男「うぐっ!」
男「……あー、また失敗か」
ピンポーン
男「……無視で良いか」
ピンポンピンポンピンポン
男(うるせえ!)
死神「そう思うなら素直に開ければ良かったんですよ」
男「あ? はあ!?」
男「誰だお前、どこから入ってきた!?」
死神「私は死神です。ちゃんと扉から入ってきましたよ?」
男「扉からって、鍵もチェーンも閉まってたはずだろ!ていうか死神ってなんだよ!」
死神「いちいち質問が多いです」
男「うるせえ、まともに入室してまともに自己紹介してからまともなことを言え!」
死神「じゃあ一旦部屋から出るので、今度はちゃんとインターフォンに応じてくださいよ」
男「そういう問題じゃない!」
死神「ああもう面倒くさいですね」
男(なんだよコイツ。強盗…にしては何も持ってないし何かを要求してくる態度にも見えない)
死神「だから死神だって言ってるじゃないですか。別にあなたから何かを盗もうとかは思ってないですって。ああ命は奪う予定ですけどね」
男(…人の心が読めるのか?)
男「とうとう俺の頭がおかしくなったか」
死神「担当する人間の心は読めるようになってるんですよ。あなたの頭がおかしくなったわけではないです」
男「人工精霊なんて上手く作れたことないんだけどなぁ。しかも視覚情報までセットでとは…。色々と失敗した成果なのかね」
死神「人工精霊ではないですよ」
男「じゃあ触れられるわけ?」
スカッ
死神「私はこの世のものではないので必要以上の干渉はできません」
男「やっぱり人工精霊だ」
死神「ああもう面倒くさいですね。それで良いですよ」
男「で、人工精霊さんは何をしにここへ?」
死神「せめて死神と呼んでください。ここに来た理由はあなたに余命を宣告するためです」
男「ほほう。もしかして俺の命はあと数時間とかで勝手になくなるのか」
死神「いえ、あと3ヶ月ほどですね」
男「死神と言うわりに悠長だな」
死神「数日で死ぬ準備ができる人はあまりいないんですよ?」
男「それにしても長いわ」
死神「まあ、ほかの死神と比べて余裕をもって仕事をしているという自負はあります」
男「そこまで設定が行き届いてるのか。人工精霊のくせに」
死神「設定って…。ああもう面倒くさいですね」
死神「まあとりあえずそういうわけなので、ぼちぼちと死ぬ準備をしてほしいのです」
男「3ヶ月も待つ必要ねーよ。今だって死に損なったところだしな」
死神「ああ、この数日あなたがやってる自殺ごっこですか」
男「う、うるせえ! 意外に死ねないんだよ!!」
死神「良かったじゃないですか、自殺するまでもなく死ねるんですから」
男「お前の言うことを信じるなら3ヶ月も待つ必要があるんだろ。ふざけるな」
死神「こちらにも色々と事情があるので、3ヶ月先まで死なせませんよ?」
男「人工精霊ごときに何ができるってんだよ。あーもう、分かった。そこまで言うなら簡単確実な方法で今すぐ死んでやるよ」
死神「だから人工精霊じゃないって言ってるじゃないですか……」
10階建ビルの屋上
男「ここから飛び降りれば確実に死ぬだろ。下はコンクリだしな」
死神「足が震えてませんか」
男「怖いんだよ、悪いか」
死神「死ぬのが怖いのに自殺ですか」
男「なんだっていいだろ、どうせお前は俺を殺しにきたんだから」
死神「……そうですか」
男「じゃあな。お前のおかげで確実に死ねる方法を実行する踏ん切りがついたよ」
ピタッ
男「!?」
死神「不必要な干渉はできないと言いましたが、必要な干渉はできるんですよ?」
死神「まさかチキンなあなたが本当に飛び降りようとするとは思わなくて少し焦りました」
男「お前……本当に死神なのかよ」
死神「だから最初からそう言ってるでしょう」
男「信じられるわけがないだろ」
死神「今なら信じられるのでは?」
男「う、むぅ」
男「つまり俺の死に時は3ヶ月後だと決まっているためにそこまではどう足掻いても死ねないと?」
死神「どう足掻いても、というほどの拘束力はないですが、少なくともこの宣告を受けたために自暴自棄になって死ぬと言うことはできませんね」
