リヴァイ「…ペトラ、愛してる」(68)
*ペトラ「兵長、キスしてもいいですか」のリヴァイ視点の話です。
相変わらず捏造設定多々あります。
*
いつの間にか、日課になりつつあることがある。
調査兵団本部の中庭にある、石碑。
いつからだったか、俺がそれに戦死者の名を刻むようになったのは。
今日も、戦死者の名前をその石碑に彫らなければいけない。
先日の壁外調査で痛めた脚を引き摺りながら石碑へと向かう。
身体が重い。
あれからずっと心臓にきつく鎖でもかけられたかのように締め付けられ続けている。
今回の遠征でもたくさんの兵士を失った。
その中には俺の班員も含まれている。
エルド、オルオ、グンタ、ペトラ。
どいつも俺のかけがえのない部下であり仲間だった。
リヴァイ「………」
そして、ペトラとは上司と部下という関係だけではなかった。
リヴァイ(ペトラ………)
独りになるとペトラのことを思い出してしまう。
あいつのことを考えるだけで例えようのない喪失感に襲われて息が上手くできなくなる。
いつから俺はこんなに弱くなったのだろうか。
それとも、はじめから弱かったのだろうか。
クソ、情けない。
ペトラのことになるといつもこうだ。
そういえば、ペトラとはじめて会ったのはこの石碑の前だった。
***
訓練兵のための調査兵団見学会の日、その日も俺は石碑に戦死者の名前を彫っていた。
彫っても、彫っても、終わらない。
人類最強なんて名ばかりだ。
こうして仲間がどんどん死んで行く。
エルヴィンが考案した作戦で確かに戦死者は減ったがゼロになることはない。
己の無力を呪う。
目頭が熱くなった。
ぱき。
小枝の折れる音。
物音に振り返るとそこに知らない顔が居た。
誰だ?と考えて、今日が見学会だったことを思い出す。
訓練兵にまずいところを見られた。
誤魔化すようにずかずかと近寄るとその訓練兵は怯えたようにこちらを見返す。
声をかけると、道に迷ったのだと返された。
リヴァイ「訓練兵は迷子札でもつけておけ」
ペトラ「………」
舌打ちをしながら悪態をつくとその訓練兵は少しむっとしたようにこちらを睨んだ。
…彼女なりに睨んで、いるのだろうが少しも威圧感が感じられない。
輝くような小麦色の瞳。
その瞳に何か惹かれるものを感じた。
…惹かれる?
こんな年端もいかない少女を前に何を考えているんだ、俺は。
そんな突如浮かんだ思いを振り切るように目の前の訓練兵から視線を逸らして、場を繋ぐように質問をした。
リヴァイ「…お前、調査兵団に入るのか?」
ペトラ「えっ?あの、その……」
訓練兵は口ごもり、視線を泳がせた。
困ったように眉尻が下がる。
リヴァイ「生半可な気持ちで入るのならやめろ」
ペトラ「………」
そう言ってその場を離れる。
途中でエルヴィンとすれ違った。
後ろからなにやら話し声が聞こえてきて振り返りそうになったが、それも癪に障るのでそのまま立ち去った。
リヴァイ「………」
何故かその訓練兵のことが忘れられなかった。
*
その次の休日に、偶然街でこの間の訓練兵に出会った。
便所の掃除用具を吟味していたところを見られた。
この訓練兵は見られたくないところばかりを見られている。
リヴァイ「お前は………あの時の迷子訓練兵か」
ペトラ「え!」
声をかけると覚えられていたとは思わなかったのか、訓練兵は驚いたように小麦色の瞳を丸くしてこちらを見返した。
リヴァイ「………お前あの時、見たか?」
何をとは言わなかったが、訓練兵は黙って小さく頷いた。
舌を鳴らすと訓練兵がびくりと身体を震わせる。
構わず、訓練兵の腕を掴み店を出た。
ペトラ「えっ?えっ?」
リヴァイ「忘れろ。茶でも奢ってやる。それで、手打ちにしろ」
ペトラ「そ、そんなことしていただかなくても他言はいたしません」
しきりに断りをいれてきたが、無理矢理甘味屋に連れて行った。
これじゃまるでナンパでもしているようだ。
ペトラ「………」
リヴァイ「………」
訓練兵とお茶を飲む。
俺は適当に紅茶を、訓練兵にも適当に紅茶と甘味を頼んだ。
訓練兵がいろいろ話しかけてきたが、特に会話が続くこともなく再びお互い無言になる。
次に話しかけたのは俺だった。
リヴァイ「お前、調査兵団に入るのか?」
以前と同じ質問をする。
ペトラ「…いいえ…わかりません」
ペトラ「私、ずっと駐屯兵団に入ろうと思ってました。…でも、最近迷っています」
訓練兵はたどたどしい口調で、ずっと駐屯兵団を目指してきたけれど卒業を間近に控えた今になってどうしてか調査兵団へと入るべきなのではないだろうかという気持ちになっていることとそれに自分でも戸惑っているということを大まかに語った。
リヴァイ「…そうか」
調査兵団希望だったのを直前で駐屯兵団に変えるやつはたくさんいるが、その逆とは珍しい、と感じた。
