律子「デート前夜の悲喜交々」 (45)
短いですが楽しんで頂ければ嬉しいです。
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~都内某所~
オフの日程を合わせお昼前に待ち合わせ。2人で軽い食事を取りながら今日1日の予定を決めるはずが……
「はい。わかりました」ピッ
プロデューサーからの電話を切ると差さったままの鍵を差した位置より更に反対側に回す。
「家を出た瞬間に電話が来るなんてね」
午前11時にお互いが住む場所の中間辺りの駅前で待ち合わせのはずだった。
「こういう仕事だって分かってはいるけど……」
玄関に入り後ろ手で鍵を締めると悲しいよりも諦めの方が強かった。鞄を引き摺りながら寝室まで行き、入り口に近いベッドの角に腰を下ろし今までの行動を思い返す。
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偶然にも! 朝の6時前に目が覚めてしまい暫くベッドの中で微睡んだ後に手を伸ばして目覚ましのベルが鳴り響くのを阻止する。昨日の深夜まで悩みに悩んだ組み合わせの服がタンスの扉にセットでハンガーにかけてある。
プロデューサーになってからはパンツルックと決めていた。アイドルの時とは違うと自分に言い聞かせながら頑なにスカートを身に付けなかった。
が、視線の先にはスカートがある。
「折角、買ったのになぁ」
昨日の仕事はアウトレット店の集まった巨大ショッピングモールの中継だった。仕事では絶対に身に付ける事は無いであろう今季物のシックなロングスカートを目の端に捉え、収録中なのも忘れて店内に吸い込まれるように入ってしまう。
購入して出て来た時には収録は休憩時間になっており竜宮小町の3人にお店のロゴが入った真新しい紙袋を見つけられた。
「律子さんが収録中に抜けるなんて珍しいですね~」
「なになに? 何か面白い物売ってたの?」
「大事な仕事をほっぽりだして何してんのよ!」
色々言われはしたけれど、こういう事は珍しいからか……そんなには責められず今後の衣装の資料と言い逃れる。少しだけ罪悪感はあったから……
「収録が終わったら2階の日本初出店のパンケーキ屋さんで何でも好きなの頼んで良いから!」
経費で落とすけど。今日は朝からのロケでもう日も傾きかけている。そんな時間帯までの仕事なんだから、これぐらいは許してね。小鳥さん。
「今日は仕事が順調だったから割と早い時間に帰れるかも」
3人が国内ではあまり見る事の無い高級車に乗って交差点を左折して行くのを見送りながら久々の開放感で独り言を呟きながら軽く伸びをする。
明日がオフだから伊織の家でお泊まり会だそうだ。あずささんと亜美が普段よりも大きな鞄だった事に気付いて予防線を張っておいて良かった。
「行きたいけどこれからの方向性と傾向と対策を練るのよ。後日、事務所で話すから」
みんなからの誘いをやんわりと断って、ちょっと前から存在だけは確認していた専門店を目指す。
あくまで必要性に駆られたからであって明日のプロデューサーとのデ、ででデートとは一切関係無いから!
もしも! 確率はとてつもなく低いけど!
万に一つの可能性で!
今の地味な物を見られでもしたら……
そう何度も頭の中で反芻しながらお店のドアを開けて店内に入る。
「うわぁ……」
中に入っての第一声は本当に心の底から出てしまった……溜息ともつかない吐息を漏らす。
ここ最近は専ら通販に頼りきっているから実際に陳列されているモノを見るのは、かなり久し振りかもしれない。
「この布地の量でこの値段って」
今、身に付けている物の半分以下の布地でお値段は3倍以上……
確実に候補から外れるきわどい物や派手な色使いの商品を物珍しそうに眺めていると、いつの間にか両サイドに女性の店員さんが。
女性下着専門店だから店員は女性しか居ないんだけど。
「どういった物をお探しですか?」
「こ……こういったお店に来るのは初めてで……」
こちらの不安感を読み取ったのか優しい物腰と丁寧な言葉使いで試着室に連れて行かれた。言われるままに服を脱ぎ下着姿になるとブラも取るように促される。
あぁ、あずささんもこうやって測ってたなぁ。まさか、私も経験する事になるなんて……と考えながら後ろから胸を両手で軽く持ち上げられ、もう1人に前からメジャーで採寸され最初から最後まで2人のなすがまま。
店員さん曰く今の下着は体のサイズに合ってないらしい。
「昔と身長も体重も変わってないのに?」
メーカーの違いによって微妙に違いがあるから心配無用との事。
「今の私のサイズに合う普段使いの上下セットください」
プロの技や目利きを目の当たりにして自然と口から言葉が出ていた。
店員さんから提示された同じサイズで色違いの下着から淡いグリーンの物をチョイスして上だけつけてみる。
(自然とグリーンを取ってしまうとか……イメージカラーって呪いの類いなんじゃないの?)
ここでも正しいブラの付け方をレクチャーされ今までとは別次元の着け心地に言葉を失ってしまう。
「他に何か……特別な日に着けるような感じの物ってありま……す?」
言い終えるか否かの内に2人の店員さんは試着室から消え、すぐに何着かの候補を持って来た。目がキラキラしているのは見間違いという事にしておこう。
「ちょっと派手過ぎるので……」
Tバックやガーターベルトとかは勘弁してもらった。買う側がこれってどうなのよ?
