アコス「これ何連戦目…?」穏乃「あと一勝したら終わり…!」(740)

咲SSです。阿智賀の子供麻雀クラブの話から入ります

スレ立てるのも書き込むのもSS書くのも何もかも初めてなんで、

何かおかしなところあったら指摘オネシャス

属性としては、まったりほのぼの・シリアス

まったりほのぼのなんで、全くお話に関連のない会話もちょこちょこあります

最後辺り、ちょっとオリジナル要素ありますん

一応途中まで書き溜めてあるんだけど、ピタっと止まったら

書き溜めてるんだな、と思っていただければ

ちなみにアコスの名称は途中から憧に変わります、子供時代の憧だと認識してもらうためにアコスと書いただけなので

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368243288

―高鴨家―

穏乃「終わったー!! ってもう夕方じゃん!」

アコス「終わった…っていうか何でせっかくの休みがゲームで終わるの…?」

穏乃「いや~、そういうゲームだったんだからさ! 私だって疲れたんだよ?!」

アコス「ゲームって…、それって箱に指示が入った紙入れて、それ引いて達成できるかどうかの遊びだったよね」

穏乃「ん、私が引いたのはこれだったからね」サッ

アコス「ん、どれどれ…対戦ゲームでその日のうちに100勝…、…私ってこれだけのために朝からシズの家に遊びに来たのか…」ガックシ

穏乃「いや~、充実した日々だったね!」

アコス「どこが?!」

穏乃「ところで憧は週末のアレ、行くんだよね?」

アコス「行くに決まってるでしょー! …え、もしかしてシズは行かない…とか言わないでよ」

穏乃「いやいや! もちろん私も行くよ。 今からめちゃくちゃ楽しみでさー、もう今日から出発したいくらいなんだよね」

アコス「今から行ったら学校どうすんのよ…」

穏乃「もちろん分かってるよ、ただ気分の問題で今すぐにでもってことでさ」

アコス「……まぁそれを言うなら私も今すぐにでも行きたいね」

穏乃「お? 嬉しいねぇ。 んでね、ちょっと提案があるんだけど…」

アコス「ん?」

―松実家―

宥「玄ちゃ~ん、一緒にお風呂入ろ~♪」

玄「あ、お姉ちゃん。いいよ、入ろ~♪」トテトテ

宥「♪ …あ、そういえば玄ちゃん?」

玄「ん、な~に?」

宥「週末はお泊まり?」

玄「週末…? あぁ! いやいや、夕方に戻ってくる予定だよ」

宥「そっか、初めて玄ちゃんがいない夜を迎えるかと思ったよ」

玄「いやいや、何度かあったでしょ? 私が居ない夜って」

宥「あれ~? そうだったっけ?」

玄「そうだよ~。…思い出してみれば私がお泊まりしてくる日にお姉ちゃんが寂しそうな顔してるのって…」

宥「え、えへへ。…じ、実は///」

玄「ふふ、でもね、私も寂しいんだよ? お姉ちゃんがどこかに泊まってる日なんかは、お風呂が広く感じるし、こたつにもいないし、寂しくてさ」

宥「玄ちゃん…」

玄「でも大丈夫、待っていれば必ずお姉ちゃんは帰ってくるし、だから安心できるんだ。明日になればお姉ちゃんは帰ってくるんだって」

宥「…うん、私も待ってるね」

玄「えへへ、でも週末は夕方に帰ってくるからホント心配しなくていいんだよ」

宥「ふふ、…さてお風呂にもついたことだし、今日も長く浸かっちゃおうか」ニコッ

玄「それより流しっこしよ! もちろん前から」

宥「う、うん…」ニガワライ

宥(根は良い子なんだけど、このおもちに対する目だけがお姉ちゃんちょっと心配かも…)

―原村家―

和「あの、お父さん、その…週末なのですが…」

和父「ん? どうしたんだ和?」

和「その…ですね、私が定期的に通っている…」

和父「…、阿智賀女子でやっている子ども向け麻雀教室だったか?」

和「あ、そうです。そこで講師をしていらっしゃる赤土さんがですね、週末に…活動している子どもたちを集めて遊びに行かないか? と言われまして」

和父「………」

和「あの…私は、行きたいです…。奈良に来て、出来た友人たちも参加してて」

和父「行ってくるといい」

和「…あ、はい! ありがとうございます!」

―赤土家―

晴絵「ん、と…他に何かあったかな。…あぁそうだそうだ、カメラとかも持っていこう、あ、ブログにも載せちゃえばいっか」

晴絵「出席は…シズと憧、玄に和か。んー、綾とかはまぁまだ幼いほうに入るし、誘わずにいて正解だったかな」

晴絵「ただ、シズがなぁ…、んーむ高学年とは言え落ち着きがないからちょっと心配なんだが…」

晴絵「まぁ憧はどうせシズについていくし、シズも無理に連れまわしたりしないだろ、行き先が山だし、多分、うん、大丈夫…だろう」

晴絵「あー、でもなんか心配になってくるな。望でも誘えばよかったかなー。…でも玄と和は望知ってるんかな」

晴絵「いや、いいや、初対面の人がいて少しでもギクシャクするのもアレだし。あーでも小学生だしそんなことないか…」

晴絵「小学生…か、そういえば数年前にネクタイ渡した子って…シズ、いや玄と同い年くらいなんだろうな…」

晴絵「やっぱり私がインターハイで負けたから幻滅しちゃったりしたのかな…、あの子に会いたい気持ちもあってクラブ設立にも乗り気だったのに…」

晴絵「……ん? でもインターハイで負けて帰ってきてからあの子に会ったんだっけ? ……まぁいっか」

晴絵「さて、カメラオッケー、酔い止めとか薬類もオッケー、車もガソリン満タン。…ふむ、これで大丈夫かな」

―新子家・庭―

穏乃「やってきました! 週末で当日!! さぁ集合場所にレッツゴー!!」キャッキャ

アコス「………」

穏乃「どうした、憧! 元気ないなぁ! まるでぐっすり寝てたところを無理やり起こされたような不機嫌な顔になってるぞ!」

アコス「分かってるなら朝五時から家の前で私の名前を大声で連呼するなぁ!!」

穏乃「ふっふっふ、聞こえないなぁ、文句があるならさっさと降りて来いよぉ!!」

アコス「っ!!」バン

穏乃「ありゃ、あんな勢いで窓閉めおって、近所迷惑になるぞぉ…」

ダダダダダ!!

穏乃「おぉ! 憧の家の中から怒りを露にした激しい足音が聞こえてきた!」ワクワク

望・アコス「さっきからうるさい!!!」

穏乃「ごめんなさい望さん、ごめんなさい憧」ペコリ

穏乃「いや~、憧だけだったらちょっかいかけて笑ってその場をごまかそうって思ったんだけど、望さんが来たから素になっちゃった」

望「いや、私も本気だったわけじゃないからね、あんまり気にしないでね」アセアセ

アコス(いや、お姉ちゃんもお姉ちゃんで結構キレてたのは間違いなかったんだけど)

アコス「とりあえずいい時間になったからそろそろ出発するよ、いこ? シズ」

望「あ、え…と、車で送っていこうか?」

穏乃「いや! 大丈夫! いつも使ってる道だし!」

望「そう? それじゃ、いってら…あ、憧!」

アコス「ん? なに?」

望「晴絵から聞いたんだけど、山に行くんだよね?」

アコス「んー、確か近くに山があるだけだよ。遊んだりする場所は川の近くだって聞いたよ」

望「そう。晴絵のことだからみんなのこともちゃんと見れると思うけど、気をつけてね」

アコス(シズのことを気にかけろってことかな)「うん! 気をつけるよ! んじゃ、行ってきまーす!」

アレシズドコ? オーイオイテクゾー ア、チョットマッテヨー

望「うーん、憧ったら集中すると周りのことすぐ見えなくなるからちょっと心配なんだよね…」

望「まぁクギは差したし晴絵にも憧のことについてメールだけはしておいたし大丈夫かなー」

望「………」

望「……大丈夫…ダヨネー?」

望「まぁやらないといけないこともあるし、見に行くわけにもいかないし、待ってるか」



―原村家・玄関―

和「それでは、行ってきます」

和父「あぁ…送っていかなくて、大丈夫か?」

和「…! あ、いえ、いつもクラブに行く時と同じ道のりなので大丈夫です」

和父「そうか…、友達とは上手くやっていけてるんだな」

和「はい! それはもう! みんないい子なので、お父さんにも会ってもらいたいくらいです!」

和父「そうか」

和「あ、それでは、遅れるのも悪いので行ってきますね」

和父「あぁ、行ってらっしゃい」

ガチャ、バタン

和父「…奈良にいられるのはあとどれくらいだろうか。あと一年、二年」

和父「…和には悪いことばかりしてしまってるな」

―松実家・玄関―

玄「ん~っと、よし!」

宥「ふあぁ~ぁ、ん、玄ちゃんもう出掛けるの?」

玄「あ、お姉ちゃんあんまり口空けてあくびは駄目だよ。ちょっと用意に時間かかったけどそろそろかな~」

宥「あらら、みっともなかったね、ごめんね玄ちゃん。えっと、…夕方に帰ってくるんだよね?」

玄「うん、大体夕方、日が完全に暮れる前に帰ってきたいって赤土さんも言ってたし」

宥「そっか~。…あ、玄ちゃんもうちょっと行くの待ってて」トテトテ

玄「?」



宥「これ持ってって」

玄「わぁ~、帽子だぁ! どうしたのこれ?」

宥「えと…去年くらいかな。帽子をもらったんだけど、私はどっちかというとお日様にあたりたいほうだし…」

玄「そういえば、お姉ちゃんはあんまり帽子被ったところ見たことないね」

宥「うん、あと玄ちゃんの今の白のワンピースを見ててこの帽子あることも思い出したの」

玄「なるほど~、確かに私のこの服にこの白の帽子は絵になりそうだね」パサ

宥「思ったとおり! 似合ってるよ玄ちゃん」

玄「お姉ちゃんありがとー! それじゃ行ってくるね」

宥「は~い、いってらっしゃ~い」

―集合場所―

晴絵「さてと…30分前に約束の時間についたわけだが、やっぱりまだ誰も着いてない、か」

晴絵「集合場所はいつも通っている阿智賀女子の坂下ったところなんだが…まさか道に迷うなんてことはないしなぁ…ぁ?」

?「………」テクテク

晴絵「……! ちょ、ちょっと、君!」

穏乃「あれー?! 先生が先に着いてたんだ、あ~もう! 憧がもっと早く走れればよかったのにぃ!」

アコス「い、いや…、なんていうか…もう」ハァハァ

穏乃「どした~? これくらいで息切らしてたっけ?」

アコス「も、もう…、いや、駄目だ…。先に息整えさせて…、なんも言い返せない…」ハァハァ

晴絵「アハハ…憧、ホントに大丈夫? 水か何か持ってこようか?」

アコス「…あ、うん。そしたら、頼んでも…いい?」ハァハァ

晴絵「うむ、お任せあれ!」

晴絵「……さっきの子って…」

穏乃「ねぇ先生? さっきどこかに向かって叫んでなかった?」

晴絵「え? あ、あぁ…ちょっとね…」

穏乃「ふ~ん」

晴絵(見間違い…だったのかな、穏乃たちを見て振り返ったらもうすでに居なかったし)

穏乃「あ、先生! 水は私が持っていくよ!」

晴絵「え? いや、いいよ、穏乃だって疲れてるでしょ? 休んでなよ」

穏乃「つ、疲れてるけどさ、いや疲れてないし! だから憧に水持ってく!」

晴絵「…あ。 んじゃ頼めるかな?」

穏乃「よし来た! ありがと、先生!」

晴絵「…ホントに仲いいな、あの二人は」

―裏路地―

灼「………? さっきから、騒がしい」

灼「なんでこんな休日の朝早くに」

灼「………楽しそうだな。どこかのクラブかな?」

灼「ハルちゃんの、クラブ。…もし入ってたら、こんな楽しそうに休日遊んだりしたのかな?」

?「ハルちゃんの、クラブ?」

灼「え?」

?「あ、すいません。ちょっと気になったもので…。あの、そのクラブって赤土晴絵の麻雀教室のやつですか?」

灼「………そうだけど」

和「あ! やっぱり! 私はそこで在籍している原村和といいます!」

灼「…へぇ」ピク

和「麻雀、興味あるんですか? もしあるんだったらいつでも歓迎し」

灼「ない!!」

和「ぇ…あ」

灼「…あ、ごめん。急に大声出して」

和「い、いえ…。………」

灼「………」

和「ハルちゃんって…」

灼「………」ピク

和「名前だけ知ってるってことは、数年前のインターハイですか?」

灼「……そう」

和「それを知ってて、先生のことも知ってて、それでも麻雀に興味がない、と?」

灼「……そう。……いや、ごめん嘘ついた。麻雀に興味がないわけじゃない」

和「と、いうと?」

灼「私は…麻雀を打つ、赤土晴絵が好きなんだ」

灼「あのインターハイの時に活躍して、晩成高校を打ち破って全国出場、そして準決勝まで駒を進めた時、みんなを引っ張っていった赤土晴絵」

灼「そのハルちゃんが、好きなんだ」

灼「インハイが終わってから、来年はもっとすごいハルちゃんが出てくるかと思った。でも…姿を見せなかった」

灼「そして噂でハルちゃんが麻雀を打ってるって聞いて見に行こうとしたら…」

和「…子ども相手に麻雀を教えている赤土晴絵がいた」

灼「」コクン

和「カッコイイハルちゃんじゃなかったわけですか…」

灼「………」コクン

和「そういえば…名前、聞いてなかったですね」

灼「え?」

和「あなたの名前、です」

灼「あ、…えと…」

和「…? あ、大丈夫です。先生には言わないでおきますよ」

和「今は、会いたくない…んですよね?」

灼「…いや! 会いたい! ……でも、会いたくない…」

灼「…ごめんね、こんな話しちゃって。鷺森灼っていうんだ」

和「はい、灼さん。…ここだけの話なんですけどね、ホント、私の予想なんですけどね」

灼「…?」

和「先生の中ではまだ麻雀は終わってません、だからもし機会があれば…またカッコイイ先生が見られるかもしれませんよ」

灼「…え! なんで…分かるの?」

和「…先にも言いましたが、これは私の予想です、あてずっぽうです、…でも」

和「あの人は私たちに麻雀を教えている間も、何かずっと遠くを見ているんです」

和「大切なものを残してしまった場所を、ずっと探しているような…」

和「それがもし、麻雀に関係のあるところならば…もしかしたら…」

灼「………」

和「ホントに、予想なんですけどね。オカルトチックなものは信じない主義なんですけど、人の意思とかそういうのは信じられるんです」

灼「…ありがとう、和」

和「私は先生の勇姿を見たことはありません、ずっと子どもたちと楽しく打っている姿しか見たことないです」

和「だから私も先生の凄い姿を、背中を、見てみたいんです」

和「穏乃たちに言ったら、先生が離れるの嫌だ、なんて言いそうですけど。…はっきり言って私もちょっと残念に思いますけど」

和「いつか、先生が表の舞台で活躍することを祈りましょう」

灼「…うん!」

灼「…あ、ごめん、ちょっと用事があったからそろそろ行くね」

和「それは…引き止めて申し訳ございませんでした」ペコリ

灼「いや、いいよ。私にとって嬉しい話、聞かせてくれたし」

和「それは何よりです! 私も集合に遅れそうなのでもう行きますね」

灼「あ、うん。また機会があったら話せるかな?」

和「こちらこそです! それではその時まで、さよならです、灼さん」

灼「うん、じゃあね、和…さん」

和「……同い年だったでしょうか?」

灼「うん? 私中学一年」

和「あわわ、私はまだ小学六年です」

灼「え、だって…」

和「み、見ないでください///! あぁ…、ホントに遅れそうです。すいません、また今度! 灼さん!」

灼「あ、うん! それじゃ、また今度! …和!!」

和「はい!」

―集合場所―

憧「………」ギリギリ

穏乃「痛い痛い!! もう髪の毛引っ張らないでよぉ!」

和「…何やってるんですか?」

晴絵「あ、和、おはよう!」

和「…おはようございます。なんで憧はあんな形相で穏乃の髪を引っ張り回してるんですか?」

晴絵「あーそれがねぇ」

晴絵「かくかくしかじか。んでもって、憧に渡す水とコーラをすり替えて、メントスもついでに入れて憧に渡したのさ」

晴絵「普通に憧の心配かと思ったら、こんな時までちょっかいかけるなんて、ホント子どもだよなぁ」アハハ

和「…ちょっと酷すぎないですか…?」

憧「さいってー、もう…」

穏乃「たはは、いやもうホントごめんね」

憧「笑いながら謝るってバカじゃないの?! もう、正座占いだと二位だったのに」

穏乃「あ、そういえば憧見てたね、私は一位だったけど」

憧「…なんか腹立つわ。もう一回髪引っ張ってあげようか?」

穏乃「うわぁ、ごめんなさ~い!」ダダダ

憧「ったく…」

晴絵「大丈夫? 憧。 なんなら服とか持ってこようか?」

憧「服? なんであるの? あ…っていうか大丈夫。コーラは頭しか直撃しなかったわけだし」

晴絵「ありゃ、…ホントだ、服濡れてない」

憧「シズが頭狙ったからね。服に濡れないようにひとしきり頭狙った後、すぐにタオルで拭き取ったんだ」

晴絵「…それでも全く服に濡れてないとは」

憧「シズは分かってるけど、これお気に入りの服だからね。…分かってるはずなのに、やってくるのがシズなんだけど」

和「とりあえず、まだ湿ってるのも確かなので、タオル持ってきました」

憧「あ、ありがと。和」

憧「むぅ~、まだベトベトするぅ~」

晴絵「アハハ、今日は吉野川の上流のほうで遊ぶんだ。その時頭洗うまで我慢かな」

穏乃「上流…、ってことは近くに山はありますか?!」

晴絵「んっと、ちょっと離れるとね。 まぁ午前・午後って目いっぱい時間使うわけだし、山にもみんなで行こうと思うよ」

晴絵「流石に川水浴だけじゃ…、時間潰しづらいと思うし」

和「川水浴?」

晴絵「あー、まぁ海水浴ならぬ? ってやつ」

和「なるほど…ところで」

憧「うぅーん」

晴絵「何かあったのかな」

穏乃「そういえばまだ出発しないの? 時間過ぎてるんじゃない?」

和・憧・晴絵「いや、玄がまだ来てない」

穏乃「えぇー! 玄さんって私たちと違って阿智賀の生徒なのに…って、あれ? あの白の服着てるのそうじゃない?」

玄「はひぃ~、疲れた…」

穏乃「遅いよ玄さ~ん」

玄「ごめんね~、みんな。ちょっと慣れない帽子被ってたら何度も飛ばされて追いかけてを繰り返してたら…」

憧「うわぁー! いいな、いいな。その帽子可愛い!」

玄「そ、そう? 嬉しいな♪ …憧ちゃんも被ってみる?」

憧「いいの!? …ぁ、ごめん、後でいいかな?」

和「あ、あの。そしたら私も被ってみたいです…」

玄「おぉ! 和ちゃんの服にも似合いそうな感じですね! 喜んで、どうぞ!」パスッ

和「…えへへ、ちょっと大きいですけど、この感じ好きですね」

晴絵「いやいや、その大きいのがまたいいんじゃないかな。ちょっと写真撮らせて、和」

玄「いいですね! 和ちゃん、その帽子のまま映っちゃいましょう!」

和「あ、そ、それでは…」ピース

晴絵「…よいしょ!」カシャ

穏乃「よいしょ?」

晴絵「…いやぁ、1足す1は? みたいなこと言おうとしたんだけど、全部頭から抜けちゃって…」

晴絵「ま、まぁちゃんと撮れたし、いいじゃん?」

玄「ところで憧ちゃんはいいのですか? 帽子」

和「あ、玄さん。帽子お返ししますね」

玄「うん、ありがと」ニコ

憧「あぁ、どこかの誰かさんのせいで、今頭が甘ったるい匂いになってるんだ。しかもベトベト、これで帽子被ったら申し訳ないかなって」

穏乃「よし!! 先生! さっさと出発しましょうか! まず憧の髪を洗いに行かないと!!」

晴絵「お、おぅ…。あ、その前にコンビニかどこかでお茶とか買いに行こうな。あと欲しかったらお菓子も買ってやる、さぁ乗り込めー!」

穏乃「いよっしゃー! 私一番広いところがいいー!」ガラッ

憧「私は穏乃の横に行こうかな」ニコニコ

玄「そしたら私は助手席で景色見てますね」

和「ん、となるとちょうど後ろで年少組で固まりますね」

晴絵「よし! じゃあみんな乗ったね! しゅっぱーつ!」

みんな「おー!!」

―赤土号・車内―

玄「あ、ところでみなさん、私お弁当たくさん作ってきたので、よかったら食べてください」

晴絵「お、気が利くねぇ。 …って本当は私がやっておいたほうがよかったのか…?」

憧「ん、いや。玄ん家は旅館だし、料理とかは玄に任せてもよかったんじゃないの?」

和「え、玄さんの家は旅館なんですか?」

穏乃「あれぇ? そうだったっけ?」

玄「そうだよ~。松実旅館っていうの、そこそこ大きいんだよ!」

晴絵「ふむ、旅館っていうくらいだからこれは期待しちゃっていいのかな~?」

憧「ふふ、確かに、おっちょこちょいでどこか抜けてる玄のことだし、砂糖と塩を間違えるくらいはしちゃったのかもね」

玄「むむ! そういうこと言う人はあげませんよ?! 朝ちょっと早く起きて、私一人で頑張って作ったんですから!」

和「玄さんが私たちのために頑張って作ってくれたものを食べないわけにはいきませんよ!」

穏乃「私はたべられればなんでもいいよー! ただし、食品添加物がたくさん入っているのは遠慮したい!」

晴絵「お! 穏乃はそういうのちゃんと知ってるんだ」

穏乃「私だってもう小学六年だよ! これくらい当然だよ!」

憧「そしたらそんな頭の良いシズに、コンビニ弁当片っ端から奢ってあげようかな」

穏乃「マジで!? うわぁーい! やったー!! 最近おいしいもの多いんだよね!」

和・晴絵・玄「………」

穏乃「???」

―コンビニ・店内―

晴絵「さぁ、食べ物は玄が持ってきた弁当に期待するとして、ちょっとのお菓子とあと飲み物かな」

晴絵「水だけはすでにクーラーボックスに入れてあるから、好きな飲み物でいいぞー」

玄「むむ、そしたら私は何にしようかな~♪」

穏乃「おぉ~! 先生太っ腹! んとね…んーとね…」

憧「あ、先生。ガムとか買っていい? 飴とか」

和「…となると私も酔い止めのための梅のガムでも…」

晴絵「そうだね、そういうのも買っていいよ。ただ酔い止めはちゃんと別で買ってあるから梅じゃなくても好みのものでもいいよ」

憧「……シズ?」ボソッ

穏乃「……んー?」

憧「…ちゃんとあれ持ってきた?」ボソッ

穏乃「大丈夫大丈夫ー!」ボソッ

―コンビニ・駐車場―

晴絵「あらら、みんなあまり買わなかったんだね。ガムと飴とお茶か」

穏乃「えへへ、だって玄さんのお弁当楽しみなんだもん!」

憧「…まぁ、私もちょっとは、気になるし」

和「私も、玄さんのお弁当の前にお腹空かせておかないと…」

玄「う~、みんなぁ…! わたし頑張ったからね! 絶対おいしいんだよ!」

晴絵「将来の旅館の女将となる者の初料理か…、楽しみだな」

玄「女将になるのかなぁ、私…。お姉ちゃんもいるし」

穏乃「あれ? 玄さん、お姉さんいたんですか?」

憧「あ、私知ってるー! 宥ねぇでしょ?」

和「ゆうねえ?」

憧「そそ、松実宥、なだめるって書いてゆうって読むの…確か」チラッ

玄「うん、なだめるで合ってるよー」

穏乃「へぇ~。玄さんのお姉さんかぁ、…麻雀ってしないんですか? 聞いたこともないってことはクラブに来てなかったんですよね」

玄「うん。お姉ちゃん、寒がりであんまり外に出てこないんだ~。麻雀は出来るよ、私と同じくらいかなぁ」

穏乃「ほへ~、クラブ一位の玄さんと同じくらいかぁ…。なんでクラブに来ないんですか?」

玄「んとね…、あれ? そういえば詳しく理由聞いたことないなぁ…。 そういえばいつも話をはぐらかされていたような…」

憧「宥ねぇ麻雀打てるんだ。ちょっと知らなかったなぁ…」

玄「うん、私と、他にも地元の友達でもう一人……」

晴絵「おーい! クーラーボックスに飲み物詰め込んだからもう行くぞー!」

玄「っとと、はーい!」

穏乃「おっと、私もさっさと乗らないと!」

憧「…もう一人? っと、和も行くよ!」

和「あ、はい!」

―赤土号・車内―

晴絵「おし、あと車で10分、降りてから30分くらい歩いたらもう着くかな」

憧「え? 歩くの? しかも30分…」

穏乃「何いってるの?! 30分は30分でも、街中を歩くわけじゃないんだからさ、景色見ながらだったらすぐだって!」

玄「わぁ~、確かにそう言われると30分が逆に短いように感じるね」

和「30分…というといつも阿智賀に通うくらいの距離ですか。そこそこありますけど、確かに穏乃の言う通りにするとすぐになりそうですね」

憧「むぅ…まぁでも、歩くだけの30分じゃないしね、別にいっか」

―吉野川・中流・駐車場―

晴絵「よーし! 着いた! みんな降りてー!」

穏乃「いぇーい!! いっちばーん!」

憧「何が一番…」

和「ふぅ…うわ、風が吹いてますね…、玄さん帽子、気をつけて下さいね」

玄「あわわ、ありがとう和ちゃん」

晴絵「ん、よし。みんなぁ、自分の持ち物取って早速歩き始めるよー!」

晴絵「あと、日がちょっと昇ってきたころだから、喉渇く前にちょっとだけ水飲んでおいてー!」

玄「はーい! …んと、このお弁当と」

憧「私達は特に持ち物ないね」

穏乃「この箱だけだね」

和「私も特には…。 穏乃? その箱はなんです?」

穏乃「え? これはね…」

憧「ぁ、バカシズ!! なんで取り出してるのよ!! さっさとバッグに詰め込んで!」

穏乃「え? あ、うわわ!!」

晴絵「私は…レジャーシートとクーラーボックスを…ってボックス大きかったなぁ、歩くこと忘れてたよ」

晴絵「……ま、頑張るしかないっしょ!」

晴絵「よーし! んじゃ行きます…か? …何してんの?」

穏乃「ふぇ?! いや、なんでも…?!」メソラシ

憧(…ッ! セーフセーフ!! …ったくこのバカシズ! 晴絵に見つかるところだったじゃない)

晴絵「んー、まぁ…危ないものじゃないよな? それならいいんだけど」

穏乃「う、うんうん! 危なくないよ!」コクコク

玄「あの、先生」

晴絵「ん? どした、玄?」

玄「それ重たかったら言って下さいね、私も持ちますから」

晴絵「え? い、いいっていいって、それに玄だってお弁当とか、ほら、色々持ってるでしょ?」

玄「お弁当だけですよ、大丈夫ですので」

和「私も、ボックスはかなり重そうなので無理をすると思いますが、玄さんのお弁当を代わりに持つくらいはできますよ」

晴絵「う…んじゃ…。私がもう無理って時にお願いするね! その時はよろしく! さぁいこっか!」

晴絵(ひぃ~、途中に休憩取りながら行こうかと思ったけど、休憩取ったら玄に持たせることになっちゃうかも…)

晴絵(今このとき、頑張らなきゃ、いつするのさ! …今でしょ!)

―吉野川・上流・道中―

晴絵「ぜはー、ぜはー」

玄「…そ、そろそろ代わりましょうか?」

晴絵「? な、なんで…?」

玄「なんで、って…」

晴絵「私は…まだ、いける…よ?」ゼハー

玄(死ぬ直前まではまだいけるよ、みたいな言い方ですね)

晴絵(ぐぬぬ…、やーばい。もう頭何も考えられなくなってきたかも…)

穏乃「うひゃー! ほら憧見てよ! あのでっかい木! 登りやすそうに見えるし、高いし、絶対景色良いよ!」

憧「…登りやすそうって…、確かに景色良さそうだけどさ」

穏乃「楽しみだなー!! 早く行こー!」

和「あの、玄さん。私もクーラーボックス持つの手伝いますから、先生から奪い取りませんか?」ボソッ

玄「うーん、実はさっきから奪い取ろうと隙見てるんだけど…なんだろ、勘か何か本能的なものですぐに持ち直して奪われないようにしてくるんだよね」ボソッ

晴絵(…むむ、また後ろから気配が。絶対取らさないよ…!)ササッ

玄(むむ!)サッ

晴絵(………)サッサッ

玄(………)サッササッ

―吉野川・上流―

晴絵「ぶっはぁ…、ようやく着いた」ドスン

晴絵(よ、よし…、なんとか年上の威厳は保てた…、それどころか評価アップじゃないか?)

玄「お、お疲れ様です」ハァハァ

玄(ひぃ~、先生頑固すぎです! 私だって、他の三人より一つ上なんですから頑張り見せたかったのに)

和(玄さんが疲れるほど動いて、それと同じくらい動いているのに先生は…、穏乃と同じ体力バカなんですね)

穏乃「よぉし! んじゃまず憧の頭洗おっか!」

憧「はっ! そういえばすっかり忘れてたよ! 頭にコーラの匂いこびりついてたら責任取ってよね」

穏乃「おう! 舐め回してやる」

憧「きしょすぎるからやめて」

穏乃「おぅふ…」

晴絵「あー、疲れた。…和、時計持ってる? 今何時か分かる?」

和「え? えーっと、10時をちょっと過ぎた頃ですね」

晴絵「もうお腹減ってきたよ…、仕方ない、おつまみのさきいかでも食べてるか…」

玄「あ! そしたら先にちょっとだけ食べておきますか?」

晴絵「え? あー、玄の作ってきたお弁当のこと?」

玄「はい! たくさん量があるので、ちょっとくらいいいんじゃないでしょうか?」ガサゴソ

晴絵「いやいや、いいよいいよ、それはみんなで食べるんだから」

玄「いえいえ、遠慮なさらずに…、ほら」パカッ

晴絵「ホントにいいってば…もう、またあと……で……」

和(………)

玄「ほら? おいしそうでしょ?」

晴絵「……うん、なんかすごい独創的だ。でもこれは…うん、みんなで食べないといけないな」

玄「もう! ホントにいいんですか?」

晴絵「……なんか、さきいかも食べたくなくなってきたし、またあとで食べようか」

玄「お! 楽しみのためにお腹を空かせておいてくれるのですね!」

穏乃「へー、ベタつくのは砂糖のせいなんだ」

憧「そうなの、だから同じコーラでもダイエットコーラとか砂糖の入ってないやつだったベタつかないの」バシャバシャ

穏乃「私が渡したのは砂糖入りのやつだったからベタついてるのか」

憧「そそ、ダイエットコーラで手を洗って、逆にサラサラしたのはどこかの漫画家がすでに実証済みよ」バシャバシャ

穏乃「なんで漫画家が…?」

憧「…いや、そういうのしてる漫画家がいたってだけで、漫画家がするわけじゃないから。…ふぅ」プルプル

穏乃「あ、タオル持ってくるよー」タタッ

憧「あ、ありがと。…服、ちょっと濡れちゃったなぁ…」

憧「…? そういえば、ここに来る前に先生が服持ってるとか言ってたっけ…、…聞いてみよ」

穏乃「すいませーん、誰かタオル持ってませんか?」

和「あ、私が何枚か持ってますよ」

穏乃「んと、そこそこ大きいのある?」

和「はい、…んと、何枚ですか?」

穏乃「一枚でいいや、ありがと、和」

憧「あ、先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど…どうしたんですか?」

穏乃「あん? あれ、憧こっち来たんだ」

憧「うん、ちょっと聞きたいことが…でもどうしたんですか?」

和「その……かなり疲れているときに、ショックを受けるものを見たもので」

晴絵「」

憧「し、死んでる!」

穏乃「酷いくらいに顔面蒼白だね、どうしたんだろ」

玄「私にも分からないのです」

晴絵「もう少ししたら、分かるよ…」ガクッ

穏乃「さて! 憧の髪も元に戻ったし、何して遊ぼうか!」

憧「そだねー、せっかくの川遊びだし…」

玄「そしたら水切りとかどうかな? 私やったことなくて」

和「あ、私もやったことないからやってみたいです」

穏乃「お? 二人ともやったことないんだ。んじゃ水切りやってみますか」

憧「…ん? 私もあんまやったことないな、よく考えてみれば」

穏乃「えー? やったことあるじゃーん。ほら、一昨年くらいに学校のみんなでさ」

憧「…いやいや、その時多分私シズに付いていってなかったし」

穏乃「あれぇ…そうだっけ?」

憧「ま、いいや。そしたら私にも水切り教えてよ」

穏乃「ふむ、…んじゃ穏乃大先生の水切り講座始まるぞー!!」

みんな「おー!!」

晴絵「……うぷ」

晴絵「……玄の弁当、あれなんだったんだ…」

晴絵「緑色の…ご飯? …うぷ」

晴絵「他にも、やけに色の濃いものが多かったし」

晴絵「どうしよう…食べれそうにない…、でも、動きたくもないし、コンビニにもいけない」

晴絵「腹、括るしかないのかな」

晴絵「……いやいや、教え子の作ってくれたものだ。腹括るとかそんな言葉はダメだ」

晴絵「ここまできたら、食べて、笑顔で美味しかったと返さなければ…!」

晴絵「…そのためにもさっさと気力、取り戻さないとな」

晴絵「…うぷ」

穏乃「1、2、3、4、5、6、789…。ん、9回か」

憧「ん、最後のもカウントするの? なんか跳ねてるようで跳ねていないような、確かに波紋はあったけど」

穏乃「波紋があるってことは、水面で跳んでるって証拠でしょ? だからカウントするんだよ」

憧「えー、でも最後普通に沈んだようにも見えるよ」

穏乃「まぁ…なんでもいいんだけどね、向こう岸まで20回きっかり跳ねさせて届かせる、水切りにもこういう遊び方があるんだよ」

憧「20回…、っていうかそれテレビでやってたねー」

穏乃「おぉー! 見てたのか。 まぁあんなに跳ねさせるなんて難しすぎるけどな」

和「んと…、水平に……横投げで……」ブツブツ

玄「ふんふ~ん♪ お、この石がいいかも~。和ちゃ~ん、どっちが多く跳ねさせるか勝負しよ~」

和「む、いいですよ! 勝負です!」

憧「へへん、そしたら私も混ぜて欲しいな。シズの動きを真似たら9回は跳ねるってわけだ。負けないよ!」

穏乃「そしたら憧は私と同じくらい投げられる自信があるのなら、私も勝負しようかな」

和「でも、私たちはまだ一度も投げてないですよ、練習させてくれませんか?」

玄「…あ、そしたらチーム分けしない?」

穏乃「おー! チーム! そしたら私と最初組むのは、和かな!」

憧「妥当だねぇ、よぉし。そしたら私と玄、シズと和だね」

玄「うん、頑張るよ~」

和「~~、練習がしたかったです」

穏乃「まま、一回でも二回でも私が逆転してみせるって!」

玄「よし! そしたら私が投げてみるよ!」

憧「頑張ってー、玄~。……ってちょとまってー!! 何その石!!」

玄「え、いいでしょ、おもち石♪」

憧「そんな丸いので跳ねるわけないでしょ!! こっちにしようよ」

玄「ぺたんこ石…」

玄「よし、気を取り直して…えい!」

カッカッカッカッカッカッカッ………。

穏乃「……あれぇ?」クビカシゲ

憧「おー! 凄いじゃん!!」

玄「わぁ、ぺたんこ石でもかなりの距離行くんですね!」

憧「いや…ぺたんこ石のほうが……って、何さっきからおもちとかぺたんこって」

和「12回…ですか、よし、今度は私ですね」

穏乃「和ー! 頑張れー!!」

玄「和ちゃんやっちゃえー!」

憧「外せー!」

和「外せってなんですか?! …もう、えぃ!」

カッカッカッカッカッ………。

穏乃「11回か…」

憧「シズよりも跳ぶね」

穏乃「やめて! いわないで!」

憧「まま、実は玄も和も初心者じゃなかったとか? でも、大丈夫私は初心者だし、あんまり跳ばないはずだよ」

穏乃「ぐぬぬ、でもお動き自体はホント初心者で、フォームはさっき私が教えた通りなんだよなぁ」

和「玄さんに負けちゃいました…」

玄「えへへ、最初に投げたほうが特に気張ることもないし、結構楽かな」

和「…なるほど、私は確かに玄さんを意識してましたから少なく跳ねてしまったんでしょうか」

憧「よし! 私の番かな!」

玄「いぇーい! 憧ちゃん頑張れー!」

和「は、外してくださーい!」

憧「外せってなに!?」

和「さ、さっき憧が言ったんじゃないですかー!」

憧「アハハ、…よし、いっくよー! えぃ!」

カッカッカッカッカッカッカッカッ………。

穏乃「………」

憧「………」

玄「わぁ~、18回って私よりも多いー!」

和「すごいですね、実はかなりやってたとかですか…?」

穏乃「……憧、やってたの?」

憧「や、やってない! シズの真似をしただけだもん!」

穏乃「ぐぬぬ……」

玄「そしたら、あとは経験者の穏乃ちゃんだけだね!」

和「結構リードされてますよ! 頑張ってください、え……と、19回で同点の、20回で逆転ですね!」

穏乃「20回…か」

穏乃「超えてやるさ! 20回なんて、今まで一度も出したことないけど、うおおおおお、燃えてきたああああ」

憧「うっひゃー、シズが燃えてる燃えてる」

玄「穏乃ちゃーん、外せー♪」

和「穏乃ー、頑張ってー!」

穏乃「行くよ! …でりゃああぁぁ!」

カッカッカッカッカッカッカッ………、カツン。

穏乃「あ!!」

憧「あちゃー、向こう岸まで渡っちゃったね、勢い付けすぎたんだよ」

玄「んと、11回で向こう岸に渡っちゃったから…穏乃ちゃんは11回のカウントかな?」

和「負けちゃいましたか、穏乃、ごめんなさい、もうちょっと数を稼げればよかったんですけど」

穏乃「んー! 和ごめんね! 負けたけどなんか嬉しいや。向こう岸まで届いたのは初めてだし!」

晴絵「お、水切りか、懐かしいな」

憧「あ、先生。もう起きても…?」

晴絵「あー、まぁね。水切りくらいならあんまり体動かさずに済むし」

穏乃「おぉー! 先生もやる気ですか?! 勝負します!?」

晴絵「勝負か、いいね! でもね、私はかなり自信があるよ?」

憧「………あ」

憧「シズ、あれ持ってきなさいよ」ボソボソ

穏乃「あ…、そういえばチャンスか」ボソボソ

和「? どうしたんですか、二人とも」

玄「私は先生にこのおもち石をオススメします」

晴絵「う、うん? それはもう負け確定かと思うんだけど……」

穏乃「あ、和、ちょっと私荷物から持ってきたいものがあるから、先に始めておいて」

和「あ、はい。分かりました」

晴絵「んーじゃ、まず私の一球目から始めますか」

憧「外せー!」

玄「外してー♪」

和「は、外してくださーい!」

晴絵「……さっきから聞こえてたけど外せってどういう…? まぁいいや、おらっ!!」

ガッ、ボチャン。

玄「なんと!」

晴絵「……まぁ、こんな気はしてたんだけどね」

憧「え、何投げたの?」

和「なんだかすごく丸いような気がしたんですけど」

晴絵「玄に渡されたおもち石だよ、あれで水面を転がすのだ、と言うから試しにやってみたんだが」

玄「ふふん♪ 先生にはおもち愛が足りないんですよ。愛があれば水面を転がすことだってできるはずです」

憧「とりあえず先生はカウント1だね」

晴絵「え?! あれ、私の成績!?」

玄「ちゃんとした愛があれば、カウントは1じゃなかったはずで…」

晴絵「おもち愛の話はもういいよ…、まぁ別にいっか。ってあれ? シズはどこいったの?」

憧「ん、あー、ちょっと荷物取りに行ってる」

晴絵「あ、それって来るときに隠してたやつ? …危ないやつじゃないんだよね?」

憧「大丈夫だってば、それより、次はあたしの番だね」ドレニシヨーカナー

玄「おっと、私も新たな石を探さねば」

和「私も探しておきましょうか」

晴絵「……ふぅ」

晴絵(ここに来てよかったかな、まだ来てばっかりだけど楽しめてくれたら嬉しいな)

晴絵(やっぱ年離れてると、教え子とはいえ自分でなんだか距離作るところがちょこっとだけあるんだよね)

晴絵(…私自身は、楽しんでる…のかな?)

晴絵(……ネクタイの子に会えるかもで開いたこのクラブ、でも会えずに…)

晴絵(この子たちは優しいし、みんな大好き。あの子に会えなかったけど、この子たちには会えたし、クラブ開いてよかった)

晴絵(これから…私はどうするのかな、どうしていきたいのかな)

晴絵(麻雀から離れられていないってことは、やっぱ麻雀は好きなわけで、…この気持ちもいつかはちゃんと再確認しないといけないな)

晴絵(でも……、私が牌に触ると、じきにアレを思い出す。インターハイ準決勝、小鍛治の麻雀…。今はどうせ、プロとして名を馳せているんだろうな)

晴絵(でもって、私はそんな小鍛治から、直撃を取れたことを誇りに思いつつ、地方でクラブ開いてのんびり…)

晴絵(過去の…誇り、レジェンド…か。自分で言ってて笑える…、なんだそりゃ。私は今だって麻雀は打てる)

晴絵(過去じゃない、今打てる。今の私は過去の私よりも……強い、のか…?)

晴絵(なんだこれ…もう、なんだよ自分…。何が何だか分からなくなる…。小鍛治…もしかして、私の麻雀ってあそこで終わってるんじゃ……)

穏乃「せんせー!! はい、これ!!」

晴絵「え? なに? 箱? …持てばいいの?」

穏乃「ちーがーうーよー! この中から一つ引いて…、もう話聞いてた?!」

晴絵「あー、ごめん…。全く聞いてなかった」

和「えっとですね、先生が投げたあとももちろん水切り勝負は続行してて、穏乃が持ってきたのがこの箱」

憧「んで、この箱の中には折りたたんだ紙がいくつか入ってて、中に色んな指示が書かれた紙が入っているんだ」

玄「つまり罰ゲームですね。負けた人はこの箱の中から一枚紙を取り出して、その指示通りに行動しないといけない」

晴絵「カウント1じゃ、流石に私の負けだったか」

穏乃「そそ、先生の負けだったんだ。…んでもし指示通りに行動できなかったら、次はもう2枚引かないといけない。そしてその2枚も指示通りに行動出来なかったら……どうしよう?」

憧「ま、その時はまた帰りにジュースでも…アイスでも買ってもらおうかな?」

玄「おー! 私はダッツが食べたいです!」

和「いいですね、ダッツ四人分ですね」

晴絵(ダッツ四人分か、千円近く飛ぶけど…いや奢ってやっても別にいいんだけど…)

晴絵(…まぁでもいいや、指示通り動いても動けなくてもダッツくらい奢ってやるか!)

晴絵「ん…と、はい。これ」

穏乃「見せてー、ふむふむ…かくれんぼの鬼だね!」

晴絵「え、えぇ? そんなのとかも入ってるの? っていうかこのだだっ広いところで鬼って…」

晴絵「まぁあとで山に入る予定だったし、その時でいいかな?」

穏乃「えー? 今ここでできるんじゃない?」

晴絵「…いやだって、この川原のど真ん中って、隠れる場所何もないよ」

穏乃「いーじゃん! ほら、早速逃げるから数を数えてね」

晴絵「そしたら…一分くらい?」

穏乃「それくらいなら大丈夫かな! うし、みんな逃げるぞー!」

晴絵「かくれんぼ、か。 ホント子どもだなぁ…とりあえず、いーち! にー!」

晴絵(いいんだ、私は、こういうところで子どもの相手しててさ)

晴絵(だって私は楽しいし、この子たちの成長を見るのも嬉しい。大して麻雀上手くなかったのに、憧も穏乃も強くなっていった)

晴絵(玄はまぁ…あのドラ体質だから、基礎やって後は降りなんかの考え方を教えたらすぐに上達していった)

晴絵(それで最近友達になった和のこともある。和は小学生にしてはほとんど完成した実力を持っていたからクラブのみんなと切磋琢磨できている)

晴絵(みんなはまだ子どもだし、私の教えを純粋に受け取ってくれている。私はそれが嬉しいし、みんながもし…もし…)

晴絵(今後…インターハイで活躍してくれれば……)

晴絵(私は、もう一度………)

晴絵(って、何考えてるんだ。シズたちが高校に行くのはまだまだ数年先だろ。…あーでも、後4年か)

晴絵(4年って結構長いようで短いんだよな)

晴絵(私が今歳が20超えたところで、1年って単純に考えて20分の1って考えれるけど、あの子達にとっては10分の1)

晴絵(時間の感じ方って、年齢からでも分かるし、全く違うんだよね…。……んで、きっとあの子たちが高校に入るくらいには私のことは思い出になってたりするんだろうな)

晴絵(…というか、麻雀なんかやってないかもね。なんかそれって悲しいことだけど。まぁ、まだ子どもだし、これから色々なものに興味移るんだろうな)

晴絵(…さっきから私は何考えてるんだろ。いつからこんなこと考えちゃってるんだろ)

穏乃「せんせ、まだ?」

晴絵「あ、悪い、もう………ってシズ?! なんで近くにいるの?!」ガバッ

パーンパパーン。

晴絵「ひぅ!!? ………? …クラッカー?!」

みんな「せんせー! いつもありがとー!!」

晴絵「え…? え?」

和「ほ、ほら。やっぱり人に向けてクラッカー引っ張っちゃダメなんですよ、放心状態じゃないですか」

憧「何言ってるの、これはサプライズなんだから、驚かせないといけないじゃん」

玄「で、でも…やりすぎちゃった…かな?」

穏乃「玄さん一番乗り気だったじゃん!」

晴絵「…え? 何これ?」

穏乃「あれ、先生聞こえてなかった? じゃあ改めて言うね」

みんな「先生! いつもありがとう!」

晴絵「…え?」

憧「もう、先生ここまで来るとわざととしか聞こえないじゃん」

穏乃「いつもね、私達に麻雀教えてくれてありがとう、ってことだよ。今日もこんな楽しそうなところに連れてきてくれたし」

玄「みんな先生に感謝でいっぱいなんです。麻雀っていう楽しいことを教えてもらって、それをどんどん好きにさせてくれて」

和「私はみんなと比べて、日は浅いですけど、クラブの雰囲気とか大好きで、もちろん先生も大好きで」

晴絵(なんだこれ……)

穏乃「あ、私も大好きだよ! 先生のこと!」

晴絵(この子達ってみんな子どもだったよね? なんでこんなことするの?)

憧「日ごろの感謝の込めて、色々計画を練ったんだよ」

晴絵(こんな、心に響くようなこと…。あぁ…そっか、この子達って、日々成長してるんだっけ…)

穏乃「最初は私と憧で先生を喜ばせようとしてね」

晴絵(そうだよ、そうだ。距離を作ってるのは自分だったんだ、自分でも分かってたじゃないか。この子たちはただの子ども、まだ子どもなんだって)

憧「さっきの罰ゲームをどうにかして、先生に引かせて感謝の気持ちをみんなで言おうとしたんだ」

晴絵(感謝されてた、…この子達に感謝されてた。ここでクラブをすることは、私は心のどこかで逃げのように感じていた)

玄「それはもう、私達も参加しないわけにはいかないのですよ!」

晴絵(だって私は麻雀牌をしばらく触れなかったし、ここでみんなの成長を見守っていくことだけを考えてた)

和「もちろん、私もです。だから、…ありがとうございます、先生」

晴絵(私の麻雀は、あの時終わっている、そう思っていたけど……そんなはずはない!! 私はこの子たちにまだ私の麻雀を教えてない!!)

晴絵(私は必ず小鍛治に会いに行く……、小鍛治を倒してこそ、私の背中を、私の麻雀をこの子達に教えるんだ!)

晴絵(今このときだけの、この子達の先生じゃない。かつての誇りにかけて、私達はこの子に最前線で麻雀を教えないといけないんだ!)

晴絵(決めた…ようやく決めることが出来た…。これからの私、そしてその私がこの子たちに何を見せてあげられるか)

晴絵(…あぁもう、この子たち本当子どもでもなんでもないじゃん。この子たちのおかげで、分かった)

晴絵(私が、どれだけ、麻雀が好きだったのかを…、だからクラブも続けたし、この子たちの麻雀教室も必死でやってきた)

穏乃「……先生?」

晴絵「……これを計画したのは、シズと…憧?」

穏乃「う、うん」

憧「そ、そうだけど…?」

晴絵「そう…そっか。ところで、かくれんぼなわけだけど、みんな見つかっちゃってるよね」

晴絵「ってことで、今から鬼ごっこしようか!! 時間は5秒。すぐに追いかけるよ!」

和「え、今からですか!?」

晴絵「もちろん!! いーち、にー! あ、ついでにシズと憧を執拗に追いかけるから注意してね」ニコッ

憧「あ、ヤバ…」

穏乃「ひゃー! そうだ、川のほうに逃げれば…!」

晴絵「しー! ご!! まずはシズだぁ! 待てこらー!!」

穏乃「うひゃー、5秒って早くないですかー?!」

晴絵「そんなん10秒も待ってたら遠く行き過ぎるだろうがぁ、まてー! シズー!!」

晴絵(感謝って、むしろこっちから感謝してるんだよ、ホント)

補足
晴絵は何をしたいのか、何をしてきたのか何か分からなくなってた。

クラブを開いたことも、ただ灼に会いたかっただけで、特に他のことは考えずに開いた。

んでもって、結局会えずじまいで、憧やシズは集まってきた。

この子達に麻雀を教えてて、でも本当にそれでいいのか、とずっと思ってた。

自分が教えた麻雀は、数年もすると、他のことに興味が移って、麻雀もしなくなるんじゃないか、とも思ってた。

でも、逃げのようにここで教えてきた麻雀を、この子たちは感謝してくれてた。

晴絵の逃げてきた麻雀、小鍛治を恐れて故郷に逃げ帰ってきた麻雀。

まだちゃんとした、晴絵の本当の、小鍛治に潰されたあの勢いのある麻雀をまだ教えてないじゃないか。

小鍛治を倒して、晴絵の麻雀を、最前線の麻雀を、この子達にまだ教えてないじゃないか。

だから、小鍛治に会って、倒す。倒して、それでこの子たちに教える、これが、晴絵の持ってた麻雀だっていうのを。

麻雀がどれだけ好きだった、っていうのを教えてくれた、この子たちに最大の感謝を込めて。




本当は地の文含めて書きたかったけど、まだこの先も予定としてまだまだ書くつもりだったんで
モチベを保つためにここで時間を食うわけにもいかなかったのだー。

あと、ここで書き溜め終了です、またしばらく書き溜めたあと、投下していきます。

というか…、自分ではかなりの量書いたつもりでも、50レスくらいしか進めなかったのか。

―吉野川・上流・川原―

穏乃「うひゃー!」ブルブル

晴絵「アハハ、ごめんごめん、っていうか足場が悪いところであんなに走るのもいけないよ、足挫かなかっただけマシだね」

穏乃「いやぁ、でもせっかく川に来たんだし、一度でも川に全身で浸かりたかったから丁度いいや」ブルブル

憧「ちょ、シズ! 犬みたいにブルブルしないでも、水が飛ぶでしょー!」

和「それより、服はどうするんですか? シズの着ているそのジャージ、もう前も後ろも濡れちゃってますよ」

玄「わぁ~、最近夏になってきて、暑くなってきたけど、そんなに濡れてると風邪引くかもね…、どうしよっか」

晴絵「あ、服は持ってきてるんだよ。今日は川遊びでさ、みんな川で遊べて、服濡れた時のために何着か持ってきた、私のお古で申し訳ないけどね」

穏乃「おー! 先生すごーい! いっぱい持ってきてるー!」ガサゴソ

憧「……あ、コーラ頭に被せられた時に先生が言ってたのってこれだったんだ」

晴絵「ちょっとセンスが古かったりするけど、我慢ね、ここには誰もいないわけだし」

穏乃「お! ジャージもある!! せんせー、これ腕出すために、この腕の部分切っちゃっていい?」

晴絵「ダメ」

和「流石に人のものを傷つけるのはどうなのでしょう……」

晴絵「まぁ、どうせ着ないから切っちゃってもいいんだけど……むぅ」

穏乃「あ、冗談だったから別にいいよー! んじゃこのジャージ遠慮なく着させていただきます!」

―吉野川・上流・川原―

晴絵「んー! そろそろ12時? ……あ」

玄「お! ついに私のお弁当を見せるときが!」ワクワクガサゴソ

和「………」

穏乃「うおお! 楽しみー!!」

憧「さぁて、どんなのが出てくるのかぁ…、へへ、期待しちゃってますよ、玄!」

晴絵「え、と…レジャーシート引いておくね」

和「…私も手伝いますよ、先生」

玄「それでは、お弁当箱開けますよ~、えい!」パカッ

憧「おー! ………お?

穏乃「……む! むむ!!」

玄「どうですか?! 色鮮やかでしょう?!」

憧「……なんだこれ、…お弁当……?」

玄「なっ、失敬、失敬ですよ!  頑張って作ったんですよ!」

憧「ん、うーん。……じゃあこの緑色のご飯とかこれは…?」

玄「あ、それはですね~」

穏乃「いただきまーす!」パクッ

憧「あ、ちょ、シズ?!」

穏乃「うん、…うん!! やっぱり思ったとおりだ、美味しいよ玄さん!」

晴絵「え?!」

和「………」

玄「あ、よかったぁ! ってそういえば穏乃ちゃんには大体このお弁当が何か分かっちゃうのかな」

穏乃「はい! これって、ヨモギですよね?」

玄「そうだよ! 今回のお弁当はね、風味と触感と見た目で勝負してみました!」

穏乃「なるほど…料理のさしすせそを使わずに、って感じですかね、このお弁当を見る限り」

玄「そうです! 私の旅館の場合、良い食材を揃えてそれをお客さまに提供するんですけど、良い食材っていうのは、風味が失われていないものが大半で」

穏乃「風味が失われていないってことは産地直送とか…つまりお高いんでしょう?」

憧「え、高いの使ってるのこのお弁当…」

玄「そうだよー、今日お弁当作らせてって言ったら、これらの食材を使いなよって料理長さんに言われて……」

晴絵「え、松実旅館って料理長とかいるの!?」

玄「はい、松実旅館は料理にもかなり気を使ってお客様におもてなしをしているので…」

玄「ただ、地元のものはちょっと手を出させてはくれませんでしたけど、この食材をもらっただけで十分なんですけどね」

和「玄さんの実家は、本当に本格的なところなんですね」

玄「えへへ、とりあえず、このお弁当は風味を失われていない食材が大半です。味が薄いかとも思いますけど、そこは風味や見た目で頑張って工夫しました!」

晴絵「む…、確かに濃い色ばかりで疲れていた時にはちょっと参ったけど、よく見てみると彩り綺麗に見えてくるね」

和「こういうの、穏乃も分かるんですか?」

穏乃「私の実家も、風味を大切にする感じだからね。ヨモギはすぐに分かったよ」

和「あ、ヨモギモチ…」

憧「あー! あの緑色の! …どんな味だっけ…?」

穏乃「ヨモギモチにはあんまり味はないんだけどね、自分でヨモギ取ってきてすぐに餅にして食べるとまだ匂いは残ってるんだけど、店で出すと時間が経つにつれて、ホントすぐに匂いがなくなるからね」

穏乃「まぁでも、ほんのちょっと匂いが残ってればヨモギモチはオッケーなんだ。だから私の家が手抜きしてるってわけじゃないんだけどね?!」

憧「いや、そこまでは言ってない」

穏乃「…まぁ、風味と彩りはいいし、もう一つ玄さんも言ってた感触だね」

晴絵「ごぼうはこりこりしてて、ごはんがもちもちしてる、とかそんな感じ? 感触って」

玄「そうです! 調味料に頼る料理は確かに味がして美味しいんですが、薄味・感触・彩り・風味。これを味わってもらいたくて…!」

憧「おー! おー! ……でも、なんか…」

玄「?」

晴絵「まさか、川原でこんなガチガチの和食を食べるとは思わなかった」

玄「……あ、す、すいません」

和「…なんで玄さん謝るんですか?」

玄「や、やっぱり味があったほうが美味しかったり、したよね? 最近、こういう薄味に目覚めてきちゃって…」

和「誰もそんなこと言ってませんよ、私はこのような自然に囲まれて和食を食べれて、とてもいい経験できて嬉しいですよ?」

玄「の、のどかちゃ……」グスッ

憧「わ、私も! ちょっと意外って思っただけで、このお弁当美味しくないって言ったわけでもないし!」

晴絵「そうだよ! 私も玄が私達のために早起きして、作ってくれたこのお弁当が美味しくないわけがないし、とっても嬉しいよ!」

和「先生はホントにそう思ってるんですか? さっきのは一言余計だった気もしますけど」

晴絵「う…、どっちかというと驚いた意味で言ったんだけど、もうちょっと言葉選べばよかったね、ごめんね玄。 でもありがとう」

穏乃「玄さん、美味しいですよ! これ! こういう話も出来て私は嬉しかったですし!」

玄「み、みんな…! ありがとー! 早起きして作った甲斐があったよー!」

穏乃「いやぁ…食べた食べた。あ、でも玄さんそういえば、ごぼうのあの甘辛ダレって砂糖使ってないんですか?」

玄「お! いいところに気付いたね穏乃ちゃん…実は……」

憧「…意外ま味だった、でも本当に美味しかったなぁ……」

和「私も、あれだけ美味しい和食は久しぶりです…」

晴絵「私も久しぶりだった…、もう松実旅館に住んじゃおうかな……いや、食材は無理だろうけどレシピをなんとか玄からこっそりもらえないだろうか」ブツブツ

和「…ところで、これからどうしましょうか?」

憧「んー、私はもうちょっと川で遊びたいかな?」

和「具体的には?」

憧「わかんない、とりあえず川に入りに行こう!」

晴絵「川に入るだけでも気持ちいいからなー、特にもう暑くなってきただろ、こんなところで座ってまったりするのは私みたいな大人だけでいいんだよ」

和「…まぁ、実は川に浸かるだけというのも、やりたいんですけどね」

憧「おー、んじゃいこっか♪」

玄「あ、川に行くの? ほらシズちゃんもいこ?」

穏乃「むむ! 私はちょっと山に入りたい…かも!」

晴絵「山かぁ…、んじゃちょっとシズと二人で行ってこようかな」

穏乃「先生も来る?」

晴絵「シズはよく近くの山とかに入るの?」

穏乃「うん! ただ、大体の山はもう道覚えちゃったからね」

晴絵「え? 道を覚える? …え? 登山コースくらいあるだろ?」

穏乃「あー、いや。登山コースだとさ、なんか私の求めてるのと違うんだよね…」

穏乃「私が覚えたい道っていうのはいわゆる獣道」

晴絵「け、獣道!?」

穏乃「とりあえず行こうよ先生! 山の良い所、見所とか、いっぱい教えてあげるよ!」

晴絵(い、行きたくねぇ~!)「お、おう…、じゃ行こうか…」

晴絵(でも流石に教え子一人にさせるわけにはいかないな…)

―吉野川・上流―

和「ふわぁ…、……ぁふ」

玄「おっきぃあくびだねー、お姉ちゃんみたい」

和「あ、あわ、す…すいません」

憧「宥ねぇってあくびとかするの?」

玄「あ、ううん。今日ね、出掛けるの早めに起きて用意とかしたんだけど、お姉ちゃんが私の見送りたいって眠いのに起きてきて」

憧「あの人ってずっと丸まって寝ているイメージが強いから、無理に起きたら確かに大きいあくびとかしそうだね」

和「…え、と。どんな人なんですか?」

玄「あー、そういえば和ちゃんはまず旅館のことも知らなかったんだっけ?」

和「は、はい…」

玄「あ、別に責めてるわけじゃないから安心してね」アセアセ

憧「そしたら玄の家の紹介でもしてみようか」

玄「えー、紹介できるほどのものでもないよ~」

憧「玄ってばそういうこと言う? そしたら私の神社とか、紹介できそうなものないじゃん」

玄「憧ちゃん、神様に対してそういうの大丈夫なの……?」

憧「…………大丈夫でしょ!」

和「…プッ、今の間はなんですか?」クスクス

憧「今のは…ほらあれよ。…えと……と、とにかく! 玄の家の話をするの!」

玄「え? う、うーんと、しいて言うなら、料理と地元を推している旅館…かなぁ」

―――

玄の実家のことお話中

―――

玄「………それでさっきも言ったとおり、ちょとお金かけて、良い食材をお客様に最高の状態で提供するために、料理長を含め、多くの人材で料理をカバーしてるの」

玄「だから、うちの旅館はやっぱり料理推しかな。他に言うのであれば立地だね、二階の部屋からはどの部屋からでも景色がいいし、それぞれのお部屋が広いんだー」

玄「その分泊まれる人も少なくなっちゃうけど……ぶっちゃけるとあんまり人来ないからね」

玄「でも、たまに来るお客様に最高のおもてなしをして、満足して帰ってもらうんだ。時々フロントのほうに立たせてもらって手伝うんだけど、帰っていく人みんな笑顔で帰っていくんだ」

玄「だから私は自分の家がどれだけ素晴らしいかをお客様を通して実感も出来るし、自慢にもなれる家なんだ」

憧「紹介どころいっぱいあるじゃん!!」

玄「あ、あはは、ごめんね。喋ってみると色々語りたくなっちゃって……」

和「しかもちょっと出てきてましたけど、旅館を手伝ったりするんですね」

玄「あ、でも時々だよ? 普段は料理作ったりとか色々と家のこともたくさんあるから」

和「家のこと? そしたらご家族は旅館のほうにかかりっきりということですか?」

玄「…あー、うん」

憧「………」

和「?? あれ、どうしたんですか?」

玄「ごめん、先に話しておくべきだったね。私のお母さん、もういないんだー」

和「…あ! す、すいません」

玄「いや、こっちこそごめん。いつもいるみんなばかりだから、あえてお母さんのこと触れなかったけどそういえばまだ和ちゃんは会って日が経ってないんだったよね」

玄「私のお母さんは良い人でね、ちょっと前にいなくなっちゃったんだけど、私とお姉ちゃんの手を握ってくれてたのを覚えてる」

玄「叱ってくれて、優しくて、美人で、……うん、私の尊敬できる人なんだ」

和「お母さん、ですか……」

玄「そういえば、ここで麻雀の話になるんだけど、私ってドラが切れないこと、知ってた?」

憧「ドラが切れない? それって誰かがリーチかけたときとか?」

玄「ううん、そういうのじゃなくて………」

―吉野川・近くの山―

穏乃「なんだ、結構山にすぐ入れますね、先生」

晴絵「ふぅ……ホント、体力あるなぁシズは」

穏乃「いやぁ…ちょっとこんな立派な山が近くにあると、わくわくしてきちゃいましてね」

晴絵「…そういえばさ、獣道ってあれだよな。道なき道ってやつ?」

穏乃「そそ、タヌキとかイノシシとか、そういう動物が草の上を歩いてって、いつの間にか草が全部踏み潰されてて、道っぽくなってるやつ」

晴絵「……私あんまりイノシシとかと遭遇したくないんだけど…」

穏乃「まぁ、滅多にそういう動物はいませんよ、好奇心ある動物以外はみんな逃げますしね、それに山とはいえ周りには人が住んでるんです、もし人が住んでるところに出てくるような好奇心ある動物なら駆除されますよ」

晴絵「……山の中だとシズが頼りになる上、なんだか年上っぽく見えるな」

穏乃「それは喜んで受け取って良い言葉ですかね?」

晴絵「素直に受け取るといいよ」

穏乃「へへ、ありがとうございます。…あの、ところで木登りとか出来ますか?」

晴絵「え? まぁ…まだ出来ると思うけど…、登るの?」

穏乃「登ってみたくないですか?! 景色は絶対綺麗ですよ!」

晴絵「う、う~ん、折角ここまで来たんだから登ってみたい気持ちは分からなくもないけど……」

穏乃「じゃあ、登ってみましょう! 川原に来る途中で良い大木見つけたんですよ!」

晴絵「た、大木かぁ…どれくらいの大きさ?」

穏乃「んと……、とにかくでかかったです、一番目立ちました!」

晴絵「……頑張ってみようかな」

穏乃「ホントですか!? いやー、一緒に登ってくれる人がいて嬉しいです、しかもそれが先生っていうので嬉しさがマックスです!」

穏乃「いつもは、憧に無理いって着いてきてもらってるんですけどね」

晴絵(憧、今日はゆっくり休んでおけ……)

―吉野川・上流―

憧「――……、ん?」

和「どうしました、憧?」

憧「いや、なんか今日は疲れが取れそうな気配が……」

和「妙なところだけ具体的ですね、何のオカルトですか」

玄「そういえば憧ちゃんは、星座二位なんだってね、多分今日は疲れが取れるんだよ~」

和「だから何のオカルトですか?! というか玄さんの言葉全く繋がってないんですけど、どう繋がったんですか!」

憧「いや……でも一位が穏乃だからなんか嫌な予感がする…」

和「まったく…、ところで、憧の実家は神社ですよね? 紹介してくれませんか?」

憧「えー、…私もあまり覚えてないんだけどなぁ…」

玄「なんか神社って覚えるものがたくさんありそうだねぇ、神楽とか巫女装束とか…他にも色々」

憧「ん? 玄はちょっとそういうのやってみたかったりするの? 黒髪だし、意外と似合うかもよ?」

玄「実は、ちょっと着てみたりやってみたかったり…」エヘヘ

憧「おぉー! じゃちょっとお姉ちゃんに相談してみようかな、私も玄の見てみたいし協力するよ!」

玄「おぉー! ありがとー!」

憧「よっしゃ、覚えておこうっと。……ところで和」

和「はい?」

憧「実は、あまり覚えてないのは嘘でさ、ちゃんと覚えてるところは覚えてるんだけど、やっぱりオカルトチックなんだよね」

和「はい」

憧「だからちょこちょこ突っ込み入れるのは止めてね」

和「そ、そんな反射的に言っているわけではありません!」

憧「私の家の紹介ってのもなんか違うし、神社の、祀ってるのについて話してくね」

憧「ま、とりあえず覚えてるところだけ言うよ」

玄「待ってましたー!」

和「……どうぞ」

憧「えっとね、私の神社に居るのは神様と、他にもいるんだ」

憧「神様と……その神様が封印した、らしいものが」

和「らしい、って」

憧「まぁ、ごめん。こればっかりは今となっては誰もわからないことだからね」

憧「それで神様は違う神様のところから引っ張ってきた贄みたいなもので、それが力ずくで封印してるんだって」

憧「妖怪とかそういう類なものじゃなくて、…実は妖怪なのかもしれないんだけど、その封印しているのも同じ神様らしいのよ」

憧「その封印されている神様はどうも人間に頻繁に接触していたみたいで、…神様の世界だと頻繁に人間と接触することは禁止だったらしくて」

憧「だからその神様をどうにかして人間の元から引き離そうとしたけど、ちょっと力が強かったらしいの」

憧「それで、大きい神様が封印するための贄となる神様をこっちに寄越して、強引にこっちで封印して、人間たちに神社を作らせたらしい」

憧「うーんと、確かこんな感じ。これで紹介は終わったよ」

和「………面白い話でした」

憧「ホントにそう思ってる?」

和「本心です、憧には悪いでしょうけど、そういうフィクションの物語があったとして考えると非常に興味のあるものでした」

憧「むぅ…、ま、和にこう言わせただけいっか」

玄「ふむ、私もちょっと興味が沸きますね。ところで、神様にとって力が強いってどういうものなんでしょう?」

憧「あー、じゃあちょっと付け加えるね」

憧「その封印されたほうの神様は、なんだか人間を味方につけていたみたいなんだ。なんでも心を実体化させるとか操るとかなんとか……」

和「心を実体化? …でもそんなことをしても所詮人間でしょう? 神様に太刀打ちできるものなのでしょうか?」

憧「……和が、こういう話に乗ってきた…」

和「だ、だから! フィクションとして割り切れば、こういうお話でも十分に楽しめることができるんです!」

憧「あ、アハハ、ごめんね。えとね、ちょっと私もそこらへんは分からないんだけどね、でもね、人間と神様はどうも同じらしい、って言われてるのよ」

玄「同じ? 私達って、実は神様だとか……? それとも神様が人間だった…?」

憧「…どっちかというと後者かな、説明してくね」

憧「昔の人は神様を信仰していたけど、その神様は全知全能ではなかったんだって、その神様を降ろした巫女を神だと崇めたんだとか」

憧「それでね、人間は神様のことをなんでもない、ただの出来る人、って思ったらしいのよ」

憧「すると、神様の力は本当に人間の思っているとおりの力になってしまうんだとか」

和「どういうことですか?」

憧「んとね、どうも神様の力っていうのは人間がどう思うかで決まるみたいなの」

憧「つまり人間が神様のことを単純に強いと思ってるのならやっぱり強くて、単純に弱いと思ってるのならやっぱり弱いらしいの」

憧「そして、人間は神様のことを…心で強いか弱いかを決めている、と仮定すると」

和「なるほど、心を操ることが出来るんですよね、その神様は。となると自分を封印しようとしに来た神様のことを操った心で弱いとイメージさせれば」

憧「人間を味方につけた神様のほうが大勝利だった、ってこと」

玄「うひゃー、意外と話長かったのです。しかも難しい…」

憧「ごめんね、でもこれで私の神社の話は終わりかな」

憧「あ、ごめん。また言い忘れたことがあった」

和「まだなにかあるんですか?」

憧「ま、神様が他の神社と比べて多いのは分かったでしょ? だからそれが一時期取り上げられてテレビに映ったりしたことあるのよ」

玄「あー! そういえばあったねそういうこと、その時はまだクラブで憧ちゃんと出会う前だったから分からなかったんだけど」

憧「そか、でも玄がその時のこと知ってるってことは私の神社来たことあるの?」

玄「いやぁ、実は憧ちゃんの神社に訪れようとする人が泊まりにくるのでまだ行ってなかったり……」

憧「あ、そうなんだ。…じゃあ今度来てみる? 二人で、…ってシズと先生のこと忘れてた。四人で来てみる? お守りとかいっぱいあるよ」

和「どういう効果のやつなんですか?」

憧「うちは恋愛関係だね、詳しくわかんないけど封印されたほうの神様は人間と接触してたからねぇ、多分そんな感じかと」

和「どんな感じですか……、でもまぁ恋愛関係ですか」

憧「お? 和には気になる子がいたりするの?」

和「いませんけどね」

憧「なんだー」

―吉野川・近くの山―

穏乃「あれぇ…おっかしいな、絶対近くにあると思うんだけどな……」

晴絵「うーん、私も途中からその大木に興味出てきて探してるんだけど、見つからないな…」

穏乃「中々見つからないですね、……そろそろ帰ります?」

晴絵「え? もういいの?」

穏乃「なんていうか…ちょっと申し訳なくて…」

晴絵「別にいいよ、っていうかさっきも言ったけど、興味出てきたし、山をこうして回るだけっていうのも悪くないなって思えるようになったんだよ」

穏乃「ホントはもうちょっと回りたいんですけどね、こういう山って神秘的な場所がありそうだったので…」

晴絵「神秘的…?」

穏乃「なんだか…ふと歩いてると、自分が通ってきた道が草木で見えなくなって、周りが全部木に囲まれてるんですよ。そして太陽の光が木々の間から微かに漏れてくるような……」

晴絵「…プッ、アハハ! な、なに、穏乃ってそういうこと言える子だったっけ?」

穏乃「な、ちょ、笑わないでくださいよ!」

晴絵「神秘的ねぇ……、あー、なんか想像するとそういうところも行きたくなってきたかも……」

穏乃「うーん、でも…うーん」

晴絵「…んじゃ、一回戻ろうか。みんな連れてそういうの探し回ってみる?」

穏乃「みんな、か。ついてきてくれるかな?」

晴絵「獣道はどうしよっか、私も迷う。和はちょっと獣道は苦手そうだし、玄と和の二人の服ってあんまり獣道に向いてないんだよね」

晴絵「服の話だと憧とシズの服は私のお古だし、汚れても別にいいんだけど……ってそうだ。シズと憧の二人、私と和と玄の三人で別れて山を探索してみる?」

穏乃「あ、いいんですか?!」

晴絵「ま、本当は固まって行きたいけど、穏乃も見つけたいもの見つけられてないでしょ?」

晴絵「ただし、私達の声が聞こえて、すぐに姿が現せれるような位置にいること、初めての山なんだし、これくらいは保護者としてお願い」

穏乃「それなら大丈夫ですよ! 流石に遠くまで行きませんって!」

晴絵「よし、じゃ、一回川のほうに戻ろうか」

―吉野川・上流―

憧「じゃあ次は和の家の話、言ってみよー!」

和「え、えぇ…、私ってみんなみたいな自営業やってるわけじゃないんですよ。喋れることなんて何もないんですよ」

玄「そうなの? って自営業とかだったら転校とか出来ないよね」

和「はい、父は弁護士をしていて、母は検事をしているんです。今回は母の仕事の都合上でこちらに転校してきたんですが」

憧「うっわー、頭いい両親なんだね。…和も将来はそういう職に就きたいの?」

和「い、いえ。尊敬はしているんですけど、流石にまだそういうのはなくて……」

和「今は、ここで麻雀を打ってるほうが楽しくて、ずっとこうしてたいなって思います」

憧「おぅ…和ってば言ってくれるねぇ」ウリウリ

玄「和ちゃーん! 私もそう思うよー!」ナデナデ

和「……なんで私の顔をそういうふうにいじるんですか」

玄「照れ隠しだと思ってください!」ナデナデ

和「玄さんはいいとして、なんで憧は頬をぐりぐりするんですか! 地味に痛いんですよ」

憧「て、照れ隠しだから別にいいじゃん」

和「照れ隠しの意味分かってますか…?」

穏乃「おーい! ちょっと集合ー!」

玄「あ、二人が帰ってきたみたいだね」

憧「集合…? ま、とりあえず行ってみようか」

和「はい」

穏乃「休憩だー!」

憧「なんで私たちを集合させたのよ! 休憩するんならそこで黙って転んでなさいよ!」

穏乃「いーじゃーん、転ぶだけって暇なんだよー。それよりみんな何の話してたの?」

玄「和ちゃんがここで麻雀ずっと打っていたいなぁ、って話」

晴絵「の、和ぁ…」

和「な! その手をワキワキさせながら近づかないでください!」

穏乃「麻雀かぁ…、なんだか麻雀やりたくなってきたな」

憧「あー、なんだか気持ち分かるかも。ちょっと心の奥がうずいてきてたんだよね」

晴絵「さ、流石に雀卓とか持ってきてないからね!」

和「持ってきてたらそっちのほうが驚きです」

玄「麻雀かぁ……いつかクラブの子たち以外にももっとたくさんの人と打ちたいなぁ……」

晴絵「お? そしたらインターハイとかいっとく?」

和「玄さんだとインターミドルでしょう…」

晴絵「いやいや、今の阿智賀じゃ部活ないからね、中学も高校も。中学から他の高校に進学もちょっとは考えてみたら?」

玄「うーん、……私は、それなら阿智賀でなんとか麻雀部作ってみたいかなぁ…」

穏乃「おー! いいですねぇ! ここにいるみんなで数えると、……あぁでも、麻雀の団体戦とかって五人からだっけ」

和「そうですね、仮にここにいるみんなで阿智賀入るとしてもまだ足りないですね」

玄「あ、でもそしたらお姉ちゃんとかも入れて五人にな」

憧「ところでさ、先生に聞くのもあれなんだけど、インターハイってやっぱすごいところだったの?」

晴絵「え? あ、あぁまぁ……、…強かったのはアレだよ、小鍛治。茨城の小鍛治、アイツと当たったのがマズかったなぁ…」

穏乃「そういえばテレビとかで小鍛治プロがタイトルを取っていくのをよく聞きますけど、やっぱり相当強かったんですか? 確かに高い放銃はほとんどしないことで有名で、半荘終わったらいつの間にか小鍛治プロが勝ってたりするんですけど」

晴絵「あー、やっぱプロになってたのか。…アイツの麻雀スタイルはね心を折りに行くやつなんだ」

玄「心を折りに?」

晴絵「そそ、例えば…和。自分の下家が親で一筒をポンしたらどうする?」

和「どうするって、まず清一・混一警戒してピンズは出しません、ジュンチャンを警戒してヤオチュウ牌は切らずチャンタも警戒して順子もチーで揃えられないように全力で和了をさせないように抑えますけど」

晴絵「そうだね、でもね、小鍛治の場合は一筒を鳴いた時、小鍛治から見て上家に座った自分の手配は全てそういう牌しかないんだ」

晴絵「気付いた時には小鍛治の危険牌を全て持っている、狙われて初めて気付くんだ。小鍛治の思うがままに踊らされていたんだって」

和「そんな…、あるわけないでしょう。一つくらいは安牌を持っているようにしてないんですか? 流石に毎局高得点を狙いに行くわけじゃないんですし、喰い断ピンフ形なんかで切れる牌を多めに持っていればいいじゃないですか」

晴絵「そうだね、……実は私もかなり安牌を持つようにして、安めでもいいからなんとか和了りたかったんだ」

晴絵「でも、ダメだった…。そうすれば確かに上がれたりするんだけど、そうすると小鍛治の術中、私は低い点数でしか上がれなくなった」

晴絵「でも小鍛治は安い手でも上がるときはあるけど、普通に満貫・跳満・倍満を決めてくる時は決めてくる」

晴絵「自分でも最速で和了を目指しつつも、けれど小鍛治もほぼ同じ速度で跳満を決めてきたりするんだ」

晴絵「自分は千点、でも相手は親跳なんかで一万八千点。……絶望的だったな」

穏乃「……で、でも! 先生は小鍛治プロを相手にハネチョク決めてたんでしょ!? あれはなんだったんですか?!」

晴絵「あぁ…あれか。南一局五本場・親小鍛治・放銃小鍛治のハネチョクでしょ」

和「五本場……」

晴絵「小鍛治の連荘だよ、まだこっちの心が折れる前…っていうか、狙われる直前だったな」

晴絵「あの時のはなんていうか…、勢いのまま行ったっていうか。はっきり言って、なんで通ったのか分からない」

晴絵「小鍛治が気を許したか、もしくは余裕だから跳満くらいくれてやろうか…だったんだろうかな」

晴絵「でも今でも…、小鍛治が私の跳満食らった時の表情は覚えてるんだよね」

憧「怒ってたりしたの?」

晴絵「いや…なんか、……なんだろう、顔をしかめてたんだよね。あぁでも、怒ってるっていうのかな」

玄「しかめてた、って……不思議に感じたりしたんでしょうか?」

晴絵「さぁ……私は玄みたいなドラ体質ってわけじゃないし、自分でもノーマルな打ち手だと思ってるんだけど……」

和「なんですか、この会話は。ノーマル打ちはともかく、ドラ体質なんて意味が分からないんですけど。デジタル打ちでいいでしょう」

晴絵「……そういえば…デジタルとかっていえば、南一局五本場のその時私はやる気のない二人に対してイラついてたからおかしな打ちかたはしたな」

穏乃「おかしな?」

晴絵「うん、暗カン」

和「暗カン? ……どこがおかしな打ち方なんですか?」

晴絵「んとね、ちょっとあまり手牌は鮮明には覚えてないんだけど『⑥⑦⑧⑧⑧』っていうのが手牌にあって、他にアタマは持ってなかったんだ」

晴絵「その時に⑧を引いて、やる気のない二人の手配にカンドラでも乗ったら、ちょっとは攻撃的なのになるかな、って、そこで⑧暗カンだね。」

晴絵「それでまた数巡して、『44456』の時にまた4を引いてきて、もう一個乗せちゃえー、って感じだったな」

晴絵「その時の私は和了りのことなんて頭になくて、せめてこの場を楽しもうとしたの。だからやる気のない二人にせめてカンドラ乗らせて、やる気出してもらって、楽しもうとしたら」

晴絵「面白いことにバラバラになる覚悟だった私の手牌が、テンパイになったんだ」

晴絵「一発裏期待の、リーチをかけるか迷ってたんだけど、一度見送ったの」

晴絵「そしたらやる気のなかった二人がいきなりリーチかけてきたんだ。その時はまだ小鍛治は涼しげな顔してたんだけど」

晴絵「私もえーい、やったれー、って感じでリーチしたんだ。……そういえばその時にもう小鍛治は涼しげな顔を崩して私を正面から見つめてきたな」

和「やったれー……ですか」

穏乃「ふむふむ…。ん、小鍛治プロが何か感じ取ったのかな?」

晴絵「分からないけどね。でもね、そこに小鍛治が放銃してきたの。……確か、リーチ・一発・断ヤオ・ドラ2・裏2、12000は13500ってね」

和「それってリーチしなかったらタンヤオ、ドラ2の…えっと暗カン二つで60符・3役の7700ですか」

穏乃「リーチして、一発と裏乗らなかったら、ただの満貫だね」

玄「でも裏も乗ったら幸せだよね~♪」

憧「まぁ…玄は裏乗るんだろうけどさ…。でも、その時の先生の役も裏が後一個でも乗ってれば倍満になったわけだ」

晴絵「そうだね、せめてカンしたやつが丸々乗れば、3倍満も夢じゃなかった…。ってまぁたらればの話は置いといて」

晴絵「その時の私の和了形はそんなんだったかなぁ……」

和「……まぁ確かに、カン二つして二人リーチしているのに、こちらもリーチをかけるうえに、まずそのカン自体も運に任せたものだったのですから、おかしな打ち方ですね」

晴絵「うーん…、私がハネチョクしたのはその手牌でまず間違いなかったけど、全く分からないな」

穏乃「なんで小鍛治プロが放銃したのか」

玄「あと先生の和了形をちょっと顔をしかめながら見たんだよね」

憧「ついでに先生がリーチかけたときにも涼しげな顔を崩した…」

和「まぁ…、なんで手を崩してまで暗カンしたのか、ってところで手を打ちませんか? 小鍛治プロがここにいないわけですし、考えるだけ疲れるだけかと」

晴絵「あー、まぁそれが妥当か」

穏乃「くぅ~、もし私がこの謎を解き明かしたら小鍛治プロに一矢報いることが出来たのかもしれないのにー!」

玄「えぇ~、穏乃ちゃん、小鍛治プロと戦いたいの?」

穏乃「まぁ! 強い人とは戦いたいじゃん! しかもそれが先生を相手に酷いことした、と知ったとなればやっぱり倒したい相手! 先生の敵は必ず討つ!!」

晴絵「うわぁ、そういうこと聞けるなんて嬉しすぎだなぁ。私の敵、取ってくれる?」

穏乃「任せてよ! 先生!

憧「はは、まぁ頑張りなさいよ、私たちには到底無理だろうけど…」

穏乃「な! 無理とはなんだよー!」

憧「無理なもんは無理でしょ 大体小鍛治プロって最近またタイトル取ってたりしてるのよ? それくらい強いんだよ?」

穏乃「だからなんだよ、そんなん私が強くなればいいだけの話じゃん!」

憧「小鍛治プロに勝てるのならタイトルだって取れたりするんだろうけど……、でも、小鍛治プロに本当に一矢報いることが出来そうな人っているじゃん、そんくらい強そうな人が」チラッ

晴絵「…ぁ、え 私?!」

憧「先生しかいないじゃん! 今からでも小鍛治プロのこと研究してさ、『インターハイの借り返しに来ました』みたいなこと言っちゃってさー」

穏乃「うおー! かっこいー!! 先生いつか小鍛治プロと対局したときにその言葉言ってよー!」

晴絵「あ、あはは、じゃあ…言っちゃおうかな」(本当は言われなくともそう言うつもりだったんだけど)

SSに補足のレスつけようか迷ってたんだけど、とりあえずつけます。


― 補 足 ―
大体分かった人もいるんでしょうけど、これは原作11巻にちょろっと出てきたブログから取りました。

なんかやけにリッツの阿智賀キャラが可愛かったのでついつい妄想が加速してしまった。

川水浴・ブログ・玄の独創的なお弁当・あと吉野川ですね。

ただ、自分は奈良出身でもないし、本当の吉野川上流も見たことないので全く分からないので、

おかしいところあっても脳内補完でオネシャス。特に山にすぐ行けるとか、獣道とか大きな木とか。

あとまったりほのぼのって>>1に書いたんだけど、最初からこれはストーリー風に作ってます。

四コマ漫画みたいな1話完結ならぬ、一レス完結型だと思った人はごめんなさい、

あとオリジナル設定なんですけど、これは松実旅館に料理長がいるとかこういうのもオリジナル設定なんですけど

ちょっとファンタジーっぽい感じのオリジナル設定が後半に出てきますので、それだけご了承を


それではまた書き溜めに入ります、投下までまたさよならっすー

穏乃「よーし! ふっかーつ!」

憧「最初から元気なように見えたんだけど…」

和「それで、何しましょうか。私はまた川に足を浸かっているだけでもいいんですけど」

晴絵「ん、さっき穏乃と話してたんだけど、山のほうに行こう!」

玄「山ですか」

晴絵「玄と和は私と一緒ね、登山コースを普通に登るだけだから服は傷つかないと思うよ」

和「それなら、私は大丈夫ですね」

玄「私もオッケーだよー」

憧「ちょっと待って、……私とシズってもしかして」

穏乃「さぁ憧! 山登りに行くぞ!!」

憧「ぁぁあ……。…おー」

和(結局疲れが取れる、取れないってさっき言ってたのはやはりただのオカルトだったわけなんですね)

玄(いつも仲いいなぁ、あの二人は)

晴絵「よし、んじゃぁちょっと水分補給してから出発しようか」

―吉野川・近くの山・登山コース―

晴絵「ここら辺りは大した急な道でもないし、ゆっくり歩けばそれほど疲れないから」

和「私、山って登ったことないんですよね」

玄「実は私も……」

晴絵「……実は私もなんだよね。シズがこういうの好きって言ったから、山の良いところ説明できたりするんだけど」

和「そういえば、山に登る以外にも木に登るとか言ってましたね」

晴絵「そうだね……ってそういえば和って木登りもしたことない?」

和「え? 木って登れるものなんですか?」

玄「私は小さい頃小さい木なら登ったことあるね」

晴絵「私も小さい木なら今でも登れそうだね。ちなみに言っておくと、ちょっと変わった木の形をしたもの限定だけどね」

和「変わった木?」

玄「そうだよ、例えば、自分たちの足元あたりから太い枝がちょこちょこ伸びている木とか」

和「あぁ…それなら登りやすそうですね」

玄「ただ…憧ちゃんと穏乃ちゃんはそんな木じゃないのに登る時があるんだけど…」

和「……どうやって登ってるか見たくありませんね」

「ん? 誰か私の名前呼んだー!?」

和「わっ! …え? 穏乃?」

晴絵「ちょっと名前が出ただけー! 別に何でもないよー!」

「りょっかーい! いこっか、憧」

玄「あれ? 近くにいるんですか、二人とも」

晴絵「あぁ、流石に初めての山だし、保護者が近くにいないと色々と危ないだろ」

―吉野川・近くの山・獣道―

憧「あれ? 先生たちは近くにいるの?」

穏乃「うん、ところで憧って大木の話したっけ?」

憧「あぁうん、駐車場から上流目指して歩いたときでしょ、私も見たよ」

穏乃「あれってどこにあるか、位置分かる?」

憧「え、うーん…。勘でいいなら、ここら辺りだと思うんだけど……」

穏乃「だよねぇ…。さっき先生と周辺回ってみたんだけど全く見つからないんだ」

憧「そうなんだ、見つからないのなら、まだ大木から離れてるってことだよね?」

穏乃「そういうことになるね…、でもあの大木の大きさから考えてちょっとでもその大木の位置に近づいたら見えてくると思うんだ」

憧「…確かに」

穏乃「……うーん、何かの木に登ってみる?」

憧「えぇー、穏乃はいいかもしれないけど私って結構体力少ないし、木に登っただけで疲れてくるんだよ」

穏乃「そっかぁ…そしたら私だけ登っていようかな」

憧「だったら私は、周辺探してみるね」

穏乃「分かった、でも…あんまり遠く行くなよ?」

憧「分かってるっての、先生の声が聞こえるくらいの位置にいればいいんでしょ?」

―吉野川・近くの山・登山コース―

晴絵「うーん、急に崖が多くなってきたね」

和「それほどの高さじゃないような気はするんですが……」ヒョコ

玄「あ、和ちゃんあまり近づかないほうがいいよ」

和「? どうしてですか?」

玄「足元、もし先日雨なんか降ってたりしたら崩れたりするからね」

晴絵「あと、大した高さじゃなくてもね、もし落ちたりしたら、崖の途中に岩があったりするんだ。もし崖から落ちてる途中にそんなのに当たったら……」

和「あ、あわわ」

玄「ま、まぁ…ここは登山コースだし、足元は何人もの人が通って補強されてるし、そもそもそんな危ないところを登山コースにはしてないから大丈夫だよ」

和「そ、そうですか……。…! ってそしたら登山コースじゃないあの二人は…!」

晴絵「まぁ確かに危険な道だろうけど、あの二人は私たちより山をいっぱい経験してるからね、多分大丈夫だよ」

―吉野川・近くの山・獣道―

穏乃「さて、どれに登ろうか」

穏乃「ちょうどみんな登りやすい場所に位置してるし、何でもいいんだけど、やっぱり高いの選ばないとね……」

穏乃「憧……は、もうどっか行っちゃったか」

穏乃「ふむ……というか絶対ここ周辺だと思うんだけどな…、上流へ行く道のところからもう一度見てみてもいいんだけど時間足りなくなるだろうし…」

穏乃「………、いいやとりあえず、適当に登ってみよう」

―吉野川・近くの山・獣道―

憧「さぁって、どこにあるのかな…」

憧「私が見た限り、確かにこの周辺なのは間違いないんだけど、あんなに大きな木が見つからないってことは……上?」

憧「仮に下から生えてる木だったら、それよりも上にいる私たちの目には映るだろうし……ってことは上かな」

憧「………あーでも、上から生えてるんだったら、上を見渡した時に一番目に止まるだろうしなぁ、あんなに大きな木なんか他にないわけだし………」

憧「………あ」

憧「………みーつけた。えへへ、シズよりも早く見つけちゃった。あれで間違いないよね、ちょっと見に行こうっと」

憧「…っと、先生たちからちょっと離れちゃうけど、ま、すぐに帰ってくるからいいでしょ」

タッタッタッ

―吉野川・近くの山・登山コース―

晴絵「ほー、結構高いところまで登ってきたなぁ…、みんな大丈夫?」

和「あ、私は大丈夫です。……でもゆっくり歩いてても山は疲れるものなんですね」

玄「私も大丈夫です。ところでこの登山コースってどこに向かってるんですか?」

晴絵「ん? ここに来る前に看板があったけど目に入らなかった?」

和「あれ、看板ってありましたっけ?」

玄「私も、看板はちょっと見てないですね…」

晴絵「あ、ここに来る前って吉野川に来る前ってことね。駐車場のところに看板設置されてたんだけど」

和「…やっぱり見てないです、そんなところに看板があったことすら知らなかったので…」

玄「あ、私見たかも。なんだか滝が描いてあったかなぁ」

晴絵「そうそう! 滝に向かってるんだよ、そろそろ休憩所に着くんだ、それでその休憩所からちょっと進むと滝があるから、そこで写真撮ろう」

和「わぁ、滝を背に写真ですか。なんだかいいですね」

晴絵「そうだろ~、ちょっと穏乃と憧も呼んでみようか」

玄「そうですね、穏乃ちゃーん! 憧ちゃーん!」

……………。

玄「あれ?」

和「どうしたんでしょう……」

晴絵「………ふむ。穏乃ー!! 憧ー!!」

……………。

玄「………えと」

晴絵「あちゃー、大丈夫かな…。悪いけどちょっと見てこようと思う。玄と和はこの先にある休憩所で待ってて」

和「あ、はい…」


―吉野川・近くの山・獣道―

晴絵「……穏乃ー!! 憧ー!!」

晴絵「……」ハァハァ

晴絵「……」ハァ

晴絵「マズくないか……?」

晴絵「なんで、返事しないんだ?」

晴絵「……クソッ」

晴絵「穏乃ー! 憧ー!」

晴絵「行かせるべきじゃなかったか!?」

晴絵「……」ハァハァ

晴絵「………? なんか、声が?」

晴絵「……穏乃の、声?!」

晴絵「穏乃ー!?」

穏乃「あ、…せんせぇ」フラフラ

晴絵「穏乃?! 大丈夫?! 怪我ない?」

穏乃「……怪我? …大丈夫です」フラフラ

晴絵「くっ!」ダキッ

穏乃「あ……」

晴絵(なんでこんな顔してるんだ…、何があった……? それで、憧はどうした?)

晴絵(色々聞きたいことあるけど、…穏乃が無事でよかった…)

晴絵(まずは落ち着け私…、穏乃は何故か疲れてるらしい、ちゃんと情報を聞かないと……)

晴絵「………ふぅ。…まず穏乃、もう一度聞くけど大丈夫? 怪我はない?」

穏乃「……うん。怪我は…ない…」

晴絵「じゃあまず、………憧はどうしたの?」

穏乃「………」

晴絵「大丈夫だよ、怒ってないよ、何があったの?」

穏乃「憧が…いなくなっちゃった」

晴絵「は?」

穏乃「私と一緒に大木を探すことになったんだけど、私は木に登って周りを見渡してたんだ」

穏乃「憧は周辺を探すっていって…」

穏乃「でもそしたら木から周りを見渡している間に、どこか行こうとする憧がちらっと木の間から見えたんだ」

穏乃「そっちはちょうど、……先生たちから逆に離れていってる方向で」

晴絵「………」

穏乃「す、すぐに探しに行ったよ?! で、でも……追いかけても憧はいなかったんだ」グス

穏乃「私、何度も…憧の名前、叫んだけど……」グス

穏乃「へ、返事……くれなくてぇ……」グス

晴絵「分かった……あとは先生に任せて」ダキッ

穏乃「うぅぅ………」

―登山コース・休憩所―

和「穏乃?!」

玄「あ、穏乃ちゃん!」

穏乃「………」グスッ

晴絵「和、玄、ちょっと穏乃をいたわってあげて。…ちょっと憧が迷子になっちゃったらしくてね、探してくる」

和「え…迷子って」サー

玄「………」

晴絵「大丈夫、憧だって子どもだけど山に何度も入ってるし、きっと大丈夫だって。今頃お腹減らして泣いてるんじゃないかな」

玄「わ、私も行きます!」

晴絵「ダメ。 山慣れしてない玄が行ったら、玄も迷子になっちゃうかもよ。それに服とか汚くなっちゃうよ」

玄「服なんかどうでもいいです! 私の友達が泣いてるんなら、しかもそれが私より年下なら! 私が抱き締めて慰めなくちゃいけません!」

晴絵「………」

玄「ダメと言っても私は行きます! 私だって年上なんです! 憧ちゃんを助けに…」

晴絵「ダメだっつってんだろうが!! これは私の責任、保護者面してなんもしてやれなかった私の責任なんだよ! それに本当に危ないところなんだよ、足元はすぐ崩れるようなところだし、道なんてものもないんだよ!」

玄「それがなんだっていうんですか?! それなら先生だって危ないんじゃないですか!! 保護者面って言ってもそしたら私だってこの子たちより一つとはいえ年上なんですよ!? 責任は私にもあります! 私も探しに行きます!」

晴絵「玄はまだ私から見てまだまだ子ど」

玄「子どもじゃありません!!! 私はこの子たちより一個上の先輩です!! だから憧ちゃんは私も助けに行きます!!」

晴絵「………」

玄「………」

晴絵「確かに、子どもじゃないよな。玄は成長してるんだよな。憧や穏乃、和を守れるような、助けれるような先輩として、これからも成長していくんだよな」

晴絵「でもな、責任を持てる人じゃないんだよ、玄はまだ。こんなことで、私にも責任があるなんてこと、言わないでくれ」

玄「……責任は、実はちょっとよく分からなかったりしたんですけど…、でも憧ちゃんは助けに行きたいです、その気持ちはあるんです」

晴絵「…玄、それでもお前はここに残れ」

玄「なんでですか!?」

晴絵「ここに残って、穏乃と和のことを頼む……、二人とも憧がいなくてちょっと放心状態だ」

玄「あ……」

和「わ、私は……」

穏乃「………」

晴絵「……それで、ここに憧をすぐに連れてくるから。その時、玄…お前の出番だ」

晴絵「精一杯、抱き締めてやれ」

玄「………はい」

晴絵「それに、それにさ! 憧のやつ案外平気だったりして。ちょっと眠くなったからどこかで昼寝してたり」

晴絵「その時は玄、一緒に説教してやろう。心配させるなよ、って」

玄「……はい」

晴絵「んじゃ、ちょっくら探してくるわ。すぐ戻ってくるから安心して待ってて」

穏乃「………せんせぇ…」

晴絵「っと、ん?」

穏乃「憧を、見つけてきてください……」

晴絵「…ホント、穏乃は憧が大好きなんだなぁ……」

穏乃「…うん」

晴絵「すぐに、見つけて帰ってくるよ」

タッタッタッタッ

―吉野川・近くの山・獣道―

晴絵(…憧を見つける)

晴絵(…とは言っても)

晴絵(…どこに行ったんだ?!)

晴絵「憧ー!!」

晴絵(穏乃を見つけたのはこっちの方向、だとすると憧はこっちの方向へ向かって、見つからなかった穏乃が引き返してきたところに私と会ったんだ)

晴絵「…憧ー!!」

晴絵(………、マジでどこいった…?)

晴絵(というか、なんで私たちの方向から逆の方向へ向かったんだ?)

晴絵(…って、穏乃と憧は大木を見つけようとしてたんだよな)

晴絵(となると……憧はその大木を見つけた?)

晴絵(それが私たちのいる方向とは逆だったのか……?)

晴絵(でも……)チラ

晴絵(………――ない!!)

晴絵(そんな大木、空見上げても見つからないぞ?! 山とはいえ、木々が生い茂っているからちょっと見上げただけじゃ大木は見つからないし)

晴絵(何より、憧は私よりも断然小さい。憧が見つけられるんなら、私だって見つけられるはずだよ、そんな大木なら)

晴絵(……憧が見つけたのは大木じゃなかった…?)

晴絵(……くそぅ)

晴絵「――憧ーー!!!」

―登山コース・休憩所―

穏乃「………」

玄「穏乃ちゃん……」

穏乃「あ……、すいません。ちょっとトイレ、行ってきますね」

タッタッタッタッ

和「……ずっと穏乃たちが来た道見てましたね」

玄「憧ちゃんの姿、少しでも見つけれたら飛び出しそうなくらい集中してたね」

和「………私も、憧を探しに行きたい、です」

玄「…和ちゃん」

和「…でも、ダメですよね、先生が……心配しちゃいますもんね」

玄「…うん、私も、和ちゃんが探しに行くのは反対かも……」

玄「というか、お願い、だね」

玄「今だけ…私の目の届くところに居て……」ポロポロ

和「玄、さん……」

玄「私も、憧ちゃんを探しに行きたかった……、でも先生はダメだって、まだ責任が取れる人になってないからって」ポロポロ

玄「子どもだとか、大人だとか……そんなの抜きで、私は憧ちゃんの先輩だから、探しに行きたかったのに」ポロポロ

和「玄さん……。…憧を待ちましょうか」

玄「……うん」ポロ

―吉野川・近くの山・獣道―

晴絵(探し始めてどれくらい経った……。自分の体力はまだあるけど、心配なのは憧)

晴絵(憧は、何をしている…? なんで返事をしない……?)