目の前の訓練兵に興味が湧く。
あの、と訓練兵が再び口を開いた。
ペトラ「………巨人は怖くありませんか?」
リヴァイ「馬鹿言え、巨人なんか怖くねえよ。……仲間が死ぬことの方が、ずっと怖え」
巨人を怖いと思ったことはない。
ただ、戦って戦って、それでも仲間が失われていくことが恐ろしい。
頭の中を過去の記憶が駆け巡る。
再び視線を訓練兵に向け、一つ問う。
リヴァイ「死ぬのが怖ぇから迷ってんのか?」
ペトラ「………」
訓練兵は口ごもる。
彼女の頬と髪の際を、一筋汗が流れた。
リヴァイ「お前は勘違いをしているようだが、死ぬために調査兵団に入るやつなんかいない。生きるために戦うんだ」
自由、を勝ち取るために。
その対価に心臓を捧げたとしても。
リヴァイ「もしお前が調査兵団にはいるなら、覚えておけ。………俺はお前を死なせない」
訓練兵は目を丸くして惚けたように俺を見返した。
俺はその視線から逃げるように訓練兵の返事も待たずにその場を去った。
リヴァイ「………あ」
ふと名前を聞き忘れたことに気づいたが、不思議ときっとまたすぐに会えるだろうという確信があった。
その時にはちゃんと名前を訊こう、と会計をしながら思った。
*
そして、今期の訓練兵が所属兵団を選ぶ日。
俺はエルヴィンに付いて壇上に立った。
演説の最中、ついあの訓練兵を探す。
リヴァイ(…居た。あいつだ)
遠目にも震えているのがわかった。
リヴァイ(震えるほど怖いのに何でお前は調査兵団に入りたいなんて思っているんだ?)
じっと見ていると、ふいに訓練兵が此方に顔を向けた。
気のせいだろうが、目があったように思えた。
リヴァイ(……!)
敬礼をしながらこっちを見るあいつの決意に満ちた目は、吸い込まれるように綺麗だった。
***
ペトラは俺と会ったことで調査兵団への所属を決めたのだと言っていた。
それなら、
この石碑の前で俺と出会わなければ、
街で俺が声をかけなければ、
あいつは壁外であんな無残に死ぬことはなかったのかもしれない。
リヴァイ「…今更言ったところで遅いな」
石碑を濡らした布で拭きながらひとりごちる。
拭きながら、あの朝のペトラの言葉を思い出した。
ペトラ『私は、あなたに私の名前を、石碑に彫らせたりはしません』
嘘つきめ、と石碑を撫でる。
しかし、ペトラが嘘つきなら、俺は大嘘つきだ。
なぜ、俺はペトラにあんなことを言ったのだろうか。
リヴァイ『俺はお前を死なせない』
あんなことを言ったのは初めてだった。
お前を死なせない、なんて無責任な約束。
あの時、何故だか一回り近く歳の違う少女がどうしようもなく気になって、調査兵団に入って欲しいと思ってしまった。
だからあんな馬鹿なことを言った。
でも、嘘にするつもりはなかった。
俺が本当にあいつを死なせないように守ればいいだけだと思っていたから。
出来ると思っていた。
そんなエゴがあいつを殺した。
俺の言葉を信じた、あいつを殺した。
リヴァイ「………俺は大嘘つきの大馬鹿野郎だ」
その時。
ぱき、と小枝を踏んだような音が聴こえた。
***
ペトラが調査兵団に入って何度目の壁外調査だっただろうか。
撤退命令が出て兵士たちが隊形を立て直そうと集まってきているのに一向にペトラの姿が見えなかったことがあった。
リヴァイ「おい、オルオ。ペトラはどうした」
撤退の煙弾が上がったとき、オルオと2人で居たのを思い出し、オルオに尋ねるとペトラとは途中で別れたきりだと答えた。
オルオはハンジと共に負傷者の護送のため撤退したが、ペトラは馬がなかったためその場に残ったと言う。
オルオ「でももしかしたら、馬が…」
来なかったのかもしれない、とオルオが震えた声で言う。
一緒に来なかったことに責任を感じているのか顔色が悪い。
チッ、と舌打ちをして馬に飛び乗る。
エルヴィンに落ち着くように言われたが、静止を振り切り馬を駆けて元来た道を引き返した。
リヴァイ(…ペトラ、どこにいる)
記憶を頼りに最後にペトラを見かけた場所まで戻る。
リヴァイ「………!」
屋根の上で独り、トリガーを握り締め立ち尽くすペトラを見つけた。
リヴァイ「ペトラ、何をしてやがる!すぐに撤退しろと命令したはずだ!」
馬上から怒声を飛ばすとペトラは弾かれたように振り返り、泣きそうな顔をした。
ペトラ「兵長!!!…も、申し訳ありません。馬が…」
来なくて、と消え入りそうな声でペトラが言う。
リヴァイ「チッ、もういい。俺の後ろに乗れ」
馬を止め、ペトラを後ろに乗せる。
リヴァイ「ここは壁外だ。お前は新兵じゃねえんだからその危険も何度も経験して、十分わかっているはずだろ。俺が来なかったらどうするつもりだったんだ!」
ペトラ「……申し訳ありません」
