雪歩「アナホリスト・ハギワラ」 (45)
「真ちゃん…ごめんね…」
「プロデューサー…!私、やります」
「やっぱり…世界には私よりもすごいアナホリストがたくさんいます…」
「怖いですけど…勝ちたい…!ダメダメな自分を…変えたいんです!」
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「…ほ……きほ…!」
「雪歩!」
凛々しい声で名前を呼ばれ、目を覚まします。
夢を見ていたようです。
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「あ…真ちゃん。おはよう…」
「何言ってるの。もうお昼だよ!」
真ちゃんの話によると、私はテレビ局の取材の後、疲れてしまってプロデューサーの車の中で眠ってしまったそうです。
え?なんの取材か…ですか?
そう、何を隠そうこの私は、アイドルをやっているんです!
もう…過去形ですけど…。そうです。アイドルをやっていたのはつい数ヵ月前までの話で、今は…
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「プロデューサー!雪歩を止めてください!」
普段なら絶対真ちゃんより速く走るだなんて無理です。だけど、弱気になって、泣き出した時だけは違います。
“逃げ足だけは速い”。ということなのでしょう。真ちゃんを振り切り、定位置で止まりこう叫びます。
「ひぃぃん…!こんなダメダメな私なんて…」
スコップを取りだします。
「穴掘って埋まってますぅぅぅ!!」
いつもと何ら変わりない場所で、いつもと何も変わらない行動をしたはずなのですが……
ズゴゴゴゴゴコゴォォォォン
ものすごい音です…。
「雪歩!大丈夫か!?」
プロデューサーが私を呼びます。
「雪歩!大丈夫!?」
続けて真ちゃんも。
この時、二人にはいらない心配をかけてしまいましたね…。
しかし、この時の私はとても返事ができる状態ではなかったんです。
驚いて、それどころではなかったんです。
事務所の下…。正確には事務所の下の定食屋さんの下に…
地下帝国があったなんて…。
真ちゃんの必死に呼び掛ける声に気付いたのは、30秒くらい経ってからでしょうか…。
震えた声で返事をします。咄嗟だったので、慌てた声も合わさって変な声だったでしょう。
「ひゃっ、っえい!?」
「大丈夫!?今縄を下ろすからね!」
「ひ、一人で上がれるから大丈夫だよ」
とりあえず地下帝国のことは黙っておきました。
もし事務所中に広まっちゃったら、亜美ちゃんや真美ちゃんが面白がって危ない目に遭うかもしれない。
というのは建前で、本音を言うと…言えなかったんです。
この決断があんな結果を招く事になるなんて…この時は思いもしませんでした。
「ご、ごめんなさい!心配かけちゃって…」
「こんな私なんて…」
「ストップ!雪歩ストップ!」
「ストップ・ザ・雪歩!」
二人に宥められ、なんとか正気に戻ることができました。
「何かあったの?」
「えっ!?ううん!何も!何もないよ!ホントに!」
うぅ…。いきなり核心に触れられるなんて…。
どうして真ちゃんはこういう時ばっかり鋭いのかなぁ…。
「そう、ならいいんだけど」
「その穴、後で埋めておけよ」
「は、はいぃ!」
「すげー!さすがゆきぴょん!ゆきぴょんにかかればコンクリも一瞬で元通りだぜ!」
後ろで亜美ちゃんか真美ちゃんがからかいます。
実は声だけじゃ聞き分けられていなかったり…。
「レミ○グスみたいだね!」
もう一方が続けてからかいます。
「あ、真美がエディットしたステージやる?」
「やるやるー!亜美のもやるっしょ?」
「やるやるー!」
ゲームの話はよく分かりませんが、亜美ちゃんと真美ちゃんはとっても仲良しです。
この仲の良さがあんな兵器に換わるなんてことも、当然この時は思いもしませんでした。
「穴の修復、終わりましたよ」
「おう、お疲れ。って自分の尻拭いしただけだよな…」
「ごめんなさい…」
「次からはあんなでかい穴掘るんじゃないぞ」
怒られてしまいました。当然のことですが…。
大きい穴じゃなければいいんでしょうか?
「今日はこの後何もなかったよな。なら帰っていいぞ」
「はい…。お先に失礼しますね」
そして私はこの日を境に、命を狙われることになったんです…。
黄昏時…と言いますか、辺りは薄暗くなっていました。
「ふぅ…今日のレッスンも疲れたなぁ…」
「まだまだ動きが完璧じゃないけど…」
「みんなに迷惑かけないように早く上手にならなきゃ…!」
ヒュン…ヒュンヒュンヒュン…
何か尖った物が複数、目に映りました。
街灯の光に反射して、キラリと光っていたと思います。
それが何なのか確認するのも怖くなって、私は急いで自宅へ向かいました。
「ただいまぁ…!」
息遣いを荒くしながら、力を振り絞って挨拶しました。
お母さんが出迎えてくれました。
「おかえりなさい。どうしたの?慌てて…」
「な、なんでもない…」
本当はなんでもなくなんかないのに、一刻もはやく伝えなきゃならない緊急事態なのに、なんでもないと言いました。
何故でしょう?
