FinalFantasy零式 心寄/奇譚 (53)


――私は、あまり運のある方じゃない。


 学校では、人前で話すことには全く慣れていないのに講演を頼まれる。

 戦闘では、使っている武器の為か前線を任される。

 クラスでは、はっきり言って世間一般に言う『女子』としての扱いはあまり受けたりはしない。


セブン「それにしても……」


 しかし、今挙げた3点は、全て自己の努力で解決できることだ。

 話す事が苦手なら練習をすれば良い。 戦闘が苦手なら鍛錬を積めば良い。 女子の扱いを受けたければそういう振る舞いをしていれば良い。

  だから、『運』という言葉で解決するには、些か都合が良過ぎるのかもしれない。




 だが。


セブン「…………これは、運が悪いとしか……。表現はできないな」



 赤と黒で構色された制服を通り抜け、突き刺す様な直射日光。
 一面を見渡すと、視界に広がるのは怏々となるような砂丘、砂山、砂塵。


セブン「………………砂漠、だな」

 
 それ以外の表現方法は、思いつかない。
 運が悪い、という辛辣な言葉が、重く私の心に絡みつく。
 






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 事の発端は、つい先日のクラサメ隊長からの指令だった。


クラサメ「各々、健闘を祈る」


 『課外授業』とでも呼ぶのだろうか。
 皆が渋い顔をしてるのを理解していたのだろうが、隊長はあえて無視し、私たちにそう告げた。

 彼が我々の意見に耳を傾けることなど、今までもほとんどなかったが、今回はいつもとは質は違うものだった。


『自足・自力による戦地からの帰還命令』


 私を含め、皆が嫌悪感を露にせざるを得ない理由は、これに尽きるだろう。

 ただの課外演習だったら、私たち零組は幾度と無くこなしていた。
 むしろ、私たちは発足当時から机に向かう勉強より実践の方が遥かに多かった。

 それが……だ。


クラサメ「白虎・青龍との戦いは我ら朱雀の勝利となった」

クラサメ「被害は甚大なものとなったが、我らが得たものはそれ以上に大きいと言えるだろう」

クラサメ「今はまだ諸国の攻撃による被害を受けた朱雀領土の補修・修繕を行っているが、いずれ朱雀は国家として大きく成長するはずである」

クラサメ「……だが、そうして得た『平和』には危惧すべき点もある」

クラサメ「『平和』という状態は、君たち朱雀候補生、つまり戦士たちの自己抑制力を弛緩させる」

クラサメ「そうして、稽古の怠慢・戦力の低下に繋がってしまうのではないか。 ……そういった危険性が挙げられるわけだ」

クラサメ「諸君らの任務は、ただ無為にアギトを目指すということだけではない。 朱雀を外部の侵略から守ることも含まれている」

クラサメ「それが、戦争を終えた途端に日和り、軟弱になってしまったのでは、零組という特別クラスを設けた意義がなくなってしまう」





 ここでナインやサイスたちがブチ切れたのは言うまでもない。
 
 元々乱暴な気質かつ耐え性の無いナイン。
 実力不足、と揶揄されたことに腹が立ったのだろう。 隊長に食って掛かった。

 もちろんクイーンやエース、そしてデュースと言った零組のメンバーは、通常授業の続行を希望したし、
 私やトレイたちも隊長の指示には難色を示さざるを得なかった。
 
 だが、隊長はそんなことはお構いなしといった様子で、話を続けた。


クラサメ「よって、これから君たちに命ずる」

クラサメ「……そこの移動式魔方陣に乗り、各自無差別に選定した地域へ移動。 到着し次第、本国へ帰還せよ」

クラサメ「無論、支給物等は最低限の金銭、そして回復薬のみ」

クラサメ「諸君らが勲功を収めることを、心より期待している」

クラサメ「それでは、ーー」


 それから1時間と待たず、私たちは全員、オリエンス各地に飛ばされた。







セブン「……はぁ」


 思い出すだけでため息が出る。
 私は、戦争を終えたのにも関わらずまだ訓練を続ける意味が、よく分からなかったから。


 今回の件について、他の零組の人間はどう思っているかは知らない。
 もうしかしたらナインやケイトたちの様な好戦的な奴らにとっては、案外都合のいい事かもしれない。

 だが、少なくとも私は戦闘なんて好き好んで行っているわけではないし、
 モンスターや盗賊たちといえど、不用意に怪我を負わせたりファントマ化させてしまう事は、あまりしたくはなかった。


セブン「(とりあえず、…………進むか)」


 自分がどこに飛ばされたのかは分からない。
 と、言うよりも、私はこれから何をすれば良いのかすらあまり分かっていない。
 帰ればいいだけなのか、それとも新しい技術でも持って帰還しなければならないのか。
 隊長が出した指示の裏を、計り知ることはできていない。

 ただ1つ私が分かる事は、ここにこのまま居ても無駄な日焼けをし、更には干涸びてしまうだろうということだけだ。



【 Mon PM 13:30】


セブン「ぷはっ……」


 不幸中の幸いだった。
 砂漠各地に点在している水源、オアシスは、到着地点から1時間弱程度歩いた所に見つけられた。

 渡されたポーチを確認したが、入っていたのは10個のポーションと、戦地用のテント、そして食器類。
 飲料水等は入っていなかったのだ。  不安が募った分、見つけられたときの安堵感は大きかった。


