遊佐こずえ「つれてってくれるから」 (14)

 私は人を見る目だけはある。しかし、それを育てる腕を持たなかった。だから彼女たちを、手放さざるをえなかった。

 先日、とうとうアイドルの所属人数が一を切った。みんな別の事務所に、移籍してしまったのである。そのおかげもあって、金だけは貯えに余裕があった。移籍のさいに積まれたそれは、彼女たちへの評価ともとれて、自分の目に狂いがなかったことだけ、確認できた。

 事務所は静まりかえっている。事務員はずいぶん前に出ていった。アイドルはもういないのだから、私が口を開かなければ、静かなのは当然だ。思考へ耽ることに最適な場と思い、私は事務所のこれからを案じ始めた。いくつか考えて、どれも現実的ではないことに気づき、最後に事務所をたたむよう、結論づける。夢を持って始めたことであるので、そういう結末を迎えるのは、とても悲しかった。

 沈んだ気持ちを吊り上げようと、私はコーヒーを求めて棚に寄り、粉も豆もないことに気づいた。仕方なく外套を羽織って、コーヒーを買いに外へ出る。外は曇り空で、身震いするほどに寒い。私は猫背で歩きながら、道中の公園を、なんの気なしに覗き込んだ。これはスカウトをしていた頃の名残りで、あまり行っていると、どうにも見てくれが悪いので、最近は意識的に避けていた行為だ。

 公園には、人っ子一人いない。遊具も風の子が遊ぶばかりで、活気とは無縁だ。私は視線を前に戻し、足早に公園を後にした。



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 帰り道に、缶コーヒーの入った袋を提げて、また公園を覗き見た。やはり陰気さを拭えないが、先とは違い、そこには人影がある。小柄な影は、十歳ほどの女の子だった。女の子はどの遊具にも触れず、一人でぽつんと立っている。私は彼女に、声をかけるべきか迷っていた。遠目から見ても、彼女は歳不相応に美しく感じる。アイドルの原石に間違いないのだ。

 結局、私は声をかけることを選んだ。できる限り柔和な笑みを浮かべながら、女の子に近づいていく。十五歩進んだところで、彼女は私の方を向いたが、ぼんやりとしたまま、動こうとしない。彼女はそのまま、私が傍まで寄ってきても、不思議そうに見つめてくるだけだった。

「こんにちは。お母さんかお父さんは、近くにいるかな」

 膝を曲げて、彼女と視線を合わせる。近くで見ると、彼女の顔は、ことさら綺麗に整っている。彼女の翡翠色の瞳は、一点の濁りさえなく、私の顔を映していた。


「ままとぱぱなら……いま、いないよぉー」

 彼女は語尾を間延びさせて、そう答える。私はその台詞を残念に思った。彼女の両親に話を通さなければ、アイドルにはなってもらえないからだ。どうしようかと悩んでいると、意外にも、彼女が口を開いた。

「ふわぁ……あなた、だぁれぇー?」

 至極真っ当な疑問である。私は自分が、アイドルのプロデューサーであることを明かした。続けて彼女に、アイドルになってほしいことも伝える。

「ぷろでゅーさー? ……えぇー、かわいいー? ……あいどる?」

 彼女は私の話す単語を一々返し、そのたびに愛らしく首を傾げた。その様子が面白く、私はついつい頬を緩めてしまう。

「うんー……いいよー。やるぅー……あいどるやるぅー」

 彼女の無垢な返答は、落ち込んだ私の心を、幾分か和ませた。そして、ちょっとした冗談を言う余裕すら、与えてくれる。

「それじゃ、アイドルの練習をしてみようか。笑顔を見せてもらえるかな」

「わらうのー? ……ふわぁ」

 無邪気な彼女の笑みは、多くの人間を魅了できると、確信に値するものだった。私はつられて、彼女に微笑んでみせた。

 その後、彼女の両親と連絡がとれ、私の事務所に、遊佐こずえが、正式に所属したのである。


 こずえは覚えが早く、ダンスも歌も、あっという間にものにしていく。私は彼女の優秀さに、安堵を覚えていた。彼女は一人で成長してくれる。それは私の育成を必要としない、ということでもある。彼女は私の実力不足で、失脚することがないのだ。過去に所属していたアイドルたちのおかげで、仕事の伝手は余りあるほどだったため、彼女はすぐに、多くの仕事を持つようになった。

 毎度のことだが、こずえはレッスン終わりに、私を呼び出してくる。彼女いわく、着替えさせてほしいのだという。彼女は仕事が得意なわりに、着替えなどを上手くできないらしい。

「ぷろでゅーさー……ここには、こずえのほかに、だれもいないのー?」

 着替えの最中、こずえがそんなことを訊いてくる。私はなんと言うか迷った挙句、正直に話すことを選んだ。

「アイドルなら、こずえ以外にはいないね」

 答えると、こずえは二度瞬きをして、間をおいてから言う。

「こずえはねぇ……おねえさんが、ほしいー」

 私が短く相槌を打つと、こずえはそれっきり、口を閉ざしてしまう。私は彼女の着替えを終えてから、新しいアイドルの迎え入れを検討し始めた。彼女の成長に関われないという弱味もあって、私はさっそく、アイドルのスカウトに出かけるのであった。



 新たにスカウトしたアイドルたちが、こずえほどではないにしろ、人気を持つようになった頃、事務所に大きな仕事が舞い込んできた。大型テーマパークを貸し切っての、大規模なライブである。そのライブは、事務所のアイドル全員が出演し、成果があれば全員の大きな人気に繋がるものだ。しばらくの間、私はライブの準備にかかりっきりになった。

