亜美「取り替えスイッチ?」 (69)
『亜美っ、宿題やったの!? 手伝わないかんねっ』
うるさいなぁ、ちゃんとやってるよ!
『亜美、レッスン遅れちゃうっしょ! 早く起きてよ!』
……んー、眠いし寝かせてよ、うるさいな。
『亜美!』
あー、もう! 真美は黙っててよ!
いつからそんなお姉ちゃんぶるようになったのさ!
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亜美「……って、ことがあって」
春香「あはは、そうなんだ……まぁ、真美もきっとお姉ちゃんっぽいことがしたいんだよ」
亜美「そうかなぁ? 最近はほんっとに偉そうなんだよ!」
春香「真美はきっと亜美が大好きなんだね……あ、クッキー食べる?」
亜美「うんっ、欲しい!」
真美が亜美のことを好きとか、そんなわけないっしょ?
あんなにグチグチ言ってくるんだもん、イジメようと思ってるんだよ!
亜美「おいしいよ、はるるん!」
春香「えへへ、良かった! シナモンクッキーなんだ」
はるるんの笑顔、本当に綺麗だなー。見てて元気になるっていうか、そんな感じ?
亜美「……あーあ、はるるんが亜美のお姉ちゃんだったら良いのに」
春香「えっ? ……亜美が妹かぁ、可愛げないなぁ」
亜美「なにおう!」
春香「冗談だよっ、冗談!」
ソファから立ち上がったはるるんが、「それじゃあ、お仕事行ってきます!」って言った。
亜美「頑張ってね、はるるん!」
春香「うん、ありがとう! ……それじゃあ小鳥さん、行ってきます。
って、プロデューサーさん! 待ってください~っ!」
ガチャン
亜美「……はぅ」
小鳥「亜美ちゃん」
突然ピヨちゃんに呼ばれると、なんかビックリしちゃうYO!
亜美「わぁ! ……な、なんだいきなりびっくりした、ピヨちゃんかぁ」
小鳥「さっき、春香ちゃんがお姉ちゃんだったら良いのにー、とか言ってたわよね?」
亜美「聞いてたの? もう、盗み聞きは良くないよ!」
小鳥「ま、まあまあ……実はね、こんなスイッチがあるの」
亜美「ん? ……へぇボタンみたいだね」
小鳥「実はね、それ……『取り替えスイッチ』って言うのよ」
亜美「へ?」
『取り替えスイッチ』。名前通りに考えると、なにかを取り替えられるボタン。
亜美「意味分かんないよ、ピヨちゃん」
小鳥「例えばね、誰かをお姉ちゃんと取り替えたい、って思いながらそれを押すと、本当に取り替えられるのよ?」
亜美「そ、そんなわけないっしょ! 大体、そんなのピンポイントすぎるし」
小鳥「亜美ちゃんの場合は、たまたま真美ちゃんなだけ。親、友達、恋人……知らない人とも変えられる」
亜美「なんだか……怪しいね」
まじまじとボタンを見てみる。おもちゃみたいに透き通ってるけど……。
亜美「ピヨちゃん、亜美のことからかってるの?」
小鳥「まさか!」
ピヨちゃんはわざとらしく驚きのポーズを見せた。
小鳥「どうしても真美ちゃんが鬱陶しい、って時に使ってみるといいんじゃないかしら」
亜美「んじゃあ、一応もらっとくけど……」
小鳥「ふふっ、頑張ってね」
亜美「うん……?」
すごくわざとらしいピヨちゃんの笑顔が、ちょっとだけ気味が悪かった。
――
真美「亜美、またベッドで先に寝てるし!」
亜美「なーにー……? 亜美疲れてるんだけど」
真美「ほら、宿題終わってないでしょ! ちゃんとやんなきゃ、りっちゃんに怒られるよ!」
まただ。真美がお姉ちゃんぶって、亜美を叱る。
部屋も別々にしてくれないかな。
亜美「……ねえ、真美」
真美「なに?」
亜美「亜美ね、いい加減にウンザリしてるんだ」
真美「え?」
亜美「毎回毎回、偉そうにお姉ちゃんぶってさ! 急にどうしちゃったの!?」
真美「それは、その……真美はお姉ちゃんだし、ちゃんとしなきゃ、って!」
亜美「双子なのにお姉ちゃんも妹もないっしょ!?」
真美「あるよっ!」
亜美「ま、真美のバカっ! 出てって!」
真美「いいよ、亜美と一緒の部屋なんかいたくもないし!」
偉そうな真美なんか、だいっきらい……。
大きな音でドアを閉める真美に、もっとイライラする。
『どうしても真美ちゃんが鬱陶しい、って時に……』
亜美「……!」
ベッドに持ってきていた『取り替えスイッチ』を取り出して、
亜美「……亜美のお姉ちゃんに、真美なんかいらない。はるるんにして」
ゆっくりと、押してみた。
亜美「…………ん?」
なーんにも、変わった気がしない。
亜美「……なーんだ、おもちゃか」
分かってたけど、なんかくやしい。
亜美「つまんないの」
亜美「はるるーん」
って、試しに大声で呼んでみる。
来るわけないけど、このスイッチを捨てるまえ、に……って、え?
春香「どうしたの、亜美? 呼んだよね?」
ドアを開けて入ってきたのは、リボンにピンクのワンピースで、いつもお菓子の匂いがする、
亜美「はる、るん……?」
春香「そうだけど……『お姉ちゃん』って呼びなさいっ!」
亜美「あっ、ごめ……ごめん、”お姉ちゃん”」
え、なんでウチにいるの? はるるんのおうちってここじゃない、よね?
亜美「ねえ、はる……お姉ちゃん」
春香「ん、なあに?」
亜美「真美は?」
はるるんはキョトン、として。
春香「真美、って誰?」
亜美「真美……双海真美。亜美の双子のお姉ちゃん」
春香「……もしかして、寝ぼけちゃってる? 亜美は双子じゃないし、お姉ちゃんは私だよ?」
亜美「……そ、そうだよねー! ごめんごめん!」
春香「変な亜美」
春香「それじゃあ、私はキッチンに戻るからね」
亜美「う、うんっ、ありがとね!」
はるるんがドアを閉めて、階段を下りる音が聞こえる。
亜美「ほ、本当に効果があったんだ……これ」
亜美はちょっと怖くなって、スイッチをベッドの下のスペースに投げ込んだ。
――――
――
春香「亜美、お風呂わいたから入っちゃって」
亜美「う、うん」
春香「……どうか、した?」
亜美「そ、その、えっと……は、お姉ちゃん!」
春香「ん?」
亜美「お、お風呂一緒に入ろっ!」
な、なに言ってるんだろ亜美!?
はるるんはまたキョトン、って顔してるし……。
春香「うん、じゃあ久しぶりにそうしよっか」
亜美「ほえ!?」
カポーン
春香「久しぶりだね、こうやって入るの」
亜美「そ、そう、だね」
はるるんとふたりで湯船に入るには狭いから、
亜美ははるるんの上に座って、おなかの近くを抱きしめられてる感じで。
亜美(スッ、ゴク、キンチョーするよぉ!)
春香「亜美、竜宮小町の活動はどう?」
亜美「え? うん、楽しいよ」
春香「えへへ、なら良かった。アイドル事務所に、亜美を無理やり誘っちゃったから、私結構気にしてて」
亜美「そんなの気にしないで! 亜美、今めっちゃ楽しいからさ!」
春香「うん、ありがとっ」
春香「あっ、そうだ。亜美!」
亜美「ん、なあに?」
春香「明日の夜、事務所のみんなに持っていくクッキーを焼こうと思うんだけど、手伝ってくれないかな?」
亜美「うん、いいよ!」
春香「ありがとうね、亜美。こしょこしょ」
亜美「あっ、あははっ! はるるん、おなかくすぐらないでっ、あはは!」
春香「はるるんじゃないでしょー! お姉ちゃんって呼びなさい!」
亜美「あはは、ごめん、ごめんねお姉ちゃん! あっははは!」
姉妹だったら、一緒にお風呂なんて普通だよね!
はるるんが亜美のお姉ちゃんになってから、今までイライラしてた毎日がすごく楽しくなって。
例えば、お買い物。
亜美「クッキーの材料って、こんなに揃ってるんだねぇ」
春香「亜美も見たことあるでしょ?」
亜美「そ、そうだね! ……あっ、これ作ろうよ! ココア味のクッキーにはもってこいなんだって」
春香「えー……作ったこと無いんだけどな」
亜美「ダメ?」
春香「……しょうがないなー。それじゃあ、2種類作ってみよっか」
亜美「やったー!」
例えば、お仕事。
P「お疲れ様、春香、亜美。今日もディレクターさんが『双海姉妹はかわいいね』って褒めてくれたぞ。頑張ったな!」
春香「ありがとうございます、プロデューサーさんっ」
亜美「兄ちゃん、ありがと!」
P「これ、俺から2人へのご褒美だ! 他のみんなには内緒だからな」
兄ちゃんは「しーっ」のポーズ。
亜美「兄ちゃん、これ!」
春香「すごく混んでるケーキ屋さんのチョコレートケーキじゃないですか!」
P「ちょっと並んできたんだ」
亜美「美味しそうだよー! お姉ちゃん、今食べよっ」
春香「こらっ、お行儀悪いよ!」
亜美「ちぇー」
P「ふたりは本当に仲が良いな」
春香「当たり前ですよ、姉妹ですから!」
例えば、お菓子作り。
春香「亜美、どう? 混ざってる?」
亜美「ちゃんと混ざってるよーん」
春香「……うん、大丈夫だね。それじゃあ、そっちの型を持ってきてくれない?」
亜美「はーい!」
真美とは出来なかったり、思わなかったことがお姉ちゃんと出来てて。
こんなお姉ちゃん、最高だよっ!
春香「それじゃあ、おやすみ。亜美」
亜美「おやすみ、お姉ちゃん!」
二段ベッドの上の段に寝るのも、もちろんお姉ちゃん。
ああ、亜美の今の気持ちを一言にするなら、『幸せ』しかないっしょ!
――だと思ってたんだけど、幸せって長くは続かないんだね。
亜美「お姉ちゃん、土曜日の映画はさっ」
春香「あー……ごめんね、亜美。その日はラジオの収録があって」
亜美「そ、そっか、お仕事……だよね。頑張ってね!」
春香「ごめんね、亜美っ! 絶対埋め合わせはするから!」
別の日も。
春香『ごめん、亜美……お仕事長引いちゃって、今日は事務所に戻れそうにないかな』
亜美「えっ……そうなの?」
春香『うん、だから悪いんだけど、先に帰っててくれないかな?』
亜美「わ、わかった……それじゃあ、電話切るね」
春香『ごめんね、今度なんでもするからっ』
お姉ちゃんの仕事、プライベート、どんどん亜美と噛み合わなくなっていって。
ラジオの収録、終わらない撮影、千早お姉ちゃんとお買い物、兄ちゃんとデート……。
亜美「……さみしいよ」
これなら、いっつも亜美を叱ってた真美が居てくれた方がいいのに。
亜美「……ねえ、ピヨちゃん」
事務所には亜美とピヨちゃんしか居なかった。ソファを離れて、近くによってみる。
小鳥「どうしたの?」
亜美「あのさ、真美を元に戻したいんだけど、どうすればいいのかな」
ピヨちゃんはキーボードを打つ手を止めて、キョトンとした顔で亜美を見た。
小鳥「亜美ちゃんは面白いことを言うのね、元に戻したいなんて」
亜美「本気で言ってるの! お姉ちゃん、最近ずっと遊んでくれないし」
小鳥「そのスイッチで取り替えられた人は、もうどこにも居ないの。元に戻せないのよね」
亜美「……へ?」
ピヨちゃんは笑いながら、
小鳥「取り替えって言っているけど……春香ちゃんのおうちに真美ちゃんが居るなら、真美ちゃんはこの事務所に居るはずよね?」
亜美「そ、そうだけど」
小鳥「取り替えた後、いらなくなった人を消すのがそのスイッチ」
亜美「消す、って……!」
小鳥「だって、いらないんでしょう? 真美ちゃんのこと」
ピヨちゃんは立ち上がって、給湯室の方に歩き出した。
着いて行く。
亜美「な、なんでそんなこと言うの……っ」
小鳥「実際、そうだったのよね? 春香ちゃんが亜美ちゃんのお姉さんになって、楽しかったんでしょう?」
亜美「楽しかった、けど」
小鳥「だったら、少し構ってくれないぐらいで、すぐに戻そうなんて考えちゃダメよ」
亜美「で、でも」
小鳥「……そうだ、あのスイッチね」
亜美「え?」
小鳥「自分が他人に成り代わることも出来るのよ」
亜美「他人に……?」
ピヨちゃんは湯のみにお茶を注いでいった。
小鳥「ええ。765プロの事務員って、誰だっけ」
亜美「何言ってるの、ピヨちゃんでしょ?」
小鳥「私?」
亜美「うん。オトナシコトリ」
小鳥「本当に?」
亜美「……何が」
小鳥「本当に、765プロの事務員って、最初からオトナシコトリさんだった?」
亜美「え……」
ピヨちゃんが亜美にゆっくりと近づいてきた。
小鳥「別の人だったんじゃないかしら」
言われてみれば……なんか、思い出した気がする。
ロングヘアーだった? 髪の色は黒、茶色、それとも赤色?
亜美「な、なんでだろ……知らない人の記憶が」
小鳥「ふふっ、あのスイッチを誰かに使ってもらうために、自分で使ってみたのよ」
亜美「……なに、それ」
小鳥「亜美ちゃんにだけ、教えてあげる。私の本当の仕事は――」
亜美「っ!」
とてつもなく怖くなって、走って事務所を飛び出した。
走って、走って、誰も追ってこないことをカクニンして、電車に乗って。
亜美「はぁっ……はぁっ……!」
家の近くの駅に着いたら、全速力で走って。
亜美母「あら、おかえりな……って、なにか急いでるの?」
家についたら、階段を駆け上がって、部屋のベッドの下を見る。
亜美「あ……った……!」
『取り替えスイッチ』が転がっていたのを、大慌てで取り出した。
亜美「返してっ、真美を返して!」
何回もスイッチを押しても、何も起きない。
亜美「真美が居なきゃダメだよっ」
連打しても、真美は帰ってこなくて。
泣きながら放り出した。
亜美「かえしてよ……っ」
自分勝手だって分かってるけど、やっぱりお姉ちゃんは真美じゃなきゃダメだよ!
「……亜美」
亜美「ま……まみ!?」
真美の声がした……と思って、ドアの方向を見る。
お姉ち……はるるんと取り替えた時と変わらない服と、姿。
亜美「久し振りだね、真美……おかえりっ」
思わず抱きついちゃった。
亜美「会いたかった、やっぱり亜美のお姉ちゃんは真美じゃなきゃね」
嬉しい。また会えた、なんでかは分からないけど……もしかして、これって番組のドッキリだったのかな。
亜美「真美、これってドッキリだったのかな? 亜美、カンペキに引っかかっちゃってさ」
真美「……亜美、あのね」
亜美「え……?」
背筋が凍りつく声に、抱きついてた腕を離した。
真美「真美、亜美のこと大好きだったの」
亜美「”だった”って、どうして過去形……」
真美「亜美は真美のこと、大嫌いなんだよね?」
亜美「なに、それ」
真美「だって、それで消したっしょ?」
亜美「け、消しちゃったのは、そう、だけど……」
真美「だからね、真美も亜美のこと、キライになっちゃった」
亜美「……え?」
真美が持っているのは、亜美がさっきまで押し続けてたものによく似てる。
亜美「もしかして、それ」
真美「亜美が居なかったら、真美もお姉ちゃんっぽくしなくて済むしさ」
亜美「や、やめてっ! 押さないで!」
目の前で真美は、あのスイッチに手をかけた。
真美「亜美じゃなくて、やよいっちが妹だったらいいなぁ」
亜美「待って!」
真美「それじゃあね、亜美」
亜美「い、いっ……」
叫ぶ声も、もう出てこなかった。
真美「……真美の妹に、亜美なんかいーらない」
真美「なーんて、ね」
亜美「え……?」
真美はスイッチをベッドの方に放り投げた。
真美「このスイッチね、消されちゃった人は、消した人と同化できるの」
亜美「ど、うか?」
真美「そう、乗り移るみたいな。亜美がはるるんと仲良くしてるのを見て、メッチャ寂しくなったけど……」
亜美「……ごめ」
真美「でも、やっぱり真美が必要だって言ってくれて嬉しかった。だから、許すことにしたよ」
亜美「ごめん、真美」
真美「うん。やっぱり真美、甘いなぁ」
亜美「えっ?」
真美「消されかけたのに許しちゃうなんて、さ」
亜美「……うん」
真美「亜美が不満なことがあったら、なんでも言って?」
亜美「不満なんか、もう無いよ」
真美「……そう?」
亜美「気づいたんだ。叱ってくれたり、遊んでくれる真美がさ」
真美「え?」
亜美「やっぱり一番のお姉ちゃんで、家族なんだなーって」
真美「……亜美っ」
亜美「ひゃあ!」
真美「……ところで、亜美」
亜美「ん?」
真美「そのスイッチ、どうするの?」
亜美「えーっと……」
亜美の手元には、まだスイッチがあった。
亜美「捨てるよ。こんなスイッチ、もういらないもん」
真美「それじゃあ、真美がさっきのと合わせて、ふたつ捨てとくよ」
亜美「任せちゃっていいの?」
真美「うん。だから、渡して?」
亜美「分かった」
真美がベッドに投げたスイッチを拾って、ふたつとも亜美に渡した。
真美「それじゃあ、お風呂でも入ろっか」
亜美「そうだね、久しぶりにふたりで! 亜美、掃除してくるっ」
真美「よろしく頼むよー、チミ」
真美はずっと、亜美を見ていたような気がする。
あの視線、なんだったんだろう?
「世にも奇妙なアイドルマスター」リスペクトでした。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
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