バーコードバトラー (23)

歓声に沸く歓声。踊る熱気。

五万人の観客を収容するこの某ホールでは、午後七時の鐘を待ちわびる人々で溢れ返っていた。

外気は28度を超える熱帯夜。

当然のように冷房が付けられているものの、皆の熱気は静まるところを知らず、

その体感温度は真昼のそれと変わらない程に高まってる。

ビールを売り歩くお姉さんは、額に汗して右へ左へ大忙し。

白いコシュチュームが肌に張り付き、水色の下着が透けているのを気にする余裕も無さそうだ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1402201433

「大変長らくお待たせしました! これより、選手入場です!」

ホールの中央、四方50メートルの巨大なリングの真ん中で、

上下ピンクのスーツに身を包んだ派手な男が天に向かってマイクを掲げた。

計ったように、彼の頭上が輝きを増す。

真夏の太陽の如く、白く、熱く、ギラギラと降り注ぐスポットライト。

その光はリングに巨大な円を映し出し、皆の視線はその中央に浮かぶ、一点の影に引き付けられた。

「青コーナー。月並工業株式会社、技術制作部、半導体研究科、一般社員。

 サトウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウ

 ケンタァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!」

その宣言と同時に、青コーナーの花道から挑戦者の佐藤健太が姿を現す。

ブラウンのズボンに半袖の白いYシャツ。

ネクタイは締めておらず、典型的なクールビズの服装である。

だが会場の熱気にはクールビズなど焼け石に水。

たちまち彼の首筋には大粒の汗が噴き出し始め、

ワックスできっちりと固めた七三分けの髪型と同様、

顔全体の水気が光を反射してキラキラと輝いていた。

佐藤は強張った面持ちで花道の真ん中を闊歩した。

湧き立つ歓声や焚きつけられるフラッシュを振り払うように、

前方のリングを真っ直ぐに見据えて一歩一歩足を進める。

そしてコーナーロープを片手で押し上げ、その隙間に颯爽と体を滑り込ませる。

リングに降り立ち、天井から照らす巨大なスポットライトを見上げた後、

ポケットからハンカチを取り出して一度だけ静かに顔を拭いた。

「赤コーナー。丸々製薬株式会社、宣伝部、部長。

 ヤマダァァァァァァァァァァアアアアアア

 タロウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!」

そして王者、山田太郎が花道に入る。その姿に会場全体が湧き上がった。

呼応する歓声は地鳴りとなり、ホール全体がビリビリと激しく音を立てる。

山田は、上下をほぼ黒に近い、グレーのスーツで身を包んでいた。

赤地に白い線が斜めに入ったストライプ柄のネクタイを締め、

クールビズの佐藤とは対照的な姿をしている。

しかし、その額には一滴たりとも汗は浮き出していない。

山田は花道の観客に礼を返しながら、優雅な足取りでリングを目指す。

頭を下げる度に、上昇気流となった熱気が彼の頭部を優しく撫でる。

頭頂に横たわった幾ばくかの髪の毛が、釣られるようにフワリと空へたなびいた。

そしてコーナーロープを両手で押し上げ、その隙間にゆっくりと体を潜り込ませる。

リングに降り立ち、対角で王者を待つ挑戦者を見据えた後、

中指で黒ぶちの眼鏡を少しだけ押し上げた。

「両者、リングの中央へ」

アナウンスに導かれ、王者の山田、そして挑戦者の佐藤が互いに手の届く距離まで歩を進めた。

そして同時に懐へ手を伸ばす。

両者は睨み合ったまま、お互いの動きを観察するように、ゆっくりと懐の中のモノを取り出した。

名刺ケースである。

