姉「……はて?」(44)
妹「何故、兄上の下着が私の衣装箪笥に?」
妹「? これは兄上のミスなのか??」
妹「…まあ良いだろう」
妹「下着、黒襦袢、フリルエブロン、ヘッドドレス……。どれもこれも、洗濯仕立てのお日様の匂い」
妹「――――うむ、『メイド』の完成だ」
………………
妹「お帰りなさい、兄上」
兄「よう今帰ったぞ、久しぶりの我が家…っておい」
妹「? どうした? 鳩が豆鉄砲でも食らったのか?」
兄「……おい、何だ、そのファンシーな格好」
妹「? 『メイド』ファッションは、私の母国と異なりこの国では、『親身なる奉仕』を意味していると聞いたのだが?」
兄「…………」
妹「…久方振りに兄上が帰還するとあって、技能未熟な私が可能な物事を思案していたところ、先日、去る御方より、『心意気を捧げよ』との助言を頂き……」
兄「……その結果、メイド服に行き着いたのか」
妹「うむ、兄上は不服か?」
兄「……いいや、あまりの可愛さに疲れが吹っ飛ぶ。…吹っ飛びすぎて、お前にそのふざけた格好を教えた人間をこれから小一時間拳で話し合いたいくらいだ……」
妹「む、それはいけない。せっかくの料理が無駄になってしまう」
兄「お、飯か。そいつは嬉しい」
妹「だろう? では、その荷物を預かろう。それから風呂も沸かしてあるから、ご飯の前に入ってくれても構わない」
兄「……すまん、至れり尽くせりだな。ありがとう」
妹「…いい、気にするな。義理とはいえ私達は家族だ。この国でも家族同士で助け合うのは当たり前なのだろう?」
兄「ああ、そうだな。…けど、その鞄重たいから気をつけろよ?」
妹「心配無よ、……っうわわわっ!」
兄「ほら、言わんこちゃない。自分で部屋まで持ってくから無理すんな」
妹「…ううう、面目無い」
兄「仕方ない、大人の俺でも少し重たいくらいだからな」
妹「…………」
兄「? どうした?」
妹「……いいや、兄上の鞄が汗臭いなと思って」
兄「そりゃそうだ、一年以上、苦楽を共に過ごしてきたんだ。汗臭くなって当然だろう」
妹「」ギュッ
兄「? おいおい、せっかくの衣装が汗臭くなるぞ?」
妹「……良い、これも兄上の匂いだ」スンスン
兄「? そんなもんか?」
妹「――――うん、お帰り。兄上、お帰りなさいだ」
…………………………
ニュースキャスター
『こんばんは、ニュースの時間です』
『本日未明、またもや難民のものと見られる漁船が島根県沖に姿を現し、海上保安庁の巡視船との領海内における追跡劇がありました』
『…経済崩壊以降、内乱の続く中国内では、あれから一年経った今も尚、海路から国外へと逃げ出そうとする難民が後を立ちません』
『ここのところ、毎日のように姿を見せる難民船に、(海上保安庁の)職員は頭を悩ませています……』
『…………』
『…………』
『…………』
『はい、こちら現場の雲鱈です。先程、第八管区の海域に再び難民船が……』
…………………………
…………………………
…………………………
妹「ううん、世界は今日も大混乱。……祖国の皆は元気にしているだろうか?」
兄「……うーす、良い湯だったぞー」
妹「ああ、それは何より、……早速夕食にしよう、兄上は座ってテレビでも見ていてくれ」
兄「ん、なら、お言葉に甘えて。今晩のメニューは何だ?」
妹「うむ、本場直伝フィッシュ&チップス……、」
兄「……」ゴフッ
妹「……にしようと思ったのだが、このところ生鮮食品や油が高くてな。お芋は比較的容易に手に入れられるが、お魚の方が……、ん、どうした兄上?」
兄「……いんや、何でも。魚がどうした?」
妹「うん、政府が生鮮食品を地産地消から、都市部の供給優先に方針を変えたため、生産者サイドに残ってなくてだな…」
兄「え? そうなのか?」
妹「ああ、兄上は聞いていないのか?」
兄「……ん、機密だから言えないが、俺はしばらく日本を離れてたからな。帰国したのだって、つい三日前のことだ」
妹「それなら、今ニュースでやっているこの不審せ……、難民船関連も?」
兄「否、その話なら仲間から聞かされた。……確か、二ヶ月ほど前、船に乗ってた連中が流れ着いた先の海岸線一帯で略奪を行ったとか?」
妹「ああ、そうだ。……不審船は、不審船団となって、九州北部、山陰、能登半島を越えて、北海道までの海岸一帯を荒らしまわった後、わざと日本側に拿捕された」
兄「…………」
妹「…すぐ日本政府は、中国臨時政府に遺憾の意を示したが、臨時政府側の略奪行為は、難民を積極的に受け入れようとしない日本側に原因があるとして、逆に抗議してきたそうだ」
兄「ああ、それで。通りで、海保の人達あんなにピリピリしていたはずだ」
妹「? 兄上は結局どこに送られていたのだ?」
兄「ああ、悪い。機密に引っかかる」
妹「ん、私はsisの人間、……同盟国の人間にも明かせないか?」
兄「嘘付け。mi6の募集は満21歳以上、お前、今年でいくつだ?」
妹「ううん、14歳。そうか、sisは21歳からだった……」
兄「…ま、実際、難民の受け入れを持ち出されるとなると、自国民の食料を補うだけでカツカツの日本には無理難題に近いな……」
妹「そんなわけで、物価の優良児の卵しか入手出来ず、今晩はプレーンオムレツとなってしまった。……すまん、兄上」
兄「しょげないしょげない。……兄は、マトモな飯が食えることが嬉しいぞ?」
妹「……そう、なのか?」
兄「おう、飯だけじゃなくて、お前の入れてくれた温かな風呂に入れたも、お前の可笑しな日本語を聞けるのも、全部嬉しい。…ほんと、ありがとうな」
妹「……う、うむ。この家の留守を預かっているのだ、そのくらい当然だ///」
兄「―――んじゃ、せっかくだし俺も手伝おうか」
(閑話1)
兄「……おはよう、姉貴」
姉「よう、お早う。…兄、寝ぼけ面を洗って来い」
兄「はいはい、言ってろ言ってろ。苦学生は学業とバイトの両立がムズいんだよ。……学費とか、学費とか、学費とか」
姉「ほう、言ったな? なら、さっさと卒業して、とっとと社会人に成り給え。社会人にならねば真の苦労が分からんぞ」
兄「あー。そうですね。カメラマンは大変っすね……???」
姉「? おい、どうした?」
兄「……なあ、姉貴」
姉「ん、なんだ? 朝食はシリアルの方がお好みだったか?」
兄「いや、その子、誰……?」
姉「ん、……はて?」
兄「おい、とぼけるのもいい加減にしろよ?」
姉「……ああ、仕事仲間の娘さんだ。昨日、突然うちで預かることが決まった」
兄「あのな、預かるとか、人間は犬猫じゃないんだぞ?」
姉「……あー、おい兄、これ機密事項。何処にも漏らすな、ok?」
兄「? お、おう??」
姉「…あのな、もう少しで、お隣の中国さんで大規模な暴動が起こる。今までの市民規模じゃなくて、軍も含んだ過去最大、まあ、とってもでっかいヤツだ…」
兄「…………」
姉「…その暴動、私らカメラマンも大勢招待されててさ。当然、私もこの子の親も参加することになってる…」
兄「? ……それが?」
姉「ああ、そんだけ。……うん、そんだけ」
…………………………
1st.
…………………………
…ガタン…ガタン…
…ゴトン…ゴトン…
??「―――おい、起きろ」
兄「ん、朝か?」
??「おいおい、マジで寝てたのか? やっぱり日本人は何処か抜けてるんだな」
兄「んんん、飛行機疲れが出たらしい。俺、どれくらい寝てた?」
??「む、20分少々くらいか?」
兄「……そっか、寝てたのか」
??「なんだ、随分とご機嫌な夢だったみたいだな? どうした、夢にとんでもない美人でも出てきたか」
兄「いいや、家族の夢だよ」
??「家族、……そういうのも大切だな。俺にも故郷に家族がいる」
兄「ああ、同僚はこの国の出身だったな」
同僚「おう、バヴィ出身。日本人の感覚で分かり易くに言えば、ハノイから車で2時間ってところか?」
兄「……2時間、ね」
同僚「当ててやろう、…夢ん中のお前、ママに甘えてたんだろ?」
兄「残念…、姉貴と妹との他愛ない夢。どっちも元気にしてたよ」
同僚「ういういうい…、待て待て。お前、女ばっかの家庭で育ったエリート童貞だったのか?」
兄「血が繋がりは姉だけ。……妹は二年ほど前に突然出来た」
同僚「なんだと、うらやまけしからん」
兄「ああ、そうでもない。特に、姉貴の傲岸不遜さは、俺の中の理想の女性像ってのを見事に破壊してくれてだな……」
同僚「ははん? でも、そんなお姉さんにあこがれてカメラマンになったんだろ?」
兄「……、ノーコメント」
同僚「だはは。…んで、妹さんとの感動の再会はどうだった?」
兄「ああ、帰国した時と同じ対応をしてくれていた。ちょっと背が伸びてた」
同僚「でも良かったのか? お前、帰国したばかりだったんだろ?」
兄「……もちろん良くないさ。…俺が戦場にとんぼ返りすると聞いて、泣きに泣かれて、泣きじゃくられた」
同僚「そりゃそうだろう」
兄「……」
同僚「…俺なら、一年振りの家族との再会がほんの一昼夜だったと聞けば、前の夜に酔い潰してでもそいつの出国を阻止してるところだ」
兄「……同僚、お前が家族じゃなくて良かったよ」
同僚「まあ、理解ある妹さんに感謝しとけよ?」
兄「ああ、感謝しても感謝しきれん」
同僚「そうそう、それで良い。…家族の絆ってのは、なにも血の繋がりだけとは限らないってのは、この国の歴史が証明してら」
兄「……ベトナムの歴史か」
同僚「案外、お前ら日本人とも、明暗ともに深い繋がりがある。ベトナム人は歴史に学び、歴史と共に生きてるのさ」
兄「…………」
同僚「あ、もうすぐ国境に出る。身分証を出してくれ」
兄「おう、……あれ? お前のパスポートが無いぞ?」
同僚「ん? ああ、リュックの中に間違えて詰めちまったか?」
兄「めんどくさい。自分で取れ」
同僚「だはは、代わりにお前が運転できるなら良いぞ。この国では日本の運転免許証は無効だがな」
兄「……おい、同僚、ちょっと車を止めてくれ」
同僚「? どうした?」
兄「―――珍しい。日本人のヒッチハイカーだ」
【ベトナム・カンボジア国境付近】
―1―
同僚「……うし、通って良いそうだ」
青年「…助かりました。国境越えの足が無くて」
少女「」ペコリ
兄「いいですよ。困った時はお互い様ですから」
同僚「一体なんだって民間人……、それも日本人とギリシャ人だと?」
兄「ええ、国境警備の兵士達も驚いてましたね」
青年「…………」
兄「ま、旅は道ずれ。あまり深くは聞きませんが、貴方方は何処まで?」
青年「マレーシアのジョホールバル。少し人と待ち合わせを……」
少女「……」
同僚「ん、なんだ訳ありか?」
兄「こら同僚、そんな言い方ないだろう?」
同僚「だってよ…、今の御時勢、呑気に旧日本軍の戦地巡りも無いだろう?」
兄「……あのな、俺達だって、あまり大きな声では言えないだろ」
青年「あの、」
兄「はい、何ですか?」
青年「……お二人は、どのような?」
兄「ああ、そうでした。俺の名前は兄、こっちは……」
同僚「仕事仲間の同僚ってんだ。一応、これでもジャーナリストの端くれ」
兄「…俺達もちょうど今、陸路でマレーシアに向かうところだったんです。貴方方は本当に運が良かったですね」
同僚「まさに渡りに船、…陸上で船ってのも可笑しな話だがな」ガハハ
青年「……そう、でしたか」
同僚「でも、あんたら二人は、本当に運があると思うぜ? よくも素人さんが国境越えをしようなんて思ったもんだ」
青年「? どういう意味ですか?」
同僚「あのな、この際だから教えてやるが、ベトナム人の俺らの日本に対する意識には非常に複雑なものがあるんだよ」
兄「? 親日国じゃないのか?」
同僚「大まかに言えば親日。細かく言えば、やっぱ複雑」
青年「戦争の影響ですか?」
同僚「そうだな。太平洋戦争、……ああ、大東亜戦争だっけか?」
青年「……、『太平洋戦争』です」
同僚「太平洋戦争当時、俺の国はフランスの支配下にあったのは知ってるか?」
青年「仏領インドシナ時代の植民地政策……」
同僚「……ま、保護国の名目を用いて、ポル=ドゥメールっておっさんが俺らの国の人間をプランテーションや鉱山での安い労働力として使っていた時代…」
青年「……文字や宗教、教育が著しく制限されていた時代だとは伺っています」
同僚「ああ、だから、俺らの国が日本軍を『解放軍』として迎え入れたのは知っているだろ?」
青年「」コクリ
同僚「けど、実際はそうじゃない」
青年「…………」
同僚「……開戦当初、勢いに乗っていた日本軍は俺らにも軍需物資の供出を行った。ま、そりゃそうだ、恩人が戦争中だもんな。当然、協力するさ」
青年「実際は……」
同僚「…甘過ぎる見通しによって、日本軍は後退に次ぐ、後退。特に。護衛もつけずに船で物資を輸送しようなんて、どうぞ沈めて下さいってなもんだ」
