ガラガラガラガラ……
巨漢が御する大きな馬車が街道を往く
大きな顔にもじゃもじゃのヒゲ、小山のような体躯に丸太のような手足
だが目は丸々と優しそうに輝いている
「おお?ありゃあ…」
巨漢が何かを見つけ馬車を止める
荷台からくりくりと利発そうな少女が顔を出す
年は13、14程だろうか。まだあどけなさが顔に残る
「父上、どうかしましたか?」
「あれ、見ろよ。誰か倒れてら」
巨漢が指差す方を少女は見た
血まみれになった男が街道のど真ん中で倒れていた
少女「あっ。し、死体…?」
巨漢「わからん。生きてるかもしれん。ちょっと見てくる。馬車から離れるなよ」
大きさに見合わぬ身軽さで、御者台を飛び降りる
若干警戒しつつ巨漢が近づいて行く
どうやら危険は無さそうだ。安全を確認した巨漢は改めて男を見る
身の丈180にも届くだろうか、体格も筋骨隆々でかなりがっしりしている
戦いに巻き込まれたのだろうか?刃物で傷つけられた痕が見て取れた
うつ伏せに倒れている男の肩に手を置き、空いた手で首筋の脈を取る
「生きているか。あんた…運が良かったな」
馬車に居る少女に声をかけた
「おーい!緊急医療パック持って来い!まだ生きてる!」
はい!と返事をして、急いで医療パックを手に駆け寄った
「ハイ。……うわぁ、凄い出血…」
緊急医療パックを受け取った巨漢は、慣れた手つきで傷に軟膏と包帯を施していく
「大丈夫…かな」
「さあな。だがこいつは運がいい。俺達に出会えたんだからな」
男を優しく、そして軽々と抱える
「今日はここで野宿だ。野営の準備をするぞ」
「ハイ!」
のしのしと男を担いで馬車へ歩いて行く
その後ろを小柄な少女がトコトコとついていった
荷台に作った簡易ベッドに男を寝かせ、巨漢は野営の準備に取り掛かった
――おおおおおッ!やめろォォ!!
――あああ!子供に手を出さないで……アァッーーーーー!!
――かあちゃ……ぁ…
―――ハハハハハハハハ……
男は身体に走る痛みで目が覚めた
男「っ!……ここは」
身体を起こそうとしてみるも、動かない
「動かないで下さい。傷が開いてしまいますよ」
声の方に僅かに動く首を動かし、目を向ける
10~14才ほどの少女がこちらを見つめていた
男「……君は?ここは……どこだ。俺はどうして……」
少女「ここは私達の馬車の中ですよ。それと私達は行商人です」
少女「その、街道を通ってる時に貴方が倒れていて…」
少女「それで、父が貴方を保護して傷の手当をしたんです」
私も手伝ったんですよと付け加えた
少女「そうだ、気がついたら貴方の名前と出身地を聞くように言われてるんだった」
男「名前……名前は男。……出身地は……つっ!」
頭に鈍痛が走る
男「…思い出せない。名前以外何も…思い出せない…」
少女「あの、大丈夫ですか…?」
馬車が軋む。誰かが入ってきた
行商「おおあんちゃん、目が覚めたか?」
少女「父上」
小山の様な巨漢だ。体の半分は馬車に入りきらずにいる
少女が小声で行商に告げる
行商「そうか、あんた記憶が……」
行商「場所がわかればあんたの故郷まで乗せてってやろうと思ったんだが……」
行商「まあ、その傷だ。一応応急手当はしたが、早く大きな街でちゃんとした治療を受けたほうがいい」
行商「乗りかかった船だしな、ゆっくりしてってくんな」
男「なんと言っていいのか……とにかく、感謝します…」
行商「なに、情けは人の為ならずってな。いつかこの善行が自分に帰ってくるって信じてんさ」
豪快に笑いながら馬車から出て行った
少女「父上はあんな見た目だけど、底抜けのお人好しなの」
少女「困っている人を見ると見捨てておけないんです」
少女「だから友達は多いけど、未だに自分の店が持てないんですよ」
ニッコリ笑いながらそう説明する
男「…良い人なんだな」
少女「自慢の父です!」
目が覚めたばかりだったが、体力の低下のせいかすぐさま眠りに落ちた
それから数日が過ぎる
夜、包帯の取替のため、行商が男の傷を見ていた
行商「あんたの身体どうなってんだい?」
包帯の下から覗く傷。既にふさがりつつあった
男「昔からこんなもんですよ」
