四条貴音「アイドルのガール」 (36)

8年前は大パニックとなったこの町ですが、5年の月日が経ちますと落ち着いた、

というのか、それとも諦めたというのか、随分と静かになりました。

あと3年で世界が滅びるなんて想像できません。

ある日どこからかメガホンを持ったおじ様が現れ、ハイ、カット! 

と叫ぶんじゃないのかと思いをはせることがあります。

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「お姫ちゃん、そりゃみんなそう思ってるよ」

行きつけのラーメン屋のご主人にそんな話をすると笑ってそう答えました。

「目を覚ましたら隣に女房がいて、何うなされてんの? ってバカにされてさ、それでなんだ夢だったのかっていうオチがつくんじゃないかってさ」

考えることはみな一緒のようです。

「ご主人はどうしてここにいるんですか?」
 
「俺にはラーメン作るしか能がねえからな。 それに」

暇だしな、と少しためらうように言いました。
 
「まあお姫ちゃんくらいしかいねえよ食いにくるのは。 でもすげえ嬉しい」
 
私はラーメンをすすります。少しずつ少しずつ。こんなにおいしいものをすぐに食べ終わるのはもったいないものです。

「滅亡したらあっちの世界はどうなんのかな?」
 
「と、いいますと?」
 
「天国だよ。 1億人以上の奴らが一気に押し寄せるわけだろ? 大パニックになるぞ」
 
「善行をしたものだけが天国にいき、悪行をしたものは地獄へ行く。これでかなり人数は絞られると思います」
 
「いや、そんな大真面目に答えられてもよ」

いわゆるジョークというものだったようです。
 

ラーメンで空腹を満たしたあと、

行き先を悩んだ末にあそこに行くことにしました。

一人で家にいるのは不安ですから。

あそこなら、いつも誰かがいます。


「貴音」

歩き始めてすぐ、後ろから声がしました。

「響」

「貴音も今から事務所なのか?」

「ええ。 やはりあそこにいれば落ち着きます」

「自分もだぞ。それに家にいても暇だからなー、なっハム蔵?」

の上にいたハム蔵が返事をします。

「みんなのためにも、最後まで生きていよーな」

どう声を掛ければよいのかわかりません。

響があのときのショックから一生懸命立ち直ろうとしているのは理解できます。

「貴音……自分大丈夫だぞ。 ありがとな、泣いてくれて」

「ええ」

ハム蔵以外の動物たちは、


人間を襲う恐れがあるということで殺されてしまったそうです。


響にとっては彼らはペットではなく家族ですから、


肉親を殺されたことに等しいことです。

「はいさーい」

「こんにちは」

「ひびきーん!」

「お姫ちーん!」

ドアを開けたとたん亜美が響に、

真美が私に抱きついてきました。

彼女たちが私にこんなことをしたのは初めてです。

世界中が大パニックに陥っていた8年前も


無邪気で笑顔の絶えなかった彼女たちですが、


内心では不安なのでしょうか?

「うえーん、亜美たち以外誰もこないから心配したよー」


「まだ昼過ぎですから」


「でもでもでもー」


テーブルを見ると二人でいつもやっているゲーム機が放り出されています。


暇を持て余していたのでしょう。

「貴音、あれやるぞ」


「そうですね」


事務机に置かれている写真たて。


プロデューサーと音無さんと律子さんです

このご時勢ではお葬式も挙げられず


仏壇も入手が困難なので


このような形にせざるをえませんでした。


ぱんぱん、と2人そろって手を叩きます。

「うーん、やっぱどこもやってないよー、ニュースばっかりー」


いつの間にか双海姉妹はテレビの前にいます。


「はあーだめだめー」亜美がリモコンを放り出し


途端、沈黙。

微笑みながらお茶を置いてくれる


素敵な方はもういません。


「ウシ吉元気かな」


響が呟きました。途端、


双海姉妹の顔が明るくなります。

「懐かしいですなー ふるさと村のお仕事」


「あのお仕事が私たちのアイドルの第一歩でしたね」


「うんうん、ゆきぴょんがはっちゃけて面白かったよね」


「あーあの時なぜか料理手伝わされてムカついたわ」

「そーそーいおりんが泣きながらタマネギ…えっ?」


「気付くの遅いのよバカ」


いつのまにか伊織が来ていたようです。


この状況になっても口の悪さは変わっていないようです。

「いおりーん!」


亜美真美が伊織に抱きついたとん、ドアが開きます。


今度は誰なのでしょうか。


「こんにちは」


切れ長の目、青い髪、千早です。

「みんなたまたま一緒になったの」


千早が自分の後方を指差します。


ぞろぞろと後ろから人がやってきます。


真が。幸歩が。やよいが。美希が。あずさが。春香が。


今日はかなり幸運な日のようです。

みんながいれば寂しさは薄れていくのですから。


何をするわけではありません。


でも家で一人でいるよりはよほど有意義だと思います。

「あー君たち」


突然の社長の登場です。


「先ほど電話があったんだが」


電話はつながるのですか。

「ふるさと村が、もう一度うちでライブをやってくれないかと」


なんというタイミングでしょうか。


「はいはーいやるやるー!」


真っ先に手を上げたのは双海姉妹でした。


一番退屈そうにしていたのは彼女たちでしたからね。

「プロデューサーさん! ライブですよ!ライブ!」


春香が今は亡きプロデューサーに話しかけています。


そのことを咎めたりする者はいません。

社長は悪戯を成功させた子供のように、ニヤリと笑い、


じゃあ返事してくる、と、部屋に戻りました。
 

「衣装とかどこにあるかな」
 

「曲何にするー?」


出番順は。司会は。練習の日取りは。


みんなの意識はすでにライブへと向かっているようです。

「みんなーちょっといいかなー」


春香がいうと今までの喧騒が消えました。
 

「久々のあれやろうよあれ」


「ああ、あれね」

「765プロー! ファイトー!」


「オー!」


私は、このまま時間が止まってほしいと、そう願っていました。



おそらくほかの皆も。

お わ り

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