リヴァイ「話は後だ…速度をあげる。ちゃんと掴まってろ」
ペトラがおずおずと腰に手をまわした。
無言で馬の速度をあげる。
ペトラの腰に巻きついた腕から伝わる温もりに安堵する。
リヴァイ「ペトラ、心配させんな…」
振動でカチャカチャと立体機動が鳴ってうるさい。
だからきっと、ペトラには聞こえなかっただろう。
*
壁内に戻り、ペトラに事の次第を聞く。
馬が来る確証もないまま、壁外で独り班を離れて残ったことを責め立ててしまった。
ハンジが止めなかったら頬を張っていたかもしれない。
リヴァイ「もういい…部屋に戻れ」
そう言ってペトラを下がらせる。
ペトラは深く頭を下げるととぼとぼ部屋を出て行った。
なだめようとするハンジを尻目に俺も自室へと戻り、ベッドに腰掛ける。
ペトラが居ないと知って、何故おれはあんなに焦ったのだろうか。
ペトラの軽率な行動にあんなに激昂したのは何故だろうか。
自問自答。
そのときだった。
自分の中でペトラの存在が特別になっているのではないかと気づいたのは。
ぐしゃりと髪を掻く。
違う、俺はペトラのことをなんとも思っていない。
お前を死なせない、と約束をしたから守らなくてはいけない、と思っているだけ。
ただそれだけだ。
*
しかし、それからのペトラの成長は凄かった。
壁外調査に出る度に討伐数を着々と伸ばし、今や調査兵団で中堅とも言える立場になっていた。
それこそ俺が守ってやる必要なんてないのではないかというくらい、腕を上げた。
だから特別班の一員として指名した。
それは、間違いだったのだろうか。
***
ぱき。
小枝の折れる音に思わず振り返る。
ハンジ「リヴァイ、やっぱりここに居たの」
ハンジだった。
馬鹿な期待をしたことを舌打ちで誤魔化す。
ハンジが俺の隣に屈み、腕に抱えた花束をそっと石碑の前に置く。
ハンジが指で石碑に刻まれた名前とそしてこれからあいつらの名前を刻む場所をなぞった。
ハンジ「………」
リヴァイ「………」
長い沈黙。
リヴァイ「なあ、ハンジ」
話しかけるとハンジは鼻を啜りながら顔を上げた。
ハンジ「………なに?リヴァイから話しかけてくるなんて、珍しいね」
その頬を涙が幾筋もつたう。
ハンジが今は話しかけられたくなかったのに、と力なく笑った。
リヴァイ「…人類最強なんて名ばかりだ」
ハンジ「……そうだね、そうかもしれない。でもきっと誰もリヴァイのこと恨んでなんかいないよ」
ハンジがごしごしと袖で乱暴に涙を拭う。
リヴァイ「………」
ハンジ「ペトラのこと考えてるの?」
リヴァイ「…あぁ」
ハンジ「…ペトラ。きっと、幸せだったよ」
リヴァイ「…そうだろうか」
ハンジ「リヴァイも、でしょ?」
その質問には応えず、再び目の前の石碑に視線を落とした。
ハンジ「私の目から見たふたりは、幸せそうだったよ?」
***
旧調査兵団本部で班員と暮らしはじめて、最初の休暇の前日、ペトラとエルドがエレンの歓迎会とリヴァイ班結成記念で飲み会をすると言い出した。
気乗りはしなかったが、ハンジがなかなか良い酒を持ってきたので、許可を出す。
オルオ「兵長!お疲れ様です!どうぞどうぞいっちゃって下さい」
開始早々オルオが酒をつぎにきた。
手酌でゆっくり飲みたかったが、部下の好意を無下にも出来ずグラスを差し出す。
ふと、酒瓶を手にこちらをちらちら見ているペトラに気づく。
しばし逡巡してから、グラスを一気に煽った。
空いたグラスをペトラに傾けて見せるとペトラはぱっと顔を輝かせる。
こちらにくる道中でオルオに絡まれていたが、笑顔でそれを無視したペトラが隣に座った。
ペトラ「兵長お疲れ様です!」
ペトラがにこにこしながら酒をついでくれた。
ペトラにも酒をついでやる。
それをちびちび飲んでいたペトラがまたオルオに絡まれた。
ペトラは挑発に乗り、残っていたお酒を飲み干し、オルオも負けじと飲み干す。
すぐに飲み比べが始まった。
仕方のない奴らだ。
手酌で酒を注ぎ足しながら呆れてその様子を眺める。
酒はゆっくり味わって飲むものだというのに。
*
夜も更けた頃、飲み会はお開きになった。
撃沈したペトラとオルオを尻目にグンタとエレンが酒瓶と空いたグラスを簡単に片付け、流し台へと運ぶ。
エルドは頭を押さえ、片付けを手伝えないことを仕切りに謝罪しながら早々に自室に戻っていった。
ハンジはいくつかのグラスに残った酒を片付けと称して全て飲み干している。
ハンジ「んー!五臓六腑に染み渡る~」
リヴァイ「お前はそんだけ飲んでよく酔わねぇな」
ハンジ「酔ってなくはないよ?ほろ酔いくらいはしてるよ?」
エレン「あれだけ飲んでほろ酔いですか…」
いつの間にか戻ったエレンが呆れ顔で呟く。
グンタ「兵長、俺オルオのやつを運びます」