男「……昔から…?うぅ……」
痛むのか、頭を抱えだす
行商「……まあ、記憶のほうはゆっくり思い出しゃいい」
行商「んー、大きい傷も治り出してるが、やっぱちゃんとした治療が必要だな」
行商「おい、後どのぐらいだ?」
少女「……ん、後2、3日ってところですね」
行商「そうか。もうしばらくの辛抱だ。我慢してくれよ」
男「我慢だなんてとんでもない…」
男「ここまでしていただいて、本当に感謝していますよ」
行商「はっはっは!よせやい!」
行商「お、そうだ。……あった、これを見てくれ」
行商が取り出したのは短く分厚い、幅広の短刀だった
男「これは?」
シンプルな装飾に彩られた鞘に収まっている
行商はスッと鞘から取り出す
その瞬間ひやりとしたものを男は感じた
刀身は微かに濡れているように見え、ひと目で名刀と分かる
行商「これはな、前の遠征の時に手に入れたんだ」
行商「みろ…」
刀身を上に向け、手に持った木の枝を落とす
男「おお…!」
刀身に落とした枝がスッパリと両断されている
これが逆ならば普通なのだが、この場合では並大抵の切れ味ではないのが分かる
どうだと言わんばかりに笑みを見せる行商
行商「これはな、さる神職がとある冒険者のために作り上げたという聖遺物なんだ」
行商「これを持ってたやつからなんとか買い取ったってわけだ」
行商「そのせいで娘に怒られっちまったがな」
後ろのほうで少女がやれやれと言った風に笑っている
行商「伝承では強力な祝福が施されているらしい。俺はこれを家宝にすると決めたね!」
行商「そしてこの実用性を重視したデザイン!俺好みだ」
男「強力な祝福?それはどういった…」
行商「伝承では折れても鞘に入れとけば直ったとか、呪いから持ち主を護ったとか、そういったものらしい」
行商「あいにく俺は冒険者じゃないからな。荒事とは無縁でな、本当かどうかはわからん」
行商「おっと、話しすぎたな。明日も早い、さっさと寝るか」
残りの酒をガブリと飲み干し、のしのしとつくった寝床に歩いて行った
少女の言ったように2日ほどで街へ到着した
行商は宿を取ると真っ先に男を入院させた。もちろん経費は行商が持つという
男は何故ここまでしてくれるのかと疑問に思ったが、それ以上に感謝の念で一杯になった
回復していく肉体とは裏腹に、男の記憶は一向に戻らなかった
だが男はそれでもいいと思った。見ず知らずの男に家族のように接してくれる行商、
対等に振舞ってくれる少女……
彼らには返せないほどの恩を受けた
自分が誰かもわからない今、この親子のために生きてもいいとさえ思った
恩を返したいと……
ちゃんとした治療を受けて、男はもりもりと傷が治っていった
医者も驚くほどの驚異的な速さだった
行商「なあ、あんた…記憶の方はどうなんだい?」
男「まだ何も…」
行商「そうか……なあ、あんたさえ良ければ俺達と行かねえか?」
男「えっ?」
行商「なに、記憶が戻るまででもいいんだ。乗りかかった船だし、
このままここで「ハイサヨナラ」ってのも後味悪いしな」
行商「ああ、無理にとは言わねぇ」
それは男にとって願ってもない事だった
男「……いいんですか?こんな得体の知れない人間を…」
行商「ホ!気にすんな!これは俺がそうしたくて言ってんだ、遠慮すんない!」
男「…ありがとう……」
行商「おう」
こうして、行商一向に男が加わった
男の傷の具合を見てから出発することに決まった
行商「次の行き先は東の都市だ。それまでいくつかの街を経由する」
少女「え~っと、今いるのがここだから…4つ経由です」
行商「そういやコッチ方面は初めてだったな」
行商「途中で寄る水上街は凄いぞぉ!街一つが水の上に立ってるんだ」
少女「本当ですか!!」
行商「それに上手く日程が合えば丁度祭りに間に合うかもしれんな…」
行商の言葉に狂喜乱舞する少女。よっぽど嬉しいのかピョンピョン飛び跳ねている
男(水上……)
男が想像したのは巨大な船が寄り合わさって出来た街だった
行商「浮かれるのはまだ早いぞ。ここは目的地の一つ前だ。まだまだ先よ」
少女「それでもいいんです!ああ、久しぶりに遊べるのね!
