猫耳パーカーとフーセンガム (50)
「ニャー」
「にゃーにゃー」
どこからか猫の声と、猫を真似た人の声がした。
河川敷の下、声のした方を覗き込んでみるが誰もいない。
ここの河川敷には大きな水道橋があり、死角はいくらでもある。
わざわざ河川敷を降りてまで声の主を探しているのは、僕が猫好きという事もあるし……
「にゃーにゃっ……」
先程の声が、僕の好みにどストライクだったのもある。
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「……もしゃもしゃ」
機嫌、直してもらえたかな……?
正座した僕の膝の上で猫が丸くなり、その猫の喉をゴロゴロと触る少女という不思議な構図。
少女は懐から取り出したフーセンガムを口の中でもしゃもしゃさせている。
どうやら、完全にご機嫌ナナメらしい。
「んーっ……」
少女が小さな体を大きく逸らせて口に力を込めると、ぷくーっとピンク色の球体が膨らんだ。
そのままの体勢でしばらく少女は固まっていたが、パンッと球体が弾けると同時にこちらを向いた。
口元に付いたガムをペロペロと舐めて口に戻し、再びそれを咀嚼しながら
「……あんた、誰?」
と、先程聞いた僕好みの声で尋ねてきた。
とりあえず僕は自分の通う学校と自分の名前少女に答えると、膝を崩して尻餅を付く。
猫が抗議のようにフニャーと鳴いて飛びき、そのまま少女の隣にぴょこんと着地した。
少女は「ふぅん」とあまり興味なさ気に呟くと、僕の鼻先まで顔を近づける。
思わずドキドキしてしまう僕。
「ここで見たこと、忘れろ」
鼻先まで近づいた顔が離れると同時に少女の手が伸びてきて、完全に不意を突かれた僕の顔を少女の爪が掠める。
すんでの所で躱せたか、と思った矢先に少女の隣の猫がコンビネーションアタックと言わんばかりに飛び上がり、僕の顔に一文字を作る。
い、いててっ!?
顔の痛みに思わず手を当てると、微かに血が滲んでいた。
いくらなんでもこの仕打ちは無いのではないか、と今度はこちらから抗議しようと顔を上げると
……あれ?
少女の姿も、猫の姿も無くなっていた。
まるで狐に……いや、猫に摘ままれたような顔で僕は茫然としていたが、ぴゅーっと一陣の風が吹いた所で平静を取り戻し
……帰ろう
と誰に言うでも無く呟くと、帰路に付いた。
それが僕と少女の、いいとも悪いとも言えないファーストコンタクト。
「……」
やぁ、元気?
また出会えるとは思っていなかったので、出来るだけ平静を装いながら声を掛ける僕。
もしかしたらもう一度会えるかも、と帰路をこちらメインにしてみたのだ。
昨日今日の事なので、警戒されて現れないかと思っていたら、あの声が聞こえたのだ。
正直、嬉しい。
「……また来たの、あんた」
「ニャー」
僕が胡坐をかいて座ると、猫がそこにぴょこんっと飛び乗る。
前回の件でてっきり嫌われていると思っていたが、少なくとも猫には好かれているらしい。
「……」
そんな猫を一瞥し、僕に恨めしそうな視線を向ける少女。
僕としては、そんな顔をされると実に悲しいので
こっち来て、撫でてあげたら?
昨日はそうしてたのに、と声を続けようかと思ったが、今の少女の機嫌を考えると藪蛇になりかねないので黙っておく。
「……むむむ」
唸りながら少女が僕の方へとにじり寄り、限界まで僕に近づかないようにしながら猫の方へと手を伸ばした。
猫は少女の手に頬を当て、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
そんな仕草が可愛くて、僕もついつい手を伸ばしてしまい
「……っ!」
少女の手に僕の手が触れた瞬間、少女がバッとその場から飛んだ。
その直後、膝元にいた猫の奇襲で前回とは反対側に一文字が刻まれた。
いぎゃっ……!?
完全に不意を突かれた僕はゴチン、と頭を打ち付けのた打ち回る。
そんなこんなしているうちに、予想通りと言うかなんというか、少女と猫の姿は無くなっていた。
(……また、会えるかな?)
まったり続く
やぁ、元気?