晴絵(………まさか)

晴絵(………まさか、この、崖から…)

晴絵(………)ソロリ

晴絵(………いない、か)

晴絵(見えないだけかもしれないが、……いや、今はこんなところから落ちたなんて、考えるほうがダメだな)

晴絵「……、憧ー!!」

―吉野川・近くの山・???―

憧「……ぁ」

憧「…………ん?」

憧「あれ…、………ここ、何処?」スク

憧「あ…だっ!!?!」

憧「~~~ッ!!??!」

憧「~~~!!」

憧「……フー! いったぁ……、何これ、足、痛い……?」

憧「……折れてはいないか、捻挫かな? いきなり体重かけたから、すっごい痛さだったよ………」

憧「っていうか……、ここどこ?」

憧「……あれ? なんで私、ここに?」フリムキ

憧「……あ、これって………」

「憧ー!!」

憧「……! この声……!」

憧「…いたっ!! …ちょっと、立ち上がれない…かな」

憧「にしてもなんで…私の名前……」

憧「ってそういえば、私…気絶、してたんだっけ?」

「憧ー!!!」

憧「あぁもう…、ってことは探してくれてたのかな……」

憧「心配、かけちゃったな……」

憧「………」スゥ




憧「ここだよー!!! シズー!!!」


―吉野川・近くの山・獣道―

穏乃「―――! …あ、こ……?」

ダッ

穏乃「憧ー!!」

憧「ここだよー!!」

穏乃「…憧だ、…憧、……憧ー!!」

ガサッ

憧「…シズ」

穏乃「…憧……。……!」ブワッ

穏乃「あこーー!!」ダキッ

憧「うわっ!! たったった…、ちょ、ちょっとシズ、私怪我してるんだから……」

穏乃「憧ー! 憧ー!!」ポロポロ

憧「…あー、聞いちゃいないな。…まぁいっか」

憧「こんなに泣くまで、心配してくれたみたいだし」

憧「……ごめんね、シズ。…ありがと、シズ」

穏乃「……なるほど、憧は、崖から落ちちゃったわけだ」

憧「そそ、足を乗せた岩がいきなり地面ごと抉れて、崩れちゃって、その際に足も挫いちゃったのかな……」

穏乃「うっ、酷い腫れ……、唾つけとけば…」

憧「やめい」

穏乃「あたっ。もう、冗談だってば」

憧「ホントに? まぁ…ちょっとこの足だからね」

穏乃「あ、そっか。立てそうもないの?」

憧「さっき立とうと思ったけど、ちょっと、…無理かな?」

穏乃「そっかぁ…、みんな心配してたから、さっさと帰ろうと思ったけど、これは先生と合流したほうがいいね」

憧「え、みんな心配してるの?」

穏乃「そうだよ、憧がいなくなってから結構時間も経ってるんだよ」

憧「うわぁ……説教コースなのか。…はっ! しかも先生からお姉ちゃんにこのことが伝えられて、一日中説教コース……!」

憧「…お姉ちゃんといえば、家出る時に気をつけてって言われたばかりなのに……。あれって私のことだったのかなぁ…」

穏乃「……」クス

憧「ちょっと、なによ今の笑い」

穏乃「いや、憧が元気で嬉しかったから、なんだか…」

憧「あー、……心配かけてごめんね? 私は足以外は元気だからさ」

穏乃「うん! それじゃあちょっと先生探して呼んでくるね」

憧「ストップ、ちょい待ち」

穏乃「うん? …どうしたの、憧?」

憧「どうしたの、って気付いてなかったの?」

穏乃「え……何が?」

憧「……それほど私しか見てなかったってことか」トクン

憧(………ん?)

穏乃「だから、何が?」

憧「…あー、ほら。私がもたれかかってるのってなーんだ」

穏乃「え? …えーっと、木?」

憧「ただの木?」

穏乃「ただのって何……、あ………」

憧「へへん、見つけちゃいました。これが多分見たことのある木のはずだよ」

穏乃「これ…大木じゃない……でも、私たちがここに来るときに見つけた木…なような気がする」

憧「まぁ私も、そんな気がするーってだけなんだけどね。……木だけに」

穏乃「………」

憧「ごめん、今の忘れて」

穏乃「…ここにあったってことは、憧は最初からこれを見つけて、ここに来たってこと?」

憧「そそ、初めて見たときからどうも印象が濃い大木だと思ってたのよ」

穏乃「だってそうだ、他の木と種類が違うんだもん」

憧「そう、これは御神木。…なんでこんな山の中にあるのかは知らないんだけど」

穏乃「他の木を比べて、色も違う、幹も枝も、つけてる葉っぱも何もかも違う」

憧「そして立派に成長しているこの木は、周りの、その他の木に比べてやけに目立つし、印象に残る」

憧「ただ、遠くから見るとそうなんだけど、近くに来ると、木々はどれもが幹の大きさも枝の大きさも違うから、結局分からなくなる」

穏乃「憧…、見つけてくれたんだね」

憧「まぁね。私も興味あったし、今となっちゃ登れないんだけど……」

穏乃「憧と一緒にここに来て、よかった…。心配させられたけど、でも…嬉しいって感情のほうが大きいよ」

憧「…へへん! どーよ!」トクン

憧(………)

穏乃「それじゃあ、登ろうか」

憧「…え?! いや…私、足挫いてる…」

穏乃「大丈夫だよ、なんかかなり登りやすいし、私が手を引っ張ってあげる」

憧「あの…話聞いてた? これ、御神木だよ? 神様の依り代、神様の心が宿ったりする大切な木だよ?」

穏乃「構うもんか、私は憧と一緒に登りたいんだ」

憧「……そっか」トクン

憧「…んじゃあ、体に鞭打って登ろうかな」

穏乃「……ふぅ、憧、次はここに足引っ掛けて、んで手伸ばして?」

憧「うん、……っと、足をぶらつかせるから、若干怖いな…これ」

穏乃「でも、いつも登ってる木と同じくらいだから、落ちても大丈夫でしょ」

憧「うん、……え?! いや、落ちても大丈夫なことないでしょ! っていうか落ちたことあるの?!」

穏乃「いやぁ、落ちたことしょっちゅうあるよ。ただ憧にそんなところ見せたくないからさ、落ちるのはいつも憧を誘う前、練習した後だよ」

憧「なるほど、だからみたことないわけだ」

穏乃「そそ、……よし、次は憧、肩貸して?」

憧「え?! ってわわ、シズ!?」

穏乃「憧、あんまり動かないでね、このほうが移動しやすいからさ」

憧「あ…うん」

穏乃「さて、と……。いい? 一気に体回すから、振り落とされないようにしてね?」

憧「……振り落とされたら地面にまっさかさまか」

穏乃「冗談だよ、憧を軸にして私が体回すから憧はとりあえず動かないようにすればいいよ」

憧「はいはーい、早くしてね」

穏乃「うん。…よい、っしょっと」フワリ

憧(………良い匂いだなぁ…)

穏乃「…? 憧? どうしたの…?」

憧「あ、え…、あぁごめん、なんでもない」

穏乃「そう? …ま、とりあえず到着だね、んじゃ、とりあえず座ってみようか。憧は幹にもたれかかりながら座ってね」

憧「うん、…あぁだからシズが体回して場所交代したんだ」

穏乃「…言わなくていいって」

憧「いや、いわないと。ありがとうって言えないじゃん」

穏乃「…それも、別にいいって」

憧「はは、分かったよ。……ふぅ」

穏乃「………綺麗だね」

憧「……うん、こっちからだと私たちが遊んでた川の方は見えないけど、シズの言ったとおり、綺麗だね」

穏乃「………言ったとおりっしょ?」

憧「………うん」

穏乃「……………」

憧「………心配、かけたよね? ごめんね」

穏乃「さっき聞いたよ」

憧「だね、…探してくれて、ありがとね」

穏乃「…それもさっき聞いた」

憧「うん、そうだね」

穏乃「………」

憧「………」

憧「今、時間ってどれくらい経ってるの?」

穏乃「まだ、そんなに、…あぁでも夕方に帰るって先生言ってたし、合流したらすぐに帰ることになるのかな」

憧「そっか。…もうちょっとここにいたいな」

穏乃「……なんで?」

憧「……シズとずっと一緒にいたい」

穏乃「なっ!」

憧「……あ」

憧(言っちゃった…あぁ、でもさっきからなんだかシズのことが頭から離れられないって)

穏乃「ばっ!? 何言ってるんだよ!」

憧(こういうことなのかなぁ……)

憧「はぁ…どういう意味で受け取ったのかは知らないけど、こうやってまったりここに居たいってことだよ」

穏乃「~~~っ! ……くそぅ」

憧(何頬を赤くしてそっぽ向いてんだか、…私も真っ赤だってのに)

憧「ねぇシズ。約束してくれない?」

穏乃「何を?」

憧「私とさ、ずっと一生、親友でいようって。ちょっと離れることになっても、心は絶対に親友、ってね」

穏乃「……ははっ! そんくらい、お安い御用ってなもんよ!」

憧「うん、ありがとう」

穏乃「……あぁ、ずっと一生、親友でいよう」

憧「うん、……んじゃぁそろそろ戻ろうか」

穏乃「そうだね、そしたら……ぁ」

憧「ん? どしたの?」

穏乃「憧、後ろのほう見て」

憧「ん、あ……月、か」

穏乃「ひゃー、まだ夕暮れでもないのに、時々こういうのあるよね、夜中じゃないのに月見れる時って」

憧「確かにねぇ…」

穏乃「月が綺麗だねぇ」

憧「……………」

穏乃「ん? どうしたの?」

憧「……いや、とりあえず降りようか」

穏乃「さて…、先生を呼んでくるんだけど…」

憧「あぁうん、分かってる。すぐに呼んできてね。待ってるから」

穏乃「…………」

憧「ん? どうしたの?」

穏乃「………憧、背中乗りなよ」

憧「…え?」

穏乃「さっき木に登った時分かったけどさ、憧って軽いんだね」

穏乃「多分背中乗せていっても大丈夫だから」スッ

憧「え、いやいや。重いよ? 私、重いからいいよ!」

穏乃「憧がそう思ってても、私には軽かったの。ほら」

憧「え…と」

穏乃「早く乗ってよ」

憧「ん、じゃ……失礼して」スッ

穏乃「よし来た、……って、憧…、ちゃんとくっついてよ」

憧「なっ! そ、そんなの…無理」

穏乃「無理じゃない、ちゃんと体重預けてくれないよ危ないんだから、…言うこと聞いてくれないと足触るよ」

憧「えぇ…それは勘弁してよ…。…もう…」ギュ

穏乃(……後ろから抱き締めろなんて言ってないけど…まぁ、いいや)

憧(そして、その後、私は先生にこっぴどく叱られ、シズもついでに叱られていた)

憧(でもすぐに先生は泣きながら抱き締めてくれた、何度もよかったって、大丈夫だったか、って言ってくれた)

憧(玄や和にもいっぱい迷惑かけて謝ったけど、二人ともすぐに許してくれた。玄なんて目真っ赤で、どれだけ心配させたかも伝わった)

憧(そんなこんなで、私が山で迷子になって気絶していたことで終わりになった今回の旅行)

憧(帰ってきてからはお姉ちゃんにもやはりそのことが伝わり、やっぱりこっぴどく叱られた)

憧(それでも先生と同じ風に、抱き締めてくれた)

憧(それが、あの週末の出来事だった)

憧(そして、そういう日々があったあと、赤土晴絵は実業団リーグへスカウトされ、阿知賀子供麻雀クラブはなくなっていった)

憧(私はまだ麻雀を続けたかったがために、晩成に進学するため、阿太峯中学校へと進学)

憧(穏乃とは約束した通り、ずっと親友だと心の中で思っていた)

憧(でも、お互い会える日は中々作れなかった。こういう風に穏乃も過去の人になるのかな、と思ってた)

憧(でもある日、穏乃が阿知賀女子で麻雀部を作り上げることを知り、私は阿知賀への進学を決意した)

憧(私たちは玄のつてで、灼さんと宥ねぇに部活に入ってもらい、見事晩成高校を破り全国出場を果たした)

「………ここは?」

?「―――!! 目、覚ましたの…?」

「………え、と」

?「ねえ! 私のこと分かる?! 大丈夫!?」

「……ちょっと、待って……、頭痛い」

?「あ、ご、ごめんね……。え、えっと…どうしよう?」

「……ここどこ、病院? …私、寝てたの?」

?「…うん、そうだよ、病院……。事故にあって、ここに運ばれてきたんだ」

「……そっか…、って事故?! いたっ!」

?「わわ! まだ動いちゃだめだよ、四日も眠ってたんだよ?!」

「……四日、か。ごめんね、迷惑かけて…玄」

玄「!! よかったぁ…私のこと分かるんだ、憧ちゃん」

憧「うん。……四日も眠るほどの事故だったのか…」

玄「そうだよ。…かなりすごかったの…、…どんなことがあったか、言っても大丈夫かな?」

憧「……わかんない」

玄「あ、そ、そうだよね。気付いたら病院だったもんね。まだ、混乱してるよね…」

憧「……何があったのか、分からないけどさ、…私、この眠ってる、四日間、かな。その四日間の間に夢、見てたんだ」

玄「…夢?」

憧「そう、えっとね…、まだ和がいるころの阿智賀の子どもクラブん時のメンバーで、週末、吉野川に行ったじゃん? あの時のこと」

玄「あぁ! あの時の! 水切りだったり色々なことをしたことでしょ!」

憧「そうそう、…んでもって私が迷子になった時の…」

玄「そういえば、そんなこともあったね…憧ちゃんだけが見つからなく―――」

憧「……? 玄、どうしたの?」

玄「あ、ごめんね。なんでもないの」

ガラッ

憧「?」

玄「あ、赤土先生! 憧ちゃんが目を覚ましました!」

晴絵「………そ、か」

憧「――!! 晴絵! 何松葉杖ついて!? どうしたの?!」

晴絵「……………」

憧「……晴絵?」

玄「あ、憧ちゃん。先生もね、実は同じ事故に合って……先生?」

晴絵「……………」

玄「ま……まさか……」ブルッ

ダッダッダッダッ、ガタン

憧「…びっくりしたー、玄ってあんなに素早く動けたっけ……」

晴絵「…………ごめん、ね」

憧「…え?」

晴絵「ごめんね……私のせいで……」

憧「え? ちょ、どうしたの?! 何のこと?!」

晴絵「ごめん………」ボロボロ

憧「け、怪我のこと? そ、それだったら、いいよ! っていうか先生のせいなの? よくわ、分からないなあ」

憧(嘘、本当は…心の底では分かってた)

憧(私と晴絵はどんな事故にあったのか…、心の底では分かってるから、こんなにも涙が溜まってきてるんだ)

憧「わ、分からないし…ヒック、晴絵だって…なに? 足でも…ヒック、折ったりしたのぉ?」ボロボロ

憧(多分、さっき見た夢に関係あること)

憧(あの夢で最後に味わった感触は、…ごくごく最近味わったことがある)

晴絵「ごめん…、ごめん!!」ボロボロ

憧「うぅ……うう~~~っ!!」ボロボロ

憧(もう、何か喋ろうとしても何も言葉が出てこない)

憧(自分がこんなにも涙脆い人間だったかなんて、思いもしなかった)

憧(あの夢で最後に味わった感触、私よりもずっと小さな背中で、歩けない私を負ぶってくれたこと)





憧(私はあの事故の中、私よりもずっと小さな背中で、動けない私を負ぶってずっと、彷徨い歩いていた)




晴絵「ごめん、憧……、シズが、シズが……」ボロボロ

憧(やめてやめて! 聞きたくない、今すぐ大声で泣きじゃくって、晴絵の言葉を掻き消そうか)

憧(でももう遅かった。私は晴絵の言葉をひたすらに待ち、現実を受け入れる体勢になっていた)





晴絵「シズが…今さっき、息を引き取った」ボロボロ

前回の補足見て思ったけど、あれって小説書いてる人のあとがきみたいやん!
なるほどあとがきを書くってこういう気持ちか。
とりあえずなんちゃって作家ですん、よろしく!

さてようやく物語が進んだので色々言いたいことが、
このSSは、穏憧のカップリングです。
最初にそういうカップリングですって言っちゃうと、この二人に読者(いるかわからないけど、きっと居る!!)を集中させてしまい、
自分がそれに甘えちゃって、和玄晴の会話がなくなっちゃうので我慢しました!

あと自分でプロット作ってるんだけど、
今日まで投下した分の後の物語は、妄想が加速してしまい色んな方向に物語が頭の中で進んじゃってます。
一応書き始めはイメージできるんですけどね、

何がいいたいかって、この後の量が、
今日まで投下した分が【(全体の量の4分の1)・(全体の量の3分の1)・(全体の量の2分の1)】のどれくらいになるのか分からず。
いつ終わるかはまったくの未定ですん。

書いている途中は楽しいので、頑張ります。また書き溜めに入ります、それまでさよならっすー

一年後、五月…

憧「………ふぅ」


本日最後の授業が終わり、クラスのみんなが活発になりだした。
私は授業中の静かな雰囲気と今との差に少しの溜め息をつく。
阿知賀女子の二年に進級した私の生活はシズの死からがらりと変わってしまった。

クラスメイトA「憧ー、帰りどこか寄ってかない?」

クラスメイトB「そういえば、駅前に雰囲気の良い店が出来たんだけど」

憧「あれ? それ前も言ってなかった?」

クラスメイトB「確かに言ったけど、憧が違う店を紹介してきてそっちに行ったんじゃん」

憧「そうだっけ? まぁ、とりあえず行こっか」


私は去年、とある事故にあって入院をしていた。
四日間も目覚めなかった割には体のどこにも異常は見つからず、勉強内容が追いつかなくなるまでには学校に復帰した。
だけれども、シズはいない。シズを追って阿知賀に入ってきたのに、今はもう阿知賀に穏乃という生徒はいない。

そして今では阿知賀女子の麻雀部には顔を出していない。
阿知賀で出来た友達と一緒に、放課後は街をぶらついて、家に帰って、勉強をするだけだ。


憧「雰囲気の良い店って、何?」

クラスメイトB「ふふん、ケーキバイキングがいつでも楽しめる喫茶店なんだよ!」

憧「あぁー、それ私行ったことあるかも。中学校の友達に連れられたところかなぁ…」

クラスメイトA「えぇー、行ったことあるの?!」

憧「あはは、ごめんごめん。…んーでもね、あそこケーキの質がちょっと悪いよ?」

クラスメイトB「そうなの?」


たまに中学校時代の友人である初瀬とも会って、日々を過ごしている。
私の日常からは麻雀というものはなくなっていった。

灼「憧、ちょっといいかな」


でも、この日はちょっと違った。いつも学校内で会っても、ちょっと挨拶するだけの人から声をかけられた。
灼さんが私に声をかけてきた理由は大体察しがついている。


憧「あ、ちょっとみんな、先行ってて。私部長さんと話があるから」

クラスメイトA「…うん、わかったー」


あの子たちも私と麻雀部の事情は知っているから野暮なことは言わない。
灼さんは去年私たちと一緒に全国へ行った時のうちの団体のメンバーであり、学校内じゃちょっとした有名人だ。
さらに言うと、三年生の宥ねぇがいたにも関わらず、二年生が部長だったということもあり、『部長』という言葉はそれは大抵灼さんのことを指すものとなっている。

憧「それで、何の用ですか?」

灼「その…よかったら、でいいんだ。無理を承知で頼むよ。…来月頭にはまた…インターハイがあるから」


去年も六月頭にインターハイの県予選があったように今年のインターハイも六月頭にある。
去年のインターハイの結果で阿知賀女子にも少し麻雀部員が増えたらしい。確かクラスメイトAの妹が麻雀部員だったっけ。
麻雀部に入った一年は八人で、経験者なんだけどその誰もが現三年生の灼さんと玄を一位、二位から引き摺り下ろしたことがないって。
言っちゃ悪いけどそれほど弱いってことだ。
阿知賀女子は確かに強かったけど、でも名門はやっぱり晩成。強い人がこっちに入学してこないのもまぁ頷ける。
11年前みたいに、強かったのは去年だけだったりね。


憧「やっぱり…一年の中に有望なのは、いない?」

灼「有望だとか、そんなんじゃなくて。……憧に戻ってきて欲しいんだ」

憧「………あの、無理を承知でっていうけど。私、自分自身のことよくわかってないんだ」

憧「多分、灼さんは去年、穏乃が事故で死んだことを私が気にしてるんだと思ってるんだろうけど……、麻雀部とシズの死は関係してないんだ」

灼「……そう、なの?」


私が麻雀部に顔を出さないのは、シズの死そのものが原因じゃない。
ただ――。

憧「ただ……麻雀自体に、シズが関係してるんだ。…小さい頃から一緒に打ってて、役覚えるごとにお互い自慢し合って、時にはクラブの二位を争って麻雀してたり」

憧「私の麻雀には、シズがいたんだ」

灼「………」

憧「ごめん、灼さん、今は…牌に触れようとも思わないんだ…」


私は全力で頭を下げた。シズがいないとはいえ、自分勝手に麻雀部に顔を出さなくなったんだ。
いつかちゃんと理由を話して謝ろうとして、自分の中でシズの死がどういう風に影響されて、どういう風に心の変化があったのか。
自分でも分からず、言葉に出来ないままでいたらいつの間にか時が過ぎていた。


灼「……憧」


頭を下げていると、灼さんが声をかけてきた。私はそっと少し顔を上げると、灼さんは静かに微笑んでいた。


灼「ちゃんと話してくれて、ありがとう」

灼「……でもね、これだけは言わせて」

灼「憧はやっぱり麻雀をしないといけないと思うんだ」

穏乃に、囚われているから。なんて続きそうな言葉だった。
そういう意味で言ったんじゃないのか、灼さんはその後に言葉を続けなかったから分からなかったけど。


灼「待ってる、…インターハイの会場で私は団体のメンバーを書く用紙を最後まで白紙にして待ってる」

憧「それじゃ…私がその時に行ったら、一年の中から誰か外されちゃうじゃない…」

灼「その時は私の代わりに憧に入ってもらうから」

憧「…プッ、部長が出場しない大会ってどうなのさ」


その後、灼さんと別れて、私は友人たちを待たせてはいけないと、走って校門まで向かった。
先に行ってて、そう言ったけど友人たちは嬉しいことに校門で私を待ってくれていた。


憧「お待たせー!」

クラスメイトA「お、走ってきたのか。んじゃ行こうか」

ここで何も聞いてこないのが、私は良い友人を持ったと言える。
さっきの灼さんの言葉がまだちょっと心に突き刺さっているから、出来ればそれをほじくりかえしたかった。
自分勝手な話だが、だからこの子たちが何も聞いてこないのが逆にちょっと寂しかったりする。


モブB「……憧」

憧「ん? 何?」

モブB「なんかさっきより、うんと良い笑顔してるね」

憧「え? …え、何急に。口説こうとしてるの?」

モブA「えー、止めときなって、終いには憧に捨てられて終わる未来しか見えないよ」

憧「えぇ! そういうことするやつって思われてるの私?!」

モブB「違うよ!! ……憧、自分が私たちと会話しているときより、ずっと綺麗な笑顔しているの、気付いてる?」


実は気付いていた。いつもの日常と違って、灼さんと話終わったあたりから心がうんと晴れやかな気持ちでいることに。
それは何でだろう。
久しぶりに部活の人と話が出来たから? シズの話が出来たから? 麻雀に関しての話が出来たから?
もしくは……麻雀部に戻ってくるように言われたから?


もしかしたら…、牌に触れたくなくても……心の底では麻雀がしたいと思っているんだろうか……。



その後一緒に行ったケーキバイキングの味はあまり覚えていない。

憧「ただいまー」

望「おかえりー」


もう一ヶ月前と比べて大分日が落ちるのが遅くなっていた。もう六時だというのに明るく、玄関はまだ外灯を付けていなかった。
玄関から部屋に行こうとする際、お姉ちゃんがいたリビングにふと視線を送った。
お姉ちゃんはどうもテレビを見ているよう、テレビではニュースがやっていた。特に他愛のない、どこそこで夏日和になっています、といったニュースだった。


憧「……お姉ちゃん、ちょっと、チャンネル変えていい?」

望「え? …いいよ」


お姉ちゃんは好んでニュースを見る人じゃない。きっと後にやってくるバラエティー番組を見たいが為に最初からチャンネルを合わせてるだけだろう。
私はお姉ちゃんの近くにあったリモコンで、チャンネルを変えてみる。


タン……タン……。


テレビの中からはいつも私が聞いていた音が聞こえてきた。
これで何か変わるのだろうか……、私の中で何か変わってるのだろうか。


望「……麻雀」

しばらく私は立ったままテレビを見ていた。
自分の中に何度も問いかけながら、麻雀を見ていた。
私は麻雀がしたいんだっけ? そもそもシズがいないと麻雀はできないんだっけ? どんな気持ちで麻雀を打っていたんだっけ?
自分の中で何度も問いかけるが、その回答は全て分からない。…分からないのに、何故か、気になってしまう。
そして改めて気付く。


憧「………私」


私は麻雀が好きなんだ。
そして、シズと一緒にクラブに通って、シズと一緒に役を覚えて、シズと一緒にクラブの二位の座を取りあった。
シズがいたからこその、私の今の麻雀があるんだ。
でも、シズがいないだけでこんな風に崩れてしまう麻雀だったとすると、シズは悲しむだろう。
今まで私とやってきた麻雀ってなんだったんだよ、って怒りそう。

シズの死なんて関係なかったはずはない、だけれどもそんなの引きずってちゃ何も始まらないんだ。

シズの死を……乗り越えてみよう。

私は、もう一度、麻雀がしたい。

翌朝、ベッドで目が覚めると、私は今日の日付と時間を確認しつつ、着替えるために立ち上がった。
今日は日曜日で、阿知賀は休み。特に誰とも会う約束なんてないから、適当な服でいいかと思っていたら部屋の外からお姉ちゃんの声が聞こえた。


望「憧ー、起きてるー?」

憧「起きてるー、何ー?」

望「実はね、ちょっと家の仕事で手伝って欲しいことがあるのよ」


はっきりいって面倒くさい。神社の仕事なんて面倒なことばっかりだ。
それに今日は確かに誰とも会う約束なんてなかったけれども、計画的に過ごそうと思っていたのに。

憧「すぐ終わるー?」

望「いや、ちょっと出掛けないといけない用事でね。一、二時間かかっちゃうかも」


出掛けないといけない用事? ……となると、なんだろう。
そういうのは全部車を持っているお姉ちゃんがすることだったから仕事の内容のイメージがつかない。


望「あ、あと汚れてもいい服装でねー。ちょっと山の中に入るから」

憧「山? …っていうかそんな用事なら昨夜のうちに言っておいてよ」

望「ごめんごめん、それじゃお願いねー」


まだ返事をしていないのにお願いされた。確かにいつも手伝ったりするんだけど、当たり前のように返事も聞かずに立ち去られると少しムカっとする。
私はクローゼットの奥の方から、普段着ることのない服を引っ張り出した。

望「ごめんねー、今からする家の用事っていうのは数ヶ月に一回しないといけないものでね」

望「憧も運転免許取ってもらったら、私のいない時にちょっとやってほしいから、さ」


着替えて下に行くと、お姉ちゃんが朝ごはんを作ってくれていた。
それを食べているとお姉ちゃんがそう話した。
どういう内容のものかと聞いたほうがよかったかもしれないが、時間がかかると二時間も経つと言われたので、聞く気も起きなかった。



お姉ちゃんが車に乗るのに続き、私は後部座席に座ろうとしたら止められた。
どうも、助手席に座らせたいらしい。


車を走らせると、私はお姉ちゃんに一言断って窓を開けた。
五月だからか、もう冬の寒い風は収まって、夏の暑さが感じるようになった。
車のスピードで切る風は冷たいわけでもなく、風が心地よいものだと気付くと私は窓の外に手を伸ばした。


望「憧、子どもみたいだね」


そう言われると手を引っ込めたくなるから言わないで欲しかった。

憧「……なんだか最近お姉ちゃんの車に乗ってないような気がする」

望「そういえば、そうだっけ?」


他愛もない会話、ところどころに笑い声が聞こえるくらいの会話をしていると、お姉ちゃんは目的地に着いたらしい。
駐車場に車を止める。




車から降りた途端、私は強烈な風を受けた。


憧「うわわっ!!」


私は両腕で反射的に顔を守った。どうやら風は山のほうから吹いているらしい。
でもその風はすぐに収まって、私は周りを見渡してみると、不思議そうな顔をしているお姉ちゃんがいた。

望「…どうしたの、憧」

憧「あぁ…いや、風が強いねって」

望「風……? 何の話?」

憧「え、いや、さっき山のほうからぶわーって」


ありのままに感じたことを話したのに、お姉ちゃんは顔をしかめるだけだった。


望「……ま、いいや。ついてきて。ちょっと歩くのに時間かかるかも」

憧「……うん」


私は会話が成り立っていないのを気にしつつそう頷いて、お姉ちゃんの後に続こうとしたその時。


――――新子、憧。


声が聞こえた。

いつも正午過ぎに投下するんだけどちょっと諸事情あって早めに投下

また、体調を崩してしまい、明日以降のリアルの予定がぐちゃぐちゃに
次回投下は遅めになるかも、一応言っておく…一応

憧「………」


山に入ってしばらくした後もまだ聞こえてくる、私の名前。
お姉ちゃんが変なことやってるのかな? と思ったけどどうもそんな様子でもない。
思い切って聞いてみようとしても、なんだかおかしな顔をされそうなのでやめておいた。


――――新子、憧。


聞き違いかとも思ったけど、何度もそう聞こえてくる。
はっきり聞こえるわけじゃない。洞窟の中から風が聞こえてくるような、くぐもった声。
そういう声が山全体から木々を響かせて聞こえてきているような…。
なんだろう、聞いたことがある気がするのは……、ホントに気のせいなのだろうか。

望「そういえば、ここで何をするかは言ってなかったね」

憧「え? あ、うん」


どちらかといえば聞かなかったんだけど。
黙っていてもおかしな声が聞こえてくるだけだ、お姉ちゃんと喋っているほうをとろう。


望「私たちの実家って他の神社と比べて、神様が他と比べて多いのは、知ってるわよね?」

憧「あぁ…うん。以前それで観光客が一時的に増えたからね」


懐かしい話だ。いつの日か、吉野川で和と玄に話したことだっけ。


望「神様っていうのは、何かに宿るものだっていうのは、知ってる?」

憧「それももちろん。私たちの神社だと、あと社の中の更に中にあるものでしょ?」

望「そうそう、私も数回しか見てないんだけど…憧は見たことある?」

憧「…そういえばない」

望「…まぁ、神社の中にあるものは今は関係ないんだけどね」


関係ない、って…あぁ会話に関係ないってことか。

望「普段神社の中にあるものっていうのは、神様の一つ分の席しか用意されていないのよ」

憧「……初耳だ」

望「そか、ここから言ってなかったっけ」



望「そして残りの神様はこの山の中、とある御神木に宿っている、と言われてるの」



憧「―――え?」


今、なんて言った?
この山の中、御神木?
私の中にあった思い出が一瞬にして甦ってきた。
私は記憶の中にある山と、今お姉ちゃんと一緒にいる山を照らし合わせてみた。


憧「……同じ、だ」

望「ん?」

お姉ちゃんは私がつい、口からぽろりと出てしまった言葉に反応して、振り向いた。
私はそんなお姉ちゃんに構わずに、辺りを見回していた。
流石に、数年前とは違い木々が生い茂っていたりするが…、ほとんど似ている。
さらにここまでお姉ちゃんが車に乗せてってもらったこの山は、かつて晴絵たち、クラブで行った時と地理的に近かったことが今気付いた。


望「同じ…?」

憧「お姉ちゃん、もしかして…近くに吉野川ってある?」

望「あるよ、この山を越えた向こうの方に流れてる」


やっぱり思った通りだ。晴絵たちと一緒に行った時はこの山の向こう側のほうに駐車場があって、そこから私たちは歩いてきたんだ。
今私とお姉ちゃんがいるところだったら、数年前、散々この道で迷ったからよく覚えている。
すると、同時に、シズに背負われていたことを思い出した。
その感触がいきなり私に襲い掛かってきて、すぐに去年シズに背負われていた感触も連動して思い出してしまった。
そのことが強く重く、私の心にのしかかり、思わず足を止めてしまう。


望「…憧?」


そんな私を心配に思って近づいてくるお姉ちゃん、私は大丈夫だと言おうとしたその時。

――――早く、こっちに来い。


また聞こえた。しかも今度は私の名前ではなく、言葉だった。
早く、こっちに来い、だって? まずこの声の主は誰なんだ。
こっちに来いってどこに向かえばいいんだ? はっきり言って近づきたくない。近づきたくないのに……。
……よく考えてみると、駐車場で初めて聞いた時よりももっと大きな声で聞こえ、はっきりと聞こえるようになった。
ということは、近づいているっていうことなのだろうか。

近づいている、だって? …私たちが向かっているのはどこなのだろうか?


望「憧、大丈夫…?」

憧「……お姉ちゃん、私たち、どこに向かっているの?」

望「え…? あ、まだ話の途中だったね。 私たちはね」


望「この山の中にある、その御神木に向かってるの」



そこで何をするか、をお姉ちゃんは言っているんだろうけど、私はとてつもない不安に覆われて、お姉ちゃんの言葉が聞こえなくなった。
背中の冷や汗が止まらない……。
私たちが向かっているのは御神木、そして進む毎に大きく、そしてはっきり聞こえてくるようになる声。
何故か私の名前を知っていて、山全体を響かせてくぐもったような声で喋ってくる。
改めて、今までかけられた言葉を思い出すと。一つ一つにとてつもないプレッシャーを感じるようになった。
もしかして、声の主は、御神木の近くにいるんじゃないだろうか。
いや、近いなんてもんじゃない。…御神木、なんじゃないだろうか。

望「…憧、ごめんね。体調、悪かったんだ」


するとお姉ちゃんはそんな私を労わって、そう言った。
自分の体のことについて、冷静に分析してみると、手が震えて全身に寒気がしてきた。
シズの時のトラウマと今聞こえているプレッシャーを考えてみると、当然なんだろうか…。


望「憧、先に車で待っててくれる? ……というか一度家に帰ろうか? 時間かかっちゃうし、待たせちゃうかも」

憧「…ごめん、私先に車で待ってるね。家はまだ帰らなくていいよ。お姉ちゃんの用事が終わるまで待ってるから」


もう無理だ。一度意識してしまうとこの重圧の中では息をするのも動くのすら辛い…。
早く車に戻ろうと、私は振り返り、帰ろうとする。


――――取り戻したくは、ないか。

………勘弁して欲しい。もう何も聞きたくない、何が取り戻したいだ。あんたに私の何が分かる!
意味も分からないような言葉を吐いてきて、私をそんなにも気狂いにでもさせたいのか。
そうやって私はこの気味の悪い声から遠ざかろうとするが、次の言葉で私の足は完全に止まってしまった。


――――約束、した相手を。


………約束。
約束………。
どんな約束だっけ。
あぁ…、思い出してみるけど大切な約束もあったし下らない約束もある。
なんの約束だっけ。
すると突然、とある一つの約束を思い出した。


数年前、ここに来たとき。
私は山でシズと離れ離れになった。
気絶している間もシズは探してくれて。
そしてシズは私を見つけ出してくれた。
その時私の後ろには御神木があって。
そこに登った時、……約束したことがある。

憧(ずっと、一生親友でいようって、約束…!)



その約束は御神木の上でしたことがある。もし、その御神木に意識なんてものがあるのなら、それを覚えていたということだろうか。
そして、取り戻したくはないか、約束した相手を。というのは……。


憧(話くらい、聞いてやろうじゃない!!)


私は再び、御神木のほうに振り返った。
そんな私をまたもや心配するお姉ちゃんには大丈夫だと言い、御神木のほうへと向かった。
先ほどよりも力強く、一歩ずつ踏み出して前に向かった。

望「…ついたわね」

憧「………」


さらに歩き始めて十数分、子どもの時の歩幅とは違い、意外にも早く目的の場所へと着いた。
間違いなく、記憶にある御神木だった。
見るのはこれで二度目…。
改めて見ると荘厳な雰囲気を漂わせて目の前に立っているその姿に思わず自分が小さくなってしまいそう…。


望「さて、と。……そしたら私は作業してるから憧は休んでなさいな」

憧「……うん」


でもせっかく御神木に着いたというのにあの声の主は近くにいないのだろうか…。
辺りを見回してみても何もない…。
直感なのだが、ここにあの声の主がいたことは確かなのだ。
仕方なく私は御神木を調べてみることにした。


憧(……うん?)


すると、御神木の後ろに何かがいる気配を感じた。
後ろのほうに顔を覗かせてみると、人がいた。ただ、あまりの小ささに驚いてしまった。


憧「え?!」


詳しくはもっと近づいてみないと分からないけど、どうも自分の手の大きさくらいの御伽噺に出てきそうな小人だった。

「う、ん……?」


その小人は後ろの御神木にもたれかかって寝ていたようだけど、私の驚いた声に反応して起きたらしい。
小人はまず周りを見渡して、そして見ていた私と目が合った。
お互い硬直した。


憧「あ……あぁ……」


だってその小人の姿は、去年に死んじゃったシズだったんだから。





「……新子、憧?」


その声は紛れもなくシズだったけど、違和感を感じた。
私の知っているシズと、今のシズとは私の名前呼ぶ時のイントネーションが少し違った。
これだけでも驚いていたのに、目の前のシズは浮かび上がってきたのだった。
つまり空を飛んでいる。私の目の前でふわふわと浮かんでいるのだった。


「……えと、返事してくれないと困るんだけど。私のこと、見えてるんだよね?」


そんな私の驚きを無視して、目の前を飛び回るシズ。
理解が全く追いつかなかった。

「ねぇ!! 見えてるんでしょ! さっきから目、私を離してないんだけど?!」


そうは言っても、言葉が出てこないんだから仕方がない。
とまだしばらく黙っていたら目の前のシズが勢いをつけて私のお腹に蹴りを入れてきた。


憧「ごふっ!!!」

「なんだ、やっぱ喋れるんじゃないか」

憧「……小さいのに意外に痛い…」


少し予想外すぎたその行動にも驚かされっぱなしだ。
お腹に受けた痛みを気にしつつも、頭の中を冷静に整理してみる。
まず、目の前の小人…っていうか空飛んでるから妖精…? はシズの姿をしている。
んでもってでも、このシズは私の知っているシズじゃない?
さらに意外に好戦的で、結構痛い…。


憧「……えと、シズ?」

「ん、シズって確か、憧の約束を交わした人だよね?」

憧「あー、やっぱりシズはシズじゃないんだ」


予想通り、これは私の知っているシズじゃない。
頭が混乱しようとしているのを頑張って抑えている。


「シズって…あぁそっか。憧には私が穏乃に見えるんだ」


でも何故か口調がシズっぽいのは、気のせいなのかな…。
…というかこれは何?! シズじゃなかったらなんなの?!
ようやく頭が働き始めたのか、目の前のシズもどきが怖くなってきた。

憧「……あの、さっきから私を呼んだのは…あなた?」

「ん、いや、私じゃないよ」


えぇ……。じゃああれは誰の声で、あなたは誰で、そして何で私の名前を知っているのか。
考えているだけじゃ、流石に訳分からない、一つ一つ質問してみよう。


憧「えと、一つずつ質問いい?」

「どうぞ」

憧「…まずあなたは何?」

「……その前にあなた、なんてちょっと嫌だなぁ」


どうぞなんて言った癖に質問に答えてくれないとは、もう混乱寸前なのにこういうのは止めて欲しい。
すぐに思考停止しそうだ。


憧「はぁ…、じゃ名前はなんて言うの?」


生意気な態度を取っているんだけど、いかんせん小人の姿なのでどうも子どもに接するような言葉になってしまうが、相手はそれを気にしていない様子だった。


「名前なんてないんだけどね……なんて呼んでもいいんだけど…、……んじゃあ憧から見て穏乃に似てるんならシズでいいんじゃない?」


なんということを提案してくるんだろうか。
穏乃ではなく、私が穏乃に対して使っている愛称を提案してくるとは。
こういうのは普通、気を使ってシズという名前は出さないでいるんだけども……というかこの子はシズが死んだことも知らないのか。
それなら仕方がないか。
…ついでに、言動までもがシズに似ているからそれでいいかな、とも思った。

憧「そしたら、…シズで」

シズ「うん。それで、質問の答えだけど。私はこの御神木に宿っている神様の使いなんだ」


……まさか、想像していた通りとはいえ御神木に神様が本当に宿っているとは。
目の前には小人という、不可思議な物体も浮いていることだし、一つずつ受け入れていこう。


シズ「そういえば、さっきまで憧の名前を呼んでいたのは、その神様なんだよ」

憧「やっぱりそうだったんだ」

シズ「それで神様がこっちの世界に来てたんだ。その時に憧と話をしたかったんだけど、憧がこっちに来るのが間に合わなかったら私を寄越したの」


早くこっちに来いって、そういうことだったのか。
というか最初から説明して欲しかったな。いきなりああいうこと言われて、すぐに行動できる人物はいないんじゃないだろうか。
……あれ、そういえば神様は私と話がしたかった、だって?


憧「…なんで私と話をしたかったの?」


シズ「それは、憧に穏乃を助けるチャンスがある、ってことを言いたかったからだよ」



一気に体中に電流が流れるような錯覚を覚えた。
体が一瞬震え、息をするのも一瞬止めた。
神様だから、そんなことが可能、だと…?

憧「ど、どうやって?」

シズ「それは私からも説明できるんだけど、もうちょっと憧が落ち着いてからにしようか」

憧「…と、時を越えたり、とか?」


精一杯、私は考えてみるけどそういう御伽噺のような方法しか思いつかなかった。
というか過去に死んでしまった人を助ける、だなんて時を越えるしかないんじゃないだろうか。
……というか穏乃を助ける、ってまさか。


憧「ちょっと待って、穏乃を助けるってそもそもどういうこと?」

憧「穏乃はもう死んじゃってるよね。…なんていうか、天国に行けてない穏乃の心を救うとか、そういう意味?」


主に目の前のシズが、穏乃の心を束縛しているんじゃないだろうか、とも思った。


シズ「いやいや、まぁ時を越えてに近いかな。それで穏乃が死んじゃった過去に戻って、穏乃を助けに行くの。もちろん穏乃が生きるために」


目の前のシズはそう言った、今までで一番深い衝撃を受けた私は、両腕で自分を抱き締めるように服の裾を掴んだ。
こうでもしないと意識が途切れて倒れてしまいそうな気がして。
倒れてしまったら、この話は夢だったような気がして。
こんな夢なら、私は、ずっと醒めないままでいたい。
ぎゅっと目を瞑って、しばらくして、また目を開けて、目の前のシズを見てみる。
まだ小人のようなシズはそこにいた。
これは現実、でいいんだろうか。
私は、穏乃を助けることが出来るんだろうか。
もう一度穏乃と喋れることが出来るんだろうか…。


平常心じゃいられないね、心揺さぶる展開だよホントに。
私の心に熱が灯った。
自分でも分かるほどに今、熱く燃えている。


シズの言うこと、全て受け入れてみよう。
穏乃を助けることに繋がるのなら、私は何だってする。

シズ「他に聞きたいことはないかな?」

憧「そうだね…、穏乃を助ける方法は後で聞くとして…、…そういえばその神様について知りたいかも」


過去死んでしまったほうを穏乃、今目の前にいる小人をシズと呼ぶことにした。
神様についてはそういえばなんで、私と話をしたかったのだろう。


シズ「神様についてなら、憧のほうが知ってるんじゃないかな?」

憧「……え?」


私が知っている?
……って、もしかしてさっきのお姉ちゃんの話。
神社には一つ分の席しかなくて、御神木のほうに一つ席を作った、みたいなことを言ってたよね。
となると……。


憧「じゃあ……、えっと、人に深く関わっていたほうがこっちにいるの?」


私の神社には神様は二体祀っていると聞かされていた。
一体はこの阿知賀周辺で人間に深く関わっていて、もう一体は深く関わりすぎたがためにその神様を封印しにきた神様。
神社で祀るとしたら、人間に深く関わっていたほうを近くで祀り、封印しにきた神様のほうを山奥に追いやった、なんてことはないだろう。
封印しにきた神様っていうのは、人間に深く関わっていたほうを咎める形で来たんだ。つまり、人間に対して害ある行動をしたんだろう。
となると、封印しにきた神様っていうのは助けに来た、と考えると、助けてくれたほうの神様を神社に祀るのが、まぁ普通かな。

シズ「そうだね、その神様は今も御神木の中にいるよ」

憧「なるほど…、っていうことはその神様は…心を操ったりする、んだよね?」

シズ「…あー、まぁそういうことも出来るね。でも大抵は心を外側に出すとかそういうことなんだけど」


心を外側に…、昔に和たちに心を具現化するって言ったことがある。
そのことだろう。


憧「なるほど…、確かにその神さまは私も知っている…けど」

憧「私のほうが知っている、ってわけはないんじゃない?」


だって目の前のシズのほうが明らかに知ってそうだし、何より私の情報はこれだけしかない。
あとはこの心を操る…、外側に出す力を使って他の神様に人を使って対抗したって話だけだ。


シズ「何言ってるの、さっき自分で言ったじゃん。人に深く関わっていた、って」

シズ「この人っていうのは、憧の先祖、新子の家系のみだよ」

シズ「だから神社の家系なんじゃん」


初耳なんだけども。
というか先祖から、か。なんという…、っていうかこのことってお姉ちゃんは知ってるんだろうか。
昔の記憶を遡って、神様の話をお姉ちゃんから聞いた時は私たちのことだなんて言ってもなかったし。


憧「……なるほど。それで私は神様に深く関わっていた人間の子孫だから、神様は手を助けてくれる、と?」

シズ「それもあるね、ただそれ以外にもっと大きな理由があるんだ。

シズ「それは、憧が穏乃に対して愛を持っているから。ここにいる神様はね、人の愛情というものが好きなんだ」

数秒置いて、私は自分の顔が赤くなったのを自覚した。
はふ…、この返しはちょっと予想外…。
……愛を持ってる、だって? いいいやいや、私は穏乃のことそう思ったわけじゃないし。
そりゃ、確かにシズは……可愛かったし?
す、好きだったけど……けどぉ……。
こ、これって愛だっけ…?
神様ってでも心を色々出来たりするんだよね…、ってことは私はそうは思っていなくても実は心の底からそう思っていて。
それが神様には実は伝わっていて…!


シズ「あー、言葉って難しいね。え、と…あ、ほら友愛って言葉があるじゃん。そういう愛の形だよ」

憧「え!? あ、あー! な、なるほど、親友としての愛ね」

シズ「そそ、憧は昔さ、御神木の前で穏乃と一緒に約束したことあるんでしょ? 親友でいよう、って」

憧「な、なるほど。そこから来たのか。…ってことはあの御神木で私が言ったことはその神様は知ってるんだ」

シズ「うん、私も。私はその神様の分身みたいなもんだから、御神木で二人が話してたことは覚えてるよ」


…なるほど。まぁ、私が穏乃のことをどう思うかは置いておいて。
穏乃を助けにいける、のか。
そんなの、行くしかないよね…!

憧「よし、神様が私のことをなんで知ってて、何でこんなことを言うのかは分かった」

憧「私は穏乃を助けに行きたい! 過去を変えてみせる!」

シズ「あ、今は無理だよ」


なんていう言葉で私の燃えていた心は一気に冷めた。


憧「ちょっと…ここまで来てそれはないんじゃない…? ってあぁ、そっか神様がいないんだっけ、今は」

シズ「それもあるけど、今のまま行ったら憧はまた同じことを繰り返すだけになるんだよ」

憧「え? じゃあ何、体を鍛えるとかそんなの?」

シズ「そんなの過去に行ったら鍛えた体は戻ってるじゃん」


そう…なのか? …まだ過去に行くっていうイメージが湧かないんだけど…。
体は元に戻っているのなら、そしたら私の記憶とかはどうなるんだろうか。
穏乃が死んだ以降の記憶も引き継いで私は過去に戻るんだろうか。


シズ「まぁまだ時間は沢山あるんだ、それに言うこともまだ沢山あるしね。そっち方面のことは落ち着いたら話をしよう」

憧「む、むむむ」


確かに今すぐ知りたい気持ちはあるんだけど、多分あまり頭に入ってこない。
こういうのは経験上よく分かっている、一度休息を取ってから話を聞いたほうが的確な判断も出来る。
そして私は今多分的確な判断が出来そうもない、一度休息が必要だとは思う。

望「憧ー、どこにいるのー?」


そんな時御神木を挟んだ向こう側からお姉ちゃんの声が聞こえた。
まだ一時間も経ってないはずなんだけど、どうしたんだろう?


憧「なに? お姉ちゃん」

望「あ、いたいた。もう終わらせたから帰ろう?」

憧「え? 一,二時間かかるんじゃなかったの?」

望「それはここでするのを憧に教えながらの場合よ。慣れればすぐに終わる予定だったんだから」

憧「そか。そしたら帰ろうか…」


とふと気付く。
シズはどうするんだろう。このまま御神木の近くにいるのかな、まぁ…ずっと御神木の近くにいたからそれも当然か。
私はお姉ちゃんに聞こえないように振り返るとそっと呟く。


憧「じゃあね、シ」

シズ「連れてけええええ!!」

憧「ごふっ!!」


またもやシズの攻撃をお腹に食らった。
いきなりしてきたものだから、最初の時と同じように無警戒だったものだから更に痛い。

望「ど、どうしたの? 憧」


心配そうに近くに駆け寄ってきたお姉ちゃん。
私はシズを無理やり掴んで、お姉ちゃんの前に突き出す。


シズ「うひゃ!! くすぐったい! くすぐったいって憧ー!!」

憧「こいつが……ってうるさいわね!!」

シズ「それなら変な力加減で触るなぁ!」


触っていると意外と気持ちいい。シズは少し涙目になっているのが分かったので仕方なく手放す。
もう一度、握りたい…。心の中でそう思いつつ、お姉ちゃんのほうに向き直る。


望「憧……疲れてたんだね、ごめんね。病院、行こうか?」


シズが周りの人に見えないのは、今初めて知った。




というか、よくよく考えてみると私は本当に病気なんじゃないだろうか。
神様がいるとか、その使いだって色々信じたけれども、なんでシズの姿格好をしているのか。
それは私の病気が生み出したものなんじゃないだろうか…。

病院へ連れて行こうとしたお姉ちゃんにはなんとか無理を言って家に帰らせてもらった。
とりあえず眠ろう、それで起きたらシズにまた色々と聞いてみよう、今はまだ休息が必要だ。


シズ「憧ー! 起きろー!」

憧「………」イラッ


眠ろうとした時に限ってシズが大声で耳元で叫んできた。
私はシズの話をちゃんと聞きたいが為に、休息を取ろうというのに、何故眠らせてくれないのだろうか。
仕方なく起き上がるとシズは私の部屋にあるテレビを指差して怒っていた。


シズ「これ、つけてから眠って!」


無視して寝てやろうか。
と真っ先に思ったけど起こされるのも辛い、今は言うとおりにしておこう、ということでテレビの電源をつける。
それじゃ、と再度眠りに着く。


シズ「何が悲しくてニュース番組みないといけないんだよ! 他のが見たい!!」


再度起き上がって、適当に教育テレビに合わせた後は勉強用に買って使ってなかった耳栓をしながら眠ることになった。
よく考えたら普通に叩かれたら起きるしかないじゃん、と思いつつシズのほうをちらりと見ると、テレビに夢中になっていた。
なるほど、シズは教育テレビが好き、とまだ子どもなんだね、と思いつつようやく眠りにつくことが出来た。

二時間後、目を覚ました。
まどろみの中にいる私はゆっくりと部屋を見回してみるとテレビが付けっぱなしになっていた。
それを疑問に思いつつ、シズが見ていたことを思い出した。
ただ寝る前にシズがいた場所に今はいない。
すぐに背中に冷や汗が浮かび、夢だったのか、と思ったが、すぐに見つかった。

私の枕の横で、くるまりながらすやすやと眠っていた。

神様でも寝ることはあるんだ……。というか使いとかなんだか分からないんだけども。

私は寝起きの後特有の口の不愉快さを消すために、一度起き上がり部屋からでて洗面台に向かった。
軽く歯を磨いて、ついでに寝起きから冷めるために顔も洗う。


憧(目が覚めてもシズがまだいた。これは現実だった。……ということは穏乃を救うことが出来るのは、これが妄想や病気の類でなければ本当に起こり得る)


なんとしてでも穏乃を助けに行く、そうやって心の中で決心をしながら顔を洗っていた。
まず、シズと神様は私の先祖からの付き合い、そして私はシズと神様がいる御神木で神様たちに気に入られた、って解釈でいいのかな。
それでシズのあの姿は、初めて会った時に「憧は私の姿が穏乃に見えるんだね」と言っていた。
多分、シズの姿っていうのは元々そうなんじゃなくて、私がそう見えているだけ、穏乃とは何の関係もない。

穏乃を助けるというのは過去を遡って、穏乃を助けるという、命を救うこと。
これに何の問題もない、私は必ず救ってみせる。

あとは、どうやって救うのか、…そういえば後はこれしか知らないんだな。
これだけをシズから聞いてみようか。
私は最後にタオルで顔を拭いてから部屋へと向かった。

シズ「ふわぁ~ぁ」


部屋に戻るとシズは起きていて大きいあくびをしていた。
これは好都合。さて話を聞いてみようか。


憧「シズ、今話はできるの?」

シズ「うん、できるよ。ちょっと今まで普通の生活を送ってきた憧には最初から突拍子のないことを色々ということになるけど、いい?」

憧「……理解してみせるよ」


シズ「それじゃまずは、…世界って心で見ているもの、っていうのを理解してもらおうかな」


心、か。そういえばその神様って心を外側に出したりするんだよね。
心がキーワードになるのかな。


シズ「例えば今床に置いてあるリモコンなんかがあるじゃん」

憧「これ?」

シズ「うん今、持ち上げたね。…憧は今リモコンを持ち上げる前に目で見て、手で触ったよね」

憧「う、うん」

シズ「それはね、視覚的にリモコンを見て、触覚的にリモコンに触ったの。ここで大切なのは憧は今、リモコンを五感のいずれかで認識しているということ」

シズ「この認識っていうのが大事な言葉なんだ」


認識もキーワード、と。

シズ「例えば今憧がいるところのちょうど地球の裏側に木が一本立っているとします」

シズ「それは憧がまだ見てもいないし、触ったこともないから認識できていないと思うじゃん?」

シズ「でもね、すでに認識してるんだよ」

シズ「何故かというと、憧はもうその木を含む世界を心の中に内包しているから」


内包っていうのは、この場合心の中に世界があって、その世界に木があるから、ってことだろうか。


シズ「このとき、憧は二つの世界が心の中にあるんだ」

シズ「一つは五感の認識から成り立っている世界から間接的に情報を受け取って、自分の認識外だけれども木があるという世界」

シズ「もう一つは、五感で認識していないから、木はない世界」

シズ「木がある世界は現実、木がない世界は憧が生み出したただの想像世界」

シズ「今は想像世界のことは置いておいて、私が説明している『現実』っていうのは憧の今見ている世界だっていうのは分かる?」

憧「う、うん……」

シズ「ここで一度まとめてみようか」

憧「えっと、まず…」


世界というのは心で見ているものとする。
認識によって成り立ち、その認識は心(五感)で表現している。
心を使って周りを認識すると、世界が出来上がってくる。
目で見えるあそこには家がある、手で拾ったこの物体はリモコンである、それが重なって重なって私が今感じている世界が成り立っている。

そして、その世界が成り立つ途中で、私が心で見ながら再現していった世界は現実と完全に一致し、私の認識外のことも現実からの補助を受けて世界が構成される。

憧「……こういうこと?」

シズ「うん! まぁこれは大体でいいんだ、もう一つの世界の話をするね」

シズ「さっきも言ったけど、想像世界っていうやつだね」

シズ「現実から見た情報で成り立つんじゃなくて、自分の心・思い出で描いたものから成り立たせる世界」

シズ「人が考えれば考えるほどのたくさんの世界が出来上がるんだ」

シズ「ところで、憧が望むのは…どんな世界?」

憧「え…、えと………あ。穏乃がいる、世界」


いきなり言われたからちょっと戸惑ったけど、私は穏乃がいる世界を望んでいることを答えられたから少し満足。


シズ「それは、憧にとって幸せに感じるような世界だよね」

憧「え、う…うん」

シズ「もちろん、これには正解も不正解もないよ。でもね、今の回答は嬉しかった」

シズ「想像した人が幸せに感じる、そんな世界ってとてもいいよね。それって理想郷って言うよね、ユートピア」

シズ「そして、このユートピアが本題なんだ」

シズ「さっき現実の世界は心・五感で認識して作る、って言ってたよね。ユートピアも心で作るんだけど、これは五感で、じゃない。つまり現実からじゃない」

シズ「自分の心と思い出のみで作り上げる、世界なんだ。自分の性格・行動を形付けるための思い出や心は世界を作る力になる」

シズ「でも、これは想像、妄想だね。だからそんな世界はあるわけがないんだ」

シズ「ここで、神様の登場だよ」


神様って確か…心を外側に出すとか、そういう…。
ってまさか…!!

シズ「ちなみにそのユートピアを実現させる、ってわけじゃないよー」

憧「あ、そうなんだ」


てっきり実現するものだと思った。
でもそうすると、この世界は現実じゃなくなっているわけなのか……?


シズ「ユートピアと現実世界を逆にするっていうのが、神様の力なんだ」

憧「逆…?」


逆、というと。自分の想像している世界を現実として、現実の世界を想像とさせることなんだろうか。
……なんだかそれって…。


憧「あれ、ちょっと待ってよ? 私が穏乃を助ける方法って…まさか。現実を放棄して、想像の世界に逃げ込め――?」

シズ「いや、まぁそれでもいいんならそれでいいけど。違うよ」

シズ「憧はさ、じゃあ自分のユートピアで穏乃はどう動くか分かる?」

憧「え? えーっと……どう動くって?」

シズ「そのままの意味さ。答えを言うと憧の思うがままに動くんだ。いつ寝ていつ起きて、いつ憧と会って、いつ学校行って、例えばその場で何かに躓いて転んで服を汚して」

シズ「何もかもが思いのまま、そこに穏乃の心は介入しない」

シズ「全部、憧の心から取ってきた穏乃の情報しか入らず、穏乃の行動自体は自分の思うがまま」

シズ「だってそれが自分にとってのユートピア。そんな世界でいいのなら」

憧「そんなの…やだ」


穏乃が私の思い通りに動くだなんて、気味が悪い。穏乃が生きていてくれても、そんな世界は真っ平ごめんだ。
それにその場合穏乃だけじゃなくて、玄や和や晴絵、灼さんに宥ねぇもみんな思い通りの世界なのか。

シズ「だろうね。……次の話で最後だよ」

シズ「そんなユートピアとはちょっと違う、もう一つのユートピアがあるんだ」

シズ「それはどんな人でも共通のユートピア、マスターユートピアって呼ばれてる」

シズ「別の言い方をすると、選択の自由が破棄された世界」

シズ「人形のように心を失われた状態で生きていく代わりに何者にも恨みを買わない、憎まれもしない、一切負の感情が生まれもしない世界」


それはまさに、人にとって争いも何もない、平和な日々が続く共通の理想郷。


シズ「そして憧はこのマスターユートピアの扉を開けることが目的なんだ」

憧「扉を、開ける……」

シズ「このユートピアはさっきと同じユートピアで、心・思い出で作り為していく世界」

シズ「開ける人にとって平和だと思う世界なんだ」

シズ「さて、ここでさっきにもちょっと言ったんだけど、ユートピアっていうのは、自分の性格・行動を形付けるための思い出が世界を作る力になるって言ったよね?」

シズ「ただの思い出が、世界を作り上げるとてつもない力に変わるんだ」

シズ「その力を神様は利用するんだ」

憧「利用…?」

シズ「神様の力は心の具現化、つまり心に変える力さえあれば


それを利用して、憧の心を昇華、レベルアップを図る、

それによって憧の変わった心は過去・現在・未来を通してほんの少し全ての行動を変える

そしてついでに憧の意識は過去、穏乃が死んでしまった事故まで巻き戻して、憧は穏乃を救うチャンスが生まれる」

シズ「これで、どうやって穏乃を救い出すのかは、全部話し終えたと思う」

シズ「まぁ言っちゃうと、憧が扉を開いたらあとは全部私と神様にお任せー、ってことだね」

憧「……なるほど」

シズ「お、理解できちゃった?」

憧「……最後に、マスターユートピアを開く条件っていうのは?」

シズ「うん、それはね、今の自分の心を超えること。自分が出来ないって思ってることを達成すること」

シズ「憧は今やりたいことって何かない? それで、ちょっと達成できそうにないな、ってことない?」

憧「あるよ、…ある」


私が今とても興味あることって言ったら、ちょうど一つしかないな。
昨日、灼さんに誘われたばかり。
好きなんだ、心の底から。
穏乃と一緒に何もかも一から覚えてきたものが。
穏乃を助けるために、穏乃と今までずっと一緒にやってきたことをする。
綺麗な物語だ。


シズ「じゃあ、決まり」

憧「やるよ、私は……高みを目指す」

憧「去年は無理だったけど、今年は、和と会うためじゃない。穏乃を救うために全国を…目指す」

憧「扉を開いて、穏乃を…救ってみせる」

憧「過去を……変えてみせる!!」

ちょっと唯一事情を知っているシズしかほとんど話せなかったんだけど、もう話ぐっちゃぐちゃで分かりませんよね。
若干哲学っぽい心のありかた、世界のありかたになりましたし


まぁ端折ると、
全国チャンピオンになると、神様がなんとかして、憧を過去に戻すからその時頑張れーっていう
神様がなんでもしてくれますからね、憧は麻雀するだけです。



あと本来このまま行くと憧はチャンピオンになれないはずです。
ここでチャンピオンになれるのなら、憧の実力は元々そんなもので、心の昇華はしない。
つまり扉を開くことも出来なくなり、過去の行動も変えることができないんです。

過去・現在・未来を一本の道とする憧の行動は、
未来に決定しているインハイ敗退を覆すことによって、
初めて、その道は変化する、ということです。

この物語では、世界はパラレルワールド説ではなく、時間軸一本説になってます。
詳しくはwikiかどこかでー!


あとこの後の続きなんですけど、また学園生活に戻ります、
本当はインハイ全国までシーン飛ばそうとも思ったんだけど、ちょろっと書きたいところあるので

翌日。
月曜日でいつもは学校があるから、といつもなら沈んだ気持ちで向かう通学路を軽快に歩いていた。
快晴で、とても綺麗な空はまるで自分の心そのもののよう、なんて少しポエムってみたりする。
それほどまでに私の足取りは軽く、心が浮かれている。


シズ「憧、気を緩めるなよ…? 事故して死んじゃったら本当にどうにもならないんだからな…?」


頭に乗っているシズに少し咎められたが、無理です、この晴れやかな気持ちを抑えることなんて出来ません。
というよりこの気持ちは穏乃に似ているとはいえ、シズの声を聞きながらシズのようなものと一緒に登校できている、っていうのもあるのだろうか。
なんにせよ、嬉しいし楽しい。
そしてまた麻雀が打てる日が来るだなんて。
一昨日灼さんに言った言葉を早速撤回してしまう。牌に触れたくもないだなんて、嘘。
今は牌を触りたくてしょうがない。
昨日はどこかの雀荘に突撃してしまいそうな自分を抑えるのに必死だった。


憧「えへへ…♪」


もう今はこの体から溢れる熱を早く解き放ちたい。
あの牌の感触を取り戻したい。
自分の速攻麻雀で、相手の手が出来上がる前に和了るの。その時の気持ちよさがぁ……。


クラスメイトA「…ねぇ、憧に声かけてきてよ」

クラスメイトB「…ごめん、なんかヤダ」


その後合流したクラスメイトAとBに感情が顔に出すぎてて気持ち悪いと言われたけど元に戻すことはできなかった。

憧「……よし!」

最後の授業が終わり、私は帰りの支度をする。
もちろんこの後部室に寄る。


クラスメイトA「おーし、憧帰ろうかー」

クラスメイトB「昨日ちょっといいところ聞いてきたんだ、一緒に行こう?」


近づいてくる二人は笑顔でいつも通り接してきた。
この二人にはお世話になった。穏乃が死んでから、代わりってわけでもないけどよく一緒にいてくれた。
心の深いところには入り込んでこなかったし、表面上の付き合いだけども楽しかった。


憧「二人とも、今までありがとうね」


そう言って軽く頭を下げてみると、二人は目を丸くした。
でもすぐに一息吐くと、ちょっと笑って私の肩に手を置いてくれた。


クラスメイトA「頑張ってね、憧」

クラスメイトB「ずっと応援してるよ、友達だもん」


そういうと二人は教室から出ていった。
あまり深いことをやっぱり聞いてこない分、二人は本当に良い友達だった。


シズ「……泣いてもいいんじゃない?」

憧「あっ、…へーきへーき」


シズに言われて初めて、自分が涙ぐんでるのが分かった。
私はなんとか涙をこらえて、部室へと向かった。

もう数ヶ月ぶりになるだろうか。去年のインハイが終わってから全く来ることがなかったから、この廊下を歩くことも久しぶりだ。
一歩ずつ部室へと近づくたびに心拍が速くなるような気がして、ほんの少し心地よかった。
走って部室に向かいたいと思う一方で、私はこの心地よさをずっと感じていたかった。


シズ「憧、走って教室出た割には、随分ゆっくり歩くんだな」

憧「ま、ね。ちょっと…考えることが沢山あってね」


そか、と返すシズは登校時と同じく私の頭に乗っかっている。
どうもそこが気に入ったらしい、授業中も平気で頭の上に乗っかっている。
本当はシズが見えているんじゃないか、と思いつつも誰かに見えて欲しかったから放っておいたけど、最後まで誰も言わなかった。

私は去年のインハイ以降、本当に麻雀をする機会もなく、見る機会すらなかった。
テレビをつけるとどこかの局で麻雀はやってるんだが、私はそれを見た記憶すらない。
家では多分お姉ちゃんが気を使って、多分私自身は無意識のうちにチャンネルを合わせなかったのだろうか。

それが昨日はシズと話してから胸の奥にとても熱い火が灯った。
雀荘は流石に行かなかったけども、初瀬の家にでも押しかけて麻雀しようかと、色々思っていた。
でも、復帰第一戦は、灼さんと玄たちとやりたかった。


シズ「ようやく着いたかー」


麻雀部の名前が書いてある教室、子ども時代に通って阿知賀に来ると決意した時からここに通い続けて数ヶ月が経った。
私は扉を目の前にして、一度深呼吸をする。


憧「穏乃…、助けに行くからね…」


シズ「………」


私は勢いよく扉を開けた。

憧「入部希望です!!」


部室の中にいたのは十人、灼さんと玄を除くと、新一年生の入部してきた八人だろうか。
そのうちの一人、クラスメイトの妹だとはすぐに分かった。笑っちゃうくらい似ている。
今からちょうどするところだったんだろうか、卓に着こうとしている人がちらほら居た。
玄は何故だかお茶請けなんかを乗せたお盆を持っていたのを見て、最上級生なのにそんなことしてるのか、とこちらでも笑いそうになった。
灼さんはすでに卓についていて、牌譜を見ている姿が見えた。去年よりも凛々しくなっており、部長としての風格を漂わせていた。


玄「あ、こ…ちゃ………」

灼「………おかえり、憧」


玄は私の姿を見るなり、表情を崩しすぐに大泣きしだすと、飛びついてきた。
泣きじゃくる玄をなんとかあやしていると、下級生の視線が少し突き刺さる。
玄がこんな性格だなんて知らなかったんだろうか。
灼さんに関しては、特に感情を表面に出すことはなかったが、にっこりと笑顔になったその表情からは少なからず喜んでくれているんだろうな、と思う。


憧「んと、ということで今日から活動復帰することになった新子憧って言います、よろしくね!」


私は下級生たちにそう挨拶をしてみると、意外なことにみんな私を知っていた。
麻雀で一局お手合わせ願いたいという子から、握手をねだる子までいた。
私はわけが分からず、どういうことかと灼さんたちに聞いてみた。

灼「憧は阿知賀に二人目のレジェンド認定になっているんだよ」

憧「えぇ~!? それってどっちかというと灼さんのほうが似合っているんじゃない?!」

灼「そうは言っても…去年の全国覇者の清澄の部長を頭で完璧に抑えてたじゃん。阿知賀の中で決勝で活躍したのって憧と…穏乃だけじゃん」


灼さんが穏乃という名前を出す時、ほんの少し躊躇ったのに気付いた。
私はその優しさが嬉しくて、少し口の端を上げて笑う。


憧「……灼さん、穏乃のことはもう大丈夫だよ。…穏乃のことは乗り越えるように決意したんだから」

憧「とは言ってもレジェンドかぁ…、それであのみんなの反応があるってこと?」

玄「そうだよ! 憧ちゃんは阿知賀の中で一番可愛いんだから!」


玄に言われるなんて。うーん、みんな特色がそれぞれあって可愛いと思うんだけどなぁ…。
まぁ悪い気はしないからその言葉のまま受け取っておこう。


憧「あ…と、そうだ。灼さん、私」


これだけは聞いておかないといけない。
でもきっと大丈夫だろう。



憧「全国目指す気でいるんだけど、どう?」



灼さんはそんな私の突然の言葉に驚いたけどすぐににこりと笑顔になる。



灼「いいね、私もプロになってるハルちゃんに大丈夫だよ、って言いに行きたいからね」

灼さんはやっぱり良い人だ。
ちょっと軽い調子で言ってみても、心の底では本気だと思っているからそれを読み取ってくれて、さらに本気の感情を込めて返してくる。
私は灼さんが心の熱い人だって知っている。灼さんがこう言った以上、本当に全国を目指す気でいるんだろう。

晴絵は去年のインハイの後、プロに転向した。
その際に私たち一人一人に何度も謝罪をしながら私たちの前から去っていった。
シズを死なせてしまって、それで私はここから逃げるような形で去ってしまうことを許してください、みたいなニュアンスだったことを覚えている。


憧「そっか、…えへへ♪」

灼「何…、いきなり」

玄「わたしは憧ちゃんの気持ち分かるよー。えへへ♪」

灼「玄は笑い方真似してるだけでしょ」


この雰囲気は大好きだ。二人足りないけれども、仕方がない。
とりあえず部長さんに部活で何をしていくのか聞いてみた。


灼「牌譜から、相手の癖や打ち筋を見抜く練習だよ」

憧「え、何それ? そんなの去年やってたっけ?」

灼「去年は全部ハルちゃんがやってくれてたんだよ。私たちは全部ハルちゃんが試合前に言ってくれるアドバイスで頑張ってたんだ」

灼「全国は特殊・独特な打ち方をする人が増えているんだ。自分たちで研究できるようにそういうのを直感的でもなんでもいいから見抜くんだよ」

憧「へー、もう全国を考えているんだ…」

確かによく考えてみると、去年のインハイでは勝ち進む毎に独特の打ち方の人が多かった。
さっき話にも出てきた清澄の部長だなんて、五門張捨てて、地獄単騎なんてよくあったし、まぁその分読みやすかったんだけどね。
性格のことも考えると、いつ良形に変えて上がってくるかなんて手に取るように分かったし。
…でもよく思い出してみると、そういうアドバイスをくれたのも晴絵だったっけ。
そう思うとこういうのも必要になるのかと思った。


灼「……憧には悪いんだけど、さ。晩成はちょっと今内部が崩れているらしいんだ…」

憧「へ? そうなの?」


私には悪いって…、あぁもしかして初瀬のことだったかな。
それにしても内部が崩れている、って。


灼「どうも、去年私たちが晩成高校を打ち破った時の監督がね、11年前にハルちゃんに敗れていた現役の高校生だったらしいんだ」

灼「それで去年負けたのも何かショックだったみたいで、新しい監督を呼んだんだ」

灼「そしたらその新しい監督が教え子達と意見が違うらしくて、内部で亀裂が走ってる状態」

灼「さすがに地力は強いし、基礎も出来てるから油断はしないけど…。最近他校と練習試合行った時の結果が残念だったのは有名でね」


…なるほどね。初瀬もなんかあったら相談してくれてよかったのになぁ…。
あ、でも初瀬も私に麻雀の情報が入らないように気を使ってくれてるんだっけ。


憧「そういえば、団体メンバーってどうなってるの? …あ! 私は別に入ってなくても構わないからね、その気になったら個人戦で出てもいいし」

灼「何言ってるの、憧は団体メンバー確定。みんなにも、憧が戻ってきたら団体に入れていいかな、ってすでに伝えてるよ」


私はそれでも申し訳なく思い、一年生の子らに視線を向けて少し頭を下げた。
すると、一年生は逆に頭を下げ返してきた。
恐縮しているんだろうか。

憧「でも、そういえば私打つの久しぶりだ。数ヶ月間何も牌触ってなかったんだから」

灼「え?! …あ、でもそりゃそうか。仕方ない、私も気になるし、入ってみてよ」

玄「あ、私も入るー」

灼「そしたら、誰か、入りたい人は?」


なんて灼さんが聞いてみると、全員が全員打ってみたいと返してきた。
この人気には嫉妬する、と灼さんが冗談めいて言うと、一番手前の子を指差して入るように言った。


憧「あ、Aの妹だ」

A妹「ふえ?!」

憧「あ、あぁごめんごめん。あなたのお姉ちゃんと友達なのよ、私」

灼「よし、そしたら始めようか」


卓に入るそれぞれの人。
久しぶりの麻雀だ。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて、私はスイッチを切り替えようとした。


シズ「暇だーー!!!」


そんな言葉ですぐに勢いが潰された。
なんでシズはこうも私の邪魔をしたいのだろうか…。
みんなが近くにいるからシズに話しかけることなんてできないだろうし…どうしようか。
なんて思っていて、玄と灼さんの視線に気付かなかった。


「「どういうこと……?」」


二人の声が重なって聞こえて、見てみると二人の視線の先は私の頭に集中していた。

数ヶ月ぶりの麻雀は酷いものだった。
そういえば、よくよく考えてみると私の麻雀にはこれだけの長い休息は今までなかった。
クラブから中学、そして阿知賀に入るまでほとんど麻雀を止めることはなかった。
クラブを解散して、中学に入るまではまだ穏乃とも交流していたし、その時に麻雀は打っていた。
つまり私はこれほどまでに長い休息は初めてで、復帰するものも初めてだったのだ。
月曜から今日の金曜日まで、下級生を含めてずっと打ってきたけど河は見てない、手は読めない、頭が回らない。
……玄みたいにドラ体質だとか、そんなんじゃないんだから、頭だけでも回さないと。


シズ「憧ー、なんだか麻雀部に入った初日と比べて勢い無くなってるね」

憧「…そのことは言わないで」


自分の思い描いた通りにゲームが進まない、少しショックだった。
シズにも指摘されたとおり、私の勢いは日を追うごとに衰えていっている。


このためには経験を積まないといけないんだが、いかんせんそういう場所がない。
灼さんたちは極力私の復帰を手伝ってくれているんだけど、私ばかりに構っていたってしょうがない。
団体戦残りのメンバー二人をどういう風に考えて決めていくかも重要だ。
…というより私が入れるかどうかも危ういんじゃないだろうか。


ピンポーン


そんな時に、玄関のインターフォンがなった。

確かお姉ちゃんは今外出中で…あぁ、私一人しか今家にいなかったな。
誰が来ているのか分からないのに居留守使うわけにもいかず、私はいつもより重い足取りで玄関に向かった。


シズ「なんだか、いや~な予感」

憧「は?」


玄関に着くとシズはそんなことを言った。
神様の使いがいやな予感ってどういうことよ…。


「あれ? もしかしていない? 新子さーん!」

憧「あれ、この声って、近所のおばさん…?」


こんな時間になんだろう、もう時刻は20時を回っている。
たまにお裾分けって言って料理をもらったりするんだけど……。
お姉ちゃんか誰かに用事だったのかな。


憧「はーい! 今開けまーす!」


ガチャリと、玄関のドアを開けると思ったとおり近所のおばさんが立っていた。


憧「お久しぶりです!」

「あぁ、憧ちゃんじゃない! 久しぶり! ……あのね、この近くに神社か何かありますか? って探しているお嬢さんがいてね」

憧「はぁ…」

「もう夜中なのになんでだろう、って一応聞いてみたら、新子家の誰かに会いたいっていうもんだから連れてきたのよ」

「憧ちゃんと近そうな年齢だし、もしかして知り合いなのかな、って」

誰だろう、知り合いって…初瀬? いやでも流石に家は知ってるし。
そういって誰が来たのか知りたくなって辺りを見回しているが見つからない。


憧「…今、来てるんですか?」

「あれ? さっきまで着いてきてたんだけど…あぁ、門のところにいるね。ちょっとこっちおいで!」

?「は、はい!」


と姿を現したのは、黒髪で私服姿の子だった。肩まで伸びた髪は首の後ろあたりで結んでちょっと形を作っている。
年は確かに近そう、同じ高校生なのだろうか。
中学にこんな子居たっけ、というより阿知賀の子? …後輩?


?「え、えと……」

憧「……私と、知り合い?」


考えながらずっと色々考えてみる、が全く分からない。
初瀬の友人…? 宥ねぇの同級生…? 灼さんの実家の常連客…?
そんなところまで考えてみたが目の前の子は見たことがない。


?「い、いえ! 話すのは今日が初めてです」


やっぱり話したこともない子だったか。となると本当に誰だろうか。
観念して名前を聞くことにした。


憧「…ごめん、私、あなたのこと知らないかも…名前教えてくれる?」

?「す、すいません! まだ名乗ってなかったですよね、ごめんなさい!」


?「私、永水女子の神代小蒔と申します。今日は、この神社に祀られている神様について訪ねに来ました」

私は神代さんを家の中に招きいれ、とりあえず来客用の和室へと連れてきた。
適当に普段使っているキッチンに置いてあったお茶菓子等を用意しつつ、神代さんがこっちに来た理由を考えてみた。

…神様について訪ねに来た、ねぇ。シズのことなのかな。
もしくは普通にこの神社が気になってフラっとここに来たのかな、…こんな夜中に?
…っていうか永水の神代って、去年の団体戦じゃ清澄と姫松に準々決勝で敗れてたけど、あの宮永照と同じくらい凄い人なんじゃなかったっけ。
まだ三年生のはずだったんだけど……鹿児島のインハイはもう終わってるのかな?

なんにせよ話さないことには何も進まない。
とりあえずお盆にお茶菓子等を乗せて神代さんのいる和室へと向かった。


憧「すいません、お待たせしま……」


入ってみると、机の上で仁王立ちしているシズに対して人差し指をソロリと近づける神代さん。
触れる直前でシズは神代さんの人差し指を思いっきり叩いていた。
ちょっと痛かったのか、片方の手で叩かれた方の人差し指を抑えている。

私が部屋に入ったことに先に気が着いたシズが空を飛んで私の頭の上に乗りかかった。
神代さんはそのシズを目で追いかけて、初めて私が部屋に入っていたことに気付いたのか驚いている。
すぐに俯いて顔を真っ赤にする神代さん。


小蒔「あの、…すいません、見苦しいものを……」


といい謝ってくる。

憧「いや、…それより…神代さん?」

小蒔「あ、小蒔で!」

憧「え、あ…うん。小蒔さんね。…それで小蒔さんはどうして家に?」

小蒔「はい! それはですね、この周辺に神様が降りたらしんですよ。それで一番近かった神社に立ち寄ったんです」


なるほど、神様…って。シズの本体のことかな?
なんにせよ先日のあれのことなのかな。

小蒔「それでですね、奈良に神様が降りてきたみたいです、って周りの人に言っても、そうねぇ、って返してくるばかりで」

小蒔「ここ数日何度も言ったんですけど、やっぱりそうねぇ、って返してきて」

小蒔「もしかしたら危ないことかもしれないのに、と思い、ここに来たんです」


…え? なんかいきなり話飛ばなかった?
というか、そうねぇって返してきて何も言わなかったってことは、危なくなかったんじゃないのかな。


憧「あー…、なるほど。…それで、危なかったの?」

小蒔「……特になんともなさそうでした」

憧「一人でこっち来たの?」

小蒔「……はい」

憧「誰かに言った?」

小蒔「……言ってないです」


なんだか迷子センターにきた子どもみたいだな、とは言わないでおく。
流石に年下にそんなこと言われたら傷つくだろう。
とりあえず電話だけはしておこうかな。


小蒔「というか、その子、可愛いですね」


あ、話逸らした。
でもだめだめ、ちゃんと連絡しないと。


憧「……小蒔さんの家の電話番号、教えてくれる?」

小蒔「その子、名前なんていうんですか?」


無視してきたよ…、これはもう何も言わないで下さい…ってことなんだろうなぁ。


憧「これはシズっていうんだよ。ここの神様の使い、みたい」

小蒔「なるほど……、使い、というより分体…?」


小蒔にじっと見つめられているシズは私の後頭部のほうに逃げていった。

憧「まぁ私もよく分からないんだけどね」

小蒔「…まぁ人に害を与えるほどの力もありませんし、大丈夫みたいですね」

憧「そうみたいだね、ずっと一緒にいてもあまりそんなことなかったし」

小蒔「そうなんですか」

憧「うん」


と、ここで大事なことに気がついた。
小蒔さんはここで神様が降りたから来たという。
でも特に危なくもなかった。
小蒔さんはたったこれだけのためにここに来た、ということは後はもう帰るだけ、ということだ。何の収穫も得られずに。
さらに言うと、ちょっとここは離れた田舎。こんな時間まで走らせているバスはないわけで。
お姉ちゃんが帰ってくれば、駅までは行けるだろうけど、流石にこんな時間から出発して鹿児島どころか九州もいけないだろう。


小蒔「……あの、大変失礼なことと随分承知なのですが…?」

憧「あー……泊まっていきます?」

小蒔「! いいんですか?!」

憧「お金あるなら、私の知り合いに旅館経営している家庭があるから、…地元料理とかそういうサービス受けたかったら値段まけてもらって泊まれるくらいはしてあげるけど」

小蒔「いえ! いえ! もう帰りの分の交通費しかないんです。………地元料理とか、気になりますけど…」


計画性ほとんどなしで鹿児島を出てきたのか。
なんというか…この子のことを理解している永水の人に早く連絡を取った方がいいんじゃないだろうか。

その後絶対に霞さんに怒られる~、と半泣きで頑なに電話番号を教えなかった小蒔さんを必死に宥めて番号を聞き出し連絡をし終えた。
たった1コールですぐに繋がった電話からは、小蒔さんがいなくなったからであろう、緊迫した声が聞こえてきた。
小蒔さんに電話を代わってあげようとするが、またもや頑なに拒むのをまたもや必死に宥めてようやく話をさせることに成功した。
電話に対応した小蒔さんは終始ごめんなさい、と言っていて会話が成り立っていないのを横で見ていたが、最後には安堵の表情を浮かべた小蒔さん。

あれは多分説教はしない、って言われたんだろうけど帰ってきたら説教丸一日コースに気付いていない顔だな、とすぐに分かった。

地の文追加してから書き溜めの量が毎回ブレてしまう、
一応時間を決めて書いてるんだけど、すいません。


一応言っておくと、気分だったり突発的にキャラを出したいから出しているわけではないので
自分の気持ち的には宥ねぇとか出したりしたいですけど、物語的には全く繋がらないので、
物語としては憧が全国を目指し、シズを助ける物語です。
ただ一つ言うとこの先もうちょっとだけ神代を含め、憧に味方する人たちが増えてきます。

その後帰ってきたお姉ちゃんに事情を説明して、小蒔さんを家に置いておくことを承諾してもらった。
ということで先ほどの和室に布団を敷いてこの部屋で寝てもらおうと思ったら小蒔さんは大変なことを言い出してきた。


小蒔「あの…、実は、あまりこの辺りのことを調べずに来たものですから、ずっと迷ってたんです」

小蒔「その時からずっと心細くて……、あの、憧さんの部屋で一緒に寝たいんですけど、ダメですか?」


今日会ったばかりの他人のはずなんだけども、小蒔さんはそういうことを気にしないのか。
まぁ、小蒔さんは年上なんだけど、年上じゃないというか…そういう雰囲気が小蒔さん自身から伝わってくるから特に意識せずにいられる。
それに見ず知らずの土地で一人寝るというのはどれだけ心細いか分からないけど、小蒔さんはそういうものが苦手ということも分かったし、快く承諾しようとした。


憧「うん、別に―」

シズ「やだ! 小蒔はここで寝てよ!」


ポカンと口を開けたまま次の言葉が出てこなかった。
普段あまり喋らない癖になんでこういう時だけ喋るんだろうか。しかも呼び捨てって……、あぁ神様だしそんなのないのか。
シズはどうも小蒔さんを敵対視しているようでさっきから小蒔さんがシズを捕まえようとするんだけど、どうも動きが単調すぎるのでシズはまだ一度も捕まってない。
小蒔さん自身はスキンシップも兼ねてそういうことしているんだろうけど、シズは掴まれることを嫌うらしい。


憧「いやいや、シズが決めることじゃないでしょ」

シズ「でも憧って初めて小蒔と会ったんでしょ? いきなり距離とか近くなりすぎじゃない?!」


そうなんだけど、それはさっき自分の中で別にいいや、ってなったんだけどね。
でも思い返してみると私のほうも結構馴れ馴れしいのかな。

小蒔「あ、あの…ご迷惑でしたら、別にいいんですけど」

憧「いや、シズはそういってるけど、私は別に構わないから、布団は私の部屋に敷くね」


私は和室に用意しようとした布団を持ち、自分の部屋へと向かった。
まだ小蒔さんには部屋の場所も教えてなかったから着いてきてもらう。


憧「よいしょっと、それじゃ床に布団敷いて置くね」

小蒔「はい! ……あ」


私が布団を整えている途中、小蒔さんは部屋の片隅に置いてある雀卓マットに目を留めた。
この雀卓マットは元からあったわけではなく、阿知賀の部室から持ってきたものだった。
灼さんから流石に麻雀卓は持っていかれるわけにはいかないから、マットくらいなら別に持っていっていいよ、と。
牌の感触を確かめる程度、つまり気休め程度に持ってきたものだった。
そういえば…、小蒔さんはこんなインハイ前の大事な時期にこっちに来て、大丈夫だったのかな。


憧「小蒔さんって、今年のインターハイはどうするの?」

小蒔「…いえ、今年は出ないんです」

憧「え?! そうなの? あの宮永照と同じくらい強いって聞いた記憶があるんだけど、…部員がいないとかそんなの?」

小蒔「まぁ、そういうこと、です。去年の永水女子の副将と大将はもう卒業してしまいましたし、…あと私自身も照さんと同じくらい強いなんてそんなことないですよ」


謙遜なのかな、…でも去年のインハイ団体じゃ準々決勝敗退だったし、それを引きずっている…のかな。
にわかには信じられない様子でいたら、それを読み取ったのか。

小蒔「…、なんなら打ってみます? 私はちょっと久しぶりで鈍ってると思いますけど」

憧「いいんですか? 長旅で疲れてると思ってたんですけど」

小蒔「…実は、ちょっと久しぶりに打ってみたかったりするんです」


そういって少し表情を和らげる小蒔さん。
先にお風呂の用意とかしてあげたりもしたかったけど、私自身小蒔さんと打てるってことを楽しみにしてるんだから別にいっか。


憧「実はさっきからどうやって小蒔さんと麻雀打とうか考えてたんですよ」

小蒔「気を使って言わなかったわけですか、優しい人ですね。…本気で行きますね」


―――――――――


結果は惨敗だった。
二人麻雀だと本当に勝手が分からなくもなるから、イメージとも違う。
小蒔さんは鈍ってる、なんか言ってたけど鈍ってなんかほとんどいなかった。
それで小蒔さんは今年のインハイには出ない、私はインハイに出るというのにこの結果…。もうインハイの結果は出てるんじゃないだろうか。
そんなことを考えている自分に思わず溜め息がでる。
今は数局終わって、小蒔さんには私のお古のパジャマを渡してお風呂に入ってきてもらってる。
そして私はさきほどの反省をしているかというと、そうでもない。


憧(……なんだろう、この感覚)

憧(……もやっとする、でも知っている感覚)


それは復帰第一戦からずっと自分の中にある違和感。
さっきの小蒔さんとの対局もそうだった。
麻雀を打っている途中、時々おかしな感覚に襲われる。
最初それは長いブランクから、久しぶりに麻雀を打つということから来る、胸の動悸か何かかと思っていた。
それにしては五日間麻雀を打っていて、小蒔さんと打っていた今の今までずっとこの違和感は収まらない。

小蒔「いいお湯でした。本当にありがとうございます」


お風呂場から戻ってきた小蒔はそう言っている。まだ髪の毛に水滴が残っている。
それが気になって私はドライヤーを持ってくる。


憧「ほら、まずはタオルで水を吸い取って」


と、髪を傷めないようにタオルで水だけを吸い出すやり方を小蒔さんに教えて私はドライヤーのスイッチを入れる。
ブオォという音が部屋に響いて、私は小蒔さんの髪を乾かす。
ドライヤーで他人の髪を乾かすだなんて、あまりやったことがない。
…こんなこと、シズにやったことなかったな。
ふとそんなことを思っていると自然と口数は少なくなる。
小蒔さんも髪の毛を乾かされていて、全く言葉を発しない。
私はふとそんな空気を意識してしまい、何かを話そうとするが、何も言えずにいた。


小蒔「憧ちゃんは、誰かに髪を乾かせたことあるんですか?」


すると小蒔さんはそんなことを言った。
会話の取っ掛かりにしようと、その話に乗った。


憧「ううん、まぁ、お姉ちゃんは例外として、多分小蒔さんが初めてかな」


そういえば小蒔さんが自分の名前を呼ぶのはこれが初めてかな。
憧ちゃん、あの松実姉妹以外の年上にそう呼ばれるのはちょっとくすぐったいけど、新鮮で嬉しい。


小蒔「そうなのですか? こんなにも優しくて気持ちよくて、慣れてるのかと思いました」


お姉ちゃんの時と比べると、小蒔さんは私が髪を乾かしやすいように色んな方向に頭を向けてくれる。
お姉ちゃんの場合は、新聞を床に広げてそれを読みながら私は髪を乾かすから一苦労だ、中学校上がってからはしてなかったけど。
ふと、今度またお姉ちゃんの髪を乾かしてあげようかな、なんて思った。

憧「慣れてる、って、私は自分の髪を乾かしているくらいだよ。小蒔さんってドライヤーとかしないんですか?」


自分でするようにしているんだけど、それを慣れてるとか気持ちいいとか言うんだったらドライヤーは使わないのかな。
タオルで髪を乾かして、外で風を浴びながら自然乾燥、かな。
鹿児島ってここより暖かいだろうし、そんなことできたり…?


小蒔「ちょっと言い辛いのですが、ドライヤーは少し苦手なんです」


しまった、そういう人がいるのは知ってたけど確認するべきだっただろうか。
そういえば私は小蒔さんに確認を取る前にドライヤーを持ってきてしまったし、断れなかったのだろうかな。
私はドライヤーのスイッチを切ろうとする。


小蒔「あ、でも。憧ちゃんにやってもらうドライヤーは今好きになりました」


と、急に振り返りそんなことを言う。
これは強がりで言っているのか本心で言っているのか分からないな。
でも小蒔さんはすぐに、私のほうに後頭部を向ける、ということは後者でよかったのかな。
私は、先ほどよりももう少し優しく小蒔さんの髪に接することにした。


憧「ごめんね、ちゃんと聞いておくべきだったね」


それに対して、いえ、さっきも言いましたけどこれが好きなんです、と答えてくれる小蒔さん。
これはちゃんと最後までやりきろうと、私は最後の仕上げに冷風に変えた。

小蒔「何から何までありがとうございます」

憧「うん、後は窓を開けて、外の風を浴びて自然乾燥させるといいよ」


小蒔さんに窓を開けるように言っておいて、私はお風呂場に行こうとする。


小蒔「あれ? …憧ちゃん憧ちゃん」

憧「ん?」


小蒔さんに呼ばれて振り返ってみると、窓の手前私のベッドをちらりと見ている。
……まさか一緒のベッドで寝ようなんて言ってくるんじゃないだろうか。
それは本当に悩む、のでどうやって断ろうかと考えていると。


小蒔「シズちゃんって眠るんですか?」


小蒔さんはそんなことを言った。
そういえばベッドの枕の横がシズの寝る場所で、そこに今寝ているんだろう。
もしかして小蒔さんはそのシズを持とうというのか。


憧「あー、眠るけど、とりあえず今のシズには触れないであげてね。多分、本気で嫌われそうだから」


と冗談混じりに返す。
流石にそんなことはしないだろうとは思うけど…一応ね。

小蒔「いえ、そんなことはしないんですけど、でも…」


私は小蒔さんの次の言葉を待つが、何も話してこなかった。
顔を覗き込むと、何やら考えているみたいだ。どうしたのか、と聞いてみようとすると。


小蒔「シズちゃんって、去年の阿知賀の大将に、……似てます、よね?」


自分の言葉に自信がないのか、疑問系でところどころ区切りながらそう言った。
そういえば小蒔さんって、穏乃のことを知らないのか。…というか死んだことも知らないんじゃないだろうか。


憧「うん、似てるね。小蒔さんは穏乃のこと、テレビか何かで見たの?」

小蒔「はい。といっても決勝の部分だけですけど、やっぱりそうなのですか?」


それがなんだというのだろうか。
穏乃に似ている? そういえばそれって私の心がそう見ているんだったよね。
あれ? じゃあなんで小蒔さんも穏乃って認識してるんだろう?
もしかしてシズって、心に関係なくシズに見えているのかな?
そんなことを思っていると小蒔さんは私の顔をしばらくじっと見つめ、少しして言葉を出した。




小蒔「…まさか、憧ちゃんは……去年に無くなった穏乃さんを、助けに行くのですか?」

憧「…驚いた」


本当に驚いた。なんでこのことを知っているんだろうか。
巫女ならば当然、と言うかのように小蒔さんは私の疑問を含めた視線に答えた。


小蒔「流石にここに来る前に、ここ周辺の神様についての文献くらいは読みました。…行くのですか?」


…あぁ、なるほど。小蒔さんは全部、何もかも知っているんだ。この神様のことも。
小蒔さんの言葉にはいくつかの言葉を内に秘めさせて私に問いかけている。
そんなの私には決まっていることだ。
そのために決断し、これからやり遂げるつもりだ。



憧「行くよ。私は、穏乃を救ってみせる」



そんな言葉に小蒔さんは一瞬悲しそうな顔を見せる。



小蒔「…穏乃さんは、とても優しい友達がいるのですね。そして憧ちゃんは、それほどまでに穏乃さんが好きなんですね」


そう言われた私の答えだってもう決まっている。

憧「もちろん。私は穏乃を愛しているからね」

その後私はお風呂へと入る。
少し熱めの湯船の中に肩まで浸かると、降ろした髪が水面に浮かぶ。
昔、髪を伸ばし始めた頃お姉ちゃんにやめなさいといわれ、タオルで髪を固定するやり方を教えてもらったが、そんなのは時々するだけ。
そんな浮かんだ髪を見ていると、先ほど小蒔さんの髪を乾かしていたことを思い出す。
が、それは小蒔さんのことではなく……。


憧(穏乃の髪…、乾かしたことなかったんだなぁ)


当然そういう機会は全くなく仕方ないっちゃ仕方なかったのだが。
今まで一緒に居たのに、そんなこと今までしようとも思わなかったのだけれども。
それでも、穏乃の髪に触れたかったなぁ…。




お風呂から出て、部屋に戻ると、最初部屋を出てきた時のように小蒔さんは窓のすぐ近くにいた。
まだ髪を下ろしたままの小蒔さんは私が近づいてようやく気付いたのか、振り返る。


小蒔「憧ちゃんも来ますか? ここ、涼しいですよ」

憧「…知ってる、私の家だもん」


そうでした、と言って少し微笑む小蒔さん。
ちょうど周りには家もなく、広々とした空間がその窓から見えるので、少し開けてみるとこの季節では涼しい風が吹いてくる。
もう少しすると梅雨の季節にもなり、じめっとした嫌な風になるんだけど、今は心地よい風が吹いてくるので窓はよく空けている。
私は小蒔さんと並んで窓の側に立つ。


小蒔「…今は夜だからなのか何も見えませんけど、朝になればきっと良い景色になるんでしょうね」

憧「…いやいや、向こうには何もないだけ。朝になっても今とあまり印象が変わらないと思うよ」


いつも見ている景色だったからか少し淡白になった。でも小蒔さんはどう思っているか知らないけど、本当に何もないから言っておかないと幻滅するかも。
そうでしょうか、としかし小蒔さんは言う。

小蒔「夜の世界は今、光がないから何も見えません。でも、朝になるとお日様が昇り…景色は変わります」

小蒔「憧ちゃんは今、朝の世界に変えようと頑張っているんですよね。穏乃さんというお日様を出して、世界を変えるために」

憧「…フフ、なにそれ?」


小蒔さんのちょっと色をつけた言葉に思わず笑いがこぼれてしまう。
私がするのはそんなに立派なことじゃないのに。
私がしたいのは…ただ…。


憧「私は、穏乃と会いたいだけ。穏乃と会って、喋って、冗談言ってバカみたいに叩き合って、麻雀したり、一緒に遊びに行ったり」

憧「そうだなぁ…。できれば、穏乃の髪を、乾かしてみたいなぁ。松実旅館に部活のメンバーみんなで泊まって、一緒にお風呂入って」

憧「髪を乾かさずにいる、どこかの誰かみたいな人の髪を、優しく、ね」


最後の冗談に小蒔さんは少し顔を赤らめて、目を逸らす。
そして自分の頭に手を乗せている、髪が乾いているかどうか確かめているんだろうか。
そんなの私が徹底的に乾かせたし、私がお風呂に入っている間この窓際にいるんだったら流石に乾いているだろう。


小蒔「そ、そういえば!」


と、私が小蒔さんのほうを見てニヤニヤしていたのに気付いたのか、大声を出して話を逸らそうとする。
ちょっと前にもこんなことあった気がするけど、話を逸らすのは下手だなぁ、と思う。


小蒔「憧ちゃんはどうやって、扉を開かせるつもりなんですか?」


扉、というのはシズと一緒に話していたあの扉をことだろう。
それは確か、私の人生で出来ることが有り得ないことをやり遂げることによって、現れる扉のはずだ。
実際どういう風に扉が現れて、開くのか、全く説明されていないが、どうやって扉を出現させるのかはもう知っている。


憧「全国大会、優勝だよ」


私の今の実力じゃ、インハイに出ない小蒔さんに惨敗していた。
県予選まであとちょっと、本選は二ヵ月とちょっと。
私はそれで未来や過去を変えるほどに、成長できるのだろうか。


小蒔「全国、優勝ですか…」

憧「まあ、小蒔さんに負けちゃったんだけどね」

小蒔「あ…、ぅ、ごめんなさい」


謝ることないのに、なんて言葉は出せなかった。

小蒔「……あの、よろしかったら、私の知り合いで、麻雀が強い人に来てもらいましょうか?」

憧「へ?」


来てもらう、ってここに? と聞く前に小蒔さんは色々と言う。


小蒔「ただ、もう卒業してしまいましたし、すぐに来られるわけじゃないので、…多分。県予選を突破してからになると思います」

憧「県予選、か」


二週間もしたら県予選の結果はもう出てる。その時私は、どうしているんだろうか。
勝って、また小蒔さんと会っているんだろうか。
それとも…。


小蒔「弱気にならないでくださいね」


そんな私の心を読んだのか、小蒔さんはじっと見つめてくる。
私の心の中に小さな火が灯った。

がむしゃらに頑張るだけじゃだめだ。
小蒔さんは私を応援してくれている。
穏乃のためだけじゃない、小蒔さんのためでもあり、玄や灼さん、晴絵や後輩たち。

あぁそういえば、晴絵で思い出したけど、私は阿知賀のレジェンドになってるんだっけ。
レジェンド、ってホント何それ。一体どこの誰がそんなことを言い始めたんだっけか。阿知賀の伝説、か。
伝説っていったら……、伝説の勇者? なんとなくそんな言葉が頭に浮かぶ。

心の中で少しほくそ笑む。
私が勇者だなんて笑っちゃう、でも。

そうさ私は勇者。
世界の隅っこに囚われたお姫様を救う勇者だ。
そんな勇者がこんなところで足がすくんでてどうする?

