春香「未来のトップアイドル」 (29)

・春香誕SSです。 地の文あり。
・春香さんお誕生日おめでとう!!
・書き溜めてあるのですぐ終わります

ではよろしくお願いします

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「うえぇえぇぇ…………」



「うわぁぁあん…………」

一人の女の子は泣いていた。
大好きなお母さんとはぐれ、一人ぼっちになった現実を受け入れて、
自分の何倍もの身長をした大人たちが行き交う街に佇んで。

心細さが心を埋め尽くし、孤独感が涙を誘う。
少女の視界では認識する事は出来ないが、行き交う人々は皆腫れ物を扱うように少女を見ていた。

それを知ることすら出来ないまま、少女は涙を流した。
自分の目尻から落ちる涙を塞ぐことすら侭ならず、
ただただパーカーの裾を握って声を雑踏に溶かしていた。



「っく…………、うぅ、っぅうあぁああ…………」


なんとか抑えようとするも、堪えきれずに漏れ出る嗚咽。
抑えるだけでとても偉いのに、大人達はそれを褒めようともせずに立ち去っていく。

中には一瞥する者や、心配そうに見つめる者も居る。
しかし手を差し伸べるまでには至らない。 そういうものだ。
自分の用事と泣いている女の子を天秤にかけて、自分を優先するのは当然の事だ。


しかしその当たり前の事さえ出来ない、ということはいけない事なのだろうか。


「………………大丈夫?」

「…………………………うぇ……?」

息を吸う度に震える体を優しく包むように頭に手を置くと、彼女はそう言った。

「………………迷子かな? お母さんとはぐれちゃったのかな?」

膝を折り曲げ、少女との目線を限りなく平行にし、
感情に揺さぶりを掛けないよう、出来るだけ声色は優しく。
しかし瞳は真っ直ぐに、少女の不安をかき消すように見つめる。

「………………ふぇええぇぇ…………」

不安は消えた。
しかし次に襲い掛かってきたのは安心だった。
泣くことで辛うじて押し留まっていたものが一度に涙腺を介してあふれ出した。

「え!? あれ!? なんで!? ちょ、ちょちょちょ、どうしてぇ!?」

彼女は目を白黒させ、まさに周章狼狽といったところ。
ハンカチを取り出し少女の頬を伝う粒を拭うと、一度フッと笑った。
少女の幼さ、あるいは母性だろうか。 それにつられるように、一度だけ微笑んだ。

「…………? ………………ぐすっ」

少女がその微笑に疑問を持つと、あっという間にはらはらと流れていた水滴は止まった。
他の事に関心を持つと、それまでの行動は全て流砂に残した足跡のように掻き消える。
実に子どもらしい。 見習うべき点の一つかもしれない、と彼女は少女の涙を吸ったハンカチを鞄にしまいながら思った。

「やっと泣き止んでくれた。 どうしたの? 迷子?」

インタレストの対象がこちらに向かったのを確認すると、彼女は再度質問を繰り返した。

「……………………うん」

俯いて下唇を噛んだまま、およそ6秒。 たっぷり時間を掛けたあと少女は頷いた。
一つの疑問が解消された彼女は不安を煽らぬよう極めて落ち着いた声でもう一つの疑問を投げかけぬよう問うた。

「そっかぁ……。 お母さんとかな? お父さんとかな?」

確か積極性や頭の冴えを与えてくれる脳内物質、のハズだアセチルコリンを分泌させながら、
二度目の質問の答えを求めると、少女は「おかあさん」と蚊が鳴くような声で答えた。

すると少女は、答えたことにより先ほどまでの寄る辺の無い孤立感を思い出したのか、
今一度瞳に大粒の真珠を作らんとしていた。
しかし、その真珠がアスファルトに吸い込まれる事は無かった。

「……よしっ、じゃあ私とお母さん探そっか!!」

「…………ふぇ?」

驚く間も無いまま、まともな発音すら出来ずに少女はまん丸の瞳をぱちくりさせる。
依然彼女は雲一つ無い笑顔を少女に向けたまま、うんと一度大きく頷いた。

「一人じゃ寂しいけど、二人だったら寂しくないでしょ? だから、一緒に探そ?」

しゃがんでいた姿勢を正し、すっくと立ち上がると振り向いて彼女は手を差し出した。
少女が見上げると、丁度太陽と彼女が重なり、まるで彼女がキラキラ輝いているようだった。
心の苗に、憧れという芽が出始めた。 少女がそれに気付くにはもう少し掛かる。

彼女の輪郭から漏れる太陽の眩しさに目を細めながら、
なんでこの人は自分にここまで優しくしてくれるんだろう。
未成熟な精神ながらも、少女はただただそう思わずにはいられなかった。 