「知り合ってからは結構長いんですけどデートは初めてで。その……彼氏……とかでは無いです」
話している内に分かったのが商売っ気が無く完全に趣味の域でやってるらしい事。
2人の内、片方の人がオーナーさんでその人に合ったサイズやデザインを考え、正しい付け方まで世の中にちゃんと知って欲しいという夢がある事。
後日、あずささんにCMのオファーが来て再会するんだけどそれはまた別のお話。
結局、オーナーさんが提示してくれた何点かの中からシルク素材で大事な部分はちゃんと隠れて下品にならないぐらいのレースと可愛いリボンのついた……これまた緑を選んでしまい少しだけ苦笑い。
(呪いよ呪い! プロデューサーのかけた呪い……)
会計を済ませ店を出た時には日も完全に落ち、街灯がここぞとばかりに存在を主張し夜の帳が下りていた。
「呪いと言うより『魔法』かな?」
事務員をしながらプロデューサーへの道を模索していた私をアイドルとしてプロデュースしてくれた。アイドルを辞める時に1番反対したのも彼だった。
今は同じ事務所の同じ肩書きを持つ『同僚』として共に働きアドバイスもしてくれる。アイドル時代の経験も今の仕事に活かしてお互いに刺激し合いながら上手くやっている……と思うけど。
「元担当アイドルが引退してプロデューサーに、かぁ…… どんな心境だったんだろう」
色々考えてもまとまらないから一旦、思考の外へ追いやって現実問題に向き合う。
1番難航するであろうと思っていた問題が意外に早く片付き余裕が出来たからトップスやアウター、靴下などの小物も何軒か回って購入していく。
「靴は下手に新しいのを履くと歩きにくかったりするからこの前買ったので良いかな。新しい化粧品を使って変に気合いをいれてると思われたく無いし……」
明日の為に仕事中にまで買い物をして。
現に今も色々と奔走して紙袋の数は片手の指の数を優に超えるというのに。
「……素直じゃないわね、我ながら」
支援、期待 ありがとうございます。
書き溜めてあるのでぽちぽち行きます。
色んな書き込み歓迎です。
そんな事を呟きながら駅前ロータリーを目指して歩みを進めていく。
乗り換えがある電車で帰るか、荷物の保護を優先してタクシーで帰るかで葛藤しながら歩いていると鞄の中から聞き慣れたメロディが流れてきた。
「俺だったらその女の子をスカウトしてトップアイドルにしてみせる!」
小さな酒場の歌手と客とのラブソングに対して熱く語るプロデューサーに小鳥さんと2人して笑っていたのを覚えている。
実際の歌を動画サイトで聴き歌詞を見て、自分の状況に少しだけ似ているような気がして……機種変更をしてもあの人専用の着信音に決めている。
「かなり古いゲームの歌だから恥ずかしかったりもするんだけど……」
鞄の中からやっと携帯を探し出し通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし? 今、忙しいか?」
「鞄の中から探し出すのに手間取っただけなんで大丈夫ですよ。そっちはまだ忙しいんですか?」
「あぁ、春香がラジオの生出演に遅れかけたけどギリギリ間に合った。ラジオも始まったから1時間ぐらい時間が出来てな」
駅前ロータリーの横にある小さな公園を通り過ぎようとしたらベンチが目に入ったので中に入り荷物を置いて腰掛ける。
「私の方はアウトレットのロケが早く終わっちゃったんで帰ってるトコです。明日の件ですか?」
一昨日には明日の予定も決まっていたのに。予定って言うほどのモノでもないんだけど。
「あ~……明日の予定は今のところ変更は無しで大丈夫だ……」
「珍しく歯切れの悪い物言いですね? 変更が無いなら何か問題でも?」
「明後日の予定は……どうなってる?」
「明後日は3人とも午前中に取材やグラビア撮影に直行で午後から事務所に。私は朝から事務所で書類整理とかですけど? 詳しい内容なら手帳を見ましょうか?」
「そうか。いや、確認したかっただけだから。今日はこの後も誰かについて取材や撮影現場だから電話出来るかは微妙そうだ」
「頑張るのは良いですけど明日は遅刻しないでくださいよ~」
返事は聞かなくても判っているけど直接聴きたい言葉もある。
「何があっても遅刻はしないよ。明日は大事な うわっ! 」
「えっ!? どうしたんですか!?」
「春香が収録ブースの中で! すまん! 行ってくる!」ピッ
春香が飲み物をこぼしたか転んだか……
プロデューサーが明日の事を大事に思っているのが分かったから。
「この続きは明日聞こう」
大事、というフレーズにニコニコしながら携帯を鞄に入れ、これ以上の出費を抑える為に駅の改札に向かい歩みを進めて行く。
帰宅ラッシュの時間も過ぎて疎らな駅構内を進みながら鞄のサイドポケットに入ったパスケースを引っ張り出す。
「明後日……何かあったっけ?」
不意に頭をよぎる疑問に足を止め、何通りかの可能性の内の1つに行き当たる。