この体がむずがゆくなるような言葉に、心地よさを感じてしまうのは何故だろう。
何もかも投げ出したくなるような気持ちは、どこから来ているのだろう。

らしくない、全然らしくない。
前を向かなくちゃ。穏乃のいるほうを向かなくちゃ。
さぁ息を大きく吸って―――。


穏乃、必ず助けに行くからね。


大きな声で夜の空へ向かって叫んだその言葉は、穏乃に届いたのだろうか。

1レス毎に詰め込みすぎたのかな、11レスで書き溜め終わってしまった。

地の文導入してから改行も目立つようになったし、見にくかったら申し訳ないです。

あ、あと小蒔の神様とシズはなんら関係ないです。
ただ小蒔自身が見つけた文献を読んだだけの知識なんですけど
小蒔の家にはまぁ全国の神々の情報が集められた本があるだけ、ということで

憧の祖先がかつて手放した神様の情報は、小蒔の家のほうで保管されていた、ってことで。

そして数日も経つと県大会は開かれた。
私たちは会場に足を踏み入れると、ふと去年のことを思い出した。
穏乃、宥ねぇ、晴絵と一緒にいたのに。今年は去年と比べると人数はほんのちょっと多いけども。
なんだか、心が重い。息も苦しくなってくる。
こんなことを、未だに引きずっているのは私だけなのかな。ふとそんなことを思い、玄と灼さんの顔を覗いてみるがイマイチよく分からない。
二人とも無表情で控え室へと向かっている。
ふと視界の隅っこで記者たちが私たちを見つけて何かを喋っているのが見えた。
あぁ、そうか。人数が少ないとはいえ昨年の全国決勝まで登りつめた高校だもんね。
でもはっきり言って、今は話しかけられたくない。この気味の悪い、胸の中にある気持ちは、どう処理していいか分からない。
こんな気持ちを持っている今は、誰とも話したくない。
しかし記者たちは私たちにカメラを向けるどころか、近づくことさえしなかったのはありがたかった。



灼「憧、元気ないね」

憧「……なんで思い出しちゃうんだろ」


とてつもなく恥ずかしい。
去年のこと、なんでこんなにも心で引きずっちゃうんだろうか。
乗り越えようって思ったのに。新しい気持ちでリセットしようとしたのに。
今年は、何より勝たなくちゃいけない理由が出来たのに。
私ってこんなにもメンタルダメダメだったっけ…。
去年のことはともかく、それ以外にとある二つの理由が私の心を重くしていることもあるのだろうが。
まず一つの理由。
それは復帰第一戦から続く、自分の中にある違和感だった。
ついに今の今までこの違和感は拭いきることは出来なかった。昨夜もこのことが原因で早くに眠りにつけなかった。
もう一つの理由は、特に大したことはないのだけれども、不安。
やっぱり緊張しちゃうし、不安に感じるものがいくつかある。


灼「記者さんたちには声はかけないで下さいって、念入りに言っておいたし、誰も何も言ってこないよ」

憧「灼さん、そんなことまでやってくれてたんですか」

灼「まぁ、私もキツイものがあるしね」


先ほど視界の隅で見かけた記者たちが私たちに取材に来なかったのはそのためか。
もしくは、一度決勝までいけたからって今年はどうなんだろうか、って思ってるからか。
まぁそんなことはともかく、灼さんの好意がただただ嬉しかった。
私は緊張をほぐすために、深呼吸を繰り返す。

この子たちと全国へ行くんだ。

玄は中堅、灼さんが副将、私が大将というオーダーになった。
先鋒と次鋒は後輩たちに任せておく。きっと全国まで行くから、と先を見越して、まだ経験の浅い子を後ろに置くのは止めた灼さんの考えだった。
それでも点をよくとる玄が先鋒のほうがよかったんじゃないだろうか、と思いつつそれどころか自分が大将ということに不満を覚えていた。
何度か灼さんに変えてもらうように頼んだが、それでも私に大将でいることを望んだ。
それは全国へ勝ち進んだとき、とある人物と戦うときのためだという。
けれど私はどんなにイメージをしてみても彼女に勝つイメージが出来なかった。
こんなイメージを持ったまま卓に着きたくはなかった。
違和感・不安・そして負けるイメージ。

……酷い精神状態だ。



いくつかあるうちの一つの大きなロビーに着く。辺りに人が少ないので、灼さんはここを中心に自由行動をしよう、と話した。
みんなが思い思いの行動をする中、私は一つのソファーへと腰を下ろした。
すると横に玄さんが座ってきた。


玄「緊張してる?」


緊張なんてものじゃない。もっと酷い状態だよ今は。


憧「まぁ、ないほうがおかしいでしょ。ね」


玄の言葉にさらっと笑顔を出しながら返す。
自分の本心をこんな時に出せるわけがない。言ったら楽になれるんだけども、玄さんはこういうところで優しいからなぁ。
きっと私の不安が収まるまで隣に居ようとするんだろう。
そんなの玄さんにも申し訳ないし、大将である私がそんな姿を晒したらチーム全体の士気に影響する。
すでに大将としての自覚は持ってきている。


シズ「憧は強がりだなぁ」

…こんな時にそんなこという馬鹿はどこのどいつですか。
私は頭の上に乗っているシズを光の速さといわんばかりの腕の動きで捕らえる。
不意打ちは成功し、一発で捕まるシズ。


憧「なっんっで、そんなこというのかなぁ~、シズは」

シズ「憧、憧。目が怖いよ…」


まさか、今はとんでもなく笑顔だというのに?
…まぁとにかく、対して力を込めずに捕まえていたシズを離すと、ゆっくりと玄の頭へと移動した。


玄「うわわ」


誰の頭でもいいのか、と初めて他人の頭へと移動したシズに対してほんの少しの嫉妬を覚える。
玄は頭の上に乗っかったシズに対してどう接していいのか分からず、きょろきょろしている。


憧「あー、手を出さなかった特に暴れもしないし、落ちないし、そのまま動かないでいていいんだよ」


といつもシズを頭に乗せていた私のアドバイスに従い、微動だにしなくなる玄。
……って、まばたきくらいはしていいんだけど。
面白いからそのまま見ていると10秒足らずで玄は目を閉じた。


玄「えっと、シズちゃん? 憧ちゃんの頭に乗ってくれないかな」


と、もう勘弁してくれ、と言わんばかりの涙目でシズに懇願する玄。

シズは渋々といった感じで私の頭に乗り移る。
ちょこんと、少しの振動を頭に受けた私は多少安心感を得られた。
まるで普段している帽子を被ったような、まぁ帽子なんてここ数年被ったこともないけど。


玄「ところで、シズちゃんは流石に対局室に着いていかないよね?」

憧「あー、まぁ。見えないけれども、流石にそんなのでズルしたくないしなぁ」


シズは見えている人と見えてない人がいる。
灼さんと玄、そして小蒔さんはシズのことが見えているのだが、後輩たちには一切見えていない。
ちらりと後輩たちに視線を向けると、複雑な顔をしていた。
先輩たちが私が来てから、おかしくなったと、そう思っているんだろう。
私がシズと一緒に来たことで、目に見えないものを相手にするようになった、と。
少し申し訳ない気持ちにもなった。



灼「さて、と。そろそろ予選始まるんだけど、いいかな」


灼さんがそう言うと、みんなが灼さんのほうを向いた。
もうすでに組み合わせが発表されていて、灼さんは会場に貼りだされていたトーナメント表を小さくした紙を持っていた。
どうやらトーナメント表の近くで配布されているようで、思い返してみると受け取っていたっけ。


灼「去年私たちが倒したとはいえ、強豪校の一つである晩成高校。これは――決勝であたることになっている」


まぁ勝ち昇ってくればだけれど、と灼さんは続ける。
晩成とは決勝、か。そこにたどり着くまでに私の精神状態は落ち着いているのだろうか。


灼「まずは一回戦だよ、そろそろ行くよ」


そう言って対局室近くへと移動する。

そして大会が開かれる。

一回戦。
後輩たちが可もなく不可もなくの打ち方をし、放銃もしなければテンパイを目指す前に即降り。
点差はあまり動かずにいた。
中堅、玄が親番の時にドラ爆で大量得点。
6000オール、8100オール、18600。
副将、灼さんはその得点を減らすことなく、見事に私に繋げていった。

そして大将戦。大会の第一戦目が始まった。


東一局 親下家 ドラ南
憧(配牌悪い……、和了るならジュンチャン? チャンタ…、いや染めか?)

憧配牌:二三九②②③⑥⑧⑨37西白

親は下家、ラス親が私。
二位との差は7万ちょい。
降りるのがいいか、早和了りか。
染めでも何でも、字牌対子がないのがなぁ。


上家が捨てた白に下家が鳴く。
私はツモってきた發は手元に、打牌は白を選択。
とりあえず下家の和了りを阻止するべく、まずは染めを警戒していく東一局の始まりだった。

対面「ロン、メンホン・三暗刻・中・ドラ2、16000です」

対面:45西西西北北北南南中中中 放銃3

憧「……はい」


捨牌からは読めそうもない、オタ風を多く含んだメンホンダマ和了りに早速振り込んでしまった。
西北を暗刻で持って、南を頭、中も暗刻の素子のメンホンだった。
素子がもし字牌だったら、役満だったのか。

気になることが一つあった。
この3は、一つ前の巡で下家が捨てていることだった。
下家は筒子の染めであることは大体分かっていた。手配に多く筒子がある以上、3はいつか捨てられるのだったが。
直前で待ちを変えていたのだろうか。


対面がツモ切りしていたのかどうか。全く見ていなかった。
それほどまでに今の私は視界が狭く、場の空気になじめていなかったのか。
そんな自分に腹が立つ。


でも、腹が立つだけで、私の実力は出せきれずにいた。
幾度目かの放銃。
少なくなる点数。

私の思いと気持ちとは裏腹に、どんどんと削れていった。

声に出して、これ以上減らないで、と言おうとした。

南三局、親上家、ドラ一

憧配牌:一四五六②④⑤⑥⑧5556

5を切って頭にして、平和を狙おうか。
とりあえず一はいらない、平和を狙おうにも少し邪魔に見えるし断ヤオにもできない。
とりあえず喰い断による早上がりを目指そうか。

この局も次も私が早上がりをして、さっさと終わらせよう。


憧:126800
上家:106600
対面:95200
下家:88000


この上家の親さえなんとか気をつけていれば。

そして上家はまず牌を捨てる。
打④。
その前後、いつ言ったのか全く分からなかったが私の聞きたくなかった言葉が聞こえてしまった



上家「リーチ」



役満一つ手前のダブルリーチ……!
役満でなかっただけマシ。
でも、…でもそんなのアリなの……!?

一瞬私は息が出来なくなった。
私は自分の点数を何度も何度も減らされてきた。
二位との7万点差もあったこの点数が。
今さらに減らされようとしている。

自分自身の収支で言うともう-30000以上だ。
これは自分の点数じゃない。後輩や、玄や灼さんが稼いできた点数。

この点数でドラの一捨てのリスクは負えない。
④があるだけマシ。
これを捨てれば、和了りには遠くなるけれども、一度逃げることが可能だ。

私は試行錯誤しつつ、ゆっくりと山に手を伸ばす。
ツモ赤五。

赤なんてもうどうでもいいんだよ…!
一か②、⑧を和了りには早く近づくだろう。
でも、私は④を捨てる。

下家は少し考えたあと、西を捨てた。

対面も少し考えたあと、北を捨てた。


字牌持ってて羨ましいなぁ、……もしかして私の字牌あなたたちが持っていったのかな?
字牌が必ずしも安牌ではないのだけれども、ね。
ふと馬鹿みたいなことを考えていた自分を叱責する。

上家は山に手を伸ばす。
私は祈った。
一発ツモなんて、勘弁してほしい。
上家はちらりと牌を見ると、そのまま河へと置いた。
それを見て一息吐く。
親のダブリー一発ツモで、3900オール以上はなんとかこなかったか。
でもツモっても2600オール。

上家と私との点差が20200で、ツモ和了りでは逆転はされないが、とにかく出和了りに気をつけないとマズイ。
上家が河に置いたのは⑤。
なんとか手元にあるのは嬉しかった。
ツモにもよるけれど⑤はキツい。
断ヤオ、平和がどんどんと離れていく。

私は山に手を伸ばし、ツモってきた牌を見ると目を覆いたくなった。
ツモ一。

平和も断ヤオも諦めなくちゃいけないのか……!!

平和をするには5暗刻で成り立たない。
断ヤオをするにはもちろんこの一対子が邪魔になる。

私は渋々、⑤を捨てる。

憧手配:一一四赤五五六②⑥⑧5556

なんとか他の捨てれる牌の情報が欲しい。
下家と対面の打牌に期待したが……。

下家:打西。
対面:打北。

笑いがこみ上げてくる。
こいっつら……!! 字牌をいくつか持っていたのか

ほとんど一対一じゃないか。
……考えろ。考えなければ、やられる。
私は一度呼吸をして、上家の河を見る。


まず④・⑤と続いた打牌を考えろ。
まず④を捨てた理由。
真ん中を捨てたということは、この周りで順子がなかったからじゃないか?
もちろん④を二つ持っていたということも考えられる。が4枚あるうちの一枚は上家自身が持っていて、一枚は私が持っていた。
他の二枚を上家が持っている可能性だってあるが、他の可能性と比べると低いほう。
次に⑤を捨てる。
もちろんリーチ後だから、ツモ切りしか出来なかったわけだけども。

例えば④を捨てる手配かつ筒子待ちなど筒子に関係する手配を想像してみよう。関係ないもの大体排除。

ケース1:②③④④⑤⑥⑦
もちろんこういう形で④が二枚重なっていたのなら、捨てるしかないだろう。
④の代わりに①があったとしたら確実に断ヤオを狙うとして①は捨てる。頭や他の場所にヤオチュウ牌がなかったら、だが。
この場合だと、①はまだ捨てられる。自分の手配にはないんだけども。

ケース2:×××××④××××
④が浮いていた場合。もちろんど真ん中単騎なんて中々出せないところを待つ必要はないだろう。
ドラだったらまだしも。
単騎で待つメリットがない。だから捨てた。となると、他に単騎待ちも考えられる。その場合は一切分からないが。
後、単騎待つときの気をつけることといったらやはり七対子には特に気をつけないといけない。
七対子をヤオチュウ牌なんかで和了れるよりも、親のダブルリーチでけん制の待ちはランダム単騎の可能性もある。
だから私が持ってる牌全てが危険だったりする。
これはいくら考えても仕方ないから却下。

ケース3:①③④⑥⑦⑧
ケース1の①を捨てなかった時の場合。
筒子ど真ん中を捨てて、②カンチャン待ちの場合。
この場合、断ヤオが出来なかった時やもしくは役牌を頭とした平和だった時の場合。そして役が低いときの場合。
裏にかけるのもありだけれども、ツモ上がりじゃなく、出和了りを考えた時の場合。
符計算において、20符で和了るか、30符で和了るか、40符で和了るか、を考えた時の場合。
様々なことを考えた結果の④捨てだということだ。


ケース3をまとめると。
平和を選ぶとツモで20符。
役牌を頭とし、2符だけプラス切り上げ平和ツモ。そして平和の出和了り、あとカンチャン待ちツモ和了りの30符。
そしてこっちが重要。役牌を頭とする出和了り。もしくはカンチャン待ち出和了りによる40符。

気をつけるべきはカンチャン待ち出和了りの40符だということだ。
40符がつくと、例えば3役・7700であろうと逆転こそされないが、それでも高得点であることに変わりはない。

ただこのケース3の場合は役が低いことを前提とする。
5役や6役はもう満貫・跳満だから、符なんてどうでもいい、平和の両面待ちだって考えれる。


⑤は捨てられてラッキーだったと。
私のちょうど余っている②を狙おうと……?
考えるを止めずにいてよかったかもしれない。とりあえず②は危険牌ということで取っておく。
まだ諦めていない……!!

――――――

――――



憧「~~~ッ!! ロン!!」


11巡後、私はギリギリで上がることが出来た。

憧手配:一一赤五五②②⑥⑥⑧⑧5566

チートイ・赤一・ドラドラ。満貫。

上家「…はい」

それもダブルリーチをした上家相手からだった。
手元に来てくれたこの牌を持っていると、見る見るうちに集まってきた。
下家と対面が三枚目のオタ風を出し終えると、どんどんと安牌が増えていった。
筒子周辺は流石に捨てられなかったが。

オーラスは喰い断ツモで終わらせて、私たち阿知賀はなんとか勝利出来た。

憧「一・二・三の三色?! ってことは…ダブリー・三色…一含まれてるってことはドラも…」


ロビーへと戻った私は上家のダブルリーチの手配をみんなに教えてもらった。
配牌ですでに三色ってどういうことよ……。
私はここぞとばかりに大きく肩を落とした。

上家のダブルリーチは親跳、和了り切れれば18000の点数だった。
その三色はちなみに②カンチャン待ちだった。
もし②捨てていたら、と考えるとゾクリとした。


灼「まぁでも勝てたし、これでいいよ。憧もようやく調子出てきたみたいだし」

憧「へ?」


灼さんの言ってる意味がよく分からなかった。
私の調子が出てきた?
流れに乗っている、ということだろうか。
自分の状態を感じてみると、体の不安が小さくなっているのを感じた。
確かに調子出てきたとも言えるだろう。
だけれども……。


憧(違和感だけはまだ感じているんだけどな…)


この試合が始まって、そして終わっても、ずっとずっと、この胸の違和感が拭いきれずにいたのだった。

自分の中で頭脳を使った麻雀っていうのは符計算くらいしか思いつかなかった。

あと、ちらりとこの前憧が言ってたけど、清澄の部長との心理戦。
悪待ち、良形のスイッチについての頭脳使った麻雀にて。


県予選終わったら憧は小蒔ちゃんとまた会えるんだー、

その後も順調で勝ち進み、後輩たちは失点はせず、玄のドラ爆弾で得点を稼いで、灼さんは堅実に稼ぐ。
そして私は、というと。


憧「~~ッ! ロン!」


ギリギリの勝負を続けていた。
流石に一試合目のような大量失点はなかったけれども、和了率どころかテンパイ率がかなり低い。
まるで初心者の頃に戻ってしまったような打ち方を続けてしまっていた。

私は試合が終わる度に肩を落としてロビーに戻るのだけれども、その都度灼さんは慰めてくれる。
よくやったね、頑張ったね、いい調子だね。
これらの言葉を聞くたびに私は灼さんに対してもおかしな気持ちを抱くようになった。
本当にこんなことを思っていっているのだろうか。
客観的に見ると私がどれくらい酷いことになっているのか流石に分かっている。
原点を割っているのだ。
それも、かなり。
玄のドラ爆、灼さんの堅実な稼ぎ、さらに言うと後輩たちが失点をせずにいられるから、私たちはこうやって勝てている。
私が一番、足を引っ張っているんだ。
だから灼さんの言葉には、何か裏があるんじゃないのか、と疑う。
でも怖くて詮索出来ずにいた。
その裏にもし悪意があったとしたら、私は……。

玄「ついに決勝だね!」

灼「やっぱり、晩成が上がってくるか……」

憧「………」

シズ「憧ー、元気ないぞ。どした?」


このシズは麻雀のルールなんて知らないんだろうか。
私が落ち込んでいる理由が分からないのか、素直に私のことを心配してくれている。


灼「……ところで憧、晩成の大将とは面識があったよね」

憧「…初瀬、か」


昨年、初瀬は私の活躍を見てより一層励むようになったらしい。
卒業間近になる先輩たちに迷惑がかからない程度に練習に付き合ってもらい、ずっと頑張ってきたんだとか。
二年に上がった頃、えらく挙動不審になっていた初瀬を疑問に思っていると、レギュラーに選ばれた、と自慢してきた。
このことを今の憧に言っちゃっていいのかどうか分からなかったけど、なんて言葉を繋げられたけど、私は普通に祝った。
まさか大将だったなんて、今の今まで知らなかったけれども。


灼「牌譜、見ておく? その初瀬って子も特殊な打ち方してくるけど」

憧「…大丈夫、分かってる」


灼さんが牌譜を差し出してくるが、初瀬の打ち方のことは分かっていた。
中学の時からずっと同じ打ち方で、先輩にはその長所を伸ばせと言われて、伸ばした結果レギュラーに選ばれた、とも言っていた。

ここでやらなくちゃ、いけないんだ。
県大会予選敗退だなんて、笑いの種にもなりゃしない。
…何としても勝たなくちゃいけないんだ。

私の心に、また一つ火が灯った。

後輩たち二人は頑張ったけれども、晩成を含む、決勝に来た他の二校の実力もあり、少し失点してしまった。
さらに玄のドラ爆による得点は、そこそこに抑えられリードはできなかったが。
灼さんの堅実な攻め・守りによって得点こそして、一位抜けになり、少しリードした状態でバトンを渡された。

不安そうな後輩たちの顔を見ると、情けなくなってしまう。
こんなにも私は信用されていないのか。
まぁ、当然なのかな。原点を大きく割った私の今までの成績を見ると、敗退の二文字がすでに浮かんでいるんだろう。

ごめんね、情けなくて弱っちい先輩で。
でもね、…でもね。
必ず、勝つから。

私は後輩たちの顔を見て、心にそう誓い対局室へと向かう。
声に出して言えなかったのはなんでだろう。
やっぱり自分に自信がないからかな。
でもそしたらなんで今、私はニヤけているのだろう。
壊れてしまったのかな。

あんなにも気分が沈んで、自分はダメなやつだと思っていたのに、なんで今ニヤけているのだろうか。
いつからだっけ。
思い返してみると、先ほどのことだと分かった。
自分の心に火が灯った時、かな。

でもそれが何故、自分がニヤける原因になるのか、イマイチよく分からずにいた。
何故だかわからないけど、私は晴れやかの心を持ったまま、対局室に入った。

阿知賀:120900
上家:100900
晩成:92000
下家:86200

「よろしくお願いします」


対面に初瀬がいた。
最初は信じられない、というような顔で私のことを見ていたけど、すぐに笑顔になった。
その笑顔に、他の高校から訝しげな顔をされていて初瀬はすぐに真剣な表情に戻したが。
組まれてる、なんて思われているんだろうか。


東一局 親:初瀬 ドラ:六

憧配牌:二四六②⑥⑥127白白發西

さぁてと、どうしよっかこれから。

二巡目に上家が捨てた四枚目の白を鳴く。
その後も私はツモに恵まれバラバラな手配から萬子の混一を狙えることになった。
上家の捨てた萬子を逃すこともなく鳴きドラも二個含めれることも出来て、早速満貫を狙えそうだった。


初瀬「リーチ」


初瀬がリーチをかけてきたのは、9巡目、混一一向聴でのことだった。

憧手牌:四五六六八九西  【白白白】 【一二三】


……ん、とりあえず初瀬に和了らせてはダメだ。
きっと、満貫以上。
ただ降りるかどうかと言われると、少し迷っている。
初瀬のことは知っているが、どういう長所の伸ばし方をしたのかは少し気になる。
何せレギュラーに入っただけと聞かされ、初瀬とは麻雀を打っていなかったから。
とりあえずツモ牌で考えよう、と思った時だった。


初瀬「ロン」


上家のツモ切り、西捨てに出和了り一発だった。
西は今のところ一枚切れていた。上家はすでにテンパイだったのか、逡巡こそしたが警戒することなく西を捨てていた。
七辺りツモったら私が放銃してたかも、なんてことを思った。
初瀬の手を見る。

初瀬手配:二三四赤⑤⑥⑦888東東東西 【放銃・西】

立直・一発・ダブ東・赤一 の満貫。
この12000を放銃していたら確実に逆転されただろう。
だが、これで終わりじゃない。

初瀬は王牌に手を近づけると、裏ドラをめくった。


初瀬「裏三つ、24000です」



やっぱり乗せてきた裏。裏のドラ表示牌は7。暗刻で持っている8が三つ丸々乗ったことになる。
立直をすることで、9600を24000に変えてきた。
一発がなくとも、大体倍の点数の跳満に変えてきている。


昔は初瀬は順子のどれかに一つ裏が乗っていたくらいなのに。
裏を暗刻で乗せれるようになっていた。かなり厄介だ。


振り込んだ上家の子は少し悔しげに、24000分の点棒を初瀬に渡していた。

阿知賀:120900
晩成:116000
下家:86200
上家:76900


東一局一本場 親:初瀬 ドラ:東

憧配牌:一③③④④⑤⑦24東東西西

門前混一・一盃口・場風・自風・ドラ。
配牌で倍満間近。
好配牌だった。


5巡目

憧「ツモ」


西を鳴き、東を鳴き、みえみえの染めだったが、ツモることは出来た。
混一・場風・自風・ドラ3の3000・6000に一本。

初瀬の親を高得点で流すことが出来た。しかも親被り。
久しぶりの高得点に思わず顔がニヤけてしまった。

阿知賀:133200
晩成:109000
下家:83100
上家:73800

東二局 親:上家 ドラ:九

憧配牌:二三⑤⑦⑧⑨45799發發

中々迷うような配牌だ。
鳴いて發のみ、断ヤオにすると何巡かかかるけど、平和は發を捨てると楽。
役を複合できそうにない。ドラもヤオチュウ牌で少しキツイ。




そしてこの数巡後。
恐れていたことが起きた。

憧手配:二三四⑤⑤⑦⑧⑨45 【發發發】

發を鳴き、嬉しい形になって、見事テンパイ。
3-6待ちだった。
さっさと局を流すつもりだった。
初瀬の番になったとき、ツモってきた牌を初瀬は。


初瀬「カン……リーチ!」


カンドラ表示牌は西。カンドラは北。
その北はもうすでに四枚河にあるが。注意すべきはそこじゃない。
私は裏ドラの危険性を頭に残し、改めて手牌を見る。


暗カン後のリーチ。
それも6の暗カンだった。
一枚も出ていないことに加え、私を含め索子は早めに捨てていたからいずれ出るだろうと思っていたら。
まさか初瀬が全部持っていっただなんて。


上家はツモ後しばらく考えた上で、初瀬の切っていたドラの九を捨てていた。
わざわざドラを捨てたってことは降り、かな。
もちろん使いにくい牌だったから捨てたということも考えられるが。


そして自分のツモはというと、⑤だった。

テンパイ、か。
⑤か、4か5…。
もしくは崩すか。

初瀬の裏が乗るのを偶然だと決めつけるなら勝負にもいったのだろうか。
いや…、偶然だとしてもドラが新たに出現した後のリーチは流石に警戒するべきだ。

私はテンパイを崩すことを決意し、安牌である⑧を捨てた。

憧手配:二三四⑤⑤⑦⑧⑨45 【發發發】 【ツモ ⑤】【打 ⑧】


下家はツモってきた牌を手牌の横に置き、しばらく考えると、私と同じ⑧を手出しで捨てた。




ドクン、と。



その時、心臓を素手で掴まれたかのように一瞬息が出来なくった。
とてつもないプレッシャーが私の体をぐるぐると回っているかのように錯覚して、空気を求めるかのように顔を上げふと初瀬のほうを向いた。


初瀬の顔はまるで、勝ちを確信したかのような冷徹な笑みを浮かべていた。



やられた……!


そう思った次の瞬間には初瀬は山から牌をツモると、手牌を倒して和了宣言をした。


初瀬「ツモ。裏は……7つ。6000・12000」

初瀬手牌:一二三赤五五五789白 【6666】 【ツモ・白】
裏ドラ表示牌 『四・5』

立直・一発・ツモ・赤一・ドラ7の三倍満。
役なしを、三倍満に……!



玄のドラ爆を相手にしているかのようだった。
違うといえば初瀬は面前でなおかつ立直をかけないといけない、ということだけど。


私はそういったことを全て頭から追い出し、どうすればこの大将戦を勝てるかを考えた。
初瀬にこのツモで完全に逆転された。
開幕の24000、そしてこの局の12000親被りを受けてしまった上家は今にも泣き出しそうだ。
その姿を見て、私は塞いでしまいそうだった目を見開いた。


上家のようにまだ点数が離れているわけじゃない。
逆転こそされたもののまだ二位、そして東三局、南三局とまだ二回親がある。
もちろん諦めるなんてことはしないが、戦意を少しでも無くしてしまうことにも気をつけるようにした。

晩成:133000
阿知賀:127200
下家:77100
上家:61800



東三局 親:憧 ドラ:8


憧配牌:二四⑤⑥8889白發中東東 【ツモ・發】


……配牌よりも一つ気になることがあった。
それは初瀬の先ほどのツモ、そのツモの直前に感じたプレッシャーだ。

ツモる前に感じたあのプレッシャー。
何故ツモる前に感じたのだろうか。
あの時初瀬の顔を見ていたけど、視界の隅に映っていた上家と下家は初瀬が手牌を倒すまでまだ何も感じていないようだった。
あれほどまでにキツイ衝撃があったというのに。


……感じていたのは私だけ?
それは、なんでだろう。
初瀬の打ち方を理解していたからだろうか。


ずっと知っていたから、ツモが来る直前にプレッシャーを感じたのだろうか。
……でも、何か違う気がする。




その時、頭の中からパリンとまるで透明なガラスが割れたような音が聞こえた気がした。


憧「…あっ」


その透明なガラスの奥から何やらあふれ出てくるものがある。それは記憶。
小学校から、そして去年まで麻雀やってきた記憶が一度に蘇った。

前の局での初瀬のツモ時のプレッシャーの正体が、分かった。

そしてこの正体は、初瀬からのものじゃなかった。

東三局 14巡目


初瀬「リーチ」


対面の初瀬は自信満々にリーチをした。
捨て牌からはどんな待ちかは分かりづらいが、多分愚形役なしだろう。
ただし一発、さらに裏ドラも乗る。


上家は目尻にほんの少しの涙を浮かべ、安牌を切る。

そして私も安牌を切る。

下家もすぐに安牌を切った。


そして初瀬のツモ。
自信有りげに山から引いてきた牌を初瀬は。




信じられないようなものを見る目で、ツモってきた牌を見つめた後、河へと置いた。



憧「ロン」


すかさず、私は初瀬から和了った。

―ロビー―

灼「…よし、やったね。これで阿知賀は全国行きかな」

後輩A「ホントですか?!」

玄「うん。ここからはもう憧ちゃんの独壇場だよ、多分」

後輩B「多分…って」

灼「まぁ、憧がバカしないといいんだけどね」

後輩C「でも、どうして憧さんは急に……?」

灼「急にじゃないよ。一回戦から徐々に調子がよくなって、今では最高の状態のはずだよ」

後輩D「最高…の、状態?」


灼「そう。100速まで仕上がったってこと」

復帰第一戦からずっと感じていたこと。
胸の中にある違和感が拭えずにいたこと。
ずっと分からずにいた。

思い出したのは穏乃のことだった。
穏乃の麻雀。

どんなものだったか。
それは
白糸台大将・大星淡を抑えて、
清澄の大将・宮永咲の嶺上牌を横から取り、
龍門渕大将・天江衣の海底を封じたもの。


穏乃の近くで見てきた麻雀だったのに、ずっと忘れていた。
まさか、自分の中にあっただなんて。


復帰第一戦からの違和感の正体はまさにこれだった。
玄がいるはずの麻雀卓において、私が流れに乗ってくるとドラが急に現れた。
玄のドラ爆が収まったのか? と思いつつ、こんなのは自分の麻雀じゃない、と心で否定してしまっていた。


自分の得意な麻雀は鳴き麻雀だったはず。
それなのになんで、自分の打ち方はその鳴き麻雀と矛盾するのだろう。
和了率、テンパイ率が低かったのもこれが原因だった。
違和感の正体はこれだったのだ。



それをついに自覚した。
私の中で穏乃は生きている。
穏乃を助けるために、私はこの決勝で勝つ。


心の中にいくつか灯っていた小さな火はやがて炎となり、
私の心を熱く燃やした。

そうだったのか。
この対局室へと入る前、私の心に小さな火が灯ると私は自然に心が晴れやかな気持ちになっていた。
もう分かってたんじゃないか。自分の中に穏乃がいるんだって。
穏乃がいたから、晴れやかな気持ちになったんだ。



南四局 親:下家 ドラ:⑥ 14巡目


憧「ツモ」


私の跳ねツモで終わらせた決勝は、阿知賀全国行きで幕を閉じた。

穏乃を感じる感じない、で大きくメンタルが左右される憧が良い!

これで憧が全国へのキップを手に入れました。
省略したけど、リーチしても一発にならない裏も乗らない初瀬が涙目になりながら
憧に立ち向かってますが、憧の100速まで仕上がったブーストに適うことなく、
穏乃と憧の合わさった能力封殺鳴き麻雀完成の礎となってもらいました。


会話がないと寂しすぎるから、対局中に何度喋らせようとしたことか

公式戦以外で喋りながら打つ麻雀を書きたいな


阿知賀のアニメ今日で最終回だっけか、実は阿知賀編ってアニメしか見てないので
穏乃の能力がイマイチ分かってません。
衣や晴絵の言葉から察するに遅行型の能力封殺麻雀なのかな…、何にせよ穏乃の能力を勉強してから
これからを書いていきます

「ありがとうございました」


決勝が終わり、私は対局室を出る。
その際に初瀬が呆然としていたが声をかけることは出来なかった。
ロビーへと戻ると、玄と灼さん、後輩たちが出迎えてくれた。


玄「やったね、憧ちゃん!」

灼「グッジョブ、憧」

後輩「憧さん! おめでとうございます!!」


思い思いの言葉をかけてくれるみんなに私は胸を撫で下ろす。

勝ったんだ、県予選。これで全国、行けるんだ。
そのことを強く実感し、私は一息吐いた。
これで穏乃へと救う未来が少し開けた気がした。


憧「シズ……!」


私は玄の頭に乗っているシズに一声かける。


シズ「………」

憧「……シズ?」


声をかけても何も反応がないシズ。
どうしたのだろうか、と触れてみようとする。

初瀬「憧ぉ!」


その時背後から初瀬の大きい声が聞こえた。
振り向いてみると初瀬は目に涙をいっぱい溜めているのが遠くからでも見えた。


初瀬「私、私さぁ!」


声を荒げながら、近づいてくる初瀬に私はほんの少し後ずさるがお構いなしに初瀬は目の前まで迫ってきた。
そして私の肩をがっしり掴むと。


初瀬「憧と、また麻雀が出来て嬉しかった!」


目の前で涙を流しながら、初瀬はそんなことを言う。


初瀬「阿知賀の麻雀部に顔を出さなくなってから、私と時々遊ぶようになったけど、どこか寂しかった!」


零れ落ちる涙は拭わずに真っ赤になった目で私を捉えながらそう言う。
その言葉に私は、ズキリと心が痛んだ。

憧「……なんだか、怒られるって思っちゃった」

初瀬「怒る? 何でさ…?」

憧「だって、初瀬が私に気を使ってさ麻雀についてほとんど何も言わないようにしてくれてたのに、ちょっと会わないうちに阿知賀の大将、なんて」


なんだか初瀬をバカにしているような気持ちでいた。
こんな私の我が侭を赦してくれるだろうか。


初瀬「私は、憧の今言ったことについて怒りたい気分だよ」

初瀬「何度も言うけど、私は憧と麻雀が出来て嬉しかったの。…それだけなんだから」

初瀬「理由なんて、きっかけなんて何でもいい。…ただ嬉しかったの」

憧「…ありがとう、初瀬」


私の言葉を聞くと初瀬はしゃくりあげるような声を出しながら顔を伏せた。
私のことを思ってくれて、今までの私の支えになってくれて。
私のあり方が変わっていても、そんな私を赦してくれた。
赦す赦さない以前に何でもいいって言っているけども、私は初瀬が赦してくれたんだと思うことにしよう。
そうでもなきゃ、初瀬のこと素直に感謝できないじゃないか。

私は良い友人に囲まれているんだな、と実感した。
未だに私の肩を掴んでいる初瀬の手をそっとどけると、私は初瀬のことを抱き締めた。


憧「初瀬、…ありがとう」


二度目となる感謝を、初瀬に送る。
それでも胸いっぱいに溢れる感謝はいくら言ってもきりがないから、私は何度でも言いたかった。


憧「ありがとう」


三度目の感謝を言った時、抱き締められていた初瀬はそっと抱き締め返してきた。

玄「仲直りしたんだねー」


初瀬と分かれた後、後ろでぐじゅっている玄の声が聞こえた。
振り返ってみると玄の頬にほんの少しの涙の後があった。
感化されちゃったのかな。


憧「…別に喧嘩とかしてたわけじゃないよ。でも、初瀬と一緒に居る時何か私たちの関係が不自然に感じていたことはあったんだ」

灼「というと?」

憧「うーん、何ていうのかな。…ライバル、みたいな」


うん、そうだ。多分それが一番しっくりくる。


灼「なるほど。ライバルなのに、戦わずして一緒に居たから不自然だったと」

憧「そんなところかな……」


中学の時に知り合って、一緒に晩成に行こうとした相手。
一緒にレギュラーの座を先輩たちから奪い取ろうと奮闘もしたし、実力を伸ばすためにお互い頑張ってきた。
まぁ結果レギュラーなんて三年間ずっとなることはなかったけどね。
初瀬は晩成へ、私は阿知賀へそれぞれ進学したけど。
それでも私たちはまだお互いライバルだと思ってたんだと思うな。

シズ「憧~」

憧「お」


ふらふらと玄の頭から私の頭へと飛び移るシズ。
戻ってきた頭の感触に思わずほっとする。


憧「シズ、なんか元気ない?」

シズ「……いや、眠いだけかな」


シズの返答にいまいちしっくりくることはなかった。


憧「…あ、そういえばシズ。ありがとね」

シズ「え?」

憧「穏乃の麻雀、教えてくれて」


なんだかシズに言わないといけない気がした。
穏乃とは違うんだけど、穏乃の麻雀が私の中にあるのはもしかしたらシズのおかげなんじゃないだろうか、って思った。


シズ「なんのことかよく分からないんだけど」

憧「それならまぁ、特に気にしないでおいて。ちょっと言いたくなっただけだから」

―――――――

――――



憧「え?! じゃあ皆分かってたの?」


県予選会場から自宅への帰路にて、私は灼さんと玄と一緒にいた。


灼「……というか知らなかったんだ」

玄「憧ちゃんっていったらシズちゃんだったから、私は最初からそう思ってたよ」


話の内容は私の麻雀についてだった。詳しく言うと穏乃の麻雀なんだけども。
復帰第一戦、私は玄のドラ爆を後半でほとんど抑えていた。
私はこの時、玄が抑えてくれているのか、そういうことが出来るようになったのかな、としか思っていなかった。
まさか自分が玄のドラ爆を封じていたとは思いもしなかった。


玄「ドラが来なくなって、寂しくなったけど、嬉しくもあったんだよ。…シズちゃんが近くにいる、って」

灼「私は憧と久しぶりに打ったけど、なんだか違和感を感じて、でもドラが来たことですぐに分かったよ」

灼「でもまさか、当の本人が理解してなかったなんて……」


教えてくれてもよかったんじゃないだろうか。
私なんて復帰戦から今の今までずっと悩んできたというのに。

憧「…思い返してみると、確かに穏乃の麻雀なのよね……」

憧「これがあの決勝で自覚もしてなかったら、どんな結果に終わっていたことやら…」


県予選敗退、全国への道は閉ざされる。
その時私はついに穏乃を助けることが出来なくなる。
そんなことになってしまったら、なんてたらればのことを考えてしまった。
急いで頭の中をそういった想像を消す。
勝った場合の想像はしていいけど、負けた場合を想像してどうするのよ。
ネガティブな発想は全力で頭から追い出した。


灼「…ねぇ、憧、気になってることがあるんだけどいいかな?」

憧「ん、何ですか?」

灼「憧は、なんで麻雀部に戻ってきたの?」


灼さんの言葉に私はどこまで喋ればいいのか、少しの間言葉に詰まってしまった。


玄「灼ちゃん、その聞き方よくないよ」

灼「…そうだね。ごめん。でも、私は憧に戻ってきてくれて嬉しいよ。ただちょっと気になっただけで」

玄「シズちゃんが関係していることは私たちはなんとなく分かるんだけど…」

…それだ。


憧「そういえば、まだシズのことちゃんと話してなかったよね」


そう言うと頷く二人。


憧「驚かないで聞いてほしいんだけど、シズは神様の使いなんだ。私にチャンスをくれる、って」

憧「もし全国大会で優勝できるほどの実力があったら、シズが死んだ時に戻って、シズを助けられるチャンスがもらえるのよ」


理解が追いついていないのか、私の言葉に反応こそするものの言葉を発さないでいる二人。


憧「私ってどうも全国優勝できる器じゃないんだけど、それでも全国優勝出来たら神様がそういう願いを叶えてくれるらしいの」

憧「っと、そういうこと。私が全国に行きたいのはシズを助けに行きたいからなんだ」


これで納得してくれたらそれでいい。


灼「……えらく都合のいい話なんだね」

憧「そうでしょ。でもね、本当のことなの。私はシズを助けに行くために全国優勝しないといけないの」


この部分については私は嘘をついていない。
だから意識的に心の内にある炎を私は目に現せることができ、灼さんを見つめることが出来る。


灼「……本当、みたいだね」

憧「うん。だから私はシズを…」




玄「でも、隠してることもあるでしょ」



横からの予想外の言葉に少し怯む。
そして私が少し怯んだのを灼さんは見逃さなかった。
すぐに疑惑の目を私に向ける。



玄「憧ちゃん、昔から変わってないよ」


玄のほうを向いてみると、少し顔を伏せてそう言っていた。
玄のその言葉は私を動揺させたりするものじゃない。
玄がそんなこと出来ない不器用な人だって知っている。
それでも私はその言葉に反応してしまった時点でこの二人には敵うことは出来なかった。


灼「……何が嘘だったの?」


疑惑の目を向けた灼さんは私にそんな言葉を投げかける。


憧「…嘘は言ってない。玄の言うとおり隠していることがあるだけ」

灼「それは……?」


言えるわけがない。
これを言ってしまったらこの二人はどんなことを言うか、どんな行動を起こすのか。
予想がつきそうでつかない。


憧「言えない…」

灼「…話して」


私が振り絞って出した言葉を灼さんはしかし無慈悲にもそう返す。

憧「ごめんなさい」

灼「話して…」


勘弁してほしい。私がどんな気持ちでいるのかも分からないのか。
……。
いや、そういう気持ちも含めて話して欲しいと、そう言っているのだろうか。
灼さんの目をみると、後者らしい。

それでも……。


憧「……ごめんなさい」

灼「~~っ!!」


頑なに言おうとしない、そんな私に業を煮やしたのか、灼さんは表情を歪ませて私に一歩近づく。
何をされるか分からなかった私は灼さんが一歩を踏み出すのを見てから、ぎゅっと目を閉じた。
平手か何かが飛んでくるのは覚悟していた。

でも自分の手に暖かなもので包まれているのを感じた私は、恐る恐るであるがゆっくりと目を開けてみる。

私の手を包んでいたものは、灼さんの手だった。


灼「…私から見ると、憧は何かに苦しんでいるように見えるんだ!」

灼「私は部長だけど、憧とはそんなの関係ない! …仲間だと思っているから」

灼「だから、苦しかったらいつでも言っていいんだよ」


私の手をぎゅっと握られ、私は灼さんの熱を感じた。
私よりちょっと小さい手から、私のことを想ってくれている、そんな暖かい熱が私の中に入ってくる。
その熱がちょうど私の心を刺激したとき、少し涙が出そうになった。

憧「…ありがとう、灼さん」


灼さんの言葉に涙で応えるわけにはいかない。
私は一度深呼吸して、感謝の気持ちをそのまま言葉にして述べた。

今日一日で初瀬と灼さん二人からこんなにも労わってもらっていたことを知り、その事実にもまた心が満たされた気持ちになった。



玄「灼ちゃんはそういうけど、私は憧ちゃんの先輩だから、カッコイイところ見せたいんだ」

玄「だから、憧ちゃん。困ったことがあったら何でも頼ってね」

玄「昔からずっと…、ずっとそう思ってきたから。今度こそ、頼って欲しいな」


玄はそう言って私と灼さんの重ねている手の上にそっと自分の手を乗せる。
にこりと私のほうを向いて笑顔になるのを見て、私はホントに幸せ者だな、と実感した。
いや、幸せ者なのは、シズなのかな。
素直に喜ぶことの出来なかった自分に少し苦笑する。

県大会が終わって一月も経つと、全国出場校が決まってくる。
私は新聞に書いてある出場校に目を通しつつ、勝ち上がってきそうな、重要な高校に印をつける。
去年の優勝校・準優勝校・そして決勝卓に昇ってきた残りの一校。
もちろん三校全てが全国への切符を手にしていた。
私たち阿知賀も全国への切符は持っているから、去年の決勝卓四校でまた囲むかもしれないんだ、なんてことも考えた。
ちらりとベッドのほうを見るとシズが寝ていた。こんな昼間から何で眠るんだか。


ピンポーン。


そして灼さんが用意してくれた牌譜に目を通そうかと思った時玄関のインターホンが鳴った。
時刻はお昼を少し過ぎた頃、七月上旬日曜日の現在。
誰が訪ねてくるのだろう、と考えたが誰であっても待たせてはいけない、と私は玄関へと向かった。


憧「ちょっと待っててくださいねー」


玄関でサンダルに履き替えて、玄関の戸を開ける。
すると目に入ってきたのはちょうど一月前に見たことのある黒い髪をした子だった。
そういえば県大会に勝ったらまた来る、なんてことを言っていたっけ。

そしてその子の後ろにいる人が視界に入ると私は一瞬体が震えた。

……うそ、なんでこの人がここに――?
そう考えるのも束の間。
久しぶりに会ったその子はにこにこと笑顔で挨拶をする。


小蒔「お久しぶりです憧ちゃん。約束通り麻雀に強い人に来てもらいました」


そういえば、言った。麻雀が強い人をお呼びしますね、と聞いたことがある。
私が県大会に勝つことを条件にして、だが。


「初めまして。宮永照です。…よろしくね」


なんて目の前の元チャンピオンはそんなことを言う。

小蒔「照さんに来てもらった感想はどうですか? 憧ちゃん」


なんて素直に感想を求められても困る。
ここはなんて言ったらいいんだろうか。

とりあえず二人を客室へ通して、お茶菓子を色々と用意した。
それにすかさず手を伸ばした照さんはお菓子が好きなのか、もしくは会話が進まないこの空気に仕方なくお菓子に手を伸ばしているのか。


憧「まぁ素直に言うと驚いてて……」

照「…敬語は別にいいけどあまり畏まらないでね。私は神代に誘われたけど、あなたに話したいことがあって来たから」


話したいこと…?
元チャンピオンが何かあったっけ…。
と、一つ思い出したことがあった。


照「去年の優勝校覚えてる?」

憧「…はい。長野の清澄ですよね」

照「うん、あそこの大将は去年も今年も同じ。私の妹」

去年の優勝校は長野の清澄だった。そして準優勝は白糸台、三位は私たち阿知賀女子だった。
そして清澄の大将は、白糸台を二年連続で全国制覇を成し遂げ一昨年の個人一位になった目の前の人物、宮永照の妹、宮永咲。
宮永咲は去年無名校だった清澄を、名門風越と天江衣がいた龍門渕を破り、全国へ導かせたほどの実力者である。
和がいた高校だったからそこは詳しくチェックしていた。


照「憧ちゃん、でよかったよね? 今から一つだけ聞くよ」


突然名前を呼ばれて私は照さんのほうを向く。
やけに真剣味をした照さんの顔に思わず驚く。


照「…咲に、勝ちたい?」


言ってきたのはそんな言葉。


憧「…勝ちたいです」


照さんの目を見てはっきりと答える。
勝たないと、全国優勝が出来ない。…だから勝たないといけない。
心でもそう固く決意する。
打倒・宮永咲だ。


照「うん、いい返事。これで私は憧ちゃんの練習に付き合える」


練習…、というと照さんは私と一緒に打ってくれたりするんだろうか。
その瞬間、私は照さんを初めて見たときと同じく体が震えた。
でもそれは悪寒から来るものじゃなく、武者震い。
あの宮永照と打てる。その事実が私の心を強く震わせ、動かした。

…ところでそんなことより。


憧「あの、照さん、よかったら私のこと呼び捨てでいいですか?」


なんだかちょっと自分のことを憧ちゃんと呼ぶ人が増えていってむず痒くなってきてしまっていた。

照「分かった、私もそのほうがいいかなと思ってたんだ。……ところでここにあと二人来るけどよかったかな」


唐突に照さんはそんなことを言う。
きょとんとする私の耳に家の外から大きい声が聞こえてきた。


?「ここかぁ? なんかでっかい家やなぁ」

?「チャンピオンはここって言うてたで。この家の写メも来てたんやから、…ほら」

?「…なんで永水の子も一緒に映ってるん?」


うっすらと聞き覚えのある関西弁。
二人とも知り合いだった。とはいえ、あまり喋ったことはなかったんだが
この二人? と照さんにアイコンタクトを送ると、こくりと頷いた。
私は玄関までその二人を迎えに行った。



「「よっ! 久しぶり! ……ん?」」


見事に声を合わせる二人。二人が一緒にいるところを初めて見て気付いたけど性格がいまいち似ているんだよね、この二人って。
私はこれから少し家がうるさくなりそうだ、と少し溜め息をつく。

憧「とりあえず上がってください。…それとお久しぶりです。愛宕さん、江口さん」

人と人が出会うところを特に注意してかかないとなぁ

ちなみに洋榎が出てきたので補足

去年の決勝進出校は 白糸・阿知賀・清澄・姫松です。
姫松が進むと、決勝卓の中堅にて 洋榎と憧が出会うのでそれで話を合わせようとします。
末原はさらなる化物たちの巣窟に向かったことになりますが、仕方なかった


セーラと洋榎は愛宕監督抜きにして、地元で友人以上のライバル的な関係としております、


最初から思っていた通りのストーリーを進んでいるのに
中々終わりそうもない、こんなに長くなるとは自分でも思ってなかった…

でも初SSだし、満足行くように完結目指す

小蒔「私は最初に、照さんに声をかけたんです。麻雀強くなりたい人がいるので、一緒に特訓にお付き合いいただけないでしょうか、と」

照「神代に呼ばれて、相手が咲と戦うことになる憧とも知ったので、他に麻雀出来るメンツが欲しくて憩に声をかけたんだ」

照「でも憩は私の一つ下であり、団体戦と個人戦に集中したいからということで断られたんだ」

洋榎「そこからうちへと連絡が来たんやな。いきなり驚いたで、知らん番号から聞こえるのはチャンピオンの声っていう状況」

洋榎「話を聞くと暇なら打たへんか? ってことやったもんで、暇!! って答えたらたまたま隣におった浩子が聞いとったみたいでな」

セーラ「最近麻雀やってないー、ってこの前愚痴ってたのを聞いてた船Qがこっちに連絡してくれたんや」

セーラ「チャンピオンと洋榎が集まって麻雀打つみたいやでー、って。そんなん行くしかないやろ? 久しぶりに燃えたんや」

洋榎「あんたを呼ぶ奴なんかおらへん、っておもてんけど、慈悲でチャンピオンに連絡取ってみたらな」

照「元とはいえ千里山のエースだし、一昨年団体でやりあった時から強かったから、こっちとしては来てくれると嬉しい」

小蒔「ふんふむ……。…というわけみたいです、憧ちゃん」


やっぱりいきなりうるさくなったな。


憧「なるほど…、途中で出てきた浩子さんっていうのは、千里山の副将の人だっけ?」


とにかく話を整理するために会話に出てきた浩子さんもとい船Qさん? …のことについて聞く。
どこかで聞いたような名前なんだけども…。

セーラ「そそ、うちらはみんな船Qって呼んでるけどな」

洋榎「それでうちの親戚やねん。ついでに言うと千里山の監督は私のおかん、つまり監督と浩子も親戚の関係や」

憧「…どこかで聞いたことあると思ったら、決勝卓で愛宕さんに目をつけられた原因の人でしたっけ」

洋榎「あー、そういえばそんなこともあったなぁ」


去年の決勝時、中堅戦で何故か愛宕さんから開幕睨まれたことがあった。
何のことか最初は分からなかったけど、対局中でもおかまいなしだった言葉から拾うに、千里山にいた浩子さんって人が私のことをそこそこに評価していたらしい。
そのせいで私は愛宕さん相手には上手く立ち回れなかったことを思い出す。
対戦相手は中堅戦で自分の相手でしか流石に下の名前まで覚えてないのに。
浩子さんって誰のことだ、って無理やり混乱させられてたな。



セーラ「そういう対局中に話始めるのはやめろって、この前から言うてるやんか」

洋榎「なんであんたの言うこと聞かなあかんのや。大体ちょっと話しかけられただけで調子悪くなった、なんてそんな酷いメンタル持つ奴が上に来れるわけないやろ」

セーラ「洋榎んのはちょっとどころじゃないねん。大声も出すしいきなり自分のこと語りだすし、他の人の手に難癖もつけるし」


また始まったと思ったらいつの間にかヒートアップしていた。
この二人固まらせると面倒くさいな、なんて流石に言えはしない。


洋榎「人の手に難癖ぇ? そんなこといつした? うちはどんな打ち方でも認める寛大な心の持ち主やで」

セーラ「この前こっちの萬子のメンチンに難癖つけたのはどこのどいつや?!」

洋榎「あんなん流石におかしいやろが、牌譜見たけどあれは絶対におかしいやろ!」

セーラ「ちゃんと牌譜見たか?! あれはな―――」


一分でも放っておくとここが人の家でもおかまいなしに大声を張り上げる。

照「…さて、そしたら五人もいることだし、早速麻雀打つんだけど」


照さんはそう切り出して、私のほうを見る。
当然か、何せ私の特訓なんだしね。


憧「…ご指導よろしくお願いします」


一応照さんに感謝の気持ちを含めてそう言う。
照さんはまんざらでもないらしい、少し笑顔を見せる。
…なんだろう、メディアに映っている照さんの表情とはまた何か違うような新鮮なものを見れたような気がする。


小蒔「照さん、嬉しいんですね」

照「……神代は黙っておこうな」


小蒔さんの言葉で照さんは向こうを向いてしまったが、言葉からも分かるほどの喜びを感じた気がした。

なんだか照さんに対しての評価が丸々変わったかも。
玄をいじめた人、みたいなそんな印象が少しはあったんだけど、意外にも人間らしくて一人の女性なんだな、って印象に変わった。
そう思うと自然に頬をつり上がってしまって、少し笑った口から息が漏れてしまう。
それに気付いた照さんが私に振り向くが、何も言えずに顔を赤らめてそっぽを向くだけだった。
可愛い人だな、そう思うしかなかった。



照「それで、雀卓はあるのかな? あ、雀荘以外で」

憧「うーん、雀卓マットはあるんですけど……、雀卓は阿知賀の麻雀部か、もしくは……」


もしくは。
もう一つある場所は知っているんだけど、そこに連れて行こうかどうか少し迷う。
が、流石にこのメンツで阿知賀の麻雀部、しかも休日は入るのは遠慮しておこう。
行けるとしたらまた今度、灼さんに一応事情を説明してから、かな。
ということでもう一つの雀卓があるところへと五人で移動した。

歩いて数分。
暑いとごねる二人の大阪人を無視して、目的地へと歩いていく。
確かに暑いが、二人みたいにだらしなく歩くわけにはいかない。
というかだらしなく歩いているのは突っ込み待ちか何かなのか? それとも素?
生憎とそういうのが分からない私はスルー。
照さんと小蒔さんは七月の晴天、日差しがもっとも暑い時期だというのに特に気にした様子もなく歩く。
そんなこんなで目的地に着いた私たち。
目の前には大きな建物がある。


照「ここ…?」

憧「そうなんだけど……」

小蒔「入りましょ、入りましょ」

セーラ・洋榎「涼しい~♪」


そう言って小蒔さんが正面玄関から入って、後に続く形で二人も入っていった。
風の通り道を計算しているこの建物は決して、エアコンなんかを使っているわけじゃないのだが、やけに涼しい。
三人が通った後に私も入ると玄関には一人の女性がいた。
少しいつもと違う印象を受けるのは、服装が違うからか。
今着ている服装も似合っていると素直に思った。


玄「いらっしゃいませ~。ようこそ、松…実………」


玄のトラウマである照さんがいるから最後まで迷ったけど、そういえばいつだったか。
困ったことがあったら頼って欲しいと言っていたわけだし、と自分で自分を納得させ結局ここに連れてきた。

セーラ「お、やっぱり松実旅館ってあの松実姉妹のところやったんか」

洋榎「松実姉妹? ってあぁ、妹のほうにうちの後輩がお世話になってたな」

セーラ「その妹のほう、うちんとこのエースが痛めつけたってちょと心配やったんやけどな」


そんな二人の会話は置いておいて、玄に近づく。


憧「ごめん玄、流石に宿代丸々は出せないけど入湯代は払うから雀卓使っていいかな?」

玄「あ、あわわわわ」

憧「……やっぱ、ダメだったかな」


玄はどうも照さんに視線を留めていた。
去年の大会の時にあれだけフルボッコにされてたしなぁ。



照「こんにちわ」

玄「あぅ……、こ、こんにちわ」


いつの間にか近づいてきていた照さんと挨拶を交わす玄。
ぎこちないうえに、声も裏返っている。
それでも挨拶が出来ているのは少し予想外。


照「あの、よかったら雀卓使わせてもらえるかな?」


そう言って照さんはにっこりと笑顔を作る。
そしてさっき見せた少しの笑みとの違いが分かった。
この笑顔、作っているのか。
でもさっきの笑みは素だった、と。
……照さんって素を出すと意外と可愛いんだ。

玄「あ、の。え……と」

照「ごめんね、急で。あと、そんなに怯えないでくれるかな。少し、傷つく」

玄「…ぁ。…ごめんなさい」

照「ううん、別にいいよ。……あの時のことにまだ怯えさせてるのかな…」


そう言って目を伏せる照さん。
それに気遣う形で玄が声をかける。
少し違和感を感じたが、そういうことかとすぐに納得した。


玄「あ、いえ。…いつまでも引きづってる私が悪いんです…」

憧「玄、ところでなんだけど。さっき私が言っていたこと覚えてる?」

玄「え、何? 憧ちゃん」

憧「宿代五人分は流石に無理だけど、入湯代を五人分出すから雀卓使わせてくれないかなーって」

玄「あ、それなら大丈夫だよー。当店は日帰り入浴も歓迎させてもらいます」

玄「って、雀卓って憧ちゃんたち五人が使うの?」

憧「そうだよ」

そう言うと玄は私が連れてきた四人を見る。
小蒔さんとあの二人はもうすでにロビーのソファで寛いでいた。


玄「……な、なかなか、すごいお友達がいたんだね、憧ちゃん」


言われて気付くと何で私こんな人たちと一緒になったんだろう。
照さん以外は非公式戦含めて対局したこそさえあるけれども。
一昨年全国二位の元エース、昨年決勝進出校のエース、元チャンピオン、そして元チャンピオンに肩を並べるほどの実力者。
中々の強者揃いの現状に少し驚く。


玄「それはさておき…うーん」

憧「どしたの?」

玄「雀卓ってどれくらい使うのかな? 時間によっては遊戯室じゃなくて、個室用意するけど」

憧「個室?! いやいや、別にそこまではいいから」

玄「あ、個室っていっても客室とかじゃなくて、お姉ちゃんが使ってた部屋なんだ。今はもう大学のために引っ越したから空き部屋になってるんだ」


それでもそこをわざわざ客の私たちに貸すのは止めておいたほうがいいんじゃないだろうか、断ろうとすると。

照「ありがとう。じゃあそこを使わせてもらおうかな」

玄「はい! じゃあそしたらそこに今使われていない雀卓を用意するので、その間にお風呂なんてどうですか?」

照「うん、ありがとう。是非そうさせてもらうよ」


照さんが横から話をそう切り出してきた。
私が呆気にとられている間に話を終わらせていたから口を挟む余裕がなかった。
玄がもうぱたぱたと準備をしに行ったのか、裏へと回っていった。


照「今日の特訓は是非個室でやりたい。…遊戯室なんかでやると迷惑がかかりそうなんだ。後で分かるよ」

憧「う…ん」


と私は渋々納得した。


憧「ところで照さんって演技上手いんですね。さっき玄の緊張ほぐすためにわざと傷ついているふりなんかして」

照「………あれは」


私がさっき違和感を感じたことを口に出す。
しかし照さんは。


照「本気で、傷ついていたんだ」


なんて乙女なことを言い出した。
そんな麻雀で人を何度も飛ばした経験があるのに、玄の怯えを見ただけで傷つくのか。
私はどこか照さんを人じゃない何かだとずっと思っていたがとんでもない。
今日でその印象が180度変わって、とてつもなく十代の女性であると理解した。

洋榎「高いなぁ…」

セーラ「せやなぁ…、でも…」

小蒔「欲しいですねぇ……」


ロビーのソファで寛いでいた三人に近づくとそんなことを言っていた。


憧「? 何のこと?」

洋榎「あれやあれ。突発的にここに来たうちにはあれを買う余裕なんかない」

セーラ「いや金は多少は持ってるんや。でも使った後は絶対に後悔する」

小蒔「私も先日の失敗を元に多少のお金は持ってきましたが……あれは」


そういって三人が指差したり、視線を向けたその先にあるのは一つの自動販売機。
売られているのはジュースではなく。


憧「……ダッツ」

洋榎「…まぁ温泉に入るわけでもなし、暑いだけやからジュースにしよかな」

セーラ「せやなぁ、もうあっついあっつい。温泉にも入ってさっぱり汗も流したいけどな」

小蒔「……私も、ただのお飲み物にしましょ…」

照「今からみんなで温泉に入るんだけどね」


その言葉にみんなの動きがぴたりと止まる。


洋榎「なんや…なんやそれ…」

セーラ「これが松実旅館の戦略か!! あっつい温泉に入らせて口が寂しくなった時にこんな高いアイス置きよって!」

洋榎「ダッツじゃなくてええんや…、せめて、せめて…普通のアイスを置いてくれればよかったのに……」

小蒔「私の家の近くの旅館って、日帰り入浴可能でソフトアイスのサーバーがあって、入浴した人なら自由に使えるんですよね……」

洋榎「……! 照! 憧! いいこと思いついたで!」

セーラ「洋榎も同じこと思いついたか!! みんな今から!」

憧「鹿児島までの旅費はあるの?」

洋榎・セーラ「……ない」


盛り上がってるところ申し訳ないけど、そんな話に付き合うよりかはさっさと温泉に入ってこの汗を流したい気持ちがある。

チャポン、と。
私は広い温泉へと肩まで浸かる。
ふぅ、と溜め息を吐くと同時にこんなに心地よいのは広い温泉ならでは快感だ。
家で同じくらいの水温に保って同じことをしても全く心地よく感じられないのは何故だかわからないけど、それは温泉でのみ味わえるからこそ意味があるんだなぁ。
洋榎とセーラは何故か脱衣所で揉めている。
大衆浴場に入ったことがないのか、妙にそわそわしていた。
そしたら私は大衆浴場に入ったことがあるのか、と聞かれると全くないのだけど。
生憎と他人の体に興味なんて一切ない。同性に自分の体を見られても特に気にしない。
堂々とするわけでもないけど、隠すところさえ隠せば、仕方ないことだし、割り切っている。


小蒔「隣いいですか?」

憧「どうぞー」


今この温泉には私たち五人しかいなかった。
温泉では絶えず水が注ぎ込まれる音で本当なら反響する私たちの声は掻き消されている。
話をするなら近くの方がいい。隣に来たのは何か話があるからだろうか。


小蒔「…ふぅ」

憧「………」


でも何故か小蒔さんは一切話しかけてこなかった。
しばらく待っていても、話しかけてくる気配がない。


憧「…何か話、あるんじゃなかったんですか?」

小蒔「え?」


しびれを切らして私からそう声をかける。
でも小蒔さんは驚いた顔をする。
あれ? じゃあなんでこの人は近くに来たんだろうか。

小蒔「…理由もなく隣にいると迷惑、ですか?」

憧「そんなことはない、けど。話があるから隣に来たのかな、って思って」

小蒔「お話、ですか……。…実をいうと憧ちゃんとお話したいことは沢山あります」


じゃあそれを話せばいいのに、なんで話さないのだろう。
再度疑問を含めた視線を小蒔のほうへと向けると。




小蒔「お話よりも、…憧ちゃんの隣にいたかった、今の自分の気持ちを言葉にすると、こうですね」


小蒔さんの言葉で私の呼吸は一瞬止まる。
温泉から出る湯煙によって、息が詰まったのではなく、小蒔さんの言っていることが理解できてしまうかもしれない、という恐怖から。


憧「……それは、何で?」


小蒔「憧ちゃんが、大切な人を失わないため、です」


私は小蒔さんの真意が分かってしまった。
小蒔さんの言った意味を、理解してしまった。
小蒔さんは私のことを、救おうとしてくれていた。

憧「ありがとう…、でも、ごめんなさい。……小蒔さんとは、出会った時間が少ない、から…」

小蒔「…まぁ、分かりきってることですけどね。…でも、やっぱり憧ちゃんの隣に居たいんですよ」


ごめんね、ありがとう。
私はそう小蒔さんに心の中で告げる。
私の心の一番大きく埋め尽くされているのは穏乃なんだ。
この穏乃との……。
………あれ?


憧「あ!!」

小蒔「?!」


私の突然の叫びに少し驚く小蒔さん。
そんな小蒔さんに構うことなく、失念していた自分を責める。
穏乃の話で思い出した。
いつも頭の上にいるシズがいない。
私の家に照さんを含め、みんなが来た時からうっかりしていた。
いつも声を出さずに、頭の上に乗っているからすっかり忘れてしまっていた。


憧「ごめん、私もう出る。後ちょっとシズを取りに家に一度戻る!」

小蒔「え? あ、はい。いってらっしゃーい」


小蒔さんの声を最後まで聞く前に私は温泉から出て、脱衣所で着替える。


洋榎「ん? ひゃあああああ!」

セーラ「お? うわあああああ!」

憧「って二人ともまだそこに居たの?!」


何でもいいから隠せー! と言われたが隠す暇なんてない。
と自分の着替えを手に取る前に気付く。
玄から貸してもらったこれって、浴衣……。
でも気にしている暇もない。私はさっさと浴衣に着替えて脱衣所を飛び出し家へと向かった。

ガラリ、と浴衣のまま家へと入る。
自分の部屋へと目指し、中へ入ると何かが私の胸に飛び込んできた。
それはよく知るもので、私にずっとくっついているシズだった。


憧「ごめんね、シズ」


サイズは違えど、ぎゅっとシズを両手で優しく抱き締める。
少しの嗚咽が聞こえることからシズが泣いていたことが分かった。
まさかこんなにも心配させてしまったなんて。


シズ「あ、ヒック、あこぉ…、バカぁ…ヒック、た、ヒック……会えなくなる、ヒック、のかと思ったぁ……ヒック」

憧「…ごめんね」


シズの言葉が酷い嗚咽で聞き取りづらかったが、ただただ心配してくれていることが分かった。
私はシズの嗚咽が収まるまでずっと抱き締めていた。

シズ「起きてみたら憧がいないし、声かけても反応ないし、部屋の扉開けられないし……」

憧「ごめんってばぁ」


今は松実旅館への道を歩いていた。
いつも通りシズは私の頭の上に。
やっぱりこの感触が頭の上にあるとなんだかほっとする。

とりあえず旅館に着くまでの間ずっとシズの愚痴を聞いていた。


シズ「…そんなことより、今小蒔たちが来てるんだって?」

憧「そそ、全国の強者たち。なんてったって元チャンピオンと、そのチャンピオンが認めるほどの実力者なのよ」

シズ「そのチャンピオンって強いのやらどうやら」


麻雀のことを何も知らないシズには、チャンピオンって言葉でどれくらい強いのか想像してもらおうとしたけどいまいちらしい。


憧「まぁ……、とにかく強いのよ」

シズ「ふぅん。ところで、その浴衣って今から行くところの旅館のやつなの?」

憧「ん、そうよ。…ってどうしようかな…、ちょっと走っちゃったしまた汗かいてきちゃったよ……」


玄に頼んでもう一着浴衣を貸してもらおうか。それでもう一度温泉に入りなおそう。
そう思って松実旅館へと戻った。

ロビーに行くとつい先ほど分かれた四人がソファに座って寛いでいた。
照さんが私の姿を見つけると、手招きで呼び寄せる。
近づくごとに照さんが怒っていることに気がついた。


照「これは憧の特訓、当の本人がいないと何も出来ないんだ」

憧「……ごめんなさい」


そうだ、これはただみんなが集まったんじゃなくて私のために集まってきてもらったんだ。
ついつい受身だった今日の私の行動だったから気がつくのが少し遅れてしまった。
改めて照さんに謝罪し、他のみんなにも謝ろうとする。


照「いや、謝らなくていい。…いや、謝って欲しいけど違うんだ……」

憧「え?」

照「その…、さっきの謝罪は撤回してもう一度違う形で謝罪をしてほしいんだ…」


照さんが何を言っているのか全く分からずにいると、後ろにいた三人が同時に吹き出した。


洋榎「まぁまぁ、もうチャンピオンは謝ってもろたやん? じゃあそれでチャラや」

セーラ「そうそう、誠意がこもった謝罪はなにものにも負けへんで」

小蒔「照さんはもうそれでいいんじゃないですか? 私たちは憧ちゃんから違う形で謝罪を受け取りますから」

あぁ、なんだか分かった気がした。
とりあえず迷惑はみんなにかけたんだ。照さん以外にももちろん謝罪をしないといけない。
ただそれは言葉ではなく。


照「あの……憧……」


威厳というものはないのか、照さんは懇願するような目で私を見る。
多少いじめたくもあったけど私もお風呂の入った後の口の中の寂しさの気持ちは分かる。
それにここの人たちはみんな自費で奈良まで来てくれたんだしね。


憧「照さん、さっきの謝罪は撤回しますよ。…みなさんには謝罪もといダッツ、奢らせてもらいます」


私の言葉に笑顔を見せる照さん。
この人が私の家に来た時、お菓子を食べていたのを思い出すと、こういうものが好きなんだと分かった。

みんながダッツを食べている間に私は玄を探し出して浴衣をもう一着もらえるように頼んだ。


玄「うん、わかったよー。あと、卓の準備なんだけどお姉ちゃんの部屋ちょっと掃除してなかったからちょっと色々あるんだ」

玄「雀卓運び終わったらもう準備オッケーだから、その時に呼ぶね」

憧「うん、ありがとう。みんなロビーで寛いでいるから、私がまだ温泉入ってたらその人たちに声かけておいてね」


私が玄から浴衣をもう一着もらうと、脱衣所へと向かった。
さっきまでの騒がしかった脱衣所とは違い、やけに静かだ。


シズ「温泉、かぁ……」

憧「ん? どうしたの?」


脱衣所と浴場の間の扉に貼り付いて浴場のほうを見ているシズ。


シズ「いや、私お風呂入ったことないんだけど、気持ちいいのかなって」

憧「え?!」


私はシズの言葉に驚き貼り付いているシズを掴み取り、少し遠めから嗅いでみる。


シズ「ひぃ?!」

憧「……うーん」

匂いは、しないようなするような。いや、これ自分の匂いか?
そういえば数十分前までこの温泉に入ってたから自分の匂いってわけじゃないのか。
とりあえず気にすることはないか、とシズを離す。


シズ「なんだかすっごい気持ち悪い風が……」

憧「あー…、ごめん」


とはいってもシズの気持ちなんて分かるわけもない。
でも大きい人が間近に迫ってきて匂いを嗅ぐ、か。
………気持ち悪っ!!!


憧「ごめんなさい!」

シズ「え? いや、もういいよ」

チャポン、と本日二度目、大きいお風呂に入ってみる。
肩まで浸かって、再度大きく息を吐く。
一度目のように快感が得られないのはやはり時間をおいて入るのがいいらしい。

さっきみたいにゆっくりできるわけでもないので、さっさと上がろうとする。


シズ「んー、気持ちいいの?」

憧「ん? まぁ……」


シズに話しかけられて上がるタイミングを逃した。


憧「…こういったお風呂もまた気持ちいいけど、上がったあともまたなんていうのかな……、変わった雰囲気が味わえるんだよ」

シズ「例えばどんな?」

憧「ドライヤーで頭を乾かしたり、お風呂上りに冷たい何かを飲んだり、ね」

シズ「いつも憧がやってることじゃん」

憧「そうだね。でもそのいつもやってるそれがその日一日の出来事で印象も雰囲気も何もかもが変わるんだよ」


何か釈然としないでいるシズは何も言わずに私の頭に乗っかったままでいた。

温泉から上がり、浴衣に着替える。
最後に濡れた髪を備え付けてあったドライヤーで乾かそうとする。


シズ「そしたらさ、そのドライヤー、こっちに向けてくれない?」

憧「え? どうしたの、急に?」

シズ「いいから!」


そう言って洗面台の横にちょこんと座り込むシズ。
私は出来るだけ遠くから、ドライヤーを起動させた。


シズ「うわ、わわ」


それでも少し強かったのか、シズの体勢は少し崩れる。


シズ「ストップストップ、やっぱやめてー!」

憧「何がしたかったのよ……」


私にはわけが分からず、シズにドライヤーを向けるのをやめて、自分の髪をさっと乾かした。

汗を流すだけの入浴はほんの少しの時間で済ませた。
ロビーに戻ろうとすると、偶然玄と会った。


玄「あ、準備できたよー。憧ちゃんはお姉ちゃんの部屋分かるよね? 案内してもらえるかな?」

憧「うん。分かった、ありがとね玄」

玄「うん、それじゃ私は裏に引っ込むので……」

憧「ところで…私を待ってたの?」


もう振り返っていたので後姿しか見えないが、その後姿からでもドキッと音が聞こえてきそうなくらいビクリと一瞬震えていた。
さっき浴衣を借りる時、玄を探してたけどすぐに見つかった。
そしてお風呂から出た時またもやすぐに会った。
これが偶然ではなく、私を待っていたということは。


憧「やっぱまだ照さんのことが……?」

玄「……うん、それもある…」


やっぱりか。流石に一言二言言葉を交わしたくらいじゃ、さくさく事が進まないよね。
…ところでそれも?

玄「憧ちゃんは、照さんって呼ぶんだね」

憧「まぁ、ね。小蒔さんの知り合いってことで私を鍛え直してくれるんだとか。だから一応敬意は持ってる」

玄「そ…かぁ」


そう言って玄は顔を伏せている。
一瞬見えたが、玄の目は少し赤かった気がする。
私は今玄が思っていることがなんとなく分からずにいて、少し考えてみる。
悲しそうな表情をしているのは気のせいだろうか。
目が赤いということは、……涙を流した…?

そういえば先日玄は、先輩だから頼って欲しい、とそう言っていた。


それが、今の私は?


あ………ああぁぁぁ……。

とんでもないことをしてしまったことにようやく気付いた。


ここに連れてきたのは、みんなを連れてきたのは大きな間違いだった。
玄をこんなにも傷つけてしまったなんて。
玄の表情を見れば分かる、分かってしまう。



県予選の決勝で自分でも感じたじゃないか。
ごめんね、弱っちい先輩で、って。
あの時私は悔しかった。後輩に、自分のことをちゃんと伝えてきれていないことが。
後輩に信頼されていないことの、苦しさを。


私は、小さい頃からずっと一緒にいて、先輩になった松実玄よりも

違う人を、それも玄をズタボロにした相手に教えを請うてもらっている。

罪悪感で足元がふらついた。
知らず知らずのうちとはいえ、玄をこんなにも傷つけてしまった自分に腹が立った。
そうだ。玄は照さんに会うのが嫌だったんじゃなくて……純粋に私と話をしたかったんだ。

記憶にある玄の目からは、疑問を投げかける視線があったことに気付いた。


なんで私を頼ってくれないの…?


その視線の正体に気付いた私は今すぐに謝りたかった。
でも気付くのが遅れた。


罪悪感に苛まれて、自分を見失っているうちに、玄は目の前からいなくなっていた。

照「おかえり、クッキー&クリームおいしかった」

小蒔「私はグリーンティーをいただきました」

洋榎「うちは……気分でストロベリーもろたで」

セーラ「バニラ美味しかったで~」


それぞれ食べた感想を口々に言うが、何も耳に入らなかった。
私は玄と別れた後もどうするかずっと迷っていた。
ここで打つのは気が引ける……。もう手遅れだけど、それでも……。
でも集まってもらったみんなにもかなり迷惑をかけることになるし、私は…全国で勝ちたい。
……雀卓だけ持って、違うところで打とうか、なんて自己中なことを考える自分に更に腹が立った。


照「さて、まだ準備は出来ていないのかな」

洋榎「そういえば…遅いなぁ。もしかしてあの子一人で準備してたんかな?」

セーラ「雀卓とか色々持って? 軽いやつやったらええけど、重いやつやったら一苦労ちゃうん?」

小蒔「それって……私たちも手伝ったほうが……」


ここでちょっとの間が空く。

セーラ「って、うちら客やけども! そんなことくらいは自分でするで!」

洋榎「全くや! 憧、その雀卓用意してくれてる部屋どこや?! 手伝いにいくで!」

憧「あ……ごめん、さっきその玄と会って。もう準備出来てるって……」


私がそう言うと、みんなは肩透かしを食らったような顔をしたのち、食べたアイスのカップをゴミ箱に捨てて移動する用意をした。
私はみんな用意が終わるまでひたすらに考えた。
どうすれば………いいの。
私は……何がしたいの?
いくら考えても出てこない答え。
それでも、玄に謝りたいという気持ちはでる。
どんな言葉で、が出てこない……。


小蒔「憧ちゃん、どうしたんですか?」


ひょこりと視界の隅から私の顔を覗き見る小蒔さんがいた。
この人が、私のために照さんに声をかけてくれたんだ。
そしてみんなが次々と集まってくれたんだ……。

この想いは無駄にしたくない……。


憧「ううん、なんでもないよ。部屋はこっち」


声を震わせずに喋ることは、かなり難しかった。

私たちは松実旅館の一つの従業員専用の通路の扉を開いて、別の家へと向かう。
ここはあまり通ったこともないけれど、ほんの少し記憶にある。

ぎぃぎぃと足を踏み出すたびに音がなる木造の廊下を渡る。
窓もないので日の光が一切当たらず、少し不気味な通路だ。

子どもの頃なんかは、こういうちょっと不気味なところに好奇心を持ち、玄の家に遊びに来るとこの通路は面白半分で必ず通った。
たまに扉が開いて、旅館で働いている人とも会う。
そんな時は誰であろうと叱られていたので大急ぎで逃げ出したものだ。
廊下の角を曲がって手前から二つ目の部屋。
そこは宥ねぇが使っていた部屋で、いつも暖かい。
逃げる時は必ずその部屋に隠れていたんだ。

私は四人にあの部屋がそうだよ、と指差す。
すると愛宕さんと江口さんが駆け足で部屋へと向かう。

宥ねぇがいない部屋って想像もつかないな。
掃除をしていたって何をしてたんだろう。暖房器具の撤去かな。
そしたら重労働だっただろうに、呼んでくれれば私は手伝ったのに。


なんて思いながらその部屋へと近づく。
すると愛宕さんと江口さんは部屋の扉を開けるもその場で固まっていた。
その二人がいるから中に入れなくて、何してるのよ、と声をかける。


二人は私に振り返ると、声を揃えてこういった。

憧、あんた、愛されているんだな、と。

記憶にある宥ねぇの部屋は。
真ん中にこたつ、その下にはホットカーペット。
日差しがよく当たる位置に勉強机が置いてあり、その机の後ろと横にはヒーターやストーブが。
入り口付近にクローゼットがあり、その位置にはエアコンの暖房の風がよく当たる位置だった。
暖房器具がやたらと多いイメージがあった。


憧「………なに、これ……」


愛宕さんと江口さんが入り口からどいてもらって、見せてもらったその部屋は暖房器具なんて一切なかった。
それは暖房器具なんて一つもなく、いや元々最初からなかったんじゃないだろうか、全くほこりの気配すら感じない。
部屋の真ん中には雀卓があった。少し型が古いが、全自動麻雀卓で質のいいもの。ただ、他の雀卓に比べると少し重い。
でも、私や愛宕さんたちが反応したのはそこじゃない。

窓の縁の上のほうから垂れ幕のようなものがあった。
それは多分、書道に用いる半紙のようなものに、力強く書かれていた。




『憧ちゃん、全国優勝、絶対しようね!』





その文字の後ろにはデフォルメされた自分の顔、そして私と灼さんの顔が描いてあった。






洋榎「……普通、自分を負かした相手と一緒に自分の家に来た後輩にこんなことせぇへんやろ」

セーラ「…やなぁ。……それくらい、憧のことが好きなんやろ」

小蒔「即興で書いたものですね…、まだ墨の匂いがしますし。…そして何よりも力強く素早く、最初からこの言葉を書く勢いで書いてます」

照「………」


目を閉じると、ここで玄がやったことが目に浮かぶ。

最初からすでに片付いていた部屋。
掃除するから、って私に言って重い雀卓を移動させて整える。
そして照さんと一緒に来た私に少し考えるところがあるけども、それでも何かをしようと考える。
垂れ幕を作って驚かそう、って感じかな。
急いで大きめの紙を用意して、筆も用意する。


玄『なんて言葉を書こうかな、……んー、そうだ。シズちゃんのためでもあるんだから全国優勝っと…』

玄『…………』

玄『………やっぱり、私じゃ、ダメなのかな……』

玄『…………』

玄『……そうだよね、私より全国優勝経験もある、実力者のほうがいいよね』

玄『…………』

玄『…………』ポロリ

玄『………で、できたぁ』ポロポロ

玄『こ、これで……か、完成……。あ、憧ちゃんもきっと……喜ぶよね』ポロポロ



掃除好きの癖に……。
部屋の隅に落ちてるこの大量の涙ってなんなのよ……。
あの泣き虫……。
お風呂から上がった時に、玄は泣いた後のように目が赤かった。泣いてたんだ、やっぱり。


セーラ「憧、行ったれ」

憧「…言われなくとも」

小蒔「シズちゃんはこっちに」

シズ「……うん」


シズが私の頭から小蒔さんのほうへと移動する。
シズが頭から離れた瞬間、私は部屋を飛び出した。

旅館内を探し回ってしばらく。
中庭に玄の姿を見つけた。
じっと中庭にある池を座り込みながら見つめていて、どう声をかけていいか分からなかったけど、とにかく玄と話したかった。
私は従業員用であるスリッパに勝手に履き替えて、中庭へと向かった。


憧「玄!!!」


私の大声に少し反応をする玄は、ゆっくりとこっちを向く。
その顔は、玄のいつもの顔とは全く違っていた。


玄「憧、ちゃん」


涙を何度も何度も流し、頬にはくっきりと跡が残っている。
目は真っ赤になって、見ていられない顔だった。

こんな顔にしたのは……私だ。
再度罪悪感が胸の中で蘇り何度も駆け巡る。

私が……玄を泣かせたんだ。
涙をこんなにも、流させたんだ。
私は玄に近づく、座り込んでいる玄にそのまま抱きついた。

憧「ごめん、ごめん…玄! 私気付いてなかった! 玄がこんなにも苦しんでいただなんて!」

憧「昔からずっと言ってたのに。頼って欲しい、頼って欲しい…って」

憧「でも、ごめん。私……頼って欲しいって気持ち分からなくて、玄の気持ち、何一つ分からなかった!」


玄に自分の気持ちは伝わっているのだろうか。
抱き締めていると玄の顔が見れないから全く分からないし、玄が何も反応してこない。

私の気持ち、伝わってないのか…。
私は、玄のことが好き。
小さい頃からずっと一緒にいて、高校に入って自分の先輩になっていて。
本当は、本当は尊敬している。
尊敬していて、好意を寄せていて。

でも……上手く言葉に出来ないでいた。
だから多分玄に伝わっていない。
こんなにも胸から溢れているのに、何一つ伝わっていない。

それが悔しくて
苦しくて
辛くて


私は、涙が出た。
人に想いが伝わらないと、こんな気持ちになるのか。
本当は違うのに、想いがお互いに通じ合わないとこんなにも辛いのか。

一度涙が出てくると、どんどんとあふれ出してきた。
玄に自分の気持ちを伝えたい。
こんなにも距離は近いのに、こんなにも本音を出しているのに。
なのに…なんで伝わらないのか……。


その気持ちが追い討ちをかけてきて、私はついに泣き出してしまった。
涙をただ流すのではなく、声を上げながら泣き出してしまうのだ。


高校生にもなって、それでも私は…なんで泣き出しているのだろう。
客観的に見ても、滑稽に見えるだろう、そんな私を。







玄「憧ちゃん、泣かないで……。憧ちゃんの気持ち伝わってるから…」






そう言って玄は抱き締め返してくる。
私は、想いが通じたことが嬉しくて、また泣き出してしまった。
それをずっと抱き締めてくれている。
背中に手を回して抱擁してくれる玄の手が暖かくて。
玄の手の熱は、私の心にそっと浸透していった。

玄「昔、ね。憧ちゃんが山で迷子になった時、あるでしょ?」

玄「あの時に私は憧ちゃんを助けに行こうとしたの。でも、先生に止められちゃった」

玄「玄は、まだ大人じゃないから…って」


ひとしきり泣いた後、落ち着いた私たちは中庭の縁側に座って話し合っていた。
玄は頼って欲しい、と言った経緯について話している。


玄「ただ年上だからって大人として行動しなくていい、って」

玄「私はまだ、責任を被れる人じゃないから、って」

玄「それでも……、それでも!!」

玄「…わたしは…、みんなの先輩だったんだよ……」

玄「かっこいいとこ見せたかった、頼られたかった……」


玄はここで一度話しを区切ると、深呼吸した。
話の途中でもう声が震えていた。

玄「数年前のその日は、わたしは憧ちゃんを救えなかった」

玄「去年のあの日は、わたしはシズちゃんを救えなかった」

玄「…私がもっとしっかりしていれば……、私の後輩たちは……、こんな目にあわなかったんじゃないのかって」


それは違う、とすぐに反論したかったけど。
玄は今、一つ一つ、心の中のものを吐き出している途中だ。邪魔しちゃいけない。


玄「そして、私は先月、憧ちゃんが麻雀部の扉を開いた時に今までの出来事がフラッシュバックしたの」

玄「これから何かが起きるかもしれない。危ないことが……。私はそれから、憧ちゃんを守りたいんだ」

玄「だから、何かあったら、何かがある前に私を頼って欲しかった…、それだけだったんだ」


しかし私はその役目を玄ではなく照さんにしてしまったんだ。
まさか数年前からの思いがあっただなんて。
私は本当に悪いことをしていた。

それでもお互いの気持ちを吐露した後だからか、酷い罪悪感が胸をぐるぐる回ることはなかった。
私はそれの開放感からかほんの少しだけどもすっきりした気持ちになれた。

憧「玄は、私にとって最高の先輩だよ。…三人いるうちのだけど、その三人の中で一番頼れて、一番カッコイイ先輩だよ」

玄「……ふふ、一番カッコイイのは灼ちゃんじゃないかな?」

憧「…ごめん、そうかも」


この会話でお互い少し笑顔に戻れた。
私の気持ちも出して、玄の気持ちも出せた。
これで後は……。
後は………。


憧「…………」


私は結局何も言えずにいた。
全国を目指すのなら、清澄の大将を倒すには咲とは戦わなきゃいけないと思う。
やっぱり照さんを頼らないと勝てない気がする…。
穏乃は、昨年負けていた。側で見ていたけど咲には何かおかしいものを感じた。
それを多分照さんが知っていると思う…。それを教えてもらわないことには……。

玄「……憧ちゃん、垂れ幕、見てくれた?」

憧「うん! もちろん、一緒に全国優勝…!」

玄「うん、だから……向かわないと、あそこに」


玄が言うのは、みんなが待っているあの部屋だ。
玄はもう、私が自分に頼らないことにして、私をあそこに向かわせようとしている。
私は……玄を頼りたい、でも。頼る部分が見つからないのが……。


玄「いいんだよ、私は。…ほら、立って?」


そう言って玄は立ち上がり、私の目の前に立つ。
そうして私に手を伸ばす。手のひらを上のほうに向けていて、少し考えたがもう玄を頼ることはないのだろう。
私は上から自分の手を被せようとした。

照「違う、それはダメだ」


そんな時、横から声が聞こえた。

びくりと、玄がその声の主の姿を見て震える。
照さんは玄の怯えを気にせずに私たちに近づく。
そして私に差し伸べられた玄の手を引っつかむと、逆側に向けた。
つまり、手のひらを下のほうへと向ける。

次に私の手を掴むと、玄の手にあわせてくる。
私は反射的に玄の手を握った。


これに何の意味があるのか、と。結局手を握っただけじゃないか。と改めて見る。



照「玄、これから憧のことを引っ張っていけ。これから頼られる先輩になるんだ」

照さんが繋がせた私たちの手はよく見ると、引っ張って共に走っていく手繋ぎに適していた。
つまりそういうことだろう。
引っ張り上げて、そしてこのまま一緒に進めと。
これから頼られる先輩に、憧よりも先に、たまに一緒になって進めと。

そのことを玄も理解したのか、とても嬉しそうな笑顔になる。



照「そして玄、私は玄のことを強者だと思っている。玄さえよければ、私のライバルになってくれないかな」


その言葉に、私と玄は手を繋いだまま固まった。
照さんのいきなりの発言に困惑する。
私はすぐに意識を取り戻したけど、当の本人の玄はテンパったままだ。


玄「い、いや…。私なんかより三箇牧の憩さんとか……臨海女子の人とか色々いるじゃないですか…」


玄は驚きのあまり一昨年のほうの個人戦の上位に残った二人を挙げた。


照「あの二人か? あの二人は個人戦二位と三位である限り、私の敵じゃない」


なんと大胆な発言だろうか。
足元をすくわれたりは……、そういえば一人を除いてしなかったか。

照「…とにかくちょっと話が逸れていたんだが、玄は憧に頼られる先輩でいたいか?」

照「いたかったら、是非あの部屋に来てくれ。私たちは待ってる。…もし今日は忙しいのなら、また今度でもいい、待ってる」


行くぞ、憧。三人ともずっと待ってる。
照さんはそう言うと、部屋へと向かった。いつの間にかそんなに時間が経っていたのか。
折角来てもらったのに、申し訳なくて、私は急いで照さんの後を追おうとする。
でも最後に玄に振り向く。


憧「玄!! 私は前に進みたい! それは…玄と一緒に! もちろん灼さんとも一緒に! 阿知賀のみんなで前に、進みたいから!」


私はそう告げて、玄の前から姿を消して、あの部屋へと向かった。
照さんの姿を見つけて、後ろに着いていく。

………!

そうか、こういうことがダメなんだ。
私は照さんの後ろではなく、横を歩く。
子ども的な発想かもしれないけど、何か変われる気がした。


憧「私は今から照さんと特訓のため打ちます」

照「……うん」

憧「でも玄を痛めつけた仕返しは、まだ一度も出来てません」

照「……!」

憧「私は、照。 照をこの特訓中に、倒す!」


宣言だ。
私の大事な大事な先輩を去年あんなにも傷つけて。
鍛えてやる、なんて上から目線に、どうもチャンピオンという肩書きのせいもあってビクビクしてたけども。
こっちは玄を痛めつけられて業を煮やしているんだ。



私の中にある熱く燃える闘志が今まさに火に変わる。


その火は私の中にある業を燃料に炎に変わり。


炎は目の前の照を、襲おうとするヴィジョンが見えた。

ちょっと気分が乗って、寝る間を惜しんで書いてみた。

垂れ幕からのシーン、涙腺弱い自分はウルウルしながら書いてたんだけど
自分の文章であのシーンは読者にどういう風に写ったのか分からないのが苦しい


でも指摘されると急激に文章上手くなるわけでもないので、
結局はこういう文章で物語は進むのは間違いないので、イマイチと感じる人は申し訳ないです。


さてとにかく!
憧は照に教えてもらうんじゃなくて、技術を盗む、とかそういった風になります!
大好きな玄をあんなにも傷つけた罪は重いのでね、特訓中はみんな本気モードです、
この投下の最後で憧も100速になってますし(100速になったような描写をしたつもり)

あとダッツにて
洋榎にはストロベリー、気分じゃないです、これはガチです

>>274
>憧「私は、照。 照をこの特訓中に、倒す!」

I am TERU?(すっとぼけ)

セーラ「お! きたきた、話はまとまったかー?」

憧「うん、心配かけて…すいませんでした」


部屋に戻ると雀卓には三人が腰掛けて待っていた。


照「……ん、セーラは一度抜けて、憧と私が最初入る」

セーラ「えー?! せっかく来たんやし、はよやりたいわぁ!」

照「そしたら最初は東風にする。それで私が抜けるから、その後からは半荘でセーラが入る。これでどう?」

セーラ「んー、まぁそれやったらええか」


そう言って雀卓から立ち上がると、代わりにそこに照さんが座った。
私ももう一つの席に座る。


洋榎「そういえばな、憧。さっきみんなで話してたんやけど、うちらのことみんな呼び捨てでも構わへんで?」

憧「え?」

小蒔「もちろん、私もです。というか呼び捨てで呼んでほしいです」

セーラ「まぁ無理にとは言わへんし、でも特訓中だけでもええんや。余計な気遣いはなしっちゅーことで!」


少し考えもしたけど、さっき照を呼び捨てにしたことだし。


憧「…うん。ついでにタメで話させてもらうよ。洋榎に小蒔にセーラっと、…照も!」


私はもう一度照に対して対抗心を燃やすと、目の前の卓に集中した。

【上家:照】 下家:洋榎 対面:小蒔

東一局。
親の照から始まった。


憧配牌:四四赤五七②③⑥⑨147東北


さて、と。
とりあえず高めはツモが良くても七巡目以降か、少し遅くても十巡くらい、この人たち相手に十巡も持つか?
元・チャンピオン、それに肩を並べる実力者、そして姫松の元エース。
仮にブランクがあったとしよう、それでも……。
この人たちから十巡まで待てる未来が出てこない。

と、なるとやっぱり。
―――速攻。

洋榎「ロンや、5200」

照「………」チャ


照が振り込んだ。東一局はやっぱり動かないのか照は。
というより動けないのか。
そこはよく知らないんだけど、そうすると照は攻撃的になれない、ならないってことだよね。
となると守りに回るはずだけど……。

洋榎もやっぱりそれほど強いってことか。


洋榎「憧の特訓やって言うけど、別に和了ってもええんやろ? こちとらエースやのにチャンピオンと戦える機会がなくてなぁ」

洋榎「三年間の鬱憤っていうんか? それが溜まってるんや。 自分勝手なもんやけど、……ガチで行くで」


なんとなく、去年決勝卓で戦った洋榎とは少し違う感じがした。
去年戦った洋榎は、なんだか楽しそうな、そういう話をよくするんだ。
でも、今は違う。
三年間の鬱憤、それだけじゃないような…、ちょっとした負の感情も交えてる気がする。

洋榎:30200
憧:25000
小蒔:25000
照:19800



東二局 親:憧 ドラ五

私の親番。
自動卓の積み込みが終わり、卓に出現する。
そしてそれから配牌を取ろうとする時。


照「ちょっと待って」


照の声が聞こえて、私は牌に伸ばした手をぴたりと止める。
照は私がまだ牌を取っていないのを見ると、小蒔のほうを向く。


照「神代、私との練習試合の時のやつ、出して」

小蒔「……!」

照「もうちゃんと選んで降ろすように制御できるようになったんでしょ?」

小蒔「…でも、あれは……」

照「大丈夫、ここには私もいるし、洋榎だって姫松の元エース……それに、憧の特訓でしょ?」

小蒔「…憧ちゃんの」


そう言って小蒔は一度私と目を合わせる。
二人の言っていることが分からないまま、小蒔はゆっくりと目を閉じた。



――ゴォッ

目を閉じた直後小蒔のほうから風が吹いてきた。
もちろんここは窓も締め切った部屋、人に風を起こせるわけもないし、この風はきっとただの想像。
現に私の髪や服はなびいてもいない、…なのに。


憧「――っ!」


私は小蒔から来るその突風に、目を逸らさずにはいられなかった。
思わず腕で目を守ろうと覆うほどに強い突風を感じてしまった。


小蒔「――……」


ようやくその突風が終わると、目の前にいたのは小蒔じゃなかった。
姿形は同じだけど、中身が違う。
あの優しい感じの小蒔が、目の前の小蒔からは微塵も感じない。


これが小蒔の、本気? 宮永照と肩を並べたほどの実力者の本気…?

勝てるのか…、私に…。

憧「………」チャ


そして配牌が終わる。

良い配牌では決してない。
ここからどうしようか、そういう風に考えていると。


照「―――!!」


あ――。
一瞬下家にいる照が、自分の真後ろにもいるように感じた。
照が何かと一緒になって、自分の後ろに立っていたイメージ。

見られた――。
直感だが、そう思った。
何を見られたのかはよく分からない、でも…何か大事なものを見られた気がした。


東一局が終わって、私の親番。
トップとの差は5200、東風戦。
この親番では稼ぎたい。他家に流されないように早く和了って。


憧「………っ」


それなのに、私は何も動けずにいた。
何を目指すのが最速か、何をするのが最良か。
私の頭はそれを考えることが出来なくなっていた。

目の前の牌が頭に入ってこない。
この十四牌から、自分が何を出来るのかが全く見えてこない。
何を目指して、和了っていいのか。
運よく良い牌を最速でツモってきていたとしても聴牌、いや一向聴で誰かに和了られる。

何をしても、この三人のうちの誰かに和了られる景色が見えてくる。
ネガティブな未来しか、見えてこない。


セーラ「憧、しっかりせぇや」


ふと後ろからセーラの声が聞こえた。


セーラ「動けへん、って怖いんか? 目の前の三人が? はっ! 去年うちと張り合ったやつが何やってるんや」

セーラ「あんたは何をしに特訓するんや」

セーラ「助けるため、っちゃうんか?」

セーラ「阿知賀の大将を」

憧「………」


なんでそれを知っているのか、って。
…多分小蒔だろう。目の前の小蒔じゃないけど、あのおせっかい焼きの小蒔。
なんだか知らないけども、私のことを案じてる人。

私のことを想ってくれている人。

私は酷い重圧を放ってきている二人を見る。
この二人は、そうだ。
私を鍛えるために、ここにやってきてくれたんだ。


憧「――……っ!」


私のことを想っての、行動をしてくれているんだ。
小蒔だって優しい、私のことを案じてくれて、私のためにみんなを集めてくれて。
照だって優しい、玄と私の関係を、望んだ以上のものにしてくれた。そこには照の感情もあっただろうけども。

優しい二人からくるこの重圧は、決して悪いものじゃない。
苦しいけれども、私の特訓のためのもの。
それに目を背けてちゃダメだ。


逃げるところだった。
考えを放棄して、安牌を切るだけの人形になるところだった。


私は一度深呼吸をして、二人に再度向き合った。


憧「―――照、さっきも言ったけど私は照を倒すよ」

憧「それと小蒔も、ありがとね」


そう言うと私は十四牌のうちから一つを選び、手を進めた。

照「ロン。1000点」

憧「あちゃ」


でもやっぱり現実は非情なわけで。
私は想像通り、七巡目に振り込んでしまっていた。
せっかくの親番だったし、稼ぎたかったけど。
酷い配牌だったんだ。1000点で済んだことをよしとしよう。
よし、と心の中でガッツポーズ。ポジティブに考えるようにして、でも心は熱く燃やしていくイメージを持つ。
そんな時、ふと横から視線を感じた。


洋榎「………」

憧「ん? どうしたの?」

洋榎「…憧が凡人やったら、うち帰ろうとしたんや」

憧「え、凡人?」


そうや、と洋榎は返すと後ろに大きく伸びをした。
洋榎がなんとも言えないような視線を送ってきていたので、反応してみるとよく分からないことを言われた。
凡人という言葉に良い印象は持つことはなかったが、私は凡人じゃなかったのだろうか。


洋榎「……うちの大事な友人の一人にな、思考を止めて打つ奴のことを凡人って言うやつがおるんや」

洋榎「憧はそいつに良く似ててな、頭使う麻雀スタイルといい、鳴き方といい。その友人以下の実力やったら帰ろう思たんや」

洋榎「でもちゃうかった。……憧、うちは協力することに決めたで、あんたに。そして阿知賀の大将に、な」


そう言って洋榎は似合わないウインクを私に寄越す。
私はそれに少し吹き出しそうになったが、洋榎の言葉を胸に染み込ませた。


憧「ありがとね、洋榎」


心がさらに刺激を受けて躍動する。
私は一段と跳ねた鼓動を抑えて、次局を迎えた。

洋榎:30200
小蒔:25000
憧:24000
照:20800


東三局 親:洋榎 ドラ:東


洋榎「よっしゃ、うちの親番やな。しかもダブ東揃えるだけで12000以上やん! 稼ぐでーこいこぉいー!」


やる気も一緒に高めているのか、洋榎の声は一段とうるさい。
それに苦笑いをしながら、配牌を取っていく。


憧(これって………)


洋榎「なっ! ぐぬぬ……。鳴かれる前に捨てたもん勝ちやー!」

憧「あ、ポン」


洋榎の一打目の東を私は鳴いた。
これで場風・ドラ3。7700は確定。
東風戦でこれは大きい。洋榎には悪いが少し口の端が上がってしまう。


洋榎「うぉぉ…憧が持ってたんか。凡人にはないものを持ってる気がするで、やっぱり憧には!」


……でも、誰かが持っていた、そんなことは降り込み済み、って顔をしてる。
ってことは配牌からド高めの可能性もあるか。とりあえず洋榎には注意注意っと。

私が東を鳴いて以降はみんな鳴きもせずに静かだった。


小蒔「………」タン

照「………」タン


この二人、照は連続和了の最中だから次和了ってくるのはさっきよりも少し高め。
でもいきなり高くはならないし、状況によってはいっそ振り込んでもいいと思う。
和了っても3900くらい? いや、もう一役下げて2000。
……でもなんで門前で作るんだ。
考え方が違うのか? もしくは鳴かない…。
いや、そんなことはない。照が鳴いたところはある。

……これ以上は考えても無駄、か。照の配牌が酷すぎた可能性もある。


もう一人、小蒔は照の合図の時に妙な重圧を一瞬だけ見せた。
その時私は照の重圧も受けて、凡人状態になるところだったんだ。
酷かったけども、なんとか耐え切った。
小蒔はそれ以降、ずっとおかしな小蒔になってるんだけど……。
大した動きもなく、それがまた不気味だ。
一度も流局もしていないので小蒔の手配が見れないのもまた苦しい。


憧「………」タン


予測を立てつつ、速攻。さっさと和了るつもりでいたが。

洋榎のツモ番。そして彼女はツモった牌を見ると、にやりと笑った。


洋榎「…これは、運やなくて実力やって思いたいな…!」


そう言うと洋榎はツモってきた牌を手牌の横に置き、手牌と共に倒す。


洋榎「ツモ! 6000オールや!」


門前清一ツモの親跳。
稼げるはずのところで和了れなかったのはキツイ。


憧(~~~ッ! ……でも、次だ!)


愚痴を言っても仕方ない、気持ちを切り替えないと。

洋榎:48200
小蒔:19000
憧:18000
照:14800



東三局一本場 親:洋榎 ドラ⑧


……これはただの特訓。
別に一位になる、とかそういうものじゃない。
可能な限りは狙っていきたいけど、ちょっと点差が大きいなぁ。
流石に照は四位のままで終わらないだろうし、小蒔もラス親がまだ残ってる。

これは私が最下位になりそうだ…。
……でもまぁ、そんな最初から最下位って認めるわけにもいかないし。
頑張るしかないっしょ!


憧(……ん?)


と、ここでとあることを思い出す。
そういえばこれって、東風戦だよね。

改めて点数を見る。
……これって。
照が二連続で和了らないと、照が最下位になるのか。
ツモは仕方ないけど、安牌さえ切れれば私が四位になることはない。

そう分かると、ラス回避の考え方が少し変わる。
なんとかして二位になりたい。
それで、もし配牌が良くて高めだったら洋榎もまくって一位。
そうだ、上も見ないと。自分を高めないと、この特訓の意味はないんだ。

特訓だから一位にならなくていい、なんて最初の言い訳は捨てよう。
私はこの人たちに勝つんだ。勝ちにいくんだ!

憧(――……き、たぁ!!)


憧配牌:三三四五五②③④④⑤789


っていうかこれ一向聴じゃん!
もしかしなくてもダブルリーチ!
……ただこれ、ツモがちゃんといいのが来ないと、ダブルリーチのみにもなっちゃう。


洋榎「うーん……、また今度お世話になるな、っと」


洋榎は打:白。

内心鳴かれるんじゃないかとビクリとした。
しかし発声は聞こえず小蒔がツモる。


小蒔「………」タン


小蒔は打:東

またもやビクリとする。自分の手にはなく、役牌がつくものはいつも鳴かれると思い冷や冷やする。
よしよし、いい感じ。
続いて照がツモる。

照「………」タン


照は打1。
発声は聞こえず、私のツモ番。
短いようで長かったこの一巡。


憧(――こいっ!)


内心ドキドキしながら私は山に手を伸ばす。
盲牌をし萬子であることを確信。
ゆっくりとツモ牌を見ると私は心の中で握りこぶしを作った。


憧「―――リーチ!」


憧手配:三三四五五②③④④⑤789 【ツモ:四】【打:⑤】


ここは稼げるところ、一役でも多く持っておいて、裏ドラ乗りも期待。
ダブルリーチ、一盃口、平和、7700以上が確定だ。

憧「~~~っ! ツモ!」


まさかの次巡でのツモ。鳴きは入らずつまりは一発。
3000・6000に一本だ。


洋榎は親被りで6100。
まだまだ自分は一位を狙えれる。
ここで諦めるわけにはいかない。
二位でプラス収支で終えるために安手? そんなの作りたくない。
この人たち相手にこれだけ出来たのなら、もっともっと上を狙いたい。

洋榎:42100
憧:30300
小蒔:15900
照:11700

……照ってやっぱり、東風戦だとあまり活躍できないのか。
連続和了する前に速攻で流して、和了れるところで和了れるとこんな風に照が最下位になったりする。
これはもう大丈夫、後は照が和了ろうとするともう1000点しか有り得ない。
それじゃ点差は変わらずにこのまま終わる。
……多分。
照のことはあまり分からないんだ、とりあえず保留、かな。

それより洋榎が早和了りに徹して、すぐに流されること。
あと小蒔の親。ずっと静かなままでツモでしか点は削られていない。
この二人には本当に要注意だ。


洋榎「…みんなうちが、速攻でこの局を流す思てるんか?」


オーラスが始まる時に洋榎はそんなことを言う。


洋榎「あかんやん、そんなんしたら麻雀楽しめへんやん。…うちはな、でっかい点取って圧倒的な勝利が欲しいんや!」

洋榎「照も小蒔も…そしてもちろん憧も飛ばされへんように気ぃつけぇや」


にまりと笑った洋榎にゾクリとした。
私の点数は28300。三倍満は24000だから、私を飛ばすには32000の役満じゃないと飛ばせない。
それなのに洋榎は堂々と私を飛ばすことも可能だと言っている。


憧(……はぁ)


…この自信の根拠、教えて欲しいなぁ。

東四局オーラス 親:小蒔 ドラ:①



憧(……さぁて、と)


洋榎と私の点差は14400。7700直か、跳ツモで逆転可能。
7700は、どういう手が最速…か?


憧配牌:二五八①①⑧⑧9東西北発白


憧(…………なにこれ)


………でもまぁ。
ドラを対子で持っていることを嬉しく思おう。それに、北以外は全部集めれば役牌になる。

7700は60符3役・30符4役。跳満はまぁ、おいておいて。
でもこの手で60符まで作ろうとすると、それはもう4役になるんじゃないだろうか。
それに60符までの道のりが長い。字牌を暗カンすればすぐに60符が見えてくるけど、暗刻どころか対子ですらない。
①を刻子にしたら、出来たらドラ3だからなんとか役牌を作るだけで4役。
でも役牌を作るとしても警戒されてたら意味がない。
①を鳴くのは、ちゃんと整ってからにしないと……。

小蒔「………」タン

照「………」タン


憧(……マズイ)


二人の第一打は同じ牌だった。それも私の自風牌である西。
まず一つの役牌が消されてしまった。
とにかく私のツモ番。山からツモる。


憧(……近づいて、でも遠ざかってって感じかな。一歩進んで二歩下がってる感じがする)


ツモ:西
これをどうする?
自風牌とはいえ、対子にすることは出来た。
これを頭にすればいいけど……問題は①だ。
仮にこのまま順調にツモってはいくけど、その間に①をもう一枚抱えているという保障はない。
抱えていない場合、待ちは①・西シャポ待ち。
ドラと空聴。
……振り込んでくれそうもないな。


チートイツで考えてもちょっと遠い。
それにチートイツの場合、点数はチートイツドラドラ・4役は6400。つまり直撃でも逆転できずに終わる。
リーチをかければ別だが。
生憎と字牌がこんなにも揃っている。字牌単騎は他と比べて待ちやすいけど……。


憧(これは……何が出来る……?)

私は結局役牌を集めきれず、ドラを対子で持っていることも活かせずに数巡が過ぎた。
自分の手配は混一またはチートイツにしようと打ってみたが、残念ながら引き寄せることに失敗してしまった。


憧(……あ~、もうこれどうしよ……、せっかくダブリー一発ツモでいい流れになってたと思ったのに)タン

洋榎「これはまたさんさんさんころりかいな~」タン


私は特に手を進めることは出来ずに河に牌を置く。
洋榎は手が進んでいるのか、さっきからツモ切りを見たことがない。
そして小蒔のツモ番になった時だった。


小蒔「……リーチ」タン


ここで初めて小蒔が攻めた姿が見えた。


照「………! チー!」


そしてその小蒔が捨てた牌をすかさず照が鳴いた。
もし私がセーラのように後ろにいたら特に何事もなく、小蒔がリーチして照が一発を消したように見えたのだろうか。
でも私は見た、鳴いた時の照の顔を。


憧(……今、焦ってなかった? しかも凄い形相をして)


一瞬見えたような気がする、照のそんな顔を。
なんでそんなに焦ったの?
私には照の真意は分からずに、ただ親リーに警戒して私は降りた。


洋榎「うーん……これはどや? 通すか?」


そう言った洋榎は3をツモ切り。
もう聴牌しているのだろうか、私から見たら小蒔のリーチに3は危険牌とまでは行かないが少し警戒して手に持っておくけど。

小蒔「ロン」


小蒔手配:一二三四五六七八九③③③3 放銃:3

オーラスで洋榎は7700を食らってしまっていた。
嬉しいことにこれで私との点差は縮まり、まだこの卓は続く。
ここから小蒔が追い上げれるか。


洋榎「惜しかったでー、三暗刻あって①と9のシャボ待ち聴牌やったんや」

憧「ふ~ん。……ってそれ四暗刻聴牌!?」

洋榎「まぁでも9はともかく①はドラやったからなぁ。最初から手に対子であったんやけど、これどうしよか最後まで迷ってたで」

憧「…①も9も私が持ってたんだよね。放銃してたら役満じゃないけど凹んでたわよ……」

洋榎「うわー、おっしい! 出したってよかったやん?」


なんて冗談をいいつつ、私は雀卓に牌を投げ込む。
その時に私はちらりと見た。
山が崩れ落ちる時に。
次の次のツモに、3があったことに。


憧(―――っ!)


あれはつまり、照が鳴かなければ小蒔が一発ツモで和了っていた、と。
洋榎が引いた3は、私は警戒して持っていたから……。
小蒔は、3を引いて和了っていた……。
照は一発消しじゃなくて、一発ツモを消していたんだ。

一発ツモで大量得点を得られないようにするために照はそれを消した?
……いや、でも何か違うような気がする。
照はあそこまで必死な顔に一瞬とはいえ、なったんだ。
そこには何か、小蒔にまだ隠されているようなことがあるような気がしてならなかった。

洋榎:34400
憧:30300
小蒔:23600
照:11700

東四局一本場オーラス 親:小蒔 ドラ:北


もう7700直とかそんな難しいことは考えずに済む。
ドラをちょこっと含めて、和了れば私の一位。
でも残念なことにドラはオタ風。しかもよりによって洋榎の自風牌。


でも私の手はメンタンピン三色も見えるいい感じの配牌。

ツモがいい感じに働いてくれれば、私は一位になれる。



そう思って四巡が経った頃だった。


小蒔「ロン」

洋榎「――!」

洋榎がまたもや振り込んだ。
しかし小蒔の手配は愚形のもの。
タンヤオのみの手だった。40符1役・2000は2300。
照に匹敵する連続和了か……?
それもムダヅモなしの最速手。


いい感じの手配だったんだけどな、と私は手牌をちらりと見ると、ふぅと溜め息を吐いた。


洋榎「………あんた、…今」


ん? と顔を上げると、洋榎が河に牌を捨てたまま固まっていた。
ぱっと見放心状態。
どうしたのか、と洋榎の肩に手を近づけ、そこで初めて洋榎は反応を見せ動き出した。


洋榎「あ…あ、ごめんごめん。何やっとるんやろ、うち。……じゃあ次いくでー!」


洋榎の言葉には明らかに元気がなかった。
最速で和了られたことがショックだったんだろうか。
……あの洋榎が?

おかしな洋榎の動揺に疑問が生じる。
すぐに原因が浮かんだのは、小蒔。
というか小蒔が原因と考える他ないだろう。


憧(……小蒔、あんた洋榎に何したの……?)


一瞬で洋榎の元気を奪っていったようにも見えた小蒔にどこかしら不快感が現れた。


―――ドクン

憧(――…え? なにこの、気持ち悪さ…)


私は間違いなく小蒔に不快感を感じてしまっていた。
……気持ち悪い。

何故だか今の小蒔に対して私は心の底から拒否反応が出る。


憧(――…もしかして)

憧(――私は、この小蒔のことを……知って、いる?)


この不快感・拒否反応はいつか自分の中で芽生えていたものだということが分かった。
いつの日か私はこの感情を胸に抱いていたことがある。
けれどもそれはいつのことだったか。
自分の記憶の中を巡ろうとするが。



小蒔「………」タン


はっ、と小蒔の第一打、河に牌を置く音で意識が醒めた。
目の前には無意識でやったのか配牌が済んで理牌も終わっている自分の手牌があった。


憧(……記憶を探すのは後回しだ、とりあえず)


一位を狙うことに専念しよう。

洋榎:32100
憧:30300
小蒔:25900
照:11700


東四局二本場オーラス 親:小蒔 ドラ⑨


二役あったらもう一位抜け出来る点差にまで迫っていた。
洋榎が二度も小蒔の直撃を食らったから。そこには私の実力は含まれて居ない、漁夫の利だったかもしれないけど。
それでも私は一位を取る…。もう小蒔に和了らせない。
私が和了って!
それで一位を取る! 洋榎を見習って出来るだけ高めでもやっちゃおうかな。

そう心の余裕が取れるようになったのも、小蒔のおかげではあるんだけど。
やっぱり今の小蒔とは正直言って素直に関われない。
対面に座る小蒔の顔を見るたびに、得体のしれない気持ち悪さが心の内側から漏れ出してくる。


憧(………はぁ)


内心で大きく溜め息を吐く。

小蒔「ロン」

洋榎「―――ッ!!」

憧(あらら、これで洋榎の三度目の放銃。ってこれまたタンヤオのみ?)


2000は2600。
これで洋榎は一位から落ちた。
私は一位になって、小蒔が段々と追い上げてきている。
というか、なんでこんなにも低い点数で和了ろうとするんだろうか。
次局も和了れると思っているから……? もしくは本当にタンヤオのみでしか和了れなかったんだろうか?
色々なことを考えてると。


洋榎「―――なぁ、照…。あんた、これ何か知ってんのか?」


憧(………?)


洋榎が小さな声でボソリとそう言った。
数分前の洋榎と今の洋榎が同一人物だとは思えないほどの、変わりようだった。


照「…知ってる、でもそれは後で教える」

洋榎「……そか」


でも照は洋榎が知りたがっている答えを言わずに卓を開始させようとする。
洋榎は意気消沈しているのか、洋榎が纏っていた勢いのようなものが全くなくなっていた。

憧:30300
洋榎:29500
小蒔:28500
照:11700


東四局三本場オーラス 親:小蒔 ドラ④


ドラ④か……。
小蒔は二連続でタンヤオのみを和了ってきた。小蒔はタンヤオを狙っているのかを断定するにはまだ早いけれども。
ドラをタンヤオに被せて和了ってくるのなら、気をつけたほうがいい。



憧配牌:一四五②③⑧⑧579發發發


憧(これは――来てる!)


鳴いて速攻を仕掛けることが出来る。
そうじゃなくてもいい感じのツモが来てくれると、二巡で聴牌!
高得点狙いたいから出来れば門前で作りたい。


小蒔「………」タン

照「………」タン


小蒔の第一打は2、照の第一打は九だった。
鳴けない牌だし、特に気にすることなし!
山に手を伸ばす。



洋榎「―――ポン!!」


憧(――っ!)


しかしその時、下家から力強い声が聞こえた。

勢い、というのだろうか。
洋榎からはそれが一切感じられなくなっていたのに。
突然の鳴き発声に少し驚く。


憧(…すっかり戦意喪失したものだと思った)

憧(それにしても9をポンか、となると役は大体限られてくる)

憧(私との点差はたったの800。洋榎の場合何を和了ってもここで一位になる)

憧(洋榎にもちゃんと注意を……払わないと………?)


とここで自分が心の中で思っていたことに違和感があった。
あれ、今私……何か変なことを思わなかったか…?

何を思ったっけ、と思い出そうとする前に自分のツモ番が回ってきていた。


憧(………あれ?)


しまった、他家がツモ切りか何かもまた見忘れた……。

後半になるにつれて集中が切れてきているのか…?
いけないいけない、……っと。

山に手を伸ばし、牌を取る。
盲牌で分かった牌の感触にまたもや口の端が上がってしまう。
そして見る。


憧(嬉しい場所が……取れた!)


憧手配:一四五②③⑧⑧579發發發 【ツモ:6】【打:9】


後は両面待ちのところだ。
次に一捨てて……。



洋榎「―――ポン!!」



二度目の鳴き発声。

憧(……ちょっと待って)


洋榎の手牌のほうを向く。
横には鳴いた九と9がある。ここから連想できたとある一つの役。それも洋榎だからこそ連想できてしまう。


憧(……いや、…いやいや。まさか)


必死にその役の可能性を頭から追い出そうとする。
三色の可能性だって、
チャンタか混老の可能性だって、
色々ある。

なのに、何故か私は、とても小さな可能性を無視することは出来なかった。


憧(洋榎がさっき言ってた言葉……)

憧(憧も飛ばされないように気をつけな……)


――清老頭。
たった一つの役満が数度頭をよぎる。

昨年インハイで私は洋榎の牌譜を見た。
特殊な打ち方なんてせず、地力で他者を圧倒している。
そんな洋榎がインハイで唯一見せた役満。


なんでここでそんな大きな点数を?
そんな疑問に答えるには大して頭を使わなくていい。
洋榎のことを知っている人ならこう答える。

洋榎のことだから。


大して付き合いがなかった自分でさえも、なんとなく分かってしまう洋榎のこと。
麻雀にかける情熱、感情。
何もかもが人とは段違いにあって、楽しもうとする気持ちは人一倍強い。
圧倒的な力で、文句を言わせずに一位をもぎ取る。
洋榎だから出来ること。

洋榎「ロン、清老頭。……役満もらうで」

小蒔「………」


数巡後、洋榎は小蒔が出した一で出和了り。
32000は32900。
洋榎は小蒔に奪われた分を自身の力で奪い取っていった。



セーラ「ほー、意外な結果。あのまま洋榎が沈んでったらよかったのに」

洋榎「アホか。例えうちが沈んでもたたじゃおかへん。例えばあんたを道ずれにしてでも一人沈み防ぐわ」

セーラ「道ずれってなんやねん……」

洋榎「あー…、あかん。なんかえらい疲れたわ。…あんた交代しぃや」

セーラ「マジで?! うちが照と戦ってええんか?!」


後ろで見てたセーラが洋榎にちょっかいをかけにいくと、すぐに洋榎は元気を取り戻した風を装った。
セーラもきっと分かってるんだけど、そこには触れずにいた。

小蒔「………」

照「……神代」チョン

小蒔「ん…、……ふわ」


照の方はというと、小蒔の頬を指でつっついたりしていた。
何やってるんだか…、なんて思いつつ小蒔のことが気になり私も参加する。


憧「むむ………」チョン

照「………」チョン

小蒔「…ん」

憧「…小蒔ってこれやっぱり寝てるんですか?」

照「そうみたい。意識が飛んでるんじゃなくて、睡眠みたい」

憧「起こしてあげないんですか?」

照「私は寝ているところを起こされると不機嫌になる」


自分の嫌がることはしないってことですか。
なんだか照さんの性格掴みづらいと気付いたのは遅めだったのかな。


照「でもまぁ、神代はそんなことで怒らないか。……神代ー」ボソッ

憧「そこは声出さないといけないでしょ。…ほら小蒔、起きて」

小蒔「……ぁ。…すいません、また寝ていました」


私に肩を揺すられて小蒔は起きた。
その時始めて、対局中の不快感を生じさせていた小蒔はやっぱり、目の前の小蒔とは別人なんだと分かった。
それにしても対局中の小蒔はどこかで、感じたことはあるんだけど…。
数分前のことだったのに、どういう感じだったのかすでに記憶が薄くなってしまっていた。


小蒔「あ! それより、あの…大丈夫だったのでしょうか…?」

照「やっぱり対局中の記憶はないの?」

小蒔「え、と……。なんとなく、くらいしか」

照「そう。ちなみに神代は洋榎をターゲットにしたけど、洋榎は立ち直るどころか神代に役満直撃で飛ばしてたよ」

小蒔「!! ホント、ですか…?」

照「うん。やっぱり強者相手だと、通用こそするもののすぐに立ち直ってくるみたいだね」

憧「あの……ターゲットとか、なんのこと?」


しばらく聞いていても意味が分からず、私は照に話を聞こうとした。


洋榎「そや、後で説明してくれる、っていうやつ。あれなんやったん?」

セーラ「何のことや?」


すると洋榎もセーラもこちらの話に混ざるようになった。

照「まぁ簡単に言うと小蒔は自分の体に九面を降ろして戦うのだけど」

洋榎・セーラ「九面って何?」

照「セーラの場合園城寺さんを思い出して、洋榎の場合ちょっと特殊な打ち方って思って」

洋榎・セーラ「あぁそういうことか、なるほどなー!」

洋榎「ってなんでやねん! 特殊な打ち方って何のことや!?」

セーラ「まぁまぁ、それは後で説明するから黙っときぃ。んでんで?」


そう言うとセーラは洋榎の首をヘッドロックで絞める。
全く苦しくもない様子を見ると、ふりなだけなんだろう。


照「小蒔は言葉通り、九体居る中の一体を体に降ろす。その都度麻雀スタイルが変わるんだけど、その内の一体はちょっと性質が違ってて」

照「さっき降ろして麻雀打ってもらったのがその性質が違う一体」


照「夢を見せてくるんだ」


憧・セーラ「夢?」


私とセーラが少し疑問に思ってると、洋榎は一人で納得していた。
渋々といった顔でだが。


洋榎「………なんか、それが一番ピンと来る言葉や」

セーラ「夢を見せて、どうするんや?」

照「夢を見せるとは言っても、他に言い方があるとすれば、精神攻撃みたいなもの」

洋榎「きっついわー。…なんか小蒔と戦いたくなくなってきたー……」


目に見えて洋榎の元気は無くなっていく。
小蒔は申し訳ない気持ちがあるのか、照の後ろに引っ込んでいる。


照「洋榎、さっき感じたこと。まだ覚えてたらみんなに話してあげて」

洋榎「えー、まぁええけど」


そう言って座り込んでいた洋榎は立ち上がる。


洋榎「こう…な。んで……」


すると洋榎は何故かその場で奇妙な動きをしてきた。
手で箱を持つような動きをすると、それを横に投げつけるような動き……をしているのか?


セーラ「ってなんでジェスチャーで伝えようとするねん! っていうかキレ悪っ!!」

洋榎「もうホンマに疲れてるんやて。…えっとな、簡単に言うとな」

洋榎はまた座り込んで、話し始める。


洋榎「うち三回小蒔に振り込んだやん? 一回目はなんもなかったんさ、7700喰らっても、あーやられたわーって思っただけやったん」

洋榎「でも二回目からや。小蒔がロン、って言った途端、その言葉の後ろからもう一回ロン、って声が聞こえた気がしたんや」

洋榎「二回も言ったんか? って思たんやけど、二回目は何と言うか…人の言葉やなくて、気持ち悪い声やったんや」


そこまで言うと、洋榎は大きく溜め息を吐く。
たっぷりと時間を取ってからまた話し始めた。


洋榎「……三回目はな、小蒔のロン、って言ったすぐに何かがうちの体を突き抜けてったんや」

洋榎「そしたらうちの体、胸の辺りにぽっかり穴が空いてな、そっから何か大事なもんが抜けていく感じやった」

洋榎「必死に自分の胸の辺りを抑えたけど、両手じゃ抑えきれへんほどのでかい穴やったから塞ぐことはできんかった」

洋榎「気付いた時には、うちの中には何も残ってなくて、放心状態で最後の局迎えてたわ」


そこで洋榎はもう一度区切る。


洋榎「……でもまぁ、さすがうちや! それでも自分の中には何かが残ってるって思ったら、あの役満が見えたわけや」

洋榎「清老頭への道が配牌から見えて、見事に復活したわけや! めでたしめでたし、ってな」


そう言って洋榎は話を終えた。


憧(……予想以上に夢のような話だった)

憧(というか精神攻撃とか、和のあのオカルトーっていうのを思い出すなぁ……)

照「さて、と。小蒔の実力が分かったところで、憧の特訓内容を改めて話すよ」

憧「え? ってそういえば、どういう特訓か聞かされてないんだけど」

照「うん、憧が玄のことを追いかけていった時にみんなに話したんだ」


そういえば一度もこの内容について触れないまま一局やってておかしいな、とも思ったけど。
そういうことだったのか。


照「打倒全国の強者、ということで。それぞれが全国の強者を倒すためのコーチになる、ってこと」

憧「全国の強者、その人物の専用コーチ、かぁ」

セーラ「まぁ、うちは門前の手作りも教えるけどな」

洋榎「うちは恭子っていう鳴き麻雀をする友人から、コツとか色々教えてもらってきたでー」


セーラってそういえば、私の鳴き麻雀と対になってた打ち方だったんだよね。
恭子って人は確か去年の姫松の大将。……そういえば穏乃も憧と戦ってるみたいだった、って言ってたような気がする。

セーラ「うちと洋榎は、難波の虎って言われてる荒川憩と倒すために呼ばれたんやでー」

洋榎「嘘つけ、それに呼ばれたのは私や! セーラは勝手についてきたんやろ?」

セーラ「それでも役に立つんやから別にええやろ。それにこっち来る前にちゃんと照に言われたんやで」

照「そして私も憧が憩を倒すのにも協力する。でも、私は…憧が私の妹を倒せるように、それが私のここに来た目的」

憧「……なるほど、そういう特訓だったのね。……あれ、そしたら小蒔は?」


そう言って小蒔のほうを見る。
未だに照の後ろに隠れていた。


小蒔「私は、とある人を憧ちゃんに倒してもらいたいからです。その人は憧ちゃんが全国優勝するほどの実力を持つのなら必ずいつか戦うはずです」

小蒔「その人は、さっき照さんと洋榎さんが言っていたような、私と似たことをしてきます」




小蒔「人の心を、奪うような……」




憧「―――あっ!!」




小蒔の言葉を聞いた瞬間、今までの私の記憶が蘇った。
知っている。
対局中に感じた、小蒔に対する不快感を私は知っていた。


憧「………っ!」


その時の気持ちを私はついに思い出した。
網膜にその人物の姿が浮かび上がる。


憧「………」


でも、この気持ちは、その時までに残しておこう。
……いつかこの気持ちを、目の前で爆発させてやるんだ…。

照「じゃあ、そろそろ特訓を再開しよう」

洋榎「うっしゃ、次は負けへんでー」

セーラ「ちょっと待てぇ!! なんで洋榎が入ってんねん」

洋榎「ん? もう回復した。はよ打ちたいねん」

セーラ「それならうちだって打ちたいわ!! はよどかんかい!」

照「セーラ、私が抜けるから入っていいよ」

洋榎「ほら、照もそう言うてるで。ワガママ言うのやめぃ、みっともないぞ」

セーラ「あんたのほうがワガママちゃうか?! …まぁいいけど、でも照! 後で対局してな!」

小蒔「ふふ、楽しいですね、憧ちゃん」

憧「小蒔は本当にそう思ってるの? うるさいとしか私には感じない気が……」

小蒔「身内だと本当に静かなだけなんですよね。だから私にとっては楽しいです」

小蒔「憧ちゃんも本当にうるさいだけ、と思ってるんですか? 洋榎さんもセーラさんもあんなに楽しく会話してるのに」

憧「それを言われると、まぁ、そこそこは楽しいものだとは分かるけどね」

そして始まる半荘戦。
しかし始まる前にセーラが私に話しかけてきた。


セーラ「……憧、お願いがあるんやけど」


ちょっと真剣なセーラの顔。
さっきまで洋榎と言い合ってたあの騒がしさはすっかり消えている。


セーラ「まぁ、手短に言うわ。…今年の北大阪代表、知ってるか?」

憧「……知ってる。三箇牧、でしょ」


私がそう言うと、セーラは少し悲しそうな顔をした。


セーラ「…そうや。うちがおった千里山は、荒川憩率いる三箇牧に敗れた」

セーラ「上手いもんやで。千里山の歴史に名を刻むほどのエース、うちの親友の怜を含め、主力のうちらが卒業したあとに狙い撃ちや」

洋榎「お? なんやぁ、憧に自分の後輩の仇でも取ってもらうんか?」

セーラ「まぁ…本当に簡潔に言うとそうなんやけどな。まぁ千里山の総意ちゃうし、うち一人個人の気持ちやから気楽にしててええけどな」

セーラ「千里山を倒して調子乗っとる虎に一発ゲンコツ、うちの代わりに頼むわ」

憧「…私は穏乃のところまで行かないといけないのよ。殴り飛ばしてくるわよ」


そう冗談を言うと、セーラはおお怖い怖いとニシシと笑う。
その笑みの後ろにはでも、ちょっとした嬉しさが見えていることから、本当は三箇牧に千里山が破れて酷く傷ついていたのだろうか。


全国大会常連どころか、全国二位の実力だった。
でもそれもエースの引退、主力となる三年全員の引退後、すぐに県予選二回戦で三箇牧に破られていた。
その時のセーラと千里山の人たちはどういう気持ちでいたんだろうか。

照「そしたら私は後ろで見てるね、一応憧の後ろに……」


そう言って照が私の後ろに椅子を持ってきた時だった。
廊下を誰かが歩く音が聞こえた。
そしてこの部屋の前で止まると。



玄「たのもー!」



扉を開けるとともに玄の声が聞こえた。
そしてその後ろには……。


灼「うわ、ホントに凄い人たちがいる……」


なんと灼さんまでいた。


照「玄、と……阿知賀の副将の…鷺森さん」

灼「わわ、チャンピオンに名前覚えてもらってたなんて……」


照を目の前にして灼さんはほんのちょびっとだけ高揚していた。
それは私と玄さんくらいには分かりにくい微妙な変化だったけども。

玄「灼さんを呼んだのは私です。どうせ強くなるのなら、みんなで強くなりたいと思って!」

洋榎「賛成ー、誰もかれもってわけにはいかんけど、憧の仲間で阿知賀の人なんやろ? んじゃ一緒になって麻雀打とうや」

セーラ「仲間はずれって一番嫌いな言葉やわ。みんなで特訓やでー!」


照も小蒔も了承し、玄と灼さんを迎えての特訓となった。
私の特訓だったこれは、阿知賀の改造計画という名の特訓に変わった。




灼さんは麻雀以外にも、主将を務めた洋榎、全国制覇した照、セーラからは全国二位の千里山それぞれの部活内容を実際に聞いて、阿知賀の部にも何かを活かそうと計画していたり。
玄はドラ制限の手をどういう風に考えて、切っていくか。基礎的なことから数巡先のことまで見るような特訓を照さんに施されたり。
私はセーラから門前、洋榎からは鳴き、そして全国の強者との戦い方を教えてもらった。


驚いたのがこの特訓は東京での全国大会までしばらく続いたことだった。
玄の旅館で働きながらだと、かなり安く泊まり、たまに少し給料をもらって四人はしばらく阿知賀にいた。
マスク被って掃除している照に思わず吹き出しそうになったり、洋榎とセーラが宿泊客にちょっかいかけてて怒られるのを見たり。
小蒔はフロントでまったりしている姿が旅館では見られた。


約一ヶ月に渡って、数度特訓をした私たち。
強くなったのかは分からない、でも変われたのは確かだった。
穏乃を助けれる道が明確に見えた気がした。

全国一回戦、二回戦、……準々決勝、準決勝、決勝。

そのいつか、荒川憩と戦う、宮永咲とも戦う。
そして、その二人に勝つヴィジョンは見えてきていた。

全国優勝への道が、私の目の前に現れた。

玄「あと一週間ちょっとで全国大会なんだねー」

憧「もうそろそろ出発しないとね……」

小蒔「………」


今は卓に着いているのは灼さんと照と洋榎とセーラ。
私たちは余った者で後ろから卓を見ている。
ただ小蒔はさっきから私の周りにいるシズを見つめている。


シズ「………」


シズは小蒔に見つめられているのが嫌なのか、小蒔から隠れるように私の肩に乗った。


玄「そういえば、穏乃ちゃんを助けるのって神様の力なんだよね?」


ふと玄はそんなことを話に出した。
飛んでいるシズを見ててそう思ったのだろうか。


憧「……まぁね」


私は玄の疑問に特にちゃんとした答えを出さずにこの話を終えようとした。
内心、少し焦っている。
少し天然が入っている玄がいて、同じく少し天然が入っている小蒔がいて。
何か深いことを聞かれるんじゃないか、と。

小蒔「憧ちゃんは優しい人です。玄さんもそう思いますよね?」

玄「うん。憧ちゃんはね、昔からうんと優しいんだよ」

小蒔「そうなんですか…」


………。
何か、嫌な予感がする。
玄と私の会話のあとに小蒔がそんな言葉で続けるのは。


玄「それに今だって、憧ちゃんはシズちゃんを助けにいこうとしてるんだから、私は頑張ってそれを応援するよ」


にこりと笑う玄、それは本心で。
悪意なんて一つもない。
それなのに、玄の言葉に、小蒔は傷ついた顔をした。




小蒔「本当に応援、するんですか? 憧ちゃんが悲しむかもしれないのに」



玄「――え?」


小蒔の言葉に玄はよく意味が分かってなかったみたいだ。当たり前なんだけど。
小蒔もそれが分かったのか、玄に説明しようとする。


憧(止めるなら、今。小蒔は私が玄と灼さんに隠そうとしていたことを話そうとする)

憧(止めないと……玄と灼さんは反対するかもしれない、私が穏乃を救うことに)

憧(なのに…、なのに、小蒔の優しさからくる言葉を、私は止めることは出来るのだろうか)

小蒔「憧ちゃんは心を操る神様にとあるお願いをするんです」

小蒔「心を昇華し、心の段階を前へ進め、そして……憧ちゃんの過去・未来・現在において、世界に大きい影響が出ない程度で過去改変が行われる」

小蒔「これが穏乃さんを救う計画なんです」

玄「う、うん……」


こんなところまで話してなかったから玄は少し混乱していた。


小蒔「玄さんは、心って何だと思いますか?」

玄「え? うーんと、人の感情…?」

小蒔「感情を生むには、人の性格が必要。性格は人の記憶や思い出によって決められます」


もう答えが出た。出てしまった。
けど、玄は知らないことを多く言われてまだ戸惑っているようだ。
そこへ小蒔が最後の言葉を言った。



小蒔「そして心を昇華させるんです。つまり―――」




小蒔「憧ちゃんにとって心の大半を占める、穏乃さんとの記憶全てを代償に、過去改変を行うんです」




小蒔の言葉に一度目をぱちくりさせる玄。
私は、この間ずっと口を開けることは出来なかった。

玄「え…と、それって…最終的に、憧ちゃんはシズちゃんのこと……覚えてるの?」

小蒔「覚えてないです。全ての記憶を無くしてます」

玄「憧…ちゃん?」


玄は小蒔の言葉を受け止められなかったのか、逃げるように私を見る。


憧「………」

玄「知ってたの…?」

憧「………うん」


代償もなしにそんな人一人の命を救うなんて、そっちのほうがおかしい。
穏乃との記憶、それほど大事なものが代償としてこそ、穏乃の命は価値あるものだ。
私の記憶で穏乃の命が救える、こんなに素晴らしいことはないじゃない。
これだけで、私は穏乃ともう一度会えることが出来るんだ。
それが例え、穏乃のことを一切覚えてないとしても、だ。


玄「………」


玄は言葉が出ないようで、固まっている。
ちらりと玄の顔を除くと、顔面蒼白になっていた。
……玄をこの前泣かせてしまったばかりなのに、…なんでこうも迷惑かけちゃう後輩なんだろうか。


憧「玄、どう思ってるか知らないけど。私はもう決心したの、穏乃との記憶を代償に穏乃の命を救うって」


私の言葉にぴくりと反応する玄。
今玄の中ではどんな思いがあるのだろうか。


玄「わ、私との記憶は?!」

小蒔「いえ、関係ありません。憧ちゃんが忘れるのはあくまで穏乃さんとの記憶。阿知賀のことも、玄さんのこともちゃんと覚えて――」

玄「違う! 私との記憶を代償には…出来ないの……?」

憧「ありがとう、玄。…でも私の心の大半を占めるのは、それでも穏乃なんだ」

玄「…た、大半じゃなくていいじゃない! そこを代償にしたら憧ちゃんは……」


今にも泣きそうな玄を見てると心が痛む。


憧「玄との記憶を代償にすると、穏乃を救えるかどうか微妙なラインに立っちゃう」

小蒔「これは一度きりです。そして、心の段階を前に進ませることが重要なのです。穏乃さんとの記憶で5つ進ませてようやく救えそう」

小蒔「玄さんとの記憶だと2つか3つ。穏乃さんを救えるかどうか微妙なラインなのです」


数字で表すのは少し違いますけど…、と小蒔。
まぁ理解は早くなっただろうか。


玄「………っ!」


玄は何を考えているのだろうか。
私にはそれが分かりはしない。
でも私のことを考えてくれているのは分かる。だって私の自慢できる、尊敬できる最高の先輩なんだから。


憧「ありがとね、玄。それに小蒔も、こんなにも優しくしてくれて」


先日旅館に来て温泉に入った時、小蒔は言った。


―――憧ちゃんの隣にいたかった。


それは何で? と聞くと。


―――憧ちゃんが、大切な人を失わないため。

小蒔は私と会って本当に日が浅いのに、玄と一緒のことを考えた。
私が穏乃との記憶を代償にするより、自分との記憶を代償にして。

私と一緒にいることで、私の中で小蒔の存在が大きくなる。
居続けると、私の心の大半は小蒔との記憶になる、そうすると私は穏乃のことを覚えているまま、穏乃を救い出すことが出来る。


そんなこと出来ないのに。
気休めのようなものなのに。
それでも私は嬉しかった。

短絡的思考、そんなのでも私は心の中で涙を流すほど、嬉しかった。



憧「――だからこそ私は、みんながそう思ってくれていることを忘れたくはない」

憧「穏乃との記憶のほうが軽いなんてことは言わないけど、でも私は、私のことを思ってくれているみんなのことを忘れたくないから」



憧「みんなの想いは忘れずに、私は必ず目標を達成させる! 穏乃を、助けるんだ!」


二人の前で私は宣言する。
この部屋には私のことを考えてくれている人が何人も居た。
この人たちが私の自信であり、全ての力のみなもと。


私はここにいるみんなの想いを胸に、全国優勝を目指した。

これでオカルトチックな話は大半終わったかな、

次回からようやく全国大会編。

小蒔は実家にある文献を読んだ時点で
つまり憧のところを初めて訪ねた時点で、記憶を代償に過去改変が出来ることを知ってた。
憧が過去改変を実際にするとは知らなかったけど、シズを見て、救うと分かって
それで憧に協力しようとした


あと、東風戦で照が最下位ですけど別に弱いだなんて一切思ってないです
小蒔のことを知らない洋榎を実験台にするべく調整した結果最下位になった、ということで


あとシズのセリフが圧倒的に少ないのは
自分の力量って分かってるんだけど読み返すと空気なのはやってしまった感が
次からもうちょっとセリフ増やす努力くらいはする


最後に、セーラと洋榎は憧に協力させようと最初から考えてました。協力する理由も。
ただ、荒川憩率いる三箇牧が南大阪って思ってしまってて、
セーラの協力理由が少しエゴになってしまった。直前で北大阪だと分かったけどそこだけちょっと見逃してください

まだ二週間だけど一応報告

投げたわけじゃないのよー、ただ後一回か二回の投下で終わらせようと思って書いています
すでに今までの一投下分くらいは書き上げてるんだけどちまちま書くよりかは
どこかで見切りつけてざーっと書こうかと思って

リアルは確かに忙しいが、これも初SSだし完走したいので頑張って書いてます
6月中には投下して終わらせるつもり、スレ立てて2ヶ月はかかりたくはないので

もう投稿止めて一ヶ月かかってしまった

忙しかった理由は仕事なんですけど、繁忙期が過ぎ去り今からようやく落ち着いてくるので
ペースを上げたいと思います
まだ区切りが見つからないので投稿は先ですが…

6月中だと言ってしまい申し訳ありませんでした。

そして全国大会の抽選日がやってきた。
灼さんに連れられてみんなで一緒にやってきてみると、人の多さに少し怯む。
東京自体人がとても多かったけど、抽選会場となるとさらに人の密度が増す。


玄「灼ちゃん、頑張ってねー!」

灼「何を頑張るのか……」


去年のやりとりを少し思い出した。
ここにいないのは宥ねぇと穏乃と晴絵。
穏乃はともかく、宥ねぇは見てるんだろうな。ちょっと前に電話で話しあったこともあった。
電話越しから聞こえてくる宥ねぇの声にはなんだか熱が篭っているように思えて、ちょっと心があったかくなったっけ。


憧(晴絵は……見てくれているのかな)


プロへと行った晴絵は、灼さんにすら一度も連絡を取っていなかった。
灼さんは忙しいから仕方ないよ、というけれども連絡の無さに少し心配にも思えた。


憧(私たちは、またここに辿りついたよ)


晴絵にそう言いたかった。
去年私たちは、晴絵は私たちのことをプロに転向するための理由にされたのかと勘違いしてしまった。
その勘違いは悔やんだ。晴絵はだって、私たちの優勝を見届けてからプロに行くと言ったのに。

でも今は晴絵の本心が全く分からなくなってる。
私たちは三位になりその帰りには晴絵は一言も発さなかった。
そしてそのうちに事故が起きた……。


気付いた時には穏乃がいなくなってて、気付いた時には私は牌を握ってなくて。
気付いた時には……晴絵は私たちの目の前からいなくなってた。

プロで活躍しているのは知っている。テレビや雑誌、新聞なんかで色々見たことはあるんだから。

でもはっきり言うと、晴絵に会いたかった。
もし私たちが勝ち続けていたら、きっと会いに来てくれる。
………会いに来て、欲しい。


憧(―――そのためにも、全部、倒す!!)

全国大会は去年と同じ、AブロックBブロックに分かれてそこから勝ち上がっていって上位二校同士が決勝で対局する。


憧(―――!)


抽選が終わり、AブロックとBブロックにいる注意すべき高校を見る。
Aブロックには阿知賀・三箇牧・姫松。
Bブロックには清澄・白糸台。

この中に千里山と永水の名前がないことに少し寂しさを感じる。
小蒔とセーラの顔が頭をよぎるがそれにぐっとこらえて私は一つ息を吐く。


それよりも去年の決勝卓で再度決勝を囲むのは無理だったか。
私たちのブロックでこの三校が潰し合う、まぁもちろん注目している高校以外にも千里山みたいに隙を狙われて喉笛を噛み千切られるって可能性もあるけど。


Bブロックは清澄と白糸台が勝ち上がってくるだろう。
照は言ってた。白糸台は私の力じゃなくて、元々全国優勝出来るレベルだった、私はそれに乗っかっただけ、と。
だから確実に上がってくる。
そして清澄は昨年の優勝校、昨年いた部長さんがいなくなったけども昨年とは一人入れ替わっただけ。
和もいるし、照の妹もいる。清澄のほうにはほんの少し勝ち上がってきて欲しいと祈った。


Aブロックの私はもちろん優勝する気でいるから、決勝で会うことは確実だね。
私たちは勝ちあがっていくと準決勝で姫松と三箇牧と戦うことになる。そこから抜けた二校が決勝に行ける。

私たちは無事に一回戦を勝ち抜き、二回戦つまりは準々決勝も先鋒からすでに得点していてリードを広げていた。
少し意外だったのが、先鋒と次鋒、つまり後輩たちが頑張ったことだった。
不思議そうに見えた私に灼さんは説明してくれた。


灼「あの子達にはプレッシャーを与えたかもしれないけど、私はこのために全国の強者の牌譜を見せてきたんだ」

灼「特に県予選を余裕で突破してきそうな高校をね。全国には特殊な打ち方をする人が増えてきている。じゃあその人たちの対策を早めに取れていれば…」


対策をとってあわよくば得点、もしくは点数は増やさず減らさず。
あとは私たちが得点すればオッケーってこと。
県大会では降りの姿勢をしていて、全国でも通じるのか、と心配していたけどもまさかこんなことをしていたとは。

そして中堅戦、玄の出番だった。


玄『…ロンです、ドラ9』


画面越しだが玄のドラ爆弾は未だに健在。
特に照さんたちと特訓をしてから面白いほどにドラ爆弾の輝きを見せ始めてきた。


大量得点を取れた中堅戦は終わり、副将戦灼さんの出番。


灼『ツモ、4000オールです』


灼さんも特訓以降は照を含め強者たちとの濃い時間を過ごし、前から強かったけども更に磨きがかかっていた。
セーラと洋榎の二人のスタイルに若干影響されたようだった。


さらにリードを広げ二位との差は九万点差。
どこかで聞いたことあるような点差だなぁ、と思っていたら去年の準々決勝だと思い出した。
千里山と初めて対局したときのことだ。
あの時は玄が失点して、宥ねぇが少し取り戻して、私はセーラと勝負して……。
最後に穏乃がチートイツでまくってギリギリ準決勝進出だったっけ……。


憧(………穏乃)


そろそろ大将戦、私は控え室から出ていかないといけない。
なのに、まだ引きずっている自分に嫌気が差した。


シズ「憧……」


そんな自分の気持ちに気付いたのか気付いていないのか頭の上に乗っていたシズが声をかけてきた。
幸い後輩たちは灼さんの大量得点で幕を閉じた副将戦で盛り上がっている。


憧「……どしたの、シズ?」


今なら話しても特に一人言だとも気付かれないだろう。


シズ「……なんか変な顔してたからさ、どうしたのかな、って」

憧「ええ、変な顔してたかな?」

シズ「してたって! 何考えてるか分からないけどさ、これから対局なんでしょ? 辛気臭い顔してたら勝つものも勝てなくなっちゃうよ?」


まさかこんな圧倒的リードしてる状態で……。
いや、そんな考え方はやめよう。いつも通りの、いつもの自分の麻雀をするだけでいいんだ。
穏乃から受け継いだ麻雀を、全国に見せ付けてやろうか。

100速まで仕上がった私を止められるのは準々決勝にはいなかった。
阿知賀が一位抜け、二位抜けは兵庫の劔谷高校だった。どこかで聞いたことあると思ったら去年の準々決勝で私たちがまくった相手だったか。
九万点差といい劔谷といい、去年と色々被るなぁ。


憧「対局ありがとうございました」


私がそう言うと口々に返されるがそのどれもが弱々しい言葉だった。
私はそれほどまでにプレッシャーを与える人物になってしまったのだろうか。
たかが前回の大会で決勝進出したくらいで。
いや、今の私の対局に問題があったかな。
私以外がほとんど焼き鳥。速攻火力を極めた私の相手はここにはいなかったのか。

いつの間にそんなに自分は強くなったんだろうか。
あの特訓で少しは強くなれてたのかな。

そういった感動が胸に染み込み、私は対局室を後にした。


玄「やったねー、憧ちゃん!」

憧「いやいや、これも後輩を含めたみんなが頑張ってくれたからだよ」

灼「これで準決勝進出だね、……でも次は」


灼さんの言葉で私は目を細める。
準決勝まで順調に勝ち進めた。ここからが本当の勝負。

劔谷と三箇牧、そして姫松と私たち阿知賀の準決勝、このうちの二校が決勝進出する。


三箇牧の注意すべきは大将の荒川憩ただ一人。
姫松はエースである中堅の上重漫、そして大将は洋榎の妹の愛宕絹恵。
兵庫には副将と大将に気をつけてればいいかな。


先鋒次鋒は阿知賀がそこそこの点数を取るが、大量得点をしたのは姫松だった。
三箇牧と劔谷はやや沈む結果となってしまった。


玄「よし! 行ってくるね!」


そして迎えた中堅戦。


憧「頑張ってねー」

灼「気張らなくていいから、いつもの麻雀でよろしく」

後輩たち「後はお願いします、玄さん!」


そう言った私たちの言葉に玄はいつものお決まりの言葉で返す。


玄「お任せあれ!」

恒子「さぁそろそろ始まりますね、Aブロック準決勝の中堅戦です!」

恒子「姫松がトップのままエースへとバトンを渡すことが出来ました! ここで姫松はさらに差を広げることは出来るのか!?」

恒子「しかし今回は阿知賀の松実玄選手がいます、ドラは松実選手に集まりそうなんですけど、そこをどう対処していくかが見所です!」

健夜「………」


中堅戦・前半
東家・漫 南家・三箇牧 西家・劔谷 北家・玄


姫松:111700
阿知賀:109200
三箇牧:92100
劔谷:87000


「よろしくお願いします」


漫(流石千里山を破った三箇牧やな。荒川憩だけを注意しようって思ってたらまさか伏兵がおるとはな。それに前の大会でも前回の対局でも大量得点をした松実玄もおる。ドラは持ってかれるはずやし…どないしよかな)

三箇牧(うちだって憩ちゃんに付きっきりで指導してもろたもん。憩ちゃんのため、そして先輩のためにもここはなんとしても稼がないと……!)

劔谷(くっ…前回は松実玄にしてやられたけど今度こそは……! 後ろにはまだ友香ちゃんと莉子ちゃんがいるんだから…!)

玄「………」

東一局 親:漫 ドラ:⑧
五巡目。


玄(………)タン

漫(うちがトップ…、でもこのままの点数で後ろに回しても荒川憩もやばいし、阿知賀の大将もやばい気がする。ここはうちが稼がないと……!)

漫手配:二二三三四四②③④⑦⑦36 【ツモ:4】【打:6】

漫(まだ六巡目、他はまだ聴牌なんかしてへんように見える! 絶好のチャンスや…ここで、稼ぐ!)


漫「リーチ!」




恒子「姫松の上重選手、ここでリーチが入ったー! 2だと高め、5だと低いんですけど、ここは2を引いて欲しいですね!」

恒子「捨て牌にも他の子たちの手牌にも2は一枚もないことから、一発ツモの可能性も出てきました!」

健夜「この一巡で、動きますね、多分」

恒子「小鍛治プロもなんだか意味深なことを言ってきましたね、これはもしかすると一発ツモなのか?!」

三箇牧(六巡目でリーチか! …タンヤオで集めてる安めのようにも見えるけど、ヤバイ感じがするな)タン

劔谷(……ダメだ。今の自分の手配じゃ親のリーチに見合う見返りがない。ここは、安牌……)タン

劔谷(………ところでこの姫松の人は、前の松実玄の対局を見てなかったのかな)

漫(ふふ、降りているのなら好都合、このままツモれば………)


漫が一瞬気を緩めたその直後、玄は心の中でくすりと笑う。
――こんなにも予想通りに動くとは。


玄(漫さんごめんね。……さっそくだけど、捉えたよ)

玄「―――カンッ!」


⑤暗カン。
嶺上牌に手を伸ばし、ツモり、そして聴牌!


劔谷(やっぱり来た! これで姫松は……)


漫(――は? 親リー相手にカン? ……って、まさか!)


玄手配:三四赤五⑧⑧赤56788 【⑤⑤赤⑤赤⑤】
ドラ表示牌:⑦・④

三箇牧(六巡目でリーチか! …タンヤオで集めてる安めのようにも見えるけど、ヤバイ感じがするな)タン

劔谷(……ダメだ。今の自分の手配じゃ親のリーチに見合う見返りがない。ここは、安牌……)タン

劔谷(………ところでこの姫松の人は、前の松実玄の対局を見てなかったのかな)

漫(ふふ、降りているのなら好都合、このままツモれば………)


漫が一瞬気を緩めたその直後、玄は心の中でくすりと笑う。
――こんなにも予想通りに動くとは。


玄(漫さんごめんね。……さっそくだけど、捉えたよ)

玄「―――カンッ!」


⑤暗カン。
嶺上牌に手を伸ばし、ツモり、そして聴牌!


劔谷(やっぱり来た! これで姫松は……)


漫(――は? 親リー相手にカン? ……って、まさか!)


玄手配:三四赤五⑧⑧赤56788 【⑤⑤赤⑤赤⑤】
ドラ表示牌:⑦・④

玄⑧・8待ち。



漫(……まさか、もう聴牌して…)チャ


―――ドクン、と。
漫が山から取ってきた牌から何かが自分に伝わってきた気がした。


漫(―――~~~ッ!!)


漫:ツモ⑧


漫(ドラ?! なんで、松実玄がいるのに……!)

漫(……掴まされた。 松実玄の牌譜は見ていたけどこんなに早い聴牌速度だなんて思いもせんかったし)

漫(今回のはただの運、もしくは……わざと今まで手の内を隠してたか…)

漫(………いや、松実玄が強いのもあるけど、うちが焦ったのもあるのか……)タン


渋々漫はツモ切り。
当然玄は和了発声。


玄「ロンです。タンヤオ…――ドラ11。24000です」

漫「…はい」

漫(去年とは違いすぎる。決勝卓で戦ったことはあるけど、その時はドラ爆弾っていう印象しかなかった)

漫(それが今ではリーチ者にドラを引かせて出和了り、か)

漫(……キッツいなぁ)


この24000の放銃に漫は肩を落として落ち込んだ。
しかしふと気付く。


漫(………待てよ)

漫(ドラ引かせて出和了りなら、一発確定。なんでリーチしない……?)

漫(今回リーチしてたら、数え……だったよね?)

漫(………穴がある……?)

漫(リーチをしない理由って、ドラが来たらそのまま切っちゃう可能性があるからだよね)

漫(いやそもそも、一発が確定だったらリーチしていいんだ。自分の番は回ってこないんだから)

漫(とすると、一発は確定じゃない…?)

恒子「おぉ~、この一巡で戦局が大きく動きましたね。これでトップだった姫松はリーチ棒分もあって一気にラスに転落!」

恒子「阿知賀は大量得点で二位との点差を広げつつ一位になったー! これは小鍛治プロの予言通りですね!」

健夜「よ、予言じゃないよ! 何か動くなって思っただけ! っていうかリーチした人にドラを引かせて和了るって、前回ちょこっとやってたじゃん!」

恒子「へ? いつ、誰が?」

健夜「誰って、松実玄選手だってば! 準々決勝ではそれでかなりの点差広げてたじゃん!」

恒子「……はて」

健夜「覚えてないの?!」



阿知賀:134200
三箇牧:92100
劔谷:87000
姫松:86700

東二局 親:三箇牧 ドラ:東


三箇牧(げっ、ダブ東は狙えへん…のか。全部松実玄が持っていってるんかな…)タン

三箇牧(ドラで打点上げれへん……となると、親の連荘…?)タン

三箇牧(…まだ中堅戦、後ろには憩ちゃんがいてくれてる。…でもいつまでも頼ってられへん!)タン


八巡目


漫(……もうちょっと、もうちょっとだけ松実玄の情報が欲しい)タン

漫(でもな…、これ以上うちは振り込みたくないしリーチはかけられへんか)タン

漫(…何か穴があるような気がするんやけどな……)タン


十一巡目


劔谷(うぅ…、中堅戦は始まったばかりだけど幸先悪いよ……聴牌が遠い)タン

劔谷(それにしてもこの局は静かだ……とはいっても東一局でいきなりの三倍満だったし、様子見ってこともあるのかな)タン

劔谷(私はなんとか松実玄のドラ爆弾を回避したけど、出和了りされた人たちほとんど口から魂飛んでたしなぁ)タン


十四巡目


玄(………)タン

玄(………)タン

玄(……流局、かな?)タン


流局――。
聴牌:三箇牧

恒子「ん? 松実玄選手、聴牌崩して……ますよね」

健夜「そうですね。まぁ見られたくはなかったのでしょう」

恒子「え、何がですか?」

健夜「松実玄選手の手牌を、ですよ。わざとノーテンにして他の三人に見せないようにしてます」

恒子「そ、それは……流局時の3000は特に気にならないのでしょうか。もし他が聴牌していると3000も引かれるのに、いや後で取り返すから気にしてないのでしょうか」

健夜「……気にしてないわけじゃないと思いますね。ただ、なんとしてでも自分の手牌のことを見られたくなかったのでしょう」

恒子「うーん、私から見ると特に変わった様子はないんですけどね。ドラもちゃんとありますし」

健夜「松実玄選手になった気持ちでいると、多分分かると思いますよ」


阿知賀:133200
三箇牧:95100
劔谷:86000
姫松:85700

東二局一本場 親:三箇牧 ドラ:發


三箇牧(一本場。…それにしてもドラが役牌っていうのは松実玄が相手の時は勘弁してほしいな)タン

三箇牧(さっきは早めに聴牌してたけど和了れなかった。誰かが止めてたのかな……)タン

漫(松実玄…さっきの局は聴牌しているように見えて降りたんやけどな……)タン

漫(……受身になったら稼ぐものも稼げれへん、爆発…しやな)タン

劔谷(…………)タン

劔谷(…ふぅ。…うーん、満貫確定の聴牌だけどリーチしようか…どうしようか)

劔谷(三面張の綺麗なやつなんだけど……ダメ、リーチかけたら追っかけられるかもしれない、ここはダマ)タン


漫「ロン、メンホン・中、8000は8300です」

劔谷「ぐ……はい」チャ


漫(まだや……もっと、もっと点数稼がな)

恒子「これで姫松が劔谷から点を奪い、三箇牧のすぐ後ろに立ちましたね」

健夜「三箇牧からしても阿知賀とは約40000点差、ツモや他からの出和了りより、阿知賀からの直撃を狙いたいところですね」


阿知賀:133200
三箇牧:95100
姫松:94000
劔谷:77700


東三局 親:劔谷 ドラ⑧


劔谷(………ふぅ)タン

劔谷(大丈夫、失点こそしたけどこの親で稼げば……何の問題もない!)タン


劔谷「――リーチ!」


玄(―――!)

劔谷(―――)

漫(劔谷?! どういうことや……)

三箇牧(ありがたいな、自分の点数削ってでも阿知賀のことを調べさせてくれるんか)

劔谷(……大丈夫! 自分を信じて!)

劔谷(私の手牌は②-⑤-⑧待ち!ドラを引かせてくれるのなら一発ツモなんだから!)


玄「―――カン!」
そして玄は⑥を暗カン。
ドラ表示牌は2。

劔谷(あ、…これヤバくないかな?)


ツモ:3


劔谷(……なんてこと……)


劔谷もまた渋々ツモ切り。
玄もまた当然の和了発声。



玄「ロンです。タンヤオ――ドラ4」

玄手牌:三四赤五八八八③④赤⑤3 【放銃:3】 【⑥⑥⑥⑥】


漫(…どういうことや?)

三箇牧(これは……)

劔谷(低くて助かったけど…)


玄の手牌に驚く三人。
ドラ4。確かにドラが含まれているが、これはおかしい。
カンドラ乗り四つではないしそもそもカンをしなければドラは赤二つ。

これは――どう取るべきか。


三箇牧(カンをせえへんかったらドラは赤しか乗らんかった。ドラの支配が弱まってる……?)

漫(このドラ4もまたドラ支配によるもんなんか。……確かにうちの手牌にはドラが来てない)

劔谷(カンをしてリーチ者にドラを引かせて出和了り。…ここだけはいつも通り、でもドラは元々揃ってなかった)


健夜「みんな悩んでますね」

恒子「ほー、ドラ4なんだ。……でもドラ乗ってますよね?」

健夜「でもそのドラはカンドラによるもの、元々赤しか揃ってなかったのはさっきの対局でもそうだったでしょ?」

恒子「いわれてみるとさっきは赤だけがありましたね」

玄(これ、みんなにバレちゃったかな…? でもここまで来たらあとは突っ走るしかないよね)

玄(私は赤ドラ・ドラ・第一カンドラ・第二カンドラ、とそれぞれドラを別々で支配している)

玄(もちろん、最初はドラ全てが集まるんだけど……、誰かにいずれかのドラを引かせた場合、そのドラはしばらく王牌に眠る。嫌われちゃうんだね)

玄(そして東一局、私は漫さんにドラを引かせた。その結果私は大量得点をしたけどドラは王牌に行っちゃった)

玄(東二局とその一本場はドラはもちろん王牌に眠ったまま。だから私の手には赤ドラしかない)

玄(一回目のカンをするとやっぱりカンドラは来てくれるけどね。でもさっきのカンドラ単騎は一つ目のドラに嫌われちゃったから、他のドラからも嫌われつつあるんだよね)

玄(そしてカン、私は見事劔谷の人にカンドラを引かせて和了ったけど……これからが正念場)

玄(次局からは赤ドラ一枚か二枚…もしくはカンを二つしないとドラが来ない)

玄(リーチをすると、ドラが来た時切ってしまう、つまりドラからそっぽを向くという意味だからドラに嫌われるしもちろん裏も乗るわけがない)

玄(自分の手にドラが戻ってくるようにするには、ドラ3つを王牌に送り込みその後数局待たないとドラは帰ってきてくれない……)

玄(だから私は赤ドラを誰かに送り込み、数局待つしかない)

玄(ここで重要なのが、私はドラを誰かに送り込むことは出来るんだけど、それが相手の当たり牌だった場合ツモられるのは当然)

玄(そしてリーチをかけたから送りこめるわけじゃないこと。任意で送りこむことができる、そこでそれを切るか切らないかは相手次第……)

玄(照さんから教えてもらったカンの活用法とドラの活かし方……、嫌われていても諦めない……!)

玄(決勝まであまり多用はしたくなかったけども、確実に決勝に行くためにここで全部晒してでも得点してみせる!)

阿知賀:142500
三箇牧:95100
姫松:94000
劔谷:68400


東四局 親:玄 ドラ:二


七巡目


三箇牧(聴牌…か。 ……なんか分かったかもしれへんけど、まだ予想の域を出えへん)

三箇牧(これは…あとで憩ちゃんに怒られるかな。でも、うちらが決勝で行くのなら阿知賀とまた戦うかもしれへん!)

三箇牧(調べさせてな。それでもし減ったら、許してな!)タン


三箇牧「リーチ!」


三箇牧手牌:三三三②③④46789西西西
カン5待ち。


玄(―――!)


漫(三箇牧……!)

劔谷(このリーチは……)

三箇牧(直感や! ドラもカンドラも引かせたのなら、次は赤やろ?!)

三箇牧(萬子か筒子か索子か! うちは直感で索子で待つ!)

恒子「ここで三箇牧がリーチ! これはカン5待ちですけど……」

健夜「松実玄選手の手牌に赤は五と⑤でしたね。 先ほどのとおりに動くとなると、三箇牧が次に引くのは残っている赤⑤か赤5ですね」

恒子「長年の経験から来る直感なのか?! 長年の経験からなのか?!」

健夜「……それもあるんだけどなんだか素直に頷けないなぁ…、二回言ったことに悪意を感じるし」



玄(このリーチ、もしかしてもう気付かれたのかな…。そうなると五・⑤・5のどれかの待ち……)

玄(ここでドラを引かせないというのも有りだけど、私はここで稼ぐんだ!!)

玄(三箇牧さん、その勝負受けて立つよ――!)タン


漫(せっかく三箇牧が作ってくれたチャンスや、うちは何も動かずに今は様子見……)タン


三箇牧(大量得点をするか、されるか――!)

三箇牧(さぁこい松実玄! そしてドラ! 憩ちゃんのため、先輩のため……うちは―――!)


三箇牧、自分の直感を信じて山に手を伸ばす――!


三箇牧(―――ッ!)チャ


三箇牧「―――ツモ!! 2000・4000!!」


玄(くっ! やっぱり赤待ちだった、5じゃなくて⑤を引かせてたら何とかなったのに――!)

三箇牧(やった! やっぱり思った通りや!! 松実玄はカンもしなかったら一発もついて満貫!)

漫(三箇牧……よぅやったな、5待ちか。……やっぱり赤を引かせる、つまり松実玄はそれぞれのドラを引かせることが出来るんか)

劔谷(すごい……さすが準決勝…、私なんか半荘やっても分からなかったのに東四局でもう松実玄のことを分かってる……)

恒子「小鍛治プロの予想が当たったー! これはもう年の功だと認めなくてはなりません!!」

健夜「なんでいつも年齢の話に移るの?!」

恒子「それはさておき、見事に三箇牧が一発ツモで和了ることが出来ました! 松実選手はカンはしませんでしたね、出来る手牌ではありませんでしたけど」

健夜「うん、カンしたらもしかしたら裏が乗っちゃうかもしれないからね……」

恒子「あれ、そういえば松実選手の裏ドラは見たことありませんね。ドラといえばリーチからの裏ドラ逆転がカッコイイんですけど」

健夜「……。松実選手が成長するとしたらいつか裏は乗せられるでしょうね」




そして勝負は南入――。


阿知賀:138500
三箇牧:103100
姫松:92000
劔谷:66400


南一局 親:漫 ドラ:一


漫(せっかく三箇牧に追いついたのに、また離されてもうた……。でも、うちの親番や)

漫(松実玄の3倍満で少し怯んだけど…うちは末原先輩と元主将に鍛えてもらったんや…)

漫(うちは――姫松のエース! ここで稼いで稼いで稼ぎきったる!!)ゴッ

玄(――ッ)ビクッ

劔谷(姫松はいつも中堅にエースを置いている。去年の愛宕洋榎とまではいかなくても相当強い人なのは確かなんだ。――気をつけないと)

三箇牧(エラいプレッシャー出してくるな…、まぁ憩ちゃんほどじゃないけどな)


三巡目


漫(聴牌や……、しかもダマでもちょい高め)

漫(せやけど、松実玄がいるし……リーチは……?)

漫(あれ、待てよ。思い返してみると……リーチかけたら松実玄はどうするんや?)

漫(うちにドラを引かせた後の二回目の和了の時にはドラが乗ってなかったと考えると……、赤もカンドラも引かせた)

漫(……そうすると今は松実玄の手牌にはドラが一つもない…? でも松実玄以外の手にドラがありそうかと言われるとそうでもなさそう)

漫(……王牌? 未だにドラ支配があるんやったら……王牌にあるんか?)

漫(それはつまり……うちはドラを引かされへん、松実玄もドラを引かへん。……勝負どころとちゃうか?!)

漫(最初に三倍満やられた――、でも。――取り返しゃええねん!! それが、先輩たちに教えてもらったことや!)


漫「――リーチ!!」

玄(ぁ――マズイ! どうしよう?! これはほぼ間違いなくバレてる! 私のドラ支配を!)

玄(さらけ出すとか色々思ったけど、まさか後半も残っているのに前半で理解されるなんて思ってなかった)

玄(私の手牌はまだ聴牌にもなってない、ここは……降りないと)


三箇牧(姫松も攻めるんか。嬉しいことにそのリーチは松実玄のドラ支配の在り方を決定付ける大事なもんや)

三箇牧(協力する気なんかないけど、しっかり見届けさせてもらうで)タン

劔谷(三巡目で親のリーチ……なんてみんなは思ってないんだろうな)

劔谷(私はまだ松実玄のこと、半荘一回やったのに何も分かってない!)

劔谷(私……準決勝に来れる器じゃ…なかったんじゃないかな)タン

玄(バレてるとすると、ドラ待ちなわけがない。逆転の発想でドラは安牌なんだけど――)

玄(今はみんなに嫌われてていない。私の手配はバラバラ……なのに、安牌がない――!!)

玄(三巡目なんて早すぎるよ……。どれ? どれが安牌なの?)

玄(~~~ッ!!)タン


漫「――ロン!! 18000!!」


漫手牌:二二六七八⑥⑦⑧667788 【放銃:⑧】

恒子「配牌から一発まで綺麗に決まりましたねー。リーチ・一発・メンタンピン・一盃口・三色。ドラは流石に乗らないんですか」

健夜「流石ですね。勝たないといけないところでしっかりと勝ちに行く。上重選手は正真正銘エースです」

恒子「小鍛治プロは勝たなくてもいいところでしっかり勝ちに行きますよね」

健夜「な、なにその言い方?! なんかとても引っかかるんだけど!」

恒子「例えば去年のEXマッチですよ」

健夜「もー、あの話は別にいいじゃん。あれは勝たないといけなかったんだってば……」

恒子「あれは酷かったですね……」

健夜「だからその話は止めてってばー!」



玄「~~~ッ! …はい」チャ

漫(ノーテン流局と三箇牧のツモがあったからこれだけ稼いでもまだプラスに戻ってない)

漫(だからといってただプラスにするだけで終わるわけにはいかへん! しっかり稼ぐんや!)


阿知賀:120500
姫松:111000
三箇牧:102100
劔谷:66400


南一局一本場 親:漫 ドラ:白

漫(ドラが役牌……これは普段なら気をつけやないかんところやけど、今の松実玄にはドラは行かない!)

漫(せやけど…嬉しいな、配牌一向聴。絶好調や! このまま連荘してく)

漫(それでも三箇牧もおるし、劔谷やって準決勝に来るほどの実力者、少しも気を緩めることなんてせずに……勝ちに行くで!)ゴッ


三巡目


三箇牧(またエラいプレッシャーを感じるわ……、憩ちゃんほどじゃないんやけども……キッツいな…)タン


劔谷(総合的に見ると、劔谷の一人沈み……。これは私だけのせいじゃないけど、みんなだって頑張った結果なんだ……!)

劔谷(頑張った結果がこんなにも差がついちゃうなんて、ちょっと心が折れそうだけど……さ)

劔谷(でも! 後ろの友香ちゃんや莉子ちゃんは…絶対諦めてない!!)

劔谷(私は……その二人に少しでも多くの点を稼いで…想いを託す!)


劔谷「チー!!」
【一二三】


劔谷(これ以上他の高校に得点なんか与えたくなんかない!!)タン


三箇牧(…劔谷は聴牌か?)

玄(チャンタかジュンチャンに見えるけど……とりあえず白は王牌にいるから大丈夫……)タン

漫(あかん、これ……親が蹴られる。――でも聴牌や! 間に合ったか!?)タン


打牌とともにすがるような思いで劔谷に視線を向ける漫。
しかし漫の願いは劔谷の手牌が倒れていく音で消えていった。


劔谷「ろ、ロン! 8000は8300です!!」


劔谷手牌:四五六七八九西西中中中 【一二三】【放銃:五】

恒子「やりましたー! 劔谷! 親跳からさらに続くかと思われた姫松の親を高得点で流すことが出来ました!」

健夜「今回は劔谷が素晴らしかったですね、門清も狙えそうな配牌でしたが重要な牌は他家が持っていました。ホンイツのほうに向かわなければ、先に姫松が和了ってたでしょう」

恒子「言われてみると他の高校の手牌には綺麗に萬子が揃ってましたね。ここからこぼすことはまずないでしょうし、上手く和了れました劔谷高校ー!」




劔谷(もしかしたら焼き鳥かもしれない――。そう思ってたのに和了れた……)

劔谷(そうだ。私の後ろには頼りになる二人がいるんだ! 諦めることなんて、出来るわけないじゃない!)

劔谷(諦めて、それでどうするの私?! 相手は強い! 激戦地区の大阪を勝ち上がってきた二校!)

劔谷(去年の決勝卓に行った阿知賀とかもう分かってる! でも、それでも……私たちだって優勝してみたいんだ!)

劔谷(そんな人たちの前でも…戦って勝たなくちゃいけないんだ――!)

三箇牧(――! 劔谷が急にやる気になってきた……、これはさっきまでとは違うって思ったほうがええな)

漫(くそう、流された…。でも子でだって稼いだる! うちは姫松のエース! やらなあかん!)

玄(ドラはまだ来ないの?! お願い…早く帰ってきて……!)

阿知賀:120500
三箇牧:103100
姫松:101700
劔谷:74700


南二局 親:三箇牧 ドラ:⑤
一巡目


三箇牧(さて、どうするか)

三箇牧(誰も諦めてもいないし、流そうともしない。ここまでの和了は驚くことに全てが満貫以上)

三箇牧(かなり場が荒れている現状……どうする?)タン


劔谷「――チー!」
【二三四】


三箇牧(――なっ! 劔谷?!)

劔谷(この場が荒れている現状、私はこれ以上離されてはいけない…。高得点を期待して門前で作るのはありだけど……)タン

劔谷(それより、鳴きまくって場を乱してやる! 松実玄がいるから喰いタンドラ抱えは無理そうだけど、親の連荘ならばまだ稼げるほう!)タン

劔谷(ここは三箇牧の親は流して見せる!!)チャ


劔谷「―――ツモ!! 300・500」

恒子「劔谷高校連続和了で三箇牧の親を蹴ったぁー!! これで劔谷高校の親番です!」

健夜「劔谷の選手、何かに少し目覚めかかってますね……」

恒子「またもや妄言が飛び出してきましたが、とくに触れずに行きましょう!」

健夜「ももも、妄言?!」

恒子「年は取りたくないものです…」


阿知賀:120200
三箇牧:102600
姫松:101400
劔谷:75800


南三局 親:劔谷 ドラ:西


劔谷(やった、ドラはまったく関係ないところ! これでちょっとは作りやすくなるはず――)

三箇牧(うちはまだ一回しか和了ってないのか…、その代わり放銃はしてないから二位になんとかおれてるけど、後ろにぴったりつく姫松をなんとかしたい……)

漫(さて、松実玄はここから落とせるのか…? 恐らくやけどまだドラ爆弾はまだ来ない、準備中ってところか…)

玄(最後にドラを引かせてからこれで四局目……もうそろそろ……)

三巡目


劔谷「―――ポン」タン
【九九九】


漫(劔谷が鳴いた――、今回は? なんやあれ、高めか? 低めか?)

三箇牧(まだ三巡目、捨て牌からはあまり予想がつかない、強いていうと……ホンイツに見えるな)

玄(何これ…? …でもまだ聴牌ってわけじゃないよね)タン


劔谷「――ロン! 1300」
劔谷手牌二三四34588發發發 【九九九】 【放銃:3】

玄(――え?! 1300?)


恒子「劔谷高校三連続和了です! これは素早かったですね」

健夜「えぇ、和了りまで一直線でした。手替わりしそうもない手牌でしたし、これが最善だったと思いますよ」



三箇牧(これは……今回のは手替わりが出来なかったやろうけど、打点無視の最速和了にも見えるな)

漫(劔谷は一人沈みしてるし、安心やって思ったけどこの流れはマズイよなぁ……)

玄(トップだけど…、このままじゃ危ない。なんとかしてドラを呼ばないと――!)

阿知賀:118900
三箇牧:102600
姫松:101400
劔谷:77100


南三局一本場 親:劔谷 ドラ:七

六巡目


劔谷(三位との差は25000…、私一人じゃ無理だけどさ……頼むよ、友香ちゃん、莉子ちゃん!)タン

劔谷(私ももうちょっとだけ頑張るから――!)タン

劔谷(―――!)

劔谷「―ツモ! 2000は2100オール!」


阿知賀:116800
三箇牧:100500
姫松:99300
劔谷:83400


南三局二本場 親:劔谷 ドラ:②

玄「――――!」ゴッ


劔谷(やった! どんどん点差が縮まっていく、これで―――?!)

三箇牧(……そろそろや思てたけど、これは…姫松のやつのプレッシャーよかキツないか……?)

漫(来たか、ドラが……もう点差は開かせへんで、松実玄――!)


玄(ついに戻ってきたよ……。――ドラが!)

玄(これで灼ちゃんと憧ちゃんに……繋ぐんだ!)


八巡目


劔谷(聴牌してる…けど、和了れない…。平和のみの②-⑤待ちなんだけど……⑤は赤二枚だから多分松実玄の手牌)

劔谷(②もドラだから松実玄の手牌…かと言って筒子は松実玄の危険牌だから③・④は捨てれない………、動けない――!)

劔谷(松実玄相手の時は最速和了よりも、ドラ側を切るのが重要なのに――)タン

玄(………)タン

漫(松実玄は筒子の染め、か? とりあえずリーチしてないし、ドラを引かされることもないから出和了りはないやろう……)

漫(ってアカンアカン、松実玄は赤ドラも引き寄せるから染めなんか出来るわけがないんや! だからタンヤオドラ11なんて出してくるし)

漫(ここは……ヤオチュウ牌で)タン

三箇牧(まったく、ドラにこんなに注意払って打つ麻雀なんて初めてやわ……)

三箇牧(それほど危ないもんやから注意は払わなんといかんけど……どないしよかな)

三箇牧(見たところ姫松は降り、劔谷は……聴牌か? うちはどうする……?)


流局――。
聴牌:阿知賀・劔谷

劔谷(危なすぎる橋だよぉ……、松実玄もドラ8の聴牌だし……)

三箇牧(うわー、降りてなかったら今度はうちが三倍満くらってたんちゃうか…?)

漫(化け物やろ……なんであんなにドラ来るねん)

玄(あれ、なんで私がこの局でドラが来るようになったことが分かったんだろう……)


阿知賀:118300
三箇牧:99000
姫松:97800
劔谷:84900


南三局三本場 親:劔谷 ドラ:一


劔谷(松実玄のドラ爆復活か……、危ない橋…渡れるかな……)

劔谷(……ううん、こういうピンチの時こそ、チャンスに変えないといけないんだから…!)

劔谷(前局、松実玄のドラ爆弾が復活したことで姫松と三箇牧は降りた。それは稼げる時じゃないから、気をつけないといけないから)

劔谷(そしたらこの局だって同じ……、だったらこの二校は降りるはず! 松実玄との――一騎打ちだ!!)タン

玄(……! 劔谷の人…!)タン

劔谷(………)タン

玄(………)タン

劔谷(………)タン

玄(………)タン

劔谷(………!)チャ

劔谷(一向聴……、でも多分松実玄は…聴牌、かな。……一手遅かったか…)タン

恒子「お? 劔谷高校の選手、途中まで攻めていたんですけど降りましたね」

健夜「松実玄選手が聴牌した直後です。やはり劔谷の選手には何かが見えているみたいですね」

恒子「危険牌を持っているわけではないのですが、安牌を切り続けているところを見ると……直感で聴牌か何かを悟ったというのでしょうか?」

健夜「そうですね。松実玄選手の捨て牌には特に聴牌が分かりそうな牌が捨ててはいないので、直感に近い何かでしょう」



流局――。
聴牌:阿知賀


玄(ん! ……途中で劔谷の人降りてる…)

玄(一回聴牌見せちゃったし…、ドラが来てるのを知ってるのはしょうがないかな)

玄(………でも、流石準決勝…。今までとは違って楽に得点できないよ…)


阿知賀:121300
三箇牧:98000
姫松:96800
劔谷:83900


南四局流れ四本場 親:玄 ドラ:9

玄(……ここは、安めでもいい、ドラは少なくていい。多すぎて手が止まらないうちに…連荘させる!)タン

漫(中堅始まった頃に比べて随分と点が減ったけどしゃーない、今は松実玄が失速したところを狙わな)タン

三箇牧(まず自分が振り込んじゃダメ、なんてったって松実玄は親やしそこにドラ爆とか悪夢すぎる…!)タン

劔谷(降りるとでも松実玄の聴牌で何本も流局もしくはツモ和了りもある。…ここは)タン


(松実玄のドラ爆を回避しつつ、和了らないといけない……!!)

玄(流石に降りはしないよね。降りたらそれはもう私たちの全国行きになっちゃうからね――!)

玄(……? この牌って………! …ちょっと、試して見ようかな)

9巡目

玄(………)タン

漫(………おし)チャ

漫(……二向聴から一向聴になった)タン

漫手牌:一二二六七八①④34白白白 【打:一】 【ツモ:②】

漫(……松実玄は9を暗刻、または四枚持ってて【789999】って可能性もある、か)

漫(平和もタンヤオも狙えない…となると役牌やチャンタと混一を警戒せなあかんけど……)

漫(白はうちが抑えてる、發と中も出てるけど……風牌が場風の南も松実玄の風である東も出てない……)

漫(というか風牌だったらチャンタなんてものも作らんくても12000は13200……くらいか)

漫(四本場かぁ……こんなに積み棒あるとちょっと欲張りたくなるなぁ……)

玄(………)タン

漫(いいツモ来てくれなっ!)チャ

漫(………え?)

漫(―――はぁ?! な、なんやこれ……!)

漫【ツモ:赤5】

漫(て、聴牌やけど……ドラ……?!)

漫(なんでや?! うちはまだリーチなんかしてない……! これは…なんや?!)

漫(こ、これは……ツモ切りか? で、でも…ドラ待ちの可能性も……)

漫(―――! い、いや落ち着け! 安牌や、安牌を探すんや!)

漫(……少なくとも5は松実玄は出してない、これで和了られる可能性はある……)

漫(でも、こ……この②は二巡目に出してある……)タン

玄「………」

漫(――と、通った……?)



―――パタン

劔谷「――ロンです! ……12000は13200!」

漫(―――! あ、…あれ? うち……見落としてた……?)



恒子「これでオーラスが終了ー! 中堅戦前半戦は最初に沈んでいた劔谷が後から追い上げていき、ついには姫松と逆転ー!」

恒子「姫松も最初一位だけあって、ラスになってしまった今の心情は相当辛いものでしょう! しかまだ試合は半分経過したばかり! まだまだこれからに注目だー!!」

健夜「……い、今の…松実玄選手の赤ドラの送り込みって…、あれは……!」

恒子「? どうかしましたか小鍛治プロ?」

健夜「………いえ、すいません。…私もこれからが見所だと思います」



阿知賀:121300
三箇牧:98000
劔谷:97100
姫松:83600

玄「……ふぅ」

灼「溜め息吐くと、幸せ逃げるよ」

憧「ドラが逃げちゃうじゃない、もっとちゃんとしてよね?」

玄「あはは、ごめんね」

灼「まぁ玄はこの前半戦で頑張ったし、あとは私たちに任せてちょっとペース落としてもいいんだよ?」

憧「そーそー、私の相手は洋榎の妹だったり、あの荒川憩だけどさ……ちゃんと特訓してたんだし」

玄「えへへ、ありがと。…それでも私もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

灼「……そしたら、無理しない程度にね」

憧「まぁこの後半終わったらあとは明後日のインハイ決勝だけだしね。ここからペース上げてってもそれは有りかもしれないけど」

玄「うん。…もうみんな分かってると思うけど、今戦っている人たちには…私がドラを操ることばれちゃってるんだ」

灼「まぁ…リーチされてたしね」

憧「…そういえば最後の赤5送り、あれをした時に姫松の人が振り込んでたけどあれってどういうこと?」

玄「あれは憧ちゃんと一緒に照さんと小蒔ちゃんに教えてもらったことだよ? 覚えてないの?」

憧「照と…小蒔、ってえぇ?! もしかして……小蒔がやったやつの応用形?!」

灼「それって確か…夢のようなやつ…ってそうか、あの状況で赤ドラが来たらパニックになるよね…リーチかけてないし玄もいるのに」

玄「うん。こっちから見て劔谷も三箇牧も姫松もみんな聴牌してそうに見えたし…、とりあえずみんなにドラ送っちゃって混乱させようかなーって」

灼「それなんて諸刃の剣……、まぁ結果オーライだったからいいけど」

憧「へー、まさか玄にそんなことが出来るなんてねー」

玄「えーっと……実はちょっと直感でやっただけなんだよね、上手く出来るかどうかちゃんとよく分かってなかったんだけど」

灼「デメリットのほうが大きかった賭けに出てたんだ……」

玄「あ、あはは。でも、なんだか本当に行けそうな気がしてて……」

三箇牧「ごめん、憩ちゃん」

憩「んー? なんで謝るん?」

三箇牧「もう姫松のことは分かってるからちゃちゃって一位取ってくる言ったのに、二位になって……」

憩「いやいや、それ結構凄いことなんやで? 姫松のエースを落とすわ、最終的にプラスになってるわで」

三箇牧「……! でも! 一位との差が……2万点って……!」

憩「あー、それな。別に悪く言うつもりはないけど、あんたじゃ多分無理やで」

三箇牧「……え!?」

憩「悪く言うつもりはないんやで? でも、松実玄は最初見た時は普通のドラ爆か、って思ってたんや。でもな、最後ので赤送りで気付いたことがある」

憩「あれは………」

憩「………うちのスタイルや」

三箇牧「え?! け、憩ちゃんの?! で、でも憩ちゃんのとは…なんか違う気が……」

憩「いや、あれはうちのや。…それも不完全なほうの」

三箇牧「ふ、不完全……?」

憩「松実玄が一人で手にしたものか……はたまた、誰かの入れ知恵か…」

漫「うう……みんな、ごめん……」

絹恵「やめてーな、漫ちゃんがそんな落ち込んでるところ、誰も見たくない」

漫「う、うち……なんて言ってたらええか……」

絹恵「あーもうええから。さっきの反省して次に繋げよ」

赤坂「なんやー、漫ちゃんえらい落ち込んでるんやなぁ」

漫「あ、……本当、すいませんでした!!」

赤坂「うちは気にしてへんよー、それより漫ちゃんは去年とはえらい違いやなー」

漫「え?」

赤坂「去年は先鋒やったからなのか、甘える先輩がおったからなんか、こんなに落ち込むことなかったのになぁ」

漫「そ…それは、当たり前のことやと思います。うちは姫松のエースで、ちゃんとチームで勝つことを目指していかないと……」

赤坂「それやそれー、そこが大きく変わったんやー」

漫「えっと…?」

絹恵「……あぁ、そういうこと」

赤坂「絹恵ちゃんは分かったみたいやな、どうする? うちが言おうか?」

絹恵「なんで選ばせるんですか、こういうのは代行が言った方がええと思いますよ」

赤坂「んじゃ言おうかー。漫ちゃんはな、背負いすぎなんや。多分、愛宕のお姉ちゃんにとてつもない影響を受けとる」

漫「……愛宕先輩に」

赤坂「あの子はなー、ホンマのホンマに天才なんや、もしくはそれに近い子。だから漫ちゃんがそれになろうとしても無理や」

漫「………」

赤坂「でもな。そういうお姉ちゃんとはまた違う、すっごい先輩がおったやん。覚えてないの? めっちゃ好かれてたんやで?」

漫「―――すっごい、先輩」

赤坂「あの子が漫ちゃんを使ってやってくださいとか、お姉ちゃんのほうに進言してエースにしてやってください、とか」

赤坂「たくさん、漫ちゃんのこと見てきたんやで? でも漫ちゃんは見てなかったの?」

漫「……見て、きましたよ…」

赤坂「それなら、今どこか分からんけども多分テレビか何かで見てくれてる末原ちゃんのために、頑張ろうって思わへん?」

漫「……うちは、背負いすぎてたんやね。姫松のエースやからって、愛宕先輩の座ってた席に座ってたんやって」

赤坂「うん、姫松全体を想う漫ちゃんより、去年のような誰か一人だけを想う漫ちゃんのほうが強いんやからね」

漫「――! 次からは気持ち切り替えさせてもらいます!! 姫松のエースやなくて、末原先輩の気持ちに応えるために、後半臨ませてもらいます!」

赤坂「その意気やでー、頑張ってー」

絹恵「そんな頑張った漫ちゃんのために、うちも頑張らんとなぁ……、まぁ後ろは任せて!」

莉子「最後の跳満かっこよかったねー」

友香「最後は持ち直してたし、こりゃ私たちの流れが来たんでー」

劔谷「……でも、やっぱり……」

莉子「わあああ、言わないで! 今は私たちの流れ! でしょ!?」

友香「それ以上言っちゃいけないんでー! この流れだけは…大切に」

劔谷「う、うん……」

莉子「そうそう、別に一位になろうとか、決勝に行くために二位を狙おうとかそういうことは絶対に言っちゃだめ!」

友香「今は何も言わずに水面下でゆっくりと時が過ぎるのを待つんでー…」

劔谷「え、えと…莉子ちゃんの言葉は」

莉子「こ、これはノーカンだよ! ノーカンに決まってるじゃん!」

友香「私たちが準決勝に来れただけでも奇跡だよねー、とかそういうぎりぎりなことはいいんでー」

劔谷「よ、よく分からな…」

莉子「とにかく! 今の調子でいいの、この流れを大事に……、後ろには私たちがいるんだから、ね?」

友香「莉子…その発言も危ないと思うんでー…」

莉子「でも喋らないと不安なのよおおぉぉ」

『対局開始まで五分を切りました、出場する選手は対局室へと移動をお願いいたします』


劔谷「それじゃ、行ってくるね…」

莉子「……!! 勝ってきてね! 後ろにいる私たちも大量得点して一位もぎとっちゃうんだから!!」

友香「開き直っちゃダメだと思うんでー!!」



玄「……よし、そしたら行ってくるね!」

憧「ドラ復活はしなくて…よかったよね。もう今までの玄じゃないんだし」

灼「後ろに私たちがいることも忘れないでね」



三箇牧「憩ちゃん、あの……」

憩「大丈夫、うちを信じて。こんなところで絶対に終わらさへんから」

三箇牧「………!! うちは憩ちゃんを裏切るなんてことしたくない! 憩ちゃんのこと信じてるから!!」タッ

憩「……大丈夫やで…、うちはなるんや。…第二の……あの人に」



漫「それじゃ大量の点数抱えて帰ってくるんで!」

赤坂「頑張ってなー」

絹恵「期待してるで」

中堅戦の後半戦・そして副将戦では驚いたことがあった。
それは三箇牧の大量失点だった。
これが本来の三箇牧ではないか、私は少しそう思った。
荒川憩が支えていると思われる三箇牧、本当に強い選手は千里山のほうに行くだろうし三箇牧には本来相当強い選手はいないはず。
荒川憩の隣に居続けたことで伸びたかもしれない、が中堅戦・副将戦の大量失点には少し疑問が残る。
中堅戦では玄のドラ爆を受け、姫松のエースも本来の調子を取り戻したのか高得点。
副将戦では灼さんの堅実なプレイ、そして劔谷の選手にも目を見張るものがあった。

でも、何か裏がありそうだった。
例えば…そう、決勝に行った時の対策を模索していたような……。
………有り得る?
ここで負けたら敗退なのに? 戦うことはないのに?

そして今の点数は三箇牧の一人沈み。


阿知賀:145300
劔谷:103100
姫松:101600
三箇牧:50000


だとすると、注意すべきは二位の劔谷じゃない…。
大阪の姫松でもない……。

三箇牧を一人で支えてきた、荒川憩だ。


憩「ありゃ? みんな待ってたんか? ごめんなー、流石にうちも最初から全力で行かんと覆せそうにない点差やから気持ち落ち着けてたんや」

憧「……場決めは憩さんと私だけです、先にどうぞ」

憩「お、久しぶりやね憧ちゃん。準々決勝の牌譜見てたで、去年とは段違いやなぁ。ん…と、うちは最初かぁ」

絹恵「お久しぶりです、荒川さん。お手柔らかにお願いします」

憩「あはは。この点差や、むしろそっちが手加減してくれへんかなぁ」

莉子(あわわわわ……。なにこの決勝卓~、みんな知ってる人だけど実際に会ってみるとプレッシャーがやばいよー……)

莉子(お、落ち着け…。後ろの三箇牧は強い人だけど……五万点差、ここはどちらかというとこの順位を死守、あと姫松からの直撃を避けないと…)

憩「そちらは初めましてやんな? 三箇牧の荒川憩やでー、よろしくー」

莉子「は、はい。よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします」

大将戦前半
東家・憩 南家・莉子 西家・憧 北家・絹恵

東一局 親:憩 ドラ:⑥

憩「よっしゃ行くでー、ほいっと」タン


親の荒川憩の第一打。
それを何事もなかったかのように――曲げる。


憩「本気やからな、――リーチや」


絹恵(うわ、初っ端からか。このダブリー、先日打った時は後半だけやったのに)

莉子(前回の対局見てたけど荒川さんのプレッシャーもすごいよこれ……ダブリーだから全部危険牌に見えちゃうし……)

憧(…大丈夫、これは照やセーラから教わったことだから……焦らずに)

憧(荒川憩の麻雀は最速高火力、三巡以内で聴牌しリーチをかけるのが特徴)

憧(他の特徴としては四巡も時間がかかったら普通の人の打ち筋だし打点も低い。あと、三巡以内にリーチはしないといけない)

憧(裏ドラがつくわけじゃないし、牌譜を見る限りダマでも十分なんだけど……多分私と穏乃の山の力みたいに、条件型の力だと思う。条件はリーチ…かな?)

憧(私の……っていうか穏乃のアレは山の深いところまで行かないといけないし、最速高火力の憩さんとは相性が悪い……)

憧(でも、なんとかして山の深いところまで行けば一度だけでも憩さんを止められるかもしれない――!)

それぞれが荒川憩のダブリーに対処しようと考える。
しかし二巡目。


憩「なんや誰も動かんのかいな。――じゃあ」


憩「ツモや。……頑張ってくれたチームメイトの点数、返してもらうで」
憩手配:一一二二三三①②③12399 【ツモ:一】

Wリーチ・一発・ツモ・平和・三色・純全・一盃口。
親の三倍満ツモ――。



恒子「大将戦はいきなり三倍満ー!! 前半戦の東一局、絶望かと思われた四位の三箇牧が開幕12000オール!!」

恒子「すでに三位の背中はすぐそこに見えている!! これはまさか、三箇牧の決勝進出もあるのかー!?」

健夜「………」



阿知賀:133300
劔谷:91100
姫松:89600
三箇牧:86000

憧(……これが、荒川憩。一年のころにはすでに全国二位だった実力者)

憧(宮永照はヒトじゃないって? …憩さんもこっちから見たらヒトに見えないわよ――!)

憧(…でも、絶対に――勝つ!! この人に勝てないとこれから先、決勝にいる人なんかに勝てない!!)

憧(みんなが稼いでくれた点数を守るけど、私も……みんなより稼ぐ気持ちを持たないと!)


東一局一本場 親:憩 ドラ:②

憩「一番遠いのは憧ちゃんかー」タン

憧(……! 狙われてる?!)

憧(…いや、憩さんの視線には気を向けるな。憩さんの捨て牌一打一打に注目するんだ……)タン

憩「あはは、第一打からうちと同じ牌か」

憩「でもまぁその点数は守りに入りたいところやねー」

憩「…でもな、うちはこの点数やから攻めに入るで! リーチ!」タン


憩手牌:二三四③④赤⑤⑥⑦2345赤5


恒子「うわー、さっきから三箇牧の荒川選手の配牌がすごいですね」

健夜「そうですね。高火力選手の中でも聴牌速度が異常ですね…」

恒子「こういった選手相手はさすがの小鍛治プロも危ういのでは?」

健夜「いや、そうでもない…かな」

恒子「え?」

健夜「今回もまた止められる人はこの卓にはいないから和了りますけど、んーと…次局くらいかな。荒川選手の配牌に注目しておいてください」


憩手牌:二三四②③④赤⑤⑥⑦2345赤5 【ツモ:②】
リーチ・一発・ツモ・メンタンピン・三色・ドラ3

憩「――ツモ!! 8100オール!」

絹恵(……逆転された、か)

莉子(あわわわわ)

憧(……山の深いところまで、辿り着けない……)

阿知賀:125200
三箇牧:110300
劔谷:83000
姫松:81500


東一局二本場 親:憩 ドラ:西

憧(……憩さんとの間っていくらあったんだっけ。今は二万点離れてるけど、この距離って憩さん相手だとすごく短いような気がする)

憧(…それにしてもどうしよう。配牌は……うん、字牌もドラも含めてそこそこ早和了りはできそうだけど……)

憧(得点を取りに行くか、憩さんを深山まで引き摺りこむか……)

莉子(一気に…三位。……ううん、こんなところで諦めてちゃだめ! 確かに荒川さんは予想外の強さだったけど)

莉子(この準決勝は二位に入ればいいんだ!)

莉子(最後まで……頑張ろう)

絹恵(……はぁ、荒川さんホンマに強すぎ…。お姉ちゃんが強いっていうのも頷けるわ)

絹恵(うちもよう準決勝来れたのか不思議でたまらんわ、荒川さんの隣からのトーナメントやったのに)

絹恵(……ただ、そろそろ荒川さんは)



恒子「…ん! 荒川選手の配牌……これは」

健夜「彼女は前々回の全国一位の宮永照選手や、同じく高火力が持ち味の天江衣選手とは違うんです」

健夜「荒川選手のスタイルには大きなムラのようなものがあります。そのムラは決して取り除くことは出来ず、天江選手たちとの間にある埋められない差なんです」

恒子「……あれ? 小鍛治プロは荒川選手と対局したことがあるんですか? いつもは観戦しながらさも初見のようなコメントだったのに」

健夜「対局はしたことはないんですけど、荒川選手のスタイルは知ってるんですよ」

恒子「へー、そうなんですか」

健夜「………」


憩手牌:二三赤五⑦⑨11白發東東南南


憩(……ガス切れ…か)

四巡目

憩「………」タン

憧(……! 事前に入れた情報なら憩さんはこの局では勝負に出れない配牌! ここから…攻める!!)タン

ここから意識を攻めに変える。
すぐそこにまで迫った荒川憩をなんとしてでも離す。
憩にとってたった20000点、逆転するには高火力ならば直撃じゃなくてもいける。
憩の範囲内。

その荒川憩からの範囲内から脱出しようとした、最初の一手に――。


憩「あかんなぁ…気抜いたら」

憧「……え?」

憩「タイミングはええで、今までのうちやったらこの局はガス切れやったら降りてた。……でもな」


憩「――ロンや」


恒子「~~~ッ!! これは!!」

健夜「荒川選手は確かに先に言った選手らとは違います。ただそこで進歩を止めてしまったらそこまでです」

健夜「…見事!」


憩「9600の二本場は、10200!」
憩手牌:一二三⑦⑧⑨11東東東南南南 【放銃:一】


憩「憧ちゃん、これで逆転…やな」

憧(……三巡以内の聴牌リーチじゃなくて、四巡以降の和了もあるの……?! 高火力じゃないけど……この速さは……!)