そしてもう一つ、名前すら聞いていなかったことを思い出した。 
初めて会う人にはお名前をちゃんと聞きましょう。 幼稚園の先生に何度も教えられたことだ。

「……おねえちゃん、だあれ?」

差し出された手を取って握り返されるのを感じると、少女はそう言った。

「私の名前はね、天海春香、って言うんだよっ!」

太陽の眩しさに負けない、素敵な笑顔で彼女は未来のトップアイドルと答えた。


・ ・ ・ ・ ・

「…………たは~、まさか知られてないなんて……」

「………………ごめんな、さい?」

空いた手で頭を掻きながら、参ったように声を絞り出す春香に、
少女は何故このお姉さんは困窮しているのか、と解らぬまま謝罪した。

「あっ、いいのいいの。 ごめんね、こっちこそ。 うーん、私もまだまだだなー……えへへ」

発した言葉はマイナスばかりなのにも関わらず、春香は笑顔を浮かべていた。
少女にはその笑顔の理由すらも解らず、首を傾げることしか出来なかった。
だがしかし、どうやら朗らかな雰囲気を感じ取ることは可能だったようで、少女の表情は次第に柔らかくなっていった。

「おねえちゃんは何してる人なの?」

言われた途端春香の足が止まる。 少女が見上げると、不敵な笑みを浮かべていた。
そして「良くぞ聞いてくれました」と言わんばかりに得意げな表情で振り返った。

「私はねー、皆を笑顔にする仕事をしてるんだーっ」

跳ねるような声と共に、繋いだ手の振りも大きくなる。
少女は少しだけそれに振り回されながら、笑顔で答えた。

「おねえちゃんすごーい!!」

少女がそう言うと、春香は唖然とした。
こんな他にとっては曖昧とした、鼻で笑われるような答えを、少女は信じたからだ。

「…………信じてくれるんだ?」

少し怯えた風に春香は聞いた。
未知の反応に対する恐怖かもしれない。
震えてはいない、だが今の春香は誰よりも臆病だった。

「うんっ! だって、おねえちゃんは私をえがおにしてくれたもん!!」

はなまるの笑顔でそう言うと、春香の方へと身を預ける。
春香が覗き込むと、少女が上目遣いで反応を窺うように見つめてきていた。

それにより恐怖も消え去ったのか、釣られて笑う春香。
無邪気な笑顔の前には何者をも無力ということを思い知らされるようだった。

「…………えへへ、ありがとっ」

二人で仲良く腕を振りながら歩く。
気付けば二人は公園の方へと向かっていた。

「……公園だ。 うーん、どうしよ、警察で保護してもらった方が良いよね……」

「けーさつ?」

「うん、お巡りさんだよ。 多分そっちに行った方がお母さんも見つけやす…………」

途端、服の裾を掴まれたのか春香の体が揺さぶられる。
揺れた元凶を見下ろすと、会った時と同じような瞳でこちらを見つめてくる少女が居た。

「…………そしたらおねえちゃん、行っちゃうの……?」

やってしまった。 何故あの時この子は泣いていたのか。
見知らぬ人たちの中に取り残される恐怖感に囚われていたからではないか。
良心の呵責とはこの事だ、と春香は自分の頭を叩く。

「…………? おねえちゃ……」

「ごめんね」

「え………………」

「おねえちゃんと、一緒にいよっか」

繋いだ手はそのままに、春香は少女と視線を同じくする。
肯定を促すようにそう言うと、期待通り少女はこう答えてくれた。

「…………!! うん!!」

本当にころころと表情を変える。
宝物を見るように、あるいは憧れるような瞳で春香はそう心の中で一人ごちた。

「………………でも、これからどうしよっか」

「おにんぎょさんごっこ!!」

普段から幼稚園でも好んで遊んでいるのだろう。
少女はお人形さんごっこを提案した。 しかし春香は異議を申し立てた。

「私お人形さん持ってないよ?」

「あ、わたしも…………」

「うーん………………」

「うーん………………」

二人して腕を組んで思考に耽る。
しかし少女は春香の格好を見よう見まねで実行しているだけであり、
実際に考えているかは甚だ疑問である。

次第に組んでいた腕が緩み、春香は陽気な太陽に当てられて気分を良くしていた。
彼女も少女に負けず劣らずころころと表情を変える。

「らららおーでかっけーって転んじゃあったー……♪」

「あっ、それ知ってるー!」

「えっ、ホント!?」

無意識の内に出たハミングを聞くと、少女は飛び跳ねた。

「テレビでながれてたー! それ好き!!」

「うわー嬉しー! ありがとー」

確かに、この曲がリリースされた時は下の上とは言ったものの、ランキングには乗ったことがある。
いくらか番組でも歌った記憶も存在する。
少女はその時にでも聞いたのだろうか、何にしろ好きと言ってもらえたことが何よりも嬉しかったようで。

「よーし、じゃあおねえちゃん歌っちゃうぞー!」

気分を良くした春香はとても小さな突発ライブを始めた。

「わたしも歌うー!!」

「うんっ! 一緒に歌おっか!」

突発ライブに乱入してきたのは、可愛らしい一人の女の子。
第三者から見れば、とても珍妙な光景かもしれない。
しかし当人たちはそんな事、微塵も考えてなどいなかった。

「今やってみったいっのっとー♪」

「いまぁやってーできーるぅのーはぁー♪」

「わ、上手上手! 凄い!」

パチパチと拍手をしながら賛辞を送る春香。
そんな二人を見て、通りがかる人は皆笑顔を浮かべて通り過ぎていった。

「えへへー! なぁーんかぁーあわーないーよっねー♪」

(あれ…………?)

突然春香に既視感が襲い掛かった。
こんな事が前にもあったような、私が子どもの頃。 と。
しかしそれを思い出すことは出来ず、少しの間呆けてしまった。

「…………おねえちゃん?」

歌を止めた春香に訝しんだ瞳を向ける。
その眼差しを受けてようやく春香は自我を取り戻したようになる。

「……あっ、ごめんねっ! ……続けよっか?」

「…………うん!」

しかし、胸の中にあるしこりは消えないままで。
だが今優先すべきは、少女の笑顔だと一旦意識から切り離す。


「「スタートスタートスタァーットー♪ エーヴィシンオッケー♪」」

・ ・ ・ ・ ・

突発ライブは、一時間も満たないうちに終了した。

少女の母親が探しに来たためだ。
警察に行く前に、公園のような人が集まる所に行ってみようと思ったらしい。
お陰で早めに見つけることが出来た。 そう言っていた。

しきりに頭を下げ続ける母親に、お返しとばかりに頭を下げ続ける春香。
互いに頭を下げ続ける二人を見て、少女は「変なの」と鶴の一声で一蹴した。

その一言のお陰か、お辞儀合戦は一先ず終わりを迎えた。
最後に「では」と言うと母親は少女の手を引いて並木道を歩いていった。
桜が植えられた並木道だったら良かったのに、と気付かれないよう小さな声で春香は呟いた。

終始力強く手を振り続ける少女を見送りながら、
春香の心の中には一つだけ疑問が浮かび上がっていた。

疑問というか、喉の奥で出掛かって詰まっているような。
あの時感じた違和感はなんだったのか。
少女と一緒に歌って、踊って、笑顔を浮かべたあの時感じた、あの感覚は。

と、言わんばかりの表情を浮かべた春香をよそに、
幾分か遠のいた少女は聞こえるよう大声で夢を語った。

「おねえちゃーん!! わたし、おおきくなったらおねえちゃんみたいな人になるー!!!」

「えっ…………」

「わたしも、おねえちゃんみたいにみんなを笑顔にする人にー!!!!」



少女は、アイドルになると宣言した。


春の香りを交えた風が一度首を撫ぜる。

それにより頬を伝う雫の軌道が少しだけ変わった。

天海春香は泣いていた。

「そっか…………。 そうなんだ………………」

たどり着いた一つの答え。
その答えは彼女だけが知っている。

「あの子は…………、私なんだ…………!!」

小さい、今よりも子どもの頃、春香は近所の公園で良く歌を歌っていたお姉さんと一緒に歌い、
そして褒められたことが切欠で、みんなを笑顔にする仕事、アイドルを目指した。
天海春香のアイドルの道を歩む切欠はこうだった。

少女は今、春香と同じ軌跡を歩もうとしている。

「うっ……ぐ……うぅ…………っ!!」

必死に押し殺そうとするも喉の、口の、歯の隙間から嗚咽が漏れ出る。
漏出するのは心の欠陥ではない、肉体の欠陥でもない。
あふれ出る想いが涙となって具現化しただけに過ぎない。


「うぅうぅううぅぅうぅぅ…………!!!」



気付けば少女と母親は見えなくなっていた。
きっと見えなくなった今でも少女は手を振り続けているのだろう。
夢の切欠を与えてくれた春香に最大限の愛を込めて。

「………………っっ……」

服の袖で強引に涙を拭う。
袖には少量のマスカラがこびり付いていた。

ふと空を見上げる。
いまだ雲が立ち込めることも無く、太陽は燦々と煌いている。
目を細めながら太陽を直視する。 熱さで涙を蒸発させるかのように。

「……………………名前、聞き忘れちゃったな」

ポツリと呟いた小さい後悔。
しかしその声色は明るいものだった。


「……待ってるよ、私目印になってるから」

それは、トップアイドルになるという何よりも確かな表明だった。


「………………目指せ、トップアイドル」


誰にも聞こえない声で、誰よりも強く、そう呟いた。
「目指せ、あの子の目印」と、そう強く呟いた。





おしまい

混雑しすぎてまともに投下できなかったYO!

ここまで読んでいただきどうも有難う御座います。
春香さんお誕生日おめでとう!!!!! 遅くなってごめん!!


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