セブン「(……これで、干涸びて死ぬ、という最悪の事態は免れた)」


セブン「(……しかし)」


 空を見た所、まだ昼を過ぎたばかりといったところか。
 じりじりと身体を照らしてくる太陽の位置がまだほとんど沈んでいないから、すぐに分かる。


セブン「(どうしたものかな……)」


 移動用のチョコボでも使えたら、かなり楽なのだろうが……。
 隊長の事だ。そんな甘えは許さないだろう。 後々の対処が面倒になることは容易に想像がついたので、私は最初からチョコボを召還しようとはしなかった。

 しかし、目の前に見えるのは全て黄色い砂の山。
 足跡すら残らないレベルに研磨されたものだ。

 海の上やどこかの離島に飛ばされるよりは楽なのだろうが、それでもコンパスを頼りに進むには、遭難のリスクがあまりにも高い。


セブン「かといって、動かないと帰れない……か」


デュケラトプス「ガァァァッ!!!!」


セブン「!?」



 迂闊だ。砂を踏みしめる音を聞き取れなかった。
 先の見えない絶望感に浸り過ぎていたのかもしれない。
 

セブン「っ!」

 
 すぐに武器を出し反撃しようとするが、そこで反応が遅れたツケが来る。
 頭突きを肩に食らい、数メートル吹き飛ばされた事に気付くには数瞬の時間が必要だった。


セブン「……っぐ!」


 立て直そうとするが、三半規管を揺り動かされた為、頭が上手く回らない。
 普段腰に付けているウィップソードがやけに重く感じられたのもそのせいだろう。


デュケラトプス「っふるぅうぅううううっ!!!」


 しかし。
 敵は悠長に待つ事など、してはくれない。
 砂漠に獲物などはそうはいないだろう。血走った眼、口から滴り落ちる粘着性のある唾液から、余程の空腹である事が読み取れた。





デュケラトプス「うぐううううううっ!!!!!ぐがあああああぁぁぁぁぁっ!」


 腰を低く屈め、一歩を踏み出す。 さっきよりも勢いの付いた突進だ。
 そして、相手は無防備になった私。
 大ダメージは避けられない。


セブン「(く、そ……)」


「おっと、危ないよ~?」


セブン「……(な、んだ……!?)」


デュケラトプス「ぎっ!!!ぐぁう!!!ぐがああぁあっ?!!」


「いやぁ~、……最近、斬ってなかったんだけど……。 ごめんねぇ~?」


セブン「……っ」


 砂の山に倒れ込む私の目の前で戦闘は始まり、一瞬でそれは終息を迎えた。
 虚ろになり掠れ行く意識の中で確認できたのは、レッドファントマを受け取る人影と、倒れ込む大型獣の姿だった。




【 Mon PM20:34】


セブン「……っん、ぅ」


 しゃく、しゃく。
 定期的に鳴り響く靴底と砂の擦れる音を聴いて、目が覚めた。

 最初に気付いたのは、今の時間。
 どうやら既に夕刻を過ぎて、夜になってしまったようだ。
 夜空には星が点々と灯っており、辺りを照らしている。


セブン「……」


 次に気付いたのは背中と太ももに感じる暖かさ。
 何か、私より大きいものに抱えられている様な……


セブン「(っ!?!?)」

ジャック「あ、起きた~?」


 !?!??!?
 ど、どういうことだ!?
 な、何でジャックが、ここに?!
 いや、っというよりも何故私はこんな形で抱かれているんだ!?





ジャック「大丈夫~? 一応、ポーションでも飲んでおく~?」

セブン「えぇっと……、あ、あーっ。じゃ、ジャック。ポーションは、大丈夫だから。……と、とりあえず降ろしてくれないか?」

ジャック「ん~?僕は別に大丈夫だよ~?」

セブン「いや、そ、その……。 自分で歩いて夜風に当たりたいんだ……」

ジャック「あ、そういうことか~。 ごめんごめん」


 ジャックはゆっくりと腰を下げて、私を降ろした。
 先ほどまで触れられていた所に暖かさを感じて、もの凄く恥ずかしい。


セブン「(よ、ようやく降りれた……)」

ジャック「星をゆっくり眺めながら歩くのもいいもんだね~」


 そう語りかけながら、ジャックはいつもの笑顔で私の方を見る。
 砂漠では月明かりが黄色の砂に反射し、完全に暗くなるということが無いから、はっきりと表情が分かった。


セブン「……っ」

ジャック「ん~?どうしかしたの~?」

セブン「な、なんでも、ないっ……!」


 自分の顔を見られたくなくて、思わず顔を逸らした。




ジャック「それじゃ~、セブンも目覚めた事だし~」

セブン「?」

  
 よっ、という声と共に、ポーチの中からテントを取り出し、設置を始める。
 慌てて、私もそれを手伝う。


ジャック「風も冷たくなって来たし~、ここら辺で野営しようよ~」

セブン「そ、そうだな……」


 確かに、昼間のうだるような暑さが嘘の様に、夜の風は冷たかった。
 砂漠の天候は朝夜で大分違うという事は知っていたが、ここまで激変するとは……。


 戦時中は、そんな所に気を回している余裕は無かったから、気付かなかった。


セブン「こんなものか……」

ジャック「へへ~、セブンがいてくれて助かったよ。 僕はあまりテント建てるの上手くないからね~」

セブン「……」


 大方の組み立てを終え、ちり紙にファイアを唱えた所で、ジャックが笑いながらそう言った。
 少し自重気味に言っているが、実際そうでもない事を、私は知っている。
 不器用に見えて、結構やる時にやっている奴なんだ。