男「つまりお前は俺にとって疫病神ってとこか」
死神「どう足掻いても私を死神だと認めたくないのですか」
男「自殺志願者のところまで来てしばらく死ねません、と言う奴を死神と評価するのは間違っているだろう」
死神「ぐぬぬ」
男「それにしても3ヶ月か……食費やら家賃やらどうするかな」
男「死神が3ヶ月も死なせてくれないから、飢え死にしてしまうかもなぁ……」
死神「お金も食べ物も出しませんよ」
男「飢え死には自暴自棄の結果ではないのか」
死神「あなたが3ヶ月分の生活費を持っていないのが悪いのです」
死神「自暴自棄になろうがなるまいが、その金が無ければ生きていないですから」
男「金ならあるよ。払う気がないだけで」
死神「じゃあ私はあなたに家賃を払わせて、食べ物を食べさせる必要がありますね」
男「あーんってな感じに食べさせてくれるのか」
死神「さっさと死ねば良いです」
男「お前が言うな」
死神「いや私が言うのが正しいですよ。死神ですから」
男「人を生かしておいてよく言う」
男「せいぜい3ヶ月。俺が死なないように俺の世話を頼むよ」
死神「最低な人に当たってしまったようです…」
男「俺の台詞だ」
死神「自殺ごっこをしていたわりには身の回りが片付いてないですね」
男「ごっこだとか言うな。馬鹿にしてるのか」
死神「してますよ。生きるのが怖いのに死ぬのも怖い。何もかも怖くて動けない可愛いチキンちゃんだと思ってます」
男「だからさっきちゃんと死んでやろうとしただろうが」
死神「それはあなたが私の死亡宣告を受けたからです」
男「ちげーよ。お前が"ごっこ"だと言ったからだ」
死神「大差ありません」
男「絶対に違う」
死神「まああなたがチキンなんて話はどうでもいいんです」
死神「これから死ぬのに身辺整理をしないのは見苦しいですよ?」
男「いちいちムカつく言い方をするな」
死神「こんな疫病神みたいな人に優しく接する人なんていません」
男「そんなに死神扱いされないことを気にしてるのか」
死神「どうでもいいので早く身辺整理でもしてください」
男「気にしてるんだな」
死神「あなたを死なせないまでも苦しませるくらいはできるんですよ?」
男「不要な干渉はできないんだろ」
死神「く」
男「身辺整理なんか必要ねーよ」
男「唐突に自殺した人間が最期には何も持っていないなんて」
男「実は長い間悩んでいましたって言い回ってるようなもんだ」
男「長い間悩んでいたのにお前らは何も気付かなかったんだ」
男「そんな風に周りを責めてるようにしか思えないわ」
男「少なくとも自殺なんて、ただ衝動でやればいい」
男「だから身辺整理もせいぜい、自殺してごめんなさいくらいの遺書を書いておけば良いんだ」
死神「……」
男「なんだよ。なんか言えよ」
死神「エゴですよね?」
男「エゴで悪いか」
死神「いえ、分かってるなら良いです」
死神「大層な中二病を煩っていらしたんですね」
男「本当にいちいちムカつく言い方をしてくる疫病神だな……」
死神「身辺整理をしないのは良いとして」
死神「これから3ヶ月、どう生きるのです?」
男「元々生きるプランがなかったところに降って湧いた3ヶ月だからなぁ…」
男「この数日、仕事の連絡も友人の連絡も全て無視してたが、3ヶ月押し通すのは難しいなぁ…」
男「かと言って、無断欠勤をして色々な期日を破った会社に戻るのも難しい」
男「ホント、どうしてくれるんだよ…」
死神「詰んでますね」
男「どっかの疫病神のせいでな」
死神「あなた自身のことですね」
男「言ってろ」
男「とりあえず会社に辞めると伝えて」
男「無用な詮索が入るのを防ごう」
男「3ヶ月分くらいの生活費は一応あるから」
男「その間、引きこもっていればいい」
死神「3ヶ月も猶予があるのに、死ぬまで引きこもるなんて精神腐ってますね」
男「ほんとにいちいちむかつくなぁ」
男「俺が自殺未遂をしてたこととか知ってるということは」
男「ある程度、俺のしてきたことについて調べてあるのか」