 事務机にしがみついていると、こずえが着替えをせがんでくる。私はトレーナーに手伝ってもらうよう言うと、また机上に目を向けた。着替えの補助なら、私以外にもできるだろうと、たかをくくっていたのである。

 事務員に声をかけられ、我に返る。いつの間にか、こずえを家に送る時間だった。彼女は近くにいないのか、名前を呼んでも返事が聞こえてこない。ならばトレーナーの所かと向かってみるも、そもそも着替えに来ていない、と首を振られてしまう。私は途端に恐ろしくなった。彼女が煙のごとく、私の前から消えてしまったように感じられたのだ。

 私は半狂乱になって事務所を探した。それでも見つからないので、手当り次第に外を駆けずり回った。衣服を崩しながら、走り続け、ようやくこずえを見つける。彼女は、出会ったときと同様に、公園でぼんやりと立っていた。



 こずえの名前を呼ぶ。彼女は私に気づくと、嬉しそうに笑った。

「ぷろでゅーさー……みつけてくれたぁー」

「ダメじゃないか! 勝手にどこかへ行っちゃあ」

 私はこずえに駆け寄ると、息を整えもせず、こずえを叱った。それでも、こずえはにこにこと笑って

「ふわぁ……ぷろでゅーさーなら、みつけれるから」

 あくび混じりに、そう言ってみせるのだ。

 私の思考に、一抹の影が差す。こずえはこうも信頼してくれるが、私は本当に、それに応えれる人物だろうか。彼女の優秀さに甘え、自らの本分を投げ出すような者が、こうも信頼されるべきなのだろうか。

 なによりも、こずえがもう少し歳をとってから、私の本性に気づいたとき、その信頼が裏返らないと、言い切れるのだろうか。

「こずえ、私は君を、いつでも見つけられるわけじゃない」



 私の口から出たのは、否定の言葉だった。こずえの信頼を無碍にする、自己保身の言葉だ。彼女が私に失望したとき、それが大きくならないよう、予防線を張ったのだ。

 こずえの手を握り、事務所に帰るよう促した。けれども、彼女は立ち止まり、私をずっと見つめてくる。

「こずえはね、なんでもできるのー」

 その台詞は、突拍子もなく聞こえた。返答に詰まっていると、こずえはまた口を開く。

「でも、してほしいことも、あるから……ぷろでゅーさーにたのむんだぁ」

「してほしいこと?」

「うん……こずえじゃ、いけないから。つれてってもらうー」

 私には、なんと答えていいかわからない。私がこずえを、連れて行ける場所など、思い当たらない。

「えっと、こずえひとりじゃ、きがえ……できからねぇ。でも、ぷろでゅーさーがしてくれるから……」

 おぼつかない言葉を、こずえは繋ぎ繋ぎで口にする。私は黙って、その続きを待った。

「ぷろでゅーさーが、してくれるから……こずえはなんでもできるのー」



「――だから、ぷろでゅーさーは……こずえをみつけなきゃ、だめー」

 それ以上、こずえは喋らない。言いたいことを、すべて言ったらしい。実際のところ、私は彼女の伝えたいことを、充分に理解できたか、妖しいところだ。今だって、思案がまとまらず、感情のままに動こうとしている。

 私は膝をつき、こずえをぎゅっと抱き寄せる。彼女は抵抗せず、私の腕の中に納まった。そして、私はぼろぼろと、涙を零したのだ。

「どうしたのー? いたいのー?」

「違う、違うよ。これは嬉しくて泣いてるんだ」

 私はこずえを、知らず知らず、連れて行っていたのだろう。彼女の信頼に値する行為を、繰り返していたのだろう。彼女に、必要とされていたのだろう。

 それに気づかず、こずえをないがしろにし、自分は必要ないと決めつけていた。なんと馬鹿だったことか!

 そのことに気づかせてくれた、こずえが、とてつもなく愛おしい。私を頼り、信じて身を任せてくれる彼女が、好きで好きでたまらない。

「ありがとう、こずえ」

「どういたしましてぇ……ふわぁ、ぷろでゅーさー、あったかいから、ねむくなるねー」

 私の胸に頭を預け、こずえは欠伸を繰り返す。私は彼女が倒れないよう、しっかりと抱き寄せた。



 他のアイドルに囲まれながら、こずえは楽しそうにライブを盛り上げている。劇中での役をこなし、多くのファンをわかせていた。

 私はもう、自分の実力を嘆くことはない。こずえが必要としてくれた腕を、決してとぼしたりしない。

 私が腕を振ると、こずえも振り返した。また、ファンの喧噪が激しくなる。彼女の視線を奪わぬよう、私は舞台袖に移動し、裏方としてライブの熱気を楽しみ始めた。彼女の名前を呼ぶ声が、それに応える歌声が、一体となって鼓膜を震わせる。ライブは大成功だった。

 こずえはライブが終われば、いつものように、私に着替えをねだるだろう。私はそれを、決して断ったりしない。

「ぷろでゅーさー……おふく、きせてー」

 それは私が、こずえを連れて行っている証なのだから。



                                    おしまい



こずえちゃんは可愛い。仕事はこなすけど、色々とプロデューサーに頼るのも可愛い

地の文は短くなる。仕方のないこと

呼んでくれた方、あざました。依頼だしてくる

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