ジャック「あ、崩れた~」

セブン「……あそこは、お前が設置した部分じゃなかったか?」


 ……訂正。
 『…………なんだと、思う。』




【 Mon PM21:34】


セブン「……ところで」

ジャック「ん~?」


 支給品の食料と、先ほどの獣から剥ぎ取ったらしき肉を干した物を食べながら、話を切り出す。


セブン「ジャックは、どうしてここにいたんだ……? ランダムに移動するって話だっただろう」

ジャック「いや~、それがね~、実は始めから洞窟の中に飛ばされたんだけどさ」

ジャック「そこをとりあえず散策してたら、頂上に辿り着いてさ、飛竜のボスに会っちゃって」

セブン「そこは飛竜の巣だったという事か……」

ジャック「武器取り出す間も無く吹き飛ばされちゃってさ、参ったよ~」

セブン「怪我は無かったのか……?」

ジャック「あはは~、着地した時に少し腰打った位で何の問題も無いから大丈夫~」


 飛竜の巣から砂漠のある地方まで飛ばされて腰を打つ?
 『大丈夫』だけで片付く様な問題では無い気がする。
 落ちる高さにも寄るし、下は砂だから助かったのか……?

 何にしても、受け身を取る取らないとか、そんな次元は遥かに越えているだろう。




ジャック「そこで吹き飛ばされた先をまた宛も無く歩いてたらセブンが居たってわけだね~」

セブン「……」


 結果的に見て、ジャックの不運が私の幸運だったわけ、か……。


セブン「すまなかった」

ジャック「?」

セブン「私の不注意で起きたことを、お前に拭ってもらってしまって。 本当に申し訳ない」

ジャック「いや~、気にする事なんて無いでしょ~?」

セブン「……私は、心のどこかで『動きが鈍ってるわけが無い』と高をくくっていた」

セブン「その慢心が、さっきの事態に繋がった」

ジャック「そんなに難しく考える必要も無いと思うよ~?」

セブン「……本来、今回の課題は『自足・自力による戦地からの帰還命令』のはずだ」

セブン「それを、私はお前の力に頼り、開始早々で破ってしまった」

セブン「…………、さっきの事で、私は死んでいてもおかしくはなかったんだ。n……ありがとう」


 素直に頭を下げる。
 戦争が終わった今。 『戦いなんてしたくない』なんて、私の甘い考えでしかなかった。

 モンスターは朱雀領にある街を襲うし、それを撃退するのは私たちなのに。
 どこで考えを履き違えたのだろう。隊長の言っている事が、本当に身に沁みた。


ジャック「ん~……」


 ジャックは思い悩むように頭を人差し指で掻きながら、釈然としない表情をしている。
 私のせいで、ジャック自身にも罰が下るかもしれない。
 それを今理解して、自分の行いを後悔しているのだろうか。


セブン「(まぁ、それが当たり前、だな……)」


 『運が悪い』などと言い訳をして、警戒を怠った私に浴びせられるのは、当然叱責のはずだ。


ジャック「セブン~、ちょっと手伝ってもらって良い~?」

セブン「……?」


 ジャックの声に覚醒させられ、ふと見ると先ほどまで居た場所にジャックは居ない。
 地面に零組の証である紅蓮のマントを敷き、その上に置いたサラシにポーションを付着させていた。


セブン「それは……?」

ジャック「いや~、やっぱり打った所が少し痛むからさ、巻きたいんだよね~」

ジャック「手伝ってもらっていい~?」

セブン「……なっ!?」


 しゅるり、という布と擦れる音と共に、ジャックは上着を脱ぎ捨てる。
 引き締まった背中には、無数の傷と、一際目立つ青い痣。
 恐らく、その痣が落ちた時についた傷だろう。


セブン「(……よくもまぁ、痣だけで済んだものだな…………)」




 それにしても、やはり毎日のように刀を振るっているだけ有り、無駄な部分等ない程に身体が仕上がっている。
 ごつごつと波立つ背筋に、少し男らしさを感じた。
 とは言っても、私は男性の上半身をまともに見たのは、これで初めてなのだが……


セブン「(な、何を考えているんだ、私は……)」


 呆けかけていた所で、意識を元に戻す。


ジャック「セブン~?」

セブン「あ、あぁ……っ」


 困惑しつつも、ジャックの方まで小走りで駆け寄る。
 

セブン「わ、私はサラシの巻き方を知らないんだが、大丈夫なのか……?」

ジャック「普通の包帯を巻くのと変わらないから大丈夫だよ~」

ジャック「わ、分かった……」


 言われるがままにサラシを受け取り、ジャックの腰下から腰上までに掛けて巻いて行く。
 傷に触れないように、なるべく気を使いながら。


セブン「(腰回りが大きくて、中々届かないな……)」


 男と女の体付きの違いが浮き彫りになる。腕を思い切り回さないと、どうにもサラシを巻き辛い。
 だが、それだと必然的に抱きつく形になってしまう。





ジャック「あはは~、セブンの手は、柔らかいな~。 僕の手とは大違いだ」

セブン「な、なにを急に……!」

ジャック「あはは~、特に意味はないけど~」

セブン「な、なんだ……」

ジャック「いや~、女の子なんだな~とか思っただけだから、あまり気にしないで~」

セブン「(……う、ぅう…………)」


 頼まれたからにはやらざるを得ない。
 真面目にやらずに失敗するなんて、もう嫌だ。
 ……だけど。 無意識だとしても。 
 こんなセリフを言われると、恥ずかしくて顔が熱くなる。


