしい感覚。

ふっと目を開けると。

額に、氷嚢が乗ってる。

まだちょっぴり熱を持った頭にその冷たさが心地いい。

「マ、マ……?」

無意識にそんなことを口走っていた。

そうだ。ここはどこ?

「ママ?ふふ……真姫ちゃん、目が覚めた?」

どうやら私はベッドに寝かされているみたい。

目線を横にやると、いつも通りの柔らかな笑顔でことりが座ってる。

手には作りかけの衣装。

「あ、ことり……ここは?」

「保健室だよ。真姫ちゃん練習中に倒れちゃって……覚えてる?」

「ん……なんとなく」

「具合はどう?どこか痛かったりしないかな?」

ちょっと頭がぼーっとするくらいだけど、どこにも痛みはないみたい。

「うん、大丈夫みたい……ちょっとぼーっとするけど」

「保健室の先生が言うには、軽い熱中症だって。今日蒸し暑かったもんねえ」

医者の不養生……というかなんというか。

私としたことが、こんなヘマをするなんて。

「そっか……悪いわね、ことり」

「ん?何が?」

気にも留めない様子でことりは聞き返してくる。

「わざわざお世話させちゃって……」

「そんなの気にしないでいいよー」

あはは、と笑う。

ことりはいつも本当に優しい。

ふわふわした雰囲気だけど、どこか包み込んでくれるような。

そんな性格だと思う。

「みんなもすごく心配しててね、みーんな私が私がって看病したがってたんだけど」

「目に浮かぶようね」

くすくす、と笑い合う。

心配かけちゃったなあ。

「特に海未ちゃん、すっごく落ち込んでたからあとで声かけてあげてね」

「海未が?どうして?」

「『厳しくしすぎたのでしょうか……ちゃんと様子を見ていればこんなことには』って」

「何それ、モノマネ?ふふ、全然似てない」

「だよね、ふふ」

そっか。でも海未にはちゃんと謝っておかないと。

私の自己管理がなってなかっただけだもの。

「真姫ちゃん、喉乾いてない?」

「あ、ちょっと乾いてるかも……」

「待ってて、今持ってくるね」

ぱたぱた、と備え付けの冷蔵庫から水を持ってきてくれる。

冷えた水がちょっと火照った体に心地いい。

「ありがと」

「ううん、ここに置いとくね」

ことりと話していると、なんだか安心する。

ゆっくりと時間が流れるようで。

陽だまりみたいな人だな、なんて。

「ふぁ……」

「真姫ちゃん、眠い?」

「少しだけ……」

思えば、疲れも溜まっていたのかも。

日々の勉強に作曲、μ’sの練習。

どれも必要なことで、決して苦痛ではなかったんだけどね。

特に作曲と練習は楽しいし。

けど、張り切りすぎは良くないわね。

「いいよ、寝ちゃって?ことりはしばらくここにいるから」

「そんな、悪いわよ」

「真姫ちゃん、結構疲れてるでしょ?」

「うぐ……」

ふわふわしてるようで、ちゃんと人のことは見てるのよね。

「ほらほら、ことりお母さんが子守唄歌ってあげるから♪」

「なにそれ、意味分かんない」

思わず笑い合ってしまう。

さっきの寝言……というか呟きは聞かれちゃってたみたいね。

もう、恥ずかしい。

「でもまあ、確かにことりはいいお母さんになりそうよね」

「えぇっ?そうかなあ?」

とっても優しくて、包容力があって。

お菓子作りや裁縫も上手。

子どもも好きそうだしぴったりね。

「ところで、その衣装は次のライブの?」

「うん、これは真姫ちゃんのだよー」

まだ未完成の衣装を見せてくれる。

いつも通り、とっても可愛い。

「ことりって、ホントすごいわね」

思わず、呟いてしまう。

「そんな、全然すごくなんて……これくらいしかできないから」

「ことりはいつもそう言うけどね」

思わず苦笑いしてしまう。

どうしてこんなに自信がないんだろう、この子は。

「ことりは私にはないもの、たくさん持ってるじゃない」

「誰にでも優しくできるし、一緒にいると安心するし」

「衣装作りなんて、センスの賜物よ?私には無理」

「きっとみんな、ことりには感謝してるわよ」

私も含めて、ね。

ことりの繊細な優しさとか心配りにどれだけ助けられてることか。

「そんなに褒められるとくすぐったいよー」

ことりは珍しく顔を赤くしてそんなことを言う。

意外に褒め殺しに弱いタイプ?

たまには私から攻めるのも悪く無いわよね。

「あとは、スタイルもいいし、顔もとっても可愛い」

「いつもオシャレだし、誰よりも女の子っぽいし」

エトセトラ、エトセトラ。

どんどんことりの良いところをあげつらっていく。

言う度にことりの顔は赤くなっていって。

「他にはねえ……」

「もう、真姫ちゃんは病人なんだから寝てなさい!」

「ふぐっ」

枕を押し付けられる。

「もう!」

珍しくちょっぴりご立腹した様子で。

「……ごめんね?ことり」

「知りませんっ!」

顔を赤くしたままツンツンしてる。

全然怖くないのが可愛い。

「もう、そんなにことりのこと褒めて真姫ちゃんはことりをどうしたいの?」

「……食べちゃいたい?」

「ぴぃっ!?」

ことりは自分の体をぎゅっと抱きしめて。

「ちょっと、本気にしないでよ……」

「じ、冗談……?」

目をウルウルさせて、上目遣い。

可愛いわね、もう。

もうちょっとイタズラしてみようかしら……?