三箇牧:120500
阿知賀:115000
劔谷:83000
姫松:81500

その後の前半戦は憩さんの一人舞台ということはなく、私たち残りの三校で点数を削りあっていた。
憩さんは全くといって動かず、たった三回で7万点も手に入れ、以降はその点数を守りに守っていた。
多分だけど、憩さんはもう動けないんじゃないだろうか。
私が見た今までの憩さんの牌譜と同じ通りだった。半荘一回につき最速高火力の三巡リーチは数えるほど、2~3回しかなかった。
その回数で稼げるだけ稼がないと後で同じほど稼げるわけではない。

私は憩さんの最速高火力を止めるには深山に引き摺り込んで不発させるしかないと思ってた。
でも……憩さんも私のことを多分知ってたんだ。
深山に引き摺り込まれる前、一番最初から実力を全て出し切る。
後は素の実力で勝ちに行く……。
私の対策はばっちり、だったのか……。

憩さんにばかり気を取られていたわけじゃないけど、劔谷も姫松もそれぞれ勝ちを目指して和了り始めてきた。
ただ、私は憩さんを一度も止められなかったショックもあり少し出遅れてしまった。
一番得点したのはもちろん憩さんだけど、次に得点したのは姫松だった。
洋榎の妹だっけ? スタイルは洋榎に憧れているのも少し見られるけど自分のスタイルも持ってる。
すぐに攻略できそうもないし、名門姫松の大将だ。十分すぎるほどの実力がある。
満貫以上の放銃を二回も喰らってしまい、私は落とされてしまった。

前半戦が終わり、後半戦に突入する前のほんの少しの休憩時間。
憩さんが声をかけてきた。

三箇牧:111800
姫松:99500
劔谷:96600
阿知賀:92100


憩「えらい落ちてしもうたな、憧ちゃん」

憧「む! まだまだこれからですよ」

憩「おぉ~、ええ意気やん。頑張ってな」

憧「はいはい」

憩「……あんな、ちょい聞いていい?」

憧「なんですか?」

憩「…憧ちゃんたちの阿知賀女子って最近麻雀部出来たんやんな? 初めて全国出場した時の感想ってある?」

憧「本当になんですかいきなり。今するような話ですか?」

憩「ええやん、ちょっとだけでも~」

憧「えっと…。とはいっても、麻雀部が出来てすぐに全国出場果たしましたからそれほど自分たち頑張った! とは思ってないんですよね」

憩「うわー、強者のセリフやなぁ」

憧「……突っ込み待ちですか」

憩「べっつにー」

憧「…まぁ、だからそれほど感想とかはなかったですね」

憩「…でも奈良県って晩成っていう名門いたよね? 晩成とやった時の感想は?」

憧「晩成ですか。…最初やった時はそこそこ不安だったんですけど勝たないと何も始まらなかったんですよ私たちは」

憩「なんで?」

憧「原村和っていう昔の友人と会いに行きたかったんですよ」

憩「あー、インターミドル王者やったっけ? なんか去年それで注目されてたなぁ」

憧「…多分和は全国にやってくる。だから私たちも必ず全国に行こう! それが目標だったんで、県大会で躓くわけにはいかなかったんですよね」

憩「なるほどなぁ…、個人戦やったらあかんかったの?」

憧「んーと。私たちって和とグループになっていつも遊んでたんですよ。だから私たち個人個人が和に会いにいっても……」

憩「なるほどなぁ。みんなで会いに行くってのがポイントやったんか」

憧「そうですね。…晩成が強い、私たちはろくに試合してないから自分の力量が分かってない。不安要素はたくさんありました。それでも和に会いたい一心で頑張ったんです」

憩「……なるほど力の源はいわゆる…愛の力か」

憧「…せめて絆と言ってくださいよ」

憩「えー、そっちのがくさくない?」

憧「というか憩さんも照れてるじゃないですか! 照れるくらいなら言わないでくださいよ!」

憩「バレたかー。……まぁそういう理由で頑張ってきたわけか」

憧「はい。…動機が幼稚っぽいな、とは自分でも思ってましたけどそれでも本気でしたから」

憩「本気かー」

憧「そうなんですよね」

憩「………」

憩「うちとは違うんやな。…なんていうか、前向きなんやな」

憧「え?」

憩「……あのな憧ちゃん、いいこと教えたる」

憧「……っ?!」

憩「強くなるには、愛とか絆とか……そんなんいらんよ」

憩「相手を叩き潰すほどの憎悪と、あとほんの少しの……」


憩「復讐心だけでええねん」


『対局開始まで五分を切りました、出場する選手は対局室へと移動をお願いいたします』

初めて見た、温厚だと思った憩さんの怒った顔を。
言葉通りの憎悪が顔に出ていた。
それは……私を動揺させるためだろうか。そう思ったが腑に落ちない。
だってあれは、本気だったから。

誰に対して、何に対してあそこまで憩さんは怒れるのか。
少なくとも私には向けていなかった。
ドス黒いものが見えていた。
それは私に矛先を向けるのだろうか。あんなものを向けられたら私は……。
ただでさえショックで弱っているところに勘弁してほしい。
穏乃のために、今私はここに来ている、優勝するためにも…。
なのに私は自分のことでいっぱいいっぱいだった。

………。
やっと一つ和了れた。そこそこの高め。
これで三位浮上、憩さんだって範囲内、まだ頑張れる…。と思った矢先。

高火力で連続和了。二位の姫松に7万点もの差をつけ、そして――オーラス。
憩さん率いる三箇牧は例え姫松に役満直撃されたとしても二位。
決勝行きは確定となった。

南四局 親:劔谷 ドラ:①

東:莉子 南:憧 西:憩 北:絹恵

三箇牧:161900
姫松:92300
阿知賀:77400
劔谷:68400


憧(……満貫直撃。跳ツモだと100点差で決勝進出……)

憧(二位は……姫松!! 洋榎の妹!!)

憧(親が劔谷だから劔谷が和了ればまだ続くけど…)

憧(こんなところで和了られたら流れは全部持っていかれる。それだけは…させない!!)

憧配牌:二三七④⑨2269發白南南

憧(……なのに!! この配牌!!)ギリッ

憧(…よく考えて……この配牌から……勝つ道筋を、見つけるんだ!!)

憧(大丈夫、前半とは違って、もう自分のペースを取り戻した)

憧(ここで負けたらそれは…? この配牌のせい? いや、こういった配牌がオーラスに来ることを考えなかった自分のせいだ)

憧(……私は、まだ諦めちゃいない!!)

絹恵(後は逃げきるだけや、それだけやのに……この不安はなんや…!?)

絹恵(有り得へん、こっからうちが落とされるのは……)

絹恵(でも、阿知賀との差は……一万五千点。……これは)

絹恵(……いや、逃げれば……ええだけや!)

絹恵(配牌が悪いわけでもない、一手一手、確実に……頭使って逃げへんと……!)


莉子(オーラス、せっかく友香ちゃんも頑張って稼いできたのに……去年のこと、思い出しちゃうよ)

莉子(私のせいで…敗退になった劔谷……)

莉子(終わらせたくなんて、ない)

莉子(兵庫だって、激戦区なのに……。大阪の二人に全く敵わない。この違い…なんなの?)

莉子(……今は分からない、だから知りたい)

莉子(こんなところで終わりたくない!!)

莉子(決勝に行って、頂点での景色を……見に行くんだ!! 変われる気がする…私は!)


憩(………)

恒子「さぁ、ついに始まりました! 準決勝のオーラス!!」

恒子「これで最後です!! 一位は独走状態の三箇牧! これはもう役満を受けても二位なので決勝行きは確定です!」

恒子「次に続くは姫松、後ろにぴったりというわけではないですが阿知賀がいます。阿知賀が姫松に満貫直撃か、跳ツモで逆転勝利です…が」

恒子「…あまり言いたくはないですが、阿知賀の子は少し厳しいですね……。配牌に恵まれていません」

恒子「最下位は劔谷ですが、親なのでまだ希望は有ります……ん?」

健夜「……っ!?」

恒子「あーっと……この配牌……は」

健夜(まさか……!)

莉子(………よし!! 気を引き締めよう!! まだ続けるんだ!)タン【打:南】

憧(……ダブ南だけど鳴くのは論外、チャンタもホンイツもドラも何もない………勝ちに行かないといけないのに)

憧(何が…来る?!)チャ

【ツモ:五】

憧(……まぁ、長い目で見ないとね)

憧(何を捨てようか、字牌は……揃えば 發・白・場風・自風 か。全部揃えば満貫確定だけど)

憧(ホンイツ? 【打:發・白】はもし姫松が持ってたら逃げられる……。まぁこれだよね)タン【打:⑨】

絹恵「――ポン!」

憧(ッ!? 一巡目に鳴き?! もしかして…揃ってきてる?)

絹恵(………)


恒子「おっと、姫松が動きました! これはやはり早和了り目的です! さぁ逃げ切れるのか?!」

健夜(……違う。……姫松は…もう)


絹恵(……え? あれ? ……今、うち……)タン【打:南】

憧(……っ!! 最後の南が捨てられた!!)

憧(…鳴けるわけがない! 跳ツモ目指さないといけないんだから……!)

莉子(姫松が鳴いた……、もしかして聴牌直前? …私まだ四向聴なのに……)

莉子(…私も、早和了りにしたほうがいいかな。 和了らずに終わるなんて嫌だけど……)タン【打:一】

憧(南は……頭として持っておくのも有り…)チャ

【ツモ:一】

憧手牌:一二三五七④2269發白南南

憧(……! 混一一通……?)

憧(……姫松が⑨鳴いた……、先に④は捨てたい! まだ二巡目でしょ?! …通ることを祈るね)タン【打:④】

絹恵「――ポン!」

憧(あちゃー、……じゃない。ヤバイヤバイ。これはヤバイ。……もう聴牌かな? 三元牌はまだ私の手元にしか見えてないし、もしかしたらもうあっちの手牌にあるかも)

憧(姫松は聴牌と考えよう。……でも私もこんなところで退くわけには行かない…! 姫松のことを考えながらも……和了りを目指さないと!)

絹恵(……自分を信じよう! この心の声に従って、早和了りを目指すんや!)


恒子「姫松、またも鳴いてついに聴牌!! …なんだか去年見たような……デジャビュを感じます」

健夜(……そうだね、去年のあの選手と同じだよ……これは! でも!! これはいけないんだよ…! 気付いて……!)


絹恵手牌:78北北北東東 【④④④】【⑨⑨⑨】


恒子「6-9の両面待ちです! そして……阿知賀の新子選手の若干浮いている牌でもあります! これで終わってしまうのか!?」


莉子(……)タン【打:8】

憧(……姫松は、聴牌なの? それさえ分かれば……)チャ

【ツモ:六】

憧(……! 一通が具体的になってきた!)

憧(…さて……聴牌だと考えて……何待ちか)

憧(早和了りの鉄則は多面待ち、両面待ち。でもあんなに最初から鳴きまくってまだ三巡目)

憧(手牌がバラバラな可能性だってある、カン待ちだったりね)

憧(でも私は……姫松が聴牌だと踏んだ!!)

憧(早和了りの鉄則は多面待ち……だったら、筋)

憧(ここが、分かれ目!!)

健夜「……全部…」

恒子「……え?」

健夜「全部、筋書き通り…だったというの?」





憧(どう!?)タン【打:2】

絹恵「……」

憧(………! くぐり抜けた!! まだ、私は戦える!!)




健夜「……これで終了、ですね」

恒子「い、いや! ……和了宣言…していません! ……あ」

恒子「……あああぁぁぁ!!」





憩(………)タン

絹恵(荒川さんはツモ切り…か。うちはもう聴牌!! こい!!)チャ

【ツモ:2】

絹恵(くっ!! 早く…! 早く和了りたいんや!!)タン【打:2】

――ロン。


その声は……私の耳にはっきりと聞こえた。
清々しいほどすっきりとした声で。
しかし、その言葉にはドス黒いものがこもっていたのが分かった。

姫松が出した2に出和了り。


もし私が和了宣言をしたらフリテン。
劔谷だとしても同巡。

だけど一人だけ姫松に出和了りできる人物がいた。


復讐や――。


そんな言葉が聞こえた。


憩手牌:11122發發發白白白中中中 【放銃:2】


私の2を見逃し、絹恵を狙っての2出和了り。……大三元四暗刻単騎。
二位だった姫松は最下位に落ち、繰り上がりで阿知賀決勝進出。
オーラス三巡目で迎えた、準決勝の結末だった。

――――――

―――


憩「いやー、よかったなぁ憧ちゃん。これで決勝進出やで」

憧「………」

憩「劔谷の子はもうちょっと頑張らないかんな。でもまだ来年あるやろ? その時に再チャレンジや! まぁうちはおらんけど」

莉子「あ……はい」

憩「決勝は明後日か。ちょっと疲れたからゆっくり休めることは出来るな。憧ちゃん、また会おかー」

憧「………」

絹恵「ぁぁ……くぅ……」

憧(…声なんて、かけられるわけ、ないよ……)


自分もかなりのショックを受けていた。
それに、憩さんによって勝利を手にしたこの勝負、私はなんて声をかければいいのかもわからなかった。


憧(……っ)


私は勝者のはずなのに、まるで逃げるように対局室から出た。


灼「……決勝進出だね、憧」


対局室から出るとそこにはみんながいた。
灼さんにそう声をかけてもらったけど、自分は素直に喜べるわけがない。
それは他のみんなもそうなのか、少し俯いている。


憧「…ごめん」


それは結局は私が弱かったから。
あのままだと、私は負けていた。憩さんがいなくても多分、妹さんには勝てなかったかもしれない。


憧「あと、……一人にさせてくれないかな」


私はそう言うとみんなとは別の方向へと歩いていく。
その際に玄が何かをいいかけたけど、すぐに口を噤んだようで、私は誰もいないほうへと歩いていった。



唇を少し噛む。
この胸の内にある悲しい気持ち。これが決勝までずっと続くのだろうか。
お情けでもらったような勝利、自分で掴み取れなかった勝利。
荒川憩に対する、負の気持ちでいっぱいだった。
そして、何よりも辛かったのが、見逃し。


憧(最後の役満、私からも和了れたんだ……私は、憩さんに気付かずに2を捨ててしまってた!)

憧(6-9は危険牌だったけど、2も危険牌だったことに気付かなかったんだ)


実力不足を痛感した最後の一巡。
とても辛い思いがあった。


憧(……憩さんは、復讐だと言ってた)

憧(絹恵さんに? だから見逃しからの絹恵さんの狙い撃ちだったんだろうか)


そしてやっぱり憩さんの復讐という言葉も気になっていた。
憩さんにあまり似合わない言葉だと思ってたけど、あの一局が終わってからは復讐という言葉に違和感を感じなかった。

そしてふと声が聞こえたような気がして後ろを振り向いてみると。


シズ「あ、こんなところにいた」

憧「……どしたの? 一人にしてほしかったんだけど」

シズ「誰が憧の言うこと聞くもんか、私は憧といたいからいるんだ」


シズが追いかけてきていた。
いつも通り私の頭に乗っかるとそんなことを言ってきた。


憧「はぁ、実物大のシズにならそんなこと言われたいんだけどね」

シズ「へ、へぇ。 そんなこと言っちゃうんだ」


頭の上で少しシズが怒ってるのが分かる。
こうなりゃ少しシズにちょっかいかけて気分を晴らそうか、なんて。

ふと少し黒い感情が心のうちにざわついた時だった。

憧「……ん?」


通路の奥からとんでもない大きな声が聞こえてきた。


シズ「…いつも通りうるさい人だけど、やけに大きい声だね」

憧「……っていうかなんでここに? …ってあぁそっか。 ちょっと様子を見に行かないと」


怒りを孕んだ大きな声が響く。
私は通路を少し駆け足で抜けて現場につく。

そこには、今にも憩に掴みかかろうとしている洋榎と、その洋榎を後ろから必死に抑えようとしているセーラがいた。


セーラ「ちょうどいいところに来たな憧。こいつ黙らせるのに協力してくれへんか?」

憩「憧ちゃんやん。さっきぶりやね」


二人は私に少し視線を向けるが、洋榎は一度も私を気にすることなく肩で息をするように憩を睨んでいた。
その目は少し涙を流していたようで、赤く腫れている。


洋榎「はよ答えんか! 憩!! なんで憧と絹の戦いを邪魔したああ!!」

憩「邪魔って言い方悪いなぁ、麻雀って四人でするもんやん? そんな言い方したら蚊帳の外やった劔谷の子に可哀想やん」

憩「あぁでも、憧ちゃんもおるし。 ちょっとばかし本当のこと言ったろかな?」


憩さんはそういうと洋榎はほんの少し落ち着いたようで、力を抜いたようだった。
私も少し気になっていた、多分復讐とかそういうことなんだろうけど……。

でも、違った。


憩「理由は簡単。憧ちゃんのほうが弱いからや」

憧「……え?」

憩「うちは全国優勝したいんや。そしたら決勝には弱い方を持ってくるのがちょっとは楽になるやん?」

憩「絹ちゃんは強かったよ、洋榎から良い影響を受けてたんやな。かなり手こずったわ」


弱い。
ただただ、そんな言葉に……疲れきっていた私の体にひどくのしかかってきて、気がつくと私は壁にもたれかかっていた。


憩「これが絹ちゃんを下にやって、憧ちゃんを決勝に持ってきた真相や」

憩「これでええかな? うちはこう見えても疲れててな、そろそろ休ませてもらうわ」


そう言って憩さんは立ち去ろうとする。


洋榎「せやったら……なんで絹にあんなことしたんや?」

その言葉に足を止める憩。


洋榎「昔、あんたの口から漏れた言葉を思い出したんや、絹にしたことを見て」

洋榎「あんたには昔、憧れてた人が二人おったな……」

洋榎「…今も、憧れてるんか?」


憩は振り向くと、いつもの笑顔ではなく、睨んでいた洋榎を睨み返していた。


憩「憧れてるし、尊敬もしてるよ、今は片方だけやけど」

憩「うちは、なるんや」


憩「無名の高校を初めて全国に出場させ、当時快進撃を続けていた一人の選手を破り、全国優勝へ導いた……」


憩「小鍛治プロ……。第二の、小鍛治健夜に、うちはなるんや」


小鍛治健夜。
十一年前、準決勝で当たった晴絵の心を折り、全国優勝を果たした後、数々のタイトルを取得した人物。
生きる伝説と呼ばれる、魔物。

そんな人に、憩さんはなろうとしているのか。

憩「……憧ちゃん、これは運命や」

憧「え?」

憩「次の決勝で、歴史を繰り返したるで」

憩「まさか、憧ちゃんがセーラと洋榎たちと組んでるとは思わなかったし、準決勝は遠慮したけど」

憩「次は潰すで。どうあっても赤土さんは小鍛治プロには敵わない。…あんたも阿知賀のレジェンドって呼ばれてたっけ? 奈良は隣やし、ちょっと耳に入ってたんや」

憩「あぁでも、準決勝で潰したほうが良かったかな? 十一年前もそうやったし」

憧「………」

憩「うちの心を折る麻雀は、それなりにエグいで? 楽しみに待っててな」


憩さんはそう言うと、ついに去っていった。
その後姿を、私はどうやっても見ることは出来なかった。何故かってそれは……。


洋榎「……!! 憧! 特訓や! まだ一日空いてる! Bグループはどうせ白糸台と清澄が上がってくる! はよ特訓するで!」

セーラ「もちろん協力しないわけにはいかんな。照と小蒔も呼ぶか?」

憧「待って!!」


やる気になってる二人を大きな声で私は止める。
顔を俯いたままでも、二人にはちゃんと聞こえていたようだ。

洋榎「ど、どうしたんや? そんな俯いてたら、勝てるもんも勝てへんで?」


洋榎が一番に私に声をかけてくれた。
自身が熱くなりすぎたことに気付いたのか私に対して少し親身になれるように落ち着いている。
こういうところが、主将に選ばれた洋榎の良いところなのかな、と他愛もないことを考えてしまった。


セーラ「憧……あんた、まさか」

憧「……ごめん、今は一人にさせてくれないかな?」


ほんの少しの勇気を絞って、私は言った。
セーラは気付いたかもしれない。


洋榎「ひ、一人で特訓か? それならしゃーないな?」

憧「…うん、そう」


洋榎も気付いているかもしれない。
でも私は嘘をついてでも、ここから離れたかった。

この二人から離れられるようにまたも逆方向に体の向きを変え、少し駆け足でここを去る。


洋榎「…憧! 頑張ってな!」


洋榎は、もう私しかいないと思ってる。
憩を倒すことが出来るのは、私に頼るしかないんだ。


二人が見えないところまで進んで、置いてあったソファに腰掛ける。
顔を手で覆いつくす。


憧(ごめん、洋榎、セーラ)

憧(……私、憩さんに勝てない)

憧(実力が負けてる、どうあっても憩さんに勝てるヴィジョンが見えない……)

憧(私は……どうすれば)


こんな時、私はどうしていたのか。
負けそうになった時、辛そうになった時、勝てないと踏んだ時、私は今までどうしてたのか?

思い返すが、全く分からない。
だって、私はいつも自信があったんだ。
去年も晩成相手でも、白糸台相手でも、決勝に行った時でも、私はずっと自信に満ち溢れていた。

こんな経験は、初めてだった。

去年とは、何が違うのか。


それは……。


絶望感が漂うこの状況で声はかけられた。


シズ「……憧、大事な…話があるんだ」

シズ「憧は強くなりたいの?」

憧「……突然ね」

シズ「大事な話だから、真面目に答えて欲しいな」


そういったシズの目は、本気で。つい生きていた頃の穏乃を思い出してしまう。


憧「……そうだね、強く…なりたいな」

シズ「理由は…私の考えている通りなのかな」


どこか寂しそうな目をするシズに私は頷いた。


憧「…強くなりたいの。だって、シズのいない世界なんて興味ないから」

憧「強くなって、全国優勝して、…それで」

憧「……だからね、明後日の決勝は、勝たないといけないんだ」

シズ「…そしたら、ほんの少しだけでも強くなれる方法、教えてあげるよ」

憧「………」


この場面でシズはとても都合のいいことを提案してくれた。
これは自分にとって、その方法を教えてもらう以外にない。
――だけど。


憧「嫌だ」


私は拒否をした。

シズ「――っ! 憧は、勝ちたいんでしょ! だったら私の今からする提案に乗ってよ!」


少し怒った口調でそういう。
シズはその提案を私に持ちかけていた時に何かを決心していた。
それなのに私はその提案を拒否したから、怒ったんだろう。

私は、その方法の内容を知っている。
感覚的に分かっていたんだ、でも。


憧「もし、その提案に乗ったら……シズが消えちゃうんじゃない?」

シズ「…っ!」


図星のようで、シズは言葉に詰まった。


憧「分かってるんだ。私が今まで使ってきたこの力っていうのは全部シズを通しての力だったんだ」

憧「私の力じゃ、ない。強くなる方法っていうのは、シズから力を受け継ぐ、そういうことでしょ?」


初めてこの力が自分に宿っていたのを感じたのは晩成との県予選決勝の時だった。
その時にはすでにシズは自分のそばにいたんだ。
そして、この力を使う度に、私はシズと繋がっている感覚を覚えていた。

方法というのは、今いるシズが消える代わりに私に譲渡して私の力そのものにする、そういったものだった。

シズ「別に、いいでしょ? 私はさ、憧の側にいないといけないってわけじゃないし、これからは神様の隣で見守ってるんだから」


そうだ。だってシズは私の知っている穏乃とは違うんだ。
ただ穏乃の姿をしているってだけで記憶も性格も口調も違ってる。
このシズは私との思い出を沢山持っている、大事な親友じゃない。


憧「………き」

シズ「え?」


一緒に勉強して麻雀を覚えて、一緒にテレビ見て晴絵を応援したり。
クラブに入って他のみんなと沢山遊んだり。
吉野で遊んだりもした。
思い出は沢山ある。

そして、山で迷子になった私を、見つけ出してくれた。
そんな穏乃が…いや、シズが。


憧「嘘つきだね、シズは」


今、私のためを想って嘘をついて、離れようとしてくれている。
私が、悲しまないように必死に考えてくれたのだろうけど、バレバレなんだよ、ほんとに…シズは。


憧「あなたは、最初から言っている通り、シズ、なんでしょ」

シズ「………」


俯いたまま言葉を発さないシズで確信は真実に変わった。

憧「前にシズを置いて玄の家に行ったことがあったよね。シズがいないことに気付いてすぐに戻ってきたけど」

憧「その時にもう、気付いてたんだ。あんなにも涙を流して、私の胸に飛び込んできて、そして――その時に言った言葉で気付いたんだ」

憧「『また、会えなくなると思った』って…」

シズ「あ…」

憧「私は、シズと出会ってからずっと一緒にいたよね? 会わずにいたことなんてなかったよね? 仮にあったとしても…涙を流すほど辛いことだった?」

憧「…あったかもしれない。私が忘れてるだけかもしれない。…でも、ね。会いたかったシズがこんなにも近くにいただなんて、信じたいんじゃない?」

憧「シズ、だったんだね。あの時会ってからずっと今まで一緒にいてくれたのは。見守ってくれていたのは…」


そんなシズが、私のために…消えようとしてくれるだなんて。


シズ「…最初は、まだ記憶はなかったんだ」


ゆっくりと、目の前のシズは喋った。


憧「最初って?」

シズ「憧と出会った大木の前。あの時は本当に記憶は薄れてた。でも、私が何をしにここに来たのか。目的は覚えてたんだ」

シズ「憧の部屋に訪れた時、置いてあった雀卓や、阿知賀の部室を訪ねた時、…灼さんや玄さんと会った時」

シズ「一つずつ、思い出してきたんだ」

シズ「……そして、あの事故のこともね」

あの事故とは、シズが死んでしまった事故のことだろう。
そこで私はどうしても言わないといけないことがあるのを思い出した。


憧「私さ、事故の間ずっと気絶してたと思ってたんだけど……ちょっと意識あったんだよね」

憧「シズの背中におぶさっていたことを。……動けない私をさ…こんなにも小さい背中で、おぶってくれて」


私はそう言ってシズの背中を少し突く。
こんなにも小さい背中じゃなかったけどね、とシズ。


シズ「そっか、気付かなかったな」

憧「…なんだか現実離れしててさ、夢なのかな、って思って目を閉じたら…次に目を覚ました時は病院だったんだよ。あれは…夢だったのか、夢じゃなかったのか」

憧「例え夢だったとしても最後にシズの姿を見ることが、嬉しかったな、って思うように…したけど」

憧「やっぱり……、悲しいよ」

シズ「…ごめんね」


シズが死んでから私はこの気持ちをずっと引き摺って過ごしていた。
それがやっぱり、悲しくて苦しくて、辛かった。
一年ぶりに会えたシズはでも、最初は私の知ってるシズじゃなかったけど。

シズ「憧は…今苦しい?」

憧「苦しい? なんで?」

シズ「荒川さんと戦って、無理にでも全国優勝狙わないといけなくなって。…それって、私が…私を助けるためにはって言っちゃったからなんだよね」

シズ「私は、憧が苦しんでいるところなんて、見たくなかった。…今も相当、苦しんでいるよね?」


苦しんでいる。確かにそうかもしれない。
シズを助けたいとプレッシャーを感じているのも確か。でも…こんなことシズには言いたくない。


憧「苦しんでなんか、いないよ…」


この言葉は、でも本心。


憧「今は…嬉しい気持ちでいっぱいだから」


現実逃避なんだけどね。
シズと会えたこと、話せたことがとても嬉しい。
本当に、涙が出そうだ。
やっぱり私は、シズに会いたい。もっと話したい。
その気持ちがやはり前面に出てきた。

勝たないと、いけないよね。

勝つ、ためには――。


憧「……シズ。私、力が欲しい。…シズを必ず救えるような、力が」

シズ「…うん。憧なら、きっと救ってくれるよね」

シズ「でも、その前に!」

シズ「憧、思い出して。私たちが大木に登った時の景色のことを。目の前に広がっていた、綺麗な山岳地帯を」


シズの言葉通りに、目を閉じて思い出す。


吉野の山に行った時、シズに支えてもらいながら大木に登った。
そこから見える風景は本当に、綺麗だった。

夏だったからかな、とても青々としていて周りの木の匂いでいっぱいだった。
その時は確か夕暮れで、山の一部が日の光に当てられて対照的に裏側のほうがやや暗くて、そのコントラストの分かれ目は曖昧で。

隣にいるシズとくっついて、その景色を見ていた。

高い所にいたからなのか、時折強い風が吹いてきて、シズは大丈夫だよ、っていうから大丈夫だねって答えてたけど、本心ではちょっと怖くて。
シズの手を握っていたっけ。

帰り際にはシズがたまたま月を見ていた。
その視線を追って私も月を見ていたんだ。

そして――その記憶の中から、シズがゆっくりと消える。

幼い私は、今の私に変わる。

もうシズはいない。
この山には私一人。
この世界には…私が一人でいる。

けれどもこんなにも広い世界で私は走り回れる。
ゆっくりと、記憶の中の夕暮れの空を見上げる。

シズと一緒に見た月は少し雲に隠れてしまっている。

この広い世界を走り回れるのなら、あの雲を突き抜けて、月まで行ってみようか――。

シズ「もう、大丈夫みたいだね」

憧「………」

シズ「そしたら、私はもう、行くね」

憧「………」

シズ「憧、またね」

憧「…必ず、会いに行くから」


気がつくとシズは消えかかっていた。
そして同時に私の中に大きな力が流れ込んでくるのも分かった。
シズが消えるという実感が、直接心に伝わってくるんだ。

本当は何も話さずにこのまま別れたかった。

でも無理だ。


憧「会いたいから!! 私、シズと一緒にいたいから!!」


叫んでも叫んでも、私の心の中にある想いは溢れ出てきて止められないでいる。
シズへの想いが、気持ちが、沢山ありすぎて。


憧「だから、……待ってて。迎えに行くから」

シズ「…うん。待ってる」

シズ「…あとね、私、事故にあってもうだめだ、って思った時ね」

シズ「みんなの顔がやっぱり最初に思い浮かんだんだ。…全国へ行く前、行った時なんかは和に会いたくて和のことばっかり考えてたけどさ」

シズ「それでも、本当に…ダメだなーって思った時は、灼さん、宥さん、玄さん、赤土先生……それで、憧」

シズ「みんなともっと話したかったなー、とか。みんなともっと色んなところ行きたかったなーって。みんなで優勝したかったな…そんなこと考えてた」

シズ「やっぱり、阿知賀のみんななんだよ。私にとって大切な人たちは。だから私は最後にみんなの顔を思い出して、…だから私はここに来たんだと思う」


そして、シズが消える直前。


シズ「最後に、憧に…」


シズは私の頭に触れた。


シズ「憧が笑顔になれますように、幸せに…なれますように」

憧「…なにさ、それ」


シズ「いつか、教えてあげるよ。…笑顔になれる魔法、幸せになれる魔法を。だから、迎えに来てね」


その言葉で目の前のシズは完全に消えてしまった。

もうシズが感じられなくなった――。

憧「………」


シズがいなくなって数分間、私はほとんど放心状態で椅子にもたれかかっていた。

もう悲しみはない。
だって、シズとはまた会えるんだから。

私は立ち上がり、決勝シートを思い出す。

Aブロックは阿知賀と三箇牧に決まった。明日のBブロック準決勝ではきっと清澄と白糸台が勝ち上がってくるだろう。

自分でも信じられないが、先ほどの絶望感や苦しみを一切感じなくなっていた。
自分の心がとても高揚しているのが分かる。

シズを助けないといけない、そのプレッシャーが酷くのしかかっていただけかもしれない。

私はもう、シズを助けられる。
その確信があるからこそ、私は決勝卓を素直に楽しめる気がした。

照「元気、みたいだね」

憧「え? 照?」

照「洋榎たちが向こうでうろうろしてたから何かあったの、って聞いたら色々話してくれた」

憧「あー、洋榎たちに後で謝らないとね…」

照「かなり心配してたみたいよ、先に行ったほうがいいかもね」

憧「そうしよう、かな。…ところで照ってこの後時間あるかな?」

照「ん、少しなら取れると思う。どうして?」


あれ?
洋榎から聞いたんじゃなかったっけ。ってことはたまたまここに居合わせただけだったのかな。


憧「いや、明後日に備えてちょっと特訓してもらおうかなって」

照「なるほど。…どうしよっか」

憧「…実は今の自分だったら、照に一泡吹かせられるんじゃないかっていう自信もちょっとあるんだよね」

照「それは…期待していいのかな?」

憧「任せてよね」

照「……それじゃあ」

――――――。

―――。


その日は一度阿知賀のみんなと合流して素直に決勝進出を喜ぶことにした。

そして灼さんと玄にシズがいなくなってしまったことを話した。
二人とも悲しんでいたけど、私が必ず助け出すから、とそういうと二人は少し顔を上げて私を見ていた。

その時の玄の顔は…多分忘れられないだろう。
何かを決意したような、少し恐怖を覚える顔だった。
再びその顔を見たのは二日後の決勝戦の時だった。

玄「憧ちゃん」

憧「ん?」


玄に声をかけられたのは決勝戦の中堅戦開始直前だった。
先鋒次鋒はやはり荷が重すぎたのか少しずつ失点されてしまった。
他の高校の状況はというと白糸台が若干浮いている。
清澄も三箇牧も、特定の人がやけに強いだけで総合力という点では白糸台に負けてしまっているからこその結果だろう。

そのような状況で声をかけた玄は控え室のドアを握ったまま何かを決意したような、遠くを見るような目をしていた。


玄「シズちゃんを必ず助けてね。私はこの決勝戦で全てをかけて勝つから」


そう言って部屋を出て対局室へと向かう玄に私は声をかけれなかった。
邪魔をしちゃいけない、玄の決意を踏みにじってはいけない。

二日前も玄のああいった顔を見たけど何を考えているのか分からなかった。

でも今日のこの言葉で玄が何をするのかを分かった。
玄が照との特訓中に見つけたもの。

照が玄をライバルと認めたきっかけとなる力を、この局で…使うからだ。

恒子「ついに決勝戦も中堅戦まで来ました! 残るはあと半荘6回! 現在は白糸台トップですが!」

恒子「何かが起こる! そんな気がしてなりません!」

健夜「また適当なこと言って……」


玄(阿知賀のドラゴンロード…そう言われて私はあまり嬉しくなかったな)

玄(私たちは団体で、みんなで戦ってきたのに、私だけが取り上げられたみたいでさ)

玄(みんなと、一緒に来たのに……)

玄(でも今回は、みんなでシズちゃんを助けに、ここに来たんだ。ドラゴンロードの松実玄は――この卓にはいないよ)

セーラ「あー、姫松も千里山もおらんしまぁ憧たちを応援かなぁ」

洋榎「……むむむ」

小蒔「私も、憧ちゃんたちを応援しますね!」

照「………」

セーラ「照は複雑やろなぁ。一応全部の高校と顔見知り以上やもんな。憩がおる三箇牧、妹がおる清澄、後輩たちの白糸台、憧たちがおる阿知賀」

洋榎「照はどこ応援するんや?」

照「応援とか、そんなのない。……ところで、玄の様子がおかしい…」

セーラ「玄かぁ。そういえば照と付きっきりで特訓してたな。俺らはたまーに試合する程度で」

洋榎「そういえばうちらもドラローさんと戦いたかったなぁ。でもま、後でやればええか」

照「…洋榎、残念だけど…もう戦えないかもしれない」

洋榎「ん? なんでや」

照「玄の力は、ね。ドラを集めることが力じゃないんだ」

照「ドラを集めるのは玄の力のほんの一部。それでもドラを集めるだけしかなかったのは玄自身がそうしてたから」

小蒔「あ、憧ちゃんから聞いたことあります。なんでもドラがたくさん来ることが嬉しいとか、お母さんが関わっている、とか」

照「…多分玄は、母との思い出よりも、大切なものを見つけたんだと思う。それが玄を変えた」

照「玄の本当の力はね、正直言って私が手も足も出せないんじゃないかってくらい、酷いものだよ」

セーラ「…は?」

洋榎「え、ちょい待ち…ほんまか? ……でも見た感じそんなんでもなさそうやったけど」

照「ちなみに、強いんじゃなくて、酷いの。その力は玄自身も蝕むほどのはず」

照「玄は才能がありすぎたんだ」

セーラ「玄の力はドラ集めじゃなかった。……そしたらなんやったんや?」

照「玄をドラゴンロードって言った三尋木プロは分かってたのかもしれない。――玄の力は」

玄(シズちゃんを助けるため、立ち上がった憧ちゃんを支えるために私はここに来たんだ…)

玄(憧ちゃんは前に進んだ。……私はずっと立ち止まっていた)

玄(去年も、私は待つことしか出来なかったから準決勝では失点していたんだ)


目を瞑ると、思い出すのはここ数週間。
目に輝きを灯した憧ちゃんばかりが見えてくる。


玄(私は、ただ待つことしか出来なかった。だって、いつか来るんだもん。…ドラみたいに)

玄(…バカだなぁ。そんなわけ、ないのに)

玄(お母さんも、シズちゃんも…もう、来るわけないのに)


ドラ集めとは、お母さんとの思い出が詰まった大切な力だった。
これを手放したくはなかった、つい最近までは。
でも…手放さないと、前に進めないことを教えてくれたのは憧ちゃんだった。


玄(私は…前に進むよ。立ち上がって、振り払って、前を向いて進むよ)

玄(ドラゴンロードじゃない…、阿知賀の、勝利と再生の道を――)

玄(この、私の力の全てを…かけて!)

トリップの後ろに文字入れてしまった
同じ文章でレス


時間かけたわりに少ないことにようやく今気がついた。

あと1、2回の投下でって言ったけど
1、2回の投下で終わらせようって思ったら1スレ分くらい書き溜めないといけないんじゃないのかな
まぁそれほどまだ続きます

まぁ全国大会だからちょっと麻雀描写多めになりました。
こんな感じの描写があとちょっとだけ続く予定です

11年前の小鍛冶プロと晴絵の戦いを見たのは、当時小学生? のシズと憧も見てたはずなので
憩も憧れの対象となるんじゃないかなーと、

あと小鍛冶の出身の土浦女子=荒川憩のいる三箇牧
のように、憩は自分を重ねてるので憧れている、と。

またまったりと書く予定です。
512KB容量制限あったっけ、あるなら2スレ目突入になっちゃいますが

乙です 512KB規制はなかったと思います

乙ー
荒川さんが笑顔の裏に底知れない闇を抱えてると言う風潮……いいね!

ちょこっとだけ追加補足

荒川憩の能力は三手以内の高火力、リーチはブラフっていうか
リーチをかけていない時は能力じゃない、と思わせるためのものだったのであのダマ役満がありました

照と憩とガイトさんとあと金髪さんだっけ? あの四人が戦った時にどのような戦いがあったのだろうかと考えていて
憩の能力は高火力ということにしました。
照の照魔境と最速効率麻雀に次いで強い能力は、と考えたところ
照がどうあっても間に合わないほどの速度で聴牌。
これを思いつきました

加えて荒川憩は牌に愛された子ではないという設定で、
すこやんが言った「去年の宮永選手や天江選手とは違ったところが~」
っていうのは牌に愛された子ではない、という意味です。
というかそもそも憩って愛された子じゃなかったよね、なんかそんな設定が一度本編で出てきたような気がしてたんですが


場の流れを大きく変える、一発逆転のとんでもない高い手を出せる能力
(例として衣や咲)
これらは牌に愛された子のみ、回数制限なくほとんど自分の意のままに出来ます

自分のジンクスやちょっとした流れを変える程度だったら
牌に愛された子関係なく回数制限なしに打てます
(例として優希や菫、怜も竜華も)

ただ憩のような愛された子でもなく、こういった大きな力は
少しの回数制限があります。 憩は大体三回だと憧は分析してますね。

で、これは玄もです。
玄の己の全てを賭けて――というのは自分に課せられた回数制限を越える打ち方をするためだからです

最後のレス辺りにこのような説明を挟むのを忘れてしまって、続きを書いている今も
どこにこの説明を入れるか悩んだので、追加補足ということでここに書きます。


自分の考えた設定だけど、せっかく考えて使っているので投下
自分でもごちゃごちゃする時あるので、またおかしいところこの先あったら指摘下さいー


勢いでレス返

>>414
ありがとー! そしたら1スレ以内で消化できそうだ
いつの間にか1レス内160まで可能になってる・・のかな、

>>415
いいですよね! こういうの自分で書いててもゾクゾクします
復讐と言ったのは本当のことだったのか、
すこやんに憧れて得た心を壊す麻雀とはなんなのか、決勝では憩にも焦点を合わせる予定です

以前に残り1,2回の投下で終了と書いたけど、
今回の投下ではまだ終わらないです それだけ

東家:三箇牧 南家:まこ 西家:尭深 北家:玄

東一局 親:三箇牧


三箇牧(流石にドラは来てない、か。これが面倒なんだよね…)

三箇牧(とりあえず聴牌は悟られないくらいにゆっくりと調子上げていこうかな…)タン



恒子「四校とも静かな立ち上がりですね」

健夜「まだ始まったばかりだからね、でも動き出すのは……阿知賀、かな」

恒子「んん? あれ、これ本当に松実選手の手配ですか…?」


玄「――ツモ」

三箇牧(な…早過ぎないか……、親被りだ最悪……え?)

玄「300・500です」

三箇牧「………あ、はい」

まこ(…なんじゃ、違和感ばかり漂うとるの……)

尭深(…これって……、いや気のせい、かな?)

東二局 親:まこ


5巡目

まこ(今んとこ誰も動いてなさそうじゃの……わしの手も手替わりしそうやし、ここは少し待つ…)タン


玄「――ロン、1300」


まこ「ふぅ、はいよ」

まこ(聴牌、いつの間に……調子狂うのぉ)


尭深(………もしかして、止めないといけない…?)

東三局 親:尭深


6巡目


玄「――ツモ、2000・3900」


尭深(…! これって……)



恒子「こ、これは……! 過去の選手を思い出させてくれますね!」

健夜「宮永選手の…連続和了…」

恒子「どういうことかは分かりませんが、今回の松実選手は連続和了で高得点が期待できそうだー!」

照「玄の力は、道を作ることなんだ。ドラゴンロードとは、玄が作ったその道にみんなを進ませることで周りの対局者にはドラがこないようになる」

照「玄はドラゴンロードの最先端にいて、そこから振り返っていただけだったんだ」

照「玄はもう前を向いている、新しい道を築きつつある」

照「自身が勝利するための最短の道を、最速和了という形で作ってるんだ」

洋榎「勝利するための、道…」

照「もう、中堅には敵はいないよ。尭深を含めて対局者は私のような連続和了って気付いているだろうから、止めに行くだけだろうしね」

照「もっとも、私みたいな照魔境を持ってるわけじゃないから止められるといえば止められるけどね」

玄が築いた道はほとんど破られることがなく中堅戦が終わった。
控え室へと戻ってきた玄はどこか悲しい目をしていた。


玄「後は任せたよ、灼ちゃん、憧ちゃん……私は休憩するね」

灼「…任せて」


灼さんはそう言って控え室を出て行く。


憧「…玄、ありがとう」

玄「…いっぱい点を取ってきたから、今度も…頑張ってね」

憧「そうじゃない、そうじゃないよ……。玄はまだ麻雀、出来るの?」

玄「…んと、分かんない。もう、ドラゴンロードの感覚も消えつつあるしね、もうドラが来てくれないかもしれない」

憧「玄…どうして、そこまでしなくてもよかったじゃない……」

玄「私も、シズちゃんに会いたいから……ダメかな、この理由」

憧「……ダメじゃないよ」

玄「……憧ちゃん、たった一つのお願い聞いてくれる? 私をシズちゃんと会わせて……、それだけでいいから」

憧「…うん、必ず勝って、会わせてあげる、から」

灼「……早いね、和」

和「お久しぶりです、灼さん。灼さんこそまだ対局開始まで十分も切ってないじゃないですか」

灼「まぁ、ね。和とちょっと話したいことがあってさ」

和「私もです。まだ時間はありますし、他の対局者も来ていません。少しくらいなら大丈夫でしょう」

灼「…ハルちゃんがプロに行ったよ。昔に和の言ってたこと本当だったね…」

和「…それはやっぱり灼さんたちが頑張ったからですよね、赤土先生にもプロに行くという考えもあったからでしょうけど」

和「それはとっても喜ばしいことです」

灼「だよね。……和の言いたいことって何かな?」

和「………。灼さんにとって憧はなんなんですか?」

灼「…あぁ、そういうこと。憧は…仲間で大切な友人だよ」

和「私も、憧は仲間で大切な友人です。……でも友人だからこそ、しないといけないことはあるんじゃないですか?」

灼「憧は今、誰よりも頑張っている途中。それを応援してこその友人じゃないのかな」

和「そう言い聞かせてるだけじゃないですか? 灼さんは全国が出たいがために憧を利用しているんじゃないですか?」

灼「……その言葉、訂正してくれるかな?」

和「嫌です。私から見ると灼さんは憧の友人でもないですし、仲間でもない。…ただ利用してるように見えるんですよ」

灼「そしたら和は……憧をどうしようと考えてるの?」

和「下らない幻影に惑わされている大切な友人は頬を叩いてでも目を覚まさせるべきです」

灼「…和の考えていることは現実的だね。百人が百人、和の考えに頷くよきっと」

和「……灼さんも憧の仲間であるなら…早く」

灼「でもね、例え……全国の人が、全世界の人が和の考えに頷くとしても……友人であり仲間である私は憧の側にい続けるよ」

和「憧は苦しみから逃げ続けているだけです!! そんなことしても憧のためになりません!!」

灼「それがどうして和に分かる!? 憧が逃げ続けているだけだと! 憧は今前に進んでいるんだ!!」

和「…どうして、分かってくれないんですか……」

灼「和は、憧の仲間であり友人であることは…とても理解できるよ。……でもね凝り固まった考えを持っていちゃいけないんだよ」

和「……確かに、凝り固まった考え…なんですよね。柔軟に受け止めればいいものを……」

和「…でも怖いんですよ。憧が、穏乃の幻影に惑わせれている今が……」

灼「……和は、憧がそんなにも弱い人とでも?」

和「弱くなんかはありません。……ただ、私自身がただ怯えているだけなんです」

和「…昨年、穏乃のお墓を訪ねました。花を持って久しぶりに奈良を訪ねて……」

和「電車に乗ってる間もずっと穏乃のことを考えてました。子供のころに遊んだ場所や、阿知賀を訪ねた時のことなど、穏乃との思い出を一つ一つ思い出しながら」

和「でもお墓に着いた時、考えていたことより、もっともっと沢山の思い出が私の中を駆け巡りました」

和「麻雀クラブに誘われたこと、ピクニックに行ったこと、みんなのお誕生日会をしたこと……、私の中にある穏乃との記憶が、そこに来て初めて表面に出てきたのです」

和「…ふと気がつくと私は涙を流していました。そして…表面に出てきたその記憶が、全て薄らいでいきました」

和「人がいなくなるというのは、あんなにも悲しい気持ちなのだと、十六にして初めて気がつきました。……あんな思いはもうしたくありません」

灼「……和の考えていることは最低だ。…もしかして憧が…そうするとでも」

和「…言ったでしょう、憧は弱くなんかないと。……でも何かしら憧が行動を起こしそうで…、そうなったら私は……また同じ思いをするのかと…」


『対局開始まで五分を切りました、指定の選手は対局室へと移動をお願いします』


灼「……和、酷なようだけど言わないといけないことがある。一昨日、憧はもう…進むところまで進んでしまったよ。私たちはもう見守ることしか出来ない」

和「……そう、なのですか」

灼「私たちは、この局でただ自身の高校が優勝できるように戦うだけだ。…みんな集まってきたみたいだね」

和「……この大会が終わったら…憧と話させてください」

灼「…和は憧の友人なんでしょ? むしろ久しぶりなんだから会ってほしいくらいだよ」

和「ありがとうございます…」

後輩たちと一緒に玄を介抱しつつ、灼さんを画面越しに応援した。
順位は白糸台、清澄、三箇牧、阿知賀の順での得点だった。特に三箇牧は灼さんに対してしっかり対策をとっていたみたいだった。
やはり準決勝時の三箇牧は、荒川憩に全てを任せることで決勝戦での対策をとることにしていたらしい。
ただ出和了りされていたのは三箇牧のみだったから、流石は灼さんだと思う。

白糸台と、そして和相手に出和了りなしは本当にすごい…。


灼「…ごめん、みんな」


控え室へと帰ってきた灼さんは開口一番にそういった。
でも誰も責める人なんてここにはいない。
それぞれが思っていたことを言うと、灼さんは私と玄の前に立った。


灼「さっきは、和に会いたかったから早く出て行ったんだ。玄、遅れたけど中堅戦、とてもいい感じだったね」

玄「あはは、私の全てを賭けた戦いだったからね。灼ちゃんも、お疲れ様…」


そして灼さんは私のほうを向いた。


灼「憧、ごめんね、失点しちゃった。せっかく玄が取ってきてくれたのに」

憧「ううん、灼さん、私はねありがとうって言いたいよ。私のわがままに付き合ってくれて…」

灼「わがままって……それは、…もしかしたら、……わたしのほう」


そう言った灼さんの顔が少し苦痛に歪んだ気がした。
控え室へ出て行った頃と何かが違っていて少し気になった。
何かあったのだろうか…。


憧「灼さん、私たちは一緒に戦ってきた仲間でしょ。そしたらわがまま言い合うのもまたいいんじゃない?」

憧「私は灼さんに何か協力出来ることがあることを、嬉しく思うよ」

憧「あと…、灼さんはシズに会いたい?」

灼「…会いたいよ。…私はみんなと違って今まで交流がなかったし、部活に入っても心細い時もあった」

灼「でも、みんな優しかったし、とても居心地もよかった時もあったよ」

灼「…私は去年も副将で、大将は穏乃だった。心から信頼して私は穏乃に任せた時もあったよ。…そう、穏乃は信頼してたんだ」

灼「私は…穏乃とあまり話せなかったことを悔やんでいる…」

憧「…もう、いいよ。ありがとう、その言葉を灼さんの口から聞けただけで満足だよ」

憧「ふふ、シズってみんなから愛されてるんだね…」


そう、みんなシズに会いたがっているんだ。
私も玄も灼も……。後輩たちにもそんなシズを見せてあげたくもなったよ。

そして私は立ち上がる。


憧「さってっと、そしたら決勝戦、頑張ろうか!」


心の中があの広い世界を走り回りたいと訴えている。
シズはこんな気持ちを持っていたのだろうか。

あの広い世界で自由に飛び回って。

とても気分が高揚してしまっている。
これを抑えるのに少し必死だ。
それほどまでに次の試合への恐怖も緊張も何もない。
ただただ、そう…清澄の大将のように、麻雀を純粋に楽しむことが出来るかもしれない。
こんなことは初めてだった。だっていつも私は何かを背負って戦っていたんだから。
今回はその重りを外そう。

あの広い世界を自由に動き回るために、私は……!


憧「みんな、行ってきます!!」

玄「頑張れ、憧ちゃん!」

灼「頑張って!」

後輩たち「「頑張ってくださーい!」」


そして私は控え室を出る。
対局室まで少し歩くのだがその時間が惜しい。
走ってしまおうかと思ったほどだった。

「ねぇ」


ふと後ろから声をかけられた。
少し聞きなれない声で、振り返ってみると。


憧「――大星、淡…」


白糸台大将がそこにいた。
少しのプレッシャーを放っているけど、憩さんにはほど遠いものだ。
それ以前に、例え憩さんのプレッシャーでも今の私の心は壊れないだろう。


淡「一昨日、あなたを見たんだ。……その時にね、一緒にいたよね?」

憧「えっと……」


唐突な言葉によく分からない。
そもそも私に対して喋っているのだろうかと周りを見渡すが私一人だった。
……とはいっても淡に関係する人となると…。


憧「…照のこと?」


私がそう言うと淡はゆっくり頷いた。


淡「テルっていつから一緒にいたの? 特訓してるって聞いたんだけど…」

憧「いつからって…二ヵ月くらい前、かな」

淡「……そう、ありがとう」


淡は口だけの感謝を述べると、先に対局室へと向かっていった。
何だったのだろうか……。

淡(………)


なんで、どうして……。
淡の心の中は今様々な感情がいくつも渦巻いていた。
心の中がぐるぐるしていると、視界もぐるぐるしてきて気を抜くとふらっと倒れそうで…。
そんなことがないように立って歩くのは精一杯だった。


淡(どうして……テルがあなたの側にいるの?)


テルに対するいくつもの想いが淡の体を心を重くさせていた。


淡(テルは何で、私の側から離れていったの……?)

淡(もう私なんてどうでもいいの……?)


いつも自分を側に置いておいてくれたテル。
私にとって同じ白糸台のしかも同じチームにいたテルだけども、ライバルのような存在で、テルの隣はでも居心地がよくて。
大将を任せてくれるほど、私は……頼りにしてくれているのだと思っていた。


淡(テルは…去年のこと怒ってたのかな)

淡(私はもう……見捨てられたのかな)


昨年のインターハイをきっかけに、テルが会ってくれたことは一度もなかった。
学校内であっても私に目を合わせてくれない。私がそこにいないかのように、もちろん声なんてかけてくれるわけでもなく。
私は、テルが離れてしまってからというもの悲しみに暮れることしかなかった。

この気持ちをどう消化しようか、心のざわめき、怒り悲しみ、テルに対するあらゆる感情を。
私は……やっぱりまだ子どもみたいで、この気持ちを麻雀にぶつけるしかなかった。
ぐちゃぐちゃになったこの感情をぐちゃぐちゃのままぶつけられるのは、やっぱりこれ。
そんな適当にやってきた麻雀が、いつの間にか全国決勝まで勝ち抜くことが出来た。
…そんなにも思いがこもっていたのかな。
私はただこのぐるぐるとした不快な気持ちをぶつけていただけだった。それがこんなにも大舞台まで来られるとは…もしかしたらそこまで酷かった気持ちを持っていたのかもしれない。

こんなにもつまらない麻雀は多分初めて。
それはきっと、テルがいないからなのだろうか?

私は、この決勝でテルの側にいた憧と戦うことになった。
テルはどういう気持ちで、憧の隣についたのか…。


淡(…憧って言ったよね……、教えてよ、テルがなんで私の側を離れたのかを)

東家:淡 南家:憩 西家:憧 北家:咲


東一局 親:淡 ドラ:④

阿知賀:123900
白糸台:105200
清澄:86500
三箇牧:84400


恒子「さぁついに始まりました決勝戦大将戦! 一位の阿知賀は先鋒次鋒と点を落とされてしまっていましたが、中堅の松実選手の頑張りによってなんと七万点も得点をし一位に浮上、副将では少し失点しましたが未だに一位です」

恒子「二位の白糸台は昨年の宮永選手と弘世選手が抜けた穴を見事にカバーし、決勝まで勝ち上がってくる実力は宮永選手がいなくとも健在でした!」

恒子「三位の清澄は先鋒の火力で大量得点しましたが中堅戦では阿知賀の松実選手によって大きく失点されてしまった清澄、副将である程度得点して去年のインターハイチャンピオン、宮永咲にバトンを渡しました!」

恒子「現在最下位の三箇牧はしかし、準決勝では昨年の宮永選手を越える実に十五万点近くもの得点をし決勝に勝ち進んだこの大将戦唯一の三年生荒川憩がいます! まだまだ優勝の範囲内でしょう!」

健夜「この決勝は本当にどこが勝ってもおかしくないですね」


淡(…テル……、どうして…)

淡(どうして、憧のほうについたの? 私、そんなにもダメな子だった?)

淡(もう、私…テルがいなくなったら)

淡(……なんでここにいるのかも分からなくなってきたよ……)

淡(……でも、しなくちゃいけないこと…あるよね)

淡(行くよ、憧……一打目から――)タン

淡「――リーチ!」

憧(…配牌は妙に悪いし、来るかなーと思ってたけどやっぱり来たか……)

咲(ん? これって……)

憩(………)

淡(さぁ、どうする?! 去年のように早和了りで――)

憩「リーチ」タン

淡(……は?)

次巡


憩「さて、早速……やらせてもらうかなぁ、――ツモ! 4000・8000」


恒子「なーんと! 白糸台の親のダブルリーチが出たと思ったら続く三箇牧もダブルリーチ!!」

恒子「そして三箇牧が一発ツモ!!」


淡「な……なんで」

淡(私の絶対安全圏の範囲内じゃない? なんで配牌からもう揃ってるの…?)

憩「……んじゃ、次は私の親番やねー」


東二局 親:憩 ドラ:白


阿知賀:119900
三箇牧:101400
白糸台:96200
清澄:82500


憧(……淡、ショック受けてるみたいね。私もちょっと驚いた…、私の手は悪かったから未だに力は健在かと思ってたのに)

憧(まさかの憩さんもダブルリーチ――。そういえばチーム虎姫って高火力選手なのよね…、火力選手は二人もいるこの卓……)

憧(私が、どれだけ二人を抑えられるかが……勝負の分かれ目――!)

憧(……さぁ、行くよ!)

憩(――!)チャ


憩配牌:2345678⑦⑧⑨西西東發


憩(これは、憧ちゃん……かな?)

憩(大星の得意技を同じく得意技で返してしまおうって思ってたのに……この二日間で何かあったんかな)

憩(さて、どうしよかなぁ……)

憧(悩んでる……ってことは何とか手を止めれたってことよね…。ここで、憩さんから注意を逸らした瞬間負けが確定する)

憧(あと、半荘二回。……はは、体力…持つのかなぁ)

四巡目。


憩(………)タン

憧(…淡のダブリーもなかった。憩さんも今回は大人しい、かな)

憧(となると、咲にも注意したほうがいいわね……)

憧(去年の咲は本当にすごかったなぁ…和が言ってた通り、収支0で終わらすって言うし…)

憧(えっと、91500前後で終わらせるってことかな……ん?)

憧(あれ? ちょっと待って、……これ清澄の優勝はない、よね。咲がこのままで行くと)

憧(後半でも収支0だと、十万点に届かない、ってことは……優勝はない。となると、戦法を変えてくるはず)

憧(……っ! となると、もう一つ……仮想千点から収支0にするやり方のはず)

憧(咲も火力系となると……私はこの三人を抑えないといけない――!)


六巡目。


憩(……っ。配牌は別にええ、それが憧ちゃんの力やって分かってるから)

憩(でも、…でもツモはどういうことや? 配牌から聴牌に向かわへん! ずっと手が止まってしまってる!)

憩(憧ちゃんじゃないはず…、大星は……憧ちゃんに止められてるか。…となると――)

咲「――カン」

憩・憧(きたか……!)

咲「――ツモ!! 2000・4000」


恒子「宮永選手といえば嶺上開花! 東二局ですでに荒川選手のダブリー、大星選手のダブリー、宮永選手の嶺上開花が出ました!」

恒子「決勝戦は本当にどこが勝ってもおかしくありません! さらに今後にも注目していきましょう!」

東三局 親:憧 ドラ:一

阿知賀:117900
三箇牧:97400
白糸台:94200
清澄:90500)


恒子「点数は平たくなってきましたね。これからどこの高校がまず一番先に出てくるか!」


憧(…咲のカンもツモも止めれなかった…。というより、私の力が働いていない気が……)

憧(…くっ! シズを介してないと…これって予想以上に体力奪ってくるのね……)

憧(私もシズと一緒に、山でも走ってればよかったのかな、なーんて…ね)


一度、深呼吸。
体力を予想以上に持ってかれる上、それに気を回したせいでこの三人を止めれなかったら意味ない。
淡と憩さんを注意逸らすと、その瞬間高火力和了が待ってるからね……。
咲は多分、止められてないだろうけど。…でも、注意向けておかないとね。

肩の力も抜いて、東三局――開始だ。

五巡目

淡(………)タン

憩(………)タン

憧(よし! 今回も二人とも大人しいうえ、私の手牌もいい感じ!)

憧手牌:二三四134567③③赤⑤⑥⑦ 【ツモ:⑦】【打:1】

憧「――リーチ!」


恒子「阿知賀の新子選手が配牌にもツモにも恵まれリーチです!」

健夜「…去年までは鳴きで手を進めていたはずなんですけど、少し変わりましたね……あ」


淡(………)タン

憧「ロン!! 12000!」


恒子「ここで白糸台が一発で振り込んでしまったー! 親の満貫で12000!」

健夜「……やっぱり」

恒子「ん? やっぱり?」

健夜「あ、ううん。なんでもないの」


憧(まさか振り込んでくれるとは思わなかった。早い段階で聴牌出来てたのがよかったかな。捨て牌からはタンヤオを睨んでもいいはずなんだけど)

憧(でもありがとうも、ごめんねも何も言わないよ私は。この局だけは楽しみつつも勝たないといけないからね)

憧(稼げるところは稼いでおかないと……)

淡(…私、なんでこんなところ、いるんだろ……)


今憧に振り込んだのは何点だったのかも、もうすでに覚えていない。
それほどまでに、この局に対して興味も何もなかった。
興味があるのは……テルのことに関してだけ。

なんでテルが私のもとを離れたのか…。
一年間ずっと考えてた。
でもおバカな私の頭じゃ…、何一つとして分からなかった。

テルは私の…全てともいえる存在だったのに。
テルに嫌われて私は何をするにも無関心になってしまった。

麻雀だって、このぐるぐるとした気持ちが悪い感情をぶつけているだけ。
麻雀がそこにあったからただ使っているだけ。
インターハイもテルがいないから出るつもりはなかった。

それでもセーコとタカミが何度も何度も出てくれと頼むから、私は出場しただけ。
決勝まで来たけど、本当に勝ち負けとか興味もない。
この大会もすぐに終わらせたかった。
だって一昨日、憧と一緒にいたテルがいたんだもん。
きっと……これが終わって、憧についていけばテルに会える。

だったら何をしてでも、一秒でも早くテルに会えるのなら……例え振込みまくってトバされてもいいと私は思う。
それで…会って……会って………。

何を、話そう?
というかそもそも話を聞いてくれるのだろうか?
だって去年のインターハイが終わってから会うことはあっても話すことはなかった。
ほんの少しだけテルは引退後もスミレと一緒に麻雀部を訪れたことがあった。
後輩の育成のためにテルは大学進学のための勉強時間を割いてでも来てくれていたんだ。

それでも、私とは一度も会話なんてなくって、対局もしなくて……。
辛い、日々だった。


たまに廊下ですれ違っても目線はずらされて、声をかけても返事してくれなくって。
テルがそういうことするんなら、私だって無視してやる――。
そう思ったこともあった。二日でやめたけど。

ふと、この気持ちについて考えてもみた。
なんで私はこんなにもテルに依存しているのだろうか。
私にとってテルはどんな人なんだろうか?

憧れの存在であり、良きライバル。
私の中ではテルは本当に大きな存在だった。私を拾ってくれた時から優しくて、強くて。
私は……テルが大好きだったんだ。
だから一緒にいたんだ。だから…一緒にいたいんだ……。
そのことに気付いた時、同時に悲しみがあふれ出してきた。

大好きだからこそ……無視されているのが辛くて、苦しくて。
大好きだからこそ……去年の無様の姿をテルの前で晒したことが心を締め付けて。

それでも…それでも――。大好きだからこそ、テルに会いたくて…話したくて……。

こんな…こんなつまらない、なんのためにもならない試合なんて。
早く終わらそう。

東一局でもう分かったよ、私じゃこの三人に敵わない。
憧の点数には届かないよ…。
三箇牧には高火力勝負で負けたし…。
咲に敵わないことは去年で学んだ…。

はい、もうこれで終わり。

私は…もう……。


憧「…淡には強くなってほしいから、だってさ」


諦めそうになっていた私の心に憧の声が透き通って入ってきた。

憧「さっき、淡に会ったあとね、まだ時間あったから会場を出て照に会ってきたの」

憧「話しかけられた時から淡の様子がおかしいことに気付いてた。それに……ずっと前から、照の様子もおかしかったから」

憧「会ってきて、それで事情を聞いたよ。照が淡とここ一年間何も喋ってこなかったって」

憧「さっきのは、照がその時に言った言葉だよ」


淡には強くなってほしいから。


憧「淡が照に依存しきっているのは照も分かってた。だから突き放して、淡を独り立ちさせたかったのよ」

淡「……テル」

憧「淡も知ってるでしょ? 照って話下手で、営業スマイルしか出来ない、本当に麻雀しかとりえのない人だって」

淡「……うん、知ってる。…知ってるよ」

憧「でもね、そんな照がこんなことも言ったの」

憧「私が応援するのは、妹でも憧でもない。大事な後輩、淡だけだよって」

憧「淡が一番、私になついてくれてたから……って」

淡「て…る……」

憧「……前半戦が終わったら会いに行こう? 照も会いたがってるよ」

淡「…会って、くれるの?」

憧「………もしかしたら、今の淡だったら会ってくれないかもしれない」

淡「……そう、じゃあ…私は……」

淡「…諦めないよ……」

淡「だって私は、――私は」


淡「チーム虎姫に最後を任された、白糸台の大将だから!!」

淡「これ以上無様な姿は見せない!」

憩「……マナー悪いなぁ」


私と淡の会話に口を挟む憩さん。
少し話しすぎたみたいだ。


憧「ごめんなさいね、でも洋榎よりかはマシでしょ」

憩「…ぷっ。そうやな、あれよりかはうんとマシやな」

憧「それに決勝なんだよ? 淡が本気出してくれればもっともっと楽しいことが起こるよきっと。憩さんも、麻雀楽しもうよ」


そう言って、私はにっこりと笑顔を作る。


憩「……ふぅん?」


いい感じに話を持ってきたのだけれど、憩さんはでもこの流れに乗らなかった。


憩「楽しむ、なぁ。……やっぱ無理やわ」

憩「この心の中にあるこの気持ちはな、憧ちゃんのさっきの綺麗な言葉でも消すことは出来へんよ」

憩「この二日間でなんで憧ちゃんがこんなにもメンタル強くなったんか知らんけど、うちは全力でみんなを捻り潰しにいくからな」


憩さんはどうやら自分の力によっぽどの自信があるみたいだ。
でも、私だって、一昨日の私とは違う…。

一度目を閉じて……憩さんを睨んだ。


憧「…やれるもんなら、やってみなさいよ」

憧「私とシズの絆を断ち切れるのなら……どうぞやってみなさいよ。ただし、この絆に触れたら最後……逆に捻り潰すからね」


憩さんとの会話も終え、淡も覚醒した。
そして東三局一本場を迎える――。

東三局一本場 親:憧 ドラ:9

阿知賀:129900
三箇牧:97400
清澄:90500
白糸台:82200


憩(うーん、まだ憧ちゃん防衛線みたいなの張ってる感じやし、今牌を呼び出したら多分三巡以内に和了れずに不発に終わりそうや)

憩(今回はまだ暴れられへん…な)

憧(東一局は憩さんに倍満和了られてたけど…今は何とか抑えれてる)タン

咲(淡ちゃん、さっきより元気になった……。それはいいんだけど)

咲(さっき憧ちゃんが言ってたこと、地味に傷つくなぁ…。お姉ちゃんが応援してるのは私じゃないってやつ)

咲(…まぁ私から見ても淡ちゃんはすごい可愛いし、それに……強いからね)タン

淡(――!!)

淡「リーチ!!」


憧(なっ!? 抑えきれてなかった?! いや、淡のダブリーはまだ余裕がある…)

憧(局が進めば進むほど……私の力で抑え込めるはず…!)

ところが、次巡。


淡「カン!!」


憧(アンカン!? マズい、ツモだと親被り――! 淡も速度を得た?!)

憧(早いところ和了って、流さないと……。嶺上…ではないか)タン

咲(……うわぁ…、淡ちゃん、覚醒するとこんなことできるようになるんだ)タン


淡「まだまだ――カン!!」


憧(ちょ、ちょっと待って……、私から見るとドラ4とか全く乗ってないけど…裏が乗ってたら……)


淡「憧、ありがとね」

淡「そうだよ、私はテルが認めてくれた力でいいんだと思ってたんだ」

淡「去年の力のままで。…でもそれじゃダメなんだ、成長しないといけないんだよね?」

淡「これが、宮永テルに認めてもらった白糸台大将大星淡の…成長した、姿だから!!」

淡「――カン!!」

淡「ツモ――」


ダブリー・嶺上ツモ・三暗刻・三カンツ・ドラ12。


淡「8000・16000の一本場は8100・16100!!」

恒子「大星選手! ここでなんとなんと役満和了だー!! 東三局の時点でなんという高得点の出し合い!」

恒子「大量得点で一気に……!! 一位だー!!」


東四局 親:咲 ドラ:發

白糸台:114500
阿知賀:113800
三箇牧:89300
清澄:82400


淡(憧にもみんなにも後悔させてやるから――)

淡(私を…目覚めさせてしまったことを!!)

淡「リーチ!!」


憧(二連続!? ちょっと調子乗りすぎじゃないかな…?)

憧(でもま、…やっぱりこうやったほうが楽しいよね)タン

咲(やっぱり麻雀って楽しい! 昨年やったことのある淡ちゃんもこんなになって…!)

咲(荒川さんも憧ちゃんも、とっても強くて!)

咲(……こんな気持ちにさせてくれる麻雀って、本当に面白いなぁ…)

咲(でも、淡ちゃんはもう…暴れたでしょ? もう…させないからね)


八巡目


咲「――カン! ――ツモ、嶺上開花! 4000オール!」

――――――

―――……


この前半戦は私を含め高火力の麻雀となった。
覚醒した淡はその後私が抑えようにも抑えきれず、ダブリーの連発。
咲はただ、東四局で和了って以降少し点数を抑えて和了っていたみたいだった。
後になってわかったことだが、収支0に近づけていたんだ。
終わった頃になってやはり収支0。これはつまり咲も、私の力じゃ抑えきれていなかったということだ。
問題は憩さんだった。
南入してからというもの一度も和了ることはなかった。憩さんだけは私の力で抑えられているということだったのだろうか。
それが嬉しくもあったが、やはりそれを不審に思ってしまう。
力を溜めているのだろうか……。


恒子「――さぁ! 前半戦もオーラスが終わり、一度間に休息を取ります!」

恒子「みなさんもゆっくり休んでおくことを推奨します!」

健夜「じゃあ、私はそろそろ……」

恒子「そうだった。えー、あとすこやんはこの後アンチエイジングという急用があるので退席します」

健夜「………こーこちゃん?」

恒子「ごめんなさい。……とりあえずすこやんは用事のため退席、私は後半戦も引き続き実況を行ってまいりますが」

恒子「三尋木プロに解説に来てもらおうと思っています!」

憧「さってっと、んじゃ行こうか」

淡「…うん」

憧「そういえば、咲はどうするの? 照に会いに行く?」

咲「あ、どうしよう……」

憩「…咲ちゃんはちょっと残ってくれへん? 話があるんや」

咲「え? う、うん…。そういうこと、みたいだから」

憧「………」


はっきり言って私もここに残りたかった。
何を話すつもりなんだろうか。


憧「…んじゃ、行こっか」


それでも、淡と照は会わせてあげたかった。
離れ離れになってしまった二人を会わせる…、私とシズを重ねてるんだと自分でも思う。

憩「……まぁ、たいした事やないけど、ちょっとだけ気になってな」

咲「………は、はい」

憩「そんなビクビクせんとってや、……白糸台の大星のことやけど」

憩「確か、準々決勝から清澄と白糸台が当たってたよな?」

咲「…! ……はい」

憩「…目を逸らすってことは、やっぱり思った通りか。最初のほうの大星は、どう考えてもここに来れるようじゃない、というより代表校の大将になってるのがおかしいって思うレベルや」

憩「あんたが、ここまで連れてきたんか?」

咲「……はい」

憩「…ようやるで……あんた天才やな」

憩「…なんでそんなことしたん?」

咲「…淡ちゃんはあんなところで終わっていいわけないです。もっともっと麻雀が面白くなれるような、そんな力を持ってますから」

憩「ほんとに、その理由?」

咲「? はい」

憩(……なんか、うちの周りの人って綺麗な心を持つ人ばっかやなー)

淡「――テル!」


決勝戦用の対局室から出て、歩くこと数分。
代表選手以外は立ち入り禁止の看板の前まで照は来ていた。
待っていて、とは言ったけどそんな場所にいたということはそんなにも淡に早く会いたかったのだろうか。


照「淡……」


淡は照の姿を見つけると照に飛び込んでいった。
照はしっかりと淡を抱き締めている。


淡「……私、テルに嫌われてたの…?」

照「私は、淡を嫌ったことなんてない。でも、ごめん。私……不器用で」

淡「そうだよ…テルは不器用すぎるんだよ……。なんで、私がこんな思いをしなくちゃいけなかったの?」

照「本当にごめん。ここまで懐いてくれたのは淡が初めてで…自分でもどうすればいいのか分からなかったんだ…」

淡「……私、テルの側にいていいんだよね?」

照「……うん」

淡「嫌われて、なかったんだよね?」

照「さっきも言った。淡を嫌ったことなんて、ないから」

淡「うん…、うん……! テル…!」

照「さぁ、次も頑張って…! 私は、憧よりも咲よりも、淡のことを応援してるから」

淡「うん! また、役満でも出して、ちゃちゃっと優勝してくるから!」

照「すごい自信だね…」

淡「えへへ、これも憧とテルのおかげだよ! ね、憧…、あ…こ…?」

憧「………」

憩「はぁ~」

どうにもあかん。
前半戦で分かったことだけども憧の力は本物で、それでいて強い。
自分を完全に抑えに来ている。
本当はもっと和了りたかったけど、阻止されてしまいっているから前半戦終了時には四位という不甲斐ない結果に終わってしまった。

決勝戦は、準決勝と同じとはいかず、自分以外に高火力選手が一人、また場の流れを支配できる選手がそこにいる。
もしかしたらこのまま何も出来ずに終わってしまう可能性がある。
そんなことはしたくもない。

だけれども自分の力を抑えている憧がいる限り和了ることさえも出来ない。
はっきりいって焦っている。

ただ、打開策はある。


憩(………でも)

自分のもう一つの力を使うこと、それが道を開くきっかけになるだろう。
北大阪代表を決める県大会の時に、大将を務めていた千里山の二条泉。
そして準決勝時には洋榎の妹、絹恵に対して使用したこの力。

これは、そう。復讐するための力だった。
自分が許せなかった人たちに復讐するために、小鍛治プロと同じような麻雀を目指し、手に入れた力。
…ただ、これは憧に使うべきだろうか。

憧は大阪とは関係が薄い。
自分が聞いたのだって、洋榎とセーラと少し練習を行っただけ。

この復讐のための力は、優勝するために手に入れた力じゃない。
出来るだけ自分の力で優勝したかった。


憩(うちは、優勝――したい)


――憩、ごめんね。


思い出すのは、あの日のあの人たちの言葉や顔。
ごめんねと、少し涙を流しながら頭を下げる人たち。

優勝することが、あの人たちのためだから。
自分には強い想いがある。必ず、優勝したいという想いが。


だからこそ、本気で憧にぶつかり。

力を使う、決意をした。

……こ、……。


…? 誰かが、呼んでる?
どこかで聞いたような声、でも…小さすぎて誰か分からない…。
というより私今どこにいるの?
体が重くて…瞼も重い……、私寝てるの?
ダメだ…何も考えれない…、それに眠い…。


…あこ……、…やく……きて。


うるさいなぁ…。
私、疲れてるんだから……。
もう少しゆっくり眠らせてよ…。


………………。


もう誰の声も聞こえないや。ようやく静かになった。
でもさっきから体が重い…、これは何なの?
ただ眠っているだけじゃないと思う…。
肩にのしかかっているどころじゃない、私の体を全て押しつぶすようなそんな大きいものが私に覆いかぶさっている気がする。


………、……。


? 何か変な感覚。
なんだろう。体が重いのは確かで体を動かしたくないんだけど。
でも、私の体……動いてる?
この感覚、どこかで……。
動きもしない私は、少しこの感覚の記憶を探ってみた。

――憧、だけでも。


突然そのときの記憶が甦ってきた。


無機質なものが多く焼け焦げた特有の異臭を放ち、周りは炎に囲まれている。
呼吸をするととてつもない熱が気管と肺を襲ってくる。
その時の夜空は満天の星で綺麗だったけど、目線を前に向けると炎に囲まれた地獄。
意識が消えかかっていた私はもうそこで諦めかけていた。
何故なら、右手と右足が思うように動かない。嫌な予感がしつつも勇気を出してそちらのほうを向いてみると、傷跡は大きく擦りむいていて血で染まっていた。
けれども、そんな時にその言葉が聞こえてきたんだ。


――憧、だけでも、救ってみせる。


動けない私の体を背負ってくれた。
私よりもうんと小さな背中をしていて小柄なくせに、体力だけはあるんだから。


その時の感覚だった。

淡「――憧、…起きてよ」

憧「……ぁ」


現実に戻ってきた私は、淡に背負ってもらっていることにようやく気がついた。
何で背負ってもらっているんだろう?


淡「憧! 起きたの?!」

憧「…淡? なんで背負ってもらって……?」

淡「憧がいきなり倒れたんだよ! 照が言うには力の使いすぎだって」

淡「あと! もう対局まで時間ないよ! なんとか背負って対局室まで行こうとしたんだけど……だから、走るよ!」


ようやく理解した。
前半戦で少し心配していた体力はやはりもたなかった。
淡と憩さんと咲を止めるのにずっと力を使っていたけど、やはり倒れるほど体力を消耗していたんだ。
でも勝つためにはやっぱりこの力は必要、……なのに。


憧「……!!」


私は走るために体を動かすことでいっぱいいっぱいだった。
気を抜くとまた倒れてしまいそうで。
いっそ、淡だけ先に行かせて私は歩いていきたかった。

でもそこで先ほど見た記憶が溢れてくる。
私は――何のためにここにいる?


憧(――動いてよ! 私の足!! 私は……勝たないといけないんだ!)

憧(勝って! そして、シズを……!)


それは、シズを救うため――!

その思いが私の足を止めさせることを許してくれなかった。


淡「あと、もう一つテルからの伝言。…これは私が聞いてよかったのかどうか分からないんだけど…」

淡「今の憧の状態で、荒川憩の力を受け止めることは出来ない、だって」


それは、なんとなく分かっていた。
今のこの状態じゃ、心を潰されるに違いない。
…でも、私にはシズがいる。
心の中にシズが。
私は…このシズを守るために……気力で耐え切ってみせる……!

そして、対局室へと辿り着いた。


憩「あと数分でうちらの不戦勝や。なんとか間に合ってよかったけど、咲ちゃんなんて不戦勝になったらちょっとシメてくるとか言ってたで」

咲「い、言ってないですよ! でも、間に合ってよかった。中々現れなくて心配してたんですよ」

憧「ごめんごめん、ちょっとね」

淡「それじゃ、最後の勝負……始めようよ!」

咏「おー、間に合ってよかったねぃ」

恒子「さて! 対局者全員が揃いました。…泣いても笑ってもこれで最後……、インターハイ団体戦決勝、大将後半戦……対局開始です!!」

咏「さっきの若干静かになったところ、こーこちゃんには似合わないね」

恒子「でも、騒がしすぎると使われなくなるんで!」

咏「じゃあやっぱ本心は騒ぎたいと」

恒子「ですね! やっぱこういうところはテンション高く保っていかないと!」



東家:憧 南家:淡 西家:憩 北家:咲

阿知賀:113400
白糸台:110300
清澄:91300
三箇牧:85000

一巡目


憧(この点数のまま終わらせることが出来れば……!)

憧(淡も憩さんも一度の和了りでかなりの点数を持っていかれる…、ツモ和了りは仕方ないけど、出和了りだけはしないように気をつけないと…)タン

憧(配牌は悪くない、和了れるところで和了って少しでも……点数を)

淡(………憧は今体が弱っている)

淡(憧は、私とテルをあわせてくれた大事な人)

淡(……感謝はしてる、でも……それとこれとは話は別! 私は、テルのために優勝するんだ――!)

淡「リーチ!!」

憧(…! くそぅ……、もう、止められないの…?)


恒子「後半戦始まってすぐ! またもや大星選手のダブリーだー!」

咏「やっぱ多いねぇ、あの子のダブリーは」

恒子「そういえば三尋木プロはかなりの高火力和了を見せてくれますよね? プロの中でも打点首位だとか……」

咏「そういうのもあったねー、それがどうかしたの?」

恒子「あぁすみません、三尋木プロから見てこの子たちはどう見えるんですか? 高火力選手が二人いる、ってさっき小鍛治プロと話してたんですけど」

咏「高校生のレベルが段々上がってきてるのもあるし、ま、高校生相応なんじゃないかなぁ、知らんけど」

咏「……私もさっき小鍛治プロの解説聞いてたんだけど…、私もちょっと三箇牧の荒川は…プロでもそこそこ行くと思うけどね」

恒子「ん? …その荒川選手ですが、そういえばここ数局和了を見ませんね。今も、少し手牌に恵まれていないような……」

七巡目

憩(………)タン

咲(…荒川さんも動かず、淡ちゃんは私が止めてるとして……)

咲(……憧ちゃんに気をつけたいんだけど…、どうしちゃったのかな。様子がおかしい)タン

憧(…! はぁ……。…この後半戦に入ってから体にかかる重圧が酷い…!)

憧(山に手を伸ばすたびに体力を消耗してしまう……!)チャ

憧(でも、この感覚は…知っている。数ヶ月前から……)

憧(憩さんは、使ってくるつもりなんだ…。小蒔と同じ力を……)

憧(狙いは間違いなく私…か)タン


憩「――ロン! 發のみ、1300!」



瞬間、


私の中に何かが入り込んできた。

まとわりついていた酷い重圧がいきなり止み、代わりに私の中に何かが入ってくる。
多分この私の中にあるのは、薄い膜を張った重圧。
これが何かの衝撃で私の中で破られれば――。

ロックオンされた――。

荒川憩は私の中に爆弾を仕掛けた。
心の中を貪り食う、とてつもない魔物が入った爆弾だ。


憧(………)


憩さんが放っていた重圧以外に、自分自身が感じる恐怖も現れた。
これが爆発すれば……シズとの、思い出が…。

でも。


憧「――!!」


こんなところで、恐怖に怯えて立ち止まってちゃいけない。
何かを成し遂げるためにはリスクを背負わなくちゃいけない。


憧(……触れたわね)


今こそ、目の前にいる最大の敵をしっかり見ないといけない。
たくさんの重りでつながれたかのようなこの重い体を、引っ張って。

私とシズの絆に触れた、目の前の人物を倒すために――。


憧(言ったわよね、触れたら最後…逆に捻り潰すって!!)


今こそ立ち上がるんだ。

大切な親友を救うために。

恒子「荒川選手にしては珍しい…いや、初めてじゃないですか? 1300というのは」

咏「そうだねぃ、いや、でも…県大会での牌譜に数局和了ってたと思うよ」

恒子「県大会……、あーあー、そういえばありましたね! 確か決勝に、千里山女子と戦っていた時!」

咏「数局連続和了、荒川の牌譜なのか、と疑うような低い点数だけど……その連続和了が決まってから千里山女子の大将は…心が折られていたみたいだね」

恒子「そうなんですか?」

咏「そのあとの牌譜見れば麻雀かじってる程度の人にだって分かるよ…。もっとも何が起こってたのか分かるのは私たちくらいだろうけどねぃ…」



憩(さて、と)


火力を無視して徹底的に自分の牌を隠す。
ツモ和了りも無視、出和了りのみを考慮して、完全に聴牌気配すら悟られないようにする――。
さっきの出和了りだって、憧ちゃんはうちをメンホンと踏んでの振込みだった。

打点を一層低くする代わりに完全ブラインド。
憧ちゃんはしっかりと振り込んでくれた。
そして、憧ちゃんの体の中に爆弾を送り込めた。


憩(種は蒔いた……)

憩(勝負は、こっからや!)

東二局 親:淡 ドラ:⑥


阿知賀:112100
白糸台:109300
清澄:91300
三箇牧:87300


淡「リーチ!!」

憩「……! リーチ!!」

憧(くっ! 憩さんがダブリー!? まさか…力が…弱まって?!)

憧(ってちょっと待って、そしたら憩さんは……高火力聴牌?!)


恒子「前半戦でも見せた大星選手と荒川選手二人のダブリーだー!! 他の二校はここから逃げ切ることが出来るのかー!?」

咏「これは、面白い配牌だねぇ!」

恒子「え……」


咲「――リーチ!!」

憧(……!! 咲も?! 三人同時ダブリーって……何これ……!!)

憧(私は…四向聴…、四人リーチによる流局も目指せるわけがない……)

憧(逃げ切らないといけないのに……! ノーヒントって……、いや)


憧「チー!!」

憧(…まずは一発消し! ここから、考えよう!!)

憧手配:二四五②③④227西東 【678】


憧(三人リーチから……どう、する?)

憧(……自分の心の、思うがままに……!)タン

淡「………」タン【打:2】

憧(……! 違う、こっちじゃない……)

憩「………」タン【打:2】

憧(狙うは……ここ!)

憧「――ポン!」


咏「へぇ!! 面白いことするねぇ! 阿知賀の子は!」

恒子「同巡内で一度見送って、同じ牌を鳴きましたね…」

咏「これは見所だよ、ほら………喰い取っている――!!」


憩(…っ!! 今の鳴きで……、うちの和了りを阻止された?!)

憩(和了る気配は感じ取れてたのに、多分大星ので鳴いても私は和了れてた。鳴かずにいても和了れてた)

憩(うちが和了れへん、この隙を突いて――!?)


憧「――ツモ!」


タンヤオのみの300・500。
三人リーチのノーヒントから――和了れた。

阿知賀:116200
白糸台:108000
清澄:90000
三箇牧:85800


東三局 親:憩 ドラ:⑨


十一巡目


憧「――ツモ、1300・2600!」

恒子「阿知賀の新子選手、二局連続和了! でもまだまだ油断はできないぞ! 後ろの三校は平気でダブリーしてくる高火力集団!」

恒子「なんとか逃げ切れるのかー!?」

恒子「…そういえば思ったんですけど、この卓ツモ和了が多いですね。何でですか?」

咏「うーんとね、まず白糸台はダブリーからのツモ和了りっていうパターンがまず多かったよね、だから多分それがあの子の得意としていること」

咏「清澄は嶺上開花を得意としてるからねぃ、これは…まぁ責任払いは置いておいてツモ和了りのみでしょ」

咏「三箇牧は…まぁ出和了りするきっかけがなかったんじゃないのかねぃ。まだあんまり和了れてないし」

咏「阿知賀の子は、多分出和了りを狙ってない。…まぁだって、他者はダブリーだし、ただ山から牌を河に置くだけだから、ひっかけも何もいらないんだと思うよ」

恒子「なるほど!」



阿知賀:121400
白糸台:106700
清澄:88700
三箇牧:83200


東四局 親:咲 ドラ:8


五巡目


淡(私、さっきからリー棒ばっかり出ていってる。そりゃ、ダブリーしてカンして、高得点を目指したら千点なんてどうでもいいけどさ)

淡(憧って……強いね。私は自分が和了れるって思ってるからリーチしてるんだ)

淡(でも、なんだ今のこの状況。…憧に邪魔されてるどころか、利用されてる……!)

淡(テルは憧のこういうところに惹かれたのかな…、ちょっとジェラシー感じちゃう)

淡(いや、今は…そんなこと考えずに……集中だ。もう一歩、前へ――成長するんだ!)タン


咲(――! 今、背中がゾクってした)

咲(淡ちゃん、ダブリーもしてないのに、何か……私の本能がヤバいって告げてる……)

咲(これは……)



憧(この局も、早和了りに徹しようかな……?)

憧(今のところみんなに動きはない…)

憧(でも、ないのがおかしい。特に…淡)

憧(……でも、何狙ってるか分からないんだよね。淡はこの卓で一気に成長したから……、対策も何も立てれない)

憧(願わくば…、高得点じゃないように……)

八巡目


淡(――よし、聴牌。準備は整った…)

淡(前半戦で掴んだ気配も、まだ感じ取れる……次巡、和了る!!)


淡「……!」タン


淡手牌:二三四③③③⑧⑧⑧4赤568



恒子「大星選手ダマ聴牌!! …ですが、えぇっと…8待ちということは分かるんですが」

咏「タンヤオ・赤1、出和了りで40符2飜。ツモだと40符3飜だねぃ。でも……跳満くらい行っちゃうんじゃない? 知らんけど」

恒子「そういえば大星選手といえばアンカンでの裏ドラ乗りというのもありましたね」

咏「話逸らさずにさぁ、こーこちゃんもアナウンサーなんだからぱぱっと点数計算できないといかんと思うよ」

恒子「はいぃ、すいません……」



咲(――っ! させない!)

咲「カン!」

【嶺上牌:8】

淡(なっ!? 咲ぃ!! その嶺上牌…狙ってたのに……!)


次巡


咲「カン! ――ツモ!」


咲、6000オールの跳ねツモ。

東四局一本場 親:咲 ドラ:一

阿知賀:115400
清澄:106700
白糸台:100700
三箇牧:77200


憩(…うち、和了れてないんか……)

憩(もしかして、まだ…憧ちゃんに対して、躊躇してるんかな……)


躊躇、それは…憧に対して使うべき力なのかどうか…。

三箇牧に入ってからの今までを、この力を手に入れたきっかけを…思い出す。

――――――。

―――……。



それは3年前、高校を決める時から続いていた。
当時、憩は麻雀を好んでいたわけではなかった。
自分は周りよりかは少し強い、それが分かっていたくらいで上を目指そうとも思ってもいなかったし、だから麻雀が強い千里山も姫松も入学なんてする気もなかった。
一番近いところに入学しよう。
それが、三箇牧だった。


入学前の見学で三箇牧を訪れた時、麻雀部にも顔を出してみた。
すると少し騒ぎになった。
――あの荒川憩が三箇牧に。
やっぱり地元、当時から地方大会で洋榎らとほぼ互角に競いあって来たからか、憩のことを知っている人も多かった。

憩はそこに入学することに決まると、早速麻雀部から声がかかった。
入部するという考えはまだもたなかったけど、とりあえずもう一度顔を出すことにした。

部員は十人を超えるかどうか。
国民的な競技とはいえ、中学の部活とは違い、高校からの部活は勝利を目指す部活。
この十人ほどは三箇牧に来て、千里山と姫松相手に勝つつもりなのだろうか。

でも、考えていたのとは少し違った。

みんな勝ちに行ってるわけじゃない。
ここの人たちはそう、楽しんでいる。
勝ちたいから麻雀をしているんじゃなくて、楽しいから、面白いからここの人たちは麻雀をしているんだ。

私とはまた違う人たち。
洋榎たちと競い合ってきた今までの自分は、少しみんなに惹かれていた。

部員たちからの声もあり、一回打つことにした。

やっぱり勝つのは憩だった。
しかし、ここの人たちと打つのは楽しい……。
自分に新しい麻雀を見せてくれる気がして、憩は麻雀部に入った。

そこで経験したのはやはり今までになかった楽しみ。
勝つことではなく、もっともっと深く麻雀のことが好きになり楽しめるような、そんなものだった。

今まで趣味でしかなかった、いや、趣味かどうかも分からなかった麻雀がとても好きになれた。
三箇牧にいる先輩には感謝してもしきれない、そんな思いがあった。


精神的にも成長した憩はみるみるうちに才能を開花させ、一年生ながら全国個人二位となった。
しかし――。


問題は団体戦だった。

三箇牧は部員が少なく、また力もほとんどないため一年生ながら憩はレギュラーを獲得。
人当たりの良い性格もあり、みんなからも認められていた。
憩の本心では、レギュラーになるより、三年生にとっては最後の夏なのだから誰かが出てほしかったけれども。

でもこの人たちに勝利を味合わせたい、そんな気持ちもあった。

三箇牧のエースとして、先鋒にたった憩の団体戦初戦の相手には千里山がいた。
先鋒はエース、当時二年の江口セーラ。
しかしセーラとはいえ、憩の敵ではなかった。

一人浮きで見事に引き離し、そして次鋒へとバトンを渡した。
そして控え室から応援していた。

次鋒、中堅、副将と続き千里山は憩が得たリードを縮めることが出来ず、大将戦に入った。
もしかしたら全国連続出場している千里山を破り、私たちが全国へ行けるんじゃないか――。
そんな期待を背に、自分を拾ってくれた先輩が、大将戦へと向かった。

その時に憩は言うべきだったのかもしれない。自分が感じていた違和感のことを。

千里山は、どこか――。
どこか……手を抜いているような……。

憩の不安は的中した、千里山の大将による三箇牧の狙い撃ち。
実力は憩に劣るが、それでも三箇牧の大将よりかは段違いの強さ。
みるみるうちにリードは縮められ、そして逆転。

その時の三箇牧の控え室には、沈黙が流れていた。
みんな気付いていたんだ、どこかおかしい、と。

そして、三箇牧はそこで破れてしまった。

私がもっと得点出来ていればよかったのだろうか、憩は唇を噛みながら肩を震わせていた。
それよりも、先輩のもとへと向かわなければ……謝らなければ。

千里山の違和感のこと、そして自分がもっと得点できなかったことを。

憩は一番に控え室を出て、対局室へと向かった。


そこで対局室へと向かう途中、千里山の団体メンバーとすれ違った。
でも特に喋ることもない、私たちはあなたたちに負けた――。
私たちの敗北…そう認めていた。

千里山のメンバーの会話を聞くまでは。

――賭けは私たちの勝ちですね。大将のみのプラス収支で勝つ。
――プラス収支にならないように手を抜くのは大変でしたよ。あんなに雑魚ばっかの局で。
――こんな賭けでもしない限り、面白くないですしね地区予選なんて。


その会話にふと足を止める。

賭け、だって……?
そんなことをしてたのか…。
そんなつまらないことを…。
団体戦というチーム戦で? それは、必ず勝つことが約束されているから?

ふざけないでよ…。
そんな、そんな下らないことのために、大事な…大事な先輩の夏は終わらされたのか?
手を抜かれて、与えられた喜びで、私たちは……。

強者は、何をしてもいいの?
こんなことをするのが千里山なの? これを認めているの、監督は。

今すぐに振り返って、今はもう遠くまで歩いてしまっている千里山に突撃していきたかった。

許せない――!
そんな下らないことをして、私に大事な気持ちを与えてくれた先輩の夏が――!

そしていざ突撃しようと顔を上げてみると、そこにいるのは先輩だった。


――憩、ごめんね。
――せっかく、千里山に勝つことが出来たかもしれないのに……。
――私に実力がない、ばかりに……。


その言葉にまず先輩が泣き崩れ、うちも…その姿を見て泣き崩れた。
先輩は酷く心を痛めていることだろう。
とても楽しいと思えるこの競技で、全国常勝の千里山に勝ち全国へ行ける可能性が出ていたのだから。
それを自分の手で、終わらせてしまったようなものだから。

憩は違った。
憩は、先輩にそんなことを言わせてしまった自分を許せなかった。
実力がない、ばかりに……。
それでも先輩には私にないものを持っているんだ。
人に、何か大切なものを与える、気付かせる…とても素晴らしい力が。

そんな素晴らしい力を持っているのに……、どうして…この人は泣いているのだろうか……。
それはきっと…私のせい。

二年に上がり、その先輩は卒業。
しかしやりたいことはもう決まった。
その先輩はもう…メンバーの中にはいないけれども、私はその先輩のためにも、必ず千里山を破り、全国へ目指す。

当時部長だった人になんとか団体戦の大将にしてもらうように頼んだ。

去年の千里山の大将のような人ではなく、セーラの友人、清水谷という人だが、関係ない。
必ず勝って――。


しかし、レギュラー発表時、予想外のことが起きた。


――私が……次鋒?!

当然、私は講義した。
何故大将ではないのかと、もし変えるのならせめて中堅―セーラがいるところではないと。
勝ちたくないのか――。
まさか、三箇牧は…勝つことを目標としてないんじゃないのか。

私一人が、先輩の無念を晴らそうと……頑張ってきただけじゃないのか。

そうか元々、三箇牧には勝利を目指そうという人は集まらないんだっけか。

私が様々の愚痴をこぼすと、先輩は私を強くはたいた。

――悔しくないわけがない。憩と同じように私たちもまた、あの先輩から大切なものを教えてくれた!
――あの先輩のために、勝ちたい!

勝ちたい気持ちは、あるんだ、この人たちにも。
ならば。
ならばどうして――!

――勝てないのよ! どう考えても! 憩をどこに置こうか迷った、大将・中堅、しかも先鋒には去年の秋まで控えにも入っていなかった人もいる。
――憩をどこに置いても…私たちが失点すれば……負けてしまう。

それでも次鋒は酷いんじゃないのか!
先鋒、中堅、大将。どこだって良い! 私が必ず勝ってやる!!

――私たちは…憩にそんな重みを背負ってほしくない…、それよりも次鋒に置くことで、みんな頷いたんだ。
――次鋒は千里山唯一の一年生。一年で千里山のレギュラーなら、来年からはもっと頭角を現して、引っ張っていけるほどの人物のはず。

まさか……。

――憩はまだ年生、でしょ? だから……来年のために、この次鋒と戦っておいて。

そうだ、私は二年…まだ来年もある。
二条という子はまだ一年生で、来年もまた戦うかもしれない。
それならば…次鋒ということでいいだろう。

でも、素直に首を縦に振ることはできなかった。

代わりに口を開く。


私は……卒業してしまった先輩に大事なものを教えてもらいました。
とても大好きな…麻雀を、だから先輩のためにも千里山に勝って、全国へ行きたいです。


――うん、来年そうしてくれると嬉しいな。


でも!! 私は、あなたたち先輩にも感謝してる! その先輩だけじゃなくて、あなたたちにも大切なことを教えてもらった!
あなたたちと一緒に全国へ行きたかった! あなたたちとなら行けると思ってた!
そんな気持ちがあったことも…どうか、覚えておいてください…。
今は、次鋒に置いてくれたことを感謝します。……もし、今回三箇牧が負けてしまったら、必ず来年、先輩のためにも、あなたたちのためにも…全国へ行きますから…。


必ず――全国へ。

そしてその年の団体戦は敗北してしまった。
セーラを差し置いて千里山の新たなエース、園城寺。
彼女の活躍により、団体戦は全国準決勝まで行けたとのこと。

でも敗北したあと、一度だけ同じメンバーで戦ったことも会ったっけ。
それが憧ちゃんたちとの初めての出会いだったなぁ。



個人戦にはその園城寺はエントリーしておらず、戦うことは出来なかったけれども。
私は、個人で全国へと向かった。
結果はまたもや二位という結果に終わってしまった。

全国個人一位は宮永――咲。
照の妹だということには、驚いてたっけ。

そして、現在。
今は部長となり、三箇牧を引っ張る人物となった憩。

力を得ようとした。…圧倒的な力を。
憧れていた小鍛治プロのような力がほしい。
私は……結果この力を得た。

そして目標は力を求め続けるうちに復讐となり、千里山の大将を背負う、二条の心を潰した。
そして、千里山の監督の娘である絹恵の心も潰した。

これで復讐は終わり…、憧ちゃんは……。

私の夢はとっくに叶っている。
復讐を果たしているうえ、もう全国へ出場している。
ここで終わっても…いい。

でも……出来るなら、もっと高いところへ。
先輩たちの目に留まるように。

先輩たちに感謝を――。

優勝……しよう!!

憩(……憧ちゃん、決めたでうちは)

憩(必ず勝たないかん…、先輩たちのために、優勝するんや)

憩(――行くで!!)


九巡目


憩「――ロン! 白のみ! 1300は1600!」

憧(―――っ!?!?)


瞬間、憧の中に衝撃が走った。
心臓を突かれたかのような、無防備なところに針がささっているような…そんな感覚。

今の憩さんの出和了りで、私の中にある爆弾に点火させられたようなものだろうか。
次の出和了りで、間違いなく私の心は吹き飛ぶ。

そして、もう一つ、少しくすりと笑ってしまうようなことを感じた。


洋榎かセーラか、言ってたっけ…憩さんを虎だって。
今なら分かる、その表現が。

この爆弾は今、虎の口の中にあるような状態だ。

もうどこにも逃げられない、完全にロックオンされてしまっている。
爆弾を一緒に、虎の口の中に閉じ込められてしまった。

あと、この虎がほんの少し力をこめれば……。

――それでも、私は…この爆弾に恐怖する前に、爆発する前に!
勝てばいいだけの話!!

私だって、勝ちたい気持ちは誰よりも強い!


さぁ……勝負は南入ね。
ここからが…最後の勝負!!


南一局 親:憧 ドラ:③

阿知賀:113800
清澄:106700
白糸台:100700
三箇牧:78800

三巡目


憧(…心の中の点火してある爆弾の存在が…どうしても邪魔をする)

憧(今は三巡目……、憩さんにも淡にも動きはない……、ここは和了っておくべきか…?)

憧(…でも、ここにいるのはみんながみんな高火力メンバー……、早和了りに徹しても打点が低いとすぐに逆転される)

憧(配牌は、満貫狙えるかどうかってところ……)

憧(これは……、逃げるか)


四巡目


淡(……気付かれた…のかな?)

淡(せっかくダマで聴牌してたのに……)

淡(…まだ攻め時じゃない、のかな)

淡(それにしてもダマテンなんかしたのはいつぶりだろうか。いつもはダブルリーチばかりだったのに……)

淡(…ふふ、なんだか、ダマテンってのも面白い。……ダブルリーチで怯える対局者を見るのが面白かったけど)

淡(実力者ばかり相手だと、ダブルリーチより、ダマテンのほうがもっともっと面白い…!)

淡(相手が何を張っているか、自分はどれくらいの打点を目指せばいいか……ツモる度に考えないといけなくて、考えれば考えるほど楽しくなってくる)

淡(…憧には本当に感謝しないといけない。これを教えてくれたのは…間違いなく憧だから)



南一局は流局。
聴牌は白糸台と三箇牧。

南二局 流れ一本場 親:淡 ドラ:②

阿知賀:112300
清澄:105200
白糸台:102200
三箇牧:80300



憧(行ける、あと少し――!)

憧(あと、三局! 咲がすぐ後ろに、そのすぐ後ろにも淡が……、そして隙あらば心を噛み千切ろうとする憩さんが)

憧(……いるからって、どうしたのよ――! 私は必ず……っ?!)


突如憧を襲うのは、激しい頭痛と虚脱感。
一気に倒れこみそうになった体を気力で支える。

憩か淡か咲か、考えるまでもない。
この原因は……自分自身だ。


憧(もうちょっと持ってよ…私の体……)


もう、限界が来ている。
すぐそこまで。

前半戦が終わって、照と淡を会わせた時にも似た感覚はあった。
あの時は本当に一瞬で意識が刈り取られてしまっていた。
どうにかなかったけれども、今倒れてしまうと……最悪だ。

腕や足に通っている芯のようなものに力が入らない。
力を入れようとする気さえも起こらない。

これが…シズの力だったの……?
広い世界をただただ駆け回る、それがシズの力だと思っていた。あながち間違ってはいない。
――でも、私とは相性が悪かったのだろうか。

酷い体力の持っていかれようだ。
思考も止まってしまいそうだった。


憧(…――!!)


それでも、気力で支えた。
広い世界で駆け回っている自分の足を止めるのが、一番いいのだろうけど。
足を止めたら最後、憩さんや淡の高火力の餌食となる。

私は…絶対に足を止めない。

シズに――会うまでは!! 例え、力尽きても……!

憩(憧ちゃんの様子がおかしい、それに……牌との感覚が戻りつつある)

憩(高火力、今無理をすれば和了れるかもしれへん。でも…これが憧ちゃんの罠やったら……?)