死神「わたしの仕事の丁寧さを褒めてるんですか?」
男「そう聞こえるならお前は大層生きやすい人生を送ってきたんだな」
死神「まあそうですね」
男「どっちに対する返事か分からねーよ」
死神「どっちもです」
死神「あなたが何故自殺未遂をしたのかだとか、あなたがどんな思想の持ち主かだとか、一応は調べてあります」
男「ふーん…」
死神「そこに何か問題が?」
男「個人情報がーとか言いたいことはあるが、人間の法では動いてないもんな」
死神「それくらいのことは理解できるんですね」
男「念のために言っておくと、これでも高学歴の部類に入る人間だからな?」
死神「ドングリの背比べですよ」
男「まあ高い位置から見ればそうなるか」
死神「で、わたしがあなたのことを知っていることに何か問題が?」
男「あー、いや知ってるなら問題ないんだ」
男「言う必要もないってことだろ」
死神「ああ、すみません。話したかったんですか」
男「な」
死神「そうですよね、話したいですよね。自分がどのくらい思い詰めてたのか人に話せたら楽になりますもんね」
男「はぁ…」
死神「どうしました?」
男「いやそうだな、ありがとう」
死神「やけに素直で気持ち悪いです」
男「何を期待してたんだ」
死神「ツンとした態度をとって結局目的を果たせず悶えるあなたを期待していました」
男「クズみたいな奴だな」
死神「話聞きませんよ?」
男「好きにしてくれ」
死神「話さないんですか」
男「結局聞きたいのかよ」
死神「別にどちらでも良いですが、ヒマですし」
男「お前は俺が何を思ってるのか知ってるんだろ」
死神「言いたがりのくせに強がらないでください」
男「はあ…。言いたいとは思ってもまとまってないんだよ」
死神「じゃあなんで死にたいと思ったんですか」
男「一言断っておくと死にたがりなわけではないからな?」
死神「知ってます」
男「ならいい。死にたい理由…な」
男「さっきも言ったように死にたいわけではないし、死ぬのが怖いとも思ってるんだ」
死神「知ってます」
男(こいつ、全部に知ってますって相槌打つ気か)
死神「じゃあ勝手に語ってください」
男「ムカつく。…まあいい」
男「俺は誰にも気にかけられたくないと思ってる」
男「誰にも気をかけられないためには当たり障りなく、目の前のことをこなして、過度に期待されず、失望されないようにするしかない」
男「しかしまあ俺は無能なんだな。他人から見て無能かどうかは知らないが、少なくとも俺は自分のことを無能だと思ってる」
男「だから期待には答えられないし、迷惑をかける」
男「結果として、心配されたり、他人の手を煩わせたりする」
男「だから俺は消えてなくなりたいんだ」
男「最初から産まれてこなかったことになりたい」
男「生きていてしたいことは、ただ誰の目にも留まらず、誰の迷惑にもならずいなくなること。眠っていること」
男「それだけなんだよな」
男「そう考えれば、俺が生きている必要なんて全くないから消えてしまいたいんだ」
男「現実には消えるなんてことができないから厄介なわけだが」
男「これまでは今まで言ったのと同じ理由で生きてきたんだ」
男「誰の目にも留まりたくないから、それとなく生きていた」
男「しかしもう限界だ。生きていようが生きていまいが誰かの目に留まる」
男「生きていれば今死ぬよりも長く誰かの目に留まる」
男「であれば、それらを天秤にかければ死んでしまえば良いとなる」
男「それが俺が死にたいと思った理由だな」
男「……」
男「…何か言えよ」
死神「まさかあなたが泣くとは思ってなかったです」
男「悪いか」
死神「本当は死にたくないからですか」
男「本当は消えたいからだ」
死神「身勝手ですね」
男「誰だって身勝手だろ」
死神「……そうですね」
死神「何か楽しいことをしませんか」
男「どうした薮から棒に」
死神「あなたが気の滅入る話をしてきたせいで雰囲気が重くなりました」
死神「責任を取って場を楽しく盛り上げてください」
男「あー…そりゃ悪かったな」