「おやすみなさい」
今日は何も考えずに寝ることにしました。
もしかしたら私は既に眠っていて、これも全て悪い夢だったのかもしれません。
夢の中で眠る。なんだかおかしな話ですね。
これが夢なら、「おかしな話」で笑い話にできたというのに…。
現実は非情です。
翌日、目が覚めるといつも通りの風景が広がっていました。
ああ、やっぱり夢だったんだな。と安心して、自室から居間に向かいます。
「おはよう」
居間に着くと、お父さんが新聞を読んでいました。隣の台所からは、お母さんが料理をしている音も聞こえてきます。
「おはよう」
台所のお母さんにもう一度挨拶をして、お茶の袋を取り出します。
「俺にも淹れてくれ」
と、お父さんが言うのはお見通しで、いつも通り湯飲みを二つ用意します。
お茶をすすりながら朝食ができるのを待ちます。
とはいえ手持ち無沙汰。お母さんの手伝いでもすればよかったかな?
しかし悪い夢を見たせいか、身体がだるくてとても重かったので、結局その場に留まることにしました。
でもやっぱり退屈なので、お父さんが読んでいる新聞をチラッと覗いてみました。
そこには驚くべき光景が綴られていたのです。
「えっ…」
思わず声が漏れてしまいました。
幸い、お父さんは気にしていない様子です。単に聞こえていなかっただけかもしれませんが…。
しかし驚いたものです…。まさか…あれが正夢だったなんて…。
いえ、この時点でさすがの私も気づいていました。最初から夢なんかじゃなかったって。
【調査隊、謎の地下帝国を発見!】
急いで支度をします。
着替えを済ませ、身だしなみを整えた後、朝食はいらないという旨をお母さんに伝え、家から飛び出ていきます。
電車やバスを利用して、目指した先はもちろん765プロの事務所。
そこに…その場所の下にアレがあるのだから。
「お、おはようございますぅ!」
息を切らしながら挨拶をする様子は昨日の私に通じるものがあったと思います。
いえ、そんなことはどうでもいいのです。
「これで全員揃ったな…」
全員…?全員と言うには一人足りないんじゃないでしょうか?
「あの…春香ちゃんがまだ来てませんけど…」
口に出したその瞬間、一人一人の唾を飲み込む音がはっきりと聞こえるくらいに静かになります。
私、何かおかしなこと言ったかなぁ…?
真ちゃんの拳が一瞬、強く握られていたような気がします。
「雪歩…ニュースとか見てないの?」
「に、ニュース…?」
「そう!ここの下の…地下帝国のニュースだよ!見てないの!?」
真ちゃんの拳は再び強く握られます。
「新聞で…チラッとだけ…」
真ちゃんの拳が緩みました。
「じゃあ…知らなかったんだね。何も知らない雪歩を責めたりして…ごめん」
真ちゃんは何か知っているのかな?真ちゃんだけじゃなく、みんなが知っているような雰囲気だけど…。
「春香は…地下に落ちてから帰ってきてないんだ…」
地下に落ちた?どこから、どうやって?
事務所から落ちたというのなら、穴はしっかり埋めたはずた。
だったら春香ちゃんはいったいどこから落ちたんだろう…?
丸いサークルの中に入ると、突然サークルの周りに檻が現れました。
「逃げちゃダメだよ、ゆきぴょん」
亜美ちゃんと真美ちゃんは本気のようです。
私も…本気になって鍵を探さないと…みんなが…!
「逃げないよ」
「そっか!んじゃ、頑張ってね」
真美ちゃんがそう言うと、檻に囲まれた丸いサークルが動き始めます。
どういうことでしょう?