ほら、起きろ!とグンタは呻くオルオを無理矢理起き上がらせ、肩を貸しながら部屋を出て行った。
残されたエレンがペトラを見る。
エレン「ペトラさんもこのままにしておけないですよね。俺、運びます」
ハンジ「ペトラはいいの。リヴァイが運ぶよ~」
エレン「兵長が…?」
ハンジ「ふふふ、だからエレンはお休み!もう寝ていいよ~」
ひらひら手を振ってハンジがエレンを追い払うように自室へ促す。
エレン「あ…じゃあさっき運んだグラスだけ洗って戻ります」
そう言ってエレンは先程ハンジが空けたグラスを持って洗い場に消えた。
リヴァイ「おい、誰が運ぶって?」
ハンジ「え?運ぶでしょ?」
ハンジがオルオ同様机に伏せたままの ペトラの頬をぺちぺちと叩く。
ペトラ「うー…ん…」
ペトラが起きる気配はない。
ハンジ「ああー、これは歩けそうにないからオルオみたいには運べないねー。あー、誰かペトラのこと抱えて運んでくれないかなー」
ちらちらと俺を見ながらのあからさまな棒読み。
いちいち腹立たしい奴だ。
リヴァイ「…乗せろ」
ハンジに背を向け腰を落とす。
するとハンジは、え!と声をあげた。
ハンジ「おんぶじゃなくて、ほら~、お姫さま抱っことかもっとロマンティックな抱き方あるでしょ~」
背を向けた俺に対してハンジが文句をたれる。
そんな恥ずかしいことできるか。
リヴァイ「うるせぇ。いいから、乗せろ」
ハンジ「はいはーい。仰せのままに」
よいしょ、と言いながらハンジがペトラを乗せた。
一瞬酔いでふらりとする。
ハンジ「いくらペトラがおっぱい大きいからって背中に全神経集中とかしたらだめだよ?」
リヴァイ「………」
ハンジ「…あ、集中しちゃってる?」
リヴァイ「黙れ」
ハンジの脛を爪先で小突く。
ハンジ「いたっ!暴力反対だよ」
うるせぇ奇行種だ。
*
ペトラを部屋に運ぶ道中、手伝うわけでもなくハンジが後をちょろちょろついてくる。
追っ払おうとしたが、私を追っ払って一体なにをする気なの!とさらににやにやしたので無視をすることに決めた。
リヴァイ「………」
ペトラの部屋にいくには階段を登らなくてはいけない。
階段を見上げ、今一度ペトラを背負い直すと振動で目が覚めたのかペトラが身じろぎをしたのを背中に感じた。
ペトラ「へいちょ~」
リヴァイ「起きたか……!?……」
すんでのところで素っ頓狂な声がでそうになるのを堪える。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
ペトラ「ん、…」
耳を甘噛みされて、いる。
ペトラ「…ふ、んぅ……」
ぴちゃ、と耳に水音が響き、力なく垂れていたペトラの腕が身体に巻きついた。
悩ましげな吐息が耳を掠める。
咄嗟にハンジを見れば口元に手をあてて最高に腹立つ笑みを浮かべていた。
ハンジ「まあ!」
リヴァイ「まあ!…じゃねえよ。助けろ」
ハンジ「そんな野暮なことしないよ~」
リヴァイ「おい、こら、やめ…ろ!落ちるぞ」
ペトラの妨害に耐えながらふらふらと階段を登る。
リヴァイ「おい、扉を開けろ」
ハンジ「はいはい、待ってね~」
やっとペトラの自室に辿り着いた。
ベッドに腰を下ろし、ペトラの膝を叩いて降りるように促す。
リヴァイ「着いたぞ、降りろ」
ペトラ「はーい、へいちょ」
返事とは裏腹にペトラが背中から降りる気配はない。
ペトラ「へいちょー」
ちゅ。
耳に、頬に。
ペトラの唇が押し付けられる。
リヴァイ「」
ハンジ「うわあ…やりたい放題されてるね、リヴァイ」
リヴァイ「…ペトラ」
キスの雨を降らし続けるペトラに痺れをきらして振り返るとペトラの顔が目の前にあった。
ペトラ「…へいちょ、キスしてもいいですか?」
言うや否や俺の言葉も待たずにペトラが口づけてきた。
ペトラ「…んぅ…」
リヴァイ「」
ハンジ「…ぉおお?」
リヴァイ「」
ハンジ「なにこの可愛い生き物!リヴァイずるい!」
固まる俺を押し退けハンジがベッドに膝をついてペトラの前へ身を乗り出した。
ハンジ「ほら~、ペトラ~、ハンジさんも居ますよ~」
ペトラ「はんじぶんたいちょ~」
ペトラが手を伸ばしてハンジに抱きつく。
ちゅ、ちゅ、と音が聴こえてきた。
リヴァイ「おい、何してる」
ハンジ「え~?リヴァイには関係ないでしょ、……っん…、もう、ペトラったら積極的」
リヴァイ「関係なくねぇだろ。人の顔の横でいちゃいちゃすんじゃねぇよ」
ハンジ「ねえ!舌とか!!入れちゃってもいいかな!?いいかな?!」
リヴァイ「うるせぇ黙れ!ペトラから離れろ!!クソが!!」
ハンジ「私まだなにもしてないもーん。ペトラがするんだもーん」
リヴァイ「いいからやめろ!」
ペトラ「ひゃあ」
ペトラをハンジから引き剥がして無理矢理ベッドに寝かしつける。
ついでに毛布も頭まで被せた。
ペトラ「んむー」