「わたくし、月並工業で半導体の研究をしております、佐藤健太と申します」

まずは挑戦者が名刺を差し出す。

低頭し、両手でおごそかに差し出された名刺を、王者はうやうやしく両手で受け取った。

続いて王者の名刺が差し出される。

「私は丸々製薬で宣伝部長をしております、山田太郎と申します」

差し出された名刺には、名前や肩書きに加えて

『第八代目 バーコードバトラー 王者』と太字で記入されていた。

挑戦者はそれを受け取ると、すぐさま名刺入れに仕舞って王者の顔を睨みつける。

一方、王者は眼鏡の角度を変えながら受け取った名刺を眺めており、

「ああ、岸辺さんトコの」などと呟いていた。

名刺交換。

それは単なる社交辞令ではなく、戦いの前における神聖な儀式とされている。

古くは戦国時代、武将が戦場で互いに名乗りを上げた事が由来とされており、

その魂は現代におけるサラリーマンにも脈々と受け継がれていた。

「私の名は○○だ。逃げも隠れもしない」という、正々堂々たる信念が

その一枚の小さな紙には込められているのである。

そして現代においてビジネスとは戦いであり、戦いもまたビジネスである。

王者、山田を例にしよう。

彼は丸々製薬の宣伝部長としてリングに立っている。

彼が第七代目の王者を破って頂点に登り詰めたその時から、

丸々製薬の販売する育毛剤、『ハゲコナーズ』は飛ぶように売れた。

輝かしい戦績と対照的な幸薄い彼の頭部が、全国の悩める男の心を揺り動かした結果である。

山田が王者に君臨してから早3年。

育毛剤の売り上げで滝登りの成長を見せた丸々製薬は、

「育毛剤に丸々あり」と言われるほどの一部上場企業にまで姿を変えた。

数年前はただの中堅製薬会社だったこの企業が、

よもやここまで登り詰めようとは誰が想像しだだろうか。

そして数多くの企業がその栄華を手にせんと、

これから始まる、血で血を洗う激動の戦いに身を投じてゆくのであった。

時に、皆さんは『バーコードバトラー』をご存じだろうか?

199X年、EP社から発売された小さな遊戯機械である。

簡単に説明するなら、

『商品に付いているバーコードを読み取らせて、その情報からキャラクターを生成して戦う』

というシンプルなゲームだ。

しかしそのシンプルなゲーム性とは異なり、キャラクターの生成に関しては非常に奥が深い。

何故ならその元となるバーコードは、個人の手には余る程、世界にごまんと溢れているからだ。

人々はこぞってスーパーや百貨店など、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の宝の山に足を運んだ。

様々な商品を買い求め、バーコードをスキャンしてはそのパラメータに一喜一憂した。

時はバブル崩壊直後と決して良い時代ではなかったが、

バーコードバトラーはその景気低迷の歯止めに一役買ったと言っても過言ではなかった。

因みにバーコードバトラーとベクトルを同じくする製品に

『モンスターファーム』というゲームがあるのだが、ここでは名前を挙げるだけで説明は割愛したい。

そして、時は20XX年。

EP社は、ついに究極のバーコードバトラーを世に送り出した。

『データを読み取らせて、その情報からキャラクターを生成して戦う』

というルールはそのままに、データの読み取り元を商品に付いているバーコードから

『人体に浮かびあがる生体情報』に仕様を変えた。

さらにヴァーチャルリアリティ(VR)の技術も日月進歩し、

生成したキャラクターを現実世界に呼び出す事も可能となった。

そして、今回のキモとなる『人体に浮かびあがる生体情報』であるが、

バーコードバトラーはその名の通り、バーコード状のデータしか読み取る事ができない。

では、『人体に浮かびあがるバーコード状の生体情報』とは何か?