「……試してみる?」

「え、ち、ちょっと真姫ちゃん?」

体を起こして、ことりに近づいていく。

「いや、あの、ことり、心の準備が……」

「いいから、じっとして……」

やだ、なんか変な気分になってきちゃった。

そんなつもりはなかったのに、冗談だったのに。

ことりの潤んだ瞳を見てたら、なんだか……。

「真姫ちゃん、ちょっと、あの……」

「ことり……」

ことりの顎に指を這わせて、ちょっとだけ顔を上げさせる。

ことりは顔を真っ赤にして、目は潤んでて。

「いい……?」

「真姫、ちゃん……」

やばい、止まらない。

ホントに、ただのイタズラのつもりだったのに……。

あ、唇、当た……。

「……きゅう……」

きゅう?

「もう無理ぃ……」

ぱたん。

「ちょ、ことり?ことり!?」

今度はことりが気を失ってしまった。

や、やりすぎた……というか、私が悪いわね。

途中から本気になりかけてた……ていうかなってたし。

女の子同士なのに、あり得ない。うん、あり得ない。

この真姫ちゃんが。

でも彼氏じゃないし、アイドル的にはアリ……?

いやいや。

「というか、そんな場合じゃないわね。寝かせてあげないと」

顔を真っ赤にしたまま硬直してることりを私の寝ていたベッドに寝かせてあげる。

「ごめんね、ことり……」

あとで謝ろう。

何やってるんだか。

しっかりしなさい西木野真姫。

でも、ことりの寝顔を見てたらなんだかこっちも眠くなってきちゃった。

ことりの横で寝てもいいかな?

でもさっきの状況からするとそれはまずいわね。

主にことりが。

ことりが先に目を覚ましたらまた気絶しちゃいそうだし。

でも、眠い……。

ちょっとくらい、いいわよね。

「失礼するわね、ことり……」

ベッドに潜り込む。

なんだかとっても暖かい。

ことりのいい匂いがする。

寝ていることりをぎゅーっと抱きしめてみると、すごく抱き心地が良くて。

「ことり抱きまくら……か」

……か。じゃないわよ、暑さのせいでどうかしてるんじゃないの私。

でも、すごい安心感。

ことりの人柄、かな。

そのまま、すーっと眠りに落ちる。

「おやすみ、ことり……」

気持ちよさそうに眠っていることりの顔を見つめながら、私はまどろみに身を任せた。

―――

「……ちゃん、真姫ちゃん」

誰かに揺すられて、ゆっくりと目を開ける。

すると、目の前にはことりの顔。

「ことり……?」

「ことりです」

「おはよう……」

「おはようございます」

なんだかことりの様子がおかしい。

笑ってるのに声が怖いような。

「なんかご立腹?」

「ご立腹です」

「どうして?」

「自分の胸に聞いてください」

私、何かしたっけ?

「?」

「首かしげないでよー!ベッドでことりに何したのー!」

顔を真っ赤にしたことりがぽかぽかと叩いてくる。

「ちょ、痛い痛い。何もしてないってば」

「だって起きたら真姫ちゃんに抱きしめられてるし、記憶では真姫ちゃんに迫られてたし……」

ああ、なんだか今にも泣き出しそう。

「ちょ、ちょっと。ホントに何もしてないわよ?ことりは気を失って、私も眠くなったから横で寝かせてもらっただけで……」

「ホントに?」

「はい」

「もう……びっくりしたんだからね?」

「ごめんってば」

でも余裕をなくしてることりってなんだか新鮮で。

「もう……ことりの気持ちをどうしてくれるのかな真姫ちゃんは」

私はボソボソと何事か呟いてることりに声をかける。

「ねえことり、そろそろ帰らない?いい時間だし」

「あ、そうだね……帰ろっか」

気づけば日が暮れて、下校時刻。

結構寝たみたいだし、体調もだいぶいい。

「さっきのお詫びに何か奢るわよ」

「ホント?じゃあクレープ食べてこ♪」

なんて、他愛のない話をしながら。

2人で学園を出て、並んで歩く。

ことりの横顔を見てるとなんとなくドキドキするのはさっきの暴走のせいかな、なんて。

今はこの胸の高鳴りの正体には気づかないふりをする。

空はどこまでも高く、初夏の温い風が2人の間を吹き抜ける。

「まさか、ね」

「ん?真姫ちゃん何か言った?」

「……ううん、何も」

私の呟きは風に乗って、空に溶けていった。

今年の夏は、なんだか暑く、熱くなりそう。

ふっと後ろを振り向けば2人の影はどこまでも伸びてくっついて。

まるで手を繋いでるみたいだな、なんて。

それだけで私の胸はちょっぴり躍って。

ああ、本当に……。

熱く、なりそう。

以上です。

ウルフ西木野と攻められことりちゃんが書きたかっただけです。

読んでくださってどうもありがとうございました。

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