しばらくもごもご動いていたが、次第に動きが鈍くなり、寝息が聴こえはじめた。
ハンジ「もー!…そうやってやきもち焼くなら名前でも書いときなよ」
リヴァイ「そんなんじゃねえよ」
ハンジ「…一応言っておくけど、ペトラ人気あるよ。若いし、おっぱい大きいし、かわいいし、おっぱい大きいし」
リヴァイ「おっぱいおっぱいうるせぇんだよお前は」
ハンジ「そんな怖い顔しても怖くないって。ちなみに私もペトラを愛で隊の一員」
リヴァイ「なんだその隊は」
その時。
カシャーン。
階下からガラスの割れる音が響くのが聞こえた。
ハンジ「あらら?エレン、グラス割っちゃったのかな。指でも切って巨人になっちゃったら危ないからちょっと見てくる!」
ハンジが目をキラキラさせながら部屋を出て行った。
それに続いて、俺も戻ろうとした。
が、
ペトラ「り*ぁいへいちょ~」
寝言だろうか。
名前を呼ばれ、きゅ、と服の裾を握られた。
リヴァイ「おい、ペトラ離せ」
軽く引っ張るが、ペトラは手を放しそうにない。
リヴァイ「………」
抜けようと思えば簡単に抜けられた…が、ペトラを起こすのは可哀想だ。
それに酔いもまわったし、眠い。
誰にというわけでもないが、そんな言い訳を頭に思い浮かべながらそのまま眠りについた。
*
カーテンの隙間から朝日が線になって射す。
何かが動く気配を感じて、目が覚める。
目を覚ました俺の視界にいちばん最初に映ったのは、
ペトラの手のひらだった。
ペトラ「ぎゃああぁあ!!!」
叫び声をあげるペトラに突き飛ばされベッドから押し出される。
床に身体を打ち付けた衝撃に呻く。
寝起きで上手く受け身がとれなかった。
身体を起こして、胸の前で手を交差してベッドの端で縮こまるペトラに声をかける。
リヴァイ「おい、まるで俺が夜這いでもかけたみたいな悲鳴をあげるんじゃねえ」
二日酔いで痛む頭を抑える。
リヴァイ「あと、あまり大きな声を出すな。…二日酔いに響く」
ペトラ「あっ、あっ、あのあのあの、昨晩いったいなにが…」
ペトラは昨日あれだけのことをしておいてまったく記憶にないようだった。
適当に要所要所を端折って説明する。
その間ペトラは赤くなったり青くなったりと忙しい。
こんなことで青くなるんなら本当のことを教えてやったらどうなるのかが気になったが、自分の口から説明するのも気恥ずかしいので言わなかった。
リヴァイ「ペトラ、これからお前は酒禁止だ。わかったな」
ペトラがしゅんとする。
俺が部屋から出て行こうとするのと入れ違いでハンジがやってきた。
ハンジ「あれ?昨日はお楽しみでしたね、ってやつ?」
リヴァイ「ちげぇ。俺はまた寝るから起こすなよ」
ハンジ「え~、私もうちょっとしたら帰るんだけどお見送りしてくれないの?」
無視して部屋を出る。
やたらハンジがニヤニヤしているのが腹立たしい。
自室に戻り、ベッドに横になる。
身体中の空気が全部出るのではないかというくらい、盛大にため息をつく。
昨晩は全然眠れなかった。
言ってみれば、生殺し状態。
耳にかかる吐息、柔らかい唇、寝言で悩ましげに名前を呼ぶ声。
ペトラは美人だと思う。
特に兵団の中では群を抜く。
そんな彼女にあれだけされて襲わなかった自分を褒めてやりたい。
…もし、襲っていたらペトラはどういう反応をしただろうか。
拒まなかったんじゃないだろうか。
そこまで考えてハッとする。
いい歳して俺は何を、ぐしゃぐしゃと頭を掻く。
これ以上は考えるのを放棄して眠りについた。
*
ドアの開く音で目が覚めた。
ペトラ「兵長、失礼します」
そっと様子を窺うようにペトラが部屋に入ってきた。
大方ハンジに昨日のことを聞かされたのだろう。
起き上がるのもだるいのでそのまま寝たふりを続ける。
ペトラは足音を立てないように近づいてきた。
ベッドの手前で身体を屈める気配がする。
リヴァイ(……チッ…)
ペトラの痛いほどの視線、そろそろ起きてやるかと思ったとき、唇に柔らかい感触を感じた。
目をあけるとペトラが俺にキスしていた。
ぱち、と視線が交差する。
ペトラ「!!!!」
慌てて離れようとしたペトラの腕を掴み、引き寄せる。
リヴァイ「おい、何してる」
ペトラ「兵長、起きて…たんですか…」
蛇に睨まれた蛙のようにペトラが固まる。
リヴァイ「今起きた」
正確には、ペトラが部屋に入ってきたときに。
ペトラ「えっと、その、ハンジさんに聞いて…その」
もごもごとペトラが語尾を濁しながら話す。
リヴァイ「………また襲いにきたって?」
ペトラ「ちがいま……」
違わないだろう、と睨むとペトラが呻くように息を漏らし、何も言えずに固まった。
はあ。溜息をつく。
昨日から何度ついたか分からない。
リヴァイ「………気にするな。ただし、朝も言ったが禁酒しろ。酒癖が悪過ぎる」