そう、『バーコードハゲ』である。

どうしてこうなった。

一説によれば、ノイローゼになったEP社の商品開発者が

半ばヤケッパチで企画を通したのが発端とされるが定かではない。

真相は闇の中である。

しかしその空前絶後な遊戯方法とは打って変わり、

バーコードバトラー本体はVR技術、そして生体認証技術の粋を集めて作られた、

最新技術の結晶である。

その性能は世界中のIT業界、そして軍需産業までもが目を見張った。

初週の販売は可も不可もない滑り出しであったものの、

世間の注目が高まるにつれ、その売り上げは需要と供給が逆転するまでに至る。

かくして、バーコードバトラーは幸薄い大人の嗜みとして広く社会へ普及していったのであった。

名刺交換も終わり、王者と挑戦者の両名は、お互いのコーナーへと踵を返す。

レフリーの合図と同時に、両名は腕に取り付けた小さな機械を自らの頭頂に押し当てた。


ピッ。


軽い電子音が解析終了の合図を告げる。

この小さな機械こそ、EP社が社運を賭けて開発したバーコードバトラーの本体である。

本体はベルトで腕に取り付けられるほどに軽量化され、縦横は小型のパスケース位の大きさしかない。

黒いボディの前面には液晶ディスプレイが存在し、ここにデータを表示すようになっている。

下部にはセンサー、即ちバーコードリーダーが配置され、

生体情報の読み取りはこのセンサーを介して行われる。

先に動きがあったのは挑戦者だった。

彼の右隣に光の渦が発生し、その渦はだんだん太く、だんだん長く、

グルグルと円を描くようにその存在を増していった。

表面には次第に鱗のような規則正しい模様が浮かび上がり、

光は数秒と経たずにとぐろを巻いた巨大な蛇へと姿を変えた。

「出た━━━━っ! 挑戦者の毛神、『ケツァルコアトル』!!」

実況が現れたモノの名を叫ぶ。

『毛神』とはバーコードバトラーで生成されるキャラクターの総称であり、

その召喚方法に因んで『髪の毛神』と呼ばれている。

そして『ケツァルコアトル』は全長10メートルを超える巨大な蛇。

古代ナワトル語で「羽毛ある蛇」の語源が示す通り、

頭部に程近い胴体には、飛竜を思わせる角ばった翼が突き出している。

ケツァルコアトルは口から細い舌をチロチロと出し入れしながら、

リングの中央に向かって音も無く移動を開始した。

「さあ、まずはこの挑戦者の毛神をどう見ますか? 解説の久保さん」

「はい。まず彼はですね、一見すると七三分けに見えますが、

 実は頭のてっぺんがハゲているんですね。

 そのハゲを七三のうち、四から六を使って覆い隠している。

 そこにバーコードが生まれる訳ですが、

 その執念に蛇の毛神が宿ったとも考えられるんですね。

 ですから、本日は蛇のようにジットリとしてシツコイ戦い方を期待したいと思います」

「ありがとうございます」

さて、遅れて動きがあったのは王者の方。

彼の右側には、バリバリと音を鳴らしながら稲妻の柱が落ち始める。

稲妻は次第に数を増し、会場全体が光に包まれたと思った次の瞬間には

岩の様な上半身を剥き出しにした浅黒い肌の男が、片膝を着いて王者の横にかしづいていた。

「出た━━━━━━っ! 王者の毛神、『タケミカヅチ』!!」

タケミカヅチが、垂れていた頭をゆっくりと上げる。

そして蛇の毛神を見据えながらすくりと立ち上がり、腰に下げた鞘から黒鉄色の太刀を抜いた。

そして一歩前へ。

身長2メートルを超す益荒男の足踏みに、リング全体がズシリと震撼してゆく。

そして二歩、三歩。

焦げたような足後を残しつつ、雷の毛神は蛇の毛神を迎え撃つべく、リングの中央へと突き進む。

「さあ久保さん。人型の毛神対、蛇型の毛神という構図になりましたが、

 王者にはどのような戦いを期待するでしょうか?」

「いえ、王者に関しては何も言う事はありません。

 彼の頭は電光石火ですから、王者としての輝きを存分に見せつけて欲しいと思います」

「分かりました。日ノ本一の美しいバーコードハゲに期待しましょう」

リングの中央で二体の毛神が対峙する。

ケツァルコアトルは、子供なら丸飲みできそうな程の大口を開き、

シューシューと噴気音を立て始めた。

頭部をもたげ、体をくねらせながらタケミカヅチに対して威嚇の姿勢をとる。

対してタケミカヅチは腰を落とし、太刀の切っ先をケツァルコアトルの喉元に突き付けながら

ジリジリとその距離を詰め始めた。

既に始まった臨戦態勢。戦いのゴングが慌ただしく鳴る。

「ラーウンドゥワン、ファイッ!」

今ここに、毛神どうしの戦いの火蓋が切って落とされた。

「…………と、いう夢を見たんですがどうですかね?」

「「「 却下! 」」」

ここはEP社の商品企画会議室。

提出された企画書を、会議に参加したメンバーは一人残らず投げ返した。

「ですよねー」

企画書を投げ返された平社員は、床に散らばった紙屑をイソイソと掻き集めると、

広くなった額をペチペチと叩きながらゆっくりと会議室を後にした。



━━ おわり ━━

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom