後輩「なんか廊下にファイル落ちてんすけど」
先輩「あ、それ私のだ」
後輩「へぇー作文の授業の奴じゃないっすかぁー」ペラッ
先輩「ちょ、お前勝手に見てんじゃねーよって。おい」
後輩「なになに…」
『教室の大人』
私は黙って、先生にランドセルを叩きつけた。
教室が静まり返る。私は、ランドセルを拾おうともしないで、押し殺したような息をして、じっと床の木目を見つめた。
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
やってしまった。けど、後悔はしていない。後悔なんかしなくていい。
だって、先生が悪い。
「…何をするんですか!」
怒声が教室に響き渡る。そんなに大きい声じゃなくても聞こえるのに、無駄に大声だった。
私はいつものように、口をへの字に結んで、先生の顔を見上げて、はっとなった。
先生がキレていた。怒っている、んじゃない。本当にキレている。
「どうして投げたんですか?人に向かって投げたら危ないでしょう?六年生にもなって、そんなこともわからないんですか?ねぇ、○○さん!返事しなさい!」
返事しなさい。そう言われると、意地でも返事したくなくなる。この人の思い通りになんか、死んでもならない。
「痛かったんですけど!」
そりゃ、痛くしたんですから。
「何か、○○さんの気に障るようなこと言いましたか?『逃げてる気がする』って言ったことが、そんなに嫌でした?」
むしろ、いじめられている子に向かって『あなたは逃げている気がする』って言って、相手が怒らないと思う方が、どうかしている。
感謝されるとでも思ったのだろうか?そんな訳ないだろう。周りのみんなへのポーズ?『悪いのはみんなじゃない、○○さんだよ!』っていう、宣言?
ああ、これは、先生の宣戦布告ですね。わかります。
そう思って、私はランドセルを投げました。さて、悪いのはどっち?
暴力をふるった方。はい、正解。
「クラスのみんなも、遊びに誘ってくれるのに、休み時間に外に出ようともしない!みんなが仲良く話していても、話に入ろうともしない!」
何をどうしたら、そう見えるんだろう。外から見たら、そう見えるんだろう。
わからないんならそれでいいんですよ。わかってほしいなんて思ったこと、ありませんよ。
でも、どうして、わからないならほっといてくれないんですか?
「聞いてるんですか、○○さん!」
近寄らないでくださいよ。吐き気がする。
相手が嫌い。そう思っただけで、見るのも嫌になるのに、にらみ合いで負けるのも嫌だから、目は離せない。
ほんとうに、この先生の目は不思議だ。苛つきと、臆病さと、強迫観念と、怒りと、自制と。いろんな感情が見え隠れしているのに、どうしてか、ガラス玉のような目をしている。ビー玉じゃない。ビー玉の方が温かい。この目はもっと冷たくて、汚い。
「…また○○かよ」
ぼそり、と、男子のつぶやきが聞こえた。
また。そうだね、ごめんね。
授業の時間がもったいない。あなたが怒られたことで、みんなの時間を奪ってる。みんなに謝罪しなさい。
この先生じゃない、他の先生が昔言っていた言葉。私にじゃない。少しおしゃべりな子が、半泣きになって、謝らされていた光景を、ふと思い出した。
じゃぁ、どうすればよかったのだろうか。
言われても、黙って、こらえて、席に座って、他のことを考えればよかったのかな。そしたら、みんな丸く収まったろう。先生は自分の言いたいことが言えて、みんなも自分たちが悪くないってわかって、そして、明日からも、給食のときに私の机だけ離すんだろう。掃除のとき、私の机だけ運んでくれないんだろう。体育のペアの時、一人余るんだろう。先生が、空気を読まずに、『○○さんと組んでくれる人!』って無駄に大声で叫んで、「椿井さんと組みたい人なんていません」ということを、体育館中に拡散するんだろう。
そして、結局は先生と組まされる。
――わざとやってるんだ、この先生は。
私は先生の目に、目をしっかりと合わせた。
先生が大変なことはわかってる。隣のクラスの仕事もやらされて。この学年が終わったら出世なのに、こんな問題児が居るクラスがあてがわれて。
とっくに、二年も前に、握手で仲直り、で終わったはずのいじめなのに、いつまでもぼっちでいる女子生徒。うんざりしちゃうね。
でも、
「……」
私は逃げてません。
逆に聞きますけど、先生は、自分が近づくたびに顔をしかめて、自分が触れる度に菌が付いたと言って本気で嫌がる人達に、近づいていけるんですか?
それって、そんなことしたら、それこそいじめじゃないですか。だって、人の嫌がることをわざとすることだもの。
そう言いたかったのに、言葉は出てこなかったみたいだ。
先生の瞳が、怯えたように少し揺れて、ふっと目をそらした。
「…後で職員室に来なさい」
この人はいつもそうだ。相手は、たかだか小学六年生の女子なのに、ふっと怯えたような目になって、視線を逸らす。そうかと思えば、意地になって私のあら捜しをしだす。授業中にずっと私の席の後ろに立って、それがまた、鼻息が感じられるくらいの距離で。気持ち悪くって仕方がない。
いい年して、意地張ってさ。大人げないよ。先生も、私も。
何もしなくていいのに。ほっといてくれれば、それでいいのに。
余計なことしないでくださいよ。
「先生、大丈夫?」
教室のざわめきが戻ってきた。得点稼ぎなのか、本当に先生のことが心配なのか。クラスメイトが先生に声をかけ、隅の方で、最低だな、○○。そんな声が聞こえる。
不思議だ。自分の名前って、どんなに囁き声で言われても、耳に届く。
私は席に座った。床と机の脚がこすれる音がして、両側の子に距離をとられたとわかった。
私はじっと下を向いて、一ミリも動かずに、昨日読んだ本の続きについて考えることにした。
おわり
後輩「…先輩の作文、マジぱないっすわ~」
先輩「読んでんじゃねぇ!」
後輩「『おわり』が平仮名なところとか、マジぱないっすわ~」
先輩「返せ!」
後輩「作文の授業で自らの過去を赤裸々に語っちゃうところとかマジぱないっすわ~」
先輩「フィクションだ!」
後輩「フィクションでこれだけガチっぽい文章で書けるとかマジぱないっすわ~…ぶふっ」
先輩「笑うな!」
後輩「あ、これ短めっすね」ペラッ
先輩「ぎゃぁそれだけは読むなぁ!」
『桃源郷』
道に迷っていたら洞窟に出くわし、その洞窟を抜けると桃源郷が広がっていた、という設定で、あなたの望む世界(桃源郷)について書きなさい。(リード文)
そこには民家のようなものが数軒並んでいて、人が住んでいる風でした。試しに私は洞窟の奥へ奥へと入っていきましたが、申し訳程度の畑と田んぼの他に目に入る物もありません。ただ、どこにいるのか、姿の見えない鶏の鳴き声が空虚に響いているのでした。
ふと、視線を感じて私は立ち止りました。見ると、斜め後ろにある民家の窓から、一人の男が私を観察しているのです。思わず、なぜ見るのです、と声を出すと、男は戸惑ったようにガラス玉のような目をくるくると動かし、何事か言いたげに口をパクパク開けたり閉じたりすると、部屋の奥へ引っ込んでいってしまいました。
こんなことが、この先何度もありました。中に居る人は、男だったり、女だったり、その年や背格好もまちまちでしたが、皆一様にガラス玉のような目をして、私を見つめてくるのです。かといって何を言うでもなく、私は、ここは口が利けない者達の住む村なのだろうか、と変な勘繰りをしていました。
やがて、大きな切り株のある広けた場所に出ました。私は驚きました。切株にどかりと腰をおろした老人が、ぷかりぷかりとタバコを飲んでいるのです。私が口を利けずにいると、老人はちょっとこっちを見て、お前さんよそ者か、とざらざらした声で私に尋ねました。そうだと思います、と返すと、老人は、そうか、とうなずいたきり、そのまま黙ってしまいました。
日が沈むころになり、私はここが洞窟であることを忘れかけていました。空があり、川があり、日が動く。ただ、ここには外の世界にはある何かが欠けていました。
「逆だ。ここにはあるが、外には無いのだ」
私はびくりとして老人の顔を見ました。老人は私の目をじっと見返してきました。彼の目もまた、ガラス玉のようでした。
私の頭の中に、急に、帰らなければならないという強い警告が点滅しました。弾かれたように立ち上がると、振り返らずに一目散に、私は走り出しました。後から、老人の笑い声がいつまでもまとわりついてきていました。
その後、どうやってここに戻ってきたのかは、よく覚えていません。
後輩「先輩の作文マジぱないっすわ~ガラス玉ぱないっすわ~」
先輩「お前バカにしてるだろ…」
後輩「中学二年の時に書いたんすか?マジぱないっすわ~」
先輩「高2で書いた奴だよ悪いか!?」
後輩「先輩マジぱないっすわ~先輩の望む世界ぱないっすわ~」
先輩「…リード文間違えたんだよ…芥川っぽく書けって言われたかと思ったんだよ…」
後輩「芥川きどりとかマジ先輩ぱないっすわ~太宰治かって感じっすわ~」
先輩「…お前太宰治って読んだことあんのか?」
後輩「『斜陽』と、・・・あと、タヌキがウサギに騙されてサムズアップしながら湖に沈んでく話なら読んだっす。…自分を棚に上げて聞いてくるとか先輩マジぱないっすわ~」
先輩「…もうそのファイル返せ!」
≫5に一回「椿井」って入れちまった
最初先輩と後輩の名前を椿井と大塚にしようとして途中でやめたんだよ
もちろん由来は椿井大塚山古墳だ。これテストに出るぞ
先輩「お前バカにしてるだろ…そうなんだろ…」
後輩「先輩の作文マジぱないっすわ~」
先輩「正直に言えよ」
後輩「…いいんすか。正直に言っても」
先輩「お、おう」
後輩「まず、文章がきもい」
先輩「」
後輩「なにが、とは言わないけど、とにかくきもい。例をあげると、でも、のところの行替えとか。なんか狙いすぎてて気持ち悪い。あと、途中で意味もなく入るダッシュとか」
先輩「…続けて…」
後輩「一番まずいのは、やっぱ内容っすね。これ明らかに○○が悪いでしょ。周り悪くないでしょ。先生とか頑張ってるじゃないすか。先輩が被害妄想してるだけじゃないすか共感得られませんよこれじゃ」
先輩「い、いや、フィクションだし…」
後輩「うそつけブス」
先輩「」
後輩「恥ずかしいのは、やっぱ桃源郷っすね。これ先生に提出したんすよね?一体どういう神経してたらこんなの人に読ませられるんすか。恥ずかしくて自殺できますよこんなの読まれたら」
先輩「勝手に読んどいてそれはないんじゃないの?」
後輩「読んで欲しかったんでしょ?わざと廊下に落として様子うかがってたじゃないすか。見てて痛々しくって仕方なかったですよ先輩」
先輩「じゃぁ拾うなよ!」
後輩「ガラス玉とか云々も恥ずかしいすけど、なんていうか、語彙も貧困?っていうか、変な言い回し多すぎて笑えるんですけど。タバコを飲むって言い回しとかもさ、古すぎっていうか…恥ずかしくないんすか?みたいな」
先輩「」
後輩「ていうか、なんかちょっとかっこいいこと書いてみました、みたいなどや顔がちらちら見えるような文章なんすよこれ。読んでてムカつくっていうか…不快というか…」
先輩「」
後輩「あ、自分に酔っちゃってる感じ?がよく出てると思うんすよ。先輩やっぱマジぱねーっすわ」
先輩「」
後輩「でも、やっぱ極めつけは最初のやつっすね。自分の体験書いてる分余計にかわいそうなことになってるっす」
先輩「…」(涙目)
後輩「大体、転校生四人のうち一人だけいじめられてるって時点で、自分が悪いって気づけないのもどうかと思うんすよ…先輩マジぱねーっすわ」
先輩「…ちょっと待て」
後輩「先輩が正直に言えっつったんじゃないすか」
先輩「なんで私が転校していじめられたって知ってるんだ」
後輩「…やっぱ覚えてないすか」
先輩「何を?」
後輩「オレの姉ちゃん、先輩と小学校同じだったんすよ。クラスも」
先輩「」
後輩「姉ちゃん悪くなかったのに…主犯とか言われてさぁ、先輩のせいで…」
先輩「」
後輩「先輩マジぱないっすわ~そりゃ友達できませんわいじめられたーとか言って他人陥れるような人に友達できませんわ~」
先輩「」
後輩「先輩マジぱないっすわ~」パシャパシャ
先輩「…なんで作文の写真撮ってんの?」
後輩「人に読んで欲しかったんすよね?家帰って、ネットにあげといてやりますわ~」
先輩「え、ちょ、止めて。マジで」
後輩「『小説家になりたい』ってすっげぇ小っちゃい字で桃源郷の奴の隅っこに書いてるじゃないすかぁ。だったら、周りの酷評にも慣れといたほうがいいっすよ~そしてそのまま潰れちまえ二度と書けなくなりゃ良いんだ」ぼそっ
先輩「…なんでそんな恨んでんの」
後輩「……そんなこともわかんないんすか」
先輩「…私のせいか?」
後輩「そんなこともわかんないとか…まぁ、わかってましたけどねぇ。こんな文章書く人だしぃ」
後輩「先輩の作文マジぱないっすわ~」
終
・・・カッとなってやった。先輩ごめんなぁ
マジぱねえ。
後輩はどうして先輩を恨んでるん?
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