憩(……いや、まだ三局もある。しかも次はうちの親。……今のうちに、徹底的に潰せるんとちゃうか…?)


八巡目
憩、聴牌。


憩(ついに、来た……。今回の局も今までと同じように完全にブラインドした)

憩(憧ちゃんが振り込むのも時間の問題や。…憧ちゃん、今…楽にしてあげるで……)


知らず、憩は唇の端を上げる。
そして、同巡。

咲「――ツモ」


憩(なっ!? …和了られた……)

憩(咲ちゃんも去年に比べて強くなりすぎやろ……、この子はどうしても止められへん…)

憩(…でも、うちやって、憧ちゃんから感じるこの力が収まれば……もう、誰にも止められへん……)


憧(咲が和了ったのか。…点数は積み棒プラスしての400・600、か)

憧(咲だから助かってる…、淡や憩さんだと、これの十倍近くの点数だから……)

憧(……次は…、憩さんの親番か)

南三局 親:憩 ドラ:①

阿知賀:111900
清澄:106600
白糸台:101600
三箇牧:79900



憩(咲ちゃんにやられたな……前局は和了れたと思ったのに……)

憩(これが――ラストチャンス!!)


咲(………)


憧(あと…、あと、二局……!)

淡(ダブリーは、出来る……でも今は千点棒すら出したくない……)

淡(この三箇牧の人を真似るんだ! 打点を下げてでも……ブラインドで、必ず…和了る!!)

六巡目。


憧(まだ六巡目…でも、憩さんは聴牌…? 淡も……多分)

憧(咲は、やっぱり分かんないけど……)

憧(みんな、強いなぁ……)


――それでも、勝たないといけない。

ここが勝負の分かれ目。

心の中に爆弾を抱えていても、力の使いすぎで倒れそうになっても、必ずここは勝たないといけない。

その時、憧の心の中に一筋の光の道が見えた。


憧(……なんだろう、とても…惹かれるような、光)


優しくて、柔らかくて……とても輝かしい光。

これが何なのか分からない。…でも、きっと大丈夫なもの。

心身疲労状態の憧は……その光の道に沿って歩く。


憧(…シズがくれた、ものかな?)


こんなにも綺麗な、光の道。

憧は……どこか見覚えのあるその道を…歩いた。


憧(……見覚えの、ある?)


そして――。

気付いた時には、もう遅かった。



憧(こ、れは――…玄の……!!)

憧(何で………?!)


この感覚は知っていた。
二ヵ月前から少し特訓をしていたんだ。
玄が、小蒔や照から学んだものだった。

小蒔の九面、その中の一つ、夢を見せてくるもの……。

それは…完全ブラインドからの不意打ちであり、また……楽園へ誘う、柔らかい光を放つ蝶のようで……。

憩「――ロン、中のみ! 2000!!」



神代小蒔、松実玄が持つ胡蝶の夢の力だった。



憧(――ぁ、ああぁぁぁ………)


放銃して、すぐには何もなかった…。
それでも異変を感じている。


虎が爆弾を……噛み砕く。

ドクン、と体が跳ねる。

初めて受けたその衝撃は、心身疲労状態の憧が耐えれるわけもなかった。


洋榎が言っていた、心の中にぽっかり穴が空いたようだ、と。


それは、きっと小蒔が手を抜いていたから――。
この衝撃は、それ以上――。


心の中の、私という存在に穴を空けるどころか……粉々に砕け散るような、酷い衝撃だった。

咏(――あれ、は…!?)

恒子「大将後半戦南三局という後半も後半のここで!! 荒川選手は連荘です!!」

恒子「現在トップとはかなり引き離されているうえ、どこか準決勝のような勢いはない荒川選手」

恒子「本調子ではないように感じる荒川選手はここで逆転することは出来るのか――?!」



南三局 一本場 親:憩 ドラ:南


憩(…ふふ、ふふふふ)

憩(憧ちゃん、ごめんな。……これで牌の感覚は完全に戻った)

憩(やっぱり憧ちゃんは強い人やったわ、うちを止めてたんやから、ホント洋榎以上ちゃうかな)

憩(あぁでも、洋榎は素の実力が強いから憧ちゃんは止めることが出来へんか…、うちと相性がよかったんやな)


憩(でも、それでも……胡蝶の夢は、破られへんかったみたいやなぁ……)


憩(今、楽にしたるわ……)タン



憩「――リーチ!!」

恒子「こ、これは――これはまさか……!!」

恒子「配牌が……以前の荒川選手に……!」



憩「――ツモ!! …12100オール!!」



恒子「ついに――逆転だー!! 最後の後半の親で! ついに、逆転! 決死の三倍満で最下位から一位!!」

南三局二本場 親:憩 ドラ:西

三箇牧:118200
阿知賀:97800
清澄:94500
白糸台:89500


淡(ちょ、ちょっと……憧ぉ、どうしたのよ……)

淡(三箇牧に和了られてから……どこか、変だよ……)

淡(私も、完全に牌の感覚が戻ってるし、…三箇牧も三倍満だし……)

淡(………憧、なんで……)

淡(……憧を…こんなにしたのは……、三箇牧…?)

淡(――許せない! こんなやり方で…勝利を掴み取ろうっていうの…?!)

淡(三箇牧、あなたを…絶対に……許さない! 例え私が優勝出来なくても…三箇牧だけは、優勝させない……!!)

憧(……私、なんで…こんなところにいるんだっけ……)

憧(…なんだこの広い世界は……疲れた…)


憧の目の前に広がるのは広大な世界。
憩の夢によって砕かれた憧の心はその世界がなんなのかを認識できずにいた…。

広い世界にある、とても大きな山。

憧はそこに寝転んでいた。


憧(…なんなんだろうか、この山も)


憧にとって今は胸のあたりにぽっかり穴が空いている。
そこに穴が空いたときから、憧は感情のすべてを失ってしまっていた。

同時に…シズとの記憶も薄らいでいった。


憧(…なんだか、疲れてるのは確か。……このまま、目を閉じたら…楽になれるのよね……)


何も感じない不安定な世界の中――。
憧は…目を閉じてしまった――。

二巡目。

憩(うちを止めるんなら止めてみろ――! 今まで憧ちゃんに阻まれて使えなかった力、ここで出し切ったる――!)


憩「リーチ!!」


淡(――調子乗ってんじゃ、ないわよ……!)

淡(リーチしたって、和了れないんじゃ…意味ないんだから……!)


淡「――ポン!」


淡(三箇牧は私と同じで、感覚通りで牌を感じているはず――。私が感じている牌を鳴くことでずらすことは可能……)

淡(でも、その場合私は和了れるかどうかも分からない……)

淡(――だから、早く……、私がなんとかして止めてる間に…目覚めてよ……憧――!)

憧(……ん? 何か今、聞こえたような……)


目覚めた憧の視界に入るものはしかし、何もなかった。
先ほどまでの広い世界、大きな山は跡形もなく消えてしまっている。

これが、心の消失――。

見渡す限り、白い世界になっていた。

そこにポツン、といる。

それでも……心が砕かれてしまっているからだろう、何も感じることはなかった。


憧(私、なんのためにここに来たんだっけ……)

憧(私、なんであんなに疲れてたんだろう……)

憧(思い出すことも…なんだか面倒)


そして、もう一度目を閉じようとした時だった。

小柄な少女が目の前に立っていた。


憧(――? 誰…?)


分かるのはただ小柄だということ、輪郭もボヤけていて、人かどうかも怪しい。
でも感じるものがある、それは知っている子だと、少女ということも知っている。

それでも胸に空いた穴を通るばかりで、今一つ。

寝転んだままその少女を見つめていると……、彼女の隣に小さな何かがあった。


憧(――あれは…?)


その時。
ドクン――と、私の何かが跳ねた。


憧(……ぁ)


それは、きっと、思い出。


憧(……あぁ…)


私の記憶じゃない、誰かの思い出。

憧(――っ)



動かしたくもない体を無理に動かし、その小さな何かに近づく。
手を触れて初めて……それが、小さな一輪の花だと気付く。


憧(――っ!!)


あの子が、花を咲かせたのだと分かった。
あの子と……この小柄な少女との思い出。

そして。

あの子を通じて、小柄の少女の輪郭が…描かれる。


憧(……し、ず)


ゆっくりと鮮明になっていくのは、幼馴染の顔で。
大切な親友で。
神様の前で、大事な約束を交わした、大切な人。


憧(…シズ)


咲の思い出にいる、シズがゆっくりと私に微笑むと。


その瞬間、


――白い世界は、変わる。

それは、あの日のこと。


吉野の山で御神木に登り、シズと一緒に景色を眺めていた時の世界。

夏で、夕暮れで、コントラストが綺麗に描かれていて。

そして、あの時と同じように、シズは消えて…幼い私は今の私に変わる。


この世界を存分に走り回って自分には分かる。

この世界には…シズがいないのだと。
ならば、まだ行っていないところにシズがいるんだ、と。

私は、空を見上げた。

黒く塗りつぶされた夜空には、綺麗な星がいくつも輝いている。
しかし、その夜空には一点だけ真っ白な場所があった。


そこに映る満月…、でもそれは雲に隠れてしまっている。
雲が隠しているんだ…。
世界を渡る、扉を……。

憧(シズは、待っていると言った)

憧(私は、迎えに行くと応えた)


ならば、行くしかない。

雲を越え、月に向かい、世界を渡る。

シズがいないこのくそったれな世界にサヨナラを。

私は――跳んだ。

南四局 親:咲 ドラ:①


恒子「さて、さきほどの南三局二本場では、新子選手に宮永選手がカンからの嶺上開花での責任払いで流しました」

恒子「ついにオーラスとなった後半戦、親は宮永選手です! 誰が優勝を手にするのか……見ものです!!」

咏「――はっ! ……すごいねぇ、今の高校生って」

恒子「はい?」

咏「まさか、……あの状況から……立ち上がるなんて……!」


憩(な……なんで……)

淡(……憧)

咲(………)


憧(……ふぅ、って! いつの間にか逆転されてるし!!)


三箇牧:118200
清澄:96800
阿知賀:95500
白糸台:89500


憧(咲にも、逆転されちゃってる……)

憧(はぁ、憩さんとの点差は22700か…)

憧(跳ね直、三倍ツモ……どうしよっか)


憧はこの時ばかりはひたすらに悩み続けた。

私とシズの絆に触れたら最後、逆に捻り潰す、と言ったのだ。
なのに憩さんは、触れるどころか壊そうとした。

そんなの許せるわけ、ないよね。


憧(オーラス、か)

憩(……! 憧ちゃんは目覚めてしまったようやけど、もううちの勝利は確定や!)

憩(うちの手牌は配牌一向聴! 次からのツモ牌に力を込めたら…打点こそ低くなるやろうけど和了れる…)

憩(和了れば、勝ち――。これで、終いや……!)


力を込めて、憩は……山に手を伸ばす――。


その時、一瞬山を見失ってしまった。


憩(……は?)


手を伸ばせばすぐそこにあるはずの山は、全く見えなくなった。
それは深い深い、霧のようなものだった。

しばらくすると山が見えるようになり、憩は…ツモ牌に触れる。


憩(――なっ?! 有効牌じゃ…ない……)


触れた瞬間、感覚が教えてくれた。
でも、配牌時点で感じていた自分のツモ牌は間違いなく有効牌。

どこかで…牌が変わった?

まず間違いなく、先ほどの霧のようなものだろう。

あれは……なんだったのだろうか。

咲(……これは、霧…じゃないね)

咲(もし霧だったら昨年の穏乃ちゃんと同じ力、それだったら私も淡ちゃんも対抗策をすでに見出している)


そう、それが憧が咲たちの力を上手く抑え込められなかったわけである。
昨年のインターハイ時点ですでに一戦交えている。


咲(だから、私たちの手も、憧ちゃんによって止められることはなかった)

咲(――でも)

咲(これは…穏乃ちゃんの力じゃない。憧ちゃん自身の力)

咲(私も山に関係する力だから分かる。……山にかかる、雲のような力)

咲(様々な空気が入り乱れ、天候は荒れ、大自然の驚異である山の…山頂)

咲(そこには……一定の流れがある。憧ちゃんは、その流れを手にしたんだ)


憧(雲を越え、世界を渡る私は…クラウドライダーってね)

憧(シズが…そして咲が私に新たな力をくれた……)

憧(この力を…試させてもらおうかな……)

五巡目


憩(――っ!! また、有効牌をひけへん…、全く関係ない牌や)

憩(これで……五回連続……和了ることは出来へんのか……?)

憩(憧ちゃんのツモ番の時、山に手を伸ばす)

憩(その時や、その時…憧ちゃんは自身の山にかかっている何かを……うちらの目の前まで吹き飛ばしてくる…)

憩(これが邪魔で……くそぅ……)


憧(――雲を)


雲を、越える。世界を渡る。
シズがいるはずの世界へ、あの日見た月へと私は進む。

この世界にはもうシズを感じない。
もう、いないから……世界の端っこにも、どこにもいない。


憧(私は…目指すよ)

憧(シズがいる、世界を)

憧(シズが生きている……阿知賀へと。…この再生の道を渡って)



シズが、私を待っているから――。



憧「――ツモ、6000・12000!」



インターハイ決勝は、私たち阿知賀の勝利で幕を閉じた。

――――――

―――……。



淡「憧! 大丈夫だったの?! 途中から様子がおかしくなったけど」


決勝が終わって、まず話しかけてきたのは淡だった。
自身が負けたことは全く気にしていないご様子で…、私はちょっと戸惑った。


憧「うん、大丈夫よ。へーきへーき。…それより、照のところに行きたいんじゃないの?」

淡「で、でも…憧も……気になるし」

憧「私も? いや、だから…大丈夫だって。 …今は照のところへ、行ってきなさいよ」

淡「……うん」


そう頷くと淡は対局室から去っていった。


憧(……そういえば)


照のところへ、とは行ったけど…白糸台の控え室へは行くのだろうか。
そこが少し気になった。

咲「優勝おめでとう、憧ちゃん」

憧「ありがとう。…いや、本当に感謝してるよ咲には……」


南三局二本場。
記憶にはないけれど、大体感覚がまだ残っていた。
私相手に嶺上の責任払いで、目覚めさせてくれたんだ。


憧「咲がいなかったら、多分負けてた……」

憧「でも、何で私を…助けるようなことをしたの……?」

咲「それは麻雀はやっぱり楽しいほうがいいから。それと……憧ちゃんと、また、戦いたいからだよ」

憧「……そっか」


そして、もう一つ。
咲は自身のスタイルを崩しながら…南三局二本場を和了ったのだった。

そう収支0。
南三局二本場で、私から和了った際はまだ収支0だった。

私からではなく他の人から和了れば、私は目覚めることなく、多分収支0で終われたんだと思う。


そのスタイルを崩してでも、私を目覚めさせてくれた。
咲の中にいる、シズと一緒に……。

その後少しの話を交わすと咲は対局室から出て行った。

憩「………」

憧「………」


対局室で残ったのは、憩さんと私だけだった。

私のツモ和了り以降、憩さんはぴくりとも動かない。
表情がずっと固まっているままだ。


憩「……逆に、捻り潰されたなぁ……」


ふと、憩さんは口を開くとそう言った。
私が対局中に発した言葉だった。

私とシズの絆に触れたら最後、逆に――。


憩「勝てる、と思ったのに……なぁ」

憩「うちは……小鍛治プロになりきれてなかったんかなぁ……」

憩「あんだけのこと、洋榎らの前でも言ったったから恥ずかしいわぁ」


そこで初めて憩さんは笑顔になった。
あんだけのこと、とは多分、憧ちゃんに勝つ、憧ちゃんが弱いから、といったものだろう。

憩「…憧ちゃん、改めて…優勝おめでとう」

憩「……赤土さんも、やっぱり強かったんやな」


洋榎が言っていた、憩さんには憧れている人が二人いる、と。
それはもしかしたら…小鍛治プロと……。


憧「憩さん、最後に一つだけ、聞いていいですか?」

憩「なんや?」

憧「……この大将戦、楽しかったですか?」


私の言葉に憩さんは驚いたようで、鳩が豆鉄砲くらった顔をしていたと思ったら急に笑い出した。


憩「あはは、負けた人に楽しかったって、言うか?」

憩「楽しい以前に、悲しいとかそういう気持ちが来るのが当たり前やろ」

憩「……でも、そうやなぁ…」

憩「うん、多分…久しぶり、やな。久しぶりに……楽しい麻雀が出来た気がするわ」

憩「それじゃ…うちはそろそろ行くな。憧ちゃんはこの後インタビューとかやろ」


恒子ちゃんに気をつけてな、そう言うと憩さんは対局室を出て行った。

憩「…………」


決勝戦が終わった時、心を落ち着かせるのに必死だった。


憩(全く、敵わなかった。多分、もう少しあそこにいたら、涙が出てたかもしれへん)


それは、大事な先輩に見せてあげたかった優勝。
あと一歩のところだったのに、叶うことはなかった。


三箇牧の控え室へ行く途中、ふと横を向くと洋榎とセーラがそこにいた。



洋榎「………」

セーラ「………よっ」

憩「……みんな、お集まりのようで…」


みんなテンションが低かった。
何も喋りたいことはなかったのだけど……何かを話さないといけない気がして二人に近寄った。


憩「……憧ちゃん、強かったわ」

洋榎「……まぁ、うちらが鍛えたしな」

セーラ「……やな」


そして、再び流れる沈黙。
…やっぱりダメだ。今は何も話す気でいられない。
この二人と顔を合わせるのが辛い。

そう思って踵をかえそうとした時だった。

セーラ「…憩」

憩「……なんや」

セーラ「……まず、俺から」




セーラ「卒業生やけども、千里山を代表して……謝る。 すまんかった」




唐突に、セーラはそう言うと…頭を下げていた。

これは、まさか全てのきっかけとなった一昨年のことを謝っているのだろうか。


セーラ「あの時の千里山は……まだおかしかったんや」

セーラ「たった九年しか連続出場してへんのに、自分たちの力量は大阪で一番なものやと思い込んで」

セーラ「その気持ちは……千里山の部活内でよく感じられてた」

セーラ「それが憩を苦しめていたことやって……多分、前から気付いてたのに…」

セーラ「そんな俺が…恥ずかしくって何も言えんかった……すまん」


あながち間違ってはいないだろう。
大阪は激戦区とはいえ、本当に強い人たちは千里山や姫松のほうへと行くし。
うちが三箇牧に行ったのもたまたまやった。

だからといって、やっぱり一昨年のことを許せるわけではないが……。

洋榎「…憩、うちらが出会って…どれくらい経つ?」

憩「え、えっと……六年くらいになるんかな…」

洋榎「そっか…まだ、そんだけしか経ってないか……」


そう言うと洋榎は背を向けた。


洋榎「うちはな…子どもの頃からずっと麻雀やってきて、周りには…敵なんかおらんかったよ」

洋榎「でも、中学に上がってから、そこにおるセーラや…いろんな人たちと出会ってうちは成長していった……」

洋榎「……その中でも、ある人物との出会いと戦いが…多分うちを一番成長させてくれたんや」

洋榎「そいつとは中学二年の時に初めて当たってな…、インターミドル地区大会のリーグ戦やったな」

洋榎「何回か卓を囲んだけど…そいつを一位から引き摺り下ろすことは出来へんかった」


憩「………それって」

洋榎「何で、こんな強いやつが昨年はおらんかったんやろうか。そいつに聞いてみると、うちより一つ下やったんや」

洋榎「まさか、一個年下にこんな強いやつがおるなんて……うちは世界の広さをその時に初めて知ったなぁ」

洋榎「そいつとはそれ以降色んなところで卓を囲んだ。でも、いつも負けるのはうち。そいつは圧倒的な強者やった」

洋榎「でも、うちはめげへんかった。いつかそいつを打ち負かしたる、そういう目標を持ってたんや」

洋榎「いつしか、そいつはうちの中で大きな存在になってたんや……なぁ…憩」


憩「………」


洋榎「何が言いたいかって……一昨日、準決勝終わった時、うちは憩に噛み付く勢いやったやろ?」

洋榎「それはな…絹が傷つけられたからや……」

洋榎「うちは……妹が傷つけられるのは……耐えられへん、せやから」


洋榎は再度こちらに体を向けて…近づいてくる。


――なんで絹にあんなことした。


思い出すのは……一昨日、洋榎がうちに言った言葉。
目の前まで洋榎が迫ってきた時、反射的に目を瞑った。
今度こそ、殴られる。

いつまで経っても…痛みは襲ってこなかった。

代わりに……柔らかく、暖かいものがうちを包み込んだ。




洋榎「憩は…うちらの大事な妹でもあるんや……」

洋榎「憩が傷ついている姿なんて見たくない。悲しんでる姿だって見たくない……」

洋榎「もう…遅いかもしれんけど……これからは、…これからはうちらを頼ってくれ……」

洋榎「あんたは……うちらの、大事な妹なんやから……」


目で洋榎の顔を見ると、大粒の涙をいくつも流していた。
その涙が…ほんの少し自分の肌にふれると、そこから暖かいものが自分の中に流れてきた。


憩「――うん、…うん!」


気付くと自分も涙を流していた。
久しぶりの人の温もりと優しさに触れたのをきっかけに、今までの悲しみが全て表面に出てきた。

守れなかった先輩たち、優勝できなかった悔しさ。

いくつもいくつも、自分の中にあったその悲しみが溢れかえってきて。
ついには…大声で泣きじゃくっていた。

憧(……ついに、全国優勝……)

憧(たった二ヵ月で……よく頑張れたものよね)


対局室から出て控え室へと戻る時だった。


小蒔「憧ちゃん」


ふと、声をかけられたほうを見ると小蒔がいた。
関係者以外立ち入り禁止のはずだけど……。


小蒔「憧ちゃんは…やっぱり、行くんですよね……?」

憧「うん、私は…ようやくスタートラインに立てたんだ…」

小蒔「そう、ですか……」


小蒔の言葉からは、行ってほしくない、という気持ちが伝わってきた。
それでも、ようやくこの場所に立てたんだ……行かないといけないから…。


小蒔「…憧ちゃん、失礼します…」


そう言うと小蒔は突然、私を抱き締めてきた。
力強く抱き締めて少し苦しい感じがしたけど……小蒔が少し震えていることに気がついた。


小蒔「…もし、憧ちゃんが失敗しても……私はここにいます。ここで待ってますから……」

小蒔「だから…辛くなったら……」

憧「小蒔…ありがとね」


小蒔の暖かいものが、私のところに流れ込んできた。
それが私の心に触れると……一つ、火が灯った。

憧「私は……行くよ。…よかったら、見ててくれると嬉しいな」


そう言うと小蒔は私から離れると……ほんの少し涙目になりながら背をむけて歩き出した…。

ありがとね、小蒔。
私はもう一度その背に感謝の言葉を言うと、阿知賀の控え室を目指した。


控え室に戻ると、灼さん以外全員涙を流していた。
玄なんかあまり動けないでいたのに、私に飛びついてきたりして色々と大変だった。


私が入ってからの数ヶ月をみんなと思い出語りしたり、私たちはお互いを誉めあって……阿知賀の優勝を自身で祝った。


そして…これが現実だと分かると、私たちはまた、喜び合った。

個人戦の前に一度表彰式が行われる。


四位・白糸台。
三位・清澄。
準優勝・三箇牧。

そして、優勝・阿知賀。


色々な高校が呼ばれる中、優勝校として阿知賀が呼ばれることに私はとても喜んだ。

そして、インタビューを受ける。
やっぱり恒子ちゃんが来て、その人がまたうるさくて少し大変だった。
半端ないテンションでのマシンガントーク、まだ決勝の疲れが残っている私にとって少し辛いものがあった。

そして、その時は……訪れた。


恒子「はい!! ありがとうございました!! ……それでは、最後に……」


――ドクン、と私の心臓は一段と高く跳ねた。
ついに……来た…。
この時が。
私は……このために来たんだ。


恒子「優勝校に、訪ねます。毎年恒例となった――」


恒子ちゃんの言葉を逃すことは出来ない。
これが――。
――最後。





恒子「プロと戦うEXマッチ。……挑戦、しますか?」




憧「……はい、私は…そのためにここに来たので……戦います」





私がそう返事すると、恒子ちゃんだけでなく、周りの人たちも騒ぎ出した。


これは……2ヶ月前シズと初めて出会い、世界を越えて穏乃を助けに行く時の話まで遡る――。

シズ「全国大会優勝?」

憧「そう、それが……多分穏乃を救い出せる最初で最後のチャンスなんだと思う」

シズ「うーん、でも……すっごい強い人と当たるわけでもないでしょ? 憧は…本当に敵わない! って人と戦わないと扉は開くことはないんだよ?」

憧「…あぁ、そういえば、シズは知らないんだね。全国大会優勝校には、EXマッチっていうのがあるんだ」


EXマッチの起源はたった三年前。

宮永照という人物が一年の頃の話だった。
白糸台高校を一年の宮永照が引っ張り、全国大会優勝させた時のことである。


当時から根強い人気があった、恒子ちゃんと小鍛治プロのラジオ。
そこに一通の投書があった。


『宮永照と小鍛治プロはどちらが強いんでしょうか?』


それがきっかけだったと言われている。
これを見た小鍛治プロは、分からないと濁しているが…恒子ちゃんは小鍛治プロの圧勝でしょ、と断言した。
それでも小鍛治プロは自信なさげに違うと思うなぁ、と言うから恒子ちゃんはそれに怒ってこう言った。


『じゃあ実際戦ってみればいいじゃん! 例えばテレビとかでさ!』


この言葉を聞いたラジオ局、またテレビ局は賛同しすぐに計画を練った。
しかしインターハイで優勝を目指している選手をプロと戦わせる、というのはどうだろうか、とも色々な議論があった。
なので、アンケートをとることにした。
恒子ちゃんと小鍛治プロのそのラジオ番組はインターハイ特集のラジオなので、都合もまたよかった。
アンケート結果は。


『ひゃ、100%で……私のやや投げやりだった言葉が現実となりそうです…』


と流石の恒子ちゃんも恐縮していた。
それからインターハイを主催する人たちとテレビ局が連絡を取り合い、全ては選手に決めさせることにした。

EXマッチをするか、しないか。
するとしたら東風か、半荘か。

など、色々な制約がつくがEXマッチは開催されることとなった。


重要なのがこれはただのテレビ番組のようなものであること。
そして、高校生から二名、プロからは二名の四名で卓を囲むこと。

高校生はその年の優勝校から代表一名、そして前年度優勝校または今年度準優勝校から代表一名。
プロからは小鍛治プロは確定として、残り一人は都合のつく人だった。

憧「……私はね、小鍛治プロと戦うの」

憧「昔……私は言ったの。小鍛治プロには私たちじゃ勝てない。……でも、勝てる人物はいるよね、って」

憧「私は…晴絵に任せたんだ。小鍛治プロを倒すのは……」

憧「でも、もう……晴絵はいない。私が……小鍛治プロを倒すんだ」

憧「絶対勝てないと思った人……小鍛治を…倒す!」


シズ「なるほどね……国内無敗、元世界ランキング二位か……確かに、これだけの人物と戦えば……」

シズ「……でも、今年だけじゃないよね。来年もまたあるんじゃない?」

憧「もう一つ重要なのは…小鍛治プロは今年から日本を発つの」

憧「日本タイトルを全て返上して……世界へ行くってこの前メディアに発表してた」

憧「インターハイのEXマッチを最後に、ね」


だからこそ、今年で優勝しなければならなかった。

そして、私は見事全国優勝を果たし、小鍛治プロと戦うことが決まった。


恒子「――それでは! どうぞこちらの通路を進んでいってください! 特別ステージが用意してあるので!」


そう言った恒子ちゃんの言葉に従い、私は進む。


ふと後ろに気配を感じて振り向いてみると、私の後ろを着いてくるのは…咲だった。
前年度優勝校、清澄から代表一人…宮永咲。


――憧ちゃんともう一度、戦いたいから。


咲の言葉は…きっとこの場で戦いたいことを言ってたんだろう。

私は……咲と並んで、ステージを目指した。

恒子「さて!! 今年もやってまいりました、EXマッチ」

恒子「高校生からは、阿知賀・新子選手と清澄・宮永選手です!!」

恒子「去年は白糸台の宮永選手と清澄の宮永選手とで、姉妹で小鍛治プロと戦ってました!」

恒子「小鍛治プロは何故だか本気で相手をしていましたね、みなさんの記憶に新しいんじゃないでしょうか?」


後ろから恒子ちゃんのやかましい声が聞こえる。
ふと、この声を聞きながら対局しないといけないのか、と思ったけど目の前に大きな扉が見えて安心した。


ここからなら、恒子ちゃんの声は入らないだろう。
そして私と咲は扉に手をかける。この中には……小鍛治プロがいる、私は…勝たないといけない。

ギイィィと、重苦しいような音を出すのは演出なのだろうか。
大して重くもない扉を開けた。


――これがシズを救い出すための、最後の戦い!!

――絶対、絶対に…負けられない!!!!

恒子「さて、続いてプロの紹介です」

恒子「国内無敗、元世界ランキング二位などを持つ小鍛治プロは、必ず卓に入ります」

恒子「もう一人ですけど、一昨年は三尋木プロでした。昨年も三尋木プロでしたね」


恒子「だったら今年も三尋木プロ? いや、違います! 三尋木プロは私と一緒に解説・実況していましたよね、用意する時間はありませんでした」



憧「―――ぁ」

そして、私は……気付いた。
小鍛治プロが目の前に…いて、そして……小鍛治プロの横にいる…人物に、気付く。



恒子「となると誰でしょう?! 瑞原プロ? 大沼プロ? 戒能プロ? いや、全く違います!」

恒子「知っている人は知っているでしょう――。それは…十年前……」



憧「――あぁ…」

インターハイのために、東京に来たときからずっと心の中にいた人物。
それが、小鍛治プロの横に…立っていることに。



恒子「小鍛治プロの記憶に残っている、跳ね満以上のダメージを与えた人物……」

恒子「それは―――!! 昨年、プロデビューを果たした――」



恒子「赤土晴絵だああぁぁぁーーー!!!」



晴絵「憧……、待ってたよ」



一年ぶりに会った自分の師は……私を待っていた――。

かつて勝てないと言った相手に挑戦する展開はいいなぁ


まだこれからもうちょっとだけ麻雀描写が続きます、
全員が能力者という設定なので展開がサクサク進んでしまっているのが、少し…


このペースで行くと、あと2、3回の投下で終わり、かな。


最近暇になって、他の咲SS、現行もSSまとめにも目を通すようになったけど
自分のSSが変わってるってことに今初めて気付いた。

今回の投下は 視点移動やら多く含まれるので名前欄で補足します

眩しい光が照らす空間で、無機質な機械のレンズが私と小鍛治を見ている。
私が今いる場所はインターハイの決勝卓に似せたような造りの特別ステージだ。
この場所でかつての教え子、憧と戦う。

インターハイを制した高校生ら二名とプロ二名によるEXマッチ。
憧が来ることは、なんとなく分かっていた。願望なのかもしれないけれど。


でも、その前。阿知賀の名前が全国へ出てきた時、私は目を疑った。


――まさか、今の阿知賀の戦力じゃ……晩成には勝てないはず…。

シズもいない、宥は卒業、そして憧も……。


去年の阿知賀の半分以上の人数が抜けて、それでも晩成には勝てるはずはなかった。
私は、阿知賀のメンバーと牌譜を見た。


――あ、こ……。


憧が…いる。

憧の名前を見た時、自分の記憶の中のとある出来事を思い出した。

――昨年の出来事だった。


晴絵(……全国大会三位…おめでとう、みんな)


その日はインターハイの決勝から一日経っていた。
決勝が終わった翌日、私たちは憧たちと一緒に和に会いに行った。

それからいろんなことを沢山話し合って、少し東京でも遊んでいた。

日が暮れてから、和と分かれて私たちは阿知賀へ帰ることにした。


晴絵(すっかりみんな、眠っちゃって……そろそろ…愛知に入るかな……)


東京から奈良へと帰る時ももちろん私の運転だった。
出発は夜中、到着は明け方。
私は寝てないことになるけれど、この子たちの決勝で頑張った姿を見てすっかり興奮しちゃって、多分寝ようにも寝れないんじゃないかな。

この子たちは車の中でだけど寝てもらっている。
私はこの高速道路をただ走るだけだ。


晴絵(結局優勝は出来なかったな。小鍛治プロには優勝を見届けてからって言ったけど……どうしよっか)


かっこつけてしまったことを少し後悔してしまっている。
でも、この子たちが責任を感じることはない。

でも、今決めることじゃない。
私は……これからの人生をどう過ごしていこうか、少し考えていた。

インターハイの決勝を思い返してみる。


先鋒戦は再度あの宮永照と戦うことになった玄。
本当なら…あの照に勝つためには…玄の力を最大限に発揮しなきゃいけない。
そのためには…玄には、ドラ支配を振り切ってほしかったが……。

玄がドラ支配を振り切るためには、玄の心の問題を解決しなくちゃいけない。
玄の…お母さんとの記憶を。

それは、私が立ち入っちゃいけない問題だ。
玄がいずれ、自分を変えなくちゃいけないと、自分で判断する時がくるはずだ。
私が、私のために…玄の心を変えるなんてことは…やっちゃいけない。

玄は強い子、それは、私が阿知賀の麻雀クラブを設立したときからずっと知っていること。
他には――。


晴絵「…そういえば、吉野川で憧が迷子になった時も…玄、言ってたなぁ…」

晴絵「この子たちの先輩だから、だから私が守りたい――」

晴絵「私から見たらみんな子どもだけど……この中でもやっぱり玄が一番お姉さん、だよなぁ」

晴絵「……宥には悪いけど、ね」


そう、玄は間違いなく強い子だ。
みんなを守れる、そんな心を持ち、力もまた持っている。
この子なら……きっと自分を変えなきゃいけないところで、自分を変えれることが出来る。

それはきっと、誰かがピンチになった時、とかだろうかな。

誰かのために、ドラを手放し、その誰かを……守る力、救うことの出来る力。

見たい気持ちはあるけど、この子がそれに直面した時、私はいるのだろうか。

次鋒戦、準決勝で白糸台の弘世に対して活躍こそ出来たけど。
決勝戦では中々上手くいかなかったな、宥。


清澄の次鋒にはしてやられた、宥と同じ染め麻雀とは。
宥のほうが実力も支配力も圧倒的に上。

だけれども、ここぞという時での勘…っていうのか、不可解な鳴きに、まるで予め用意していたシナリオ通りにツモる牌。
さらには姫松も辛いところがあったな。

中堅の愛宕洋榎にだけは気をつけるようにはみんなには促したんだが…。
姫松もまた強豪中の強豪。神代小蒔率いる永水にシードを奪われたといっても、実力はあったんだ。

姫松の三年生、それはつまり同学年の愛宕洋榎とは少なくとも数年は一緒に卓を囲み、基礎は出来上がっていた人物のはずだったんだ。
愛宕洋榎は他人に活力を与えるような人物だったんだ。

……そして、最大の敵は…やはり白糸台…。

たった二日で癖を直し、さらにはそれを利用して狙い撃ちを実行してきた。
それに宥は前半戦振り込むことになってしまったが…。

でも後半戦では驚いたことがあったな。

宥が、白糸台の弘世の新たな癖を一人で見つけ出し……それ以上点棒を出すことはなかった。


宥は誰よりもキツい卓の中で、一人で戦ってきていた。

さすがは玄の姉だよ…、宥もまた…心も強かったんだ。


晴絵「私たちには…素を見せてくれるってところがまたいいよな」


みんなあったか~い、とそう言った宥の言葉を思い出す。

中堅戦では憧が頑張ってくれた。


玄も宥も少し失点しまった……そんな阿知賀をまず最初に引っ張って行ってくれたのが一年生の憧…。


清澄の竹井相手に、そして姫松の愛宕洋榎相手に……そして、白糸台の渋谷相手に…。
正直言って、先鋒戦より…ここが失点されると思っていた。

千里山の江口より、愛宕洋榎のほうが外側からだと強く見える。
江口は鳴きを用いずの門前のみでの和了りを目指す。
愛宕はただ柔軟にスタイルを変えて高打点を目指す。

そして、そんな江口相手にプラス収支とはいえ競り負けていたんだ。
愛宕相手だとそれが引き離される……、さらには他も強敵だった。

しかしそんな卓で…憧は、完全に頭で抑えることが出来ていた。


清澄・竹井の悪待ちを読んで。
愛宕相手に上手く鳴きを使い、愛宕洋榎が一向聴の時には憧は聴牌という常に一手先の手牌となっていた。
さらには…渋谷のオーラスの役満をも止めた。


…決勝卓へ向かう時の憧はどこかおかしかった。
シズと一緒に何かしていて、いつもシズにべったりだったのに。

そんな憧が静かに宥の帰りを待っていて、そしてシズと一言も交わさずに控え室を出て行った。
その時の憧の表情は強張っていた。何かあったのだろうか、と思いつつ憧が控え室の扉に手をかけたとき、憧は口を開いた。


――玄、宥ねぇ……必ず私が…点を取り返してあげる。

――阿知賀の勝利のためじゃない…、大切な姉を…傷つけられて、許せないから。


憧は…そう、玄と宥の妹なんだ。

小さい頃からずっと家族ぐるみの付き合いをしていたこの三人には、私が阿知賀の麻雀クラブを作る前からの三人で。

憧は…本当に彼女らを姉と呼び慕う時があるんだな、と。
そして、憧はこういう関係をとても大事にしているんだと分かる。

部活に入って、憧の本当の中身を見ることで初めて分かることがある。

誰かのために戦う時が、本当に力を発揮できるのだと。

そう考えると準決勝時はただ自分のことだけを考えて江口との戦いで競り負けたのか分かる気がする。
あの時は、そう自分のことだけを考えていたんだ。江口より稼ぐ、という考えが。

誰かのために戦う時にこそ発揮する憧の力は、自分のために戦う時には力は発揮されない。


だからこそ、この中堅戦は私にとっても嬉しいものだった。

憧の新しい力を見れたこと。
そして、憧は私の麻雀を受け継いでいる一人だということ。
憧は…阿知賀のもう一人のレジェンドになるんじゃないだろうか、とそう思っていた。

副将戦、灼はとんでもないことをしてくれた。

私の打ち筋を完全に模倣していたのだ。
確かに灼は私の麻雀からとても強く影響を受けている。

準決勝以前では私と灼の麻雀をあわせたような打ち筋をしていた。
千里山はその複合が複雑に見えて、中々灼のことを理解しにくかったらしいけど…。

しかし私から見ると、灼は準決勝までの戦いはあまり良いものとは思えなかった。

私と灼の麻雀を複合させたのが、灼のスタイル……というわけじゃないんだ。
やっぱり灼には灼自身のスタイルがある。
このスタイルを崩してでも私の打ち筋を真似るんだから必ずどこかで綻びが生じる。

灼は…多分私と一緒に戦っているつもりでいるんだろう。

おかげで私は…灼と一緒に戦っているような、そんな感覚も得たことはあった。
…確かに、あったけどさ…。

私の麻雀が…灼の足を引っ張っている気がして……辛かった。

副将戦の前半戦が終わって、一度灼が控え室へ帰ってきた。

その時一目散に私のところへ寄ってくると……。


――やったよ、プラス収支だよ。ハルちゃんの麻雀はインターハイ決勝にも通じるんだよ!


この時初めて…灼の意図に気が付いた。

私を…本当にインターハイ決勝に連れてきてくれたのだと……。

私が…あそこで戦っているのだと……。

準決勝で終わった私のインターハイを……灼が決勝まで…引っ張ってくれていったのだと。


準決勝以前は、私と灼の麻雀を複合させることで一緒に戦ってきた。
そして、私が叶うことのなかったインターハイ決勝で…灼は……私の麻雀で戦ってくれた。

そこでプラス収支で前半戦を制したこと…。


私は灼に精一杯の感謝の言葉を、涙を流しながら伝えた。

はっきり言ってインターハイ決勝行きが決まった時ほど、嬉しい気持ちでいっぱいだった。

私は灼を、精一杯抱き締めた。


晴絵「……灼、本当に…ありがとね」

灼「……ん」


助手席で眠る灼に手を伸ばして頭をそっと撫でる。

決勝の大将戦、シズは緊張していたのかどこか落ち着きようがなかった。


灼が帰ってくる前にシズは飛び出していき、誰よりも早く卓についていた。

泣いても笑ってもこれが最後、私はみんなの打ち筋をよく観察していた。

姫松はやはり次鋒と同じく、愛宕洋榎の隣で三年間共にしてきた人物で、基礎がしっかりしてる。
さらには準々決勝、準決勝と…宮永咲と同卓にも関わらず勝ち上がってきている。
これは…偶然なのか、はたまた実力なのか。

牌譜、そして収支にも目を通すとそれが後者であることが分かる。
姫松の大将は…とんでもないやつだった。シズが…抑えることの出来ない純粋なプレイヤーでありつつも実力で宮永と一緒に勝ちあがってきた人物なのだから。


白糸台大将の大星淡、準決勝ではシズが後半抑えることに成功していたけど決勝ではシズの力を読んで、さらに強い力で抑え込もうとした。

シズにとってそれは少し厄介だったように見えたけど、すぐに抑え込むことに成功していた。
ただ……問題は、清澄の宮永咲だった。

長野は強化合宿時に龍門渕を訪ねていて、そこで天江衣から事前に情報を聞いていたから、宮永咲は異常だと分かっていたけど。

まさか、シズの山の力をさらに抑えれるほどの実力者だったなんて。

咲の嶺上は、シズはたった一度しか止めることは出来なかった。


オーラスになり阿知賀のトップは役満和了でしか狙えなくなった。
シズの手牌は配牌からバラバラ、少し…ショックがなかったわけがない。

この子たちは…ほとんどが私が手塩にかけて育てた子たちで、憧と灼は、私の麻雀を受け継いでいる。

そんな子たちが…優勝出来ない寂しさは…とてもよく分かってしまう。

こんな、半端な教育者でごめんな――。
私は心の中でみんなに謝った。

…しかし、考え事をしている間にシズの手牌がとんでもないものに変わっていた。


いつの間にか…四暗刻を狙える手牌になっていた。

役満和了での…阿知賀の勝利・優勝。

頭の中でその言葉がぐるぐると回る。

穏乃の顔がちらりと見える。
――まだ、諦めていない。目に炎を大きく宿し、そして…シズは。


――カン。

――まだまだ、カン。

――もいっこ、カンだ!!


三連続カンを行った。
宮永咲の得意技、嶺上開花を狙うというのか。
三暗刻、三カンツ、そして嶺上…いや、それだとまだ倍満……。


もう一度、カンを行い四カンツでの役満和了。

山に咲いた花は、シズにも摘み取ることが出来る。


私は期待した…が。


――カン、ツモ……嶺上開花。


最後の花を摘み取ったのは宮永咲だった。

阿知賀は三位という結果に終わってしまった。

それでも、シズを始めとする阿知賀のメンバーは多いに喜んだ。
喜び、泣き、抱き合い……私はこの阿知賀に帰ってきて…本当に良かった。


和とも少し話をすることが出来た。

驚いたのは和と灼は初対面ではなかったこと。
二人してどうやら私がプロへ行く話がどうとか、話したことがあるらしい。

申し訳ないけど…今はまだ考え中だけど、と濁しておいたが。


インターハイの決勝は……本当に色んなことがあった。




晴絵「……ふぅ、どこか…SAにでも入って飲み物買うか……?」


少し走りっぱなしで疲れが出てきた。
カフェインでも摂るか、と考えコーヒーでも買おうかと思った……。


そんな時だった。

決して多くはなかった高速道路の道、それでも少しの車は走っていた。


晴絵(なっ)


目の前の光景が信じられなくて、一度私の心臓が握りつぶされたかのように息が詰まり、背筋に冷たい何かが走った。


晴絵(車が目の前に……)


突如前の車がブレーキランプもなしに速度を落としたように見えると次の瞬間には二車線に対してやや垂直に車が止まろうとしている。
それはつまり、前の車が横になってしまっている。
どんどんと近づく私の車と前の車。
車線変更も考えたが無理だ、前の車は大きく横に止まろうとしており、無理に車線変更するとこの速度だ。横転する可能性もある。



前の車越しに更に前を見ると……事故を起こしているのが分かった。
すごい衝撃だったのか…、道路には事故をあったのであろう色々なものが散らばっていた。


晴絵(~~~~っ!!?!)


私は全力でブレーキを踏んだ。
ABSが働いてガリガリという音が車の中で大きく響く。
前の車の距離がどんどんと縮まっていく。

瞬間この車の中で眠っているこの子たちの顔が思い浮かぶ。


晴絵(この子たちは……絶対に怪我もさせない――!!)


私は何にでも縋る思いで、祈りを込めて…目の前の車の距離を見ながらブレーキをかけ続けた。

こんなにも力強くブレーキを踏んだことがなく、衝突することなく止まれるのか分からなかった。
ブレーキレバーが折れるんじゃないか、そう思うほど私は思いっきり踏んだ。


晴絵(間に合ええええええええええ)


心の中で大絶叫した――!
そして、次の瞬間。



晴絵(―――はああぁぁぁ)


なんとか、ギリギリで止まることに成功した。
ただ、凄いGがかかったのと、ガリガリと削るような音で後ろの子たちは少し目が覚めてしまったかな。


そう思ってルームミラーを覗くと。

後ろの車がスピードをうまく落とせずに。


私の車に突っ込んでくる姿が見えた。



――バキバキバキッ!!



さきほどのABSの音よりももっと鈍く、痛々しい音が車内に響き渡ると共に。


一緒に襲ってきたとてつもない衝撃に私は気を失ってしまった。

穏乃「――んせい! 先生!! おきてください!」

晴絵「……ん」


私はその声で目が覚めた。
周りを見てみるとかなり暗い。
夜中なのか? と思い返してみてそこで初めて気がついた。


晴絵「シズ…? シズ! お前は大丈夫なのか?!」


後ろで騒いでいるのはシズだけで、他のみんながいない。
事故にあったはず…、と自分の中で混乱しかけているところに答えてくれた。


穏乃「えっと、とりあえず私たちはこの高速道路で玉突き事故に巻き込まれたみたい。玄と灼さんと宥さんは無事に安全なところに避難したよ」

穏乃「ただ、先生と憧が気を失ってたから助けに来たんだ。二人とも…頭打っちゃったみたいだね」


そう言われて自分の頭に鈍痛が走った。
さっきから視界が歪むのもそのせいだったのか。


晴絵「…みんなは、避難したんだな」

穏乃「うん、あとは先生と憧だけ」

晴絵「そしたら――私が憧を運び出すから穏乃は」

穏乃「先生は休んでてよ。まだフラフラしてるっしょ?」

晴絵(――?)


そう言って穏乃は何故か笑顔になった。

その時、なんで笑顔になったのか全く分からない。
私はその笑顔に少し焦りを感じた。

何か、ヤバイ予感がする。

憧の様子を見てみる。
どうもシートベルトの部分がおかしくなってるようで中々外れなさそうだ。
続いて穏乃の様子を見てみる。
穏乃は特に外傷はなさそうで…それでいて笑顔でいる穏乃には特に酷いところはなさそうだった。


自分の頭の鈍痛も消えないでいる。
視界もブレる。
……これは…穏乃に任せたほうがいいんだろうか…。

私は…少しの間考えると。


晴絵「……分かった、私がまず脱出する。ただ、あんたらもすぐに…脱出しろよ?」

穏乃「…うん!」


穏乃のとてもいい返事を聞くと私はシートベルトを外し、運転席から出ようとした。


晴絵(…運転席のドアが…開かない?)


窓越しに見ると見事にドアが変形していた。
これでは開けるのは困難だろう。

仕方ないので私は狭い運転席から助手席のほうへと移動し、そこから脱出を図った。


晴絵「――ッ!!?」


突如襲う足首の痛み。


穏乃「先生!?」

晴絵「だ、大丈夫だ」


この暗さでは分からないが、多分とても腫れているのだろう。
捻挫か…あるいは骨折。
しかし…ここから脱出しなくては。

触れるだけでも痛いこの足を…唇を噛み締めて自分を奮い立たせて、車から脱出した。

玄「せんせええええええ!!」

灼「――ッ!!」


遠くにいる教え子たちが私の姿を確認すると大声を発した。
灼は走って私の元に駆け寄ろうとする。


晴絵(…よかった、みんな…無事だったんだな)


玄が介抱する宥の姿も見えて安心した。

後は…穏乃と憧…だ…け。


そして、私は気付いてしまった。
近寄っている灼がどこかおかしいことに。

何かが……おかしい。
灼……?

灼の体を確認してみよう…。どうも右半身がやけに明るい。

夜中、なのに? 光は、あったのか?

あのようなオレンジ色の…光に照らされたような灼。


次の瞬間のことは私は一生忘れないだろう。

玄「逃げてええええええええ!!」

灼「ハルちゃああああん!!」


教え子二人の絶叫。
そして、灼は私を抱きかかえるとその場にうつ伏せにされる。


――そして。



ドオオオオォォォォン!!!



背中から感じるとてつもない熱と衝撃。

初めて感じた、爆発というもの。
テレビなんかよく見たことがある。
大きな爆発が周りのものを飲み込み、そしてその場所を焼畑にしたかのような跡地にもなり。
私はその爆発が、すごいものだな、と思った。

でも実際、近くで感じてみると。


その爆発と同時に、心の中にある大事なものが根こそぎ、ぶっ壊れたかのように思えた。

晴絵「…シズ、は? 憧…は?」

灼「………」


私は…立ち上がると、ゆっくりと振り向いてみる。
勇気が必要だったのかもしれないが、ほとんど無意識に向いていた。

目の前に広がる光景は予想通りといったところ。
自分の車を含む車数台が、どれかの車のガソリンに引火、そして爆発してしまったのだろう。


無機質なものが焼け焦げる、特有の異臭が…その事実をさらに認識させてくる。


晴絵「…シズ…憧……ッ!!」


ふらりと、車のほうに近寄ろうとするが、またもや襲う足首の痛み。
…この痛さが、さらに現実だと分からせてくれる。

教え子二人が……車の中に取り残されたまま、爆発に巻き込まれてしまった現実を…私は受け入れないといけなかった。
運転席側の扉は変形していた。
運転席の後ろでシートベルトに固定された憧は向こう側に出れることはない。そして…こちら側には出てこなかったということは……。


晴絵「あぁぁあ……」


叫びたかった…もう何も聞きたくも見たくもなかった。
私が…殺してしまった。あの二人を、そしてこれは…現実。

夢であってくれ、と祈った。
そう言いたかった。

でも口から出るのは嗚咽。
私は…呼吸をするのも忘れてしまったかのように、ただただ泣き叫んでいた。



そんな時。



――チャリン。



晴絵(……?)


ふと、何かの音が鳴った。



――チャリン。


二度目…、潤み霞んだ視界ではそれが何か確認出来なかったが。


灼「あれは――!?」


――ガチャン。


三度目は今までとは違う音。

灼はそれに近寄って、何かを拾い上げると私に近寄った。


灼「ハルちゃん、とにかく…もうちょっとだけ離れよう」

晴絵「――! でも!」




灼「大丈夫、穏乃たちは生きている! 多分車の向こうから、投げてくれたんだ、これを」



そう言って灼が見せてくれたのは…お金だった。

でも、何かが巻きつけられている。
私は一度目を擦り、しっかりとよく見てみる。


晴絵「――! シズの髪留め!?」

灼「偶然こんな巻きつけられかたはいくらなんでもしないでしょ。…爆発の後に投げたことは分かってる、ってことは…」

灼「少なくとも穏乃はまだ生きている! ハルちゃん、…私たちは祈ることしか出来ないけど……今は、信じて待とう」

そして私たちは救助隊が到着するのを待った。
炎の中にいる穏乃たちの情報が未だに分からない。

炎も止まる気配はなく、ひたすらに待つことになった。


救助隊が着き、炎の中に二人取り残されていること、そしてそのあらかたの場所を伝えた。
まず初めにそこに向かってくれたので、私は……ようやく肩の重荷が一つ取れたかのように思えた。


しかし。


晴絵「――い、いなかった?」

「えぇ……ただ、炎の向こうはまた大きな空間が出来ていました。…伝えづらいですが…酸素を求めて歩き回ったのでしょう」

「すぐに…必ず見つけてみますから……!」



そう、救助隊は答えた。
私はまた…それに安堵した気持ちでいた。


今となっては、そんなことに安堵した自分が許せない、何故なら――。



そして言葉通り、すぐに二人を見つけてくれた。
一人は右半身に大きな擦り傷があり、意識はないが、十分な安全ラインにいることに。

そして、もう一人は……瀕死の状態で見つかった。

晴絵「シ…ズ……」


車に運びこまれる直前、私はシズの様子を見に行った。
そこには……目を覆うようなシズの姿があった。

髪はやはり下ろされていて、目のあたりまで髪で隠れている。
しかし、そこから下。

全身が焼け爛れた皮膚で、体全体に煤がついている。
体全体がまたやけに赤くなっていて、それは血色が良いのではなく熱に長時間あたっていたから。


晴絵「うああぁぁぁ!!」


シズは、炎に囲まれた空間で何を思っていたのか。
地獄のような空間の中、何を思っていたのか。
私を…恨んでいたのか…?

こんな事故に巻き込んでしまった、私を……。



……そして、気付く

穏乃が投げたあの髪留めの意味は……もしかして。


――助けて。


晴絵「うわああああああああああ!!!」


穏乃が…私たちに助けを求めていたんじゃないのか……。

そして助けを求める穏乃を、私たちは勝手に解釈し、炎の中にいる穏乃を助け出すことは出来なかった。
炎に焼かれる中…穏乃は…何を思ったのだろうか。

病院に運び込まれた穏乃と憧に、私は付きっきりでいた。
自分も怪我をしていたから同じく少しの間病院にいたが、それでも自分の病室ではなく必ずどちらかの病室にいた。

憧は比較的外傷は少なく、目が覚めないのは多分頭を強く打ったからだろう。
多分直に目を覚ます。……覚まさなかったら、なんてことは考えたくもない…。


私は…どちらかというと穏乃のほうに付きっきりでいた。
シズは…間違いなく私を恨んでいる。

あの炎の中で髪留めを放り投げた意味を考えれば考えるほど……、私は穏乃に対して謝罪の念でいっぱいだった。


一日目には穏乃と憧の家族が来た。



――全て、私の責任です。


私はそう答えた。
罵倒されても、殴られても…何をされてもいい。
……私は…この人たちに何度でも謝らなければならない。


しかし二人の家族は、逆に私を慰めるような言葉をかけてくれた。

それがまた…辛くて。

二日目にはクラスメイトみんなが来た。

涙を流す生徒が大半だった。


この子たちの流す涙と、私の流す涙は…また種類の違うものだと気付き、それが心を刺してきた。


三日目には、私の処分を決める先生たちが来た。

流石にこの内容は意識がないとはいえ、教え子の前でするのは気が引けたため、この時だけは二人から離れたが。


私の処分は数ヶ月の離職だった。

……教え子を…瀕死の目に合わせて……そんな、軽い……。


裏には…きっとこの子たちの両親や、教え子たちが働いてくれているのだろう。

だけれどもこの処分は軽すぎて…少し、辛いものがこみ上げてきた。



そして…四日目を迎えた時だった。

晴絵「…シズ、………シズ」


私は何度も何度も穏乃の名前を呼び続けた。
看護師に変な目で見られようが…私は呼び続けた。

それはきっと穏乃が目を覚ますために。
そしてきっと私が穏乃に謝りたかったからだと思う。

穏乃が目を覚ますことを祈っているんじゃない。
私が穏乃に対する謝罪の念を消したいと思っているから目覚めてほしいのだと思う。

穏乃が目を覚まして、謝れば、この思いは消えるから。
――だから。


晴絵(違う!! …違う、はずなんだ)


私は否定したかった。
私の心を縛り付けているこの苦しい気持ちから逃れるために、穏乃に目覚めてほしい。
そんなの自分勝手すぎる!

でも……、もう四日も、この苦しい気持ちをずっと抱え込んでいる。
そろそろ開放されたいという気持ちは確かに出てきていた。


晴絵「……シズ、………シズ」


なんのために…私はシズの名前を呼び続けているんだ?
それはもう…分からない、考えることも…疲れてしまった。

とにかく、目覚めてほしい。謝りたい。

穏乃「………せ、んせ…い」


晴絵「……ぁ」


そんな時、穏乃は目を覚ました。

今こそ謝る時だ。

でも…分かってしまった。

分かってしまったら、涙が…こらえきれなくなった。


晴絵「……シズ、どうした…?」


声が震えながらも…私は穏乃に応えた。


穏乃「……どこ、に、いるん…ですか?」


そう言う穏乃の手は…空を掴む。

もう、シズの目には何も映っていないのだろう。

私は…震える手で、ゆっくりとシズの手を、刺激を与えないようにゆっくりと包み込むように触れた。
同時にナースコールも押した。


穏乃「……せんせい…ですか?」

晴絵「あぁ……私だよ。シズ」

穏乃「……よか、ったぁ…。伝えたい、ことが……あるん、です」


光を灯していない目でシズは私のほうを向く。
ただその目は空中を見るだけで、本当に何も見えていないのだと分かる。

それでも私は…教え子の前だから涙をこらえた。


――私は、わかってしまったんだ。


穏乃「――さい、ごに」


――穏乃が、別れを告げに来たことに。

穏乃「…わたし、この阿知賀で……みん、なと一緒になれて…よかった」

穏乃「全国、行けたこと……それ、は……先生が、阿知賀に…帰ってきてくれたから…。……ありがとう、ございます」


穏乃が必死に一つずつ言葉を紡ぎだしていく。
私は時折流れる自身の涙を拭きながら、穏乃の顔をずっと見つめていた。


晴絵「私も…感謝してるよ…」


私も、穏乃に言わないといけないことがある。


晴絵「穏乃が……みんなを集めてくれたんだよね…。穏乃が…私の帰る場所を、作ってくれたんだよね」


阿知賀子ども麻雀クラブは私が作った。
でも、…私は私自身の都合で阿知賀を去り、クラブは無くなっていった。

もうここで打つことはないんだろうな。

みんなでお別れ会を開いてくれた時、私はそう思ったんだよ…。


――私はこのクラブを作って、少しでもみんなに麻雀の面白さを伝えることは出来たのかな?

――いつかみんなが中学に入り、高校に行って、まだ麻雀…続けてくれたら…私は満足だな。


その時は、そう思った。
この子たちの中で、私が教えた麻雀が続いていってくれること、それが何よりも嬉しい気持ちにさせてくれた。


そして阿知賀に帰ってきた時。

私が教えていた…穏乃と憧、玄……この三人が…まだ麻雀を続けていてくれたこと…まず第一にこれが嬉しかった。

私はクラブを開いていて本当に良かった。
この子たちは麻雀を続けてくれている。私は…麻雀の面白さ、楽しさを…伝えることが出来ていたんだ、と。
この子たちの教育者であって、本当に良かったと。
そして、この子たちが教え子で…嬉しかった、と。


さらに…穏乃を中心に麻雀部が復活したという話も聞いた。
私はそこに入らせてもらったけど……、みんな私が顧問になることに首を振らないでいたことも嬉しかった。

みんなと一緒に、また麻雀が出来る。
数年前の記憶が、あの時の嬉しさがまたこみあがってきた。

その日の夜は、一人で嬉し泣きしたものだよ。

晴絵「他には…? 穏乃が言いたいことなんでもいいよ? 私…ちゃんと聞いてるから」


溢れ出る涙は止まるところを知らなかった。
でもまだ、我慢だ。
穏乃はまだ喋り足りてない。この子の最期を…私が……。


穏乃「……すいま、せん。……もう、そろそろ」


――まさか。

そう言って穏乃は目を閉じようとする。

嘘だ…これが最期だなんて……。


穏乃「……あぁ、そ…うだ……」

晴絵「な、なに? どうしたの?」

穏乃「……憧は、助かり、ましたか…?」


――まだ、目覚めていない。

憧は車の中の衝撃を受けたからだろうか、外傷は右半身の擦り傷が目立つが、頭を強く打ったらしく、目覚めていない。


晴絵「――っ」


もしかしたら…このまま一生、目覚めない可能性…。


穏乃「…せん、せい?」


穏乃は目を見開いて私のほうを向く。

懇願するような目をして……視力がない瞳で…私のほうを向く。

晴絵「憧は……生きてるよ。元気に……」


私は……真実をどうしても知りたがっている穏乃に…嘘を吐いてしまった。
でも、それが安心させる術ならば…この嘘もまた必要だろう。


晴絵「穏乃が……助けたんだよね?」

晴絵「憧は…だから、ピンピンしてるよ?」


もう、我慢の限界だった。
喉からは嗚咽が、声は震え、涙が止まらない。


今にも息が途絶えそうな穏乃に…こんな嘘を吐いてしまった。
罪悪感が胸を支配する時。




穏乃「ちが…うよ、私が…憧に、助けられたんだよ……」



晴絵「――え?」



どういうこと…?
だって憧は…今までずっと目覚めては……



穏乃「……憧に…伝えて、おいてください……。今までありがとう…って」

穏乃「そして―――」

穏乃の頼みごとを聞いてすぐに看護師、両親と色々な人がシズの病室へ入ってきた。
特に両親には申し訳ない…シズの大切な時間を…私が奪ってしまって…。


そして、穏乃は静かに息を引き取った。



私は病室を出て何度も深呼吸を繰り返す。
教え子が死んでしまった。
教え子を――殺してしまった。


私は何をするにも力が入らなかった。


……憧の姿を見に行こう、そう思ったのはどれくらい経った時か。
数秒か数分か、数時間か。
時間の感覚は狂いに狂ってる。


憧の病室の前に来ると、話し声が聞こえた。


今憧の病室には玄しかいないはず――、まさか!

憧「?」

玄「あ、赤土先生! 憧ちゃんが目を覚ましました!」

晴絵「………そ、か」

憧「――!! 晴絵! 何松葉杖ついて!? どうしたの?!」

晴絵「……………」

憧「……晴絵?」

玄「あ、憧ちゃん。先生もね、実は同じ事故に合って……先生?」

晴絵「……………」

玄「ま……まさか……」


私の様子を感じ取った玄は病室から出て行く。
…玄に…穏乃の最期を見せられなかったことに、少し腹を立てた。


伝えないといけない。
大切な教え子が…親友に言ったあの言葉を。
でも…それより先に…何よりも…涙が出てしまった。

私は…言わなければならない言葉よりも…謝罪の言葉を先に口に出してしまった。

その後私は憧に伝えないといけないシズの最期の言葉を…伝えられないままの日々を過ごした。



阿知賀女子学院には、後日正式に退職届を提出した。
私はもう…あそこには戻ることはない。


数日間、私はやさぐれていた。
そして、そんなある日。望が私のもとを訪ねてきた。


――プロは、目指さないの?


プロ、か。
すっかりそんなことも忘れていたよ。

心も自信も実力も、全て粉々に砕け散った自分はプロなんかに行けるのだろうか。

いや、まずプロなんかに行くよりも精神病棟に行ったほうがいいんじゃないのか、なんて自虐したりもした。


シズたちが麻雀出来ないのに……私はまだ麻雀を続けようとする。
それが良いことなのか、悪いことなのか、私には判断できなかった。


私がプロに行く理由を考えてみた。
いや、そもそも何でプロになりたかったのだろう。
私は…なんのためにプロに行きたかったんだろうか。

部屋の中をざっと見通して、その中にヒントがあったらなぁ、なんて思っていた。


――なんで、プロを目指したんだっけ?

――過去に何が…あったんだっけ。

――過去?

そして、部屋を見渡して…一枚のそれを見つけると、全てを思い出した。


晴絵「――ッ!!」


過去に、プロを目指す理由はあったんだ。


晴絵「ぁ……あぁ…」

晴絵「うあ…うああぁぁぁ!!」


私は…一人部屋の中で涙を流した。
涙脆くなってしまったものだなぁ、と最近の自分を思い返して初めてそう思った。

部屋の中にヒントはあったんだ。

それを手の中に収めるとあの日の光景を思い出す。


手にしたものは…写真。

―――――――

―――……。


憧『小鍛治プロに勝てるのならタイトルだって取れたりするんだろうけど……、でも、小鍛治プロに本当に一矢報いることが出来そうな人っているじゃん、そんくらい強そうな人が』

晴絵『…ぁ、え 私?!』

憧『先生しかいないじゃん! 今からでも小鍛治プロのこと研究してさ、『インターハイの借り返しに来ました』みたいなこと言っちゃってさー』

穏乃『うおー! かっこいー!! 先生いつか小鍛治プロと対局したときにその言葉言ってよー!』


…………。


写真はこの時のもの。

そうだ…私は…吉野川へ遊びに行った時…この子たちと約束をしたんだ。

小鍛治プロを倒すって。

その時私は心の中で誓ったんだ。



小鍛治プロを倒す、私の背中…見ていてくれよな。



晴絵「―――ッ!!!」


ドンッ!!!



私は全力で机を殴った。
右手が痛む。

そして…この痛みを忘れないようにしよう。
この痛みが、これからの始まりだから。

私は…もう一度歩き出そう。


立ち上がる時だ。

天国に居る穏乃に、小鍛治プロを倒す私の背中を見てもらわないと。


私は一人で立ち上がる。

側には……誰もいない。

突風が正面から吹き荒れ、細くいつ崩れてもおかしくない小さな小さな道を……私は一人で歩いていった。

同年私はプロになった。

しかし成績はあまりよろしくない。
十年前の小鍛治の記憶に残っている私は最初こそ色んなメディアに取り上げられたが、成績が悪く、いつしか周りに人がいなくなっていった。


それでも…自分の心の中には…そして天国には穏乃がいる。

私は一人で…プロの世界を歩んでいった。

いつか、小鍛治プロと戦い、そして倒さなければいけないから――。


しかし、翌年、おかしなことがあった。


晴絵「―――ふぅ」

その日の私はオフで、自宅でのんびりしていた。


ピンポーン


晴絵「? 誰だ? はーい、今でまーす」


そして、扉を開いた時後悔した。
……今会っちゃ…いけないだろう、と。


健夜「…お久しぶりですね、赤土さん」


プロになってからまだ一度も会っていない宿敵が…私の家を訪ねてきた。

健夜「赤土さん…あなたは、どうしてプロになったんですか?」

晴絵「……大事な約束があるから…」


それしか言えなかった。
穏乃のことはでも、噂には聞いているだろう。


健夜「……私は…一度あなたの心を壊しました。でも…昨年のインターハイで教え子を引き連れて決勝のステージに来た時のあなたは少なくとも逆境から立ち上がっていました」

健夜「今は、心も自信も実力も、何もかもが壊れてますよね? それでも、…プロで居続けるんですか?」

晴絵「………」


小鍛治プロが言っていることは間違いなかった。

あの日から壊れてしまった私の何もかもは一度たりとも戻っていない。

こんなんじゃ打倒小鍛治プロだなんて、今言うと笑われて終わってしまう。
そんな自分が情けなくて……。


健夜「…私は、赤土さんには……取り戻してほしい。心も自信も何もかもを……」

健夜「……私が日本を発つというのは、本当は…去年にするつもりでした。ですが…それを一年先延ばしにしたのは」

健夜「赤土さん、あなたがプロに来たから、なんですよ」


晴絵「――え?」


小鍛治プロがタイトルを全て返上し、日本を発ち、世界へ向かうという発表には日本国中が驚いた。
それは本当につい先日、発表したこと。
それが、実は去年だった?

小鍛治プロが、私を待っていた?
私みたいな酷い実力を持つ、私を?


健夜「ですが、私にも時間がありません。すぐに赤土さんには実力を取り戻してもらわないと、私自身が満足しません」

健夜「……赤土さんの復活について、提案があります」


そして小鍛治プロは一枚の資料を私に手渡した。


健夜「すでに、関係者には話を通してあります。三尋木プロに話すと、彼女も喜んでくれました。私と赤土さんが再び卓を囲んでくれることを嬉しい、と」

健夜「少し前の世代は、私たちの卓を見てあの人たちみたいになりたい、という声もあったそうです」

健夜「赤土さん…国中の人が…あなたの復活を待っているってことなんですよ…」

晴絵「これが……私の…復活するための…?」

健夜「……その時が来れば、分かります」


小鍛治プロは断言を避けたが、多分間違いないだろう。


晴絵(――シズ、どうか、…見ていてくれないか?)

晴絵(私が…取り戻すところを)


そして私は…EXマッチに出ることを決意した。

晴絵「………」

昨年のインターハイが終わってからのことを思い出していた。

……目の前の扉を開いて、この部屋を訪れる二人が来る。
私はその子たちと、対局しなければならない。

一人は清澄の宮永咲、この子は昨年のシズと戦った子だ。

そして、……憧。


健夜「緊張してるの?」

晴絵「…まぁね」

健夜「緊張なんて、しなくていいんだよ。赤土さんはいつも通り打ってて。その時が来たら……あなたはきっと、復活するから」

晴絵「……そういえば、どういうことなんだ? 私が復活するっていうのは」

健夜「…ん、と。赤土さんは自信も心も蓄積されていないようなものなんだ。だから、この戦いの中でそれを見つけさせるの」

晴絵「……どうやって?」

健夜「それは秘密。ここを知っちゃったら意味ないかもしれないからね」


何故か小鍛治プロはそこだけを教えてくれない。

私は…この戦いの中で見つけることが出来るのだろうか?


そして、扉が開く。
入ってくる二人、私はすぐに憧の姿を確認した。

憧の目が小鍛治から、私のほうへと向いた瞬間がよく見えた。

なんだ、あの顔は。死人にでも会ったような顔をして。
……あぁそうだ。この局が終わったら、言わないといけないことがあった。

シズが、最期に残した言葉を――憧に。

今、この場面はテレビで映されている。私たちが交わす、言葉も。

シズが残した言葉は、テレビで放映されたくない……これが終わったら、憧に言おう。

私は…一年間の思いを乗せて、言葉を放った。


晴絵「憧……待ってたよ」


今、きっとこの扉の向こうには私を目指して歩いてくる人たちがいる。

昨年、姉と一緒に私と本気の勝負を仕掛けてきた人もそこにはいる。
もう一人は…赤土さんの復活のためにとても重要な人。

私は隣に立っている赤土さんに目を向けた。
彼女は上の空と言った感じの表情をしていた。


健夜「緊張してるの?」

晴絵「…まぁね」

健夜「緊張なんて、しなくていいんだよ。赤土さんはいつも通り打ってて。その時が来たら……あなたはきっと、復活するから」

晴絵「……そういえば、どういうことなんだ? 私が復活するっていうのは」

健夜「…ん、と。赤土さんは自信も心も蓄積されていないようなものなんだ。だから、この戦いの中でそれを見つけさせるの」

晴絵「……どうやって?」

健夜「それは秘密。ここを知っちゃったら意味ないかもしれないからね」


…もしかしたら赤土さんに嫌われてしまうかもしれない。
赤土さんには嫌われたくないけど、…やらなくちゃいけないんだ。

私がこんな気持ちを抱くのは、もう何年も前に遡る。

夕方から投下するもんじゃないな

ちょっと用事で今まで席外してたので一旦ここで終わり
明日は仕事なので今からの投下じゃなくて明日からの投下ー

当時私は無名の土浦女子をほとんど一人で引っ張り、全国へと出場を果たした。
自分の力を過信するわけではないが、それでも全国初戦なんかで負けるイメージも全く持たなかった。

次々と立ちふさがる強豪相手に、私は力でねじ伏せていった。


私自身の持つ力――。

――胡蝶の夢、という名の力。


私は高火力選手と言ったものではない、役満を何度も何度も出せるようなそんな力はない。
ただ心を壊すような、そんな力を持っていた。


胡蝶の夢、というのは自分が蝶になっていた人間の話だ。
人間は夢を見る、蝶になってふわふわと世界を飛ぶ夢を。
しばらくすると、目が覚める。あぁ、自分は蝶になっていた夢を見ていたのか、と。
だけどもそこで一つ疑問が生まれる。
…もしかして自分は本当は蝶であって、人ではないのでは……?

夢と現実の境目が曖昧になる、そんな話。
それから自分の力がこれに似ているという理由でこの名前を取った。


胡蝶の夢には三度対局者から出和了りをしなければならない。

一度目の出和了りで、対局者の心を浮き彫りにさせる。

二度目の出和了りで、対局者の心が生み出した夢と現実を入れ替わらせる。

三度目の出和了りで、現実を心の中にはめ込み、夢の中に対局者を閉じ込める。


人格破壊、心の衰退、心的外傷。
私との対局の中で、もっとも酷い影響を受けた人たちはこういった症状が出ていた。

心とは人の感情。
人の感情を生むには、性格が必要。性格は、人の記憶や思い出から形成されるもの。


私の力はこれらに影響するものだった。


でも私自身、対局者全ての心を壊すほどの人物だったわけじゃない。
むしろ自分自身の力にコンプレックスを抱いている。

このせいで、私が一年生、二年生の時は人が麻雀部に集まらずに出れなかったのだから。
個人戦はリーグ戦だから、ほとんどの人の心が壊れてしまう。そんなのは嫌だった。

初めて出場したインターハイは、少し退屈だった。

小さい頃から夢だったこのインターハイは何事の山もなく、谷もなく終わりそうだった。


健夜(……私が…強いのかな?)


今まで全国の実力を知らなかった私は、しかし薄々感づいてしまった。
私を越える人は…いないのでないか?

何のためにここに来たのだろうか。
また…終わってしまうのか。

インターハイ団体の準決勝での出来事だった。
前半戦で一人の心を壊し、後半戦での私の親番でもう一人の心を壊した時のことだ。

対面に座る人もすでにロックオン済み……、だけどもう点差は開ききっている。
これ以上人の心を壊すものではない。
準決勝での戦いはこれで終わり。

全くと言っていいほどのつまらない試合がまた一つ…終わりそうだった。


――カン。



その発声と共に、ほんの一瞬だけ見えた明るい炎が私の世界を変えたのだった。

それが、対面に座る、阿知賀女子学院の赤土晴絵との初めての出会いだった。

赤土さんは二度目のカンをすると、心を壊したはずの二人が目に光を灯し再び立ち上がってきた。


――リーチ。

――リーチ、です。


二人の表情を見ると、何かに必死に耐えている顔だった。
歯を食いしばるような表情で、何かに耐えながら必死に立ち向かっている顔。
それは……きっと自分の弱い心。

私の力とは、自分の心、さらに弱い心の部分を浮き彫りにさせているのだ。
もちろんそんなのは直視したくないだろう。そして人というものはそれから目を逸らし自分の世界に逃げ込むんだ。

そう、自分の世界へ。
それは夢というものではないだろうか。

私はその夢の中に人を閉じ込める手伝いをしてあげてるようなもの。
だからこそ、全てから逃げる人は……私の力を直接受けてしまった人は、色々な心の病を患うことになるんだ。


でもこの人たちは違う。
自分の弱い部分が目の前まで来ているのに、自分の世界に逃げ込まずそれに必死に立ち向かおうとしている。


……私は多分、本当の意味で強い人たちに出会ったのだろう。


でも多分この二人は一人の力じゃ立ち上がれなかっただろう。
そうきっと…、対面の人のおかげ。

この人の麻雀は…活きる力を与えてくれるんだ。
とても強い力を持っている。私の力を受けた人たちを再び立ち上がらせようとしているんだから…。

知らず、唇の端が上がる。
でも私は――、この二人のリーチには振り込まない……。
自分の素の実力にも自信があるから……だが。


――リーチ!!


ゾクリ、と背中に鳥肌が立った。

対面の人は……今までとは本当に違う人だ。
つまらない人なんかじゃない。
この人はきっと私が、出会わなければいけなかった人。

大袈裟かもしれないが、この時の私は本当にそう思っていた。

今まで自分は本当の意味で強い人とは出会わなかった。


健夜(…単騎待ち、か)


私には目の前の人の待ちを感じ取っていた。
経験ないしは読み、目の前の人は嶺上牌を拾って一手待ってのリーチだった。

壊した人の心を再度甦らせ、更に自分もすでに聴牌。
実力も運も自信も、そして心も、何もかもを持っている人だった。



――私は……変われるかもしれない。

――変わるべきなのかは分からない、でも……。



今までとは違う…そんな世界を、見てみたかった私は…赤土さんの待ちに差し込んだ。


――ロン、12000は13500!

すると今までの世界とは全く違う風景が見えた。

私が……振り込んだ…。

今まで圧倒的な実力差で相手を屠ってきた私が…跳ね満以上のダメージを受けた。

私相手に…まだこんな点数をもぎ取れる人は…いたんだ。

こんなにも強い人が…ここにはいたんだ。


健夜(……見せてよ)


私の心が暴れる。
もっともっと、と。

私の力が広がる。
みんなを巻き込むほどに大きく。

私は世界の広さを知り、人の強さを知ったこの日この時この瞬間、……生まれ変わった。


健夜(…あなたの、その強さを――!)


そして私は……あまりにも後悔しすぎてしまうようなことをしてしまった。


赤土晴絵に対して四回目の和了をしてしまったのだ。

三度目はまだ意識が残ってた。
でも、四度目の和了をしてしまった時、赤土晴絵の心が完全に折れた音が聞こえた。


自分が本気で戦えたかもしれない相手を、自分の力で……壊してしまったんだ。

赤土さんのことは本当に残念だった。
あんなにも本気で戦えて、麻雀が楽しいと思ったのはそう久しぶり。


そして、私は目覚めたんだ。
全てを壊す者として――。


いつかきっと、世界の中に、私を本気にさせてくれる人はいるはずだ。
私よりももっともっと強くて、赤土さんなんかちっぽけに感じさせてくれる人物が。

私はこの世界のどこかにいるその人に向けて世界で活躍しようとした。

もしかしたら世界の上位ランカーの中に、その人はいるんじゃないか?


一桁じゃなく、二桁の世界ランカーも次々と対局しては潰し、対局しては潰していた。


――それでも、きっとこの世界のどこかにいる。


私に…もっともっと麻雀の楽しさを教えてくれる人が……いるはずなんだ。


私はいつしか縋るような思いで、世界で戦っていた。

そして、世界ランク一位の人との対局が待っていた。



私は…その人に……勝つことは出来なかった。

これが世界の壁。
世界ランク一位と二位の…壁。

私は初めて負けを知った。…いや、赤土さんの時も含めると二回か。

これで私は麻雀をさらに深く面白く感じられるようになるのだろうか。
だって、私が赤土さんと戦った時は、確かに赤土さんに負けていたんだ。

私が勝利を確信したとき、赤土さんはそのわずかな隙を狙って跳ね満をぶちあててきたんだ。
それが負けだというのならば、今回は明らかな敗北。


…なのに、全く楽しいとも面白いとも感じられることはなかった。

そうだ、あの時は……赤土さんに負けつつも、結果的には勝ったんだ。
私は赤土さんに和了り続けている時に、新たな自分を見つけたんだ。


ならば、今の自分より更に強くなればいい。

そして私は…とある場所を尋ねた。

健夜「……暑い…」


日本に帰ってくるのは本当に久しぶり。
私はプライベートでとある場所に来ていた。

夏だからというのもあるけれど、暑すぎる。
途中の店で買った麦わら帽子がとても助けてくれるが、これがなかったら本当にもう熱中症になっていただろう。

なんでこうも麦わら帽子は涼しいのだろうか。

私はこれからさらに歩く距離を考えるのが嫌で、色んなことを考えていた。


麦わら帽子の素晴らしさ、遠くの山の雄大さ、美味しい空気に雲ひとつない晴天。


それでも、時折頭の中を流れる、まだ着かないの、という言葉。

まだまだ歩かないといけない。
一度も訪れたことはないけどほとんど一本道だと聞いている。
迷うことなくただただ足を進めていればいいだけという事実が、ほんの少し心を軽くする。


健夜「暑い……」


距離と、そしてこの暑さ。

……着いたころにはくたくたになっていた。

健夜「すいませーん、誰かいますかー?」


できればお水くださーい。
という言葉もついつい出そうになってしまったがこらえた。

いけないいけない、私は何をしにここに来たのだ。


私は強くなるためにここに来たのだ。
世界ランク一位の人を倒すために。

壁はすでに見えている、後は私がそれを越えるだけ。

後に私は、神に最も近い人と称されることとなる。
それほどまでに強かった、と言われたということだ。

…ただ、すると世界ランク一位の人はどう呼ばれるのだろうか。
私には分かっていた。
あの人は……神の力を持っているということに。

たかだか麻雀で神? なんて色んな人は言うだろうけど…神様はこの世界にいる。
私はそれを知っている。

だからこそ、ここを訪ねたんだ。


?「はーい、お待たせしましたー」


奥から少女が出てきた。
ここは静かにしてないといけない場所だと部外者の私でも分かるのに、ドタドタと走って私の元に向かってくる。
子ども故のことだから仕方ないかなぁ。
そう思ってみていると。


?「あ、わ、わわ……ひゃ!?」


木の床はかなり滑りやすいのだろうか。
急いで私の元に向かってきたその少女は、自分が所有している建物だというのに盛大にこけてしまっていた。


健夜「だ、大丈夫!?」


とても大きな尻餅をついていたので私は少し心配して声をかける。


?「は、はい。…あ! 小鍛治さん、ですよね! 私ずっとファンだったんです!」

?「って、みっともないところを見せて申し訳ありません!!」


彼女は私の姿を見ると目を輝かせたと思うと、すぐに顔を真っ赤にして謝った。
ドジっ子で表情豊かな子で、少し好感を持った。


健夜「うん、私が小鍛治健夜だよ。……あなたが――」




健夜「神代小蒔さん?」


小蒔「はい! この度はよろしくお願いします!」


今日はここ、鹿児島を訪ね、神代小蒔が持つ九面という神の力を……壊しに来たんだ。

とはいってもまだ神代さんが持つ九面は自身の力で操りきれていない。
自分の計画通りにぽんぽんと物事は進まないだろうな、と思っていた。


健夜「――ッ!」


それでも対局を始めて数局後……神代さんに何かが降りた気配を感じた。


何故、神の力を壊しに来たのか。
それは簡単、ただの練習台だ。世界ランク一位の人を倒すために、神代さんには練習台になってもらう。


健夜(神を…越えるんだ――!)


そして私は神代さんに胡蝶の夢を実行しようとした、が。


神代さんにほんの少しのトラウマを与えるだけで、終わってしまった。

そして私は悟ってしまった。
世界ランク一位の人にはもう敵うことはないのだと。
そして。

私を楽しませてくれる人は…この世界にたった一人なのだと。

その後私は十年間、彼女の復活を待ち続けていた。
私は世界ランクにも興味がなくなり、当時危ないところだった地元のリーグのために私は戻っていった。
世界自体に興味がないわけじゃない。

だから私はいつかまた世界へと向かおうとしていた。

赤土さんが再びプロになる、という言葉を聞くまでは。


赤土さんの教え後が準決勝を制し、決勝進出となった時、私たちは再び出会った。
そこで赤土さんは…言ったんだ。


私もプロを目指します、と。


心の中で涙が出そうだった。
そして私は分かったんだ。
やっぱり私を変えてくれるのは…赤土さんだけなんだって。

その言葉を聞いて私は少し迷った。

世界を目指すか、日本に残るか。

……世界で、待とう。赤土さんはきっと私のことを目指してくれる――。
ならば、もっともっと大きな舞台で赤土さんを待とう。

そして私は日本タイトルを全て返上し、世界へと飛び立とうとした。
そんな時だった――。



高速道路での車十数台を巻き込む玉突き事故。

そして、数日後にその事故が原因で息を引き取った高校生が一人。
赤土さんの教え子だった。

嫌な予感がした。
私は一度仕事を体調不良で休むと、赤土さんの様子を見に行った。


健夜(……そんな…)

健夜(…せっかく、またあなたと対局できるかと…思っていたのに)

再び会った赤土さんは何もかもを見失っていた。

ステージで会った時の赤土さんは少なくとも目に光が灯っていた。
きっと教え子たちが赤土さんの心を燃やしていたんだと思う。
教え子たちの存在が赤土さんの全てだったんだと思う。

そのうち、高鴨さんが亡くなって…赤土さんの自信が崩れてしまったのをきっかけに……。


赤土さんはもう、卓につくこともない。
あの赤土さんは…私の力で心を壊した時以上に……ひどいことになっているんだ。

私は、人知れず涙した。
もう……私が麻雀を楽しいと思えることはないのだろうか。


健夜(……なんで…邪魔を、するのよ…)


私には…実はもう分かっていた。
この世界の秘密に。……その秘密が私を邪魔してくるのだった。


もう何もかもを放り投げてしまいそうだった。
そんな時、とあるニュースが、私を救ってくれた。

あの赤土晴絵が、再び目に炎を灯し、プロへと向かってくるニュースだった。


健夜(……でも)


この赤土さんは教え子を無くしたことで大半の自信をなくしているはずだ。
私は、この赤土さんが世界に来れるとは思えない。

…一年間、世界行きを先延ばしにしてみた。

そしてその直後のことだった。

インターハイは続いていた。個人戦を制したのは宮永咲と荒川憩。
私は団体戦で宮永照選手と、宮永咲選手の二人とEXマッチを行った。

その時宮永咲選手から感じる実力は予想通り個人戦でも発揮した。
個人一位は宮永咲、そして二位は荒川憩。
この二人と戦うのかな、と思ったが違った。


――私は、EXマッチに参加しません。


宮永咲はそう言った。
非難の声こそなかったが少し残念そうにする声はあった。
とはいっても私自身、団体戦で、高校生相手に本気を出すという大人気ないことをしてしまったものだから、もう一度宮永咲選手と戦うことは避けたかった。

別に胡蝶の夢で心を壊したわけではない、それだけが私の力じゃない。
ただ、素での実力の差を見せ付けただけだった。


そして荒川憩選手にマイクを向ける。
彼女は。


――うちも、EXマッチには参加せえへん。


この二人の言葉によって一度EXマッチの存在意義を疑われたが、それは晴れた。
というよりその部分はどうでもいい。
問題はその後だった。

一応はそのEXマッチのための予定を作っていたけど、なしになってしまったんじゃあ、予定はすっかり抜けてしまうわけで。


健夜「……はふ」


私はインターハイ会場のとあるソファに腰掛けてあくびをしていた。

これから何をしよう――。
本当に予定なんてなかった。いや、あるとすればやはりもう一度赤土さんの様子を見に行きたいが……。
しかし東京からまたかなり距離の離れたところにいるんだ、思いついての行動は大人としてどうなのかと思う。

小鍛治プロ、とそんな時に不意に声をかけられた。
声がしたほうに振り向いてみるとそこには荒川憩選手が立っていた。


憩「…初めまして、うちは三箇牧の荒川憩って言います」

健夜「あ、うん。対局見てたよ、高火力な麻雀が得意なんだね」

憩「あはは、今のうちにはそれしか取りえないんで」


第一印象は明るい子だな、とそう思った。
会った時、いや少し前のマイクに向かってEXマッチの不参加を表明した時からニコニコしている子だった。
でも会って、話して、すぐに分かった。

この笑顔は仮面だと、裏には憎悪などが含まれている子なんだなと。


健夜「ちょっと聞きたかったんだけど、荒川選手はEXマッチについてどう思う?」

憩「む、それですかぁ」

私はプロであって、それで大人だ。
仕事に呼ばれれば向かうし、子どもの言うことは聞くようにしている。
それはEXマッチのこと。

これが必要なのかどうか、私はインターハイで頑張ってきた子に対して失礼だけど、EXマッチは私も主役みたいなもの。
インターハイを制した、つまり高校生で一番強い子は私に敵うのか――、っていうのがEXマッチ。

ただ当初から懸念していたこと。それは高校生は私たちプロと戦いたいのかどうか。
まだ子どもなんだ、やりたくないのならやりたくない。やりたいのならやりたい、この場合は大人が子どもに合わせるべき。

だからこそ、EXマッチをしないと言った荒川選手に合わせてEXマッチは取り消しになったけども。
今後もEXマッチはするべきかどうか荒川選手の言葉も参考にしようとした。


憩「ええと思うよ? うちは小鍛治プロと戦いたいんやし」

健夜「? そしたら、何で?」


とりあえず荒川選手はEXマッチについて賛成どころか、私と戦いたかったらしい。
それならば何でEXマッチに出なかったんだろうか。
…宮永咲の影響か、とも一瞬思ったが。


憩「……うちには夢があるんです。三箇牧を団体戦で、全国へ導く夢が……」


三箇牧は確か…北大阪。
でもあそこは十年連続で千里山がインターハイ出場を果たしている。
だからこそ、夢なのだろうか。
でも、荒川選手がいる今は……全国へ行ける気がする。


健夜(……? 何か、今…思い出しそうなことが……?)


憩「でも、今のままじゃあかん。…うちには…力がない」

健夜(――ッ!!)


頭の中に突如数年も前の記憶が流れてきた。
荒川選手の言葉は、昔私自身言ったことがある。
それは…悲しい記憶。


だからこそ私は、その悲しい記憶を塗り替えるために――。


憩「けど、うちが憧れている人も、こんな時があったそうです。力を渇望していた時期が」

憩「…小鍛治プロ。うちは、あなたのようになりたい――」


力を、欲しがったんだ。

健夜「――っ」


目の前の荒川選手は、十年前の自分。
…無名の高校を一人で立ち直らせようと頑張った時の…自分。

その先には…絶望が待っているのを、私は知っている。

だけど、この子を応援したい気持ちも出てきた。
きっとこの子は私と同じ――だから。


憩「赤土さんも、うちは憧れてたんやけど……あの人は多分…立ち上がれへんよね。…だから、小鍛治プロを目標に」

憩「…必ず来年、団体戦で勝ちあがってきて、……そこでEXマッチであなたと戦います」

憩「だからどうか――、まだ…世界は待っていてくれませんでしょうか?」


そう言って荒川選手は頭を下げた。
この子の大阪弁が、懇願する敬語になるまでに…誠意を込めた言葉だった。


私は…荒川選手も待つことにした。
だけど…本命は赤土さん。


思った通り赤土さんはプロの世界で負けが積み重なっていた。
今の状態の赤土さんはきっと高校生以下の実力になっているはずだ。

一年間待ってみて、赤土さんが力を取り戻すことはなかったら私には考えがあった。


そのためにはまず、私と赤土さんが一緒の卓を囲むことが条件。
一番近い時期は…インターハイのEXマッチだった。

咏ちゃんに軽く事情を話してみると、もう一度赤土さんとの対局をしているところを見たい、と彼女は好意的に受け取ってくれた。
さらにはテレビ局の関係者にも赤土さんと卓を囲めるように頼み込んだ。

赤土さんにも決定したEXマッチの詳細について話した。
あなたの力が戻ります、と言い私は再び赤土さんと卓を囲むことになった。


そして舞台は整った。

赤土さん復活のための……舞台だ。

そして、優勝校は阿知賀女子学院だった。

この舞台に向かってくるのは新子憧という少女。

残念ながら、荒川選手ではなかったわけだ。


健夜(………そう)

健夜(……これが、そういうことなのね)

健夜(……これが、世界の秘密であり……私はそれに踊らされていた、と)


神の力には…私たちは抗えないということ。


目の前の扉が開き、新子さんはまず私のほうを向く。
次に視線を横にずらすと信じられないものを見たような、そんな表情をした。


晴絵「憧……待ってたよ」


そして――。


健夜「新子選手…いや、憧さん。……話があります」


私もまた、口を開いた。

健夜「新子選手…いや、憧さん。……話があります」


一年ぶりに会った晴絵の言葉にも驚いたが…小鍛治プロが私に話があることにも驚いた。


健夜「……まずはインターハイ優勝、おめでとうございます」


小鍛治プロは祝いの言葉を言うが、何かが不満なのだろうか、気持ちを込めて発している気配はなかった。
ただ言わなければならないことを仕方なく言っているような。
私は晴絵がいたことにしばらく驚いていたが、このような小鍛治プロの言いように現実に戻ってきた。


憧「……、言いたいことだけでいいですよ」


私がそう言うと小鍛治プロはしばらく何かを考えるような顔をして、そして、口を開いた。


健夜「……私が」


その時の小鍛治プロの言葉は…予想以上のものだった。




健夜「私が居る限り扉は開かせない――」


憧「――なっ!?」


何で、小鍛治プロがこのことを知っている――?
小鍛治プロが言う扉というものは…私が世界を超えるために必要な扉のことだろう。
でなければこんな場面で、小鍛治プロの言った扉という言葉は他にさすものがなく、不自然だ。


憧「……なんで、あなたが知っているんですか…?」

健夜「………」

晴絵「扉?」


小鍛治プロは沈黙を貫く姿勢か、すると横から晴絵が少し口を出した。


晴絵「…扉ってなんのことだ? ……私の」

健夜「なんでもないよ、さぁ…みんな卓につこうよ。そろそろこっちを中継するはずだから」

憧「………」


晴絵が何か言い出そうとしたところに小鍛治プロが話を被せていた。
晴絵は扉のことを知らないが何かを知っている…?
私の…って、なんなのだろうか。


咲「行こう? 憧ちゃん」


咲にそう言われ手を引かれる。
私はようやくこれがEXマッチであることを思い出して、卓に向かった。


憧(――それにしても、咲と手を繋いだのは初めて……。この子ってこんなんだっけ?)

今日は仕事で恒子ちゃんと一緒に居る。
高校生のインターハイ決勝の後半戦とそのあとに行われるEXマッチの解説だ。
恒子ちゃんと仕事をするのはあまり無くて、恒子ちゃんはすこやんの相方ですこやんが急病か何かでない限り一緒にすることはない。
私にも相方のような人はいるわけで、本当に恒子ちゃんとは一緒になることはないんだけど。

今日は特別。すこやんがEXマッチに出ているから。


恒子「さぁEXマッチがついに開催されます。赤土晴絵について詳しくない人は次のCMの間にちゃちゃっと調べちゃってください!」

恒子「……ふぅ」

咏「CMの間に調べろって…私たちが解説入れなくていいの?」

恒子「ふっふー、時間がないから仕方ないのです!」

咏「そうなんだ…。まぁ解説実況だけでもちゃんとしておかないとねぃ」

恒子「…あー、そういえば私赤土さんのことよく知らないんですよね」

咏「はぁ!? …んじゃ私が解説しないといけないのか、やれやれ」

恒子「えっへへー、すこやんのほうは任せておいてください」

咏「すこやんはテレビいっぱい出てるし、知らない人いないから特に意味ないでしょ…」

恒子「そういえば咏さんは赤土さんのこと知ってるんですか?」

咏「んーまぁねぃ、…私が憧れていた人でもあるから…」

赤土晴絵は私たちの世代にとってとても印象に残っている人のはずだ。
何せ私がプロを目指そうと思ったのもすこやんと赤土晴絵が戦った試合を見たからだ。
あの時の私はとても興奮して、あの人たちみたいになりたい。そんな気持ちがあった。

試合後は少し考えさせられることもあったけど。

試合はそう、すこやんの勝利で終わった。けど…その後赤土晴絵を見ることは無かった。
すこやんが赤土晴絵を壊したんだ。
それについて当時の私はすこやんに対して良い印象は持っていなかったけど、プロになってその本心を聞くことが出来た。


――赤土さんには本当に申し訳ないことをした。私は、もうあんなことはしたくないと思っている。


心を壊す麻雀は嫌いだった。私自身プロだからすこやんと戦う時はあった。仕事ではほんの数回だけど。
プライベートではもう数え切れないくらい。
時々、すこやんは本気になる時があった。気分の問題じゃなくて大抵、私からの懇願でだ。

――胡蝶の夢。

それこそが小鍛治健夜がインターハイ優勝し、世界ランキング二位まで登りつめた力だった。
他者の心の弱い部分を取り出して、相手を夢の中に閉じ込め心を痛めつけ壊す力。
すでに麻雀の域を超えているようなそんな力を持つのがすこやんだった。

ただ誰にもその力を使うわけじゃない、すこやん自身それがコンプレックスと思っているらしい。
私はいつか小鍛治健夜や赤土晴絵を越える――そのためにもすこやんにお願いしてすこやんの力を何度も試した。

最大三度の和了、いや…赤土晴絵に対しては四度目の和了を行っていたか。
和了る度に強くなっていく力。

私は――段階的に強くなっていくその力に敵うことはなかった。
一度だけ…三度目の出和了りを受けたことがある。

その夜は声も体も震わせ、眠れぬ夜となった。


すこやんはごめんね、と謝ってくれたが私のほうこそ、こんな弱い人でごめんなさい、と謝りたかった。

何故なら…私はすこやんにも憧れている。赤土晴絵と小鍛治健夜の二人を尊敬しているんだ。
すこやんには地元で活躍するんじゃなくて世界で戦って欲しい。
すこやんは…こんなところで立ち止まって欲しくない。

きっとすこやんを前に歩かせることが出来るのは赤土晴絵だけ。でも…その赤土晴絵は心が壊れてしまっている。
だから、私が代わりになろうと思った。
すこやんの胡蝶の夢に耐え切り、私がすこやんを引っ張っていくんだと。

いつか憧れた人を…引っ張って行く、胡蝶の夢に耐え切ることが出来たら…と自分に酔っていたんだ。


――赤土晴絵は三度の胡蝶の夢に耐えた。私も……耐えることが出来れば。


その結果が…それだった。
私じゃ…ダメだったんだ。すこやんを引っ張っていくことは出来ないんだ。
私じゃ……小鍛治健夜を世界へ向かわせることは出来ないんだ。

憧れていた人が前に向かっていく姿を夢見ていたのだけれど…、絶対に私じゃ…無理なんだ。

すこやんだってきっと私に期待してくれてたんだ。
私が胡蝶の夢に耐えることが出来るのなら…私との対局で腕を磨き、もう一度世界へ行く。
…そう思っていてくれたかもしれないんだ。

なのに私は耐え切れなかった。
だからすこやんは私に謝り、私もまたすこやんに謝りたかったんだ……。

すこやんが世界へと向かう――。
そんなのは夢なのだと思っていた。
もう叶うことはない。
憧れていた人は……もう二人とも立ち上がれないのだと…。

……そんな時にすこやんは私を訪ねてきた。
時期的にインターハイが近いから、EXマッチについてだろうな、と思った。


予想通り、その話だった。
驚くことに、赤土晴絵と一緒に出たい、という話。


私の中で、止まっていた時計のようなものが動き出した気がした。

赤土晴絵がプロになった話は聞いている。
ただ、一年経ったがまだ一度も私と対局したことはない。
私は日本代表のエース、その分何らかのイベントでもない限り私は実力が拮抗しているプロとしかあまり対局することはない。

赤土晴絵とはまだ一度も戦ったことがない、つまりはそういうこと…。
今の赤土晴絵は、私がかつて憧れていた赤土晴絵じゃないんだ。

今の赤土晴絵の牌譜は見たことはあるが余りにお粗末だった。
私相手だときっと、何も出来ずに終わるのだろう。

仮にも実業団にて活動していたのに…、なんでこんな程度なのだろうか。


でも、何かが変わる気がした。
すこやんがわざわざ赤土晴絵をEXマッチに起用した理由。
きっと…考えがあるはずなんだ。

私はむしろ喜んでそれを承諾した。


――おぉー、ついに赤土さんとすこやんが戦う時が来るのかぁ。
――これはえらい楽しみだねぃ。
――ここは悪いけど、私は赤土さんを応援しちゃおっかなー。


そんな軽い言葉を放った。
もちろん軽いジョークで。精一杯の喜びはすこやんに伝えたはずだ。
…そんな私の言葉にすこやんは。


――咏ちゃん、今まで私の支えになってくれてありがとう。


その言葉を聞いた瞬間、私の頬に暖かいものが流れた。

咏「あ、あれ…? 私、泣いてるん…かねぃ?」


自分でも分からない。
何故かすこやんの言葉を聞いた瞬間に息がぐっと詰まった気がすると、私は何故か涙を流していた。

なんで涙を流しているんだろうか。

その時、私の中にあった時計のようなものの存在がはっきり見えてきた。


咏(――私は、この二人に憧れてたんだ)


カチ、カチ、と音を立てて時が進む。
一秒一秒、はっきりと音を経てて。
それはまるで、今まで壊れていたのが嘘に思えるくらい。


咏(――でも、二人とも色んなことがあって歩みを止めてしまった)

咏(その時側にいたのは…すこやんだった。憧れている人が、足を止めている姿は見たくない)


この時計はいつから止まってしまったものだろうか。
いつから……時を刻むことなく、忘れ去られようとしてしまっていたのか。


咏(だから私は…せめてすこやんだけでも立ち上がって前に進んでもらおうとした――)

咏(でも――失敗したんだ。胡蝶の夢は…私には耐えられなかった)

咏(所詮、私みたいな弱いやつが、すこやんみたいな人を立ち直らせるなんて、…出来るわけが無いんだ)


この時計は、二人が足を止めてしまった時にきっと同じように止まってしまったんだ。
そこで二人の時は止まってしまっていたんだ。
私は、その時計を動かそうとしたんだ。せめて…すこやんの時だけでも、と。


咏(――でも、私はすこやんの支えになれていたんだ! こんな弱い私でも…この人の支えになれていたんだ!)