普段は埃っぽいところばっかりで、全然綺麗じゃないんですもの!」
行商「あー……ハハハ、まいったね」
行商「ん、ゴホン。じゃあ、出発についてだが、男の調子も大分良くなってきているようだ
あと2~3日もすれば行けるだろう」
行商「それに合わせて出発する」
それから3日後、男の回復ぶりに医者が訝しみながらも許可がおりた
行商一同は早速東へ出発した
旅は大きな災害もなく順調に進み、
出発から8日後。最初の経由地、花の街へ到着した
実は予定より2日遅れていたのだ。道々で行商が商売のイロハをじっくりと男に叩き込んでいたからだ
それに少女も参加していた。「自分より下っ端が出来た」と喜び、父の講釈に参加してちょっとした先輩風を吹かしていた
花の街
その名の通りあちこちに花が溢れ、実に美しい街だ
ここの花束をプレゼントすると、恋が実り、末永く幸せになれると言われている
真偽は確かではないが
だが、そう言われるほどこの街の花は素晴らしいと評価され、大陸随一とも謳われている
少女「わあ…すごい……」
色とりどりの花に目を奪われる
男「本当に、凄い……こんな街があったなんて…」
行商「気持ちはわかるがボケっとすんな。まずは宿取りだ。ここには2日滞在する」
宿を取った後、全員で観光に出かける
花の香が男の鼻孔をくすぐる
男(なんともフワフワした街だ)
この街を警備する兵士までもが花に彩られた装備を身に着けている
行商が言うには、街の景観を損なわないようにとの配慮らしい
そのおかげで他の街よりも住民と兵士との仲は良好ということだった
旅の記念に少女は押し花を勝ってもらった
本当は小さな花束が良かったようだが、置く場所がないと言われ却下されたのだった
今日はここまで
一応書き溜めてるので、今日中に完結させたいと思います
お待たせしました
のんびり行きます
夜、同室の行商と共に酒を飲んでいた
娘のこと。早逝した妻のこと。これまでの商いのこと…
酒の入った行商は饒舌に今までのことを男に語った
過去の分からない男は聞き役に徹していた
話を聞いている内に、ふと外が騒がしいことに気付く
男「!?行商さん!外!」
行商「な、なんだこりゃぁ…」
街の南側が茜色に染まっていた
男「も、燃えているのか…!」
行商「盗賊団か!?しかし、規模が大きい!」
ドンッ!と火の手のある南側で爆音が聞こえた
行商「やつら火薬まで持ってんのか!?」
その時ドアが勢い良く開く
少女「ち、父上!今の…!」
行商「ああ、ヤバイことになった。部屋に戻って荷物をまとめろ。トンズラだ」
そう言って準備を始める
行商「あん?あんた、どうした…?」
男が準備しないで窓にへばりついてるのを不思議そうに見た
行商「おい…」
手を止めて男の顔をのぞき込む
目はカッと見開き、歯を力いっぱい食いしばり、汗を大量にかいている
行商「おい、大丈夫か」
肩に手をやり、揺する
男「……だした…。思い……だした……」
歯の根から漏れだすように声を出した
男「あの時も、そうだった。炎と爆音……そして、雷光…」
遠くの方で白光が煌めいた
男「間違いない、あいつらだ……」
男の脳裏に、あの時の光景がついに蘇った――
――――
あの日、男の故郷は、謎の黒い一団に襲われ、滅んだ
初めに炎と爆発が起こり、そして次に雷光が村を貫いた
突然の襲撃に為す術もなく蹂躙されていく村
悲鳴が辺りから聞こえてくる
男は妻と子を逃がすため、戦った
だが、相手はただの盗賊ではなかったのだ
軍隊のように統率された行動で、次々と歯向かう者を殺していく
男は妻子を守りながら村外れまで逃れてきた
あとちょっとというところで男の足に矢が刺さる
男「グワッ!」
ドウと倒れる
妻「あなた!」
妻と子が矢を受けた男にすがりつく
追いついてきた黒い一団が男を囲み、弓を引き絞る
「息子だけは…息子だけは…た、助けてください…」
マスクに覆われた口元が、ニヤリと笑ったように見えた
「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
子供を庇うように抱いていた妻が、大量の矢に貫かれ絶命する
近寄ってきた黒ずくめの男がまだ息のあった子供に、短刀を突き立てる
刀を引きぬき、子供の服で血を拭う
男は怒りと憎しみで、目の前が真っ赤になった
オオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!