ペトラ「本当にすみませんでした…」
ペトラがベッドから離れて立ち上がり深々と頭を下げた。
髪が垂れてその表情は見えない。
ペトラ「……でも、兵長」
リヴァイ「なんだ」
続きを言うように促すが、ペトラはもごもごと言い淀みなかなか次の言葉を発さない。
ペトラ「………」
ペトラ「………忘れなくてもいいですか?」
恐る恐る様子を窺うようにこちらを見たペトラの表情にどきりとする。
リヴァイ「好きにしろ」
ペトラの息を飲む音が聞こえた気がした。
ペトラ「……またキスしてもいいですか?」
リヴァイ「あ?」
ペトラ「あ、まだお酒が残ってたみたいですね。あはは、この後に及んでこんなこと言っちゃうなんて。冗談ですよ冗談!なんて、謝りにきた態度じゃないですよね!頭冷やします!」
眉間に皺を寄せた俺に対し、慌てて取り繕うようにペトラは言い訳をまくし立てる。
ペトラ、俺は…
リヴァイ「………好きにしろ」
お前のことを、
ペトラ「え?」
ペトラに顔を合わせられず、毛布を巻き込みながら壁の方に寝返りを打つ。
クソ。
顔が熱い。
*
それから、ペトラとたまにキスをする。
といっても別に付き合っている訳ではない。
キスするだけ、というかキスをさせるだけの関係。
…させるだけ、と言うと語弊があるが。
恋人ではないが、何もない訳ではない曖昧な関係。
でもこんな関係はペトラには酷ではないかとも思う。
あいつはまだ若い。
もしペトラが調査兵団にならなかったら。
駐屯兵団や開拓地でもっとふさわしい男に出会ったんじゃないだろうか。
死と隣り合わせの毎日とは違う、兵士ではなく女としての幸せを得ることが出来たんじゃないだろうか。
そんなぐずぐずとした考えが頭の中を廻る。
一度ペトラが、兵長キスして下さい、と顔を近づけてきたことがある。
そのときは、馬鹿言えと、逃げてしまった。
ペトラからしてくる分にはいいが、自分からとなるとそれだけで終われる自信がない。
俺は、ペトラを…
何度も頭を掠めるその言葉の続きは、考えないようにしていた。
*
そんな曖昧な関係を続けて暫く。
夕食を終えて、自室で休んでいると部屋の扉を叩く音が聞こえた。
ペトラかと思って扉を開けるとそこにはオルオがいた。
オルオ「兵長ちょっといいですか?」
夜分遅くにすみません、とオルオが神妙な面持ちで言う。
オルオ「少し、お話させてください」
長くなるなら茶でも淹れるか、と尋ねるとオルオはそれには及ばないと首を振った。
とりあえず椅子に腰掛けてオルオにも座るように促すが、オルオはそれには従わず俺の前に立った。
オルオ「いきなりこんな事を聞くのは不躾だとは思いますが、兵長はペトラと…どんなご関係ですか?」
オルオが単刀直入に聞いてきた。
見上げたオルオの顔は苦しげに歪んでいた。
リヴァイ「……お前はペトラが好きなのか?」
質問には答えず、別の質問を返す。
オルオ「それを聞いて兵長はどうなさるおつもりですか?」
そう言われて言葉に詰まった。
そうだ、俺はそれを聞いてどうするつもりだ。
オルオは息をつくと俺の言葉を待たずに続けた。
オルオ「………好きですよ。俺はペトラのこと。だからこうして兵長に頼みに来たんです。最近兵長とペトラの様子が今までと違うのには気づいていました。でも、付き合っているわけではないですよね」
なかなかオルオは鋭い。
俺はただ黙ってオルオの話を聞く。
オルオ「お二人が付き合っているのなら、俺は祝福します。ただ、ペトラのこと弄ぶならいくら兵長でも許しません」
リヴァイ「………」
オルオ「もちろん、俺は兵長が遊びでこんなことするお方だとは思っていません。きっと何かお考えがあるのだと思います」
リヴァイ「…オルオ」
オルオ「こんな事を俺が言うのはおかしいでしょうが…ペトラのこと、よろしくお願いします」
それだけ言ってオルオは部屋を出て行った。
チッ。
舌打ちをする。
オルオにではなく己に対して。
誤魔化すのも、そろそろ限界か。
*
その日は壁外調査を明後日に控えた夜、だった。
ペトラ「兵長、起きてますか?」
リヴァイ「空いている。入るなら入れ」
ペトラが部屋の扉を叩いたのが聞こえた。
ベッドに腰掛けて本を読んだまま入室を許可する。
ペトラは俺の前まで歩いてくると、少し屈んだ。
ペトラ「…失礼します」
そして俺の手から本を奪う。
ちゃんと栞を挟んでから置いたところが気配りの出来るペトラらしい、と思いつつも良いところで本を取り上げられて良い気持ちはしない。
リヴァイ「…俺は読書中だったんだが?」
ペトラはなにも言わず俺の肩に手を置いた。
雰囲気を察し押し黙ると当たり前のようにペトラがキスをしてきた。
そしてそのまま体重を預けられ、どさり、とふたりでベッドに倒れこむ。
リヴァイ「おい」