セブン「……お、終わったが…………。 問題無いか?」

ジャック「うん、大丈夫だね~」


 腰を左右に捻って巻き具合を確認するジャック。 どうやら、本当にキツかったりはしないようだ。
 

セブン「……ふぅ」

 
 ジャックの言葉を聞いたら、ドッと疲れが押し寄せて来た。
 ……相当、緊張していたのだろうか。


ジャック「じゃあ、これでチャラだね~」

セブン「……?」


 制服についた砂を払い、ボタンも付けずに適当に着こなすとジャックがそう言った。


セブン「何の事だ……?」

ジャック「ん~。 僕もセブンを助けたけど、セブンも僕を助けてくれたでしょ?」

セブン「……!」

ジャック「だから、これでセブンが悩むのはおしまいってことでしょ? お互い様なんだからさ~」

セブン「い、いや! 私はただ手伝っただけだ! お前は――」

ジャック「じゃあ僕もただ目の前にいた敵を斬っただけ、ってことだよ」

セブン「……っ」

ジャック「何かに悩むより、すぐそれを解決して、楽しく過ごした方がいいよ~」





セブン「だ、だが!それでは私の気が済まないんだ。助けられたの事実であるわけだし、私自身の心の弛みにもここで踏ん切りを付けたいんだ」

ジャック「セーブーンー」

セブン「っ!」


 突然ジャックは振り返ると、私に向かって振りかぶる。
 思わず、私は眼をつむってしまった。


セブン「……?!」


 その時。
 頭の上に、固くて暖かい物が乗った感覚がした。

 恐る恐る眼を開くと、
 

 …………ジャックが私の頭を撫でていた。


セブン「じゃ、ジャック? な、何を……?!」

ジャック「ん~? いや~、もうクリスタルの力で、誰にされてたのかは忘れちゃってるんだけど」

ジャック「僕は子供の頃に、こうされるとすっごく落ち着いた気がしたからさ~」

セブン「……っっ」

セブン「わ、私は、子供じゃないんだぞ……っ」

ジャック「あはは~、そうだね~」

セブン「…………」


 大きな手。
 出来上がった豆が、無骨に広がっているのが、固さでわかる。
 けど、嫌じゃない。 むしろ――



セブン「………………ち、いいかも」

ジャック「ん~?何か言った?」

セブン「!! な、何でも無いっ!!」


 口ではそう言いつつも。
 ジャックには少し笑われながらも。
 心地は悪くなかった。 むしろ、ずっと撫でられていたかった。

 俯いた頭は、絶対に上げられない。
 ジャックには向けられない。絶対に見せたくない。
 顔が、熱い。


セブン「……………………ぁりがと」


 ある不運が続く日の1分間。
 人生で1番小さな声でお礼を言った、その時間だけは。 忘れられない思い出になった。
 


2年前に書いていて、私用のため書けなくなってしまったSSを書き直します。
とはいっても一部改編して再投稿する形になりますが。

FF零式、既にブームは去ってしまっているとは思いますが、スマホで番外編のアギトも出るみたいですし、ぜひ思い出しがてら見て下さると嬉しいです。

それでは。











○oo○o Curious tales of SICE o○oo○









【 Mon 13:24】

 [熱帯雨林]



サイス「……」


 私は、戦うことに好きも嫌いもない。


サイス「…………」


 黙々と、
 私を邪魔する糞共が目の前に来たら、蹴散らす。
 それだけ。

 そういうことが、多かっただけ。


サイス「………………」


 それだけでも、扱いは戦闘狂。好んでやっているように見られるときた。

 ただ、それは別に構わない。
 どう思われようと、私は私のやりたいことがやれてるのなら、どうでもいい。


サイス「……………………」


 他人なんて、所詮は駒。 先輩も後輩も序列もねぇ。 弱い奴は消えて強い奴だけが残る。
 世の中そんなもんだ。
 クリスタルの力で記憶をなくしていた時代は、そうやって納得してたし、それは今も変わらない。