「……ん」
「ニャーゴ」
もう何度目になるか分からない挨拶を、少女と交わす。
胡坐をかいて座った僕の膝上に猫がぴょこんと乗り、それに合わせて少女も僕の目の前に座る。
そうだ、今日はいいものを持ってきたんだ
「?」
僕の言葉に、少女がキョトンとした顔でこちらを見る。
万を持して、と言った感じで僕が取り出すのは、学校の近くで拾った猫じゃらしだ。
膝の上の猫に猫じゃらしをぴょこぴょこと振ると、猫もそれに合わせて足をぶんぶんと振る。
取られないように、だが興味を失わないように、絶妙な感覚で僕は猫じゃらしを振り続ける。
「……」
先程から気になっていたのは、少女の視線も猫じゃらしに合わせて揺れている事だ。
試しにくるくると回してみると、少女の眼球が所狭しとぐるぐる回る。
その様子が微笑ましくて、しばらく猫じゃらしを回しながらそれを眺めていたが
「……っ」
やがて僕の視線が自分に向いていることに気付くと、少女はぷいっとそっぽを向いてしまった。
前までならここで猫の爪が飛んできていただろうな、と僕は猫の頭を撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫に、僕の頬が緩む。
少女の事も好きだが、それと同じぐらい猫も好きだ。
というか少女が猫の様だから好き、なのか?
あ、もうこんな時間か
河の色がほのかな紅色に変化したのを見て、僕はそう呟く。
少女と共にいると、時間が進むのが早くて仕方ない。
僕は猫じゃらしをしまうと、膝上の猫を持ち上げ地面に降ろす。
「ナーゴナーゴ」
猫が名残惜しそうにじたばたとしたが、ずっとここにいるわけにはいかない。
少女も少し不満げにこちらを見ていたのが僕の後ろ髪を引くが、名残惜しいのは僕も同じだ。
というか聞いていなかったが、少女は普段どこにいるのだろう?
ねぇ、キミって……どの辺りに住んでるの?
「……」
僕の質問に、少女が押し黙る。
少し困ったような、戸惑いを帯びた視線が僕の視線と重なる。
完全に虚を付かれる形で、そんな僕と少女の視線の間に黒い影。
その影が僕の顔に覆いかぶさり、シャッと僕の額に一文字が作られた。
初めてだった。
猫が少女の指示ではなく、自発的に飛びかかってきたのは。
……逃げられた、か
額の血を拭い、僕は夕焼けを見上げる。
まだ少し、踏み込むには早かったようだ。
や、やぁ……
「……」
次に少女と会えたのは、しばらく経ってからだった。
毎日通っていたのだがなかなか姿を見せてくれず、もう二度と会えないと思っていたので、やっと見つけた少女の背中に僕は慎重に声を掛ける。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、少女のじっとりとした目とがこちらを向く。
いつものように胡坐をかいて座るってみるが、猫は少女の隣を離れなかった。
やはり、嫌われてしまったのだろうか……
「……何しにきたの」
言葉はいつもよりトゲトゲしいが、言葉の雰囲気は弱弱しい気がする。
何しに、と言われても困ったものだ。
答えは一つしかないのだから。
そりゃ、キミに会いに
当たり前じゃないかと言わんばかりの僕の言葉に、少女はパーカーの帽子をぐっと引いて顔を隠した。
その行動に何の意味があるのか、僕には分からなかったが……少なくとも嫌悪は感じないのでよしとしよう。
「ニャー」
猫が少女を心配するように一鳴きすると、少女はそれに答える様に猫の頭を撫で、そのまま手を下にずらして行って猫を持ち上げた。
少女が持ち上げると、猫は鳴き声一つ漏らさないらしい。
そのまま猫を運ぶと、少女は僕の目の前にポスンと腰を降ろした。
いつもの逆パターンと言った感じで、少女の膝の上に猫が乗り、その目の前に僕がいる。
これはつまり、そう言う事なのだろう。
……よしよし
僕は手を伸ばし、猫を撫でる。
猫を撫でていた、はずだったのに。
「……っ!」
「ナーゴ」
僕の手は真っ直ぐと、自分の思っていなかった場所へと伸びていた。
少女の頭を優しく撫でると、ふかふかの猫耳パーカーの感触。
これはやってしまったな、またしばらく会えないのかな、などと考えていた僕の想像と少女の反応は少し異なっていて、恥ずかしそうに上目使いにこちらを見ていた。
猫も今日は邪魔をする気は無いらしく、少女の膝上にごろんごろんと頭を擦り付けている。
しばらくそうして、時間が過ぎていった。
あんなことがあって、またしばらく間が開くかと思っていたのだが、案の定次の日も少女はいつもの場所にいた。
今日は珍しく、初めて出会った時に噛んでいたフーセンガムを膨らませている。
なんだか憂いを帯びたその佇まいに、僕は声を掛けられずにいた。
「……ん」
声を掛けられずにはいたのだが、比較的近くにいた僕に少女の方から気付いたようで、視線と共に少女がこちらへ近づいてきた。
僕の手前まで来て立ち止ると、少女は懐からガムを取り出してこちらへ差し出してきた。
「膨らませてみてよ、それ」
僕は少女の隣に座って、ガムをもしゃもしゃする。
そういえば今日は猫の姿が見えないが、どうしたのだろう?