ペトラ「兵長、してもいいですか?」
リヴァイ「…もうしただろ」
小さく首を振る。
ペトラ「兵長…シても、いいですか?」
真っ赤な顔でペトラが言う。
ペトラの言葉の真意を理解して、眉をひそめる。
何を考えているんだ、こいつは。
俺が口を開く前に、ペトラが口づけてきた。
ペトラの舌が口内に侵入してくる。
たどたどしい舌使いに焦れる。
ペトラ「…兵長」
悲痛な面持ちでペトラが俺に向き合った。
ペトラ「兵長、好きです。好きなんです」
好きだ、と言葉にして伝えられたのはこれが初めてだった。
肩を抑えるペトラの指が、震えている。
いっぱいいっぱいになっているのがわかった。
リヴァイ「ペトラ」
その震える指に手を重ねて引き剥がす。
そして、ペトラを乗せたまま起き上がった。
膝に向かい合ってペトラ乗せているような格好になる。
ペトラ「………」
そのまま沈黙が続いた。
至極長く感じたがきっと数刻のことだっただろう。
ペトラが心底傷ついたような表情で、ぽろぽろと涙を零した。
ペトラ「………変なこと言って、ごめんなさい」
ペトラを傷付けてしまった。
ずっと前からペトラの気持ちには気づいていた。
気づいて、こんなことを、続けた。
曖昧な態度がペトラをここまで追い詰めたのか、とペトラの涙を親指で拭いながら申し訳なく思う。
ただペトラにここまでさせてしまったが、これでやっと心を決めることが出来た。
膝から降りようとしたペトラの腰に手をまわして引き寄せる。
もう片方の手をペトラの頬に添えてこちらを向かせた。
ペトラ「…っ、兵長……?」
リヴァイ「泣くな、ペトラ。………別にお前のことが嫌いだから抱かないわけじゃない」
仲間を失うことが怖い。
何度失っても、失うことには慣れない。
ペトラを失うのが怖い。
いつかそれを自覚したときからいつか来るのではないかというその日に怯えていた。
もしペトラと男女の仲になってしまったら、きっと更にその恐怖は濃くなる。
それが怖くてずっと気持ちを押し殺してきた。
リヴァイ「お前を…失うのが怖ぇんだよ」
自分でも驚くほどその声は掠れていた。
一瞬はっとした顔をしたあと、すぐ、ペトラが俺の肩に額をつけ、顔を隠した。
だからペトラが今どんな顔をしているのかわからない。
ただ、心臓の音だけが聞こえた。
いや、これは俺の心臓の音か?
ペトラ「………兵長は私が死ぬと思っているんですか?」
リヴァイ「………」
なんと返答すれば良いか分からず黙る。
そんな俺に対してペトラは続けた。
ペトラ「それに、兵長言いました。『俺はお前を死なせない』って。覚えてますか?私がまだ訓練兵だった頃の話です」
だから大丈夫です、とペトラがつぶやく。
リヴァイ「………まだそんなこと覚えてんのか」
ペトラ「当たり前ですよ。私はそれで調査兵団に入ることを決めたんですから」
というか兵長こそ忘れてると思ってました、とペトラが顔を上げ、咲くように笑った。
その笑顔を信じてみようと思った。
ペトラ「兵長?」
膝に乗ったままのペトラを抱き上げ、そのままベッドに押し倒す。
もう、我慢をするのはやめだ。
ペトラ「えっ、えっ、」
組み敷かれて、ペトラが困ったようにおろおろと視線を彷徨わす。
可愛い。
リヴァイ「するんだろ?」
ペトラ「えっと、えっと…その、するんですか…?」
自分から言い出したことだろうに、いざ事に及ぶとなると尻込みしているらしい。
でもこっちももう引っ込みがつかない。
生殺しはもううんざりだ。
ペトラ、お前が欲しい。
リヴァイ「今更、やっぱりやめるって言っても遅いからな」
ペトラ「………い、言いません」
ペトラ「でも、…あの…兵長」
馬乗りになって見下ろすと、ペトラが恥ずかしそうに唇を噛む。
可愛い。
本当に仕草がいちいち可愛い。
反則だろ、これは。
シャツのボタンに手をかけるともの言いたげにペトラがこちらを見上げた。
リヴァイ「なんだ」
小麦色の瞳が不安と期待に揺れる。
ペトラ「や、優しくして下さい」
こんな可愛らしいことを言われて、優しく出来る訳がない、と思った。
*
ペトラ「……いっ…」
事を終えて、抱き寄せると、ペトラが顔を顰めた。
リヴァイ「どうした」
ペトラ「あ、えっと、…ちょっと身体を動かすと…おなかが痛いかな、と。でもこの痛みも兵長がくれたものですから!嬉しいものですよ」
事後だというのにえへへ、と子どもっぽくペトラが微笑む。
シーツに滲む朱色が俺がペトラの何もかもを奪ってしまったことを責め立てるようだ。
リヴァイ「すまなかった。次からはお前も良くなるように…努力する」
行為を思い返せば自分の欲望をペトラにぶつけただけのような気がする。
これでは歳上の威厳もなにもない。
次こそは必ずペトラをイかせる、と勝手に心に決める。