サイス「…………………………おい」


トレイ「はい、何でしょうか?」


 気持ちわりい笑顔向けてくるコイツに対しても、そんな私の思いは変わらない。


サイス「何でテメェは着いて来やがんだよ!消えろよボケナス!!」


トレイ「まぁまぁ。 折角、近い場所に飛ばされたのですから。 協力して戻りましょう」


サイス「私は誰っとも組むつもりはねぇーんだッつの!! 何度も言ってんだろうが!」


トレイ「私には組むつもりがあるので、それは受け入れられませんね。 一人で戻る事に利点は有りませんし」


サイス「クラサメの野郎も一人の力でッつってただろ! っつーか、御託云々はいいから消えろっての!」


トレイ「御託云々……。 私はそこまで多くの事を理論的に語ってはいないのですが……。 と、言うより御託という言葉の所以は――」


サイス「……もういい(んとに面倒くせえ野郎だ……)」スタスタ


トレイ「……」


トレイ「……ふふっ」



【 Mon 15:00】


モルボル「うごごごごご……」


サイス「くっせえんだよ、テメェ」バシュッ


モルボル「……ぐがっ。 げりゅりゅりゅ…………」ズドン


 何の因果かは分からないが。
 私が最も気に入った武器は、自分の名前と一緒だった。


ムシュフシュ「ぶろおぉぉぉおおっっ!」


サイス「消えろ」ザッ


 それは、長い幹の先端についた片刃で、相手を切り裂く、『鎌』。
 とある言語で、サイス。 綴りは違うものの、同じ名前らしい。


ボム「ごぉぉぉおぉぉおっっ」


サイス「チッ……キリがねぇな、ほんと」


 ただ、名前が一致してることに私は別に特別な意識とか持ち合わせちゃいねぇ。
 相手をぶっつぶす為の道具が、『たまたま』私と同じ名前だったってだけ。

 戦えれば、相手を蹴散らせれば。 そんなこだわり、どうでもよかった。


トレイ「はっ!」ビュッ


ボム「っ!?…………ビュ……りゅら……」ピクピク


サイス「……」


トレイ「致死性の猛毒塗着の弓矢です。 ……せめて、苦しまずに逝けますように」


サイス「……おい」


トレイ「……はい、何でしょうか?」


サイス「…………呑気に祈ってんじゃねぇ。 誰が手を出せっつった?」


トレイ「誰にも言われておりませんが。 ただ、目の前にいたモンスターを倒したまでの事です」


サイス「……」


サイス「……糞が」


トレイ「何とでもどうぞ」ニコニコ


サイス「ふん……」スタスタ



【 Mon 16:17】


サイス「……」ブチッ


トレイ「野犬の肉ですか……。少し栄養価に欠けますね」


サイス「……ぺっ」ピチャッ


トレイ「食事の時間帯も微妙です。昼食としては遅く、夕食としては早すぎます」


サイス「……」ゴクゴク


トレイ「せめて少しでも緑化野菜分の接種をする為に、こちらのギザール野菜でもどうですか? 
……おっと、勘違いしては駄目ですよ。ギザール野菜は今ではチョコボの餌として主に使われていますが、元々その高い栄養価は人間にも……」


サイス「……なぁ」


トレイ「はい?」


サイス「いい加減失せろって言ってんの。わかんねぇ?」



 優しくされる事は、嫌いだった。
 

トレイ「それは私の勝手ですので」


 他人がズケズケと人に関わって来ることがそもそもいけ好かねぇし。
 それに―― 


サイス「……そうか」 スッ


 頼ってるようで、弱く見られているみたいで。
 私のプライドが、生理的にそういうことを拒否していた。


トレイ「……!」


 だから、私は一人が好きだった。
 
 何が起きても自己責任で。 何をやっても誰かに文句を言われることは無くて。
 そんな『自由』が、気に入っていた。


サイス「それなら、私がお前をぶっつぶすことにも異論はねぇな?」チャキ


 そうする為には、自分から他人を拒絶しないといけなかった。
 
 普通に接してるんじゃ、何にも分からない。 そんなバカ共が世の中には腐る程いるから。


トレイ「……穏やかじゃありませんね、それは」

 
 その為には、特別を作るわけにはいかなかった。
 親、兄弟、友達、クラスメート、それにマザーだって。 全部、ただの人形と同じに思う必要があった。


サイス「……これで忠告は最後だ」


 従って。
 コイツも、例外なんかじゃない。
 ……私にとって『自由の為の排除対象』だった。


サイス「…………『私の視界から、消えろ』」


【 Mon 18:48】


 零組の奴らも、任務だから接する。
 それ以外では、誰にも指図されたくないし、
 誰にも気遣われたくない。


ザァァァァ...


サイス「……ちっ(ここいらはすぐに天候が変わりやがんな…………)」


 任務は嫌いじゃない。
 色んな世界を見ることに対して抱く感情は、恐怖より興奮の方が勝っていた。
 

サイス「(……あの野郎、これを予測してたのか?)」


 だから、任務には進んで出ていた。
 それが例え、『零組の物』でなくても。
 ……今回の任務だって、実のところ私にとっては好都合だった。
 制限時間がない、ただ『帰還』を条件とする課外授業。


――トレイ『……そうそう、最後に』

――トレイ『流れ落ちてくる葉溜水には御気をつけて……』


サイス「……っ」ピクッ


サイス「……!」バッ


ザパァン!!


サイス「(……軽く見ても、10リットルはありやがる……)」


サイス「……けっ」


 