目が血走り、獣のように吼え、黒ずくめ達を襲う
噛み、砕き、断ち、えぐり、ねじ切る
肉の潰れる音、骨が軋む音、恐怖に喚く声、男の咆哮
愉悦
憎い敵を殺す愉悦
この手で敵の命を奪うことはいつしか快感に変わっていた
黒い一団には不似合いな、立派な槍を携えた黒鉄鎧の男が現れた
恐らくこの一団の頭目だろう。男を馬上から見下ろしている
血溜まりの中で、男は口角を歪に吊り上げる
この狂った軍団を率いている憎い仇
妻と子を奪い、故郷を奪った敵
男はまた吼えた。だが今度は怒りの咆哮ではない
狂喜の咆哮だった
男と鎧の男は同時に動いた
しかし、鎧の男の方が早かった
槍を一文字に一閃させる
……そして男は音もなく沈黙した
――――
休憩
のこりは19時以降
再開
ギラギラと怒りの感覚が蘇ってくる
行商「雷光…?雲なんて……まさか魔術師もいるのか!」
男「行商さん……今までありがとう…」
男「……俺、行かなくちゃ……」
踵を返し、出口へ向かう
それを行商が呼び止めた
行商「ちょっと待ちな!」
行商「これ、持って行きな」
何かを放ってよこす
それは行商が大切にしていた宝刀だった
行商「退っ引きならない事情があると見た。…護身用だ、使ってくれ」
男「これは……」
行商「おいおい、別にやるわけじゃねぇよ。終わったらちゃんと返しに来い
そりゃ俺の家宝だからな」
行商「後はこれだ。本当は明日渡すつもりだったんだが…」
行商が取り出したのは、身体をすっぽりと覆えるマントだった
行商「これから行くところは冷えるからな……」
行商「娘が選んだんだ。使ってやってくれ」
男「行商さん……」
行商「それに黒いからな。夜の闇に紛れるのも出来るだろうよ」
感無量だった。その時だけは怒りも憎しみも忘れることが出来た
行商「引き止めて悪かったな…さ、行きな」
少し逡巡したが、振り切るように行商に一礼して部屋を出て行った
男は放たれた矢のように、悲鳴が聞こえる方向へ駆けた
既に火の手はかなり広がっている
逃げ惑う人たちの間をすり抜けていく
「憲兵隊は何をしている!!」
「高い税金払ってんだぞ!早く何とかしろ!!」
そういった怒りの声があちこちから聞こえてくる
爆音が徐々に近づいてきた
同時に、剣戟の響きも聞こえはじめた
男(見つけたッ!!)