そうと決まったわけでは無いのに顔は真っ赤になり全身から嫌な汗が吹き出す。パスケースを握った手が白くなるほど力が入ってしまっていた。
顔どころか耳まで真っ赤になっているだろうと自分でも容易に想像出来る。
こんな状態じゃ電車になんか乗れないと改札前から踵を返しタクシー乗り場へ向かうも足が震え、ちゃんと地についているのかどうかも解らない。
「か、可能性の……」
どうしてもその事を考えてしまい頭も上手く回らない。
なんとかタクシーに乗り込み行き先を告げ、挙動不審にアワアワしているとマンションに到着。
エレベーターに乗って部屋の鍵を出しながら領収書を貰い忘れた事を思い出し、悔しがれるほどには冷静さを取り戻してきた。
「無い無い無い無いっ! 絶対無いっ!」
プロデューサーが明日のデートの次の日の事を気にする事に関して、余りにもあり得ない予想をしてしまい、部屋に入ってリビングのソファに荷物を置きながら否定の言葉を並べる。
寝室に行きスーツを脱いでいつもの部屋着に着替えると風呂上がりに身に付けるパジャマ等をタンスからピックアップする。
洗面所に行き、着替えを置いて手洗いとうがいを済ませてまた真っ赤になった顔をクールダウンする為に水のついた冷えた右手をおでこや首筋に当てる。
「多分、そんな事は無い……わよね?」
洗面台の鏡に向かって問いかけても答えが返って来るはずも無く、まだ少し赤い自分の顔が写るだけ。
リビングに戻り紙袋から出した小物や服を色落ちしそうな物とそうでない物を分けて、何回か洗濯機を回していると深夜に近い時間になっていた。
最後に今日の買い物で1番高価だった物をネットに入れてソフトコースに設定。スタートボタンを押してから脱いだ物を空の洗濯籠に投げ入れて風呂場に飛び込む。
「今更、色々考えてもなるようにしかならないわよね……下着も買った訳だし、今も明日の為に……」
髪の毛もシャンプーとコンディショナーに留まらずトリートメントまでして、体も隅々まで丹念に洗って……
今は全身くまなく剃刀の刃を滑らせてムダ毛や産毛の処理をしているのだから明日のデートについては何かしらの期待があるのは否定しない。
「プロデューサーの方からあんな発言があるとは……不安の方が大きいんだけど……」
いつもの倍以上の時間をかけてお風呂から上がると最後の洗濯もとっくに終わっていた。
パジャマに着替えて頭にタオルを巻いたまま今日の買い物で1番高かった物を干し終えて歯磨きも完了した。
化粧水や乳液も丹念に塗り込み小一時間ほどかけて入念に明日の服装を選んでからベッドに入りベッドサイドの電気スタンドの紐を引っ張り消灯。暗闇の中を手探りでサイドテーブルの上に眼鏡を置いて入れ替わりに携帯電話を引き寄せる。
「もう仕事は終わってると思うんだけどな……」
メールや電話をするには遅い時間なのは分かってはいるが全く無いのも少し寂しい。携帯を持ったまま、いつの間にか眠ってしまった。
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ベッドに腰を下ろしてからどれだけ時間が経ったろうか。サイドテーブルの目覚ましに目をやると長針は短針を2回も追い越したらしい。
「もう……着替えちゃおうかな……」
のろのろと立ち上がり重い足取りでクローゼットまで歩みを進めて行く。扉を開いて何本かのハンガーを取り出そうとした時に鞄の中からくぐもったメロディが聞こえてきた。クローゼットからベッドを挟んで対角線上の床に有る鞄をベッドにダイブし、手を伸ばして引き寄せる。
音だけで誰からの着信か分かっていたので鞄から取り出しながら通話ボタンを押し、すぐに耳に当てる。
「局のディレクターさんとの話は終わらせた。タクシーでマンションまで行くから用意しておいてくれ。本っ当に遅れてスマン! あと15分くらいで着く!」
「わ、わかりましたっ!」ピッ
ただ、一言話しただけなのに顔がニヤけているのがバレないかヒヤヒヤしてしまう。
「新しい番組の打ち合わせを3時間弱で終わらせる、か」
自分の基準で考えて、今日の予定は無くなったと思っていたのに……流石と言うかなんというか。
鞄を掴んで足早に玄関を出てエレベーターに乗り込むと慣れているはずの降下時間も焦れったく感じてしまう。
「プロデューサーが来る前に緩みきった顔だけはなんとかしないと……」
マンションを降りてプロデューサーを待つ間に見上げた空はいつもより高く青く透き通っているような気がした。
おわり
乙
素晴らしかった
よかったら他の作品教えてくれ
html化依頼を出して来ました。
ありがとうございました。
>>39
ありがとうございます。
トリップ名でググれば出て来ると思いますが
P「渋谷凛!?」
律子「正座!!」
P「事務所で」律子「残業」
律子「今夜は良い夢が見れそうね」
律子「2回目の朝は……」
辺りが無難かもしれないです。
URLが無くてすみません。
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