榊原恒一「ときめきメモリアル?」 (72)
夜見北中に転校してきてから、早いもので数か月が過ぎた。
転校するにあたって僕が最も心配していたこと。
それは、苗字のことで色々からかわれたりすることだった。
しかし幸いなことに、こっちの中学校にはそういうクラスメイトは居らず、男女問わず仲良くなることができた。
その次に心配していたのが気胸の再発。
これは残念ながら引っ越し直後に一度だけ起きて初登校が遅れてしまったけれど、それ以来は健康的に過ごせている。
最後に心配していたのが勉強に関してだったけれど、これは全く問題なかった。
転校前に通っていた学校の方が授業の進行が早かったため、入院生活で通えなかった期間の分を含めても、既に習った範囲だったからだ。
結論から言えば、友人関係、健康問題、学業……概ね充実した学生生活だと言えるだろう。
高校からは東京に戻る為に夜見山を離れなければならないのが、少し惜しいと思えるくらいに。
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なんて言うと、向こうでの学生生活が全くつまらないものだったみたいだけれど、そんなことはなく。
こっちで出来た友達ほどじゃないにしても、それなりに仲良くしていたクラスメイトも居た。
そこまで考えて、ふと思い出す。
そんな友達の一人が、転校の餞別にプレゼントをくれたことを。
確か彼のお気に入りのテレビゲームで、でも内容を丸暗記するくらいに遊び尽くしたからとくれたものだ。
彼には申し訳ないことに、未だプレイしていなかったことに気付く。
まず元々テレビゲームより小説を読む方が好きだったこと。
それから引っ越しのゴタゴタと、気胸の再発による入院、そして新しい学校への適応など。
色々なことが重なり合って、貰ったままになっていた。
気になっていた小説は殆ど読んだ。楽しみにしている作家の新作は当分先だ。
前の学校での習慣で、こっちの学校でも予習は欠かさないけれど、それも大して時間が取られる訳でもない。
遊ぶ友達も居るけれど、当然ながら毎日遊ぶ訳でもなく……。
そう言う意味では、ここ最近少し時間を持て余しているのも事実だった。
「やってみようかなあ……」
一人呟く。引っ越しの整理の時に、何処へしまったのだったか。
机の一番下の引き出しだったような気がする。そう思って開けてみれば当たりだった。
貰った時の状態のまま、紙袋に入ったそれを手に取る。
「どんなゲームだろう……余り難しくなければいいけど」
そう思いながら、紙袋を開いて中身を取り出してみた。
パッケージには、桃色の長い髪の女の子。そして、タイトルは――――。
「ときめきメモリアル?」
恋愛ゲームというやつだろうか。
正直なところ、全く僕が想像していなかったジャンル。
さて、どうするか。
一瞬悩んだが、好奇心の方が上回った。
「試しにやってみようかな……」
都会っ子の僕が引っ越してくると知って、気を遣ったお婆ちゃんが買ってくれたゲーム機。
全く遊ばないままだったそれをテレビに繋ぎ、ゲームCDをセットして電源を入れる。
ゲーム機のロゴと一緒に独特の効果音。
そして、ゲームが始まった。
「へぇ……思ってたよりゲーム性あって面白いかも」
そう呟いた言葉こそが、僕のこのゲームに対する印象だった。
先入観と言うか、余り期待していなかったけれど、思いのほか面白い。
こういうゲームも有りかもしれないな。
そんなことを思いながら、ゲームを続けていく。
恋愛ゲームである以上、登場した女の子達と仲良くなるのが目的な訳で。
「誰と仲良くなろうか」
少し考える。ゲーム画面から視線を外すと、そこには中身が空になったソフトのケース。
私こそがメインヒロインだと言わんばかりに描かれた、桃色の髪の女の子。
――藤崎詩織。
「やっぱりまずはこの女の子かなぁ……」
僕はまず彼女と仲良くなることにした。
……その選択が失敗だと気付いたのは、すぐのことだった。
『一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし』
明確な拒絶。これは、どう受け取るべきなのだろうか。
台詞通り、ただ彼女は恥ずかしがり屋なのか?