少女に聞いて見ようかと思ったが、前回の事を考えるとまだ踏み入る勇気が無い。
「……あいつがさ、あたしを引っ掻きやがったんだ」
相手を責める口調で、少女が呟く。
だが僕はその言葉の端に感じた自責の念も見逃さない。
「だからさ、謝るまで許してやんないんだ」
弾けたフーセンガムを口の周りにつけたまま、少女が言う。
実を言うと僕はフーセンガムを膨らませるのがあまり得意ではないので、さっきからずっと噛んでいた。
だがものは試しだ、僕も膨らませてみる。
「あははっ、何それっ」
少女に笑われてしまった。
これでも相当真面目にやった方だったのだが。
少しムッとした表情をしていたのか、少女は笑いながら再び懐からガムを取り出した。
今度は箱ごと。
「あげるよ、それ。次会うときまでに練習しておいてね」
それだけ言い残し、少女はササッと走って行ってしまった。
残された僕は、しばらくガムを噛んでいた。
次の日、いつもの場所に少女の姿は無かった。
その代わりに、いつもの猫が少女の位置に座っている。
昨日は少女だけ、今日は猫だけか、と僕は胡坐をかいて座る。
その動きに合わせるように、猫がぴょんっと飛び乗ってきた。
「ナーナー」
僕に何か言いたげに、首をぐいーっと大きく逸らして鳴く猫。
残念ながら僕は猫語について詳しくないが、昨日の少女の会話から察するに少女への抗議なのだろうか?
フーセンガムをもしゃもしゃ噛みながら、猫の頭を撫でる。
ゴロゴロと言う小気味よい音を聞きながら、ガムを膨らませる練習をする僕。
昨日よりほんの少し上手くなったような気がするし、気のせいの様な気もする。
「ニャーオ」
猫の一鳴きで、僕は時間の流れに気付かされた。
ここはまるで時の流れが違うようで、いつも気付けばこんな時間だ。
今日は河の色が変わっていない、一雨来る前に急ごう。
キミは大丈夫なの?
僕は帰る前に猫に確認を取ると、猫は「ミャーゥ」と元気に返事を返してサッとどこかへ行ってしまった。
首輪も無いようだし、飼い猫でないのなら気にする必要はないだろうか。
ポッ、ポッ、とアスファルトに水滴の跡が浮かびだす。
こんな事をしている場合ではない、急いで帰らないと。
その日は結局、雨が降りやまず
テレビでは何年だか何十年ぶりかの大雨になるだろうと言っていた
一休み
また夜に書くかも
案の定翌日は大雨で、学校へ行くのに親が送ってくれた。
ルートが違うので、あの河川敷の様子を確認することは出来なかったが、この雨を見るに何ともないとは思えない。
その事がずっと気がかりで授業など耳に入ってくるわけもなく、電車通学の学生を考慮して午前で授業を打ち切るという教師の宣言だけは聞き取れた。
皆が各々の手段で親と連絡を取る中、僕は雨の中を走り出した。
こんな雨の中を出歩くのは、バカのする事だ。
これで徒労に終われば、本当のバカだが……徒労であって欲しい。
うっ……!?
ドンッと胸に強い衝撃受け、僕は尻餅を付く。
服が派手に濡れてしまったが、今はもう気になるレベルではない。
「ご、ごめんなさ……って、あんた!」
雨音の中で聞こえた、聞きなれた声。
びしょびしょに濡れてしまったパーカーは、猫耳が萎れてまるで元気の無い猫の様だ
「なんでこんな所に……じゃない、急がないと!」
走り出そうとする少女の腕を、僕はガッと掴み制する。
少女が行こうとする先は、分かっていた。
分かっていたからこそ、僕は止めようと腕を掴んだのだ。
「離せっ!」
ガリッと少女の爪が僕の手に食い込み、赤いラインを作る。
だが今日の僕はこれで怯むわけにはいかない。
あの子が心配なら、僕が行ってくる!キミは家に帰るんだ!
こんな大きな声、他人に向けて初めて出したかもしれない。
それほどまでに大きな声が、僕の口から発されていた。
「……っ」
僕の剣幕に少女がわずかにたじろいだが、すぐにキッと僕を睨み付けなおも暴れようとする。
どうやら説得は無理らしい、ならば選択肢は一つだ。
掴んでいた腕を緩め少女を解放すると
危なくなったら逃げるんだよ?
そう言って、少女と一緒に走り出した。
返答は聞かなかったが、きっとこの子なら分かってくれているだろう。
河川敷は大分河に侵攻されていたが、まだ何とか通ることは可能なレベルであり、猫がいたとしてもおかしくない。
少女が臆することなく河川敷を降りていったので、僕も少し遅れて少女を追う。
「猫ーっ!どこにいるんだ、猫ーっ!!」
そうらやあの猫、名前らしい名前を付けられていなかったらしい。
この子らしいと言えばこの子らしいのだが、こういう場合少々不便だ。
などと冷静に考えている場合でもなく
猫ー!どこだーっ!
僕も少女に習い、猫の名を呼ぶ。
雨音にかき消されないように、お腹の底から声を張り上げる。
そんな僕らをあざ笑うように雨は勢いを増し、河川敷もどんどん危険度を増していく。
そろそろ少女を無理にでも連れ帰ろうかと思案していた所で
「ニャウーン」
か細い声が、確かに聞こえた。
流れに飲まれた大岩の上で、雨に濡れて細くなった猫が震えている。
少女はそれを見てすぐにでも飛びつこうとしたが、僕は何とかそれを押さえる。
無策に飛び込めば、まず助からない流れの速さだ。
しかし、もちろんこのまま放っておくと今度は猫が危ないわけで。
僕は鞄の中に使えそうなものが無いかぶちまけてみるが、特に何もなく
いや、そうか……使えそうなものはまさにこの鞄だ
少し待って!
「……?」
鞄を肩にかける時に使う紐の部分、その片方を外し一本の帯のようにする。
こうすれば簡易的な救命うきわのようなものになるだろう。
これに捕まって!
言葉が通じているかなんて知ったこっちゃないが、僕はそれを猫に直接当たらないように投げる。
流れが鞄を押し流そうとするが、うまい具合に岩の窪みに引っかかってくれた。
少女が固唾を飲んで見守る中、猫がそれに爪を引っ掻けるのを確認すると、僕は鞄を手繰り寄せた。
再び流れが猫を引っ張り、水を吸った鞄の重みが僕を河へと引き込もうとする。
こういう時が、もっと運動をしておけばよかったと反省する瞬間なのか。
重みがかなり苦しくなってきたところで、ふっと僕の体が軽くなった。
「ふんぎぎ……」
少女が僕の腕を握り、力を貸してくれたのだ。
猫も必死に鞄に爪を立て、流れに逆らっている。
ここで僕が頑張らなければ、男が廃る。
ふんぬぬ……っ!