青年「……」
同僚「…んで、そのうち戦況は悪化。食料の尽きた日本軍は俺らから無理な徴発を行うようになり、その動きにフランス野郎も一枚噛むようになる」
青年「―――その結果が、ベトナム飢饉」
同僚「まあ、諸説あるけど、200万人の国民が餓死したってことになってら」
青年「……」
同僚「…その後、独立戦争やらアメリカ・ソ連の戦争もあって当時を知る人間も随分数を減らしたが、まだ田舎には当時からの生き残りがゴマンといらぁ…」
兄「…けども、大部分は『親日』」
同僚「な、結構複雑だろ?」
青年「……貴重なお話、ありがとうございます」
同僚「―――どう致しまして。……けどな、俺らの国の偉い人も言ってる通り、『あれは戦争中のこと、仕方ない』ってなもんだ」
―2―
兵士「身分証、確認完了……」
兄「…………」
同僚「…………」
兄「なあ、これで検問幾つ通った?」
同僚「…さあな、多分10個目くらいだろ?」
兄「密入国対策とはいえ、こう、日に何度も全身武装の人間に囲まれるのは精神的に来るな」
同僚「ああ、横着せずにホーチミンから入りゃ良かったよな」
兄「……微妙だろ。ハノイからダナンまでの道中、何台の軍用車とすれ違ったよ?」
同僚「ああもう、ラジオつけろ。バンルンまでの情報が知りたい」
兄「あいよ……、amだったか?」
ラジオ
《……こちらrnk。我が国の歴史と文化を重んじるrnkが、本日のニュースを申し上げます》
同僚「おい、嬢ちゃん。嬢ちゃん、今朝から一言も喋ってないけど伸びてないか?」
少女「」フルフル
兄「……ん、大丈夫だとさ」
同僚「そうかい……。しっかし、くそ暑いよなあ。一雨来ないもんかね?」
青年「絶対に無理はするなよ、まだ先は長いんだ」
少女「」コクン
兄「……青年さん、その子、何でこんな場所に?」
青年「ええ、預かっていた子です。自分達はこの子の妹を探しに……」
兄「へえ、それでマレーシアですか。もしかして、良い所のお嬢さんですか?」
青年「否、ごく普通の家庭ですよ。……中国の内戦の影響で、家族が離れ離れになってしまって」
兄「ああ、突然でしたもんね。妹さん、お写真とかありますか?」
青年「…」チラッ
少女「……すまない、写真は持ち出せなかった」
同僚「! うおっ、喋った?!」
少女「? 私が話すのがそんなに不自然なのか?」
同僚「いやいや、……不自然よりも意外性の問題だよな?!」
少女「? 青年、説明を頼む」
青年「ん、…恐らく、君の話している言葉遣いに同僚さんは驚いているのだと思うぞ?」
少女「ふむ……、気に障るようなら謝ろう。すまないな、母国語以外はこの言語でしか習得していないんだ」
兄「……母国語以外…」
青年「? 青年さんはあまり驚かれないんですね」
兄「え? ええ、うちの妹がそんな口調で」
少女「妹? 兄、兄はお兄さんなのか?」
兄「ああ、義理だけどな……。今は日本で留守番をしてくれてるけど、君と同じくらいの、ヨーロッパの女の子だよ」
同僚「こいつ、年がら年中好き勝手に飛び回ってるもんだから、つい最近も妹さんに泣きつかれたんだと」ククク
少女「む、それは良くない。兄、ちゃんと『お兄さん』をしてあげないと」
同僚「……くくっ。だとさ、『お兄ちゃん』」
兄「……はいはい、悪かったよ。後で電話をしとくから勘弁してくれ」
青年「ははっ、でも珍しいですね。ヨーロッパのどの国ですか?」
兄「unです。……詳しい事情は姉が知っていた様なんですが、俺自身にはよく分かりません」
少女「? お姉さんもいらっしゃるのか?」
兄「……それが勝手奔放な姉貴でね。…去年、中国内部に潜入レポートしてくると出ていったきり、それっきり音沙汰無し」
同僚「俺とも顔見知りだったんだけどな。どうにも、情報が寸断されて…」
青年「ああ、そうですね…。臨時政府が領空内での航空機無差別撃墜に『責任を取らない』と発言して以降、めっきりメディアの露出も減りましたから……」
同僚「…シーレーンは各国の海軍と輸送船で一杯。おかげで、海路の安全は民間までには行き届かず、結局陸路しかない、と」
兄「ベトナム国内だと、仲間の取材ヘリが使えたんですけどね」
同僚「ま、越境を考えるなら自動車で陸路ってのが一番無難だろうな」
兄「そんなわけで、スクープと一緒に姉貴の情報も募集中していたり…」
少女「…お姉さん、早く見つかると良いな」
兄「ありがとう。…でも、殺しても死にそうにない姉貴だったし、俺としては、あまり心配はしていないんだけどね」
少女「…そう、か」
同僚「―――げ、また検問だ。…今日はやけに多いな」
…………………………
ニュースキャスター
『…では、次のニュースはtpp関連の話題です』
『本日午後、tpp締結後の農作物への適応範囲の拡大を巡るについて、日本政府と反対派との協議が東京赤坂見附で行われました』
『政府は、各国の食糧供給率を含めて試算を出したところ、日本側の負担が当初の予定よりも大幅に増大したことを受け……』
『…………』
『…………』
『…………』
…………………………
―3―
同僚「……おい、どうだった?」
兄「ああ、妹なら居間でtvを見てた。野菜が高いとかぼやいて……」
同僚「否、そうじゃねぇ。そうじゃねぇだろ?」
兄「ん、冗談だ冗談。…安心しろ、ネットインフラはある程度整っているらしい。電気も通ってる」
同僚「お、そりゃ重畳」
兄「……でも半日でバンルンとは。国境沿いで足止めってのは完全に予定外だったな」
同僚「兄、あの二人は?」
兄「ん、少女ちゃんが少し熱中症気味だったんで、青年さんがクーラーのある宿の一室を借りて休ませたいってさ」
同僚「へぇ、心配だな。俺らはどうする?」
兄「……いや、予算的に車中泊になるだろ? 余分は無ェよ」
同僚「おい日本人、アジアの財布の異名はどうした?」
兄「うるせェ。日本人の誰もが金持ちだと思うなよ? 一応会社にも連絡したけど、自腹を切れって断られてんだ」
同僚「おうジーザス、世知辛ェ……」
兄「……ああ、ラオスって緩衝地があると思って油断してたが、兵士の数からすれば、ラオスがカンボジアにも援軍を頼んで当然か……」カチカチ
同僚「川の水運はどうした? 軍だって、船で一気にラオスに入ったほうが安上がりだろ?」
兄「……それが予算が全然足りてないらしい。カンボジアの軍隊は一般兵士まで装備を揃えるのが精一杯。輸送費には到底足りてない」
同僚「ふうん、7号線はそれで混んでんのか」
兄「銀輪部隊、再びインドシナに……。連日連夜、行ったり来たりだと」
同僚「良い文句じゃないか。後ですれ違ったら何枚か写真収めて、本社に文言添えて送っとけ」
兄「たはは…、んで、道すがら『軍にガスを盗られないように』って釘を刺されてきた」
同僚「ん? それじゃあの検問群は何だったんだ? あれはベトナム方面だし、ラオスとは違うだろ?」
兄「それがよく分からなくて、この町の人達も不思議がってた。…中には、またベトナム軍が国境を越えようとしてるのかって聞いてきた人もいたぞ?」
同僚「…おいおいおい、一体いつの話だ。とっくの昔にポルポトは暗殺されただろ?」
兄「他の噂だと、旧クメール・ルージュが中国と呼応、再び政権を取ろうとしているのを取り締まっているとかいう話もあったぞ?」
同僚「………。無くは無いけど、そりゃ最悪だな」
兄「そんなにまずいのか? クメール・ルージュってのは?」
同僚「……おう、最悪の厨二病患者の集まりだよ。理想のために自国民を殺しまくって、ポルポト以降ものうのうと生き延びて地方行政に幅を利かせてら」
兄「あー、文革みたいなもんか?」
同僚「ノー、もっと純粋な虐殺。有名な話だと、『メガネかけてたらインテリ、インテリには死を……』とか真面目にやってたそうだ」
兄「それは……、凄いな」
同僚「んで、解放後に発見された資料だと、ポルポトの奴、カンボジア国民は優良種3万人を残す以外は、その他全員殺害する予定だったらしい」
兄「…………」
同僚「あとは、虐殺博物館もあるし、当時の教会遺構には犠牲者の頭蓋骨を並べて、当時の圧制を悼んでる人間もいらあな」
兄「……おい、この町大丈夫なのか?」
同僚「…………。知らん、祈っとけ」
兄「おい、祈るって、どの神様に祈るのがベストだ?」
同僚「馬鹿。神様にじゃねえ……」
同僚「―――祈りってのは、死者に対するってのが礼儀だろ?」
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