兵隊と交戦しているところに乱入する
短刀を抜き放ち、すれ違いざまに刃を突き立てる
兵士「た、助かった…」
乱入者に気付いた黒ずくめの賊達
その目に動揺が走っている
男は足元に転がっていたレンガを無造作に拾い、力任せに投げつける
あまりの速さに対応できず、一人の頭に当たり、血が飛び散る
黒ずくめの賊はそこでようやく敵と認識したのか、連隊を組んで攻撃する
しかしその時には既に憲兵側も状況を飲み込み、男を守るように陣を組んでいた
兵士「今が好機だ盛り返せッ」
士気を取り戻した憲兵はにわかに勢い付き、男を中心に敵へ突撃する
男は縦横無尽に、手当たり次第に殺していった
行商から預かった宝刀の切れ味は抜群で、相手の武器を泥のように切り、骨肉を割った
その場があらかた収まると、更に奥へ突撃する
どうやら黒い一団は東側の門を破り侵入したようだ
今は中央広場まで進行され、その被害は拡大する一方だ
行く手を阻んだ賊は尽く打ち破った
男があちこち暴れまくることで敗色濃厚だった憲兵隊は、体勢を立て直すことに成功した
それでも広がった被害の前に、住民の避難誘導に救助活動、鎮火に鎮圧と人手は不足していた
男はいぶかしんだ
男(数があの時の何倍も多い。ただの盗賊ではない…?)
襲いかかる黒ずくめの賊を切り払いながら思う
占拠された中央広場を単騎で突破し、まだ男は駆け続ける
男(どこだ!どこにいるッ!)
男は苛立っていた
討つべき仇を見つけられずにいたからだ
ドカァッ!
短刀をまっすぐ打ち下ろし、賊の頭蓋を断ち割る
東へ進めば進むほど、黒い一団の数は多くなっていく
男の感覚は既に麻痺していたのだろうか
足は止まらなかった
4つ目の囲みを突破した時、ついに待ち焦がれた相手を見つける
全身の筋肉が軋み、心臓は早鐘を打つ
血は全身を駆け巡り、こめかみ辺りでドクドクと脈打った
男の目は奴に釘付けだった
その瞬間、あらゆる理性を男は手放した
あの時と同じように……
男は一匹の獣へ変貌した
鎧の男は馬上からその様子を見ていた
目を怒りに光らせ、歯をむき出しに吼えるさまを
ゆっくりと、そして厳かに槍を構える
男は全身をバネにして上空から襲いかかる。驚異的な跳躍力だ
鎧の男「…チィッ」
以前の様に第一撃をいなしてから反撃をする腹づもりだったが、
前よりも早く、そして重い打ち込みに、二の手は出せなかった
鎧の男「そして、この感触……」
槍を押し出し、男を弾き飛ばす
鎧の男「宝刀の類いか……何処で手に入れた?」
弾き飛ばされた先で黒ずくめの男を殺し、奪った剣を投げつける
鎧の男「最早語る言葉も忘れたか……おぞましきケダモノめ」
槍を巧みに操り、飛んできた剣をそっくりそのまま投げ返す
入神の技だ
男は剣をかわし、今度は手当たり次第に黒ずくめの男を投げつける
悲鳴を上げて飛んでいく
何人かは外れ、壁にたたきつけられて絶命した
そして命中した者は槍から発せられた雷撃によって塵となり、消えた
それまで辺りを取り囲んでいた黒ずくめ達は怖気をふるい、何歩も距離をとった
男はその隙に鎧の男の死角へ潜り込み、短刀を突き出す
鎧の男「グッ!この!」
間一髪のところで避け、馬上から転がり落ちる
男は返す手で馬の足を切り、鎧の男に落とす
鎧の男「うおおおおおおおおおおッ!」
無様に転がり、馬を避ける
馬を乗り越え転がっている鎧の男へ飛びかかった
槍は長く今の状況では取り回しはきかない
勝利を確信して刃を振り下ろした
鎧の男「オオオオオオォォォッ!」
それを防ぐように両手を突き出す
そして……
両手から放たれた光が男を貫いた
身を焦がす熱、そして身体をバラバラにするような衝撃が襲う
男は中を舞い地面に叩き付けられた
倒れたことを理解しながらも、男は立ち上がることが出来なかった
痛みのせいではない。既に痛みなど度外視している
鎧の男が立ち上がる
兜の上からでも分かる。奴は笑っている
槍を手にし、ゆっくりとこちらへ近寄ってきた