男「だがお前は不必要な干渉はできないのだろう? できてせいぜいお喋りくらいだろ」
死神「職務上してはいけないというだけの話です」
男「ルールを破ると?」
死神「今は勤務時間外です」
男(絶対に嘘だ)
死神「さー何をしますか?」
男(さらっと無視しやがった)
死神「人の好意は素直に受け取るものですよ?」
男「むしろお前が遊びたいだけに見えるんだがな」
死神「それはその通りです」
男「いちいちムカつく」
死神「で、楽しいことをしましょうよ」
男「勝手にしろ」
死神「一人でやってたら職務怠慢でしょう」
男「勤務時間外なんだろ」
死神「ぐ」
男「はぁ…」
男「この部屋にある遊べるものなんて64とGCくらいだぞ」
死神「じゃあスマブラしましょう」
男「64の電源付くかね…」
死神「あ、ちょっと待って、残機1しかないから…!」
男「ヘタクソすぎる」
死神「や、やったことないんだから仕方がないです」
男「スマブラの存在は知ってたくせに」
死神「対戦は飽きました」
男「勝てないからな」
死神「違います。人々は本来手を取り合うべきであって、争う必要などないからです」
男「はいはい」
死神「なので別のことをしましょう」
男「じゃあFFCCを2人でやるか」
男「正直死神のゲームスキルが低すぎてまともにゲーム進行できない気がするが」
死神「な、舐めてもらっては困ります!」
男「じゃあやるか」
男「1年目を終えるまでに何回死ぬんだろうな。このキャラバン」
死神「既プレイ者のあなたがしっかりとフォローしてくれないのが悪いです」
男「はいはい…」
男「まあ死ぬまで3ヶ月あるし、それまでにはクリアできるだろ」
死神「とりあえずゲームはやめましょう」
男「死神が下手すぎるもんな」
死神「だからそういうわけでは…って死神って呼んでる!?」
男「さっきも呼んだけどな」
死神「何か心境の変化でもあったんですか?」
男「ニヤニヤするな気持ち悪い。単に今は勤務時間外なのだからプライベートな付き合いをしてるだけだ」
死神「なんか卑猥で気持ち悪いです」
男「いちいちムカつく」
死神「その台詞好きですね」
男「お前相手でなければこんなことは言わない」
死神「愛の告白的な?」
男「されたいのか?」
死神「こんな甲斐性なし、まっぴらゴメンです」
男「ホントにムカつく」
死神「にしてもホントに何もしないんですね」
男「悪いかよ」
死神「別に良いですけど、色々と溜まったりしないんですか」
男「お前、人がいるところで俺にしろって言うのか」
死神「誰もそういう意味で言ったつもりはないんですが……」
男「んなっ?!」
死神「なんであなたが恥ずかしそうにしてるんですか、乙女ですか」
男「乙女はお前だろ!」
死神「ちょっと嬉しいです」
男「〜〜〜〜〜〜!!」
死神「ホントに可愛いチキンちゃんですよね」
男「全く嬉しくない」
死神「最近はそういうところも可愛いと思えるようになってきました」
男「いちいちムカつく」
死神「FFCCの続きをしましょう」
男「勤務時間外か」
死神「そうです」
男「不定期なんだな」
死神「煽ってるのか探ってるのか知りませんが、あまり無意味なことを言うと怒りますよ?」
男(勤務時間外なんて概念がそもそもないんではないかと思ってる)
死神「勤務時間外なのであなたの考えなんて分かりませんよ」
男「そういうことにしといてやるよ」
死神「ようやくミルラの雫を村に持って帰れます……」
男「お前がゲージを持ったまま自爆に巻き込まれるから無駄に死んだわ」
死神「これでクリアですか」
男「このゲームのクリアは瘴気の元を取っ払うことだったと思うが」
死神「…まだまだってことですか」
男「そうだな」
死神「あと2ヶ月ですね」
男「なにもしないで1ヶ月は長いな」
死神「FFCCやってたじゃないですか」
男「1ヶ月も経ったのにまだヴェオ・ル水門だけどな」
死神「わ、わりと順調じゃないですか?」
男「何度ティダの村を作ったか分からないわけだが」