【 Mon 20:34】


サイス「……」


 目測で見ても、降水量はかなりのもんだ。
 これじゃ、テントは建てられない。


サイス「(木陰で休むしかねぇか……)」


 雨粒が空から降っては落ちて、弾ける。
 複数の水溜まりは落ちては固まり、落ちては固まり。
 いずれは小さな川の様になった。


サイス「……(これじゃ、明日になっても足下がおぼつかねぇな……)」


 他のメンバーは、どうなったのか。
 止む目処の立たない雨を見ながら、少し考えてみる。

 私がこんなドが付くレベルの田舎にぶっ飛ばされたなら、他の奴らも……。


サイス「……」


 だが、それもすぐにやめた。


サイス「……あ~、私らしくねぇ。 ……クソッ」ボリボリ


 あのクソ男のせいで、いまいち自由を体感できない。
 イラつく。


サイス「……」スッ


 クラサメの言う事が正しいのであれば、だだっ広いオリエンス中に散りばめられたはず。
 誰がどこへ行ったかも分からない。
 
 不必要な心配。 私らしくない心配。 色んな意味で、考えるだけ無駄だった。


 それに――


サイス「………………ンだよ、おめぇは」


アダマンタイマイ「ぐるる…………」



 やっぱり、さっきのは言い直す。

 戦闘は、どっちかって言うと好きだ。


サイス「腹減ってんのか……?……来てみろよ、ポンコツ」


アダマンタイマイ「ぐがぁああああああああああああああああああああ!!!!!」


 戦う時に、無駄な考え事なんて、不要だったから。
 
 自由を満喫するには、1番都合が良かったから。


【 Tue 0:02】


アダマンタイマイ「ぐぎゅ、ぶぎゅぎゅぎゅぎゅ……っ!?」バタ


サイス「……は、はっ、はぁ」


 沢山生き物がいるっつーことは、それだけ食物連鎖が激しいってこと。


サイス「……ざまぁ、みろよ…………糞が……」


 その中で生き残る奴なんてのは、必然的にある程度の強さを誇らねばならない。


アダマンタイマイ「…………っ」ピクッ ピクッ


サイス「……かってぇ甲羅しやがって、亀如きがよ……」


 私が倒したコイツだって、何年生きて来てんのかわかんねぇような大物だ。
 どんだけの奴を食って、活動して、生きて来たんだか。


サイス「(刃こぼれ……してるよなぁ……)」


 やたらと凹凸の目立つ自分の鎌を見て、少し笑えてくる。
 偉そうなこと言っておいて、どんだけ苦戦してんだよ、私は。


サイス『私は、回復薬なんていらねぇ』


クラサメ『……いいのか?』


サイス『使うこともねぇだろ。 今更』


クラサメ「……いいのか? 一人の旅路は、仲間と居るのとは比べ物にならない程厳しいものだぞ』


サイス『……ナメんなよ? …………過去の遺物・四天王様とやらとは、違うんでね』


クラサメ『…………そうか。 ……それでは、無事の帰還を祈っている』


 ふと、クラサメとの会話がフィードバックしてくる。
 悲しげな顔をしている野郎の顔も、オマケ付きで。


サイス「……がふっ、はぁぁっ…………!」ダンッ


 気付けば、雨は止んでいた。
 泥濘んだ土の動きにくさと不快さは相変わらずだったが。


サイス「……っは」ズズッ


 一部分だけ岩が突出し、屋根の様になった崖の下で、無意識に肩から崩れ落ちる。


サイス「…………自分の血、こんなに見たのは……。 二度目かもなぁ……?」


 皇国の、シドとの戦いの時。
 試練とかいうアイツにとっての『遊び』のせいで、私たち零組のメンバーは全員死にかけになった。
 そのまんま、ゾンビが歩いてるんじゃねえかって位、全員がボロボロの布っきれみたいなもんで。
 歩くのもままならかったっけか。


サイス「……へへっ」


 何で生きてるのか分からないくらい流血で、身体がどんどん冷たくなっていくのが分かった。
 手足には切り傷だらけ、胸元には頭突きで受けた打撲が目立って。


サイス「(……私、何で女に生まれて来たんだかなぁ……)」


 傷だらけになった自分の肌を見て、冗談にもならない考えが、浮かぶ。




レム『この前、リフレで新しいアイスクリーム店がオープンしたんだって! 今度行ってみない?』


シンク『え~っ!? それは聞き捨てならないよっ! 行く! 行くしかないよ~っ!』


ケイト『私たち、授業で結構忙しくて、最近リフレ行けてなかったもんねぇ』


レム『今日は時間もあるし、行ってみない?!』


シンク『賛成~! 今すぐ行こ~!』


ケイト『今すぐ!? 話が早過ぎない!?』


シンク『善は急げだよ~っ!』


レム『えへへ、そうだね! それじゃ行こっか!』


レム『あっ、でも! 他の人は誘わなくてもいいの?』


ケイト『おっとっと、そうだね。 デュースとかもこういうの好きそうだしね~』


シンク『デュースとクイーンはクリスタリウムで、セブンは三組に行ってたはずだよ~!』


ケイト『よっし! それじゃ呼びに行くか!』


シンク『お~っ!』


レム『え、えっと……。 サイスはいいの?』


シンク『ん~? うん、大丈夫だよ~!』


ケイト『……。 うん、そうだね。 良いと思うよ、あの子は』


レム『……? そ、そっか……?』


シンク『それより、早くいこ~! 私待ちきれないよ~!』


ケイト『全く、食い意地だけは張ってるんだから……』


シンク『……ぷぷぷっ。 最近太ったケイトさんには言われたくありません~』


ケイト『……ぶっ!? あ、アンタ何でそれを!?』


シンク『実は、後ろでちゃっかり見てたり……』


ケイト『私のプライバシーを返せ!!』


レム『あはは――』





サイス『――……』

【後日】


[リフレッシュルーム]


『すっごい美味しいね~!』


『楽しみにしてた甲斐があったね!』


『待ちわびたよ~!』


『美味しいですね、本当に……』


『こら、シンク。 あまり騒いではリフレッシュルームの他の利用者の方々に迷惑です』


『そんな姑みたいなこと言う方がだめだよ~』


『しゅうと……!?』


『値段の割に、本当に美味しいな……』


『ねっ! これからも皆で来ようね!』

『来よう来よう~っ!』








『………………』



サイス「……群れるのは、好きじゃねぇんだから、仕方ねぇだろ…………?」


 誰に問いてるのかって?
 私にだって分からない。

 …………多分、自分に。


サイス「……ん?」


アダマンタイマイ「……うごご、があ、げげげぎゅ」


サイス「…………」


サイス「……………………へへっ」スッ


 一人で生きて来た奴ってのは、大概渋といんだ。


 だって、消えたら、誰も覚えてなんて、いてくれないから。



サイス「…………私もお前も、似たもん同士だなぁ?」


アダマンタイマイ「…………」ググッ


サイス「……来いよ。終わらせてやる」


アダマンタイマイ「…………………」ググググッ


サイス「どうした!?ビビってんのか!??!??こいっつってんだよ!!!」


アダマンタイマイ「…………ごおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」ダッ





 ――損な性格だ、本当に。


【 Tue 6:46】


サイス「……」パチッ


サイス「…………ん」


サイス「!?」ガバッ
 

サイス「いっつ……」ビクン


サイス「(肩の方、骨がイッてやがる……)」


サイス「……って、え――」


トレイ「……おや、目が覚めましたか」


サイス「……!?」


トレイ「昨日は凄い雨でしたね。 下着までびっしょり濡れてしまいましたよ」


サイス「…………」


トレイ「……あれですか?」


トレイ「……私が手を下したわけではありません」


トレイ「私が来た時には、既に絶命していました」




アダマンタイマイ「…………」


トレイ「……あの大きさから見るに、裕に1000年は生きて来たこの辺りの長級のモンスターでしょう」


サイス「…………」


トレイ「……しかし、長年生きて来た彼の甲羅だったからこそ、たくさんの薬草が生えていました」


サイス「…………っ」


トレイ「貴方の傷も、すぐにとは言いませんが、いずれは治るでしょう」


サイス「…………」


トレイ「無事で、良かったです。本当に……」


サイス「………………」


トレイ「さぁ、それではもう一眠りしてください」


トレイ「あれだけの傷です。 流石にこれだけの睡眠では、体力的にも精神的にもキツいはずです」


サイス「……………………」


トレイ「見張りは私がしますから。 どうぞ、眠ってください」


サイス「……なことすんなよ…………」


トレイ「はい?」


サイス「勝手な事すんなよ!!!」


トレイ「……」


サイス「誰が頼んだ!? 誰が!! お前に!! っつーかなんだよ?! お前は私の保護者か!? 赤の他人だろ!?」


トレイ「…………」


サイス「クラスメートだから当然ですってか!? きもっちわりい!! きもちわりいんだよ!!」


サイス「馴れ合いはやめろよ!! 善人ぶんな!! 私の前から消えろ!! 何でいつも、いつもいつも!! いつもいつもいつもいつも!!」


サイス「お前は、お前だけは私を一人にしてくれないんだよ!!」


トレイ「………………」


サイス「私は、覚悟してたんだ!」


サイス「あの怪我じゃ、放っときゃ私は死んでた!」


サイス「それなのに……。 なのに、お前が私を生き長らえさせた!」


サイス「お前に何の権利がある!? 何の!!」


 言葉が溢れ出て、止まらなかった。

 生きていた事に、何より驚いて。
 それが嬉しいものなのか、悲しい物なのかも分からなくて。
 正直な話、私は、正常な思考を保っていなかったと思う。


サイス「何で、お前は私に付き纏うんだよ!」


サイス「あの時、お前は去っただろ!?」


サイス「私に呆れて、消えたんだろ!?」


サイス「だったら群れたい奴だけで、群れてりゃいいじゃねえかよ!!」


サイス「私は、一人でいい!」


サイス「クラスの奴らだって、私を好き好んで誘いやしねぇだろ!?」


サイス「いつでも一人だったんだ! 戦争中だって、その前だって、もちろん! 後も!!!」


サイス「…………私は!! あのまま、一人で!!」


サイス「一人で、死んでればよか――」





パァン






サイス「……っ」


トレイ「…………」

 
 空気を裂く様な、乾いた音。
 朝日の出て、湿り気のある環境だからか、余計に音が響いた気がした。


サイス「……っ何すんだよ!!」


トレイ「いい加減にしなさい!!」


サイス「!?」


 大きな声だった。
 それは、怒声でもあった。
 ただ、喧嘩の時にいつも相手から投げ掛けられていたそれとは、どこか違う。


トレイ「貴方は、いつまで自分の命は自分だけの物だと思っているのです!!」


サイス「……っ!!」


 感情がこもってるっつーのかな。 


トレイ「零組の皆さんが貴方を放っておいてる?! 冗談じゃない!」


トレイ「零組の皆さんは、貴方のことをいつも気にかけています!」


 それも、私の避けて来た類いの、感情。


サイス「はぁ!? 戯言抜かしてんじゃねぇぞ!?」


トレイ「妄言なわけがないでしょう!」


サイス「!」ビクッ


 それは、力強くて。
 何故だか、圧倒されちまうような、さ。


トレイ「いつだって一人で行ってしまう貴方の後方から、敵が来ないのは……」


トレイ「本当に貴方一人で全員倒したからだと思っていたんですか?!」


サイス「……っ!!!!」