鎧の男「驚きだな。殺したと確信したのに、まだ息があるのか」
鎧の男「だがこれまでだ。今度こそ生き返れないようにしてやる」
鎧の男は槍を天へ掲げた
鎧の男「ケダモノには勿体無いが、これが確実なんでね……」
槍がチリチリと帯電し始める
鎧の男「さあ……死ね」
槍から電撃が放たれる
――――
――
奇跡というものがあるのなら、一体何処からが奇跡で何処までが偶然なのだろうか
男は偶然行商に拾われた
行商はたまたま宝刀を持っていた
少女が選んだマントが知られざる『魔法の遺物』だった
鎧の男の魔法が偶然雷だった
そして今、男はついに立ち上がり、無意識に短刀を突き出していた
短刀が守護の魔法を発動し、雷から男の身を守る
魔法のマントが身体を駆け巡る雷をあたかたもなく散らす
鎧の男が悲鳴をあげ、左腕を抑えうずくまった
周囲にいた黒ずくめ達が割って入り、鎧の男を抱えて逃げ出した
合図のドラを打ち鳴らし、波が退くように黒い一団は消えていった
男はしばらくそこに佇んでいた
もはや意識はなかったのだろう。その内静かに崩れ落ちた
―
――
――
―
男は目を覚ました
目を覚まして、自分の五体が無事なことを確認して安堵する
まだ身体が痛んだが、ゆっくりと立ち上がり、宿の方へ歩き出した
行商達の身が心配だった。予想以上の被害に、彼らのところも無事ではないだろうと思ったからだ
戻る道で、この戦いの爪痕を見せつけられた
兵士の死体、住民の死体、黒ずくめの男達の死体……
まだ火がくすぶっている建物、木っ端微塵になった家
泣いている子供、放心している大人
花の街の面影もなく、ただただ悲惨がそこにあった
身体は痛むが歩みを早めた
行商達は無事だろうか?被害にあってないだろうか?ちゃんと逃げられただろうか?
その思いが徐々に強まる
男「ついた……」
宿は燃えていた
男「あの人達は…!?」
周りを見渡す
ここも襲撃にあったようで、あちこちに矢と死体が転がっていた
嫌な予感が男に走る
戦いの後は裏道へ続いていた
裏道へ入ると黒ずくめの死体が増えた
強力な力で叩かれたような死に様だった
男は焦り、角を勢い良く曲がる
そこには……
男「行商さん……」
窪みを背に仁王立ちして死んでいる行商の姿があった
身体に無数の矢と切り傷を受け、尚倒れずに背後を守っていた
背後には…
男「少女……まだ生きてる…」
青ざめ、呼吸の浅くなった少女がいた
男は少女を抱きしめ、哭いた
涙を流した
雨が降る
雨は街についた火を消し、男の返り血を洗い流した
そして、人々の悲しみをかき消すように、雨足は徐々に強くなっていった
――『プロローグ』――
襲撃から幾日かが過ぎた
死者の埋葬と爆発によって壊された建物のがれき撤去が行われ、
男はそれに参加していた
生き残った少女は極度の衰弱と、心身喪失状態で入院している
度々合間を縫って、男は少女の様子を見に行っているが、反応は芳しくなかった
行商の遺体は共同墓地に埋葬された
まだちゃんとした墓はないが、復興が進めばそれも可能になるだろう
それから更に数日がたち、襲撃からは約1ヶ月たったある日
男(行商さん…すまない…)
男はあの黒い一団を追うことを決意した
まだ男には怒りの炎が燃え盛っているのだ
行商の恩に報いることに出来なかった無念の思いを、復讐という形で男は果たそうとしている
ただ、一人残される行商の娘が気がかりだった
僅かな間だったが自分の子供のように彼女を想っていた
それを肉親を亡くした後に、たった一人でここに残すのは躊躇われたのだ
自分へのごまかし、罪悪感
結局、妥協としてこの街の孤児院に預けることを決めた
大恩ある行商に報いるならば、この街にとどまり、彼女の生活を工面することが第一だったろう
だが、それを男は選択できなかったのだ。目について離れない、妻と子の最後の断末魔を、死に顔を…
そしてその亡霊が囁くのだ、仇を討てと