どうやらエレベーターのようです。
エレベーターは地上に向けて、上へ上へと昇っていきます。
「雪歩!」
プロデューサーと真ちゃんが駆け寄って、檻にしがみ付きます。
エレベーターはゆっくり動いていたので、二人は振り落とされずにしっかりと付いてきました。
「ちょっと亜美!真美!どういうこと!?説明しなさい!」
律子さんが亜美ちゃんと真美ちゃんを叱っていましたが、二人はまるで聞こえていないかのように無視をします。
二人も地上に昇っていくようです。
地上に出ると、亜美ちゃんが寄ってきて檻の鍵を開けてくれました。
「お疲れ、ゆきぴょん」
「…どういうこと?」
「地下帝国は今から崩壊するから、みんなは潰れて死んじゃうんだ」
亜美ちゃんがそう言うと、衝撃の事実を知らされて愕然とします。
「そんな……」
「本当はゆきぴょんだけ死んじゃえばよかったんだ」
「地下帝国のこと知っちゃったからね」
「だけど世界中にばれちゃったからムカついてさ」
「その腹いせにゆきぴょんにはひどく苦しんで死んでもらおうと思ったんだ」
「どういうことだよ!亜美!真美!」
「みんな死んじゃえばゆきぴょんは孤独になって塞ぎ込んでそのまま死んじゃうと思ったんだよね」
「まこちんと兄ちゃんが付いてきたのは予定外だったけどね」
恐ろしいことを考えていたようです。身体中の震えが治まりません。
「……すけなきゃ…」
「ん?なんだって?ゆきぴょん、何言ってんのさー」
「助けなきゃ!みんなを!」
その時、私の持っていたスコップが金色に輝き始めました。
「私、行きます!」
「お、おう…。気を付けてな…?」
プロデューサーは何が起きてるのかさっぱり分からないまま、私がみんなを助けに行くことを了承してくれました。
金色に光ったスコップで地面を一突き。すると地球の裏側まで届かんばかりの大きな深い穴ができました。
「そ、そんな…!」
「ゆきぴょんを止めないと!」
「おっと、させないよ」
「「ま、まこちん!邪魔!」」
真ちゃんが二人の足止めをしてくれるみたいです。
「行ってきます!」
数分後、全員を助けた後、救急車を呼んでもらいました。
亜美ちゃんと真美ちゃんを含め、11人のけが人が運ばれていきました。
二人は真ちゃんにポカポカ叩かれたそうです。
しばらくその場で待機していました。
その間に、真ちゃんから地下帝国の秘密を聞きました。二人を尋問して聞き出したそうです。
なんでも、元々は私のお父さんの会社がアイドルの育成用に作ったトレーニング施設だったそうです。
建設途中で建設が中止され、それを偶然見つけた亜美ちゃんと真美ちゃんが遊び場に改造してしまったということでした。
話を聞き終わった丁度のタイミングで、高木社長がこちらにやって来るのが見えました。
「萩原君、みんなが救われたのはキミのおかげだ。ありがとう」
「そこでなんだが…こんな時に言うのもなんなんだがね…」
「キミのその穴掘りの技術を見込んで…こんな大会があるのだが、出てみないかね」
社長の持っていたチラシには、スコップを持った屈強そうな男の人がたくさん写っていました。
「最強のアナホリストは誰だ…?『ワールド・アナホリ・チャンピオン』……?」
真ちゃんがチラシに書いてある文字を読み上げてくれました。
「脅すわけではないのだがね、実を言うと765プロの経営は今危機に瀕しているんだ」
「このままでは倒産して、みんなはアイドル活動を続けられなくなってしまう…」
「そんな…!だったら私、出ます!出て、必ず優勝して見せます!そして…みんなと一緒にまた…!」
「…そこ、なんだがね…」
社長はある事を告げた後、「考えておいてくれたまえ」と付け足し去っていきました。
「大会に出たらアイドルを続けられないなんてな…」
プロデューサーが呟きます。
「どうしてですか!?雪歩が765プロのために頑張ったとして、アイドルを続けられなくなるなんて間違ってます!」
「俺に言われてもな…」
「大体大会に出るのに765プロを辞めなきゃいけないのに、賞金を寄付する義務なんてないじゃないですか!」
「だから俺に言われても…」
真ちゃんが焦りながら喋り続けていますが、私には聞こえません。
何が何だか分からなくて、話がまったく頭に入って来ません。
ここで私が優勝しなければ、みんなを助けた意味がなくなる…。いや、人命を救助できただけでも大分意味はあっただろう。
だけど私はみんなに、またステージの上で輝いていてほしい!
「ねえ、雪歩。こんなの、出ないよね!?」
「真ちゃん…ごめんね…」
「プロデューサー…!私、やります」
「やっぱり…世界には私よりもすごいアナホリストがたくさんいます…」
「怖いですけど…勝ちたい…!ダメダメな自分を…変えたいんです!」
「そして…みんなにまた笑ってほしい…!」
私は私の意思を伝えました。プロデューサーは頷いてくれましたが、真ちゃんは必死に止めようとしています。
でも私の意思は変わりません。絶対に、絶対に!
「それが、雪歩の答えなんだな」
「はい!」
「なら、行ってこい!世界まで!」
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「…ほ……きほ…!」
「雪歩!」
凛々しい声で名前を呼ばれ、デジャブを感じながら目を覚まします。
夢を見ていたようです。
「もう!さっき起こしたばっかりなのに、なんでまた寝てるのさ!」
「ご、ごめんね。私、美希ちゃんみたいだね…」
「それより話どこまで聞いてたの?」
「話…?」
「ほら!今日の取材の反省!」
「あ…ごめん…」
「もう…もう一回言うからちゃんと聞いててね」
え?なんの取材か…ですか?
「アナホリ世界チャンピオンとしての自覚、足りてないんじゃない?」
「ご、ごめんなさい真ちゃん!」
「ほら!また『真ちゃん』って呼んでる!」
「ごめんなさいプロデューサー…」
「わかればよし!」
真ちゃんは765プロを辞め、アナホリ世界チャンピオンとなった私のマネージャーをしてくれています。とても頼もしいです。
真ちゃんの声を聞いていると、とてもやすらいで、眠くなってしまいます。
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「こら!また寝ようとしてる!」
「ご、ごめんなさいぃ!穴掘って埋まってますぅぅぅ!!」
ドゴゴゴゴゴォォォォォン!!
世界中の穴は今日も穴は丸いです。
終わり
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