トレイ「貴方に合わせてリフレに行く女子の皆さんの気持ちを、察したことが、貴方にはありましたか?!」


サイス「……」


 考えたことも無かった。
 そんなことをアイツらが気にしていたなんて。
 むしろ、1人の私に見せつけてるのかと思った時期だって、あった。


トレイ「…………」


トレイ「……貴方は、自分が思っている以上に、1人になりきれていないのです」


トレイ「どこか危なっかしいというか、なんと言うか……」


トレイ「全く……」ギュ


サイス「……」


サイス「…………ふぇ?」


 息を吐き出した様な声が、思わず口から零れ出た。
 外から見たより、ずっと大きな肩が、目の前にあった。

 肩に付いている金具はずぶ濡れで、相当な時間外にいたことがわかった。


サイス「……ぃやっ」


サイス「…………ゃ、やめろよ、私に、気安く触るんじゃ、ねぇ」グッ


トレイ「いいえ、やめません」グイッ


サイス「…………ぁ……」


 何か、自分でも呆れるくらい、自覚した。
 コイツの力って、実はかなり強いんだな。
 私、一応女なんだなって。


トレイ「本当に、こんな傷だらけで……」


サイス「……それは、お前だって――」


サイス「…………!?」


 ふと、私を包み込む腕を見る。

 無様に破けた黒い制服から見える素肌は、真っ赤で、見てられないくらいに腫れ上がって。


サイス「(…………あーっ、そっか)」


――トレイ『……しかし、長年生きて来た彼の甲羅だったからこそ、たくさんの薬草が生えていました』


 薬草が生えるくらい、栄養のある土壌なら。

 『毒草』が生えない理由は、ないもんなぁ。


トレイ「……なんで付き纏うか、っと、貴方は聞きましたが」


トレイ「…………心配なんですよ、私は」


トレイ「零組の中で、誰よりも気丈に振る舞っていて、何でも一人でこなそうとする、貴方が」


トレイ「…………何だか、放っておけないんです」


サイス「…………っは、はは」


サイス「それじゃ、……私がお前に子守りしてもらってるみたいじゃねぇか」


サイス「私は、1人で出来るんだよ。 別に、誰にやってもらうとかじゃなくても、1人で……」


サイス「だから、お前の心配なんざ、よ、余計な、お世話……」


 何故、言葉が辛辣になって行くのか。
 何故、言っている自分の心が痛むのか。

 よく、わからないなぁ。



トレイ「余計なお世話でもいい」


トレイ「……それで、貴方を守れるなら。 別にどう思われようと構いません」ギュゥッ


サイス「……」


 背後に回る固い腕の感触が、更に増す。
 痛いくらいに締め付けてくる感触で、
 私の嫌いな『束縛』をしてるはずの腕なのに、
 嫌じゃなかった。


トレイ「…………貴方は、目覚めなくても不思議ではなかった」


トレイ「それほどの傷だったんです」


トレイ「…………だけど、目を覚ましてくれた」


トレイ「……本当に、本当に良かった」


サイス「……」


トレイ「……誰も、貴方のことを疎んでなんていません」


サイス「っ!」


トレイ「男性陣だって、女性陣だって、教師の方々だって、……もちろん、私だって」


トレイ「貴方が……とても大切なんです! この上なく……大切な存在なんです……」


サイス「……っ?」ツー


サイス「…………!」


 自分の頬に、暖かい物が伝ったことに気付いたのは、その時だ。


サイス「……はっ、大の男が、泣くんじゃねーよ……。 気色わりい」


トレイ「…………これから言うのは、押し付けがましいことです」グッ


サイス「っ!」


 私の頬を、手の平で持って、無理矢理にでも目を合わせようとしてくる。
 その瞳は真っすぐ私の事を見ていて、逃れられない気がした。


サイス「――い、いい加減に……」グッ


トレイ「どんなことがあってもいい!!」


サイス「っ」ビクッ


トレイ「絶対に……。絶対に自分の命を粗末にしないでください」


サイス「……っ」


トレイ「死んでもいいなんて、言わないでください」


サイス「……うぇ、っ」


トレイ「何よりも貴方の事を思っている人間なら、ここに居ます。居ますから」


サイス「えぇ、ぁ、うぅぅう……」


トレイ「……生きていてくれて、本当にありがとう…………」


サイス「うぁぁ、うぁっ、ぇ、うああぁぁ…………」


 何かよくわかんねぇけど。
 知らねえ内に、こみ上げてくるもんがあってさ。



 それが自分の涙なんて認めるのは、すげえ小っ恥ずかしかった。


【 Tue 12:00】



トレイ「それでは、行きますか!」


サイス「……」


 あの後、自然に寝ちまったみたいで、相当自分の身体が疲れていた事を実感した。


トレイ「この地帯は、以前の実践演習でも来ていますし、恐らく帰り道は分かりますから。焦らずゆっくり、怪我に触らない程度の早さで参りましょう!」


サイス「……おい」


トレイ「はい?」


サイス「……その、さっきのこと…………。誰にも言うなよ」


トレイ「さっき? さっきとは?」


サイス「そ、それは、その……さっきはさっきだろうが!!ボケ!!」スタスタ


トレイ「…………」


トレイ「やはり、女性の涙は美しいものですね」ニッコリ


サイス「……」ブチ


サイス「てんめぇ……。 やっぱり、今ぶち殺してやる……」ユラァ


トレイ「ははは、それじゃ本当に出発しましょうか!」タッタッタ


サイス「話逸らしてんじゃねぇぞ!! ……ごらぁぁあああああああああ!!!」



短編を1つ1つ投下して行く形で更新します。
早くアギトをプレイしたいですね。
それでは。

どっかで見たぞこれ

>>51

2年前に更新できずエタってしまったものを作り直してますw
2年前からお読み頂きありがとうございます。

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