咏(すこやんが言いたいのはきっとそう。……こんな、何もしてあげることの出来なかった弱い私のことを…想ってくれていたんだ)


ついには動き出せなかった時計を、しかし私は完全に壊れるのを阻止していた。
きっといつか、この時計は動き出す。
きっといつか、小鍛治健夜も、あの時の赤土晴絵も…。
いつか必ず、立ち上がるはず。

この時計だけは…なんとしても壊させなかった。
私は、二人が立ち上がることを夢見て、大事に時計を守ってきた。
――諦めなかった。


それが、ついに今日この日……報われたんだ。


咏「…うっ、…えぐっ………うぅ」


私は…憧れている大先輩の前で、大粒の涙をいくつも流していた。
涙なんて見せるものじゃないのに…それでも私は我慢できなくて、この人の前で涙を流していた。
この人の顔が目に入る度…、私の中の止まっていた時計が動き出しているのを感じて、また更に涙を流す。


自分では何も出来ない…弱い人だと思っていた。
でも…弱いなりに…きっと立ち上がるんだと、信じながら…守ってきたんだ。



健夜「…咏ちゃん、本当に…ありがとう」

咏「――っ!! うわああぁぁぁあぁ!!」


二度目の言葉に、私は声を抑えることは出来なかった。
人前で、いや人生であんなにも涙を流したのも初めてだった。


この人たちのインターハイを見てから、もう十一年経つ…。
すこやんたちを立ち直らせようと考えて、もう七年経つ…。


ついに私は…この想いが報われたのだ――。

―――――――――


――――……。



咏「――――ッ!!」


――ダンッ!!!


恒子「ひぃっ!?」


私は全力で目の前の机を右手で叩き付けた。
すでにテレビで放映されているというのに…こんなことをしてしまった。
でも…そんなこと考えている余裕なんてなかった…。

隣で実況している恒子ちゃんもとても驚いている。
私に対して恐怖を抱いている目をこちらに向けている。

きっと今の私の顔は…普段とは違うものだろう。

私の今の心の中は怒りで埋め尽くされ、腸が煮えくり返っている。
それがそのまま表情まで出ているんだ。
どこかのアイドル雀士みたいに、顔を売り出しているわけじゃないが、女性としてこんな顔をするのはマズイだろう。

そう思いつつもやはり、表情を抑えることは出来なかった。


すでにEXマッチが始まって十分少しが経っている。
東三局が今終わり、東四局へ入るところだ。


……とある人物が、最速ではないが、三度和了をしたのだ。


そう、三度、和了。


彼女は言った。
自分の力を…コンプレックスに感じている、と。


咏「―――ッ!!」


彼女は言った。
私も、心を壊すようなそんなことはもうしたくない、と。


咏「……す」


過去、そんなことを言った彼女が何故――。
高校生に対して……私ですら耐えられなかった胡蝶の夢を三度連続でぶつけているのか――。


咏「すこやああああああああああああああ!!!!!」


解説実況席からだが、叫ばずにいられなかった。






健夜「私が…扉を閉じてあげる。この世界に――閉じ込めてあげる」


健夜「だからもう、立ち上がってこないで――新子、憧」


憧「…シズは、どこにいる…の?」

視点移動に過去回想やら、これで大体の伏線は回収したと思います。


お盆中はパソコンに触れる時間が限りなく少なくなるのでせっかくのお盆休みがある職場なのに
書き進めれない&投下できないってことで今日で投下


インターハイ決勝の灼のセリフは一番大好き
ハルちゃんの麻雀は決勝でも通じるんだよ!
さらにこれは和相手にしてるってことで、和もまた晴絵の麻雀を感じてるんだよなぁ


あと、胡蝶の夢は咏も言ってますけど麻雀の域を超えてますね

これについては次回ちゃんと描写を入れて
どういうことでこんな超能力をすこやんの力に入れたのか次の書き溜め終了時に書きます


もう2週間経ってた!
生存報告します

なんとかシノハユの9月下旬までにはー! っていう気持ちがあります。

予定を見てみると10月中旬までの休みは埋まってたりするので
仕事後の家に帰ってからの時間のみで書くためやっぱり遅いです。

このSSももう小説やアニメでいう最終回に近いところまで来てるので
この話をきっちりまとめるのにみんなのセリフを考えている。疲れるけどその分面白い!

このSSが終わったら、また違う咲SSのネタが浮かんでるのでそれも書いてみたいですしね。


突っ込みどころ満載って、けっこう嬉しいです。
本編にないような超能力が出てるから、自分は中途半端に描写するんじゃなくて
恥ずかしさを捨てて思いっきり最後までやりきろう! って気持ちで書いてるので
あ、最後まで描写しきれてるんだな、っていう気持ちになれます。

もう一ヶ月以上経ってたのか
レスがなかったら気付かなかった
ありがとうございます!

もうちょっと待っててください、としか言いようがないのがまた悔しい。
自分のSSの続きを待ってくれてるっていう嬉しさ、こんな全く別の話なのに。
でもそろそろ投下なので軽くあらすじを……、と思って7時前からあらすじを書いてたんだけど。

文量多すぎてあらすじじゃなくなっちゃった。ということで最初の部分削って最後のほうだけあらすじを。





穏乃を助け出すためには、世界を渡る扉を開かなくちゃならない。
開くための条件は小鍛治健夜を倒すこと。
憧は全国優勝を果たした、そして子鍛治プロと戦う挑戦権を得た。
これが穏乃を助け出す最後の戦い――いつもよりも気合を込めて小鍛治と対面した。
しかし対局が始まってすぐ、小鍛治の胡蝶の夢が憧を襲う。

弱い心を抉り出し、夢の中へ閉じ込める。憧は――自分の弱い心に向き合えることが出来るのか。





最後に保守アザッス

――――――――――――

―――――……。



インターハイを勝ち抜き、優勝した者には生きる伝説と呼ばれている小鍛治健夜と戦うことが出来る。

――EXマッチ。

私は、この卓につくために優勝を目指したんだ。
本当の目的はまだその先にあるけれど、EXマッチに出ることがスタートラインに立つことだったからこの場所を目標にしてきた。

団体戦優勝。
宥ねぇもシズもいなかった阿知賀だったけど私たちはついに優勝することが出来た。
かつてのインターハイの覇者、宮永照が認め才能を完全に開花させた玄の活躍が一番大きかった。
頼れる私の、お姉さん的な存在。

このEXマッチ、まだ始まって二年ほど、数えるほどしかしていないがやはり小鍛治プロの圧勝以外の結末はなかった。
勝つだけならきっと玄のほうが勝率自体はあるかもしれない。

でも、私が行かないといけないんだ……。

私が。

今居るこの卓が、インターハイの決勝のステージに似たつくりにしたのは何故なのだろうか。
似せるくらいなら、別に決勝のステージを使えばいいのに。

ふと、以前に聞いた小鍛治プロと福与アナのラジオで流れた内容を思い出す。


小鍛治プロは、決勝のステージに立つことに遠慮しているらしい――。


……いや、小鍛治プロだって十一年前はインターハイ決勝まで出てるし、というか優勝だってしてる。
今更どうして決勝のステージに立つことに対して遠慮しているのだろうか。

まぁ私は小鍛治プロじゃないので結論は出なかったけど、ありそうなところでインターハイを勝ち上がってきた高校生に対して遠慮している、っていうのが無難かなという考えで落ち着いた。

多分、今私がいるこの卓は小鍛治プロの意向なんだろうな、と思う。


健夜「うーん、ようやく麻雀が打てるのか」


先に卓に着いていた小鍛治プロが手を組んでぐっと前に突き出し伸びをしていた。
小鍛治プロの周りにはのほほんとした空気が漂っている。この人が…今から戦う人なのだろうかと、少し疑問を抱くが私と咲は卓に座る。
晴絵はもうすでに卓に座っていたが、どうも落ち着かない様子。


晴絵「ん……」

憧「どうしたの?」

晴絵「いや…、決勝のステージに似せてるからかな…、ちょっと違和感が」


一年ぶりに会った晴絵と交わした最初の会話はこんなのだった。
本当はもっともっと色々なことを話したいのだけど、私たちの関係はやっぱり阿知賀子ども麻雀クラブの時から変わってないんだなぁ。
そんなことを思って少しほっとした。

晴絵はこの中で唯一インターハイの決勝に足を踏み入れていない人物だからか。
晴絵が持つ違和感はちょっと分からなかった。


健夜「…さて、と。みんな卓についたね。知ってると思うけど軽く説明させてもらうよ」


軽いストレッチを終えた小鍛治プロは今度はどっしりとイスの背にもたれながら話を始めた。
随分な余裕をお持ちで……。


健夜「このEXマッチ、ルールはインターハイと同じ」

健夜「ただ公式とは思わないで、軽くおしゃべりしながら打つこともまたよしとされてるの」

健夜「そして今回は二人の意向もあって……半荘一回」


小鍛治プロは目線で私たちに有無を求めてきたので、それに頷いた。
ちらりと咲のほうを見ると彼女もまたすぐに頷いていた。


健夜「……半荘一回ってまぁお茶の間のみんなは物足りないかと思うかもしれないけど半荘二回なんてやっちゃったらね、ちょっと嬉しくもあるけど……」

健夜「…まぁ、始めましょうか」


嬉しくもあるけど……、みんな壊してしまいそうで悲しくもある。
……私にはそんな風に聞こえた。

この人は本当に自信に満ち溢れているんだなぁ。

小鍛治プロの態度は余裕だからこそ出来るもの。
対して私はもちろん余裕なんてなく、力が空気が自分の周りで張り詰めている。


少し、思った。
小鍛治プロがこのまま気を抜いていれば、きっと隙が見える。
そこを突けば……きっと、打開策が見えてくるはず。

自分にまとわりついていた空気を鋭く、さらに鋭くしながら……。
小鍛治プロの隙を必ず突く。
私は対局前からずっと集中し続け。


こうして、EXマッチは始まった。

―――――――――――――

―――――……。



真っ暗な闇の中、私は目を覚ました。
そこはかろうじて自分の姿だけが確認できるほどの闇で本当に私が目を開けているのか分からなかった。


憧(……あれ?)


どうして自分はこんなところにいるのだろうか。

しばらくその闇の中で呆然としながら考えた。


憧(………?)


結局答えは出なかったがそれに対してイマイチ恐怖を覚えることはなかった。

――とりあえず、ここから出ないと。

ふとそんなことを思った。
ここがどこかも分からないのに、ここは出れる場所だと知っている。
こんな闇の中でイマイチ自分すら認識出来るか危ういのに、何故か知っていた。


憧(…とりあえず…進もう)


私はここにいても仕方ないと思って、まず一歩踏み出した。
真っ暗なところだけど、大丈夫ちゃんと地面はある。
私は……不安定な意識のまま、前へと進んでいった。

――――――――


どれくらい経っただろうか。
未だに暗闇が続くこの世界。

しかし私はまだ恐怖を抱くことはなかった。


憧(…おかしな所ね)


自分の中は酷く冷静で落ち着いている。
ここがどこかは分からないけど、でもきっとまだまだ歩き続けないといけない。

憧(……?

憧(……音、…いや、誰かの声?)


耳を澄ませると誰かの声が聞こえてきて私は足を止めた。
一人じゃなくて…複数。

やけに甲高い声を出しているので幼い子どもだと分かった。


憧(近づいて…くる?)


後ろのほうから近づいてきてるのが分かると、私はゆっくりと振り向いた。


遠くのほうから幼い子ども二人が走ってくる。
とても小柄だ。きっと小学生未満。
…ちょっと危なっかしい走り方をしていていつかこけるんじゃないかと思う。


「あいたっ」


と思ったら、一人が案の定こけていた。
少し足を怪我したみたいでうずくまりながら泣き出していた。
それはもうわんわんと。


そして私は子どものほうに駆け寄ろうとする前にもう一人の幼い子が、その子に手を差し伸べていた。


憧(―――っ)


その姿を見ると、突然頭痛が襲ってきた。
いきなりの鋭い痛みに思わず頭を抑える。


やがて、転んだ少女に手を差し伸べた少女は言う。

「大丈夫、憧?」



手を差し伸べた少女の正体はシズ。
転んでわんわんと泣き出したのは私。

頭痛の正体は記憶。

これは遠い遠い昔、シズとまだ知り合って間もない私の記憶だった。

この真っ暗な世界のことがようやく分かった。
ここは――。


憧(……私の、心)

憧(今のは、私の記憶…なの?)


なるほど、だからこんなにも真っ暗な闇の中なのにここに居ることに恐怖はなかったんだ。
なんで自分の心の中が真っ暗なのかは知らないが、怖いと思ったことはなかった理由がこれで分かった。


でも、どうしてだろうか。


憧(どうして、あの時の記憶が……?)


今こんなところで見ているのだろうか。

憧(…あれ?)


考え事にふけっていたからなのか二人の姿を見失っていた。
振り返ってみても当然居ない。
またもや360度暗闇の世界が広がっている。


憧(……どこに行ったんだろう)


ここが自分の心の中であるのならば、どこかにいるはず。
私は自然と、もう一度会いたい、と思っていた。

あの二人がいた近くまで、歩く。
とはいっても目印も何もないから、目的地に着いたのかどうか分からないけど。


「すごいねぇ!」


するとすぐ後ろから声が聞こえた。
これは…シズの声かな。

振り向いているとやっぱりそこにはシズと私の姿があった。

でもさっき見た時よりほんのちょっと変わっている。
幼いシズと私は座って何かを見ているみたい。
地面に大きく広げながらそこにあるものを二人で見ている。

絵本のようなものかとも思ったが違う、新聞だった。


憧(……もしかして、晴絵の?)


自分の記憶に残っているのは、あの晩成高校を打ち破り阿知賀の一年生の快進撃は全国でも続いている。
そんな記事が書かれた地方新聞だった。
でかでかと晴絵の立派な姿を捉えた写真が、大きく写っていたのを覚えている。

大きな見出しで、これでもかというほどの賞賛された記事。
自分はまだ意味が理解できていなかったけど、他の記事にはない熱がその記事から伝わってきてとても興奮していた記憶がある。


「この人と一緒に、憧のお姉ちゃんもインターハイ行ってるんだよね!」

「そうだよ! えへへ、この人が強くなったのはお姉ちゃんのおかげなんだよ!」


当時の阿知賀メンバーのチームには晴絵もいたけど、私のお姉ちゃんもいた。
晴絵のことばかり取り上げられている新聞は嫌いだったんだけど、お姉ちゃんは私に言ったことがあるんだ。

――晴絵がこんなに強くなったのは私が隣にいたからなのよ。

私はその言葉を信じた。
お姉ちゃんだって強いんだから。
身内だからというか贔屓というか、とにかく晴絵のことを取り上げられていることに注目いているシズにはいつもお姉ちゃんのおかげ、という言葉をつけて返事をしていた。


晴絵が強くなれたのは、お姉ちゃんが側にいたから――。


なんでもないような昔の記憶が、私の何かをノックして目覚めさせようとしてるみたい、そんな不思議な気持ちになった。

憧(……あ)


気がつくとまた二人の姿は消えていた。
新聞も一緒に。


憧(……まだどこかにいるんだよね)


だってここは自分の心の中の記憶。
しばらくすればまたきっと会えるだろう。


憧(……お姉ちゃん、そういえば私はあんなこと聞かされてたんだな)


一人、闇の中を歩く。
何もない空間を見るのが少し嫌になってついつい俯く。
虚空を見つめながら考えるのは、唯一の姉のこと。

晴絵が活躍してた頃、私は確かにお姉ちゃんが新聞なんかに取り上げられないことがショックだった。
お姉ちゃんはだって私よりもうんと強くって、お姉ちゃんが阿知賀をインターハイに導いたんだって思ってた。
だから、お姉ちゃん自身が言った言葉を私は素直に受け取った。


憧(…そういえば、私がこけた時の記憶って確かシズと出会ってすぐのことだったわよね)

憧(それでさっき新聞を見てたのは…シズと出会ってしばらく経ってから…だったかな?)

憧(昔のことだから曖昧だけど…多分そう。時間が経過してるんだな)


だから多分今度二人を見るときは…もう少し時間が経っているだろう。


憧(…あ)


そう思っていたらまた二人の姿が…今度は目の前に現れた。

憧「―――っ!!」


二人の姿以外に、そのシーンが現れてくる。
真っ暗な世界にうっすらと現れてくる景色は、ごくごく最近何度も思い返してきたもの。


夕暮れの山の中。
陽にあたる木々と陰になっている木々とのコントラストが曖昧で綺麗で。
大木に登った私を励ましてくれて一緒にそんな景色を見ていた。

その時私たちはとある会話をしたんだ。


憧『ねぇシズ。約束してくれない?』

穏乃『何を?』

憧『私とさ、ずっと一生、親友でいようって。ちょっと離れることになっても、心は絶対に親友、ってね』

穏乃『……ははっ! そんくらい、お安い御用ってなもんよ!』

憧『うん、ありがとう』

穏乃『……あぁ、ずっと一生、親友でいよう』



自分の記憶にあった思い出どおりの会話を目の前の二人はしていた。


憧(ずっと……一生、親友…)


そうだ私は…この時からシズのことが……。


好きだったんだ。

特別意識したことはきっと今までなかったはず。
だからいつ、シズに心惹かれていたのか全く分からなかった。
そんなことはどうでもいいと思っていた。

でも、心のどこかで私はシズのどこにいつ惹かれたのか、少し知りたかった。
なのにどうでもいいと思っているなんて矛盾しているけど、考えても考えてもいつどんなところに惹かれたのか答えは出ることは無かったんだから。
私は、いつシズのどこに惹かれたのか分かってしまった。


きっと、この時のシズだったんだと思う。


吉野川で遊んでたときはまだシズのことは友人で止まっていたと思う。
でも、怪我をして動けなくなった私をシズは必死に探してくれていた。

その時にシズと一緒に見た感動的な景色。
地元だというのにこんなにも綺麗な場所があっただなんて少し驚いたところがある。

そんな特別な場所を教えてくれたシズ。

私は友人の中で元々一番だったシズが、特別な位置についた時だった。


憧(…そっか、この時からだったんだ)

でも辛いこともあった。
私はすでにこの時からみんなとは違う中学を行く予定だったんだ。

シズとは一緒にいたかった、それは間違いなかった。でも……。


「どうして?!」


後ろから、幼い私の声が聞こえた。
怒りを少し含み、声も震えている。


振り向いてみると私と向かい合っている晴絵の姿が見えた。


「……本当に将来シズとずっと麻雀を続けたいのなら、憧は阿知賀じゃないほうがいい」

「なんでよ! 私、シズと一緒がいい!」

「…それならそれで構わない。でもな、これは私の経験則だ。これから先、シズの成長は憧と離れた時間の分だけ大きくなる」

「なによそれ…。なんでそんなことが分かるのよ!?」


憧(……? この、記憶は)


ここは阿知賀の麻雀クラブの…というか阿知賀の麻雀部の部室だった。
そこで私と晴絵が二人で話し合っている。
少し忘れかけてしまっていることだけど、こんなことを話していたのは覚えていた。

そう、私が阿知賀の進学を諦めた時のことだった。

晴絵が言うには私とシズがこれから先、共に一緒の時間を過ごさないほうがいいというらしい。


「言うなれば…高校も違う場所のほうがいい」


晴絵はそうも言った。
私はその言葉を聞くと部室を飛び出していった。
晴絵が追いかけてこないところを見ると、私は走り出した足を止めてゆっくりと歩き出した。

心が落ち着いてきて、呼吸も落ち着いてくる。
でも……。


「ううぅぅ……ぐすっ」


ボロボロと泣き出してしまっていた。

その時の心境は微かだが覚えている。


憧(…確か、私はインターハイ優勝を夢見てたんだ。…理由は、晴絵やお姉ちゃんに見せてあげたかったから)

憧(晴絵が私たちに教えてくれた麻雀で、全国へ…お姉ちゃん達が届かなかった夢を私たちが叶うように、と)

憧(…でも、私たちより大人であるお姉ちゃんや晴絵からは阿知賀へ行かずに晩成に行くように進められたんだ)

憧(中学は適当なところで、でも高校は晩成へ。インターハイ優勝ならばきっとそれが良かったのだろうけど、私は晴絵やお姉ちゃんと同じ阿知賀が良かった)

憧(その気持ちは当時恥ずかしかったから言えなかったけど、阿知賀へ行かない方がいい、と意見を曲げない二人だったんだ)

憧(晴絵はしかも…シズとも離れたほうがいい、とも言った。何で、どうして)

憧(阿知賀へ行きたいのに行くなといわれ、シズとも離れた方がいいと言われ、まだ小学生だったんだ。自分の気持ちを上手く言葉に出来ず、二人に迷惑をかけていた)


今でもなんとなくその時のことは覚えている。

シズと離れる、そんな辛い気持ちと向かい合わないといけなかったからだ。

つまり――私は阿知賀へと進学しないことを決めたからだった。


中学は違ってもまた時々遊ぼう、シズはそう言った。
それに吉野の山に遊びに行った時にも私たちは誓った。
ずっと一生親友でいよう、と。

だから、少しの別れくらいは大丈夫、だと思った。


でもシズと和の前で阿知賀には行かないと言った日の夜は涙を何度も流した。

別に、会えなくなるわけじゃない。
会えなくなるわけじゃない。
何度も自分にそう言い聞かせても、何故だか涙が溢れ出てくる。

その度に分かる自分の気持ち。
自分の心の中はシズとのことでいっぱいなのだと。
そして、子どもだからだろうか、涙を流すことが恐怖にも覚えた。

この涙はもしかしてシズとの間にある大切なものじゃないだろうか。
絆や思い出や、そういった大切なもの。
この涙は流しちゃいけないものなんじゃないだろうか。

とてもとても不安になり、また涙を流す。
自分が流す涙でまた涙する。酷い悪循環に陥ってしまった。
シズとの大切なものが無くなっていく…。

ただの小学生の、まだ心がきちんと形成されていない私にとってこれは知っちゃいけないことだった。

気付いた頃には涙は一切流していなくて、心の中にぽっかりと穴が空いている。

喪失感、虚無感、今となってはこういった言葉が出てくるけど幼い私にはこの心のあり方は不安定でとても怖かった。
でももう涙は出ない。あれだけ涙を流してしまったのだからすっかり枯れ果ててしまったのだろうか。


でも、私は当時幼かったんだ。

喪失感、虚無感、そして涙が出ないという事実。

当時の私はこう解釈した。


私の心の中にシズがもういないのか――。

「ここが…阿太峯…」


憧(あ……)


気がつくとさらに時が進んでいた。
私がシズと離れ、別の中学へと足を踏み入れた時だった。

この場所で私は――。


「あれ? 見ない顔だね。別のところから来たの?」

「あ、うん。あんまし離れてないんだけど…高校は晩成に行きたくて」

「あーなるほど。ここらじゃ晩成が頭いいもんね。他に晩成に進学できるほどの学校っていったら阿知賀女子学院…いや、でもあそこ私立だけど偏差値はよくなかったなぁ」

「そうそう。あと、麻雀も強いしね」

「! 麻雀するの?! 私もね、麻雀部に入ろうかなって思ってるんだ」


初瀬と初めて出会ったんだ――。



―――――――

―――…。


阿太峯に入ってからの毎日は忙しかった。
晩成に行くための勉強を欠かさずして、晩成に行ってからも麻雀は続けていたいからもちろん麻雀部に所属。
初瀬を中心に友達付き合いだって欠かさなかった。

あれもして、これもして、毎日がとてもすごい速さで流れていった。

いつのまにか夏が来ていて、秋が来ていて、冬が来ていて…進級して。

後輩が出来ると部活により一層精を出さなくちゃいけないのにその頃には勉強もまたうんと難しくなっていて。


気がつくと。


そう、気がついたときには。



憧(なんのために晩成に行きたかったのかも…忘れてたんだ)



毎日が忙しいけど楽しかった。

部活では成績はあまり出せていないけど昔の自分よりは遥かに強くなっているのを感じた。
勉強では考査なんかは常にトップ、周りからの声も気持ちよかった。
さらに友人関係はどんどんと広がり。


いつの間にか、本当に心の中からシズが消えかかっていたんだ。

憧(………)


自分の過去を見ているのに、なんだか言葉が出てこなかった。
なんで私は…こんなにも楽しく中学時代を謳歌しているんだろうか。
親友でいようと誓った相手に一切連絡を取らず、本当に関係を断ってしまったかのような。



でも、中学三年の……夏だった。


この時見ていたテレビ、そして……電話が――始まりだったんだ。



「――…のど、か?」

憧(和……)


まさに思った通りの光景が目の前に広がっていた。
中学三年の夏、その日は休みで家で勉強をしていたんだ。
決めていた時間通りに勉強が終わったから、少しテレビをつけてみた。

そこに映っていたのは…かつて一緒に阿知賀こども麻雀クラブに所属していて、共に卓を囲んでいた和だった。

転校していたのは知っている。その時はあちらから私の家に訪ねてきていたから。

そして――。

和がインターミドル個人戦で優勝したんだ。


「………」

憧(………)


何分呆けていたんだろうか。
かつて一緒に卓を囲んでいた人物が、とても大きな舞台で活躍…優勝していた。
それに比べて…私は……。

私は……?


…あれ? なんのために…私は麻雀をしてたんだっけ…?


その疑問が生まれた時、携帯が着信を告げた。


そして……そこに映った名前を見て、息を呑む。

―――――――――。

――――……。


「…シズが、全国を目指す……」


数年ぶりのシズからの電話。内容は高校生になったら全国で和と会いたい、とのこと。

ここらじゃやっぱり晩成じゃないと……。

私はシズにそう言った。
でもシズには晩成に行ける頭はないのは昔から知っていることだった。

だからシズは…どうするんだろうか。

…その時、私の中にあった思い出が溢れてきた。


晴絵やお姉ちゃんのために阿知賀で全国を目指すという夢を持っていたこと。


「私だって、阿知賀で全国へ行けるなら……」


私は、そう阿知賀で全国を目指す夢を持っていたんだ。
でもいつしか忘れてしまっていた。

自分にとって大切な夢。

お姉ちゃんや晴絵に見せてあげたい、阿知賀の優勝。

子どもながらに思った浅はかな夢だけど。

夢、だったんだけど。


シズなら連れて行ってくれる気がしたんだ。


憧(この後…私は……)


「―――ッ! でも!! 私は晩成に行くんだ! 麻雀がしたいから! 阿知賀なんて生徒数少ないし!」

「絶対集まらない! 私が阿知賀に戻っても、晩成なんかに勝てっこない! 私は…まだ弱いからっ……」

「それでも行きたいよ! シズと会いたいよ!! なによ!! なんなのよ、この気持ちは!!」


和がインターミドルを制したことで頭がいっぱいで、自分の実力と和の実力が圧倒的だったことが分かってしまったんだ。
和があんなにも遠くに居るということ。
私じゃ全く手が届かない場所に居るということ。
インターハイもきっと、段違いの強さの人がごろごろいるんだと。
それは晩成の実力に頼りきっても決勝まで進めるかも怪しいくらいなのに。


「―――ッ!!」


私はシズとの電話の後もずっと携帯を握っていた。
そして電話帳を開き、通話ボタンを―――。


「ッ! …何、弱気になってるのよ……私」


一瞬で頭を冷静にして、ひとまずこの感情を押さえつけた。
そしてボタンを押す。

数コール後電話に出てくれたのは……。

『もしもし、憧、ですか?』

「…久しぶり。インターミドル優勝、おめでとう和」


和に連絡を取ったんだ。
胸の内にあるもやもやした気持ちをぶつけるにはシズが一番だったけど、今、シズとは話したくない。


「ちょっと昔のよしみでさ、相談乗ってくれないかな?」

『…いきなりですね。でも嬉しいです、どんな相談にも乗りますよ』


久しぶりの会話なのにちょっと淡白な会話に何か冗談を言ってやろうかとも思ったが止めた。
これは真剣な相談だったから。


「インターミドル優勝って、すごいね。私なんか阿太中だったのに大した成績残せないまま終わっちゃったよ」

『それは……その…』

「ってごめんごめん。ちょっと、私も気持ちの整理できてなくてさ、愚痴を言いたいわけじゃないから安心して」

「……私ね、晩成に行くんだ。そこは…知ってたよね?」

『はい、今の阿知賀には麻雀部はないから。それに晩成は奈良県代表にずっと選ばれてますからね』

『麻雀を続けたい、そう願った憧にぴったりじゃないですか?』

「うん。ぴったり、なんだ。……でもね、ここに来て迷っちゃったんだ」

『迷う?』


自分自身だってまだ気持ちの整理が出来ていないから、何が良いのかなんて判断できない。
こういう時は言葉にしながら一つ一つ自分の気持ちを落ち着けるためにも誰かと話すんだ。
ただ、この話は初瀬にもシズにもしたくなかったから和にしたんだけど。


「うん。…シズと一緒に、阿知賀に行くかどうか」

『………』


シズは、インターハイで和に会いたいと言っていた。
だから麻雀部のことは伏せたけど、するとシズを追っかけて阿知賀に行こうとする芯が入っていない私になってしまっていた。
それに気付き、恥ずかしさにすぐに訂正しようとしたけど。

『一度、深呼吸してみてください』


和にそう言われた。
確かに……、ちょっと落ち着いた方がいいかもしれない。
私は和にも軽く聞こえるように深呼吸した。


『しましたか? そのまま、目を瞑って私の言葉に耳を傾けていてください』

「ん」


軽い返事だけをして、言われたとおりにする。
これからリラックスさせてくれる言葉でもかけてくれるのだろうか。



『まず、言いたいことがあります。――バカですか?』

「……なっ?!」


和らしからぬ言葉が聞こえて一瞬戸惑ったが、言葉の意味を理解すると声をあげてしまった。


『友人と一緒に行きたいから高校を変えるだなんてことはバカバカしいです。遊びたいなら休日にでも遊べばいいんです』

『高校は中学とは違い、また一段と大人になる階段を登っていくんですよ。だからきちんとした心構えで自分に合った校風の場所を選ばないといけません』

『阿知賀女子学院は確かに良いところでした。私にはぴったりです。すぐに転校しちゃいましたけど……』

『だからもしかしたら、憧にとっても阿知賀は良いところかもしれません。でも…友人と一緒に居たいから、って理由はないと思います』

「~~~ッ!」


何も言い返せない。
この気持ちだって今一瞬起きたことで一日経ったら忘れるかもしれないのに、ちゃんと気持ちを整理してないのに言葉にしようとするからこうなるんだ。
和に諭されて、自分で自分をコントロール出来なかったことにまた何だか和との間に距離を感じてしまった。


『…まだ、目は閉じてますか? もう一度、深呼吸してください』

「……ん」


私はさっきより素っ気無い返事をした。
ちょっと反抗的な態度はあっちにも伝わっただろうか。


『…それで、友人と一緒に行きたいから、っていう理由では反対しました』

『でも、ですね。それが…親友だったら、親友以上の…特別な人だったら?』

「え?」

『憧は……今、心の中に誰を描いていますか?』


そう言われて、私は心の中に誰がいるのか、自分に問いかけてみた。
そこにいるのは……誰?


返事は…しない。それは私の心の中の人物だから。

でも、三人いた。

シズと晴絵とお姉ちゃんだった。

――――――――。

―――………。


憧(そう、あの日私は和に連絡を取ったんだ。阿知賀へ行くか、晩成に行くか。自分で決められなかったのが恥ずかしいと当時は思ったけど)

憧(和に連絡を取って正解だったと思う。きっとあのもやもやした気持ちを抱えたままどっちに行っても絶対心の中は晴れなかった)

憧(晴絵とお姉ちゃんのために、そして……親友とずっといようって、決めたから)

憧(私は………)



「――はっ、――はっ」


普段勉強しかしていないから昔みたいな体力がない。
だから少し走っただけですぐに息切れを起こす


「――! ――はっ」


それでも足を止めることなく私は必死に足を前に出していた。
電話じゃ絶対にダメだ、実際に会わないと。
きっとあそこにいる。

階段を上がってすぐのところを曲がる。するともう目の前だ。
子どもの頃は教室の横に看板はあったけど、今はもう取り外している。
でも看板がなくたって、そこにいるのが分かる。


全国を目指して、みんなと一緒に和とも会いたくて。

和は言った、心の中に誰がいますか? って。
いたのは確かに三人。だから私は――阿知賀に進学することを決めた。
これから先、この三人とずっと心を共にしたいから。

でも、でもね――。

和だって私の大切な友人の一人なんだよ?

また、和に会いたい。今度は電話越しじゃなくて。
いつか和が待っている大舞台で。


「―――っ!!」


全国で遊ぶんだ、和と――!
そして、目指すは……晴絵やお姉ちゃんに見せる全国優勝――!
そんな夢を持つのが。


「まず一人、ここにいる――!!」

そして、私とシズと玄。まず三人が集まった。
次に誘ったのは玄の姉である宥ねぇ、そして玄と宥ねぇが知っていたという灼さん。
この五人で出発することになった。

夏ごろから何度も何度も打ってきた。
必ず優勝を目指すんだ、と。

そして冬―――。

晴絵が阿知賀に戻ってきた。

私は喜んだ半面少し顔を合わせづらいところもあった。
シズと離れたほうがいい、と言われ実際に離れていたんだが今となっては高校を阿知賀一本に絞り、またシズと一緒にいるんだから。

その後、晴絵と二人きりになった時があった。


「憧は、阿知賀に…シズと一緒にいるんだな」

「うん。私、やっぱりシズと一緒にいたい。シズの成長を止めてしまうんだろうけど…やっぱり離れるのは辛いよ」


そう私は言ってやった。
もう子どもじゃない。自分の気持ちを素直に言葉に出せる年になっていた。

憧(この時、晴絵はどこか一瞬寂しそうな顔をしてたけどついには何も言わなかったのよね)

憧(そして私たちは晴絵を含めた新しい阿知賀を結成して……そしてインターハイに出場したんだ)


そこで三位に終わった私たち。


憧(――っ)


不意に背筋が凍りついた。


憧(今、私は過去を追体験している)


そう、幼い頃からどんどんと時は進み、そして今は昨年のインターハイまで。


憧(まさか……あの事故のことも……?)


パチパチ――。

そう思った瞬間、聞こえてしまった。
何かが燃えている音を。
自分のすぐ後ろから音が聞こえている。オレンジ色の光。


手が震える、足も…震えてしまっている。
火なんて怖くはない。なのに、なんで音を聞いていまうだけでこんなトラウマみたいな症状が出るのだろう。
それは…決まっている。
あの日の出来事だから。


ドクンと、心臓が一段と高く鳴る。
私は勇気を振り絞って振り向こうとしていた。
ゆっくり、ゆっくりと――。


憧(―――っ!)


そして目に入った景色とは……。





―――私が…扉を閉じてあげる。この世界に――閉じ込めてあげる。





憧(え?)


瞬間おかしなことが起きた。
目に飛び込んできた情報よりも耳が捉えたもののほうが早く認識していた。

景色を見る前に、誰かの声が聞こえた気がした。

誰なのかは分からない。
全く想像もつかない。


私はそこでようやく意識が戻ったかのように目の前の光景を見る。


憧(……あれ?)


目の前に広がっているのは、私たちの町だった。
つまりは吉野。

さっき聞こえていたパチパチという火の音は何も聞こえなくなっていた。
まるで別の場所に来たみたいにさっきの音も気配も何もかもがなくなっていた。


憧(…というより、さっき私は何を感じてたんだっけ?)


一瞬不安になった。
少し前のことなのに何を感じていたのかよく分かっていない。


憧(あれ? さっき火みたいなのがパチパチって聞こえていたけど……あれは……)


憧(なんだったっけ……?)



ほんの数秒前まではきっと覚えていたこと。
でも…忘れてしまっていた。


憧(誰かの声を聞いてから……?)


あの時に誰かの声が聞こえていた。それを聞いてから…何かおかしいことが……?
不安が自分の体を巡る。
自分の記憶なのに思い出せない、さっきの出来事は一体――?


そんな時だった。

?「―――憧」


憧「……え?」


呼ばれた気がして振り向いてみる。
そこには……。


穏乃「やっと気がついた! ほら突っ立ってないで早く行くぞー!」

憧「え…わわっ!」


そう言って私の手を握って引っ張っていくのは、間違いなく穏乃だった。


憧(あれ? 何でシズが――?)

憧(っていうか私……過去を追体験してたんじゃ……)


そう思っても、手を繋いで一緒に走り出しているのは確かに穏乃で。
この手の感触は間違いなく穏乃のもので。


憧(嘘だよ…、だってシズは……)

憧(……シズ、は――?)


あれ? と気付く。
何かがおかしい。
自分の記憶を疑ってしまっている。

シズは……シズ、は……?


憧「――ッ!!」

穏乃「うおわ?! な、何するんだよ憧!」


私は妙な気持ちに駆られ、穏乃が繋いでいた手を思いっきり振り払った。
そのせいで穏乃が少しよろけてしまって、非難の声をあげる。

心がなにか割れかけてしまっているみたいになっていて、それを修復するために頭を駆け巡らせる。


憧(シズは…? どうなってるの? ここにいるのはシズじゃないんじゃなかったっけ?)

憧(どうして、私はここにいるの? シズがなんでここにいるの?)

憧(だって、だってシズは……)

憧(………)


でも、何かを思い出そうとしても、何も思い出せない。
とても大切な重要なことがあったのに。
そこだけすっぽりと抜けてしまっているような。


穏乃「ん! ははーん、分かったぞ」


何も言わない私に対して、シズは何やら怪しい目つきでこちらを見てくる。


穏乃「憧は今度来る後輩にレギュラーを奪われないか不安なんだろー?」

憧「…は?」

全く予想外の言葉に頭の中で考えていたことがすっかりどこかへ飛んでいってしまった。


穏乃「まぁその気持ちも分からなくはないかな。去年私たちは決勝に行けたけどさ、優勝じゃなくて三位っていう微妙な結果に終わっちゃったんだから」


シズが言っているのは、もしかしてインターハイのことだろうか……。


憧(そうだ、私は……)

憧(…インターハイを三位で終わらせて…)

憧(阿知賀に戻ってきて、そして秋が来て、冬が来て、そして…春を迎えたんだっけ)

憧(そして、新入生がそろそろ入ってくるっていう話になってたんだ)


………。


憧「あははは! 何言ってんのよシズは! 私はシズがレギュラーの座を奪われるんじゃないかって不安なのよ」

穏乃「なっ?! そっちこそ何言ってるんだよ! それは絶対に有り得ないだろー!」

憧「あたしがレギュラーに外されることのほうが有り得ない話よ。でも、たかが新入生に遅れを取る私らじゃないけどね」

穏乃「…ま、そりゃそうだ」


阿知賀女子学院は昨年のインターハイの団体戦で三位で終わった。
優勝は清澄、準優勝は白糸台。
シズはでも、あと一歩で優勝まで行けそうだったんだ。

あのオーラスで咲の嶺上を三枚も摘み取ることが出来ていた。
あと一枚…あと一枚摘み取ることが出来ていたら役満和了が出来ていただろう、そういう直感があった。
…というより役満だったんだ。
オーラスを和了ったのは咲だったけど、待ちは⑤単騎。穏乃と同じ待ちだった。

もし、花をもう一枚摘み取れていたら⑤の嶺上開花で和了。
あともう少しのところまで…穏乃は行っていたんだ。

…まぁ、負けちゃったけど後悔なんてしない。
和たちとも会えたし楽しく喋ることも出来ていたし。

憧「そういえば、いきなり呼び出されたけどどうしたの? 今日は何か用事があった?」


今私とシズは吉野をぶらついている。シズが引っ張ってくれているんだけどどこに着くかまだ聞いていなかった。


穏乃「そうそう、今春休みだよね。んでもって吉野に桜を見にたくさんの人が訪れてるわけだけど」

憧「あー、すっごい人いるね。神社なんか結構賑わってたしさ」

穏乃「あそこ良いスポットだもんね。私好きだよ! あそこ!」

憧「景色が良いスポット…よね?」

穏乃「いや、良い感じの崖になってて飛び降りるのに最適な場所」


まぁシズだから分かってたけどね。
私は別に良いんだけど、観光客が居る場では飛び降りないで欲しいな…。


穏乃「それで私たち地元なのに、今までがっつり桜を満喫したことないじゃん!」

憧「シズは花より団子だもんね」

穏乃「でももう大人になってきて感性っていうもんが分かってきたんだ! ということで花見をしに行こう!」

憧「花見…かぁ」


実は自分も花見なんてあまりしたことがない。
どこに行っても人だらけで楽しめるのは少ないし、何より吉野の桜は歩きながら見ることが大半で。
いつも側にあるものだから楽しもうっていうイメージがないんだ。


穏乃「それでね! 卒業しちゃった宥さんも含めて麻雀部のみんなと昔遊んだ場所で花見をしようってことに決めたんだ!」

憧「宥ねぇも来るの?!」


宥ねぇは卒業しちゃって遠くの大学へ行くことになってしまっていた。
だからこれから会うことは難しくなってしまうわけでどこか寂しく感じていた。


憧「へー、シズってたまに良いこと言い出すんだね」

穏乃「へっへーん。やっぱり全国行ったみんなで集まって思い出も作りたいからね!」

穏乃「こんにちわー!!」

玄「いらっしゃ…あ! シズちゃんに憧ちゃん!」

憧「や! 玄は今日はお手伝い?」


まずは玄たちの実家に顔を出してみると私服とは違う玄の姿がまず目に入った。


玄「そうだけど、今からお花見だよね? お姉ちゃんを連れて用意してくるから待ってて」

憧「うん……え?」


とここで玄の発言におかしなところを感じた。
玄はもう裏手のほうに回っちゃったから聞くことは出来ないけど。


憧「…ねぇシズ。花見って……今から?」

穏乃「あれ? 言ってなかったっけ」

憧「まだ何にも聞いてないわよ!」


何の用事かも言わずにただただシズに呼び出されて待っていただけだった。
花見って知ってたらもうちょっとそれっぽい服も着てみたかったのに…。
でも今を逃しちゃうと宥ねぇが地元を離れちゃうし…。

宥ねぇは卒業して遠くの大学に行くことになっているのだが…。
宥ねぇは最後の最後まで家から離れたくないようでずっとこたつの中に潜っていることを玄の口から聞き出したことがある。
本当なら新しい家に行って、大学の下見なんかもして、色々しなくちゃいけないことがあるのかもしれないのに。
もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、そう言って中々家から出ないらしい。


憧(…あぁ、もしかしたらそれでみんなで集まろうって計画したのかな、シズは)


宥ねぇが新しい地に行けるように、ここでしっかりと思い出を作ろうなんて思ったのかな。
案外何も考えていないようでちゃんと考えてる。


穏乃「……あ! 宥さんってもうそろそろ大学行っちゃうんだっけ?! 花見計画して良かった~~」

憧「……まぁ、計算できないのは昔っからよね」

穏乃「ほへ?」


訂正、やっぱり何も考えていない。

玄「お待たせしましたー!」

宥「……寒い…」

憧「まぁ、春になったって言ってもまだ冷たい風は吹いてるからね」

穏乃「よーし! あとは灼さんと赤土先生だけだね!」


卒業式以来見てない宥ねぇだったけど、あんまり外見は変わってない。
いつもどおり厚着しているだけだ。
まぁちょっと見ないだけで大きく外見変わっているのもアレだけど…。


玄「灼ちゃんには先ほど連絡を入れました! もう私たちの家に赤土先生と向かってきているみたいです!」

憧「あー、やっぱり花見って今日だったんだ」


社会人である晴絵も来るってことは突発的なものではなく、数日前から計画していたものらしい。
でも私の耳に一切入っていなかった。
私はこのことに対して不満と仲間はずれ感が漂い、シズを睨む。


穏乃「さ、さーて! どこで待つ?」


誤魔化し方がすっごい下手。
でもまぁシズはちゃんと私を誘ってくれて、最初に私と合流してくれたんだからそれでチャラにしよう。
そういうことにしておいて私たちは色々な話をしながら二人を待った。


――――――

―――…。


やがて合流した灼さんと晴絵と一緒に花見の場所へと向かった。

どこへ向かうの? とシズに聞いてみると私の知っている場所らしい。
詳しく教えてくれないことに少し腹を立てたけど…。


晴絵「着いたよ。ここからちょっと歩くんだ」

憧「あ……」


晴絵の車でその場所に着いた途端、すっかり腹立たしさもなくなっちゃった。


玄「あー! ここなんだぁ!」

宥「ちょ、ちょっと…歩くの辛そうかなぁ…」

灼「こんなとこ…来たことない…」


玄とシズと晴絵、そして私は知っている。
でも宥ねぇと灼さんは知らない場所だろう。だってあの時、この二人はいなかったんだから。


穏乃「ね、憧。懐かしい場所でしょ?」

憧「そうね。……また、水切りでシズを泣かせちゃおうかな」

穏乃「なっ?! 泣いてなんかないよ!」


着いた場所は、数年前晴枝が開いていた阿知賀子ども麻雀クラブの参加者で行ったことのある駐車場だった。
ほんの少し歩くと吉野川の上流に着く。
そこでみんなと遊んだんだっけ。

穏乃「やぁ!!」


穏乃は声が遠くまで聞こえてしまうほど出して水切りをしていた。
穏乃の外見は確かに高校生になったことだし、成長しているんだけどもいかんせんジャージと行動が……、まだまだ幼く見える。
小さい頃にも見た光景だから余計に幼かった穏乃を連想してしまう。


穏乃「よぉーし! 肩は十分あったまったぞー! みんな、水切りしようよ!」

憧「あはは、あんたやっぱり根に持ってるじゃん」

穏乃「な、根に持ってるとかそんな話してないだろ。やっぱりってなんだよ」

憧「ふふ、ごめんごめん。水切りかぁ…私はやろうかな」


上流に着いてすぐこうして私とシズで一緒に水切りをした。
ただ他のみんなは……。


玄「な、なんで二人ともそんな体力あるの…?」

宥「体あったまってきたけど……つ、つかれた~~」

灼「体なまってたからかな、やけにしんど……」

晴絵「おおおまおまお前らだだだだだらしないな、じじじ女子高校生より体力はああああるんだな」

灼「足震えてて体まで震えてるなんて…ハルちゃんどんだけ我慢してるの…」

――――――

―――…。


憧「うーん、6回かぁ……。あれ? 記憶通りなら幼い頃は十回越えてた気がするんだけど…」

穏乃「私も数回どまり…。向こう岸まで届いた記憶あるんだけどなぁ…」


私とシズは何回か水切りにチャレンジしたけど思うようにいかず、中々楽しめずにいた。
ふと後ろを向いてみると体力を切らしていたみんなが徐々に息を落ち着けていたみたいで。


憧「あ! そろそろみんなも水切りしようよ!」

玄「うん! 今からそっち行くよー」


私がそう呼びかけると玄がまず立ち上がって、みんなが川原のほうまで来てくれた。
一番最後に来たのは晴絵なのは知ってた。


宥「っていうか、花見をするんじゃなかったの?」


憧・穏乃「あ」


宥ねぇの一言ですっかり忘れてた今日の目的を思い出した。
というか穏乃が考えてたことなのに何で忘れるかな。


穏乃「ま、まぁちょっとだけ水切りで遊んでいきませんか? その後でもゆっくり出来るじゃないですか」

宥「あ、急かしたつもりじゃないんだけどね」

憧「…まぁちょっと私も水切りしたいのもあるし、もうちょっとだけいいかな?」


なんて自分からわがまま言うのはどれくらい久しぶりなんだろうか。
言ってから自分の言葉がわがままっぽく聞こえたからちょっと恥ずかしくなった。


宥「うん、いいよ。それにほら、ここからでも十分桜が見えてるよ」


そう言われて少し目線を上げると。
そこには桜の山があった。

もちろん私たちの住んでる吉野の山なんだけど、別の場所から見るとやけに綺麗に見えた。

穏乃「うーわー、綺麗だねー」

灼「穏乃が綺麗って言うのは、ちょっと似合わない感じが…」

穏乃「あ、灼さん?!」

憧「あはは! いいよ灼さんもっと言ってやってよ、シズはね花より団子なんだけど最近背伸びするようになってるの。この前なんか…」

穏乃「ちょ?! 憧ぉ?!」


ずっと近くに住んでいたけど、すっかり忘れてた。
流石は吉野の山、桜の観光名所だ。

桜の花びらは自分の手のひらに乗っかるくらいの、ほんの小さなものなのに。
桜の木が山のあちこちに出来ているせいで。桜がとても大きなもののように見える。
花びらは小さいのに、この桜の大群は私の背よりも何倍も何倍も大きい。
山のてっぺんからは時折風が靡いていて、飛び散り、空を舞う桜はとても綺麗だ。


憧「―――ぁ」


ふと、そんな景色の中に違和感を感じた。
桜色のダイアモンドダストのようなものの中に色が濃い何かが見える。
それは空高くにあるから詳しくは分からないけど。
桜よりも複雑な動きをしていた。


憧「―――そっか」


それが何を意味しているか分かると、私はそっと一人で納得した。


穏乃「憧? 何か言った?」

憧「んーん、別に」

玄「それじゃあみんなでチームを組んで水切りやろっか!」

穏乃「やろやろー!」


玄の言葉にいち早く反応したシズを始めとして、みんなで水切りをすることにした。
ルールみたいものはなくただ単に跳ねた回数を競い合うやつだ。
前回みたく、また今回もチームで別れて勝負することに。


宥「み、水切りなんて……水、跳ねないよね…?」

憧「いやいや、そこまで怖がらなくていいから」

玄「そうだよ、それじゃ私は……灼ちゃんと組むね!」

灼「え?」


灼さんは聞き間違いをしたかのように聞きなおしていたけど玄は灼さんと組むといって引かなかった。
てっきり宥ねぇと組むのかと思ってたのに。
灼さんは晴絵と組むつもりじゃなかったのかな、とちらりと見ると何故か晴絵は納得していた。

曰く、玄は昔から変わってない。
…何のことかよく分からなかった。

とりあえず私は晴絵と組んで、シズと宥ねぇが組んで水切りが始まった。

そして数分後には玄の意図がようやく分かった。

私と晴絵はそこそこに跳ねさせることが出来て、合計18回。
シズはよく跳ねていたけど、宥ねぇがちょっと怖がってあまり跳ねずの合計13回。
玄に至っては全く跳ねず4回。

最後に灼さんの番だけど……。


灼「玄…、もうちょっと頑張って…」

玄「あははー、ごめんねー。でも灼ちゃんがいれば勝ちだから」

灼「え、私水切りとかあんまやったこと……」

玄「まぁまぁ、とりあえず石探そうよ」

灼「う、うん……」


なにやらおかしな会話が聞こえたけど灼さんは初めてらしいのに、玄は勝利を確信している。



穏乃「あ、ところで憧。ちょっとだけ話があるから後で付き合ってくれる?」

憧「へ? まぁ…いいけど別に」

晴絵「何だー? 新しく出来る後輩イジメでも計画するのか?」

宥「えぇぇ! だ、ダメだよそんなの…楽しくしてないと……」

憧「晴絵のバカ、宥ねぇ本気で驚いちゃってるじゃない」


晴絵のノリは昔から変わってないけど、宥ねぇはこのノリにはまだついていけないようだった。
一年も結構近くにいたのに、まだ順応していないところを見るとちょっとだけ宥ねぇの大学進学の一人暮らしが心配になった。

性格が良いから嫌われることはまずないと思うんだけど…やっぱり心配。


宥「……憧ちゃん?」

憧「ん?」


そういうことが頭を掠めているうちにいつの間にか宥ねぇのことを目で追っていたみたいだった。
それに気付いた宥ねぇが私に声をかける。


宥「……ふふ、心配しなくても大丈夫だよ」

憧「あらら」


晴絵のノリは分からなかったけど、宥ねぇは私の考えていることが分かっちゃったらしい。
そりゃ、本当に長い付き合いだしね私たちは。
確かに心配だけど心配する、っていう気持ちは玄に任せちゃおうかな。
私は宥ねぇにいっぱい友達が出来るように、楽しく大学生活が過ごせるように、ってそう願おう。


憧「宥ねぇ、大学生活頑張ってね!」

宥「うん、頑張るね!」


そう言ってにこりと笑った。
玄の話を聞く限りだと家を出たくはないと言っていたけど、この返事。
私の前だから強がっちゃってるか、もしくはこのお花見で気持ちが変わってくれたか。
後者だったら嬉しいな。

憧「あれ、玄たちまだ探してるのか…。そういえば穏乃、時間ある、って何するの?」

穏乃「…うーんと、それはまた後でかな」

憧「…時間ないんだからささっと済ませれることを要求するわよ」

穏乃「まぁ、…すぐ済むと思うよ」


そういったとりとめのない会話をして数分、ようやく玄と灼さんが戻ってきた。
玄は満面の笑み、灼さんは…。


灼「………」

穏乃「どうしたんですか灼さん、そんな顔をして」

灼「…いや、何でもないけど…とりあえず投げるね」


なんだかよく分からない顔をしていた。
ちょっとやる気はあるんだけど、怒りもこもっているような…。


玄「いっけー灼ちゃーん!」

灼「…ふぅ、……いっせーの、せっ!!」





よく分からない掛け声をすると共に灼さんが投げた。
下投げで。


憧「…なるほど」


どこかで見たようなフォームかと思えば灼さんの実家のボーリングのようなもので。
投げたのは数年前にも似たようなものを玄が持ってきてた。

晴絵は一回しか跳ねなかったけど……。


パパパパパパパパパパパ。


穏乃「ちょぉ?!」

宥「うわぁ、すごぉ~い」

晴絵「流石灼というか玄というか……」

玄「おもち愛です!!」


灼さんが投げた石とは水切りに向いているような平たい石じゃなくてまん丸な石だった。
玄が数年前おもち石とか言っていたものに似ている。

普通は水面を転がすことなんて無理だけど…。


灼「成功しちゃった……」

玄「灼ちゃんは私の同志です!!」

灼「ひぅ?!」


このことに感動して玄は灼さんに熱烈な抱擁をしていた。
おもち愛があれば水面を転がすことだって出来ます、数年前の玄の言葉が頭をよぎったら乾いた笑い声しか出なかった。

その後私たちは水切りを中止すると色々なことをして時間を過ごした。
とても大切な時間を過ごせたと思う。
これから宥ねぇは大学生活のためにここを出ちゃうんだから。
一年後には玄や灼さんも卒業、もしかしたらここを出ちゃうかもしれない。
そのまた翌年には私もシズも卒業…もしかしたら、ってね。
晴絵だっていつまで私たちも顧問をしてくれるのか分からないし。

いつまでこの六人でいられるか分からない。

でも、でもきっといつか会えるんだ。


だって、みんな――。


穏乃「――憧、そろそろいいかな?」

憧「ん、話があるんだっけ」

穏乃「そそ、すいませんみんな、私ちょっと憧と大事な話があるのでちょっと離れますね」

シズが歩き出した方向に私も付いていったけど、その方向は山の中に向かっていた。
数年前と同じ場所、すぐに私はこれがどこに向かっているかピンときた。


憧「……大事な話ねぇ」

穏乃「まだだよ、あの場所で大事な話がしたいんだ」


そう言ってシズはまだ足を止めない。
子どもの頃に比べて流石に私たちは成長しているから、あの時みたいな時間がかかったりしないだろう。

そうだ私たちは…成長しているんだ。
ねぇと私はシズに声をかける。


憧「あのね、私…シズにすごい感謝してるの。なんだろな…どこから話せばいいのかな…」


そうだ、私はとても感謝している。このお花見だってとても楽しめた。
宥ねぇや玄とも阿知賀に来てからもっと深く関わることが出来たし、灼さんとも出会って晴絵とも再会した。
それはきっとシズがあの時、和の活躍を見てインハイに行きたいことを私に告げたから。
だから私は…晩成から阿知賀へと進学を決めたんだ。

…でもこれらを話すのはちょっと違う、もうちょっと言わないといけないところがあるはずだ。
もっともっと過去に…。


憧「……あぁそっか。私ね…シズと一緒に麻雀出来てよかったよ」

憧「ずっと…そこが言いたかった」

憧「私が麻雀をしようって考えたのはお姉ちゃんや晴絵のインハイの活躍を見たこともあるかもしれないけど…でもシズがいた」

憧「シズと一緒にクラブに居て、そこでまた楽しさを見つけて、中学…高校って頑張ってこれた」

憧「それで…今は最高の仲間たちとこんなにも楽しい時間を過ごせてるんだ。シズには本当に…感謝してる」

穏乃「……そっか」

憧「ぷっ、そっかって何よ。はぁ…結構勇気出して言ったんだよ? 私は」


ちょっと冷めた態度のシズ、だけど私は腹を立てない。
私はシズの後ろを歩いているんだけど、耳が少し赤くなっているところを見ると、ちょっと照れてるんだろうな。

その後の会話はなかったけど、数分で私たちは目的の場所へと着いた。
シズがその前でぴたりと止まると一言こういった。


穏乃「登ろう!」


シズは数年前に、私と一緒に探していた大木を指差していた。
ここに過去に一度登ったことがある。その時はまだ小学生だった。
登った時の景色がとても綺麗だったことを覚えている。


憧「うん」


私もまた、その時の景色が見たくてそう返事をした。
高校生にもなって木登りなんてちょっと恥ずかしいけど…今は誰も見てないんだから好奇心に任せちゃおう。


――――――

―――…。


穏乃「ふぅ…っと」

憧「……やっぱり景色、ちょっと変わっちゃってるね」


登ったはいいけど、ちょっとだけ記憶と違って景色が変わってしまっている。
幹から少し離れて枝のほうへと近づくけど、やっぱり怖くてその場所に座り込む。


憧「シズは本当に怖いものなしね…、座りなさいよ」

穏乃「座ると景色が低いからもったいないじゃん」


さいですか…、仕方なく怖いから下のほうもシズのほうも向かずにいた。

お互い会話もないままの時間が過ぎていた。

でもこれでいいとも思った。

大事な話があるとはいっても、大事な時間を過ごしたい気持ちが私にはある。

シズが話さないと大事な話は終わらない、代わりにシズが話さないと大事な時間も多く過ごせる。

だから私は急かさない。こういう時間を過ごしたいから。

時々風がびゅうと吹いたり、桜が散っているのを見たり、森がざぁざぁと鳴いているのを聞いたり。

それを…シズと、一緒に、この空間で時間で過ごせているのがとても心地よい。

ついつい寝てしまうかと思えたその時にようやく…シズは口を開いた。



穏乃「ねぇ憧、楽しかったね今日は」


憧「うん、とっても楽しかったよ」


穏乃「憧は……こういう時間がずっと続けばいいなって思う?」


――ドクン。

その時の穏乃の言葉に何故か体が反応した。
いや…体というより心か。
警告音を鳴らしている。

この時だけはやけに体が心が緊張状態になっていた。
さっきまで吹いていた風が止み、私はシズから目を逸らさずことが出来ず、山も森も…何も聞こえない見えない。



こういう時間がずっと続けばいいな、確かにそう思うよ。

だってさ、この六人で集まることってもうこれからないかもしれないじゃん?
時が経つにつれて私たちはこの場所を離れちゃうかもしれない。

でもきっと私はいつかこの六人で集まれるって思ってる。


だって。

だって。


みんな――

生きているんだから――。


憧「そうだね、ずっとこういう時間が…続けばいいね」


私は、そう答えていた――。

―――――――。


―――…。



ついに!! ついに私はやり遂げた!!
世界が望むままに踊らされていた私はついに夢を叶えることが出来た!

…いや、私がそう思うことすら世界が望んだことかもしれないが…。

しかし私はついに成功した!


長く険しい道のりだった!
私は、私自身が満足することがなかったものを、楽しいと、面白いと感じさせてくれる人が居た。

私はその人を壊してしまった――。
それは悔やんでいる。

でもまた直せばいいだけのこと。

そして、直すために自分が今まで抑えてきた力も全て出し切ることを決意し、ついにやり遂げることが出来た。


これが復活の儀式みたいなものだ。


あの人の前でトラウマをもう一度刺激する。


教え子という大切な存在を、私自身の全力で壊す。


あの人は優しくて強い人だ。誰かを守りたいと願う時の力は絶大、私が新たな扉を開けるきっかけにもなった人だ。
きっと心のリミッターは外れる……、そして私と対等の存在となる。


健夜(舞台は…終演に向かった。胡蝶の夢・第三幕…、新子選手の心は完全に潰した)

健夜(今はきっと夢の中で、現実逃避しているころだろうかな?)

健夜(でももうあなたの役割は終わり。ねぇ? 赤土さん? 強くなるには……力を得るには…何が必要か教えようか?)

健夜(でもきっともう気付いているよね、今の心の中にある感情……)

健夜(相手を叩き潰すほどの憎悪と…ほんの少しの…復讐心だけで…いいんだよ?)


新子選手に胡蝶の夢・第三幕まで全て力を出し切った。
そしてそれから赤土さんは動かずにいる。
でも――力はびしびしと感じる。

赤土さんが力を取り戻しつつあることに……。
潜在的な力が今まさに目覚めようとした時――。


健夜「―――ッ!?」


突如予想外の場所から膨れ上がる力を感じた。


健夜(……去年…壊したりなかったかな?)


その子は去年、姉と共に私に向かってきたチャレンジャーだった。
咏ちゃんがいたから胡蝶の夢は抑えたけども、終始全力で相手をした。
その結果…姉は妹をかばうようにして……姉の心は潰れた。

その時の妹も、そんな姉を見て心が壊れたかのようにも思えたけど……。


健夜(いいよ、宮永選手――。お姉さんの敵討ちでもするのかな? ――クス、全力で相手してあげるよ)

昨年、咲は照とともにEXマッチへ出た。
そこで咲が見たものは圧倒的な力の前になす術もなく倒れる照の姿だった。

初めて麻雀というものに恐怖を覚えた。

あんなにも楽しいと思えてた麻雀が、たった一人の人によって粉々になったのだから。

その後の照は咲と接触をしようということはなかった。
照が何を思っているのかが全く分からず咲もまた接触することはなかった。

それでも咲は志した。
それは打倒小鍛治健夜。


心を壊された照が今の咲に対してどのような感情を抱くか分からない。

それでも咲は、ついに再会した照の心を壊した人を許すことは出来なかった。
相手は数々のタイトルを取得している化け物だ。


だけど――、必ず勝つ。


自分から離れていく姉の後ろ姿にそう誓った咲。


倒すためには――、そう昨年よりももっともっと強い力が必要なんだ。

そして手に入れた力は――。


無力な淡を決勝まで引き連れるほどの実力を得た。

そして憧をEXマッチへ引き連れることが出来た。
勝負は憩が制するかもしれなかったけれども、願った通り憧が優勝してくれた。


憧の最後に見せた力……、穏乃と似た力ならばもしかしたら…小鍛治を止められるかもしれない。


だが、誤算があった。

それは健夜が手を抜いていたことだった。
昨年、照と咲は健夜に圧倒的な実力差を見せ付けられて敗北した。

これが元世界ランキング二位、国内無敗、数々のタイトルを持つ人の力なのだと。
そう思っていた。


でも、憧が受けた健夜の力はは…明らかに去年とは周りに纏った空気が違っていた。


実際に胡蝶の夢を受けたわけでもない、側面からその力を見ていた咲にも――見えたものがある。


かつて天江衣と戦ったとき、まるで海の底にいたような感覚があった。
そして、衣の背中から伸びる摩訶不思議な腕が月を掬い取る――そんなまやかしのようなものが見えたことがあった。


その時と同じ、健夜から見たものは。


まるで深い闇の底から生まれ出たような漆黒の羽、その漆黒をさらに際立たせ不安を煽るような薄暗い緑の模様。
健夜が一度目を和了った時、それは生まれた。

二度目を和了った時、それはさらに数を増やしこの卓の四人を囲むように羽ばたいた。

そして三度目を和了った時、健夜が生み出したプレッシャーがまるで可視化したように非常に息苦しいものがこの卓に満ちていた。
そのプレッシャーから何匹も何匹も、同じ色をしたそれは生まれてくる。

健夜の一挙、一つ一つに反応するように色んな動きをする。
そして咲がツモったり発声したり、牌を捨てる時には健夜が生み出すプレッシャーから生み出したそれが咲にまとわりついてくる。


咲は照から最初のEXマッチに事前に聞いたことがある。
小鍛治健夜の力とは――胡蝶の夢。

その話は色んな本に出てくるからどのような話かは分かっていた。

それを小鍛治健夜は使ってくる、と。


健夜が本気を出した時に見えてくるのは、冷たい緑の模様を浮かび上がらせた漆黒の羽を持つ蝶――であると。


そしてその蝶一羽一羽に夢と現実を交わらせ、心にある大事なものを貪り喰い、心を壊すそんな力を持っている、と。
さらに蝶の数は…今まで健夜が壊してきた心の数だという。

数え切れない蝶の数だった。
どんどんと生まれ出てくるものを、まるで栓がないように何度も何度も生まれ出てくるものを……数えることが出来るのだろうか。


こんなにも酷く、力強いものを持っている。


咲は恐怖を覚えていた。
昨年この力を使わずしてなお圧倒的な力を見せ付けてきた健夜。
それにももちろん恐怖したが……。

この胡蝶の夢を…何よりも憧にぶつけたこと。
こんなもの憧でもなく、プロでも耐えられるものなのだろうか。


咲は恐怖を覚えた、が。
それ以上に心が黒いもので満たされようとした。

――許せない。
――楽しいことをしているはずなのに、なんで不幸になる人がいるんだろうか。


恐怖以上の、怒りが咲の中で膨れ上がっていた。

もちろん咲は憧との関わりが少ない。
それでも…それでも、憧が何故インターハイ決勝まで来たのか知っている。


阿知賀の優勝が決まった時、咲は照と会っていた。


一年ぶりの姉妹の会話は驚くことに、憧の話だった。
そこで咲は聞くことになる、穏乃のために…健夜を倒そうと頑張ってきた憧のことを。


協力は少し考えた。
憧の持つ力で止められるかもしれない、そう考えていた咲にとって憧も健夜のみを狙うのならば好都合。
協力の話は置いておいて憧の力に期待した。


そして……憧は、健夜の胡蝶の夢によって倒されてしまった。
もしかしたら咲は憧を助けれたのかもしれない、でも胡蝶の夢の黒い力に怯えてしまった。


そんな咲自身も含め…今怒りに燃えていた。

シノハユ開始までに間に合わなかった。

ちょっと時間無さすぎた、
終わる終わる詐欺で申し訳ない気持ちもあります

頭の中で完結している作品なのに
中々終わらせられないもどかしさというのが非常にしつこい


このSSを無理やり引っ張っているわけでもないです。
完結までもうしばしお待ちを

そろそろ一ヶ月なので生存報告

個人的なことだけど明日会社行けば盆を除く月・火と半年ぶりの二連休
ここ最近は休みも色んなことで潰れたから書き溜めも全く進んでない
だからこそこの連休はノーパソをずっと傍らに置いておく、暇があれば即書き込み!


次回投下は書き終えるまでしないつもり。
一応仕事の昼休憩なんかに、自分のノーパソ持ってきて書いてたりしたんだけど
いかんせん騒がしいところだから集中出来ず。

とにかく書いて終わらせます。


あともうちょっとー

とりあえず一ヶ月なので報告

まだ書き溜めが終わってないので
完結させるまで投稿はしないので
ってことでもうちょっと先です

でも自分でもちょっと難しい場面に差し掛かっているので時間かかるかも

今年も終わってしまった

というか今月は全く手をつけてなかった
一度つまづくと踏み出せない中々

いずれ書く、絶対書く

すいません、本当に勝手な話なんですが今から話まとまっている部分まで投下します。

先に理由を説明させてもらいますが、明日から色々なことを始めるので
自分の中でメリハリをつけたいからです

だから今回の投下ではまだ終わりません、すいません

咲(お姉ちゃん、待っててね……。私が…お姉ちゃんの心取り返すから……)

咲(だから、また…みんなで一緒に暮らしたいっていう私の願いも一緒に…聞いてくれるかな?)


咲が願うのは、そうただ一つ。
姉ともう一度…暮らすこと。

昨年はそれが叶いそうだった。姉に会うために麻雀に今一度触れるようになり、麻雀部にも入部して色々の出会いの後……ついに照の元へと辿り着いた。
しかし、それを目の前の小鍛治プロに壊されてしまった。
以来照は目を合わせてくれることはなかった。


咲(小鍛治プロの麻雀は知ってるよ、心を壊すものだってね)

咲(お姉ちゃんはこれで壊されたんだ……)

咲(憧ちゃんも、…ごめんね。私の考えが甘かったんだ…。去年私が見た小鍛治プロの力なら、憧ちゃんで止められる気がした)

咲(……でも、去年見たのはほんの少しの力だったんだ。本当の力の前じゃ…憧ちゃんは敵わなかった)

咲(……私は、そんな小鍛治プロの前に送り出した私に…怒ってる)

咲(…そして、昨年私とお姉ちゃん相手に…本気で挑んでくれなかったことに怒ってる)

咲(……!! 私の、全力をかけて!! 二人の心を取り返してみせる!!)


健夜「…ふふ、若い子っていいね、ってそう言ったらまた恒子ちゃんに色々言われそうだけど、今はこういうしかないよ」

健夜「ねぇ宮永さん、あなたは本当にいい目をしてるね。私を倒そう、…いや倒せるって自信に満ちてる目だよ」

咲「……当然、ですよ。勝たないと、…ううん、勝ちたいんだから」

健夜「そうそう、そうやって言葉にするのも大事だよ。それに今回は単なるテレビの企画なんだからちょっと喋ったりしても三味だなんで言われないよ?」

咲「………」


健夜は咲に対してやんわりとした言葉を投げかけるが、咲の目はさらに鋭くなり健夜を睨む姿勢を変えない。
咲の立場からするとこの状況で気持ちを落ち着かせるほうが難しい。
姉の心を壊した人物を目の前にして戦い、昨年と全く同じ場所で戦うことになった。
勝負が終わるまで決して気を緩めることはないだろう。

健夜も咲に目から気を緩める意識がないことを知り、心の中で少し落ち込む。
別に咲がこういった本気を出すことが怖いとか、そんなんじゃない。
確かに健夜からしても咲が本気を出した時はかなりの実力を誇ることは昨年、そして今年のインハイの解説をしていたくらいだから分かる。

だがそれはあくまでインターハイの話。
咲の実力は高校生としてはトップに立てるほどだけどやっぱり私の実力とは程遠い。
……だから健夜は決して咲に恐怖するのではなく。


健夜(……本当に怖いのは…、この人なんだよね)


健夜がその人物にちらりと視線を向けると、すでに周りに纏わせている空気が先ほどより違っていた。
懐かしいと感じる、その空気を持つものは十一年前、私に新しい世界を見せてくれた―――。


健夜(――赤土さん)

晴絵(止められ…なかった。……何故か、って?)

晴絵(それはな、私が…未だに過去を引き摺っているからだ)

晴絵(……だから、小鍛治が本気で憧の心を潰しにかかっているのに気付きながらも、救いだすことが出来なかった……)


小鍛治が胡蝶の夢を用いたことには気付いた。
使うのは本当に久しぶりのはずだ、何しろ世界のランキング戦をしなくなり、それ以降使っている姿を見たことも聞いたこともなかったのだから。
それでもやはりエグイものを見た……。

胡蝶の夢は本当に危ないものだ…、第四幕まで受けた私が言うんだから間違いない。
第三幕ですら耐えうる人は少ないのに、それを……憧にぶつけたんだ。


晴絵「……最初から、こうするつもりだったのか?」

健夜「そうだよ。これが……あなたが復活するための通過点、…というより到着点かな」

健夜「あなたの目の前で再度トラウマを引き起こす、でもあなたに対して使っちゃダメ、本当に心が壊れちゃうからね」

健夜「じゃあ……、後は分かるよね? あなたが大切にしてきた教え子に対して使っちゃえばいいんだ」

晴絵「―――ッ!!」

健夜「知ってる? 強くなるにはね、…相手を叩き潰すほどの憎悪と、ほんの少しの復讐心だけでいいの。…ほら、あなたのうちにもう…芽生えてるんだよ」

晴絵「あんた……っ!!」


もう小鍛治の声が自分の耳に届いていないのがよく分かる。
自分の中で本当の憎悪と復讐心が暴れている。
怒りで周りは見えない、もう…目の前の小鍛治しか見れない。


―――だが、これのおかげで思い出したことがある。


健夜「ふふ」


―――そう、あの時の小鍛治の表情だ。


十一年前の、小鍛治が振り込んだ時の表情だ。
私はあの時、周りの人たちのおかげで少し視界が悪くなっていた。
そして小鍛治の罠に自分からかかってしまったんだ。


晴絵(………ふぅ)


心の中で一度落ち着く。
さっきまでの私は怒りで心を埋め尽くされていた。
その後は怒りに身を任せて突っ込むだろう。
でも、今は違う。そんなことで自分は救われるのだろうか。絶対に救われるはずがない。


小鍛治が私の目覚めを待っていた。だが、憧に胡蝶の夢を使うことで目覚めるだなんて。まんまと、小鍛治の手のひらで転がされたわけだ。
だったらどうする? 小鍛治の言いなりになると、小鍛治の思う壺。
小鍛治によって再び開けられた私の力を押さえ込むと憧は助からない。


晴絵(だったらこの力は…小鍛治を倒すために使うのではなく――)


怒りではなく自分の心の声に従って、本当の力を正しく使おう。


自身の力を信じて……。
必ず憧の心を取り戻す、……必ずだ!!

咏「―――ッ!?」

恒子「え、と……や、やはりグランドマスターの名は揺るがず、東四局となりましたがその全てが小鍛治プロの和了で流しています」

恒子「そして放銃は全て阿知賀の新子選手。…どうもあまりのショックに感情が表に出てこないみたいですね」

恒子「意識がここにあらず、といった感じです」

恒子「さて、ここで一度今の点数を見てみましょう」


健夜:38000
咲:25000
晴絵:25000
憧:12000


恒子「連続和了なんですけど、やはりこの落ち着いた点数というのでしょうか。小鍛治プロのいつも通りですね」

恒子「隣で解説していただいている三尋木プロとはまた違い、3900、3900、5200といったそこそこの点数での和了を続けています」

恒子「やっぱり三尋木プロからすると……小鍛治プロの得点は低いと感じますか?」

咏「……まぁ、そりゃ私と比べると低いねぃ…」

恒子(……やばいやばい、やりづらい……。なんでさっきすこやんの名前を叫んだりしたんだろ…。…これ絶対すこやんのせいだよね。後でしっかり怒ってやろう)

咏「……でも、これがいつもの小鍛治プロってわけでもないけどね」

恒子「お? どういうこと、ですか?」

咏「私と対局している時よりももっとすごい力で周りに纏わせてる…。…本気なんだ、赤土晴絵と同卓してるから」

恒子「そうなんですか? 手元の資料には赤土さんの戦績があるんですけど……えーと、その……」

咏「事実だから言っちゃっても大丈夫でしょ。…確かに赤土さんの戦績はダメダメ、小鍛治プロと、っていうより私と比べても戦績なんて酷すぎるよ」

咏「……でもね、赤土さんは力が目覚めてないだけなんだ」

咏「…十一年前、小鍛治プロに心を壊されてから……赤土さんは力を再び目覚めさせることは出来なくなった」

咏「きっと、力を出そうとする度に、小鍛治プロの幻影に惑わされてるんだろうねぃ……、胡蝶の夢を……」

恒子(胡蝶の夢――ってなんだろう?)

恒子「…赤土さんの力は十一年前に、えと……消えているってことですか?」

咏「そうそう、封じられていたっていうのが正しいけどね」

恒子「封じられて……、でもそしたら小鍛治プロが本気になる理由はないんじゃないんですか?」

咏「……そうなんだけど…、でもね……見覚えが…あるんだよ」

恒子「見覚え?」


咏「…そう、十一年前、小鍛治プロの…胡蝶の夢に耐え切った時の赤土晴絵が……まるであそこに立っているみたいで……」


恒子(だから胡蝶の夢って何よー! もー!)

健夜(必ず、お姉ちゃんの、そして憧ちゃんの心を取り戻す――か。やってみるといいよ――!!)

晴絵 東家
憧 南家
咲 西家
健夜 北家


東四局 親:健夜

健夜:38000
咲:25000
晴絵:25000
憧:12000


咲(――準備運動はすでに終わらせた、憧ちゃんがやられている間に…っていうのは自分でもいいたくないけど…)


咲は一息吐く、そして今の自分をしっかりと見つめなおす。
何故自分がここにいるのか――。

たった一人の大事な姉の心を取り戻したい。

――大丈夫、心は熱く頭は冷やして。
ついでに足元も靴下脱いで冷やしちゃおう。

きっといけるよ。
これがいつもの、いつも通りの昔からの私。
相手が誰だかなんて関係ない。私は私で、この卓に花を咲かせればいいんだ。

出来ることなら、そう、出来ることなら私は姉に教えてもらったこの花に想いをこめて咲かせよう。
ただ咲かせるだけじゃだめだ。
姉との記憶、思い出を花に込めて


力強い花を咲かせる――!!


咲「―――カン!!」



晴絵「――っ!」

健夜「………」


咲のカンに二人は全く違う反応を見せた。


咲(手は進めれた、花は開花寸前。流れも――私のほうへと向かわせる!)

咲(次のツモ牌も、嶺上牌も、何もかもが分かる。この卓は支配できた――!)

咲(これで――小鍛治プロを……)

咲(――っ!)


しかし咲は心の中でさえも、健夜を倒す、なんて言葉をすぐには続けることは出来なかった。
あくまで咲の健夜に対するイメージは去年全く本気を出していない健夜だった。
今目の前にいる健夜とは全く違うもの。
正直勝てるビジョンが見えてこない。


咲(――それでも、私が、お姉ちゃんの心を取り戻したいから…そう願うから)

咲(自分の心なんかに、構ってなんかいられない――!!)

憧「――」タン

咲(…憧ちゃん。あなたの心はもう…戻らないのかな……)


ふと隣にいる自分が見捨ててしまった子に視線を向けた。
目から生気が感じられない。完全に心を壊されてしまった証拠だ。


咲(――でも、私が必ず勝つから。あなたの犠牲を…無駄にはしないから!!)


咲は手を伸ばす。
二度目の嶺上開花に必要な牌を、今この手に――!


晴絵「ポン!」


咲(えっ!?)


伸ばした手は晴絵の鳴き発声により引っ込める。


咲(な、なんで邪魔するの?)

晴絵「………」


晴絵が鳴いたことによってツモ牌をずらされ次の嶺上開花までまた少し遠くなってしまう。


咲(…いや、でも……この人は……)

咲(きっと味方のはず。…憧ちゃんを助けたいと思っているはず)

咲(だとすると、さっきの鳴きの意味は……あっ!?)

咲(小鍛治プロ……聴牌?!)


そして気付いた晴絵の狙い。
下家に座る健夜からは聴牌気配を感じる。
安手のタンヤオに見えるが他の役と複合させているだろう。

そして晴絵はすでに健夜の聴牌を察していた。
その上で咲の嶺上開花を止めた。


咲(…何か、何かが私の知らないところで動いている…?)

咲(私はそれに気付いていないような…そんな、感覚が…)

咲(―――っ)


数巡後、咲の手にはカン材が揃っていた。
暗カンをして、そして次巡もう一度カン。
三カンツでの和了。それは見えている、和了れる景色は見えているのだが……心がやめろと言っている。

咲(―――…)

咲(……っ)

咲(……降りよう…)


そう決断するには少し時間が必要だった。
健夜の真の力量が分からないうえ、もう一人の晴絵も分からないでいる。
晴絵は強い人なのか、私の流れを止めたのは偶然だったのか、なんだったのか。
それを知りたいけど東三局までは健夜の一人舞台だったために分からないのが辛いところ。


咲(……逆転のチャンスだったかもしれないけどここで小鍛治プロに和了られたら危ない)

咲(今は小鍛治プロが親だから流すことも大事だけど…、まだ抑えないと……)


晴絵(小鍛治は本当によくやるな……、危なかったよ)

晴絵(もう少しで呑まれるところだった。自分の心に)

晴絵(あのまま宮永が手を進めていたら小鍛治は多分和了る)

晴絵(…宮永は……よかった、降りたみたいだな)

晴絵(私は……これで…)タン


そして東四局は流局。


咲「ノーテンです。…え」

晴絵「テンパイ」

咲(て、聴牌…していたの? 小鍛治プロは聴牌していたのに……、それでも降りずに向かっていったというの…?)

咲(……わ、私は…、降りたけど、この人は向かっていった……。ぐ、偶然なのかな)


咲はそういうことも考えたけれども。


健夜「テンパイです」

健夜手牌:二二三三四四④赤⑤⑥⑦⑦⑦⑦


咲(――っ!?)


健夜の手牌を見た瞬間、咲に衝撃が走った。
⑦は健夜が持っていたからこの場合の和了り牌は④。
だから聴牌なのだけれども……。


咲(…確か…三番目の嶺上牌は………)

咲(赤土さんが鳴かなかった場合の小鍛治プロの…ツモ牌と同じ……)

咲(つまり私が暗カンをして、二つ目のカンをする。そして小鍛治プロの巡になると)

咲(引いてきた牌をアタマ待ちとして、⑦を暗カン。そして三番目の嶺上牌で――)


咲(嶺上開花!! 私の…役を!! 奪うつもりだったんだ!!)

咲(私を利用して! …和了るつもりだったんだ!)

これこそが健夜の実力。
わざわざ私の役で和了ってやろうという余裕の現われ。
本当の、去年とは比べ物にならない力。
きっと、胡蝶の夢も合わさって私の心を潰してきたかも知れない…。


咲(……それでも、私を助けてくれた人がいる)

ちらりと横に座る晴絵を見る。

咲(――あっ)

そして、晴絵の顔を見た瞬間に自分が酷く小さく見えた。
晴絵の目はまだ生きている、それどころか健夜を睨み、必ず喉元を引き裂いてやるといった殺意が混じっている目をしている。

――本気なんだ。
圧倒的な実力差の前でも勝てるって思ってる。
なのに…。


咲(…私、小鍛治プロに勝てるの――? 赤土さんの狙いも、今になってようやく分かったくらいの実力なのに――?!)


少し唇を噛む。
赤土さんは私を助けてくれながらもテンパイまで行ったんだ。


咲(私は…足を引っ張ってるんだ…)


そのことが心にのしかかった。


咲(でも、こんなところで終わりたくなんかない。諦めたくなんてないよ)

咲(実力が足りないのなら、この場で…二人に追いついてやる――!)



健夜(――…、変わってないね。赤土さんは)


健夜は心の中でちょっとだけ舌打ちする。
舌打ちなんて自分でもそういうキャラではないのは分かっているけど、晴絵のような人を前にするとちょっとイラついてしまう。


健夜(実力なんて、私と比べるとほとんどないのに。人一倍の心の大きさで必死に策を見出してくる)

健夜(それが実力というかどうかだけど……、さっきの局は途中まで完全に私の流れだったのに…あの鳴きで変わっちゃった)

健夜(宮永選手は自分の流れって思ってたみたいだけど、まんまと私の夢にハマってた)

健夜(だから宮永選手が手を進めるためにカンをした時点で私は嶺上開花で和了ることができた、はずだったんだ)

健夜(それを止めたのは…赤土さん。他者に活力を与え、心を広げる力を持つ)

健夜(この人がいたから、十一年前のインターハイもあの人たちが再び立ち上がってきたんだっけ)

健夜(…って、なんで昔話を思い出してるんだろうこんな時に)

健夜(全く…本当、年とっちゃったなぁ……。…だからなんでこんなこと考えちゃうんだろ私!)

東四局一本場 親:健夜 ドラ:六


健夜:39000
晴絵:26000
咲:24000
憧:11000


七巡目。


咲(――聴牌、……手替わりは出来ないようなやつだけど、小鍛治プロに一泡吹かせれそうな手牌)

咲(……まずは)

憧「………」タン

咲「――ポン!」

晴絵(! 宮永…まだ嶺上開花を狙うつもりか!?)


咲手牌
二二二六六六④④56 【⑧⑧⑧】


咲(もう少し先にある⑧を加カンして連続カンでの3カンツ)

咲(もしくは自分自身で流れを変えて、小鍛治プロにカン材を送り込んで責任払い――)

咲(私にはこれくらいしかないけど……、隙あらば和了る!!)

健夜(…ふぅん? …どうしよっかな……)

健夜(今って五巡目でしょ、宮永選手はテンパイっぽいけどすごい安い手……あえて振り込んでみてもいいけど)

健夜(……でも、この卓を終わらせたって私が満足しない。もっともっと赤土さんとやりあいたいんだから!!)


健夜手牌
三四五③④⑤⑥⑦345東東


晴絵(……宮永は、多分聴牌。小鍛治は……私を狙ってるんだろうな)

晴絵(…でもな、そんな簡単に、私から和了れると思うのか?)


晴絵手牌
八八②③234789白白白


恒子「わずか五巡目で三人が聴牌という珍しい光景になっております! 得点が期待できるのは小鍛治プロでしょうか。一応3色は揃ってますね」

咏「この局は…難しいだろうねぃ……」


――――――

―――…。


咲(4-7待ち…。でも嶺上開花も狙いたいから……)

【ツモ:發】

咲(發は……一枚だけ切れてるね……、ツモ切りか)


健夜(さて、と……うーん)

【ツモ:①】

――――――

―――…。

恒子「おぉっと! ここで赤土さんの和了牌を引いてしまった小鍛治プロ!」

恒子「これは振り込んでしまうのかー?!」

咏(振り込む……? あの人が?)

咏「…くくっ」

恒子「え?」

咏「……恒子ちゃんも最近自分で麻雀触れるようになって分かったんじゃないの?」

咏「あの人の…異常さに」

恒子「っ」

咏「あの人が振り込むだなんて、滅多にないから」

咏「でも一つだけ気になることがあるとすれば、この卓にはあの赤土晴絵がいる――。もしかしたら小鍛治プロが振り込む姿…見れるかもしれないねぃ」

咏(…あの子が足を引っ張らなければ、の話だけどねぃ)


――――――

―――…。


健夜(…まぁ、赤土さんの捨て牌には手出しの筒子が最初に出てるけど……もちろん安牌じゃないとね)

【打:東】

健夜手牌
三四五①③④⑤⑥⑦345東


晴絵(……まぁ、小鍛治が振り込むなんてまずないからな……こんな見え見えの待ちじゃ意味ないか……)

【ツモ:1】

晴絵(……一気通貫が見えてきた…)

晴絵(でも聴牌しているここからイッツーに変えようとすると二~三巡は遅れることになる……)

晴絵(五巡目だけど…これはどうしようか……)

晴絵(②と③を手出しで捨てることになるうえ、最初に筒子を捨ててるからな。索子のホンイツか辺りって絞られるから……やっぱり和了りづらい……)

晴絵(……イッツーには向かえない。私はこの待ちで待つ!)


晴絵ツモ切りを選択。



健夜(…数秒考えてからのツモ切り……、手替わりしそうだった? 待ちを変えるためか、役を増やすためか)

健夜(………赤土さんは時々破天荒な荒い打牌をする時もあるから…その時に気をつけないとね)

【ツモ:①】

健夜(……さて、もう一度テンパイ……だね)

【打:東】


健夜手牌
三四五①①③④⑤⑥⑦345


健夜(……ん?)


晴絵(……いけるか? とりあえず私はツモ切りっと)

次巡


健夜(………。なるほど、……ふふ)

【ツモ:①】

健夜(……流石赤土さんだね……これは…仕方ないかな)

【打:③】

健夜手牌
三四五①①①④⑤⑥⑦345



恒子「こ、これは……小鍛治プロには見えてるんでしょうか赤土さんの聴牌と和了り牌が」

咏「え? 恒子ちゃん見えないの?」

恒子「マジすか?!」

咏「プロだとこれ必須だよ? …てまぁ冗談は置いておいて……、私も流石にあんな確信を持って打牌なんか出来ないさ」

咏「なーんかこれ怪しくね? ってそう思ったものを抱え込むんだけど…けど」

咏「小鍛治プロは確信してるんだよ。これが和了り牌だ、って」

恒子「すげー……あ」

咏「あっちゃー、残念。もうちょっと面白いところを見せてくれると思ったんだけど、これは放銃しちゃうね」


――――――

―――…。


十三巡目。


健夜(―――っ!)

晴絵(―――ッ!)


咲(………よし!! これで――!!)


そして咲は四枚目の⑧を手にした。
咲手牌
二二二六六六④④66⑧ 【⑧⑧⑧】


咲(四暗刻ツモ――!! 親被りで16000だよ! 小鍛治プロ!!)

咲(さっきから赤土プロとやりあってたみたいだけど、私だっているんだよ――!?)

咲(隙見せちゃダメだよ……!)


咲「―――カン!!」


そして咲は嶺上牌に手を伸ばす。
そこはもう分かっている、四暗刻ツモに必要な6だ。
これで――!



健夜「――ロン。槍カンね」

健夜手牌
三四五①①①④⑤⑥⑦⑨44 【放銃:⑧】


咲(――なっ?!)

咲(…ま、また聴牌……。しかも、赤土さんとやりあいながら私の加カンに対応できるようにしてた――?)

健夜「……ふふ」

晴絵「どうしました? 年とりすぎて頭おかしくなりました?」

健夜「まだそんな年とってないよ! っていうか赤土さんとは二歳しか違わないでしょ?!」

晴絵「いや私は…そんな意味不明に笑ったりしませんから」

健夜「……もぅ」


咲(―――…? あれ?)


――――――

―――…。


恒子「おや? なんだか場が和んでますね…」

咏「そういえば…さっきまで緊張感がピリピリしててこっちまで伝わってきたのにねぃ…」

咏「しばらくしたら談笑してるみたいになりそうだねぃ」


恒子(……あれ?)



対局室で戦っている咲、そして実況席にいる恒子は何かしらの違和感を感じ取っていた。
それはほんの少し前から微妙に伝わってきていたけれども、それを違和感として捉えることはなかった。
しかし今、微妙な違和感が違和感に変わったときようやく気付くことが出来る。


咲(……なんで、こんなに場が和んでいるんだろう。さっきまで睨みあっていたのに…)

咲(今では二人がただ単に話し合っている…)

恒子(どうして三尋木プロは性格変わったようにいきなり口調が変わっちゃったのかな)

恒子(うーん、…どこからだっけ)


咲と恒子が持つ違和感に、しかし当の本人たちは気付いていた。


咏(あはは、そういえばこういうものだったね、あの人の麻雀っていうのは)

咏(さっきまで緊張感に包まれていたのは…小鍛治プロの力によってだ。胡蝶の夢に加え、小鍛治プロの心の奥に秘める負の力)

咏(それがあの卓の周りを囲むようにして、みんな目をギラギラさせながら勝利へ……いや、絶望へ向かっていったんだ)

咏(でも、今は違う。…あの人が、力を取り戻したからだ。小鍛治プロとは全く逆の力)

咏(負の感情なんて一切ない。見ているみんなをワクワクさせるような、戦っているみんなに力を分け与えるような、……そんな活きる力を持っている)

咏(……小鍛治プロがもう一度目覚めたことに私は嬉しさを感じた)

咏(…そして、あの赤土晴絵が力を取り戻したことに……私は今…泣きそうなくらい嬉しい)


咏(私が感じているこの力は、間違いなく十一年前にテレビの奥から伝わってきたあの伝説の赤土晴絵の力なんだから――!)

健夜(……久しぶりだなぁ…、そうだよこの力が、私がかつて一瞬だけでも恐怖を覚えた力だったんだから)

健夜(いつの間にか、この人の力に呑み込まれようとしている。実際ちょっとだけやられている)

健夜(だって本来この局は最初の聴牌の形、高め三色で和了るはずだったんだ。でも赤土さんの和了り牌を掴まされてから変わっちゃった)

健夜(保険でかけておいた槍カンを使うほど追い詰められちゃったなんて……、ふふ)


健夜「赤土さん、あなた……。――本当に! 面白い人だねぇ!!」

晴絵「――っ!」

咲「――っ!」


先ほどまで穏やかな表情をしていた健夜は、突如豹変する。
私はあなたなんかに、たったこれっぽっちの力なんかに負けられない――。
その思いが健夜の後ろに見えているようで、咲と晴絵は背中にゾクリと何かが走った感覚を得た。


健夜「…もうちょっとだけ、本気出しちゃうよ――!」


その言葉通り、晴絵の力によって晴絵に傾きつつあったら流れのようなものが塗り替えられたようだった。
先ほどよりもさらに黒い力がこの卓にうずまくようになった。



東四局二本場 親:健夜 ドラ:一


健夜:40300
晴絵:26000
咲:22700
憧:11000


咲(……また、この卓の空気が変わった……)

健夜(……保険を使うことになるなんてね、本当に…赤土さん、昔よりも強くなってないかな……)

健夜(高校時代に私が壊したせいで、高校は退部、でも実業団に入ったりしてたけど…けど私の胡蝶の夢のトラウマは今のいままであったんだ)

健夜(そう多分、自分の実力を伸ばす機会なんてなかったはずなんだ。それでも…強くなってるのは、何かあったのかな……)

健夜(……って、なんとなく察しはついてるんだけどね。…新子選手みたいな、教え子たちがいたからなんだろうなぁ……)

健夜(だから、強くなれた、と……)

健夜(ふふ、……ちょっとだけ本気出すって言っちゃったからね……)

健夜(…見せてあげるよ、胡蝶の夢のもう一つの力を――)


健夜「――リーチ!!」


咲(―――えっ?!)

晴絵(――!! なんてこった…小鍛治……ちょっと本気出すって……)

晴絵(ちょっとどころじゃ…ないだろ!!

恒子「小鍛治プロリーチ!! なんですけど……」

咏「…恒子ちゃんの言いたいことは分かるよ」

健夜手牌
一一七八九⑦⑧⑨12379

咏「純チャン、三色、ドラ2……跳満だからダマでもいいはず、それを何でリーチしたのかって?」

咏「しかもすこやんの捨て牌はまさにヤオチュウ牌集めまくってます、って感じの河だ」

咏「あんなんでリーチしたら簡単に予想がついちまう。だったら何ですこやんはリーチしたのか…」

恒子「うーん、倍満にして宮永選手を飛ばすため、ですか? もしくは……裏の裏をかくつもりで…とか?」

咏「そんな浅い考えじゃないよ」

恒子「あ、あさっ!? じゃ、じゃあなんなんですか?」

咏「宮永選手の顔を見てみろ、絶望を目の前にしたかのような顔だぜ…。赤土さんも多分小鍛治のしたこと分かってるんだろうけどちょっとキツイって顔してるぜ…」

恒子(……答えてくれないんですか!)



咲は前の局で役満を潰された、がまだ南入すらしていないと気持ちを切り替えさらい逆転の手を考え次局へと向かった。
まだ目は生気に満ち溢れていた。配牌は咲の気持ちに呼応するかのように絶好の満貫二向聴ダマ。
これでツモってもいいから和了る!
その気持ちでいたのだが。

小鍛治のリーチ、そして目の前で起こったとてつもない現象を目の当たりにすると咲の勢いが完全に潰されてしまった。

リーチをしたらまずは相手の和了り牌を考える。しかも親だ、こんなところを一発で振り込んだら全く取り返せないことは明白。
だからこそ…なんとしてでも避けなければいけなかった。

和了り牌なんて分かりっこない…でもヒントを元に想像することは出来る。
ヒントはそう、捨て牌が教えてくれる…。

だからこそ、リーチの発声が聞こえてそれが鳴けない牌だと分かった時に咲は小鍛治の捨て牌を見た。


咲(―――えっ?!)


そこには小鍛治の和了り牌のヒントが転がっているはず。
…なのに、有り得ないものを見てしまった。


咲(……は、牌が……見えない…、いや……重なってる?!)


咲が見たものとは牌の表面がいくつもの柄で重なってぐちゃぐちゃになっているものだった。



晴絵(…胡蝶の夢・刷込……。この力だ…)

晴絵(私がかつて何度も小鍛治に振り込んだもの……、この力の正体は)

晴絵(この卓が始まってから東一局から今の東四局二本場までの捨て牌を全て浮き上がらせるんだ)

晴絵(いつか憧たちに言ったことがある、小鍛治が鳴いた時なんかには自分は危険牌しか持ってないことに初めて気付くんだ、と)

晴絵(こんなぐちゃぐちゃになった柄で、この東四局二本場のみで捨てた牌を識別することなんて不可能だ)

晴絵(でも、胡蝶の夢の力を使う前に記憶した私は振り込まずに行くには多少の自信がある……ただ、宮永が振り込んでしまう……)

晴絵(東一局から前局までの第一打には小鍛治はほとんど八を切っていた…、つまり第一打には今色濃く八が映っている)

晴絵(八は捨ててあると見えてしまい安牌を捨てるつもりでいると…和了られる…。これが小鍛治が上へと向かっていけた力の一つだ)

晴絵(宮永を助けられるのは……私だけ!!)

【打:赤⑤】

咲(―――ッ!? き、危険牌…?!)


咲にとって健夜の手牌は分かるはずもなく、第一打に見える八にうっすらとした期待を込めるだけだった。
故に晴絵の打牌には疑問を感じた。


咲(何で真ん中を…? しかも赤! もし和了られたら一発に赤が一つ………、まさか)

咲(まさか……この人、小鍛治プロの牌が見えてる――? もしくは分かってるの――?)

咲(……仮に分かってるとしよう…そしたらなんでそんなところを切るの……?)

咲(この場面で、わざわざ赤の⑤を切る理由……、もしかして…)

咲(私の手牌には…件の八が二枚、そして⑤も一枚……)

咲(八も⑤も安牌だ……。……でも、八には不信感がある…。それは私がきっちりと小鍛治プロの捨て牌を見ていなかったこと)

咲(……誘われている感じが心の中で消えないんだ)

咲(…もしかしてこの人は、私を助けようとしてくれている――?)

咲(………くっ)

【打:⑤】

晴絵(……よし!)

晴絵(頼むぞ……宮永、こっから私にしっかりとついてきてくれ……)


健夜(あらら、逃げられちゃった……ざーんねん)

晴絵(……っ)

【打:二】

咲(……っ)

【打:二】


晴絵の打牌に合わせて咲も同じ牌を出していった。
そして流局――。
テンパイは健夜。


咲(なんとか逃げられた…。助けてもらったんだ……でも)

咲(助けてもらわなくちゃ、きっと振り込んでた。…カン八待ち)

健夜「どうしたの? 宮永さん、さっきまでの勢い無くなっちゃったみたいだけど」

咲「――!」

健夜「怖気づいちゃった? ねぇ、このテンパイ、当たり牌が分からなかったの?」

咲「あ……ぅ」

健夜「……赤土さんの後ろをついていくだけでしか私たちの戦いについて来れないのに、…私に勝てるって本当に思ったの?」

晴絵「…おい、言いすぎじゃないか」

咲「………」

健夜「……、ねぇ。何で、私に勝とうって思ったの?」

咲「………」

健夜「お姉ちゃんの、ため?」

咲「っ!」

健夜「去年あなたはお姉ちゃんと一緒にEXマッチをしたよね。その時は三尋木プロがいたから胡蝶の夢は使わなかったけど」

健夜「それでも、インターハイ王者なんて言われているあの子の心を折ることは簡単だったよ」

健夜「インターハイ優勝なら私だってしてる。あの子はまだ周りに敵がいないから調子に乗ってるだけ」

健夜「ただの純粋な力であの子とぶつかって、私の力を分からせてあげただけ」

健夜「それだけで、たったそれだけであの子の心は折れちゃった」

咲「……やめて」

健夜「やめて? あぁそっか、あの子が本当に負けたのは宮永さんが私にいっぱい振り込んでくれたからだよね」

健夜「そしてあの子は宮永さんを飛ばさせないために自分のスタイルを捨ててでも私に立ち向かってきた」

健夜「その結果が……これなんだ」

晴絵(……小鍛治…? もしかして……)

健夜「宮永さんに実力がないからその分あの子がカバーしようとした。私相手に。…そんな隙見せたら見逃すはずがないじゃん」

健夜「何もかも、あの子も宮永さんも弱かったからだよ」

咲「やめてっ!!」


咲「お姉ちゃんは、弱くなんてない…!」

健夜「弱いよ! チャンピオンなんて騒がれてもさ、それは高校生の間だけでしょう?! 私や三尋木プロ相手じゃ手も足も出ないような子だよ?!」

咲「弱くなんてない!! 私は……お姉ちゃんが誰よりも強いことを知ってるんだもん!」

咲「小さい頃からずっと一緒にいたんだもん!! 家族の中でいつも勝ってたのはお姉ちゃんだった!!」

健夜「ははっ! 何を言い出すかと思ったら家族麻雀?! よく分からない人たちを出されても意味が分からないよ」

咲「違う…私は…その頃からお姉ちゃんに憧れたんだ! お姉ちゃんみたいに沢山勝ってみたいって!」

咲「心の奥底ではそう思ってた! 一時期麻雀に触れないこともあったけど…、それでも私の中の強い人は…あなたでもなくお姉ちゃんだけだった!!」

咲「高校一年の時にはチャンピオンになった! 次の年もチャンピオンになった! 昨年はお姉ちゃんは私に華を持たせてくれた!」

咲「お姉ちゃんの後輩と戦ったことがあった! お姉ちゃんにべったりな子でとても信頼してた、お姉ちゃんは後輩からも好かれている最高のお姉ちゃんだよ!」

咲「EXマッチであなたと戦ったとき、お姉ちゃんは私を守ってくれた!!」

咲「ダメな妹で! 約束破って! 今まで全く口を利くことがなかったけど!」

咲「やっぱり私の心の中で描いてた、とっても強いお姉ちゃんだった! 私を……守ってくれたんだ!!」

咲「だからこそ!! お姉ちゃんは強い人だって……私が…私が……!!」


咲「私が……!! 証明するんだ!!!」

―――ゴッ

晴絵(宮永……)

晴絵(…この子、憧に似てるな……誰かを守りたいって時に、この潜在的な力が出てくる)

晴絵(姉の尊厳を守りたいからこそ、心の中で抑え切れなくなった力だ)


咲が潜在的な力を出したおかげで健夜の流れになりつつあったこの卓の空気がさらに混沌となった。
しかし晴絵はそんなことを気にした様子もなく健夜の狙いを考えていた。


晴絵(……これは宮永が一人で心の中から力を解放したわけでもなく、…というか小鍛治が煽らないと目覚めなかった力だ)

晴絵(…小鍛治、何を考えている――? 宮永はほとんど心が折れかけていた、潰すには絶好の機会だったはずだ)

晴絵(こんなところで宮永を復活させても、潰すにはまだ時間がかかる……復活させたうえで…潰すつもりか?)