死神「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
男「ティダの村がトラウマになってるな」
死神「自分を信じた人たちがあんな形で死ぬなんて耐えられないです…」
男「まあそうだな」
死神「どこかに出かけましょう」
男「唐突だな」
死神「あなたは人と関わらなさすぎです」
男「これから死ぬ人間が人と関わってどうということもないだろ」
死神「これまで死期を宣告した人たちはみんな必死に最期まで生きていました」
男「よそはよそ、うちはうちだ」
死神「それでもあなたは生きてるんですか」
男「だから死にたいって言ってるだろ」
死神「そんなに人を傷つけるのが怖いんですか」
男「まるで俺が過去に人を傷つけてきた悪い人間みたいな言い方やめろ」
死神「人の期待に答えられなくても良いじゃないですか」
男「社会の歯車なのにその役割を果たせないのが良いことなわけあるか」
死神「歯車である以前に一人の人間です」
男「人間じゃない奴に言われたかねーよ」
死神「わたしにだって感情はあるし、楽しいことをしたい、辛いことをしたくないって思いはあります」
男「なんでお前がムキになってるんだよ…」
死神「五体満足で、両親も健在で、収入も仕事を辞めさえしなければ人並み以上にあって、何がそんなに不満なんですか」
死神「楽しく生きるために必要なものは全部もってるじゃないですか」
死神「なのになんでそんなにもつまらなさそうにしているのか理解できません」
男「楽しく生きるために必要なものってたくさんあるとは思うけれど」
男「とりあえずお前が言ったのでは足りないわ」
死神「何が足りないんですか」
男「楽しみだとか期待だとか高揚感」
男「楽しいから生きていられるんじゃなくて、楽しみだから生きていられるんだ。きっと普通の人たちってのは」
男「俺はどこかでおかしくなってたんだろうなぁ。期待だとか楽しみだとかってのが肩すかしになるのが怖くて、期待することができないんだ」
男「だから何もしたくない」
男「だからいなくなりたい」
死神「そうですか」
男「納得したか?」
死神「しません」
男「そうかい」
死神「男さん」
男「なんだその呼び方」
死神「そろそろ新しい刺激が欲しい頃かと思いまして」
男「気持ち悪い」
死神「そんなことを言ってるから彼女も出来ないし童貞も卒業できないんです」
男「今は女と同棲してる」
死神「この1ヶ月であなた以外がこの部屋に来た記憶がないですが、その人はどこにいるんですか」
男「……」
死神「言っておきますが、わたしはあなたの恋人ではありません」
男「知ってるよ」
男「というか、俺の考え方を踏まえれば彼女がいなくて問題ないだろ」
死神「その考えに納得してないと言いましたよね」
男「だから俺の考えを変えようと?」
死神「そうです」
男「人が生きる希望を持って死ぬのを見るのが趣味なのか?」
死神「そんな悪い趣味は持ってません」
男「そうとしか思えない」
死神「ただ死んだように生きる人が嫌いなんです」
男「なら俺を嫌いになればいいだけだろ」
死神「見ないふりも嫌です」
男「生きづらい性格だな」
死神「自由人なんです」
男「人じゃねーだろ」
死神「で改めまして、男さん」
男「スルーか」
死神「デートしましょう」
男「死に際に花を添えてやろうと?」
死神「ホントに卑屈ですね」
男「お褒め頂きどうも」
死神「でもまあそうですね。実際にそう考えてもらって構わないです」
死神「わたしはあなたが生きていて良かったと思いながら死ぬことを望みます」
死神「死んでいく人には須らくそう思ってもらいたいのです」
男「エゴだよな?」
死神「エゴです」
男「分かってるんだな」
死神「あなたと違って大人ですから」
男(どの口が)
死神「そういう考えが子供なんです」
男「泣きそうな顔して言われてもなぁ」
死神「完全に泣いたあなたよりマシです」
男「悪かったよ。俺が子供だった」
男「……あー、死神さん?」
死神「なんですか、男さん」
男(背筋がゾワゾワする……!!)