本当は一緒に帰りたいけれど、冷やかされるのが恥ずかしい的な?
高校生にもなって? それはないだろう、小学生じゃあるまいし……。
そもそも、そんな感じの表情ではなさそうだ。どう見ても。
そうなると、だ。
“僕なんか”と帰るのは恥ずかしいという意味だろうか。
――いや、正確には僕ではなく僕が操作する主人公だけれど。
プレイし初めて時間も経ち、ある程度感情移入し始めていたのもあって、まさに主人公は自分の分身で。
そんな僕が出した結論は「この女の子はやめておこう」という、至極自然なものだった。
いきなりの精神攻撃に、このゲームに対するモチベーションがかなり低下していた。
そんな僕が、藤崎詩織を回避して次に選んだ女の子。
もしもこの女の子も似た感じであれば、僕はもうこのゲームを止めていたかもしれない。
しかし、彼女はそんな僕の気持ちを晴らして余りあるくらいに――――。
「可愛い……なんだこの子は」
彼女が見せてくれる、様々な一面。
もっと知りたい、もっと仲良くなりたい。
そんな風に、どんどんゲームにのめり込んでしまう。
興味本位の暇つぶしに始めたつもりの恋愛ゲームに、僕は完全に熱中していた。
そんな時……。
「恒一くん、母さんがそろそろ晩御飯だって」
扉越しに聞こえた怜子さんの声に、我に返る。
もうそんな時間?
そう思って壁掛け時計を見れば、確かにゲームを始めてからあっという間に数時間が経過していた。
「すぐ行きます!」
そう返事をすれば、怜子さんの気配が部屋の前から遠くなって行くのを感じる。
とりあえずセーブを行う。
けれど何だか電源を落とすのが躊躇われて、僕はテレビの電源だけオフにした。
「――――ちゃん、か……」
真っ暗になったテレビ画面に彼女の残像を見ながら、下の名前に”ちゃん“付けして呟く。
我ながら流石に痛々しいことは十分に自覚していたけれど、どうにも止められなかった。
……どうやら、僕は完全にゲームの中の彼女に心惹かれてしまったらしい。
・
・
・
「サカキ、何か悩みでもあるのか?」
午前の授業を終えて昼休み。
弁当箱を片手に近付いてきた勅使河原が、そんな風に声を掛けてくる。
「え、何か言った?」
どうにも頭が上手く働かないのは、多分ゲームを徹夜でやってしまったからだろう。
その甲斐もあってか、見事にハッピーエンドを迎えることが出来た。
しかし、重度の睡眠不足に加え、ゲームを終えた達成感。
そして何より、彼女との物語が終わってしまった喪失感が入り混じり、正直自分でも良く分からない精神状態だった。
「いや、授業中もずっと上の空だったろ? サカキが当てられて答えられないの初めて見たし」
「うんうん、勅使河原くんならともかく、榊原くんにしては珍しいから僕も驚いたよ」
「おい、望月……それはどういう意味だ」
「あはは、冗談だってば、勅使河原くん。だからそんなに怒らないでよ」
二人がそんな風にふざけ合う。
普段ならば一緒になって笑っているだろう光景が、どうにもどこか遠くに感じてしまう。
「はぁ……」
自分でも意識した訳じゃないのに溜息が出てしまう。頭に浮かぶのは、彼女のこと。
「おいおいサカキ、マジで大丈夫かよ?」
「ああ、うん……大丈夫だよ」
そんなやり取りに、何だか重たい雰囲気が漂う。それに気付いてだろうか。
勅使河原が少しわざとらしいくらい、底抜けに明るい感じのテンションで言い放つ。
「寂しそうな横顔に、思わせぶりな溜息。もしかして恋煩いだったりしてな、はははっ」
――恋煩い。何だかその言葉が、妙に自分の中でしっくり来た。
だからだろうか。
「恋煩い……か。そうかもしれない」