晴絵「そういえば、そんな性格してたなこいつ。腹黒いったらありゃしない、そんなんだから行き遅れるんだよな」

健夜「聞こえてる聞こえてる」

晴絵「おや失礼」


もちろんわざとだったけど。


健夜「はぁ……。まぁ、でも赤土さんが何考えているか分かるけどね、大方私らしくないとか思ってるんでしょ」

晴絵「ついでに腹黒いなぁ、と」

健夜「そこは聞こえてたから言わなくていいよ! ……私もね、変わったんだよ」

健夜「麻雀を、ただただ楽しもうって」

晴絵「………」

健夜「だから、心を潰したって楽しくないんだし、楽しまないとね」


そう言って健夜はにこりと笑顔を作る。


健夜(嘘だけどね)

晴絵(これは嘘だな)



晴絵(小鍛治はこの卓を楽しむ気なんて一切ない)

健夜(だって私は楽しむためにここに来たわけじゃないんだから)

晴絵(憧の心を潰した時点で何か目的があるはず…ここ数年は胡蝶の夢自体を今まで使ってこなかったはずなんだから)

健夜(でも私は胡蝶の夢を使った、それはもちろん目的があるから……)


晴絵(小鍛治の本当の目的……それは)

健夜(私の目的は変わってない、宮永さんが木偶の棒のなったらただのつまらない一対一になっちゃうからね)


晴絵(―――私だな)

健夜(―――せっかくの赤土さんとの対決が、ね)



健夜(ちょっとくらい邪魔してくれる程度の人がいたほうが燃えるんだよねー)

健夜(さてさて、宮永選手の力量は私の連荘でゆっくり見極めて…)

健夜(それを避けつつ、赤土さんに勝たないとね)

東四局三本場 親:健夜 ドラ:①


健夜:42300
晴絵:25000
咲:21700
憧:10000


健夜(そういえば、赤土さんが力を出し始めてからテンパイ、1300、テンパイ……か)

健夜(私らしくないな、攻められない)

健夜(これが新しくなった赤土さんの力、か…。宮永選手を復活させてアレだけど…やり辛いね)

咲(…気持ちや想いが牌に現れてくれたら私はこんな卓、苦にならないくらいの気持ちを持ってる)

咲(私は自分のために今まで麻雀を打ってきた)

咲(お姉ちゃんに会いたかったから、仲間と共に全国へ歩みたかったから、色んな気持ちを昨年は持っていた)

咲(でも今は違う。自分のためじゃない……。ただ一人のお姉ちゃんのために――私は今打っている!)

晴絵(宮永の本気、か)

晴絵(底が見えない分私には辛いところだけど…小鍛治はどれくらい宮永の力量が分かってるんだろうな)

晴絵(多分小鍛治の頭の中じゃ、私との戦いなんてゲーム感覚だろうな。宮永はただのコンピュータ。それの強さを自分で変えているだけ)

晴絵(私との一対一より、ちょっと強いコンピュータ入れてもうちょっとだけ面白くしようって魂胆……)


晴絵(……気に入らないんだよ!!)


晴絵も一人、静かに燃えていた。
場を和ませ人に活力を与える者は、その力を封じ全ての意識をこの卓へと向けた。


健夜(赤土さんも力で私にぶつかりに来たかな…、いいよ、面白くなってきた)

健夜(そしてその赤土さんを倒してこそ、私がもう一度生まれ変わるための――)





―――私は……。





健夜「―――ッ!?」

晴絵(………!)

健夜(い……今の、は……)


健夜の中に衝撃が走った。
この局が始まってすぐに、有り得ないものを聞こえた気がしたからだ。


健夜(今の声……まさか)


その声には聞き覚えがある。
ほんの十数分前までの記憶を遡ればいくつかの言葉を思い出す。

そして、健夜は少女を見る……。
胡蝶の夢に囚われたはずの少女を。


憧「―――……」

端から見れば戦意喪失している人にしか見えない。
表情は沈み、安牌を切り続け、一言も発さない彼女の姿を見て、しかし憧の身に何が起こっているか知っている二人は。


健夜(――!! 目覚めかかってる?! 意識が、戻りつつある!!)

晴絵(あ、こ……!!)


憧の周りを囲む空気がゆらりと動く。
憧の側に、何か大きな存在のようなものが見えてしまう。
目覚めさせてはいけないものだ――、そう思った健夜は。


健夜(今、目覚めるのはマズイ! 宮永選手も覚醒して、赤土さんも力を取り戻している!)

健夜(赤土さんの力によって、新子選手の本当の力が開花したら…それは私の脅威になる!)

健夜(何故なら私はすでに知っている! 新子選手の力の脅威さを! とてつもなく大きな力を持っている)

健夜(そのために私は真っ先に潰したんだ!!)

健夜(この子がブーストをかける前に、インターハイ決勝の最後で見せた力の本質に自らが気付く前に、……早く潰さないといけなかったんだ!)

健夜(じゃないと……そうしないと……!)


健夜(私は……あの人からこの勝負を受けた意味がなくなる――!!!)


健夜(だから…なんとしてでも……この子を潰さないといけない――!!)

健夜(もう一度、胡蝶の夢を……)


恒子「東四局も三本場となりました。ここから先はまだまだ続くのでしょうか!」

恒子「たった半荘一回かと思った人もいるでしょう。しかし選手やプロを含め私たちは半荘一回以上の濃い時間を過ごしているように思えます」

恒子「まだ南入していないのにこの白熱した戦い。小鍛治プロの最初の勢いは殺され、静かな場となっています」

恒子「しかしながら東四局三本場という今、これはまだ小鍛治プロの流れということでしょうか!?」

恒子「他の三人はこの小鍛治プロの流れを断ち切ることができるんでしょうか?! 国内無敗と謳われた小鍛治プロを…倒すことはできるのでしょうか?!」


――――――

―――…。


晴絵(……私は冷静な判断が出来ていなかった。憧の心を潰された時、私の中に閉ざされていた力が勢いよく飛び出してきた)

晴絵(その勢いに呑まれるように私は…小鍛治を自分の手で倒そうって思ってしまった)

晴絵(本当はそんな力、十年前ももちろん今も持ってないのに……)

晴絵(それでも憧がやられて怒りに身を任せてしまう部分もあった)

晴絵(自分では落ち着いていたつもりでも、小鍛治とやり合うって思ってる時点で落ち着いていなかったんだ)

晴絵(だから……今こそ、本当に心を落ち着かせる時だ――!)

晴絵(――宮永! 憧の復活に協力してくれ――!)

咲(……憧ちゃん、もしかして……)

咲(……! でも、きっと小鍛治プロはまた憧ちゃんを潰そうとしてくるはず)

咲(小鍛治プロは確かに強い、でも……私たち三人がまとめて襲い掛かったら流石に劣勢になる)

咲(だからこそ、真っ先に誰かを潰したかったんだ)

咲(憧ちゃんの心が潰された……そして今もまた、潰されようとしている――)

咲(嫌だ!! もう私の前で誰かが傷つくのは嫌だ!!)

咲(お姉ちゃんみたいに、心を失うのは嫌だ!!)

咲(もう、心を壊させない!! 小鍛治プロの思い通りなんかに――させない!!)

健夜(胡蝶の夢を――!)

晴絵(憧の復活――!)

咲(傷つけさせない――!)




――――――

―――…。



憧「そうだね、ずっとこういう時間が…続けばいいね」


私はそう答えていた。
だってみんな生きている、生きていれば必ず会える。
離れ離れになっても、卒業しても、必ず会えるんだ。
二度と離れるなんてことはない。それはとっても素晴らしいこと。
それが私の望んだこと。



―――けれど。



憧「ずっと――本当のシズと一緒に、こんな日が続くといいな」



私は、シズの前でそう答えていた。


穏乃「…え? どういう…こと?」

憧「そのままの意味だよ。あんたじゃなくて、本当のシズと…こんな世界で幸せな日々を過ごしたいの」

憧「シズはもう死んじゃったから……」

穏乃「………」


私は御神木の枝に座り、そこからの景色を眺めていた。視界の端にはこちらを見ているシズがいるが私は目を合わせる気なんてない。
私は言葉通りこんな世界で幸せな日々をシズと過ごす、そんな光景を瞼の裏で描きつつこの風景を眺めていた。


穏乃「…ちょっと、待ってよ。私は…ここにいるじゃん……」

憧「…そうだね、あなたはそこにいるよ。でも、シズじゃないんでしょ?」

穏乃「……憧…おかしいよ。私が高鴨穏乃、憧の親友でしょ? その私が…シズじゃないってさ……」

憧「ねぇ…私たちってインターハイを三位で帰ってきた後って何があったかな?」


シズはインターハイを三位で帰ってきている。この阿知賀に。
そんなことは有り得ない。自分の記憶がそう言っている。

信じたかった。
目の前にいるシズのことを。無事に帰ってこれた私たちのことを。
けれど私は気付いている。二つの世界の相違点について口を開いた。

憧「私たちは…無事に帰れたのかな?」

穏乃「無事ってどういうことさ?」

憧「誰も亡くなることもせず、怪我すらもせずに……ちゃんと私たちは阿知賀に帰ってこれたのかな?」

穏乃「本当に何言ってるんだよ…。誰も亡くなっちゃいないし怪我も…」

憧「無事に…帰れたのかな?」

穏乃「…! …憧、…なんで」


私は涙を流していた。
もう気付いてしまっている自分の心に嘘はつけない。
目の前にいるシズは偽者なんだ……。

あの日、あの時、私よりも小柄なくせに炎の海を私を担いで彷徨い歩いていた親友の姿がちらつく。
あれこそが本当のシズなんだ。私のことを思ってくれて、助けようと必死になってくれた。
その親友の姿を心で捉えているのに、それを無視して偽の世界に逃げ込もう……。


そんなこと、出来るわけないじゃない…。


憧「シズが死んでから、辛いことが沢山あった」

憧「行きたくもない葬儀へ行った、喋らないシズを…火傷で酷い傷を負ったシズを見てきた」

憧「私はそれが信じられなくて、埋められてからも墓前にシズに会いに行った」

憧「でも…目の前の現実を信じなかったら、きっと私を助けてくれたシズを信じないことに繋がるんだ」

憧「この命は…生きている私は……偽者なんだって思っちゃう」

憧「だからシズの影を振り払って、私はシズの居ないこれからの人生を歩んでいったんだ」


そして私は数々の出会いを経て小鍛治の前に立ち…そして今ここにいる。
あと少しで…会えるんだ。


穏乃「…じゃあさ、なんで憧は今…小鍛治と闘っているの?」

憧「…あなたがそれを言っちゃう? そしたらこの世界は偽の世界だって言っているようなもんじゃない」


今この世界に小鍛治なんていない。いや、阿知賀を離れればどこかにいるかもしれないけれども。
穏乃の言っていることはそうじゃない。
本当の世界で…私と小鍛治が戦っていることを知っているからだ。


穏乃「…そうだよ、この世界は偽者だよ。憧の…願いから生まれた、ね」

穏乃「憧は今小鍛治と闘っている。それは……本当の私を救い出すため、だよね」

憧「そうだよ。神の力によって私は過去の世界へと飛び、穏乃が死んだ世界を書き換えてやるんだ」

穏乃「それは…この世界をどう違うの?」

憧「………」


……少しだけ、気付いていたことだった。

この世界は穏乃が言った通り、私が願った世界。本当の世界じゃない。
そして私は本当の世界で小鍛治を倒し、神の力によって本当の世界を捻じ曲げる。
新たに生まれ変わったその世界が本当の世界になる、そういう話だったわけだが。


穏乃「憧のやろうとしていること自体、本当の私が死んだことをなかったことにして、偽の世界へと逃げること、じゃないの?」


つまりはそういうこと。
穏乃が生き返るから、と都合のいい話だがそれは自分が逃げるためのものでもあったんだ。
偽の世界へと飛び立つ。
死んだことをなかったことに。自分の…自己中心的な考えのもとに成り立つ世界なんだ。


穏乃「だったら、憧が向かうその世界へ…辿り着いた時…憧はどうするの?」

自分の言った言葉の通りなら、その世界へ向かったって私がすることは一つ。
偽の世界だと分かっているからこそ穏乃が生きているのはおかしい。穏乃が死んだ世界こそ本物なのだから。


憧「……私はね…それでも向かわなくちゃいけないんだ」

憧「…いい? 教えてあげる。……私はねシズが生きている世界へ行きたいんじゃないの」

穏乃「え…? だ、だって…そのために憧は頑張ってきたんじゃ…」

憧「もう! 人の話は最後まで聞く! …ここだけは似てるんだからホントに……」

穏乃「ご、ごめん……」

憧「ふふ。……そうだなぁ…教えてあげるって言ったけど…やっぱ自分で考えてみてよ」

穏乃「え?」

憧「…シズが生きている世界へ向かうことで…何が起きるでしょう? …それが私の……目的なんだ」


――ズン!!


穏乃「あっ!!」

憧「――ッ!!」


私が目の前のシズにそう告げた時、とても大きな衝撃が私たちを襲った。
というよりこの世界に大きな衝撃が走り、私たちはそれに揺さぶられたようなものだった。

御神木の上に立っていた私たちは危うく落ちそうになったがすぐに揺れは収まった。


穏乃「…お別れ、みたいだね」

憧「…やっぱり、今の衝撃は…この世界が壊れるのね」

穏乃「うん。…憧が、目覚めたからだよ。こことは違う本当の世界の憧が…」

憧「……見てて欲しい。例え、あなたが本当のシズじゃなくても……」

憧「…私がやり遂げようとしていることを見守ってて欲しい」


――ズン!!


そう言うとまた大きな衝撃がこの世界全体に響いた。
かなりの衝撃なのに私たち以外の木々は揺れてなくて……枝に止まっている小鳥たちも羽ばたく気配はない。

シズも…衝撃に気付いているだけで私のように揺さぶられていない。
本当に目の前のシズは偽者なんだ。


穏乃「いいけどさ……その、さ」

憧「…ん? 何よ、時間がなさそうなんだから手短にね」

穏乃「……憧は…気付いているの? …本当のことに」

憧「……私の言ったことが…まだ分からないの?」

憧「私は…本当の世界へ帰るのよ」


穏乃「…そ、っか…。……分かった、じゃあ見守ってる」


――ズン!!


そして、世界に亀裂が入った。

この世界はその亀裂からまるでガラスが剥がれ落ちるようにパラパラとめくりおちる。
その向こうには――。

憧「……満月、か」

憧「…私は向かうよ、あの日に見た月へと。シズが生きている世界にね」


穏乃「憧、……またね」

憧「…うん。必ず迎えに行くからね」



――――――

――――――

―――…。


健夜(……くそぅ…この二人が…全力で邪魔を……!!)

健夜(…狙いを変えないとマズい……宮永選手を先に潰せる……の?)

健夜(無理だ!! 赤土さんの戦いを楽しむためだけに宮永さんの力の解放を手伝ってあげてしまった)

健夜(赤土さんがいる状況で宮永選手の心を潰し行くのは無謀…!)

健夜(だからといって新子選手にターゲットを絞っても……)

健夜(……! だったら…赤土さん…? いや、この中で一番有り得ない選択肢だ。彼女は私の力を十年前から知っている……)

健夜(……私の目的は…赤土さんと闘い、勝つこと!!)


健夜はこれが日本でする最後の戦い。
これが晴絵との最後の戦いになるはずだ。
だからこそここに全てを持ってきた。
憧の心を壊し、晴絵の力を目覚めさせる。そしてそのうえで晴絵の心を潰す。

憧の心は潰し、晴絵の力を目覚めさせた。…ここまでは順調だったんだ!

なのに憧がもう一度目覚めようとしている。
何故なのか…。何故この子は……強いのか。

まさに十一年前の晴絵を見ているようだった。


健夜(…第二のレジェンド新子憧…か)


考えている間も麻雀は進行している。
聴牌へ向けて健夜の手の形は進んでいっていた、がここに来て手が止まり長考する。

健夜「―――ッ」タン


晴絵(…? 小鍛治…?)


健夜は長考の後、手出しだった。
それに晴絵が少し反応する。


晴絵(……今の一手は…どういうことだ?)

晴絵(多分下の三色、運が良ければ一通なんかを目指していたように感じるんだが……)

晴絵(…なのに今の一手、……降りた?)

晴絵(…いや、まさか……そもそも私は聴牌にはほど遠い、宮永もまだ聴牌じゃないはず)タン


しかし次の健夜の打牌で晴絵の疑問は加速する。


健夜(…くっ!)タン


晴絵(…?! また手出しの…対子落とし!?)

晴絵(こいつ何がしたいんだ。聴牌から離れていっていないか?!)

晴絵(和了ることを諦めている…? ……まさか、ノーテン流局?!)

晴絵(……親がその気になったら…止められない…。この卓を終わらせるつもりか?!)

晴絵(逃げるつもりなら…追ってやるよ!! 跳満じゃないさ……倍満以上、食らわせてやろうか!!!)



咲(……対子落とし? なんでここで?)

咲(去年、対子落としとか…そんなことはしてなかったよね)

咲(……うーん。ま、いいや。私に分かることは小鍛治プロは憧ちゃんを狙うことはしなくなった)

咲(直感だけど多分そう。降りているのかどうかまだ分からないけど……少なくとも憧ちゃんはもう狙われなくなっているはず)

咲(胡蝶の夢のロックオンから外れているというのかな…)

咲(…それよりも、私も多分外されている……)

咲(だったら和了りたい……)

咲(さっき潰された役満は本当に偶然の手だった……。でも…、跳満…運が良くて倍満なら…今なら作り出せるはず!!)

咲(……そういえば、まだ一度も開花させてないんだ、私の花)

咲(……鬱憤を晴らすためにも、ここで! 和了る!!)

健夜はそう、晴絵の予想通りすでに降りていた。
今の健夜の手牌には当たり牌で埋め尽くされている。

間違いなく高い手だと確信しているからこそ、降りざるを得なかった。



―――――



咏「………」

恒子「これは…小鍛治プロついに振り込んでしまうのかー?!」

咏「……すこやんはすでに気付いている、だからこそ降りてるんだ。…でも、赤土さん……もしかして気付いてない?」

恒子「うん? 三尋木プロもっと声出してくださいよー! ぶつぶつ言ってたら何も聞こえな…あー!! もう最後のツモ牌引いちゃいましたよ。…これでこの局終わっちゃいますか」

恒子「中々手に汗握る局だったのに……」

咏「……まだだよ」


―――――


健夜(――ッ! これで、振り込まずに……最後の打牌!! 安牌だから通る!)タン

健夜(……後は……祈るだけ)

晴絵(…くっ! 早い巡目で聴牌できてたのに振り込まなかった。…ツモも来ないって多分小鍛治に全て握り潰されてた……)

晴絵(……折角、降りてたのに…)タン

晴絵(………あれ? そういえば結局なんで小鍛治は降りてたんだ? まだ私らは聴牌してなかったし高目だってわかるはずもなかった)

晴絵(流石に先のツモ牌まで読めるわけないし……)


またも疑問が晴絵の中で流れる。
健夜は確かに降りていた。
でも、早い時期に降りていたことを考えるとどうもおかしい。
咲もまた跳満確定だが、それは終盤に来てからのこと。

そして憧だって目覚めかけているだけで…まだ目覚めては……。


晴絵(……あん?)


そして……憧の状態を改めて見て、気付いた。


安牌を切り続け、虚ろな目をして、考えるのをやめていた憧。
憧が山に手を伸ばし、手牌から捨て牌を選択する。そういった行動一つ一つに勢いが感じられなかった。
すでに諦めていたかのようなその行動はいつか見たことがあるもので。

途中から目を逸らしていた。


憧「―――」

晴絵(……ま、まさか)


だからこそ気付かなかった。


憧「―――……」

晴絵(…ははっ)


途中から、憧はフリをしていたんだ。

憧「―――ふぅ…」


晴絵(憧…!)


一度背もたれに身を預ける憧。
前髪で隠れていた目が見えるようになった。

その目は誰よりも強く、そして綺麗な輝きで満ちていた。


憧「………騙そうって思ってたけど、すぐに気付かれちゃった」

憧「聴牌直後に降りててさ、中々隙見せないんだね」

健夜「…早く」

憧「流石世界ランキング元二位だけあるわね。すぐには気を許しちゃくれないんだもの」

健夜「…早く引きなさいよ……!」

憧「……分かったわよ。でもね、これだけは言わせて」


そして憧は山に手を伸ばす。
一瞬憧の手が光ったような気がしたように晴絵を目に映る。


晴絵(あれは……!)



憧「強くなるには、憎悪や復讐心なんていらない。愛や絆で十分。それで、頑張れるのが…私たちなんだから!!」チャ



憧「――海底ツモ!! 4000・8000の三本場は4300・8300!!」

恒子「な、なんと…海底倍満ツモ炸裂ーー!! そして小鍛治プロは親被りで8000点も失点してしまいました!!」

恒子「ついに止まっていた試合が動き始めたように思えます」


健夜:34000
憧:27900
晴絵:20700
咲:17400


恒子「新子選手が一気に二位に躍り出ました!! あの局の中で見事和了りました! 三人の和了り牌のほとんどが小鍛治プロの手の中で眠っていました!」

恒子「しかし小鍛治プロの手に入りきらなかった牌を見事に拾いあげました!!」

咏「くっ、ふふふ…」

恒子「み、三尋木プロ?」

咏「まさか…まさかだよねぃ……。すこやんに一矢報いるのは赤土さんかと思ってた」

咏「それなのにあの子は目覚めた。何があったのかはそりゃあの子自身しか分からないさ。でも目覚めて、そして自分の手ですこやんに傷を負わせている」

咏「あの子の目を見てみろよ……、赤土さんと同じ目をしてる。…輝きに満ちていて、隙あらば一位をもぎ取ろうっていう目をしてる」

咏「そうさ試合は動き出した……!!」


咏「あの小鍛治健夜が……国内初敗北を味わうことになるかもしれない決定的な試合だねぃ!!」


恒子「――ッ!? ま、まさか……それほどまでに今のツモは……?」

咏「まぁ、知らんけど。…っていう言葉は今日は使わないでおこうか」

咏「私は確信している。この試合で、すこやんの何かが変わる。それは初敗北か、それとも――」

恒子「そ、それとも――?」

咏「…まぁ、今はこの実況に全力を捧げようじゃないか、こーこちゃん!」

恒子「は、はいっ!」

恒子(…でも、三尋木プロ、気付いていますかね。……今、とても笑顔でいるつもりでしょうけど……今にも泣きそうな顔してる…)


咏(……くそぅ…、やっぱりすこやんは私じゃダメだったんだ)

咏(新子選手は胡蝶の夢・第三幕を喰らった。そして一度はきっと意識は途切れてたはずだ)

咏(…それでも、戻ってきた。あの戦いの場に…)

咏(――っ。 ああいう強い子が、すこやんの隣に立てるんだ…)

咏(……弱い自分じゃ……やっぱりすこやんの隣にいれないんだ…)

咏(悔しいなぁ……。くそぅ……)

咏(…でも)

咏(…もしすこやんが負けたら、私は笑ってやろう。…あの時に言ったすこやんの、支えになってくれてありがとう、って言葉)

咏(あれだけは本心だったと信じたいから…。だから、私は笑って、すこやんの隣にいてあげよう)

咏(――よしっ!)


咏「さぁこれから南入――!! まだ分からない勝負の行く末を、私たちが追っていこう!!」


恒子「えぇ?! わ、私の台詞がー!」

南一局 親:晴絵

東家:晴絵:20700
南家:憧:27900
西家:咲:17400
北家:健夜:34000



晴絵(……さっき見た憧の手……どこかで見たことあるような気がする……)


南入してまた親に戻った晴絵は記憶を探っていた。
最後の海底ツモ時に憧の手がわずかに光ったようだった。

いやそもそも人の手は光らないから、私が憧に何かを感じ取り、それが光ったように見えたわけだけど…。

どうもそれがさきほどから頭の中でひっかかる。
最近のことから思い出してみても中々その記憶が見つからない。


晴絵(…憧の手が光った時、憧は何をしていた…? 海底ツモ…)

晴絵(…天江衣が一番に思いつくが……あれは天江衣のイメージじゃなかった)

晴絵(天江衣の力はもっと黒い。……逆にさっきの憧は…どこか綺麗なように見えたのだが……)


と、考えている間にとっくに配牌が終わってしまった。


晴絵(――いけないいけない。私は今どこにいるんだ。大切な場所だろう……)

晴絵(…とりあえず光る手については後回しだ。小鍛治を倒すために……あの手この手を考えないと……!)

晴絵(そして……小鍛治に勝つ! 憧は自分の力で立ち上がった。あとは……過去のみんなとの約束を果たすために小鍛治に勝つだけだ!!)


そして、静かに始まった南一局。
残るはこの局含め、最速でわずか四局分。

咲も晴絵も……小鍛治に勝つために色んな策を考えた。
計画的に、小さい和了を繰り返して。それとも絶えず跳満・倍満以上を狙っていくスタイルでツモ和了りを目指すか。

けれど東場でもう分かってしまっている。
小鍛治の本当の力に。

だからこそ……中途半端な作戦じゃないけなかった。


咲(……どうすればいい? どうすれば…勝てるの?)

咲(ずっと…ずっと前から卓の支配をやろうとしている…。なのに、なのにさせてもらえない!)

咲(小鍛治プロは赤土さんと闘いながら、憧ちゃんに気を使いながら、それでも…私の卓の支配も邪魔している……)

咲(憧ちゃんが目覚めたって……、小鍛治プロの目はまだ生きている!)

咲(……私は、なんのためにここに来てるの? 勝つためなのに…)

咲(勝ってお姉ちゃんの心を取り返すためなのに…)

咲(……あ、諦めちゃ…ダメなんだ。…まだ諦める時じゃないんだ。それでも…考えないと!!)

そして何巡か過ぎた南一局。
静かな立ち上がりを見せ、今もなお全員が息を殺した状態で誰かがアクションを起こすのを待っている。

聴牌している人、聴牌していない人。
誰もがしかし動けずにいた。

それは恐怖。何の成果もあげられずにこの卓を終わってしまうかもしれないという不安から手を進めれずにいる。
または喜び。この卓で勝利するという思いを成し遂げられるかもしれないという自身の高揚から、故に慎重になってしまっている。


だが、これらよりももっと深いところで戦いを続けている二人がいた。


恐怖や喜びなんかよりも深い場所。
そんな心の外側に出ている感情よりも内側のこと。


愛と絆、憎悪と復讐の戦いだった。


――――――

―――…。


かつての親友を取り戻したい。仲間に助けてもらいながらここに来た。
辛いことがあっても側にいてくれる人たちがいた。
その人たちがいたおかげで笑顔になれたし、また学校に通えるようになった。

ただ側にはあの親友がいない。心にぽっかり穴が空いたよう。
その穴は閉じることができないけれど、これ以上広がることもない。
だったらその穴に近づかなければいい、見なければいい。
そうするとほら、親友のことなんか記憶の片隅において、今の世界を生きていける。


でも違う!!
それはあの親友との思い出全てから逃げている!!だから私はもう一度歩み始めた!!
あの子と幼少の頃から育んだ愛情が、あの子との間に作った絆が、私の歩みを助けてくれる…!
真実に向かわせてくれている! 扉は…開かなくちゃいけない!

この世界は……間違いで溢れている…!


―――――。


私の中に麻雀というものが出来てからどれくらい経つのだろうか。
少なくとももう十年以上経っている。高校の時にインターハイ優勝してからずっとだから。
なんのために私は麻雀をしているのだろうか。問いかけると、色んなところからすぐに答えは返ってくる。

友人には、勝ちたいから、楽しいからじゃないの? って言われる。
同じ職業仲間からは、麻雀が全てになってるんじゃない? もしくはお金か、なんてちょっと下品な言葉がついてきたりする。
それでも自分が探している答えが見つかることはなかった。
いや、答えがあることは知っている。でも……それはもう壊しちゃったから、十年前に。
私が麻雀を続けている理由は赤土さんだった。
赤土さんが目の前にいる、この世界こそ真実。そう思わなければいけない。


何故なら私は世界の秘密を知っている。
もう一つの…高鴨穏乃が死ななかった世界では、赤土晴絵は私の前に現れない。
高鴨穏乃が死に、色々なものが無くなった赤土晴絵じゃないと私の前に現れてくれない……。だから私は…この世界が憎い。
私がどう足掻いたって!! 麻雀を楽しめることがないんだから!!

憧「…シズが死なない世界だと…晴絵はあなたの前に現れないの?」

健夜「そうよ、だから高鴨選手は……。でも、高鴨選手がいないおかげで、赤土さんは私の前に立ってくれた」

健夜「悲しいよ。高鴨選手が亡くなって、赤土さんの心は壊れ、新子選手も…ショックを受けたんでしょう?」

健夜「そんな人たちが目の前に来て、世界がこういうの。『よかったですね、これで赤土晴絵と闘えますよ。夢が叶いましたね』って」

健夜「…そんなの…って……。私が赤土さんと闘いたいのは、麻雀を楽しみたいから……!」

健夜「なのに楽しませてくれない!! 赤土さんは壊れたまま!! 私はもう、赤土さんと闘うことはないの……」

憧「……ちょっと待って、言わせてもらうけど…晴絵の実力は今戦っているので全力のはずよ。過去の晴絵も知っている。闘ったことはないけど、お姉ちゃんが教えてくれたよ」

健夜「………そうなのよ。赤土さんは今が全力なのよ。闘ってわかった、きっと過去よりも強い」

憧「そしたら全力以上の晴絵と戦って、あなたは満足なんじゃないの?」

健夜「……そうよ。…実際私は…満足しているのよ」

憧「……ってことは矛盾よね。あなたはシズが死んだ世界、生きている世界どちらにも満足しなかった。何故なら万全の状態の晴絵が来ないはずだから」

憧「なのに今、シズが死んだ世界で万全の状態の晴絵がここにいるからこそ、あなたは満足している」



憧「あなたの知っている『シズの死んだ世界』と、今の『シズの死んだ世界』はまた別の世界なんだ」


そう考えるしかない。
目の前の小鍛治健夜は何故だか色んな世界を経験している。
それはどういうことなのか。

そして、そんな小鍛治も確かに気になるが…。
小鍛治の知っている世界と私が感じている世界についての違いもまた…出てきた。


別の…世界……。

それはもしかして…。
私も知っているものじゃないの?


何故?
いや、考えるよりも問いただすほうが先だ。


憧「……小鍛治プロ、あなた…数年前に小蒔に会いに行きましたよね?」

健夜「う、うん。……まだ幼かったあの子の心に傷を負わせちゃったみたいで…」


傷を負わせた…。小蒔は何かトラウマでも持ってたっけ…。
あぁいや…、そういえば小蒔は人の心を壊すような力を持つ人と戦うことになるって、確か照や洋榎らと松実舘で修行してた時に話が出てた。
……でも…、小蒔、普通に麻雀打ってたわよね。


憧「……まぁいいや、その時の理由。私は小蒔自身から聞いたんですけど、神の力を見に行ったことで違いないですか?」

健夜「うん。正確には神の力を壊しに行ったんだ」


闘うってことは小鍛治プロにとってそうだから当然、なのかな。


憧「壊しに行った理由は、強くなりたいから? ですか?」

健夜「……うーん、まぁ…強くなれるって言われたからだけど」

憧「言われた? 誰に?」

健夜「…えっと、……神様に」

憧「………え?」

健夜「新子選手も知ってるでしょ? 吉野の…神様」


小鍛治プロの言葉はいとも簡単に私の心を過ぎていった。
あまりにも静かに通り過ぎるもんだから、一瞬理解が遅れた。

憧「ええええええ?! 小鍛治プロ…吉野の神様に会ってた……?!」


ちょ、ちょっと待って……。
私の考えとはまた別の事実が浮かび上がってきた。

この世界っていうのは……。


健夜「私は…世界の秘密を知っているの」

健夜「この世界は…私の……」


健夜「理想郷なの……」


吉野の神との契約で、自身が願った世界に変えることが出来る。
過去改変という名で、私が成し遂げようとしているものだ。



なるほど、よく分かった。
このEXマッチのステージで初めて小鍛治プロに会った時、こう言った。


『私が居る限り、扉は開かせない』


何故知っているのか今まで分からなかった。
…でも、小鍛治プロの口からついに聞くことが出来た。

小鍛治プロは過去改変で自身の望む世界へと変えたんだ。
だから、壊させない、壊させたくない…と。


……でも私は、変えなくちゃいけない。
間違いを…正すために。


憧「…よく、分かったわ」

健夜「…私も…。でも、最後に確認だけ取りましょうか」

憧「……そうしましょうか」


小鍛治プロがこの世界を作り上げ、そしてこの世界に居たいと願い続ける。全力の晴絵がいるからこそ。
そして私はこの世界を壊すつもりでいる。私が気付いた世界の事実、そして矛盾を正すために。


そして、私たちは向き合う。

私たちの心はもうとっくに決まっている。
それを改めてここで言葉にするだけだ。


健夜「私はこの世界を壊させない!!」

憧「絶対あんたをぶっ倒してやるんだから!!」

健夜「ええ?! そ、そこは『この世界を壊すんだから!!』、じゃ……」


憧「どっちでも同じ意味でしょ、それに……あんたの胡蝶の夢…それなりに堪えたんだから、ね」

健夜「……望むところ」

晴絵(……くそっ!! 聴牌まで持っていけない…!!)

咲(やっぱり…卓の支配を……止められている!)


他の二人が別の場所で思いをぶつけ合っているとは知らず、目の前の卓に苦戦していた。


健夜(………、もう私の相手は赤土さんじゃない)

健夜(……目の前のこの子! ただ一人!!)


健夜は視線を憧へと向ける。
憧はその視線に気付き、睨み返す。


憧(……絶対に倒してやるからね、覚悟しなさいよ…!)


晴絵(…! …そうか、聴牌出来ないのは……)


晴絵は南一局の終盤まで粘っていた。小鍛治は自分から気を逸らしている。
だから今こそチャンス。勝つためにはここで踏ん張らないといけない。

…しかし、聴牌出来ずにいた。
いつもならばここぞという時に引いてきた牌なのに…和了れる気配どころか有効牌を引く気配すらない。


晴絵(……薄々感づいてた)


そして最後のツモ牌を引くも、それもまた有効牌ではなかった。


晴絵(…何故今引けないのか、…それはもう…私はこの卓に必要とされていないからだ。……私の役目は終わったんだ)


この卓で打ち続けている本人だからこそ確信することがある。
そういった感性を持ち続けていたからこそ、今までずっと打っていた。
今が攻め時、逃げ時、守り時。心に直接そう言った声が聞こえる時がある。その声に従って動いた時は大抵有利な方向へ転がっていった。


そして今も心が言っている。
『今は憧に全て任せ、見守る時だ』と。
これから何が起こるか分からない、もう一度小鍛治の夢で憧の心が潰されてしまうかもしれない。

それでも、私に出来ることはもう何も無いんだ。
憧の目は小鍛治を捉えて…、小鍛治の目は憧を捉えている。


晴絵(……なんでかな…涙が出てくるよ。憧がここまで来れたのは…シズのためだって、なんとなく分かるけどさ…)

晴絵(私の代わりに…いや、私のために…小鍛治と闘ってくれているような気もするんだ……)

晴絵(色んなことがあった…望の妹が麻雀クラブの扉を叩いた。その時の憧はとっても小さかった……)

晴絵(ルールを把握していなかったくらい…そんな小さな頃から知っている憧が……、こんなにも立派に…成長してくれている……)

晴絵(やっぱり私は……阿知賀にいて良かった……! この子たちに…麻雀を教えれてたんだ……!)


やはり感極まった自身の感情を抑えることは出来ず、目の端から暖かい涙が零れ落ちた。


晴絵(……行け、憧!! 私が…隣で見守っててやる!)


――小鍛治を…倒せっ!!

――小鍛治を…倒せっ!!


憧「――っ!」


どこからか…声が聞こえた気がした。
よく知っている声だった。小さい頃から…ずっと聞いてきた声。

私はこの人に憧れていた。こんなにも強く、立派な麻雀があるのか、と。子どもながらに関心した。
当時、その関心を言葉に表せれなかったけれども、今の私は色んな方法で彼女に伝えることが出来る。


例えば…そう、伝わった通り、小鍛治を倒したりすることで!!


憧(……任せてよ…、必ず、小鍛治を倒す!!)


そして最後のツモ。
再び憧は心の中に月を描く。

雲に遮られた満月に向かって跳んで、手を伸ばし、うんと近づく。


シズを必ず…迎えに行くんだ!!!


そして手を伸ばした先にある牌を掴み――。


憧「――海底ツモ!! 2000・4000!!」

恒子「決まったぁーー!! 再び新子選手の海底ツモ!! 小鍛治プロも聴牌でしたが、最後の最後まで和了ることは出来ませんでした!!」

恒子「そしてそしてなんとなんとーー!!?」


北家:晴絵:16700
東家:憧:35900
南家:咲:15400
西家:健夜:32000


恒子「EXマッチ初!! 小鍛治プロが一位から引き摺り下ろされましたー!! 一位に上がったのはプロではなく、高校生の新子選手ー!!」

恒子「二連続の海底ツモ、倍満と満貫ツモの高火力で一気に一位!!」

恒子「…どこかで聞いたことありますね…。海底ツモの高火力……どこかにいたような…」

咏「…二年前の長野代表、龍門渕大将の天江衣……」

恒子「あ! そうですそうです! 神代選手や、今年出場した荒川選手と同い年の選手ですよね!」

恒子「彼女と新子選手…何か繋がりでもあるのでしょうか……」

咏「………あれは…本当に天江衣の……? …いや、違う、どこかで見たような……」

――――――

―――…。


咲(…私、また何も出来なかった…)

咲(…卓の支配は……出来ずに…いや、違う。出来なかった! 私は……お姉ちゃんのために…この人に勝たなくちゃいけない!)


だからここまで来た。
這い上がってきた、小鍛治が奪っていったものを取り返すために…!


咲(…勝てない!! って分かってても、立ち向かうしかなかった)


でも、もう咲は気付いていた。
小鍛治に勝つことはできないと。心の中ですら、小鍛治に勝つイメージが出来ないのにどうすれば勝てるのだろうか。
中途半端な意思を持ったまま、小鍛治に勝つことなんて出来るのだろうか?

例え姉のためであろうと、そういった意思を持っていようと、…それが勝利に繋がるのか?
思いがあるだけで勝てるのか?

勝てるわけがない、でも諦められるわけがない。


しかし重い現実。
自分以上の実力者が集うこの卓で残り三局。トップとの差は14600.
満貫一つでひっくり変える点数…だが。
和了らせてくれる隙をみせてくれるはずがない。他者のツモ牌すらずらしてくる小鍛治のせいでツモ和了りも出来ない…。


咲(――っ)


そんな絶望的な状況の中だから……、私は顔を伏せようとした。


憧「…諦める前に……見守っててよ…」

隣に座る、彼女が声をかけてくれた。
視線を向けると、目が合った。


咲「……ぁ」


彼女は…私が小鍛治プロの前に送り出した人物、小鍛治プロの胡蝶の夢をくらったのは…私のせい。
小鍛治の力量を測るために私が、小鍛治プロの目の前に引っ張ってしまった人物なんだ。
後ろ暗い気持ちでいっぱいで目を逸らさずにはいられなかった。


憧「……ちょっと、こっち向きなさいよ!」

咲「ひぅ?!」


憧は咲の両頬を手を掴み強引に目を合わせた。


憧「誰も小鍛治を倒すために協力しろだなんて言ってないでしょ。……ただ、見守ってて欲しいのよ…」

咲「…な、なんで……?」

憧「なんで…? そりゃ……私の手から…感じない?」


そんなこと言われたって何も感じないような…、咲はそう言おうとしたが落ち着いてみるとよく分かった。


咲「憧ちゃん……手、震えて……」

憧「……元とはいえ世界ランキング二位が相手よ。対して私はただの高校生…、一手一手の重圧がひどくのしかかるのよ」

憧「すぐに心が押しつぶされそうになる。逃げ出したくなる、目を背けたくなる、……手が…動かなくなるのよ…」

咲「……!」


憧の声は弱々しく、すでにいっぱいいっぱいなのだと分かる。
自分とは全く違い、とても強い力を持っている、のに…。
そんな人が……こんなにも手を震わせている。

やっぱり…私なんかとは違うんだ……。
こんなに苦しそうなのに、それでも前に進もうとしていて、…そして進めているんだから。


憧「ほらっ! またそうやって顔を伏せようとする!!」

咲「はぅっ!?」

憧「震えが止まるように…祈っててよ、見守っててよ……」

憧「必ず……あんたの分まで勝ってあげるから……!」

咲「………」


咲(………憧ちゃんに……全てを………)


そして咲の中で葛藤が始まる。


勝てない勝負。姉の心。諦めてしまう理由。小鍛治の存在。自身の力。支配出来ない場。


咲(……うあぁぁ……)


他人に任せる大切な試合。埋まらない力の差。大切な姉。


咲(…ああぁぁぁああ!!)


姉。試合。勝てない。心。力。

圧倒的な…力の差、埋まらない…越えられない…壁。

咲「………私は…」

咲「……お姉ちゃんのために……」

咲「……小鍛治プロに、勝ちたい…」

咲「……私、一人で……挑みたい……」


咲の口から零れ落ちる、微かな声を憧は聞き取った。
憧はそれに頷く。


憧「…分かった、じゃあ…お互い悔いのないように……」

咲「――ッ!!」

憧「――え?」


直後、憧は咲に抱き締められていた。
いつの間にか咲は立ち上がっていて、そして力強く…抱き締めていた。


咲「……いつか誰かが言ってたの…。こうすると不安なことは全部消えるよって」

咲「…だから、憧ちゃんの震えも……きっと止まるよ」

憧「…さ、咲……あなた…」


憧は咲から震えを感じた。それは……きっと咲自身の震え。
咲の声もすでに…震えていた。


咲「……私は…勝てない」


咲はポツリと呟き、そして……。


咲「私じゃ小鍛治プロに勝てない!! 力の差をこれでもかっていうほど見せつけられた!!」

咲「私じゃ無理なんだ!! 私じゃダメなんだ!! 小鍛治プロを倒すことは出来ないんだ!!」

咲「……お姉ちゃんの心を…取り戻すことは出来ないんだ……!!」

憧「……咲…」


力強く抱き締められていて、咲の顔は憧から見えない位置にあるけれど…体が震えて…声も震えている。
もう咲は限界だったんだ。


憧「……あのね、咲がそんなに震えてたら、私にその震えが移っちゃうでしょ……」

咲「……ごめん、なさい…」


咲の背中を少しだけ撫でる。
思わず溜め息を吐いちゃうところだったけど、ここはぐっと我慢。

全く、どうしてこの子が私より震えちゃってるのかな……。

憧(ねぇ、小鍛治プロ…)


小鍛治プロに顔を向けるとすぐに視線を逸らした。

健夜(……ざ、罪悪感が……)

晴絵「罪悪感がーとか考えてるんなら今すぐ棄権すれば?」

健夜「お、思ってないよ! …そんなこと」

晴絵「まぁされても困るけど……とりあえず宮永が落ち着くまでほんの少し休憩だな」

健夜「…うん」

晴絵「……まだ何か考え事か?」

健夜「……赤土さんに言っても分からないと思うけど……宮永選手の姉って…」

晴絵「…ん?」

健夜「……さっきから心を取り戻すって何の話かな…」

晴絵「…は? そりゃ、お前が胡蝶の夢でバッキバキにやったんだろ」

健夜「バッキバキって表現やだなぁ…。……使ったっけ?」

晴絵「知らないけど」

健夜「咏ちゃんがいたから使ってないはずなんだけどなぁ……」

晴絵「じゃあ無意識か、もしくは痴呆症のどっちかだな」

健夜「…無意識で」

晴絵「やっぱ使ってるんじゃないか」


――――――

―――…。


憧「……落ち着いた?」

咲「……うん」


数分間咲を落ち着かせて、二人は再び卓へと座った。
咲の目は腫れていて、女子高生がそんな顔でテレビに出ていいのか、と思い声をかけたが咲は特に気にしないようだった。


晴絵「……宮永、こんな時に言うのもあれなんだが……」

咲「分かってます。……私は…もうこの場での役目を終えたんです。……憧ちゃんを、小鍛治プロから守りつつ目覚めさせた」

咲「…憧ちゃんは、私の希望だったからこそ、私は守り抜いたんです。きっと自分一人で小鍛治プロに勝てるのなら憧ちゃんを見捨てていたはずです」

咲「……私は、憧ちゃんに全てを任せるつもりです」

晴絵「……そっか、私も同じだ。憧に全てを任せる。痴呆症の老人をぶったおしてやれ」

健夜「だから無意識だってば!」

憧「……何の話?」

健夜「何でもないよ! ……ふぅ、憧ちゃん。…勝負しましょうか……」

健夜「……あと…三局よ」

憧「…一対一ね。……もちろん、受けてたつわよ」


四人全員で決めた一対一。
最後の三局が始まった。

南二局 親:憧 ドラ:2

北家:晴絵:16700
東家:憧:35900
南家:咲:15400
西家:健夜:32000



憧手牌:二二赤五⑦⑦46789西北北北


憧(……さて、と。……どうしよう、かな……)

憧(浮いているのは五と西。……でも赤五は捨てたくない。…けど西も捨てたくない)

憧(そもそも今は和了りを目指す時? 逃げ切る時? ……どっちとも判断がつきづらい配牌ね)

憧(……点差は3900。ツモ和了りでも余裕で逆転されるから、…和了りは目指したい)

憧(西は捨てるべき、なんでしょうけど……。小鍛治プロの風牌だ)

憧(それに私の手にドラがない。……西を鳴かれ、ドラ3をつけられると……? 7700。逆転しづらい点差まで開かれる)

憧(そしたら……アタマをどちらか捨てよう。自分は赤五を持っているから、赤ドラがつけられない二を…)タンッ

打:二


咲「………」タンッ

打:9


健夜「………」

健夜「………」タンッ

打:西


憧(! 西……。よし、とりあえず役牌ドラ3はない)


晴絵「………」タンッ

晴絵(……胡蝶の夢・刷込もあるが……これは間違いなく西だな)

打:⑨


憧手牌:二赤五⑦⑦46789西北北北 ツモ:西


憧(あらら……アタマは⑦にしよう。西は安牌としてとりあえず持っていよう)

憧(……だから)タンッ

打:二



健夜「――ロン」


憧(……安牌を、切るべきだったの……!?)

理不尽なまでの健夜の場の支配。
わずか二巡目での和了。


健夜手配:二六六⑦⑦112288白白 出和了り:二


チートイドラドラ、6400。


憧(…読めるわけ、ないじゃない)

憧(それにしても、………出和了り、か)

憧(……来るよね、やっぱり)


――オォォォォォォ!!


憧の耳には腹立たしい深いな音が聞こえてくる。
視界でも、それを捉えた。

そして、当たり前のように憧の心をつついてくる。


憧(胡蝶の夢、か……)


何度も何度も突き刺さる。
すでに心が限界を迎えていた憧にとって、耐えられそうにはなかった。


憧(ぐっ……)


心に直接突き刺さるそれは、同時に喉元を絞めるように息をさせてくれなかった。
酸素を求めて口を開こうとすると、そこからも胡蝶の夢の影響が出て来そうで。ぐっと耐えていた。

そう、耐えれていた。
何故だろうか、耐えれそうになかったはずなのに。
……ふと、目を開けてみると。誰もいない、はずなのに…。


憧(……なんでかな。……咲や、晴絵が…守ってくれてるような気がするな…)


見守ってて、そう言っただけのはずなのに…。
胡蝶の夢から、守ってくれているような気もした。

それでも、何度も何度も黒い蝶が憧の周りを羽ばたいている。
咲や、晴絵だけじゃ、止められない量のものだ


それらが一斉に、束になって降り注いでくる。
まるで吉野の千本桜のようなあの量の桜が、全て胡蝶の夢に変わり、覆いかぶさってくるようだった。


今度こそ耐えられない……、そう思った時だった。


憧(……玄…? 灼さんに、初瀬まで……!)

憧(……照や、洋榎、セーラ……)


その人たちはそう、憧が……ここに辿り着くまでに導いてくれた人たちだった。


「言ったじゃないですか。憧ちゃんは。……ようやくスタートラインに立てたんだ、って笑顔になって」

「見ててくれると、嬉しいな。って。 私は、憧ちゃんの笑顔のためなら頑張りますよ」


後ろから、声が聞こえた。優しい声だ。
それでも力強い声。

「最後の力をあなたにあげます。みんなの…力です」



「穏乃ちゃんの山の力、咲ちゃんの開花の力、そして私の…神の力」




「神の住まう神霊深山の幽谷には一輪の花が満月の夜にのみ咲くのです」





「憧ちゃんの心の中にあったおぼろげなイメージは、ついに細部まで描かれました」





「神霊深山を駆け巡り、月へと目指す力です」


「夢に負けず……真の世界を向かってください。私は……憧ちゃんのためなら…頑張れますから……」





その言葉を最後に後ろに立っていた人物の気配が消えた。
同時に周りに羽ばたいていた大量の胡蝶の夢も消えた。

真っ白な世界が広がる中胡蝶の夢で隠れていた人物を目で捉えた。


健夜「――っ!! やっぱり胡蝶の夢はもう……効かないの!?」

憧「……効いたわよ、でもね、やっぱりあなたには分からないのよ。絆の力っていうのが」

健夜「………」

憧「神霊深山を駆け巡り、真の世界へと向かう力よ」

憧「勝負はまだ……終わらせない!!」

咏「……やっぱり! あの子は耐えるんだねぃ!! こりゃ、本当に……小鍛治プロの国内初敗北が!!」

恒子「ほ、本当ですか?!」

咏「さぁ、南三局! あとたった二局のEXマッチが始まるよ!!」

恒子(……なんかキャラ変わってませんかね)


――――――

―――…。


健夜(……本当に…どうしよう)

健夜(……胡蝶の夢が効かないとなると、……)

健夜(……最後の…アレを……使う……)

憧(…小蒔、最後の力。見事に受け取ったわよ)

憧(神霊深山、か。……神の力……)

憧(………まさか)


南三局 親:咲


東家:晴絵:16700
南家:憧:29500
西家:咲:15400
北家:健夜:38400


健夜(……手牌は…さっきの局ほど良いとはいえない)

健夜(……そしてきっと私より早く、あの子は和了る)

健夜(……さらに、胡蝶の夢はもう効かない…)

健夜(………)

健夜(………)

憧(……? 長い……?)


健夜は自分のツモ牌を手元に引き寄せてから、初めて長考した。
それはきっと、プロになってから初めての長考だった。


晴絵(……珍しいってレベルじゃない……、って、この小鍛治の長考って!!)

晴絵(……!! ダメだ、憧には口出し出来ない! 私は憧を見守るだけで…協力するわけじゃないんだから…)


晴絵はいち早くそれに気付いたが、少なくとも憧も咲も現時点では健夜の長考の意味が分からずにいた。

咏(……! おいおい、…おいおいおいおい!! やめろ、って…すこやん。 それは!)

恒子「おやぁ…。珍しく長考してますね。小鍛治プロ。……確かに前の局みたいに良くはないですけど…」

恒子「って前の局が良すぎたんですよ…ね……三尋木…プロ?」

咏「……本気、だ…」

恒子「え?」

咏「……すこやんのやつ、……高校生相手に本当の力を出そうとしてる…」

恒子「え? え? …小鍛治プロ、手を抜いてたんですか…?」

咏「違うそうじゃない! 手なんか抜いてない。すこやんにとって手を抜くっていうのは手を抜いてないのと同じ意味なんだから」

恒子「えー……、すこやんってどういう……」

咏「いや、なんていうのかなぁ。……すこやんでさえも、調整も…自分の意思が介入することもない力っていうのがすこやんの中にあるんだけどねぃ…」

咏「…それを、すこやんは…あの高校生相手に使うつもりなんだ……」

恒子「な、なんですかそれは……」

咏「恒子ちゃんも見たことはあるはずだよ…。色紙、持ってるんでしょ? すこやんはインターハイ優勝した時の…」

恒子「え? まぁ……少なくとも土浦女子は応援してましたから……」

咏「準決勝時に、同じことがあったんだ。すこやんの長考後、すこやんはその力を使った」

恒子「準決勝…時? それって……」

咏「そう、その結果……」


咏「赤土晴絵の心が壊れたんだ」


――――――

―――…。


憧(……思い出した、小鍛治健夜の長考…)

憧(昔テレビで見たことがある。晴絵の心を壊したちょっと前にしたことだ)

憧(その長考後、小鍛治プロはとあるアクションを起こす、それに反応した者を……潰す)

憧(……そう…)


憧(胡蝶の夢・第四幕。実質、小鍛治の胡蝶の夢の最終形)


憧の記憶の中にうっすらとおぼろげなイメージで出てきたが、間違いなくそれだった。
南三局はすぐに終わる。そしてオーラスで、全てが決まる。

泣いても笑ってもこれで最後、…最後の…勝負。


小鍛治プロが動いた時、それが始まりだ。


健夜「………」

健夜「………」

健夜「………、さぁ」

憧「―――!」

健夜「始めましょうか、最後の…勝負を」


小鍛治プロの身の回りに漂うもの全てが変わっていた。
目つきも何もかもが違う。神経全てを尖らせて、感覚を非常に鋭敏にさせていた。


健夜「――!」タンッ


そして、小鍛治プロは手出し。
その牌を私は……。


憧「――ロン。3900」


健夜「――!!」


すぐに小鍛治プロから異変を感じた。
それは間違いなく、今までとは違う胡蝶の夢だった。

胡蝶の夢・第四幕。
それは…今までたった一度しか使われなかった。
晴絵にしか、使われていなかった。


プロになったあとも、胡蝶の夢は使われていたはずだったが、第四幕までは出すことはなかった。
それはきっと、小鍛治健夜自身疲弊してしまうからだろう。


胡蝶の夢による自爆。
それによる心の崩壊を頼りに……自分の力を最大限使うんだ。

小鍛治プロの素の実力を、胡蝶の夢によって底上げする。
同情や、心の隙を一切排除して、ただただ強さを正確さを、誰にも負けない、そんな力を手にする。


晴絵はそれを受けてしまった。
小鍛治プロの差し込みによる13500。そのツケが、胡蝶の夢・第四幕として返ってきた。



憧だって、そんな力を受けちゃただじゃ済まない。
この小鍛治を回避して、勝たなければいけない。

南四局 親:健夜

南家:晴絵:16700
西家:憧:33400
北家:咲:15400
東家:健夜:34500


そう、そしてオーラス。
トップは再び小鍛治健夜。それとわずか1100点差で憧がいる。

ゴミ手のツモ和了りでも、出和了りでも勝てる。
勝利は目の前まで来ている。

しかしここで小鍛治健夜の最後の力だった。
未知の力、十一年前にたった一度だけ見せた力。


晴絵(…憧、私は……見守ると決めた。……私を…越えてみせろ! 憧っ!!)


憧(……神霊深山…じゃ、ダメね)


しかし憧は、小鍛治のこの力を前に、手に入れた新しい力ではダメだと結論付けた。


憧(神霊深山じゃ、第四幕に叶わない……。これが…本気の……小鍛治健夜!)

憧(クラウドライダーも……ダメだ。勝てそうにない……)

憧(………)


二つの可能性を考えるも、憧は却下。


憧(……和了ることだけを考えた、速度重視……)

憧(…やっぱり私といえばこれよね)


もとより、憧の力はそれだけだった。
クラウドライダーは憧の心を頼りにした、穏乃のための力。
神霊深山は憧の絆を元にした、みんながくれた力。

憧のそもそもの力は、鳴きによる速攻和了。


憧(……晴絵、ありがとね。最後まで、見守っててくれて)

憧(…咲も、ありがとね。この戦いを譲ってくれて…)

そして小鍛治は第一打を河に捨てる。


憧(よかった、こんな状態だから天和とか出てくるかもなんて考えてたけど……)

憧(そんなことはなかったみたいね。これで……対等に闘える……)


憧もまた、ツモり、そして第一打を河に捨てる。


未知の相手との戦い、そこに恐怖はなく、震えもすでになかった。


憧(すでに自分の中にこの局で和了ることの出来る完成形が見えた)

憧(…そろそろ鳴き始めようか!!)


健夜「―――」タンッ


憧「―――ポン!!」


憧(さぁ、どう動く? 小鍛治プロ)


むしろ、気分が高揚していた。


憧にとって楽しい場が出来上がっていた。


健夜「―――」タンッ

憧「――それもポン!!」


そして、今はただただ悲しい。


待ち望んでいたこの時、この瞬間を……。


健夜「―――」タンッ


終わらせてしまうことが――。


憧「―――ロン!!」

――――――

―――…。


数日後――…。



夏だから、そうは言っても流れる汗が鬱陶しいのは仕方ない。
普段屋内でエアコンを効かせて涼しい思いをしているから屋外に出て……ましてや、東京ではなく奈良まで来ているとなるとすぐに屋内へ入ることは難しい。
冷房が効いた電車内から離れたくなかったほどだ。

終点までつき、こじんまりとしたホームを出ると広がるのは山や森だった。
森林浴とかいう言葉を聞いたことあるから山奥まで来ると涼しいほうかな、なんて思っていたのが間違いだった。

なんといっても日差しが強く、こんな状態で森や山の中に入ったら蒸してしまうんじゃないかと思うほど。

数年前にどこぞの田舎で買った麦わら帽子を無くしたのが痛かったかなぁ…、あれは本当にお世話になっていたのに…。

愚痴っていても仕方ない。駅員さんもこんな熱い中ご苦労様……って、中はしっかり冷房効いてるんですね、切符渡した時冷気が流れてきましたよ。
切符渡したらすぐに窓を閉めおった…。
むぅ……。こんなにも若い女性がつらそうにしているのになんでジュース一本奢らないのかな。
つまり私は若くないやいやいや、変なこと考えるのはよそう。

今日は大事な大事な用事があるんだから、早くそこへと向かわないと。

んと…とりあえず……ロープウェイ?
近くにロープウェイがあるらしい、パンフレットにはそう書かれていた。


とりあえず駐車場へと出てみる。
……なんだか駐車券とかがない駐車場は新鮮だ、何より白線すらない、ここにいっぱい車が止まりに来た時どうするんだろうか…。
……いっぱい来ることなんてないか、っていうのは失礼だよね! ……もう何も言わずにいよう。


すぐにロープウェイの看板を見つけた。
あ、ここの人たちは冷房のない中で仕事してる。ねぇねぇ一緒に駅員さんのところまで押しかけませんか? やっぱり人っていうのは冷房の中でこそ生活するものなんですよ。
なんて、笑顔で綺麗な汗をかいている人たちにそんな提案できるわけもなくロープウェイに乗りました。


ロープウェイなんて、初めての体験。
何より怖い。事故なんて起こってなかったよね? 実は事故があってもすぐにもみ消しにされてるだけで、死亡事故がいっぱい…なんてことないよね?ね?

短いけど長い、そんな時間を過ごした後ようやくついた山奥。
道へ出ると、少し驚いた。


駅前は緑いっぱい、人なんていない閑散とした場所だったのに。
ロープウェイを降りたら建物がずらーっと建ってるし、人もちょこちょこ歩いている。

というかここ山奥だよね? というより山の上だよね? なのに、駅前より活発だなんて……。
ふと道の隅に立っている木を見てみる。
緑色の綺麗な葉がたくさんついている力強い木だった。
……あぁ、そういえば…春になるとここは桜の名所なんだっけ。

そして、長い長い…坂を登った。

いやぁ……まだ二十代とはいえ…辛いなぁ…、まだ二十代とはいえ……これは十代でもきっと辛いんだろうなぁ……。
その時そう考えていた自分が少し悲しくなった。


そして、その坂を上りきりもう少し先に建っていた建物が目的地。
私はその中へ入っていった。

――――――

―――…。



玄「……ただいま、穏乃ちゃん。インターハイから…帰ってきたよ…」

玄「本当なら…終わってすぐに帰りたかったんだけど……ちょっと色んな用事があっちに出来ちゃって…すぐに帰らせてもらえなかった」


玄はずっと阿知賀で待っていた友人であり、後輩である穏乃に声をかけた。
もちろん、穏乃は一年も前に亡くなっており、声をかけたのは墓前だったが。


玄「…見ててくれてたかな? 私たち、優勝したんだ……。インターハイ」

玄「えへへ、すごいでしょ? 穏乃ちゃんも…いてほしかったなぁ……」

玄「……赤土先生もいなくなって、お姉ちゃんもいなかった……穏乃ちゃんもいなくなって…憧ちゃんも離れちゃった……」

玄「………麻雀、もう続けられないかな。そう思ってた……でも、そこから…憧ちゃんが戻ってきたんだ」

玄「…憧ちゃんが、一番頑張ったんだ……」


灼「……違うでしょ。みんな頑張ったんだよ。……玄も、ね」


玄「灼ちゃん……」

灼「憧も頑張った、後輩も頑張った、玄も頑張った、私だって頑張らせてもらった…」

玄「そうだよ……でも、その中で一番憧ちゃんが…」

灼「それなら、私は玄が一番頑張ったと思うよ」

玄「私が…?」

灼「く、玄…本気で分からない顔してるの…? まぁ、いいけど」


そこで灼は一度咳払いをして、穏乃の墓に一歩近づく。


灼「ねぇ、穏乃。聞いてくれる? 憧は確かに頑張ったよ、親友である穏乃のために」

玄「そ、そうだよ。すごく頑張ってたんだよ、憧ちゃんは」

灼「でも、玄も頑張ったんだ。玄の母親との繋がりが消えるほどに、ね」

玄「っ」

灼「……親友も確かに大事だよね、でも…玄は身内でしょ? 家族でしょ? ……玄のドラ支配、もう…無くなっちゃってるんでしょ?」

玄「そ、それは……」

灼「…黙ってたほうがいい、って思ってた? もう麻雀することはないかも、ってこと? あのね」

灼「友人だからこそ、そういうのは話しておかないといけないでしょ」

灼「ねぇ穏乃。穏乃はどう思う? ドラ支配が無くなったことをずっと隠されている友人に対して、さ」

玄「……、穏乃ちゃん。私は……大丈夫だから。お母さんとの絆は…こんなもんじゃなくならないからさ、私は平気だよ? だから、何も心配しないでね」

灼「……はぁ。……ま、玄がそう言いたいんならいいの…かな」

玄「え、えへへ、ごめんね。灼ちゃん」

洋榎「おー! ここにおったか」

セーラ「アホ! 墓場やぞここは! もうちょっと静かにせんか!!」

洋榎「あぁ?! あんたのほうが今うるさい声出したやろ!!」

灼「……なんかうるさいの来たね」

玄「あ、あはは」

憩「みなさーん、お元気ですかー?」

灼「あれ? えーっと、あぁ荒川憩さん、だっけ…」

憩「うちのこと覚えてくれてたんやね、ありがとー!」

灼「ま、まともな人だと思ってたのに……なんで抱きつくの…。大阪の人ってやっぱりどこかおかしいしうるさい…」

洋榎・セーラ「「うるさいのはこいつだけや!!」」

玄「ま、まぁまぁ、さっき言ってたとおりここは霊園なんだから……お静かに、ね?」

洋榎・セーラ・憩「「「はーい!」」」

灼「なんで玄の言うこと素直に聞くの…?」

洋榎「そりゃやっぱりおっぱい大きいほうの姉ちゃんの言うこと聞きたいやん?」

灼「なっ…!」

セーラ「おいっ! エロ親父ネタは俺のもんやぞ! なに勝手にパクってんねん!」

洋榎「誰がいつあんたのもんやって決めた!? これは昔っから愛宕家専用のネタや! その時代は戦前まで遡るで!」

セーラ「戦前にあんたの先祖がおったわけないやろ! もし昔からあるんやったらあまりのネタのつまらなさにとっくに大阪から迫害受けてるはずやで!」

洋榎「ほう! じゃあうちはどっから来たわけや! うちのオカンはしっかりした大阪生まれの大阪育ちや!」

憩「なんか話が変な方向へ行ってたけど…みんな松実舘に泊まってるから玄ちゃんの言うこと聞いてるだけやで。灼ちゃんも自分の胸気にせんでええよ?」

灼「きっ、気にしてなんか…!」

憩「……めっちゃ気にしてたやん」

洋榎「………出来れば…闘いたかったなぁ。憧の親友、やったんやろ」

セーラ「……俺んとこの竜華は闘ったけどな、なんかすっごい独特の感性持ってるって言ってたで」

洋榎「ふぅーん、…そういえば恭子とは戦ってたんやこの子。……また恭子に話聞かないかんな」

憩「……あ、そしたらそん時うちもついてってええかな?」

洋榎「ええけど、なんか知らんけど、うちの恭子、憩を見るとカタカタが止まらんとか言いよるんよ」

憩「えー…もう数年前のことやのに……」

セーラ「なんで憩のことはカタカタ言って、俺はカタカタ言わへんのか不思議やわー」

洋榎「そりゃ、セーラのほうが弱いからやろ。恭子はある一定の強さ以上はカタカタするからな。あいつのカタカタセンサーはまじもんやで」

洋榎「この前なんかうちの上重っていう後輩をインハイに選んだ本当の理由を聞いたんやけどな」

洋榎「『私の体が震えたからや』っていう理由やったんや。…それなんか変な意味も含んでないか心配なんやけどな…」

憩「…それはまたなぁ……」

セーラ「……んん? ちょい待て、それってお前んとこの後輩より俺は弱いってことか?」

洋榎「弱いんとちゃうか?」

セーラ「よし、今すぐ上重を呼べ。俺がギッタギタに潰したる」

憩「それやったらみんなでいこかー、漫ちゃんって確か末原さんにべったりやったやん」

小蒔「わわっ、みなさんもう来ていらっしゃったんですか?」

照「ちょっと遅れたみたい…」

淡「テルーは悪くないよ! サキがまた迷子になっちゃってたんだから!」

咲「お手洗いの場所が……分かんなくて…」

玄「あっ! また増えましたよ!」

灼「……知らない人まで……」

洋榎「…おー、チャンピオンに……っていうか咲と淡って…」

セーラ「あれ? あんたら個人戦に出てきたんとちゃうか?」

憩「あれ? 二人とも聞いてへんの? この二人が大暴れして、最速で個人戦終わらせてきたんやで」

淡「でも、もうちょっと早く終わらせることだって出来たんだよ! でもサキが邪魔したの!」

咲「じゃ、邪魔って…あれ私もプラマイ0に出来ない打ち筋されたから……」

淡「収支0にされたくなかったの! もう! なんで収支0にこだわるのかな、サキは!」

照「咲…お前まだ収支0に……」

咲「…やっぱり、それが私の麻雀だから…ね」

淡「………絶対、借りを返すつもりだったのに……」

咲「………」

照「……強い、立派な選手だったのは記憶に残ってるよ」

小蒔「……穏乃ちゃん」

淡「わ、私……まだ、シズノが…死んだなんて……受け入れられないよ。……私に、恥をかかせたまま、いなくなっちゃうなんて……」

照「淡……」

淡「テル……抱き締めてくれて嬉しいけど、……私、別に泣いてないから……」

照「うん、淡は…泣いてなんかないよ……」

咲「………穏乃ちゃん、和ちゃんからの伝言だよ…。また会いに来るけど、先に言っておきます。あなたとの過ごした数年間は私の誇りです、だって」

咲「…私も……もうちょっと早く穏乃ちゃんと会いたかったな……」

洋榎「……えらくしんみりしてもうたな…、よし、セーラ。ゴー、笑かしてこい」

セーラ「よっしゃ、って誰が行くか! お前やってみろや!」

洋榎「あぁ?! こんな場で誰が空気ぶち壊しに行くんや?! そんなこと出来るわけないやろ!」

セーラ「ぶち壊すってやっぱりわかっとるんやないかい!」

憩「はーい、みんなちゅーもーく。この二人が何やら計画しているようでー…」

洋榎・セーラ「ごめんなさい」

初瀬「………ひゃー」

晴絵「ん? あんた何やってんの?」

初瀬「ひゅ?!」

晴絵「なんか面白い反応だねぇ……って、ん? 晩成の制服…? って憧の友達の!」

初瀬「あ、…お、岡橋初瀬です!」

晴絵「岡橋っていうんだね、覚えておくよ。今日は憧に呼ばれたのかな?」

初瀬「は、はい…赤土プロ」

晴絵「…そういえば…そうだったんだよねー…。私、プロだったんだよねー……」

初瀬「え、あ、あの…何か言っちゃいけないことでも……」

晴絵「気にしなくていいよ。自分のプロ意識が低いだけだから呼ばれなれてなくてね。…それで、なんで岡橋はこんな木陰に隠れてるの?」

初瀬「い、いや…憧を探してて……」

晴絵「憧? 憧なら別の場所にいるよ。ここには来ないよ?」

初瀬「えぇ?! じゃあ…私あの中にどうやって入っていけば…」

晴絵「え? …げ、みんな揃ってるじゃん。私らが最後か……」

晴絵「まぁよく考えたら憧もすごい人らと知り合いになったもんだ。前々年度インターハイチャンピオンに、前年度チャンピオン」

晴絵「今年度チャンピオンに、牌に愛された子、強豪校のエース一覧……確かに私の知らない間にどうやって仲良くなったんだ?!」

晴絵「まぁ、でも気にしなくていいでしょ。憧は、あんたに来てほしかったんだからさ。…なんなら私の後ろにいればいい」

初瀬「あ、はい!」

晴絵「あれ? そういえば…あいつは? ……あぁいたいた、全く…夏の山を舐めてるからああなるんだよ…」

初瀬「え? あいつ…?」

ひょーーー!!

玄「え?え? 何、今の声…」

灼「あっちから聞こえてきたような……って、あ」

晴絵「おっすー、私らが最後みたいだな」

初瀬「…………」

照「ん? ……あぁ、昨年小走やえにべったりだった子」

初瀬「へぁ?!」

晴絵「なんかさっきから奇妙な声出すなこの子……」

初瀬「なななななんで、インハイチャンピオンが私のこと……」

照「元だけどね。小走やえはちょっとばかし印象に残ってたから」

初瀬「あっ! そ、そうですよね、小走先輩は強いんですから」

照「いや、言動が」

初瀬「…あぁ、…言動が………、まぁ私も実はそう思ってたりしましたけど…、ちょっと…ショックだなーとしか……」

洋榎「! 奈良の小走ならしっかり覚えてるで。うちには敵わんかったけれど、是非姫松には来てほしかったな!」

セーラ「はぁ?! 千里山でみっちりしごいて完璧にした後、姫松を負かす秘密兵器として使う予定でおったで! 勝手に姫松のもんにせんといてほしいな!」

初瀬「あ、愛宕洋榎に江口セーラにもそう思われたなんて……、小走先輩はやっぱり強かったんですね!」

照「………? …小走なんて私の記憶に全くないのに…なんでこの二人が覚えてるんだ……? 憩、解説求む」

憩「はいさっさ! 洋榎とセーラですけど、小走やえのことなんてひとっっっつも覚えてないですね。あの二人は先輩に尽くす後輩にはやけに優しいから小走っていう先輩を尊敬している後輩ってことで話合わせて優しくしているだけでしょう」

照「なるほど…ありがとう。お礼に食べ物をやろう。東京にはなかったはずなのに奈良では売っていたもぎもぎフルーツだ」

憩「わーい! また懐かしいの買ってきましたね」

咲「……奈良の小走って選手、昨年一回戦目でお姉ちゃんが『言動がイラついた』っていう理由で飛ばして終わらせた人じゃ…」

淡「あー…いたね、そんな人」

晴絵「あと一人、…あぁやっと来た……」

玄「あと一人……? っ!?」

灼「あっ!?」

健夜「………、あ、あはは……やっぱり、歓迎…されてない、かな?」

晴絵「みんな、いいんだ。…とりあえず小鍛治にも、穏乃の墓前に立たせてやってくれ」

晴絵「そして、その後、私と小鍛治から……憧がここにみんなを集めた理由を話させてもらうから」


――――――

―――…。


健夜「………ここって、熱いね。今まで冷房ばかり効いてた屋内にいたからすぐにダウンしちゃったよ…」

晴絵「まぁな……、松実舘で待ち合わせしたほうがいいんだよ。あそこにゃダッツが置いてあるしな」

健夜「…昼からだから……特に気にしなくていいよね」

晴絵「太れ太れ……」

健夜「なっ! ………。……穏乃ちゃん、……憧ちゃんは…真実を知りに行きました……」

晴絵「………」

健夜「…もう気付いているかもしれない、あの子は…。でも、それでも……それが信じられずに最後の確認のために…とある場所へと向かってます」

健夜「そして、あの子が真実を乗り越えた先。そこでどうか……もう一つの世界で…あなたと会えたら……、謝らせてください……」

晴絵「………あぁ、是非…謝ってくれ……」

健夜「……っ」


憧「全く、歩きづらいったらありゃしないわね! なんで道を綺麗にしておかないのかなもう!」


憧は一人で山道を歩いていた。
そこは夢の中で何度も歩いた道だった。
ここには昔、道があったはずなのに、全く手入れがされておらず木の根が枯葉で隠れていたりする。
間違ってそんなところを踏むと、足を簡単にくじいてしまう。


憧「今日は…大切な日だって…のに!」


憧「……でも、……見えた…。御神木……」


憧が目指していたのはそう……神の声を届けたシズと出会った、御神木だった。


――――――

―――…。


健夜「……どこから話せばいいのかな…、ちょっとね、ここに来る間…たくさん時間があったんだけど……まだ言葉まとまってなくてね…」

健夜「……理解が追いつかないかもしれないけど…、まず、この世界って…本当の世界じゃ……ないんだ」

洋榎「はぁ…?」

小蒔「それは…なんとなく……」

玄「小蒔ちゃん、知ってたの?!」

健夜「…知っている人と知らない人がいるね…、そしたら神代さん……あなたの知っていることを教えてくれないかな?」

小蒔「は、はい…。えっと、私が生きているこの世界…どの世界にも神様という存在はいます。そして神様の種類は様々です。八百万というようにたくさんの神様が存在します」

小蒔「恋愛を司る神様、運命を司る神様、災厄を司る神様……そして今現在吉野にいる神様は、人の心を介して世界を捻じ曲げる神様…」

小蒔「その世界を捻じ曲げる神様と、とある人物が関わった結果……本来の世界で起こり得なかったことが起こり、今の世界になっているんです」

小蒔「まさに今がそう。……そして本来の世界で起こり得なかったこと、それは……」


小蒔「穏乃ちゃんの死、です」


玄「…え?」

照「………理解はした、でも…心が追いついていかないね……フィクションの物語を読んでいる時によく感じるよ」

晴絵「……本来、穏乃は死ぬことはなかった。でも、とある人物と神様が出会い、世界を捻じ曲げたことで……穏乃が死ぬことに繋がったんだ」

セーラ「それって……そいつが穏乃を殺したい…とか、そう思ったからか?」

小蒔「いえ……」

咲「……世界を捻じ曲げるって……そもそもどういう意味なの?」

小蒔「……人の願いを叶えるために、過去を操り、願った世界へと導くものなんですよ……」

小蒔「…例をあげますね。神様に出会った人物が宝くじを当てたい、と願います。そしたら過去の人物に何らかのメッセージを送るんですよ」

小蒔「そのメッセージは時として人が死んだりするんです。……『今日は六人の死亡事故を聞いたから、六人分ということで6の数字を選ぼう』……言葉が不器用ですいません」

小蒔「……そのようにメッセージを伝えるためだけに人が、死んだりします……」

小蒔「話を元に戻して……その人物は何かを願ったんです、その願いのためには……穏乃ちゃんの死は必要だったんです…」

憩「………その人物は…何を願ったん?」

小蒔「……それは…っ」

健夜「………」

淡「……その人物が小鍛治プロってこと…?」

健夜「……神代さん、ありがとう、ここからは私が話す…」

健夜「そう、確かに私は…願ったの……。世界の頂点での戦いの後、色んな場所へ行った。そして……一度この場所にも来た」

初瀬「あっ……」

健夜「…見覚えがあると思った、……その時出会ったのがこの子だったのね…」

初瀬「………私、小鍛治プロと…会ってた……」

健夜「そして、私は……神様に会いに行ったの。…願いが叶う、それならば……私の願いを…、そう思ってね」

健夜「そして私はとある大きな木の元へと向かい、そこで……神様を話したんだ」

健夜「願いは、たった一つ」


健夜「赤土晴絵との再戦」


灼「…っ! なんで!? ハルちゃんはもう、あんたとの戦いで傷ついていた!! なんでそんなことを思ったの?!」

健夜「……赤土さんは私が唯一本気を出した相手だったんだ」

健夜「本気の力を出せれた相手…世界へ飛び立った後も……そんな人見つけることは出来なかった」

健夜「私の力の前じゃ…日本国内の一桁の世界ランカーすらも……耐えられないのに……」

健夜「なのに、赤土さんは耐えて私の前で立っていた……」

健夜「それが私にとって喜びだったの。ずっとずっと麻雀はつまらなく感じていたのに、赤土さんだけは違ったの。明るい麻雀が見えた気がしたの…!」

淡「……私が、テルと会った時に似てる…」

健夜「…それが理由だった。そして……願いを叶えるには……」


健夜「神代小蒔の九面を壊す、それが条件だったんだ」


健夜の言葉に皆が驚き、小蒔に視線を向ける。
小蒔はいくつもの視線が自分に突き刺さり、少し怯んだ様子を見せた。


健夜「…ごめんね、神代さん。私は今も…あの時も…赤土さんとの再戦のためにありとあらゆることを試したかったの……」

小蒔「いえ、今は…別にもういいです」

健夜「……ごめんね。…そして私は九州へと飛び、神代さんの九面に傷をつけた」

健夜「その時だった」


健夜「私を中心に、世界が動いた気がしたんだ。自分の動きは止まっていて、周りの世界だけが素早く動いている」

健夜「その世界でこれから先、起こりうる全てのことが目の前で再生されるの。……長い長い時間をかけて」

健夜「そして私がその世界での出来事をたくさん見た、そこには……赤土さんが現れることはなかった」

健夜「だから私は改めて、願った。その世界を赤土さんが現れる世界へと変えてほしい、と」


玄「……そして、穏乃ちゃんが死ぬことに……」

灼「その結果、ハルちゃんが再び小鍛治の前に立った……」

小蒔「そういうこと…です」

咲「それが……今のこの世界ってこと?」


小蒔「……それが、……違うんです」

小蒔「以前、私と憧ちゃんは話し合ったことがあるんです。この世界の秘密について」

小蒔「この世界は本当の世界じゃない。誰かが作った偽りの世界だ」

小蒔「……そして、全てのことを整理してみると……一人の人物が浮かび上がりました…」

洋榎「それが、小鍛治プロっちゃうんか?」

小蒔「…違うんです、少なくとも小鍛治プロは私たちの会話の中で一度も出てきませんでしたから……」

セーラ「あーもー!! 話がややこしくなってきた!! ……とりあえず悪いやつが二人くらいおったんか?!」

憩「悪いやつって……、でも想像つかんなぁ…うちらの世界が偽の世界やなんて…」

初瀬「………! もしかして……、神代さん…なんで憧は…その神様と出会えたんですか?」

小蒔「…あなたは、頭の回転が良いんですね。……憧ちゃんがその神様と出会えたのには理由があるのです」

小蒔「そして、私たちは普通……出会えるはずがない」

初瀬「…それでも、小鍛治プロは神様と出会えた……だって、それは……私が……!」

小蒔「……そしてきっと憧ちゃんは、その人物に会っているころでしょう」


小蒔「小鍛治プロを利用し、赤土さんを前へ進ませ、憧ちゃんを立ち上がらせた……後ろで糸を引いていた…その人に…」


――――――

―――…。

憧「……開かれない…か」


憧は御神木に手を当てていた。もう分かっている、……これが世界を超える扉なのだと。
開かれてはいないけれど…確かに人の心臓のように鼓動が聞こえているのだから。
ここに、何かあるのは分かってる。


憧「なんで開かれないのか……私はついに小鍛治プロを倒すことが出来た、私は間違いなく扉を開ける権利をもぎとったはず」

憧「それなのになんで、開かないのか……」

憧「それはきっと…小鍛治プロ以外にもう一人……扉を守る人がいるから」

憧「その人は……言ったの。晴絵に…もう一度プロを目指さないのか、って」

憧「その人は……傷ついた私の心を介抱してくれた。おかげでもう一度だけ立ち上がれた」

憧「そして……神様と出会える権限を持っていた。……この御神木は山奥にあるの…、そんなところに普通の人は来ないでしょ?」

憧「……まして、普通の人が来れたとしても何があって神様を出会えるの?」

憧「そう、私は神様と出会える権限を持っていた。それはあのシズが教えてくれた…」

憧「……私の先祖が…関係してたってこと…」

憧「………だったら…もう一人、いるでしょう? その人が……最後の一人なんだ」


憧の独り言は…その人物に届いていた。
憧の後ろをずっと、山に入った時から追っていた人物だった。
きっと気付いていないとでも思ったのか…まさか、そんなはずはない。
憧たちは出会わなければならない、この最後の場所で…。


そして、憧は振り向く。

その人物と…目が合う……。



憧「ねぇ…お姉ちゃん」




望「……憧…」

玄「……望さんが!?」

灼「…憧の…お姉さん…!?」

小蒔「……はい、新子望さん、その人が……今回のことを裏で操っていた人物です…」

初瀬「……私は、当時まだ憧と知り合いじゃなかったけど……、あの時会った小鍛治プロは…神社を探してた」

初瀬「私は唯一知っていた……憧の神社を教えたの…。一緒に……並んで歩いてて、そして神社から出てきたのは間違いなく……望さんだった」

洋榎「憧のねーちゃんが……へぇ……、でも操っていたってどういうことや?」

小蒔「……操る、そう……自分の願いを叶えるために……」

照「あぁ、そういうこと。…つまり憧のお姉さんもってことなんだ」

咲「…憧ちゃんのお姉ちゃんも……世界を捻じ曲げた……?」

淡「過去に戻ったってこと?」

小蒔「……私と憧ちゃんは、この世界がすぐに偽であると気付きました……」


――――――

―――…。


憧「私はね、どこかおかしいって思ってたの」

憧「だって、私の記憶がすっぽり抜けてるんだから。確かに穏乃が死んで心ここにあらずって生活してた」

憧「とはいってもあまりにも穏乃が死んだ辺りの記憶がとてもおぼろげだったんだ…」

憧「まだ、その時は確信じゃなかったけどね…」

憧「まぁ、はっきりいって今もまだ分かってないところが沢山ある…だから、教えてよ。何が起こっているのか…、何が起こっていたのか」

望「……そしたら、憧の考えていることを教えて。私が、訂正してあげる」


望は自分の口から言うべきことじゃない、というかのようにそれから口を閉ざした。
憧はもしかしたら望が嘘をついて真実をはぐらかすつもりなのか、とも一瞬思ったが…それでもこのままにらめっこしてても意味がないので、仕方なく口を開いた。


憧「……そうねぇ…、まず、この世界は二回、本当の世界から離れている」

憧「一回目は小鍛治プロが『晴絵と再戦したい』っていう願い。二回目はお姉ちゃんの願い」

憧「穏乃はやっぱり本当の世界じゃ死ななかった。でも小鍛治プロの願いの結果、穏乃が死んでしまった」

憧「小鍛治プロの願いは叶い、晴絵と再戦することになったけれども…それは以前の晴絵じゃなかった。弱々しい晴絵の姿で、小鍛治プロは絶望した」

憧「そんな時、お姉ちゃんは願い、過去改変を行った。……その時に小鍛治プロも何故か意識が過去へと遡った」

憧「……お姉ちゃんの願いの結果。…今度は私が立ち上がった。私が阿知賀を引っ張りプロの晴絵の前に私たちは姿を現した」

憧「そして小鍛治プロは私を利用して…晴絵は力を取り戻した……」

憧「多分、お姉ちゃんの願いは……『晴絵か私が小鍛治を倒す』かな」

憧は自分の中で考えていたことを一気に言葉にして出した。
望はそれを目を閉じて静かに聴いていた。……自分の考えが全て合っている、なんて思わない。
だからこそ、何も言わない望に対して少し不安感が出てきた。

まさか、お姉ちゃんは…何も喋らないつもりじゃ……。


望「……大体、…合ってた」


でも、静かに目を開けこちらを向いてそう答えた時、思わず心の中でほっとした。


望「…最後以外ね。私の願いは…昔からただ一つだった」

望「……『晴絵の復活』」

憧「…晴絵の…」

望「インターハイ準決勝で失った晴絵の力を……もう一度見たかったんだ……」


そう言って望は顔を伏せた……。
何かを話そうとしているかのようで……、憧は口を挟まずにいたが……いつまで経っても望の口から話を始める気配がなかった。


憧「………?」

望「…っ……」

憧「…!」


不審に思って憧は望の顔を覗いてみた。
すると、望の頬には涙が流れていた。


望「…ごめん、ごめんね……憧」

憧「……お姉ちゃん」


望が謝る理由。それはきっと妹を自分の願いのために利用したこと。
晴絵が全力で健夜と戦う姿が見たいから、その理由で憧が危険な目にあったんだ。


望「…私、こんなことしたくなかった! …ただ、晴絵の姿をもう一度見たかっただけなんだ……」

憧「………」

望「ただ、それだけを願ったはずなのに。…なんで憧が傷つくの…? なんで穏乃ちゃんが死んじゃったの…?」

望「なんで…こんなにも心が苦しいの? 願いは叶うはずなのに…なのに……」

憧「……やっぱり…、小鍛治プロと神様を出会わせたのも…お姉ちゃん?」

望「…そうよ…。数年前に……まさか、私たちを任せた人物が訪ねに来るなんて思ってもなかったけど……」

憧「………なるほど。これで大体この世界の謎は…分かったわ」

そして憧のすることはただ一つ。
元の世界へ帰ることだ。

憧の願いは一つ『世界を元に戻す』。


憧「そもそも私は…この世界がお姉ちゃんが作ったものだってすぐに分かったんだ」

憧「そして、お姉ちゃんが苦しんでいることも……」

憧「元の世界へ戻そうとしたのは…お姉ちゃんのためだった。シズのためじゃない」

憧「だから世界を元に戻した時……シズはいなくてもよかった。…そりゃ、いてほしいけどさ」

憧「……お姉ちゃんが今より悲しい顔をしないのなら…それでもいいや、って思ってた」

憧「小鍛治プロも世界を変えてたおかげで、本当の世界に戻ると皆幸せになるのね…」

憧「お姉ちゃんも、シズも……、小鍛治プロは…まぁちょっと反省してもらわなきゃね」


だから、扉を開けないと…。
もうゴールは見えている。

スタートラインに立ってから、私は……ついにゴールするんだ。
……これで。


望「……ダメよ」

憧「……はぁ、お姉ちゃん。往生際が悪すぎ」

憧「ここまで私は頑張ってきたの……。最後まで、頑張らせてよ」

望「…憧は私がさっき言ったこと、覚えてないの? …憧が辛い思いをして……私が苦しいんだって」

憧「………」

望「…憧が扉をくぐり……新しい世界へと向かう……、その代償は……記憶。……親友との、記憶でしょ」

望「……憧には、悲しい思いなんて、…させたくないの……!」

憧「…覚悟の上よ。それでも私は……、私一人の犠牲で、みんなが幸せになるのなら…構わないって思ってる」

望「………っ」


憧の目は望を睨みつけていた。
すでに腹括ったことだ。…それを望は引きとめている。
だから邪魔なんてしてほしくないのに……。
当の本人が決意しているのに。憧は心の中で溜め息を吐くと……。


憧「……お姉ちゃん、そしたらさ……側にいてよ…」

憧「……新しい世界でさ、……私の側にいて…ずっと抱き締めててよ…」

憧「私は……お姉ちゃんがいれば、大丈夫だから」

望「……そんなこと、思ってもないくせに……言わないでよっ」

憧「……ちょっとは、本気なのにな…」

憧「でも、いつまでこうしてるの? 私は……もう、行くの」

憧「……お姉ちゃんのためにも、ね」

望「……っ!」

直後、御神木に変化が起きた。
…扉が開いたのだと、直感で分かった。

憧は、望の側から離れて御神木から目を逸らさずに…真っ直ぐ歩き始めた。


望「憧ぉ!! …ごめん、ごめんね!!」

憧「…何に対して謝ってるか、わかんないけどさ……」

憧「…大丈夫だよ」


――――――

―――…。


小蒔「…扉が…開かれましたね」

洋榎「それって、もうすぐこの世界が消えてなくなるってことか?」

セーラ「え、えらいこっちゃ! おれら、なんかすることないんか? っていうか何すればええんや?!」

憩「……そんなん決まってるやん。…祈ればええ」

照「……そう、憧が成功するように…私たちもまた…願えばいい」

咲「……憧ちゃん、頑張って……」

淡「頑張れー、頑張れー!」

初瀬「…憧……」

玄「…憧ちゃん…、シズちゃんを…助けてあげて……」

灼「…憧、頑張ってきて」

健夜「………」

晴絵「…あぁ、そういえば。小鍛治はこれがなんなのか分からないよな」

健夜「……分かるよ、そしてこの強さも…嫌ってほど見せ付けられたよ……」

健夜「…新子さん、頑張って。……あなたが私を敗った愛と絆の力…、最後まで諦めずに、ね」

晴絵「………、頑張れ憧。……見守っててやる」


――――――

―――…。


そして、憧は……進み始めた。

心の中には……いつも描いていた場所を思い浮かべる。


憧(…そういえば、心の中で描いていた場所ってここだったっけ…)


神の住まう神霊深山の幽谷には…満月の夜にのみ咲く一輪の花がある。


月からの祝福を受けた花は大きな一輪を咲かせる。
神々に見守られながら、違う世界へと羽ばたくために花をなびかせ。

そして再び上を向く。

満月がそこにある。


花は……満月に向けて、一直線に跳んだ。








    咲 ―阿知賀再生編―
              最終章 へ





タイトル変えたくなった。

【阿知賀の再生】ってのがテーマでした。
そして望を使うというのも最初から決まってました。


若干駆け足気味に書いた今回の部分、書ききったのは数ヶ月前です。
なので当時どんな気持ちで書いたのかちょっと分かりづらい部分もあり描写がやけに少ないです。


自分のSSの書き方として先にセリフを入れて後日地の文を入れるんですが…
後に回しすぎました。


そして、次回の投下で多分ラスト。
実は章分けされてないけど、書いているほうでは章分けされてて。

とりあえず、今回はここまで書きました。

【咲 阿知賀再生編】本当は最初からこう書きたかったのですけど、ちょっと自己中心的な考えと恥ずかしさがあって無難(?)なタイトルにしたのが
ずっと心残りでした。

阿知賀の再生っていったら・・・レジェンドの復活? とかそういうふうに詮索されるのが怖かったので
でも読者が少ないおかげで全くそんなことなさそうでしたけど!


赤土晴絵の復活、高鴨穏乃の復活  それらが阿知賀の再生へと繋がる
それが当初から決めてたこのSSのラストです。 まだラストは投下してないけど


最終章は 穏乃がどうなったか、憧のとった行動は、望と晴絵と健夜はどうなったのか。
全部書ききります。

そして今回と同じく1レスに思いっきり詰め込んでなんとか1スレ内で終わらせたい…
もう、このスレがこのレス投下時点で800KBって……、随分書いたなぁ…

でも自分が本当に書きたいのは最終章なので、まだ終わりません。


こんなにこのあとがき(?)が長いのも、今まで待たせてしまった分の言い訳です。
これだけ自分はこの咲SSに熱を入れてるんだ、だから諦めないよ、…時間かかったけど、ってことです。


最後に、たかがSSなのに話を難しくしてあまり頭に入ってこないと思うんですけど…
どうか最後までお付き合いいただければと思います。  もやもやを一つ残さずに終わらせるつもりなので。
それではまたいつか、投下します。

このスレ内に終わらせたいけど、余裕かな。それくらいの文量っぽいです
80行詰めですけど

キーパーソンは憧・穏乃はもちろん。健夜・望・晴絵。
結末に期待しててください。

保守ありがとうございます。次にレスする時は「投下」になるよう頑張ります。

――――ヾ(*´∀`*)ノ以下、ちょっとしたあとがき・リアル事情等を嫌悪する人はご注意をヾ(*´∀`*)ノ――――


全部終わったあとにあとがきを多分書くんですけど、その時に書こうかなと思ってたことを暇なんで寝る前に書きます


これ書くきっかけになったのはワハ衣でした。憧と穏乃が増水した川を見に行くなんたら。
こんな感じのストーリーを長編にしてみたらどういう風になるんだろう、と。早速穏乃を殺してしまいましたが。
「記憶・御神木」 こっから妄想加速させて今のものに落ち着きました。SS作者さんに感謝です。

憧のクラウドライダーはそのまんま「クラウドライダー」、ボカロのIAのやつです。
時を越えて、の部分にやけに惹かれました。

憩ちゃんはホントに妄想。無名高校からの実力者ってめっちゃ燃える。ついでに目標となる人物も同じ境遇なら燃える。
ってことで、憩の憧れの対象は「赤土晴絵」と「小鍛冶健夜」。そして小鍛冶の影響をそのまま受けたダーク憩ちゃんカッコかわいい。
晴絵が失脚・落ちぶれたのが悪い。べ、別にカッコかわいいダーク憩ちゃん書きたかったからってわけでもないし!

あとこれ書き始めは昨年5月なんですよね。ぴたりと更新が途切れ途切れになったのは6月。
リアルのことは置いといて、6月に「シノハユ」の発表があったんですよね。
もう望まで出たので言うんですけど、シノハユの発表と連載でこのSSを書く手が何度も止まりました。何故なら俺も大人の話を考えてたから。
出来れば原作と同じ道を辿りたかったんです。俺の妄想よりも、原作に沿って考えたいから。

一番気になるのが、望と晴絵の出会いと阿知賀を詳しく。二番目に健夜との戦い。三番目くらいにすこやんとこーこちゃんの絡みかなぁ。だってその時まだ女子高生だぜ!? 一年生が三年生に抱く純粋な憧れの心!それがいつしか淡い恋心だと気付いた時、彼女はすでに卒業していた・・しかしこーこちゃんはそんなところで諦めきれる女じゃ(ry

なのに・・8月くらいだったかな・・のよりんとはやりんが出てきたのは。またもやぴたりと止まったけど、「どうせ大人の話を書くのは先だから」って言い聞かせて書いてきました。
何度も頭引っかかってむずがゆかったけど。

そういえば技名というか能力名・・「クラウドライダー」とか「神霊深山」とか「胡蝶の夢」とか。
名前出すのすごい恥ずかしいな、胡蝶の夢は一番しっくり来たけど。神霊深山とか・・って自分でも思う
実は「神霊深山・高千穂峰」っていう名を最初考えてた。もちろん小蒔の住む九州の高千穂から。
他にも三手以内の高火力「三手燦然」とか。

他のキャラにも、原作で掘り下げられる前に間に合ったらバンバン能力名出す予定です。
穴があったら入って能力名投下、その後フタして溶接して内側にシェルターでも作ってしまおうかってほどちょっと調子乗って能力名考えてしまったくらい。
まぁ最終章でちょこっと出るんですけどね。

あと最終章投下前に言おうとしてたことが一つ。
このSSは、普段小説とか書きなれてない自分がそれでも必死に技術を無理して使おうとして書いたSSです。
「断言を避ける」とか「言い回し」とか「心の描写を、小道具を使って指し示す」とか大好きでこのSSでも使っていました。(自分が思ったとおりの効果が出たのかはわからないけど)
次回からこれらをかなり抑えようかと思います。

んで、最後に完結時に書こうとしてたこと。
次回作を実は考えてあるんですよね。このSS自体はどういう終わりかは決めてあるんで、それに続くもの。
「咲 -阿知賀再生編-」が終わったら「咲 -○○奪還編-」という・・
ちなみにこの○○は現時点じゃ想像つかない言葉が入るのでもうこのタイトルを書いておきます。
ただ、考えてあるだけで。「咲-阿知賀再生編-」は俺の中じゃ終わってるんです。無理に続けさせようとしたら「奪還編」を思いついただけで、多分書かないと思いますけどね。

あと、もう一つ。「再生編」と「奪還編」とはまた別に外伝っぽいのを作ろうとも考えてます。
こっちは短い予定なのでちょちょいと作れそう(「再生編」も実は短く作る予定だったので、外伝は短いという保証はない)
これのタイトルは「咲 -千里山約束編-」 名前すら出てこなかった怜と竜華のお話。
加えて、俺がVIPで投下したとあるSSの続きもの

怜「竜華の隣に永久就職や!」 と 怜「竜華ぁ、今日も一緒に寝よ?」 っていうSS(数ヶ月前だからタイトル間違えてるかも)
ただのイチャイチャなんですけどね、この二つのSSは。 でも約束編につながります。


やっぱり長くなった。一時間くらい書いてたわ。
咲はやっぱり面白いし、妄想が捗るし、個性的なキャラクターがいっぱいいるし楽しいなぁ。かわいいし、みんなかわいいし。憧もすこやんも憩ちゃんもかわいいし、ついでに咲さんカワイイ!
最近は「ラブライブ!」にもハマってたんですけど、4thライブが「落選」「落選」「落選」と、全て落ちたうえ、一般は電話すら繋がらないまま完売したため急速に熱が冷めました。
咲は吉野のトークショーにも受かったんですけどね。インターハイのEXマッチ後、すこやん視点で阿知賀を訪れたシーンは俺が吉野駅で降りた時に感じたことそのまんまです。いい経験しました。

あと十行ちょっとなので、もう少し書きます。

普段小説やSS書いてるんですけど、イラストもちょこちょこ描いてるんですよね。ペンタブもノーパソ用小さいものとデスクトップ用の大きいもの。
ただし、絵が上手だとは言ってない。けど、何かしらのイラストを自分で描きたいと思っているのでいずれ渋あたりに投下します。その時はHTML申請してますので、見てくれている人に伝える方法はないですけど。
見つけたらこんな顔で
(*´ω`*)<(へwwwたwww) と思ってもくださってけっこうです。覚えててくれてたら、遠い未来検索してみてください。

それとpixivで「ラブライブ!」の小説かいてます。まだ書き始めだけど、「咲-阿知賀再生編-」と少し似てるかも。
最初のグダグダ感とか長編だとか。それから辿ってもらっても嬉しいですし。

それではありがとうございました。次回のレスで投下できるように頑張ります。

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