男は出した結論を告げるため病室を訪れた
たとえ反応は無くとも、それが最低限の義務だと男は考えた
男「すまない、やっぱり俺は行くよ……」
男「本当なら、ここで君に恩返しをするのが筋なんだろうが…」
男「やはり、奴らと同じ天の下には居られない」
男「何処までも追いかけて、必ず息の根を止める……」
少女「………」
数呼吸、言葉を止める
男「ここの孤児院に後のことは頼んである」
男「良くなったらそちらを尋ねるといい……」
そして沈黙
やはり反応は無く、逃げるように病室を後にした
旅の支度を整え、出発の報告をしに、行商が眠る墓地へやってきた
目をつむり黙想する
想うことは何もない。ただあるのは謝罪のみ
私情で恩を仇で返すことを、残す娘を見捨てることを――
出発の時が来た
目撃者によると、ここより東へ去って行ったとの証言を得た
男はマントを羽織り、宝刀を腰へ下げ、荷物を背負い東へ足を進めた
―――
数歩行った所で後ろからパタパタと音が聞こえた
振り返ると行商の娘がこちらへ向かって走ってきていたのだ
驚く男、肩で息をする少女
何を言おうか迷っていると先に少女が口を開いた
少女「私も…行きますっ」
力強い瞳でまっすぐ目を見つめ、断固とした意志の強さを感じさせる口調で言った
男「馬鹿な。危険過ぎる。それに君は病み上がりなんだぞ」
男「今の今まで入院してたんだ!」
少女「そんなの…平気ですっ」
男「……俺の旅は復讐の旅だ。呪われている行為を行うんだ。それでも付いてくるのか?」
男は強い口調で少女に聞いた
少女「私の父も殺されました。私にも恨みがあります、復讐する権利があります!」
少女は続ける
少女「それに、私の仇討ちまであなたに背負わせたくありません」
大地をしっかり踏みしめて立ち、背筋を伸ばし、胸をそらせ、精一杯力強く振舞おうとしている
男「……さっきも言ったが道中は危険だ。途中で死ぬかもしれない、傷つくかもしれない」
少女「覚悟の上です。それに、旅の年季で言えばあなとより先輩なんですよ?」
それに、と続ける
少女「父の残した馬車があります。私を連れて行けば楽ができますよ!」
あの行商のような気概にあふれた顔つきから一転、今までのあどけない少女の顔になり自然と笑みをこぼす
男(……敵わんな…)
決意が固いことを知り、男は諦めたように言った
男「分かった……一緒に行こう」
少女を連れて、馬車停留所へ引き返していく
――そして
男「よし、行こう。まずは東だ」
パシン!とムチを入れ、ユルユルと馬車が動き出す
2人は東へ踏み出した
復讐という呪われた目的を持ち、胸に怒りと悲しみを巣食わせているのに
2人の旅の始まりは、極めて軽やかなスピードだった
完
男「そういえば君は病室での俺の話を聞いていたようだが、あれはどういうことだ?」
少女「あの、どういうわけか声だけは聞こえていたんです、ずっと」
少女「でも動いたりできなくて……」
少女「なんだか寝たり起きたりを何度も繰り返してるような感じだったんです」
少女「聞こえたり、聞こえなかったり」
少女「それで…あの、男さんが旅に出るって言ってきて、それはヤダなって思ったら体が動いて」
男「ヤダ?」
少女「あ、あ、あの……さっき言ったことも本心なんですけど、
父上が亡くなってから、もう私の知る人が居なくなるのが怖くて……」
男の良心がチクチク痛む
男(結果的にはこうなったが、やっぱりあの街に残るべきだっただろうか)
男(いや……いつか必ず旅に出たはずだ)
男(内実は違っても、君も俺と同じなのだな……)
コトコトコトコト……
大きな馬車は軽快なリズムで街道を往く
短いですが、これで終わりです。読んでくれた方ありがとうございます
細かくまとめようとしたら、駆け足になってしまいました
質問などあったら答えますのでお気軽にどうぞ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません