アイドルとは!?
清く正しく美しく──
小便も大便もせず──
恋愛などもってのほか!
常に大勢のファンに囲まれ、期待に応え続ける──生ける偶像!
神といっても過言ではないのである!
アイドルファンの朝は早い──
ガバァッ!
ファン「五時か」
ファン「まずは礼拝をしなければ、な」
ファンはアイドルのポスターに向かって、深々と頭を下げる。
ファン「今日もよき朝を迎えられたのは、あなたのおかげです」
アイドルファンには体力が欠かせない。
ゆえに彼は毎日のジョギングを欠かさない。
ファン「行くか」ザッ…
スタートの姿勢はむろん、クラウチングスタート。
そして、アスファルトをえぐるような踏み込みから、ジョギングを開始する。
ドギュンッ!!!
高名な物理学者によると──
時速80kmで走ると、その空気抵抗による感触は女性の乳房に似るという。
今、ファンの走る速度は時速80kmに達しようとしている。
ファン(あ、あ、あ、あ、あ、これだ!)ブワッ…
ファン(これはアイドルちゃんの胸なんだ! 胸なんだァ!)ブワッ…
今や、彼にとっては大気そのものがアイドル!
アトモスフィア・アイドル!
一時間にも及ぶランニングを終えた彼は、朝食タイムに入る。
朝食はご飯一杯のみ──
なぜ、これほどに質素なのか?
理由は簡単である。
ファン「あぁ~、今月もアイドルちゃんのグッズ買いすぎて金ないや」
ファン「ま、いっか」
彼は慢性的な金欠なのである。
まさに彼こそ、ファンの鑑といえよう!
しかし、これだけではいくらなんでも栄養もカロリーも足りない。
こんな生活を続けていれば、体調を崩すことは必然。
体調を崩せば、もはやアイドルどころではない。
ならば、どうするのか!?
ファン(食卓に飾ってあるアイドルちゃんのポスター)
ファン(これを見るだけでオカズは十分!)
ファン(おっと、もちろんいかがわしい意味のオカズじゃないぜ!)
米しか食べていないはずのファンの体内に、
炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルの五大栄養素が満ちてゆく。
まさに彼こそ、ファンの鑑といえよう!
朝食が終われば、本格的なトレーニングの時間である。
ファン「ふっ……ふっ……」グッグッ…
ファン「ふっ……ふっ……」グッグッ…
彼のトレーニングは器具を使用せず、自重トレーニングが中心である。
なぜなら器具を購入する金などないから!
方法次第では自重トレーニングでも十分な成果を得られるが、
やはり限界というものは存在する。
しかし、彼は──
目の前にアイドルのポスターを貼ることでそれを超える。
ファン(アイドルちゃんに見られている……)
ファン(アイドルちゃんに見られている!)
ファン(アイドルちゃんに見られているゥ~~~~~!)
ファン(やっべ、緊張してきた!)
この極上の緊張感(プレッシャー)が、彼の体に凄まじい負荷をかけ、
器具を使用したトレーニング以上の効果を生むのである!
トレーニングの種類には「アイソメトリック」「アイソトニック」というものがあるが、
このトレーニングは「アイドルニック・トレーニング」と呼ぶこととする!
昼食タイム──
ファン「アイドルちゃんと一緒に食べるご飯はおいちぃ~!」
やはり、ご飯一杯だけだがなんの問題もない。
昼食後、ファンは地下室にこもる。
核シェルター並の強度を誇るこの部屋で、彼は──
ズン! ズズン! ズン! ズズン!
ファン「この重低音!」
ファン「やっぱりアイドルちゃんの歌声は最高だぜ!」
場所が場所なら地平線の彼方まで響くような凄まじい大音量で、アイドルの歌を聞く。
もちろん、鼓膜への負担は半端ではない。
ただの自傷行為にも見えるが、これも立派なトレーニングである。なぜなら──
その理由はいずれ明らかになるであろう。
夕食タイム──
ファン「アイドルちゃんのポスターだけで、満漢全席だよぉ~う!」
いうまでもなく、ご飯一杯だけである。
就寝時刻になった。
ファンは抱き枕を用意する。
重さ1000kg、全体に鋭い針が生えた合金製抱き枕である。
ファン「おやすみ、アイドルちゃん」ギュッ… グササッ…
ファン「あぁ~、アイドルちゃん痛いよぉ~」グサササッ…
この枕を全力で抱き締めながら、寝返りを秒間1000回繰り返す。
すなわち、皮膚と筋力の鍛錬。
こうしてファンは熟睡し、一日を終えるのである。
いったいなぜ、ファンはこれほどの鍛錬をこなすのか!?
それはもちろん、アイドルファンとしての誇りをまっとうするため!
これぐらいせねばアイドルの『ツアー』にはとても耐えられないからだ!
まもなく、その時は訪れた。
ファンが年に一度行われる『ツアー』に参加する時がきたのだ。
北海道最北端、宗谷岬──
10万人を超えるファンの前に、アイドルが姿を現す。
ズシンッ……
アイドル「よくぞきたッッッ! 我がファンどもッッッ!」
ワー……! ワー……!
ファン(アイドルちゃん、可愛いなぁ……!)
ファン(今年こそ、最後まで『ツアー』に参加してみせるぞ!)
アイドル「只今の時刻をもって、『ツアー』を開始する」
アイドル「我について参れッッッ!」
ズドドドド……!
ついに『ツアー』が始まった!
『ツアー』最初の試練は──「おっかけ」である。
時速100km以上の速度で走るアイドルを、どこまでも追いかけねばならない。
ファン(やっぱり最初は“おっかけ”からか!)
ファン(たしか四年前は──)
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四年前──
北海道宗谷岬から走り続け──ちょうど新潟県に差し掛かったあたり。
ファン「ハァ、ハァ、ハァ……」ヨタヨタ…
ファン「も、もうダメ、だ……」ヨロヨロ…
ファン「おえええええっ!」ビチャビチャ…
ファン「おえええええええええええっ!」ビチャビチャビチャ…
スタミナ不足であったファンは、あっけなく脱落してしまったのである。
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ファン(あれで猛省したボクは、毎日のジョギングを欠かさなくなった!)
ファン(今のボクにスタミナ切れは存在しない!)
今年、アイドルのたどったコースは──
北海道 → 青森 → 秋田 → 岩手 → 宮城 → 山形 → 福島 → 新潟 →
群馬 → 栃木 → 茨城 → 千葉 → 埼玉 → 長野 → 富山 → 岐阜 →
石川 → 福井 → 滋賀 → 京都 → 兵庫 → 鳥取 → 岡山 → 広島 →
島根 → 山口 → 福岡 → 佐賀 → 長崎 → 熊本 → 大分 → 宮崎 →
鹿児島 → 沖縄 → 高知 → 愛媛 → 香川 → 徳島 → 大阪 → 奈良 →
和歌山 → 三重 → 愛知 → 静岡 → 山梨 → 神奈川 → 東京
途中泳ぎも含めたこのコース!
およそ9割が脱落したが、ファンは難なくこなしてみせた!
ファン(クリアーだ!)
東京ドーム──
「おっかけ」をくぐり抜けた観客一万人が見守る中、アイドルが歌い出す。
ワー……! ワー……!
アイドル「心して聞けいッッッ!」
アイドル「では最初の曲……『灼熱☆ジェノサイド』ッ!」
ワー……! ワー……!
コンサートが幕を開けた!
アイドルの生の歌声は一味ちがう!
日頃のレッスンで鍛え抜かれた喉から発せられる美声は、まさに超振動の散弾!
常人ならば一秒も聞けば、鼓膜もろとも脳を破壊される!
「うぎゃあああああっ!」ドッパァァァン
「ぐわあああああっ!」パァンッ
「があああああっ!」ドパァァァン
頭や耳から血を噴き出し、次々に倒れていく観客たち。
しかし、地下室で拷問のような特訓をしてきたファンは倒れない!
ファン(相変わらず、凄まじい美声だ……! ボクは三年前──)
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三年前──
「おっかけ」をクリアしたファンは、油断していた。
ファン「おっかけをクリアしたら、あとはライブを楽しむだけだ!」
ファン「お、アイドルちゃんが歌う──」
ボムッ!
開始一秒で、ファンの頭は破裂した。
その後、iPS細胞でどうにか命を取り留めたのであった!
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ファン(あの時は頭が割れたスイカみたいになってしまったけど──)
ファン(今のボクなら耐えられる!)
ファン「アイドルちゃ~ん、いいぞぉ~!」ヒューヒュー
声援まで送るこの余裕!
コンサートが盛り上がってくると、
熱狂的な観客たちは持参した光る棒──ライトセーバーを取り出し、互いに斬り合う。
ヴンッ…… ヴンッ…… ヴンッ……
ファン「よし、10人ほど斬れた!」
ちなみにファンは剣道三段の腕前である。
歌が終わるとサイン会!
もちろん、色紙にではなく、体に“直接”である。
アイドルが鍛え抜いた爪(ネイル)で、サインを彫るのだ!
アイドル「サインが欲しいか……?」
「はいっ!」
アイドル「ならば、くれてやるッッッ!」ガリガリガリ…
「うぎゃああああああああっ!!!」
あまりの激痛に、大半の人間は数センチ彫られただけでショックで心停止する。
ただし、AED(自動体外式除細動器)があるので安心である。
ファン(そういや、二年前──)
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二年前──
かろうじて歌を耐え抜いたファンは、意気揚々とサインを求めた。
ファン「“ファンさんへ”って書いて下さい!」
アイドル「よかろうッッッ!」ガリガリガリ…
ファン「ぐわあああああああっ!!!」
腹を骨と内臓ごとえぐられ、ファンの目の前は真っ暗になった。
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ファン(あの後、内臓をiPS細胞で再生するはめになった……屈辱だった)
ファン(だけど、皮膚を鍛えに鍛えた今なら──)
ファン「“ファンさんへ”って書いて下さい!」
アイドル「よかろう」
アイドル「ほう、なかなかよい皮膚をしておる。まるで鋼鉄!」ガリッ…
ファン「いだっ!」
アイドル「彫りがいがあるッッッ!」ガリガリガリ…
ファン「う、ぐぅ……っ!」
耐えた!
サインが終われば、残るは最終試練のみ!
『ツアー』最終試練、握手会!!!
しかし、これを乗り越えた挑戦者は、これまで皆無!
果たして今回クリアする男は出るのだろうか!?
アイドル「ファンども……握手会をしてやろうッッッ!」
「お願いしますっ!」
「ぜひっ!」
「握手して下さい!」
ファン(そう……ボクも一年前はここまできたんだ!)
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一年前──
サインまでを耐えたファンが、握手会に臨むが──
グシャッ!!!
ファン「ぐあああああああああっ!!!」
アイドル「脆すぎる……次ッッッ!」
一瞬にして、右手をグシャグシャに潰された。
親指、人差し指、中指、薬指、小指が一本にまとまってしまったのだ。
もちろん、一年経った今では回復している。
ありがとう、iPS細胞!
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グシャッ!!!
「ぐえええええっ!!!」
グチャッ!!!
「ひぎゃあああああっ!!!」
グチュンッ!!!
「ぎゃあああああっ!!!」
次々と利き手を差し出しては、利き手を圧縮されていく男たち。
右でも左でも、結果は同じであった。
アイドル「脆い、脆い、もろォォォォォいッッッ!」
アイドル「軟弱者どもめ、我は10分の1の力も出しておらぬというのに!」
「無理だろ、これ……」
「明日は入試だから、右手潰されたら困るし、帰ろっかな……」
「ひええ……」
青ざめる男たち。
しかし、ついにファンが動く!
ファン「ボクと……握手して下さい!」ザッ…
アイドル「右か? 左か?」
ファン「右で」スッ…
アイドル「よかろう」ギュッ…
アイドル「ふんッッッ!」
ギュウッ!!!
誰もが弾け飛ぶファンの右手を想像したが──
アイドル「!?」ギュゥゥ…
ファン「ぐぐ……ぐ……!」ギュゥゥ…
アイドル「我と張り合うだとォ!? ──面白いッッッ!」ギュゥゥ…
アイドル「ぬううううッッッ!」ギュゥゥ…
ファン「ぐううううっ……!」ギュゥゥ…
アイドル「ならば……本気を出そう! アンコールだァッッッ!」
ファン「来いっ!」
ギュワンッ!!!!!
二つの圧倒的握力が交わったことにより──
「げえっ!?」
「時空が歪み始めた!」
「す、すげえええ!」
時空が歪んだせいで、東京ドームは東京ドーム100個分の広さになってしまった!
そんな狂った空間で、二人はかまわず握手を続ける。
さあ、どっちが上だ!?
ファン「うおおおおっ……!」ギュゥゥ…
アイドル「ぬうう……ッッッ!」ギュゥゥ…
ファン「ぬがあああっ……!」ギュゥゥ…
アイドル「うぐぬぅぅぅぅ……ッッッ!」ギュゥゥ…
ミシミシミシミシミシ……
アイドル(負けるというのか!? 絶対者である、アイドルである我がッッッ!?)
ファン(アイドルちゃん……この勝負、ボクが勝つ!)
グシャンッ!!!
アイドル「ぐぬおおおおあああああッッッ!!!」
ファンとの握手で、アイドルの右手は粉砕された。
すると──
アイドル「ぐ、ぐぬううう……」シュゥゥ…
アイドル「あら、私……」シュゥゥ…
ファン「!?」
ファン(あの異常なまでの覇気が、すっかりなくなってしまった……)
ファン(これはどういうことだ!?)
アイドル「あ、そっか!」
ファン「?」
アイドル「私、あなたに敗れたことで“普通の女の子”に戻っちゃったみたい!」
ファン「なんだってぇぇぇ!?」
アイドル「というわけで私、普通の女の子に戻ります! 引退しまぁ~す!」
アイドル「つまりもう私、トイレも行っていいし、恋愛も自由だから、責任取ってね!」
ファン「はいっ!」
「おめでとう!」パチパチパチ…
「ちくしょう、祝福するぜ!」
「ヒューヒュー!」
アイドルを“普通の女の子”に戻したファンは、彼女と結婚したのだった!
明日のスポーツ新聞の一面を飾ることは間違いないだろう!
三年後──
ファンとアイドルは、今では普通の男女として仲良く暮らしていた。
男「いただきまぁ~す!」
女「たくさん食べてね」
男「そういや、この娘たちまたテレビに出てるのか。最近よく見るけど……」
女「今流行りの忠臣蔵系女性アイドルグループ“CSG47”ね」
男「この娘たちもいつか普通の女の子に戻れるのかな?」
女「あなたみたいなつよ~い白馬の王子様が現れたら、戻れるんじゃない?」
今日もアイドルたちは、か弱きファンたちの偶像であり続ける……。
おわり
※実際の握手会や近頃あった事件を茶化すなどの意図はありません
と>>1に書くつもりだったのですが忘れてスレ立てしたので今書きます
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