勇者「僕が、勇者ですか……?」 (30)

南端の国


空は広く澄み渡って、海は美しく、土は豊か

それがこの国の良い所だった


耕せば、土は力強く素直に作物を育んで

海に目を落とせば、魚たちは生き生きと尾で海を押し

見上げれば、風がゆっくりと雲を運んでいる


僕は、そんな美しい国で育った


だから、それまで思ってもいなかったんだ

僕が、勇者になるだなんて

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1.

勇者「僕が、勇者ですか……?」

国王「ああ、そうとも」

国王「君は、我が国の代表として勇者に擁立された」

国王「だから、君は立たねばならぬのだ」

国王「我ら人類の敵、魔王を討伐するために」

勇者「……」

勇者「あのう」

国王「何だね」

勇者「良いんでしょうか、僕なんかで」

国王「どういうことかね?」

勇者「どうって、僕はただの農耕民です」

勇者「父も母も平凡な農耕民で、僕自身だって畑を作る以外の教育は生まれてこの方受けていません」

勇者「そんな僕が、急に勇者だなんていわれても……」

国王「……易で決まったことなのだ」

勇者「易、ですか?」

国王「そうだ、占いのことだな」

勇者「占い……」

国王「国一番の占い師に、占わせた」

国王「だからの、勇者くん」

国王「君で間違いはないのだよ」

勇者「……そうなんですか」

国王「うむ」

勇者「……」

国王「……何か、不満かな?」

勇者「い、いえ!そんな!」

勇者「とても光栄に思っています、ただ、その、余りに急なことで驚いてしまって……」

国王「そうかね」

勇者「はい」

勇者「勇者に選ばれたからには、精一杯のことをやるつもりです!」

国王「……」

国王「……そう、か」

国王「それならば、よろしく頼もう、勇者くん」

勇者「はい!」

国王「それでは、君が勇者に選ばられたところで」

国王「2、3ほど、手続きがある」

勇者「手続き、ですか」

国王「そう、国直々の、な」

国王「……」

国王「……」

勇者「……国王様?」

国王「……ああ、何でもない」

国王「それでは……」

国王「家臣、家臣よ」

家臣「はい、国王様」

国王「今すぐに、この者へ勇者の儀礼を頼もうぞ」

家臣「はい、準備は出来ております」

家臣「勇者くん」

勇者「はい」

家臣「……こっちへ」


そうして僕が連れられたのは、王室のすぐ隣の部屋だった

太い柱が4本立っていて、その真ん中の床に、大きな模様が書かれていた

その周りを取り囲んでいる多くの人たちが、みんな僕のことを見ていて、何だか居心地が悪かったことを覚えている


勇者「あ、あの……」

家臣「さあ、こっちだ」

勇者「は、はい……」

家臣「その、床に書かれた丸の真ん中に座って」

勇者「はい……」

家臣「よし、そう、そこだ」

家臣「そこに跪いて、お祈りをして」

家臣「……よし、それじゃあ、僧侶」

僧侶「はい」

返事をしたのは、とてもきれいな声だった

家臣「始めなさい」

僧侶「……はい」


その時、僕は目を瞑って祈っていたから、一体何が起こったのかは分からない

ただ、瞑った瞼をつんざく程の光が差して

それから、僕の身体に痛烈な痛みが走った


勇者「……っ!」


僕は、その痛みに声もあげられなかった

目を開けても良いかも分からずに、それからただ、しばらく身を固まらせていると

きれいな声が、厳かに言った


僧侶「……目を開けて、よろしいですよ」

勇者「……」パチッ

僧侶「……痛みましたか?」

勇者「……」

勇者「……」ハッ

勇者「は、はい、少し……」

僧侶「……そうですか」

家臣「……済んだか?」

僧侶「はい」

家臣「そうか、それでは勇者くん、うなじを見せなさい」

勇者「うなじ?」

勇者「ど、どうぞ……」

家臣「うむ」

家臣「……使者のみなさん、こちらです」

使者「僧侶さん、その用紙を」

僧侶「はい」スッ

使者「……うむ、間違いないな」ピラッ

使者「よろしい、これで登録しよう」

家臣「ありがとうございます」

使者「では、私はこれで」

家臣「はい」

使者「……神のご加護を、祈っているよ」

家臣「……ふう」

家臣「さて、勇者くん」

勇者「は、はい」

家臣「国王様の前に戻ろうか」

勇者「はい」

家臣「僧侶」

僧侶「は、はい」

家臣「君も、剣士を連れてから速やかに国王様の前に」

僧侶「分かりました」タタッ

家臣「……さ、行こうか、勇者くん」

国王「……戻ったか」

家臣「はい、全て問題無く済みました」

国王「そうか……」

国王「勇者くん、ご苦労だったな」

勇者「い、いえ」

家臣「それでは、君には早速、魔王討伐へと立ってもらおう」

勇者「は、はい!」

家臣「その為の支度はこちらですでに整えてある」

勇者「はい!」

家臣「……おい!持ってこい!」

ドサッ、ガチャッ

勇者「う、うわぁ……」

家臣「数日分の食糧、衣服、金銭」

家臣「そして、勇者の剣だ」

勇者「す、すごい……」

家臣「触ってみなさい」

勇者「は、はい!」


それが、僕が初めて手にした剣だった

すらっと真っ直ぐに延びた両刃の刀身、上品な意匠の鍔と柄、頑丈そうな鞘

ずっしりと重みのある本物の鋼


それまで農具しか握ってこなかった僕にとって、それはとてつもない魅力だった

家臣「上等の剣だ、見合う様に励みなさい」

勇者「はい!」

家臣「さて、それでは……」

僧侶「家臣様!」タタッ

家臣「ああ、ちょうど良かった」

僧侶「剣士をお連れしてまいりました」

家臣「ああ、ありがとう」

家臣「剣士、今から国王様に二人をご紹介するところだ」

剣士「……そうか」

家臣「国王様!」

家臣「こちらの二人が、勇者に帯同する僧侶と剣士にございます」

国王「……そうか、君たちが」

僧侶「はい、国王様」

剣士「わたくしたちが、魔王の討伐に帯同いたします」

国王「……そう、か」

国王「彼のことを頼んだぞ」

僧侶「はい!」

剣士「お任せ下さい」

家臣「それでは、国王様」

国王「……うむ」

国王「勇者、僧侶、剣士よ」

国王「そなたらを、我が南端の国の代表として魔王討伐に遠征させる」

国王「我が名のもとに、見事魔王を討ち果たして参れ!」

勇者「は、はい!」

僧侶・剣士「はい!」

家臣「……それでは、3人とも」

家臣「君たちには、直ぐに討伐に立ってもらおう」

家臣「……剣士」

剣士「……」

家臣「すまないな」

剣士「……いや」

家臣「僧侶、剣士、君たちの必需品は階下で受け取りなさい」

僧侶「はい」

剣士「……ああ」

家臣「そして、最後に……」

家臣「勇者くん」

勇者「はい」

家臣「君のうなじには、我が国の紋様が刻まれている」

勇者「紋様……」

家臣「同盟の国々の、何処へ行ってもそれが君の勇者としての証明になる」

家臣「覚えておきなさい」

勇者「はい」

家臣「それでは、君たちの幸運を祈っているよ」

勇者「はい!行ってまいります!」


ギィー、バタン…

国王「行ったか……」

家臣「はい……」

国王「仕方のないこととは言え、辛いことだ……」

家臣「……同盟には逆らえませぬ」

国王「ああ、分かっておるよ」

国王「もう私たちにできることは、ただ彼らの無事を祈るばかり……」

家臣「……はい」


国王「どうか、無事でな……」

それから旅の支度を整えて、僕たちは国の端っこにある宿まで歩いた

そこで二人に挨拶をしたけれど、二人とも何だか上の空で

ただ、一言だけ剣士さんに


「気を引き締めろ」


と言われた事だけが記憶に残った


実際、その時僕はまだ知らなかった

これからの道のりが、どれ程険しいものなのかも

僕たちの世界で、一体何が起こっているかも

2.

勇者「あの、剣士さん」

剣士「何だ」

勇者「言われたとおり、乾いた木の枝を集めてきました」バラ

剣士「……ご苦労だったな」

勇者「い、いえ、これくらい……」

剣士「しばらく休んでいろ」

剣士「今日は、ここで野宿だ」

勇者「はい」

勇者「……」

剣士「……」

勇者「……」

剣士「……」

勇者「……あ、あの」

剣士「……何だ」

勇者「……いえ、何でもないです」

剣士「そうか」

勇者「……すみません」

剣士「いや、別にいい」

勇者「……」

剣士「……」

勇者(ううっ、何だか気まずいなぁ……)

ガサッ

勇者「!」

剣士「!」


僧侶「ふう……」ガサガサ


僧侶「お二人とも、ただいま戻りました」

勇者「あ、僧侶さん!」

剣士「……急に草むらから顔を出すな」

僧侶「あ、すみません……」

僧侶「ふふ、驚かせてしまいましたね」

僧侶「でも、ほら、見てください」

僧侶「そちらの方で、野生の果実が沢山……」ドサッ

勇者「わあ!すごいですね!」

僧侶「ふふ、でしょう?」

僧侶「これで、今日は十分でしょうか?剣士さん」

剣士「ああ、それだけあれば持つだろう」

剣士「お前もご苦労だったな、休んでいろ」

僧侶「はい、それではお言葉に甘えますね」

二人と旅を始めてから、もう数日が経った

今の所までは、朝早くに起き、歩き、日の沈む前に寝床を作るということしかしていない

変化と言えば、一日二度の食事が少しづつ、周囲の環境からの調達物になっていることくらいだ


勇者「……あの、剣士さん」

剣士「何だ」

勇者「僕たち、なんていうか、もっと魔物とかを倒さなくていいんでしょうか」

剣士「……魔物が周りのどこにいるんだ」

勇者「あ、そ、そうですよね、すみません……」

剣士さんは、とても寡黙な人だった

木の枝を集めろだとか、食べられそうなものを探してこいだとか、必要な指示はしてくれたけれど

それ以外の無駄話はほとんどしないし、表情もいつも固かった


乾いた皮膚と相まって、どこか枯れたように見える、そんな男の人だ


僧侶「……剣士さん」

剣士「なんだ」

僧侶「私、剣士さんが無口なのはよく耳にしていました」

僧侶「でも、勇者くんもまだ13歳です」

僧侶「もう少し、お互いに何か話をしないと、上手く打ち解けられないのではないでしょうか……?」

一方の僧侶さんもあまりおしゃべりな人では無かったけど、僕に気を使ってか、よく話をかけてくれた

僧侶さんは、剣士さんに比べると若く、僕と剣士さんの間くらいの年齢に見えた

声のきれいな人で、見た目もすらっと細くて白い


ずっと畑で暮らしてきた僕が、今まで見たことのないような女の人だ


剣士「打ち解ける……」

僧侶「はい、この先、私たちは3人で上手くやっていかなければなりません」

僧侶「それなのに、私たちは全く違う境遇から来ていますし……」

僧侶「今こうして余裕のあるうちに、少しでも仲を深めてはどうかと思っているんです」

剣士「……」

僧侶「すみません、未熟者が口をきいて……」

剣士「いや、その通りだ」

僧侶「え?」

剣士「確かに、仲も必要だ」

僧侶「そ、それでは……」

剣士「ああ」

剣士「……勇者」

勇者「はい」

剣士「立て、今からお前に剣を教える」

勇者「……え?」

僧侶「へ?」

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