ペトラ「謝らないで下さい兵長、私兵長に抱いてもらえて本当に嬉しいんです…って、あれ?えっと?次、といいますと…え?ええ?」
耳まで真っ赤にしたペトラがシーツを口元まで引き上げた。
リヴァイ「なんだ。お前はこれきりにするつもりだったのか?」
ペトラ「いえ、そんな。でも」
ペトラ「兵長は私のこと、好き…なんですか?」
リヴァイ「今更何を。当たり前だろう。…なんとも思っていない女とこんなことはしない」
ペトラ「…次、あるんですか?」
リヴァイ「次だけじゃないから覚悟しておけ。ペトラ、お前は俺が責任も取らないような男だと思うか?」
いいえ、滅相もございません!とペトラはぶんぶん首を振った。
リヴァイ「おい、少し落ちつけ」
ペトラの頬に手を添えてこちらを向かせる。
まばたきを数回した後、はにかみながらペトラが目を閉じた。
そっと慈しむように口づける。
ペトラ「…んぅ」
息つぎのタイミングが分からず声を漏したペトラが愛しくて、思わず抱きしめた。
ペトラ「……ん、…兵長……?」
リヴァイ「だから、責任はとると言っている。…次の遠征から帰ってきたら、お前の親父さんに会いにいく。……それとなく手紙でも書いておけ」
責任なんて言葉を偉そうに使ったが、結局はペトラを誰にも渡したくないだけだ。
ペトラ「!」
ペトラ「えっと、」
頬を紅潮させ、ペトラが期待を込めた視線を送ってくる。
リヴァイ「…もう寝ろ。明日も作戦会議だ」
これ以上ペトラに見つめられるのが気恥ずかしくて誤魔化すようにその身体を抱きしめた。
憧れの腕枕…と呟いてペトラが、ふふふふ、とにやけた。
リヴァイ「いいから早く寝ろ」
はい、兵長!とペトラは咲いたような笑顔で俺の手を取り、指を絡めた。
ペトラ「…手を繋いだまま寝てもいいですか?」
言葉で応える代わりに絡んだ指に力を込めた。
*
翌朝。
先に起きたペトラに髪を撫でられて目を覚ました。
寝たふりをしようとしたわけではないが目を閉じたまま、その心地良さに身を委ねる。
ペトラはまだ俺が寝ていると思っているのか、それとも気づいているのかはわからない。
ペトラ「私は、あなたに私の名前を、石碑に彫らせたりはしません」
そう言って、ペトラは腕の中に戻ってきた。
もぞもぞと顔を埋めるペトラの柔らかい髪が胸元に擦れてこそばゆい。
リヴァイ「ペトラ、絶対死ぬんじゃねえぞ」
ペトラの髪を掬うように撫でる。
今度の壁外調査から帰ったら指輪を、買おう。
こんなご時世だ。
すぐに結婚することは出来ないが今迄散々待たせた分、明確な約束をペトラにしてやりたかった。
それに、指輪があればペトラに余計な虫がつかなくてすむ。
そんな自分の年甲斐のない独占欲に呆れる。
リヴァイ「…ペトラ、愛してる」
そんなことを俺が考えているとも知らずに隣りで寝息をたてるペトラが心底愛しい。
俺は幸せ者だと、そう思った。
***
ハンジ「私はね、ふたりに幸せになって欲しかったんだよ」
ハンジが石碑に向かって呟く。
そういえば、あの朝もいきなり訪ねてきたハンジに俺の部屋からペトラが出て行くのを目撃された。
からかわれると思ったが予想に反してハンジはよかった、よかったと俺の背中をバシバシ叩いて喜んだ。
ハンジ「…ペトラは先に逝ってしまったけれど。幸せな時間があったことは彼女にとって救いだったと思うよ」
リヴァイ「残された俺はどうしたらいい」
ハンジ「幸せだったからこそ、残されたリヴァイが辛いことはよくわかるよ。でも…きっと、リヴァイにとってもあの日のことが救いになるんじゃないかな」
リヴァイ「…そうだろうか」
ハンジが供えた花束から一輪花を抜いて俺の胸に押し付けた。
ハンジ「じゃあ、私はもう行くね」
ハンジが立ち去るのを黙って見送る。
そして手元の花に視線を落とす。
視界が滲んで、花の色しかわからなかった。
***
…ペトラ、愛している。
***
石碑に名前を彫り終わり、汗を拭う。
リヴァイ「戻るか…」
悲しんでばかりはいられない。
まだまだやることが山積みだ。
次に涙を流すのは、全て終わった後だ。
石碑に手を置いて、目を閉じる。
お前たちは十分に活躍した。
そして……これからもだ。
お前たちの残した意志が俺に〝力〟を与える。
約束しよう。
俺は必ず!!
巨人を絶滅させる!!
目を開けて、ハンジに渡された花を石碑の上に乗せる。
だからペトラの元へは暫く行けそうにない。
また、お前を待たせてしまうな。
すまない。
石碑に彫ったペトラの名前を指でなぞる。
ーーーペトラ・×××。
石碑に刻んだのは、俺の最後のわがままだ。
おわりです。
兵長の名字が知りたい!
もうすぐアニメでもリヴァイ班が出てくると思うので、リヴァペトが増えてほしいです。
このSSまとめへのコメント
つぎつぎぃ!へっへーいっ