男「せっかくの休みだし2人でどこかへ出かけませんか?」
死神「無理に名前で呼ばなくていいですよ」
死神「そうですね、あなたがいきたいと言うならそれも良いです」
男「いや別n」
男「行きたいかな」
死神「生きたいです?」
男「それは知らないな」
死神「……まあ今はそれでいいです」
死神「せっかくあなたから誘ってもらったので、わたしが良い所に連れて行ってあげますね」
男「良い所?」
死神「エッチなのは期待しても無駄です」
男「期待してねーよ」
死神「じゃあわたしの手を握ってください」
男「お、おう」
男(柔らかくて、温かい)
死神「死神らしくないですか?」
男「いやとても死神らしいと思うよ」
死神「ありがとうございます」
死神「じゃあ一度目を瞑ってください。着いたら呼びますので」
男「はいはい」
死神「3…2…1…はい。どうぞ」
男「……ここは」
死神「あなたが通ってた保育園ですね」
死神「あれが保育園のときのあなた」
死神「ほかのクラスメートと一緒に鈍いクラスメートを虐めて罪悪感を覚えているあなたです」
男「やめろ」
死神「やめません」
男「やめろよ。俺だってあんなことしたくなかったんだ」
死神「知ってます。だからこの時期のあなたはよく保育園を休んでいましたもんね」
男「なんだよ……俺を責めたいのか……」
死神「違います。見ててください」
幼男「やめなよ」
いじめっ子「はあ?」
幼男「やめろって言ってるんだ」
いじめっ子「なんだよ、今までお前だって」
幼男「うるさい!この子を虐めていいわけがないだろ!」
男「なんだこれ」
死神「あなたの記憶から抜き出した映像を勝手に編集しました」
死神「きっとあなたはこのとき、こうしたかったのだろうと思いまして」
男「……実際にはこんなことできなかったけどな」
死神「ですがこれを見てると心が躍りませんか?」
死神「映画やドラマのように切り取られたどこか遠くの話ではなく、身近な自分の話として感じることができませんか?」
男「…そうだな。少しだけ胸がスカッとしたよ」
死神「もう少しだけ、あなたの胸をスカッとさせてあげます」
男「中学のときか」
死神「分かってるんですね」
男「……あまり覚えてないけどな」
死神「ではもう一度、目を瞑ってください」
死神「このときはあなた自身が虐められる立場になっていたんですね」
男「1年のときだけだ」
死神「何が悪かったんでしょうね」
男「巡り合わせだろ」
死神「相手が悪いとかは思わないんですか」
男「今でも主犯格の野郎だけは大嫌いだけれどな。ただ中学生らしい反抗心と中学生らしい正義感が上手く噛み合なかったんだ」
死神「甘いんですね」
男「憎めないんだよ、怖くて」
主犯格「コイツ、まじでキメぇわwwwww」
中学生男「…うるさい」
主犯格「ハァ?www」
中学生男「…うるせーって言ったんだよ!」
主犯格「いってぇな…テメェ!!」
男「こうやって正々堂々と喧嘩したら何か違ったのかね」
死神「分からないです。もしかしたら今よりも惨めな結果になっていたかもしれないです」
死神「ですが今思い返したときの記憶が、ただやられているだけのものなんて寂しいでしょう?」
男「そうだな」
男「……ありがとう」
死神「帰りましょうか」
死神「あと1ヶ月ですね」
死神「せっかく良い目にあわせてあげたのに、結局先月も引きこもってばかりでした」
男「色々と考えてたんだよ」
死神「色々ですか」
男「色々だ」
死神「生きたいって気になりましたか」
男「……」
死神「なんで無言なんですか」
男「変なことを考えてしまわないように」
死神「なんですかそれは」
男「ホントに色々と大変なんだよ」
死神「それは生きたいって衝動になりますか」
男「分からんね」
死神「そうですか」
男「そういえば死神が読める思考って限られてるよな」
死神「そうですね、かなり明確に意識したこと以外は読めないです」
死神「ただ、ここのところあなたが悶々としているくらいは分かります」
男「う、む。まあそれくらいならいいや」
死神「ホントに変な人ですね?」
死神「男さん」
男「ななな、なんだよ」
死神「なんだかムラムラしてませんか」
男「に、2ヶ月もご無沙汰だからな」
死神「でも先月はそんなことなかったじゃないですか」
死神「生きる気力湧いてきたのでは?」
男「ふぇぇ…セクハラだよぉ…」
死神「す、すみません」
男「死神」
死神「はい」
男「デートしよう」
死神「いいですよ」
男(よし!)
死神「なにをそんなに喜んでるんですか」
男「いやなんでもないです」
死神「どこへ行くんですか?」
男「水族館に行きたい」
死神「あなたが行きたいんですか」
死神「なら勝手に行けばわたしはついていきますよ」
男「あー、いや一緒に行きたいんだ」
死神「…………」
男「嫌だったら無理には誘わないけれど…」
死神「嫌じゃないですけど、なんだかあなたの態度が好きな女の子に頑張って話しかけているような…」
死神「……!!」
死神「……いいですよ」
男(なんだか色々と台無しになった)
死神「すみません…」
死神「あれなんですね、最近ちょっとムラムラしてたのはそういうことだったんですね」
男(フォローになってねーよ。コイツは一体何がしたいんだ)
死神「確かに好きな子が近くにいたらドキドキしちゃいますよね」
男(さっさと俺を殺してくれ…!!)
死神「あと1ヶ月の辛抱じゃないですか。そうしたらわたしがあなたを殺してあげますから」
男「そのときは頼むよ…」
水族館
男「おー、こいつ久しぶりに見たけどこんなにでかくなるんだなぁ!」
男「底面魚は良いなぁ。可愛い顔してるよなぁ」
男「ナイフフィッシュかっこいいなぁ」
男「山椒魚かわいい」
男「ピラルクでけえええええええ」
死神「あの」
男「カワウソかわええええええええ」
死神「あの!」
男「あ、はい」
死神「わざわざわたしが実体化して二人で来ているにも関わらずあなたはなんで魚に夢中なんですか」
男「さ、魚が可愛くてつい…」
死神「魚とわたしどっちが大事なんですか」
男「う…」
死神「答えられないって…ホントに魚とか言うわけではないですよね?」
男「こっぱずかしい台詞は柄に合ってなくて」
死神「言いなさい」
男「死神さんです」
死神「ふふん」
男(なんで俺に好かれた程度で得意げなんだ)
死神「人に好かれて悪い気はしません」
男「それはよかった」
死神「そうです、良いんです」
死神「あなたはもっと前向きになっていいんです」
死神「わたしはあなたを殺してしまいますし、わたしとあなたで一般的な恋愛関係が成り立つことはあり得ないかもしれませんが、それでも人を好きになったことを誇っていいんです」
死神「自信を持ってください。やりたいことを言ってください。思いがけず言えばやれることがあるんです」
男「
死神「今は乗せられたと思って何も言わないでください。否定したいのだと言うことは分かります。でも騙されてください」
男「被せるなよ」
死神「すみません」
男「まあ、分かったよ。もう少しだけ頑張ってやるよ」
死神「どこに電話してたんですか?」
男「あー前に辞めた職場にな。もう一度働かせてもらえないかと」
死神「どうでした?」
男「なんとかなったよ」
死神「おおー。おめでとうございます」
男「とは言ってもあと2週間だけどな」
死神「時間は関係ありませんから」
死神「ただ生き生きと生活できるなら、それだけで全部楽しくて楽しめます」
男「FFCCもあとはラスダンだけだなー」
死神「わたしも大分操作慣れたのでもう足は引っ張りませんよ」
男「ミオラモエ撃破ー!」
死神「これで世界から瘴気は消えましたー」
死神「これ不思議なゲームでしたね」
男「分かるか? そうなんだよな。ストーリー重視でないような自由度の高い作りなのに、気付いたらしっかりと内容を読まされているんだよな。思い出があるから前に進めるって言う教訓もけっこう好きなんだ」
死神「記憶につまずいていた人が言うことですか」
男「うるせ」
死神「……もうすぐですね」
男「そうだな」
死神「どうでしたか?」
男「おかげさまで退屈しない3ヶ月だったよ」
死神「3ヶ月じゃないです、一生です」
男「一生か。まあ色々あったけどな。最後の最後で大どんでん返しの夢を見せてくれた人がいて、ふんばれと支えてもらえたってだけでも嬉しくて楽しい人生だったよ」
死神「そうですか、それはよかったです」
新人死神「あー、思ったよりも死神の教習って大変なんだな」
新人死神「教官がいちいちムカつくやつだったと言うのが問題か」
新人死神「まあいいや、あいつとの思い出があったから死神になれたんだ。勤務時間外にあいつを探そう」
終わり
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