愛想笑いを浮かべながら、気が付けばそんな風に言ってしまっていた。
すると、二人の表情が固まる。
「おいおいマジかよ……。俺は冗談で言ったのに」
「えっ、榊原くん? それは本当なの?」
露骨に驚いた様子を見せる二人の言葉に、僕は頷く。
「いつの間にそんなことになってたんだよ。全然そんな素振りなかったじゃんか」
「僕も知りたいな。榊原くんって前に訊いた時には『好きな子は居ない』って言ってたよね」
「そういえば言ったかもしれない……まあ、その時は確かに居なかったから」
望月とそんな話をしたのは、あのゲームをする前のことだ。
それはつまり、当然ながら彼女と出会う前。
「つーか、今更だけど……。こんな話を教室でしても大丈夫か?」
勅使河原が少し焦ったように訊ねてくる。
その言葉に、少し考える。
確かに、あの手のゲームは余り一般的ではない。
実際に僕もプレイするまでは、先入観があったのも事実だ。
「やっぱり、こういうのって引かれちゃうかな……」
そんな気持ちが湧いてきて、気が付けば僕は訊ねていた。
ああいうゲームをプレイし、あまつさえその登場人物に心惹かれる。
訊くまでもなく、それは普通ではなかった。
「は? いや、別に引く要素はないけどよ」
「うんうん、寧ろ健全だよっ」
二人の表情からは、嘘偽りは感じられなかった。
「そっか、よかったよ」
僕が疎いだけで、案外あの手のゲームをプレイするのはおかしなことじゃないのかも知れない。
二人の反応に、そんなことを考える。
「それでだ、サカキ。やっぱり話の続きは別の場所でするか?」
「榊原くんも、聞かれたら恥ずかしいよね?」
続けられた二人の言葉に、困惑。
「いや、別に気にしないよ。誰を好きか知られたところでどうこうって話でもないしね」
「そ、そうかぁ……? 本人に聞かれたりしたら気まずくないか?」
「う、うん。本当に聞かれちゃっても平気なの? それともここには居ないとか?」
――本人? ここには居ない?
いまいち、二人の言っている意味がよく分からなかったけれど。
僕は再度、別に気にしないと繰り返した。
「まあ、サカキ自身がそれでいいって言うなら別にいいけどよ」
そう言って、勅使河原はこほんと一つ咳払い。
「じゃあ、訊くけど……ぶっちゃけ、サカキが好きな子って誰なんだ?」
頭に浮かぶ、彼女の姿。
「ほ、本当に言っちゃうのぉ……なんか僕までドキドキしてきちゃったよっ……」
そんな二人の反応を見ながら、僕は自分の心の中に少なからず高翌揚感が湧いてきているのを感じた。
その理由を考えて、僕は自覚する。結局は、誰かに言いたかったのだ。
僕が心惹かれた、彼女の名前を。
いつの間にか騒がしかった教室内が、すっかり静まり返っていたことにも気付かずに。
二人との間に、致命的な認識の相違があることにも気付かぬままに。
極度の寝不足と空虚感に苛まれて、普段の半分ほども頭が働いていない僕は、気付けたはずの違和感を見過ごし続ける。
「じゃあ、言うよ。僕が好きなのは――――」
1.ゆかりちゃん
2.めぐみちゃん
3.ゆみちゃん
とりあえずここまで。続きは得票の多かったルートで。
諸事情により次回更新は時間が空くかも知れませんがご了承下さい。
それではまた。
多々良さんルートで続き書くことにします。
時間掛かるかも知れませんがエターではないので気長にお待ち頂ければ嬉しいです。
それでは最後になりますが投票して頂いた皆様ありがとうございました。
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