やっとの思いで流れから解放されると、すぽーんっと鞄と猫が宙を舞う。
あっ、と息をのんだ僕達だったがそこは濡れても猫、シュタッと華麗に着地を決めた。
雨でびしょ濡れの僕らは、流れと雨の直接届かない位置まで移動して一旦座った。
本当は早く家へと帰ったほうがいいのだろうが、クタクタで動く気力が沸かない。
「……くしゅんっ」
「クシャッ」
少女と猫が、ほぼ同時にくしゃみをした。
これだけ濡れればくしゃみも出るだろう、と僕は少女の方を見てハッとした。
服がずぶ濡れで、体のラインがはっきり出ているのだ。
華奢な体だと思っていたが、その小ささに似合わず意外としっかり出るとこが出ており、寸胴に見えていたのはパーカーの丈のせいだと……
「……」
「……フニャー」
僕の視線に歯向かうような視線が二つ光ったかと思うと、僕の顔にラインが二つ刻まれる。
それによって仰け反った僕の視線の先で、赤いパトランプが光ったのが見えた。
パトカーの中で渡されたタオルでとりあえずは髪を拭きながら、僕は少し思慮を巡らせていた。
少女のためとはいえ、両親を大分心配させてしまっただろう。
後悔はしていないが、申し訳ない気持ちは大きい。
少女の方はと言うと、胸に抱いた猫をタオルで拭きながら俯いている。
警官が来た時、一瞬たじろぐような仕草を見せたのが気がかりだった。
やがてパトカーがたどり着いたのは、街の外れにある大きな屋敷。
詳しくは知らないが、とりあえずデカくて目に付く建物なので僕も視界に入れたことぐらいはあった。
まさか、とは思うが
「お嬢様!心配しましたよ、今まで一体どこに!?」
漫画やアニメでしか見ないようなメイド服を着た女性が飛び出してきたのを見て、僕のまさかはあっさりと破られた。
呼ばれたお嬢様、もとい少女は面倒くさそうに女性の方を見返して、それから僕の方を見た。
「……」
……
僕の視線と少女の視線がぶつかる。
何か言葉を待つような、そんな視線に僕は出来る限りの笑顔を作って
また、明日
そう、少女に言った。
僕の言葉に少女は、初めて見せる無邪気な笑みで
「うん、また明日」
そう答えた
お腹空いたのでご飯
なんとなくそんな気はしていたけれど、次の日も、その次の日も、少女は現れなかった。
誰もいない河川敷でガムを膨らませて、しばらくして帰る。
明日は、明後日は、明々後日は、と。
僕には彼女を忘れる事なんて、出来なかった。
気付けば苦手だったフーセンガムも、かつて少女が膨らませていたよりずっと上手く膨らませられるようになり、僕の背も大分伸びた。
僕がいつものように、河川敷に仰向けになりながらフーセンガムを膨らませていると、スッと僕の視界を影が覆った。
「……」
……?
目の前に立つ女の子は、うちの学校の制服を着ていた。
見たことない顔なところを見ると、新入生だろうか?
ガムを膨らませたままでは失礼と思い、僕はガムを口に戻す。
女の子は何か言いたげにこちらを見ているが、残念ながら僕に言えることは無く。
……誰、ですか?
僕の返答に、女の子は呆気に取られた表情で固まる。
そんなに変な事を言っただろうか?と首を傾げた僕の視線、斜め下の辺りに見たことのある猫の姿。
「……せっかく会いに来てやったっていうのに……!」
僕の大好きな猫みたいな声が、目の前の女の子から発せられて、それに合わせて猫が飛び上がった。
そんな猫を僕は胸で受け止めて、河川敷の上に転がる。
久しぶりの再会に、ゴロゴロと喉を鳴らす猫を撫でながら女の子……いや、少女を見上げる。
もう少し年下と思っていたが、まさか先輩後輩ぐらいしか歳の差が無いとは。
「……遅くなってゴメン」
少ししおらしい表情の少女もまた可愛くて、そのままにしておこうかと思ったが、流石に可愛そうなので僕は笑いながら
別に?一年ちょっとぐらいさ
とだけ返した。
少女が今まで何をしていたかとか、そういうのが気にならないわけではないが、今は会えた事がただ嬉しい。
ガム、膨らませるの上手くなったんだよ
「……そっか」
食べる?ガム
「……うん、貰う」
猫耳を外した少女はなんだか恥ずかしそうで、正直僕的にはあのパーカーの方が恥ずかしいと思うのだが。
二人でガムをはむはむとして、ぷくーっと膨らませる。
猫がそんな僕らを、遠目に見て「ニャー」と鳴いた。
「……あ」
あ
少女が口にしていたガムが、ぽろりと下に落ちる。
どうやら少女の方は大分ガムとご無沙汰の生活をしていたと見える、力加減を間違えたのだろう。
僕がポケットに手を入れようとしたが、少女はそれを無視して
「ガム、貰うね」
と言って、顔を近づけてきた。
フーセンガムの甘い味が、口に広がる。
僕のものだったフーセンガムをはもはもしながら、少女がこちらを向く。
ほんのり染まった頬が、さらに愛らしさを加速させる。
「……今年からよろしく、先輩」
うむ、任せろ後輩
僕も少女もしばらく空を見つめていたが、だんだん僕も口が寂しくなってきたので、ガムを貰う事にする。
そんな僕らを見かねてか、猫は「ニャウニャウ」と呆れたような声を出して去って行った。
これが僕と少女のなんてことはない再会。
今年からは、学校が楽しくなりそうだ。
まったり続かない
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